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はてなキーワード: 公民権運動とは

2020-07-29

Netflixの13th観た

黒人差別だなんだかんだで流行ってたから観てみた。13thってタイトルアメリカ合衆国憲法修正第13条のことで、これに存在する例外のせいで現在アメリカでは黒人奴隷だよっていうのがメインのテーマになっている。クオリティ自体は高いしよくまとまっているから観る価値が無くはないが、色々な疑問は持った。

とりあえず観てない人のために簡単説明をしてみる。アメリカ合衆国憲法修正第13条第1節は奴隷制を廃止しているが、例外存在する。

第1節 奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とするときを除く。

この「ただし犯罪者であって」という例外だ。要するに犯罪者だったら奴隷なってもしゃーないということらしい。この例外規定を悪用して黒人犯罪者にすることで現代にも奴隷制は存在する、というのが13thの主題だ。

大まかな流れを説明する。公民権運動前のアメリカには人種差別正当化する法律があった。黒人たちは平等を手に入れるために公民権運動では差別的法律をあえて破り、あえて白人逮捕されることが運動キーになっていた。不当な法律の不当さを訴えるため、あえて逮捕されるということがヒーローのように扱われているという文脈があった。彼らの努力は功をなし差別的法律は表面上は消え去った。しかしその後ニクソン犯罪の取締を強化し大麻などのドラッグ科学的根拠なくどんどん違法化することで黒人犯罪者がどんどん増えた。レーガン麻薬との戦争を更に強化し、クラックの刑を必要以上に重くした。重罪として裁かれた黒人収監者はさらに増えた。ブッシュパパは犯罪との戦いを強調することで大統領選を逆転勝利した。共和党犯罪に対して強硬姿勢民主党は優しい感じだったのだが、これらを受けてクリントン民主党候補にも関わらず犯罪への強硬姿勢を示した。クリントンの様々な施策により刑務所収監者は爆発的に増えた。そしてその頃民間刑務所ビジネスは成長市場であり刑務所はどんどん増えた。またビクトリアシークレット等のメーカー囚人たちを労働力として安く利用して莫大な利益を上げていっていた。つまり経済的犯罪者を増やすインセンティブ社会にあり、世界中犯罪者の実に四分の一が、世界人口の5%に満たないアメリカにいる。

とまあこんな感じだ。詳しいことは実際に視聴するとよく分かると思う。

これを観ていて黒人さん達可哀想にと少しは思ったが、疑問点もいくつか持った。

この13thの中で一番時間を割いて主張されていた「犯罪取締強化は黒人犯罪者に仕立て上げるための差別的陰謀である」に関しては少し展開が強引すぎるし、インタビューを受けていた人達もそのような前提で色々と訴えていたことに関しては少し引っかかるところがあった。もちろん不当逮捕や不当裁判があったことは事実だろう。人種によって逮捕されやす有罪になりやすさが違ったこともあっただろう。しかしだからといって、まるで完全にシロな人達冤罪でどんどん刑務所で突っ込まれていったかのように犯罪取締強化、ドラッグ規制強化を語るのは少し違うと思う。もう少し客観的ドキュメンタリーが観たいなと思った。

2020-07-07

anond:20200703231855

あなたは優しい人なんだね。でも、あなたのような優しい人はほんの一握りなのだろう。

女の子はみんな、強そうなヤンキーやチャラチャラしたギャル男、そして、イケイケのテニサー男が好きなんでしょ?実際、優先的に恋愛対象になるのは、決まってそういう男たちばかりだ。そして、女性たちは恋愛対象にならない男を自分の周りから排除しようとする。

私は「恋愛対象になれない非モテ男はさっさと死ね!」というのが、日本中女性が持つ普遍的価値観だと思っている。

実際、非モテ排斥を主張するフェミニズム日本中で広く支持されている。男叩きの番組視聴者の間で人気が出ている。恋愛対象にならない男を人間扱いしない漫画SNSでバズっている。

いずれ、恋愛対象になれない非モテ男が当たり前のように殺害される時代がやってくるだろう。日本中女性たちが非モテ男を性加害する汚らわしい害獣と見なして駆除を訴える。一方、日本中恋愛対象になりうる「まともな男性たち」の間では「女性はか弱い生き物だから自分たちが守るべき」という風潮が極めて強い。だから、「まともな男性たち」は非モテ男を殺害する。そして、警察検察は腐敗して、非モテ男の殺害実質的合法化される。

フェミニストが頻繁に使用する「セクハラ」という言葉は便利な凶器だ。自分の気に入らない男を排除してもらうために「私はあの男が嫌いだ」と言っても、誰もその男排除してくれない。だが、「セクハラ」という言葉を使えば排斥を容易に正当化できる。実際、痴漢冤罪社会問題になった。いずれ、気に入らない男を指して「こいつがセクハラした」と叫べば、その男警察逮捕してくれる、不良やヤクザ拉致してくれる。そして、凄惨拷問を加えて殺害してくれる。そんな時代がやってくるだろう。

普通の人が当たり前のように殺人をしていた時代と言えば、公民権運動前のアメリカになるだろう。当時は、黒人人権に反感を持つ白人たちが、黒人を当たり前のように殺害していた。それを象徴する事件として、1916年に黒人労働者のジェシー・ワシントン氏がリンチを受けて殺害された事件が挙げられる。そして、Wikipediaのページになって申し訳ないが、白人たちが黒人リンチしていた時代的背景として次のような記述がある。

1890年から1920年の間に、約3,000人のアフリカ系アメリカ人犯罪加害者であるとされ、リンチに参加した群衆によって殺害された。これらは法律の枠外で行われ、容疑者刑務所法廷から連れさられるか、逮捕される前に殺害された。リンチの支持者たちはこの慣行アフリカ系アメリカ人犯罪性のためであるとし、彼らに対する優位を主張する手段として正当化した。

太字の部分をフェミニズム風に言い換えれば「キモい非モテ男は加害性を持つからリンチ正当化できる」になる。いずれ、この風潮が日本中蔓延していくだろう。

はっきり言って、私は日本中女性が怖い。恋愛対象にならない非モテ男を社会から排除するべきという排斥志向を遠回しに言う主張が女性を中心に日本中で支持されているのが怖い。30代になっても彼女ができない私は、いつか屈強な男たちから凄惨拷問を受けて殺されてしまうのではないかと思う。

女性に好かれない男は、外を歩くことができない社会が到来している。

補足

薄々気づいている人もいると思うが、フェミニストの言う「男性」は「自分が嫌いな男性」「自分にとって恋愛対象にならない男性」の略であり、専ら、非モテ男のことを指すと考えられる。したがって、非モテ男を擁護する女性は「名誉男性」になるのだろう。

2020-06-19

BlackLivesMatterのゴールってどこなの?

自分差別に対する反発は人並みにあるので、基本的スタンス反差別のつもりだし、「黒人の命は大切だ」という主張自体には賛同できる。

賛同はできるけど、個人的にBLMの運動に関しては賛同よりも困惑気持ちが強い。BLMの運動が誰に対して何を要求していて、何を達成すればゴールとしているのかがよくわからいからだ。

「Black Lives Matter」は優れた標語だけど、政治的要求として見た場合、あまりにも抽象的すぎると思う。

「Black Lives Matter」というワードが持て囃されて、有名企業著名人賛同を表明するメッセージSNS投稿している光景は、幅広い連帯を感じられて感動的ではあるけど、実務的な問題無視していて、無責任で浮ついた雰囲気を感じてしまう。

もちろん最終目標黒人差別人種差別の根絶ということになるんだろうけど、いきなり一発でそれを完全に解決するというのはどう考えても無理なわけで、当面のゴールとして今回はここを目指しましょう、具体的にこれを要求しましょう、みたいな現実的目標設定が必要なんじゃないか

かつての公民権運動では、白人専用とされる施設場所で起きた事件を争点として、そこに対する座り込みなどの手法で段階的に運動が行われていって、最終的に合衆国全体における人種隔離法の廃止公民権法の制定が焦点になって、それを達成したという流れだったと記憶している。

一方で今回の運動では、(日本国内にまでその手の話が流れてきていないだけかもしれないけど、)反差別意識の共有と連帯を掲げる宣言や、そこから逸脱した人物企業などへの非難などが個別に行われているばかりな印象が強く、運動の具体的な争点やゴールの話はほとんど聞かれない。

社会運動成功裏に終息するためには、法の改正・制定とか、何らかの計画実施廃止とか、そういう具体的な目標を決めた上で、そこを目指して声を上げることで政治家を動かして、最終的に明確な成果を獲得する、というような流れが必要だと思うんだけど、現状のBLMはそういう部分がハッキリしないまま、運動の規模だけがどんどん大きくなっている。

このままだと、政府政治家警察の側も、運動に参加している人々を納得させるために何をどうすれば良いか、と言った方針が立てられないので、交渉妥協を行う余地がなくなってしまって、出口の見えない混乱が悪化する一方に思える。

また、運動としての方針やゴールが見えないままにBLMが広まっていくことの別の弊害として、「BLM」の指す範囲を明確に定義できなくなってしまっていることもあると思う。

その範囲の中には、店舗の略奪や放火を行うような連中や、かなり極端な反政府主義者、あるいは別種の差別主義者などが含まれている。

現状で明確な方針が無い以上、「BLMの方針はこれと定まっているので、そこからかけ離れた言動をしている(過激な)人間はBLMとは無関係である」というような振り分けをすることは難しい。

結果として現状では一部の層がBLM運動の中で悪目立ちしていて、中立的・穏健的な立場から見たBLMへのイメージには悪影響をもたらしているし、一部反BLM的な主張のタネにもなっている。

こういった層が、せっかく強まっている運動の勢いを殺す原因となるようなことをそのうちやらかししま可能性は高いんじゃないか

とはいえ、BLM運動自体、明確に組織化されているわけでも、誰か特定リーダー存在するわけでもないようだから、全体としての方針を定めるとか政治家に働きかけるとか、そういう動きを取ること自体そもそも難しそうな印象はある。

インターネットSNSの普及で個人発言力や影響力が大きくなったことは、この手の問題認知が早まり運動の規模を大きくなりやすくした反面、運動のものを率いるような強いリーダー存在しづらくなって、統率が取れず無秩序集団にしてしまう側面があるように思える。

あるいは、SNSの普及以前にはリーダーとなりうるような人物が先に存在していなければそもそも大規模な運動にまで発展できなかったという生存バイアスみたいな話なのかもしれないが。

何にせよ、現在のBLM運動はゴールの不明確さによって不安定で好ましくない状態になってしまっているように感じる。

「今現在人種差別存在していて、それは解決する必要のある問題である」ということは間違いない事実ではあるわけだから、どうにか妥当なゴールを見つけて前進できればいいなとは思うけど、まあ結局日本在住の一般人に何かできるというものではないんだよな。

2020-06-18

「言い切る人」が強すぎる。とかい記事はてブトップにあったけど

新書「言い切る力」とか情報商材の書き出しかと思ったわ

なんかトランプ大統領が人気なのは言い切るからなんだって

マジで!?ヒラリーって意見を求められると途端に口ごもる、おとなしい図書委員タイプの子だったん?歴代大統領とかもみんな?

意味からなかったからもう一回読んでみたけど、なんか書き手の「言い切る」って言葉定義が前段と後段でくるくるしてて何回読んでも意味不明なんだよ

曰く、

コンサル意見表明するのもトランプが「メキシコ国境に壁を作ってやる」のも「言い切る」らしいんだよ

でも商人が「金さえあれば、誰でも取引しますよ」って言ったらそれは「言い切る」じゃないらしい

どういうこと?

でもね、ここで気付いたわけ

最初の書き出し、コンサル云々がヒントなんだよ

かにこの前段部分を丸々なくせば最近の分断化する世界について書いた文章とも読めないことはない

言い切るっていうのは分断のこと

そうかこれは広告屋コンサルがよくやるあれ

全く関係ないもの既存概念に新しく〇〇力とか名前を付けてラベリングする商売なんだって

そうかそうかなるほどね

からホリエモン公民権運動かい字面だけで笑える組み合わせも無理やり「言い切る」って言葉でまとめてるんだな

なるほどなるほどまたコンサルが新しい言葉を作ったのか-

って納得してブコメを開いたわけ

そしたら絶賛の嵐

頭がおかしくなるかと思ったね

俺も「コンサる人は強すぎる」なんてタイトル

コンサ"る"(既存単語に新しい意味を付け加えてバズワード化しどうとでも受け取れる中身のない言葉クリエイトすること)みたいな記事書きたくなったよ

そんで、またコンサルコンサたかーとかブコメで言いたいね

あとあのBooks&~とかい胡散臭い記事ばかりのはてブによくあがってくるブログは二度と読まないって誓いたいね

おしまい

2020-06-13

anond:20200613100647

言いたいことは分かるが、少し比較が雑。今アメリカで起こっていることと同じ筋が通るためには少なくとも、

福澤諭吉中国人韓国人迫害差別する一部の現代日本人の象徴になっている

2この像が創設者としての福澤諭吉を讃えるための文脈で建てられたのではなく、迫害差別目的とする日本人後ろ盾をもとに近年になって建てられた

(BLM運動の中でなぎ倒されているアメリカ中に存在する銅像(Confederate Statuesといった、奴隷解放運動に反対し活躍した南部諸州の軍人奴隷商人等)はJim Crow Laws黒人公共施設利用の禁止制限した南部諸州の法律)やキング牧師らが活躍した公民権運動の勃興と共に1900年代!に建てられている。銅像になった人物を単純に讃えようと言う文脈歴史的重要性といったものを加味して建てられているとは決して言えない(そもそも奴隷制を維持すべく北部戦争して負けた南部権力者を讃えようと言うのもそもそもおかしな話だが)。ソース

"The most recent comprehensive study of Confederate statues and monuments across the country... shows huge spikes in construction twice during the 20th century: in the early 1900s, and then again in the 1950s and 60s. Both were times of extreme civil rights tension. In the early 1900s, states were enacting Jim Crow laws to disenfranchise black Americans. In the middle part of the century, the civil rights movement pushed back against that segregation."

https://www.npr.org/2017/08/20/544266880/confederate-statues-were-built-to-further-a-white-supremacist-future

これもおすすめ https://www.youtube.com/watch?v=J5b_-TZwQ0I

2020-06-06

アメリカ人種問題への東欧人の気分が知りたい

日本人は「いや、白人黒人の間のことじゃん。ウチらアジア人だし、関係ないし」とつい反応してしまう。アジアに住むただのアジア人にとっては、植民地化と奴隷貿易公民権運動というアフリカ系アメリカ人歴史に対しての原罪など背負ってはいないし、責任のある白人プラスせいぜいアジア系を含むアメリカ人)だけで勝手に謝っておいてくれよという気になる。

そこで気になるのは東欧人だ。ヨーロッパと言っても、東欧人(だけじゃないが)は日本人と同様にアフリカアフリカ移民への責任ある過去を持っていない。彼らはいまどんな気持ちアメリカ騒動を見守っているんだろう。

ヨーロッパアメリカ人西欧人の進歩的な人々から「我々白人も彼ら黒人の声を聞こう!」なんて言われても「え、知らんし」という風にはならないのかな。ばつの悪さというか、不当な連帯責任なすりつけられた感じというか。クラスヤリチンヤリマン妊娠たからって全然接点ない童貞の僕までカンパしなきゃいけないんですか?みたいな。

2020-06-02

ポリティカルポルノアディクションって保険適用しても良いと思うよね?

日本語でいうと何だろ?正義依存症?

たぶん馴染みなさそうだから簡単に言うけど、依存症の一つで、他人ミスや考え方の誤りが許せなくて攻撃的になることらしい。

潜在的には人口の三割が考え方の違いを許容できず、トラブルを起こしてしまうんだそう。

よく言う「政治宗教野球は話すな」ってやつ。正義の怒りを我慢できない人が三割いる。スゲー数字だよね実際。アメリカ差別反対の規則を入れるまで、大卒白人差別是正されないことを理由退職するなんてのもいた。

その割にデモ参加者が少ないのは、その三割の人たちも自分の興味のある分野しか反応しないってことだね。

身近なこと、あるいは身近に感じられることが舞台になる。

日本ではアベガーとかネトウヨとかで本気になってる人たちか。

昭和にも少し話題になって「チャンネル回すパチンコ」なんて言ってたけど覚えてる人いる?

アメリカではかなり昔から認知されてた。黒人公民権運動過激に阻止しようとする連中を、白い目(比喩)で見てた人がポツポツでたらしい。リベラルからノンポリからも、白人至上主義者からすらも。

まぁ当然で、当時の黒人家畜ではあっても敵じゃない。黒人平等は嫌だけど、それはそれとしてやり過ぎ、ということらしい。

日本では戦中の「敵性語禁止」があげられる。日本正義依存ピアプレッシャーと密接な関係があるね。昭和天皇の喪に服すとしてあれこれ禁止されたの覚えてるかな。

タバコ迫害の狂想曲も大きかったね。分煙増税は良いにしても、喫煙所撤廃や昇任の評価にいれるなんて不合理なとこまで行った。

過剰な取り締まりを行おうとする末端の憲兵暴走としては、西側よりもむしろ東側で良く見られた。

微小なものなら日常で色々経験すると思う。

こうした正義依存症の特徴はいくつかあるけど、DSM何とかによると「否定による合意を取ろうとする」ことが大きいんだって。ちな孫引きな。

ピンとこないよね。俺もこない。

戦争反対」「差別反対」「人権侵害やめろ」「ノーヘイト」「ストッ環境破壊

パッと見て、現状の否定ばっかなのわかる?

平和普及」「平等推進」「人権保護」「グッドラブ」「環境保護」でも良いはずだし実際にあるんだけど、怒ってる人は「反対」がどうしても多い。環境保護をうたってるひとも怒ることくらいあるけど、あくま依存症の人ね。

具体案を出すと当然ボロが出るから、完成品を否定する。「予めこういう基準で作れ」ってめったに出さない。

あくま否定することが本丸で、具体案を提案するとまとまりがなくなる。

この依存症の厄介なことは、本人はもちろん周りにも依存症って意識がないこと。正しさはアルコールより良く回る。

あと本人が不快なんだよね。不快なことって依存しうるわけ。DVする伴侶から離れられない、わざわざDVする人を恋人に選ぶ、なんてのもある。身近だと辛いもの好きとかかな、辛さって単に痛みらしいよ。美味しいのに。

不快なことを探しにいっちゃうあたり、本人にも苦痛なわけよ。アダルトショップまで行ってラブドールに怒ったり、「R18 真空パック」とかでググったりね。

何より信条が違うともう親の仇。ギャンブルドラッグ依存症って、集まると居心地良い。でも正義依存だと同じ正義じゃないと厳しい。政治系だと比較的集まり易い。現政権否定すればとりあえず一緒に怒れるからね。

不快でたまらないことを不快になりに探しにいく。んで怒り狂うわけ。

怒るということも快楽から脳内麻薬とんでもないけどやっぱ精神衛生上よろしくない。

依存症重要になるのは、快楽の強度じゃなくて快不快の落差なわけよ。タバコニコチン中毒で禁断症状から解放されるから中毒になる。他にも依存の形があるけど一つの理由ね。

不正義を探して怒る、これは本人の精神衛生にもよくない。怒りたいが為に支離滅裂な主張になることも多いし。っていうかほとんどの人間は理路整然と何かを主張できないよ。自分価値観を補強したいだけ。

正義感の強い人って大概がこの正義依存症なんだよね。とくに不正義に怒る人。正義と怒りは本来別なのに、不誠実に対して怒ることの快感に屈してる。

あと結構いるのが「自分が怒ってるのは不正義が存在するから」ってタイプね。

下手すると機嫌が悪いだけで周囲が間違ってることになる。俺みたいなぺーぺーならどうでも良いけど、部下をもつ上司だとヤバいよ。子供オムツ上手く替えられなかったから、書類不正義があるはず、ソースは勘、みたいな。

でもこういう人の治療には保険適用して良いと思うんだよ。

だってアニメから小説から漫画から道徳から、みんなして悪に怒れって教育するわけじゃん。

「怒るほどの悪ではない」って話はたくさんあるよ。創作では増えたよね。でも悪なら怒って当然ってことになる。

いや怒って良いんだよ。人は理不尽不愉快なことに怒って良い。

でも怒らなくても良い。怒るか怒らないか自分の都合で決めて良い。探しだして正さなくて良いのね。

他人や世の中じゃなくて、感情っていうのは自分表現するためにあるんだから

生真面目な人ほど、怒るべきって強迫観念かられてる。んで怒りすぎて依存症だよ。世の中って不正義で溢れてるからね。

さすがにこれは社会のせいでしょ。

少なくともパチンコよりよっぽど本人悪くない。

病織がまずないし、投薬やカウンセリングで必ずしも治るわけじゃない。でも治療しないよりマシ。

どう思う?やっぱ正義だし仕方ないと思う?

  

思ったより長くなっちゃったけど読んでくれてありがとう

ちなみに全部俺の創作から真に受けないでね。

💩プリプリ

追記

難しい😣

いくら修正

それっぽさを増すよう協力しろクズども。

2020-05-31

anond:20200531195823

公民権運動から半世紀もたつのに、なぜ黒人貧困から抜け出せないのだろう。

アジア人だってアメリカ移住した当初は貧乏

東アジア人だけじゃなく、東南アジア人、インド人だってアメリカで一から生活基盤を築いて中流暮らしを手に入れている人が多いのに。

同胞相互扶助があるからって言うなら、黒人同士は同胞ではないのだろうか。

ヒスパニックもそういうところあるけど、数が多すぎると相互扶助しきれないってことだろうか。

2020-04-19

「去年の人」グレタ・トゥーンベリに思う社会運動

ほんの半年前まで、はてなーツイッタラーは新グレタと反グレタにわかれて戦っていたというのに、

いまやそんなことを覚えているひとはいなくなったようだ。

去年の「今年の人」はもはやただの過去の人存在を忘れ去られつつある。

あれだけ注目をあつめた気候変動問題も、わずか4半期でコロナ駆逐された。

社会運動において、何よりも重要なのは手段は問わずにとにかく注目を集めることだったんだな。

彼女の態度が気に入らない、かえって気候変動問題アンチを増やし理解から遠ざけているとの批判もあったが

過激発言で目立つことは効果的だった。

思えば過去公民権運動ヒッピーフラワームーブメントなんかも耳目を集めるパフォーマンスでのアピールだった。

トランプ選挙戦略なんかもそうだろう。

逆に言えば、社会運動を潰したいのなら一切とりあわないことなんだろうな。

報道しない、コメントしない、ツイートしない。批判もしない。

存在無視して空気扱いするいじめのごとく取り扱うのが良さそうだ。

とくに影響力がある人間批判するのは逆効果になりうる。

トランプとかプーチンとかがグレタさんに噛みついてたけど、あれは逆効果宣伝になってしまった。

一切無視するか、あるいは「若いのに頑張ってますね」とか当たり障りのないコメントに終始するほうがよい。

2019-11-16

anond:20191116175935

たとえ映画だとしても、戦中の30-40年代日本舞台なのに戦争関係描写が一切なかったおかしいでしょ?

どういう意図なんだ?って思うはず。

そういう描写が常に続いてる映画なんだよ。

で、フォレストガンプはその取捨選択がすべて、アメリカ極右歴史史観なの。

左翼馬鹿にし続けて、右翼気持ちよくなるように捏造したりパッチワークした展開だけが続く。

日本でいえばポツダム宣言を受諾しなかったりGHQ存在しないみたいな。

しかも、アラバマ舞台なのに公民権運動存在しない=黒人人権は認めないとか、かなりヤバいやつ。

言い訳としてババって黒人キャラを出してるけど、これもよくある卑怯手法

当時文革批判してたジョンレノンを実際の映像吹き替えして「中国万歳馬鹿アーティスト」として笑いモノにするような映画だし、他にも色々やばい描写が腐るほどあるから調べてみるといいよ。

バックトゥザフューチャーロックという黒人発祥文化を、チャックベリー白人からパクったものとして描いてたり、レーガン政権思想そのままだったりと、こっちも実は結構ヤバい映画

ちなみに監督本人がそういう思想作品を撮ったと言ってるから陰謀論じゃないよ。

2019-11-06

anond:20191106120630

神は公民権運動の時に人が殺したんだ。

現代超人たる僕たちは、僕たちの哲学自分を生かさなきゃいけない。

根拠自分で探さなきゃいけないんだ。

2019-09-08

伊藤穣一氏がMITメディアラボ所長を辞職したのは嘘がばれたか

2014年9月 大学が不適格とした犯罪者から資金を得るための偽装工作匿名化

2019年8月 少女虐待の罪を犯した犯罪者だとは知らなかったと嘘の釈明

2019年9月4日 公民権運動指導者などに相談した結果、メディアラボの再建を支援するために所長継続を明言

2019年9月6日 元職員偽装工作告発メールのやりとりが記事掲載される

2019年9月7日 数週間の熟慮の末、メディアラボ所長やMIT教授職を即刻辞めることが最善だと判断メディア取材はすべて答えなかった)

MIT伊藤教授、辞任へ 少女虐待の米富豪から資金

今回の辞任劇は米誌ニューヨーカー電子版)による6日の報道きっかけだった。伊藤氏とメディアラボの同僚が、エプスタイン氏を寄付提供者として不適格な人物認識し、記録上は匿名とするなど、交友関係意図的に隠す行為をしていたと報じた。MIT側は米誌の報道を受けて調査を始めている。

How an Elite University Research Center Concealed Its Relationship with Jeffrey Epstein (The New Yorker)

Dozens of pages of e-mails and other documents obtained by The New Yorker reveal that, although Epstein was listed as “disqualified” in M.I.T.’s official donor database, the Media Lab continued to accept gifts from him, consulted him about the use of the funds, and, by marking his contributions as anonymous, avoided disclosing their full extent, both publicly and within the university.

9月4日(水)のラボ総会では、辞職を考えている様子はなく、償いの説明台無しにされたネグロポンテ教授メディアラボ創設者)に抗議している。

Director of M.I.T.’s Media Lab Resigns After Taking Money From Jeffrey Epstein (The New York Times)

But near the end, one of Mr. Ito’s staunchest supporters, Nicholas Negroponte, a founder of the media lab, said he had told Mr. Ito to take the money and would do it again. That prompted Mr. Ito to send an email to Mr. Negroponte in the middle of the night, complaining that he was undercutting his ability to make amends.

ネグロポンテ教授いわく、「俺が伊藤(所長)に(エプスタインからの金を受け取れっていったんだよ。同じことがあれば、またそうする(所長に金を受け取れっていう)よ。」

この発言の詳しい経緯は、エプスタイン資金問題を受け、メディアラボの総会で話されたことにある。

Director of M.I.T.’s Media Lab Resigns After Taking Money From Jeffrey Epstein (The New York Times)

At a meeting on Wednesday night with media lab personnel, Mr. Ito said he had “screwed up” by accepting the money, but that he had done so after a review by the university and consultation with his advisers.

水曜日ラボ総会で、伊藤氏は「(エプスタインから)金を受け取ったときはどうかしていた。しかし、大学確認してもらって、アドバイザ確認してもらってから、金を受け取った」と説明していた。実際は、The New Yorkers の記事によれば、匿名化して資金を受け取った。記事が出る直前まで、資金大学確認してもらったと同僚にすら嘘をついて、所長の座に留まろうとした。

この伊藤氏を、MIT 関係者を多く含む233名が、保身のための嘘の謝罪を出した勇気と受け取った資金の返却の約束をとても尊敬しており、彼は、思慮深く、謙虚で、道徳観念がしっかりしていて、寛大である、と署名して認めている。支持者は、彼の嘘がばれたあと、この署名ページを削除している。

We greatly admire the courage behind Joi’s public apology for his connections to Epstein, and his commitment to financial restitution. ... to his character: thoughtful, humble, principled, and generous.

署名者の数名は エプスタイン事件が飛び火した伊藤穣一MITメディアラボ所長の支援サイト立ち上がる に紹介されている。この署名では自分たちを次のように評価している。

At MIT, we pride ourselves on our ability to rise above complex challenges and, with openness and rationality, improve ourselves and the world around us.

MIT 関係者だけでなく、取締役を務めていた財団ニューヨークタイムズも嘘がばれる前、伊藤穣一氏を次のように評価し、擁護していた。

Jeffrey Epstein’s Donations Create a Schism at M.I.T.’s Revered Media Lab

Other organizations have also stood behind Mr. Ito. The John S. and James L. Knight Foundation, where he has been on the board since 2011, said in a statement that it believed his apology “is sincere.” The MacArthur Foundation said Mr. Ito “has addressed his associations in a manner that warrants no action by the foundation at this time.” The New York Times Company, where Mr. Ito has been a board member since 2012, declined to comment for this article.

John S. and James L. Knight 財団 彼は誠実

MacArthur 財団 彼とエプスタイン関係で当財団対処することが何もないと彼は説明してくれた

ニューヨークタイムズ コメント拒否(この記事ニューヨークタイムズ掲載されている)

2019-07-20

anond:20190720005140

中学生みたいな「気づき」だな。そういえば夏休み入ったか

平等です、みんな違ってみんないい、皆仲良く、そういう絵本に書いてあるような道徳現実世界は違う、そこがスタートラインだよね。

歴史勉強するといいよ。公民権運動とか。

2019-06-27

anond:20190627165811

差別

さべつ

discrimination

特定個人集団に対して正当な理由もなく生活全般にかかわる不利益強制する行為をさす。その差別行為対象となる基準自然的カテゴリー (身体的特徴) の場合もあれば,社会的カテゴリー (所属集団) の場合もあるが,いずれにせよ恣意的な分割によって行われる。現代フランス社会学者 R.ジラールスケープゴート (贖罪山羊) 化の理論によって差別現象メカニズムを解明した。それによると社会危機状況にみられる相互暴力カオス回避するために,無際限な暴力拡散恣意的選択された特定個人あるいは集団に集中させる犠牲論理 (第三項排除) が差別現象根底にあるとされる。たとえばドイツ社会不安に乗じてナチス政権が利用した反ユダヤ主義関東大震災直後の朝鮮人虐殺などがスケープゴート化の現象として考えられる。こうした原初排除効果制度化されたものとしてアパルトヘイトなどにみられた居住地域や交通機関における差別待遇がある。現在アメリカ公民権運動の成果から人権観点に基づく差別撤廃の動きが世界的な規模で展開されつつある。


ヘイト差別のもの

てか、「ヘイト」な。勝手に「ヘイトスピーチ」にして範囲狭めてんなよ

2019-05-24

anond:20190524000627

多少穿った見方なんだけどさ

70年代以降西欧先進国動物権利とか種差別みたいな概念流行りだした背景にさ

60年代公民権運動白人男性尊厳ある地位から没落した屈辱

他の全人類に共有させたいという

そういう後ろ暗い欲望が見え隠れするんだよね

特にこういう初期の提唱者の理論見ていくと

2019-03-04

anond:20190304060721

そら歴史上、差別解消の運動は必ず過激派生むもんやろ

キング牧師に対するマルコムXみたいに

 

でも何十年と年月を経てばな、その過激運動必要悪だったと

認識されるようになっていくんだわ

いまだとブラックパンサー無しでは公民権運動成功しなかったように

フランス革命なしに人権宣言はなかったように

 

人間歴史において、何千何百年と続いた差別を解消するには

しろたった数十年の血生臭い闘争で終わっただけでもマシな方や

 

これが現実 受け入れや

2019-02-14

俺たちは無能フォレストガンプだ、っつー増田を読んだ

anond:20180224163548

ある時、テレビ映画フォレストガンプ」が放映された翌日、学校でセンセイが俺に言い放ちやがった。「お前は無能フォレストガンプだな」って。その時は腹が立ったけども、よく考えたら当たってた。そうだよな、映画じゃ主人公フォレストガンプは知恵遅れだけど、底抜けの優しさと脚の速さで皆から愛された。少なくとも才能があった。卓球だってアメリカ代表になるくらい強かった。

あぁ、わかるよ。とにかく愛されないんだ「俺たち」は。

ちなみに、製作者はフォレスト・ガンプをどう思っていたんだろうな。結論から言うと、彼らはガンプを愛したが、知的障害者は愛していなかった。監督ロバート・ゼメキスDVD副音声でこう言ってる。

IQが低い男の映画なんて作る気はまったく起きなかった」

監督が求めたのは、自分意思がなく、状況をただただ受けいれるだけの純粋無垢キャラクターだった。90年代映画にしてはちょいと古くさい知的障害者像だ。

じゃあさ、「フォレスト・ガンプ時代現実知的障害者たちはどうだったの?」っつー疑問が浮かぶわな。そこで調べたんだが、1950年1990年アメリカ知的障害者にとっても激動の時代だったことがわかった。

1950年

劇中、フォレスト・ガンプ少年IQの低さから公立小学校への入学拒否されかけたのだが、ママ校長にファックを決めたおかげで難を逃れた。

愛する息子を守るため、裏技に手を出すのも当然だ。当時、知的障害者施設にぶち込むのが当たり前だった。そして、施設はひどいなんてもんじゃなかった。

1965年ウィローブロック州立学校という知的障害児の施設リークされた。

潜入リポーターが残した記録によると、4000人しか収容できないにもかかわらず、6000人にものぼる障害児が押し込められ、服を着ていない人や、ほとんど介助されず放置状態の人など、人間生活する環境とはとても思えない状況だった。

このニュースアメリカ全土に衝撃を与え

とにもかくにも、この時代知的障害であると判定をされたら終わり。その先に人間尊厳はない。

1950年代には知的障害者の親たちが施設への批判を始めたという動きもあったらしいので、ガンプのママが知っていても全然おかしくない。

ちなみに、映画では校長から特別支援学校への入学をすすめられ、ママが「そんなところでタイヤの修理方法勉強させません」なんて言い返している。

個人的には、史実に基づいたやり取りなのかという点でちょっと疑ってる。

というのも、当時の特別支援学校には簡単には入れなかったらしいからだ。教育を受けられる障害者は全体の5人に1人程度。軽度だからほいほいと入れるのだろうか。

それに、修理工の授業なんてあったのだろうか。卒業後、施設にぶち込まれるのであればそんなもの必要ないわけで。ここは有識者コメントを求む。

■1960~1979年

ガンプがベトナム戦争英雄になった1960年代

血の日曜日事件アラバマ州舞台でありながら公民権運動スルーしたことで、白人礼賛の保守映画認定されがちな本作であるが、1960年代黒人だけでなく障害者にとっても革命的な時代だった。

1963年には脱施設化の転機である精神病及び精神薄弱に関する大統領教書(ケネディ教書)」が発表され、

1972年には、Wyatt vs. Stickneyの訴訟で、軽度の知的障害のある人たちは入所施設収容されるべきではないという判決が出された。

公民権運動だって知的障害者に大きな影響を与えた。アメリカ障害当事者団体の中で一番強力な権利擁護運動団体といえば「ADAPT」だ。(まあ、身体障害者向けの権利団体なんだが)

設立者のウェイド・ブランクはガンプのお膝元アラバマ州公民権運動にかかわっており、その運動のノリでADAPTを設立したってわけだ。

個人的には、ガンプがキング牧師に会わなかったことより、ウェイド・ブランクスカウトされてないほうが疑問なわけだ。

■1980~1990年

アメリカ全体が脱施設化に向けて動きはじめたのはいいが、「じゃあどうやって地域で暮らすの」というのが目下の問題だった。

ガンプは走りたいから走っていたが、現実知的障害者たちはそういうわけにはいかない。

結局デモなりなんなりで、「地域暮らしていいよね!」、「俺たちにだって権利があるよね!」と市民了解を得るしかない。

というわけで長い年月がかかったわけだが、1990年に「ADA法(障害を持つアメリカ人法)」という決定的な法律が成立した。障害による差別禁止する公民権法だ。ダン中尉政府おっぱい限界です的な裏事情はあるものの、いよいよ連邦政府障害者の権利を認めたのだ。

実はこの法律ハリウッドにも大きな影響を与えている。

「マイレフト・フット」、「レナードの朝」、「ギルバート・グレイプ」、「フィラデルフィア」。

90年代ハリウッドでは障害肯定的に捉える映画がたくさん作られた。フォレスト・ガンプもこの延長線上にあることは間違いない。

革命なのは2000年代ファレリー兄弟だろうな。いよいよ障害者ご本人が登場しちゃうんだもん。

さて、冒頭のロバート・ゼメキスの話に戻る。彼は障害肯定的に捉える映画企画が通りやすい状況を苦々しく思っていたのかもな。

だって俺、興味ねーし」っていう。

結局ADA法に逆行するような、意思のない愛されキャラフォレスト・ガンプが作られたし、世間もそれに乗った。

まあ、素の「俺たち」は苦々しく思われているわけだ。

知的障害者だって苦々しく思われてる、それは同じだ。それでも権利を主張してきたし、いくつかは勝ち取ってきた。

今じゃグループホームなんかで暮らしながら、地域生活エンジョイしてる知的障害者もいる。

日本の話だけど、この前バリバラ地域子育てしてる知的障害者夫婦が出てたぜ。ハロー1950年代、これが2019年だ。

から、俺は無能な「フォレスト・ガンプ」をやめて、こいつらを参考にすることにした。権利があるんだって言いつづけてやるさ。

俺にだって自由希望を持つ権利があるし、

俺にだって、周りから尊重されていいはずだし、

俺にだって、平均的な経済水準を保証されていいし、

俺にだって普通地域普通の家に住んでいいんだ。

当然のように、俺たちにはその権利があるんだ。

2019-02-11

米では当然文化の盗用だと批判されてる

anond:20190210205503

Back to the Future Racismで検索すればいっぱい出てくるよ。

監督ロバート・ゼメキスフォレスト・ガンプでも、右翼的価値観を礼賛するために歴史修正をしてる。

フォレストガンプはわざわざ50 60年代アラバマ舞台にして公民権運動歴史から消すなど、実はすごい右に偏った映画

これもForrest Gump Racismなどで検索すれば見られる。

2018-09-07

anond:20180907224629

これちょっとワロタ 公民権運動に限らないけど歴史上の偉人って行動する前から偉人だったみたいな思い込みあるよな

もう生まれた時から全身が眩く発光してて見れば偉人なのは明らかであまり偉人性に名声が付いてきたみたいな

例えば、ヘイトスピーチみたいに裁判になったときにその料金同じなのに使える車両が少なくなったが通ると思っとるん?(笑)

お前、キングやローザパークスが最初からみんなに認められてたとおもってるん?

2018-08-31

anond:20180831173708

公民権運動をくさすロジックという、近代人権思想に真っ向から対立する思想を持つ人が居るというのは面白いと思いました。

2018-08-27

anond:20180827202922

完全に私の趣味ですが、自分マイリストを書き出してみた

感想とか聞けたら嬉しいです

SFアニメ

SF

実際の映像構成されたドキュメント

その他のドキュメント

戦争映画

映画ドラマ

2018-01-31

ヴィーガニズムは正しい。正しいがゆえにそれは人類社会の敵である

フェミニスト乳製品を摂ることは矛盾か、という議論が喧しい。

https://togetter.com/li/1194767

http://sutaro.hatenablog.jp/entry/2018/01/29/162209

http://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2018/01/30/152800

はじめに言っておくと、わたしヴィーガニズムアニマルライツには明白に反対であるしかし、それらを一部のバカによる寝言だとは思わない。むしろヴィーガニズムは正しいと思っている。いや、より正確に言うならば、ヴィーガニズムは正しすぎるがゆえに問題なのだ

ヴィーガニズムへの反対に理屈をつけようとすると、かなり高い精度でブーメランとなって戻ってくる。人間動物は違う! 白人黒人男と女を代入して同じことが言えるだろうか? 人間は他の動物より賢い! 男が力強いことを男性優越していることにしたい性差別主義者は、古今東西どこにでもいる。人間動物と違うのは社会常識だ! アメリカ南部奴隷主たちも、同じことを思っていただろう。

10年ほど前、はてなで「本当の本当に大切なことには、理由があってはいけない」というフレーズ話題になった。まったくその通りだ。「同じ人間差別してはいけない」にも理由はない。理由はないが、道徳律とはそういうものだ。差別はいけない、なぜならそれは差別からだ、という主張は空虚だが、しかしその正しさを疑う人はいないだろう。差別は正しくない、これは自明です。

ところで、「同じ動物差別してはいけない」という主張は、「同じ人間差別してはいけない」と論理的に同型である空虚である空虚であるが、ではそれゆえに正しくないと主張することは可能だろうか?

人類平等への闘いは、「同じ○○」の範囲を広げてゆくことだった。「同じキリスト教徒差別してはいけない」という議論に対して異教徒が声を上げることは必要だった。「同じ成人男性差別してはいけない」という主張では、無産階級男性のことは救えても婦人参政権は実現できなかった。ようやく今、人種差別性差別が「同じ人間差別してはいけない」として斥けられる時代になったのだ。

しかし牛や豚からすれば、その「人間平等」は、「白人のなかでの平等」や「男性あいだでの平等」と寸毫変わらぬであろう。

それがヴィーガンアニマルライツの訴えの核心である。これを安易に「人間動物は違うんです。以上」で切り捨てることは、安易に「だって男と女は違うじゃん」と切り捨てることと、いったいどこが違うというのだろうか? このふたつの主張をまったく別物だと切り分けること、それ自体が彼らの批判する種差別なのだ

何でフェミニストにばかりそういう要求や追及がなされるのか? と疑問を呈する人もいる。断言するが、それは最悪の戦略である

第一に、ヴィーガン界隈を見ればわかるが、彼らは一般人に対しても肉を食ってさえいれば無差別にマサカリを投げつけている。それが今回たまたま件のフェミニスト氏に向けられただけであり、構図としてはセクシー萌えキャラの出てくるポスターフェミニストから批判されたオタクが「何でオタクばっかり叩くんだ?」と過去女性運動の蓄積も知らずに愚痴っているのと寸分違わない。やめておいたほうがいい。

第二に、差別に反対する運動の中で別の差別が行われていたとき、それを厳しく追及してきたのはフェミニストたちだったではないか人種差別に反対する運動の中で性差別が起きたとき人種差別だけでなく性差別にも反対すべきだ、そうでなければ真の反差別はいえない、という主張はそれなりの説得力をもって受容されてきたように記憶している。であるとすれば、性差別だけではなく種差別にも、という主張が向けられることは自然な話であろう。

まり既存反差別運動の側は、迂闊にヴィーガニズム揶揄しているとブーメランが帰ってくるわけだ。反差別、正確には、反人種差別および反性差別を支持する者として、味方がブーメランに撃ち抜かれて斃れていくのを見るのはやるせない。

ではどうするか? わたしはまず、敵対関係認識すべきだと主張したい。

フェミニスト男性優位社会の敵である奴隷解放論者は南部社会の敵であり公民権運動の闘士は白人中心主義社会の敵である。それと同様に、ヴィーガン人類社会の敵である

このことは、現在ヴィーガニズムの支持者が全員人類であることと何ら矛盾しない.家父長制と闘う人びとの中には男もいた。奴隷を逃がしたり黒人とともに座り込みに参加した白人もいた。そして彼らは、男でありながら男性中心主義の敵であり、白人でありながら白人至上主義の敵だった。ゆえにヴィーガンが、人類でありながら人類社会敵対するのは何ら矛盾ではない。

わたしたちにはふたつの選択肢がある。ひとつめの選択肢は、敵が提示する平等テーゼを受け入れることであり、つまりジャイナ教徒のように虫の一匹も殺さぬようマスクをし箒で道を掃きながら歩く生活を選び取ることだ。もうひとつが、平等敵対することである。種差別何が悪い人間動物とは違うんだ、人間の都合で動物搾取することは当然だ、と傲然と言い放つことである

最悪なのは、この敵対性に対して目を瞑ることだ。敵を「なんか頭のおかしい人たち」として片付けることだ。そうではない。彼らは正しいのだ。彼らは正当な抗議者として、つまりはわれわれの敵として扱われるべきなのだ

この敵対性を隠蔽してしまったら、他の敵対性が隠蔽されることに抗えなくなる。それは平等への闘いの自滅だ。敵対性がそこにあることを明るみに出すことは、常に闘いの出発点なのであるから

なのでわたし宣言する。うめぇこれはヴィーガニズム提示する平等への敵対だ。朕はたらふく食ってるぞ、汝畜生食われてろ。数百年後、あの世代は動物差別動物虐殺を何とも思っていなかった民度の低い連中だ、人類進歩を阻害してきた、と糾弾されるかもしれない。それでもわたしは、種差別を正しいと信じる。人間動物とは違っており、この差別は当然だと主張する。未来の子供は、わたしのこの言明を醜悪なスピーシストの声明として読むかもしれない。ユダヤ人は劣等だと言い放ったちょび髭の指導者や、女は男よりも劣った生き物なのだ公言してきた家父長たちが扱われるように、動物を殺して恥じなかった我々現代人も扱われるかもしれない。ひょっとすると数十年後に革命が起きて、人道に対する罪で訴追されるかもしれない。自己批判強要されるかもしれない。それでもわたしヴィーガニズム敵対する。この差別は正しい差別からだ。

さあ、みんなもそう叫ぼうじゃないか。種差別必要だ! 種差別は正しい! 今ここで種差別を! 明日も種差別を! 永遠に差別を!

2017-10-28

リベラルは、なぜ「差別」に反対するのか。

人種的性的マイノリティ権利向上を認めるには、「あいつらも俺たちと同じ国民だ」というナショナリズム必要になる。

例えばアメリカ公民権運動黒人を、そしてフェミニズム女性を、同じアメリカ人として平等に扱おうという運動だった。

  

しかし、このような運動は「差別」と表裏一体である

国民同士でがっちりガードして相互扶助する一方、よそ者排除するための壁を作っているからだ。

  

トランプ大統領イスラム教徒入国規制を行おうとしたり、ヨーロッパ極右勢力移民排斥を叫ぶときリベラルはそれに強く反発する。

だが、ここで明確になっていないのは、リベラルがなぜ差別に反対するのかということだ。

  

これは本邦のインターネットで「差別反対!」と叫んでいる者たちに対して、私が不可解に感じる部分でもある。

その行きつく先がナショナリズム否定なのか、それともナショナリズムの下で連帯するのか。

目的地を見据えないまま暴走するのが、昨今のリベラルダメさだと思う。

  

https://anond.hatelabo.jp/20171026184105

2017-08-25

1999年SF映画、『マトリックス』とその続編についても批評家意見は一致していない。『マトリックス』は人類を救う救世主となる白人コンピューターハッカーネオキアヌ・リーブス)が主役の映画である[16]。マシュー・ヒューイは彼の著書、The White Savior Filmの中で、「コンピューターシミュレーテッドリアリティの外側の多文化的な景観に入り込んだ白人主人公が彼の恩寵を通じて、今にも起りそうな災害から白人の人々を救い始めなければならない。」と記している[17]。ハーナンとヴェラは著書、Screen Saviors: Hoiiywood Fiction of Whitenesssで『マトリックス』を人種が異なる援助者のチームを持つ白人救世主という近頃の白人救世主物語の「最新作」として分類している。彼らは、「その映画潜在的白人人種差別主義批判は、黒人キャラクターのモーフィアスやオラクル、モーフィアスの仲間のタンクやドーザーなどの白人救世主であるネオに仕える弟子たちなどの神話プロットによって否定される[18]。」 アディリフ・ナマはこれに対して、著書、Black Space: Imagining Race in Science Fiction Filmでモーフィアスとオラクル重要任務について「概して、その探求は白人救世主によってもたらされた任務よりも、黒人男性女性によってもたらされた任務のように見える。その黒人キャラクター簡単に読み解くと、ブラック・パワー運動公民権運動象徴的で文化的試金石や、それらの残余である[19]。」

本当は怖いサザエさんみたいな深読み芸になっててワロタ

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