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はてなキーワード: サーブとは

2020-07-26

そんな簡単なことだったのか

筆者は球技全般が大の苦手である

例外的に、社会人になって少しの間スクールに通っていたこから、かろうじてテニスダブルスゲームっぽい「ボール遊び」ができる程度。


それで、具体的に球技の何が苦手なのか考えてみると色々あるけど、その中でも致命的な問題なのが、おそらく

体重移動理解していなかった

だと思う。

バットラケットを使う系の球技バレーサーブだと「手打ちするな」という注意はよく聞くし、投げる系の球技ダメな投げ方が「女の子投げ」と揶揄されたり、サッカー利き足じゃない方踏み込みはかなり大事と聞く。

で、ココらへんは全て体重移動の話なわけで、自分テニスを習うまで自覚できなかった。

自覚できなかったので、とにかくどんな球技でもボールが全く飛ばず、結果学校の体育は筆記試験水泳スコアを稼ぎ、なんとか通信簿評価1を免れる体たらくだった。

でも当時は足腰の使い方の問題であるとは気づかず、腕の使い方ばっかり気にしていた。

そして結局、打球でも投球でも最低限のお約束として、利き手の反対側の足を踏み込むのが大事ということに、後で教えられるまで気づかなかったと。

まさしく運動音痴の見本だ。


というわけで、どうにかフットワーク重要性に気づいたのだが、それでもなお

「足を踏み込んだときとそうじゃないときで、なんでこうもボールの飛びが違うんだ?意味わからん

という疑問を、長年抱いていた。

それがようやく最近理解できたのだが、わかってみれば結構簡単(高校物理でほぼ最初に習う、基本中の基本の話)だった。

要は、ボールに伝わる力は、身体で動かした部分の質量加速度の積であり、加速度が一緒なら、力は質量に比例する。

から手だけ動かすのと、足を踏み込んで体全体を動かしたのでは、実のところ腕の質量と体の全質量という大きな違いがあり、それがそのままボールの飛びの大きな違いになると。

運動エネルギーもまた公式の通りなので、ボールの速さだって断然違ってくると。


なんだよ、そういうことかよ、なんで誰も早く教えてくれないんだよーと思った。

とはいえ、得意な人は多分こういう小難しい原理的な話を知らなくてもできてしまうので、教えてくれというのは無理筋だよなあとも同時に思わされた。

からプロ指導者必要なんだろうなという他力本願結論で、とりあえず締めることにする。

2020-07-07

anond:20200707112053

テニスは確かに女子のほうがラリー続いて面白いって面はあるけど、それだけなんだよな。

サーブだけじゃなくて、回転量とかフットワークタフネス、すべてにおいて男子のほうがレベルいから、ジョコビッチとかナダルとか錦織とかリターンが強い選手男子テニス見てるほうが100倍面白い

大坂GSとった前後くらいに「錦織よりサーブが速い」とか言って喜んでたやついたけど、苦手な部分と得意な部分比べて対等くらいのレベル差だからな。

2020-07-03

人種について、あらかじめ娘に教えておくべきだったのか?

娘(4歳)とレストランにいったときのこと。

店員さんで黒人の方がサーブしてくれたのだが、

娘は生まれて初めて見る黒人絶句していた(近所に黒人の方はいないし、テレビなどで見たこともなかった)。

その店員の方も娘の様子に気づいたようだが、何事もないように丁寧にサーブしてくれた。

僕はその店員さんに何か言えることがあっただろうか?

謝る?とすれば、誰かが悪いことをしたのだろうか?いや、この場合、多分一番悪いのは「いろんな人種が世の中に存在する」と前もって教えてこなかった僕だろう。

そのことを謝るべきか?

すみません、娘はいわゆる日本人のような容姿をしている人 以外の人 を見るのは初めてで、僕も娘にいろんな容姿の人がいると教えたことがなかったんです」

て、アホか。

逆に失礼だろ。その人も日本国籍かもしれないし、もしかしたら日本まれの純日本人かもしれない。「いろんな容姿」?なんだそりゃ。そんなこと言えるか。

どなたか知恵をかしてください。

僕は店員さんに何かいうべきだったのか?そして娘には何をどう教えるべきなんだろうか。

2020-06-18

anond:20200617103414

一流ホテル最上階にあるレストランで十分だよ。

そういうベタなやつでなく、って発想がレストラン行き慣れてない感ありあり。

金持ち住宅街の隠れ家高級レストランも行くけど、ホテルレストラン普通に行く。

隠れ家高級レストランは、友人の友人とか何らかのつながりがある場合が多い。

そういうところはネット見てきた一見さんは浮いちゃう確率が高い。

ホテルならいろんな客層を相手にしてるから貧乏人でもちゃんサーブしてくれる。

2020-06-13

私は贅沢を覚えてしまった

初めて一人でホテルフレンチフルコース食べに行ったんだけど、

ほんとに1人でびっくりした。

コロナの影響で客足が減ってる&平日でほとんどのゲスト

朝食のみのプランだったらしい。

フロントに降りたらウエイターさんが出迎えてくれて

レストランまで連れてってくれて、中に入ってびっくり。

もともと大きいホテルじゃないから、レストラン自体も小さいんだけど

明らかに1人用しかセットされてない。

私だけフライングしたのかと思ったけど、違ったのね。

天気が良ければ目の前の大きな窓から満天の星空が見えると言う

山上のプチリゾートホテルだけど、あいにくの曇天で外は真っ暗。

厨房を背に窓に向かって椅子をセッティングしてくれたけど、そのおかげで

中の景色が窓に映り込んでたんだよね。

私が食べ終わったタイミングで新しい料理飲み物サーブしてくれるけど

食べてる間中ずっと後で気配を伺ってるの見えてて、ちょっと頭を動かすと

すぐにさっと反応してくれる気配がして、最初は困った。

でも若いウェイターさん、教育をきっちりされてるみたいで、

すごく丁寧だけど、私が気まずくないように程良い距離で話しかけてくれて

後の気配も次第に気にならなくなった。

私を見てセレブと思う人はいないと思うけど、大事お客様として

丁重にもてなしてくれて、かつ、ぼっちで食べる私が寂しくないように

適度にかまってくれたのが本当に居心地が良かった。

普段和食ばっかりなので、フレンチの味がわかったかどうかに関しては

コメントを控えさせていただきます

ただ、素人の私にもわかるくらいは、盛り付けとかも凝っていたし、

たった1人のゲストのためにいろんな料理を一皿に乗せてくれてて、

胃も心も満たされた気がします。

ちなみに、翌朝は和定食で、小鉢だけでも5種類もあって、

焼き魚海苔納豆卵焼き味噌汁ご飯漬物

ジュースも2種類ついてて、食後のコーヒーもあり。

完璧日本の朝食に和食党の私は感激。

どれもすごく美味しくて、恥ずかしくてできなかったけど

ご飯おかわりしたかった位。

朝ご飯だけでも食べに行きたいかも。

正直、県内でもど田舎ホテルなので、期待半分だったけど

いい意味ですごく裏切られた。

私にしてはものすごい散財だったけど、サービスに対価として

お金を払う意義と言うのをすごく感じた。

知らなかったとは言え、私1人のためにシェフにウエイター

働かせてしまったのはちょっと申し訳なくもあるけど、

個人的にとても良い宿泊でした。

今回は遠出ができない分、交通費代を宿泊費に上乗せした

旅行で、チェックアウトまでずっとホテルの中でごろごろしてた

んだけど、こーゆー形のことを「ステイケーション」と言うらしいね

滞在ステイStay)」と、休暇を意味する「バケーションVacation)」からまれ欧米発の造語

コロナ流行たからできた言葉かと思ったけど、数年前からあったらしい。

これからますますはやるのかもしれない。

コロナ流行る前にいちど温泉宿に泊まった時もすごく良かったし、

でもその時は食事なしのプランだったから、今回完全にステイしたわけだけど

好きな本とか仕事ちょっと持ち込んで完全にリラックスするだけの旅。

体力がなくなった今は丁度いい。

昔は詰めるだけ詰め込んで観光地回ってたし、食事も宿もやすしか考えてなかったけど

今はとても無理ですから。。

から高級ホテルってあるんだろうなぁ。

毎回こんなホテルに泊まれるわけじゃないし、これからもほかに目的があれば

ドミトリー泊もいとわないけど、3回に1度はこんな体験が出来るように

仕事がんばるわ。

コロナ旅行全部キャンセルになって、何のために稼いでるのか分かんなくなったけど

私また頑張るわ。

追記:読みづらい自分語りに対して、コメントくださりありがとうございました。

好意的なお返事が多くて、恐縮です。

ギャップが肝心と言う言葉、すごく響きました。

常時こんな生活してると、きっとマックかに新鮮さを感じるんでしょうね。

貧乏にも贅沢にもどちらも対処できる自分でいたいと思います

有り難うございました!

一人暮らしを始めてからきゅうりを食べるときはまるまる一本分を切るのであり、実家にいたときのように、レストラン定食屋サーブされるふた切れ三切れといったきゅうりを自宅で用意することはまず、ない。この目の前の料理に、ほんの数切れきゅうりがあれば(ガパオなど)と考えるが実行にうつさなとき、多いものに勝る少なさを思うのである

2020-05-29

anond:20200529175113

1997年の自分にいいたいこと

Niftyサーブの頃のほうが楽しかった。

Internetは、バラ色の未来があるように思えたが、誰でも繋がる世界になってしまい、節操のない嘘つき・ボッタくり・デマダメにした。

良識ある素敵な人達や、場所も確かにあるけどね。

2020-05-28

釈然としない略され方

私にはいくつか釈然としない略されているものがある。その最たるものが「テニスの王子様」の「テニプリ」だ。

テニスの王子様」の読み方は「てにすのおうじさま」でプリンスの入る余地はない。仮に英語表記を略したのだとしたら「プリテニ」になるはずだろう。しか現実は「テニプリ」だ。こんなものはプリを密輸だ。釈然としない。

私は小学生の頃に「テニスの王子様」を知り、読み、アニメも見て、テニスもはじめた。ツイストサーブ習得した(あれはわりと一般的サーブだ)。ファンではないがそこそこ馴染みがある。だから、正しく略したいと常々思ってきた。

テニスの王子様」を正しく略すならば、「テニお」だろう。作品タイトルに含まれ文字だけを使い、かつ短くて言いやすい。最適じゃないかわたしはずっとそう呼んできたし、これからもそう呼び続けていくし、広くそう呼ばれて欲しいと願っている。どうか「テニお」に清き一声を。

ちなみに、「テニプリ」についで釈然としない思いがある略され方は「どうぶつの森」の「どう森」だ。作品タイトルに含まれ文字だけを使い、かつ短くて言いやすいから、「テニプリ」ほどの反感はない。これは私自身の略し方を私自身が愛着を持っているから、世間の略し方との不一致にモヤモヤとした気持ち一方的に抱いてしまっているだけだ。(ただ「あつ森」は好き)

だが、昨今の「あつまれ どうぶつの森ブームに伴い「あつ森」や「どう森」に加えて私の略し方も採用してもらいたい。今後は「あつまれ どうぶつの森」単体を指す場合はこれまで通り「あつ森」と、広くどうぶつの森一般を指す場合は「どぶ森」と呼ぶのはいかがだろうか?私が小学生から呼び続けている「どぶ森」、ぜひみんなに使ってもらいたい。どうぞ遠慮せず使ってください。

2020-04-30

そろそろハッカー漫画炎上問題について語っとくか

ハッカー漫画ジャンプに出ているらしくて、こういったコンピューター関係の話って昔はオタクしかやらないマニアック世界だったのに、王道少年漫画の題材になるまでメジャーになったんだな〜っていう感慨を感じますね。

こういった漫画お話が増えることを、ひとりのIT屋さんとして、喜ばしく思います

https://togetter.com/li/1297569

ただ、このまとめについては、私もいろいろ思うところがありますので、少し語らせてください。

はじめに断りますが、ここに書くことは、漫画に対する評価ではありません。

漫画に書かれた一部の表現について、作品を盛り上げるための表現であるのか、それともただの間違いであるのか。についての文章です。

勘違いしているコメントはてブ結構あるけど、問題の箇所やセリフは「漫画演出のための小さい嘘」じゃなくて「ただの間違い」です。

嘘をつくなら、存在しないサーバープログラム機能通信プロトコルを使えば良いだけですし、わざわざあの変な文章にする必要性はありません。

別に問題ね〜じゃん!っていう意見を見かけましたが、それは勘違いしているのかはたまた好意的解釈しているのかわかりませんが、問題セリフ一見技術用語っぽい雰囲気あるけど、文章になっていないレベル意味不明ものです。

例えば、テニプリの動きが物理法則を超越するのは、作品の根幹に関わる重要演出ですし、

そういう動きができるのスゲーってなります

ひるがえって、この問題にされているセリフ

DNSサーバーポートマルウェアを仕込む」

ってのは、

例えば「ボレーのデュースが決まった!奴めついにサーブに到達したか!?

コートホイッスルして敵をスクイズしろ」みたいなそもそもテニス」というものを作者が理解していないセリフです。

こういったものは、読者の感情を引き出すための演出ではなくただのデタラメです。

元ネタの、ツイートの言い方もトゲがありあまり褒められたものではないですが、

このレベルの間違いを「演出」などと言ってしまうのは、まさにアクロバット擁護です。

ゲームセンターあらしみたいに連打すると、メモリ内のビット配列が書き換わってゲーム挙動がかわる

みたいな超常現象演出にしとけばいいのに。って個人的には思います

ハッカーだと言われても、ITの基礎知識すらない主人公では、お話面白い面白くない以前に、読むのすら辛いっす。

全身骨折して、体のありとあらゆる靭帯も切断されているけど、根性があるので走り回れるし、天才のなので、全試合出場して毎試合500点のゴールを決めます陰湿いじめによってゴールポストがない試合でも、ボールがない試合でも、すべてゴールを決めることができました。奇跡ではありません、努力の賜物です。監督も彼の粉々に粉砕した両足を見ながら号泣しています。そんな天才少年主人公サッカーマンガ読んで納得できますか?

想像して書くっていうのはいいことですが、調べればわかるものを、調べずに書いちゃうってのは、作者の力量不足とか、能力不足だと思われてしまうのも、仕方ないですよね。

2020-04-06

しか覚えてなさそうなセリフ

「するどいサーブだ。多崎つくる君にアドヴァンテージ

村上春樹の『色彩を持たない〜』より。本編は読んでないんだけどこの本を罵倒しまくってるAmazonレビュー話題になってたことがあって、その中であげつらわれていたセリフキモすぎる

Don’t fucking bull-shit me!”

映画グッドウィルハンティング』でブチ切れた主人公(マット・デイモン)が叫ぶセリフDon’t bullshit meって二回小さめに言ったあとでかい声でファッキン付きがくるのでポップステップジャンプ的な気持ち良さがある。bullshitに動詞用法があるというのを知れたという点でも思い出深い名台詞

ちなみに検索すると該当シーンの切り抜きがYouTubeにある

クスリ、ツカエ、イタミヲ、ナクス」

アニメ映画ストレンヂア』のラストバトル前にラスボス存在が言うセリフ。この後の「いらん。痛みがあった方が、生きている気がする」→「(中国語?)いいな、すごくいい。ますますお前が好きになった…」も名台詞

 

「ならば俺に引けぬ理由があることもおしはかれ!」

ゲームファイナルファンタジータクティクスA2』のサブイベントで出てくるセリフ。「推し量る」を命令形でいうのがなんかすごい良くて覚えてる。

"Soul of the mind…”

ゲームデモンズソウル』のヒロイン(?)、黒衣の火防女がレベルアップをしてくれるとき詠唱する呪文。全文多分覚えてるのは密かな自慢!

Soul of the mind, the key to life’s ether. Soul of the lost, withdrawn from its vessel.

Let the strength be granted, so the world might be mended. so the world, might be mended…

火防女さんは全体に古英語っぽい喋り方をするのがマジでいいし、声も好き。”Art thou done?”とかクソいい!

”What an asshole!”

映画50回目のファーストキス』のラストあたりで主人公が叫ぶセリフワラナスホー!みたいな発音で、直後の青い海をバックにビーチボーイズの歌をヤケクソで歌うシーンの良さも相まって良く覚えている。日本リメイク版もネットフリックスちょっと見たけどあのシーンがなかったのでダメ。ホンマにクソ!!

うまいんだなこれが、困ったことに」

映画おくりびと』で葬儀社の社長フグ白子を食いながらいうセリフ。異常にうまそうなのと植物園みたいな部屋の内装、七輪の雰囲気などが相まってマジでいいシーンなんすよ……

2020-03-01

anond:20200301083754

「それによって人が死ぬことを予見していて設置した」「行為者がそれを認識する余地がなかった」場合は設置したもの責任が及ぶ

サーブ中のワイン毒薬を入れた場合、それをウェイターが客に注いで死なせたとしても

ワイン毒薬が入ってないことをきちんと確認しなかった」ウェイターの罪ではなく毒薬を入れた者の罪となる

2020-02-22

きんたまで卓球した話

高校生の頃卓球部をやっていて、うちの部は県大会ベスト4まで勝ち進んだ。

ベスト4試合から勝ち進めなかった。負けたのではなく勝ち進めなかった。

まずは卓球関係無いが、当時自分がハマっていたお笑いについての話から書く。たぶんそうしないと正しく話が伝わらないだろう。

当時の自分お笑いにハマっていて、友達同士で漫才マネごとなどをして、仲間内でウケてるのをいいことに自分にはお笑いの才能があると信じ込んでいた。

やってる事自体は、TVに出ていた芸人劣化コピーだったりツギハギだったりするのだが、よくある知人がやってると何故か面白く感じるというやつである

普段何気なく会話したりしているやつがいきなり上半身を脱ぎだして奇声を上げて踊りだしたりすると、ネタがどうとかじゃなくそれだけで笑ってくれるわけである

身内の間ですこぶるウケていたのは、当然だったかもしれない。

そんなんだから高1のとき文化祭の出し物でコントをすることになった。

内容はレストランの客とボーイだった。情緒不安定なボーイが客をおちょくったり怒ったり泣いたりして揺さぶる感じのネタだった。

リハーサルでは知人などは爆笑してくれて、中には涙まで流す人が出ていたのだが、あとから考えるとあれだけ内輪ネタに偏らせていれば、彼ら彼女らに笑ってもらえたのは当然だった。

大勢の前でやるのは初めてだったという言い訳もできるかもしれないけど、率直に言ってそのコント面白くなかった。

文化祭本番の舞台の上で行う5分ネタである

地獄の5分間だった。

やったという事実は憶えているが、舞台の上での記憶はほぼない。とにかく一生懸命演じれば笑ってもらえるかもしれないという、希望にすがりついてボーイを演じていたような気がするが、記憶曖昧である

それから月日は流れた。

そんなコントだだすべり事件も笑い草になった高校2年のころ、最弱部だったうちの卓球部県内ベスト4進出を果たした。

コントだだすべり事件の影響かは知らないが、自分卓球に打ち込む意気込みが大きくなっていたし、着実にうまくなっている実感はあった。

そしてあんなすべりをした自分は、お笑いを嫌いになったかというと、そんなことはなく、前以上にお笑いものめり込んでいた。

お笑い番組をビデオ録画したり、隣の県にライブが来ると行ったり。それなりのお笑いファンになっていた。

そして卓球ベスト4試合前日の夜。思いついてしまったのだ。

ベスト4になるとチラホラと選手家族などが、観客が増え始めるのである。去年ベスト16敗退していたとき勉強目的として他校のしあい見学を部のみんなで見に行っていた。

あの観客の中でひと笑いをおこせたのなら、あの文化祭での地獄の5分間を克服できるのではないかと。

しろあの5分間は明日大衆の前でのお笑いパフォーマンスをするための布石だったのではないかと。

そう、思いついた。いや、そういう妄想に取りつかれていた。

試合を待っている間生きている心地がしなかった。心臓は早鐘のようになって、全身の血は沸騰しそうで、軽い吐き気さえ感じていた。

ついに自分試合の順番が回ってきた。

卓球台の前につくと、ひっそりと持ち込んでた貝印のカミソリを取り出し、ズボンの中に手を突っ込んで、右のきんたまを切り落とした。

手を突っ込んだ瞬間観客から軽いざわめき。ピンクのぷるぷるした血まみれの物体を握った手が引き出されると、何人かの絶叫が響いていた。

激痛で気が狂いそうな中、必死に打ち出したきんたまサーブ自分の陣地にぶつかりバウンドすることなく、じっと卓球台の上に張り付いて、ぷるぷるしていた。

きんたま切断事件は、周りのフォローでなんとなく切腹未遂事件として扱われるようになっていた。

実際あの場所にいた人たちも刃物で腹の付近をゴソゴソやって血まみれになった、くらいの認識しかなかっただろうし。なによりきんたまを切ってサーブしたという話は誰も信じないだろう。

カウンセラーや親、教員などに、「笑ってもらいたくてやった」と繰り返し説明していたが、普通ではない、笑ってもらいたくて自分の体を切除するやつなどこの世にいない、他に本当の理由があるだろう。

などと言われて、話が通じなかった。

結局受験プレッシャーに耐えきれなくて自傷行為に及んだ。ということになっている。

実際自分は友人関係も良好だったし当時は彼女もいた。自傷行為をするような原因など微塵もなかったので、なんとなく誰にでも当てはまりそうな「受験」が原因。ということで話は落ち着いた。

そして、いつしか自分でもそれが本当の理由なんじゃないかと思うようになっていった。

でも確かに当時の自分は、真剣に誰かに笑ってもらいたかったんだと、その気持はどこかに書き残しておいたほうがいいんじゃないかと。そう思って書いてみました。

その時の彼女が今の奥さんです。

2019-12-09

anond:20191209192827

・毛の壁

テニス部高校から初心者で始めた割に飲み込み早く先輩からは期待されているが

壁打ちしている間は実は常に増田でどんなことを書き込むかしか考えていない。

インターハイをかけた大事試合サーブを打った途端ふと名前は3文字がいいと思いたち、早くそ名前を考えたいがために

普段からは考えられないアグレッシブさで強豪校を下し、しっかり道頓堀打ち上げを楽しんだあと

半値を真剣に考えるあまり、就寝時間はいつもより2時間も遅くなってしまったが

それでも夜一時であり健康生活のものを送る文武両道増田だが

肝心の名前は思い浮かばず、コンビニでpaypay支払いを使用アプリを開いた瞬間に「毛の壁」という名前を思いついた。

まるで天から降ってきたかのようなインスピレーションだったがこの不思議体験名前のカッコ悪さが釣りわず、誰かに話したくても話せない割に

本命の大好きな女子には話してしまうおちゃめな架空増田

2019-10-19

イタ飯屋で、あまり筋の良くない客だった頃の話

昔々、横浜関内に住んでいた時のことだ。この関内、は文字通りであってJR(さすがにもう国鉄ではなかった)の駅から海側のエリアである。諸氏はそんなところに住居があるのかと驚くかもしれないが、当時は雑居ビルの上の方に思ったよりは多く転々と貸間があった。ただし、下の方からは常に酔客の声やカラオケのだみ声(後学のために申し上げると、カラオケ騒音で一番外に響くのはよりにも寄って音痴おっさんの胴間声であって、BGMは全く聞こえぬ)が常に聞こえ、よく言って華やか悪くいうとそりゃ真っ当な借り手はなかなかつかねぇよね、ということになる。

その時は-このシノギだけは真っ赤な嘘の話だが-、石化パイプライン屋の営業部隊に属して、港町には良くある怪しい中東商社から注文を取って糊口をしのいでいた。中東商社母国の都合で動く。つまり、朝は遅く夜は次の日が来るぐらいまでが仕事ピーである。こっちもそれに合わせて変則的労働時間で暮らす。それはいい。だが困るのは飯だ。飲み屋以外で食い物屋なぞない。コンビニ牛丼屋ぐらいはあるが、毎日ではつらい。トドメに、下戸である中東屋さんとしては問題ないのだが)。飲み屋の線はこの段階で選択肢としてはさすがに消える。

ある雨の日、所要があって珍しく海側から我が雑居ビルへと帰途を辿っていた。いつものように腹が減っていた。あの辺り一帯は、細長い区画が一応碁盤の目状に並んでいる。一回右に曲がって一回左に曲がれば、どの通りを選んでも貸間に帰りつけるのは、小学校でやった懐かし「場合の数」だ。ただし、客引きのおねぇちゃんがうるさい通りというのがあり、こいつは敬遠せざるを得ない。

考えもせずひょいっと辻を曲がった先にあったのが、未明なのになぜか営業していたイタ飯屋だった。外のケースに入れられていたメニューは、いつもの夕食よりはちょっと高めだが、出せないほどではない。いい加減雨にも追われている、パスタグリルを頼めばまあ恰好はつくだろう、たまには人がましいものが食いたい、そう思って扉を開ける。慇懃で痩せぎすのウエイターが案内したのは入り口近くの窓際の席だ。他に客はいないが、フリの怪しい安スーツに着られたような小僧っ子には、そんなもんだろう

出されたメニューから慎重に安めのパスタグリルを頼む。グリルは肉、シンプルに塩だ。呑むのはお冷。酒は頼まないし、ソフトドリンクに金を払うのは当時としては、ばかばかしく感じられていた。人心地ついて、水をすすりながらぼうっと薄暗い店内を見渡すに、どうもややちゃんとしたリストランテなようだ。しかし客は他にない。いればどんな店かも推量が利くというのに。そもそもちゃんとしたリストランテ酔狂にもかくも深夜まで空けているのか、さすがにいぶかしんだが尋ねるほどの気安さもない。ウエイターはほぼ厨房入り口あたりの定位置に戻って、こちらには目もくれない。

ほどなくして出てきたパスタ、そしてグリルは確かに旨かった。これこそ久々のちゃんとした食事という奴だ。しかしただの大喰らいの悲しさ、昔の料理を思い出して論評するなどということは出来ない。しかいくらなんでもちゃん仕事をしてある2皿だ、ということ位は判る。悪くない。遅い晩餐の唯一の欠点は、こちらがやたらと水を飲むことだ。端から置いてあったグラスにサーブされたお冷は数回おかわりした。そしてさすがにリストランテ、見ていないようでウエイターは、こちらの水が切れると音もなくお代わりをちゃんと入れていく。それはちゃんと冷えていて、薄手のグラスに汗をかかせる。全く悪くない。

少なくとも追い出されはしなかった、塩を撒かれるほどの醜態でもなかったはずだ。そう思って、月に一回ぐらいは帰りがけに足を延ばした。向こうからすれば余程奇矯な客なんだろう、二回目からは、パスタと一緒に銀の水差しサーブされてきた。嫌味かもしれないし、サービスかもしれない。お互いそっちの方が楽だもんな、それも悪くない(というとさすがに上から目線過ぎるか)。ウエイターは今度こそこっちの方を見ないで済んだはずだ。

佳き日は往々、突然に終わりを迎える。ある日、また人がましいものを食おうと思って店の前にたどり着くと、レストランは深夜営業をやめていた。そりゃそうだ、通った間、一度として他の客なぞ見たことはなかった。店としては、同伴とかお仕事帰りのお姐ぇ様方が使う心づもりだったんだろうが、どうしたって来たのは貧乏神めいた小僧だけだったのだから。さすがに空気よりはましだった、とは思いたいが、そんな細っちい客は切って捨てるのが当然の経営判断だ。

今にして思えば、どう考えたって利幅の薄い立派な不良顧客である。あのウエイターだってその奥にいるシェフだって、態々残業してきたのがあんなのだった、というのは落胆した事だろう。しかし、出てきた料理は真っ当だったし、ウエイターもあからさまに追い立てるそぶりはかけらも見せなかった。あの当時なら少なくとも匿名世間様に晒されるようなことはなかった。もっとも晒されたとしたところで、こっちの低いアンテナに引っかかるものかは疑問が残るが。

ほどなくしてこちらも横浜を引き払った。まだあの店があったとして、出世払いに赴けるほどの立身は遂にしなかった。或いはケチって水ばかり飲んでいたツケかもしれない。そして時々人がましいものを食いたい時、まだ入る店には迷うのである

2019-09-17

ワールドカップバレーサーブ時 観客席からの掛け声について

単純に無いほうが選手にとって良いのではないかと思う。

スポーツテレビ放送されているものしかたことがないが

野球ピッチャーの投球ホームに合わせた掛け声は見たことが無い。

ピッチャー守備側だからかもしれないが。

テニスサーブの際もとても静かだ。

ゴルフも打つ瞬間とでも静かだ。

スポーツの観戦マナーは分からないが

バレー以外のスポーツで、もしマナーとして

プレイ開始時(投球・サーブティーショット等)に

声掛けしないことが求められているとしたら

その方が選手にとってフェアで良い環境

ということにならないだろうか。

プレイ開始のタイミング選手が決めるべきことだと思う。

そこに影響が出そうな、選手の動きに合わせた声掛けは

避けたほうが良いのではないだろうか。

サッカー等の他のスポーツ応援比較に入れなかったのは

プレイ開始時の選手の動きに合わせて声をかけること自体が難しそうだから

どんな状況でも勝てるのが強いチームだとしても、

環境を整えるに越したことは無いと思う。

チケット代を払って会場で応援している方々なのだ

サーブ許可ホイッスルの後はお静かにお願いします。

のような表示だけで済むだろう。

選手の皆様がどう考えていらっしゃるかは分からないが、

環境に対して思うことがあっても何か言う、ということは無いような気がする。

日本では環境に対して要望を出すことが、努力不足の甘えとか、

礼を欠いているとか言われることが多いからだ。

逆境を乗り越える努力があるなら、逆境をなくす努力があって良いはず。

観客席から応援がもれなく選手の後押しになる環境が整って欲しい。

もしすれ違いが起きているなら、変えていく必要があるのではないか

拙い文を最後まで読んでいただきありがとうございました。

2019-09-14

友人等が私の財布に無頓着すぎる件

20代女同士の友人である場合食事・遊びの際の支払いはおそらく大多数が「割り勘」となるだろう。

どちらかの誕生日や何かしらのお礼等のイレギュラーなケースを除けば大体がそうだと思う。

かく言う私も外食であればそうなる。私は酒を飲まないので、のんべぇとの食事であれば飲酒する友人が少し多めに支払うことはあるが、概ね対等・平等・公平だ。

だが、その均衡がどういうわけか狂う場面がひとつだけある。

友人等が私の一人暮らしの家にやって来て食事をするときだ。

手前味噌だが私は料理が得意なほうだ。

まり得意ではない、あるいはまったくしない友人等が自宅に来ると料理振る舞う

一人暮らしを始めた当初に「遊びにきて」と私が誘い、以降この“食事会”は3~6ヵ月のペースで、もう5年程開催されている。

このところは友人の誰かが「○○のうちでご飯食べたい」と言い出して開催する流れが多い。(つまり、私が“招待”しているわけではない)

そんななか、彼女はいつも食事代を支払わない。正確に言えば、最初の数回以降、支払わなくなった。

友人等がやって来る際に私がしていることは以下の通りだ。

・当日朝までに家のなかを掃除(1Rのほぼ全体、トイレ周り)

・当日朝までに食材の買い出し(人数にもよるが、大体6,000円~9,000円)

(・生菓子を用意する場合は当日の10時過ぎに買いに行く)

・友人の到着までに調理(だいたい4~6品)

・食後の水菓子ケーキ等のサーブ

・友人等が帰ったあとの片付け

昼にやって来て19時前に帰るのが定番パターンであり、その間に様々な話をするが、帰る間際になってもそこにいる友人1~3人、誰の口からも「いくらか出すよ」の「い」の字も出ないのだ。

始めの頃は違った。「一律で1人2,000円(3,000円だったかもしれない)お金を出すよ。もし多かったなら次回の資金に回して」と友人みずからルールを決めて数回の食事会を過ごしていた。それが、いつのタイミングから改定されていたのだ。

食事会に参加していない友人も交えた会話のなかでの彼女(前述のルールを決めた張本人)曰く「デザートは私が買ってくの。それでトントンになるから」とのことなのだ。

しか食事会の計画中に「ケーキは私が買ってくね」と宣言し、実際に人数分買ってきてくれるが、「それでトントンにする」とは一言も打ち合わせしていない。

また「トントン」など冗談じゃない、とも思う。

デザートが1人600~700円、3人分なら2,000円ほどになり、なるほど友人は食事会開始当時とおなじ金額を支払っているのだろうが、私は6,000円~9,000円を費やしているのだ。その金額のものをまったく補えていないではないか

重ねて言えば、私の超個人的意見ではあるが、訪問時の手土産マナーであって「トントンにする」材料ではない。買ってくるように、と指定されたものでなければ勘定に入れるべきではないと考えている。

前回までは改定ルール適用されていたので、私はつい先日の食事会は以下のようにした。

食事飲料生菓子もすべて私が用意する】

トントンにする」材料がない友人等はどうするのだろうか? と半ば試すような気持ちで友人2人を迎えた。

結果……彼女等は、やはり「いくらか出すよ」の「い」の字も出さなかった。

誤解が生まれないように注をつけるが、友人等は決して常識外れではなく、育ちが悪いわけでもない。頭も良いほうだ。

冒頭に書いたとおり外食であれば割り勘であるし、いくら自分のほうが多く負担すべきと思う場面ではそれを申し出たりもする。

だのに、私の家での食事だけ、どうしてこうなってしまうのだろうか。

理由問題点をいくつか考えてみる。

過去のいくつかの経験勘違いをしている

私が自発的に「きょうはお金を出さないで」と言ったときがある。友人の誰かの誕生祝いをした際などは祝うべき友人だけでなく皆からも受け取らなかった。

また、私の実家に友人2人(食事会にもっとも来ている)を過去2回招いた際はすべて私と私の両親が持つ「おもてなし」であった。

たった数回ではあるが、それらを経て私から提供されるものがすべて私持ちである勘違いした?

②ただただ度忘れしている

食事会が始まった当初のルールや、当日にすべき支払いを忘れてしまっている。

私は金銭請求する等の行為は一切しないので(借金取りのようで卑しく感じるため)、リマインダーもおらず疎かになる。

必要経費想像できていない

料理ほとんどしないがゆえにその食事必要金額をかなり低く見積もっており、支払う必要もないと感じている。

④言わずにいれば支払わずに済むと思っている

友人等はアイドルの追っかけや二次創作等、なにかとお金のかかる趣味を持っている。

私の家での食事会は、改定ルール(もはやそれさえ改定されているが)であればどんなお店よりも安く遊べるので“上手に利用している”。

またしても注をつけるが、私は決して友人等からもらえなかった数千円が惜しいわけではない。

そもそも金銭的に厳しければ食事会など開かないし、それなりに資金があるからこそしっかりとした支度をするのだ。

納得ができないのは、

最初ルールが遵守されていないこと

・どんな事情であれ同い年の友人からの“タダ飯”に平気でいること

・それを繰り返すこと

なのだ

家に遊びに来てくれるのは嬉しい。手製のご飯を「おいしい」と食べてくれるのも嬉しい。「また作って」と言ってもらえるのも嬉しい。

だが、その嬉しさだけではやっていけない。

私が切り出さなければならないのだろうか。どんな理由があるかも分からない(ほとんど分かっているが……)のに、数千円をケチケチと追いかけるような真似をしなければならないのだろうか。

数年前からの不満がとうとう一杯になってしまった。「また作って」の「また」は一生来いかも知れない。

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9/16追記

たくさんアドバイスありがとうございます。ずっと抱えていたモヤモヤを吐き出すためアカウントを取得し初めて投稿したので、こんなにお声が返ってきたことに驚いています

いくつか追記いたします。

①私がなぜそんなにおもてなしをしているのか

「変なものは出せない」「やるからにはキチンとしよう」という意識からです。

前述のとおり食事会の始めのころは一律の出資額がありました。「一律2,000円(3,000円?)」と決めたのは友人ですので、2,000円出してもらうに相応しいもの継続している、という認識でいます

お金請求することへの抵抗

「言えばいい」「どうして言わないの?」とたくさんお声をいただきましたが、お金の話はやはり切り出しにくいです。

食事会とは別の場面でも「チケット代○○円だったからね」→「いま細かいお金ないや。後で良い?」→忘れられる、というケース等あります。何度も「ねぇ○○円だよ」「○○円ちょうだい」と言うのは(言ったことはありませんが)ほんとうにしんどいです。

そういった経験から「ひとり○○円ね」と発することにも抵抗を感じますチケット代等ならまだしも、かつて友人が決めた一律額や私がした買い物の金額となると、よりハードルが高く感じられます

私が払う立場の際は、たとえば映画チケットを買っておいてもらった場合、会ってすぐか、席に腰を下ろしてすぐに支払っています

食事会をするメンバーとは別ですが、友人宅で手作りご飯を頂いたこともあります。その際はケーキを持参しつつ2,000円受け取ってもらいました。自分お金請求に苦しむ性分なので、金額が分かっているものはすぐに出す準備をし、分からないもの気持ち多めにして先回りの形を取りがちです。

繰り返しになりますが、もらえなかった数千円そのものが惜しいわけではありません。食事会の半分以上が“タダ飯”なのにいまなお続いているのも、金額のものが惜しいわけではないからです。

とはいえ、“タダ飯”を平気でする友人に「どうして?」「なぜ?」と疑問が湧いてしまうのも止められません。

③今後について

「都合が悪い」「休日ゆっくりしたい」等の理由をつけてかわしていこうと思っています

2019-07-14

何気なくテレビつけたらウィンブルドン決勝やってた

あれ、ナダフェデのが結晶じゃなかったっけと思ったけどあれ準決だったんだな

それにしても5分くらい見ただけで素人にもヤバさがわかる

にしこりはこんな怪物の中で戦ってるのかと思うとやばい

絶対こんなん勝てんわ

左右に振られまくってるのにおいついたり、サーブ速度がやばすぎたり

見てるだけでぞっとするからテレビ消したよ

2019-06-17

意識高い系妊婦

 娘と激安イタリアンブッフェランチに行った。

 未就学児が無料ブッフェなので、以前から赤ちゃん連れの母親ランチ会などが積極的に行われていて、そんなに子連れ妊婦を見ても不思議ではない。

 そして店では30分に1回「おひとり様1つ限り」と札のたつ特別メニューが出てくる。

 早いもの順で私が並びに行った時は既に最後の方で、目の前から妊婦がきて私の目の前に並んだ。

 まぁ、軽く横入りなんだが、気にはしていなかった。

 なにせ昔のコントに出てきそうなご立派な臨月腹の30代女性だったので「臨月ブッフェとは、健康で良いですなぁ~」と冷めた目で見ていた。

 しかし、その妊婦サーブされる番になって「あそこに、(私の)子供がいるんですけどぉ~もじもじ・・・・(二人分貰っちゃぁ)ダメですかぁ~くねくね(鼻にかけた声で、謎の上目づかいで首をくねくねする)」と言い出して驚いた。

 横入りして会釈すらもなく、さらにコレかよ。若いのにこの面の厚さは立派なオバはんだよっ!!きっしょいよ!!。

 くねくね気持ち悪く動きつつ、お腹を落としそうに抱えている妊婦。見ていてただただ不愉快だった。

 そしてサーブしている若い男性スタッフ困惑して、最後までの人数を数えて、ケーキの数を数えて、仕方なく2人分渡していたのに言いようのない怒りが沸いた

 唯一の救いは、このクネクネくれくれコールが、全く若い男性スタッフには効いていなくて滑稽だったことか。

 妊婦なのに・・と言う訳ではないが、二人目妊娠している時点でもう女の子特権は使えないという事実に気が付いてほしい。

 オバはんが鼻にかかった声で年下男性に「どぅあめ(ダメ)ですかぁ~??」って多人数アイドル集団的おバカくねくねポーズをされても、吐き気を覚えるだけ。

 食事時なんですよ?今・・。

 この人、若い時にこういう風に自分の思いを通してきたんだなぁ~と思うと、可哀想すぎてその浅ましさに目頭が何かの汁で熱くなるわ(笑)と娘に話すと、

 娘がその妊婦達を観察していて、どうやら妊婦のみの集団ランチ会らしいこと、全員がかっわゆぅぅぅい花柄ワンピを着ていることなどを教えてくれた。

 そして、「私、こんなことしなきゃならないなら、イタすぎるので妊婦になりたくない」と言いだした。

 いや、こいつらただの意識高い系妊婦から。恐らく妊婦でもオシャレランチしたいとかSNSで繋がってるだけだから

 妊婦になってまで、こんなことでしか女を支えられない人達とは、一生かかわらなくても良いか安心して妊婦になりなさいと言っておいた。

 本当にいい年して気持ち悪い。

2019-06-02

ひとりぼっちの○○生活本庄アルでキレてしまった

今ひとりぼっちの○○生活というアニメアマプラで見ている。

このアニメ主人公はひとりぼっちという名前で、名前の通りひとりぼっちという設定を負わされたキャラなのだが、こいつを一話で見たときイライラした。絵にかいたような(実際描かれているのだが)ひとりぼっち設定は絵に描いたような自己評価低い服のセンスが悪いキャラ描写でつまんねと思った。

でも絵が可愛かったので5話まで見た。砂尾なこ可愛いし。ソトカラキターとかい忍者に憧れる外国人キャラも、もうすでにどこかで見たようなべたべたに手垢がついたキャラ設定だったけど、絵が可愛かったので5話まで見た。

というか日常系キャラ設定で突っ込むのもアレかなと思って5話まで見た。絵が可愛かったし。

本庄アルってのは「表面はいいけど実は残念キャラ」っていう設定で、これもまあどっかで見た設定。でも日常系にどっかで見た設定とかいうのが無粋というのはわかっている。絵が可愛いので問題ない。

で、5話が本庄アル回だったんだけど、こいつがついうっかり(高校に)ランドセルで登校してしまうという話で、「は?」って口に出してしまった。お酒のせいもあったのかもしれない。いやいくらなんでもランドセルはないやろーって思って、数分後に天丼で今度はついうっかり「小学生恰好で登校」していた。「うわきっつ」声に出ていた。ここでキレてしまった。おいアルな、いくら日常系アニメからって越えていいラインってのがあるだろと。現実ではあり得ないような「見た目不良だけど実際はめちゃくちゃ世話焼きでいい子」とか「絵に描いたような忍者好きな外人キャラ」とか「クラスメイト全員と友達にならないと絶交するキャラ」とかそういう『あり得ない』はいいんだよまだ。そういうのは作品世界観を作るキャラ設定であるからだ。それでつまんねー設定とかおもしれー設定とかの意見がでても、それは「そういう作品から」で納得できるんだよ。

でもお前がやったのは明らかにクソ寒い芸人芸だろ。キャラ設定とかそういうの通りこした、「わざとやらなきゃ起こりえない『あり得ない』」なんだよ。そんなのキャラ設定により自然と出た行動でもなんでもなくて、ただただ自主的くそつまんなくスベッた行動してるだけなんだよ。もうそからは全部がイラついて見えてしまった。部活サボりすぎてサーブも打てないのも「お前わざとだよな?」っていう目で見てたし、最後の「くしとブラシが髪についたままでした」ってオチも、お前それくそつまんねーやつがくそつまんないことし過ぎて誰からも突っ込んでもらえなくなったやつじゃん。今思えば初登場の時のハンガー付けたまま制服着てたのもわざとだよな?つまんね。お前もう帰っていいよ。

2019-05-28

anond:20190528120209

でも例えば卓球部の奴が空気読まずに本気出して、そいつサーブ全然レシーブできなかったら「こいつすげえ!」って思う前に「なんだこの野郎」って反感の方が先立っちゃうわけでしょ

結局技術関係ない自分の中での値付けと無縁ではないと思う

2019-05-22

体罰肯定する生徒

ちょうど体罰全国的問題になっていた中学生の頃、弁論大会に向けたクラス内発表で体罰肯定した女子がいた。彼女の主張は「口で言ってもわからないこともあるから体罰は仕方がない。むしろ私はそれで成長できた。」という内容。国語先生苦笑い、生徒の中にも目配せし合うものもいた。

彼女所属していた女子運動部コーチはその作文の1年前に、体罰問題になって辞めさせられていた。

体罰の内容といえば、ボールが取れない女子生徒の顔に全力サーブ、不真面目な生徒(とコーチ判断した生徒)に体育館の端でずっと筋トレさせる、大会の結果が悪いとベリーショート強制、遅れてきた生徒にグラウンド12周、のようなもの

保護者の間でかなり問題視されていて、不登校が出たことで取り沙汰されて、そのコーチ部活を去った。教師でもなんでもない、近所のスーパー店長だった。

それなのに、元体罰部活動に所属しているクラスメイトがまさか体罰肯定発言。驚いた。名もない弱小校の運動部で、朝練夜練を強制され、いわれもなく怒鳴られ、ボールをぶつけられることが彼女にとって成長の糧だったのかと。競技の上達のために、怒鳴られたり、体罰を受けたり、塾をやめて夜遅くまで部活動に専念したりする事、滅私奉公部活動に生活を捧げる事、その結果競技が上達する事、それが成長なのか?

彼女最後の中総体は例年より少しだけ良い成績を収めた。体育の先生になりたいと言っていた彼女は、いつかキーキー下品に怒鳴る女体育教師みたいになるんだろう。

教育者といえば、ある程度の良識品位を持ち生徒を一人間として敬意をもって接して欲しいものだが、怒鳴ったり体罰を行う後進的かつ野蛮な教育がまかり通っているのが残念でならない。

叩かなきゃどうにもならないクソガキは確かにいるのだろうけど、叩いてわからせる主義の人はその区別をつけずに、対話という手段をすっ飛ばして叩く。自分は苦しんで成長したからと、人を苦しめることに正義を見出す。正義の人を止めることはもうできない。大人になって信条が変わることなほとんどない。そんな正義の人をもう生まないためにも、やはり体罰は良くないと思うのだけれど、体罰経験のまともにない苦労知らずの自分の話など彼女たちは聞いちゃくれないのだろう。

2019-05-07

野球ですら当たったら死ぬのに

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2019-05-06

[]【2】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506090011




2일



2日目

クルクルパーマと韓国女子


旅行初日はいつも眠れない。

疲れて深夜のチェックインになってもいつも通り眠りは浅かった。

チェックインしたばかりの釜山東横INN2だが、10:00にはチェックアウト予定。

初日釜山には1泊だけして、西部バスターミナルから、光州に向かうことになっていた。


近代化している韓国からなんとかなるだろう」と、ちょっと緊張感が薄いまま成田を発ったが、初日の予定外でやはり外国である事を思い出した。

今日はまず昨日手に入れることができなかったT-moneyカードを入手しないといけないし、西部バスターミナルに向かう前に、西面の両替所で両替しなくてはいけない。

ついでに西面でうどん風混ぜ麺、カルグクスで昼食をとろうと思ったが、予定通りに食事が取れるとも限らないので、いつもはスルーしがちなホテルの朝食をしっかりいただくことにした。

どこでも一緒の東横INNの朝食でもキムチがあるあたり、やはりここは韓国だ。


チェックアウトして釜山駅へ。

近代化している韓国」ではあるんのだが、朝9:30の釜山駅前には路上にゴザを引いて人参ナムルを売っているクルクルパーマのオバちゃんがいる。

昨日は気づかなかったが大気汚染もまあまあだし、そこかしこ工事中で、全体的な印象としては1980年代後半から90年代前半の日本という感じがした。

ネット環境K-popなど、一部は日本より先をいっている部分もあるものの、90年までは軍事政権だった国でもある。

社会経済もまだ発展の途上にあるんだろう。

絶賛工事中釜山駅のコンビニに入って、クルクルパーマのオバちゃんに声をかけると、昨日とは違いあっさりt-moneyカードを購入できた。

これで移動が便利になって一安心だ。

コンビニを出ると、迷彩服青年が歩いていた。

うそう、韓国名目上は今も戦争なのだった。


釜山駅で一休みした後、レートが良いと評判の西面、ナヨン両替所へ。

地下鉄は昨日のような匂いはしなかった。

路線時間帯によるのかもしれない。

西面で降り、繁華街路地裏にある両替所に向かうと、行列の奥ではクルクルパーマのオバちゃん作業服っぽいなりのオジちゃんの老夫婦が古びた紙幣カウンターと缶々を前に次々と客を捌いている。

路地裏の20㎡ないんじゃないかという店の夫婦2人が近代的な大銀行の向こうを張って大行列を作っている様はなかなか格好いい。


両替も済んだので、モウモウと湯気を上げている混ぜ麺の店、「キジャンソン カルグクス」で昼食。

カルグクスは刀削麺的な汁そばで、青菜ニンニクゴマトッピングされた麺が赤いスープに浮いている。

見た目ほど辛くはなく、塩味も薄め。

味の強い印象のある韓国料理も多くは辛味や酸味で、塩味は強くない。

良く韓国人が日本料理を「しょっぱい」というが、あれは多分本音だ。

韓国人がという問題ではなく、日本料理はアジア圏ではやはりかなりしょっぱい。

昼時ともあって客は引きを切らず、赤い麺は次々とサーブされ、店内では老若男女が麺をかっ込んでいた。


腹も満たされたので店内を出て西面の路地を歩くと、路地にはおでん屋台が軒を連ね、おでんを煮るクルクルパーマのオバちゃんの前で、お姉さんがおでんを食っていた。

屋台で出されたもの屋台の前ですぐ立ち食いする」という光景は其処彼処で見られ、それが小綺麗なお姉さんだったり、中高生だったりするのは面白い光景

社会を平すと1980-90年代あたりの日本」という印象はここでも感じるところで、「日本から見る韓国って、なんかある意味、変に期待値が高すぎるんじゃないかなぁ」と思った。


西面駅から地下鉄に乗って沙上駅で降り、最寄りの釜山西部バスターミナルで光州行きのチケットを買い求める。

メモを見せて買い求めると、指示されたバスの出発は10分後だった。

異国の地だというのに時間の余裕がなくて焦るが、なんとか乗車。

バスは直ぐに発進した。


窓の外に連なる緑の山々を見ながら、度々遭遇するオバちゃんクルクルパーマや韓国女子ファッションについて考える。

若い子たちは男も女も洗練はされているのだが、どうもテイストが一緒で、オバちゃんの高いクルクルパーマ率にしても、どうも社会の均質性が高いように感じられる。

よく聞くのは熾烈な受験戦争や、男がひたすらに目指し、自慢するという高スペック

この社会で、勝てる奴やハマれる奴は過ごしやすいのだろうが、そうでない奴にとって、韓国社会はキツそうだなぁ。



光州へ


3時間の乗車の後、バスは光州 バスターミナル U・SQUAREに到着した。

熱気と緊張感あふれる釜山と違って、降りた瞬間になんとなくユッタリとしたムードを感じる。

韓国第4の都市とは言っても、街の様子も釜山とはまあまあ差があるようで、バスターミナル最寄りの農城駅からホテルのある尚武駅まで地下鉄で向かうと、地下鉄も空いていて、街行く人もまばらなノンビリした地方都市という感じだ。

すれ違う人のファッションも違いがあり、釜山よりはリラックスしていて、素朴だが小綺麗なナリをしている。

自分のしたい格好を勝手にしているという意味ではこっちの方がオシャレなんじゃないかなぁ」と感じる。

そしておそらくは、だが、光州、全羅南道の人は、きっと釜山と血の意味で、人種ちょっと違う。

ことなく顔がより日本人に近かった。

かつて日本にやってきた渡来人は、この地方朝鮮人だという話を聞いたことがある。

日本ではあまり有名とは言えないこの地は、実際はより日本に近縁なのかもしれない。


ラブホと見まごうばかりにオシャレなデザイナーズホテル hotel stay 53にチェックイン

部屋もベッドも広くて清潔で、「この値段でいいのか」と思うほどリーズナブルだったが、オシャレすぎてアメニティがみつからなかったので、最寄りのロッテマートで買い出しに行き、ついでに市内散策


地下鉄で数駅移動して見て気づいたのだが、光州は夜が早く、大方の店は22:00には閉まってしまう。

夕食にあてにしていた店もラストオーダーに間に合いそうもなかった。

予定を変更し、バスターミナルのあった農城駅に引き返して徒歩15分ほどの場所にあるらしい24時間営業食べ放題の店に向かう。


地図を頼りに歩くが、沿道の小規模な店舗は尽く閉店しており、ほとんど人とすれ違わない。

「本当にここであってるのかな」と思った矢先に、ガソリンスタンド脇にその店があった。

オロジベッパンマン(ひたすら白飯のみ)」

どうも殆どタクシーちゃん地元の人しか来ないような店らしい。

席に座ると、自動的にオバちゃんご飯スープとデジカルビを持ってきてくれる。

あとは中央にあるお惣菜を自ら盛って食うシステム

何をいくら食べてもお値段一緒、6000ウォン

ビュッフェといういうにも素朴すぎるスタイルだし、店内もオッさんとオバちゃんしかいない学食といった雰囲気だが、食の都、光州の惣菜はどれも美味しく、食べ放題白飯が進んだ。

初めて訪れた街の夕食としては上出来だろう、会計を済ませて、レジのオジさんに覚えたての韓国語で感想を伝えた。

「マシッソッダ(美味しかった)」


【3】2019 春、韓国、釜山・光州  3日目|5月、1980 - 2019 へ >>

2019-04-25

anond:20190425230433

ネットを使ってる日本人全員が)ヤフー検索をつかったことがある時代、とか

ネットを使っている日本人全員が、否応なく)ニフティサーブプロバイダに選んでいる時代、とかありましたがなにか

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