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はてなキーワード: 運動神経とは

2020-05-23

人生真面目に過ごすと損する話

色々波乱万丈な人生みたいは話が世間にあふれているじゃん?例えば中高不真面目だったとかさ。

でもだいたいそういうやつって、過去にあれていても結果うまくいったりするわけ。そもそも中高生ときはわりと学生生活エンジョイしてるわけよ。

じゃ、おれにちょっと半生語らせてみてみ?

------

地方都市中流家庭に生まれる。

小学生低学年で逆上がりがなかなかできず、運動神経がよくないことに気づく。宿題はこなすことはできるので、なんとなく勉強は人並みにできるのかもしれないと思い始める。

高学年でバレンタインデーなどのイベントを知るが、全く数にはいってなく、チョコはもらえず。しかし異性に興味をもちはじめる。

中高生では優等生

はいいほうで模試でもだいたい学校の上位10%に入る。通知簿にはおとなしく真面目の評価。年によっては皆勤賞も。

一方で軽いいじめキツイいじりの中間のような扱いをされて、「学校楽しい」というワードイマイチぴんとこない。

似たような雰囲気の男同士で教室の端っこでもそもそしている。陽キャ女子と仲良く話しているのを尻目に、必ず逆転してやると負のエネルギーをためこんでいく。もちろん自分女の子と仲良くなったり告白されることもなく、大してコミュニケーションもないまま大学へ進学。

名大学へ入学サークル学業は充実する。ここでも真面目さを発揮し、GPAは良いほう。

研究室希望のところへ入るも、研究自体泣かず飛ばずサークルで仲良くなった女の子告白するも撃沈。就活に精を出す。

そのまま大手企業就職大企業のため親は大喜び。でも結局、童貞のまま。社会人になってもガールズバーキャバクラの類には行かない。でも、さすがに童貞のままじゃいかんと思い、会社の同僚とともに風俗へ。「なんだ、あれほど切望していたセ●クスってこんなもんか..」と27歳にしてやや幻滅する。

30前後彼女がいないことに本気で焦りだし、出会い系サイト女性と知り合う。そこで体の関係をもってくれたことに感激しつつ責任を感じ結婚する。しかし、体の相性もテクニックもしらない俺はまたたく間にセックスレスへ。家庭内自分価値を少しでも上げようと掃除洗濯・炊事と家事ほとんどをこなし、優しい夫をアピールしている。

せっかく入った大手だが、思った以上に収入はのびない。ホワイトっちゃホワイトだが、年収500〜600万がいいとこ。結局学生ときフラフラしてたやつらとそう変わらないどころか、彼らは自分で店を経営してたりする。学生ときに誓った逆転も、全くできていない。

------

はい、ここまで書いたが、これ真面目系クズの話に近いよね。でも別にクズ要素ないよね。で、増田結構当てはまってるんじゃないかと思う。もちろん、仔細は異なるだろうが、共感するところがある読者も多いのではないだろうか。

学生あいだは大人の言うことを疑わずに信じ、要領を得ることを知らず、モテに対しても斜に構え、特段の努力もしてこなかった。

今でも青春コンプレックスはぬけないため、日本ドラマはキツくてみれない。現実であっても、彼女に外でフ●ラさせたとか、会ったばかりの女とヤったとか、信じられない刺激的な話題で溢れている。自分人生にはそういう体験は訪れないんだろうと思うと、呆れ、絶望する。

大人は俺をこう育てたかたからこうなった。しかし、今になって自分人生でない気がしてくるのだ。

2020-05-14

私の彼氏は何点ですか?

私は35歳、年収300万、不妊の女です。

今付き合ってる男性は39歳で年収360万。

酒、たばこギャンブル風俗キャバ、車の改造などは一切しません。

友達がいなくて、いつも私と一緒にまったり

趣味スマホゲー。課金0。休みの日は8時間ぐらいゲームしてます

基本優しい。家事積極的にやろうとしてくれる。料理してくれる。

買い物で私用のお菓子デザートを買ってきてくれる。一緒に出掛けると私にお金を使わせない。

顔は田舎の人って感じ。身長162cm。すこしポチャ。

運動神経は悪く、スマホゲーに時々本気でキレる。

転職したいらしいけど、具体的な行動はしない。勉強すると宣言しても一週間に2時間ぐらいしか勉強しない。

ちょっと頼りない。

こんな感じでたぶん婚活市場で見ちゃうスペックは高くないと思う。

でも私は大好き。結婚予定。

友達や知人にこの話をすると大体40点とか50点とか言われる。

一方、年上のお姉さんは働いて浪費しないだけで90点だとおっしゃる

人によって評価全然わかれるので、なぜなんだろうと疑問。

下世話な話かもしれないけど、みなさんからみて私の彼氏は何点ですか?

「こんなことをいう女は嫌だ」っていう意見は出てくるかもしれないけど、そういう遊びだと思って率直に聞いてみたいです。

2020-05-08

一生における理想の体型

・0~16歳まで

高たんぱく・高カロリーの肉中心の生活にし、カルシウム等を多く摂取するよう心掛ける。太り気味の方がいい。

ここで身長を伸ばさないと後は伸びない。性格を磨いて、性格モテるよう試行錯誤する。反射神経の必要運動を頑張る。eスポーツとか。

・16~22歳まで

成長曲線が緩やかになった後は、高たんぱく・中カロリーの肉と野菜バランスの良い生活をし、筋肉をつける事によって骨格もしっかりさせる。

外面を整えて、外面でモテるように頑張る。ここで心肺機能筋肉を付けないと、後々付きにくくなる。日焼けをしないように気を付ける。反射神経と肉体の必要運動を頑張る。器械体操とか。

23~30まで

高たんぱく・低カロリー食事を心がけ、22代までに培った体格や心肺機能の定着を図る。心肺機能運動神経の向上はあまり見込めないが、

筋肉に関しては付くので、マッチョを目指す。ここで金を稼げるようにがんばり、金でモテるように頑張る。反射神経と肉体に底まで頼らず、知識経験が生きるサッカーとか野球をする。

・30~50

高たんぱく・低カロリー食事を心がけ、マッチョを目指す。今まで培った性格、外面、金に磨きをかけ、そのすべてを利用し同レベル女性結婚する。知識経験が生きるゴルフとかする。

・50~70

高たんぱく・低カロリー。やせ型より普通体形の方が若く見える。性格も外面も金も得にくくなっていくが、筋肉は付くのでマッチョを目指す。ゴルフとかする。

・70~90

高たんぱく・高カロリー食事延命を図る。体形は少し小太りの方がいい。性格も外面も金もクソになっていく。後は惰性。

2020-04-21

anond:20200421164454

男性のほうが多く生まれて短命なので若ければ若いほど男余りなのはどうしようもない。

若くて頭も運動神経も良くて話が面白くて家事仕事もできるイケメンばかりが集中的に死ぬウイルス蔓延したらゴミみたいな男にも女が回ってくるかもしれないけど

そうして生まれてきた子供世代不細工で性悪な知的障碍者だらけになり、人類は終わるだろう

2020-04-16

パパ活生活が豊かになって、胸が痛くなっている。

こんにちははじめまして

私は所謂パパ活」と呼ばれる援助交際によって生計を立てている者です。

私の育ちは豊かとは言えないがそこそこ幸せだったように思う。

お金はそんなにない家庭だった。

まあでも、無くても無いなりの幸せってのはあるもので親元を離れるまでは地元で楽しく暮らしていました。

勉強はそこそこだったが突出して良いという訳ではなく、スポーツや一芸に秀でていることもなかった。

おまけに学校での素行は悪く高校は2年生の冬に辞めた。

両親は共にヤンキー上がりで、私が問題を起こすたびに「若さ大事からそんなに気にしないの。子供の行いは親が責任取るものから」なんて言って励ましてくれていたが、流石に退学処分を食らったときは泣いていた。

そんなこんなで学もなく、真面目さの一つもない私が持っていたものは両親から譲り受けた"可愛さ"だけだった。

高校を辞めた私はバイトを始めた。

未成年だったので朝9時から夕方の6時まで、有名雑貨店バイト仲間と駄弁りながら時間を浪費していた。

家に帰れば大好きな両親と兄弟がいた。

休日地元の不良仲間とカラオケプリクラ、安い古着屋で服を漁る。

今思えば私の暮らしは何の不満もなかったはずだ。

ある日、ふとテレビで見た原宿に強い憧憬を抱いた。

私の地元はお世辞にも発達しているとは言えない、辺鄙な所でした。

そんな土地で十数年暮らしていた不良少女が華やかな東京の街を見てしまった。憧れないわけがない。

車の免許費用として貯めていた40万円の貯金を元に突発的に上京した。

ここから私の生活は一変、彩度が低い田舎からカラフルキラキラ輝いている街を闊歩するように。

当時の私にとって全ての体験が新鮮で刺激的でした。

とりあえず東京暮らしをするためにガールズバーで働き始めた。業務内容も、時給ひとつとっても全て田舎の比ではないくらい良いものだったし。

毎月20〜30万ほどの収入があって、こんなにお金が貰えるなんて...と感動した。

人とは愚かなもので一度甘い蜜を味わってしまうとさらに上を求めてしまうんですね。

家はもっと立地がいいところ、服や鞄はブランド物じゃないと嫌、一流のデパコスで顔を彩りたい。

とにかく貪欲になっていく。

当初は満足していたバイトですら物足りなくなって風俗嬢になった。

ここで私は可愛く生まれたことを激しく両親に感謝した。整形しなくとも指名は入り、バンバン固定客を掴んでいった。

月収はゆうに100万を超えていたと思う。ただ、それ以上に出費がとにかく多かった。

新宿家賃20万くらいのマンションに住み毎週のように百貨店ブランド品を買う。貯金なんてしなくても稼いでるからいいでしょ?と自分に言い聞かせ。

そんな生活をしていたらまあ、誰でも破綻するだろう。

働けど働けど一向に貯金は増えなくて、いよいよ生活費を賄うことすら厳しくなってきた。

つくづく私は運の良い人間だ。

いつもの様に出勤し、太客から指名が入り開口一番「君のことを本当に愛してる。僕に養わせて欲しい」

なんて言われた。

その瞬間私が思ったことは、やはり可愛く生まれて良かった と、傲慢過ぎる感覚だった。

金以外何も見えていなかった。

こうして私は水揚げされ、彼と暮らすことにした。

早速住んでいたマンションから退去し、都内有数の超高級住宅の部屋を与えられた。

凄い。これが本当の金持ちなんだ。私の暮らし虚構だった。

詳細は伏せるが有名人御用達の高級マンション家賃は3桁万円。これだけでなく毎月うん百万のお小遣い、それだけで軽自動車が買えてしまう服に鞄に家具

夢にまで見た暮らしがあっさり手に入ってしまった。

こうして私のパパ活が始まった。

初日から1ヶ月目くらいまでは興奮のあまり寝ることすらままならなかった。

自分の通帳を何度も開き、これは嘘でも夢でもないんだと都度幸福に浸る。

エルメスセリーヌバレンシアガディオールルブタンジバンシーフェンディヴィトンバーバリー。まあなんとも成金臭の強い物ばかりだが部屋の中で買い込んだブランド品で自分を着飾っては恍惚した。

田舎1000円以下の古着を漁っていた頃の自分はもういない。今の自分は、一枚10万もするシャツを惜しみなく買える。それも際限なく。

もう私の頭の中はとにかくお金でいっぱいだった。

専属運転手毎日ブランド品を取り扱う店に走らせた。使わなければ溢れてしまうほどのお金があるのだから

半年ほどこの様な生活をしてみたが遂に、またしても「飽き」に到達した。

欲しいものはもう買い尽くした。新商品が出たら別に欲しくなくても、惰性で買っていた。

上京して2年。私を取り巻く環境はあまりにも変わりすぎた。

しか生活水準は地元にいた頃とは比較にもならないぐらい上がった。

それでも、何かが足りない。

それから私は思考を巡らせました。

あぁ私に足りないのは無償の愛だ。という答えに辿り着いた頃にはもう遅くて彼から受ける一方的暴力的とも言える施し。私は1秒も彼を愛していなかった。

只々与えられ続けブクブクと肥えた心を得ただけでした。

そういえば上京してから家族と連絡をあんまりとっていなかった。

みんな何をしてるんだろう、と思い友人数名と母親のインスタを覗いた。

...。

結論から言いますと、あまりにも私の家族や友人と私自生活の差に号泣してしまいました。

仲が良かった友人らは相変わらず某ショッピングモールで屯し、安いフードコートスイーツを食べ、プリクラを撮って、カラオケに行っている。

母親100円ショップで可愛い小物を探すのが楽しみです♪なんて投稿をしていた。服なんてもう何年も新しいものを買っていないだろう。私の母は美人だ。美人だが、金はない。ルックスと身につけている物の落差で余計にみすぼらしく見えてしまう。

妹もとびきり美人だ。勉学に勤しみ、運動神経もずば抜けている。なのに、私のお下がりを着続けてボロボロになったランニングシューズ大事に使っている。

ショックだった。

私は、最悪だ。

金に塗れ、周りの事など見ていなかった。

思えば収入が増えた時点で実家仕送りをすれば良かったのにそれをせず自分お金を使い続けた。

なぜあんなに大好きだった家族に何もできなかったんだ。

本当なら、母にはいつまでも綺麗でいてほしいし妹にはもっと自分の可愛さに気づいてほしい。これは押し付けかもしれないけど、私はそう思う。

お金は一番の麻薬。与えられれば与えられただけ、求める量も増えていく。

現に私はまだパパ活を続けている。

今の生活を手放すのが怖い。

ただ変わった点はいつ見限られてもいいよう貯金は常に2千万を切らないようにし、家には毎月20万の仕送りをしている。

本当なら100万でも200万でも送ってあげたいけど、私がどのようにして稼いでいるかを知ったら、ひどく悲しませてしまう。

20代前半にしてこんな暮らしを覚えた私の行く先は、どうなってしまうのだろう。

この身体が私の商売道具だ。身体さえあれば稼げるが、逆に言えばそれ以外何もない。

もう一般的幸せは手にできないと諦観しています

私の幸せが飽和してしまった分、家族や友人らに幸せを与えることが、今後私の役目だろうか。

お金以外で感情表現することができなくなった私は、毎月お金実家に送り、使わなくなったブランド品も定期的に送っています

愛情ゆえの行為ですが、正しくはないんだろうな。

正しい愛を誰か私に、再教育して下さい。

パパ活生活が豊かになって、胸が痛くなっている。

こんにちははじめまして

私は所謂パパ活」と呼ばれる援助交際によって生計を立てている者です。

私の育ちは豊かとは言えないがそこそこ幸せだったように思う。

お金はそんなにない家庭だった。

まあでも、無くても無いなりの幸せってのはあるもので親元を離れるまでは地元で楽しく暮らしていました。

勉強はそこそこだったが突出して良いという訳ではなく、スポーツや一芸に秀でていることもなかった。

おまけに学校での素行は悪く高校は2年生の冬に辞めた。

両親は共にヤンキー上がりで、私が問題を起こすたびに「若さ大事からそんなに気にしないの。子供の行いは親が責任取るものから」なんて言って励ましてくれていたが、流石に退学処分を食らったときは泣いていた。

そんなこんなで学もなく、真面目さの一つもない私が持っていたものは両親から譲り受けた"可愛さ"だけだった。

高校を辞めた私はバイトを始めた。

未成年だったので朝9時から夕方の6時まで、有名雑貨店バイト仲間と駄弁りながら時間を浪費していた。

家に帰れば大好きな両親と兄弟がいた。

休日地元の不良仲間とカラオケプリクラ、安い古着屋で服を漁る。

今思えば私の暮らしは何の不満もなかったはずだ。

ある日、ふとテレビで見た原宿に強い憧憬を抱いた。

私の地元はお世辞にも発達しているとは言えない、辺鄙な所でした。

そんな土地で十数年暮らしていた不良少女が華やかな東京の街を見てしまった。憧れないわけがない。

車の免許費用として貯めていた40万円の貯金を元に突発的に上京した。

ここから私の生活は一変、彩度が低い田舎からカラフルキラキラ輝いている街を闊歩するように。

当時の私にとって全ての体験が新鮮で刺激的でした。

とりあえず東京暮らしをするためにガールズバーで働き始めた。業務内容も、時給ひとつとっても全て田舎の比ではないくらい良いものだったし。

毎月20〜30万ほどの収入があって、こんなにお金が貰えるなんて...と感動した。

人とは愚かなもので一度甘い蜜を味わってしまうとさらに上を求めてしまうんですね。

家はもっと立地がいいところ、服や鞄はブランド物じゃないと嫌、一流のデパコスで顔を彩りたい。

とにかく貪欲になっていく。

当初は満足していたバイトですら物足りなくなって風俗嬢になった。

ここで私は可愛く生まれたことを激しく両親に感謝した。整形しなくとも指名は入り、バンバン固定客を掴んでいった。

月収はゆうに100万を超えていたと思う。ただ、それ以上に出費がとにかく多かった。

新宿家賃20万くらいのマンションに住み毎週のように百貨店ブランド品を買う。貯金なんてしなくても稼いでるからいいでしょ?と自分に言い聞かせ。

そんな生活をしていたらまあ、誰でも破綻するだろう。

働けど働けど一向に貯金は増えなくて、いよいよ生活費を賄うことすら厳しくなってきた。

つくづく私は運の良い人間だ。

いつもの様に出勤し、太客から指名が入り開口一番「君のことを本当に愛してる。僕に養わせて欲しい」

なんて言われた。

その瞬間私が思ったことは、やはり可愛く生まれて良かった と、傲慢過ぎる感覚だった。

金以外何も見えていなかった。

こうして私は水揚げされ、彼と暮らすことにした。

早速住んでいたマンションから退去し、都内有数の超高級住宅の部屋を与えられた。

凄い。これが本当の金持ちなんだ。私の暮らし虚構だった。

詳細は伏せるが有名人御用達の高級マンション家賃は3桁万円。これだけでなく毎月うん百万のお小遣い、それだけで軽自動車が買えてしまう服に鞄に家具

夢にまで見た暮らしがあっさり手に入ってしまった。

こうして私のパパ活が始まった。

初日から1ヶ月目くらいまでは興奮のあまり寝ることすらままならなかった。

自分の通帳を何度も開き、これは嘘でも夢でもないんだと都度幸福に浸る。

エルメスセリーヌバレンシアガディオールルブタンジバンシーフェンディヴィトンバーバリー。まあなんとも成金臭の強い物ばかりだが部屋の中で買い込んだブランド品で自分を着飾っては恍惚した。

田舎1000円以下の古着を漁っていた頃の自分はもういない。今の自分は、一枚10万もするシャツを惜しみなく買える。それも際限なく。

もう私の頭の中はとにかくお金でいっぱいだった。

専属運転手毎日ブランド品を取り扱う店に走らせた。使わなければ溢れてしまうほどのお金があるのだから

半年ほどこの様な生活をしてみたが遂に、またしても「飽き」に到達した。

欲しいものはもう買い尽くした。新商品が出たら別に欲しくなくても、惰性で買っていた。

上京して2年。私を取り巻く環境はあまりにも変わりすぎた。

しか生活水準は地元にいた頃とは比較にもならないぐらい上がった。

それでも、何かが足りない。

それから私は思考を巡らせました。

あぁ私に足りないのは無償の愛だ。という答えに辿り着いた頃にはもう遅くて彼から受ける一方的暴力的とも言える施し。私は1秒も彼を愛していなかった。

只々与えられ続けブクブクと肥えた心を得ただけでした。

そういえば上京してから家族と連絡をあんまりとっていなかった。

みんな何をしてるんだろう、と思い友人数名と母親のインスタを覗いた。

...。

結論から言いますと、あまりにも私の家族や友人と私自生活の差に号泣してしまいました。

仲が良かった友人らは相変わらず某ショッピングモールで屯し、安いフードコートスイーツを食べ、プリクラを撮って、カラオケに行っている。

母親100円ショップで可愛い小物を探すのが楽しみです♪なんて投稿をしていた。服なんてもう何年も新しいものを買っていないだろう。私の母は美人だ。美人だが、金はない。ルックスと身につけている物の落差で余計にみすぼらしく見えてしまう。

妹もとびきり美人だ。勉学に勤しみ、運動神経もずば抜けている。なのに、私のお下がりを着続けてボロボロになったランニングシューズ大事に使っている。

ショックだった。

私は、最悪だ。

金に塗れ、周りの事など見ていなかった。

思えば収入が増えた時点で実家仕送りをすれば良かったのにそれをせず自分お金を使い続けた。

なぜあんなに大好きだった家族に何もできなかったんだ。

本当なら、母にはいつまでも綺麗でいてほしいし妹にはもっと自分の可愛さに気づいてほしい。これは押し付けかもしれないけど、私はそう思う。

お金は一番の麻薬。与えられれば与えられただけ、求める量も増えていく。

現に私はまだパパ活を続けている。

今の生活を手放すのが怖い。

ただ変わった点はいつ見限られてもいいよう貯金は常に2千万を切らないようにし、家には毎月20万の仕送りをしている。

本当なら100万でも200万でも送ってあげたいけど、私がどのようにして稼いでいるかを知ったら、ひどく悲しませてしまう。

20代前半にしてこんな暮らしを覚えた私の行く先は、どうなってしまうのだろう。

この身体が私の商売道具だ。身体さえあれば稼げるが、逆に言えばそれ以外何もない。

もう一般的幸せは手にできないと諦観しています

私の幸せが飽和してしまった分、家族や友人らに幸せを与えることが、今後私の役目だろうか。

お金以外で感情表現することができなくなった私は、毎月お金実家に送り、使わなくなったブランド品も定期的に送っています

愛情ゆえの行為ですが、正しくはないんだろうな。

正しい愛を誰か私に、再教育して下さい。

2020-04-06

引きこもってるといろんな感覚が失われていく

人類強制ひきこもりイベントなんて今後後にも先にも今しかないんだろうと考えると、結構wkwkする。それと同時に自分の中でなんか色々失われていく感じがするわ。運動神経然りコミュ力然り

2020-03-18

家庭内ヤクザの話

家庭内ヤクザは、うちの嫁のことだ

自慢話になるがうちの嫁は美人だ。スレンダーで頭もいいし運動神経もいい。社会人スポーツでも活躍するほど。

性格もいいし笑顔可愛い。最高の嫁だ。

ところが、たま~に、俺に無茶難題を押し付けたり、金をせびったり、理不尽要求をしたりする。

まるで、頭の悪い、後先も考えない、理性のきかないチンピラヤクザになる。

そんな時俺は心の中で「この、家庭内ヤクザが!」と叫び笑顔で妻の要求に応えている。

先日、俺の心の叫びが声になってしまった。

家庭内ヤクザと化した妻が「なに~、ヤクザだと~」と連続チョップを繰り出してきた。

ポーズだけなので全く痛くない。

そんな可愛いヤクザの話。

2020-02-23

気づき必要なことをどう指導する?

映画撮影で、監督役者に向かって「違う!」としかダメ出しできてないみたいなケースってあるじゃん

それって「じゃあどうすりゃいいのか説明すればいいじゃん」と思いがちだけど、実はそれが容易じゃないから、指導する方も「違う」としか言えないことがあると思う。

「正解として何がどうなっていればいいのかは見た瞬間わかるんだけど、そうなるまでに何をどうすればいいか説明できない」みたいな話。

あるいは「説明してその通りにしてもらう」だと内容が多くなりすぎて指導者にも学習者にも現実的でないみたいな。

となるともう学習者が自ら気づくことでしか習得できないってことになるけど、そういうのって指導者は「違う」以外にアドバイスしようがあるのか?というのが最近気になっている。


例えばあらゆる運動所作大事になってくる「体の軸をまっすぐに保つ」とか、まっすぐに保つことが目的でなく、それを無意識でこなした上で、必要運動所作ができなきゃいけない。

から説明してその通りにしてもらうのも、手本を真似てもらうのでも、簡単にできることではないよね。

特に学習者の運動神経がとても悪いケースとか、めちゃくちゃ大変そう。

しかもこういうのって、体得できたとしても、おそらく体得の仕方に個人差がある。

ある者は「楽に腹式呼吸ができていることを意識する」でクリアするかもしれないし、またある者はもっと抽象的に「リラックスが肝心」で済むかもしれない。

まり指導者がかつて体得したやり方が通じる可能性は高くない。


さあどうする?

2020-02-17

仮病のためのライフハック見つけた

 6日前、慢性化している扁桃炎を半年ぶりに発症し、いつものように40℃まで熱が上がった。扁桃炎とは、喉にある扁桃腺という組織病原体によって腫れ上がり、様々な症状が引き起こされる病気だ。そもそも免疫役割を担う部位なので、その症状は正しい反応ではあるが、僕のそれは大きすぎて、過敏に反応してしまうらしい。

 扁桃炎を初めて発症したのは大学2年生の夏頃で、それから2年半が経つ。合計で6回ぐらいは発症しているだろうか。今までの発症時期から推測すると、台風が近づく等の理由で気圧が変化したときと、気が抜けたとき発症するらしく、今回はおそらく後者だ。大学最後テストが終わり、バイト先の塾で担当していた生徒の受験が終わったことは、今までの緊張を一気に和らげたのだろう。

 そんなわけで発症した扁桃炎だが、これがめちゃくちゃつらい。基本的に40℃前後の熱が3日ほど続いて、そのあと2、3日かけて徐々に熱が下がっていく。その間、なんの生産活動知的活動もできないのでストレスは溜まるし、何より体力的に厳しい。今回も5日目まではこのルートを辿っていったのだが、6日目の今日、初めてそこから逸れた出来事が起こった。

 体温が40℃になっていた。「あれ?」と思って再度測り直しても同じ体温を示す。全く意味がわからなかった。いまだに体調は優れないものの、明らかに症状は軽くなっている。もしかしたら、高熱に対して自分感覚がマヒしてるのかもしれない。とりあえず長期戦に備え、後輩に買い物を頼む。冷蔵庫おかゆポカリでいっぱいだ。新型コロナも疑った。厚労省相談窓口に電話すると、「3つの条件のうち1つでも当てはまったら各自治体の相談センターに連絡しろ」とのことだった。全く当てはまらなかったので、相談対象者ではないらしい。

 やることがなくなり、落ち着きを取り戻してきたので、一旦ゆっくり考えてみる。なぜ体温計は体調に見合わない高熱を示すのか。体温計の故障をまず疑ったが、実際に脇を触るとめちゃくちゃ熱い。というか、脇だけがやけに熱を発しているようだ。「なんか変なことしたかな…?」と思い今日1日の行動を振り返ると、一つだけ心当たりがあった。

 朝、脇にデオナチュレを塗ったのだ。恥ずかしながら私はワキガ体質で、ワキガ用の手術はしたものの、今でも臭いが少し残っている。デオナチュレはミョウバンを主原料とした消臭剤で、良く効くので愛用していた。「ミョウバンって発熱反応なかったっけ?」と思い、調べてみると、水を加えると発熱するらしい。そこで左脇を丹念に洗い、水気を良く拭き取り、再度体温を測ってみる。

 ビンゴだった。体温計は37.8℃を示し、それは今の症状の度合いとちょうど釣り合っていた。4日後の旅行に行ける安堵感と、たくさんの買い物をさせてしまった後輩に対する若干の罪悪感を覚えながら、こんなことを思いついた。

 「これ仮病に使えるやん!」

最高の名案だと思った。ネットを調べてもこのライフハックを知る人はいない。この度が過ぎた情報社会で、こんな有用ライフハック自分が発案したという事実に震えた。ただ、よく考えてみると「高熱を示す体温計を提示することによって、休むことが認められる」という状況は実は少ないのかもしれない。社会人が会社を休むとき、わざわざ体温計を見せるのだろうか?色々と考えた結果、上記の状況が確実に成立するのは、「小中学生時代において学校習い事等を休むとき」だと考えた。

 そしてそれを考えついたとき自分中学校時代が頭に浮かんで離れなくなった。あのときに使えたなあ…と考えだすと止まらなくなってしまった。


 私の生まれ育った町は、地理的孤立しており、独自に発展を遂げたタイプ田舎だった。いわゆるムラ社会だったので、うまく周りと同調する必要があり、地理的特性故に逃げ道が全く見えない環境だった。

 小学校とき、少しいじめられた。いじめっ子に同調した言動に変えることでいじめはなくなった。3年生から野球を始めた。理由ひとつ上の兄がやっていたからという一点。家系的に代々運動神経は良かった。私だけ少し悪く、特に足は遅かったが、世間の平均と比べれば明らかに上だった。実際、高校の体育の成績は3年間続けて10点満点だった。ただ、レギュラーには一度もなれなかった。ミスが多発する少年野球性質的に、足が速くてかき回せる選手が好まれからだ。一度レギュラーの一人が怪我離脱したとき代理で2週間ファーストを務めた。めちゃくちゃ活躍した。打率は5割を超えてたと思う。でもその子怪我が治った途端、すぐベンチに座らされて、たまに代打で出る程度に戻った。ここまで層の厚いチームはめずらしいと言われたが、どうすることもできず、ただ悔しいだけだった。

 地元公立中に進んだ。Fランではない大学に進んだ人が200人中20人くらいの、いわゆる低学歴の世界だった。続けて当然、という雰囲気に合わせて野球部に入部した。同級生がグレ始めるだけでなく、既にグレている先輩との付き合いも始まった。部活顧問勝利至上主義者だった。教育的な観点は全く持っておらず、ただ自分の願望を叶えるためにやっていたような人だった。そのために、最初の段階で完全にレギュラーを固定し、補欠には何の機会も与えない。公式戦はおろか、練習試合にもまともに出さない。出すとしても2軍試合のような形だったので、相手がかなり弱く、活躍しても何の評価もされない。ただ恥をかかされているだけだった。平日全てに朝練と午後練があるだけでなく、土日も休み基本的に無いため、疲労はかなり溜まっていた。当然、授業は睡眠時間となる。

 公式戦には1秒たりとも出させてくれなかった。練習試合でも、他の上手いメンバーと一緒にプレーをしたり強い相手と対戦することはなかった。一生懸命に見える、という理由で明らかに自分より下手な奴の出場機会が多かった。片道4時間をかけて泊まりがけで遠征したとき、たくさんの練習試合が組まれていたにも関わらず、自分だけ出場機会がなかった。チームは結局、最後大会で全国まで進んだが、ずっと「早く負けろ」と思っていた。最後全国大会背番号さえもらえず、観客席に放り込まれた。やる気がないように見えるからと言われた。全国大会なので色んな人が見に来ていた。チームメイト保護者はもちろん、先生同級生も来ていた。ベンチにも入れなかったことを悟られないよう1番前の席に陣取り、一切振り向かないようにした。

 

 ずっと辞めたかった。でも辞められなかった。裏切り者烙印を押されたくなかった。唯一の社会であった学校が、自分の居てはいけない場所になってしまう。

 月に1日だけでいいから、憂鬱気持ちを抱かなくていい日が欲しかった。周りを納得させられる、部活から逃げる術が欲しかった。

 たまにズル休みをするだけなら、根本的には何も解決されてないかもしれない。現代感覚から言えば、さっさと部活をやめて他のコミュニティ持て、という解決策になると思う。でも、やっぱり中学生当時の自分にそれは難しい。あのとき、目の前で高熱を示す体温計を見せることができたら、どれだけ気分が楽になっただろうか。

 

2020-02-16

挙動気持ち悪い系オタクの発生原理

世の中には色々なオタクがいる。

アニメオタク漫画オタク鉄道オタクetc...

私はただオタクというだけでは嫌悪感を抱かない。

しか生理的に「うわ、気持ち悪いなぁ」と感じてしま人種がいる。

キモオタ定義は人それぞれだろうが、とりあえずこの感情を抱かせるオタクキモオタ呼称する。


完全な偏見だがオタクには挙動気持ち悪い人が多い。

これは運動神経が皆無であるためだと思っている。

例えば動きがいちいち大げさな人。

物事表現するのに最低限度必要な動きというものがあると思うのだが、

それの加減がわからないので大げさな動きになる。


これの相関性を考えていたのだが一つの結論に至った。

学生時代運動が出来る者が生態系の頂点に立つ。(偏見

まり運動神経がない者は人権を失う。

そしてアニメマンガなどの1人趣味に走る。※アニメマンガ否定している訳ではない。

そのまま年月を過ごすことで運動神経がなく、他人との距離感が取れず、

色々な感覚(感情世間ズレ、身だしなみ、ふるまい)が学生時代で止まってしまったオタクに成長する。

これが挙動気持ち悪いオタクが発生する原理なのだと。

2020-02-15

8年ぶりに目が見えるようになったので再起を誓いたい

夜中になると、なぜ自分がこんな目にあわなければならなかったのかと思い、涙が止まらなくなる。現在21歳、大学3年生。半年前に目が8年ぶりにちゃんと見えるようになった。中学1年生の頃からである。8年間本当に長かった。

8年前の秋頃、中学1年生だった私は小学校以来のゲームのやりすぎで視力が低下していた私は黒板の字が見えづらくなっていることに気づいた。眼科に行き、視界が悪くなっていることを告げられ、まだ外見などあまり気にしていない半分小学生脳だった自分メガネをかけることに決めた。いわゆるガチャ目で、左目が0.2とかなのに対し右目がほとんど見えない0.01みたいな状態だった。ゲームをやるとき姿勢が悪かったのが原因かもしれない

ここまではよくある話だし、目が悪くなるというのが怖かったとはいえ周りにもメガネをかけている子供はたくさんいたので、絶望感のようなものはなかった。メガネをかければ普通に周りが見えるようになったし、日常生活に支障はなさそうだったからだ。

しかしいざメガネ生活が始まると、以前とはどうしても変わってくることがあった。一つはメガネキャラが定着してしまたこと。もともとそんなに明るくない性格だったのがメガネをかけたせいでさらに暗くなってしまった。別に友達づきあいは変わらないんだけど、中3にかけて子供が見た目を気にしだすようになるなか自分の見た目の悪さも気になるようになってしまった。

そしてもう一つは激しい運動がフルでできなくなること。メガネをしているのでサッカーとか野球とかできるだけ端っこで見るだけになってしまった。中学の時はサッカーに無理やり参加してメガネ割れたことがある。中学3年生の頃には自分のことがのび太のように見えたし、周りからもそう言われるようになった。

ここで何故コンタクトを使わないのかと思うかもしれないが、これがこの悩みの大きな問題点だったのだ。自分はどうやらコンタクトが合わない体質らしく、眼科に行ってもガチャ目だからコンタクトが合わない、メガネじゃなければダメだと言われていた。実際コンタクトをつけてみると、とにかく気持ちが悪い。つけていると船酔いのような気分がして額から汗がだらだら出てくる。一回コンタクトをつけて学校に行ったことがあるが耐えきれずにコンタクトを外してしまった。いわゆる眼精疲労というやつなのだが、本当に眼精疲労?と思いたくなるような症状が出てくるので、いやいやメガネに戻さざるを得ない。

そして高校生活が始まると、この外見コンプレックスに散々悩まされることになる。もともとメガネが似合う顔でもなく、絶対ないほうが良いのだけど、メガネを外すことができない。この消せないコンプレックスが悩みの種で奥手な性格さらに奥手になり、高校ではあまり周囲に心をひらけなかった。別にいじめられていたわけではないのだけど、とにかく自己評価が低くて周りと上手く接することができなった。なんというか顔に傷がある感じなのである。だから人前に出るのがいやだった。

それだけ自己評価が低いので、常になんか暗いオーラが出ていた。自分の姿が嫌で写真に写りたいとも思わない。だから高校時代写真ほとんどない。だけど頑張れるところは頑張ろうと思って勉強は頑張った。順位が貼り出されて学年一位という経験もしたのだがクラス友達がいないためご飯を食べる時は一人という惨めな思いを味わっていた。今思えばそんなの気にしなければいい話なのだけど、それがいやでいつも教室の隅っこの方にいた。運動も十分にできないのでだんだん運動神経は落ちていき、本当に勉強のできるのび太くんみたいになっていた。自分長所勉強しかないのが嫌だった。

から高校1年生くらいの時から視力回復トレーニングを色々やって見たのだが、如何せん効果がない。あの手のトレーニングはたまにネット上で効果があったとか書いてあるが、ほとんど無理である。一度目は悪くなったら自力視力回復しないと思う。だから高校12年生の頃は本当にどうしようもなくて、とにかく外見コンプレックスに苦しんだ。

そうこうしてるうちに高校3年生になった。17歳という、人間として容色もっとも美しくなる頃、受験勉強とともに私のこの外見・視力コンプレックスさら肥大化した。大学受験の不安よりも私は一生このままなのか、見た目にコンプレックスを抱え続けなければいけないのかという不安の方が大きかった。本当にメガネが外せないのかと悩み苦しみ、勉強そっちのけで眼科に何件も通い、なぜかメガネを10本近く買った。大学病院での検査検討したが、大学受験との兼ね合いで断念した。そんなものからそれまで維持していた成績は下がり始め、大学受験は第一志望に受かることはできず、コンプレックスも解消されないまま大学に進学した。浪人という選択も考えたが、当時のコンプレックスははっきり言って異常で、浪人したら今受かっているところにも受かるような気がしなかったため浪人を断念した。

大学に入ってからもこの外見コンプレックスに悩まされた。最初の頃は無理やりコンタクトをつけて登校していたが、だんだんきつくなってメガネに戻してしまった。そしてメガネにすると人前に出られない(?)ので、サークルも次第にフェードアウト大学1年の秋には学内自然孤立の道を選んでしまっていた。そんな人間が生きる道はインターネッツで、授業から帰宅してはネットサーフィンをする毎日一年冬〜二年秋まで送っていた。ネットサーフィンをしているうちにコンプレックスを忘れようとしていたのかもしれない。だが、20歳になったタイミングでまた忘れていたコンプレックスが再発がした。成人というのは大きなイニシエーションで、私の忘れようとしていたコンプレックスがまた復活していたのである

今度はさら孤独コンプもこじらせていて、高校の同期が大学で楽しくやっている中自分は部屋で一人ネットをしているのがコンプレックスになった。正直もう外見なんか気にしないで普通に人と付き合えばいいというのはわかっていた。でももう二年が終り、就活が始まるという段階で今更人付き合いを増やせるとも思えなかった。だから二年の冬休みはとにかく暗くて、どうすればいいんだろうという気持ちになった。不安と苛立ちが爆発し、家族にわけもなく当たり散らすようになった。散財もするようになった。一種パニック症である。原因不明の病というのはどんなに軽傷でも人の精神不安にするもので、私の心は不安に押しつぶされていた。人間思い込みというのも一つの病だと思う。

そして2019年5月に、最後の望みをかけてそれまで行った事のない眼科受診した。もう大方視力回復に間することはやり尽くしていたので、唯一やっていなかった。オルソケラトロジーという治療法にかけてみた。治療内容はググって欲しい。結果、オルソケラトロジーでも視力回復せず、私のコンプレックスは解消されないみたいだった。

しかしそこで一つの衝撃的な事実がわかった。

オルソケラトロジーを行う際に渡されたレンズを目にはめても一切気持ち悪くなかったのである

オルソケラトロジーは夜間に角膜を矯正するためのレンズをはめて就寝し、翌朝になったら角膜が矯正されているので視界がよくなるという治療である。この夜間にはめるレンズを昼間につけていても、全く気持ち悪くならなかったのである

中学1年生以来、およそ8年の時を経て裸眼で見る世界はとにかく新鮮だった。少し度が弱かったが裸眼道路を歩ける。水泳もできるしサッカーもできる。近くのビルの社名が裸眼で読める。夜は月がブレずに見える。鏡をみてもあの忌々しいメガネはない。あの時は嬉しかった。私が8年間、青春の間ずっと苦しんできた悩みはいとも簡単解決したのである

8年間の悩みが解決した理由もよくわからないのだが、私はどうやら「ソフトコンタクトだと体質的に無理なのだが、ハードコンタクトなら大丈夫」という事だったらしい。理解不能である。確かに私はコンタクトなんてどれも同じと思って、安いソフトの方を買っていたが、そんな意味のわからない解決法はネットでどれだけ探しても見つかったことがなかったし、中学一年生の時から百回は受診したどの眼医者もしてくれなかった。

目が治ってから、私は号泣した。普通病気が治ったら嬉しいと思うかもしれないし、私もそうだろうと思っていたが、こんな意味のわからない理由が原因だったこと、外見コンプレックスのせいで今まで失ってきたものが多すぎることに嗚咽し、自暴自棄になり、さら家族に当たり散らすようになった。8年間もコンプレックスに苦しんだこと、そのコンプレックスが実はすぐに治ったことを受け入れることは難しかった。ストレスの度合いでは大学受験に落ちたことなんか大したことではない。私は12-20までの8年の間でもっと色々なことに挑戦できただろうし、もっと色々な人と仲良くなれたはずなのである

8年間の理不尽は私から自尊心を奪い、一気に自暴自棄に陥らせた。3年春学期の単位は全て落とし、gpaは目も当てられない数値になった。部屋は片付けなくなった。暴食を繰り返し、体重半年で10キロ増えた。家中の皿を割った時は家族から家を出て行けと言われた。

学生時代ほとんどを思うように過ごせず、就職というラウンドまで来てしまった。現実を受け入れられなかった。3年の秋はなんとか学校に行っていたが、授業を受けている間も病的にずっと後悔していた。後悔先に立たずだけど、あの時ああしていればというのをずっと考えてたら1日が終わるとかザラであった。留年したので就職なんてどうでもいい。21歳の誕生日家族以外誰も祝ってくれなかった。家族からも暗くて一言も喋らないから怖かったと言われた。

カウンセリングに年明けから行ったが、正直今できることをやれ、気にするなとしか言われず、自分でもそれしかないとわかっていたので行く意味はないと思ってやめた。しかテストを受けるまでずっと落ち込んでて、単位も半分くらい落としたと思う。せっかくコンプレックスが解消した顔は激太りした上にやつれきっていた。

ただテストを終えたくらいから、ずっとこのままでもどうしようもないというのは体がわかってきた。ようやく、現実脳みそが追いついて気がする。もう一度三年生が始まり就職活動も始まる。何一つ悪いことはしていないのだが、人生を再スタートさせなきゃ行けない。今まで失ってきた分、これからはい人生を歩みたい。

2020-02-14

バレンタインだし乙ゲーでもやろうぜ

あなた(28)

・既婚、2人の子持ち。結婚5年目。

 夫(36)は家事は一切やらないが、手のかからなくなった子供の世話は多少する。

 赤子の頃はワンオペで散々苦労した。

 共働き家計はそれなりに余裕。戸建て。

 夜の営みはほとんど無くなり、夫の加齢臭や遠慮のない屁こきに呆れている。

 独身と偽り日頃のストレスを解消中。

 趣味推しとの2ショチェキ撮影


・・・攻略対象・・・・・・・・


IT系(26)【親密度55%】

バツあり子あり(縁切り済、養育費なし)、車あり。

 運動神経抜群、酒はそこそこ強い。

 人に好かれるタイプだが判断能力に欠ける。

 引っ張ってくれる男らしさは皆無。

企業家(28)【親密度60%】

・車あり。たぶんすごい金持ち

 なんでも買います、なんでもあげます

 代わりに依存してほしいと若干のメンヘラ

 会話の切り口がおかしい。ただ金には困らない。

製造業(22)【親密度85%】

陽キャに憧れて事故タイプの隠キャ。

 おしゃれ?なにそれおいしいの?

 性格マメ。慎重すぎて勢いやノリに欠ける。

 聞き上手なのでメンヘラホイホイ。

清掃業(31)【親密度35%】

下半身とアタマが直結してる。

 友達が少ない、勝手依存されてる。

 食に関する知識豊富なのでおいしいお店はよく知ってる。

 会話のキャッチボールが出来ない。

運送業(34)【親密度20%】

顔面レベル高いが、とんでもない変態

 性癖が狂ってる。

 1週間に1度くらいしか連絡来ない。

 細々とキープされてる感。

イラストレーター(26)【親密度40%】

コミュ障。人が増えると萎縮している。

 おそろしく几帳面かつ潔癖。

 知識の幅が広くて話は面白いが、たぶんサイコパス無意識言葉で人を殺してる。

建設業(30)【親密度10%】

・忙し過ぎて全てのことを放棄している。

 その割に見た目は普通

 酒飲んで勝手に寝て、2時間放置された。

 連絡なく、生きてるか死んでるか不明

・・・・・・・・・・・・・・・


あなたなら誰とエンディングを迎える?

2020-02-13

おしゃれに向かない自分が憎い


身長なのに骨の太さ、四肢の太さは平均身長の人と変わらないかずんぐりむっく

尻がでかくて肩幅もしっかり

丸顔、顔の大きさもデカ寄りの普通デコが広い

敏感肌乾燥肌化粧品かぶれ、花粉かぶれに苦しむ

丸くて小さい爪、手も子供のように短い指

外反母趾ヒールは履けば激痛

幅広、エジプト型の足のせいで選べる靴は限られる

細くて柔らかい毛、からまるし縮毛矯正効かないしアイロンしてもトリートメントしてもすぐにうねる

運動神経は昔からよくないけどせめてスタイルはなんとかしたいとジムに行っても筋肉全然つかない、ダイエット食事制限してたら生理周期おかしくなるしなぜか若白髪は増えるし貧血で倒れるし本当にしんどい、疲れた

まずいプロテインや完全食や酵素ドリンクばかりの生活がもう1年も続いてる

街中でおしゃれな女性見るのも、ショップ可愛い服やコスメを見るのも鬱だ

どんなに頑張っても私はおしゃれなあの人のようにはなれないのか

激痛を我慢してヒールを履き、かぶれる肌すらもファンデーションで隠し、食べたい物も我慢し、可愛くなるためにあらゆる我慢をしてきた気がする

もっと痛みが酷くなっていくのは分かってるのに

なぜ、あの人は爪の先から髪の先まで綺麗でいられるんだろう

同じ職場で同じ仕事をしているはずなのに、あの人と私の違いは一体何なんだ

だって華奢でスタイルが良くて好きな服をたくさん着て綺麗でいたかった

なぜこんなにつらいんだろう

つらいつらい、つらい

2020-02-10

地味な女の子がすげぇ気になる。

183cm運動神経は悪いが志尊淳に似てると言われる。MARCH在学中。出身はど田舎。こないだ地元に戻ったときに所要で○A行ったんです、○A。んで、受付にいた地味でメガネ女性に、なんというか目覚めてしまった。俺こういう人としたい!みたいな。今まで付き合った経験は2人あるけど、同年代一般的かわいいといわれるような子と付き合ってんです。○Aの受付にいるような地味なこはタイプじゃないと思ってたんです。でも違った。こんなふうに思ったことは今までなくって。ツレに言ったらどうしちゃったよ?みたいに言われそうだけど、そう思ってしまったらしょうがない。これはただの好奇心なのか、それともタイプが変わったのか。なんか妄想掻き立てるんだよなぁ…。明日帰るけど、どうにかできないかな。

2020-02-04

萌黄えもに花束

動画配信を題材にした女児向けアイドルアニメキラッとプリ☆チャン』に、「萌黄えも」という登場人物がいる。

物語の中心となるプリチャン(作中の動画配信サービス名前アイドルユニットミラクルキラッツ」のメンバーであり、主人公桃山みらいの幼馴染。スポーツが得意で学校ではチア部に所属金髪ツインテ。口癖は「えもい!」。ユニット「メルティックスター」のリーダー赤城あんなとは犬猿の仲(という名のカップル)。初代プリチャンアイドル?の孫というサラブレッド的な設定も一応ある。第一からみらいと共にCGライブも行っており、メインキャラの一人であることは間違いない。

そんな萌黄えもが、いつの間にか自分にとってプリチャン内で最も気になるキャラクターになっていた。気になる、といっても萌えとか推しかいう話ではない。見ていて妙にハラハラさせられる、危なっかしい存在ということだ。

どの辺が気になるのか。いくつかの要素に分けて見ていく。ネタバレあり。

能力

一期から登場している、えも以外のメインキャラ=プリチャンアイドルたち(トップアイドル白鳥アンジュを除く)を見てみると、

キラッツ

桃山みらい:トップアイドルトップデザイナーに認められた才能を持つ天性のアイドル。特技はキラースマイル(変顔

青葉りんか:博識で、一人でプリチャン配信を行える技術力もある。UMAにも詳しい

メルティック

赤城あんな︰超金持ち

緑川さら芸術家肌でギターの上手いイケメン

紫藤める:飛び級天才

と、なんだかんだで一芸に秀でた超中学生級の面子がそろっている。その中に混じると、えものチア部でスポーツが得意」はやや分が悪い。実際、序盤ではみらいとの運動神経の差がある程度ストーリーに関わることもあったが、以後はえもの特技・特性が作中で活かされることも稀になっていく。ライブ演出ポンポンを使うぐらいか

性格人間関係

ポップ系のアイドルだけあって、えもは基本的には明るく元気な性格をしている。しかし、調子に乗って失敗するとか肝心なところで弱気になるといった、ネガティブな面もしばしば描かれ、むしろそちらの方が印象に残りやすい気さえする。

これがたとえばプリティシリーズ前作「プリパラ」の、「ドロカス」ことドロシー・ウェストのような突き抜けた無軌道さまで行けば、それはそれで一種愛嬌にもなるだろう。だがえもの場合はその人格に、良くも悪くも過剰(異常?)さはあまり感じられない。

そんな中途半端さを象徴するのが、えもがズレたことを言って、みらいとりんかが「「あはは……」」と苦笑するミラクルキラッツ定番の流れだろう(定番とはいえこれはワンパターン過ぎるので正直そろそろ控えてほしい。ついでに、りんかのシルクちゃんオチも)

ライバルである赤城あんなが、高飛車お嬢様ではあるが実はストイック努力家でツンデレという、ベタであるからこそ鉄板好感度の高いキャラ付けであることも、えもの煮え切らなさを際立たせている。

たとえば、えもとあんなのデュエット曲、「ツヨキ!ツインテールズ」冒頭のこの掛け合い。

あんな「今日特別に、一緒に歌って差し上げますわ」

えも「はぁ?感じ悪いんだけど!」

「はぁ?」って……「感じ悪い」って……もっと言い方……

これはもちろんツンデレ同士のじゃれ合いでしかないのだが、あんなが分かりやすく「ツンデレお嬢様」の文脈に乗っているのと比べると、えもの方はほんの少しばかり、無駄に地に足のついたキツさが前に出ているセリフに感じてしまう。要は、「感じ悪い」って言う方が感じ悪くない?

一期終盤の展開

49話「さがして、さがして、さがしてみた!」。ミラクルキラッツはメルティックスターを破り、ネクストプリンセススペシャル大会への出場権を得る。しかし、出場券である「ウレチケ」を預かっていたえもは、大会前日になってウレチケを紛失していることに気付くのだった……

チケットを探す過程で、キラッツが家族やこれまで出会った人々との繋がりを再確認する、という王道エピソードではある。が、あくまでそのきっかけでしかないとしても、最終決戦直前のこのタイミングに、いつもの調子でえものしょうもない失敗をわざわざ持ってくるのか?と、当時はかなり疑問に感じた回だった。

しかオチは、えもがチケットを自分帽子に隠していたのを忘れていただけ(その上チケットは実は再発行可能)というもので、最後までえもが名誉挽回するようなイベント特に無し。ギャグとしても、やはりやり過ぎだったのではないだろうか。

そして更に追い打ちをかけたのが、一期最終話である51話キラッとお別れ、やってみた!」。海外に旅立つメルティックスターを見送るためにお別れ会企画するミラクルキラッツ。だが、時間になってもえもが来ない。みらいとりんかはえもを探しに行く……

今回のえもの遅刻理由は、会場に向かう際に転んでケガをしたせいなので、チケットの件よりは自業自得感は薄い(メルティックへのエール練習をしていて時間が押したことも影響しているが)。とはいえ、仮に本人には一切の責任がないとしても、えもが他の二人の足を引っ張る展開を短期間に立て続けに投入したりすれば、視聴者ヘイト無駄に稼いでしま危険性が高いことぐらい簡単想像できるだろう(実際に批判があったかは知らない)。なぜこんな変な構成にしてしまったのか。

51話で、探しに来た二人と合流したえもは元気を取り戻し、「あたし全力で走るから!転んだって走るから!」と宣言する。これを見るに、何度失敗しても立ち上がるキャラとして印象付けたいのかとも思うが、そもそもの失敗自体が地味では、そこからの復活もパッとしないものになりやすいだろう(しかもそのセリフの後にまたすぐ弱気になってるし……)

やっぱりえもが好き

こういった萌黄えもの造形や活躍?は、主人公であり結局のところ実質的天才であるみらい以上に、「普通女の子もっと言うと「調子に乗った素人」としての役割を負わせる意図によるものと思われる。

動画配信を題材にした作品に、そういう存在をメインキャラとして登場させる意味は分かる。なにも「調子に乗った素人」だけが配信をしているわけではないが、「調子に乗った素人」を受け入れる寛容さこそが現実動画配信文化を豊かにしていることは確かだろうから。実際、作品の初期にはこれが上手く機能していた。

1話で、みらいとえもがデビューすることになったきっかけは、売り言葉に買い言葉でえもがあんなに言い放った「あたしだってプリチャンデビューすればあんたなんて目じゃないんだから!」だ。もちろんこのセリフ根拠と言えるものは何もない。しかも、自分から言い出したくせに、えもは初ライブ直前の土壇場になって怖気づいてさえいる。結局それを立ち直らせたのは、みらいのキラースマイル(変顔)だった。

しかし、たとえ桃山みらいが豊かな才能を持ち人の心を和ませる特別存在だとしても、えもに半ば強引に誘われることがなければ、彼女一人ではデビューに至ることはできなかったはずだ。最初の一歩を踏み出す力として、裏付けのない無謀さの価値を、プリチャンはえもというキャラに託して表現しているのだろう。

その後、りんかもメンバーに加わりキラッツのプリチャン活動軌道に乗ることで、着火剤としての存在意義はやや薄れていくことになる。その結果、えもというキャラをこれからどう動かしていくべきかについて、制作側に迷いが生じたのではないだろうか。それが一期終盤の歪み(えもに関しては迷走と言い切りたい)に繋がった、とは考えられまいか

二期に入っても、目立った失敗エピソードこそないものの、第二の主人公と言っていいほど重要な新キャラ「虹ノ咲だいあ」とあまり相性がよろしくないこともあってか(引っ込み思案な虹ノ咲とデリカシーがないえも、虹ノ咲の憧れの人である桃山みらいとえもは幼馴染)、やはり細かいところで損な役回りが多かった印象がある。

しかし、第89話「聖夜はみんなで!ジュエルかがやくクリスマス!だもん!」。最高のジュエルアイドルを決めるための大会とされていたジュエルオーディションが、実は自分友達を作るために始めたものだったと涙ながらに告白して虹ノ咲が去った後の、このやり取り。

えも「あたしさ……どうもピンと来ないんだけど」

あんな「何がですの?」

えも「ジュエルオーディションが嘘だったってやつ」

あんな「……」

えも「嘘でもなんでもないよ!オーディションしかったし!」

これには思わず

「そうだよ、それだよ兵頭一歩!」

と叫んでラウズアブゾーバーを投げそうになってしまった。それほどまでに、ここは近来まれに見る会心のえもゼリフだった。

主催者自身暴露を受けてもなお、自分たちが参加してきたこれまでのジュエルオーディション肯定する。それ自体はその場にいたアイドルたちの心情の代弁に近い内容だが、これを真っ先に、いい意味で考えなしに半分キレ気味で言葉にしてくれたのがえもだということが、嬉しくてたまらない。

えもって実はこういう奴だったんだな、と再発見したような気持ちにさえなった。この「いい意味でのバカ」を意識し続けてくれるなら、これからのえもには期待できるかもしれない。

現在のプリチャンにおいて萌黄えもというキャラクターは、恐らく企画当初に想定していたよりずっと扱いが難しい、デリケート存在になってしまっていると思われる。言われるまでもないだろうが、監督脚本演出の方々におかれましては、どうか彼女に関しては他のキャラにも増して丁寧に丁寧に丁寧に描いてくれるようお願いしたい。3期も楽しみにしてます

2020-02-02

欲しいものがなくて困った

そこそこ貧乏な家に生まれ物欲我慢して育ったので、

大人になってから物欲を満たすために頑張ってきたところがあるんだけど、

欲しいもの一通り揃えてしまったら次に欲しいものが思いつかなくて困ってる。

誰か提案して欲しい。

追記

提案ありがとう

2020-01-30

優生思想が全くない人っているの

クッソ賢くて運動神経も抜群、容姿も万人受けする子供ダウン症で重度の知的障害の子供、どっちが欲しいですか?って言われて後者(あるいはどちらでもいい)って人いるのか?

日本でこれからまれ子供が全員前者か後者のどっちかになるんだったらどっちがいい?って言われたら…でもいい

2020-01-05

陽キャ

高校時代オタクをすこしだけ卒業していた。

すこしだけ、というのは、ううんなんて言えばいいんだろう。にわかオタクだったっていうか。

小学生のころから根っからオタクだったので創作したり妄想したりするのが好きだったんですけど、高校時代ライトオタクだったというか。漫画読むしアニメも齧ってたしニコニコ動画とかも見てたけど、そこまでヘビーなオタクじゃなかった。

なぜそうだったかって、勉強部活に明け暮れていたからなんですけれども。そこそこの進学校入学した自分は今思うとめっちゃ痛いんだけど高校デビュー(笑)したくてごりっごりの運動部に入ってた。

それまで文化系だったから、その部活では底辺だった。でも個人競技の側面のあるスポーツをしていたので誰かの足を致命的に引っ張ることはなかった。本当に良かった。

そこで同じ競技をしていた同い年の同級生が他にもうひとり居たんですね。男の子なんですけど。

端的に言うと、めちゃくちゃ陽キャだった。もう根暗自分からすると最初マジで怖くてびくびくしてた。

同じ種目だから練習も同じなんですけど、まじで同じ部活じゃなかったら関わることがなかった人種

の子最初一年部活さぼりがちでした。なんか勉強の方に専念したいらしくて。でも練習に顔出さない割にはもともとの運動神経が良くて部活の成績はそこそこ良かった……たぶんもっと練習してれば強くなっていたのではないかとおもう。

二年生になって、練習によく顔を出すようになった。たぶんなんか、その子のなかで気持ちが変わったんでしょうね。

毎日のように練習で顔を合わせるんですけど、怖いと思ってたのがコミュニケーションするうちにこいつ良いやつじゃん…ってなった。

の子めちゃくちゃイケメン(でも顔がこわい)で、一年生のときからお付き合いしてる彼女が居るんですね。で、よくその子のことを惚気られた。

しかもその惚気かたがめちゃくちゃ可愛くて、下世話な話とかじゃなくて、今度お花見に行く~とか、手作りのお弁当を作ってもらった~とか、なんかもうあまずっぱいんですよ。

ほんとうに好きなんだなあ~と部活の合間とか終わったあとに話を聞きながら、彼のようなひとのことをリアル風早くんと言うんだろうなと思っていた。(風早くんが誰か気になるひとはぐぐってくれ・・・

なんで急にこんな話するかっていうとツイッターで行きずりのオタクが「マジの陽キャはいいやつ」みたいな呟きしてるのが流れてきて。本当にそうだなあって思ったからなんですよね。

マジの陽キャマジでいいやつでしかない。

高校時代のこの友人もそうだけど、顔が良くて頭も良くて家庭環境もおそらく良いであろう子が、ひねくれるわけがないんですわ。

本当に良いやつだった・・・元気かな・・・もうずいぶんあってないけど。

2019-12-18

歩きスマホ体当たりで不起訴 傷害容疑の男性東京地検時事ドットコム https://www.jiji.com/jc/article?k=2019121701030

しかに歩きながらスマホ操作しているヤツが悪いけど、だからと言って「正義は我にあり」と体当たりして良い理由にはならない。

他人の不幸を祈る訳じゃないけど、歩きながらスマホ操作している輩にはいつかキツい罰が下る、と信じて放置している。

歩きがならスマホ操作している輩が自分に向かってきたら、避けるようにするけど、運動神経が悪い年寄りなので避けきれる自信は無いし、避けきれず当たっても仕方無いよね(ぼーよみ

2019-12-14

エスカレーターの前で立ち止まる人なんなん?スピードを落とさずに乗れ!

一度立ち止まってからタイミングを測って、エスカレーターにのる人っているよね?

怖いのか? エスカレーターって利用するのは難しいのか?

混雑するエスカレーターは、歩いている速度のままペースを落とさずに、スムーズに乗り込んでほしい。と、後ろから見ていて思う。

言っておくが、80、90代の年寄りや足が不自由な人の話ではない。20代と思える若くて健康そうな人の話である

エスカレーターは利用するのに高度な運動神経を求められるような難易度の高いアトラクションでもないと思うんだけどな。

2019-12-06

顔の良し悪しが異性の判別に使われるのって謎じゃない?

胸の大きさや痩せ過ぎてないか繁殖的に見て有利か判断できるってのは納得できるけどさ、顔で何がわかるのっていう。

顔は悪いけど運動神経抜群なスポーツ選手もいるし、顔に体全体の良し悪しが表れるなんてことあるの?

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