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はてなキーワード: 物差しとは

2017-07-11

https://anond.hatelabo.jp/20170710143755

いつもおもうんたけど、なぜ芸に秀でた人、才能がある人が一般常識を持った人格者でないといけないのだろうか?

開発者ならアウトプットがよければ、人格などどうでもいいてはないか

人殺したら殺人者だが万人を殺したら英雄だし、英雄色を好むし、普通の人の物差しではかれるわけがない

素晴らしいもの普通でないもの

そう普通でないのだ

普通でない物にたいして、普通にしろってのは何を言ってるのか理解できない

ここで気付いたけど、こんな問題が起こる時点で既にそのコミュニティー普通の人が入り込んだ普通コミュニティーになっているんたろう

この問題に気付く人も普通の人なのだろう

先進的な技術だと思われているもの普通の人にも普及されてきたんだね

おめでとう

2017-07-09

どの物差しを使えば良いのかが分からない

たとえば唐突に「君はこれどう思う?」と聞かれたとする。

こういった時どの物差しで測ってから答えるべきかが分からなくなる事が多い。

まりは、

1 自分物差しで測って答える

2 世間一般物差しで測って答える

3 相手が使っていそうな物差しイメージして答える

4 その場の空気で作られたその場限りの物差しで答える

こういった感じで一見すると分かりにくい選択肢提示されていたりするわけだ。

これを瞬時に判断するのが苦手だ。

空気を読む、コミュニケーション能力、そういった曖昧表現で誤魔化されがちだけど、これって何気に難しい(自分みたいな社会不適合者にだけ難しいのかもだけど)。

相手が本当に自分意見を聞きたいなら1の自分物差しで測って答えを言うのが正しい。

だけど相手が聞きたいのが、世間的にはこれがどうなるかを再確認したいという場合自分主観よりも客観的視点で測った方が質問意図にそう。

しかしたら相手こちらの意見なんて求めて無くてただ同意されたいだけなら、自分物差しは捨てて相手物差しで測ってしまった方が無難な事も多い。

場の空気や流れによっては、普段使っている物差しをそのまま使うのではなく補正した方がスムーズに話が進むこともある。

「君は」と言われているはずなのに、自分物差しでそのまま測るとコミュニケーションエラーが起こるパターンがあるのが本当に難しい。


自分のような社会不適合者から見ると世の中のコミュニケーションは不確か過ぎる。

一見するとちゃんとコミュニケーションを取れる前提が揃っているように見えて、実際は落とし穴だらけの綱渡り連続だ。

人類には言語表現はまだ早かったのではないだろうか。

言語を使えば話がちゃんと伝わるはずだという根拠のない信頼感が、かえってコミュニケーションを難しくしている可能性すら感じてしまう。

いっその事全てをもっとファジーにして元々ファジーだから仕方ないよねと割り切れる世界にしたほうがいいのではないだろうか。

流石にそれは言い過ぎか。

となると人間の使う言葉がまだまだ不確かで改良の余地があることを皆が自覚すべきなんじゃなかろうか。

前例主義に囚われて揚げ足を繰り返せるレベル言葉が完成されているという妄想を捨て去り、もっと流動的に積極的言葉を成長、進歩進化させていく意識を持つべきなのではないだろうか。

こんな事言っても社会不適合者の責任転嫁と思われるだろうけど、そうしていった方が結局は皆のためになる気がする。

気がするだけなのかな。

ノスタルジーを刺激される側になったという絶望

ポケモンが20周年記念で初代ポケモンテーマにした劇場版やることになったわけです。

サトシピカチュウ出会いテーマ映画ですって。

の子は興味あるんですかね。

PV公式サイト相棒ピカチュウホウオウに会いに行くと言われて、リアルタイム世代からしたら「うわーオニスズメと戦った後のあの伏線かー懐かしーああーサトシピカチュウそういや最初仲悪かったなーミュウツーの逆襲の頃には完全にパートナーになってたから忘れてたわー…あれ……目からきずぐすりが……」となっちゃうわけですけど、子供からしたら「ホウオウ?ああうん沢山いる伝説ポケモンの1体ね」としかならんのじゃねーかなと。

ターゲットが完全にこっちに向いてるんですよ。

ポケモン子供世代そっちのけで親世代に「この映画凄い懐かしいですよー面白いですよー」とアピールしてくる段階に入ったのかと。

完全におっさんコンテンツになったのかと。

その事自体はまあ良いんだけど、それにノスタルジーを刺激されている人間の1人に自分がなっていることが辛い。

具体的に言うと、それだけ年を取っておいて大して成長していない自分が辛い。

ポケモン楽しんでいた頃から換算したとしても物心ついて20年、それだけ時間をかけて自分果たして立派な大人になれたのかと考えるととても辛い。

男子三日会わざれば刮目して見よと言うけど、20年ともなればその2000倍以上、その間刮目して見ることが出来るほどの成長を遂げたのかと。

自分時間はいから止まっていたんだろうなあと。

20年経ったのにサトシコナンの年齢が止まっているとか言ってられないですよ。

そもそもいい年こいてアニメの話でこんだけ盛り上がっている事が何かおかしいです。

いや、自分楽しいと感じているもの、感じていたものを正しいと言えない自分おかしいです。

ちゃんと成長した人間だったら大人アニメマンガの話して悪いのかと言えるんだと思いますが、自分はそう言い切る勇気がありません。

まだ気持ち子供なんでしょうね。

子供時代の親や世間物差しにあわせてヘコヘコして薄ら笑いを浮かべていた状態時間が止まっているのでしょう。

再び歩みださなければ。

どうすればいいのかは分からないけど。

とりあえずこの映画でも見るか。

いやでもな、劇場で見てオッサンアニメ見て泣いたりしたら恥ずかしいな。

2017-07-07

個々の項目に優劣はあってもそれを他の物差しに使わない理性が理想

ただまぁ、評価されない項目で優れてる人は釈然としないわな

2017-07-03

バイト先にいたいじめっ子

三十代独身アルバイトをしてて社員と仲がよく、凄いデブで汚い髪を長く伸ばし服や靴に清潔感がなく、腐女子作業中に男性社員ホモカップリングの話をしていた。

いつも夜更かし自慢をして、朝に起きれないから近所なのにいつも親に送ってもらっていた。

猿を飼っているからよくうんこを投げられるとかウンコネタもよく話してた。

兄弟差別されたとかで親に尋常じゃない恨みを抱いており、特におやつが不平等だった恨みを根深く引きずり、休憩時間おやつ平等に分けないと気が済まない、小さなクッキーを汚い手や物差しで五つに割って手の平の上に粉々クッキーを載せ食べさせてくる、最後の一つを取ったり人より多く食べるとイジメの標的に。

知り合いがやっているとかで、まずそうな1000円ホールケーキパンフレットを毎月オススメしてきて、買わないとイジメの標的に。

あの人まだあそこでバイトしてるのかなぁ。

2017-06-21

[]小池都知事参戦で都議選前哨戦に。静岡県知事選

6月25日投開票日が迫る静岡県知事選増田レポート第4弾。

前回の記事で、このたびの静岡県知事選消極的与野党全面対決の構図となったことは書いた。

 

さらいすると、民進党系の現職川勝知事おろしたい自民県連。だが前の知事選で圧倒的ボロ負けしたことで誰も自民党公認出馬してくれる候補が見つからず、公示前に独自候補を出さないことを決定する実質不戦敗宣言。「川勝だけは応援しない」とだけ決めて、無所属出馬表明していた溝口紀子勝手連支援することに。一方、毎回知事選独自候補を立てていた共産党は、自民党溝口支援し始めたのを見て、「国政と歩調を合わせたほうがいい」と判断独自候補を辞めて民進の川勝を応援することを決める。こうして、あまり表に出てこない民進党も含めて、消極的与野党全面対決の一騎打ちの構図が出来上がった。

 

この静岡県知事選に、小池百合子東京都知事が参戦することになった。民進党応援する川勝平太応援として。本日の大雨の中、民進・細野豪志議員地元三島市で、選挙カーの上で細野、川勝、小池スリショットが並ぶ。小池都知事と川勝県知事のつながりは何か。小池東京五輪での開催自治体首長会合での縁と話す。負担金で揉めた会合のことである。あの会合では埼玉千葉神奈川県知事ばかりが目立ったが静岡県知事もいたのだ。しか小池応援演説に入った実際のところは、細野豪志による依頼によるものだろう。民進党での細野の盟友だった長島昭久都民ファーストとの連携を水面下でしている。そのつながりで小池演説が実現したのだろう。

 

小池都知事の川勝応援は、静岡県メディアでも大きく伝えられた。相手溝口応援する自民陣営も衝撃だったことだろう。

これにより、今回の静岡県知事選東京都議選前哨戦位置づけにもなった。

森友・加計共謀罪採決によって失われた自民党支持率は、どれだけ投票行動に影響しているかを図る物差しになる。

 

情勢は現職川勝がリード。これは最初から分かっていたことだ。負け戦を覚悟しているからこそ自民溝口紀子公式に支持も推薦もしていない。本来はあまり国政とは関係ないと思われた。しか小池都知事が入ってきたことで、地味な田舎選挙は、国政、東京の色がついてくる。溝口紀子自民党候補に様変わりしたのだ。

 

溝口紀子知事選勝利すれば、森友・加計共謀罪は何ら選挙に影響しなかったということ。都議選自民第一党として勝利するだろう。

ただ現職が有利なのは変わらないので注目するのは、自民応援する溝口がどれだけ川勝に肉薄できるかという点だろう。特に無党派層がどれだけ溝口投票するかで、森友・加計共謀罪採決がどれだけ影響を与えたか知ることができる。その結果は都議選にも当てはめられる。

 

投開票日は6月25日である

 

 

過去記事

2017年静岡県知事選についての情勢分析

https://anond.hatelabo.jp/20170502150217

静岡県知事選情勢分析その2~「三つ巴で面白くなる」と書いた途端に自民棄権

https://anond.hatelabo.jp/20170502185435

[国会ウォッチャー]消極的与野党全面対決となった’17静岡県知事選6・25

https://anond.hatelabo.jp/20170615143222

2017-06-13

http://anond.hatelabo.jp/20170613123043

そんなずっと受け続ける痛みなんて不死に限った話ではないし

病気障害による苦悩は全部通常の人間の話だろ

普通不死の時点でそういう健康被害や老化現象の束縛から解放されたって前提になると思うんだが

なんでナイスミドル自分の肉体のまま年齢だけ重ねようとすんの

当然若くてピチピチの肉体になって不死を望むだろ

仮定空想の話する際に理想の世界自分世界物差しや恨めしい感情を持ち込んでそれを前提で話を展開するって

明らかに老害の行動パターンだよ

一生飢えない生活したいなーって話したら働かないと人生が!つまらなくなる!みたいに言うけど

一生遊べるだけ稼いでる人間普通にバリバリ現役続けてるだろ

不死になっても一緒で趣味研鑽したい人は無限時間そうするだけだから

2017-05-22

共働きハードワークなので、小学校の持ち物を急に用意できない事案

別に今に始まった話ではないんだけど小学校の持ち物調達って難易度高いですよね。

今週金曜日に「竹の物差し 30cm」をご用意くださいと連絡帳に記載があったのですが、

売ってる店も限定的で平日買いに行くことできないし、Amazon調達しようとしたけど

受け取りの問題もあれば、そもそも到着予定日が期日範囲外だし。

さて、どうしたものだろうか…。

こういった問題解決するプロママネットワークを駆使できるサービスがあれば、

大量に課金するのになぁと思う今日この頃。(代理で買ってきてもらうイメージ。)

ハードワークなので、近所づきあいなんてもちろんないし。本当に困った。

忘れ物をすると子供が怒られてかわいそうなので、まぁ結局何とか仕事の調整をして

対応をするんだけど。その調整も度重なれば結構つらいんだよね。中々難しい社会

であるものよ…。

2017-05-06

男の身体に、ケツに異物差しまれ気持ちよくなる機能がついてるの、人体の重大なバグひとつ

2017-04-27

鬱の人が嫌い

メンタルが弱いことをネットで表明している人への憎しみが止められない

鬱、発達障害職場問題いじめられっ子、いつも上手くいかない、カウンセリング行きたい、薬飲んでます、いつも死にたいですみたいな

ネットを介してもモロに伝わってくる負のオーラというか

自分がそれなりに楽しく恵まれ暮らしてることが悪いことみたいな気持ちになるし

それなりに楽しく恵まれてても自分物差しで辛いこととかあるけど

メンタル弱い人を許せない自分メンタルの弱さを見せつけられるから表に出てこないで欲しいと思ってしま

「こういう人もいるんだってどうか知ってください!」いやです みたいな

メンタル弱い人のコミュニティのほうが上手くいくっていうならそこにいて欲しいし

ズブズブの沼の底から普通の人は恵まれてていいですねえ〜」って言われることで私の満ち足りた心に陰りが生まれるんですけど

普通の人って誰だよ?

美味しいご飯食べてる時にアフリカには飢えた子供達が…って言われてる気分になるんだよ

公共の福祉により基本的人権制限される!制限されるんだ!」

わかったからその事例が「制限として適切な度合いかどうか」お前自身物差しでまず判断してみろよ

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170424232318

自分もそういうところがあったけど、それは結局物差しが違う、っていうことを意識するようにしてうまくいくようになったよ。

例えば完成度60%でいいから数来なしたほうが生産性が高いのに、100%を目指して数こなせないのは、生産性という物差しでは完璧(最適)から遠ざかるから、完成度60%のほうが良い、と納得できるようになったよ。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170421235348

自分母親結婚に反対されたとき、むりやり結婚を押し切った。

自分のゆうとおりにならない娘に対して

お前は失敗作だって言われたよ。

なんでも母親物差しで測られて、あれは良い、あれはダメ

あれこれ口出しして自分の思い通りにコントロールしようとする。

反発すると、心配しちゃってんのに!っていう説教

相手善意の皮を被ってるけど、

子供1人でも十分に出来ることに対して

あなたにはまだ危ないから、1人では判断出来ないから、って言って

自分決断能力に対する自信や自尊心を傷つけて、コントロールしようとしてる。

しかも本人は全く気づかず善意だと思ってるのがタチが悪い。

しかもうちの母の場合は、人生やり直したい系の人で、娘をコントロールして自分人生やり直したいふしがあり、さらにタチが悪い。

わたしのグチばかりで申し訳ない。

とにかく、距離をとった方がいい。

口論になったら、自分の方が正しい!っていう水掛け論にならないように、

お母さんはそう思うんだね。でもわたし自分の考えた方に挑戦したいんだ。応援してね。の方向にもっていこう。

わたしの失敗談として、親に意見とは反対に行くことに夢中になりすぎて、本当に行きたい方向を見失ってしまい失敗したので、それにも注意してほしい。

長い戦いになるし、育てられなかった自信や自尊心は容易に育つもんじゃないけど、

親も歳いけば丸くなるし、60、70過ぎれば娘の方が立場が上になる。

親以外にあなたを愛して認めてくれる人も出てくる。

希望は捨てないでほしい。

2017-04-18

クソ互助ほんとやめて

はてブ新着は死んだ

眺めていると、中身のない記事がたくさんある。

ためしに読んでみるとやはり中身はない。

本当ただの日記みたいな記事さえ見かける。

そういう記事が前よりかなり増えて、全体が薄くシャビシャビになっている。

いちユーザーとして、読む価値を感じなくなってきている。

はてブ人気エントリ価値が下落

はてブのもの価値暴落している。

ブックマークも20くらいまでならクソ互助でどうにかなるらしい。

おかげで本当にクソみたいな中身ゼロ記事人気エントリーにもどんどん浸食してきている。

クソ互助の人は、それがどういうことかわかってるのか?

はてブのもの価値が薄くなってるということだよ。

クソ互助の行く末

はてブ価値が薄くなるということは、新着や人気エントリーを見る人が少なくなる。

流行の始まり観測できるサービス

「やや被害者意識が強すぎるがエッジのきいたコメントが読めるサービス

そういう信頼をはてなのものが失うということ。

するとどうなるかわかるか?

はてブバズる」という現象自体がなくなるということ。

はてブに注目する人が減って過疎が過疎を呼ぶ。今期待した効果もなくなるということ。

まあそれでも別でアフィるからオッケーって人がクソ互助ってるんだろうけど。

金の卵を産むガチョウの話

「一日一個の金の卵を産むガチョウがいた。

農夫はその腹の中には金の卵がたくさんあると期待して、ガチョウを殺して腹をさばく。

しかガチョウの腹には金の卵はどこにもなく、農夫は結局金の卵を得るチャンスを失ってしまう」

という有名な話。

いまのクソ互助ブロガーはみんなでガチョウの首を絞めて卵をひり出させようとしている。

たぶん息の根を止めて、腹をさばいて、骨まで喰らって、飽きたらどこかに失せていくんだろうな。

でも俺はそれだと困るんだよ。

できればはてブにはできる限り信頼を保ってほしい。

俺は自分の行動のプラットホームとしてブログを続けていきたくて、その中で人に評価される物差しとしてはてブには生き続けていてほしい。

それが評価されてバズったら望外にうれしいし、全然反応がなければ改善点を探す。

これがまっとうだと思うんだけど、もはやきれいごと過ぎるのか?

お願い

仲良しこよしでもいいから、面白さに反応しろよ。

つまんねーものはつまんねーって言外で伝えろよ。

フィードバックが回るから成長して楽しいんじゃねーのか。

ていうか自分ブックマークプライドを持ってみてくれよ。

お前自身の信頼の話でもあるんだよ。たまにはコメント個性を見せてくれよ。

なんだよ「わかります!」「ためになります!」「すごいですね!」って。白痴かよ。

お前は白痴でもいいけど、「はてブには白痴しかいない」って認識が広がったらアウトだろうがよ。まだ自分の首絞める気かよ。

すべてのクソ互助排除することは結局できない。

から、これは本当にお願いだ。

頼むから、目先の欲で今ある環境を壊さないでくれ。

たのむ。

2017-04-12

BBA呪い

腐女子

twitter歴8年

始めたばかりの頃は同じ萌え話ばかりできて楽しかったし

ジャンルが移動しても、同じ傾向の人がオタク活動に勤しんでる様子を眺めるのは楽しかった。

でも昨今

TLを見るのが疲れる。

年上のフォロワーとの年齢差を感じるようになった。

不意にこぼれる日常ツイート共感ができなくなってきてしまった。もとい、共感どころか反感を覚えるようになってしまった。

具体的には、日常ツイートにおけるテンションの低さ、他人社会に対する不満、「〜が当たり前だよね」に代表される常識感覚など

端的に言えば価値観が合わなくなってきた。

8年もいれば卒業するし就職するし結婚するし子供生まれる。

でも仕事も変わらず結婚もしない人もいる。

有職無職既婚未婚関係なく、その人の環境の変化あるなしに関わらず

長くフォローしてる人のうち、年上の40%くらいの人と合わなくなってきた。

一番近い感覚は一回り歳の違う会社のお局様が給湯室でやってる井戸端会議が丸聞こえの状態みたいな。

しんどい

彼女らの物差しが固定されているのが見え見えなのかしんどい

きっと向こうが加齢によって価値観が固定されてきたのと同様に

私も価値観が固定され、他人価値観を受け入れがたくなっているのだろう。

これが老いか

これがBBA

しんどい

2017-03-31

就活について覚えていること/考えていたこ

 自分就職するのだな、というのが決定的になったのは、大学三年の正月帰省したときだった。そのとき姉は子どもを身ごもっていて、結婚式の準備を進めている時期だったと思う。両親の住む実家はいつになく浮き足だっていて、居間に鎮座した年代物のコンポが機嫌のよい音楽を流しているのを何年ぶりかに聴いたりした。この雰囲気だったら言っても大丈夫だろうかと思った。家に着いたその晩、おそらく姉の結婚式やお腹のなかの子ものことをしばらく話したと思う、そのあとに切り出した。あのさ、大学院に行きたいっちゃけど。

 予想外に、部屋の空気が一瞬で凍りついたのを覚えている。両親は言葉を発さず、コンポから流れる陽気な音楽荒井由実セカンドアルバムの六曲目、あなただけのもの、)がいっきに、なにか強烈な、皮肉めいた疎外感のようなもの演出する異物となって浮き上がった感触があった。しばらくして、母が重々しく口を開いた、なん言いようね、そげんお金なかよ。大学院てなんね。行ってなんすると。もとより自分も、大学院で何か研究したいことがあるわけじゃなかった、研究というのが何をすることなのかもよく分かっていなかった。ただサークルや何やで接する先輩たち、自分より二年間長く学生でいられる、その二年間は就職せずにいられるひとらのことがうらやましかった。その程度の動機だったから、突如として部屋に現れた重苦しい空気を前にして、うっかり声に出した気持ちは途端に冷え切り、しぼんでいった。なんでんなか、分かった。話を逸らすような話題もなく、アルバムが次の曲に行ってしまうまえに居間を出て階段を上がった。あのコンポ音楽を流しているのを聴いたのはそれが最後だったと思う。

  *

 就活はいろいろな街へ行った。下宿していた福岡から、十分な交通費支給されるとき新幹線飛行機LCCはまだなかったから、スカイマーク)で行き、そうでないとき夜行バスで行った。その土地の知人に当てがあれば泊まらせてもらうときもあり、ネットカフェに泊まるときもあった。神戸三宮とか東京蒲田とか、そのころネカフェに泊まったっきり訪れていない街がいくつかある。

 就活にかかる交通費は多くの同級生にとって悩みの種だったと思う。専攻柄、東京一極集中したメディア広告出版関係企業を受けるひとが多かったせいもあったか、とにかくいか交通費破産せず就活を乗り切るかはひとつ重要テーマとして共有されていた記憶がある。自分もそんなに多くの交通費を出せる状況ではなかったので、受ける企業の数をかなり絞っていた。当時の就活サイト提唱する標準的エントリー数は二十社くらいだったけれど、自分は十社も受けなかった。それでも度重なる関西関東への移動はそれなりに負担で、特に東京会社選考が進むたびに片道半日以上かかる夜行バスを往復するのは楽ではなかった。

 夜行バスが発着するのはたいてい新宿西口だった。あるとき、行きのバスに乗っていた添乗員さんと、帰りのバスでも鉢合わせたことがあり、乗り込みざまそのひとが、就活ですか、がんばってね、と声をかけてくれた。あのひとはたぶん、その数日間だけじゃなくてずっと、何十往復も、あの片道半日はかかる夜行バスに乗りつづけていたのだと思う、いまも乗りつづけているかもしれない。西新宿ビル街を歩くと時々そのことを思い出す。

 支給される交通費収入を得るモデルを立てていたひともいた。関東実家や知人のところに滞在しながら、東京会社をたくさん受け、それぞれの会社に対して福岡東京間の交通費申請して利益を得る手法だったと記憶している。あるいは近場であれば、実際には18きっぷで移動しながら新幹線のぶんの交通費を出してもらう方法もあったらしい。これは静岡会社大阪から来ていた子が教えてくれた。会社でいっしょに最終面接を受けたあと、内々定をほのめかす説明会から帰るバスの中でのことだった。その子はすでに他社から内々定を得ていて、ほんとうはそちらに就職するつもりだと言っていた。第一安倍政権ときで、少なくとも経済政策はうまくいっていて売り手市場だったから、そのように交通費収入を得る目的で、実際には就職する気がない企業内々定までを得る学生はその子だけではなかったと思う。二年後にはリーマンショックが起こって、ふたたび新卒市場氷河期を迎えた(らしい)。もし自分大学院に進み、二年後に就活をしていたら、たぶん学部とき受かったところには受かっていなかっただろう。

 職を得るためにスーツを着ることは苦ではなかった。それは公立小学校から高校までをずっと制服で通わなければならなかったのと同じ程度の義務だと思っていた。大卒でそれをしなくてよい人生がどういう仕組みで成り立っているのか、そのころさっぱり想像がつかなかったし、いまでもその仕組みを十全に理解しているとはいいがたい。いずれにせよ、そうしたもの自分には関係のない、自分に与えられた生の可動域からは逸脱するものだと思っていた。もちろん、自分を取り繕って面接官に良い顔をすることとか、所与の経歴と志望動機矛盾なく有効に繋げる作業会社ごとに行うこと、そうした虚飾じみた行為への疲れはあった。リクナビみん就サイトを見るのも好きではなかった。けれど仕方のないことだと思っていた。ほかに生きられる道があるとも思えなかった、だからメンタツも読んだ、SPIも受けた、そうこうしているうち、他人自分矛盾なく説明するために用意したぎりぎり嘘でない物語の数々は、徐々に内面を染めかえ、自分なかに元々あったそれらと区別がつかなくなっていった。照明がおとされた夜行バスの車中で、自分は眠れずによく手を組んで、いろいろな願いごとをしていたけれど、どうか今度の面接が通りますように、内定が取れますように、そういうこともふつうに願った。

  *

 先日、はじめて海外旅行に行った。羽田から仁川経由でニューヨークへ向かう機内の十数時間体験しながら、ああ、これは博多から東京まで夜行バスでかかったのと同じくらいだなと思った。

 夜行バスに乗っていたとき自分にとって、海外旅行宇宙旅行も似たようなものだった。どうせ行けないのだから費用や行きかたなんて調べても意味のない、視界に入れたってしょうがないもの。行けるわけのない外国の遠さよりも、見慣れた田んぼ、そこにある変わらない暮らし、そういったものに思いを馳せるようになるのは、そのとき自分にはごく自然な成り行きだったと思う。だから新宿の街も好きではなかった。東口ネットカフェに泊まったりから歌舞伎町銭湯に入ったりする小旅行を、楽しんではいたけれど、駅の通路浮浪者排泄物のにおいが漂っていたのを強烈に覚えてもいた。長く住むところではないと思った、その都市に、けっきょくいまは福岡下宿していたのよりもずっと長いこと住んでいる。

 去年はじめて実際に調べた、二月のヨーロッパアメリカへ渡る往復航空券の値段は、盆や正月ラッシュのなかを新幹線実家に戻るのと大差がなかった。どうせ行けるわけがない、他に選べる道もない、と見過ごしてきたものごとの数を考えた。けれど、そのときはたしかに、それが自分の視界に映るもののすべてだった。その視界が十分に広くなかったとして、いまを測るための物差しとしては省みることかもしれない、けれど責められるものではない。いまとむかしの自分は違う、同じものでない、そのことは互いの存在を妨げない。一応は自分お金大学院を出て一年が過ぎ、将来の自分から先借りしているお金を返しはじめて半年が過ぎたいまはそう思っている。

2017-02-11

このブクマカコメントがすごい(自選有り)

余計なことを言うようですが、「女の子の服を着たい」と「女の子の服を着てウンタラカンタラされたい」と「女の子になりたい」は区別したほうがいいような気もします。この夫さんがどれかはわかりませんけれども。

http://b.hatena.ne.jp/entry/321316054/comment/msdbkm

笑えるとか楽しいとかじゃなく、対人関係においてとても大切な良いことを書かれている。

msdbkmさんは優しい人というイメージがあるけど、その優しさがよく出ていて、とても素敵なブコメ

ついついインターネット上だと、他人の考えや気持ちを、自分価値観物差しで決めつけてしまうんだけど、そうでなくて、相手との対話重要性を思い出させてくれる。

ただ、それだけに、元増田の夫さん本人すらも、これらの気持ちを整理できていないのかもしれない、とも思えて少し辛くもなった。

消えてたので勝手おすすめするけど、ふしぎ星のふたご姫(1期)がいいとおもいます。けものSFで優しいぞ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/321228513/comment/c_shiika

c_shiikaさんはよくふしぎ星のふたご姫の話をするんだけど、今流行りのけものフレンズと絡めたブコメ

そのき、やるき、きあいじゅうぶん、と未だについつい歌ってしまう程度には、僕も好きなので、逆にけものフレンズをみたくなった。

からといって、ロストオデッセイ双子は未だに好きじゃないけど。

最初の数年は色んな理論をこねくり回すんだけど、10年越してくるあたりで新人研修で言うような考えに着地する

http://b.hatena.ne.jp/entry/321220321/comment/sabacurry

仕事ができるイメージがあるsabacurryさんの仕事論の一端がうかがえるブコメ

残念ながら、僕はまだ理論をこねくり回している段階なので、この価値観はあまり理解はできないのだけれど、

ほかごとに関してだと、そういうこともあるなあ、と思うことがあるので、仕事仕事で頑張ろうと思えた。


病気の時にへその緒を飲むタイプの色黒レゴ大好きガンダムの設定考えるのが仕事おじさんの代表作あにゃまる探偵キルミンずぅ最初に決まってるだろ。これより前にへその緒を飲んだ監督いない。(※へその緒の話です

http://b.hatena.ne.jp/entry/321139453/comment/aukusoe

なにがなにやらよくわからないけど、楽しそう。

けど、土曜日デート女性にもこういう態度をとるのだろうか? と思うと寒気がしてくる。

完全に他人に何かを伝えようとする脳の回路が破損しているタイプ人間なので、あまり他人とは関わらない方がよいと思う。

2017-02-08

アニメとの距離について書き捨てていく

「これは自分がハマりそうだな」と思ったアニメが、最初こそ低評価で「世間がどう受け止めても自分が好きならどうでもいいか」と思っているうちにあれよあれよと大人気になってしまったのを受けて。

話題に出す人が増えてしまったことに対して不快感が湧いた。

不快感の原因を考えるに、自分が好きだと思ったものが雑に触れられて雑に消費されている、という印象を持ったからだろうと思っている。

商業アニメである以上、売れることは喜ばしいし(アニメ制作環境問題点はここでは主題ではない)、そのためには人の口の端に乗らねばならないこともわかるが、愛のない消費のされ方はあまり好きになれない。

もちろん、愛があるとか、ないとかいうのも自分が計れる物差ししか計れていないし、自分の愛だけが正しい愛であると言い張れるほどに純粋でもない。

今まで強烈にハマったアニメでは、ファンは小さいコミュニティばかりで(どうも似た属性の人が多かったらしく)イベントなどに行けば名前は分からずとも他のイベントでも見たことがある人ばかりであった。似たような消費の仕方をしていた親近感があったのだろう。つまりは今までとは違い明らかに属性の違う人間が同じアニメについて語っている環境に寂しさみたいなものを感じているのかもしれない。それも私が勝手に抱いている感傷に過ぎないけれど、この寂しさに近い感情は、このアニメが想起させる感情通底しているような気はしている。アニメにおいてはそれは肯定的に描かれているが。

そして一方でこのアニメはいものであるからもっともっと流行ってほしい気持ちもある。感情簡単に割り切れるものではない。

しかしたら喫茶店みたいなもので、客がいなくて潰れてしまうと困るけど、自分が行くときにはくつろげる程度に空いていてほしいのかもしれない。

話にまとまりはないが、心にささくれのようなものを抱いたままにアニメを見続けてはアニメ純粋に楽しめなくなりそうで、とりあえず書き捨てておきたかった。

どうせ雑な言及をしている者はまた別のミームに踊らされるし、そうでなくて本当に、今後自分の心に刺さる最後に至ったとすれば、他の声など気にならなくなるはずだから、再び各種の考察や雑な言及に心動かされずにただ「世間がどう受け止めても自分が好きならどうでもいいか」とアニメ視聴を続ける予定である

2017-01-29

ある1点が秀でていて、それ以外が駄目な人っていうのは

自分が秀でている部分の価値をより大きいものだと捉えようとする

学歴が秀でていてそれ以外がまるで駄目な人は学歴という唯一の自分有利な物差し世界を見ようとする

差別的偏屈発言ばかりの知人を見てて思う

2017-01-24

[] #13-2「弟が出来るまで」

あれは俺が、今のお前と同じくらいの年齢のときだ。

かしこまった態度で、父と母がこんなことを言ってきた。

「息子よ。弟か、妹は欲しいか?」

俺にはその質問意味するところを把握できていなかった。

どういう経緯でそういう話が出てきたのかが、俺は分かっていないからだ。

「俺が欲しいといったら手に入るものなの?」

「いや、そういうわけじゃない」

「なんだよそれ。だったら俺に聞く意味ないじゃん」

家族が増えるかもしれない話だからあなた意見も参考にしたいのよ」

妙な話である

現状、目の前にいない存在を欲しいのかと聞かれて、仮に答えたとしてその意見がどれほど参考になるというのか。

「どちらか選べるの?」

生憎だけど選べないわ」

「うーん……時期は何時ごろ?」

「追って報告する」

「なんだ、あまり融通は利かないんだね」

「そうだ。これはカテイの話だと考えてくれ」

「カテイ?」

父はそう言ったものの、それにしてはかなり真面目な雰囲気だったことは当時の俺ですら分かった。

それを踏まえて奇妙だと感じたのは、ほぼ重要プロセスは両親次第と説明している割に、俺の意見を参考にしていることだ。

まり、この場で俺の意見を参考にするということは、とても重要意味を持つことになる、と解釈した。

「……ちょっと考えさせて」

それにしても父と母も大概である

家族が増えるか否かの重要選択を、なぜ俺にさせるのか。


翌日も考えを保留したままだった。

その日は友人たちとドッジボールで遊んでいたが、どうにも身が入らず早々に脱落した。

そんな俺の様子は明らかだったのか、心配してタイナイが話しかけてきた。

「どうした、マスダ。今日調子悪いじゃないか風邪か何か?」

「いや、風邪じゃない。だが重要課題だ」

課題? そんなの出たっけ」

「カテイの話だ」

「カテイ?」

「そうカテイの話。俺の弟か妹が欲しいか、って聞かれたんだ」

「そうなんだ。でもカテイの話だろ? そこまで重く考えなくていいんじゃないか?」

「カテイの話だからこそだ」

話したところで仕方がないのだが、俺は何でもいいからヒントが欲しかった。

俺は何かを探るようにタイナイに質問をしていった。

タイナイは妹がいるんだっけか」

「ああ、いるね。一つ下の」

「その子が生まれる前、弟か妹が欲しいかって聞かれた?」

「うーん……聞かれてないね。多分」

答えを期待していないからなのか、我ながらナンセンス質問である

「まあ、子供を生むのはお母さんだしなあ。ボクに聞く必要なんてないだろうし」

タイナイもやはり同じ考えである

だが、それでは答えにならないのだ。

「マスダは、キョウダイいらないの?」

「そういう話をしているんじゃない。俺の意志はどれほどの意味を持つかって話だよ」

自身が欲しいとか欲しくないとかで考えられない以上、何かそれを判断すべき物差しがいるのだ。

或いは俺の意見を聞くのがどうでもよくなるほどの、煙に巻く何かが……。

「そうはいっても、そういうの聞くべき相手って家族くらいしかいないだろ」

タイナイのその何気ない言葉に、俺はハっとする。

肝心なことを失念していたのだ。

タイナイ、話を聞いてくれてサンキュー

「答えは見つかった?」

「俺よりも聞くべき相手いたことに気づいたんだ。俺の答えは、それを聞いてから決めても遅くない」

(#13-3へ続く)

2017-01-20

[]

今回はガンガンオンライン

青春Re:トライ Re:10

視点で同じ時間軸を描くのか。

樹側のテーマが新たな視点による気づきに対し、遥側のテーマは行動することの重要性ってのは一貫していて、今回もそうだったね。

ただ、まあ時間軸が同じこともあって、わざわざ別の話として描くよりは、平行して描けばいいんじゃないかなあとも思わなくはないが。

ただ、ラストの展開はちょっと不意打ちだったなあ。

確かに伏線はあったか考察する余地はあったんだけれども、このタイムリープ兄弟にとって重要意味を持つと思っていたから、そういう可能性は無意識に追いやってた。

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!109

夜の学校とかもそうだけれども、今回みたいないつもと違う状況で過ごす学校の、独特の雰囲気って楽しいよね。

個人的にニクい演出は、本を通じて発生した奇妙な縁かな。

それが間接的に繋がって、他人話題主人公名前とか挙がっていると不思議気持ちになる。

その普段ではありえない特別空気がそうさせるのか、もこっちが苦手なタイプ人間言葉で思わず笑うシーンとかが象徴的に見えた。

なんかいいなあ、こういうの。

毒っ気というか悲愴感が恋しくはあるけれども。

あと、大したことじゃないんだけれども、登校時にマスク着けている生徒と着けていない生徒がいて、その微妙な違いが無駄に気になった。

ななしのアステリズム 第21話

ちょっと驚いた。

そんな言語化が難しい感情も描いていくのか。

人が持つ感情には表面的には同じであっても様々な側面がある。

「好き」ってのは、その側面が特にクローズアップされやすいよね。

昴は自身他人の持つ側面がないのに、その側面に自分が引きこまれたような感覚が嫌だったわけだ。

ざっくり言えば、他人物差し人格を測られるのが嫌だってことなのかもしれない。

恭介はその感情一般化しようと試みるんだけれども昴はピンとこなくて、そもそも無意義だともとれる。

このあたりを踏まえると、「他人による人格形成安易カテゴライズ拒否」だと私は解釈した。

まあ、確かに多くの人が自分自身でもよく分かっていない側面というものは大なり小なり存在していて、どうしてもそれを明瞭にする必要があるかといわれれば何とも言えないのだけれども、その状態では少なくとも他人にそれを決められたくないだろうね。

このあたりの人格に明確な言語化や是非を決めないっていうのは、複雑な思いが錯綜する本作を読み込む上で、かなり重要テーマかもしれないなあ。

ただ、そこをフワフワさせた状態のまま話を進められることが、物語スムーズに消化したい人にとってはヤキモキする要因にもなりそうだけれども。

2017-01-04

例の記事経済成長否定している?

新年早々、朝日新聞燃えている。

http://digital.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html

朝、これを読んだとき「あ、これバズりそう」とは思ったが、昼になってみると自分が予想した以上に叩かれている。

別に叩くこと自体否定しないし、自分自身ちょっと疑問になった点はいくつかある。「200年が例外」の件とかね。

結論ありきで材料を組み立てたような気持ち悪さがある記事だなとは思った。

しかし、ネット大勢の反応には違和感がある。みんなどうしてこんな感情的になっているのか?

一番気になるのは、「朝日新聞経済成長否定した記事を載せた!」と騒いでいる人たち。

本当に例の記事経済成長否定しているのだろうか?

私自身は経済学はまったくわからないが、書いてある文章を読むくらいはできるはずである

そこでもう一度読み直してみたところ、ツッコみどころがあるにしても、この記事経済成長否定しているようには思えなかった。

せいぜい「低成長」でもよいのではないか(無理に高度成長を求めなくてもよいのではないか) とか GDPという物差しだけで見ずに、ほかの見方もあるのではないかというぐらいではないだろうか。

ただ、「経済成長」の定義がよくわからない。この記事だとGDPの成長と受け止めて読んだ。

GDPの)成長には限界があるのではないか?(GDPの)成長を前提に社会を考える従来の在り方のままでよいのだろうか?それを問い直した記事なのかなと思った。間違っているだろうか?

経済成長否定している」と読み取った人に、その根拠を聞きたい。

この記事擁護したいわけではない。たぶん経済精通している人にとってはいろいろ突っ込みたい点はあるだろう。

けれど、この記事に対する反応は、重箱の隅をつついているようなものが多くないか

もう少し本質的な問いに目を向ける人がいたっていいのになぁと思ってしまった。

2016-12-28

労働生産性なんてくだらない

何でどこの誰が考え出したかも分からない物差しの横に,何も考えず喜々として横たわるのか。

何だ。労働生産性って。

それが高いことに,どんな本質的意味があるというのだ。

労働生産性という考え方がどのように生まれてどのような意味を持っているのかを,「誰も分かっていない」とは言わない。

だけど,この舶来の価値観を無批判にありがたがって日本を貶しているのは,ほとんどがただの怠け者ではないか

マラソンランナーの走力を羨んで,「彼の心臓と肺を移植してもらえばきっと自分も」と考えるような馬鹿言動は見苦しいだけだ。

2016-12-03

「正しいことを幸せだと思っている」真面目さと、生きづらさの正体。

私はとても真面目だ。制服スカートを折ったことも無いし、メイクをして学校へ行ったことも無い。課題は確実に出していたし、授業中自分から話したり、先生に横暴な態度を取ることも無かった。

私は母子家庭で育ったが、祖母と兄と母と一緒に暮らしていて、親戚同士の仲も良好だったため、たくさんの人に愛されて育ってきたと自負している。小学生の頃いじめられ、中学校に入ってから全く学校に通えなくなった時も、母が私のためを思い「どうして学校に行かないんだ」と怒られたことがあるこそすれ、無理やり学校へ行けと怒られたこともなく、なんなら「中学三年間なんてこれから人生に比べれはちっぽけな時間なのだからゆっくり休めばいい。好きなことをしなさい」と言ってくれたおかげで、私は無事に高校へ進学した。

多少の家庭問題はあれど、それでも余るくらいに私は愛されてきた。ひきこもろうがどんなに反抗しようが、それでも常に私の心配をしてくれる人が周りにいて、私は本当に幸せ者だと思う。

だが、私は自己肯定感が低い。自分に自信なんて全くないし、取柄といえば真面目なところくらいだと思う。

こんなに愛されてきたのに、どうして私は自己肯定感が全くと言っていいほどないのだろうと、ずっと考えてきた。そして出た答えが、「真面目であること、そして正しいことを幸せだと思っている刷り込み式の考えにある」だった。

私たちは皆、努力すること、我慢すること、気を遣うことが美徳と学んできた。私も小さい頃からそう思って生きてきたし、うちはマナーにも非常に厳しい家庭だったため、それが当たり前だと思っていた。

確かにそれは素晴らしい考え方だし、共存必要なことであると思う。けれど我々は、その考え方にとても苦しめられているのではないだろうかと、今となっては思うのだ。

私は言いたいことを言わないと気が済まない性格で、物事をはっきりと言っている。喧嘩をするときもそうなのだが、いくら怒っても、いくら自分気持ち吐露しても、なんだかすっきりしないことに気が付いたのだ。

言いたいことは言っているし、きちんと相手にも伝わっている。「私はこれが嫌で、こうだからあなたがどうしてそういうことをしたのかがわからない」と、自分意思を伝え、相手も「そうか、わかったよ」と言ってくれているにも拘らず、気持ちが晴れない。伝えた直後はすっきりしていても、後々「あの時自分はこう伝えたけれど、本当に自分はそう思っているのだろうか」とまた思い直し、そうしてまた、相手改善してくれたことも、「やっぱりそれは違う」となり、それを延々と繰り返し、問題が全く解決しないのである

これについて私は、本当に長い間悩んでいた。「相手はちゃんと私が言ったことを受け止めてくれて、改善もしてくれたのに、どうして私は満足できないのか」と、常に自己嫌悪状態で、本当にこれだけで死にたくなるほど悩んだ。

悩んで悩んで、どうしたらいいのかと頭を抱えて悩んでいたある日、答えはふっと降りてきた。

いくら気持ちを伝えてもすっきりしないのは、本音を伝えていないからだ」と。

そりゃそうだろう、と思われるかもしれないが、そこで出てくるのが、「正しいことを幸せだと思っている」なのである

すぱっと言ってしまうと、私たちは常に正しさを基準に生きている。そしてそれこそが一番の問題なのだ

本音というのは、自分の本当の気持ちのことだ。喧嘩をし、自分気持ちを吐き出してもすっきりしないのは、「一般的な考えを踏まえたうえでの本音」だからなのだと思う。

私たちの中には、意識的しろ無意識的にしろ正しさが基準として根付いていて、「本当はこう思っているけれど、それを言うことは正しくない」と、どこかで自然セーブをかけているのだ。そのせいで、本音を言ってもすっきりしない、だって「本当はこう思っているけれど、それを言うことは正しくない。だからこう言ったほうがいいし、そのほうが幸せなのだから、という謎現象が起きてしまうのである

そしてそれが起こる原因は、「真面目さ」にある。真面目な人は、全てのことを正しいか正しくないか判断してしまう。それは、自分気持ちですらその天秤にかけてしてまうのだ。

それはとても恐ろしいことだ。どんなに嫌なことでも、ただ「正しくないから」「正しいから」と、そのふたつで判断されてしまう。この恐ろしさを、私たちは皆持っているのではなかろうか。

真面目な人が鬱になってしまうのは、これが大いに関係していると思う。仕事を辞めたくても、どんなに体調が悪くても仕事をし、学校に行き、頑張ってしまうのは、それが「絶対的に正しいこと」と思い込んでいるからだ。かくいう私もそうだったので気持ちはとてもわかる。自分では気付かないうちに、自殺という選択肢しか残らないところまで自分を追い詰めてしまうのだよね。

だらだらと書いてしまったので結論を書くと、「正しいことが幸せなのではない。正しくないことが不幸せなのではない」ということである

以前母と話したときに、私が「ホームレスを見ると悲しくなる」と言ったら、「案外あの人たちは幸せなのよ。縛られることもなく、気楽に生きていけるから」と言われ、そうかと思った。自分が思っているよりも、他人は不幸せなんかじゃない。本当に心の底から辛い人なんてそうそういないのだ。

「正しさを基準判断し、他人を不幸と決めつける人」に言いたい。

正しいことが、必ずしも幸せではないということ。正しくない人が全員不幸なんかじゃないということ。自分の「幸せである条件、または物差し」――たとえば死に物狂いで頑張ることとか――から外れている人が不幸だなんて、そんなことは絶対にない。

私たちは正しくなくていい。正しく幸せになろうとなんかしなくていい。

私たちには、「不真面目に幸せになる権利」があるのだから

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