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はてなキーワード: 妙味とは

2022-05-23

anond:20220522163908

ラテン語古代ギリシャ語・サンスクリット語のうち、最低どれか1つは読めるようになった方が良いとは思う。

少し前に、ギリシア詞華集に出てくる女性詩人ヒロインにしたマンガが一部で流行って、それで古典ギリシャ語に手を出した人が相当数いたみたいだが、何らかのきっかけでこういう古典言語に入ると広い世界が拡がってる。

それはともかく、たとえばHaskell勉強して遅延評価関数型言語妙味を知り、Rustを勉強してメモリ管理の大変さを知り、Go勉強してCSP代数面白さを再認識する、などの知的好奇心を満足させる意味で、各言語の特徴を把握した上で勉強するのはすごく楽しいんじゃないだろうか。

さらバックグラウンドとして、簡単でも良いので半導体ゲートと同期回路がどうCPUメモリを作り出していったか、を知ると、よりこれらの「プログラミング言語」というもの妙味を味わえるだろう。

金を儲けたければ、浅く広く勉強した上で、どれか1つの言語に絞って、深く、深く、ライブラリと同じ機能は自前で用意できる程度まで深められたなら、おそらく食いっぱぐれはない。

2022-04-17

anond:20220417230821

ワンクッション置くところに、妙味を出しているのもポイント高いよな

anond:20220416223738

俺が書こうとしたネタを先に書いてるとは流石だな

ニコちゃん大魔王ネタは、障害者マイノリティ表現するネタ極北を先にやってるっぽいのが妙味

2022-04-10

レクサス 新型NXを購入した話。

 ちょうど車の買い換えの時期が来るな、と意識したのが令和3年の8月。何かと維持費がかかる某輸入車精神衛生上よろしくなく、たまたまティザー広告が目に付いたNXに乗り換えた。今回が初めてのレクサスである最近半導体不足やプーちゃん大暴れにより随分と納車は遅れたが、先日なんとかうちのNXは納車された。しかし、現状としてもっと長くかかる方が多いようである

 

 

 自身SNSアカウントであれこれ書いてもいいんだけど、何かとNXについて発信する車好きのアカウントは変な人が多い、というか、レクサスファンに変な人が多い。既に納車された層も変な偏りがある印象で、普通人間によるものとみられるレビューが少ない。絡まれたくないし、言いっぱなしにしたいこともあり、匿名ダイアリーに記すことにした。正直に言えば、せっかく新車を買ってウキウキしているので何か言いたいだけだし、こうやって何か書く私も彼らと実際変わらない。

  

 ただでさえまとまりに欠けるので、いくつかの項目に分けて記載したい。なお、納車3週間目の感想である。長期はわからん

 

 これから購入を検討される方が知りたいであろうオプションに関することは後半に記載するのでスキップを推奨する。

 

 購入グレードはNX350h AWD Ver.Lである。なお、特定を避けるためボディカラー記載は避ける。

デザイン

 

 もともと個人的に見た目は欧州趣味なのだが、今回のNXは十分に食指が動いた。先行受注のため実車を見ずに広告カタログのみで評価して購入したのだが、国産車ありがちなガチャガチャ感(例えば、トヨタならどこかのプリウスからヤンキー顔、ホンダなら少し前のガンダム顔)が和らぎ、詰め込まれる要素の数が小さくなったことにまず驚いた。先代のNXヘッドライトの下の「隈取り」的なウインカーが頗る嫌いであの(クソダサいアヴァンギャルドから見向きもしなかった。あれを欲しいと思ったことは今も含めてない。今回もフロントグリルは過剰なインパクトがあるが、ヘッドライト内にだいたいの光る物は収まり眺めたとき視線が散らず落ち着いた印象になった。また、線よりは面の構成が主になったことでゴロンとした、金属の塊から削り出されたような存在感のあるデザインに変化した。スピンドルグリルは残ったが、アイコンとしての機能は十分で、全体的に「良い取捨選択がなされたな」と思った。車の印象というものはボディカラーによって大きく変化するので納車されるまでは不安が大きかったが、初見でそれは吹き飛んだ。ちゃんとかっこいいのである。なお、ここまで書いたらおわかりかもしれないが、グリルの加飾が好きではなくそれだけの理由でFスポは避けた。NAVI-AVSパフォーマンスダンパーは魅力的であったが、本当にただそれだけの理由で見送った。見た目は大事

 

 

内装

 

 やたらとデカいナビ画面が最初に目に付くが、それ以外は概ねシンプル構成になっている。以前のモデルアナログ時計や様々な加飾があったようだが、必要ものに目がいくような、チラチラ余計なものが見えず実用の上で快適だ。契約前にディーラーで現行RXと初代NXを見たが、現行RX居住空間の余裕からラグジュアリーで加飾が多くとも伸びやかな印象で違和感がなかったが、NXでは少し小さくなるだけでゴチャゴチャして狭さを感じていたので、なんとなく「広くなったな」という印象である。TAZUNAコンセプトとして必要ものにすぐ手が届くように設計されているとのことで、確かに必要スイッチ類にはすぐに手が届いてそれも快適である構成もさることながら、リアルフェイク織り交ぜた全体としてのレザーの品質やその他部品工作精度など、全体的な製品としてのクオリティも高く「なんかいもの買ったな」と素直に思える仕上がりになっている。世間で実写をまだ見かけることが少ないのでわかりにくいが、カタログ写真よりも圧倒的に実物の印象が良いことは特筆しておきたい。

 

 

運動性能・燃費など

 

 そもそも、そんなに車の性能について詳しくないことを事前にお断りしたい。Ver.Lは標準のサスペンションモードエコノーマルスポーツに限られるが、そもそも私はスポーツ走行がわからないので十分である。前者はディーゼルターボで小型のわりに強大なトルクを発生する仕様であったために、単純に街乗りでは頗る速かった。信号が青になったときなんか、油断するとドカーンである。それと比して随分と「ジェントル」になったのだが、静かで振動が少なく、発進時はモーターの比率が高いので、遅いとか、重たいとかと感じることはまずない。ハンドリングを含めて車の挙動としてはスッスと動くので気兼ねなく車を流すのには快適だ。ある程度の余裕を以て機敏に動く印象で、峠を限界まで攻めるとかサーキットを走るとかで無い限りは全く問題にならないだろう、というか、そんなことはしたことがないのでわからない。また、見た目よりも車重が軽い印象で、剛性の高さも動かしたらすぐにわかる。私は車について素人なのだが、素人が動かす街乗りの車で言えば最強なのではないかと思わせてくれる感がある。車の素性がいいとはこういうことなんだろうなと思う。

 燃費については先代程度だろうなと思っていたが、8km程度の渋滞を含めた通勤路で14km/L、信号渋滞の少ない郊外路では20km/Lにも到達するので想像以上に良かった。また、走行データ確認すると、60-70%はEV走行しているそうだ。ラバーバンドフィールはごくわずかにないこともないが、注意を向けなければアクセルの反応は良好だし、ハイブリッドカーも以前とは比べものにならないくら進化したと思うし、ハイブリッドからこそ得られる走行妙味もある。主にエコモードで動かしているが、燃費優先というわけではなく、回生ブレーキ挙動や速度コントロールが非常に楽なので積極的にそうしている。特に説明書などに記載はないが、GPS地図情報から法定速度情報を得たり、ITSで他車の速度情報を得たりしてコントロール干渉している気はする。実際は不明だが、そんなに運転中はゴリゴリ感覚を研ぎ澄ませているわけではないので、なにかと気を抜けて(抜くな)ありがたい。なお、なんとなくウェイウェイしたいときノーマルにするし、めっちゃウェイウェイブーンしたいときにはスポーツにしている。そうするとだいたい気分に合う走りになってくれる。

 今回は個人的に初めてAWD設定にしたのだが、普段はわからないが、大雨の中で高速入り口カーブが続くなかで加速を行うシチュエーションで圧倒的な接地感を感じた時にはうっかり爆笑した。「なんだこれ、全然滑らねぇ。」と。むしろこれまでのFF車が低μ路でいかに浮くように滑っていたか、を思い知らされることになった。とても安心感がだが、これが新型NXからいいのか、AWDからいいのかどうかは私にはわからない。だが、AWDにして良かったと既に満足している。

 

 

#静粛性

 

 前車と比して随分と静かになった。ディーゼルと比べたら当たり前なのだが、ただ、それ以上に風切り音や外音の遮断がよく効いていてふと窓やルーフを開けたときに「外こんなにうるさかったの?」と驚くことが多い。極端な遮音がなされると自身の体内から発生する音が気になったり、どことな不安になる感覚経験したことがあるが、絶妙不快な音だけをフィルタリングしているかのようで自然かつ快適である。また、若干のエンジン音やモーター音は入るようになっているが、それがないと車の動きが把握出来なくなって個人的には不安になるので丁度いい。もしかしたら、音というよりはハンドルアクセルペダルから伝わる振動からよく把握できるという方が正確かもしれない。この点はパフォーマンスダンパーが入ったりすると少し違ったりするだろうか。乗り比べる機会がなかなか無いのは残念だ。

 

 

運転支援装備について

 

 今回は外付けドライブ以外の実質フルオプションとしたので走行支援に関する装備も全て装着している。新世レクサスとして特盛になっているので全てに対して記載をするとキリがないし、良いと思った機能について記載する。まず、街乗りのシチュエーションではプロアクティブドライビングアシストPDA)は意外によく働く。先行車の車速などを関知して車速を調整したり、車線からの逸脱を防いだりなど、注意がふと切れるタイミング作動してくれる印象だ。初期設定では過剰な介入を感じたので設定から「遅め」を選択しているが、慣れれば程よいと感じる程度になった。

 今回の目玉装備であるアドバンスパーキングだが、期待せず面白そうだからという呑気な気持ちで導入したが、意外に使える仕様になっている。正確な画像認識のため駐めたい場所の周辺に近付いたら可能な限り徐行する、車が十分に動けるスペースを確保して周辺に柱などの障害物がないことを確認するといった多少のコツさえ身につければバシッと綺麗に駐車してくれる。そりゃ自分で入れたほうが速いのだが、自分であくせくとハンドル切り返しシフトチェンジする必要がないので気持ちは楽である。一部から怒られるかもしれないが、最近は駐車をNXに任せている間に降車の準備としてマスクを装着していることが多い。また、リモートパークも入れたら出られない駐車場使用したが、さすがに不安だったもののきちんと駐車してくれた。どちらかと言えば駐車している間に隣の車両が変な幅寄せをしてきたときに乗り込むために車をスペースから出す目的で使うシチュエーションが多そうだと思った。

 高速道路ではオートクルーズコントロールとレーントレーシングアシストでほぼ走ることにはなるが、基本的機能として問題なく軽くハンドルの一部を握っているだけで作動してくれるので感覚的には自動運転に近い。また、レーンチェンジアシストオプションで装備しているが、ウインカー一定時間保持することで周囲を認識自動車線変更してくれる。ただ、3-4秒かけてじわぁ...と車線変更するので横向きのGが発生しにくいので主たる同乗者である妻には好評だが、若干じれったく、この間に道路状況が変わらないか少々不安にもなる。そのために急な障害物や割り込みなどに対して車線変更による回避への対応もできないのでそこからLTAが作動している状況で車線変更しようとすると車が抵抗するし、その後に「もしかしてぼんやりしてますか」とナビに煽られるのは少しイラッとする。自身車線変更する際にはLTAを切る癖をこれからつけなくてはならないだろう。ただ、ネガティブな点はそれくらいで総じてよくできており、未来が来たなぁ、と感じた。

 

 

コネテッドカーとしての魅力

 

 今回のNXに限らないんだろうけど、車自体モバイルネットワーク接続できるのって使ってみると相当に便利。離れてても車の施錠などの状況が確認できたりエアコンを事前に動かしたりすることもできる。地味に楽しいのがマイカーログで、運転経路や燃費なんかも確認できる。これまでは車で直接ナビをいじってみることはできたけど、面倒くさくて見ることは正直なかった。これならどこでも手元で確認できるのはお手軽でついつい見ちゃう。あと、これはいいなと思ったのは事前にスマホで経由地や目的地を設定して車に送っておける機能。車に乗ってからナビ設定するのって時間がかかるしすぐに車出さなきゃならない時とかにうんざりするけど、例えば出先のお店で食事を摂りながら次はどこに行って...みたいな話をしながら入力して、あとは車に乗り込むだけというのは実際に使ってみると実に心地良い。ちなみにまだオーナーデスクにお世話になったことはないのでそのうち使ってみたい。

 

 

オプション装備について

 

 運転支援については記載した通りなので、パノラマルーフプレミアムオーディオマークレビンソンについて。パノラマルーフはツートン調になることに若干の抵抗があり、特に必要性も感じなかったが換気やリセール意識した際の人気オプションである説明され導入した。実際には「開けると楽しい気持ちになる」程度であるが、朝の日差しが心地よい時や、ふと信号待ちで天井からの町並みを見上げた時には良い開放感があって装着してよかったなと思える。

 ちょっとだけオーディオ趣味なのもあってマークレビンソンの装着はあまり迷わなかった。自分オーディオ装置を選定するととんでもない手間と金銭がかかることは目に見えていたので、お手軽にメーカー純正オーディオシステム最初から入ってること自体が魅力的だった。納車まで試聴する機会はなかったのだが、カーオーディオに詳しくはないもの20万円程度のオーディオシステムとしては十分良いレベルを確保していた。具体的には解像度や定位感が良好でノイズレスダイナミクス表現にも優れており小さい音量の楽器までしっかりと表現する「普通に良い音」だった。過剰なサラウンドや低音をブーストするような安っぽい演出ではなく、どこの座席に座っても2chオーディオらしく自然に聴けるというのは実はそんなに簡単な事ではない。とてもよく練られたDSPが入っていると思う。音量を上げた時にありがちな内装共振は抑えられてる印象で、キックドラムや超低域のシンセベースフレーズでもスピード感があって無駄残響がなくキレがいい。難点があるとすれば、ピュアオーディオ的な良い音の作り方でもあるので音源に左右されがちなこと。当初はiPhoneからBT接続にしていたんだけど、有線でのApplCarPlayや、妻のXperiaでのLDAC接続では歴然とした差があったし、録音自体が良質なものは心地よいけど、そうでないものは荒が目立って気になってしまう。聴くものを選ぶようにはなってしまうけど、それはオーディオ世界では普通のことだと思うので「スピーカー自体に金をかけたことがある」層のためのオプションなのかもしれない。ただ、この音を自分であれこれ買って再現しようと思ったら3倍出しても得られない可能性はあるし、ある意味コスパには優れているし私個人では大満足で、これ以上はいらないと思ってる。キリがないから。

ネガティブポイント

 完璧な車なんてないと思ってるけどネガティブポイントは新型車なのもあってないことはない。例えば、ナビの音声認識。初期設定ではヘイレクサスで起動してあれこれ操作やナビ設定ができたりするんだけど、エアコンルーフ、窓の操作はだいたい失敗する。AlexaGoogle Assistantほど賢くもなく、反応も最近音声認識端末で経験するよりは圧倒的に遅い。なんとか使えるのは目的地設定でこれはわりと精度高くできるんだけど、まぁ時間かかるのでオーナーデスクに繋いだ方が早く設定できる可能性すらある。いや、どうせならそっち使えばいいんだけど、人間の手を直接煩わせるのに若干の抵抗があるのでナビ側でなんとかならないかなと。

 あと、エアコンやナビの地図を動かしたりという場面でナビは見やすい高い位置にあって、更に巨大なので意外に操作していると手が疲れる。リモートパッドが評判悪かったみたいで廃止されたようだけど、あっちの方が楽だとも思う。見やすさや表示範囲は圧倒的に良いのでもっと音声操作スムーズで高精度だと手を伸ばさなくとも使えて本来開発者意図した形になるのではないか。あと、再生中の楽曲情報については小さい窓でいいので地図と同時に表示できたらいいのになと思う。

 あと、デジタルキー。実は初期登録がうまくいかず、使用できていない。ただ、使う状況もいまのところないのでそのままにしてる。もうこのままでいいと思ってるくらいにどうでもいい機能だったのかもしれない。うちは運転するのが私ひとりなので共有する相手もいないからこれでいいんだけど。まぁ、いらなかったな。

 

 

 

#総じて

 イマイチな面もあるが車の素性が大変良いので吹き飛んでしまう、というのは素直な感想。なんだかんだ走らせてナンボなので現状では大変満足している。内装においてはこれまでのレクサスと比してスイッチが多い高級感とかアナログ時計とかの特徴は廃されたけど、要素を絞って現代的でシンプルに徹した品の良さは所有していると好ましく思えてくる。ただ、こう書くと北欧テイストなのかと思われそうだけど、そんなにデザインコンシャスなわけでもなく、日本的な割り切り方や合理性をうまく良い形に落とし込んだ、という感じです。まぁ、前車はボ○ボだったんだけど、正直なところ内外装はボ○ボのほうが好きだった。あれは良すぎるんですわ。でもNXはこれでいいんですよ。マイナー輸入車のあれこれに正直なところ懲りた僕は、天下のトヨタ様がパッケージングした車を買ったんです。

 これまで乗ったトヨタ車や、代車で乗ったレクサス車と比べると乗り味が欧州車っぽくなった印象だけど、個人的にはそっちの方が好ましい。メルセデスGLCと購入検討していたけど、やや世代が古めになるのとシートベンチレーターやらの欲しいけどあまり装着例がないオプション在庫車もあまりないし、注文者納期未定で値引きもないし、なんだかんだお高いんですよね。その点でNXはずいぶんとコストパフォーマンスは良いと思います。まぁ、高いんだけど。

 輸入車はそれなりにブランド力があって、レクサスイメージ的に御三家に及んでないところはあるかもしれない。ただ、実車が明らかに劣っているかと言われたら全くそんなことはなく、総合しての商品力はすごく高い。とくにNX価格でみれば価格以上の出来だと思う。トレンチコートを買うときバーバリーアクアスキュータムの名門の定番を買うのか、三陽商会の百年コートを買うのかを迷ったときに、GLCやGLBを買う層は前者だと思うし、Permalink | 記事への反応(1) | 23:58

2021-10-05

anond:20211005160813

オタク生き方として表面上の自由、奔放、高潔さを支持しつつ、けれども精神的には依存をするようなこじれた関係からまれ妙味を愛するものから

犬のようなシンプル従属、盲従は味気ないんだよねフィクションライン的に

2021-07-27

転売はなぜ腹立たしいのか

転売話題である

なぜこの話題がこんなに盛り上がるのか考えてみることにする。


正しい価格

世の中には「正しい価格」というもの存在するのでは?という気がする。

「正しい価格」というのはつまり、みんながハッピーになれる価格ということである

普段ぼくたちはメーカー商品につけた「希望小売価格」で商品を買っていて、それで満足しているわけなので、「正しい価格」=「希望小売価格」のような気がする。

そうすると、転売というのはここに転売をする人のマージンが乗ってしまい、それだけ値段があがってしまう。

ハッピーな値段で買えないのでぼくたちはイライラするわけである


しかちょっと待ってみよう。

転売する人から商品を買った人というのは、とても高い値段で買ったわけではあるが、買った以上その値段で満足しているのである

そして売った人も、仕入れ値より高く売れたわけだから、満足しているわけである

まり転売がおこなわれているまさにその場所では、売った人も買った人も満足している。

当事者がそれでよいと言っているのに、売買に携わっていないぼくが外野から、「その価格は正しくないですよ!」というのはあまりにもヘンな話である

買いたくないなら買わなければいいんであって、ひとの買い物にいちゃもんつける権利はぼくにはないのである



本当に欲しい人

転売問題でよくいわれるのは、「本当に欲しい人に商品が渡らなくなってしまう」という問題である


1000円で売られているおもちゃが、転売によって5000円に値上がりしたとしよう。それをぼくはのどから手がでるほど欲しいとする。

しかしぼくにはお金がそんなにない。

そうすると、しかたなく値段が下がって転売するひとたちの妙味がなくなるのを待つしかない。非常に腹立たしいのである

商品必要としていない転売屋さんに商品が買われてしまい、本当に必要としているぼくに買うチャンスがめぐってこない。


しかしこの問題も冷静に考えてみると、転売屋の向こうには、ぼくと同じようにそのおもちゃを欲しているどこかの誰かがいるのである

かたやそのおもちゃに1000円を払う気でいるぼくと、5000円を払ってでもいいから手に入れたいとおもっているどこかの誰かさん

こうしてみると、その人のほうがぼくよりはるかにそのおもちゃを手にいれたいとおもっているはずである

まり、「本当に必要としている人」にはきちんとおもちゃが渡っているのである


しろ、その「本当に必要としている人」は近所におもちゃ屋さんがない田舎に住んでいるかもしれない。

ずっとずっとほしいと思っていたものの、お店でいけない事情のある人に商品が届く仕組みが、転売という利益を追求する誰かの行為によって実現したともいえるのである


日本の商習慣

転売問題でぼくらが腹立たしくおもう根本には、「日本では希望小売価格販売する」という習慣の存在があるとおもう。

メーカーがこの価格で売りたいですよ、というと、おおむねその価格小売店販売するわけである

そのため、特定商品が買い占められ、値段が吊り上げられると、その習慣を破壊する行為に感じるわけである

ぼくたちが丁寧に守っている習慣を壊すひとに対して、ぼくたちには人間本能として敵愾心がうまれているのである

しかし、希望小売価格というもの希望であって、値段を決める権利消費者販売するひとにゆだねられているはずである

これは法律上もそういう建付けのはずである

ゆだねられているはずなんだけれど、習慣としてどの小売店も、おおむね希望小売価格販売するがゆえに、

希望小売価格本来あるべき価格よりも低い価格がついてしまっている商品については、日本的商習慣を守るつもりのない個人転売屋が

差益をとるビジネスチャンスがうまれているのである

転売がおきている商品というのは、それが "正しい価格" ではないことが、マーケットによって暴き出されたともいえるのである

要は、小売店希望小売価格無視して、自由きままに値段をつけて販売していたら、転売問題も、そしてそれでぼくらがイライラすることも、そもそも起きなかったんじゃないの?と思うのである

2021-07-11

anond:20210711232842

まあ今度はどこの国も利上げ方向やから債券の方が妙味があるな。

元はと言えばケインズ政策金利生活者安楽死させるものであったわけだが、それが転換点を迎えるとなれば金のある人間はただの金利生活者に戻るだけのことや。

その方が雇用にも繋がらないしよっぽど格差は広がる一方だと思うがな。

まあ一回富を築いたらどっち転ぼうと儲かって笑いが止まらんで。

2021-06-16

小説想像することを楽しむ娯楽ではない

小説の情景描写には読者として苦労させられる。

具体名挙げてしまって著者には申し訳ないのだが「未来からのホットライン」の核融合炉の施設内部の描写がてんで理解できない。説明が緻密なのがむしろネックになってる感じで、キャットウォークとかトンネルとか配線とかの位置関係三次元的に脳内構成されていかないんだよ。本当に上下左右という程度の確度でしか把握できない。

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小説漫画とかと違ってイメージ押し付けられないのがいいという意見を聞くことがある。個人的にはこれはイメージという単語の前に「自分が気に食わない(特に人物容姿)」という文言が省略されているように思える。

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想像することって、はっきりいえば単に手間でしょ。小説想像することを楽しむものって手段目的が逆転してる感じで、本来は「筋書きを楽しむもの」だと思う。筋書きさえ面白ければ、そして挿絵とかが適切なら、想像しなくて済むのならそれに越したことはない。

くだんの小説建物の「構造」について図があるからといってイメージ押し付けられたと感じる人は例外的だと思うから文章で全て言い尽くそうとしないで見取り図ぐらい添付してもよかったと思うんだよね。

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私と同じ考え方っぽい人を二つ挙げとく

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情景描写小説は、すげえ小説だが、すげえ読みにくい

https://modernclothes24music.hatenablog.com/entry/2014/02/21/090746exit

小説風景描写が苦手なんだが

https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1514063554/exit

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そしてどうしてもこれだけは抜粋ときたい(5chのレスから)

既存文章を組み合わせるとか

文章だけで考えてると「この馬はどこから走って来てどこに行ったの?

なんでそんなとこから馬が走ってくるの?」

みたいな変な部分が必ず出てくる

読む側からしてもまさしくそういう感じで、結論としては始点と終点が一致したループだと言っていても、今までも風景説明から本当にそのことが導けるのだろうかという感覚になることがある。

各部分の描写から全体を統合できない感じで、整合性を認められないことがある。

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前記の小説施設見学するシーンでも各区画主人公たちの足取りに沿って説明していってるのだが、いつのまにか前いたところが主人公達の頭上にあることになっている。

かにエレベーターで地下に降りる描写はあったけど、上下関係で足取りが立体交差できるような文章だったか

区画という各部分の風景だけは十二分に頭に浮かび上がってくるんだけれど、ジグゾーパズルでいうならそれはピースの凹部や凸部があやふやになっている状態にたとえられる。

なのでそのパズルを組み合わせる=建物全体の構造を把握することもできないとなる。これが読後感にもやもやを生む。

そもそも自然言語というものねじれの位置とか含めた抽象的な位相関係表現するのに不向きなのかもしれない。

そうでないにしてもせめてPISAとかは単純な論理パズルで読解力を測るんじゃなくて風景説明文に対して、少なくともこれは与えられている文に矛盾しないという図を選択させる問題も導入してほしい。

ネックが読者側にあるかもしれないかもしれないのにその問題が十分には剔出すらされていないように思われるから

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そもそも情景(風景)描写側に難があるという場合もある。

「船べりに足をぶらぶらさせていた」文学事典に載ってるような作家の手になる表現だ。しかし「船べりに」とは一体どういう状況なのか。

「船べりで~」であれば人がデッキの手すりでも背にして寄りかかって片足をぶらつかせる風景が想定される。

この話は作家自身航海記であって大西洋を横断できるような鉄の船の話だから「船べりに」何かをするにはへりは高すぎると思われる。和船の小舟のように足をへりに置けるような状況じゃない。

たとえれば無理に腰よりも高い塀の上に片方の足を足の裏を外側に向けて乗せるイメージでただでさえ不安定姿勢から、せいぜいへりをかかとで擦るようなことはできても、重力に逆らってぶらつかせるとは描写として不自然と言わざるをえない。

思い込み文章を書くとそういうことになると聞いたことがあるからちゃんと正確に書いてほしい。

正確に書けば書くほど想像余地が少なくなるから小説としてつまらなくなる、というものではない。

想像する楽しみと小説の楽しみ方としては二次的なものだとは前にも書いた。限定的で端的な例だが、泥のように眠るという慣用句を小石のように眠るアレンジすることで生まれるような詩的な妙味を味わうことも小説の楽しみ方の一つだ。

酒などを希釈しないで飲むことを生一本といっても、水で薄めずにといっても、神の創りたもうたままにといっても、どれも全く「希釈しない」という全く同一の事態を指しているうえでにその同一性こそがその描写が正確であることを示す必要条件でもあるわけだが、こうした同義フレーズが畳みかけられている箇所にも、同じ事態概念への落とし込み方の多様さに面白みが認められるだろう。

俳句小説じゃないけれど、あれなどは兼題写真があるのが普通だ。写真というこれ以上なく正確な像を前提としているからといって、そこから派生される俳句の数々に「想像余地がないからつまらない」と批判する人間がいるだろうか。

しろ想像喚起を重視する人のブログとか見ると「容姿描写ほとんどされてないのを逆手にとってわざと金髪美少女イメージで読んだ」とか言ってるような人もいて、想像するのを楽しむというやり方は小説カップ麺の重しにするのと同じぐらいひねくれた本の使用法なのではないかとさえ思えてくるわけだ。筋書きを楽しむ、表現のものを味わうというのが文句なく一義的な意義であるとすればなおさらだ

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必要だと思ったとこだけ読み込んで不必要だと思ったところは読み飛ばせばいい、授業だって教師の言うこと全部覚えてない、それと同じだというような人もある。

しかし授業内容と違って小説は内容を問い合わせることができない点で致命的に異なる。

不十分だと思って読み込もうとした箇所も独力では一生かかっても理解できないかもしれない。

作者は思い描いた風景必死に文に落とし込もうとしたかもしれない。作者は情景を読者と共有したがってる。なのに十分に伝わらない。こんな悲惨なことがあっていいのだろうか。

小説には攻略本ITの専門書にありがちなサポートダイヤルもないんだ。

二重回しとか大島紬みたいな名詞の指すものが単に想像できないとかだったら画像検索すれば済むことだけど、実際に読んでてつまづくことが多いのは文や文章という総体がどういう具象や抽象を指し示しているかとことで、でもこうなったときには打つ手がない。

人工知能は与えられた文章イメージに接地させずに意味理解できるが、人間としてはイメージ還元できないことには文章を味わうことはできない。

もちろん読者側の能力問題かもしれないからそこは見極めなければならない。

先述のようなPISAなどの結果によりそういう能力が不十分と分かれば、出版業界小説には抽象的な構造に関して図解を挿入するよう働きかけるか、さもなくば教育刷新するか、そういう判断の指針が得られる。

教育刷新するというのは単に文章多読すれば読解力を身に着けさせられるはずだという今の態度が不十分という意味で、一つ文を読ませたらその文が一般的に指し示すことになる図を提示するといった訓練を導入するべきだと思うということ。

単文が示す風景(あえて情景とはいわないでおく)すらもまともにイメージできないようでは複文や文章の指し示す風景もまたイメージできるはずがない。

基礎(単文)を固めることでしか応用(文章)を扱えるようにはならないということではむしろ数学と同じだ。そういう心持で読解の養成には取り組むべきだ。

これはあくまで娯楽として小説を読むのに役立つのみではない。

たとえば百聞は一見に如かずといっても社会生活のうえでいつも文章が指し示す現物を持ってこさせられるとは限らないから、文章イメージ還元する力は実務的な能力でもあるわけさ。

2021-02-07

anond:20210207164500

つうか今のタイミングからわざわざビットコインに参入する動機が良く分からない

年末に急騰したのは、ペイパルのようなフィンテック企業ビットコインの取り扱いを始めたことや

コインチェックIPOが控えているということへの期待を織り込んでのことで、特に需給が劇的に

改善したわけではまだない

それに最近機関投資家ビットコインを買い付けるようになってきたんだが、その理由

ハイパーグロース株より値動きがマイルドから」という

リスク資産として投資妙味があるのは株(特にグロース株)だぞ

2020-07-24

冷奴ってマズいよね

なんで夏の定番みたいなツラしてるの?

追記

冷奴ってさ、豆腐の青臭さがモロに出るよね

いい素材を使った豆腐なら青臭さが妙味になるのは真理だとしても、それが3個100円の充填豆腐を皿に乗っけて「夏の定番冷奴でござい」みたいな嗅覚に対する暴力行為肯定する理由にはならんよ

冷奴の臭さも気にしないような劣等嗅覚の持ち主が大手を振るってるせいであんなもの市民権得て嫌になる

[再追記

高い豆腐冷奴食ってみろとかいう奴。俺じゃなくて安い冷奴で満足してるアホに食わせてやってくれよ。

あと特定薬味乗せれば旨いとか言ってる奴。お前は豆腐薬味を乗せる台かなにかと勘違いしてるだろ。薬味だけ食ってろ薄らトンチキ。

2020-06-02

ネット投票をしてみて思うこと

自分は昔から公営ギャンブルが大好きで、3競オート(競馬競輪競艇オートレース)はどれも一通りやったし旅打ちにも行ってきた。現金で紙の投票券を買って現金をもらうのが醍醐味だと思ったので電話投票ネット投票には加入していなかったが2月末からどの競技も無観客開催にったので3月からネット投票に加入した。(JRA南関競馬はやってないのでオッズパークとテレボートにだけ入った)ネット投票を始めて3か月して思うことを書こう。

ネット投票は買うごとに入金する必要があるが、オッズパークは100円単位で入金指示できる。テレボートは1000円単位しかできないのが不便。

ネットで購入金額や収支がリアルタイムでわかるのは便利。ネットだと窓口に行かなくても毎日買えるので、お金をかけすぎないように自制心が必要だと思った。

・回収率もわかる。的中率より回収率が重要だと思う。競技や賭け式により違うが、25%(30%)の控除率の壁を突破プラス収支にするためにはついつい次から次に買いたくなるが買うレースはよく検討して絞ることが必要。買う回数が増えると回収率は75%(70%)に収斂していく。

・だから、あまりガチガチレースには手を出さないことが大事3連単で3桁配当は当てても儲からない。

ネット投票は紙の券や現金をなくす心配がないか安心して楽しめる。馬や選手の欠場やボートのFL変換でも窓口に並ばずすぐ返金されるので便利。

・本場派だったので、日帰りしやすいデイレースの場が好きだったが、ネット投票を始めてからなぜどこの場もナイター化するのかわかるようになった。やっぱり在宅投票やすいのがナイターレース。もともと無観客のミッドナイト競輪やオートがそうだし、観客を入れる開催でも本場よりネット投票での売り上げ向上が第一時代なのでどんどんナイター化するし、レース場の立地の不便さをナイター開催と電投会員向けキャンペーン挽回できる時代になったと思った。名古屋競馬郊外移転するのもネット投票時代からだろう。

・でもやっぱり現金を窓口に突っ込んで買った紙の券を握りしめてドキドキしたい!今月から競馬以外の競技は密になりにくい田舎から競技場や場外売り場が再開されているか地元の場が再開したら行きたいと今になって思うようになった。

自分公営ギャンブルで一番好きな競艇ボートレース)で舟券を買う時に思うこと

ボートは今はどこの場も電投会員向けに当てやす番組作りをしているが、1号艇A級、2-6号艇がB級のシード番組には個人的には手をだせない。1号艇の1着を当てるのは簡単だが、2-3着はB級選手同士のドングリの背比べなので展開が読みづらく絞れない。順当に予想すれば3連単1-2-3で500円とかいガチガチの低配当で旨味がなく、荒れる時は大本命の1号艇がインをとられたり捲られたりとまともに予想できない展開で当たらない。

・そういうレースを買うなら、3連単で6点買うにしても1-234-234の組み合わせより1-23-2345の組み合わせのほうがいい。ボートは3着を当てるのは難しくどの艇が来てもおかしくないので。(6号艇は枠なり進入だと一番不利だし、新人とかB2級ばかりが乗るので買わなくていい)

ボートレースはインがとれる1号艇が華だが、現代ボートレースセオリーではインを脅かすのは3コースに入る選手。4̚コースの̚カド捲りにかつてほどの破壊力はないし、2コースは意外と捲るのも差すのも難しい。

・展示タイムは意外と当てにならない。展示タイムバックストレッチ直線150mを計測するが、直線で伸びきった足のコンマ1秒の差は6艇が同時に走る中での展開を突いて抜け出す速さとは関係がない。手動計測は人が手で測っているのでなおさら自動計測はそれよりは参考になり、福岡タイム信頼性が高い。

・行き足や伸び足はスタート展示で6艇が一斉にスタートを決める時の勢いの差を見比べるといい。本場が再開したらスタンドの上から生で見てみると見ごたえがあるだろう。

・周回展示でのターンの差は本番レースでの予想の参考にならない。2回走りの選手場合は前走リプレイVTRでの走りを参考にしたほうがいい。

選手に惚れるな、モーターに惚れろ。選手持ちプロペラではない現在モータ格差が大きいのので、好調モーターを引いた人気薄のB級選手が不調モーターを引いたA級選手を負かすレース配当での妙味がある。

2020-01-27

テン年代俺的最強ゲームベスト10

いちゲーオタ中年男性ハートのど真ん中の最奥部に抜けないほど深く突き刺さった「テン年代ゲーム10本をランキング形式で挙げていきます。お付き合いください。

特別賞『Doki Doki Literature Club!(ドキド文芸部!)』(2017/PC

のっけから特別賞」から始めることをお許しあれ。ランキング発表後だと、1位よりもスペッシャルな空気を醸し出してしまいそうで。それを避けたかった。

でも、本作がとくべつな1本であるには違いない。だから悩んだ挙句の……「特別賞」。まんまでごめん。

個人的には『ノベルゲー」って昔からあんまやらないんです。ノベルゲーやる時間あったら小説を読むほうが(たいてい)有益だろう、という長年の思いこみ集積のせい。でも、『Doki Doki Liteature Club』は例外ゲームらしいインタラクティブな要素があるわけじゃないのだけど、小説でもマンガでもアニメでもこの表現絶対不可能

本作の凄さについてはもはや語り尽くされている感があるし、強く深い思い入れを持っている方が世界中にいらっしゃることも存じておりますし、まだプレイしていない方のためにも、内容については何も言いたくない。

でも、これだけは言わせてほしい。

本作は「神は存在を愛している」ってことをギャルゲー/ノベルゲーのガワで見事に顕してみせた一大叙事詩である。ここには生があって、性があって、詩があって、死があって……愛がある。さらには現象学的「彼方」をも開示してみせる。

その(一見破天荒、かつ強烈な内容に憤怒するかもしれない。ショックのあまりマウスを壁に叩きつけるかもしれない。号泣するかもしれない。戦慄するかもしれない。でも最後にはきっと宇宙大の愛に包まれる……絶対

ああ、すっきり。

では、こっから心置きなく2010年代・心のベスト10を発表させて頂きます

10位  『ASTRO BOT Rescue Mission』(2018/PSVR)

「……なんか妙に懐かしいな。子供の頃、お前と行った鵠沼海岸をまざまざと思い出したわ」

ゲームと本の山でとっ散らかった僕の部屋にやってきて、このゲームをしばらく遊んだ君は、いかにも重たいPSVRヘッドギアをつけたまま、そう呟いた。

僕はかなり潔癖症から、君が顔じゅうに汗をたっぷりかいてることがひどく気になって、除菌ティッシュ片手にそれどころじゃなかった。

けどさ、あの頃君と一緒に見つめた空と海の青さに、まさかVR新規アクションゲームの中で出会えるとは夢にも思わなかったよ。

ハタチん時、『スーパーマリオ64』を初めてプレイした時の驚きと、海辺自分の子と君の子が一緒に遊んでいるのをぼんやり眺めてるような、そのうちに自分たちも同じくらい小さな子供に戻って、一緒に無邪気に冒険してるような……切なくて温くて微笑ましい気持ちじわじわこみあげてきた。そのことに、僕は本当に心底驚いたんだよ。またいつでもやりに来てくれ。

9位  『ショベルナイト』(2014/PCほか)

「あー、なんかシャベル持ったナイトのやつでしょ。古き良きアクションゲームへのオマージュに溢れる良質なインディーゲーって感じだよね、え、あれってまだアップデートとかやってんの? なんかsteamセールん時に買って積んでんだけど、ま、そんな面白いならそのうちやるわー」

あなたが『ショベルナイト』をその程度のゲームだと思っているのなら、それは大きな大きな間違いだ。

プレイ済みの方はとっくにご承知と思うが、本作はレトロゲーもオマージュゲーもとっくに越えた、誰も登れない山頂に到達した類い稀な作品であるアイロニーと切り張りだけで作られた、この10年で数えきれないほど溢れ返った凡百のレトロゲームとは、かけ離れた聖域に屹立してゐる。

そして3つの追加アプデ(大胆なアイデアに溢れた全く新規追加シナリオ。今月でようやく完結)によって、本作は10年代下半期にリリースされた『Celeste』や『ホロウナイト』の先駆けとなる、傑作2Dアクションとしてここに完成したのだった。さあ、ショベルを手に彼の地へ赴け。

8位  『Undertale』(2015/PCほか)

このゲームの印象を喩えて言うなら、

久し振りに会って酒でも飲もうものなら、いちいち熱くてしつっこい口論になってしまう、共感嫉妬軽蔑と相いれなさのような感情腑分けするのが難しいくらい綯い交ぜになっている面倒きわまりない幼なじみ、みたいな。

正直、ランキングにはあまり入れたくなかった。が、初プレイ時の衝撃をまざまざと思い出してみると、やっぱり入れないわけにはいかぬと悟った。

もし未プレイだったら、このゲームはできればPCsteam)でやってみてほしいとせつに願う。当方バリバリコンシューマー勢なので、ゲームPC版を薦めることは滅多にない。だが、コンシューマー機ではこのゲームの持つ「鋭利ナイフ」のような「最後の一撃」が半減してしまうだろう。

作者トビー・フォックス氏は、かつての堀井雄二糸井重里系譜に連なる倭人王道シナリオコピーライターと感じる。

確認のために本作の或るルートを進めていた時、初期ドラクエと『MOTHER』と『moon』が携えていた「あの空気」が30年ぶりに匂い立ってくるのを感じて眩暈がした。会えば会うほど凄みを増す狂人のような作品だ。

2020年内に出る(であろう)2作め『DELTARUNE』において、トビー氏は堀井/糸井が書け(書か)なかった領域確信犯的に踏み込んでくるにちがいない。それが半分楽しみで、半分怖くて仕方がない。

7位  『デラシネ』(2018/PSVR)

その山の森の奥には古い洋館があった。

庭は川と繋がっていて、澄んだ水が静かに流れていた。

君は川沿いにしゃがみこんで1輪の花を流していた。

俺は黙って君を見つめていた。

君は俺に気づかない。

俺は木に上ったり、柱の影から君を見守ったり、触れられない手で君の髪を撫でたりしているうちに……君の可愛がってたシェパード犬がこちらにひょこひょこやってきて、ワン、と小さく吠えた。

ああ、なんだかこのゲームやってると批評目線がどんどんぼやけていくのを感じる。まるで透明な死者になってしまったような、奇妙で懐かしい感覚に否応なしに包みこまれるような……。

本作は「VRで描かれた古典的AVGアドベンチャーゲーム)」であると言われている。個人的には、そんな持って回ったような言い回しはしたくない。

VRしか描けない世界情緒に対して、あまり意識的な本作。その手腕はあざといくらいなんだけど、実際に本作をやってみるとあざといどころじゃない。泣くわ。胸の内に熱いものがこみあげてくるわ。

『Deracine』はプレイヤーの原風景をまざまざと蘇らせる。かつて失ってしまった友人を、失ってしまった動物を、失ってしまった思い出を、「ほら」とばかりに目の前に差し出してくる。そのやり口はほとんど暴力的でさえある。

6位  『バウンド 王国の欠片』(2016/PS4/PSVR

もしVR対応しなかったら、知る人ぞ知る良作(怪作)止まりだったであろう本作。

かくいう俺もPS Storeで見つけて何となく買った時は、まさか2010年代ベストに入れることになるとは思わなかった。怪しい仮面被ったバレリナ少女サイケ空間を飛び回ってんなあ……製作者はドラッグでもやってんのか?くらいの。

しかPSVR対応した本作を再度プレイして驚愕した。怪作がまごうことなき傑作に生まれ変わっていたのだ。あるいはコンテンポラリーアート作品としての本質を露にしたとも言える。ああ、VRというハードではこんな事態が起こり得るのか……。

画を作っているサンタモニカスタジオゴッド・オブ・ウォー風ノ旅ビト他)の仕事はいだって凄まじいクオリティでため息が漏れるのだが、VRとの相性は抜群だ。とりわけ今作での仕事白眉と言える。

とにかく、思わず自分少女の頬をつねりたくなるほど美しい。少女が、景色が、色彩が、確実に「もうひとつ世界」(夢、とは言いたくない)を現出させている。

そして本作は本質的な意味で——究極の恋愛ゲーでもある。誰も認めなくても、俺はそう強く感じる。あの少女と過ごした時間を、あの少女が内に秘めていた闇の部屋を、あの少女が戦っていた怪物を、そしてこの狂気と色彩にみちみちた世界日常生活の中で思い出す時、この胸に去来するのは——それは「恋」しか言い様のない儚い感情だ。

5位  『INSIDE』(2016/PCほか)

書き始めるまで、本作がここまで自分内上位に食い込むとは思わなかった。

が、確認のために軽くプレイしてみたら、やっぱりとんでもなかった。

実験施設内部に、そして自分の内側(Inside)に展開するめくるめく不穏な景色ディストピアの先にある、吐き気をもよおさせると同時に、穏やかな安寧に包まれるような、唯一無二のビジョン——を完璧に描ききった本作。

終盤の怒濤の展開と比類なき生命描写インパクトに心奪われるが、本作の真骨頂木々や空や雲や雨、海などの自然情景(それが何者かによって造型されたものであれ)の美しさだと思う。荒んだ世界の中、思わず立ち止まって、天に祈りを捧げたくなるような敬虔心持ちを強く喚起させる。

俺にとって『INSIDE』とは、自己内面に深く潜るための潜水艦、あるいは哲学書のページを繰っても繰っても掴めない、自分世界との乖離自覚するための尖った注射針であり、神なき世界宗教である

灰色にけぶった空の下、雨降るトウモロコシ畑で無心で佇んでいた時のあの安寧と絶望感に、これから先もずっとつきまとわれるだろう。

4位 『スプラトゥーン』(2015/WiiU

人の生には「もっと幸福な時期」というものがたしか存在するようだ。そして、それは必ずしも幼少期だったり青年期だったりする必要はない。

俺にとっては、傍らに愛猫がいてくれて、WiiUと3DSが現役ハードで、仕事から帰ってくると毎日のように今作にあけくれていたこの頃が——生涯でもっと幸福な時期だったと言いきってしまいたい。なぜなら、幼少期や青年期と違って、その記憶ははっきりと想起できるから

そして後から振り返ってみて、その時期がどれほどありがたいものだったか確認し、やるせない気持ちに包まれるのだ。「ああ、やっぱり」と。

プレイ時間は生涯最長となったし、この作品を通じて(自分にしては珍しく)老若男女多くの「オンラインフレンズ」ができた。

が、続編『スプラトゥーン2』は発売日に購入したものの、ろくすっぽプレイしなかった(できなかった)。

その理由は(おおざっぱに書くと)3つ。

ひとつは『2』発売時、先に述べた、俺にとってもっと幸福だった時代が過ぎ去っていたこと(ごく個人的理由だ)。

ふたつめは、初代スプラトゥーンが持っていた、俺を夢中にさせるサムシングが『2』には欠けているように感じられたこと(批評記事ではないので、それについてここでは掘り下げない)。

3つめは、次に挙げる同じく任天堂開発の対戦ゲームの登場である

3位  『ARMS』(2017/Switch

それは35年前に夢見た未来の『パンチアウト!!』だった。そして20年前に夢みた『バーチャロン』と『カスタムロボ』の奇跡的融合であり、同時にそれらとは全く別次元昇華された「理想的格ゲー」であった。

スプラトゥーン』で「共闘」の愉しさを味わった俺に、本作は「見知らぬ相手とサシで戦う」ことの妙味と厳しさをばっちり思い出させてくれた。

そして画面内のキャラをこの手で操る——そんなあまりにも原初的「ゲーム」の喜びが本作には隅々までみちていた。こればかりは「Just do it」(やるっきゃない)。

やがて俺は日々のオンライン対戦では飽き足らず、リアル大会にまで足を運んだ(あっさり敗退してしまったが……)。そんなゲームは、おそらく生涯最初最後だろう。

余談だが、Joy-con特性を生かした「いいね!持ち」による操作こそが本作の革新であると信じているのだが、革新性よりも「合理性」と「勝率」を求める猛者たちには殆ど浸透しなかった。

いいね!持ち」メリットをうまく調整できてさえいれば、本作は『e-sportsゲーム初の従来型コントローラーから離れた(両腕全体を用いた)操作形態を実現していたはずで、それについては至極残念だが、現在開発中であろう『ARMS2』に期待したい。

2位 『Rez infinite』(2016/PSVR

2010年代下半期は、俺にとっては「VRに初めて触れた年代」としていつまでも記憶されることになるだろう。

2017年冬、とにかく『Rez infinite』をプレイしなければならない——そんな義務感でPSVRを勇んで購入した。配線がややこしい機器PS4に繋げ、想像していたよりもさらに重たいヘッドセットを被り、本作をプレイすると——すぐに「ここには未来がある」と思った。いや、正確じゃないな。「未来に至る——今の時間自分」をばっちり感じたと言うべきか。現在可視化され、360度方位に顕在し、俺をユニバーサルに包みこんだ。

AreaXを初めてプレイした時の、重たい身体感覚から自由になり、魂だけが宇宙に放りこまれたような未曾有の感覚は、ゲームなるものと関わってから過去30数年を振り返ってみても、5歳の時に生まれて初めて電子ゲームに触れた時の体験と並ぶ、あるいはそれを越えかねない、空前絶後体験だった。

それは精神開放であり、身体解放だった。言葉遊びに非ず。

これだけ長いこと「ゲーム」なるものを続けてきて、ゲームからそのような感覚を初めて得られたことに深く感動し、ラストではほとんど泣いていたことがつい昨日のように思い出せる。

そして『Rez infinite』の「次の体験」を今か今かと待っている。

1位 『とびだせ どうぶつの森』(2012/3DS

Rez infiniteからまさかの……自分に驚き、何度も自身に問うた。

あれだけ昔からどうぶつの森』嫌いだったお前が。とび森を。テン年代1位に。据えるつもりか? 

お前はそんなにぶつ森好きだったのか? ありがちな中年男性みたいに「しずえ萌え」になったのか? それとも親子くらい歳の離れたフレンドと時々会えるからか? おいおい、かあいこぶってんじゃねーぞ、と。

だが本作を1位にした決定的な理由——それは、テン年代初頭に放たれた今作から仮想世界」における、人間存在理想的な在り方の萌芽をひしと感じたからだ。

一発で脳内に凄まじいヴィジョンを注入した『Rez infinite』と比べると、まるでアリが餌塚に砂糖を運ぶようなゆったりとした足取りだが、本作は確実に世界中ゲームファンに「もうひとつ世界」をキュートな顔つきと口調(しずえ嬢のような……)でじわじわと浸透させ、人々の無意識をしれっと変容させ、もうひとつ生活を愉しませ、ネット接続により文字通り「飛び出させた」。

どうぶつの森』は今年3月に発売する次作『あつまれ どうぶつの森』においてさらなる大きな広がりと変化を見せてくれるだろう。

が、俺は本作をとくべつに、個人的に、偏執的に、限定的に愛しているのだ。

それは故岩田社長が生み出した『3DS』というハードへの偏愛と、ゲーム機では3DSだけが備えた「裸眼立体視」——ARVRを折り合いし、先取りした——唯一無二の機能によって『どうぶつの森』というクローズド世界をまるで飛び出す絵本のごとく彩り、「夢の中で他者の森を訪ねる」という奇妙かつ魅惑的な通信世界を生み出し——

要は、全シリーズを振り返っても今作『とびだせ どうぶつの森』だけが持ち得た、この奇妙で牧歌的神秘的なアトモスフィアに由るものだ。

カフカ『城』や村上春樹世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』主人公のように、俺はある時、この森の中に、夢の中に、村の中に、これからも留まり続けることを選んでいた。

そういうわけで、本作を迷わずテン年代1位に据えたいと思う。

※※※※※※※※※※

長々とお付き合いくださって本当にありがとうございました

余談ですが、最初は「順不同」にしようと考えていたのです。これほど自分にとって大切なゲームたちに順位なんてつけるのは相当失礼な気がして。

でも、敢えてつけてみた。並べてみたら、なんとなく自分重要度みたいなものぼんやり浮かび上がってきたので。

異論提言はもちろん、よかったらあなたテン年代ベスト(5本でも20本でも1本でも)教えて頂けると、いちゲームファンとしてめっぽう嬉しいです。

ああ、10年はDECADE(でっかいど)。

2019-07-21

吉本騒動テレビ面白い

この週末、AbemaTV宮迫、亮の会見を見たのを皮切りにたけし、ダウンタウン松本、アッコと色々テレビウォッチしている。

この問題、実のところ一から十まで大した話ではない。

知ってか知らずか反社の人から金を受け取ったこと、会社が保身のために問題を起こした社員を切ったこと、それ自体は世の中にありふれているだろうし、これがマスメディアと大きく関わる会社の話でなければ大して注目されることもなかっただろう。

しかし、マスメディアに大きく食い込んでいる吉本興業の話であり、芸人から所属事務所への前代未聞のクーデター様相を呈したこの状況であり、テレビでこの話に言及する吉本芸人を始めとする芸能人の誰もが軽々に口を開けない煮詰まった状況になっている。

たけし、松本、アッコといった所謂大物達がシリアスに――かつ暗黙にそれぞれの立場を踏まえて――語っているのが面白く、見応えがある。

会社擁護すれば大炎上するし、かといって表立って社長批判するわけにもいかない吉本芸人達の言葉にも緊張感がある。

言うまでもなく世の中もっと重大なトピックスは色々あるわけだが、結局のところ人は自分に直接影響のある話以外に当事者意識は持てないのであって、これはなかなかテレビで見る機会のない空気感だなと思いながらテレビを見ている。

それにしても一発の会見でこれだけの状況を演出した宮迫と亮は大したものだと思う(二人は片方だけでは演技くさすぎ、馬鹿正直でここまで盛り上がらなかっただろうから偶然なのかこの二人が組み合わさったことが妙味を生んでいると言われているが俺もそれに同意する)。

明日社長の会見もまた、「芸能事務所所属する芸能人問題を起こしたとき本人に謝らせ、社長は謝らない」という一般社会からすると有り得ない慣例を打ち破るものであり、事態がどう転がっていくのか、予定調和蔓延するテレビにおいて珍しい「筋書きのないエンターテイメント」として注目したいところである

2018-12-19

ソフトバンク上場によせて

親子上場に関して

投資会社である親会社が、事業会社である子会社上場させることの意味を捉える必要があった

投資会社事業会社の株を売るということは、その事業投資妙味がないことを端的に示す

資金必要なら親会社に頼めばよいだけなのだ(なんせ親会社投資会社なのだから)。それをせずに、市場から資金を集めるということは・・・そういうことだ。

公募価格について

CNBC のキャプチャで見たのだが、ファンダメンタルズ分析すると1000円の価値もない株に 1500円の公募価格を付けた

これは、KDDI 全体よりも大きい時価総額に相当する。

SB高値で売りたいだろうが、証券会社がそれに歯止めをかける役割があっただろう。

勝者と敗者

(結果として市場評価される価値よりもはるかに)高い価格子会社の一部を売りさばけた親会社が大勝利。孫さんの投資判断絶妙であったといえる。

子会社も数年の運転資金を目論見通り得られた点で、勝者といってよいだろう。

何とか、引き受け株を捌けた証券会社もまあ、手数料程度は儲けた。

メディアへの宣伝費などで各種業界ももうかっただろう。

敗者は、9割にものぼるといわれる個人投資家。食われるのは弱きものだ。そして、この舞台での獲物は彼らだった。勝敗今日の9時にはすでに決していたのだ。あとは個人投資家同士で損を押し付けゲームというわけだ。

値動き

初日から公募価格以下で株を売るなら、初めから買わなければよいはずだ。なぜそんな不合理な行動をするのか?

関連する主体のつきあいノルマで買わざるを得なかった事情がある、など。

今日の値動きを見て、明日からもっと下げるだろうと予想。

2018-10-27

AVデビュー作品が好き

結論から申し上げます

フェイドキュメンタリーみたいで面白い

ということです

  

フェイドキュメンタリーモキュメンタリー)というジャンルがある

ガチンコファイトクラブ』を楽しんだ人はいるだろう。

あれは、「やらせ」であることは、今では明らかだが、

見ている当時は興奮したものだ!

  

そういう、「やらせ」全面的に出した作品映画がここ10年くらい流行っている。

マッコイ斉藤というテレビプロデューサーが好きな手法だったりするんだが。

クローバーフィールド』、『REC』、『ブレアウィッチプロジェクト』というホラーが多い。

日本でも、『放送禁止』とかがある。

  

秋葉あかね、という面白さ(デビュー前)

この面白さに気付いたのは、「秋葉あかね」というAV女優作品です。

彼女は、4作しかAVに出てないのだが。

身長177cmということから、登場の時から、「もしかしてあの宝塚!?」という話だった。

なんと、SODすらも、それにあやかろうとしてか、「あれから3年、、、(その宝塚の人が3年前にヘアヌード写真集を出した)」という釣りを行った。

それで、顔を見せずに、「森の中でうつむいた長身美女映像」が流れる

2chを見ると、結構な人数がつられていたようだ。

そして、顔写真が公開されると、「ゼンゼン違うじゃん」となる。

  

秋葉あかねデビュー

しかし、AVデビュー作品を見ると、「私は身長が高すぎるので、それがコンプレックスで、女性らしくできなかったから、女性らしくなりたい」

もちろん、AV特有の、「ソレっぽく見せる演出である

しかし、そうであっても、女優は乗っかかるしかない。

緊張した面持ちで、「演技」をする。

周りも、もちろん、その演技と流れを成立させるために、「乗っかかって」演技をする。

これが、本当に、往年の『ガチンコファイトクラブ』を見ていた時の雰囲気なんですよ。

周りが、もちろんおかしくても、話を合わせる。

その妙味、これからどうやって落としどころをつけるのか?という緊張感。

  

秋葉あかね引退

引退作。普通にセックスするんだが。

僕が指摘したいのは、何と言っても、最後のシーン。

そう、デビューの時の、あの森なのである

あの森で、デビューの時の、あの格好で、顔をこちらに向けている。

あ~あのデビューの時の。

そして、その作品がナマ中出し作品なのだが。

「私の幸せは、、、男の人と、生でセックスして、中に射精してもらうこと」

で終わる。引退作の最期でこれ。

分かるだろうか?

これなんですよ、これ!

ポカーン( ゚д゚)」ってなるでしょ?

この、普通ドキュメンタリーでは絶対ない、落ち。

フェイドキュメンタリーの、「違和感マックスの終わり方」が好きなんですよ。

  

その他のAVデビューインタビュー

おすすめは、「あやのあんだーばーぱーぷる」や、「宮野真尋」や、「星空もあ」

もちろん、色々あるんですが。

「そうやって楽しむんだ」と思ってみると、物凄く面白いと思います

2018-02-21

anond:20180220160241

対戦形式ゲーム競技

タイムを競う競争競技技術表現評価する採点競技ほとんどの冬季競技の中で、チーム

同士が対戦し明確な点数により勝敗が決まるのは元増田の言うように他にアイスホッケーくらい。

採点競技は技や演技の知識がないとつらい。

観客視聴者にできるのは結局のところ応援するだけというのはかわらないが、カーリング

試合中に解説を聞いてるだけで居酒屋野球談義くらいの話はできるようになる。

観戦に反射神経が必要ない

見慣れていないとスロー再生でも4回転かどうか、ダブルコークかどうかよくわからない、

解説審判の言うままに見ている。着地成功たかコケたか以外は素人目に判別しがたい。

アイスホッケーもパックが非常に小さく素早い。おかげでスピード感と迫力が出るのだが

俯瞰画面の中でパックを探すのもつらい。

カーリングは目に優しい。

方向速度回転見極めながら声かけあってデリバリーする過程10秒以上かけてじっくり見て

いられる。

放送枠として時間が読める

試合展開が早くすすんだりコンシードによって短く終わることはあるが、ポイント制の競技

ラリーがひたすら続いたりデュース応酬時間がかかったり野球のように延長回で双方0点

の息詰まる攻防が続いたりしない。

延長になればシンキングタイムも追加されるが、どちらかが点を取れば終わる。ブランクゲーム

が続いて延長し放題とはならない。

放送局視聴者も助かる。

途中から見てもわかる

盤面見れば状況がわかる。何なら途中でトイレタイムで抜けても問題ない。

民放だとエンド交代にCM挟んでリードの何投かを抜かされてしまうのがやや残念。

男子女子見方が違う

男子ストーンが貯まったハウスを一気にクリアできる爽快感予測しきれない盤の変化の妙味

女子はそれができないからこその混雑した局面で正確なショットが求められる緊張感。

審判存在感空気

採点競技審判絶対アイスホッケーも格闘をブレイクさせる審判重要

カーリングでは双方の選手たちが主体となって点数も決定し、どうしても微妙な時だけ

メジャーの出番が出て来る。

しか日本OAR戦で、動いているストーンにブラシが触ったとしてOARが投げた石を無効

にするなど、ちゃんと仕事をしている。黒子の鑑。

2018-01-22

「しゃーない」とは【初級関西弁講座:補遺(1)】

「しゃーない」とは「しかたない(仕方ない)」であって、「しょうがない(仕様がない)」は「しょーない」。

…というわけで、残念だけど少し違うと思います時代が下るに従って混用は起こるので、同じように用いる事例がないとは言いませんが。

そして、この「しょーない」は、現在それ単独使用される例は日常ではあまり見かけない気がします。「ドーしょーモない」などの有名な連語使用頻度高いですけど。ちなみにそこから更に生まれ派生語が、あの有名な「ショーモナイ(=「詰まらない」の意。ツッコミ等でよく使われる)」であるのはご存知の通り。

なお「ショーモナイ」と「ショーナイ」は相当語感が違っていて、前者には愛があるけれど後者にはあまり愛がない。「ショーモナイ」という批評は笑いながら言うのがふさわしいですが、「ショーナイヤッチャ」といった言葉は吐き捨てるように言うのがふさわしいですね。「モ」が入るだけでずいぶん違います

というわけで、事例が少なく特殊なため、この「しょーない」を丁寧語化するのはちょっと難しいです。「どうしようもない」という状況を強いて丁寧に言う場面を想定したら、まず出てくる言葉は「コレアキマセンネ(=「これはダメですね」の意」)」でしょうか。丁寧でなければ「コラアカンワ」です。関西人はあきらめが早いです。あと、デスマスだけでなく、コレとコラでもちょっと違うのです(※1)。ホンマオロイナ。


というわけで、補足講座を終わります。   マアソンナカンジヤ。ヨケーナオマケ。

座興としてお楽しみいただければ幸いです。 コンナンマント寝テタホーガマシヤロw

ありがとうございました。さようなら。   アンタモヒマヤナー。ホナナー。  

(※2)

https://anond.hatelabo.jp/20180115174412

※1 「コラ」は「コレハ」から来た略語なので、これを使うと俗語っぽくなるのです。

※2 最後付録として、ネイティブ関西人による本当の意味での「翻訳」を少し試みてみました。自虐相手へのイジリと配慮を等分に混沌とさせながら、相手自分も「アホ」の坩堝に投げ込んで韜晦させ最終的に和の一座を創造するところに関西弁妙味があります。「方言」というのは、決してイントネーションだけで成立しているのではなく異文化のものである、というメッセージを少しでも感じていただければ幸いです。

2017-10-29

anond:20171029000811

エロゲ小説というかADVノベルゲーと小説比較して小説の方が面白いってなんじゃそりゃと思ってしまう。

同じ文字ベースから優劣つけても文句ないだろって思いがちだが、もうそりゃ全然別物ではないだろうか。

エロゲテキストをまんま紙に落とし込んだところで小説として成り立たない。

一体何故か?

答えは明白だ。画や音楽文字の送り方など細かいゲーム的パーツなくして表現として完成されないかである

冗長すぎるほどに冗長すぎるしょうもない小ネタを織り交ぜた長い長い会話シーンが成り立つのエロゲならではだ。

まりエロゲを単なるストーリーの骨子や妙味だけを目的として遊ぶのはそもそも大間違いなのだ

エロゲしか成立しえない表現があり、エロゲしかできない物語の見せ方がある。

子供から面白かったとか大人からツマラナイなんてのは誘導されたわかりやすい答えがよくも並んだものだ。

物語テーマや筋が稚拙なんて、面白さとはまた別のことなんだよ。

答えや思考誘導されて前提を疑わない早計さなんなのってまーた今日も思ってしまった。

2017-10-04

anond:20171004125348

あー、いるいる。

会話の妙味をわかってないやつな。

難しいよな、ジャッジが。

2017-06-18

https://anond.hatelabo.jp/20170618232040

推し言葉、どこまで信じてる?実際。

そもそも血も繋がってない、同じ釜の飯も食ったことのない他人の言うことを信じるなんてことが現実的じゃない。

虚実入り混じった発言存在一喜一憂させられるのが醍醐味であり妙味。黙って楽しめ。

2016-08-10

これネットの闇の核心に触れてるんじゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20160809152948

偏差値ではないけど、この感じ、既視感ある。

2ch辺りでアニメアンチたちのアニメ批評なんかを眺めてる時も、理解の断絶を感じることが多い。

アニメ言語化しないぶん、より意図を汲み取れないで妙な邪推してしまう人が多いよね。

 

私が思うに、こうした現象メカニズムはこう。

偏差値というか、ASD傾向がある人あたりが、想像力障害ゆえに突飛な解釈をする→

長文で説得を試みられてもコミュニケーション障害ゆえ納得できない→

反発してますます偉そうにネガティブ解釈喧伝し、目立つ→

感化される人も増える、ってサイクル。

 

ものごとの妙味って複雑で多面的な要素が絡み合っているものから

言葉説明するのは困難だし長文になる。

でも言語化できないまでも、おおかたの人はなんなく汲み取れるんだよね。

本筋のメッセージ性とかの大事な部分を。だから総体的評価ができる。

ASD気味の人は些細なシーン接続齟齬とか曖昧さがあると、

もう脳内補完をしてあげる事ができなくなり、理解が途切れてしまう。

からそこで全てが台無しのように感じてしまうし、

結局自分の思い描いた筋書きしか受け入れられないようになってしまう。

 

このようにファジーな文脈解釈をするのに高度な脳機能必要となる一方で、

作品ネガティブな印象を与えるには一面的なことを短文で罵倒するだけで十分。

健全メンタルの人でも、その一面のネガティブ解釈に注目してしまえば、

他に読み取れたはずの多面的要素を容易に意識外に押しのけて、

まるで陰謀論に取り込まれるかのように感化されてしまう。

 

こういうネガティブサイクルが、ネットのそこかしこで見られる。

それでどんな話題においても、プロ水準の造詣の深さや視野の広さを持っている人の声よりも、

素人のパワフルな罵詈雑言の方が支配的になるし、正義面をするのもうまい

一番象徴なのはヤフコメかな? でも最近ブコメも大差ないかな。

 

まあ、啓発が進んでる分野では、ネット素人意見プロのそれに近くなる場合もある。

たとえばエスカレーターは歩くなとか。

はいえ、それはただ素人集団条件反射的に流れに乗っているだけで、

彼ら一人一人が毎回書き込むたびにプロ並の思索を巡らしているわけではないようにも感じる。

 

こういうところが、ネットの闇でありネット限界だと思うのよね。

 

  • 追記

ASD自閉症スペクトラム障害アスペルガー症候群をさした言葉です。

トラバで指摘されて気づいたけど、

ASD特有っぽいやたら神経質な指摘をする人と、その指摘に乗っかってDisを始める人は

必ずしも同一とは限らないと思う。

ASDの人を害悪扱いする意図は一切なくて、

現象としてそれっぽい指摘が発端になりやすい、という話。

普通そこをそんな卑屈な捉え方しないだろ」って思うような意見

意外に浸透しちゃう理由説明たかっただけです。

2016-05-19

ニコニコ動画10周年

http://anond.hatelabo.jp/20160517114849

振り返る増田を読んで、自分も書きたくなった。

トラバ元を書いた方がよく見知っていた分野は、ニコニコ構造上廃れやすい分野だと思う。

一方で生き残る分野はどんなところか。それを書いてみたい。

生き残ると思しい分野に含まれる要素を先に述べておくと、「解説説明突っ込みを加えられる」と言うことに尽きる。

そういう「解説説明突っ込み」が希薄ジャンルは廃れる。

私は2006年大学二年生で、暇だったわけだ。クラスが同じMという男からニコニコ動画の話を聴いてサイトを使い始めた。

http://nicovideo.g.hatena.ne.jp/myrmecoleon/20080527/1211907817

に詳しいような、「おっくせんまん」の成立過程リアルタイムだったし、住宅街の人が初めて歌ったこともリアルタイムで見ていた。

その後東方の隆盛や音MADパンツレスリング淫夢歌ってみた踊ってみたゲーム実況やらなにやらがこの10年で興っては消えて行った。

10年見ていて思うことは、冒頭で書いた通り、「解説説明突っ込み」を入れられる動画が強いということだ。

例えば、先ほどの「おっくせんまん」は動画歌詞を加えたことで大きなムーブメントになって行った。こうした部分がニコニコ固有性だ。

一方、そういうのが基礎になり生まれた「歌ってみた」は、あまり解説説明突っ込み」を必要としない。動画を見て楽しむことがメインのコンテンツだ。

先に投稿した方が、もう誰もやってないと嘆いたのはこうした分野だからだろう。

ゲーム実況だと、初めは実況者の音声のみで、とにかくゲームをしていく、という内容が多かったように思う。

そのうち、ルールが細かいゲームや、難易度が高いゲームに「解説」しながら実況する人が多くなっていた。

ソウルシリーズオブリビオンなんかがそう。この時期で覚えているのは「テクテク」さんの動画だ。

また、TASRTAなど速さや面白さを競うゲーム実況も生まれた。

こちらはマリオFFドラクエなど比較的皆が知ってる、プレイしたことのあるゲームが好まれた。「魔界塔士」さんの一連の仕事が著名だろう。

どちらであっても、動画内で状況を「解説」する。そしてコメントでは、驚嘆を示すコメント・指摘や修正を加えようとするコメントが出てくる。これで動画が盛り上がる。

ゲーム実況では実況そのもの面白いももちろん多かった。しかしそれだけではニコニコ動画固有性が発揮されなかったのではないか

解説」を投稿者コメントを書き込む者も可能な点こそが、ニコニコ妙味なわけだ。そうした構造を持つジャンルは生き残っていく。

もう少しゲーム実況の話を続ける。RTA動画を多く投稿している「biim兄貴と呼ばれる人が創始した「biimシステム」というゲーム実況スタイルについて。

私はこのシステムこそがニコニコ動画におけるゲーム実況成熟であると思う。

biimシステム」は、ゲームプレイ動画本体を左上に据え、右に解説窓二つ、下部に解説窓一つの構造を持つゲーム解説スタイルだ。

下部の窓には、ゆっくり実況の音声が台詞として字幕表示される。右の解説窓ではクエスト確認や、敵やアイテムステータスチャートなどが示される。

このように「biimシステム」は、ゲーム実況を「解説」するに特化したもので、多くの追従者を生んだ。

こうした点を見ても、ゲーム解説実況は、分野として生き残っていきやすいと感じる。

次いで生き残りやすいと思う分野は、専門分野を解説する動画だ。たとえばナショジオとか。本当はアップしたら駄目なんだろうけど。

ニコニコ動画では、かなり以前からメーデー!」という航空機事故を紹介・解説したナショジオシリーズがアップされ続けている。

ここに、どこからともなくやたら航空機に詳しい奴が現れ、緑色でやたら細かい解説を加えて行く。

また、「メーデー民」と呼ばれる人々は、以前の動画で出てきた事故と、今回の事故とを比較コメントする。初心者さらに興味が広まる。

それと、軍事映画戦争映画は盛り上がる。いやが王にも盛り上がる。兵器解説シリーズもそうだ。

軍事オタク描写の正確性を論議し、また右寄り左寄りの意見で荒れることが頻繁だ。しかし活気がある。

あとは海外翻訳系も強い。「AVGN」という古いクソゲー好きのアメリカ人クソゲーに切れる動画ニコニコに輸入されていて、

英語に詳しい者もそうだし、古いクソゲーに詳しい者、日本アメリカゲーム事情に詳しい者が説明相互にしている。

こうした専門分野系の動画は「解説突っ込み」に馴染みやすい。生き残る。

あと地味にスポーツ放送が良い。野球とか相撲とか。夜中に再放送とかもしていて、疲れて帰ってきたら、西武楽天とかがやっている。

ここでは多分俺と同じようなアラサーの人たちがのんびり書きこんでいる。

楽天って左打者が誰が誰だかファンでないと解りにくいのだが、動画ちょっとその選手について質問するとすぐ詳しい人が教えてくれる。

こういうのはホント新規性が高い要素だ。

10年見ていて思うことは、こうした動画による双方向的な解説・やり取りこそが、ニコニコ動画が獲得した固有性だということだ。

生放送踊ってみた初音ミクその他の華やかな部分に目が行きがちだが、本質はそこにはない。

解説」こそがニコニコ動画の真の価値だと思う。

2016-02-24

渋谷系とはなんだったのかいい加減まとめてくれよ

私よりちょっと上の皆さんよぉー

あんだけバカ騒ぎしておいて、そして過ぎ去って何年もたってインターネットでなんでも聴いたり見たりできる時代になったのに

渋谷系とはなんだったのかだれもちゃんと語ってねーじゃねーか

あんたらの責任だよ

あんたらが賞玩して作って楽しんだコンテンツなんだから

しらねー奴らにさ、俺みたいに後発で渋谷系を遠くに眺めていた世代もそうだし、もう今の中高生に対してだってもそうだ

あんたらが語らないでだれが語りえるんだよ

翻訳できるのはあんた達しかいないんだよ、なにが心を惹きつけたのか語ってくれよ

責任とってくれよ時代責任をとってくれよ

そうじゃないと私たちは(少なくとも私は)『デトロイトメタルシティだって真の意味で楽しめないし、ゴッドタンのマジ歌選手権大竹マネ角田と掛け合いした時の真の妙味理解できないんだ

頼むから責任をもってちゃんと語ってほしい

2016-02-23

きりちゃん

真田丸」のきりちゃんこ長澤まさみがずいぶんDISられてるようなんだけどさ。

あの感じでウザがられることまで含めて役として機能してると思うし、

何より「いい……」と思ってしまっているのでその辺のことを説明する。

ムダに丁寧に。

 

・演技が雑でいい

いちおう若手から中堅にさしかかってる長澤まさみ

あいアメリカみたいな大振りの演技をしまくってると

いかにも「大河でそれはねーわ」って思われるのはわかるんだけど、

あいう「うわっ、雑っ」って思わせる演技が

武家の娘だけどまだガサツな田舎娘という造形にちゃんとハマっている。

ムカつくとしたらそれは長澤まさみの術中である

ほんとに十代に見えてくる堺雅人大泉洋バケモノぶりに比べると落ちるけど、

いい仕事するようになったなぁ……とわりに思う。

 

セリフがドギツくていい

これは脚本のほうの良さになるけど、

人質に使える駒が減って〜」とか「(とりの居場所を)知りません」とか

「お松様もこの人のせいで死んだんです」とか、

もう100%反感買う前提のドギツいセリフを言ってくるのが良い。

女優として駆け出しみたいな位置の子だったら可哀想しかないんだけど、

ヘイト集めの役を任されてるのって大したもんじゃないか、と思う。

だいたい即座に他の登場人物フォローされて(怒られて)るあたり、

ちゃんと視聴者心理計算して書いているぞ、という

コミュニケーションとして機能しているのが妙味である

 

服装がゆったりしてていい

長澤まさみ本来モデル体型なので、

どうしてもピシッとした見栄えのする格好をさせられがちなんだけど、

真田丸」ではそのへんも無視である

子供であることを表現するためもあるんだろうけど、

わざと膨らませて縦横比を変えるみたいな着方をさせられてて良い。

なんていうの、肩幅を活かした着こなし?

あんまり華奢でガラス細工みたいな体型の子

あいキーキーいう演技をやってたらほんとに腹立つと思うんだけど、

なんとなく「こいつならしょうがないか……」という体型に

ギリギリで見えていると思う。

体型の問題かって言われそうだけど、体型の問題です。

 

そんな感じで、お人形扱いじゃなくちゃんと女優として使い倒されてる雰囲気

がんばれ、と思わず唸ってしまうのです。

これからヘイトを集める展開が続くと思われるので楽しみである

2016-01-16

ゲームがつまらない理由と、ファッションがつまらない理由って似てない?

昔のゲームは、小学生にはクリア不能な異常な難易度ゲームがたくさんあった。

今はそういうのは皆無。

また、ゲームスキがゲームを作るのではなく、高学歴マーケティングの結果のゲームばかりになった。

からまらない。クソゲーまがいの超絶難易度ゲームや、妙味のあるゲームがでない。

クソ簡単な作業の繰り返しのゲームばかりになる。そうじゃないと、売れないから

  

これって、ファッションもじゃないかなと思った。

俺は、俺が子供の頃の20年くらい前のファッション面白いと思う。カオス感があった。

しかし、今は、清潔感とか、そういう謎の感覚で、普通ファッション

これって、クソゲーの無い、超絶難易度妙味も無いゲームと同じじゃないだろうか。

から、つまらなすぎて乗れないんだと思う。

  

そもそも、清潔感がいいって感覚イマイチからない。

綺麗な絵とか、普通に飽きるだろ。抽象画だよな、たいていはさあ。つまらないんだもん、清潔感

つか、綺麗な絵どころか、量産型のハンコ絵並みのつまらさなんだよ、清潔感ファッション。こんな白痴みたいなものに夢中になれる人本当にいるのだろうか?

パズドラ並みのクソゲーに思える。

  

ファッションは、マナーだろってのも分からないことも無いけどさ。

まらなすぎるんだよ。とにかく。

  

でも、今の時代に生まれ中高生とかって、どうなんだろう。

今のクッソヌルゲームしかない環境ゲーム楽しい楽しいってやってるんだろうか。

不思議すぎるわ。

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