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はてなキーワード: 戦隊ものとは

2019-05-13

ファンミラージュ可愛い

3歳娘がいて、ウルトラマン仮面ライダー戦隊ものプリキュアと一通り見てるけどファンミラージュに私がはまった。

ヨツバちゃん可愛いサキちゃん開脚決めポーズ、ココミちゃんの変身ダンス可愛い

ドラマ撮影以外にも歌、ダンスイベントとかもあって中高生で大変そう。

一度でいいか応援に行きたいけど、地方過ぎてイベントどころか地上波再放送すらない。あにてれが頼み。

体に気を付けて頑張ってほしいなあ。

2019-04-08

anond:20190408180028

人が動物の上に立つモチーフイルカアシカイエイヌが、けもフレ1以後の「人間がいなくなってる世界」でそれを強調されることが視聴者にとって不快で、それを書くなら悲劇性や罪悪感も書くべきだ、との主張でしたね。誤解していました。失礼しました。そうするとリョコウバトは構わないのでは。けもフレ1でもトキ絶滅していますが、人が上に立っているわけではないので問題ない。リョコウバトも同じ扱いでいいのではと思いますしかけもフレ1でカフェを訪れるフレンズは別の鳥でも良かったわけで、トキ選択されたのは何らかの意図があるでしょう。以前に書いたような「テーマとして昇華していない程度の示唆」でとどめても善いのではと思います不快になるまで強調されるならドラマに絡めて決着を付けるべきだということですね。ならばイルカアシカイエイヌでそこまで不快になるということ自体製作者の想定外なのではないでしょうか。俺もグロテスクさは感じましたが話が入ってこないほどは気にならなかったです。「そこに居心地の悪さを感じるのは当たり前」とおっしゃいましたが、監督交代のいざこざ抜きでもそう言えると断言できますか。

ヒーローがなんか技名叫んでパワーアップ」は、戦隊ものでもプリキュアでもアンパンマンでもあるので、そうそう引っかからない

これまでそういう表現が主流だったというだけです。戦闘ときに技名を叫ぶのはフィクション的です。攻撃タイミングがバレてしまうし、叫びに使うエネルギーを拳の乗せろよ、です。詳しくないのですがハリウッドヒーロー物では技名宣言は少ないのではないでしょうか。国内で閉じるローカルルールに縛られずによりリアル表現模索したのでしょう。「サーバルの目が光ると、ビーストも同じように目が光るカットがあるので、『同じ系統のパワー』に見えるんですよね。」とのことですが、同じ系統でよいと思います。常時強制的に野生部分が開放されているのがビーストだと俺は捉えてます

私の意見は「内面世界の外への進出自体は、多くの作品共通する、いわゆる「盛り上がる」部分です。ただ、その進出の仕方に、世界現実の仕組みに矛盾しない理屈がある場合と、理屈なしでイメージが直結する場合がある。ケムリクサは前者で、けもフレ2は、後者のように見えるという話です。

俺はケムリクサの最終話での細かいつじつま合わせに納得していません。「盛り上がり」とはリンが赤い木に対峙するシーンからですよね。ケムリクサでは草周りが特に緻密に組んであるので引っかかっているのかもしれませんが、矛盾していてノリで処理するの範疇に入っていますけもフレ2でのキュルルちゃん葛藤は「盛り上がる」部分ということでいいですね。とすると問題はフウチョウよりむしろ吹っ切れた後にタイミングよく飛んでくるビーストのような気がしますが… ただそこに至るまでに作品評価は決してしまっていたし、葛藤をフウチョウという便利な舞台装置で処理したところで全体がファンタジーということにはならないのでは。むしろケムリクサは柔軟性のあるギミックやしがらみのないプレーン舞台を用意していることで矛盾をでなくしているように思います。まあファンタジー蔑称ということもないのでしょうが、多くをノリで処理すべき寓話世界観というほどには、けもフレ2は堕していないと思います

1と2の共通するクライマックス部分で、似た構図の印象的なカットを出して、共通性を感じないわけがないです。そこは制作者は気づくべきです。

しかし、たつき監督けもフレ2をやっていたらそのカット問題にならないわけでしょう。監督が代わるごとに構図被りに難癖つけられるなら、正解は作らない一択ですよ。俺は野生解放こそ失念していましたが、かの名シーンの存在は覚えていて、でもその被りには気づきませんでした。観客が悪意を持ってアラ捜ししていることまで計算に入れて作っていかなきゃならないなら、アニメ制作者が家に帰らない期間は年単位で増えていくでしょう。観ると決めたら、ある程度製作者を信用することは視聴者側の責任だと考えています

視聴者視点では行動が横暴に見える」のであれば、それは「優しい世界」「癒やしとしての芸術表現」として失敗してるのではないかと思います。...(中略)...「優しい世界」というのは、面白かった作品への誉め言葉として使われているように思えます

この先奇跡的にけもフレ2の人気が反転して評価が逆転したら繰り上がって「優しい世界」になるのでしょうか。だとすると「優しい世界」は「感じが良くて人気だった」くらいの概念になってしまうでしょう。批評文脈でそのようなものを論じるのは意味がないのでは。作品制作において(俺は関係ないですが)、優しい世界を目指すというのは単に売れるよう頑張る以上のものであって、今のところは曖昧ですが、これから更に研究していく必要があるほど奥の深い領域だと考えていますけもフレ2でギスギスが解禁されたことで、G・ロードランナーやフウチョウ、イエイヌなど、けもフレ1に収まりきらなかっただろうフレンズへの間口が開かれました。そこはメリットだったのですが他方優しい世界性は減じてしまったということです。スピリットは二作品継承されましたが、休日リピートして癒やされるのはやっぱり一期ですよね。

話が前後して申し訳ないのですが、作劇論について…

ドラマとして盛り上がる重要ポイントで誤解を与えてはいけない

なるほどこれまで俺は不備を、設定の矛盾のようなものに絞っていましたが、重く捉えてらっしゃるのはプロット上の未消化や演出上の目論見の失敗、などですね。この方面は完全に素人なのですが、胸をお借りするつもりで議論に足を踏み込ませていただきます

「おうち探し」がテーマで、「仲間と一緒のここがおうちだった」に落とすためには、通常、「おうちは見つかったが、その上で、仲間と一緒にいることを選ぶ」というプロットします。そうしたほうが「自分意志で選んだ」感が出るからです。「おうち」が見付かったけど、廃墟だったとか、「おうち」側から同胞と認められなかったとかでショックを受けて、その後、決心するとかが基本パターンですね。そこが全くないので響かないんですよね。

論理同意できません。自由意思はどちらの選択をとっても自由ときにのみ現れるものです。事実上その選択しかないのにそれを選ぶのを決心するのは意思ではなくて屈服ですよ。敗北したのではなく自分で選んだと言い聞かせるために自分発破をかけているわけでしょう。けもフレ2のキュルルちゃんは諦める必要がないときに諦めの決断をしているので、そこに確かに彼女自由意志があると判るはずです。響くか響かないかは決意の重さを事前に示しているかでしょう。リリの「会えないのはもっと嫌だ!」は赤い木を生み出した(観念的な)責任彼女にあるし、あそこで「好きに生きて」などいわれて逃されて、わかりました楽しく生きますは納得感が全く無いので、戦線復帰が可能だとわかった時点で行動は一択なわけです。でもワカバとの日々でお化けになることを怖がったり、ワカバが倒れるのを心配したりしていたので、彼女自身が消えることの怖ろしさは十分に示されてる。それでも積極的に行くところに決意の強さが見て取れるわけですよね。キュルルちゃんはそれまで三人でおうちを探して旅をしてきて最後に、それがパークのどこにもなく手がかりの絵も尽きて絶望したことが示されているので、諦めるということがそれなりに重い決定であることは判っているわけです。それで充分だとは思いますが、まあ死ぬほどの重みではない。先々週にリリの決断をみているのでそこからすると見劣るのは否定できないです。

増田さんのプロット案は面白いですね… そっちのバリエーションも観たかたかも(実はプロの人なの?)。

最初イエイヌが、キュルルを、去って行った飼い主と完全に誤解している。キュルルや他のフレンズの助けで、イエイヌが元の飼い主のことをきちんと思い出す。その時、元の飼い主がイエイヌと別れた時に、安易に捨てたわけではなかったことがわかる。キュルルはイエイヌの寂しさを受け止めつつも、今の自分に出来ることはないので、別れる。一人のイエイヌの家に、他のフレンズが遊びに来る、などとします。

でもそうするとセンちゃんアルマーさんを入れる尺がなくなりませんか。誤解させるための設定も用意しなくちゃならない。というかイエイヌちゃん完全に救われちゃってますよね。このときのキュルルちゃんが横暴に見える、とまでは俺は思っていませんが、視聴者の多くはそう捉えたようです。おかしいと思わない人はサイコパスとまで言われていました。素人考えなんですけど、あそこでキュルルちゃんが(観点的な)非道を働いてしまうことには狙いがあったのではと思いますお話の上でキャラクターが何らかのミス悪事を働いて被害を作ってしまった場合、それに悪意がなくても、天災的な事故観念的な罰を受ける。視聴者の溜飲を下ろすためなのか、そういう処遇はよくあると思います。でないと消えざるを得なかったリリ・ワカバがただひたすら不遇ということになってしまう。キュルルちゃんホテルで海に落下させるためにイエイヌ回で下げたのではないでしょうか。落ちたときニコニコ動画では「ざまああwwww」が連発されましたが、あれは制作の狙いだったと考えています。そして必然的落下からのフウチョウ説教・海底火山紹介に自然につながります

肩すかしなのは、キュルルちゃん出自と、最終話に至るドラマキャラ動機等が、特に関連しなかったからです。キュルルちゃんがキュルルちゃん本人のフレンズで、疑似不老不死だったことを眼目とするなら、それが何かと絡む必要があります

キュルルちゃん疑似不老不死説は俺の自説で、そこまでの確証はないことは一応留意してください。むしろ話の流れのメインだったのは”スケッチブック最後のページの行方”だったと思います。すべてのドラマスケッチブックに沿って展開され、最後の絵は破られていたことは最初の話で既に明らかにされていて、ホテル海上で悩むキュルルちゃんは千切られたページの跡を見つめていました。長い時を生きてミライさん時代からパークを見守ってきたイエイヌに対してキュルルちゃんが「おうちにお帰り」を言い、逆にイエイヌ彼女から送られた絵をみて(観念的に)おかえりを言うわけです(実際に口にはしてないけど、まあ立場的に)。キュルルちゃんはそのシーンを持って本当におうちに帰った、受け入れられた。それを最後のワンカットで示すのが強い、と思うのですがいかがでしょう。

通常、作品における伏線・回収は、プロット重要なメインの部分についてやるものだと思います

一般的エンタメの作劇上のセオリー評価できないというのはわかりましたが、しかしそのセオリーに従わなければいけない強い理由があるのですか。不勉強ながら俺はそれを知らなかったし、多くのファンも同じではないでしょうか。視聴者には考察班的に楽しむ人もいるし、癒やし目的カジュアルに流し見る人もいるでしょう。教科書的な表現から逸脱することで芸術進歩してきたのではないですか。

anond:20190408152438

けもフレ2のメインテーマは「おうち探し」だと思ってました。

おうち探しの結論が「大好きなフレンズと一緒のここがおうち」であるなら、「人間フレンズにひどいことした」は、避けて通れないかと。

イルカアシカは芸のネタを与えてあげる、イエイヌは(他人ではなく)飼い主が戻ってくるのを待たせる、リョコウバトには「ひとりじゃないみんなが仲間」ということを教える

元々の話は、人間動物ねじ曲げてしまたことの悲劇、罪悪感、グロテスクサが表現されてるか、でしたよね。それらは一つの責任の取り方かもしれませんが、そうしたニュアンスは、存在しないかと。リョコウバトの場合、「君の家族は全員死んだけど他にも仲間はいるよ。殺したの俺の仲間だけど」というのが「責任」かと言われると、ちょっと。もちろん、絶滅動物に対して人間が償うべきなのか、どう償うのかは、大きなテーマであり、けもフレ2内の1エピソードとして処理するのは限りなく無理です。しかし、だったら最初からリョコウバトを出さなければ良いかと思うわけです。そのあたりが深く考えてないという話です。

余談ですが「おうち探し」がテーマで、「仲間と一緒のここがおうちだった」に落とすためには、通常、「おうちは見つかったが、その上で、仲間と一緒にいることを選ぶ」というプロットします。そうしたほうが「自分意志で選んだ」感が出るからです。「おうち」が見付かったけど、廃墟だったとか、「おうち」側から同胞と認められなかったとかでショックを受けて、その後、決心するとかが基本パターンですね。そこが全くないので響かないんですよね。

イエイヌ不憫感のある結末でしたが、あそこでキュルルちゃんが代わりの飼い主になってしまえば、視聴者は「ああ犬を捨てても誰かが拾えばいいんだ」と受け取ってしまいかねない、飼うことの責任を結果の悲しさを見せることで匂わせた、そういう意図だったのではと思います

キュルルが、イエイヌ孤独、寂しさを理解しつつも、「飼い主の責任」のために去って行く、と、取れる描写があればよかったですね。また飼い主の責任の話を強調するなら、イエイヌが「ヒトなら誰でもよい」と言ってしまってるのがダメでしょう。イヌは「ヒトなら誰でもよい」生き物ではないわけで、そっちのほうが誤解が大きいし、「イヌは人なら誰でもいいんだから、他の人に、あげればいいじゃん」という無責任に繋がりかねません。

私なら、最初イエイヌが、キュルルを、去って行った飼い主と完全に誤解している。キュルルや他のフレンズの助けで、イエイヌが元の飼い主のことをきちんと思い出す。その時、元の飼い主がイエイヌと別れた時に、安易に捨てたわけではなかったことがわかる。キュルルはイエイヌの寂しさを受け止めつつも、今の自分に出来ることはないので、別れる。一人のイエイヌの家に、他のフレンズが遊びに来る、などとします。

野生解放を明言しないの目的が引っかからないようにするため。

何歳くらいを対象に考えてるのかわかりませんが、「ヒーローがなんか技名叫んでパワーアップ」は、戦隊ものでもプリキュアでもアンパンマンでもあるので、そうそう引っかからないと思います

サーバルは対ビースト戦でも野生解放を使っているので、視聴者最終話のシーンでは引っかからないだろう、と考えたのでしょう。

あの時、サーバルの目が光ると、ビーストも同じように目が光るカットがあるので、「同じ系統のパワー」に見えるんですよね。一期の野生解放と同じものか、ちょっと混乱する。

内面世界の外への進出、この観点で二作品の差を論評するのはいささか無理があるのではないでしょうか。

念のために確認しますが、私の意見は「内面世界の外への進出自体は、多くの作品共通する、いわゆる「盛り上がる」部分です。ただ、その進出の仕方に、世界現実の仕組みに矛盾しない理屈がある場合と、理屈なしでイメージが直結する場合がある。ケムリクサは前者で、けもフレ2は、後者のように見えるという話です。

けもフレ1にくらべてもケムリクサは、伏線-回収のプロセスがかなり表面に出ており、しかも草や姉妹の周りで深く・複雑に織り込まれています。流し見していると、在りし日の姉達の思い出や、草の種類など、設定開示が多すぎて雑音が多い視聴感になると思うのですが、すべてに筋を通すべく没頭してみれば、極めて大きいS/N比を持っていることが判る。

通常、作品における伏線・回収は、プロット重要なメインの部分についてやるものだと思います。一つの作品で、画面に映ったこと全部に完璧説明をつけようとすると、かえって面白くなくなるので。それを理解した上で「すべてに筋を通すべく没頭」するのは一つの楽しみ方ですが、作品単体にそれを要求する必要はない。わからないことがあることを含めて楽しめば良いかと。もちろん、楽しめないほど大きな矛盾があれば別ですが、私はそれは感じませんでした。

他方けもフレ2では、けもフレ1の設定との整合意識しなくてはならなくて、キャラクターかぶらないようにしなければならない。ヘラジカプロングホーンは性格はごくごく微妙に違っています舞台装置の融通がケムリクサほどには効かない。遅いジャパリトラクターと海の二人のスピードの差、ホテル位置時代を重ねた末のキャラクター同士の関係性の変化。そういうことで破綻がないようにしなければならなかったわけです。

続編作品のほうが様々な制約があり、オリジナル新作ほど融通が利かないのはその通りだと思います現場の方々は整合性を取ろうとしたのだと思いますけもフレ2で、派手でない部分で、筋、整合性を通してる部分があるのも、もちろんだと思います

その上で、重要な部分で、フウチョウが出てきたりするあたりはファンタジーであるなと。「記憶ケムリクサが不自然に発動したこと」にご都合性がないとは言いませんが、「幻想だか現実だかもよくわからないフウチョウコンビが、どこにでも現れて説教する」は、後者のほうがファンタジー度が高いでしょう。

キュルルちゃん出自も明示的には解決されませんでしたが、一話中心にためつすがめつしてよく見直すと推測の材料が仕込んであり、最終話Cパートですべてが繋がるわけです。

肩すかしなのは、キュルルちゃん出自と、最終話に至るドラマキャラ動機等が、特に関連しなかったからです。キュルルちゃんがキュルルちゃん本人のフレンズで、疑似不老不死だったことを眼目とするなら、それが何かと絡む必要がありますベタなのは、それによってセルリアンを倒す助けになるとかですね。そうでなくても構いませんが、そういうのが必要です。けもフレ1で、かばちゃんミライフレンズ化だったというのは、「セルリアンに食べられたかばんちゃんが復活した理由」というドラマと結びついてるから意味があるわけです。

ワカバ場合ワカバリン関係性、ケムリクサの赤い霧の世界がなぜ生まれたか姉妹達とはなんだったのか、という、キャラ動機起源世界の成り立ちが解かれて、それが最終決戦の盛り上がりに繋がるところに意味があるわけです。ワカバが、宇宙人なのか、天使なのかの細部は、想像に任せるで良いのです。

牽強付会ですよ。囲まれた敵に立ち向かう描写は自ずとあのようなカットか、あるいは上空から俯瞰のような見せ方になると思います。まさに悪意をもって粗をさがそう、好意的にすべてを伏線ととろう、そのような態度の差が、けもフレ2とケムリクサの評価を分けた一因なのでは。

合理性があろうがあるまいが、1と2の共通するクライマックス部分で、似た構図の印象的なカットを出して、共通性を感じないわけがないです。そこは制作者は気づくべきです。

それを仰るなら、けもフレ2も優しい世界になるでしょう。センちゃんアルマーさんもペパプに暴行を働いたりキュルルちゃん誘拐したことはあったけど、基本的には裏表はなく素直で親切心が高く、イエイヌに貢献できたことを「善いことをしたね」と振り返る。ただその在り方がひたすらにストレートなので、視聴者視点では行動が横暴に見える。けもフレ2のジャングルメンバーは互いに本気で諍いしていますが、キュルルちゃんの仲立ちもあってか最終話ではツンデレ仲良し感を醸し出しています。”キャラ基本的な優しさ”や裏表のなさを実現するのは、恐れながら申し上げますが、難しくないでしょう。人数を絞ればキャラも立たせやすいのでは。そのうえで悪役を自意識のないモンスターにしてしまえばよいわけです。その程度で「優しい世界」とみなせるならそれこそ監督なんて誰でも良くてもできるでしょう。たつき監督が立ち上げた「優しい世界概念スピリットは、けもフレ2にもケムリクサにも息づいていますが、しかし全く道半ばだと思いますけもフレ1でも博士サーバル図書館来館時に背後から頭に蹴りを加えていますし(フクロウ能力表現としても蹴るまでは不要だった)、アニサマコラボ動画では大量のフレンズ酷使して、かばちゃんを、りょうり要員として使役しています視聴者全面的エンパワメントするというか、癒やしとしての芸術表現はここからもっと発展していくべきでしょう。監督名に自動的にくっついてくるラベルにしておくのはもったいない

視聴者視点では行動が横暴に見える」のであれば、それは「優しい世界」「癒やしとしての芸術表現」として失敗してるのではないかと思います

そして「”キャラ基本的な優しさ”や裏表のなさを実現するのは、恐れながら申し上げますが、難しくないでしょう。人数を絞ればキャラも立たせやすいのでは。そのうえで悪役を自意識のないモンスターにしてしま」うこと自体簡単かもしれませんが、その結果、出来上がった作品面白くなるか、評価されるかというと、それはまた別問題ですよね。「優しい世界」というのは、面白かった作品への誉め言葉として使われているように思えます

一般的エンタメ作劇論では低評価するしかない、というのは、納得できました。しかし不備があるというならそれを示していただけませんか。広義の悪意について考えたのですが「対抗心さえ悪意」のように考えると、あらゆる創作に悪意は入り込みます問題なのは「悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらい」ことですよね。作品問題なのか・楽しめない理由が俺たち視聴者にあるか、判別するためには議論を重ねるしかないと思うのです(追記とはいえ、やり取りも長くなったので先は後進に託すとしましょうか?)。

不備について、いくつかは、これまでにも書いたと思います。この記事だと、イエイヌ周りとか、キュルルちゃんの「おうち」「正体」周りですね。

細かな不備はさておき、大きく重要なのは、おっしゃっていた「視聴者視点では行動が横暴に見える。」という点が、印象に残る点だと思います。作り手の意図として「視聴者に対して、キュルルを横暴に見せたい」と思っていたわけではないでしょう。だとするのなら、意図に対して演出脚本が失敗しているわけです。

初見ではわからいかもしれないが、よく考えるとわかる」部分があるのは作品に深みを増しますが、それは細部にやる話で、ドラマとして盛り上がる重要ポイントで誤解を与えてはいけない、というのが普通の作劇かと。

anond:20190408100525

妄想戦隊ものを作って遊んでたら、そのネタ本家にパクられたこと思い出したわ。

2019-03-25

オタクって謎の硬派気取りが多いよな。

おれは女なんかとは付き合わない!みたいな(ほんとうは付き合えない)。

髪を染めたらすぐビッチって言ったり、ギャルバカにしたり。

オタサーの姫さらしあげたり、少年誌を女が読むなって言ったり。

腐女子排除したり、ゲイ馬鹿にする態度もそう。

被害者意識だけは強いのに態度はジョックスと一緒。

それでいて権力にはすぐ媚びるんだよ。麻生や石破をめちゃくちゃ持ち上げてたろ?何も考えずにさ。

戦隊ものとかロボットものとか、軍事ものが好きなのもこの心魂と関係あると思う。

自衛隊オタクにばっかりアピールしてるのもそれが見透かされてんでしょ。

精神はどっぷりと前時代的な保守おじさんなんだけど、アニメとか幼児的なものが好きっていう悪魔合体なんだよな、男オタクって。

2019-03-22

youtube違法アップロード(と思われる)動画通報したら、あまり

youtube違法アップロード(と思われる)動画通報したら、あまりにもあっさり削除されてビビってる。

息子が朝からダラダラyoutubeアニメ観てていいかげん腹立ったので通報したら小一時間で削除されてた。

その人がアップしてた、そのアニメが全部削除された。

何万回も視聴されてるような動画がいくつも一瞬で消えた。

なんだろう、まるで神にでもなったような気分で不安になる。

大きな力には大きな責任が伴うのだ。

私は何か大きな責任を背負ってしまったのかもしれない。

少し悩んだ。自信無いんだけど多分違法アップロードだと思う。

サイズが画面の半分くらいになってる変な奴で気持ち悪くて不快感尋常じゃなく溢れだす。

legoの紹介動画なら問題ない。決められた時間内なら目を離して見せてやる。

しか違法にアップされたドラえもんを垂れ流して観るのはやめてくれ。

から早起きしたらamazonprimeで古い戦隊もの1話ずつ見せてやろう。

あれはあれで急に有料になったらどうしようという不安が付きまとうのが嫌だが。

amazon prime videoが使いやすかったら息子もそっち使ってくれるのになあ。

2019-01-29

食と戦い・死のコンボが苦手

戦隊もので、ピンクが敵のマットみたいなのに巻かれて食われようとしたとき

セラムンセーラーマーキュリーが「またあのパフェみんなで食べに行きたいね」と言ってから突入したとき

・何かのアニメで死にそうなキャラが「○○食べたかったな…」って精神世界に入ってたとき

・杉元がにしんそば味わってから襲撃されたとき

から

鶴見中尉に団子の串刺されたとき

に、ただ戦ったり死んだりするんじゃなくて食い物を絡められると猛烈に心がかき乱されてきたんだけど、これ普通ですか。

2019-01-28

お薦め女装漫画

anond:20190126211910

TS愛好歴35年からセレクト年寄りなので古い作品多いけれど。基本年代順。

少女漫画(男でも読める・増田既読の傾向に近い主人公が元気系コメディ中心)

ぼくの初体験人妻身体に脳移植妊娠出産まで行く。古いドタコメなのでそこは注意

前略ミルクハウス田舎者少女と美しくて愉快な女装者の同居ラブコメ女装もの古典ひとつ

すーぱーあすぱらがす男の子の心と体の女性化を淡々とじっくり書いたところから一転、戦隊もの打ち切りだが最初は良作

ざ・ちぇんじ:平安文学とりかえばや物語」が原作。どっちかというと男装の姉が主人公だが定番なので

ほとんど以上絶対未満:親友女性化した少年の心の揺らぎ。桑田乃梨子なので基本明るい。おすすめ

ミントな僕ら双子の姉を追ってJCとして転校。主人公がかわいかっこいい。姉は惚れっぽすぎるが

僕と彼女の×××弱気でおとなしい男子と野獣女子の入れ替わり。女子が男の体堪能しすぎw。最終巻は読むな

思春期ビターチェンジ:8歳で入れ替わった男女の入れ替わったままでの思春期最近完結だが最終話だけはWeb版を読むべし

青年漫画(クセ強めの作品が多いので立ち読みから

Mrボーイ:女装潜入捜査官。お色気寄りシリアス。バディものだが相棒がいつもヤキモキ

う~まんぼ!:絵が川崎のぼるなので好き嫌いあるかも。本気で女性化目指してる主人公醜男との恋。入手難か?

クーデタークラブピカレスクもの色仕掛け監禁犯と渡り合うところまでは良作。以後はゴミ

ニコイチ:素直な義息子と実は男のお母さんの親子愛が好き。てか男で母親とか憧れる。女との恋愛邪魔なので最初だけ嫁

放浪息子アニメにもなった有名作だけど女装というよりGID寄りなのでやや人を選ぶか。

ブロッケンブラッド魔法少女国民JCアイドルにされてしまった男子高校生受難。かなりクセの強いギャグコメなのでまずは2巻まで

メゴト~十九歳の制服説明難しいから丸投げ→https://spice.eplus.jp/articles/119240

りばーしぶる!:わぁい!コミックだが全年齢。訳ありばかりの全寮制男子(?)校の青春。甘酸っぱい精神BL

ぼくらのへんたい:訳ありの女装少年女の子になりたい、男に恋した、姉の代わり)たちのシリアスドラマ

4コマ

パパ×ママりばーしぶる:ママとして働くパパと一人娘の日常コメディ。娘の片思い相手ママ(偽)に惚れてる。入手難?

Webマンガ

お兄ちゃんおしまい!:天才妹が引きこもりの兄をクスリで妹化して愛でる。最近女子として中学生になった

女装してめんどくさい事になってるネクラヤンキーの両片想い:お互い女装して女の子と付き合ってるつもり

R18

もう誰も愛せない:しのざき嶺女装沼へのハマり方の心情がリアル事件リアルじゃないが)。続編はただのグロエロ

PS 少年アリス→不思議/鏡の国の少年アリスかな?懐かしいものを見た。増田結構読み込んでそう。

2018-12-13

性別構成が逆の戦隊ものってないの?

女性中心で男が1-2人いるとか

この間のプリキュアみたいに途中参加じゃなくて、もう初めからその形でいる感じで

2018-12-12

anond:20181212163137

ジャンプハッカー漫画文脈となろう叩きはまた前提条件が異なるだろうからなあ。

ジャンプハッカー漫画叩きは、多分戦隊ものなんかでのよくある「最初から巨大ロボで敵踏みつぶせばええやん。バカなの?」みたいな話なのかも知らんが、多分なろう叩きはファンタジーファンタジーである、という文脈の上で「流石に文明のある世界においてライターで火を起こしたら魔法使い扱いはおかしい」みたいなファンタジーの精度の話かも知らんし。

後者は割と良く分かる。精度の甘いファンタジー結構嫌いだし。

2018-10-31

萌え絵”化する絵本抵抗ある?

萌え絵”化する絵本抵抗ある?

https://www.excite.co.jp/news/article/Narinari_20181030_51848/

実際に絵本を読んだわけではないが、私はなんとなく抵抗がある。

性的からとか、性的消費とは全く思わないが、子どもにわざわざ与えたいわけではない。

1・物事には順番があって、それを飛ばす必要はないと思う。例えば幼児ハードロックを与えるより、まずは童謡イージーリスニングのようなものを聞かせるのが良いのではないだろうか。

成長して本人が萌えを気に入った場合自分の小遣いで買うだろうからそれまで放っておけばいいのではないだろうか。

そこから先、その作風を飽きるのか、徹底的なオタクになって作家として成功するのか、色々な人がいるだろう。ともかく、絵本萌え絵をする必要はないと思う。

私が子どものころに持っていた論で、戦いのもの対象年齢を追って描写が強くなるというものがあった。

幼児のころはパンチ一発でバイキンマンをやっつけるアンパンマンから始まって成長するに従って戦隊ものドラゴンボールを観るようになるという論理だ。

このような感じで良いのではないだろうか。

2・萌えに限らず童話のようなものはあまり脚色のようなものはせず(変に手を加えずに)に普通の絵柄が良いと思う。

※今は絵本の中でも昔からまれてきた童話や昔話に絞って話をしている。現代で新たに創作された物語までこの話を適用するつもりはない。

独自色が強くなると別の作品的になる気がする。アレンジだったら大きくなってからで良いのではないだろうか。

その人は大きくなって、桃太郎のお供が全員美少女作品を作るかもしれないが、それはその時で良いのだと思う。

私の例でいうと、クラシックアレンジ曲が入った幼児向けのテープを持っている。アレンジ曲だとは気づかなかった。その為、中学生高校生まで、オリジナル曲を誤解していた。

 
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