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はてなキーワード: CGとは

2019-04-18

anond:20190418173230

アニメや3DCGアニメのほうが制作費安くリアル寄りにできるんだけど、

若くてきれいな役者さんを見てついでに良いストーリーも見てってねってことでしょ、わかってる。わかってるさ

 

ただ60キロありそうな人体をあれだけ軽くポイっと打ち返されるとなんとなく「運動量保存の法則」とか「力積」とかよぎるわな

グヌヌ感をもう一度スローでどうぞしてほしい、コマ割りやアニメ

2019-04-15

anond:20190415200420

実際1000円弱の即物的エロCG集とか売れまくってるしな

2019-04-13

[]移動都市モータル・エンジン

『移動都市モータル・エンジン』(以下、移動都市と省略)を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

120点ヤッター!バンザイ!。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。大満足なんではあるが、この大満足は極めて個人的感情であり、しかタイミングによるところが大きい(後述)。なんで皆様におすすめできるか? オールタイムズベスト的な価値があるか? といえばおそらくない。見なくて良い。

しかし一方で今じゃないと書けない評価もあると思うので、この記事はその辺について触れたいと思う。

ファンタスティックCGアクション映画

当方は「パンフとか購入するくらいならもう一本別の映画見るわ教」の人間なので詳しいセールス文句は知らないのだけれど、スタッフ的には『ロード・オブ・ザ・リング』のスタッフ結集!とのことで、ほうなるほどと思って足を運んだ。どうでもいいけど、この映画日本での広報に失敗してない?

んでもって内容なのだけれど、想像した以上にCGが良かった。「CGが良い」っていろんな方向性があるんだけど、一昔前の重要課題だった「嘘くさくない」とか「合成に違和感がない」みたいな部分は今やもうすでに解決済みであって、現在では「どれくらい見たことがないすごい景色を見せてくれるか?」ってとこが焦点だとおもう。

その点において『移動都市』は素晴らしかった。超巨大戦車じみた土台の上に一個の都市ロンドンが乗っかって、スチームパンクともレトロフューチャーとも言える鉄量にまかせてゴンゴンガンガン進みながら、その中には宮殿大英博物館もあってゴシック生活もあるってあたりが、もう、きゅんとくる。世界観荒唐無稽さを、CGによる映像美と迫力で押し切るという、いわば「嘘の芸術である映画センス・オブ・ワンダーが花開いていた。その点は二重丸。

アクションも、チェイス市街戦空中戦、焼け落ちる基地から脱出、潜入、銃撃戦と各種取りそろえそれぞれにレベルが高く、十分以上に楽しめる。

一方で脚本は、まあ、悪くもないんだけど、そこまで良くもない。割りとありきたりな復讐劇で世界観CGによる大美術アクションに全ふりしたような映画ではあった。

登場人物も、主人公スター・ショウ(母親殺害された件をきっかけとする復讐者)とトム・ナッツワーシー(ヘスター好意を抱き所属するロンドンを裏切って協力する史学者&飛行機乗り)は、内面的にも平坦でそこまで感情移入するってほどでもない感じ。

二人をお助けする女性賞金稼ぎアナファンのほうが汎アジアキャラ的なドラマをもっていて好感度高かったほど。

だいたいしめて90点くらいで、レイトショーで割引で見ると満足な映画というのが評価だろうか。

そんなんじゃねえよFuck!傑作なんだよ!!

しかし!上記のような説明ではこの映画を120点評価した理由が全くわからないだろう。ここではそこを解説したい。

そもそも『移動都市』の世界観は、現在文明大戦争でほぼ滅んだアフターホロコースト地球である大量破壊兵器メデューサ欧州は完全に壊滅して、泥炭じみたぬかるむ湿地の広がる大荒野になってしまっている。そこではもはや土地根付いた生産をすることは不可能であり、都市は「移動都市国家」としてそれぞれが巨大陸兵器になりつつ、荒野をさまよって、より小さな移動都市を鹵獲して、食料や燃料や労働力(そこの市民)を略奪して暮らしているのだった。

今回映画『移動都市』の主役都市とも言えるロンドンは、その中でもかなり大きなものであり、旧時代文明研究をして工業力を維持しつつ、小都市を略奪して巨大化しているっぽい。

ロンドンはどうやら物語開幕直前にドーバー海峡を渡ったようで、欧州東部の小都市国家郡にたいする略奪旅行にでる。わーお!プレデタージャーニー!これを市長は「都市淘汰論」とかうそぶいて正当化する(ダーウィニズム! キタコレ)。

この時点で映画開始から10分もたってない。すごいよロンドンめっちゃゲスじゃないですか。

移動略奪都市ロンドンは「移動派」を名乗っていて、一方で、ユーラシア大陸当方には「反移動派」がいて、これは旧来の都市運営のように普通に地面に都市を作って周辺で農耕しているらしい。映画後半になるとそっちにもカメラが行くんだけど、緑豊かな自然復興している。

東へ向かうには要所となる渓谷があり、そこに東部の「反移動派」たちは「盾の壁」なるものを築いていて移動略奪都市侵入を拒んでいる。この「盾の壁」と移動略奪都市ロンドン大戦争が映画クライマックスだ。

物語中では明言してない(してるわけがない)んだけど、この「移動派」の移動略奪都市ロンドンって、もう、完全に植民地主義なわけですよ。

巨大な鉄の破砕口で逃げ惑う小移動都市を捕捉してバリバリ噛み砕き、そこの住民たちを「強制移住」させて「ロンドンへようこそ!あなた達には住居と仕事提供されます!」とか放送しちゃってるけれど、そういうひとたちは都市最下層の労働者タコ部屋みたいなところに押し込んで働かせている。

そういう小移動都市を奪って「燃料一ヶ月分の足しになるか」とか市長は言い放つし、ロンドン公園テラス(周辺の荒野が見える)では、ロンドン上級市民が鈴なりになって、(おそらく東欧貧乏な)小移動都市に銛を打ち込んで串刺しにして鹵獲するシーンとかで「うぉおおお!!ロンドン最高!!」「やれー!やっちまえーー!!」「貧乏人を奴隷しろ!」とか大歓喜なんですよ。

もう、このシーンだけで興奮してしまう。

まじか。スタッフまじでこの映画作ってんのか? っていうか原作小説からこれかよ。パンクだな。

しかもそのうえ「反移動主義者どもは盾の壁などをつくって我々を干上がらせるつもりだ!けしからん!奴らの土地を奪うぞ!!決戦だ!!」「うぉおおお!ロンドンロンドン!!」とか言い始める。

これだよ。これこそが大英帝国だよ! 大英博物館はそうやって鹵獲した貧乏都市に残されていた旧時代文明異物を収集して飾っておくとか説明されて、「わかってるよこの作者ぁ!?」ってなるなった。

んでまあ、そうやってね。植民地最高!労働力移民(白目)でOK!上層部では光降り注ぐ庭園ヴィクトリアンなライフスタイルで下層はスチームパンク労働者身分が違うからろくな会話もできません。みたいなロンドンが、最終的にはコテンパンに負けるんですけどね。

原作フィリップリーヴはイギリス出身なんだけど、自虐っていうかシニカルな笑いが凄まじいな。まさにこのシニカルかつブラックな笑いがこの映画の加点理由であって、だめな人には全くダメだし、歴史的な経緯がわからないと小芝居に意味が無いとも言えるし、そういう意味では難しい映画かもしれない。でも、めっちゃパンク

まあそういう感じでゲスダメダメさを楽しむ映画ではあるんでが、日本場合さらボーナスがあって、それはイギリスがただ今絶賛ブレグジットに関するgdgdの真っ最中であって、過去自分がやった鬼畜所業再確認だってことですよね(欧米での公開は去年なのでそこまでタイミングドンピシャじゃなかった)。

イギリス人「だってイギリスイギリスのものなのに政治の中枢がEU本国側にあるなんていやでしょ?」

ガンジーせやな自分頭悪いやろ?」

みたいなことを思い出しながら『移動都市』を鑑賞のは最高に贅沢だと思うのですわ。メイちゃん首相だんだん顔が怖くなってきたし。『移動都市』みたいにEUぶらり旅で離脱できるとええな。

anond:20190413160149

ゲームっ子だったから、CGとか物理シミュレーションとか拡張現実とかそういうのに夢見て入ったなあ。

10年前に卒業したけど。

かに思い返すとソフトウェア開発には特に興味ない人も多かった気がする。

プログラミング系の課題も、数学課題も同じテンションだったりとか。

えろかとおもったらホラー

まじでびびる

同人CG集ぱらぱらみようとしてたら最初1,2舞が背景とテキストだけで3枚めがいきなりほらーな女

いやよくみたらホラーじゃないんだけど、初見だとどうみてもホラーみえ

まじでこわいしびびる

ほんとやめろや

2019-04-11

[]キャプテン・マーベル

キャプテン・マーベル』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

ほどよく100点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。ふむふむ満足であるぞ、と思いつつ帰路についた。とは言え、帰路において考察が止まらないとかはなく、色んな部分が程よく狙ったように及第点ではある。

MCU(マーベルヒーロー映画シリーズ程度のことだと思いねえ)ファン的にはくすりとわらえたり、ほろりと出来たりする要素はありつつ、全体としてのアクションCGバトルの派手さも有りつつ、脚本もウザくならないように欠点塞ぎつつ、いい感じというのが個人評価。大傑作じゃないけど程よく佳作。

ゆえに以上で感想終了である

ヒーロー内面資格

というわけで、ここからさきは感想じゃなくて感想風になる。

キャプテン・マーベル』は良かった。しかし、実はその良かった部分が自明じゃない。様々な要素が程よく及第点から全体合計で佳作なんだけど、何か突出した、訴えかけてくる部分が見つけづらい。

でもそれって無いわけじゃない。無かったら上映後もっと気持ちが尻すぼみになったと思う。だから良かった部分をちゃん言語化しておくほうが良いと思ってのメモだ。

いろいろ考えてたのだけど、『キャプテン・マーベル』は空っぽなところが良かった。その内面というか、背景が、他のヒーローに比べてポジティブに空白だ。そこが素晴らしく良かった。

ヒーローというのは超越的な存在で、それは能力的なものもそうなのだけど、内面的にもそうである必要がある。「信じられないほどの苦境や絶望に対して敢然と立ち向かう断固たる決意」みたいな部分だ。しかし一方で、ただ超越的であるだけではなく視聴者である凡人の僕らと地続きである必要もある。そうじゃないと視聴者ヒーロー感情移入することが出来なくて、彼らの苦悩や活躍他人事の白けた話だとしか思えなくなってしまうからだ。

アイアンマンキャプテン・アメリカというスーパーヒーローであっても、彼らの抱えた周囲から無理解へのいらだちや、内面孤独や、大切な人を失ってしま絶望という様々な苦難は、もちろん具体的な状況は違うのだけど、僕ら一般人生活を営む上で出会うそれらと変わりがない。ヒーローヒーローでありつつ僕らと同レベル人間存在であって、その同類が困難に向かって立ち上がるから胸が熱くなる。

マーベルというアメコミ企業は、扱ってる商品性質上、ヒーロー専門家であって、ヒーローについて多分毎日毎日めちゃくちゃ真剣に考えているから、そういうドラマの基本を十分に研究していてヒーローを生み出している。

その結果、例えば肉親を悪の襲撃や事故で失ったり、自分の将来の希望を奪われたり、社会からの拒絶で友を失ったり、両親との関係コンプレックスがあって取り戻せなかったり、愛を交わしたパートナーに去られたりする。……よくあるなー。

そういう内面的な危機を乗り越えた「から精神的に強いヒーローなのだー! ばりばりばりー! みたいなシナリオは本当に多い。でも、それってなんかこう……やりすぎて陳腐になったり、これみよがしな悲劇ドラマになったりもする。

言い方は悪いが「こんなにひどい目にあったんだから超絶能力を手に入れてもええやん?」みたいなエクスキューズにも見えてしまうのだ。ドクター・ストレンジお前の映画のことだゾ。

この「1)なんだかんだで凡人→2)内面的な困難や絶望の超克→3)不思議出来事が起きてヒーローパワー入手!(2と3は順不同)→4)乗り越えた主人公の爽快なアクション!→5)解決!」というドラマ構造はすごく強力なテンプレなのであらゆるメディアで見ることが出来る。

この構造において、ヒーロー内面的な資格は「不幸とその超克」だ。

でもたぶん、『キャプテン・マーベル』はそこに対して距離を取った。

ドラマを支えるために一応取ってつけたようにその構造はあるのだが、その部分には明らかに重心をおいていない。

主人公キャロルダンヴァース(キャプテン・マーベル)は、たしかにクリー人に洗脳されて傭兵扱いされてたわけで、そういう意味で裏切られていた(っていうか洗脳されてたって相当ひどい過去だよな。エリア88風間シンよりやべーだろ)わけだけど、じゃあそれが彼女内面悲劇であり彼女の中心か? というと別にそんなことはない。

リー指導者である超AIにたいしても自分を騙していた直接的な上官にたいしても、別段そこまで復讐意思はなさそうだ。現に上官のヨン・ロッグは叩きのめしたけれど宇宙船にわざわざ乗せてクリー星へ送り返している。

映画を見終わったあとに振り返ってみたけれど、彼女内面的な意味ヒーローになったきっかけというか契機となるイベントは実は本作のメインな時間軸中に存在しない。そのイベントの欠如は、従来の判断によればドラマ設計の失敗を意味するはずだ。でも、設計失敗の割にこの映画破綻してないしちゃんドライブされている。

これってどういうことなのか? 内面葛藤を経ていないキャロルは前述のヒーロー資格においては失格であるはずだ。しかし画面の中の彼女はさっそうとしてて格好いいし、見ていて気持ちいいし、応援も出来るしヒーローに見える。これってどういう設計なのだろう?

結論から言うと、その資格論にたいする本作の返答は「主人公キャロルダンヴァースは最初からヒーローだった」だったいうものだ。

この「最初から」というのは、文字通り子供の頃からという意味で。

作中でインサートされるように、キャロルは、子供時代記憶としてカートレース事故にあう。子供野球三振する。軍の教練において体力勝負で負けて周囲から笑われる。つまり、僕ら凡人がするような挫折を一通り普通にやっている。

そして彼女はなんだかんだ人生につきもの紆余曲折を経て、当時まだまだ女性に対しては門戸を閉ざしていた空軍パイロットエリート象徴でもある!)に実験部隊ということで潜り込んでテストパイロットになる。

その実験部隊トラブルが起きて、キャロルは恩師ウェンディローソン博士を助けるために飛行任務立候補し、その騒動の中であわや命を失うというところまで行くのだが、それはさておき。

その実験部隊で同僚でもありキャロル親友黒人女性パイロットマリアランボーセリフに「その時(恩師を助けるためにパイロット立候補したときの)のあんたはまさにヒーロー登場! って感じだったよ」というものがある。過去を回想する形で親友主人公を思い返した言葉だ。

この立候補ときキャロルスーパーヒーロー能力を持たない普通地球人だったわけだけど、にもかかわらず、「まさにヒーロー」だったわけである

能力のみならず、内面危機においても主人公キャロルはこの時点で、ヒーローにつきもの特別悲劇経験していない。恋人を謎の組織に殺されたりしてないし、四肢を切断されて生きる力を失ったりしてないし、故郷帝国に焼き尽くされたりしていない。

この作品は「それでもいいんだ」と言っている。そこが良かった。

まりカートレース事故から負けん気で立ち上がったとき子供野球三振したけど凹まずに再挑戦したとき、軍の訓練の綱登りで落下してもへこたれなかったとき、そのときキャロルダンヴァースはすでにしてヒーローであった。あらゆる困難に「なにくそ!」と立ち向かったとき、「すでにしてヒーロー資格を得ていた」わけだ。もちろんアクションバトル映画であるので、主人公キャロルヒーロー能力を得たあとにも虐げられたスクラル人を助けようとして銀河規模の争いに身を投じる訳だが、それはなにも特別なことではなくて、「眼の前の困難に対して意地や義侠心で立ち上がる」ことそのもの子供時代と変わらない。

あらゆる人のあらゆる人生につきものの、しかし本人にとっては重要な、日常の無数の挫折や失意から立ち上がること、諦めずにチャレンジするその姿勢、それこそがヒーローであると『キャプテン・マーベル』という作品は主張している。

それはつまり主人公キャロルだけではなく、広く開かれた一般凡人である視聴者への無言のメッセージでもあるのだ。「ヒーローになるにあたって特別巨大な悲劇喪失必要ない」。「この映画を見ている圧倒的多数普通の人々も十分ヒーロー足りうるよ!」と言っている。

これは脚本家が、従来のヒーロードラマに対してまだまだ満足せずに、ドラマ構造として一歩先に進もうとした野心の結実のように思える。

そのチャレンジがとても良かった。

ハリウッドアメリカロールモデル

アメリカ映画において、とくにハリウッド映画において、さら子供ターゲットに含めたヒーロー映画において、ロールモデルっていうのはすごく重要ポイントだ。ロールモデルっていうのはざっくり「目指すべき人物像」とでも言えると思う。「こういうのが良い人間です」という制作側の提案、という側面がハリウッド映画には確かにある。

日本ではちょっと馴染みのない考え方かもしれないけれど、要するに子供の頃に課題図書で読む偉人伝と同じような役割文化装置だ。二宮欣二とか野口英世とか夏目漱石とか聖徳太子とか。あのような人々の物語と同じようなジャンルとしてキャプテン・アメリカアイアンマンがいる。

人々は彼らに憧れるとともに、彼らを通して、正義や公や仁愛や克己を学ぶ。どういうモデルが「目指すべき人物像」になるかっていうのは、当然制作側/脚本側の提案によるんだけれど、その背景には当然制作当時の(主にアメリカの)世相が反映されている。

近場で言えば『アクアマン』では主人公アーサー・カリー が抱えた苦悩は、まさに「移民二世が抱えるアイデンティティ問題」「おれはどっちの子供なのよ?」であって、すごく現代的だった。

アントマン』においては「娘に愛されたい父親としての俺と、金を稼ぐ社会の中での俺のどっちを選べばいいの?」というこれまた現代的でヴェットな問題が提起されている。『インクレディブル・ファミリー』においては「あっれー。なんか嫁さんのほうが稼ぎ多くて俺ってばヒモみたいな生活になりつつあって、家庭内での俺の地位とか、俺のオトコとしてのプライドとか、どうすればええん?」という現代的な――なんか世知辛くてしょっぱい話になってきたなあ。

MCUにおける二大ヒーローキャプテン・アメリカアイアンマンは「能力を持つもの社会貢献」をめぐる物語対立する。世界を救う能力を持つヒーローは、なんで救う義務があるの? というわりと古典的で、でも正義をめぐる物語としては避けて通れぬ踏み絵のようなテーマだ。

その問答に『キャプテン・マーベル』は踏み込まない。主人公キャロルは行動するが、行動に前だつ問答はない。それこそが彼女提示したヒーロー像で「アメリカ人の目指すべきロールモデル」だ。

困難を前にしてくじけない。不撓不屈。弱者に対して自然に寄り添う慈愛と、押さえつけてくる不当な力に対する反発。しかしそれらは、そういう問題がなにか特別大きな悲劇から、滅すべき悪だから立ち上がるというわけではなく、ごく自然に「それが私だから」というスタンスで、重く扱われない。そこで重要なのがくだらないユーモアと友人と日常であって、災厄を目の前にしてもひょうひょうと立ち向かう。ただ、絶対にくじけない。破れても失敗しても「もう一度」チャレンジする。

主人公キャロルはその戦闘能力においてMCUのなかでもかなり最高峰位置すると思うのだけど、政府超人兵士計画で生まれキャプテン・アメリカよりも、悲劇を背負った社長発明家大富豪ちょいワルモテ親父のトニー・スタークよりも、その内面姿勢において一般的な視聴者に近い。「顔を上げて誇り高く自分らしく生きる」だけでヒーローとして立っている。

その軽さ、明るさ、が心地よい映画であったと思う。

2019-04-08

このロリイラストリアルじゃね?

深山燕石のひなどりというイラスト集である

最近ではイラストが動く動画版も作っているらしい。

で、見たんだけどなんか凄くね?特に動画

リアルな3DCGとは別方向のリアルさがある。

多分、俺はエロ漫画とか萌え系のイラストに慣れすぎているんだと思う。

から深山燕石のをリアルに感じるのかなー。

かにリアルと言ってもどう見てもイラストだって分かるんだけどさ。

なんかすごいわこれ。

一度動画を見て欲しい。

でも合わない人は本当合わないかも。

なんかジョジョの奇妙な冒険の絵柄みたいに。

2019-03-30

偶然見ていたという展開を控えて欲しい。

創作で、偶然見ていた・偶然聞いていたという展開を控えて欲しい。

そりゃ世の中凄い偶然と言うのは色々あるけど、あまり多用すると不自然になる。

映画ALWAYS 三丁目の夕日シリーズは妙に多かった記憶がある。CGを使ったビジュアルリアルに撮れていると思うんだけどどうも話の出来すぎ感が否めない。

2019-03-20

トレーディングカードゲーム勢力図って

今どうなってんの?

復活したい気持ちはあるが、寂れて大会が身内ばっかりになってるならあきらめる。

ちな俺のここ数年。

パズドラCG面白かったけど、大会会場が遠かった。惜しまれて終了。

PSO2TCGプレイヤー同士が戦うシステムなのに「それPSO2じゃないよね」って突っ込まれてみんなで協力(w)して戦うレイドバトしかなくなった。大会自体全国的に少ない

モンストCG新規絵は各弾に数枚。本家モンストに寄せたせいで4人対戦(w)そもそも公認大会自体無い。

プレイは諦めてモンストコンプ目指して買ってるだけの状態だけどプロモバンバン出し過ぎて付き合いきれなくなってきた。

今のMTGとかモンコレとかカオスギアってどんなだい?

2019-03-19

ママ友ガンダムをすすめられた増田です。今ユニコーン視聴中

https://anond.hatelabo.jp/20190318130406

ユニコーンをみていたらこんな時間になってしまった。

10話まで一気にみてしまった。

我ながらおかしいのではと思う。

以下感想

・劇中の音楽が最高すぎでビビる

・豪華なオーケストラとズンドコドンドンドコドコドコドコってビートの相乗効果が素晴らしい。

・サビのところとガンダムが推進力全開にするところ一緒にするのずるい。

ロボット(MSと書いた方がいいのだろうな)は3DCGになっており、逆シャア戦闘表現とはだいぶテイストが違う。

基本的に動きが速い。

・昔、豆腐屋走り屋アニメを観たときは車がチョロQに見えたものだが、ユニコーンではチョロQ感ゼロである

・何が違うんだ?技術予算機械に対する思想

・そしてストーリー大人大人責任果たしていて最高である

逆シャアキモさがかけらほどもない。

ジェネリックシャアみたいなのが出てきたが、髪型が変なこと以外は今のところ大丈夫だ。

・脇を固めているキャラクターもいい。

・ダグザさんとマリーダさんがお気に入りである

・死なないでほしいと思っていたら片方が死んだ。

・悲しい。

ネェル・アーガマ艦長副長もいい味出してる。

ジオンの姫様が地球コーヒー飲んだ店のじいさんもいい。

・みんな長生きしてくれ。

結論として、ユニコーンちょうおもしろい。

こりゃ他のも楽しみだわ。

2019-03-17

好きだったアーティストが薬物中毒だった時のショックったらないぞ・・・反吐がでる

俺が好きだったアーティストが薬物中毒摘発された時の心境を思い出した。

まず、激しい嫌悪感

絶対に手を出してはいけない薬物なのに、なぜやったんだろうかと本当にそいつが大っ嫌いになった。

TVにたまにでてるけど、正直な気持ちとしては表舞台に出て欲しくない。

そして、そんな薬物中毒なやつがつくった楽曲を何も知らずにCD買って、全部が好きなわけじゃないけど、まあいい曲もあるよねと買い続けた俺ってなんてバカなんだ。

好きな曲全部が薬物中毒の時に書いたのかわからないけれど、そんな曲だったとしたら自分自分が嫌になる。

 

ファンCD買って、その売り上げた金で買った薬物をアーティストが使うとしたら、つまりファンヤクザの売り上げに貢献してたってことだろう?

絶対に嫌だ、ばかばかしくてマジで反吐が出そうになった。なんでcdを買ってしまったのかという嫌悪感がぬぐえない。

 

まり自粛というのは、そういうことなんだと思う。

反社勢力わずかでも力を貸さないというきっちりとした対応なんだと思う。

当時はここまでしか思わなかったが今は、その先があると思う。

 

一旦、薬物中毒を許せばずるずるといってしまう。

復帰ぜんぜんオッケー!などとしてしまうのは非常に危うい。

 

たとえば、たまたまヤクでキめてた曲がヒットした曲や、曲をかけなくなったが薬物で曲をかけた、となれば、アーティストは薬物を使わないと作品を作れなくなるという恐怖にかられるんではないか

それを世間が許してしまうと、「アーティストは薬物中毒になりながら作曲するのが当たり前な社会」になってしまう。

 

健全だし、反社勢力をのさばらせてしまうことに繋がる。

 

個人的には今回のピエール滝の映画とかドラマはどうでもいいんだが、これは許してしまうことの余波、リスクが恐ろしいと思う。

あーやばいクスリに手を出しても世間はゆるゆるなんだ」ということは非常によろしくない。

 

今「作品に罪は無い」と声高にいうのは非常に危ない(例えば、”実は反社勢力の人では?”という疑いのまなざしを向けられる可能性はゼロではない)し、「ではリスク責任は誰になるのか」をキッチリ考えねばならない。

 

真面目にやってる周りは本当に迷惑だよね。

薬物中毒の人がいるせいで余計な仕事コストが増えて、本当に辞めてくれって思うだろうよ。

今後、ドラマ映画撮影は誰が抜けてもCG対応や、それこそvtuber代理でやってくれる時代になったりするのかな・・・

2019-02-14

anond:20190214110242

アニメCG導入は、HDTVに対するYoutube みたいなもんで、一旦、高画質よりも利便性を選んで退化してからその後で進化させてテレビよりいいものにする戦略と同じ。

そりゃ、手書きのとんでもないクオリティ作画できるアニメーターがいるんだから

クオリティ追求すれば、CGなんてありえない。

けど、アニメーターも人間から、描ける枚数は限界あるし、歳は取るし、給料は安いままだし

アニメ産業として残していくためには、どうにかそれなりの技術の人でもアニメが作れないといけない。

それに、アニメは、芸術じゃなくて、商業作品なので、限られた予算時間、それに今いる人材アニメーターの中で、

最大限の努力をして、可能クオリティ作品を出してこそ、次のアニメが作れるってもの

無限時間をかけて、クオリティ追求してたら、作品は世に出ず、ぽしゃって制作会社アニメーターも先がないし。

金を使いまくって、ピクサー並の最高のCG技術導入しても、作品で採算とれないなら、やっぱり次は作れない。

いまある仕事現実を、できるクオリティでこなしながら、次はもっとよく、その次は更にもっとよく、とやってこその商業アニメ

いま、クオリティがわるいからと、やめるべきだと主張してやめてしまえば、

今いる、クオリティの高いアニメーターが老人になって描けなくなったら、もうその先のアニメは萎む産業の中で悲惨しか残ってない。

そりゃすげー才能はたまにはいるだろうけど、才能待ちの産業なんか、成功するわけない。

ほどほどの才能の人達が、それなりの努力と熱意で、日銭を稼ぎながら、少しずつクオリティをあげていくプロセス必要なんで、

ある時代作品が、クソだから、もうCGやめろとは、未来アニメあきらめろと言っているに等しい。

2019-02-01

実写版がっこうぐらし」への批判

どうせ駄作だろうなぁと思ってたけど見た人の感想だとなかなか面白いらしい

観測できる範囲だと見た人の意見は好評のほうが多いので作品としてはよくできてるんだと思う

まとめサイトなんかで盛り上がったキャベツ批判なんかはそもそも映画の話ではないし

ただ批判意見に対して「見てから文句言え」ってのは漫画アニメ実写化した作品には当てはまらないと思う

ビジュアルが全く違うから

CGアニメですら「CGから糞」って層もまだまだたくさんいるのに況や実写をや、だ

自分の好きなキャラがよく分からん人間に犯された時のあの怒りとも哀しみとも何とも言えない気持ち

ファンムービーというか、そういう形で作れればいいんだけどね…

2018-12-31

紅白チコちゃんCG使うんだ

去年のPerfumeみたいに後半LIVEじゃなくなるみたいな事にしなくても

過去の嵐みたいにカット毎にカメラ位置が決まってるならLIVEでも可能だよね

チコちゃん関ジャニ∞村上ツッコミ「司会を狙っている…」/紅白リハ

https://www.sanspo.com/geino/news/20181231/geo18123105020007-n1.html

テレビ画面では主にCGで表情がクルクル変わるチコちゃんが見られる。

2018-12-04

チコちゃんの顔

CGで合成してるけど、リアルだと、顔面にこういうマーカーみたいの貼ってあったりするのかな。

https://ideacloud.tokyo/wp/wp-content/uploads/2017/11/IMG_0580.jpg

2018-12-01

[]くるみ割り人形秘密王国(つづき)

anond:20181201181251

の続き。

変態による変態のための変態映画(後編)

てなわけでー。テーマ性とか物語性とか、そういういつも以上に堅い話はノルマクリアしたので、こっからは書きたいこと書きますよー。

ぶっちゃけて言えば、前述した脚本とかね、監督脚本家に丸投げしてたんじゃねーかと思います。正直言って観客である自分はある種のアリバイ作りを感じました。「批評家に突っ込まれるような部分はちゃんと作っておきましたよ、これで文句ないでしょ」みたいな。

自分も前編で喪失回復とか継承とかそれっぽい感想書いたんでノルマクリアー。そういう意味共感しますよっと。

じゃあだとして、この作品監督は何をしたかったのよ? なにがドライブエンジンなのよ? といえば、それは変態フェチ)っすわ。

もう圧倒的な、服飾と、小道具と、美術に対するフェチ

際限のないクオリティ要求と、完全性に対する病的なこだわり。

フェティッシュ意味で、変態による変態映画

本年いろんな映画がありました。素晴らしい傑作映画、佳作映画、名作、快作、問題作。そしてうんこ漏らすほどの駄作。でも年末になってこれほど「やばい映画が来るとは思わなかった。

薄々そういう部分あるかな? と思っていったわけですが、度肝抜かれますよまじで。そういう趣味のない人には全く刺さらないと思うけど。興味ある人にとっては、鼻血ブーです。

そもそも舞台背景(現実世界側)はヴィクトリア朝ロンドンなわけです。おそらく爵位持ちのストームボール家がタウンハウスでのクリスマスの飾り付け準備ーからのー、名付け親ドロッセルマイヤー(眼帯をした黒人イケメンすぎるおじさま)邸宅に移動。

バラからブルーグレイに沈みゆちょっと煙っぽいロンドンの夕暮れを移動する馬車。街を行き交うあらゆる階層の人々! 

ドロッセルマイヤー家では係累おおよそ数百人を招いたクリスマスの催しが今まさに開かれようとしていますヴィクトリア朝舞踏会です!

スターウォーズクローン兵を見てがっかりした人いませんか? 自分がっかりしました。そりゃね、数万人が現れての合戦シーンは迫力あるって言われればそうかもしれないですけれど、でもCGでそれやるって、コピペじゃないですか。ウルトロンときもそうですけれど、大軍勢、大群衆は3Dモデル使い回して同じ姿の軍勢がうわーって押し寄せるわけでしょ。すごいけど、要するにそれってのっぺりした画面でもある。

でもこの舞踏会コピペがないんですよ。全員色とりどりの、贅を凝らしたドレスやらタキシードやらなわけです。どんだけスタイリスト動員して、服飾に予算投入してんだよ、鼻血出すぞこら。

主人公クララがね、おしゃれが苦手だっていうこの娘が、おねいちゃん(素が出てきた)に髪の毛とかしてもらって、すみれ色のオーガンジードレスで現れるわけですよ。オーガンジー。髪飾りは多分朱子織り。

分かる人には「オーガンジーの透け感のあるシュークリーム袖」という説明だけで、その可憐さが伝わることでしょう。

クリスマスパーティープレゼント交換会で館の奥深くに迷い込んでいくクララがたどるその通路ろうそくキャンドルゆらゆらと照らされる邸宅の暗がりの美しさ、赤い壁紙には黒いフクロウテキスタイルがやがて黒いネズミのそれに変わっていく。

現実世界物語内人であるフクロウドロッセルマイヤーおじさまのペットから幻想世界物語内人であるネズミねずみマウスリンクス)へと引き継がれていくその暗示を、美術レベルでやってのけるその凄まじさ。

暗い木の洞を抜けて館の暗がりから抜け出たその先は、幻想世界の「クリスマスの森」。雪で白くデコレートされた、しかし緑が目に染みる清冽な森のなかを、泥棒ネズミを追いかけるクララすみれ色のドレスネズミダイブしてぱっと舞い散るザラメのような雪の結晶幻想的な美しさ。

そこで出会う「くるみ割り人形衛兵」の大尉

めっちゃイケメン黒人青年。赤い軍服に金のモール飾り。腰にはサーベル騎兵兜。すべてが完全にフェティッシュ。完敗。映画鑑賞中の感情をあえて言語化すると「ぎょぇわぁ!?」って感じです。

この映画の服飾はジェニー・ビーバンっていうおばちゃんがやってるのだけど、明らかに変態。っていうかおばちゃんマッドマックス 怒りのデス・ロード』でモヒカン衣装を量産してたじゃん? そんな二面性を持っていたのか。流石に度肝を抜かれたわ。おばちゃん最高や。

もしくは美術ガイ・ヘンドリックスディアス犯人なのか? 『アレクサンドリア』もかなりキてたもんな。

幻想世界にいっちゃってからは、その病的な美術追求がとどまるところをしらない。捻くれて枯れ果てた真っ暗な「遊びの国」の森には、鮮血のように赤い毒キノコが咲き乱れているとか、廃墟化した遊園地回転木馬グランギニョール道化ハーレクインの禍々しい美しさ。

巨大な城! 瀑布に差し出される水車と歯車! 真鍮の道管の迷路地下通路に、濡れてベッタリとした湿気。輝かしい水晶天井に照らされる螺旋階段

回想シーンで母に慰められる少女クララが着ている生成りエプロンドレスの白い生地には、藍色スズラン刺繍が散らされていて、これってもう完全にカネコイサオが『ワンダフルワールド』で夢見た世界なわけですよ。っていうか、全体的にカネコイサオでしょ。

10年代最後半にはいっていまさらそんな角度から奇襲受けるとは思わないじゃないですか? いくらヴィクトリア朝だとはいって、『ワンダフルワールド』のフェチズムが立ち現れるとは、キン肉マンフェニックスのあふれる知性でも予測出来ないわけですよ。

色彩設計がほんとうにほんとうに美しい。ローズガーデンのヴァイオレットベース茶色ラインとか、オリーブグリーンに熟れたオレンジ差し色とか。ため息が出るとかじゃなくて、鼻血が出るタイプの美しさ。

少女趣味オーバードーズフェチになってしまった病的な完全主義美術背景の惑乱

もうね、福井晴敏宇宙世紀が殺されるとか言ってる場合じゃないです。ディズニーカネコイサオが殺される。なお、もらい弾で少女革命幾原邦彦死ぬ

なぜなら遊びの国へ金の鍵を取り戻すため軍を率いて旅立つ王女クララがまとうのは、黒の軍服(金モール)に赤のロングスカートから。このロングスカート、品が悪くなりそうなところなのに布の質感と裾の縫い取り刺繍だけで男装めいた凛々しさをだしてるのだ。やばい。やばみ。

そのロングスカートから革のブーツでキックするクララ(なお、このキックが主兵装)。

この映画興行的には失敗だと本国では判断されているのですが、当たり前ですよ。だって制作費100億超えですもん。『ボヘミアン・ラプソディ』の二倍以上でしょう。見た感じ、そのほとんどを美術と背景に突っ込んでいるようにみえる。出演者の演技も悪くないけれど、目立った名前キーラ・ナイトレイくらいで他はあまり大きなギャラは発生していないのじゃないかな。

(このキーラ・ナイトレイ演じるシュガープラム金平糖の精)は、かなり演技が良かった。ちょっと頭の弱いアーパーふわふわした妖精キャラキーラ・ナイトレイがやっているのだけど、キーラ・ナイトレイだと気づかなかったですよ。この味は往年に美人だった頃のシンディ・ローパーが醸し出していたあれじゃなかろうか?)

とにかく、画面のどこを見ても、美術的な意味で隙がない。コピペで穴を埋めておけとか、それっぽい小道具をおいてごまかしておけとか、撮影時に陰影をつかってしょぼいのを隠せとか、そういう気配がひとつもない。

監督もしくは美術の美意識が、一部の隙もなく、「この世界観でこのカメラアングルで、この角度を撮ったときには、ここにはこれがないとだめでしょうお前らなんでそれわからねえの!?」と言わんばかりの画面が、延々と、延々と続く。

それはたとえばパーティーシーンでテーブルの上のグラスがこちらのゴブレットは真鍮に銀メッキだけど、あちらのゴブレットは磨いた銅に幻獣鋳造とか、そういうレベル気合が入ってるにも関わらずそのゴブレットは2つ合わせても画面の面積の1%以下で5秒も写ってないとか、病気しか言いようがない。

変態が怖い意味やばい映画なのだった。冒頭に言った+50点はまさにこの変態性に対する評価なのです。もうちょっと金が出したいのもこの部分であり、実を言えばこの鼻血は、パンフを購入してもDVDを購入しても払拭できる気がしません(画面小さくなると美術の細部がわかりづらくなるので)。究極的にはエルミタージュ美術館にでもいかないと、この興奮(というか発作)は解消されないとおもいます

そんなあたりが『くるみ割り人形秘密王国』の感想でした。この映画感想後編がわかった方には強烈におすすめです。それ以外の人にはそこそこ映画だったと思います

追記

この映画のもうひとつの特徴である「量産化ピエール瀧軍団vsドルイド文明の巨大人兵器」という側面には触れませんでした。この部分に対する評価は他の方に譲ります

2018-11-09

anond:20181109024136

今、音楽で才能発揮したいと思うのは、間違い。

まず、音楽のもの落ち目で、音楽業界に金が回ってないんで、ちょっと才能あったり面白い奴にかける金がない。

金をかけられないってことは、道具が買えないだけじゃなくて、教えてももらえないし、音楽買って勉強することもできない。

から、鍛えれば伸びる才能があったとしても、鍛えることができないんで、音楽で才能発揮できる可能性がほぼない。

大昔の70年代80年代は、音楽にかける金がたくさんあったんで、どんどん金つぎ込んで、才能がない奴もトップに立てた。

誰とは言わないが、当時のアイドルと言われる人達は、ほぼみんなそうだろうし、バンドだって同じ。

たくさん金がつぎ込まれたんで、下が上がれただけじゃなく、上もさらに上になった。

当時の音楽が未だに聞いてる人がいるのも、ただ青春の思い出だけだからじゃない。本当にいい音楽がたくさんあったんだよ。

ということで、今は、音楽に金が回ってなんで、トップに入れる奴は、本当に一握りの稀な才能がある人だけなんで、音楽は早々にあきらメロン

反対に、たくさん金が回ってる業界なら、才能がなくても環境が恵まれてて、ありもしない才能がのびる可能性もある。

今の日本エンタメには、あんまりそういう業界はないんで、エンタメは無理だ。

敢えて、それでも敢えて言えるなら、CG業界はまだ伸びしろが大きく可能性があるが、日本は本当に金をかける奴がいなんで厳しい業界

本当に自分には何かあるはずだと信じられるなら、アメリカヨーロッパかどこでもたまたま偶然読んで興味がある国に半年か1年いってこい。

そこで何かを掴めるなら、帰ってくれば、ヨーロッパ修行した増田ですって履歴書にもかけるし、たまたまバー出会ったどこぞの社長にも挨拶できるようになる。

その社長が気に入ってくれれば、社長増田に金をかけてくれるんで、あるはずのない才能がのびることもあるんだよ。

anond:20181109024136

今、音楽で才能発揮したいと思うのは、間違い。

まず、音楽のもの落ち目で、音楽業界に金が回ってないんで、ちょっと才能あったり面白い奴にかける金がない。

金をかけられないってことは、道具が買えないだけじゃなくて、教えてももらえないし、音楽買って勉強することもできない。

から、鍛えれば伸びる才能があったとしても、鍛えることができないんで、音楽で才能発揮できる可能性がほぼない。

大昔の70年代80年代は、音楽にかける金がたくさんあったんで、どんどん金つぎ込んで、才能がない奴もトップに立てた。

誰とは言わないが、当時のアイドルと言われる人達は、ほぼみんなそうだろうし、バンドだって同じ。

たくさん金がつぎ込まれたんで、下が上がれただけじゃなく、上もさらに上になった。

当時の音楽が未だに聞いてる人がいるのも、ただ青春の思い出だけだからじゃない。本当にいい音楽がたくさんあったんだよ。

ということで、今は、音楽に金が回ってなんで、トップに入れる奴は、本当に一握りの稀な才能がある人だけなんで、音楽は早々にあきらメロン

反対に、たくさん金が回ってる業界なら、才能がなくても環境が恵まれてて、ありもしない才能がのびる可能性もある。

今の日本エンタメには、あんまりそういう業界はないんで、エンタメは無理だ。

敢えて、それでも敢えて言えるなら、CG業界はまだ伸びしろが大きく可能性があるが、日本は本当に金をかける奴がいなんで厳しい業界

本当に自分には何かあるはずだと信じられるなら、アメリカヨーロッパかどこでもたまたま偶然読んで興味がある国に半年か1年いってこい。

そこで何かを掴めるなら、帰ってくれば、ヨーロッパ修行した増田ですって履歴書にもかけるし、たまたまバー出会ったどこぞの社長にも挨拶できるようになる。

その社長が気に入ってくれれば、社長増田に金をかけてくれるんで、あるはずのない才能がのびることもあるんだよ。

anond:20181109024136

タラレバの話になるが

絵の才能は、絵を描いてみないとわからない

スポーツの才能は、スポーツをやってみないとわからない

歌の才能は、歌ってみないとわからない

楽器文芸CG、服飾、俳優、なんでもそうだけど

元増田はすべての物事に挑戦したのかい

2018-11-03

anond:20181103122028

涙拭けよ

CG板おいで

ここよりはみんなやさしいか

2018-10-14

anond:20181014192028

あのな、自律AIが世の中に存在してないってことはアレは完全にまだ人形なんだ。

3DCGなんだ。人間手取り足取りしないとしゃべれもしない操り人形なんだ。

チューバーはそのために人格AI部分、動作AIの部分(将来はできるかもしれないやつ)を人間が代行している。

キズナアイAIっぽいvチューバーだよ。「商業AI」、「自称AI」なんだよ。

あの会社技術力でできることは画像選びとか簡単文章の文末選び程度しかない。

「アイ」という固有名詞を「AI表記してみんなに誤解してもらえただけの人形だ。

名古屋大学先生が「AI小説をかかせた」といっても、これもやってること実際にみたこあんのか?

人間が選んだ次の展開の選択肢からなんとなく良さげなのを選ぶだけ。

おなじ研究室では東大入試問題AIに解かせようとしてるんだけど、

そこのAIそもそも数学文章題になるといかに厳密な文章でも

出題文をちゃん理解できてないので中学方程式レベルも無理。

(詳しくいうともうちょっと難しくなるんだけど、文系にはその操作理解が無理)

AIは将来はすごいことができるかもしれないが今できるのは亀甲占い程度だ。

文系自律AIの実現時期に夢見すぎ。

まだ会話なんて絶対にできない。

からあのインタビュー書いてるのは全部NHK科学部。

服を選んだのはプロジェクトなんたらいうアニメスタジオ

 

ほんと罪作りな記事だねー。バカリサイクルしてもっと濃いバカつくってんの。

2018-10-11

あーもー

オナニーオカズエロCG集購入してたら、積もり積もって2000円も使っちまったorz

2018-10-10

そもそも論として日本には『職業選択の自由』『営業自由』『表現の自由』という憲法があるんだが。

正式許可を取り、日本が法として許可を出している以上、法に違反していない限り、どのような物を売ろうと、どのようなもの放送しようとそれを咎めることはダメなんだがね?

アニメCGで裸を写さないのはただの『自粛』であって法律としては全く違反はしていないのよ。

何故なら絵やCG人権を持ってない以上、全裸を見せたところでそこに人権問題は発生しないから。

海外では~」とすり替えたいみたいだけど、日本憲法日本しかない以上、それは通用しない。

教育に悪い」という主張も法律の上では「チャンネルを付けていたorそういうものが置いてある場所子供を連れていった親が悪い」としか言われないのよこの国では。

嫌ならさっさと海外移住することだな。

2018-10-06

技術』が死んだ国ニッポン

私はVR技術研究している者だが、今回のキズナアイバッシングは本当に残念でしょうがない。

Tuberの先駆けとなった彼女はVR技術がまだ黎明期だった頃から地道な研究と『中の人』の地道な練習によって誕生したものである

今でこそ個人でも入手できるようになったモーションキャプチャ技術だが、数年前までは映像スポーツ系の企業が導入するようなごく一部しか研究していない技術であった。

そんな中、クリエイターたちがプロジェクトを立ち上げ、呼び込みや配信で地道に活動を続け、ようやく花開いたのが昨今のVTubeラッシュ、及びVR・モーションキャプチャ技術の発展である

技術者の目線キズナアイモデル動画を見ると、モデルとしての作りこみとモーションキャプチャの精度の高さに驚かされる。

仮に『キズナアイと同じ精度のものを1から開発しろ』と指示されたら迷わず匙を投げるだろう、それくらい彼女や周りのスタッフが挑戦し、成し遂げた事は難易度の高いものなのだ

NHKモーションキャプチャ技術研究には積極的であり、手話を取り込み自動文字として書き起こす・アニメ教育番組モーションキャプチャ使用したキャラクターを導入する・人間の体の動きをモーションキャプチャを使って研究するなど様々な取り組みを行っていた。

しかしどれも『一般化』までは手が届かず、極めて一部でしか知られていない技術という扱いであった。

今回、NHK番組キズナアイを起用した理由に、モーションキャプチャ技術やVR技術一般化をさら推し進めたいという狙いと、自分たちが成しえることができなかった『モーションキャプチャ技術一般化』の立役者である彼女への興味があったのではないだろうか?

しか現実は、技術とは全く無関係バッシングを繰り返す輩が多いというのが現実である

やれ露出が多い、やれコメントが悪い、やれCGモデルテレビに出てはいけない等感情論ばかりで、誰も技術には見向きすらしないのだ。

何年もかけて挑戦してきた技術をただ5分と考えていない感情で叩き潰すのがかつて『技術大国』と呼ばれた日本の成れの果てなのだ

今後、批判した人の思惑通り、モーションキャプチャ技術を駆使した新しい技術が導入されようと、それを使用した新しい表現方法が作られようと「オタク趣味」の一言で一蹴できてしまうだろう。

そうして海外が生み出した新しい技術表現をありがたがりながら使う『技術舶来信仰』に落ち着くだろう。

そして最後は、90年代技術をありがたがりながら「最近技術者はだらしない、もっと新しいものを生み出さないと」と技術者を批判するのが目に見えている。

新しい技術今日も様々な場所から生み出されている、しか日本で生み出された技術だけは日の目を浴びる前に大半が摘み取られ『パッと見綺麗そうな技術』だけが育てられるのが現状だ。

こんな国で、新しい技術など生まれてくるのだろうか?

現在研究を行ってる私から言わせれば「堕胎を繰り返しながら新しい子が欲しいといってるようなものだ」と笑うしかない。

2018-09-20

学習指導要領を読んでから書いてみる

学習指導要領から○○が消えたー。あり得ない。」は、教わった世代ノスタルジーを含むケースが多い。

ベクトルが消えた!物理が教えられない!」 → 「力の合成くらい物理教師が頑張れ。どうせ微積を使わない高校物理なんか制限だらけだ。」

行列が消えた!3DCG機械学習理解できない!」 → 「大学線形代数で頑張らせろ。どうせ高校行列なんてタダの計算練習パズル行列式も固有値も教えない程度だ。」

数学Cがなくなっていた時代がかわいそう」 → 「数学Ⅲ 3単位数学C 2単位を新しい数学Ⅲ 5単位として教えていただけ。どうせ数学C取ってる奴はほぼ数学Ⅲやってたんだし。」

個人的には思うのだが、「理工系人材には高校数学の○○が必要だ」というのは高校数学に期待しすぎ。

あとは90%以上の人間高校まで進学する時代に、共通教養として必要な内容が高校数学でしょ?

から確率だけではなく統計ガンガン数学に入れているわけ。

ちなみに新しい学習指導要領でも復活する数学Cまで学習すればベクトルあるよ? 高校物理力学に間に合わないだけで。

今の学習指導要領数学Iに統計が入り、箱ひげ図や四分位図が必修だけど、40代以下はこんなのやってないっしょ。

今度はそれらは中学数学下りていく。統計の検定まで高校数学に入ってくる。

新しい学習指導要領で学ぶ内容は、これら。

数学Ⅰ:① 数と式  ② 図形と計量  ③ 二次関数  ④ データ分析(仮説検定の考え方を含む)

数学A:① 図形の性質  ②場合の数と確率期待値を含む) ③数学人間活動整数ユークリッドの互除法、2進数など)

数学Ⅱ:① いろいろな式  ② 図形と方程式指数関数対数関数 ④ 三角関数  ⑤ 微分積分の考え

数学B:① 数列 ② 統計的な推測(区間推定及び仮説検定を含む) ③数学社会生活(散布図に表したデータを一次関数などとみなして処理することも扱う)

数学Ⅲ:① 極限 ② 微分法 ③積分

数学C:① ベクトル ② 平面上の曲線と複素数平面 ③ 数学的な表現の工夫(工夫された統計グラフや離散グラフ行列などを取り扱う)

ベクトルあるよ?

行列あるよ?

今は、一般受験以外に多様な方法大学入学してくる。既習範囲理解確認や基礎の定着のために、まともな理工系大学なら昨今は非一般受験組にはe-ラーニングなどで補習や指導をしている。

そういう意味では、大学から教養部を廃止して、早くから専門バカを作り出す改革が失敗だったのでは?

教養部があったら高校学習内容を研究して大学の初年度数学の改善を続けられる教員が残れたのでは。

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