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はてなキーワード: 原則論とは

2020-06-24

anond:20200623194658

派閥に従うから疲れるんだよ。リベラル派じゃなくてリベラリズムに従えよ。自分思想に、信念に従えよ。

そんな懊悩は全く見せない様にして、さも「私こそ完璧リベラルでござい」って顔で、リベラル男性を演じている。

一緒になって男性を責めるつぶやきもしてみる。

懊悩を掘り下げろよ。性差別主義者性犯罪者差別主義者や犯罪者であるがゆえに叩かれるべきだけど、男全体みたいに性別でくくって罪悪感を抱かせるのは違うし、小児性愛者みたいな生まれついてのセクシュアリティに基づいて叩くのは差別だろ。リベラリズム理念に反するだろ。行動に対する非難はしてもよいが生得的な属性に対する非難は単なる差別だというリベラリズム根本的な理念を思い出せよ。リベラル派じゃなくてリベラリズムに従えよ。

私は考えない様にする、ゾーニングしかし「公」とはどこまで?ネットも?民間組織である赤十字も?コンビニも?どこまでがアウトなのか基準は?私刑では?BLは免罪されるのか、男性を消費する場合は、3次元は?ジャニーズは?objectificationをモノ化と訳すのは誤解を生まないか?元の論文ではobjectificationが全て悪いという話では無かったはずだが、では悪さの基準は?本当に巨乳女性を叩いていないのか、実際に居ると本人がスクショを上げていたが、ルッキズムアニメだけじゃなくジャニーズやBLやドラマ俳優やほぼ全てのテレビ番組女性の好きなかなり色んなモノが該当するのでは?

・・・・そういう事は考えない様にする。

考えろよ。そもそも表現の自由リベラリズムの根幹だろうが。公共空間では最大限の自由が実現されるべきだという立場を貫いて宇崎ちゃんあいちトリエンナーレ擁護するのがリベラリズムだろ(批判表現の自由の一部なので、文句があるなら好きに言えばいいんだけど)。もっと言うと男女の立場平等であるべきなのだから、もしも女性アイドルの消費が性的消費でケシカランなら男性アイドルの消費もそのように非難されるべきだし、ジャニーズが幅を利かせてるならAKBだって堂々と楽しんでいいんだよ。リベラル派じゃなくてリベラリズムに従えよ。

そんな彼が、最近シスヘテロ女性フェミニストによるトランス女性差別を厳しく批判している。

彼の態度は一貫している。私等及びもつかないほどリベラル価値観をきちんと内面化している彼が何であろうと差別に厳しい態度を取るのは当然だろう、でも、

ふと、考えてしまう。彼もまた、フェミニズムによる男性批判に納得がいっていなくて、トランス女性差別はそんな彼の鬱憤を晴らすのに格好の機会だったんじゃないか

もしもトランス女性女性でありトランス男性男性であることを受け入れるのなら、リベラリズム観点からトランス差別に反対する以外の答えは出てこないだろうが。一部の自称リベラル女が差別主義に走ってトランス排斥しているとしたら、それはその自称リベラル女が間違ってるんだよ。人を見てものごとの善悪を決めるんじゃなくて原理原則に従ってものごとの善し悪しを量れよ。リベラル派じゃなくてリベラリズムに従えよ。

こんな事はツイッターには書けない。こんな考えを持っている事は周囲の人は知らない。迂闊ないいね絶対にしない様にしているし、懊悩もおくびにも出さない様にしている。完璧リベラルだと思われているだろう。

お前が周囲からリベラル派だと思われてるかどうかなんてのは心底どうでもいいんだよ。俺は改憲派で、カジノ設置に反対せず(安倍内閣の作ったカジノ法はクソだけど)、フェミニストでもないけど、俺が思うリベラリズム原則に従っているか自分のことをリベラリストだと思っているよ。たとえ周囲のリベラル派と意見が違ったとしても、もしも周囲がリベラリズム原則に背いているなら、それはそいつらが本当のリベラル派じゃないだけであって俺がリベラルであることは揺るがねーよ。リベラル派じゃなくてリベラリズムに従えよ。

リベラリズムはまずもって自律思想だよ。自由を重んじ、自由をどのように実現させるのかを考えるのがリベラリズムだろ。女性差別撤廃自由で公正な社会のための前提条件であって最終目標ではなく、もしも女性側の要求自由や公正を脅かすのなら両性の平等観点に立った上でそれに抗うのが真のリベラリズムだろ。リベラル派の言ってることを支持するのがリベラリストなんじゃなくてリベラリズムを信奉する個人の集まりリベラル派なんだよ。

リベラル派じゃなくてリベラリズムに従えよ。

ブコメに応答

解釈の数だけ党派があるんだけど。真理は一つしかない的な病かな。

元増田党派への帰属を優先して自分の主張を押し殺しているから逆だろと指摘したまでだよ。所属する党派に合わせて自分の主張を選ぶんじゃなくて、自分の主張に合う党派帰属するべきなのに。

リベラリズム解釈は色々分かれててリベラリズムの中にもいくつも派閥があるけど、ある解釈を支持するからある派閥の一員だというのが本来の姿であって、ある派閥の一員でありたいからある解釈を支持するなんてのは本末転倒でしょ。まず自分の信念があって、派閥への帰属はその帰結に過ぎないわけで。

各論はああそうね感じはあれど、私は「イズム」も「従う」のも苦手…「イズムに従え」って割と怖い言葉だ/元増田は杭打ってない建物って感じだったけど、この増田はhammer and sickle感がつおい…

外部にあるありがたい教典に従えって言ってるんじゃなくて自分の持っている信念に従えって言ってるだけやで。自分が従うべきリベラリズム自分の外じゃなくて内側にあるんやで。それ以外の何者にも拝跪しないのがリベラリズムやで。

共感してるのリベラルフェミが嫌いな人ばっかじゃん/ネオリベリベラルなんて名前与えない方がよいと思う

これ、リベラルというより古典的自由主義あるいはリバタリアンみを感じる。

仮に俺がネオリベ古典的自由主義者だったとして、新自由主義古典的自由主義自由主義すなわちリベラリズムの一部である以上、リベラルと名乗っても何もおかしくはないのでは。

いやリバタリアニズムリベラリズム区別せんとリベラリストは元よりリバタリアンから相手にしてもらえんぞ。政治学政治思想学的には両者は全く別物で定着してるし俺定義通用せんて。

それ、誰に向かって言ってる? 俺をリバタリアン呼ばわりしているブコメに向かって言ってるならいいけど、俺に向かって言ってるのなら、俺は一度も自分リバタリアンと言ってないし(anond:20200625140552でも書いたけど、公教育の充実や累進課税を支持してるのにリバタリアンなわけないじゃん)、リベラルリバタリアンをごっちゃにもしていないよね。

表現の自由絶対最高至高とみなすのって馬鹿自慢だよな。物事は複雑にからみあうのが当然なのに「表現のジユウガー」で解決との脊髄反射こそ思考停止。複雑な問題を考える脳がないと自慢する馬鹿は多いな。

まあ、リベラル派じゃない人からはそう見えるんだろうね。

私は、この増田が言ってること全然理解できない。Twitter散見されるような言説の継ぎ合わせに見える。自分の頭で考えるのが大事だというなら、元増田の方がよっぽど自分の頭で考えてる人だと思う。

So what? 自分の信念に従った結果twitterでよく見かける言説とよく似た意見が出力されてくるなら、それは俺と同じ信念の持ち主が大勢いるってだけの話でしょ(派閥って本来そういうプロセスで生まれるもんだよね。自分と同じ意見の持ち主を寄せ集めて○○派って自称したり呼ばれたりするわけで)。

もっと言えば、他人意見自分の信念と合致するならどんどん他人意見を支持すればいい。俺もネットしょっちゅう他人意見を読んで「俺はここまで考えてなかったけど、確かに俺の信念からいえばこの主張は正しいな……この主張を支持する!」みたいな感じで他人意見に影響されまくってるけど、それで何も問題ない。支持するべき他人意見を取捨選択しているのは俺の信念で、取り入れた他人意見は俺の血肉になるのだから

あと、「理解できない」ってどゆこと? 「言わんとすることを理解はできるが、支持も納得もできない」ということ? それとも本当に理解できない?

総論賛成。で、自由・公正の定義は人によって違うから常に自分スケールを疑うべき。スケールは本人の欲求正当化(または当然視)した形や、抑圧感情の変形発露の場合が多々あるし、本人が無自覚なケースも多い。

自分欲求正当化してくれる主義主張を奉じるのは普通のことだと思う。俺が自由主義を信奉するのも、誰にも迷惑をかけていない俺の行動を制約されるのはめちゃくちゃ腹が立つからであって、自分感情主義主張ベースになってるっていう点では女性差別に憤るフェミの人たちと変わらないわけで。

ただ、そこで欲求に忠実になりすぎて主義主張普遍性放棄するのはよくない。これは何派であっても同じ。自分主義主張欲求がぶつかったときに「原理原則からいえばこの欲求は間違ってるな」と言えるかどうかが分かれ目。そこで欲求に忠実なあまり普遍性を投げ捨てると、TERFとか、エロ自由大事だけどあいちトリエンナーレけしからんから潰せと主張する一部の残念なオタクみたいな醜悪存在に成り下がるのだと思う。

これは余談だけど、ガチガチ自由主義者って多分chaoticな性格の人が多くて、lawfulな人との相性は絶望的に悪いと思うんだよね(いや、そういうのは俺だけかもしれないけど)。日常生活で俺みたいなchaoticな人間が衝突することが多いのは圧倒的にlawful goodなので(evilな人はそうそういるもんじゃないけど、lawful goodはそこらじゅうにいるから衝突する頻度が高い)。だから元増田が心の底ではリベラリズムを支持しているのにlawfulな界隈に所属していたら神経が削られるだろうなと思う。

同意見。ただリベラリズムそもそも人間に向いていない考え方なのではないかなとさすがにこの10年くらいで思い始めた

人間に向いてないんじゃなくてlawfulな性格の人に向いてないんだと思うよ。chaoticな性格の持ち主にとってはこれほど快適で生きやす思想はない。

元増田の「リベラルを演じること」に共感できる点が一つも無い。多分lawful goodな環境での順応を目指してるのだろうけど、肌に合わない環境になぜ執着するのか理解不能

chaoticな人間にとってlawfulの集まりってめちゃくちゃストレスフルだから(逆もまた然りだったりするのかな?)、「この派閥自分には向いてないわ」と思ったらさっさと逃げればいいのにね。

同意(笑)カオス属性じゃない、規範好きな人達がリベラル名乗ってるのがマジで謎なんだよな。トランス女性エロポスター不安不快を感じる人達の受け皿はちゃんとある(保守主義)のでそっちに行って欲しい

ほんとこれ。lawfulな人が無理してリベラル名乗らなくてもいいのにね。保守主義とかフェミニズムとか共産主義とか別のイズムを名乗ればいいのになぜかリベラリズムを名乗りたがる謎。

それはそれとして宇崎ちゃんポスターR-18ではない一般漫画の表紙を使ったものであり、「エロポスター」という言い方は誤解を招くので反対(「エロビデオ」「エロゲー」「エロ漫画」といったらちょっぴり性的とかじゃなくてモロにR-18っていう意味になるんだから、「エロポスター」と言ったらR-18ポスターという意味になるだろう。しかし実際にはあのポスターはそうではなかったわけで)。

2020-06-13

anond:20200613104213

オスマン帝国カリフ兼任時代って

なんかイメージとしては方便な要素が強くて、カリフ国家みたいな原則論?の人が満足しそうには思えないんだよあ・・・

まあそういう人の感想とかよく知ってるわけではないんだけど

2020-05-17

この数か月で左派に対しての失望がひどい

政権については褒められたところがないのは事実であるが、それと同じくらい左派に幻滅している

語弊はあるが普通に民意を捉えていれば加点しかされない絶好のタイミングが目の前にあったにも関わらず、支持率を大幅にマイナスどころか一般層と相いれない本性を垣間見せるクソムーブ

批判自体は正しいよ、ただ批判目的になってることが明確になってしまった

有事に明確なビジョン戦略すら打ち出せないのでは結局現政権と同じ穴の狢だ

こと新聞社については嬉々としてアジテーションを繰り返して世論を混乱させることに力を注ぎすぎた

個々人に関してはもっとひどく、あそこまでねじ曲がった人が多いとは思わなかった

政府に強権を求めるのはまだ道理としてわかるが、

自分たち世界しか見えてない、自分たちの水準でしか物事を考えられないことに失望した

端的に言えば彼らが示す意見にはなんというか「幸福」なビジョンがない

政権や支持者にもそれがあるとは言えないが

自由とは程遠い風紀委員的な性格があまりに強すぎる

何をしても減点でどうすればよくなるかの提示がなされないし、されても大局的な視点がかけたポジショントーク

そもそも原理原則論ばかりでハイコンテクストユーモアやわかりやすく訴求する気がまるでないからお仲間にしか届かない

頼むからもっとそこらへんにいる普通の人々を見つめてほしい

2020-03-24

anond:20200324133836

なぜ格闘技が無くならないかなんて、それについて知ればわかる。←事実

 

知ろうとしない元増田バカである。←お前に言いたいこと

 

格闘技に限らず、現実について知ろうとも知らずに例えば「暴力ダメ」とかい空想の中にしかない原則論引きこもり、それを思想と思っているやつが多すぎる←増田で言いたいこと

 

2020-03-16

東京五輪を中止しても1円も無駄は発生しない

IOCやら組織委員会やら中止・延期の反対派は、ほぼお金の話しかしない

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkansports.com/olympic/tokyo2020/news/202003140000989.html

まず、経済原則論として

「景気が悪い」とは「お金がない」ではなく「お金が動かない」である

AがBから商品を買い、Bがその収入でまた別のCから商品を買う

これが経済ちゃんと回っている状態

たとえ買っても使わない商品を買っても

売った側の利益にはなり、売った側が得た収入市場に循環する

本当に「お金無駄になった」というのは

お金が使われずに燃やされたり、ひたすら死蔵されることだ

・・・

今、東京オリンピックを中止したとしても、すでに

建設業者だのデザイン業者だの人材派遣会社

相応の仕事をして相応の代価を受け取っている

「1の仕事に1の代価」という点では何一つ損は発生していない!!

五輪景気を見込んで不動産観光施設投資した人は

「1の出費に対し10100の収入

を期待していたのだろうが、それが得られなかったとしても

「リターンを期待して投資した分のリターンが入らなくなった」は

未来における予定のプラスがなくなったのであってマイナスではない

土地なりマンションなりはすでに「1の仕事に1の代価」で

取引されて不動産業者なり何なりにはお金が入り

そのお金市場に循環しているのだ

・・・

そもそもオリンピックは祝祭であり

祝祭は最初から壊すために建物を作るような消費それ自体目的

文化人類学でいうところのポトラッチ(蕩尽)みたいなものではないか

という意味においては

東京五輪を中止しても1円もお金の損は発生しないのではないか???

2020-02-20

岩田健太郎医師の最大の間違いはエア専門家を生み出したこと

これだと思う。

完全に破綻していた現場に投入されて、ベター対応を取らざるを得なかった状況に「ベストじゃないかダメけしからん

と言い出したら追い出される。

もう完璧ではないことぐらいわかっていただろうからだ。

破綻している状況からスタートに、原理原則論を持ち出して正論棒で戦うのは無意味なのだよな。

からやるべきことをやるしかないフェイズに入ったのだ。

そこに岩田健太郎医師理想論で、外野が「ぎゃーぎゃーぎゃー」とエア専門家を気取って叫ぶことは、正直なところ無意味どころか有害である

2020-02-08

【再掲】『撮影する権利』と『盗撮』の狭間

実は『盗撮罪』のような犯罪存在しない。では、盗撮はどのような法律に基づいて取り締まられているのか、個別に見ていこう。

1.軽犯罪法

現在日本国において、盗撮する行為のもの規制する唯一の”国の法律”が軽犯罪法である

言うまでもなく軽犯罪法罰則自体が軽い上、取り締まる対象は『人が通常衣服をつけないでいるような場所を』だから、街中や相手の家のリビング盗撮するのであれば軽犯罪法上の罪にはならない。

軽犯罪法

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO039.html

二十三  正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者



2.住居侵入

盗撮すると国の法律上どんな罪になるかというと、結構多いのが住居侵入罪だ。

だがもちろん、これは『盗撮するために不当に侵入したこと』を罪に問うているのであって、盗撮行為のものを罰しているわけではない。

(何か『どこに入ると罪になるか』については若干の議論があるらしいが、ここでは触れない)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8F%E5%B1%85%E4%BE%B5%E5%85%A5%E7%BD%AA

3.迷惑防止条例

盗撮は、都道府県レベルでは迷惑防止条例で罪になる。

例えば東京都場合

五条

何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。

八条

次の各号の一に該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

二 第五条第一項又は第二項の規定違反した者

三 第五条の二第一項の規定違反した者

2 前項第二号(第五条第一項に係る部分に限る。)の罪を犯した者が、人の通常衣服で隠されている下着又は身体撮影した者であるときは、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

この項目に引っかかり、1年以内の懲役または100万円以内の罰金になる。

逆に言うと、『入ってはならないような場所以外で』『通常衣服を着けない場所(体の部位ではなく、撮影が行われた場所)以外を撮影したのでなければ』条例しか取り締まる法令がないので、飛行機の中で盗撮があった場合ただちにそれが何県の上空で行われたのか特定しないと罪にできない。

(参考リンク) http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1734331.html

実は数年前まで、県の迷惑防止条例には重大な欠陥があった。たとえば岡山県 新旧対照表 この新旧対照表が平成25年成立の平成26年施行とは悪い冗談のようだが、本当だ。

(旧条例)第二条

2 何人も、婦女に対し、公共の場所又は公共の乗物において、婦女を著しく羞しゆう恥させ、又は婦女不安を覚えさせるような卑猥わいな言動をしてはならない。

婦女に対し、である。男に対して羞恥させても軽犯罪法しかならなかった。千葉県などはこの手の条文の後に「男子に対して行った場合も同様とする」ような文言があるが、一部の県ではそれすら存在せず、男性羞恥させても軽犯罪法しか触れない県がいくつかあったが、どうやら平成26年度までには改正されたようだ。

もっとも、この「著しく羞恥」は基準曖昧だ。寝顔を撮影して捕まった事例があるがそれは本当に「著しく羞恥」なのか。逆に特定男性撮影してネットにアップするのは迷惑防止条例に触れないのかという疑問はある。

4.肖像権

肖像権について日本法律には明確な規定が無いが、判例上は『パブリシティ権としての部分』と『人格権としての部分』が認められている。

パブリシティ権の方は分かりやすい。ざっくり言うならば『その写真映像で、商売をする権利』であり、従って芸能人などに認められる。(政治系の有名人についてはどうなっているのかは正直、よく分からない)

分かりやすい例としては、街中やコンサート会場でタレント撮影した上で、その写真販売したりするのは違法である

コンサート会場などは主催者撮影禁止を定めていればその通りだろうが、有名人が街中にいるところを撮影するのが違法であるかというと、実のところ曖昧だ。 http://lmedia.jp/2014/06/18/53942/

前述したように、『その写真を売ったりしたら違法なのは明確だが、個人で持っているだけなら(おそらく)何の法律にも触れない。ではブログにアップするのは、そのブログアフィリエイトがついていたら……という話になると、もはや違法とか合法とか言い切る以前にそもそも法律の整備が追いついていない』というのが現状だ。皆がカメラ付き携帯電話を持つようになって20年ほどでしかない。

(そして、前々から思っていていまだ答えが出ていないのだが、『有名人の昔のスキャンダル集』『放送事故映像集』的な本が出ているが、ああいう本こそタレント肖像権に触れないのか?)

ちなみにタレントプライバシーについては、認められる範囲は著しく狭い。SMAP(ジャニーズ事務所のあのスマップです)追っかけマップ裁判判決で『住所及び電話番号掲載すべきではないが、最寄り駅などの情報掲載した追っかけマップ出版することは認められる』という判決が出ている。

http://www.translan.com/jucc/precedent-1998-11-30d.html

人格権としての肖像権は若干分かりにくいが、みだりに自分の姿を公開されたりしないための権利だ。もちろん、渋谷スクランブル交差点撮影する際に写っている全ての人の許可を取るなどほぼ不可能だし、今のところ『不特定多数を』撮影したのであれば人格権侵害したことにはならないとされている。

逆に、アイヌ民族衣装を着た子供時代写真に『滅びゆく民族』というキャプションをつけた出版社が被写体本人から訴えられた(和解成立済み)例もあるので、人格権としての肖像権はその辺りが参考になるのだろう。

http://www.amazon.co.jp/dp/4773888024

まり原則論として言うのであれば。スカートの中や更衣室の中などは別として、開かれた場所普通に過ごしている姿を無断で写真撮影されたとしても、被写体となった人物ただちに訴えることが出来るかというと厳しい。

ただし、撮影者がその写真を公開・ネットにアップするにあたって侮辱的なタイトルコメントをつけたらまた別であるというのが現状である

2019-12-21

anond:20191221111930

いつかの事件で「成人してるんで親は関係ないです」つってた親がいたはずだが、原則論で言ったらあのくらいドライ姿勢でも許容しなきゃなんないんだよな

2019-12-08

anond:20191207173529

原理原則論としては分かるけど、医者社会の実情を全くわかってないことも詳らかにしてくれるね。子供を持てば多少は 考えも変わると思いたいね

2019-11-19

女性を脱ぎ捨てた『経理』の真の力が、解放された

恒例の「別に出なくてもいいんだよ? 飲み会」にて、いつも大人しくて可愛がられていた経理が遂に爆発した。

経理ちゃん美人で得してるねえ」そうですね「経理ちゃんは肩凝りひどそうだねえ」そうですね「妹さんもそうなのお」

バチコーンの音が三回続いた果てにチーフ副社長の「まあまあ」が飛び交い、さら小一時間たった後、経理はこっちにやってきた。

いつになく顔が真っ赤で、酒臭い。これはアルコール限定解除したっぽいな。

増田さんさあ… わたし、女降りる」突然何を言い出す。

これから話すのはこの経理に関する顛末だ。長くなるが大丈夫な人は聞いていってほしい。主に俺のために。

翌日マグカップ不審ポストイットが貼ってあった。「実はカタチから入るタイプなんで一緒についてきてもらってもいいですか」

謎の距離感に戸惑いつつも俺は、週末に”しまうら”に連行されることになった。

休日経理は言う。

RPGでも町についたらまず装備を揃えるタイプなんで」誰だってそうだが。

というか経理ってこんなやつだっけ。職場では昼休みかに話す仲だが、基本無口でイワユルおっとりさんの印象があった。例の宣言が効いてきているのだろうか。

経理作戦を考えてきていた。

いままでは、タイトジーンズカカトがあまり高くないパンプス上半身フワリを下半身で締める。フェミニンな見た目だったが窮屈だ。まずはここらを改善していく。

しまうら”は近年ではラインナップがかなり充実してきているみたいだった。petit price でも大人の全身が問題なく揃うのだ。

昔のユニクロのようにシャツだけはヤメトケみたいなのは無いし、縫製も下手な若者向けブランドよりはよほどシッカリしていて、何より値段が安い。

安すぎて不安が頭をもたげてくるくらいだ。

ねえ、いい大人スリッポン・アンダー二千円で通勤は流石にどうかと思うし、せいぜい紐靴にしようよ、スニーカーニューバランス大正義だよ、革との混合もあるよ。などと申し上げた。

徹頭徹尾ラクでいいじゃん。ベジータ戦闘服みたいでさ」旧型の肩のないアレか。

やがて試着室から出てきた経理を見て唸らざるを得なかった。なるほど。これはパーフェクトに過ごしやすそうな格好だ。カジュアルコーデに擬態したジャージみたいだ。

実際あまりにも楽チンだったらしく、経理は服のタグを切ってもらい、礼をくれたあと、そのまま着て帰った。

面白いので次の日は早めに出社して、経理の出社を観察することにした。

しまうら装備で全身を固めた経理さらサングラスを重ねてやってきた。頭部の強化もバッチリだね。

はたして、モーセが海を割るように、様子をうかがっていた有象無象は散っていった。先週の三連撃が効いているのか、マネージャー界隈も文句は言えないようだった。

ギョッとしたので忘れられないのだが、この朝の経理仕事の手始めに机の上を、散らかし始めたのだ。書類の束をひっくり返していた。

後にこれについて、経理はまず原則論を説く。「片付いた机は美的見地からみると、良い」環境が美しく整っていれば、それは周りの人間生産性を向上させる。へえ。

俺などは誰かに片付けろと言ったことも言われたこともないけれど、なんとなく散らかすのが気が引けて、備品の山からくすねてきたブックシェルフやらトレイやらで書類を整頓し、ティッシュボックス磁石バーで机の天板の裏に貼り付けていた。部署内では割と褒められた。増田クンのとこもキレイだね。となりで仕事してて気持ちいいよ。エヘヘ。

しか経理原則を完全に無視した。「個人効率性の観点から結論は、全く異なる」いま必要書類を最も手近な場所文字通りぶち撒ける。好き放題スペースの許す限り広げる。物理的に距離が近いんだからアクセス速度は最速になる。

俺の部署にはデジタル管理派も多いのだが、経理は紙の書類を愛した。いわく「紙は縦引きができないが、代わりに解像度が最高で、レスポンスも最速のデバイス」らしい。

ディスクメモリのように、必要に応じて使い分けてるようだ。

不要になったらそのタイミングでガッとまとめる。付けやすく取り出しやすクリップで留めて雑にボックスにブチ込む。経理クリップの役目をプラスチック洗濯バサミに負わせていた。

「もう手段は選ばないことにしまたから」全体が下がったぶんを突出した誰かが補えば、まあ帳尻は合う。

経理は化粧もそこそこに、ときには髪を振り乱して仕事と格闘していた。明確に差が出てきたのは三ヶ月後だった。

チーフを通して噂話として聞いたのだが、解き放たれた経理旧版の実に二倍の速度で稼働しているだけでなく、こっちの部署からも進んで雑務を引き受けているということだ。俺はこれは咎め必要があると思った。

なあ、華を拒絶だの女を捨てるだの言ってたけどさ、もともとそんな役割みたいなのを経理が背負う理由はないんだし、だから捨てた分を仕事カバーしなきゃ舐められるみたいなことは考えなくていいんだよ。

無理しなくていいんだよ。

このようなことを赤坂バーにて弥勒菩薩の表情で述べショットグラスをあおったところ、直ちに喉にチョップを食らった。

ゴッ ゴホッゴホッ な、なにすんねん

増田のそういうとこ、言うなれば気の抜けたコーラだと思われます。ワンペナね」ペナルティを食らってしまった。

フォローしてくれる気持ちは嬉しいけれども、と断った上で、いまの自分仕事純粋楽しいからやっているのだと打ち明けてくれた。

仕事をこなせるのが純粋に嬉しいのだ。

もはや制限はない。邪魔は入らない。前よりはるかにペースが速い。成果が目に見えて現れる。能力の向上を実感する。成長している感覚が身に染みてわかる。

経理ギムレットを飲み干して、そのへんの内訳を話していく。

化粧の省略やら洗濯バサミの工夫やらハードディスクSSDに変えた話やら完全栄養食の検討やら、エンボディチェア導入の話やら。エンボディチェア

話には聞いたことのある椅子だ。経理いわく発売日はちょっと古いが、めちゃめちゃ背中フィットして、時折ぶり返す腰痛のために良いだろうとのこと。

しかしその椅子、とにもかくにも値段が張るはず。ひょっとして十万超えるんじゃないの?

「近所の人同士で直接売り買いできるサイトがあるんですよ。そこで中古を買えば送料込みでもっと安くなる」

うーん、それって経費で落ちるの。っていうかそもそもそこまでやる?

「わかりませんが、ダメなら自腹切ります

真剣な目だった。

経理はただただ自分の為だけを考えてる。考えればそれは仕事人として当然のあり方である。そんな経理上から目線で慰めんとした俺は、なるほど気の抜けたコーラである。しつこく粘り気のある苦さが残る(いや無理やりの解釈だこれ。真意不明ナリ)。

酔いでボンヤリとした脳が、まれ顧客との会合のために十万円のセミオーダースーツを注文していたのを思い出していた。もちろん言えなかった。

増田わたしも、一日の時間の大半を会社椅子で過ごすじゃないですか。だったらそこにカネ掛けるのが最もコスパがいい」

気の抜けたコーラを脇目に、拘束具を脱ぎ捨てた経理はすでに周回差をつけつつあるようだ。

夜がふけて、経理は俺の背中にしがみついていた。類人猿ゲーム「Ancestors」で子供のお猿が親のお猿にしがみついてたみたいに。飲みすぎですよ経理さん。

タクシーまで担いでって運ちゃんドン引きされたあと、マンションに辿り着いた。エレベーターまでが意外に長くて、経理意識はすでに朦朧としていた。

経理いわく「アルコールが眠気に変換される体質・眠り上戸」らしい。そういうのがあるんだ。

すみませんねえ…」

キミ体重重いよ。

「一理あるっすねえ… もってくれよぉ! お前のカラダぁ!!」

不意打ちを食らい、よろけてしまった。急に笑かすなや。

経理の部屋の内装は、むしろ男っぽかった。木製の棚板のアイアンのシェルフ自然色をベースにしたモノトーンに寄せた家具経理はもともとはこういう奴なのだ

無印良品と思しき匿名的なベッドに経理を押し込んで、覚悟を決めた。終電は既に消え失せていた。

ある程度以上酔っていると、体質次第では急性アルコール中毒になりかねない。寝ているうちに吐瀉物が喉に詰まって呼吸ができなくなるケースを聞いたことがある。

今夜、この部屋を離れる訳にはいかない。

「ごめんなさいねえ… 増田男性なのに」そっちにワンペナ、これでチャラな。

応答を聞かず寝入ってしまった経理を尻目に、タバコをくゆらせて一服し、冷蔵庫から引っこ抜いたコーラ缶(150ml増量)をカラにして灰皿とした。これくらいはいいだろうと思ったんだが、これが完全に裏目に出て翌朝こっぴどく叱られてしまう。息つく暇もない、情け容赦なきフルボッコだった。

長くなったが、以上が経理に関するレポートである。俺は考え直さなければならなかった。会社には経理以外も女性がいる。そして俺たち男性についてはどうだろう。

ここに断っておかなければならない。俺は、経理女性を捨てる観念が必ずしも妥当ものだとは考えていない。相互作用的に周りを巻き込むのは良いが、そもそも捨てずに済むなら越したことはない。

経理なりのリミッター解除の方法が、ただそこにあったんだと思う。

先に述べた顛末のあと俺は海外に飛ばされた。連日ケチャップマスタードの濃い味ファストフードを食みながら、自らを振り返った。結果、男性であることはむしろ自分自身をブーストする効果があるという結論に至った。

カフェインのような働き。

ギリギリに追い詰められた状況で「おれは男だ!」の考えが、必要エネルギー強制的に絞り出す。たちの悪いことには、深いレベルに刷り込まれ思考の習慣は常時起動型の特性なので、都合の良いときにだけ発揮させるのは、たぶん、難しい。

ならば捨てるか。あの人のように。

迷いを残したまま、つい先日、俺は再び日本に舞い戻ってきた。さてじゃあもう一度、元の職場で頑張りますかという矢先に、懐かしの経理から久々のラインが来たんだ。

皮を被り直したみたいに、経理ははじめ、煮え切らないスタンプごにょごにょ言っていた。

そういうのいいから、さっさと用件を言ってくれと頼むと、

増田に隠していたことがある、とのこと。

結婚が決まった、とのこと。

おめでとう。間髪をいれずクラッカーを打ち鳴らすスタンプを出すことができた。職場の外では女性である。解っていたことだ。もちろん。

ここ三年で知り合いの女性の八割(八人)もが結婚した。良いことだろう。人生を前に進めた、という言い方はペナルティを食らうかもしれないが。

でも正直にぶちまけるとこのとき瞳は高速でサッカード運動を繰り広げていた。お・お・お・め・め・め・ででで

これからどうしよう。

何もかも押し殺して「割と仲の良い社員ふたり」の関係に落ち着く?

この世界で誰も彼もがやってきたように。自分気持ちに蓋をして「男女の友情はあるんだ」学派に転向したフリをする。

生活を、やっていく。

みんながやっているように。それが男… いや人間の強さである。これこそが真の勇気である

そんな振る舞いができるだろうか。

「できる」んだなあ。

どうしようもなく「可能」なんだよなあ。そういうのはさあ。

2019-11-10

表現規制論と銃規制

なんとなく似てるというか、原理原則論で突き詰めて考えると支持と不支持が二つとも一致することになるような気がしなくもない

2019-10-23

自由主義増田間違えすぎ問題

自由主義増田かい適当なこと書いてるやつが900user超えててビビるわ。

anond:20191016163058

anond:20191017201230

しか好意的な反応がほとんど。マジではてブの知性やばない?

Twitterでも消極的自由積極的自由についてさも前から知ってましたみたいな体で誤った知識を語りだすやつが増えてて笑える。

お前ら騙されすぎで本当不安になるよ。

*****

そもそも、今回の件は消極的自由積極的自由議論関係がない。

消極的自由というのはつまるところ自由権(=国家から自由)のことで、積極的自由社会権(=国家による自由)のことだ。ここはもう1回Wikipediaでも読んでくれ。

察しのいい方はこの言い替えだけで先のエントリ違和感に気づくかもしれない。

バーリン国家個人自由との関係を論じているのであって、個人間の自由が衝突しているのをどのように調整するかという議論である今回の件とは全く別問題

表現する自由」と「それを見たくない自由」は、どちらかを優先すればどちらかが損なわれるというトレードオフ関係性だ。

一方、自由主義増田が例示しているような「六本木から強制排除されない自由」と「六本木に住むための補助金を受ける自由」って別に衝突していないしトレードオフ関係じゃない。

強制移住させずに住む自由保証しても、補助金は出せるでしょ。実際出すかはともかく。

(というか、この例示も「消極的自由が優先される」という結論を印象づけるために恣意的に選ばれていて卑怯だよね。強制移住させられて居住の自由直接侵害されるような状況だと補助金重要じゃないのは当たり前。)

誤読マンが多いのも、自由主義増田国家個人自由なのか個人間の自由自由なのかを混同して意味分からんこと書いているから仕方がない。

*****

ちなみに、消極的自由積極的自由に優先されるのが現代自由主義の主流なんてことはなく、この点でも間違っている。

自由権社会権は両輪であり、一方を欠けば他方も真には達成されない。また、教育を受ける権利教育自由など、どちらにも峻別できない権利もあるし、環境権などのどちらの特色も持った新しい人権も出てきている。

こうしたことから現在では、この2つをある程度区別することに意義はあるが、厳格な峻別不可能だし両方重要だよねってのが一般的学説

バーリンの主張では、当初他者から強制干渉のみを消極的自由の欠如としていたが、貧困などの手段能力の欠如といった積極的自由の要素も含むことになった。こういう点でも当然批判も多い。

*****

自由主義増田の主張に従えば、献血ポスターが仮に適法的に作成されたヌードAVだって問題ないということになる。

なぜなら、今回の宇崎ちゃん表現者の自由とそれを見たくない人の自由と、より過激表現場合の、表現者の自由とそれを見たくない人の自由とに法益の差がないから。

「よほどの理由がない限り」消極的自由制限されない世界で、見ない自由子どもに見せない自由はよほどの理由じゃないらしいので、表現をより過激にしたところで条件は同じだ。

でも、実際のところそれでよしという人はおそらくほとんどいないだろう。

結局、国家による表現自由保証されている中で、どのような表現までならOKかというのは、市民の中で議論して線引きを決めていくしかない。

それが言論の自由市場要請でもある。

なお、私見を述べれば、今回のポスターは、場にふさわしくない程度に性的ではあるが、セクハラというほどではないと思うので、全く問題ないとも絶対にありえないという意見も持てない。

ポスターに反対しないという意味では自由主義増田と同じ立場だが、元増田のような健全な(=暴力的ではない)批判を誤った原則論封殺してしま自由主義増田は、むしろ悪貨であると言わざるを得ない。

2019-08-25

煽り運転に遭わないためのメモ

運転中に煽られたら、路肩に止めて110番、というのが最近あちこちに書かれている。

それに異を唱えるつもりはないが、そもそも煽られないようにした方が楽じゃね?という視点はいまいち少ないように思う。

そんなわけで、煽り歴0回、煽られ歴2回、イラっとした歴無数の増田が、

普段気を付けていることを書いてみたいと思う。

まぁ大体の人は実践してると思うけど、ペーパードライバーには役に立つかもしれない、と思って書いている。

他車の邪魔をしない

書いてみたいと言ったが、これがほぼ全てだ。

煽ってくるドライバーは大抵イライラしている。

何故イライラするか?そこに邪魔する奴がいるからだ。なので、そいつ邪魔しないことが第一となる。

肩身を狭くしながら走れ、と言われているようでムカッとするかもしれないが、

他車に配慮した運転をやろう、と書けばそうでもないのではないだろうか。ものは言いようである

余談だが、「マイペース運転すれば安全である」というのは、必ずしも正しくない。

マイペース運転するということは、言い換えると他車のことなんて知ったこっちゃないという運転からだ。

周囲の車に注意を払って運転した方が安全に決まっている。

では具体的にいってみよう。

1.右車線を走り続けない

左車線は遅い車、右車線は速い車が走る、というのが原則だ。

大抵速い車は右側からブイーンと抜かしにかかる。それが法律で認められているからだ。

そんなときに右側でタラタラ走っている自動車が居たらどう思うか?

「こいつ邪魔だ!」と思われるのである

法律を守って法定速度で走っているか大丈夫?いやいや、関係ない。邪魔かどうかが全てなのである

後続車の加速度合いがわからないのであれば、さっさと左車線に入った方が良い。

ミラーで見たら後続車と同じスピードで走っているか大丈夫

いや、お前が遅いかスピードを合わせざるを得ないだけかもしれない。

そもそもいつ後続車が来たのか、どれくらいのスピードで追いついてきたか確認しているか

そんなこともわからないようであれば、左車線だけ走っておいた方が無難である

高速道路煽り運転の原因の9割はこれだと思っている。

後ろから来た車に気付かない、というのは論外だと個人的には思う。

特に高速道路ではミラー確認を怠ってはいけない。

なお、高速道路で追い越し車線を走り続けると、法定速度は関係なく法律違反になる。

その点からも、慣れていないドライバーが右車線を走り続けるのはお勧めしない。

2.さっさと加速する

法定速度50km/hの道路では、大抵の車が50km/hもしくはそれ以上で動いている。

だがそんな車たちが止まるところがある。交差点である

止まるのは良い。が、その後の加速が遅いと後続車のイライラの原因となる。

法定速度50km/hの道路いつまでも40km/hで走っていると

「なんだこいつ?」と思われるのである

最終的に50km/hまで加速するのであれば、最初にグンとアクセルを踏んで50km/hまで加速した方が良い。

急加速は危険?いや、加速に伴う安全確認不十分が危険なのだ

安全確認はしっかりとやろう。そのうえでアクセルを踏むのである

燃費が悪い?燃費の話はしていない。

3.何もないところでブレーキを踏まない

大体のドライバーは、前の車だけ見て運転しているわけではない。前の前まで見て運転している。

前の前を見て大丈夫だと判断しているときに、前の車が変なタイミングブレーキをかけると

「なんだこいつ?」と思われるのである

メーターが法定速度を超えそうになった?後ろのドライバーにとってはそんなの知ったこっちゃない。

人を引きそうになった?そりゃブレーキを踏んでも仕方がない。

右折したくなった?ブレーキを踏む前にウィンカーを出せ。右折するならブレーキ踏むのはわかる。

スマホが鳴ったから出た?論外。

4.右左折車線変更の前には早めにウィンカーを出す

下手な運転とはどういうものか?

周囲に挙動不審な車だと思わせてしまうような運転は、間違いなく下手な運転だ。

自分がどう動きたいのかを早めに周囲に知らせれば、周囲はそれに合わせて運転できる。

右折したいときに先に右折ウィンカーを出していれば、後続車は左に寄って避けることもできる。

ブレーキを踏んで減速して、その後でウィンカーを出していると、

後続車もブレーキを踏んで減速するしかない。

「さっさと避けれたのに邪魔しやがってなんだこいつ」と思われるのである

ブレーキを踏む充分前に、ウィンカーを出すようにしよう。

5.道を譲りすぎない

道を走っていると、左右から合流してくる車があるだろう。

それらの車を自車の前に入れてあげることもあると思うが、やりすぎると自車側の流れが悪くなってしまう。

から1台入る分だけ、こちら側が1台遅くなってしまうのである

こちらが優先道路であるにもかかわらず、優先して走ることができない状況が続くと

「なんだこいつ?」と思われるのである

時間に余裕をもって運転すべき?そんな原則論はしていない。

煽ってくるドライバー時間の余裕などないのだ。

優先道路を走っているのなら、優先して走れば良いのだ。それで警察文句言われることはない。

6.法定速度を守っていれば安全、ではない

法定速度をかたくなに守ろうとする車がいる。それ自体は悪いことではない。

が、得てしてそういう車は安全かどうかをスピードだけで判断する傾向があるように思う。

速いと危ない、遅いと安全。その判断基準は間違っている。

とっさのトラブル対処できるかどうか、である

スピードメーターだけ気にして、田んぼの真ん中でブレーキランプを踏んだりしていると

「なんだこいつ?」と思われるのである

ただし近くにパトカーが止まっていると感謝されるのでこの限りではない。

法律を守るなというつもりはないが、個人的には速度より車間距離の方が断然重要だと思っている。

法律を守るなというつもりはない(2度目)。

7.運転下手アピールをしておく

どうしようもなく運転が下手なら、初心者マークを貼っておくのも悪くはないのではないかと思う。

「なんだこいつ?」と思われたときに、「あー初心者なら仕方ないか」と思ってくれる余地を残しておくのである

ただ、この辺は逆効果になりそうなところもあるので何とも言えない。

基本的には、1~6を守っておけば良いのではないだろうかと思う。

なお、免許を取って1年以上経ってたとしても、初心者マークを貼るのは法律違反ではないらしい。

法律が全てではない

ここまで書いた通り、法律を守っていれば煽られることはない、なんて言えない。

法律を忠実に守ろうとすればするほど、煽られる側に立ちやすくなることすらあるだろう。

法律安全に走るための道具である安全に走ることが目的なのだ

安全に走ることを第一に、法律を守ることを第二に、くらいで丁度良いと思う。私見だが。

法律を守るなというつもりはない(3度目)

高齢者は早めに免許返納を

高齢者はとっさの判断が遅くなるということもあるだろうけど、

周囲への配慮という意味でも問題が生じがちじゃないかと思っている。

もっと言えば周囲が見えなくなりがちなのだ

ありきたりではあるが、早めに返納できる環境であれば、返納した方が良いのではないかと思う。

それでも煽られるときは煽られる

いくら気をつけても基地外には遭遇するものである

こないだ東北道で若干渋滞してる時に車間距離を詰めてくるトラックを見かけたけど、

そんなもんいくら事前に注意を払ってもどうしようもない。

渋滞してる時にスピード出して逃げるとか車線を変えるなんて無理なのだ。そういう時はため息をつきながら距離を置いて見守るしかない。

個人的には、GPS付きのドライブレコーダー警察に提出したらシステマチック検挙してくれるシステムが欲しい。

誰か作ってくれないものか。

追記

そっかー、いまいちだったかー。

あおり運転とか危険運転対策ってあまりいから、需要あるかなーと思ったんだけどな。

2019-08-07

何故あいちトリエンナーレはここまで社会の関心を持つようになったのか?

報道や各種メディア個人が様々な媒体で伝えているこの事柄に対して、私個人のごく私的見解など、どうしようもない話の一部になるのだろうけれど、つらつら書いてみようと思う。

検閲

今回発生した問題検閲問題ではない。現在紙面やネットで騒いでいる検閲という問題は、当事者の手を離れた部外者による場外乱闘であった。扇情的な展示に対して、権力を扱う不用意な政治家が、自制せず権利侵害する発言を行ったことは大問題であるが、ここまでくるともはや展示云々ではなく、国家自治体による権利侵害(の実行又は脅迫)という、大事問題だが、別方向の問題として切り離して考えるべきで、後述する問題を覆い隠してしまうことになる。展示を取りやめたのは、大量の抗議や脅迫犯罪予告により、芸術祭にかかわる方々の安全を確保できなくなったという状況に陥り、該当展示の実行委員会(実行キュレーター)の同意なしで中止に至ったという顛末理解している。

税金使用したイベントについて

芸術市場が大きい欧米諸国に対し、日本国は元々芸術品の売買に対して諸国のような減税優遇措置をとっておらず、バブル期を除き、民間ギャラリーを経由した売買や、流通操作伝統工芸品を大型百貨店の展示場で、国内のみ通用する相場販売する程度であったが、バブル期90年代の大型公共投資連続からハード面での地域振興策資金コンプライアンスの両面で実行が不可能になった自治体における「少額で、短期間で既存インフラ活用でき負担が少なく、運が良ければ国際的知名度を上げることができる。」ツールとして、この10雨後の筍のように芸術祭が乱立する事態となった。そこでは、ノウハウのない自治体が、自称地域文化担い手である新聞社に丸投げ、そこからコネ採用された力のないキュレーターは、自身の貧弱なコネクションで囲い込んだ微妙作家しか呼べず、投下した税金の割に貧相な芸術祭になった場合自治体が運悪く山師に金を預けてしまい、多額の不適切支出泣き寝入りになった場合。など皆さんが思っている以上に税金使用したイベントにはトラブルが多い。税金が投入されるイベントは前提条件として・補助金申請等の手続煩雑・大小の自主規制や、地域ルールに縛られる・税金が原資なので、疲弊した財務状況の自治体では開催不能批判を招く場合がある。税金芸術より生活政策資金が回されるのは当然である所詮流行りの水物なのだが、皆さんが思っているより所謂コスパの良い地域振興策なのでなくならないだろう。

表現の自由

今回の問題では、アートと異なる展示がなされているという意見が多く出ているが、大きく表現の自由と括られる中でも、その自由の元に「どの媒体で」「どのような手段で」「どの程度の深度で」、成果物として表現しているかは人それぞれ、所属する社会により異なるという点。またアート政治と不可分であるが、極端な扇情アジ)を行わなくとも、その行為そもそも自由行使しなければ表現できない、自由平和な状況でなければ創作活動はできず、人の創造性を発揮できない点が大前提であり、自由の中で個々人が世界との関わりの中で何らかの美醜混じった真理を見つけ、それを昇華したのがアートとすると、今も表に出ない問題の一つ、表現の自由行使する媒体手段の衝突という背景が見えてくる。

新聞社や論壇を中心とするジャーナリズムは、文字を用い、抽象化している諸概念文章化し、権利自由を、守り、啓蒙し、扇情したりするわけだが、小説などと異なり「直感的に察する/察させる」機能は弱く、相手文字化、文脈という論理化してしまった問題に対し、「同意するか」「同意しないか」の二者択一を求めてしまう。そして問題となった展示は、実行委員会の多くが学者又はジャーナリズム出身という状況で、同じ表現の自由でも、性質が異なる表現を行ったことが原因にあり、一般市民が考える「アート」とイコールにならなかった。「これはアートではない」という声である表現はしているが、アートではないと。

ステートメント芸術、或いはキャプション芸術と呼ばれるもの

アーティストと名乗る作家にも問題がある、この「ステートメント芸術」と揶揄される表現は、業界に詳しくなれば詳しくなるほど根深く、呪いともいえる。

アートという行為物質/空間/映像/音楽意図が伝わるよう、意識特定ベクトルへ向けるよう誘導し、表現しなければならない所なのだが、その実力がない作家の中に、延々とそれらしい説明文を付けて意味づけする行為や、文脈という補助要素を主要素に持って来て、実態だけを見ても理解不能となる。そのような作家は大体退場していくのだが、言葉が主戦場ジャーナリズム界隈と親和性が高いので、変な形で融合してしまうことがある。

文脈を追うのが現代アートだ」という解釈誕生である。一面では事実だが、全てではない。

ビジネス世界でこの行為を言い換えた表現としては「ストーリー」という言葉がある、そしてこれを最大限活用した米国企業セラノスの末路は多くの人を巻き込み凄惨ものであった。

・何が問題だったのか

監督芸術キュレーター経験がなく、自身の分野であるジャーナリズム文脈解釈した表現を、芸術祭ねじ込んだ為、酷く食傷を起こしてしまった。

食傷を起こしてしまった後の対応が、構造理解している人の不足で収まっていない。

食傷を起こした理由は長々と書いた。経緯として自分たち表現の自由最前線で、他の作家は何も考えていない。ように捉えられてしまキュレーション自由世界におけるジャーナリズム優越性)をしてしまったのが原因にあると考える。結果、津田氏がFM番組発言したように「自分一人ならナイフで刺されてもいい覚悟だが、関係のない人を闘争に巻き込んでしまった」という発言につながっている。

表現自由であるから闘争を持ち込むなとは言えないが、徹底的なゾーニングと仕掛(言語化できている主張表現に容易にアクセスできる導線を作る)ことが必要であった。言語化できている(と思われる)主張表現に対して、実態が追い付いていなかったのではないだろうか。

不特定多数威圧行為は、少数で行う創作活動にとって凶悪暴力であり、過去も多々あり、これからもなくならない。すべての事柄に寛容な社会など来ないし、永遠に付き合わなければならない。

②をわざわざ書いたのが、今回の騒動で最も被害を受けている、他の参加作家に対して謝罪対策を行っているのかよくわからない状況だからである

・誰が最も被害を受けたのか

昨日声明文を出さざる得ない状況に追い込まれた、他の参加作家である。それぞれの表現を深化させて今日を迎えているが、キュレーターバランスを取らず、独自プレイヤーとして創作活動我田引水した結果。必要のない状況で、自身作品を見てもらうという重要事柄を達成されないまま原理原則論確認や主張を行わされたのは、イベント主催者として責任が重大である表現の自由大事だと言うに決まっている。また、作品撤収せざる得ない状況に追い込まれ海外から参加者に対して、展示機会を奪った結果になった事も忘れてならない。マスコミが何をキーヴィジュアルとして記事にするか理解して、扇情的人形を配置しているのは明白で、記事を見た輩が抵抗/抗議を通り越して、挑発解釈してしまった訳である撤収した2人は、必要のない場面で・積極的日本側の行為に抗議を行う・無視した場合自国内で起きている扇情的民族主義の標的になることを避ける。2者択一判断に迫られた。

昨日声明に協賛したのは参加作家全員でないだろう、検閲を受けたわけでもない、こういうキュレーターミスによる騒動に対してのスタンス作家ごとに異なるのは当然である

・なぜここまで注目が集まったのか

芸術本質的生活必需品とは言えない。生活環境が改善し、可処分所得余暇がある状況下で初めて人は関心を持つようになる。今の日本問題は起きているが、ネットで百家争鳴する位この国は文化的に成熟しており、得体の知らない世界に関わりを持ちたい気持になったのは素晴らしいと思う。物事の全ては飛び込んでこそ妙が分かる。威圧脅迫はださく醜悪である。そしてアートはこんな長文も飛び越えて一瞬であなた感性に突き刺さる力を持っている。

2019-05-26

anond:20190526220211

安全ピンがかい

原則論を述べれば、現行犯逮捕して警察に突き出す以外のやり方は認めるわけにはいかない。

ただ、仮に安全ピンを痴漢に突き刺せたとして、それで痴漢が引っ込み被害者が満足出来るならまぁあり得なくはないかな?

でも痴漢の手を狙って冷静にピンで突く事が出来るなら、捕まえるなりその場では捕まえられなくてもマーキングするなり出来ないのかなと思ってしまうな。

その場のちょっとした罰で済ませようとするのは、長い目で見れば痴漢特になるだけだと思うな。

2019-04-18

anond:20190418225721

お題目を鍵括弧で括ってる意味理解できてないのも戦略の話に原則論で返してるのも普通に頭悪い、無能な味方か

anond:20190418224756

フェミは「女・子供達の為」に「エロ表現ゾーニングor規制」を求める

これが全くの偽りじゃん。

自分のため」でしかない。

子供の為というなら証明できるはずだ。

それも出来ず、基準根拠もなく人権無視して喚くそれこそが「エゴイスティック反社会的意見」。

エロ表現を垂れ流す自由」?違うね。ただの基本的人権だ。

てかさ、お気持ち大事に」というなら、オタク表現者、流通関係者お気持ち大事しろよ。

自分らのお気持ちだけ押し付け相手お気持ち殺そうとしてるのに、なんで自分らの方だけ尊重されると思ってるの?

感情的反論」?バカ言っちゃいけない。こちらは基本的人権に則った原則論で充分なのだ


表現自由戦士達にできることは徹底して世間の目につかない場所に引きこもること

本屋コンビニや街のポスターなどの公共空間に「萌え」を出さないことだ

表現自由自殺ですね。「戦って」ない。お断りします

オタクには隠れる理由規制される理由もない。

基本的人権を自ら捨てたりしない。

嫌なら見るな

2019-04-11

女性専用文句言うなら男性専用を作れよ。女は反対しないよ」

って言われても、トイレ風呂ならともかく娯楽施設性別隔離するのは間違ってるという話なので。

女性お断り飲み屋あるじゃん? と言われても、その飲み屋も間違ってるとしか言いようがない。そんな業態差別是正するか、さもなくば潰されるべきだ。

民間企業からそういうルールがあってもいいとか言ってる人がいるけど、正気か? じゃあ外国人お断りもオッケーだし総合職女性採用しなくてもオッケーだな。民業自由だもんな。(※)

土俵女人禁制も間違ってると思うし大峰山に登った女性も支持するけど、同じ理屈女性専用車両や男性お断りプリクラおかしいやろって言ってるだけ。

インテリア女性の好みそうなもの統一されていて、商品女性向けのものしか置いておらず、そのためほとんど男性客が入店せず、実質的女性専用になってる店なら別に何も言わない。

(逆もまた然り。いつもおっさん煙草ふかしてて脂っこい食い物しか置いてない店が、女性客に避けられた結果として実質的男性専用になっているのは差別ではない。でも女性お断りというルールを定めたら差別

理念的には差別だけど現実性犯罪が多いし警備員をたくさん雇うとかも難しいから現時点では仕方なく差別を選んでいる、将来的にこんな差別必要なくなることを願っている、という言い分なら聞かないこともないけど、これは差別ではない、と言われたら原理原則論で答えますよ。それは差別だ、差別はよくない、差別撤廃されるべきだ、って。

(※) 旅館業法とか男女雇用機会均等法とかの存在は当然知ってます。ここでは合法違法かではなく道徳的原則として許されるか許されないかという話をしている。民間企業から男性お断り道徳的に許されるというなら、民間企業である以上男性のみを総合職採用することも別に道義的には間違ってはおらず、それを規制している法律おかしい、という結論になるよね? もちろん実際には、雇用における女性差別はたとえ民間企業であろうとも道徳的に許されるべきではないので、差別を禁じている男女雇用機会均等法道徳的に正しいのだけれど。

2019-03-11

anond:20190310214530

やり取りをみてて、ひとつ思ったこと。

表現の自由を守りたいという意見は、それを原則論として語りつつも、背後にある危機感はなんだろう。

ようするに、「快不快」によって表現流通が左右される社会が是か否か、ということが動機のように思えた。

そうであれば、すごくよくわかる。いや、わかるというのは、同意しているわけじゃなくて、なるほどな、だから日本表現の自由ってふわっとしてるんだなということ。

振り返ってみる。

日本表現規制の有り様は、戦前エロ・グロ・ナンセンス発禁にあるように、当局国民の大多数が不快と思うであろう「不健全」で「公序良俗」に反する表現対象としてきた。

そう、「健全」これこそがキーワードなんだな。たぶんね。

まり、割り切った言い方をすれば「健全」と戦っているのが表現の自由戦士だというふうに思える。

でも、ひとたび、「表現の自由」の思想的な出発点をヨーロッパアメリカ歴史から振り返ってみると、戦士動機づけとしてはあまりにも心もとない。

表現の自由とひとことでいっても、思想的な背景は、それぞれ背負っている歴史が異なる。

ここで、それを動機づけという視点比較してみる。

例えば、アメリカ合衆国。日本憲法がお手本とした国だ。

この国の憲法憲法判例が示してきた表現の自由は、ヨーロッパのそれとはかなり異なる。

17世紀にアメリカ最初に渡ったピルグリムファーザーズの世代特に、当時のヨーロッパプロテスタントに対する不寛容被害者であった。

メイフラワー号の協約に象徴されるように、お互いに異なるFaith信条)を持つ者同士が、どちらが正しいとして糾弾することなく、社会を構築しようという、社会多様性の確保が原点だ。

1970年代には、ヘイトスピーチを巡ってさまざまな紛争連邦最高裁まであがり、不協和音こそ社会の強さとまで判決意見で述べているものがある。

当時の裁判官のたとえを援用すれば、空気浄化しようとするやつが社会の敵なのだ

人間は不完全なのだから、正しいものなど、最初から先験的に決められない。ということから、この国では、思想の自由市場などという言い方も生まれてくる。

一方、大陸でも、表現の自由は大切な価値とされている。

しかし、他方で伝統的な価値観や習慣もそれなりに強い。いやかなり強い。

そういう土地柄では、動機づけとして、多様性の確保というのは、正直、あまりピンとこない。

しろ、彼らの原点は、教会から弾圧された経験であり、その反動としての「神を冒涜する権利」だ。

伝統的にカトリック教徒でありながらアンチクライストを叫ぶ、そんな権利を求めている。

とくにフランスでは、公共空間設計するにあたり、真理の判断権を持つかのように振る舞う教会がとてもまずい存在だった。

権力をふるいたがる教会に口出しをさせないことが重要テーマだった。

それゆえ、その解決のため、一方では、表現の自由というコンセプトで権利宣言し、他方で、政教分離という原則確立して、公共空間設計のための理論武装をしていく。

からイスラムスカーフ公立学校から排除しようとしたりする動きが起きるし、

ひとたびムスリムの神を冒涜するような表現したことで、襲撃を受けたりすると、社会は「涜神の権利はいずこに」とがぜん盛り上がるわけだ。



アメリカにしても、フランスにしても、それぞれ動機づけは異なるものの、表現の自由を守ろうとする信念というか確信の力は、

極めて強い。テロがあったり、社会情勢の変化で揺れ動いたりするものの、いざ事が最高裁までいくと、

じゃあ、国づくりの原点に戻ろうじゃないかという話になって、17世紀の悲惨経験が思い出として蘇ってくる。

その動機づけの強さにこそ、新大陸にしても、旧大陸にしても、表現の自由を将来に渡って確保しようとするエネルギー再生産があり、いわば持続性がある。



翻って、日本

健全なるものとの戦い、かぁ。うーん。

不快のような勝手基準で決めつけられたくはないよね、誰しも。

でも動機づけとして、やっぱり弱いんだよね。

ここで、仮に、日本は、アメリカ式の表現の自由を真似っ子しているのだ、としようか。

でも、日本社会は、アメリカほどには、多様性を求めてないでしょ。むしろ移民なんか大嫌いでしょ。

多様な意見なんか、どの組織でも出てこないでしょ。会議でも右に習えでしょ。

普段から多様性を確保しようというマインドベースにあって成り立っている社会とは全く違う。

そんな社会では、エロい表現ときだけ急に表現の自由だのと盛り上がるのは、歯が浮くような思いがする。

公共空間におけるエッチものの取扱なんて、はっきりいって、社会合意していればどっちだっていい。

じゃあ今度は、大陸が17世紀に経験した熾烈なコンフェッショナリズム、この思想的な背景を

表現の自由として日本憲法が参照している、と仮に想像してみる。

この場合仮想敵は、いってみれば、国家神道ファシズムかな。

(*ところで大河ドラマの「いだてん」って、健康ファシズム視点でみると面白いらしいね。みてないけど)

「国によって右へならえを強制され続けた結果、自分たち戦争に動員されてひどい目にあった思い出」とでもいうべき動機づけは

定期的に思い出す機会があるかぎりは、ある程度は持続的たりうるのかもしれない。

でも、第二次世界大戦を思い起こしてみると、国民国家キャンペーンに煽られて動員させられる、というのは、

なにも敗戦国ドイツ日本に限った話じゃないし、アメリカ含め、あちこちの国でウイルスのようにファシズム蔓延しかけていたのが現実

またファシズムコントロールできた国もない。その意味で、真の意味ファシズムに抗し切った国はないように思う。

表現の自由っていったところで、自然の摂理かのように、神がバランスをとってくれるわけじゃないんだよね。

流されるときは、人は流されちゃう。常在菌みたいなもの

そうすると、いざ日本にとって対外的な脅威(例えばアジアの隣あたりの国らへん)が増せば、

表現の自由なんか、どうでもよくなっちゃう程度のものなんじゃないか

他国の脅威に比べればファシズムのほうがマシだろ!みたいな。

このあたりの感覚は、動機づけとしては重要なんだけど、日本場合ちゃん思想として、自分たち言葉自分たちを守る武器として昇華してないんだよね。

敗戦で混乱していた時期にすかさず、日本憲法戦勝国からもらった、というところで思考停止になった、という面はあるかもしれない。

もらったもので、とりあえず勉強して運用してみよう、という時期が最初はあってもいいかもしれない。

でも、戦後30年、40年、とりいそぎ運用していたものが定着していく、という過程

例えば「思想の自由市場」ってよくよく考えてみると、日本社会では、あまりピンと来なくね?みたいな気づきがあっても良かった。正直、「思想の自由市場」って日本社会じゃ、なんの役にも立たない理屈だと思うんだよね最近

また、フランス公立学校でのムスリムスカーフ論争。大方の日本人は、何あれ?状態。背景となる歴史が違うんだから

歴史を知らないと理解できるはずがない。

それを知らずに無理やり、政教分離って憲法に書いてあることを適用しようとしてきて、実は消化不良を起こしているんだけど、

日本人は雑食なもんでなんとかなっちゃうという。。。

そういうことがよくわかったという話。

2019-02-11

anond:20190211164241

逆だ逆、「行為社会的に認められるから価値がある」んじゃなくて、「社会的価値があるから行為が認められる」の

犯人不明落書きでもアートとしての価値があれば許されるし、なんなら保存しようという奴も出てくるのって、つまりはそういうことでしょ

その辺の迷惑落書きとは、ただ価値が認められているかいないかの違いしかない

そして価値のあるものにだけはだんまりしておいて、無価値ものに対しては「迷惑から」という原則論を振りかざす

落書きに限らず万事同じ

2019-01-10

原則論としてはトランス女性を女湯に受け入れないのは明確な排除にして差別じゃないか

自認としての性と肉体機能の性の齟齬どうすんのってのはこれまでの運用で浮き上がってきた問題であり

まだこれだという結論社会合意としては出ていないが

それまで現状維持のほったらかしでいいというものでもなかろうし

恐怖のために排除差別を続けます!ってのも一つの態度ではあろうけどそれならそれで明確に差別主義者の顔をしようず

2018-11-15

anond:20181115205658

いや、「萌え絵規制すべき!」って意見に対して「表現の自由憲法保証されている」とか「萌え絵規制する法的根拠はない」とか、ある種の原則論に終始してるのが気になって。

2018-10-25

anond:20181025132327

擁護したいとかじゃなくて、「バカだろうがなんだろうが国家国民を助けるべき」という原則論だろ。

2018-10-07

anond:20181007022312

会社の儲けすべてが労働者に支払われるわけではないってのは現実として仕方ないし、

資本主義社会においては、適切な雇用者としての義務果たしているのなら

無理やり強奪だとかそういうことと同列視までされるいわれはないと思うけど。

義務果たしていないやつが多いという話にはなるんだろうけど、原則論としては。

2018-09-09

けものフレンズ二次的著作物

https://anond.hatelabo.jp/20180908185845

 

 

 要約 『そうじゃなくて、KFP本体が、たつき3Dモデルの買い取りを忘れててヤオヨロズにも二次著作権が発生しているんだろ。』

 

 

私は 著作権アニメ制作でも完全に素人なので、一種妄想だと思って読み流しと欲しいが。

 この話題、あまりにも原則論公開情報から乖離が激しいので 素人ながら前2点を重視して情報を整理する

 

1,二次著作物ってのは、原作があって、そこから派生した著作物

 けもフレで言うと吉崎先生イラスト原著作(原著作権はKFP)。たつきアニメけものフレンズ本編と その3Dモデル二次著作物

2,二次著作物に対して原著作物の著作権者(KFP)は二次著作物著作者(ヤオヨロズ)が有するものと同一の種類の権利を有する。

 (たつきけもフレ本編+3Dモデルに対してKFPはヤオヨロズが有するものと同一の種類の権利を有する。)

3,二次著作物の利用には『両者』の合意必要

 (たつきけもフレ本編+3Dモデルの利用にはKFPとヤオヨロズ合意必要。どちらかだけの決定では利用出来ない。)

 

 

4,商業アニメなので当然 たつきけもフレ本編映像二次著作権はKFPが買い取っている。(でないと商業展開出来ない。)

5,しかし……、KFPは3Dモデル二次著作権も買い取る契約にしていたのか?……

 

 

 『普通』ならば、それも買い取る契約にしている筈だが。『忘れて』いそうな理由として

a,そもそもが超低予算アニメ

b,原著作権は自分達(KFP)が持っている。ヤオヨロズ(二次著作権者)だけで勝手に利用する事は そもそも出来ない。

c,原著作物である吉崎先生イラスト自分達(KFP)が持っている。

 たつき3Dモデルは、お世辞にもリッチとは言えない。(当初)商業価値は低いとしか思えない。

 自分達(KFP)なら類似派生物さえ何時でも作る事が出来る。

 

D,騒動以後、たつき3Dモデルが利用されていない。

 (3Dモデル著作権まで買い上げているのなら、既に人気のあるモノを利用しない手は無く。そもそも騒動にさえならない。)

e,福原pが関連スマホゲームリリースに際し「自社の著作物であると明言している。

 

 

 以上の事から私は

『KFP本体が油断したため、たつき3Dモデルの買い取り契約を忘れててヤオヨロズにも二次著作権が発生しちゃってる。』

 二次著作物の利用には[全著作権者]の合意必要な為、

1つの[契約ミス]から たつきけもフレに関しては、ヤオヨロズが イキナリKFPと[同等の権利]を持ってしまったが為に

パワーバランス崩壊企画暗礁に乗り上げていると、妄想している。

 

 

 著作権って素人が感じてる以上に【絶対的権限なのよねー。

とは言え、コレってゼニの話なので解決不可能では無いと好意的に考えている。

 馴れ合い と 仲良し は別物って事よねー。

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