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はてなキーワード: 歓迎ムードとは

2023-12-18

anond:20231217180815

次期大阪万博について歓迎ムードだった時期など存在しない。

ミャクミャクで盛り上がっていたのは風刺揶揄、茶化し、イジリであって要するに馬鹿しまくる祭りだったぞ。

2023-12-17

大阪万博がここから逆転するにはどうしたらいい?【追記

かなしい

ミャクミャク様がマスコットキャラに選ばれたり名前の決定で盛り上がってた頃は過去1歓迎ムードだった

それが今や始まる前から失敗扱いで大阪叩き

というか失敗しろと思われてる

手のひら返しがひどすぎる

ここからもう一回手のひらを返させるにはどうしたらいいんだろう



追記

中止一択みたいなコメントも多いけどアイデアも色々あって面白い

吉村知事に読ませたい

思ったのは、成功認定と失敗認定のどちらもそういう宗派なら相容れることはないのかなと思った

2年後に振り返ってみたい

あとこのコメントなるほどと思ったので自戒を込めてピックアップ

失敗を喜ぶのはネットで声の大きいひねくれた人だけだと思っている。失敗しても得はないし、成功したほうがいいに決まっているのに、大きいものがこけるのがエンターテイメントと思っているゲス一定数おるんよね。

2023-04-27

anond:20230427003457

叩いてる人はいないけど「でも、ちょっと微妙な感じする」とか「ファミリー向けの店舗増えたのかな」とかそういう話は出てる

歓迎ムードの人は、ちょっと意識高い系というか。

現実友達とかツイッターフォロワー(半数独身)にスープストック叩いてる人一人もいないし

どっちかってーと歓迎ムードの方が強いから叩いてる層とマジで断絶してるなと思う

2023-04-22

絵描きを救いたかったんだけどさぁ

絵描きを救いたい気持ちはあったことにはあったが、何故救いたかったのかを言語化すると絵描きへの特大悪口になってしまうことをお許しください。そして救う気が失せました。

***

近ごろ、画像生成AI絵描きたちを騒つかせています

作品の無断学習、非商用限定画像群を学習したモデルを商用利用、フェアユース規定無視疑惑……事実画像生成AI現在多くの問題を抱えています

しかし。現行の日本法律では、(利用範囲は定められていますが)機械学習における著作物使用著作者許可はいらないことになっていますフェアユース規定よりさらに強力で、機械学習に有利すぎる条文です。

このままでは、絵描き的には大問題なわけです。自分が心血注いで作ったもの勝手に持っていかれるなんて、不快なことはなただしい。創作モチベーションも奪われ、やがては産業自体危機になると警鐘を鳴らす人もいます

また、モラルなき人々にまで高い技術が与えられることで様々な被害がもたらされていることも報告されています

世界的には、AI規制の流れに傾きつつあります。Stable Diffusionを開発したStability AI社に対して、フェアユース観点に対する集団訴訟が起きています。また、同時にGetty Images訴訟に踏み切っています

かのchatGPTも、EU単位禁止になるかもと噂されています

さらには、AIの推進に対してかの中国ですら及び腰だというのです。

署名出して法律改善を訴えたり、訴訟起こして判例を作ったりすればAIに対してエラく歓迎ムード日本すら変えられるかもしれない!

勝ったな!日本絵描きは再び安寧と静寂を取り戻し、これまで通り絵が伸び伸びと描けるようになることでしょう!

しかし、そうはなりそうにない。

はっきり言います。今、日本絵描きたちは自滅の道を辿っています。この勝ち確の流れで。

そうです。今こそ日本AI危険性を強く訴えるチャンスなのです。ここで上手く立ち回れば確実に勝機があります。誰から見ても自明でしょう。

でも自滅しようとしてます

理由単純明快です。

絵描きの大半は、絵を描くことすら取り柄かどうか怪しい無能馬鹿メンヘラ社会不適合者だからです。

Twitterでは今日画像生成AIに対する愚痴問題点が飛び交います。絵を描くことを忘れて画像生成AI問題点を発信せんとする人が何人も出てきました。

多くの方は「いやそんなに文句あるならもっと行動しろよ…」と思ってるかもしれません。実際その通りです。Twitterでたらたら文句タレてる暇あるなら団結してクラファン立ち上げて訴訟費用賄えばいいのです。

マジで応援するよ。判例欲しいもん。

動かすべきは画像生成AIなんてものを開発した悪の親玉組織ではなく、国という大きく頼れる組織。そうは思いませんか?

でも、しません。

断言しますが、大半の絵描きにそんな能力も度胸もありません。

何故なら、繰り返しますが、彼ら彼女らは無能馬鹿メンヘラ社会不適合者だからです。

彼ら彼女らは、明らかに知識不足しか言いようのない発言を平気でします。あの感じですと、我らが著作権法の条文すら多分読んだことがないし、画像生成AIの仕組みもロクに理解していません。

しかし、そんなエアプで語ることがまかり通ってしまっています

何故なら、何度でも繰り返しますが、彼ら彼女らは無能馬鹿メンヘラ社会不適合者だからです。無知の知なんて期待するだけ無駄です。

もし、画像生成AIオプトインを大前提としたものに生まれ変わる場合アーティストの懸命な訴えが受け入れられたのかもしれません。

何故自分たちの作品を無断で使ってほしくないのか。自分たちにとって作品とは何か。懇切丁寧に、相手も納得できる形で説明たからこそ、その未来ではオプトインが採用されているのでしょう。

しかし、そんな未来が期待できそうにありません。

何故なら、まことに悲しいことに、彼ら彼女らは無能馬鹿メンヘラ社会不適合者だからです。

無能馬鹿メンヘラ社会不適合者に、詳しい言語化と冷静な判断が期待できるでしょうか?出来ないから『お気持ち』と揶揄されるような具体性に欠ける感情論しか発信できないのです。このままでは誰にも絵描き感情絵描き内のルール絵描き理論理解されないまま終わってしまます

しかし。必ずしも絵描き自身が戦う必要はありません。人間社会はよく出来ており、役割の分担が基本なのです。大半の絵描きが苦しむ中、手を差し伸べてくれる人がいるかもしれません。それは親切なファンかもしれないし、法の専門家法律家かもしれません。

彼ら彼女らを助けてくれる人はいるのでしょうか。

繰り返しますが、大半の絵描き無能馬鹿メンヘラ社会不適合者です。

そのくせプライドだけは一丁前にあって、少しでも正論を混ぜるとすぐにヒスる。声だけデカい割に利用規約著作権法すら読めないので、デマに近いツイートをすぐ鵜呑みにして騒ぎ立てますしか自分から行動しません。Twitterで騒ぐだけ騒いでおいて。結局、国内署名活動すら話を聞きません(海外署名活動も全然集まってないですが)。

『真の弱者は助けたくなるような姿をしていない』という話を嫌でも思い出します。

インターネットリテラシーもなければ社会の変化に適応することもできず、ヒスって暴れて無能さをただひたすら曝け出す。かといって何か行動を起こすでもなく、延々と愚痴愚痴文句を垂れるだけの存在。そう認識されてしまったら、確実に無視されブロックされNGリストに放り込まれインターネットの片隅に追いやられることでしょう。正直絵を描いててもキツいです。

誰がそんな奴らを助けてくれるというのでしょうか。

それでも絵を描ける存在を人は助けてくれると思ってるのなら、流石に絵の力を過信しすぎでしょう。作者の本性は、どんなに素晴らしい絵であっても平気で貫通します。作者はゴミカスだけど絵は本当に最高だから応援します!なんて言ってくれる人はかなり少数派ですよ。

大半の絵描きのことを散々に言ってきましたが、これは巨大な問題を孕んでいます

何故なら、問題言語化できる人間がいない集団は、その声を民主主義に届けることがあまりにも難しいからです。

日本AI技術の発展を重視し、AI大国として国際競走にもう一度乗り上げることを目指しているとされます。その過程で、もし訴訟に敗北してStable Diffusionがなくなっても、国際的規制でがんじがらめになりchat GPTがなくなっても、国産の新たなAIを生み出していくことも考えられます著作権法30条の4が味方となって、あらゆるデータ資産学習に使っていくことが考えられます

日本はとにかくやる気です。

しかし、その過程日本アニメマンガゲームイラスト……そういったサブカルチャー産業の源泉である創作者の集団が無碍に扱われ、将来的に縮小するとすれば問題になるでしょう。

私自身、そのような世界にはなってほしくありません。

しかし、彼ら彼女らは声のあげ方すら知らない。絵を描く以外能はなく、絵を描く以外の知識もないのですから芸術よすが今日も生き延びているだけのコミュ障社会不適合者は、真の弱者層に位置しているのです。

それでもって、絵を描くことに執着する人間なんてのは数が少ないのですから、より国政や企業に対するアプローチが難しい……

これもう詰みでは?

もちろんわかっています

ちゃん知識を持ち、その上で問題点を発信している絵描きはいらっしゃいます

自分なりに考え、画像生成AIとの付き合い方、画像生成AIの在り方を考えている方もいらっしゃいます

しかし、それ以上に大多数の無能が足を引っ張りまくってます。頼むから理論ガバガバ文章に踊らされないでくれ。お願いだから、話にならない無知を晒さないでくれ。本当にお願いします、簡単不安を煽られないでくれ。何が正しいのか、何が間違ってるのか、分からいかもしれないけど、だったらジッとしていてくれ。落ち着いてまずは調べろ。Googleいくらでも出てくるんだ。理解できなかったら他人説明してもらうんだ。chatGPTはいいぞ。(それらのAI恩恵を受けるなら、画像生成AI恩恵検討しなければならないけど)

自分たち側に無能馬鹿メンヘラ社会不適合者が圧倒的に多いことを事実として受け止め、できる中でより良いAIとの共存模索する。それが、画像生成AI規制派に必要なことではないでしょうか。

推進派と規制派が持ちつ持たれつ議論を重ねることで科学の良い発展がもたらされると信じていますから規制派にはマジで頑張って欲しいのです。

自分なりの救い方は検討していました。自分自身絵描き理屈ルール感情代弁者として立ち上がり、推進派との架け橋になる……ありきたりかつ理想的ですが、価値のある行いではあるかもしれません。

例えば、オプトイン制度に際してのコメントは以下のものが考えられます

そもそも芸術行為とはどこまでも自分本位の行いであるべき。自分本位に生み出した作品は、自分のためだけに存在しているべきもので、そこで技術の発展だとか、他人の見栄だとか、そういうことに使われると芸術行為の芯に傷がついてしまうのでは。それが意欲の低下に繋がるのかもしれません」

あるいは、クラファンを立ち上げ、司法に是非を問うてみるのもありかもしれません。

でも、こんな奴ら助けるくらいだったら、その時間使って画像生成AI技術に手を出して学んだ方が遥かに有意義なんじゃないかぶっちゃけ自滅する泥舟に乗りたいかそもそも救いたいという感情自体傲慢なわけで。

というわけで、救いたいと思い言語化していたはずが、し終わる頃にはマジでやる気が失せました。

絵描きがただひたすら自滅を重ねていく様を楽しみたい気持ちすらあります

もう知らねー

無能馬鹿メンヘラ社会不適合者の一員より

2023-03-11

同じ日系人なのにヌーバー大坂なおみの扱い違いすぎない?

なんで大坂なおみあんなに叩かれてたのにヌーバー歓迎ムードなの?

と思ったけど比較してみるとよくわかる

ヌーバー大坂なおみ
白人黒人
男性女性
野球テニス

あー、こりゃ日本人ヌーバーのほうが好きだよな

昭和から価値観が変わってない差別大国ニッポン

2022-08-22

いつも「ここにいちゃいけない」気がする

なんでかわからないのだけれど、いつも「ここにいちゃいけない」気がする。

本当は私はここにいてはいけないし、みんな早く出ていかいかなあと思っているのだけれど、まあなんか色々理由があってどうにかここにいさせてもらっている気がする。

職場は「上司採用しちゃったから仕方なく」「辞めさせたら自分仕事が増えるから仕方なく」ここにいさせてもらっている気がする。

スーパーコンビニは「買い物客だから」いてもいいのだと思う。

自宅は、賃貸一人暮らしなんだけど、「家賃を払っているから」部屋の中にいていいのだと思う。

常に強くここにいちゃいけないと思っているわけでもない。

でも、疲れているのかなんなのか、調子が悪い時は自宅だって家賃払ってるし、入居規則だって守っている。例えば騒音も出してないんだから、ここに居ていいはず!」と金銭と契約を引き合いに出さないと自分がそこに居ていい自信が持てない。

子供の頃からこんな感じだ。

家は「産んだ責任があって両親は追い出せないから」家にいていいのだろうと思っていた。

困ったのが学校で「義務教育から?」くらいしか自分教室にいていい理由が思いつかなくて、そしてあまり根拠としては頼りなくて、いつも「ほんとうはここにいちゃいけないんだろうなあ」と思っていた。

みんな、さっさといなくなったらいいと思っているんだろうなあ。このクラスに配属になっちゃってごめんなさい。どうせすぐ転校するので、ちょっと我慢してね。

実際、親の仕事の都合で二年毎に転校していた。どの学校も二年間だけの「間借り」だったので、ここにいちゃいけない、出ていかなくちゃいけないと思うようになったのかもしれないし、先にここにいちゃいけないがあって、二年で所属から抜け出すことができたのでむしろ救われていたのかもしれない。

どっちなのかはよくわからない。

ずっと「ここにいちゃいけない」「さっさと出て行って別の人が来てくれないかなあとみんなが思っている」のだと感じる。

今の職場は三年目なのだけれど、メールの宛先から漏れてたとか、会議に呼ばれなかったとか、そんな些細なことで「やっぱりここにいちゃいけなくて、早くここは辞めて別の場所に行かなきゃいけないんだ」なんて思ってしまう。

思ってしまうというか、私にとってこの閃きは直感的にはとても正しいことで、感覚的にぜったい正しいことを黙って自分一人で否定しなきゃいけないのが、なんだかとっても大変だ。

まあ、実は自分アスペルガーで、たぶん…というかほぼ確定的に「自分集団の中の一員だと感じるアンテナ」がぼっきり折れていて、なのでまあ、たぶん会社にも学校にも歓迎ムード的なものちゃん普通の濃度であって、でも私が感じ取れていないだけなので、みんなにもっとわかりやすくここにいていい感じのアピールをしてほしいな、なんて思うのはお門違いで、お給料でも雇用契約でもなんでも、自分でここにいていい理由を探してどうにかするしかないんだけど

なんの不安もなくここに居ていいとずーっと思えるとか、逆に、ここにいちゃいけないと思う時は私の気のせいじゃなくて本当にそこにいちゃいけない時だったりとか、そういうのだったらよかったなあ。

いまの会社、居ていいのかなあ。

なんかもう疲れちゃったなあ

2022-06-15

日教組被害を受けた僕ら」の歴史的経緯

これとかもそうだが未だに日教組による教育被害が云々という言説がまだ見られるんだが。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/sivaprod/status/1536206227939950592

 

この際ちょっとその言説の経緯をまとめておくよ。

この言説のキーマン小林よしのりなんだがそこに至るまでを説明しないといけない。

 

日教組批判が激しくなったのは1980年代後半から

日教組昭和22年に結成されて昭和30年代には組織率8割以上を誇って…というのはWikiとかで勉強してくれ。

右翼による日教組批判特に熾烈を極めるようになったのは1980年代の後半からなのである

街宣車大音量日教組日教組!と怒鳴っているので一般の人の日教組知名度はこの辺りで上がった。そもそもノンポリの人は学校先生組合なんて知らんもんである。但し右翼一般受けは悪かったので日教組評価は下がらなかった。

また日教組集会を開くと周囲に街宣車が多数集結して大音量軍歌を流し音圧を競うようになった。

すると近所の会社仕事が全くできない。電話どころか窓を閉めても耳を塞がないといけないような状態だ。

でも日教組知名度が低く、どこで集会をやってるかも判らないので右翼の評判が下がるだけだった。

 

こういう極端な抗議行動が流行した背景には当時の政治的社会的状況があった。

その一つは「デタント」で、もう一つは「任侠右翼の増加」である

ソ連敵性喪失

右翼が何と戦っていたかというと、その最大の敵はソ連だった。これは街宣右翼だけじゃなくて神道系の右翼統一教会も皆同じだ。

だが1985年ゴルバチョフ書記長就任するとどうにもならないほど疲弊したソ連改革政策ペレストロイカ推し進める。最初は大した変化はなかったが、チェルノブイリ原発事故以後は情報公開も進め、世界を巻き込みながら怒涛のように変化していく。

それによって西側ではゴルバチョフ歓迎ムードが高まり、要するに憎むべき敵性国家で無くなっていったのである

更にソ連共産党活動を停止し、遂にはソ連が無くなってしまった。

これは右翼陣営勝利のはずだが、困ったのは攻撃する敵を喪失してしまった事で、自分らのアイデンティティの根幹の喪失でもあった。鈴木邦男ソ連崩壊時に「これは僕らの問題だ」と語っている。アイデンティティ喪失に苦しむのか、敵の乗り換えをしてアイデンティティを保持するかという含みがある。結局鈴木は敵の乗り換えには乗らなかった。

 

また、街宣車での街宣はやりすぎて体制側に対策が出来てしまった。

まず憲法違反の疑いもある静穏保持法が施行されてしまったので外国公館などの特定箇所で大音量を出すと逮捕される。

またソ連大使館前の道路街宣車が近づくと全交通遮断される。言っておくがソ連大使館前の道は外苑東通りという都バスも走る幹線道路である。当時は街宣車のせいで道路遮断されたりそれで周囲が交通マヒしたり運行経路が決まっているバス20分以上立往生なんて事はザラだった。

 

こんな風に最大の敵であるソ連がやたら腰が低く物分かりが良くなった上にソ連大使館に街宣掛ける事も出来ない。

だとしたら残存敵性勢力である日教組に向かうしかない。

という事でこの時期に日教組悪質性が増加したのではなく、ソ連の変化とデタントの為に日教組批判が熾烈となったのである

 

任侠右翼参入増による右翼街宣車の大増加

まずそもそも右翼だが、元はヤクザとの明確な区切りは無かった。これは土建屋、鳶や水商売テキ屋も同じだった。

区切りを引いたのは警察である

戦後右翼は、例えば児玉誉士夫など体制癒着しそれは米国従順という事でもあった。

1960年代末に左翼学生運動が盛んになるとこれに対する体育会右翼学生組織されていった。新右翼と呼ばれる。

新右翼の特徴は反ソ反共ながらも反体制反米である事だった。これは当時の世相や全共闘運動に影響を受けている。

ここを境に右翼系の政治結社誕生して行く。そしてそれらは「街宣車軍歌を流し辻説法をする」というスタイル確立していく。

この街宣車は最初旧軍自衛隊国防色(カーキと灰色バトルシップグレイ)だったのが後述の事情威圧感の強い黒塗りになっていく。

よく「街宣右翼」とネットの一部で言われるが、1980年から右翼政治結社街宣車スタイルをみな踏襲しており、それ以外はないような状態だった。ヤクザっぽいがはじめの方の新右翼にはヤクザとの殊更の関係はない。

因みに日本会議中央の人士らはこういう街宣ではなく、就職しないで大学に残り学生運動を続けた人たちである

 

80年代になると校内暴力学校が荒れ、ツッパリ型不良が大増殖して暴走族も大増殖した。また暴走族右翼感染が進んだ。特攻服旭日旗暴走族の印となったのもこの頃だ。不良or大人への反抗=右翼ファッションだったのである

更に暴走族ヤクザ構成員リクルートの場になる。

こうして右翼≒不良≒ヤクザが緊密化したところで任侠右翼の街宣参入が増えたのだが、もっと大きい商機的な問題があった。

 

思想右翼の主な資金源というのは機関紙販売である。これは志を同じくする人からの購買もある。

が、もう一つのパターン不正思想的に看過できない行いをした法人へ抗議街宣をして、その手打ちとして機関紙の購買を取り付けるという方法がある。

ヤクザが参入する主目的後者の方で、民事介入暴力の支払い手段として機関紙購買を取り付ける為に政治結社を立ち上げるのである民事介入暴力というのは殴ったり蹴ったりじゃなくて、企業商業活動暴力団が威圧をもって参入する事だ。

企業恐喝街宣車を利用するのだ。国防色より威圧感がより強い黒塗りが主流になっていったのはこの為だ。

暴力手段行使されないようにみかじめ料として機関紙を購読する会社も多く、大変な出費になっていた。

 

因みに総会屋も同じことを70年代にやっており、機関紙/誌の執筆者編集者需要が高まり学生運動就職が困難になった学生運動家が多数その仕事に就いた。総会屋の多くは内容には口を出さなかったので社会不正糾弾する記事を書きまくり総合誌ブームが起きたが、80年代初頭の商法改正総会屋が潰されると大方廃刊

だが技能を身に付けた者は大手メディアフリーランスとして雇用された。リベラル/左翼ライターには総会屋の手先出身結構居たのである

 

こういう訳で街宣右翼業界は膨れ上がり、日教組集会8月9日反ソデーには黒塗りのハイデッキバスが大挙して集合し爆音軍歌を流すようになった。それまでのライトバンやタウンエーススピーカーつけてる貧乏右翼とは大違いだ。

ハイデッキ観光バスというのは6000万円以上する。それの座席を取っ払ってラウンジ型にしてシャンデリアやカラオケ自動車電話冷蔵庫バーカウンターをつけて車検を通したら1億を超える。それに自民党共産党のようなプロの街宣用スピーカーアンプを搭載して、北方領土の日にはフェリー陸路釧路とかの空港回送しておくのだ。組員は飛行機で向かってバスに乗り納沙布岬に向かって「露助この野郎」とかやって帰るんである

しか一社あたり3台とか6台とか持ってるのだ。沢山来すぎて根室渋滞になるほどだ。当時の任侠右翼の羽振りの良さが判るだろう。

 

ハリウッド映画でもジャパニーズヤクザ描写されていた頃で、特に企業活動への威圧的介入は警察問題視されていた。

そこで暴対法施行される事になる。これは大抵の暴力団を社会的に殺す大変大きな力がある法律だった。

伊丹十三ミンボーの女には暴力団が右翼街宣車企業恐喝に来るシーンがある。この映画暴対法施行直後に公開されたので同法施行で先を案じているヤクザを大いに怒らせる事になって伊丹ヤクザに襲撃されて重傷を負ってしまった。

余談だが、この時伊丹を襲撃した組は後にJR東本社前の土地を巡って殺人事件を起こした。JR東本社道路に面しておらず、また同社は本社付近建物を次々に押えているのだが、購入すれば都道と面して建築基準が大幅緩和されるその土地に手を付けなかった。それほどヤバい土地だったのだな。

 

ちょっと長くなったが、「えせ右翼在日朝鮮人右翼の評判を下げる為になりすましてる」とか噴飯物の事をいう人が多く居る界隈なので一応説明した。

えせ右翼とは一般には上記のように民事介入目的ヤクザ運営して構成員も被る政治結社の事だ。もっと硬い警察用語では「右翼標榜暴力団」という。

 

90年代右翼不遇の時代 

こうして

1.バブル的に増加した任侠右翼暴対法により急速縮小

2.ソ連消滅により敵を喪失

となってソ連勝利したはずなのに右翼/保守業界というのは停滞してシュリンクしてしまう事になる。

そして当業界では超直的なそれに代わって冷戦後政治リアリズムを中心に多様性がある論説が流行するようになった。産経新聞コラム「斜断機」が柔軟で面白くて単行本化されてしまうような時代だ。因みに吉本隆明の門下生が多く書いていた。

そんな中で反共反ソイデオロギー一本の人らには居場所が無い。ソ連無き後に残った残存敵性勢力日教組をひたすら叩きながら閉じた業界で腐っていたのである

当時は欧州もみな社民政権リベラル人気で冷戦後世界情勢にも楽観的だった時代だった。 

 

 

 

続き→https://anond.hatelabo.jp/20220615180755

2022-03-16

anond:20220316115719

幕府メンツを立てて奉行所経由でお手紙出して丁寧に交渉しようとすると砲撃する癖に、黒船砲撃すると急に歓迎ムードになる国

2022-03-08

外国のガキみたいな格好した年寄り増えたよね

こないだテレビみてたら健康食品か何かのCMで、昔のコメディアンだったかのじいさんが野球帽後ろ前にかぶって「なんかこのクッッッソ怪しいの食べたらまだまだ元気が云々」てやってるのみて。

じいさんが野球帽後ろ前にかぶってるのとか何かの伏線かなと思ってみてたら特になにもなくCMが終わって、そういえば表題の件だよなあって思った次第。

いやね、昔からじいさんが年相応でない格好をしてるっていう表現創作活動でよく使われてた。

ぱっと思い浮かぶのでいうと亀仙人なんかは登場シーンでみんなずっこけて「こりゃまた派手なじーさん出てきたな」みたいなコメントもあったと思う。それくらい、創作活動の中では年相応でない年寄りってのは一般化されてたと思うし、こういった表現が何の説明も無くすんなり読者に受け入れられてたって事は、客観的に見て説明必要が無いくら一般的にも起こりえたことなのか、それとも説明必要も無いくら一般的には起こりえないことなので物語として面白くなる手法として使い回されてたのか。

ま、そこも別にいいのよ。

いつまでも若くあり続けることは素晴らしいと思うけど、幼稚で居続けることを許容することとイコールではないのに、なんかここが混同された世の中になってきてる。

しろ、幼稚で居続けることを許容するのは歓迎ムードなのに、年相応に年を取る方向は嫌悪される向き?そんなイメージの方がネットでは支配的。な印象。

特に文化的背景もなく、外国のガキがするような格好を40以上の年寄りがずっとしがみついてやってるイメージ

2021-11-14

羽生善治藤井聡太と、紡ぐ盤上の物語

藤井聡太氏が竜王位を獲得し、最年少四冠を達成した。

羽生善治氏が最年少四冠を達成した際「この記録は今後破られないだろう」と考えていた、私を含む多くの将棋ファンには時代の変遷を感じざるを得ない圧倒的な出来事である

このあまり出来事に、感動のような、動揺のような思いが溢れているため、ここに思いを記します。

私は30〜40年来の将棋ファンで、将棋好きが高じて一時期は詰将棋の本を出したり将棋に関する雑誌編集を行ったりしていました。

私が将棋に魅力を感じ始めた古い時代将棋は、武士道に似た雰囲気をまとっていました。将棋で生きていくことを決めた少年たちは先生弟子入りし、そこで修行します。修行先生による直接の将棋指南や、高弟による指南将棋研究会などです。しかし当時の「修行」にはこれ以上の意味があり、掃除炊事や規則正しい生活をして礼節を学び、人間としてより良い生活を送ることで次第に将棋も強くなっていく、という考えがありました。ある先生の元では将棋戦略ではなく駒の持ち方や打ち方を教えていました。ここで言う打ち方とは「どこに銀を打つか」といった意味ではなく、「駒を自分の指でどのように持つか、どのような姿勢で盤面に置くのか、どのように盤に置くと美しい音が出るか」などです。

今となっては「そんな馬鹿な」と思われるかもしれません。確かにその通りだと思いますしか事実として、当時は「それが将棋である」と受け入れられていましたし、我々将棋ファン将棋道には武士道のような美しさや儚さ重ねて見ていました。そういう時勢もありトッププロの対局には真剣勝負のような凄みを感じていました。対局でのタイトルを獲った獲られたというのは一つの側面でしかなく、「人生将棋に賭けた人同士の決戦」という神聖さを重ねていました。

やがて将棋界にコンピュータの手が伸びてきました。生き方としての将棋ではなく、ゲームとしての将棋世間にあふれるようになりました。この頃、私は「これで将棋ファンが増えるぞ」と思ったものです。そうして確かに将棋はより一般的になりました。しかコンピュータの成長は早く、あっという間に「人間を超える」と危惧されるようになったのです。そうなるとコンピュータ将棋歓迎ムードは薄れ、「人間より将棋が強いコンピュータなんてありえない、人間尊厳を脅かすな」という反コンピュータ将棋ムードにわかに盛り上がりました。コンピュータ将棋は、将棋道ではない。人間がその人生を賭して将棋一本で生きてこそ、強く儚く美しい盤上の物語が生まれるのではないか。そう思っていました。

臭い将棋ファン将棋道に夢見ていた頃、そして羽生善治氏が竜王位を獲得した頃。当時は日本国民全員が「最強は羽生善治」と意見が一致していました。そんな氏が「将棋は完全なボードゲームである」と発言したのです。これは衝撃でした!薄々感づいていたことをついに言ってのけたのです。図星を突かれたとはまさにこのことです。「何を当たり前のことを」と思う人がほとんどでしょう。しかしそれは、古い将棋から脱却し純粋将棋の強さのみを求める、新時代を作る言葉だったのです。当たり前だろうというファンが多数でしたが、中には「古き良き将棋時代は終わった」と落胆する将棋ファンもいました。

そして時代が経って2012年米長邦雄氏がコンピュータ将棋で破れました。とてもエポックメイキング出来事でした。いつかこの日が来ることはわかりきっていたにも関わらず、やはり衝撃でした。2017年AlphaGo が柯潔氏を破った時と同じような衝撃、と言えば最近の方にも伝わりやすいでしょうか。今となっては馬鹿げた考えですが、「人間が紡ぐ盤上の物語は、もう終わるのではないか」。そんな考えも頭を過りました

そこから更に時代が経ち、2021年将棋盤の底まで読んだ加藤一二三先生もいなくなりました。今の時代人間AIに勝てると思っている将棋ファンなど一切いないでしょう。将棋中継ではAIによる優勢判定が表示されることも、プロ計算力の高いコンピュータを導入することも、それからプロ将棋研究のために Python コードを書くことも、当たり前の時代です。コンピュータに負けて激変するかと思われた将棋界は、以前の美しさをほぼ保ったまま、コンピュータを駆使してより進化していました。「ほぼ」と書いたのは、本当にごくわずかながら、古い時代将棋を懐古するからです。将棋の強さの観点ではもちろん現代の方が良いに決まってますが、あの時代の、人生生き方名誉を賭けたような勝負をたまに懐かしく思ってしまうのです。

藤井聡太氏が十代でありながら竜王位を獲得しました。前人未到で誰にも破れないと思われた羽生善治氏の記録は、30年弱で破られました。藤井聡太氏の圧倒的な強さ、それはまさに新しい風のようで、将棋界が非常に盛り上がっていることをとても喜ばしく思います

藤井聡太氏はとあるインタビューで、「AIが発達する今、人間棋士存在意義は?」と質問を受けました。正直に言えば、私はこの質問は「意地悪な質問だな」と思いました。10年前じゃあるまいし、今さらAIと対局したところで、どうにもならないじゃないか将棋界はAI共存してより良い形になっているではないか、と。前述の通り、コンピュータの猛烈な強さにはほんの一抹の寂しさを覚えていた私ですが、きっとそんな古臭い価値観を持っているはた迷惑ファンなどもう少ないでしょう。

しばし沈黙の後、藤井聡太氏はこう答えました。

今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変だと思います。その価値自分自身、伝えられればと思っています


これを聞いて、私はずっと追い求めていた答えをついに知ったような、そんな気持ちになりました。一瞬思考が停止しました。そして体の芯から熱のようなものがふつふつと湧き上がり、涙が溢れてきました。ああ、将棋ファンで良かった。何十年も将棋ファンで良かった。私の人生将棋があって本当に良かった。腹の底からそう思いました。

勝敗をつけるだけならジャンケンでいい」と言った羽生善治氏の言葉があります。これは勝敗だけでなく、人間が打った棋譜にも価値があると言っているのだと解釈しています棋譜、それはつまり盤上の物語のものです。私が夢中になった「将棋道」の頃の将棋ゲームになった将棋AI共存した将棋。それらすべて、棋士の背景や時代も含めて、打たれた将棋価値は変わらない。あの5二銀打が今後も語り継がれていくように、私が愛した対局はこれからもずっと愛していく。少々大げさな表現かも知れませんが、自分人生肯定されたような、納得がいったような、自分の心の暗い部分に温かな光が照らされたような、そんな言葉でした。

話が長くなってしまいました。古臭い将棋ファン戯言として聞いて頂けたら幸いです。

改めて、藤井聡太さん、竜王位獲得おめでとうございます

追記

https://anond.hatelabo.jp/20211116114350

2021-07-21

金メダルが取れたら忘れてしまうん?

やっぱり金メダル取れたら大喜びで歓迎ムードに早変わりするのかね?

これから世論がどういう風に変化していくのか観察していこうと思う。

2021-06-09

anond:20210609122805

これのおかげでアズレンスレではホロコラボ第二弾の実現性が高まったとして引退歓迎ムードだったわ

2021-05-09

anond:20210509202739

コロナが無くて、誘致したときの謳い文句通りコストを抑えることができてたらもっと歓迎ムードだったんじゃないの。つまりコストが何倍にもなってる時点で噛みつかれることは必至。

2021-05-03

憲法改正の話やばすぎでは??

どこのメディアも一斉に「憲法改正を支持する人が増えた」という報道をしてて本気で怖い。内容的を見るとパンデミックなどの緊急事態対応するためであれば改憲必要、という意見が多いという話だが、今の時代殆ど人間ニュース見出ししか見ていないわけで「ああ、世の中の人改憲歓迎ムードなんだな。じゃあ私も改憲に賛成しておこう」となるに決まっている。各メディアはそれが分かっていてこんな見出しをつけているんだと思うと本気でこの国はやばいと感じる。改憲に賛成している人で、自民党改憲案の中で13条や97条がどう扱われているか知っている人って1割にも満たないのでは?この国大丈夫??

2021-04-03

菅総理

最初歓迎ムード好意的に迎え入れられてたよね。

ホットケーキが好きな庶民的総理みたいなニュースで。

こんなにボロカスに叩かれてしまうなんて考えもしなかった。

2021-03-07

さぁ、やっきーを食うぞ

大島優子

   ↓

   ○  ← はっ!

=======

 

↖      ↗

 ○    ○

統制の取れたファンの図 歓迎ムード古参とは

anond:20210307101207

2度めのデジタルネイティブ世代の僕らのオリンピック歓迎ムードデジタルにお伝えしております

かけっこするやつでしょ。とちあいてるから、はしってもいいよ。

2021-01-02

anond:20210102145330

515はともかく226は世界恐慌後の不況が原因やしね。

誰か英雄に全部仕切らせればすべて解決すると。226も天皇親政を掲げてたし。実際226は歓迎ムードだったし。

と言っても、どうやればいいという解がなければ解決しない。天皇世界恐慌後の経済どうするかなんてぶん投げられてもどうしようもなかっただろう。

英雄と掲げられた小泉民主党も、どうすればいいの解の新自由主義が間違ってたためにまがい物になった。

どうすればいいかという理屈は落ち着いて考えていかないとならない。

2020-11-24

anond:20201124152538

逆逆

一次創作者に二次創作歓迎ムード作らせるのが初めから目的だったんでしょ

狙い通りになって良かったな!

2020-08-06

いままでありがとうストリートファイター5

ものすごくニッチ話題ですまない。

ストリートファイター5の新キャラが今朝発表になった。

その中で、ダンというキャラの追加が発表された。

俺さ、このキャラ死ぬほど嫌いなんだよ。

別にただ嫌いというわけではなくて、格ゲー歴史上最も害悪存在だと思ってる。

ダンというのはコミカルキャラという立ち位置なんだけど、元はと言えばSNKパクリに対する対抗キャラだった。

飛び道具が途中で消えちゃったり、対空技に無敵がなかったり、その辺の性能が劣化しているキャラをつくることで、本家より劣っているパクリゲームのことを暗に揶揄していたわけだ。

はっきりいうと、龍虎の拳小馬鹿にしたキャラなのだ

しかもこのキャラは技が中途半端な分、ものすごく弱かった。

勝手に他社のキャラをパロって自社のゲームに出演させた挙げ句、最弱キャラにしてバカにするという構図が最低と言わずしてなんと言えばよいのか。

その時のカプコンというのは格ゲー王道をみたいな存在だったのに、なんでそんな子供みたいな対抗策をしてきたのだろうとすごいショックだった。

どうせ他社がパクったところで劣化ゲームしかつくれないのだから放っておけばよかったのに、なんでそんなくだらない挑発行為をするんだろうと。

さらダンといえば挑発伝説という、相手ダメージを与えることのできない、ただただ相手バカにするためだけの技がある。

それにも心底腹がたった。

真面目にゲームを楽しもうとしているのに、それを台無しにする行為だ。

見知らぬ人同士で険悪な状況になりかねない危険が常に伴う格闘ゲームなのに、どうしてそんなもの採用したのか本当に意味がわからなかったし、実際にこの技が原因で険悪になった友人たちもいた。

このキャラ存在が原因で、カプコンファンSNKファンの間に亀裂ができ、さらに同じカプコンファンの間同士でも、舐めプレイが原因でたくさんの亀裂が生じた。

いわばコミュニティ破壊した存在なのだ

そうした歴史を知ってか知らずか、シリーズを重ねるごとに存在感を強めていったダンというキャラが心底嫌いだった。

嫌いを通り越して恨みに近い感情すらあった。

それ以降、彼が登場するゲームは一切プレイしなかった。

彼に対戦で負けるということ自体が本当に腹立たしくて仕方ないからだ。

ストリートファイター5は、自分にとって10数年ぶりの格ゲー復帰作だった。

スト2に似ていると言われて、当時のキャラで当時のように戦えるからいいよと知人に進められて復帰して、いままでほそぼそと楽しめてきた作品だった。

でも、それも今日で終わりだ。

彼だけは出してほしくなかった。

オンラインが主戦場という相手の顔が見えない中で、彼の人を小馬鹿にしたような技を一度でも食らったら、冷静でいられるわけがない。

市場歓迎ムードなのがなおさらに辛い。マイノリティは静かに去るのみなのだ

自身に罪はないのかもしれない。

彼が投入された経緯や、その向こう側に助けて見える人間のいやらしさが受け入れられないのだ。

もう決定は覆らない。ただひたすら残念だ。

2019-10-02

ダークナイト

成宮 寛貴が相棒芸能界復帰だってね。歓迎ムードかと思ったらヤフコメなどで手厳しいコメ発見。やっぱすぐ海外に逃げないで会見の1つや2つすればよかったね。

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