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はてなキーワード: 嫁姑とは

2019-08-17

離婚したい。

まだ結婚もしてないし、そもそも相手がいないけど。

三十過ぎて未婚ってだけで詮索される。

既婚なら、子供は?夫婦仲は?嫁姑問題は?って何のためらいもなく聞かれる。

バツイチなら、色々あって大変でした〜、で終わる。

人生死ぬまで一緒に過ごしても良いと思うような相手、今までにも出会たことないし、今まで通り生きてても出会えるとは到底思えない。

かといって、存在しない可能性すらあるだれかと出会うために時間とかお金とか使うのもったいなさすぎないかな…

ということで条件的に折り合いのつく人と離婚前提で結婚したい。

短期間だけルームシェアだと割り切って生活して、性格の不一致で協議離婚、って流れが理想的だけど、ありえないよなぁ。

2019-08-07

おすすめ嫁姑漫画を教えてください

かんかん橋を渡っては面白かったです

2019-07-07

anond:20190707185839

嫁姑関係やらなんやらで別姓を選べないとか喚き出すんだろうなあって思ってる

2019-05-17

anond:20190516074429

嫁姑問題とかで二世住宅を嫌がる人が多いけど、子育てには向いているよね

2019-04-20

嫁姑問題って、仕事上司部下と似てるよね

仕事して金を稼ぐことと、家で家事育児をすることを対比してどっちが大変か…という話はネットでよくネタにされる。

私は男であるから仕事するほうが大変だと思っているが、その幾つか理由の一つの派生題目

主婦業っていうのは、他人と関わらない、失敗しても誰にも文句を言われない気楽な作業なんだよ。

敢えて言うなら、夫と子にその資格があるわけだが、主婦にはその自覚はないでしょ。

夫が文句言ったところで「申し訳ないな」と反省する主婦は、この日記を読んだりはしてない。うるさい、ならお前がやれ、という開き直った根性の持ち主が読んでいるはず。

子は親の家事に対して正解が分からいから、文句なんか言いようないし、子にビクビクしながら家事しているのならはそれは親として別の問題がある。

幼児に対して死活問題で気楽なわけがない、と反論があるだろうが、幼児に対して問題が起きたとき、一番ダメージを負うのは主婦本人であり、結局「他人・・・」という話の反論にはなってない。

一方で仕事というのは、どこまで行っても他人と関わらなければならない。

後でやろうと思っても上司、お客に文句を言われ、内容が気に食わないとやり直しをさせられ、そもそもやる仕事自体他人に決められるという始末。

他人サービスを行う対価として金を稼ぐのだから、それは当然の話し。だから仕事というのは大変なのだ

さて、題目に戻ろう。

嫁姑問題というのは、嫁の家事に対して姑が口を出してくるのが一番の原因なんだろう?

今まで自分のペースで自分が決めた目標過程を好きなようにやれたのに、それに姑という他人が口を出してくる。

それは家事ではなく仕事になってくる。そりゃ大変だ。

一度働いたことのある人間が、本気で「家事のほうが仕事より大変」と思うわけがないと思っているが、バイトパートしかやったことのない主婦は、絶対反旗を翻せない姑と常に家事をしなければならないのが仕事だと思えば、その辛さが少しは分かるだろうか。

どうせ脱線気味にとんでも理論反論してくる輩が湧くだろうから言っておくが、家事絶対価値「楽」だとは言っていない。仕事と比べた相対価値の話をしている。

なお私の母は9-17時の仕事をしながら家事をしていた。こういう仕事しながら家事をしている女性も多くいるのだろう。彼女らには尊敬の念を抱かざるを得ない。

2019-04-05

おしんを見るのが苦痛

毎朝、NHKBSプレミアム朝ドラ再放送を見るのが家族日課になっている。

前月までは「べっぴんさん」で、母や祖母コメントを言い合いながら割と楽しく拝見していた。

ところが、4月からおしん」が始まり間もなく第1週が終わろうとしているが、早くも楽しい時間苦痛時間に変わってしまっている。

何が楽しくて朝っぱらから嫁姑の諍いや愚痴を聞かねばならんのだ。

1話目からウンザリしてしまった。この調子ストーリーが続くのか。

祖母の話によると、これからおしんは様々な苦労を重ねるらしい。

苦労を重ねない朝ドラヒロインは居ないと思うのだけど、最近ドラマに見られる苦労の重ね方(「なつぞら」のなっちゃん

牛の世話大変そうだけど本人が望んで世話してるしアイス美味しくてよかったね!と思えるよ)と比べてやや陰湿空気をまとった苦労話になりそうだ。

どんよりとした気持ちで「おしん」を見て、そのあとに始まる「なつぞら」で爽やかさを補充している。

嫌なら見なければいい、ができたらよいのだけど祖母は嬉しそうに見ている。

家族の団らんを崩すほどの出来事ではないから、このまま見続けることになるのだろう。

本当に毎朝が憂鬱で仕方ない。

2019-03-14

実際女性ジェンダーに囚われすぎでは?

女性話題男女平等漫画アニメエロアイドルファッション(化粧)、恋愛同棲婚活家事育児嫁姑介護に集中している印象だ。

ジェンダー無関係話題といえば動物話題日常愚痴くらいではないか?他に女性が好む話題存在するなら後学のために教えてもらいたい。

2019-02-24

ネット広告漫画で整形漫画みたいなのが出てくるのがすげー不愉快

本当に嫌だ。全然読みたくないし。

女同士が悪口言い合う、いがみ合うみたいな漫画というか、コンビニで売ってる嫁姑特集的な漫画というか。

見るのも嫌〜

2019-02-12

anond:20190212113950

頼ると近いは関係ないと思うけどな。遠くても親は来る時は来るし、頼りすぎると良い面もあれば、嫁姑等が発生することもあるし、適度な距離重要だと思う。近すぎると、まぁ駄目な嫁になること多い

歩道より交通量かな。品川なら15号とか。商業施設は有無より数かな。複数あって選択できる方が良い。イオンだけとか良いこと何もなし。大して安くないし

2019-02-06

anond:20190206183205

ただ、この実験タイトルによって中身が違いそう感があるから仕方がないように思えるけどなぁ

結局タイトルでどこまで情報提示できるかだと思う。

さとこと義母だとオチまでみないとちょっと暗い話(嫁姑問題が題材かも)と思ってしまう。

義母が好きすぎる嫁なら間違いなく百合だし1枚め2枚めみる安心感が段違い。

2018-12-27

anond:20181227111141

まとめサイト場所によって扱うネタは多彩だが

大体オタク系は女叩き系やネトウヨ系とネタ被ってるんだよな

好む人種が同じって事なんだと思う

逆に女向けの、クソ男叩きとか嫁姑系なんかだとアニメネタが一緒に扱われる事はまず無いし

2018-11-25

ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

2018-11-01

最近広告は見る人に合わせると言うけど

アマゾン楽天で見たページが出る場合と、全くそれ系検索した覚えがないのに女みんなに流してんのかなって感じでダイエット毛穴脱毛嫁姑漫画が出る場合と、全くこっちに合わせてないやんけワレって感じでおっぱいプルンプルンが流れる場合があり、全部アマゾン楽天になってほしい。

2018-10-26

赤の他人生活様式を全部あわせろというのは無理

嫁姑問題夫婦問題もそこに行き着く

他人に期待するから腹が立つんだよ

2018-10-02

anond:20181002234819

暇な専業主婦だろ。

嫁姑系は特に。少なくとも男は読まないしな。

バナー広告にあるような下世話な漫画嫁姑児童虐待とか)とかコンビニなんかに置いてある実話系漫画ってどの層が読んでるんだろう。

2018-09-28

世代漫画王道

女性

10歳 可愛くなりたくて頑張る話

20歳 モテたい素敵な恋したくて頑張る話

~30歳 金もルックス性格も最高な彼と結婚する話

30歳~ 嫁姑戦争不倫子供障害持ち

男性

10歳 ドラゴンボール

20歳 ドラゴンボール

~30歳 ドラゴンボール

30歳~ ドラゴンボール

 

2018-09-21

彼岸花の別名を集めてみた

彼岸花の別名は1000種類を超えるらしいが、全てを書いてるサイトを見つけられなかったので、取り敢えず見つけられた分だけメモ

彼岸花彼岸の頃に咲く、食べたら彼岸に行く)

お盆花(旧8月に咲く)

曼珠沙華(天上の花を意味する仏教用語。一説に、東北弁の「まんず咲ぐ(葉のつく前にまず花が咲く)」が訛って、美しい漢字をあてたものとも言われる)

死ね死ね、親殺し、親知らず(親子が互いに殺し合った結果花と葉が同時に出ないと言われている)

花知らず葉知らず(花と葉が同時に出ない)

狐の提灯、狐の花火、狐の簪、狐の扇、狐のたいまつ、狐のロウソク、狐のタバコ、狐の嫁御(狐の嫁入り行列で火を灯すのがこの花と言われている)

提灯煌々、提灯灯籠、チャンチャンゲーロー、チンカラポン、チンリンボーリン(煌々と燃える提灯のように赤い、後半は訛っていった物)

喉焼花(食べた時の中毒症状)

南無阿弥陀仏、なんまいだっぽ(食べたらお陀仏)

水子衆花(腹の中や生まれてすぐに死んだ水子達の魂が咲いて現れたと言われている)

馬背花(馬の鬣のような花、もしくは馬も背を向ける)

吐掛婆、鬼婆、婆殺し、歯抜け婆、嫁簪、姑花、舅花(嫁姑戦争関連?)

死人花地獄花、幽霊花、手腐花、手焼花、野松明、猫騙花、雷様花、雷花、夕立花、忘花、道忘花、道迷草、牛舌曲、蛇舌曲、毒花、痺れ花、天蓋花、剃刀花、龍爪花、捨子花、石蒜、三昧花


英語圏

Magic Lilly(魔法百合

Red Spider Lilly(赤蜘蛛百合

中国

銀鎖匙(銀のカギ)鬼蒜、避蛇生(蛇も食わない植物)石蒜,烏蒜,龍爪花,山烏毒,新米夜飯花,義八花,老鴉蒜,蒜頭花,水麻,壱枝箭,蒜頭草,紅花石蒜,蟑螂花(ゴキブリ花),红花石蒜, 毒蒜(ドクニンニク),彼此岸花,秃蒜,月月红,野蒜,一支箭〔江西〕,赤色箭,寒心花,蒜头草,

韓国

想思花、相思華、相思花、相思草(想いを思う花、彼岸花は花と葉が同時に存在することは無い。それでも、花は葉を想い、葉は花を想っている)

2018-09-09

仕事のこと

はじめて書いてみることにした。

このようなところに書くのは避けていたけど、吐き出すところがないとつらい。

仕事教員

進学校で生徒はそこそこ勉強できるし、言うことも聞くので良い感じ。

その面では、悪い環境ではない。

働き始めてから半年程度が経過して同僚が心を壊して退職した。

その後、カウンセラー先生にもあなた大丈夫?と聞かれ、「全然。」と答えた。

でも、少しずつ実態が見えてきて、その理由も解ってきた。

授業はいろいろと工夫してやるタイプ

それで解りやすいとか、楽しいという反応があれば良いと思っていたし、

そういったアイデアを出しながら授業を開発するのが楽しい

ただ、数人のおばさまたちは、自分の思った方法と違うやり方だと、チクチクとそれをいう。

自分ができる方だとは思わないが、自分キャパを超えたやり方は否定される。

新しい環境に来たのだからアドバイスや助言は嬉しいが、建設的な意見代替えのアイデアはない。

逆に授業を何回か観に行ったが、それほどたいしたことはない。

そこでは、自分と違うと思ったところもあったが、そこは人それぞれと思って言わないべきだと思った。

使いづらい教具の使用強制される。

去年、自分が使ったから…と

正直、正直使いづらいし、それを使うことが自分ストレス

それを使えばわかる、それが良いというお考えのようだけど、

教具を使うことが目的なのか、なんなのかわからない訳がわからなくなる。

忙しいのか大した打ち合わせもなしに、あとでケチをつける。

(助言、意見ではない)

事前に目標やその単元に対する考え

昔の嫁姑問題みたいな感じかと最近は思う。

授業は見られて恥ずかしいものではないと思っているが、

粗探しをされているようでストレス

面倒な姑が3人いる感じ。

他の進学校でもやっていたことはあるが、こんなことはない。

正直、そこの教員としてのスキルは高かったと思うし、

勉強になる助言をしていただいたし、その方々のお陰で自分の授業力が向上したと思う。

感謝している。

これからどうしよう…

頑張って環境に慣れるべきなのか。

時間をかけて自分のやり方を理解してもらうのか。

学校って、自分と合う先生、合わない先生がいると思うけど、それぞれに個性があるから楽しいと思っていたけど違うのかな?

自信無くした。

診療内科へ通うことになった。しんどい

まとまらない内容だけど、匿名からいいよね。

愚痴を書いただけなので、炎上しませんように。

2018-08-06

anond:20180806142355

本当にあった怖い話」の嫁姑に出てくる意地悪嫁みたい

漫画読んだことないけど、そういう感じの増田

2018-07-22

フェミニストLGBTと同格の存在だと思うに至った

始めに行っておくが、私はフェミニストが嫌いだ。

首尾一貫して思慮にかけていると思う。

まず動機だが、なんか個人的な憎しみに根ざしていないこいつら。

例えば、上野千鶴子のように嫁姑問題亭主関白で惨めな母のようにはなりたくないという動機活動しているのがいい典型だ。

目標が定まっていないのも問題だ。

もっと率直に言うと、やってることは子供駄々こねているのに過ぎない。

私怨を果たすことに夢中で、フェミニズムの果てにあるべき社会像がどうあるべきかはちっとも考えていなかったんだろう。

もし、あったのだとしたら、今の現状を打開する形で発信し、行動を修正すべきだ。

このゴール設定が曖昧なために女性専用車両のような問題が散発的に起きて社会が恒常的に不安定となり、大きな社会損失を生んでいる。

ああ言えばこう言うので、釘を差しておくが、男社会不安定にさせているのではなく、男女共同参画社会にとって損失になっているのだ。

また、社会正義を論じているのにもかかわらず、揃って絶望的に人望がないのも問題だ。

発言から性格の悪さが目立つ、ひょっとして、女社会の中でもその性格の悪さから、爪弾きにされたってのもあるんじゃないかと勘ぐってしまうほどだ。で、これはおそらくあたっている。

この悪い予感が当たっているとしたら、自分を女の代表のように主張しているが実態多数派女が嫌う女で有ることになると思えてならない。

この間抜けさに加え、

不都合な真実を知っているにも関わらず握りつぶす悪意を隠しきれていない。隠しきれないあたりにも頭の悪さを見えるし、こんな薄っぺらい人だから、嫌われてきたんだろうなと、考えを巡らしてしまい、妙に納得してしまう。

私がこの哀れな人達を見ていての一番の教訓は因果応報は起きるものだなということ。

僅かな期間、栄光を手にしても、自らの言動矛盾をいつかは突かれ、ゴミを見るような扱いへと落ちていく。

別に他人がどうなろうとどうも思わないが、

アカデミックの皮を被ってテコ入れしているので、影響力が残念ながら事実としてある。迷惑しております

この混乱をもたらした上野千鶴子や、MeTooで自滅したはあちゅうA級戦犯といわれても仕方あるまい。

個人的にはフェミニズムの目指す動きとおよそ一致する女性というのはかなり限定されていると思う。

もちろん、完全間違っているわけではない。

いうならば、女性幸せのあり方の一つに過ぎず、もっというと、そういうマイノリティもいるのだな程度のものだ。

そもそも、同じ尺度で測ってその評価押し付けようとする姿勢問題があるのではないか

こうしたことを踏まえ、バリキャリ女性の扱いはLGBTと同じくらいの扱いでいいと思うに至っている。

2018-07-13

anond:20180713080933

過激な性描写少女漫画なんかごく一部だし、

レディコミは今は嫁姑だのご近所トラブルだのばかりだよ。

2018-06-08

anond:20180608203022

怒った人は

1.奥さまと上手くいってない

2.子供が成績悪い

3.嫁姑問題の板挟みで面倒

4.増田さんが嫌い

5.朝起きたら枕に抜け毛いっぱいあってショックだったのでイライラしてる

6.便秘

7.ランチが美味しくなかった

どれかだったら増田さんはとばっちりなので来週も元気に出社してね😊

2018-06-07

姉が結婚するので、親と絶縁する

今週末、姉が結婚式をあげる。それが終わったら私は親と絶縁しようと思う。

実家地獄だった。はっきり言って幼少期から精神虐待を受けていた。

当時は虐待などと気付きもしなかったが、本当に苦痛だった。

学業趣味も親の意に沿わなければ人格否定、機嫌が悪いと私に金(学費生活費など)を返せとヒステリーを起こし何にでも隷従を強いられた。

仕事夫婦嫁姑問題などのストレス理不尽に怒られることが多く、小4の頃には自殺を考え始めたのを覚えている。

はっきりと実家と決別しようと決めたのは中2の頃だった。

理由は覚えていないが親は座って、私は直立不動のまま延々と説教をされていた。その歳には親の説教理由は全て「気にいらないから」に集約されるとわかっていたので内容は聞かずただじっと耐えていた。そんな説教が1時間近くたったとき、突然意識が飛んだ。

失神か貧血だったのかはわからないが、唐突に目の前が暗転し気がついたら天井を見上げていた。

そのとき私は、あぁこれ以上この人と一緒にいたらいずれ明確な殺意をもって私はこの人を刺すなぁ、と確信した。流石に少年院行きは勘弁だと思い、実家から離れた学生寮のある高校に進学し、それから実家では生活していない。

地獄を離れバイト一人暮らし経験社会で働く力は得たものの、親の呪いは強く自己肯定感は皆無、友人もまともに作れずずっとぼっちの立派なアダルトチルドレン

しかし姉はと言うと性格は明るく、活動的、友人も多く、とうとう結婚する。

私と決定的に異なるのは、姉は親に愛されていた。姉自身は知らないかもしれないが、確実な姉妹格差があった。

姉は高校卒業するころ免許を取った。自動車学校費用は全て親持ち。しかし姉は免許を取っても自分運転するのを面倒くさがり親に運転を任せるペーパードライバーになった。親はなんとか姉に運転させようと車まで買い与えたが結局進んで運転しなかった。

そして私が免許を取れる歳になったころ親は愚痴っぽくこう言った。

お姉ちゃんには自動車学校お金〇〇万も出してあげたのに全然運転してくれない、ペーパードライバーなんて勿体ない。あんたは自分お金免許取りなさいよ。もう私は出さないから。」

披露宴新婦から親への感謝手紙も感動溢れるものになるんだろう。私はその光景を見ても1ミリも響かないだろうが。

私には家族なんていなかった。

とりあえずこれからアダルトチルドレン克服したいなぁ。

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