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2018-09-18

息子だけど、親権押し付け離婚した母親について

そういえば自分の周りに親権を押しつけて離婚した母親がいたなあと、元増田を読んでいて思い出した。

もう20年近く前の話だし、元増田の元家庭とはずいぶん環境も違う。

記憶も定かでは無いけれど、「親権押しつけて離婚した母親」がどう見えたか、息子の立場の思い出で自分語りする。

母親最後に見送ったのは私と弟だった。

私の母親は、私が10歳の夏に家を出ていった。

母親の姿を私が最後に見たのは自宅の玄関

私と弟が学童保育から帰ってきて一息ついたあと、入れ替わりで母親は家を出ていって、そのまま帰ってこなくなった。

私と弟がどこにいくのか尋ねたところ、

ちょっと買い物に出かけてくる、あんたたちも来る?」と母親は応えた。留守番をしている、と返したと思う。

まだ日が落ちる前で外は暑かったし、エアコンが効いた部屋から出たくなかった。

それが母親と面と向かって話した最後の会話だった。

その日以来、母親は帰ってこない。ずいぶん長い買い物である

父親が帰ってきたのは20時ごろだったと思う。

母がいっこうに帰ってこないから、勝手レトルトカレーを食べるか迷っていたところだった。

そこから記憶あいまいで、「お母さんは買い物に出かけている」と父親に伝えたこと、その日は結局帰ってこなかったこと、

翌日の夜に「お母さんはもう戻らないんだってさ」と父親に伝えられたことは覚えている。


日経ってから改めて、「お前たちはどうする?お母さんについてくる?」と父親に聞かれた。父と母だけで子供に見えないところでやり取りをしていたんだろう。

私と弟は、間髪入れずに「父親についていく」と伝えた。

子供ながらに、「父親は家に住んでいる、母親は家を出た」「父親仕事をしている、母親パートタイムで働いている」「母親と一緒になるのは不安しかない」と思ったから。

その日からしばらくは子供部屋ではなく、父と母親の部屋で寝ることになった。

父親には「お父さんが寂しいだろうから」なんて言ったけど、たぶん怖かったんだと思う。寝ている間に父親もいなくなったら、とかたぶんそういうことを考えてたんじゃないか

家庭事情、なぜ離婚したのか

正直なところ、離婚前後夫婦関係母親の状況について、父親に聞いたことはない。父の浮気のようなわかりやす理由があったのかも分からない。

当時は、父親の機嫌を損ねたくなかったから、そんなの聞けるわけがなかった。

私も弟も父親も、母親がいなくなって、各々で新しい日々を送ろうと四苦八苦していたし、そのうちに聞くタイミングを失ってしまった。

というかよく考えたら、父と母親の馴れ初めについてすら詳しく知らない。なにしろ私がそんなものに興味を持つ前に離婚してしまたから。

父の年齢から離婚時点の年齢を考えると33~4歳前後になるから、彼らはおそらく大学を出てすぐに結婚したんだと思う。

父は普通サラリーマン帰宅20前後母親も、私が幼稚園の頃からパート勤務をしてて18時頃の帰宅が多かった。

なにしろ大学を出てすぐ私たちを生んだわけだから我が家にも給料的には余裕が無かったはずだ。

共働きということもあって、私と弟は小学校に入るとすぐに学童保育に預けられた。

周りの友人たちの母親専業主婦ばかりだったし、いま思えばマイホームを持った落ち着いた家庭が多かった。

記憶にある限りでは、私の母親PTAなどにもほとんど参加していなかったと思う。地域での友人関係というのも無かったんじゃないか

当時は家の鍵を渡されてなかったから、学童保育から帰ったあとは玄関の前に座って、母親の帰りをぼうっと待っていたのを覚えている。

食事レトルトや総菜がほとんどだった。忙しかったんだろう。

離婚の経緯に関しては唯一、母親祖父から「あの子あんたたちを育てるのを投げ出した、だから勘当をした」という趣旨の話を聞いたことがある。

そのため、母が家を出て行った理由は、私と弟の世話に嫌気がさしたからだと思っている。

実際、当時の私と弟は問題児で、小学校でも幼稚園でも喧嘩忘れ物などの問題行動をよく起こしていた。

まり詳しく覚えていないけど、家庭でも似たような状態だったのだと思う。酷く手のかかる子供だったと思う。

そんな状態である上に、私と弟は昔から比較的父になついていた。母親から見れば「男3人と自分」という対立構造に見えるときも多かったんじゃないだろうか。

上に書いたように、父と母親のどちらにつくかのやり取りもあったから、子供目線だと「母は親権押し付けて出て行った」のではなく「僕たちは自分父親を選んだ」という意識を持っていた。

でも、こうして書いていると、やはり母親私たちと居ることが耐えられなかったんだと思う。

「買い物」に出ていく際の「あんたたちも来る?」という問いは、きっとそんな耐えられない息子たちと自分関係を確かめ意味言葉だったんだろう。

ごめんね、お母さんよりも冷房を選ぶような息子たちで。あの日暑かったからなあ。

離婚のあとのこと

断片的な記憶だけど、父親離婚届を書いているところ、書類を返送する際に「こんな男と10年以上いてくれて~~~」という趣旨手紙を添えていたことを覚えている。

父は「本当にお母さんと連絡したいと思ったら、この携帯番号にかけたらいいから」といって、母の連絡先が書かれたメモ電話機のわきに残してくれた。

何度か電話をかけた記憶はあるが、そのとき何を話したかはもう覚えていない。

しばらくは祖父母が手伝いに来てくれていたこともあり、私も弟もすぐに母親がいない生活に順応した。メモはしばらく壁に貼ってあったけど、どこかにいってしまった。

その後、母親祖父から絶縁されたらしい。

もっとも、何年かに一度は連絡がある、ないしは帰ってきていたこともあるらしいので、本当のところは知らない。

私が二十歳を過ぎたころぐらいに、祖母から母親と会うつもりはないか」と聞かれたこともあった。

ただ、そのときにはもう私も大学生だったし、妙な蒸し返し方をされるのが不気味で会うのを拒んでしまった。「会わなかったぶんのお小遣いをくれるなら考えるよ」とかなんとか適当なことを言って。

小遣い自体は実際にもらった。

大学時代、祖父母の援助で車の免許を取得させてもらった。

あとから聞いた話によると、これは母から祖父母に「息子のために使ってほしい」とあずけられたお金から出されたものとのことだった。

祖父から「残りは、いつかお前たちがいい人を見つけて結婚式をするときに渡したい」と言われた。

父と母親の間で、慰謝料だか養育費だかの金銭のやりとりがあったかについては、知らない。たぶんもう知ることもないと思う。

私のその後

離婚してすぐに一家4人ですごしていた家からは引っ越すことになった。

学校が変わったことがきっかけで、無自覚問題児から自覚のある問題児に変わった。

父親との関係とは紆余曲折あったものの、大学までは出してもらった。

その間、母親がいないことで不便した記憶というのはほとんどない。保護者参観に親が来ないことにもすぐに慣れた。

中高生ときから料理をするようになったし、親が家にいないおかげでのびのびと生活していたから、むしろ恩恵のほうが大きい。

最近になって若干面倒になってきたのは、職場の同僚や知人から

「いつ結婚するのか?」と尋ねられること。

これは母親がいなくなったこととは直接関係とは思うけど、異性と生活を共にして、家庭を持つイメージがどうしても持つことができない。

おじいちゃん、お母さん、ごめんなさい。どうも僕はあのお金をもらう気にはなれません。

母親をどう思っているか

今になって思うと、ひどく気の毒に感じている。

母親が私を生んだ年齢をすぎて数年が経つ。もし今の私が、私のような子どもを持っていたとしたら、おそらく私だって投げ出すと思う。

もっとも、母親が買い物に出かけた理由が、本当に私たちだったのかは知るよしもないんだけど。

元増田について

本当にお疲れ様でした。

自分語りをしながら、もしかしたら私も元増田の書いてるような「隠し通された子供」なのかもしれないのかなあ、なんて考えてしまいました。

ただ、いずれにせよ元増田さんの体験元増田さんだけのものですし、好き放題に増田で叩かれたり、長文で自分語りする父子家庭出身者が現れても、あまり気に病まないでください。

どうにかいろいろと上手くいくようになって、元増田にとってもお子さんたちにとっても一番傷が少ない結果になるように、祈ってます

https://anond.hatelabo.jp/20180918120625

2018-09-11

親愛なる上司

妊娠結婚もしてなくて悪かったな

災害時は先に家族ある人たちを帰して、私みたいな何も失うものがない人間を必ず最後まで残しやがって

他の部署は全員帰宅させてるのにな

別にカスタマーサポートとかでもないのにね

独身有休は取るなとか言うし、周知しないくせに自分へ勤怠連絡を催促してくるのまじでやばいぞ?

自分権力を誇示したいだけの無能

あと忘れるし。備忘のためメールすれば礼儀がないとか文句を言うし

口頭で言えば必ず嫌味を言ってくるよな?

冗談?は?どのへんが面白いの?全然面白くねえから

お前ほど面白くないやつなかなかいいか

よその部署からしょうもねえ仕事ポンポンとってきて

実際にやるのはこっちだよな?

お前は仕事丸投げするだけで沢山ボーナス入るからいいよな。

上へのごますりだけで成り上がってきたんだもんな

失敗すれば全部こっちの責任

本当にクズしか思えないわ

早く死ねばいいのに

単身赴任奥さん子供の世話全部押し付けてるけど

いま奥さん資格勉強してるらしいな

資格取ったらいつでも熟年離婚できるから

お前みたいな不細工ATM退職金ぶんどられて離婚届叩きつけられるのが関の山だよ

生きてる価値ある?なんなのお前の人生?なんだったの?

もうすぐさようならになると思うけど

古くせぇ社畜、とことん追い込んだるわ

2018-09-03

発達障害持ちのクズの俺が今の嫁に拾われて幾数年

嫁に恩返しをしようと思って働いて、転職して、転職して、転職して、転職して

その間に息子も生まれたりして、それでも俺は頑張れなかった

完全に心が折れて無職となり、嫁は代わりに自分が働くと言い出し、俺は専業主夫となる

その家事子育ても満足にできず、喧嘩もたえなくて、ついには離婚を俺から切り出した

喧嘩の勢いのまま離婚届を書かせて、あとは証人欄を誰かに書かせるだけ

俺は自分に甘い、本当に甘い

からこそ嫁は俺を諦めるべきだ

結局、俺が嫁にできることは俺と関わらせないことだと思っている

俺は嫁にとって足手まといでしかない

別れたくない、別れたくないがそれが多分一番良い

2018-08-31

離婚した

婚姻期間は12年だったけれど、学生時代から付き合いはじめたから、人生の半分以上二人でいたことになる。

身体が半分ちぎれたままひとり旅に出るような気分、原因はいくつも絡み合っていてもうどうしようもなかった、子供を持ちたいと思い始めた時期や仕事が忙しくなったタイミングが二人でずれまくってこんな年齢になってしまった、少しずつお互いを信頼できなくなってしまった。

両家に挨拶に行き、その足で二人で離婚届を提出した。受理されるまで時間がかかってぶつくさ言い合い、帰りに夕立ち前の稲光を見て、同時におーと言った。

相手はとても子供が欲しかたから、そうなってほしい。そうなったときに曇りなく喜べるようにわたしも充実した人生を送ってやるに決まってるけど、今夜だけは泣く。

一緒にじいさんばあさんになりたかったよ。

2018-08-05

三年前浮気して当時の妻を捨てた

毎日残業で疲れているだろう元妻を深夜過ぎまで泣くまで罵って1ヵ月で離婚届サインさせ部屋から追い出すことに成功した

今それが倍になってきている

つらい

こんな苦しみを元妻に与えてたのをせめて一言謝りたくて元妻の番号にかけた

この番号は現在使われておりませんのアナウンス

妻の実家は敷居が高くてさすがに連絡できない

誰か助けてくれ

2018-08-01

船越英一郎が本人役で主演するサスペンスドラマ話題だが

フジテレビ2001年にも「芸能リポーター服部ヨネ子の突撃取材西村知美殺人事件」という怪作を送り出している

西村知美(本人)の夫、西尾拓美(本人)に不倫疑惑が浮上し、二人で釈明会見を行うも

会見場のグラスの水に青酸カリが混入されており西村知美は死亡、西尾拓美一命をとりとめるもの

夫を受取人とした高額の生命保険が掛けられていたことや、西村サインした離婚届が見つかったこから

西尾容疑者として疑われたが実は・・・というお話である

西村知美夫婦よ、よくそんな仕事受けたな

2018-07-06

anond:20180706211120

離婚届ならインターネッツからダウンロードして使えば良い。書式が整ってればどこの自治体でも受け付けてくれるぞ

2018-06-10

ニュースがあまりタイムリー過ぎてしんどい

先月から義兄の息子、我々夫婦にとっての甥を預かっている。

理由は義兄嫁の育児放棄

義母の話や義兄の話、義兄嫁の言動、そして甥の様子を見ていると虐待も少なからずあったんじゃないかなと私は感じている。

義兄嫁は結婚当初から言動不安定な人だったらしくて、出産後も子どもといたらノイローゼになるからもう要らないと言ったり、家出したり、泣きながら帰ってきてやっぱり子どもは手放したくない、家族でいたいと言ったり、かと思えば突然義兄に離婚届を突きつけてきたりするそうだ。今は子どもの顔も見たくない時期だから義実家子どもを預けて以降連絡がつかないらしい。今までどうにか孫の面倒を見つつやってきたもののついに力尽きた義母が、我が家に助けを求めてきたのが預かるきっかけだった。

いやこれどう考えても真っ先に保健所児相相談案件でしょう。

そう思い児童福祉関連施設への相談提案するも、義兄は虐待はないか行政への相談必要ないの一点張りだ。

隣県に住んでいて月2、3回会う我が家義実家とはそこそこ良好な関係を築いている(と思ってたんだけどわからない)のに、これまで義母から義兄家の話はしてこなかった。甥がいてもよく泊まりがけで遊びに来てるのよ、くらいの説明だった。ところが今になって出るわ出るわ我慢を重ねた3年分のトラブル鬱憤愚痴。なぜそれをもっと早く言わなかった。

虐待簡単には表に出てこない。本当に愚かだと思うけど、私たちは身内のことなのに気がつけなかった。でも子どもには間違いなく傷が残るだろう。我が家に来たときの甥はとても大人しくて蚊の鳴くような声でしか話せなかったし、トイレを失敗したときには真っ青になって固まってたし、ジュースをこぼしたら慌てて隠そうとする子だった。今は我が家男児ふたりに負けじと大きな声で主張し、パンツ履かないで大笑いしながら走り回るし、失敗したらごめんなさいが言えるしっかりした子だ。本当はカウンセリングかに連れて行ってあげたいけれど、私たちには勝手にはできないよな。虐待されていたかどうかも推測だし、親じゃないし。少なくとも義兄の了解を先に得なきゃいけない。

義兄は離婚するつもりだ。親権もとるらしい。義兄嫁からしてみれば私たち可愛い息子を奪った敵に見えるだろう。そもそももっと早い時点で介入できていれば義兄嫁も育児を続けられていたかもしれない。

だってそうだ。後々あのときから引き剥がしたと恨まれるかもしれない。本当は今も母親に会いたくて我慢しているのかもしれない。

私たちは甥を健やかに成長させてあげたい。だけど余計なお世話なのかもしれない。義兄家に介入していれば、と思うこと自体おこがましいのかもしれない。何が正しいのかわからない。全部が堂々巡りだ。身内ですらこうなんだから赤の他人である児相職員さんはもっと大変だろう。大変な仕事だと思います。本当にお疲れ様です。

はいえ身内だけで悩んでいてもラチがあかないし法律ことなんかもわからないし、今はとにかく行政に繋げられるように夫が義実家と義兄にかけあっている。近いうちに相談には行ってくれそうだ。

最近は夜になると息子①が私のお腹の上で、息子②が私の右腕の上で、甥が私の左腕の上で寝てる。皆でぎゅーぎゅーに抱き合って寝てる。昼間皆でよく遊ぶから、ぐっすり寝る。子どもは体温が高い。なので囲まれるとめちゃくちゃ暑い。汗だくだ。だけどこの時が私たち間違ってないかなぁという不安が和らぐ唯一の時間だ。

2018-05-24

離婚した

去年の夏くらいからうまくいってなくて、年末から別居、こないだ離婚届受理された。

自分はいままで住んでた家に今も住んでる。冷蔵庫洗濯機もないけど。

なんだかんだバタバタしてて、昨日一人でソファに座って色々思い出した。

自分勝手だけど、相手幸せにできずに申し訳なく思う。

普通に結婚して、普通に子供を作って、それなりに死んでいく人生かと思ってた。

普通がこんなに難しいなんて思ってもみなかった。

世の中には今日入籍する人もいると思う。その人たちは幸せになって欲しい。

愛してた人を愛せなくなるなんて、もううんざりだ。

2018-05-12

嫁「嫌なら別に離婚するならいいよ?」

俺「ほーん。じゃあ離婚しよう。必要荷物言ってくれたら郵送するわ。これこれが・・・

嫁「ごめんなさいごめんなさい」

俺「じゃあそういうことで。仕事落ち着いたら覚書書いて離婚届け書く感じで」

嫁「ごめんなさいごめんなさい」

っていう流れで離婚になりました。

バカめ。いつまでも我慢してもらえると思うなよ。俺はお前の父ちゃんの代わりじゃないんだ。

家庭のために土日出勤して頑張ってんのに離婚なんてキーワードを軽々しく言うんじゃないよ。

脅しの言葉じゃないんだよ。小梨専業主婦で良く言えるわ。

2018-04-29

anond:20180429115059

元カノの夢を見た。夢の中で彼女苗字は分かっているのに、名前が分からないという問題と格闘した。結局分からないまま目が覚めた。でも、今では彼女結婚して苗字が変わっているんだろうなと、ぼんやりと昔を懐かしみながら考えるが、こんな夢を見るのは今の僕の状況が引き起こしているのか。

嫁と喧嘩を一昨日からしている。喧嘩理由は嫁が僕の誕生日を祝ってくれなかったかである。こう言うと幼稚だなと思われるかもしれないが、この性根は昔から特性でありどうすることもできない。

誕生日の日に、飲みに行く予定ができたらしく行ってもいいかと聞いてきてくれて、それに対して了承をした。プレゼントも貰った。別の日にどこか行きたいところがないかも聞いてきてくれた。でも、拗ねた。

その日は子供習い事の送り迎えがあって、誕生日を祝う余裕がないことも分かっていた。でも、拗ねた。

そういえば、元カノと別れたのも、こんな自分感情からだったかな。未だに彼女のことが好きなのに、それは好きという感情すらも軽々と超えてしまう。

嫁は普通では付き合えきれない僕のような人とよく過ごせてるな。普通人間は、タンスに離婚届を隠し持って、いつでも逃げる準備をしている自分勝手で幼稚な普通ではない人間とはやっていけないだろう。気をつけないといけない気がする。

自分反省と整理のために益田に書いた。

昔の彼女の夢を見た

正確には、元カノ苗字は思い出せるけど、名前が思い出せないって夢だった。

名前は思い出せたけど、そういえば結婚して、苗字変わったんだよなと思っておきた。

そして、一昨日から嫁さんと喧嘩してる。

理由は、誕生日誕生日を祝ってくれなかったから。

嫁さんは、自分誕生日飲み会にいった。飲みに行っていいか確認してくれたし、プレゼントももらったし、他の日はいつがいいか、どこか行きたいお店はないか聞いてくれてた。

そもそも誕生日子供習い事の送迎があって、誕生日会どころではなかったのもあって、僕はいいよって言ってしまった、また、後出しジャンケンで拗ねるんだろうなとおもったら、結局、拗ねた。

ずっとこんなことばかりしてる。

元カノと別れたのもたぶんこうやって幸せになることから逃げたからなんだなぁーと、思った。

嫁さんは、仕事休職してもあちこち引越しても家事育児さぼっても、いつでも結婚生活から逃げ出せるように離婚届タンスに忍ばせてる旦那文句も言わずそばにいてくれる。

ぼくは、拗ねて人の気持ちを受け取る事を拒否してると思う。未だに好きな元カノと別れると決めたのもそれだなぁーと起きて思って、反省しようと増田に、書いた。

ちなみに、元カノと別れたのは15年前、結婚して、11年目の今年36歳の誕生日です。

2018-04-27

夫の浮気に伴う自己処理ができない

36歳女、9歳の子持ち、フルタイムで働いている。夫とは会話が多い方だと思う。

2年前、夫が元カノと数年に渡り浮気していることがわかった。夫にはその旨を伝えていない。まあきっかけがどうであれ最終的に夫のメールを見てしまったわけだ。これについては私が100%悪い。人のメール除いて幸せが訪れることがあろうか。絶対に無い。不幸の扉を開いたのは私自身だ。

浮気と言っても性行為無しのプラトニック恋愛のようだった。夫は性行為自体が苦手で、だから浮気心配は無い、と浅はかな考えでいた。実際に浮気されていることを知った時の衝撃は、全身の震えが止まらないほどに凄まじかった。ちなみに元カノの他にも別の女性口説いていて、失敗していた。

ところで、子どもができてから私は典型的母親と化した。家事育児必死で夫は二の次、三の次だった。夫は寂しかっただろうし、気持ちもそれは冷めたことだろう。その後反省して、コミュニケーションをなるべく取り、相手への思いやりを忘れないように心掛けている。毎日ではないが身なりにも気を遣っている。でも、まだまだ全然足りないのだろう。

一方で私は明らかに情緒不安定になった。夜になると涙が止まらなくなったりした。最近は落ち着いてきたけど、たまに負の感情の波が押し寄せる。まさに今日だ。日常を生き抜く為に、不安定気持ちを強引に引き出しの奥にしまい込んでるだけじゃないか、と思い知らされる。心の中で自分を責めて、夫を責めて、結論に辿り着けないでいる。

そもそも離婚という形で決着が付くものなのだろうか。離婚届を2度入手し、夫への手紙もしたためたものの、最終的には2回とも本人の手に届くことなく闇に葬った。子どもにとって本当の父親は彼だけだ。子どもから父親を引き離す権利は私には無い。せめて子どもが大きくなるまでは離婚せず、楽しい家庭を築いて維持するのが母親としての努めだと言い聞かせている。ただ、夫への愛情も今となっては自分でも正直よく分からない。どうすれば良いのか、時が風化させてくれるのか。

誰にも相談できなくて増田で吐き出した。読み見返すと、自ら不幸に飛び込み苦しんでて馬鹿ですね。つまらない文章になってしまったけれど、最後まで読んでくれた人がいたらありがとう

2018-04-13

anond:20180413012218

お互い遠慮する分、内心では不満が渦巻きまくっていてそれが噴出するんだろ

嫁が何も言わないから同居が上手く行ってるとか思ってる駄目夫か?

そういう夫がいるから嫁が病んだり突然離婚届突き付けられる事になるんだろうに

2018-03-23

元増田です。皆様ありがとうございます病院に行きたいのですが…

https://anond.hatelabo.jp/20180323144706

この前近くのスーパーアルバイト募集のチラシがあったので話を聞きに行きました

面接もして昨日家にスーパーから電話がかかってきました

私は携帯を持っておらず、家に電話してもらうしかなかったんですが、

旦那がでてしまいました

採用の通知でしたが、

旦那相手を怒鳴りつけて電話を切ってしまったんです

すごく怒られました

働きたかったら離婚届サインしろとも

せめて病院にかかるお金をくださいとお願いしましたが

自分から股を開きにいくのは商売女だ」

「そんなとこに薬塗る奴は気持ち悪い」

と通院も拒否されました

ステロイド副作用が強いと聞いていたけど、

これまでのは副作用じゃなくてカンジタを悪化させる薬だった

そのことを説明しましたが、解ってもらえませんでした

2018-03-19

男は金とか言う女

そりゃ金はないよりかはあったほうがいいに決まってる。

でもルックス悪くて性格も悪いお前らが言うな。

何様だよ。

高収入男がお前らを選ぶわけないだろ。

ルックス性格も悪いお前らをわざわざ選ぶ理由がない。

高収入もっと美人性格いい女を狙うから

結婚してから稼げなくなったら離婚届を突きつけて財産持っていくんだろ?

一緒に頑張って行こうとは絶対言わないだろ?

お前らを選ぶにはリスクが高すぎる。

専業主婦希望もどの口が言ってんの?

働きたくないからってのが見え見えなのによく言えるよな。

そんなに金が好きなら自分で稼げって話だよね?

一生そうやって夢を見続けてくれ。

頼むからお前らは結婚するな。遺伝子を残さないでくれ。

いや、そもそも結婚できないか

2018-02-19

https://anond.hatelabo.jp/20180219155635

まさにそれ。

父親勝手離婚届を提出(多分郵送)、後日受理されたとはがきが届き

母親が提出されてることを知った。

母親は訴えることをせず(多分知らなかった)離婚成立。

 

ちなみに私は「実はお父さんとお母さんは2年前に離婚していました」と父親から

メールが入って知った。

anond:20180219155302

勝手離婚届を出すのは犯罪だが

母親が訴えなかったのならそのまま成立するんじゃね

田舎帰省したとき父親から

「お前達はあれか、特に『帰る家』って必要ないのか」

と言われた。

 

きょうだいが全員実家を継ぐ意思が無いことから発言だったが、

ちょっと待てと。

そもそも実家を『帰る家』じゃなくしたのは誰なのかと。

勝手離婚届を出して一方的母親を追い出して

彼女自由に出入りできるようにしたのは誰なのかと。

1年ぶりに顔を出した家はすっかり彼女さんの好みに整理されて

あそこはもう私の実家ではない。

 

ということがこの父親にはまったく一ミリ理解できないのかと。

そりゃ理解できてたら「なんだ?泊まっていかないのか?」なんて

そんな気軽に言えないよな。

 

実際小学校高学年の時に家を建てて、上京するまでの大体10年弱しか

住んでいなかったが。でも実家だった。

2018-02-02

今週末に夫に離婚届を渡すつもり。今から気が滅入ってる。

迷う余地はないんだけど、気持ち的にはやっぱり全然晴れやかじゃない。うまく話が進むだろうか。気が重い。

なんか楽しい事ないかなぁ。おもしろそうな映画の席でもリザーブちゃおうか。

2018-01-30

anond:20171129111546

死ねと言われたので離婚を考えています 」の続きです。


まさしく、

http://twitter.com/yosinotennin/status/957764827543322625

の例と同じく、わたくしは夫です。

妻に暴力を受けるなんて恥だと思ってました。


12月に別居を切り出し承諾を得たので、わたくしは自宅と別の場所に仮住まいしています

今年に入って相手離婚届を送付しましたが、提出してくれたかどうか不明です。

離婚届受理証明コピーが欲しいと伝えたのに音沙汰なしです。

早くすっきりしたいです。

2018-01-28

anond:20180128082747

ちょっと前の自分だなどうせ相手はこっちの話聞かないので離婚調停した方がいいよ

でも給料自分で前々から管理しておかないとだめだぞ。

自分給料全部渡して小遣い2.5万円(お昼の食費・散髪代・医療費交際費込み)、子供が生まれ子供との食事代もくれず

相手家が古いので修理するのももったいないし、子供も見てもらえるのでと相手実家をローンで建替え&同居、

建替え費用も高いといったら相手が出すからといってたが蓋をあけると折半相手家族からは援助なし

生活費自分相手折半、家のためといってた貯金もいつのまにか子供貯金

子供見てくれるといっていたのに結局幼稚園の送り迎えも相手が送り自分がお迎え、たまに迎えに行ってもらっても

自分が帰ると子供テレビも見せてもらえず夕食の準備で子供の世話もしてもらえず

同居から1年後に給料自分管理にしたら毎月の支払に給料以上を請求され

こっちから離婚しようと話をしたら離婚届渡されてローンの支払、親権財産分与の話もないので断ったら

また数か月後2回目の離婚届を渡されてまだ何も話し合いしてないのにと断ると

離婚協議書を渡され判を押してとのことまた断って11月末に家庭裁判所にいって離婚調停申し込みました。

12月末には家を追い出され今は実家住まいです。

んでこないだ調停の第1回目があったところ子供との面会はイベント来てもいいし宿泊じゃなければいいと調停員の前では言ってたのに

先週から面会の話をしても無視状態だよ。

2018-01-23

終わったな

これはもう、嫁は離婚一択しか考えて無いと思う。
増田ファラオさんが嫁に対して出来る最後愛情は「嫁が離婚を切り出したら潔く離婚届を書いて渡してあげる」だけだよ。

小町嫁が家(エジプト)を出ていったへのコメント

2018-01-22

anond:20180122164405

>> 大きい子どもに加えて子ども育てるのは大変だろうし。 <<

まさしくこれ!!

お互い20代ではあるものギリギリになりつつあり、夫はともかく私にはあまりのんびりしている時間も無く。

これから婚活なんてそれはそれで苦労があるのは覚悟の上だけど、このまま停滞するよりは静養兼ねてひとりのんびりする時間重要ではある…

言及ありがとう。今は記入済みの離婚届をいつ渡すかということばかり考えている。

2018-01-18

みなさんは現実土下座謝罪されたことがありますか?

わたしはありますドラマみたいだなと思いました。


みなさんはコップの水を目の前の人間にぶちまけたことがありますか?

わたしは一度だけあります土下座している人に向かって、そのとき持っていたコップの水を全部勢いよくぶちまけました。うわっ、ますますドラマみたいだなと思いました。

すなわち、わたしには「土下座して謝っている人に向かってコップの水をぶちまけた経験」があります稀有経験だと思いますが、リアルで話すと絶対に引かれるので、致し方なく匿名ダイアリーに書いています


どうしてそんなことをしたのか?

相手土下座という、およそ非現実的謝罪方法選択したときわたしは強い危機感を覚えました。彼の必死さが怖ろしく、一方で、ここで舐められたら終わりだと思いました。わたし相手絶対に赦さないことをはっきり示し、復縁を諦めさせる必要があると感じました。

伝統的には土下座をしている相手を踏みつける方法もありますが(ドラマとかで)、現実にそれをやると犯罪なので、とっさに手に持っていたコップの水をぶちまけました。水は弧を描いて、土下座をしている相手の後頭部と背中を濡らしました。

厳密に言えば、これも暴行罪に該当する可能性がありますが、場所が自宅のリビング相手パジャマ姿だったので、万が一、被害届を出されても警察は動かないだろうと考えました。

相手は、土下座して謝っている最中に水をかけられるという完全に異常な状況であるにもかかわらず、特に驚く様子もなく、か細い声で「ごめんなさい。本当に反省してる。許してほしい。」と言いました。

わたしはここが正念場だと思ったので、普段は出さない大きな声で「うるさい。早く出て行け。視界に入るだけで不愉快だ。」というようなことを言いました。その夜はさすがに眠れませんでした。


その日に至るまでの3カ月間、彼はほぼ一日おきに「とても反省している。愛しているのは君だけだ。君を失ったら生きていけない。なんでもするからやり直すチャンスをくれ。」といった内容のポエムメールを送ってきていたのですが、その夜を境にピタリと止み、2週間ほどで荷物をまとめて出て行きました。

彼が去ったあと、がらんとした部屋のテーブルの上に記入押印済の離婚届と一緒に四つ折りにされた便箋が置いてあり、確か「君と暮らし10年間、とてもしあわせだった。本当にありがとう。傷つけてごめんなさい。」というようなことが書いてありました。

わたしはそれを読んだあと、すぐに鋏で細く切って他のゴミと一緒にマンションゴミ捨て場に持って行きました。

部屋に戻って靴を脱いだ瞬間、ああ本当に一人になってしまったんだなという実感が湧いてきて、涙が溢れて止まらなくなり、床にうずくまって、文字通りわんわんと泣きました。

離婚たことについて後悔はなかったのに、それでも10年の歳月はあまりにも長く、喪失感は大きく、どうしようもなくてわんわん泣きました。


それから一年は、これまでの人生で最もつらい期間でした。一番つらかったのは、人を信用できなくなったことです。わたしはおろかだったので、10年も一緒にいた相手が病的な嘘つきであることを見抜けなかったのです。客観的証拠により相手が膨大な嘘をついていたことが分かった後は、誰も彼もが嘘つきに見えました。

周囲の人からは、なんであんなにいい人と離婚したのか、もったいないと責められたり、浮気は男の甲斐性だ、許せない女のほうが悪いと説教されたりしました。

離婚後も相手からは「元気にしてる?君のことをとても心配している。落ち着いたらまた会えないかな。」といった内容のメールときどき来ていたのですが、返信せずに削除していました。

最近連絡がないなと思った矢先に、「ご報告」という妙にかしこまった表題メールが届いて、開けてみると「結婚再婚)することになりました。相手妊娠しています。」といったことが神妙なトーンで書いてありました。彼が出て行ってから半年も経っていませんでした。


彼の再婚相手は、複数人いた浮気相手の誰でもなくて、わたしもよく知っている、ほんの数日前に一緒に食事をした女性でした。わたし彼女を友人だと思っていました。お酒がとても好きなはずなのに、その日はガス入りの水しか飲まなかったので、体調が悪いのかなと少し心配していたのです。ああ、なるほど、妊娠していたかアルコールを飲まなかったのかと妙にスッキリ腑に落ちました。

わたしは、「土下座して謝っている人に向かってコップの水をぶちまけた」瞬間が一連の出来事クライマックスだと思い込んでいたので、まだ続きがあるなんて想定外でした。事実小説より奇なりとはこのことかと思いました。

そして、ようやく治り始めた傷口に乱暴に塩をすり込むようなことをした彼らを強く憎みました。彼らを憎んでも自分を損なうだけだと頭では分かっているのに、感情コントロールできなくて、四六時中、彼らがしたことについて考え、彼らが不幸になるように願いました。そのときには、もうわんわん泣く余裕もありませんでした。


その後どうなったかというと、特に何もありません。

彼が出て行ってから一年くらい経ったある日、気が付くとすべては過去になっていました。時折、激しい憎しみの名残が発作のようにやってくるのですが、それも長くは続かなくなりました。ただ、不倫浮気を美化する内容のドラマ小説に強い嫌悪を感じるようになりました。

彼らが不幸になったかも知りません。子どもは無事に生まれたらしいと風のうわさに聞きました。それでよかったと思いますわたしの見ている前で、彼らが不幸にならなくて本当によかった。

さっき「離婚して、わんわん泣ける女になりたかった。」というタイトル記事を読んだら、一連の記憶フラッシュバックしてつらくなったので、気持ちを静めるためにこれを書きました。

自分経験に照らすと、記事中できれいごとを言っている元夫は嘘つきで、本当は慰謝料を払わず離婚して他の女性再婚したいだけなのではないかと感じましたが、そんな風にうがった考えを持つことは人を幸せしません。



なので、ここに書くことで忘れてしまうつもりです。

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