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はてなキーワード: 宣教師とは

2020-09-18

女性が性被害に対してどうしても噛み合わないのって男性への性犯罪は成立しないからじゃないか

2018年民法の大改正があり、それによって男性性犯罪被害者になるようになった。その間120年に渡り男性はどんなに性的被害にあっても「性被害者」にはしてもらえなかった。

変な話、屈強な男性数名に取り囲まれ、無理やり服を脱がされ、レイプされてもそれはレイプではなかった。

性器女性遍歴をからかわれてもそれはセクハラではなかった。

電車内で変態親父になにかされてもそれは痴漢ではなかった。

女性が性被害にあったと訴えるほとんどのことについて男性法律レベルで見捨てられてきたのだ。

よく考えてほしい。

やっと性犯罪になった、と言っても120年間に渡って醸成された常識はそう簡単には変わらない。

女性諸氏は「男性にとっては女性が嫌な思いをすることの殆どはされていたとしてもなんてことのないものかむしろご褒美」という教育を受けてきている。はっきり言うとこれは今の価値観では明らかに以上だ。

この点を理解して話をしないと全く噛み合わないのだ。

かつて江戸末期に欧州から宣教師がやってきて「どうかキリシタン拷問をしないでほしい」という話をしたら「え、何で?死刑にしてないよ?なんか問題が?」という反応が帰ってきたらしい。

今これと同じことが起きているのだが、これを無視してみてもどうにもならないので、男性のこの常識否定しないで変えていく作業必要だろう。これもとてつもない長い時間がかかるだろう。

2020-06-29

anond:20200629184924

アジア人の肌はいつから「黄色」になったのか─16世紀は「白人」だった


16世紀東洋人と西洋人交流し始めたころ、西洋から旅行者宣教師大使らは、東洋人に言及する際、たいてい「白人」と言っている。19世紀まで肌色人種の特徴としてそれほど認知されていなかったので言及自体がめったになかったが、東洋人については幾度となく、「私たち西洋人)と同じくらい白い」と表現されていた。

黄色」という言葉18世紀末に使われ始め、19世紀になると西洋人たちのイメージの中に浸透していった。ところが17世紀までに中国人日本人ヨーロッパ貿易システム宗教国際関係に加わろうとしないことが明らかになっていくにつれて、彼らの肌の色は文献の中でかつての白さを失い「濃くなっていった」。

いかえれば、アジア人白人と呼ばれていたのは見た目や肌色理由ではなく、文明文化知識従順さ──特に、彼らがキリスト教化される場合──の度合いが根拠となっていた。

最初アジア人は「白人一種」だったのが「キリスト教という正しい文化を受け入れないので人間じゃない」ということになり「人間じゃないので色が違う、あいつらの肌の色は何色だ」ということで新たに「黄色人種」ができたらしい

まり肌の色を「決める」のはキリスト教との親和性

2020-06-28

Nスペ戦国面白かった

織田信長豊臣秀吉の躍進と戦略の裏にスペイン宣教師がいたって話。来週はその続きで徳川家康オランダ組が出てくる。

宣教師役でひょっこりオジエルが出てて笑った。

2020-04-25

明治政府キリシタン弾圧は正しいという主張を見た

日本人外国奴隷として売られていたからー、みたいなのは

一体いつの話してんだよって感じだし、

それも人身売買に加担しているらしい宣教師追放だけやれば十分なことで

日本人信徒弾圧する根拠としては弱いよな

まあ、廃仏毀釈ももっと徹底してやるべきだった、という考えも併せ持つなら

それなりに整合性はある気もするが

2020-03-18

男友達は雑に扱うみたいな棘が燃えますね……

個人的には、これは女サイド、というよりも、最初発言者批判してるサイドの言い分に筋が通ってないと思うんだよな。

男は、というと主語大きすぎて語弊があるけど、最初発言者の人は、どうも女には男とは違うプロトコルがあり、気を遣うことが大事とされるらしいから、男同士でいるときよりは気を遣おう、というのを前提としてきた……っていうのはさすがに読み取れるよね?

俺もそうだよ。どうも女の付き合いというのは気遣いとかそういうのが大事らしい、と薄々知ってはいるので、男の付き合いとは違ってなるべく気を遣って異文化交流しようとしていた。

で、そこに女の側から「『女扱い』してほしいんじゃない! 普通に対等な人間として扱って! 具体的には同性の友達を扱うように!」って言ってきたわけ。

とすると「え? ほんとうに同性の友達と同じように扱ったらこうなるけど?」って言うほかないじゃん? 本当にそれを望んでいるんですか? って。

そしたら「男同士には他人尊重する文化がないのか! 礼節を重んじる女同士と違ってなんて野蛮なんだ!」とお怒りになっている。

先進国民向けにお客様待遇してあげてたら「こんな侮辱的な扱いは信じられない! ちゃん自国民並に扱って!」と言われた発展途上国の人みたいなすれ違いはあるな。

え? お客様待遇やめてほしいの? ほんとに自国民並でいいのね? って確認しただけなのに怒られる発展途上国の人かわいそう。

そして問題は我々は発展途上国で満足しているのであり、むしろ先進国のようには振る舞えないし振る舞いたくもないか発展途上国サイコー! と思っていたりするということだ。

相手尊重しているし自分大事にしているからこそ、「細やかな気配りなんてするのめんどくさいし、相手もそれは同じだろうから、俺とお前のあいだでは最低限の気配りしかしないってことにしといた方がお互い楽。なんか追加で気配りしてほしいこと(疲れたから歩く速度を緩めてほしいとか、ソファ席に座りたいとか、えらいことしたから褒めてほしいとか、そういう)があったら自分から言えよ、俺も自分で言うから」って態度になるんだよな。

相手不愉快にならないようにお互い細やかに気配りしよう」とは真逆理屈だが、それでもこれは配慮ひとつの形なのだ……ということはさすがに理解してもらいたいわけだが。

それなりに配慮の上に成り立っているプロトコル一方的に野蛮だの他人尊重してないだの言われる筋合いはないだろ。多様性とかどこいったんだよ。

少なくとも日頃多様性だの何だのと言っていた女の論客のかなりの割合一方的に男のプロトコルを野蛮だのと決めつけて「あなたにはもっと友達から尊重される権利がある」とか的外れなこと言ってるのは失望しかなかったよ。

いやだから相手尊重してるから相手に余計な気遣い要求しないし自分を可愛がってるから相手に余計な気遣いをしないってだけです……俺は友達尊重してるし俺は友達から尊重されてます……

相手尊重してるから丁重に扱うし自分を可愛がってるので相手から丁重に扱われることを望む、という論理とはまるっきり逆だというだけ。これはどちらが良い悪いでもない。単に同じ前提(相手尊重したいし自分大事にしたい)から真逆結論が出てくる典型的な事例。相手尊重しなくていいとは誰も思ってない。ただ尊重のありかたが違う。

南の島で裸に腰蓑で気楽に暮らしていたらヨーロッパ人宣教師が現れて「裸に腰蓑なんて! もっと自分大事にしてスーツとかの文明的な装いをしなさい!」って言われてる気分。そりゃあんたらの国は寒いだろうからスーツが快適なんだろうけど、こっちだと蒸して暑いだけだから嫌なんだよ、裸に腰蓑がいちばん快適なんだよ、みたいな。

いやある意味宣教師よりも悪質だな。ヨーロッパ人は整った衣服を重視してると聞くからちゃんと長ズボンを穿いていったのに、「我々を侮辱しているのか? 同胞といるときと同じ装いをしろ!」と言われたので「それって裸に腰蓑で行ってもいいってこと?」と確認を取ったらなぜか怒りだした。マジで理解不能。同胞といるときと同じ服を着ろと言ったのは自分なのに裸に腰蓑姿を見て怒りだすとか何なんだよ。

こちら側に問題があるとすれば異文化理解解像度が足りなかったことか。要するに長いズボンを穿いておればいいのだなと理解していたら首に細い布を巻き上掛けを羽織必要があるとは思ってもみなかった、みたいな。それを知らずにユニクロの長袖シャツジーンズで行ったのはまあ悪かったよ。我々裸族としては、なるべく着衣族の習慣に合わせた衣服のつもりだったのだが……)

でもって、これがホンモノの宣教師なら「まあシューキョーやってる連中は頭固いか土地ごとに違う文化があるってわかんないんだね」って諦めモードにもなれるんだけど、日頃多様性とか言ってる人たちが急速に自文化age他文化sageを始めたのは絶句するほかない。びっくりするほど自文化中心主義!

こっちは少なくともあいつらは違う文化を持ってるんだなぁという程度の知識はあったのに、なんであいつらは我々がぜんぜん異なる文化の持ち主だって気づかず今頃になって驚いてんの?

「南国人にも腰蓑は嫌だからズボン穿きたいって人がいるよね」という話なら、「そうだね。スーツは窮屈だから国人みたいにラフな格好したいヨーロッパ人もいるよね」ってだけの話だから異論はないです。

「南国人と言っても色々いるだろ! 一緒にするな!」そうですね。腰蓑族である我々の村でペニスケース一丁の人を見かけたら流石にギョッとしますし、逆にお隣の村に行ったらアロハシャツを着るのは最低限だろという怒られが発生することもあるので、南国人といっても色々ですね。きっとヨーロッパ人の間でも「スーツ着るのめんどい」とか色々なグラデーションがあるんでしょうね。そこにも異論はない。

私たち文化ではスーツを着ている人が重んじられるんです」そうなんですね、ところ変われば色々な文化がありますね。多様性ですね。別にそこに文句はないですよ。そちらの文化ではそうなっているんですか、勉強になります

でも「裸に腰蓑なのはおかしい」とか「スーツもまともに着ないなんて人間として尊重されてない」とか言ってきたら「余計なお世話だうるせえよ」って言わざるを得ないってだけ。だってスーツってパリッと着こなせばかっこいいことは認めるけど暑くて窮屈で着るのめんどくさいじゃん。蒸れるし。裸に腰蓑のほうがよっぽど快適だよ。

で、下手な比喩はこれくらいにしておいて、お互いのプロトコルがこうまで真逆だと、異文化交流のやり方がわからない、っていう人が一定数出てくるのは当然だと思うんですよね。

男女共通プロトコルを新しく作りましょう、という話なら、まあ話を聞く用意はありますよ。男女双方がちょっとずつ快適さを捨てれば成り立つプロトコルってことですよね(男は他人配慮しなくともよい快適さを諦め、女は他人から配慮される快適さを諦める)。

でもどっちかのプロトコル統一なんて無理でしょう? 無理なことを要求するのやめよう?

どっちかに統一すべきだって主張するなら俺は女のプロトコルおかしいから男側に統一すべきだって言うよ? 本気で言うよ? だって雑で鈍感な人間でも気楽に生きていける社会の方がいいもの他人配慮できない人間針のむしろになる世界よりも、配慮してほしいことがあるなら口に出して言えよそうじゃねえとわかんねえんだからよ、っていう世界の方が絶対にいいよ。楽だよ。俺にとっては生きやすいよ。雑で適当な鈍感人間自分が生きやすプロトコルはこっちだよ。気遣ってほしいやつもこれで別に困らないだろ。気遣ってほしいことがあるなら言えばいいんだから

自分が客として気持ちよく過ごすために店員スマイル0円強要する社会よりも、自分労働者として快適に過ごすために無愛想な店員我慢する社会の方がどう考えても健全だろ。

今俺はすっごい女側のプロトコルを悪し様に言ってるわけだけど、このくらいは言っていいよね? 男のプロトコルにはあれだけ雑な批判を投げつけてもポリティカリーにコレクトな界隈では許されてるみたいだし、多少雑に女のプロトコルを叩いても問題ないって理解いいわけだよね?

女側が「それでも私たち配慮しあってお互いに快適な環境を維持するプロトコルの方がいい」というなら、別にそれは止めません。色んなプロトコルがあっていいよね。多様性ってやつだよ。

でもそうすると、何度も言うけど、どうしたって異文化交流のやり方がわからんとか、異文化の人たちが理解不能でこわい、みたいな人たちは一定数出てくるわけ。これは双方にね(もちろん、自文化が嫌だ、あっちの文化が羨ましい、みたいな人も双方に出てくる)。

そこは受け入れよう? 「人間扱いすればいいだけ」みたいな思考停止はやめよう? 「同性と同じように扱ってほしいだけ」がトンチキな要求だって自覚しよう?

友達の前でスーツ着てネクタイ締めてナイフフォークフレンチ食うのが「対等で親密な付き合い」の文化圏と、友達と一緒に裸に腰蓑の格好して手掴みで肉食うのが「対等で親密な付き合い」の文化圏があって、お互いに価値基準がぜんぜん違ってるときに、「人間扱い」なんて言われたってわかるわけないじゃないですか

スーツ民と会うためにわざわざジーンズ穿いてきた腰蓑民に「そんな格好で来るなんて我々を侮辱しているのか! 同胞と過ごすときのような格好をしろ!」って言うのがめちゃくちゃトンチンカンなのはわかるよね? むしろ異文化尊重しようとしているのは腰蓑民の方じゃん?(失敗してるけど……)

共通プロトコル統一しよう、我々も手掴みで肉を食うことにする、というならまあ上半身に服を着るのもやぶさかではないけど、自分たちはスーツナイフフレンチも捨てないけどお前らは腰蓑も手掴みも捨ててスーツを着ろ、それが「人間扱い」だ、なんて馬鹿理屈がありますか。異文化蔑視自文化中心主義にもほどがある。相手を対等な人間と見做してないのはお前らの側だろ……

自分たちの快適なプロトコルを維持したいなら「人間扱い」なんてフレーズ他者には通じないことを理解してください。「人間扱い」に共通見解見出したいなら自分たちのプロトコルを(快適さを多少犠牲にしてでも)変える覚悟を持ってください。

異文化交流はどうしたって理解不能で不愉快ものなわけです。私も何年間か外国に住んで、現地人の友達や親しい人はたくさんできたけど、それでもやっぱりあの雰囲気には違和感がある、ていうか現地人の距離感おかしくね、みたいな感覚は残って、そこが残るってのは結局どれだけ言葉やら習慣やらを勉強したって人類共通プロトコルなんて成立させるのはめちゃくちゃ困難だということじゃないですか。

私が行きたくて行き住みたくて住んだ国でも「やっぱりあいつらの文化にはどうも馴染めないところがある……」となるんだからたまたま同じ社会で隣り合って生きてるだけの人たちがお互いの文化をちっとも理解できないのは仕方ないですよ。だって別に住みたくて同じ社会に住んでるんじゃなくてたまたま隣人として生まれついただけだもの

まあその文化に馴染めないってのはお互いに仕方ないとして、異文化がそこにあることを認識しそういうものなのだ尊重する、が結局のところ第一歩なんじゃないかなぁと思いますね。

異性の文化を野蛮だの尊厳がないだのと侮蔑し「人間扱いしろ」なんて思考停止ワードをわめいてる内はそもそもスタートラインにも立ててないというか、ポリティカル・コレクトネスって知ってる? 多様性尊重について考えてみよう! みたいな啓発講座を受講してから議論に参入してほしいとしか言いようがないですけど……

ていうかこれアレだよな、研究テーマにいちいち口出してきて自由テーマ設定はさせないけど親身に進捗状況を尋ねてくれたり執筆を手助けしてくれたりする教授と、自由研究テーマを選ばせてくれるけど基本放置(会いたいと言えば時間作ってはくれるし指導してくれと言えば論文添削はしてくれるんだが自分からはやらない)な教授とどっちがいいかという話だよな……ウッ頭が……

ちゃぶ台返しすると、そら社会に出て社会人として、つまり同僚やら何やらとして知り合った相手にいきなり「仲良しの男同士のコミュニケーション」は適用しないですよ。そういう男のホモソは親しい間柄に限り、仕事上の付き合いしかない男や女には適用せず、一般社会でそれなりに丁寧な無難な扱いをしておく。それは女も同じでしょ? ただの職場の同僚にそんな細やかな察してコミュニケーション満載の女のホモソは適用しないじゃん? だからまあそれなりの相手には男女双方のホモから離れた中立的な取り扱いをしておけばよろしいのでは……それを「人間扱い」と呼ぶのは友達人間だと思っていないことになるのでまったく賛同しないけれども……)

2020-02-15

anond:20180929221805

そもそもアジャイル開発でやる気がないのだろう

若いエンジニアは「新しい技術・開発手法は優れている」というドグマを、なぜか頭から信じ込んでる場合が多いが、

ウォーターフォールだろうがアジャイルだろうが、ミスなく早く開発できればなんでも良いし、

ウォーターフォールモデルにチームが習熟しているなら、そっちの方が良いに決まってる。

アジャイル真理教宣教師でもあるまいし、金貰ってる仕事なのだから、わざわざ今まで経験したことのない開発プロセスを試して危険を犯す必要がない

可能性としては

1.偉いさんがアジャイルアジャイルうるさいから、なんちゃってアジャイルモデル適当お茶濁しとけと思ってる

2.チーム全体にアジャイル開発の経験値がないので、失敗しないように今回のプロジェクトウォーターフォールでやりつつ、

アジャイルモデルに習熟する時間を稼いでいる。

どっちかだろう

2020-01-06

悪魔くん千年王国

タピオカ原液を薄めずに飲んだ皇帝ペンギンが地上から3cmほど浮いた状態で着地しなくなった。部屋の湿度一定に保つことで外の宣教師が入って来れないようになってから17年、姉の使っていた鉛筆削りを庭に埋めてSNS投稿したら落雷学年主任蒸発してしまった。畑に撒いた豆腐分子レベルでいったん分解され、石原莞爾へと再構成されたらしい。仮にそれが事実だったとしても、夏は涼しく冬は暖かい伏魔殿日本海側には複数残っている。冒険の旅はまだまだ続くのだ。

2019-10-20

anond:20191020150528

ええと、無粋なツッコミかも知れないけど、これ戦国時代日本にやってきた宣教師が「日本SUGEEE、それに比べて我が国は……」って愚痴ってる話だからね。

もし現代フロイス来日してたらTwitterとかでマウントとってたと思う。

中世宣教師的な立場にある欧州国大使館が事あるごとにマウントツイートしてるでしょ?

2019-05-23

anond:20190523202033

横だけど「倫理を共有してもらう」とか言ってる時点で宣教師だわ 生木で焼くしかない対象

俺が相手してって最終的に「(聖書の丸写し)は普遍的な善だから実践してないお前は動物w」って逃げた外人と全て同じ

2019-04-01

anond:20190331193418

テスライーロンマスク話題をちょいちょい入れるとなんか二言目には「テスラ攻撃されている!お前は愚か!福音を知らない!」とか言い出す統合失調症宣教師めいた工作員が大挙してやってきて一気にコミュニティ治安が悪くなって崩壊するからおすすめ

2019-01-18

睡運瞑菜」を実践して1年が経った

はてな民にとって、すでに常識となった「睡運瞑菜」。言葉の通り、これは四つの生活習慣の総称である

宣教師の際立った存在感のおかげでネタとして消費されがちであるが、これらが現代の厳しいストレス社会を生き抜くために極めて効果であることに疑いの余地はない。

一方で、これら全てを実践することが容易ではないこともまた事実である

ここでは、私がいかにして「睡運瞑菜」を実践してきたのかについて話したい。

「睡」:十分な睡眠

疲れを取るのに必要睡眠時間には個人差がある。

個人比較ロングスリーパーであり、経験的には、少なくとも8時間睡眠が確保できなければ明らかに仕事の能率が低下する。過去に1日6時間睡眠を続けた時期もあるが、金曜日には体力を消耗しきってしまい、まともに仕事ができない状況になってしまっていた。

また、長年にわたる学生生活 (入学から博士を取るまでに9年) での不摂生の結果、午前中には強烈な眠気が襲い、夕方から目が冴えてくるという体質になってしまっていた。

 (なお、睡運瞑菜を続けた結果、今ではこの体質は大きく改善した)

職場裁量労働制残業代が出ないこともあって、夜中までだらだらと職場に残って仕事をするのが日課になってしまっていた。

 

睡眠時間を確保する方法自体は非常に簡単である

  早く寝るか、遅く起きるか だ。

私は後者選択した。

以前は、裁量労働制であるにも関わらず、上司に気を遣って定時出勤を厳守していた。

上司は早い時間に出勤する生活習慣を取っているが、私までそれに合わせる必要はないと思うことにした。

その結果、朝ゆっくり寝て昼前に出勤し、夜は遅めの時間に帰るというペースを確立した。

上司は内心では快く思っていないようだが、それによって不当な扱いを受けるということはなかった。

どの道、以前の働き方では午前中の能率が低すぎたから、寝ていたほうがマシなはずだ。

「運」:適度な運動

仕事デスクワークであるため、普通に家と職場を往復しているだけでは十分な運動時間を確保することは難しい。

出不精な私にとって、ジム通いを続けることもハードルが高い。ジムでの運動が嫌いなわけではない。まともな人には理解できないかもしれないが、受付の人とほんの一言や二言やり取りするのを想像するだけでも、心の中に忌避感が充満するのだ。

新たにスポーツを始めるのも難しい。昔、嫌々やっていた部活なんて思い出したくもない。

そもそも、私の特性上、他人と関わりを持たねばならない習慣は中々続かない。完全に個人でできるスポーツというのも限られている。

そういうわけで編み出したのが「通勤の中で運動時間を確保する」という手法である

基本理念は非常に単純だ。

  1. 職場から徒歩1時間くらいの場所引っ越して、毎日歩いて通勤する
  2. エレベータを使わずオフィス (7階) まで階段で昇降する

雨の日も風の日も、とにかくこの二つをひたすら厳守して生活する。これにより、毎日およそ10kmを歩くスタミナ、加えて、階段を上っても息切れしないほどの心肺機能を手に入れることができた。

また、明らかに睡眠の質も向上し、以前よりも精神が安定し始めるなど、多様な効果が得られたように思う。

 (ただし、これは「睡運瞑菜」の相乗効果によるものであり、運動のみの効果と断ずることはできない)

「瞑」:瞑想による心の休息

睡運瞑菜」の中でも、何をすれば良いのかが一番分かりにくいのが瞑想ではないかと思う。

瞑想を行う目的は、はっきりとしている。現代人はとにかく脳 (心と頭脳) を使いすぎているのだ。

暮らしのこと、仕事のこと、たくさんの心配事でいつも頭が埋め尽くされて脳が疲れ切っている。

心配から気をそらすために、スマートフォンを握りしめ、さらに過剰な情報疲れた脳にぶち込んでいる。

こんなことをしていては、脳が「壊れて」しまうのも時間問題だろう。

目に見えて「壊れる」という状態にまでならなくても、いつでも頭の中はネガティブ思考が充満していて、まともな幸福感が得られなくなっている人は多いのではないだろうか。

 

とにかく、脳が疲れているのだから、休ませないといけない。

  瞑想は、脳に休息を与える手段である (諸説あります)

脳を休ませるにはどうすれば良いのか。様々な手段があるだろうが、私はマインドフルネス

https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%83%9e%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%89%e3%83%95%e3%83%ab%e3%83%8d%e3%82%b9

という概念に着目した。

Wikipedia記述にある通り、マインドフルネスとは「今現在において起こっている経験に注意を向ける」ことである

これは特にネガティブ思考を何度も頭の中で繰り返してしまう「反すう」や,頭からこびりついて離れない「心配」を減らす効果がある。

個人は非常に心配であるし、幼い頃から過去の嫌なことをひたすら「反すう」する癖がある。

学生時代、研究の成果を学会で発表すると周囲から褒めてもらえることが多かった。その日はすごく気分が高揚して、自己肯定感が急上昇したように錯覚する。しかし、次の日の朝に目が覚めると、胸の中には既にネガティブ感情が渦巻き始めて、一週間もすれば朝の目覚めが最悪になる。

  自己肯定感カケラもない「あの」自分を思い出してしまうのだ。

ポジティブ経験をすると、ほんの一瞬だけ気分が良くなるが、その後、楽しい気分は指数関数的に減衰する、というのが経験則だ。とにかく、「睡運瞑菜」を始める前は、メンタルがいつもズタズタになっている状態だった。

 

閑話休題マインドフルネスの話に戻ろう。

脳というのは非常に創造性の高い代物になっていて、放っておくと、蓄えられた膨大な記憶や刺激をもとに、極めて雑多で有害情報を次から次へと生成して人の精神を蝕んでしまう。

そこで、1日にほんの10分程度でも、過去の嫌なことや将来の心配をすべてシャットアウトし、無理やり今現在という限られた対象に注目させる時間を取る。

  これにより、脳の創造性を強制的に低下させるのだ

PCをつけっぱなしにしていると、どうしてもメモリにはゴミが溜まっていく。そうすると思わぬ不具合が出始める。

こういう事態を避けるために、再起動 (リブート) が大事であることはもはや常識ではないかと思う。

  1日1回、脳をリブートしよう!

経験上、睡眠だけでは不十分だ。睡眠中、脳はここぞとばかりに創造性を発揮する。夢の世界に浸るのは愉快かもしれないが、それだけでは脳はゴミにまみれたままだ。

リブートが、必要なのである

1日たった10分で良いのだ。難しい話ではあるまい。

「菜」:1日350グラム以上の野菜摂取

私のように家事の苦手な人種にとって、最大とも言える難関だったのがこれである

長年、コンビニ弁当スーパー惣菜依存しきった食生活を送っていて、お世辞にも栄養バランスが良いとは言えない状態だった。

   朝食は摂らず、昼食はコンビニ弁当、夕食はスーパー惣菜という黄金ループ

そもそも、手軽に購入できる食事は、栄養価が炭水化物や脂質に偏重していることが多く、十分な量の野菜を摂ることは難しい。

昔、自炊をしていたこともあるが、あれは学生時代に時間が有り余っていたからできたことだ。私のように手先の不器用人間は、野菜を切るだけで1時間以上かかるのだ。食後の洗い物も苦痛だし、やはり不器用なので時間がかかる。

私のスキルでは、仕事をしながら自炊をするなんて不可能に近い。

 

そこで、どうしたのか。

実は昨年、良縁に恵まれ結婚することになった。

相手は5歳年上の家庭的な女性健康栄養に詳しい医療専門職

(信じがたいことに) 家事が大好きで、私とは比べ物にならないスピード家事をこなしていく。

職場に不満もあったようで、結婚と同時に退職。今は専業主婦をやってくれている。

  毎日3食、手作り食事

厚労省策定食事摂取基準準拠して、献立を立ててくれる。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000041824.html

  妻曰く「野菜350グラムなんて、普通にしてれば余裕で摂れるわ」

……完全に他力本願であるが、こうやって「睡運瞑菜」を実践する環境が整ったわけだ。

 

あ、ちなみに瞑想の項で私自身の実践方法を書き忘れましたが、毎日、妻と無言でハグする (甘える) 時間をとって、マインドフルネスしてます

みなさんも、「睡運瞑菜実践してみてくださいね

2019-01-09

オー・ヘンリー怪作選

マドレーヌ専門雑誌

人類初の十字架

暮らし芸者

風に飛ばされない研磨剤

色あせた成長記録

トイレ洗剤の父

奈良漬ガンマン

メスシリンダートイレ

点字で書かれたランボルギーニ

鉄粉コーティングしたNo.1アメリカン

総務様来訪中

スケルトンカフェオレ

日本海武器輸送

続・CM

大衆爆薬

指導者計測機

神父の見抜き方

タイツ診断書

自動ドア用水

溶接タイプ表現者

画材病室

プロペラをまわす素数

屋台奮戦

ガイガーカウンターフェスティバル

卵をあたためる釣り

消火栓タイマー

交付金navi

洪水のような金屏風

会員限定どんぐり

むにむに神社

ちゃんとしている移民

飛行場民宿

ズボンしか履かない面接

田舎ゴルフ会員権

心霊音叉

せせらぎ委員長

食器演算子

ベビーカー生誕の地

マッサージチェア上手

ロレックス合唱

母性添加剤

促進センターはどこへ?

土俵ティンパニ

金曜研修

空一面を覆うスーツケース

逆利きミニ四駆

地の果てアップルパイ

コーンポタージュ商品券

闘争経験

辞表見張りサービス

人材育成センター

棋士

ドイツ仕込みの水銀

本格派の二人組

しおりを挟んだブルドーザー

イヤリング型の宇宙ステーション

来店検知震度計

記事劇場

カーネーションバレエシューズ

介護養蜂

経験信号機

かつお旅人

落武者の周辺が騒がしい

毛筆時間です

デートで使える修正ペン

ネクタイ宇宙ステーション

砂漠新聞

引き出しがついた基準

愛犬シロップ

未亡人剥製

地図入り大論争

襟と灯台

裁判官経済特区

マリア品評会

防塵試写会

路線図教習

組み込み内閣

アドバルーン製本機

実業家鹿鳴館

歌姫出生届

後味の悪い船旅

多摩平団地を支える南京錠

石油王派遣会社

マインド祭列

通電稼業

宣教師部品

インベーダーフェア

煉瓦猟師

恐縮仕様書

埼京線地球儀

うなぎ従事

イオン裁判官

水かきはしご

トーク(西フランスより)

地下水くみあげ方程式

女子忘年会肌着

借用書今川焼

半月スポンサー

編集部員大画面時代

通り雨コピー機

ビジュアル系渡り廊下

スカーフ島耕作

決定戦3級

生々しいアパート

広告代理店短冊

怖すぎるネット書店

ランニング相場

ゴマだれ選挙

少数民族日記帳

高等学校別料金

美人スクワット

拝みソムリエ

背中を支えるセメント

丸腰試作車

ボウリング球御膳

VR体験する渡り

パノラマ勉強会

夜の海

なりすまし祭り

働き者競争

売り切れ上司

三本足がついた発光体

貢献アトム

一家揃って漁港

中身を隠す深呼吸

立地羊飼い

富士山貸金庫

ストーン重量挙げ

ヤシの実ショートムービー

リンパ慕情

朝ドラインターホン

日光杉の乾物

異常をメールで知らせる応接セット

年度末電力

極貧レスキュー

勝ち逃げ同窓会

上げ底ホームパーティー

蚊取りパーツショップ

鉱山ティー

年功序列入会申込書

もも課長

心拍ハイライト

個人向けモンローウォーク

海外視察ツアー重唱

横須賀海軍ゼミナール

ビギナー向け討論番組

ベーカリー住民投票

とうがらし合宿

焼き色をつけたショッピングカート

9つの機能を備えたトンネル

解毒作用のあるレシピ

スタジオ列島

落語家生活

一億総ガンマン

桜田門観光バス

自らを育てる体育館

産卵さら

グラフィック投票所

YMO狩り

世渡りミニバン

ヒッチハイク進行中

女将重量挙げ

タイヤホイール講師

岩肌ロータリー

わかりやす企業案内

カプセル型の卒業アルバム

宙返り商談

サッカー部印鑑証明書

感想抽出

見よう見まねコンデンサ

職場に設置したルー

家賃ステッキ

おかえり鍾乳洞

CG格納庫

エアコンつきの外車

インベーダー消しゴム

三三七拍子POP

ファシスト接待

忘れ物が減るTシャツ

世俗心理カウンセラー

テレビ支援センター

担当役員ファッションショー

世界最古のスコアラー

鉄道業界向けホットケーキ

残念なスイートルーム

ドリンクチキン

交通ルー睡眠

助言を求めてくる合格発表

神経細胞楽譜

粒貝Gメン

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2018-12-14

清き白川と濁り田沼境界線を明示してくれ

自分慈善事業生業としている者で、慈善事業にはあくまでも仕事として取り組んでいるのだが…それでも仕事毎日に引きずられるものなのか、オフの日でも慈善事業めいた行いをする事が多い。

具体的に何をしているのかというと、恵まれない子に食べ物を施したり、遊んであげたり、一緒に時間を過ごしたり。

字面にすると別の不道徳意味に読み取れてもくるがそのような邪推とは無縁で、本当にそのままの慈善行為しかしない)

身銭を切って休日を施す、というのは他人にあまり共感を覚えられるオフの過ごし方ではないだろう。それほど多いタイプ人間ではない。

しかオフの日に見かける、同じ行いをしている人間は他にも居るので、

そういう人たちのすべてが、同じような慈善事業気質かと考えていた。

しかし、全く違った。

ふとした事から、同じ行いをしているある人間が、

ただの前科持ちのやっかい者であり、

垣間見せる極度の過激さゆえに既に周囲からの鼻つまみ者となっており、

その狂ったエネルギーをつぎ込める先がもう慈善行為しかいから長年取り組んでいるだけであり、

ただ場所相手に執着ししがみついているだけなのだと知らされてしまった。

その活動への熱心さは、

単に自分が好き勝手しても許されるから

自分が向けているのは善意なのだからいくら対象暴力的押し付けても大義名分が通ると信じているから、

そして大義名分を盾に同じ活動をしている他人をも縛り付け酷い扱いをしても許されると考えているから、

単にそれゆえの熱心さであるだと知ってしまった。

二人しかいない場所で。

堂に入った恫喝を受け、伝手と語る反社会的団体による嫌がらせの指嗾まで匂わされ。

さらには自分のやった事を白日の下に晒されてもなお、あくまでも相手を嘘つきと言い張るその姿勢を見て、初めて思い知った。

清き白川に住まう無垢無知な白魚とは、そもそも住む水が違う、濁った田沼に潜む得体の知れぬ影でしかないのだと。

関わってはいけない相手であった。

まさか休日に行っていた慈善行為の先で、そのような相手に不当な扱いを受けるとは、まるで予想もしなかった。

同時に、相手自分にだけおかしな態度を取り続けてきたその理由もよく理解した。

立場からすると、慈善事業者が休日慈善行為を行う事そのものが、鼻について仕方がないのだろう。

センチネル島だったか。未開の部族に接近し声をかけていた宣教師は無残な姿で見つかったと聞く。

開拓精神は立派だが、布教の志は見事だが、清い水で育ってきた人間が、足を踏み入れてはいけない領域実在するのだ。

慈善事業者の価値観は、恫喝面子プライドしか気にしない単純な世界観の持ち主にはまるで理解きぬものなのだ

簡単に法を犯す部類の人間には、近寄ってはならない。関わってはならない。話しかけてはならない。

近寄るのは警察がやり、関わるのは弁護士がやり、話しかけるのは裁判官がやるべきであった。

もう二度と前科者には関わらない。

2018-11-29

北センチネル島の未開土人早く逮捕しろ

キリスト教牧師だか宣教師殺されたんだろ

法治国家なんだから殺人が起きたらちゃん逮捕しろ

土人ならなんでもありなのか?

2018-11-18

数千年の歴史の中で、新しい祭りが生まれ、消えてきた。

祭祀・祭礼の形は、世界各地で多様な形を示す。そして、原初の祭は、一つの信仰に基づいていたと考えられる。

すなわち、豊穣への感謝祈りであり、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』では、生命の死・再生を通して考察された。

そうした祭り起源から、その地の歴史文化を紐解くことが、文化人類学者としての私の仕事の一つだ。

世界中の祭り樹形図のようにつながり、あるところで結びつき、あるところで消えたりする。

しかしながら、そうした系譜に属さず、あたかも以前からそこに存在していたかのように突如として実存する、そのような祭り存在していたとしたら。

しかもそれが、長い歴史で見ればコンマ1秒にも満たない期間に、世界中で同時多発的に出現していたとしたら。

そのような悪夢とも天命とも思われる事態に、私は今直面している。



3年前、ラオスを訪れた際、聞き慣れない祭りを見つけた。

初開催は今から200年前の西暦2018年頃。内容は泥水の上にかけられた細い橋の上を自転車で渡るという、娯楽要素の強いものだ。

そのあたりの時期の情勢と照らし合わせて、少し違和感を覚えたが、まあ分からなくはない。

第1回大会での優勝者は、ダイスケヤガワという男だった。






私はそれを持ち帰って、研究材料にしようと考えたのだが、どのような歴史書を辿ってもその祭り起源が見当たらない。

まあ、起源不明祭りに今まで出会わなかった訳でもない。この祭りもそれらの一例に過ぎない、とその時は考えていた。

これも良い機会か。と、私は今まで起源がわから調査中であった祭りそれから歴史書などには載っていないが現地に行って新たに発見した祭り、などを改めてまとめていった。

すると、至極奇妙な事実が明らかになった。

一つ目はそれらの祭りがどれも2000年代の数年の間に発祥であること。

それからもう一つ。

どの祭りにも第1回大会にはダイスケヤガワの記録があること。



これらの事実が想起させる、ある種馬鹿げた仮説はただひとつダイスケヤガワ、あるいは彼の属する組織がこれらの祭りを造ったのだ。

世界中の村々で。

突然に。

何のためにー。



ハロウィンは昔から日本の一大イベントだ。そこで生まれ経済効果はこの国だけでも数兆円と言われている。

ダイスケヤガワも、そのような経済効果目的として祭りを作った可能性を考えてみた。しかしながら、祭りの内容を鑑みるに、その可能性はほぼ無いに等しかった。

事実それらの祭りが何らかの経済効果を生んだという記録はない。

私は視点を変えて、ダイスケヤガワの人物像を調査することにした。

これだけの短期間に、これだけ多くの祭りに参加しているとなれば、恐らく彼は祭りの賞金で生計を立てていたと考えるのが普通であろう。

もしくはー。

祭りを造り、それに参加することが彼の仕事であった、とでもいうのだろうか。

わたしにはダイスケヤガワが全くの同一人物を指しているかどうか、確かめる術は残されていない。

そのため、以下ダイスケヤガワとは、ある特定人物もしくは組織総称とする。

冒頭でも述べたように、祭りは、元を辿ると神々への信仰目的としていることがほとんどであるダイスケヤガワは、これらの祭り信仰意味を込め、布教していた宣教師(達)だったのではないか

つまるところ、ダイスケヤガワの行くところに祭りができ、祭りのあるところに、ダイスケヤガワがいたのだ。そうとしか説明仕様のない史実が、私の前に広がっている。

しかしともすると。

ともするとそうであってほしいような馬鹿げた想像は、私の思考から今も離れない。

2018-11-16

anond:20181108134309

現代宣教師

こっちの方がとっつきやすそう

突然家に来て「神を信じますか」って言われるの怖い

2018-10-17

聚楽第歴史改変

オタク戯言です。

刀剣乱舞イベントおめでとうございますー!楽しみです!

聚楽第なら秀次生存ルートかなと嬉しくて舞い上がっていたらフォロワーさんに破却されていない聚楽第という情報だけで秀次天下と捉えるのが分からないと言われたので、徒然なるままに三分を書かせてもらいました。

分かりやすさは放棄しておりますのでお許しください。また、あくま妄想ですので批判等はお控えください。


1.聚楽第とは

聚楽第とは豊臣秀吉天正15年(1587年)9月京都にて完成させた建物であり、文禄4年(1595年)7月秀吉自らの手で破却させている建物である。その期間四年余。その為、建物自体現在に残ってはいないが、聚楽第図(広島市中央図書館所蔵蔵浅野文庫諸国古城図』)を始めとする絵図や京洛の社寺などには移築したと伝わる建物などが存在する。

元より聚楽第という名は楽しみをあつむるやしきと言う意味であり、宣教師ルイス・フロイス聚楽快楽歓喜の集まり意味すると記している。見た目も絢爛豪華で…と語っており派手好きな家康の片鱗を垣間見ることができるだろう。見目を伺うために伝わっている平面絵図がいくつか存在する。例を下記に連ねる。

浅野文庫

尊経閣文庫

三井文庫

国立国会図書館文庫

桜井成広所蔵本

聚楽教育会所蔵

三井家所蔵「聚楽第図屏風」

堺市博物館所蔵「聚楽行幸図屏風」

三井文庫所蔵「豊公築所聚楽城之図」

①〜⑤は周囲の大名屋敷名称バラツキはあれども構造が似通っているものである。⑥は後世の天保14年になり名倉希言が作成明治17年に書写されたものになる。⑦〜⑧は景観を描いた屏風になる。それぞれの内容や絢爛さなどは自らの目でお確かめください。そんな聚楽第の意義とは一体何だったのだろうか。桜井成広氏の『豊臣秀吉居城』及び中井均氏の『聚楽第』にて述べられている①京都に於ける政庁役割であったと考える。しかし、秀吉政治に関して大阪城聚楽邸を行き来していたことがある。中井均氏はこれを聚楽第公家としての居城であり、大阪城武家としての居城であると書いている。

聚楽第が破却になったのは文禄四年の秀次滅亡後の秀吉による破壊である

秀次の死は切腹であったが、それは秀吉によるものである秀次秀吉に謀反を企てているとあらぬ疑いをかけられ、関白の座を追われて高野山追放高野山人質切腹を迫られたためせざる得なかったのである。これは秀頼誕生後に相続問題から疎遠になり秀吉との仲が冷却されたとともに目立つようになった不謹慎な性行なども関係していると考えられるだろう。更に秀吉親族切腹まで命じており、元より秀頼を溺愛していた秀吉秀次の謀反に対しての怒りを感じる。そして、秀吉は譲った聚楽第を破却。縄張り意識を中心に考えると、歴史から秀次を完全に消し去ろうとしたといえる。

2.天正15年(1587年)9月〜文禄4年(1595年)7月迄に起こった歴史重要

今回のイベント於いて歴史修正されたのは豊臣秀次生存であり、ひいては豊臣政権の存続だと考える。

まずこの4年間に起こった大きな歴史的要項を挙げよう。大きな出来事のみの抜粋は天下が歴史修正に置いて影響すべきところを考えたためである

朝鮮出兵

豊臣秀次切腹事件

それでは順に述べていこう。

朝鮮出兵

朝鮮出兵聚楽第存在時にあった秀吉が行った大きな出来事である大陸領土拡大を目指し、進行したものであるが敢え無く敗北している。歴史改変をする事が出来る場所とも考えられますが、否定として「歴史改変された聚楽第」と本家PVで言われていることをあげる。この“された”と言う言葉には「何かしらの作用や影響を受けているさま(weblio)」であり、この場合、影響をうけているのは聚楽第であり、朝鮮出兵は直接関係がないのでこの案は没になる。

(飛ばしてくれても構いません。閑話休題に余談ですが、憶測に過ぎないものであり、またステ本丸出来事のためあくま私的妄想範囲を出ない考察ですが、舞台刀剣乱舞において歴史修正主義者が関わる場面は必ず天下が関わってる気がします。それは、歴史修正主義者は人の強い思いと呼応して呼ばれている(と個人的に考えている)ので、朝鮮出兵関係ないと思います歴史修正主義者も刀も人の思いに応え現れてくれる。代わりに見る人によって善悪が変わる世界です。聚楽第において正史側の審神者と刀は歴史修正主義者になってしまう…。つらい。話を戻しましょう。)

秀次切腹事件がなかった世界。用に謀反の疑いがかけられなかった世界理由としては前項で述べた聚楽第歴史改変を受けていると言うところが大きい。まず聚楽第存在したのは4年間であり、大きな出来事といえば

1587年 京都聚楽第完成

1592年 秀次聚楽第を与える

1595年 秀次切腹と共に破却

しかない。その為、聚楽第が直接影響を受ける可能性があるのは1595年と考えたい。また、聚楽第が影響の象徴となるならば存在がある事が歴史改変であるとも言える。

この事から聚楽第存在するには秀次生存必要であり、切腹事件が起こらない過去改変が行われていると考えられる。

2018-07-23

あっそうだ忘れないうちに言っとくと

お前はまだグンマを知らない

の作者は両親が統一教会宣教師です

2018-06-22

推して参るという表現の乱発はいただけない

カッコいいのはわかるんだけど、サムライ的な設定のキャラ、果ては騎士団長的立ち位置キャラまでみんながみんな推して参るというのはいかがなものか。

ていう話を寿司屋で兄としてたら、

そもそも推して参る」の語源スペイン領東インドでオス=テ=マヒル公爵が現地の酋長の娘との結婚をかけてフィリピン相撲決闘した逸話宣教師を通じて明治時代に伝わり、その武勇あやかって突撃の掛け声として広まったものであるから江戸時代レベル武士的な世界観で使われるのはそもそもおかしいんだよね、

などと大ボラを吹いてきたので、民明書房かよ、つまんねえよ、とあしらいつつ、うっかり本当だったらどうしようかと思って、スマホ検索した。自身を持ってこれはガセ、と断定できぬ我が身の学のなさが悔しい。

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