はてなキーワード: 地区とは
前回の大阪府泉南市の同和地区の意識調査で、「同和地区は差別されてると思うか?」の項目で約60%が差別されてるという結果が出てるからねえ
苗字に「金」や「福」、「本」、「神」が付いてる人は日本人もいるけど、一応注意した方がいい
名前に「姫」や「美」、「博」、「大」が付いてる人は要注意(但し名前ブーム時期の「大」は違う可能性あり)。
本人が知らないだけで在日何世だったりする。
やたら男尊女卑思想が強い男性、「同胞」や「友」という言葉を普段使ってる人も怪しいので注意。
人は見かけによらないというしね。
原日本人はスラブ、アイヌ系統に縄文・弥生が混ざった顔立ちだから、
二重瞼の人は日本人の可能性があるが、これは小さい子どもしか判断できない。
というのも半島人は恐ろしく日本人や欧米人が好きなので真似っこをしたがり12歳以上の女性は教育として目元のプチ整形を奨励しているから
最近は二重=日本人というのは当てにならなくなってるが、一つの指標として見ることは可能。
在日だからどうって事はないんだけど、大阪や愛知、東京ですら同和地区の問題で差別、逆差別が起ってる。
そういうゴタゴタに巻き込まれたくないなら覚えておくべし。
今回の「ハシシタ」の件を、権力者の横暴や政治圧力の話にすり替える低劣さったらないよ
http://anond.hatelabo.jp/20121020111103
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20121020111103
橋下の支持基盤っぽい、いわゆる保守ぽいネトウヨっぽい人達が塊として顕在化し始めたのが、在日や部落などの逆差別~利権糾弾がその走りだった事を思い返すと、方々の捻れたリアクションがまた味わい深いね。
何か勘違いブコメがあるので一言述べておくと、逆差別・利権化のために(部落)差別を利用するような行為も、今回のような橋下氏批判に利用したいがために(部落)差別の問題を政治圧力の話にすり替えるような行為も、同根・同類で低劣かつ本当の問題を矮小化し見えにくくするものだということである。
記事読んだけど全然差別記事じゃない。差別を錦の御旗にした権力側からの言論封殺恫喝とあっさり屈した情けない出版側。記事のどこが差別問題だかも示さずに何を言ってるんだか。
何が問題なのかも分からないとするブコメもあってびっくり。会見やニュースでも指摘されていたはずなのだが。
『橋下氏が自らの政治活動を差別批判にすりかえていることが問題』とかいう頓馬なブコメもあるが、今回の件は週刊朝日の記事も「政治手法を検証するつもりはない」と述べており、その結果として当然のことながら、それを受けた橋下氏側も政治活動への批判に対する応え・論点逸らしとして差別批判を持ち出しているわけではない。
「在日が、部落が」とか言って喜んでいた人が突然人権意識に目覚めたことは素晴らしいことです(棒読み)。/週刊朝日は外国人差別記事を平気に載せていたから「権力者による政治圧力に屈した」のが真相でしょ。
『「在日が、部落が」とか言って喜んでいた人が突然人権意識に目覚めたことは素晴らしいことです(棒読み)。』というブコメがあるが、これが、私がこれまで『「在日が、部落が」とか言って喜んでいた人』だという意味であるのならば、根拠もなくそのような侮辱的な認定・レッテル貼りを、他人に対して平気で出来る人間が存在するという事実に愕然とする。
なんじゃこら。他者が間違ってると言うだけで自説は言わない、てのは、そもそも自分の説をもってない人がよく用いるメソッドだね(実社会では通じないのでほぼネット限定だけど)。
また頓珍漢なブコメがあったが、問題のあると思われる行為に対して間違っていると指摘することは、それ自体が自説の開陳に当たるのだが。「いや、その行為は間違っていない」という反論だって可能なものだ。実際、橘玲氏などは
「血(ルーツ)」こそがひとの生き様を支配する、という人間観を持っている。佐野氏の作品が多くの読者を獲得したのは、こうした人間観が広く受け入れられているからでもある。
「日本国の首相の座を目指す公人は、父母や祖父母の代まで遡ってすべてのルーツを国民に開示すべきだ」
というのは、ひとつの思想信条として認められるべきであり、それを追求した今回の行為は間違っていないという形での反論を行なっている。
↓出身地域で部落認定なんてことが実際に行われていたことを知らない、知識不足で感度の低い人は、今回のようにどこそこは部落だと書くこと自体が大きな差別問題を引き起す記事となることだに理解出来ないんだなー
『出身地域で部落認定なんてことが実際に行われていたことを知らない、知識不足で感度の低い人は、今回のようにどこそこは部落だと書くこと自体が大きな差別問題を引き起す記事となることだに理解出来ない』蓋しごもっとも。ニュースでも指摘されていたのでここが問題点の大きな一つであることは周知だと思っていたのだが、違うようだ。そして、出身地域による部落認定で結婚が阻害されたれたりも現実にあった。
追記
今回の件は「橋下氏の人権が侵害された」という問題ではなく、上記とも絡むが、橋下批判をする中で橋下氏とは関係のない人たちに対する差別助長(およびそれに伴う人権侵害)の危険性があったという問題であろう。その点で「公人だから」「既出情報なのに」といった議論は見当違いの詭弁。もちろん橋下氏とは関係のない人たちだけではなく、今回のロジックでは、血を引き継ぐことになる橋下氏の子供たちに対しても大きな問題を孕んでいるが。
追記2
週刊朝日の「おわびします」記事においても、『同和地区を特定するなど極めて不適切な記述を複数掲載してしまいました』『多くの関係者を傷つける事態をまねいたことについて、深く反省』となっていて、
問題の中心が「橋下氏の人権が侵害された」ところには無いという扱い。妥当であるし、「橋下徹大阪市長の人権を侵害していない」からと今回の記事を擁護するのが如何に的を外した馬鹿げたものであるかも示している。
なお、同和地区を特定したも何もそんなのは既に衆知であろう、だから問題にはならないというのも、あの記事での同和地区の扱われ方 -橋下氏にネガティブなイメージを与えるための出汁にした- を考えれば通用しない強弁にすぎない。
「政治的圧力による言論弾圧に屈した悪しき事例を作ってしまった」
「権力者が気に入らない記事は載らなくなる」
といった方向から、今回の「ハシシタ」の件を捉えるのは筋違いも甚だしい。「橋下氏やその支持者は敵失で得したね」という方向からのは言わずもがな。
今回の問題はもっとそれ以前のところに問題があり、だからこそ週刊朝日の謝罪も橋下氏に対してのものではなく「不適切な記述」に対するものが主となっている。
これを権力や政治圧力の話にすり替えてしまうことは、記事の本当の問題を矮小化するに等しい低劣な行為だ(しかも、橋下氏へのネガキャンに利用するためだけにそのような矮小化をしようとする浅ましい人たちまで存在する)。
もし、今回のが権力者による政治圧力に屈したものであり、橋下氏のような権力者が相手でなかったら謝罪も連載中止もなかったとすれば、そちらの方こそ深刻である。
追記
何か勘違いブコメがあるので一言述べておくと、逆差別・利権化のために(部落)差別を利用するような行為も、今回のような橋下氏批判に利用したいがために(部落)差別の問題を政治圧力の話にすり替えるような行為も、
同根・同類で低劣かつ本当の問題を矮小化し見えにくくするものだということである。
追記2
何が問題なのかも分からないとするブコメもあってびっくり。会見やニュースでも指摘されていたはずなのだが。
追記3
『橋下氏が自らの政治活動を差別批判にすりかえていることが問題』とかいう頓馬なブコメもあるが、今回の件は週刊朝日の記事も「政治手法を検証するつもりはない」と述べており、その結果として当然のことながら、
それを受けた橋下氏側も政治活動への批判に対する応え・論点逸らしとして差別批判を持ち出しているわけではない。
追記4
『「在日が、部落が」とか言って喜んでいた人が突然人権意識に目覚めたことは素晴らしいことです(棒読み)。』というブコメがあるが、これが、私がこれまで『「在日が、部落が」とか言って喜んでいた人』だという意味であるのならば、
根拠もなくそのような侮辱的な認定・レッテル貼りを、他人に対して平気で出来る人間が存在するという事実に愕然とする。
追記5
また頓珍漢なブコメがあったが、問題のあると思われる行為に対して間違っていると指摘することは、それ自体が自説の開陳に当たるのだが。「いや、その行為は間違っていない」という反論だって可能なものだ。実際、橘玲氏などは
「血(ルーツ)」こそがひとの生き様を支配する、という人間観を持っている。佐野氏の作品が多くの読者を獲得したのは、こうした人間観が広く受け入れられているからでもある。
「日本国の首相の座を目指す公人は、父母や祖父母の代まで遡ってすべてのルーツを国民に開示すべきだ」
というのは、ひとつの思想信条として認められるべきであり、それを追求した今回の行為は間違っていないという形での反論を行なっている。
追記6
『出身地域で部落認定なんてことが実際に行われていたことを知らない、知識不足で感度の低い人は、今回のようにどこそこは部落だと書くこと自体が大きな差別問題を引き起す記事となることだに理解出来ない』蓋しごもっとも。
ニュースでも指摘されていたのでここが問題点の大きな一つであることは周知だと思っていたのだが、違うようだ。そして、出身地域による部落認定で結婚が阻害されたれたりも現実にあった。
追記7
今回の件は「橋下氏の人権が侵害された」という問題ではなく、追記6とも絡むが、橋下批判をする中で橋下氏とは関係のない人たちに対する差別助長(およびそれに伴う人権侵害)の危険性があったという問題であろう。
その点で「公人だから」「既出情報なのに」といった議論は見当違いの詭弁。もちろん橋下氏とは関係のない人たちだけではなく、今回のロジックでは、血を引き継ぐことになる橋下氏の子供たちに対しても大きな問題を孕んでいるが。
追記8
週刊朝日の「おわびします」記事においても、『同和地区を特定するなど極めて不適切な記述を複数掲載してしまいました』『多くの関係者を傷つける事態をまねいたことについて、深く反省』となっていて、
問題の中心が「橋下氏の人権が侵害された」ところには無いという扱い。妥当であるし、「橋下徹大阪市長の人権を侵害していない」からと今回の記事を擁護するのが如何に的を外した馬鹿げたものであるかも示している。
なお、同和地区を特定したも何もそんなのは既に衆知であろう、だから問題にはならないというのも、あの記事での同和地区の扱われ方 -橋下氏にネガティブなイメージを与えるための出汁にした- を考えれば通用しない強弁にすぎない。
11 :卵の名無しさん:04/01/26 10:55 ID:QxfYqAlS
そんで、つつましくしてるとケチだと思われるし。
12 :卵の名無しさん:04/01/26 11:32 ID:rkVwCccw
風呂もろくに入らなかったらしい。
15 :卵の名無しさん:04/01/26 11:44 ID:cmxYjD42
親父が3代目
兄と弟は進学校
落ちたらプロボクサーになろうと考えていたが
親族が家に来るたびに
「将来はお医者さんかなー?」
マジでぶち殺そうかと思ってた
19 :1 ◆fSAb5cRqRI :04/01/26 15:37 ID:nKt4UP2E
>>15
超わかる超わかる
私は父は二代目。私は進学校へ。しかし挫折、中退。下の子が今進学校でトップ。
それまでは親戚とか知人とかさ『将来はお医者様かな?』とか言ってたけど、進学校に行っても父を見てたら医者になりたいと思った事は一度もない。
んで中退したら親戚ん家行く事なくなった。近所の目とかあるし私は臭い物に蓋状態。それまで順調な道を歩んでた私が崩れる様を明らかに喜んでる近所のばばぁとかいたし、いるし。
てかやっぱり同じ事考えてた人いたんだなぁ。
いつまでも金持ちと思われるのも確かにアレだよね。小泉内閣から行政変わって医者も前より稼げてないんだよー!!
確かに得なのは風邪ひいてもただで治療して貰えるからね。怪我でも。
父は尊敬してますが、早死にしそうで心配。祖父が医者で早死にしたから。
………メンヘラーも多いのかな…
73 :おいは精神科医でごわす(^^;笑):04/01/28 12:32 ID:Zi1EEEHH
なんか身内に医者がたくさんいたから、高校卒業時何気なく医学部を受けました。
他の道はあまり考えなかったね。でも今は少し後悔してるわ。
卒業の時には、身内のものが誰もやっていなかった今の科に入りました。
医者の子はそれなりに苦労しているとおもうよ。医学部に行かなかったら、周囲か
らなぜ?と言う形でみられるし。いったらいったで、親族の知り合いの医者からは
◎◎の息子さんという形でみられるから、そのプレッシャーはきついよ。
89 :卵の名無しさん:04/02/01 03:49 ID:tU1HHKfK
父と母が医者。小学校からずっと公立に通ったけど楽しくやってた。
最近、中学時代仲良かった子に、当てつけのように嫌味を言われてしまって
後になってから、その子が医者の家にすごく憧れてたとわかった。
だから自分と仲良くしてた面もあったんだと気づいて尚更ショック受けた。
思い返してみて、自分と同じような状況の友達って一人もいなかった。
なんかそれに気づいた時さみしかったー。人付き合い嫌になっちゃった。
137 :卵の名無しさん:04/02/04 00:27 ID:aAw30SZE
実家は開業医だが、いたって質素だし、普通に厳しくしつけられた。
父も母も地味で普通、でも
だから、人のねたみを買わないように振る舞う癖がもう身についている。
医者の奥さんでこれ見よがしに威張って気取る人を身近にみて、
カルチャーショックだった。本人は玉の輿気分みたいだけど。。。
みっともない、、、
150 :卵の名無しさん:04/02/04 13:15 ID:7T6tQXj3
父・母ともに医者で、指定校推薦で医学部に進学する事を薦められていた。
「これからは医者も厳しい時代だし、女の子なのだから尚更向かない」という
理由?で止めるように言われた。私大に進学したけど
自分のやりたい事がさっぱり見えない。それ以来鬱ぽくなってしまった。
一人だけ「自由に生きていいよ」といわれると、見捨てられた気分だったな。
273 :卵の名無しさん:04/02/10 15:37 ID:XafxB9uo
医者の子ってだけで、親戚や近所は口を揃えて「将来はお医者さん
だよねー」と子供だった俺に言ってきた。
こともあった。
406 :卵の名無しさん:04/02/21 22:29 ID:RPtawQCp
開業医の長男に生まれ文系行くといったら村八分。脅迫されて一浪して今年旧設私立合格。私立なんて恥ずかしいと親が泣く。…もうどうでもいいや……
414 :卵の名無しさん:04/02/22 02:34 ID:w+jdgvEx
かなりのプライド持ってる。ほんとに苦労して憧れてなったんだと思う。
そのへん私立出身だったり、二代目以降の人だと余裕もあるのだろうな。
状況として>>406さんに近いかも。医者以外は仕事じゃない、くらいの勢い。
そうやって育てられちゃうと、いざ医者になれなかった時に辛いんだよね。
自分は女で逃げ道があったけど、男の人、それも長男だったりすると
肩の荷も重いだろうな。
この手のスレは絶対に変なやつが沸いてくる
その地区の汚染度合をはかる、って意味では実情にそくしてると思うよ。
でも、たまたまのそのホウレンソウを買ってしまって今まさに食卓にある、って状態をできるだけ避けたいから、
関東から離れるし、関東産の食品は食べたくない、という個人的な方針の話なんです。
そのホットなホウレンソウがたまに混ざるけど、ホウレンソウを食べ続ければ年間許容量におさまるだろう、というのは統計の考えであって、
絶対そうなるって話じゃないよね。
統計上の偏り、っていうのがあるでしょ。
もうアカンってレベルの汚染されたホウレンソウが、ごくごくごくたまに出てきても、調査量が多ければ黙殺できるけど、それを食べた人には影響するって事態もある。
許容量におさまる人80人、はるかに低い人10人、はるかに超える人10人、ってなるのも自然なことだし、たまたまひとり絶望的な被曝をすることだっておかしくないよ。
通学路にあるホットスポットが、たまたま一緒に帰る友達の家との別れ道で、毎日そこで長いこと立ち話する、って人もいるでしょ。
だから、均して計算すると、個人あたりの被曝量は、抽出検査の平均値に一致するっていうのは10年間とかの超長期で見ればそうなんだけど、
1年間とか、一定期間の個人で見れば大きく外れることは当然あり得る。
1年間の個人の被曝量を100人集めて計算すれば、もちろん群としては一致してくるだろうけどね。
まあそういう話。
統計上のばらつきの不運なところに、自分がなるかどうか、って話。
そうやって離れて自衛することが、そこまで非科学的ではないと俺は思っているし、過剰でもヒステリーでもない反応だと俺は思ってる、ってことね。
「そういう考えでそう振る舞うのもひとつだな」という考えも認めてほしいし、
「現実そうなる可能性は極端に低いからそうは考えない」という考えも尊重していいと思う。
一方が一方を否定したり、非科学的と言わず、放射線に対する証明しきれない部分への反応は、個人の判断を尊重しましょうよ、というのが、一番言いたいことかなー。
平素よりお世話になっております。
http://anond.hatelabo.jp/20120922164617
とある地方公務員が日々思ったことを10のコラムに分けて書いてみた
http://anond.hatelabo.jp/20121012225331
http://anond.hatelabo.jp/20121013233222
今回は地方で地味に活躍している日本共産党について書いてみたいと思います。
※これは地方公務員の立場というよりも、あくまで私の個人的な意見です。
※私は日本共産党員ではありません。
※また、一部は私自身の体験ではなく、別の同僚の体験も含まれています。
職務を行なっていると、地方議員と絡むことが多いです。特に議員は地域と密接に関係しているので支持者の陳情や苦情などを仲介して窓口にやってくるわけです。
たとえば、コンバインを通したいから農道を舗装してくれとか、今度町内会でイベントするから職員を派遣してくれ、といった類ですね。
その中で日本共産党の主戦場は、なんと行っても福祉部門です。生活保護、健康保険、介護保険、といった分野は特に力を入れています。
そして、生活保護では一緒に窓口にやってきて、受給希望者にマンツーマンで手続きを教えている光景を見ることができます。
共産党の議員が生保の窓口に来るというと、何か高圧的なイメージを持つ人もいるかもしれませんが、むしろ逆でお手数をおかけしてすみません、といった感じでやってきます。
日本共産党の議員は、元々福祉現場で働いていた経験のある人も多いので、福祉現場の苦労がわかるのかもしれません。
また、日本共産党はおばちゃん議員も多いので、気楽な感じで話せることも多く、生活保護受給者の世話を焼いているおばちゃんって感じです。
私は役所に入る前は、日本共産党=左翼=ヤバい人みたいなイメージしかなかったのですが、福祉に関われば関わるほど日本共産党の福祉における役割は大きいと感じるようになりました。
ケースワーカー、民生委員だけでは対応できない地域の特殊な問題も、共産党の議員、もしくは共産党関係者が間に入ることで解決した事例もあります。
※逆に保守系の議員は、横柄な人が多いです。やはり、地方議員といえど地域に対して一定の影響力をもっていますので、農業団体、建設業、医師、自営業、商工などなど、あらゆる方面でやはり保守系議員の影響力があります。
地方はやはり、保守系議員の力が圧倒的に強いので職員も神経を使う相手です。ただ、保守系の議員といっても、別に熱狂的な自民党議員というわけでなく、農家のおっちゃんだったけど青年活動していた成り行きで自民党会派に入ったというケースが多いです。
なので、根が地方のおっちゃんなので理屈よりも情とかお付き合いとか理屈じゃないところで落とし所を探るらしいです。(ベテラン職員はこれが本当に上手い。)
逆に若手保守議員は、尖閣問題とか憲法改正とか異常に関心が強いので、ちょっと怖いです。まぁ、元々代議士秘書していた人が多いからかもしれませんが、、、
生活保護を希望する人の中には、本当に困った人がいます。生活保護を支給してもすぐパチンコに使ってしまう人。家庭訪問で話をしようにも、すぐ怒る人。要するに普通の生活が営めない人です。
そういう方の自立支援をサポートするのを本来ケースワーカーに求められているわけですが、現在ケースワーカー一人当たり100世帯以上受け持つ事もザラなので、そんな余裕ありません。
また、公務員の人事システム上、ケースワーカーとして十分に実力が身につく前に異動になってしまい専門性が身につかないという問題があります。
その間隙をついて、日本共産党が独自の支援体制を作っています。具体的には地区ごとに相談窓口(法律、医療、税金)などをワンストップに受け入れる体制を作っています。
これは後述しますが、これが日本共産党の強みであり、他の政党にはない点でしょう。
また、日本共産党の人は、何というか普通の私達がみたら、ちょっとお人好しなんじゃないか、ということ平気でやります。
・時々いる困った市民にも切々と説得
などなど、はっきり言って行政なら、それはいくらなんでもやりすぎ、業務の範囲外とおもわれることもやります。
当然、いくらなんでもということはしませんが、基本的に良い人が多いです。
生活保護は、現在の日本共産党がオスプレイ、原発、大阪維新の会と同じくらい関心のあるテーマの一つです。
日本共産党という政党は基本的に個人事務所というよりも、あくまで日本共産党の支部ということで地方議員の事務所を構えています。
その日本共産党の事務所は、だいたい経済的に困窮した人の相談場所として利用されているようです。
どういうマーケティングを行なっているか本当に謎ですが、日本共産党の事務所にはワーキングプア、高齢者、障害者といった社会的弱者を見つけ、行政の支援につなげています。
日本共産党の支援で生活保護を受給した方に話しを聞いたことがあるのですが、その方はもともとホームレスをしていたところに共産党の議員が差し入れを毎日持ってきてことがきっかけで知り合い、生活保護を受給した方です。
最初は生活保護は恥ずかしいと思っていたが、毎日その議員と話をしているうちに考えが変わってきたとのことです。
なので、共産党のマーケティングと書きましたが内実は地道なドブ板営業なのかなぁと思いました。確かに共産党の支持組織としては医療生協や民商、共産党系の労働組合である自治労連などがありますが、案外普通の議員なら相手にしないような、つまり票にならないような市民を特に重視しているのかもしれません。
かつてエントリーの中で共産党のネットワークについて書きましたが、改めて書きたいと思います。日本共産党は先述の通り医療機関として医療生協、中小企業、零細企業組合として民主商工会、その他にも多くの組織と連携しているので非常に行政としては重宝しています。
だいたい地域の貧困問題に取り組んでいる団体があれば、直接的、間接的にせよ、共産党関係者が絡んでいることが多いと思います。それは共産党に限らず、社民党にせよ、民主党左派にせよ、いわゆる人権派、リベラル派というものは草の根でネットワークを作っているようです。
現在の日本は、自民党にせよ、民主党にせよ、基本的に保守派が大多数であるので、リベラル派というものが弱いという土壌があります。なので、人権問題に取り組んでいる弁護士や活動家は、政党の選択肢が少ないので共産党を支持しているというのが現状のようです。(当然、熱狂的な共産党支持者もいますが)ただ、弱者救済で積極的に取り組み、それなりに体制ができているのは今の主要政党では日本共産党ぐらいであるのは事実だと思います。
告白すると、お付き合いの関係で私もしんぶん赤旗を取るようになりました。ちなみにしんぶん赤旗というのは共産党の機関紙ですが、しんぶんという名前からわかるように独自の視点からニュースを発信しています。
最初はお付き合いで購読していたのですが、案外おもしろい。当然、あくまで共産党のバイアスがかかっているわけですが、それが逆にはっきりしているからわかりやすいです。
たとえば、最近話題になった次長課長の河本問題も、生活保護の扶養義務について詳細に書いていました。あれは実務をやっている人間ならわかるのですが、そもそも不正受給ではありませんし、扶養義務も道義的には人それぞれ感じるところがあるかもしれませんが生活保護法では定められていません。
憲法25条を持ち出すこともなく、現在の法制度では特に問題はありませんでしたが、ある保守系女性議員がきっかけで、マスコミが一斉にキャンペーンを行なっている中でしんぶん赤旗だけは筋が通っていました。
しんぶん赤旗は、大企業スポンサーがいないということでスクープが多いように思います。原発の裏にあった談合などは、原発ムラの実態もわかりましたので非常に興味深いものでした。
なので、他の新聞にはない視点を与えてくれるのがしんぶん赤旗の面白いところかな、と
ただ分析に関しては、特に安全保障についてはちょっと疑問が残るところは多々ありますが。その話題は今回のエントリーから外れるので控えます。
また経済政策に関しても、消費増税は内需を冷え込ませるのはそのとおりですが、その財源として法人税増税といった大企業の社会的責任の強化、労働規制の強化というのはちょっと今の社会情勢から見て厳しいのかなぁとも思います。
ただ何にせよ、分析能力に関しては僕も修行中ですので、コレも控えたいと思います。
また、やっぱり共産党の機関紙であるせいか、やたら大躍進とか、大きな一歩とか、煽りっぽい見出しになるのは仕方がないですね。
確かに日本共産党が与党に入るのは、やっぱり怖いです。ただ、日本共産党は現在のような貧困が存在している社会情勢ではやはり必要だと思います。
今後、消費税増税によってより一層中小零細企業が淘汰され、失業が増えれば、より共産党の存在意義が増すことになると思います。
これって、大学の時にちょっとカジッたマルクスの歴史観そのままじゃないかと、ちょっと不安になったりします。
ただ、本来政治の役割はあくまで弱者のためにあり、決して圧力団体の手足ではないはずですが、現状は後者の方が当たり前になっています。
弱者救済は、地方であれ、生活保護受給者であれ、時にバラマキと呼ばれます。なので、強い人に力を集中させれば、結果的に弱者におこぼれが回ってくるという学説がありますが、果たしてそうでしょうか。
仮にそれが事実だとしても、その恩恵はいつ弱者に回るのでしょうか。だったら、行政、ましては政治なんて本当に要らないのかもしれません。
資本主義の発展でも、弱者の救済でもどちらにせよ共産党の存在が必要だと思います。
皮肉なことに資本主義の発展を語る上で、所得の再分配がなくては資本主義の発展はありえませんので、共産党の活動が結果的に資本主義の延命に貢献しているのではないかと思ったりもします。
以上のように共産党推しでちょっと辟易した人もいますが、共産党のあの直向な姿はそれなりの奉仕の精神がなければ真似できないと思います。
共産党の実直な姿こそ、本来公僕としての公務員に求められているのかと思うと、何だか身の引き締まる思いです。
追記です。
http://anond.hatelabo.jp/20121022220611
ブログを始めました
http://anond.hatelabo.jp/20120922164617
とある地方公務員が日々思ったことを10のコラムに分けて書いてみた
http://anond.hatelabo.jp/20121012225331
生活保護の増大が財政を圧迫するといわれていますが、少なくとも私が務める町では財政圧迫はありません。
そもそも生活保護の財源はほとんど国が負担しています。詳しく言うと、生活保護の大半は国庫負担ですし、残りの部分につきましても地方交付税で補填されます。
したがって、実質市町村の負担は0です。いわば、中央から地方への再分配的側面が生活保護にはあるというわけです。
※ただし、大阪市のような特殊な都市は財政を多少圧迫しているでしょう。詳しく財政分析していなので半端なことはいえませんが、大阪市の生活保護の問題は全国的に見ても特殊です。
その背景には、西成地区の存在、同和被差別部落問題、在日コリアン差別の問題など多くの問題をはらんでいますので極めて慎重に検討するべきでしょう。
さて、町の零細商店主はだいたい税金の相談や、補助金の相談にお越しになります。
「ワシらが苦労しているのに、生保のくせにタバコを吸ってた、昼間からパチンコ行っている、本当に許せない」
といった内容です。
それは確かに許せない気持ちになるのもわかりますが、実際生活保護受給者は小さい零細の店で買い物をすることも多いです。
特に近くにスーパーがない場合は、そのような零細商店で買い物をしています。
地主、不動産業者ならば住宅扶助、病院なら医療扶助というよう少なからず生活保護受給者が顧客になることがあると思います。
具体例をいうと、築20年以上経った物件で、普通の人ならば住まないようなアパートも生活保護受給者が利用する事が多いです。
その際、行政が家賃を支払うので地主は食いっぱぐれません。加えて、住宅扶助上限まで家賃を要求する地主もいます。
というわけで、間接的に生活保護に恩恵を受けている人が案外多く、彼らの生活保護受給者が優良顧客になっているわけです。
生活保護の窓口には結構な頻度で市民団体を連れて生活保護に申請にお越しになります。誤解されている方もいると思いますが、そういう市民団体やら弁護士、共産党が連れてきたからビビって支給するわけではなく
同行してくるということはある程度、要件は満たしているということが担保されているのでスムーズに支給できるだけのことです。
それに手続きもだいたい、彼らが受給希望者にマンツーマンで指導するので手続きミスも少なくなるので事務作業が多少軽減されるんですよね。
生活保護というと、かつて水際作戦というものがあり問題になりましたが、現場の職員としては要件さえ満たせば支給します。別に支給を渋っても何のメリットもこちらにありませんし、逆に後で餓死なんてことになったら一生トラウマになります。
共産党というと何か全共闘と混同しているかもしれませんが、比較的穏やかな人が多いです。
あくまで生活保護に限っていえば、生活保護に限らず、多重債務、DVといった福祉現場で働いたときには何やかんやで地域の共産党のネットワークと関わることになります。
やはり、弁護士や社会福祉、医療機関など幅広くパイプをもっているので、何かと相談しやすいんですよね。民商やら医療生協やら、小さい市民団体などはお世話になりました。
地方はムラ社会ですので、やっぱり生活保護受給者は肩身を狭い思いをします。
バレると、村八分とはいいませんが町内会から徐々に距離を置かれます。
本来はそこで地域が支えるべきだと思うのですが、結局行政が面倒を見なくてはいけません。
それに生活保護受給者の大半はお年寄りで、基本的に真面目なので生活保護を受けることにかなりスティグマを感じているようです。
生活保護は権利だといくら共産党系の方が言っても、当人はあくまで生活保護は「施し」だと思っているし、周りもそう思っている。
加えて、最近の河本報道で余計に生活保護受給者を取り巻く環境は厳しくなりました。
残念なのが、生活保護など知らなかった子供が知名度が高い河本の報道をきっかけに、生活保護を受けている子供をいじめるという事例が報告されていることです。
これは昔からありましたが、それがより一層エスカレートしているように思われます。
大人はいじめはダメだというけど、生活保護受給者を軽蔑するのは良しという風潮が、何も関係がない子供に及んでいる現状はあまりに悲惨です。
生活保護も公共事業も結局バラマキだというけれど、地方においてバラマキ経済以外の経済モデルでは存続できないのも事実です。
ロクな企業もない、ましてや産業もない。結局、減税だの、規制緩和だのやったところでそもそもプレーヤーが少ない地方経済において何の効果もなく、逆に財政が逼迫したことは小泉政権期に行われた三位一体の改革でわかると思います。
それは自民党から共産党まで結局、いかにして富を中央から引っ張ってくるのか、ということが至上命題になるわけです。
当然そこには業界との癒着という問題もありますが、それを見過ごしても余りあるメリットが地方にはあるということです。
これが地方が結局中央に依存した経済構造がもたらした弊害なのかもしれませんが、もはやそれ以外に生きる道は地方にはありません。
http://anond.hatelabo.jp/20110816094649
つまり、現在行われている生活保護バッシングは言ってみれば、納税者の復讐であり、その矛先が税金の受けてである生活保護受給者です。
そして、同じく税金で生活している公務員も例外ではありません。
日々、地域と関わっているといろんな影の部分をみることになります。生活保護の家庭で育った子供たちは果たして中学校まで卒業できるのか、消費税増税によって経営が本当に回らなくなる商店主はどうなるのか、
そういった現場を知ればしるほど、この国の抱える問題は非常に根深いものがあります。
追記です
http://anond.hatelabo.jp/20121015233513
ブログを始めました
公務員が相変わらず人気のようです。
確かに、現在の日本を取り巻く現状から公務員になりたい人の気持ちはわかります。
私自身公務員をしておりますので、公務員志望の方からアドバイスを求められることがあります。
http://anond.hatelabo.jp/20120922164617
前回、ちょっと暗くなるようなエントリーを書いたので今回は少し軽いノリで書きたいと思います。
私は一地方公務員ですので、市民と日々接する機会が多いのでよく感じるのが公務員に対する嫉妬と憧れの眼差しです。公務員に対しては、俺らの税金で飯食いやがって、もっと働けと思ってる一方で、自分の息子は絶対公務員、娘は公務員の嫁と考えている人が地方はやっぱり多い。確かに、地方でまともな職業といったら、公務員、教員、銀行員といったところです。だから、地方では公務員予備校が大人気なんですよね。
夜の街といっても風俗ではありません(地方公務員は顔がバレるとまずいので地元の風俗には行きません)いわゆる飲み屋ですね。なんだかんだで、総務系の部署は案外定時で終わるので、飲みに行く職員が多いです。そして、地方で繁盛する店は公務員のリピーターがいる店です。公務員は安定収入ですので、その店に対しても安定した顧客になってくれるわけです。民間だったら、明日の仕事を気にして平日に飲みに行く事を控えるかもしれませんが、時間を持て余した職員は今日も夜の街の経済活性化に貢献するわけです。
これは今度ちゃんと書こうと思いますが、案外生活保護が地方経済を支えている面は多いです。具体例をいうと、基本的に生活保護の大半は国の補助で地方への負担はほとんどありません。たとえ負担があっても交付税措置で軽減されています。生活保護が自治体財政を圧迫すると思っている人がいるかもしれませんが。嘘。地方財政を担当している時は、国の生活保護がある意味地方に対する所得移転、再分配的側面があるような気がしたものです。(当然、生活保護は国家財政には負担になる)それに生活保護受給者は車が持てないので、買い物は地元のスーパーで買うことになります。郊外のイオンとか利用すれば安いけど、足がないので地元のスーパーで買う。だから、生活保護受給者が多く住んでいる地区のスーパーや小売店ってなかなか潰れない。パチンコに行ってけしからんという人もいるけど、パチンコ屋はパチンコ屋でなんだかんだで地方に雇用を産み、税金も納めてくれるし、イメージ戦略のために地域の協力を惜しまない。なので、生活保護をバッシングする人はある意味正しいのだけれど、ある意味見落としているよなぁと思う。今度、この生活保護のことはじっくり書きたいと思う。
これは前のエントリーにも書いたけど、昼間に基本若い人は来ない。高齢者ばかり。年金、健康保険、税金といった類は業務の範疇なので対応は容易だが、陳情にも似た「地域の代表者」系がときどき来るのが厳しい。地域の代表というと、民生委員とか町内会長だとおもいきや、そういう地域のコミュニティには距離を置きながら独自のコミュニティ論を展開する人々が増えている。おそらく、出自は退職世代でしょう。彼らは今まで会社に属していたので地域コミュニティと関係を持たず、いわゆる「社縁」で生息してきたわけですが、退職して地域にどういうわけか関わるようになり、積極的に市町村に提言をするようになりました。おそらく、今後彼は豊富な財力を元手に市議会議員、町村議会選挙に出馬するかもしれないと思うと本当に怖い。
地方において、人脈は大切ですけど、それ以上に「カオ」が大切。さっきの地域の代表じゃないけど、ある程度信用がなければ地域のあの独特のコミュニティには入れない。ぶっちゃけ、実力とか、実務能力がなくても、基本ユーザーは高齢者なので、「○○さんにはお世話になっているから」という理由で仕事ができる。いくら行政事務に詳しくても、市民にとったらどうでもいい。ましてや地方でfacebookで人脈作るよりも、寄り合いとか町内会とかにカオを売った方いい。最初は雑用というか役員に祭り上げられて冷や飯食わされるけど、かならず報われる。そうです、それがムラ社会ってやつです。
自民党、民主党とかいろんな党派がありますけど、地方議会なんて党派無視です。基本田舎は共産党と公明党を覗いて、みんな基本は同じ考え。地域コミュニティの再生と経済活性化という方向が同じで選択肢も限られるから政策論なんて難しい。本当に議会の仕事って、地元の有力者(町内会長、古株民生委員、先述のカオのある人)の御用聞き的側面がある。だから、たかが補助金の申請に議員を同行するからこっちとしては始末に負えない。あと、議会は政策を提案すると思っている人もいるかもしれないけど、基本的に地方議会は元農家とか、自営業とか、公務員OBとか制度や運用の粗捜しはできても政策は作れないからね。国がアレだから地方は。。。。
私は商店街よりイオンを使います。イオンの株主でもあります。それぐらいイオンを使います。確かに商店街というところの店主は本当に個性豊かで面白いし、地方の顔であります。だからその意義は街の観光を語る上でも必要不可欠です。しかし、商店街には組合というものがあり、それが一種の圧力団体となっている現状があります。かならずその商店街を地盤とする議員が存在し、商店街活性化を名目として、いろいろな助成金、補助金、低い融資なりを要求します。商店街店主の有力者は近くに駐車場を持っている地主なので、お金には困りません。これは商店街に限らず、農家、建設業者、医師、地方にはいろいろな圧力団体がありますが、要求はお金をくれです。しかし、彼らの圧力が結果的に国から地方を支える補助事業の圧力になるので、否定もできませんが、うーん、なんだかなぁ
ヒントだけ。職員は月額最高2万7000円の家賃手当がつきます。これは持ち家には適用されません。あくまで賃貸です。では、賃貸物件のオーナーが親族だったらどうなるでしょう?頭の良い人は気づいたでしょ?
公務員OBって案外楽しそう。長年地域で活動してきたので、地域活動にも積極的に参加する人も多い。あと、公務員には多趣味な人も多い。作家になった公務員もいるぐらいですしね。なので、地方の文化水準とか、ボランティアとか非営利領域を公務員、それも公務員OBが支えていると思う。私もそういう人になりたいものです。
公務員は公僕だし、私は一生その地域に貢献して死ぬべきだと思う。だけど、決して下僕だと思わない。主権者である国民、市民が誤ったことを言えばそれを諌めるのも公僕の使命だと思う。公務員も同じ人間だし、今のデフレ日本では相対的に恵まれているかもしれない。残業代もでるし、社会的にも認められている。だけど、公務員だからといって聖人君子を求めているのはやっぱりおかしいと思う。この国はじわじわ衰退の道をたどっているけど、それでも公務員として精一杯がんばって、大好きな地域で死にたいものです。
http://anond.hatelabo.jp/20121013233222
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http://anond.hatelabo.jp/20120814124306
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20120814124306
『ロマ(ジプシー)の害虫ぶりを教えてやる』を書いた増田ですよ。賛否共々サンキュ。
当人としても意図的に過激に書いたので自分の同意する人間よりも否定的な意見が多くなるだろうなってのは承知のうえだったけど、思ったよりも「これはひどい」タグが少なくて意外でしたよ笑
ただはてぶの批判コメントを見回しても、まともな批判コメントが少ない。つかあきらかに俺のエントリをまともに読んでもないくせに他の人のはてぶコメントだけ読んでコメントしている連中が多すぎる。あのさ、「もう民族粛清とか強制収容キャンプとかが社会正義的に不可能なヨーロッパのなかで社会のルールを無視して好き放題やっている害虫のような連中に対してどう対処するか」って話してんのになんで未だにファシズムとかナチスの話になるんだよ?俺がいつああいう害虫には暴力を使っても問題ないみたいな話したよ?「黒とも白ともつかない感覚」っていってんに何勝手に白黒つけて一刀両断しようとしてんだよ?おまえらまともに人のエントリを読まずにコメントしてるのバレバレなんだよ。批判するならもっとまともな批判をしてみろよ。俺がぐうの音も出ないほどになって元エントリを消したくなるようなコメント残してみろよ。今回の件で有名ブロガーが次々とはてぶ非公開にしたがる気持ちがよくわかったわ。
最初にちゃんといっておくよ。今更「俺のいっているのは綺麗な区別で、差別なんかじゃない」なんてサムいことを言うつもりはないよ。俺はヨーロッパに巣くうジプシー連中がダイッキライだよ。6,7年前に初めて出張でパリに行って空き時間にちょっと観光しようとしたらジプシーの売り子数人に目をつけられて、なんか汚いけど子供相手だし安いみやげ品なら買ってもいいかなって財布だしてモタモタしているうちに俺の財布の中身をかっぱらってダッシュで逃げていったあのガキどもの後ろ姿を見た時からあいつらには絶対に心を許すまいと誓ったよ。いまでもヨーロッパの町中であいつらを見かけても、俺自身はスルー技術を身につけて完全シカトしている最中でも、まだそういった対処も知らない若い観光客の周りにハイエナのように群がるあいつらをみると顔面を蹴飛ばしたくなるよ。この黒い気持を差別やらレイシストやらと言うんなら勝手にするがいいさ。
でもな、自分の保身も兼ねていっているが、過去に酷い経験をした人間が相手にこういった黒い気持ちを持ってしまうことは仕方ないことなんだよ。こんな俺や周りの知り合いが散々酷い目にあっても「あの子たちも貧しい生活を生き抜くために必死でやってるんだ」なんて清い心で見守れるほど高尚な人間じゃないんだよ俺は。
ただ決して超えてはいけない一線ってのがある。それが個人・国家レベルの暴力であいつらを虐げようとすることだ。この一線を超えた瞬間に俺らはあいつら以下の存在になっちまう。過去に世界中で犯してきた過ちをまた繰り返してしまう。俺や他の大半のヨーロッパ人もそういうのをわかっているから、害虫対策&スルー能力を鍛えてトラブル回避に勤めてるんだよ。地元のヨーロッパの旅行者がああいった連中に絡まれているところを見ると、あしらい方が本当に慣れすぎてて感心しちまうぜw
ヨーロッパ諸国(特に北欧・西ヨーロッパ)ってのは今では世界でもっとも人権やら社会正義に厳しい国々で知られているけど、あいつらだって第2次世界大戦が終わってからは民族紛争や虐殺を防ぐためにもジプシーみたいな連中を自分たちの社会に取り入れて安定を図ろうと努力はしてきたんだよ。でもいくらヨーロッパの連中が人と金を費やしても肝心のジプシーの連中にヨーロッパ社会に溶け込む意思がなかったらどうしようもない。せめて子供だけでもちゃんとした学校に通わせて教育を受けさせたら次世代からは希望がもてるだろうが、肝心のジプシーの親どもが教育の重要さをまったく理解せず、代わりに旅行者から金を巻きあえげる知恵とか大道芸とかそんなのばっかしか教えてない(子供のほうが稼げるから)。そんなこんなで問題を先送りにしてたときにリーマン・ショックで一気に景気がガタガタになって、どの国もジプシーや北アフリカ移民の面倒を見切れなくなってフランス初め各国で負債の押し付け合いの始まりですよ。
こんなヨーロッパ人を批判する連中は、だったらどうしたらよかったと思う???いっそのことジプシーのガキどもを強制的に親から引き離して人里離れた収容キャンプでヨーロッパ社会に溶け込めるように「再教育」してやったほうがよかったのか???でもそういった暴力的な手段を放棄するって俺ら先進国の人間は第2次世界大戦の後に決めたんだろ。
そういやはてぶ批判のなかで「個人の問題と社会の問題を混合するのは危険」ってコメント残してくれた人いたけどさ、それって違うでしょ。たしかに議論している際に個人と社会の問題をごちゃまぜにしたら話が進まないけど、こういった問題を現実的に解決しようとしたらやっぱ個人の意見はコミュニティの意見となって、そしてコミュニティの意見は社会全体の意見になっていくから最終的には全部つながっていくんだよ。ジプシー問題についてだって個人や各コミュニティに聞いたらやっぱ「自分たちの近所は勘弁」って意見になるし、そういった意見を吸い上げていって政府が取れる対応といったら税金つかって収容キャンプみたいなの作るか、それでも収まらなくなったら国外退去させるか、みたいな現実に行われている対応しかできないだろ。
ここまで読んだら、俺がなぜ前のエントリで「害虫対策しながら基本スルー」「自分たちの周りからは極力追い払う」という対処法に落ち着いたか理解できただろ?
それともまだファシストやらレイシストやら叫びたい奴はもう俺にはどうしようもないから、代わりに近所のTSUTAYAにいって『第9地区」っていうSF映画でも借りてこい。事前にわかりやすく解説してやるとだな、あの映画にでてくる臭くて粗暴で話も通じなくて危険でどうしようもないエビ宇宙人ってのは、ここで語られてたジプシーやら南アフリカの黒人奴隷やら世界各国の被差別人間のメタファーだから。あの映画内では強制収容キャンプに閉じ込めてたけど、実際にはああいうけっしてわかりあえない・わかりあいたくない連中が自分たちの住み慣れた街にやってきて好き勝手しているのが現実だからな。あの映画見ながらあのキャンプ近くの住人に感情移入して、それでも「エビ星人可哀想。あんなキャンプに閉じ込めるなんて政府マジ許せねぇ」とか心底思えるんだったら、もう俺から言えることはないわ。。。。
さっきはてぶ見てたら、あきらかにジプシー嫌いなくせにレイシスト認定されたくないから奴らの過去の経緯とか関連本の感想とか交えて遠回ししながらジプシーdisしてるブログ見つけてワロタ。そりゃ固定ブログで正直な気持ちなんて書いたら民度の高い(笑)はてぶユーザーの皆さんから一斉にレイシスト認定されるからな。だから今回はあのブログ主に代わって俺が増田という最高の舞台でなぜジプシーがヨーロッパ全土で嫌われているかを教えてやる。
ロマ(ジプシー)の起源やら歴史やらは今回はどうでもいいんだよ。重要な事実はジプシーってのはヨーロッパ全土の各国で嫌われている連中で、ビザとか国籍とかお構いなしで勝手に自分たちの国に住み着いて、自分たちの子供にまともな教育も与えずに地元住人や観光客相手にスリやサギ行為ばっかして生計を立てている本当にヨーロッパの害虫のような連中だってことだよ。
我ながら酷い文章を書いているなwwレイシスト?そう呼びたかったら好きにしろよ。あのな、遠い日本にいて難しい本やらドキュメンタリー読みながら「ジプシーの人たちも辛い過去と歴史があって、仕方なくああいった生活を送っているんだ。」みたいな高尚なことを言い出す暇があったら2,3週間でいいからヨーロッパ旅行してみろよ。実際にヨーロッパで暮らしている連中や、俺みたいに仕事から四六時中ヨーロッパの都市に出張している人間にとったらウザい連中以外の何者でもないんだよ。しかもだ、日本とかでもヤクザやDQNヤンキーみたいに「お近づきになりたくない連中」はたくさんいるけど、基本自分たちが奴らのいる地区で暮らさなかったら大抵のトラブルは防げるだろ?だけどジプシーの場合はあいつらが都市の住民や観光客をカモにしているから、頼まれてもないのにあっちから近づいてくる。おまけに俺みたいな日本人なんて奴らからしたら最高のカモ認定だから一瞬のスキも許されない。本当にめんどくさい連中だよ。
実際に俺や俺の同僚、友人、家族があってきた被害を並べるとだな、
・美術館周りでアンケート募集してるとやってきて、不覚にも立ち止まって話を聞いたら周りに数人仲間が集まってきて、グダグダしているうちに貴重品を盗まれる。
・オープンテラスの店で食事をしてたらテーブル近くに勝手にやってきて下手くそな楽器の演奏を初めてお金を要求する。んで断ったり金額が少なかったらあからさまに「ケチ!」って目線を返してくる。
・満員電車やバスで油断していると後ろのカバンやズボンにカッターで穴を開けて財布を盗む
・大衆食堂的な店で食事してたらいきなりテーブルにやってきて人の飯を食おうとして、そいつらを追っ払おうとしたらその横で違うやつが貴重品を盗む。
・上記ケースの大半は基本的に子供。地元警察が事前に規制しにくいから。
ざっと思い出しただけでもこんだけあるぜ。あと南イタリアとかギリシャとかにいくと路地の影で立ちションやらウンコとかしてるジプシーも簡単に出くわすぞ笑
せっかくの旅行先でこんなクソみたいな連中に絡まれて財布やらパスポートやら盗まれて最悪な気分にさせられたり、自分たちの大事に街にこういう害虫が住み着いてせっかくやってきてくれた観光客に迷惑かけているとことか想像してみ?奴らに比べたら数万倍は意思の疎通が図れそうなホームレス相手にも冷淡な態度をとる日本人にジプシーのことを理解するなんて無理だからマジで。
しかもこれって南米やアフリカじゃなくてヨーロッパの話なんだぜ?ちと経済的にやばいスペイン、イタリア、ギリシャだけじゃなくまだ余裕のあるフランスやドイツの都市にも大抵はいる連中。んでこういった国々って本人たちがその気にさえなれば国の社会保障制度を使って違法移民でも仮住まいや食料の申請やら子供の就学手続きなんかはできるはずだろ?でもジプシーの連中はそれすらしないんだよ。ヨーロッパの社会に溶け込まずに独自の社会にとどまったままで、おかけに子供の就学の機会も奪って、そのかわりに観光客相手にいかに騙すかとかスリのやり方とかそんなことばっか教えてるんだよ。住んでいる住民にしたら自分たちの政府に対してこんな連中さっさと自分の街から追い出してくれ!(not in my backyard!)って要請したくなるもんだろ???
ここまで説明しても「それは彼らのいままでの過去があまりに過酷だったから」とか「根気よくコミニュケーションを続ければきっといつか分かり合える」みたいなお花畑なこと言う奴がでてくるだろ?ほんとウザいよな。まぁ100%不可能とは言わないけど、確率的には「世界中の経済が自由市場経済の元に成り立てば、最初は酷い格差はでるだろうがいつかはトリクルダウン理論のもとで富が全世界の人に行き渡って貧困は撲滅する」とか真顔で話してくるネオリベ野郎くらいには信じてやるよ。
ただ俺に言わせれば、そうやってバカ正直に「いつか分かり合えるはず」とか信じている奴のほうが怖いんだよ。そういった奴が善意のもとで必死にジプシーみたいな連中を俺らの社会に適応できるように「教育」しようとしても、奴らにとってはまた新しいカモが来たくらいのノリだから逆に搾取されるのがオチでさ、んでこうやって自分の善意が踏みにじられた先にある感情は「憎しみ」とかになるわけよ。ヒトラーとかポルポトのような連中は生まれてからああいう悪魔のような人間だったと考えるのは間違いで、本当は最初はピュアで本気で善意のもとで変革を望んでいた奴が、どこかのタイミングでダークサイドに落ちると一気に民族粛清とかはじめるんだよ。
だから俺やヨーロッパの住民みたく「ジプシー=害虫」みたいな対応で、日頃から害虫対策をしっかりしながらスルーしていくのが一番賢いし正しいんだ。もちろん俺らの社会のシステムやルールを尊重して、ちゃんと俺らのルールの元で努力してがんばろうとしてる奴はちゃんと認めてやらないといかんよ。でもそれすらせずに好き勝手して迷惑ばっかかける害虫はさ、死ねとまでは言わないから極力スルー&うちの近くにはやってくるなって対応をするしかないんだよ。俺とかいまだに自分の子供ができたらどうやってこういうことを教えるべきなのかいまだに迷っているんだぜ?だって下手に善意を見せて助けようとしたら逆に痛い目をみるだけだもの。子供とかだったらマジで誘拐されかねない。
こういう黒とも白ともつかない感覚って実際に現地で生活しないとわかんないんだよ。だからこれ読んでいまだに納得できない奴は頼むから2,3週間か1ヶ月でいいからフランスやらドイツに短期ホームステイしてみてくれよ。
たまにアルファブロガー「ちきりん」女史のブログを覗くのだが、
「大阪と京都の間でこの環境を維持するのは至難の業、環境維持のためにサントリーは株式公開すべきじゃない」
と書いた上で、
「先日新幹線不通で足止めされたので、在来線で大阪→京都を走ったら、途中山崎を通ったので
『こういう場所なのか』と感心した」とあった。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/20120424
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120623
自分は今でこそ東京在住だが、幼少時にこの付近に居住しているし、
妻の実家もこの近辺なので、結構このエリアには「土地勘」がある。
「ちきりん女史の心配は有難いが、まあサントリーが遮二無二保護しなくても、
なぜ大丈夫なのか?をうまく説明できないが、
しかし、CMでは「大阪郊外」とは絶対言わず、「京都郊外」と宣伝する。
「JR山崎駅」は駅舎は大山崎町に属しているが、ホーム3分の1は島本町に属している。
★というように、島本町は、「どこに属しているのか、アイデンティティ不明な町」である。
大阪都心勤務者が多いのは事実であるが、「大阪人」の意識は希薄で、
かと言って「京都人」でもない。
人口で言えばせいぜい3万人しかいないのに、特殊なアイデンティティが醸成されている。
★以前は結構工場も立地していたが、近年工場は相次いで移転し、
一方、田畑もちょっとはスプロール化・宅地化しているが、宅地化のスピードは遅く、
まだまだ田畑が数多く残されている。
つまり、「田畑が多く、一戸建てはそんなにないが、その一方でマンションが多い」という景観になっている。
★東京カンテイという不動産情報会社が、3大都市圏の自治体別マンション化率を発表している。
「全世帯数の中で、どれくらい分譲マンションが占めているか?」という数値で、
島本町のマンション化率は「4割」と異常に高く、郡部では全国最高値、
言い方を変えれば、
「駅前や工場跡地をマンション化させて、そこに新住民を収容することで、
田畑のスプロール化を食い止めている」とも言え、一種の「コンパクトシティ」が実現している。
★サントリーの地下水が自慢の町で、かつては町営水道は100%地下水だった。
このような環境で、一方で大阪都心も京都都心も30分圏、新幹線にも乗車しやすい、ということで、
「自然環境にこだわりを持つファミリー層」が意図的に移住してきている。
町営水道は府内一高額だし、町内には繁華街めいたものは一切ないのだが、
「そういう不便やデメリットは百も承知、自然環境が良いんだから、目を瞑る」という
こだわり世帯が新住民として移入してきている。
「文教地区だから移入したい」という理由がメーンであり、「自然が豊富だから移入したい」という感じではない。
東京都心から30~40キロはなれたエリア、例えばふじみ野市とか越谷市とか印西市とか、
しかし、島本町への移入する新住民は、印西市とかふじみ野市とかへの移入住民よりも、
より強い「自然へのこだわり」があるような気がする。
★現時点では町内の工場はサントリー程度で、後は企業の研究所とかが多い
その意味では、公害的問題、あるいは「すさんだ工場街」という感じの風景が、
町内にはあまり見受けられない。
★サントリー工場の税収が多いのか、企業の研究所の税収が多いのか、
町の財政状況はそんなに悪くない。
町のアイデンティティを壊すような高槻市との合併に後ろ向きだった、と言うべきか。
(むしろ気質が似ている京都府大山崎町との越府合併を望む声も)
新住民の気質が良くわかる出来事として、
「かつて島本町議会は、全国で一番女性議員の比率が高かった自治体だった(4割)」
というエピソードが如実に示している。
「男性の行政能吏とかじゃなく、業界人とか女性に町政を担わせる、その方がいいじゃん」
というムードが、なんとなくこの町には流れている。
そういう「尖がった町」「異形の町」なので、サントリーの源水地を乱開発するようなことは、
まあしないんじゃないかなあ?
http://anond.hatelabo.jp/20120704205323
だから、城下町の武家屋敷地域を除けば、農村地帯は全域が部落地帯。単に士農工商の農民しか住んでなかった集落のことに過ぎないから、いわゆる被差別部落の部落とは全く違って補助金なんて当然出ない。部落という言葉はありふれて誰もが馴染んでいる日常用語だし、それ無しではどんな社会生活も成り立たない。小中学校時代も全員が部落の子供達だから、部落差別問題は教育として取り上げようがなかった(子供が変な勘違いしたら大変なので)。
なのに近年、関東以西の部落差別問題のせいで、東北の部落まで名称変更をさせられて非常に面倒。
「ここから〇〇部落」の道路標識は一枚も余さずことごとく「ここらから〇〇町内会」に建て替えられた。老朽化していた訳でもないのに何故わざわざそんなことするのか。県庁と教育委員会の人達の話を聞いたら、他の地方の人達が持つ部落意識への対策ということだった。東北の部落に部落問題の差別は無いとアピールして全国に浸透させる労力よりも、自分で自分の名称変更する労力の方がまだ少ないと判断したらしい。東北の部落は被差別部落では無いというアピールは、それこそが被差別部落に対する差別になるからできないし。
お陰で、あらゆる行政や教育や市民活動で、部落消滅のための名称変更が大進行中だ。「〇〇部落」と書かれた古くから伝わる記念碑や神輿も「部落」のところだけ修正された。「〇〇部落PTA」と書かれた交通安全旗とかも回収。今まで全部「部落」で習慣的に統一されて便利だった呼称が、何の決まりも無くバラバラに、一部は町内会と変更されたり、また一部は地域や地区と変更されたりしている。全くもってゴチャゴチャと名称乱立でみんな大混乱。「消防団の場合は〇〇部落が〇〇区域になったんだっけ?〇〇町内会?何だっけ?」と書類書くのもいちいち新名称を確認しなくてはならないので面倒臭い。そもそも、部落差別なんて過去の遺物になってるであろう今の時代にガンガン推し進める必然性なんてあるのか。それに何より、これらの名称変更には、税金だったり部落の共同出費だったりして相当に無駄金がかかってる。
そんな訳で、どこかの意識の高い人達が部落差別問題と騒げば騒ぐほど、差別を無くす教育よりも、部落は差別対象だったという知識の方が広まって、今まで差別なんて無かった関係ない東北の部落までもが差別対策をすることになってしまっている。余計な金払って伝統的名称を排除した挙句に大混乱で、こんな面倒な羽目になってとんだとばっちりだ。
例によって、かなり長めの文章を書くつもりでいたのだが、どうしても途中から筆が進まなくなってしまった。よって方針を変更し、ちょっと短めの文を書いてみたいと思う。…と思っていたが、最終的に書き上がった文章はそれなりに長いものとなった。覚悟して読んでいただきたい。
まずはじめに断っておくが、私は武雄市在住のれっきとした武雄市民であり、もちろん住民税等も武雄市に納めている。よって今回の問題については一市民として堂々と意見を物申すことが出来る資格があると考えている。
なぜそんな回りくどいことをここで書くのかといえば、ネット上での一部で、「武雄市民以外の人間が武雄市のことにごちゃごちゃ口をだすな」的な発言が多用されているためである(誰がどういったかは言った言わないの話になるので、各自検索していただきたい)。よって私がここで発言することには、武雄市民でないからなどという屁理屈は一切言わせないぞ、と一応宣言しておくこととする。
これで拒否されるなら、来年度から住民税をふるさと納税制度を利用し合法的に武雄市以外の他都市に支払う覚悟であるので、念のため申し添えておく。
さて、全国ニュースにも取り上げられるようになった武雄市図書館・歴史資料館(エポカル武雄)のカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下CCC)への業務委託の件である。
5月4日の記者会見以来、その内容をめぐって「健全な」論戦が繰り広げられている(と少なくとも私は思っている。そう思ってない方もいるようだが…)。
気の変わらないうちに先に書いておくが、今回の件で私は武雄市長には一つだけ感謝していることがある。それはなぜか。
ふだん私もエポカル武雄は利用している。今年も既に数回は本をかりている。勉強にも行っている。何しろ近くにあるので便利なのだ。ただ行けるのは土日くらいのものだが。
で、だ。私はこれまで生きてきた中で、図書館は「あって当たり前のもの」だと思っていた。武雄市も「市」だが、以前いた土地も「市」だ。法律で「市」には図書館を設置すること、となっているので、図書館があるのが当たり前の環境だったわけだ。これがもし「町」や「村」だったら、図書館がなかったかもしれない(もちろん図書館が設置されている素晴らしい「町」「村」もちゃんとあります。念のため)。
そんな環境で過ごしてきたせいか、図書館はあって当たり前、無料で本が読めて借りることもできる、快適な環境で静かに勉強ができる、くらいのイメージであった。
よもやその裏側で、司書さんを始めとするスタッフがいかに苦労をされていたのか、選書だったりリファレンスだったり、もちろん貸し出し返却や蔵書整理、はては郷土資料の収集保存など、様々な業務を行なって下さっていたことを、今の今まで恥ずかしながら知らなかったし、考えたこともなかった。また、「図書館の自由に関する宣言」の存在も知らなかったであろうし、その歴史的な背景について知り考えることもなかっただろう。
おそらく、今回の件がなかったら、もしかしたら死ぬまで図書館の裏側については知ることもなく考えることもなかったかもしれない。
そう考えると、今回の件で、改めて図書館に関わるすべての方に感謝すべきだと気づくことができたし、図書館が無料で使えることのありがたさ、私たち市民の「知る権利」や「読書の自由(貸出履歴の秘密保持)」があることの大切さに気づくことができた。この点では武雄市長には感謝以外の何物でもない。改めてこの場でお礼を申し上げる。
忘れないうちに、この件についての私の考えを簡単に述べておこう。文句もたくさんあるが、それは後になってくるに連れて出てくるだろう。
まず、指定管理者制度そのものの導入については、絶対反対とは言わない。というのも、それこそ最近エポカル武雄で借りてきた本の中に、「私たち、図書館やってます」という本がある。興味のある方はぜひ読んでいただきたいのだが、これにはとあるNPO法人が図書館の委託運営を行なっている事例が事細かに載っている。彼らは市民の視点から、市民に必要な図書館のあり方を常に考え運営しており、市民の行政参加という面からも評価できるものである。ただ、最近佐賀市で指定管理者で運営していた図書館の分館が、直営に戻されるという事例も起きており、どういった形が望ましいのかはよほど慎重に考える必要があるのではないかと思われる。
開館時間の延長についても、概ねは賛成である。私もしがないサラリーマンである以上、図書館に行くことのできる日は決まっている。夜7時でも普通に仕事をしていることも少なくないので、開館時間が延長できたら夜家に帰る前に寄るなど、自由度は格段に向上する。
ただ、便利になる反面、運営費が上がることは覚悟しておかなければならないと思う。市長は1割減という発表をされていたが、本当にそれは可能なのか。民間に委託するから安くする、という簡単な理論ではあるまい。事務の人間を減らせばいいというものでもあるまい。図書館は貸出返却の業務だけではない。TSUTAYAのアルバイト店員のような感覚で務まると思ったら大間違いだ。そこはよく精査する必要がある。
それと、蔵書の整理や虫対策の燻蒸など(市長は書籍には燻蒸しないと思っているようだが、武雄の場合は書籍にも燻蒸を行なっている。過去にホームページに掲載した履歴がある)、どうしても休館日が必要な可能性が出てくるのだが、それはどうするつもりなのか。まぁ蔵書を並べるくらいなら、書店のように利用者のじゃまにならないように随時行うことで、ある程度の作業量をこなすことはできるかもしれない。また、ある村では自動機を利用して無人で24時間貸出を行なっているところもあるので、それも導入の参考にはなるかもしれない(さすがに防犯上すべての本ではないと思うが)。
20万冊の本をすべて開架にするとのことだが、それはそれで結構な話だが、物理的にどうなのか?という疑問は残る。私も通っているのでよくわかっているつもりだが、記者会見のスライドで出ていたパースはどう見ても壁の部分にも本がズラリと並べられていた。となれば、かなりの部分を改修する必要が出るだろう。果たしてその費用はどこから出てくるのか。委託費用の削減分と簡単に言うが、前項の理由で本当に削減できるのかは正直怪しいと思う。せめて議会にはきちんと積算根拠が提出されることを望む。でなければ納得はできない。
また、現在の開架部分もよほど高い本棚にし、かつ本棚の間隔を狭めないことにはまずそれだけの冊数の収納は難しいだろう。ブックオフのように背伸びしても届かないくらいの高さになってしまうのか。利用者の利便性としては後退しそうな気もする。また逆に貸出不可のため大事にしまっておくためにわざと閉架にしておく資料だってあるだろう。そういったものの区別はきちんと付けるべきである。
次にカフェダイニングの件だ。
図書館でたしかに喉が渇くこともあるだろう。今の図書館は、入って左側にカフェコーナーと称した空間があり、水を飲んだりジュースを飲んだりすることができるようになっている。あれではダメなのか。そんなにスタバがほしいのか。よくわからない。
第一、市議会1日目での演説を聞いていて私は愕然とした。図書館が教育施設というのなら給食はどうなるのか、というあの発言だ。何を言っているのだ。学校は確かに教育施設だ。しかし、そこでは子供たちにきちんと教育をする。給食の時間は皆一斉に机の上を片付けて給食の準備をし、盛りつけて皆同時に食事をする。その時に、おしゃべりこそすれ誰が本を取り出して読み始めるというのだ。普通そういうシチュエーションならば、先生が「食べているときは行儀が悪いから本を読まないように」と注意するだろう。もちろん家でも同じようなことがあれば「行儀が悪い」と怒られるだろう。それと図書館でコーヒーを飲みながら本を読むのと一緒にしてどうする。それは躾の問題とは言わない。TPOをわきまえろといっているだけだ。
飲み物を飲むなとは言わない。例えばペットボトルのように蓋が閉められるものであれば持ち込み可、ただしこぼして汚したら弁償、とするだけでも市民の利便性は上がるし、こぼしても自分のせいとあきらめも付くだろう。実際にその方式をとっている図書館もあるようだが、調べてみるとよいだろう。
あとは文具を売ったり雑誌を売ったりするということだったが。
まぁ最近は、例えば水族館などの観光施設で、来館記念にと施設のオリジナルグッズを製作販売しているところも確かにある。ゆえに、そういったノリでの文具販売という形なら無くはないかもしれない。エポカル武雄もオリジナルのマークがあったはずだ。そのマークが入った筆記具など、オリジナルの物を売ってみるのはありかもしれない。
ただ、それ以外のもの、特に雑誌あたりを売り始めるとなるとちょっと話は変わってくる。文具にしろ雑誌にしろ、既に市内にある商店ともろに競合する話になってくるからだ。これは図書館での説明会に言った方から聞いた話だが、とある書店の方が雑誌販売について尋ねたところ、既存の書店は競争してもらいたい、という旨の話が出たという。
ちょっと待て。競合ということは、つまりTSUTAYAと競争しろということか。かたや巨人、かたや零細となってはどこにフェアな競争条件があるというのか。もっと言わせてもらえば、首長というものはそもそもその自治体の経済的発展のために力を注ぐのもひとつの重要な仕事であろう。そりゃ工業団地を作り企業を誘致することで雇用も生まれ市には税収が入ってくるかもしれん。だがそれだけではなく、雇用された人が市内に住み、消費行動を起こすことで地域の経済が回っていくのではないか。では地元の商店はどうか。ゆめタウンなど大型店舗が増え、自家用車で買い物に行く人が特に若い人を中心に増えた。そうすると旧来の商店街からは客足が遠のき、もはや青息吐息となってしまっている。そんな中でさらに巨人を首長自ら引っ張ってきて、競争をせよというその信念が理解できない。むしろ地元の書店や文具店等にスペースを有償で貸し出し、ここで商売をして儲けてぜひ市に税金をたくさん納めてくれ、というのが地元自治体のあり方ではないのか。何か根本的なところから間違っていると言わざるをえない。
…だんだん疲れてきた。ここから文章崩れます。中の人も崩れてます。ごめんなさい。
まず、映画・音楽の充実でTSUTAYAレンタルをする、と。それでその内容は既存の武雄店と被らないような品揃えにする、という話だったように思う。
…で?
もう隣接地に別にTSUTAYAを作ったらいいじゃないか。なんで図書館内でやるの?図書館同様無償で貸し出すならともかくとして、有償で貸し出すのだったら単なるTSUTAYAだよね?
むしろ近くにあるレンタル屋(SQUARE)がどう思っているか聞きたいよ。多分本屋さんと同じ事を言い出すと思うけど。
iPadでもWebは見られるよね?今の図書館でもWebで蔵書検索はできるよね?私は結構利用しているのだけど。まぁメリルというちょっと危ないシステムではあるから(岡崎図書館事件でぐぐってくれ)、変えられるなら変えたほうがいいけど、それ以上に何がご不満なの?むしろMy図書館の青空文庫化をどうにかして欲しいのだが。
これもエポカル武雄にあった、増田社長の本「代官山オトナTSUTAYA計画」と「情報楽園会社」両方を借りて読んでみた。が、特に武雄に持ってきて嬉しそうな話は何もなし。むしろ確かにカンブリア宮殿でも見たほうがよっぽどマシかもしれん。ただね、テレビを見ただけで簡単に全国で同じ物が実現できると思ったら、大間違いだと思うだけど。代官山はむしろTSUTAYAでは採算度外視と番組内でも明言しているわけで、そんないくら掛かるかわからないようなシロモノを丈夫に作って、コスト削減ができるとはとても思えないのだが。コストとコンセプトが見合うという根拠を示してもらう必要がある。
極めつけはTカードだ。
ポイントを付けるためには日時を記録しておく必要が有る(あとで訂正する必要があるかもしれないからね)。貸出日時が全く同じ、ということはまずありえないから(カウンター2台での確率を考えてみればすぐわかる)、その時点で名前が直接わからなくても、特定の人間を判別することは容易だということだ。
もう高木浩光先生はじめ、ネットのセキュリティ関係者のみならず、少々データベースが分かる人は総ツッコミしているわけだが、これはもう誰かセキュリティに詳しい人が進言してもらうしかないんじゃないかな。市議会でもそこまで詳しそうな人はいないと思うし。
一つだけ書いておくと、今のコンピュータを舐めるな、と。というか人間を甘く見るな、ということだ。たとえシステムが別々に分かれていても、それを管理する人間が同じであれば、簡単に両方のシステムから共通する情報を抜き出すことはわけないということだ。データさえどうにかしてシステムから取り出せれば、名寄せくらいなら多分私でもできるぞ。世の中には便利なソフトがあるからね。
Tカードの規約を知らない人は(カードを作ったけど、あの小さい字なんか読んだことないというそこのアナタだ)、ぜひ一度読み返してもらいたい。ネットにはちゃんと大きな字で書いてある。何故か色は薄いけど。そこには、ポイントプログラム参加企業で個人に関する様々な情報を共通利用できる旨のことがちゃんと書いてある。個人情報は法律上は住所とか名前とかだが、個人に関するセンシティブな情報だってたくさんある。家族のこと、買い物の履歴(例えばファミマで何を買ったとかガストで何を食べたとかエネオスで石油を入れたとか蔦屋で何のビデオをレンタルしたとか…いろいろだ)など、人によってはそんなの他人に知られたくない、といった情報もひとまとめになっているのがこのTカードと呼ばれるシステムだ。ビデオを借りたらポイントが付いて便利じゃんとか簡単に思っているかもしれないが、つまりわれわれは個人情報をポイントと引換に売り渡しているようなものだと思ったらいい。
それと図書館に何の関係が?と思うだろう。図書館は歴史的に個人の貸出履歴は秘密にしておきますよ、という宣言をしている(図書館の自由に関する宣言でググってほしい)。今のような平和な世の中ならそうでもないが、以前図書館の貸出履歴がお上の思想調査の材料として使われたという苦い経験があったのだ。それでその反省を踏まえてこの宣言ができ、図書館員は(たとえ民間委託であろうが)この考えを守る、ということで一致している。しかし、CCCがいくら情報を使いませんよーといっても、物理的に別々のシステムから一致する情報を探し出せる条件がそろっているのなら、コソッとされても我々利用者にはわからない。それをしません、とどうやって担保するのか。そこが今だ不明なところだ。
ちなみに、図書館でポイント、というのも実は既に別の図書館で事例がある。図書館独自のポイントではあるが、利用者を増やすというインセンティブだけの目的であれば、それでも十分客寄せの用は果たすだろう。
というわけで、ひと通り書いてみたが、時間がもしとれたら改めて順序立てて書いてみたいと思う。
まぁ、今回の一件については、1ヶ月以上の時間が過ぎたこともあり、twitterなどの議論に参加していても、徐々に話が散漫になってきているような気もしなくもない。それは主に以下の様な理由がある。
(1) この期に及んでもなお、話の全体像はともかく詳細が全く見えてこない。
市長は「議会で説明する」の一点張りで(それはそれでわからなくはないが)、そうかと思えば市民団体からの要望でと、当日になって急に説明会を行ったり、5月4日からの記者会見で話した内容と、後にブログに記載した内容に一貫性がなかったり、市民に対してきちんとした情報は全くといって良いほど出ていない。その割には市民からの反応が云々とブログに書くなど、何が本当なのかさっぱりわからない。
市からの公式な発表といえば、あの不便な顔本(Facebook、ね)にほんの数行書いているのみで、あとはCCCのりリースを見るしかない。と思っていたらさらにその抜粋が今月号の市報に1段だけ掲載されていたという…。なんじゃそりゃ。
市民の多くは、新聞やテレビなどの報道を見て初めて知った人も少なくないだろう。なにせ、ITに詳しい人だけが市民なのではないのだから、ネットが見られないとほとんど情報を知りえないという人も少なくはなかろう。そもそも、図書館が存在する理由の一つとしては、経済的な理由で書籍の購入が困難な市民でも、知る権利を保証するためという一面がある。とすれば、図書館の話はそういったITと縁遠い人にもきちんと説明責任を負う必要があるのではないか。
CCCと組むとこんな良いことがありますよ、というのは記者会見でもニュースリリースでも述べられており、基本的にその論調でしか正式な話は伝わってこない。
対して、ネットや一部報道などでは、CCCと組むことでこんなことも考えられるのではないか、と専門家(図書館協会やセキュリティ専門家など)の視点も交えて指摘をしているにもかかわらず、やれ荒唐無稽だの、対案を出せだのと明後日の方向でしか返答が帰ってこない。
指摘する方は、「今発表されている計画のままだと、こんなリスクがあり、そのままにしておくとこんな結果になりますがどうですか?」と指摘しているにすぎない。普通対案を考えるのはむしろ指摘されたほうだろう。「そういう問題点なら、これこれこういう方法を取ることで回避できると思います」といった返答をするのが常識だろう。それを蹴散らした挙句暴言まで吐くとは何事か。嘘だと思うならネット上で検索してみるがよい。
…さすがに疲れてきた。まだ書きたいことは山のようにあるのだが、今日のところはそろそろやめることにする。
とにかく今は議会が全て、という話なので、我々としては一般質問の内容をよく精査した上で、地区の議員諸氏を説得していくよりほかないかとは思う。議員諸氏が闇雲に条例案に賛成すること無く、上記に挙げたような問題点を今一度理解していただき、よりよい武雄市図書館を作るために全力を尽くしていただきたいと切に願うものである。
http://www.jal.co.jp/info/other/mail_pc.html
これにより「国内線ご予約便お知らせメール」と「国際線運航情報お知らせメール」が自動的に配信されます。(*)
設定変更の対象となる方は、4月12日時点でPC版JMBサイバーフラッシュを受信登録されていて、かつ「国内線ご予約便お知らせメール」と「国際線運航情報お知らせメール」を受信希望されていないJMB日本地区会員の方となります。
受信希望されていない お客様の設定を 自動的に 変更して 配信します。という意味でいいのか?
受信希望 していないのに、 なんで その設定を JALが変更して 配信されなければならないんだ?
「工学部は男の世界だから、少々のセクハラでまいっちゃうようだったら、やめたら。。。ロボットの手はね、パンツの中に手を入れてかき混ぜるような複雑な動きはまだできなんですよ。実験にきょうりょくしてくんない?」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212249692
配属になった地区で技術職で働いている女性は私だけです。他の部署にも女性はほとんどいません。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0116/475853.htm?g=02
理系の学生のセクハラは、望まない付き合いを強いる(”いじめてやる”、”つきあわないと邪魔して卒業させない”と言ってしつこく脅す)という感じでした。本当に恐怖の毎日で、お化け屋敷から逃げ帰るつもりで、講義室から出て坂を下って帰りました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1020551930
- 自転車のサドルがよく無くなる。校外では無くならないのに校内では無くなる。
- ジャージを盗まれて、股のところに白いものが着いた状態で返ってくる。
- ハンカチが無くなって、白いものが着いた状態で返ってくる。
- ジャージやハンカチやタオルの類がよく無くなる。
- 押し倒されて、押さえつけられた状態で下半身を触られる(同級生・未遂)。
- 長時間実験などで研究室で仮眠をとっているときに、胸や下半身を触られる(先輩)。
- 前の日に綺麗に洗って帰ったコップの口のところが、翌朝何故か唾液くさい(何日も続く)。
念のため書くが、これらは全部バラバラの時間・場所で起こっていて、たまたま悪質な人間が一人いたでは片付けられない問題です。ある程度の数の人間がいたらこういうことは起こるものだと世のお父さん方は覚悟しておいてください。
以前阪神大震災10周年の時(2005)に
「京阪神地区在住者1,600万人は、記憶が風化しない間に、経験をブログ化せよ」と
2005年時点ではポピュラーになってなかったツイッターが、
今ではポピュラーになっていて、震災当日は大量にツイートしたから、
今更改めて震災を記録する必要もない・・・という人もいるかもしれない。
当時の様子や、自分の思いを、100%網羅するのは、
なかなか難しいのではないか?
1年近く経過しているので、冷静になって書けることとかも、あるはずだ。
※瞬発的なツイッターのログ化(ツギャッター)も、それはそれで重要ではあるが。
ということで、東北被災者200万人の方々、あるいは首都圏の4,000万人の方々に、
「1周年を契機に、震災時の出来事や思いを、自身のブログで取りまとめて欲しい」と
呼びかけたい。
これは何も自分が言いだしっぺなのではない。
「記憶が変質しないうちに、皆さんノートに書きとめてくれ」と毎日新聞紙上で呼びかけていたのである。
小松左京は8月14日の大阪城大空襲でえらい目に遭っていて、戦後その資料を
下記の文章を送信しました。
----------
本来、大阪市に住むものではないので、大阪市の税金の使い道にあれこれ言うのは筋違いかもしれませんが、
送信させていただきます。
必要になってきてしまうのではないでしょうか。
さらに、それらは買っておしまいではないのです。
常にメンテナンスが必要で、その維持費もバカにならないというところです。
大阪市音楽団は、東京で営利団体化し、商業吹奏楽団として変化するのであれば、
採算が合わず、解散ということになってしまう危険性をはらんでいると考えます。
これは、京阪神地区で吹奏楽の演奏活動を通じて子供の情操教育や、
楽器演奏への間口を閉ざしてしまう結果となりえると考えています。
まずは、「市民の対価への考え方を変える」こと。
このように私は考えております。
突然民営化するには大阪市音楽団をただ潰すということになってしまうことから、
そうならないように必要な環境の整備を同時に行いつつ、
段階的に民営化することは、
そして問題なのが、大阪市音楽団は全国でも数少ないプロの吹奏楽団である。
というところです。
これを潰すようなことになってしまうと、全国の音楽・吹奏楽愛好家に申し訳が立たないと同時に、
学校教育で吹奏楽で目標・指標となるものがひとつ消えてしまうことになります。
どうぞ、この点をお汲み取りいただけます様。
宜しくお願いいたします。
将来が暗いニュースや、若者が辛い時代になると言う世論も多いけど、良く考えたら悪い時代では無いんじゃないかと考えた。日本のバブル時代や、バブル中の国と比較すれば、もちろん見劣るし夢も萎む。
日本はすでに人口オーナス(人口も減り、老人が増え働き手が減る)であり、成熟国に入っている。
人口ボーナスがあり、発展が途上の国と幸せのあり方を、一緒に考えてはいけないのでは。
ガンガン物を手に入れて幸せになる時代ではなく、持っている物を楽しむ時代であると感じる。
もちろんバンバン働いて、金や物も手に入れて幸せになることも正しい。
ただそれを、バブル期や発展途上国のように、絶対的な物差しとしてはいけないと考えた。
約2010年の日本人が普通(8割ぐらいの人は)に持っている物は、
・贅沢はできないが、安心で好きな食べ物やおいしい食べ物を入手できる環境
・ガードマンはいないけど、安心して外出でき夜中でも襲われることのない日常
・100%保証ではないけど、安心して通院できる医療制度や腕利きの病院
・費用負担はあるけど、十分使えるパソコンに、自由なインターネット環境
・住んでいる地区にもよるけど、お金をかけなくても楽しめる観光や旅行や遊ぶところ
・他にも、漫画、アニメ、映画、SNS、2ch、はてな、Amazon を嗜む環境etcetc
は大体の人が持っていて、無駄遣いしなければ月10万あれば、この暮らしができる
(例:家賃5万、デリカ250円×3=750×30=22500、ネット3000円、その他10000円、貯金10000円。かつかつで)
月10万なら、資格や能力が何も無くても、特殊な問題を抱えていなければ、ある程度
年齢が越えていても、コンビニ等の働き先は、いくらでもあるんじゃないかと。
さらに8割以上の人は、18万以上稼いでいますよね。
何も無い人が、簡単に月10万稼げる国は、世界でも少ないはずで、
いやいや、今の時代はつらいよ。原発、老人介護、医療、年金etcと、これから大変だよ。
患者150万人のうち15万人が死亡。
世界恐慌に加え、冷害・凶作、昭和三陸地震や津波が続き、身売り、欠食児童、行き倒れ、自殺などが激増して悲惨な状態
生活はどんどん制限
生活はどんどん制限
3500人死亡
約30万人が死亡
日本は300万人が死亡
今は戦争も日本ではないし、食べ物はあるし、病院もあるし、すごい良い時代だ。
人口ボーナスがあり、発展が途上の国の幸せのあり方だったと思う。
これは悪くない時代だったはず。
で僕らは、獲得する幸せは感じないけど、1950年代の人が、全力で手に入れた物を
僕達が今後いきる世界は、今あるものを十分に楽しんで生きれば良い。
つか、ネットがあると、それだけ十分楽しめるよねって話でした。
一度虐殺器官を読んだ人(=自分)が内容を思い出すためのもの。
第一部
1
死者の国の夢と、そこに現れる死んだ母さん。
2
僕は「濡れ仕事屋(ウェットワークス)」として、二〇一〇年代後半に頻発する内戦をおさめるため、「レイヤーワン」を殺してきた。レイヤーワン――罪の多寡とは無関係に、それを殺すことでもっとも効率的に争いを終結させられる標的。
仕事で殺してきた数多くの(時に罪のない)標的のことは少しも心に留まらないのに、プライベートでの、母に対する医療行為の打ち切りを決断したことで、僕は気を病んでいる。
3
仕事で、二人の標的AとBを殺すように命じられ、異国に入る。標的Bについての情報は、上司から与えられているはずなのだが、それが上司の意図により隠されている。
4
標的Aはその国で虐殺行為を率いていた為に、ぼくの手により暗殺される。
ぼくは標的Aに、なぜそのようなことをしたのかをきくが、彼はしきりに「わからない」と繰り返す。
標的Bはすでにそこにはいなかった。
第二部
1
彼はしばしば「地獄は頭の中にある」と言っていた。
ぼくの父も、かつて自殺したのだった。
標的B――ジョン・ポールを追って、僕らは殺しを繰り返してきた。彼は内戦から内戦へ渡り歩いているようだった。
だが、ぼくらが暮らすアメリカは、「ドミノ・ピザやペイムービーのリピートの平和」か支配し、戦火とは無縁だったのだ。
2
ペンタゴンに召集される。
そこで「ジョン・ポールは軍とは無縁の文人、学者でいる」、「しかし、彼が関わった国は決まって内戦が起こる」と聞かされる。
彼は今度、ヨーロッパに入ったらしい。
ぼくの新たな任務は、チェコで彼を追跡すること。
3
死者の国の夢――「死体は物質にすぎない、生きた人間も」と母さん。
幼少時、僕は家の中で母さんの視線を感じ続けて育った。その視線から逃れるために、「濡れ仕事屋」を始めたのだった。
4
ジョン・ポールと関係を持つらしい女、ルツィアと接触する。チェコ語の講師をしている彼女の生徒として。
ルツィアに、「言語は進化によって獲得された『器官』である」という話を聞かされる。
5
チェコ・プラハで行方をくらませた人間(ジョン・ポールもそうかもしれない)のIDの追跡可能性はゼロらしい。
9・11のテロとの戦い以後、認証を繰り返さなければ買い物も交通機関を利用することもでしないのに。
ルツィア曰く、「ジョン・ポールはもともとMITの学者だったが、いつからかDARPAの研究(ぼくが使う武装、SOPMODを作ったのもDARPA)をするようになった」
6
ルツィアの部屋からの帰り、若者におそわれるが返り討ちにする。おそらくは、ジョン・ポールの協力者。
IDトレースによれば、かつてジョン・ポールとルツィアが密会していたとき、彼の妻子はサラエボで核に吹き飛ばされた。
第三部
1
死者の国の夢――夢の中のプラハでは、例の虐殺が発生していた。
その夢でも、母さんが現れる。
「母さんは意識はなかったけど、内蔵は動いていた。そして、ぼくが医療行為の中断を認証した。
……母さんが死んだのは、ぼくが認証でイエスと言ったときだったんだろうか?」
「あなたは、任務での殺しでは「それは政策が決めたことだ、自分が決めたことじゃない」と、責任の重みから逃れられた。
でも、医療の中断の責任からは逃れられない。あなた自身の決断だから。
……そう思っている。もしくは、中断をする前から私は死んでいたと信じたがっている。
けれど、本当は、私だけじゃなく、あなたがころしてきたすべての人々が、あなたの決断によって死んだ。
私を殺した罪を背負い込めば、あらゆることが帳消しになると思っているの?」
2
夢の虐殺後の静けさとは裏腹に、プラハのあるクラブには、生き生きとした騒々しさが満ちている。
そのクラブでは、IDを認証せずに支払いできる紙幣(みなくなって久しい!)を使うことができる。
「プライヴァシー(認証されない)自由と、テロの自由からの恐怖はトレードオフ。自由の選択の問題」
3
ジョン・ポールの妻子がサラエボで核の熱で蒸発したとき、彼女はジョン・ポールと不倫し、セックスを楽しんでいたという罪の告白。
罪悪感の対象が死んでしまうということは、いつか償うことができるという希望を剥奪されること。
死者は誰も許すことはできない。
4
「濡れ仕事」で数々の骸を見、中央アジアからワシントンに帰ってくると、母さんは事故で死んでいた。が、彼女の心臓は再び動き出した。――危険な軍隊へ行ってしまったぼくへの復讐として、ぼくに生き死にを決断させたかったから?
決断の材料を探す為に、母さんのいえ――ぼくの生家でもある――に行く。
かつてそこでも母さんの視線を絶え間なく感じながら、ぼくは育った。
見つめられることの安堵は、(認証され続けることの安堵は、)息苦しさの表面にすぎない。
結局、母さんの残したログは見ずに(ロックがかかっていて、他人が見ることはそもそもできなかった)、ぼくは母さんの「死」を決断する。
――母さんの視線の「気圧」から逃れたくて、ぼくは母さんを「殺した」んじゃないのか。
5
僕の告白に対してルツィアは、
「人間は生得的に善ね利他行動を行える。あなたの、お母さんを「殺した」決断も、本能による利他の行動。だから、あなたは許されるべき」
ルツィアとの帰り道、気を失う。
ジョン・ポールによる電撃を食らって。
6
とらえられた僕は、ジョン・ポールと会話をする機会を得る。
虐殺の言語は、僕の装備を作ったDARPAが協力した研究により生まれ、僕の殺す対象を選ぶのと同じシステムを利用してる。
7
ルーシャスは、〈計数されざる者〉という、ポールの協力者集団の一人だったのだ。
〈計数されざる者〉は認証を嫌う。プライバシーと平和はトレードオフの関係にあるはずなのに、実際は、認証をすればするほどテロが増加している。
それは、世界の人々が、自分のことにしか興味がないから。ドミノ・ピザとビデオクリップの平和に浸っているから。すぐに手にできるはずの現実に手を伸ばそうとしない奴らばかりだから。
ジョンとルツィアは去る。
僕はルーシャスに殺されかかる。その寸前のところで、ウィリアムズに助けられる。
第四部
1
旧印パ国境地区。そこにいるらしいジョンをとらえるように命じられる。
2
痛いと「感じる」ことはなくても、痛いと「知覚する」ことはできる。人をためらうことなく殺せても、その殺意を自分のことのようには感じない――僕は「濡れ仕事」をこなせるように、DARPAによって、そのように調整されている。
――「殺される」前の母さんと同じ、希薄な意識だ。僕が「濡れ仕事」をするために必要な、意識の希薄さ。
この殺意は、本当に僕のものなのか、僕が「殺す」前、母さんが本当に「死んで」いたのか、僕にはわからない。
3
4
ジョンを文化顧問として雇った、ヒンドゥー原理主義国、ヒンドゥーインディア。
その少年・少女の兵を、「他人の殺意」で殺しながら、ジョンのもとにたどり着き、彼をとらえる。
5
ジョンは、
「私が行っている「虐殺の言語」と、きみが施されている「「他人の殺意」による殺人」は同じだ。どちらも、良心を抑制する」と。
ぼくは、
「あんたには内通者がいるな。政府部内に。僕らの面子か、もっと上のほうだ」
ぼくらアメリカと同等の技術を持った敵によって、列車が襲われる。ジョンは僕たちによる拘束から逃れる。
僕たちも敵も、痛みを「知覚」するが、感じない。体の部分が吹き飛ばされても、戦闘は続く。お互い、「ハンバーガーになるまで弾と火薬をたたき込むしかない」。
リーランドはミンチになりながら、死の間際まで、冷静で希薄な意識で戦い続けた。
第五部
1
インドでミンチになったリーランドは、商品と違ってメタヒストリーを持たないから、つなぎ併せて一つにして、棺に納めるだけでも一苦労だった。
それでも、ミンチにさえならなければ、認証によるメタヒストリーを僕らは持つ。母さんもそうだった。
母さんのメタヒストリーがプロテクトされていなければ、僕は母さんを「殺す」か否かの決断を、認証の蓄積によるライフログを手がかりに探すことができた。
リーランドがミンチになった戦いがきっかけで、ジョンとの内通者が発覚する。
2
発覚した情報を手がかりに、ヴィクトリア湖へとジョンを追う。そこは、誰も追おうとしない人工筋肉のメタヒストリーの行き着く先。
〈ヴィクトリア湖沿岸産業者同盟〉は、人工筋肉の利権を得るために、独立しようとしている。
3
ジョンがいるはずのゲストハウスにルツィアを見つける。
ルツィアを探してゲストハウスに入ると、ジョンが待ちかまえていた。
4(物語のコア)
ジョンは、
「虐殺も利他も、進化によって得たモジュールという点で同じ。むしろ両立すらできる。生存のための大量虐殺というのもありうる。たとえば、食料を多部族から奪って自部族の仲間を生きながらえさせるためだったり」
ルツィアは、
「あなたは、サラエボの奥さんや子供を失って絶望しているから虐殺の言語をばらまいているのね?」
ジョンは、
「いや、愛する人々を守るためだ」
――そうだ。ジョンがいたどの国も虐殺に見回れていたはずなのに、彼の過ごしたアメリカとチェコでは、それが起きていない!
5(物語のコア)
ジョンは、
「人々はみたいものしか見ない。だから、いくら認証しても、テロはなくならない。
ならば、テロで爆発するはずの憎しみがこちら、アメリカやチェコといった先進国に向く前に、彼ら同士で憎しみあってもらおう。――そのために、虐殺の言語をふりまいた」
ジョンは、ぼくらの世界へのテロを未然に防ぐため、虐殺の旅を重ねた。
ルツィアは僕に、ジョンを殺さずに逮捕するように言う。僕らの世界の平和は、ジョンによる無数の死者の上に成り立っているのだと、みんなが知るべきだと。
と、ルツィアがヘッドショットを決められて死ぬ。
ウィリアムズによって。
「なぜ殺した」と僕。
「妻と子のためだ。彼女らは、この世界が虐殺の上に成り立っていることを知らなくていい。
ドミノ・ピザを認証で受け取る世界、くそったれの平和な世界を、俺は彼女らのために守る」
ウィリアムズはジョンを殺したがっているが、僕はルツィアの最後の言葉の通りに、ジョンを生きてアメリカにつれていき、証言の場に立たせたい。
ジョンとともに、逃げる。
「おまえを逃がせばまた、虐殺の言語を振りまくのだろう?」と僕。
「いや、死んだルツィアの望んだ通り、世界に真実を知らせよう」
タンザニア兵と合流しようとするが、それはタンザニア兵になりすました、僕の「濡れ仕事」の仲間だった。
彼がジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。
〈エピローグ〉
……僕は、プロテクトがあるためにライフログを見られなかったのではない。ただ、漠然とした恐怖があって、ライフログの閲覧を申請しなかっただけだ。
僕は幼いころ、常に母さんに監視(ID)されているような気でいたが、母さんのログを読んでみると、必要最低限にしか、僕の存在が記述されていない。
母さんの記録の中に生きていたのは、圧倒的に父、自殺したはずの父だった。
僕は、ジョンからもらった手帳を元に、虐殺の言語を語る。虐殺の言語でもって、ルツィアの願い通り、真実を世に知らせるのだ。
そして、世界にとって危険な、アメリカという火種を、虐殺に突き落とす。
僕はこの決断を背負う。ジョンがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。
☆改変版
ジョンは、
「いや、私は米国内の後ろ盾を失った。深層構造の原理を知られれば、たかが言葉だ。応用されるのも時間の問題だろう。マスコミや政府公報で、いくらでも虐殺の言語を打ち消せるさ。
だが、私は〈計数されざる者〉という新たなバックアップを得られた。認証に対して憎悪を抱く、世界的な組織だ。この力を使えば、私たちのすむ「こちら側」を静寂に保つことができる」
「なにをするつもりだ?」
僕の「濡れ仕事」の仲間が、僕がジョンの答えを聞く前にジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。
〈エピローグ〉
僕はジョンに、「真実」が書かれたテキストファイルを渡されていた。
それを世界に知らしめ、僕たちが虐殺の上にたっていることをみんなが理解することがルツィアの願いなら、僕はそうするべきなのだろう。
公聴会で、ぼくはジョンの件で見聞きしたものを語る機会を得る。
ジョンから渡された「真実」をオルタナに浮かべて話そうとする。
すると、僕が見ずにいた、母さんのライフログをオルタナに突きつけられる。――これが、〈計数されざる者〉、ジョンが最後に得た力か。
幼少の僕は、母さんに監視(ID)され続けていたと思っていた。しかし、母さんのライフログには、あまりにも父ばかりがいる。彼の死語ですら。
それを皮切りに、次々に、アメリカの全議員、いや、オルタナをつけているすべての人々の視界に突きつけられる、真実のログ。世界からアメリカに憎悪の数々が向けられているという真実。〈計数されざる者〉のルーシャスは言っていた。プライバシーの提供と、テロとのトレードオフの不均衡は、みたいものばかりを見ることによって起こると。認証の中に閉じこもり、ドミノ・ピザとビデオクリップの平和の外を知ろうとしないことで起こると。
ふと、アメリカはもう死んでいるのだと思った。母さんに視線を返せない、父さんのように。憎悪を浴び続け、しかしそれを無視しているアメリカは、死んだ父さんと同じだ。
……だが、アメリカに憎悪を向ける小国とて、自分の窮状をしらしめようと騒ぐばかりで、他の小国を知ろうとすらしていないのだ。僕が母さんのログを見ようとしなかったように。
ジョンが行った、〈計数されざる者〉の力の改変。それは、小国の内部で争いを起こす虐殺の言語よりも規模が大きなものだった。互いに無視しあっていたずの、小国と小国の視線をぶつけ合わせる。そして、小国同士で戦争を起こすことで、「こちら側」の平和を保とうとするものだった。
ジョンの考えと僕の考えは違う。
母さんが僕を見ないのは、父さんというすでに存在しない項があるからだ。アメリカからの存在しない視線を小国が期待するように。
存在しないものを、存在しないと意識させること。僕にはそれができる。ジョンから得た「真実」の欠片、虐殺の言語と、僕のマザータン、アメリカで語られる英語によった。