「ソングライター」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ソングライターとは

2020-12-18

C-POP とりあえずこれ聴いとけ8選 (台湾香港シンガポール編)

そろそろYouTube邦楽流しながら仕事するの飽きてきたんじゃないか? ぜひチャイニーズポップ (C-POP) 聴いてほしい。中国語日本語全然違うけど、曲の雰囲気はなんとなく似ている。そして輸入K-POPみたいにダンスダンスしていないので (もちろんそういうのもある)、BGMとして大変よい。

この記事では有名歌手が多い台湾香港シンガポールに焦点を当てて、暴力的に絞った8人/グループを紹介する。知名度が高く、かつあまり古すぎないものを選んだら2000年代あたりの楽曲ばかりになった。

注: これを書き上げてから、同じことをやっているブログ記事を見つけた。

なかなか選曲がいいのでぜひ参照されたい。 (被りまくった...。)

1. 周杰倫 (Zhou Jielun; ジョウ・ジエルン)

日本ではジェイ・チョウと呼ばれている。英語名カタカナ表記にするとダサいという信念があるので中国名で呼ばせてほしい。周杰倫台湾歌手で、2000年にデビューして以来ずっと死ぬほど売れてる。ある時期から身体を鍛え始めて、MVで肉体を見せがち。

七里香 (2004)

名曲はたくさんあるが、七里香は日本イメージした曲ということでピックアップした。周杰倫伝統楽器を入れたりして中国っぽいメロディーになっている楽曲がいくつかある。

その他: 『髮如雪』『東風破』『青花瓷』(今は知らないが、中国東方航空の着陸後BGMとして採用されてた)

2. 五月天 (Wuyuetian; ウーユエティエン)

中華圏で最も有名なバンド (異論は認める)。台湾バンドで、日本でいうとミスチルみたいなポジション。初期の曲は中高生に刺さる雰囲気だったが、最近メンバーおっさんになって落ち着いてきた。日本ではメイデイと呼ばれていて、来日してライブしたりもしてるらしい。五月天の曲は伸びがあって気持ちいいのが多い。

突然好想你 (2008)

失恋してから音沙汰なかったのに、急に便りを聞いてまた恋しくなっちゃったよ、という曲。こういう内容ホントに多い。たぶんC-POPの8割はこれ (言い過ぎ)。

その他:洋葱』『温柔』『後來的我們』

3. 林俊杰 (Lin Junjie; リン・ジュンジエ)

シンガポール出身歌手中国人的には決して見た目がいいわけではないらしいが、それでもバカ売れするくらい作曲と歌がうまい。高音が神がかってる。

可惜沒如果 (2014)

MVがやたら凝ってるという点でこの曲を選んだ (曲は3:30くらいから始まる)。残念ながら人生にIfはないという内容の歌である好きな人がいたけど告白できずに後悔するって話。このパターンC-POPに非常に多い。そういう美学があるらしい。

その他: 『小酒窩』『修煉愛情』『Twilight』

4. 張惠妹 (Zhang Huimei; ジャン・フイメイ)

台湾原住民族ルーツに持つ女性シンガーハスキーボイス。歌はうまいがしゃべるとやかましい、たぶん前世倖田來未。前の3人より登場が古くて、ここ数年は曲を出してるイメージがない。

我最親愛的 (2011)

張惠妹の一番の代表曲といえば『聽海』という気もするが、最近中華食品スーパーに行ったときに流れていたこの曲にした。邦楽で似ているのを聴いたことがあるような気がするけど思い出せない。

その他: 『聽海』『我可以抱你嗎』『如果你也聽説』

5. 王菲 (Wang Fei; ワン・フェイ)

厳密に言うと北京出身なのだが、歌を出していたのは香港ということで、ここで紹介する。一世代前の歌手かな。でも老若男女知らない人はいない。2年前春節特別番組 (紅白歌合戦的なやつ) に出演した際の衣装に似たゴム手袋ネットショップで爆売れするくらいのスター (画像リンク)。ファイナルファンタジーVIII主題歌であるEyes On Me』を歌っていた人として日本では知られているかもしれない。

紅豆 (1998)

ザ・代表曲歌詞も美しい。作詞担当した林夕も非常に有名。(上の『我最親愛的』でも作詞担当。)

その他: 『我愿意』『因為愛情』『匆匆那年』(持ち歌ではないけど: 『傳奇』『歲月』) (日本語カバー曲だけど 『Valentine's Radio』)

6. 陳奕迅 (Chen Yixun; チェン・イーシュン)

香港の歌がうまいおじさん。C-POPに回顧して傷心する系の曲の大家である。とにかく哀愁があってよい。王菲デュエットした『因為愛情』は名曲

淘汰 (2007)

その名の通り失恋の歌である作曲作詞周杰倫天才かよ...。この曲は『非誠勿擾』という人気お見合いテレビ番組で、男性ゲスト女性全員にフられて退場する場面で使われていた。そういうシチュエーションでこの曲を流すとウケると思うのでぜひ試してほしい。

その他: 『十年』『好久不見』『我們』

7. 張韶涵 (Zhan Shaohan; ジャン・シャオハン)

顔に歳が出ない系の人。安達祐実YUKIが食べたのと同じ悪魔の実みたいなのをたぶん食べてる。この人はソングライターではなくて、プロデュースされたものを歌うスタイル。曲調とかアレンジかにJ-POP感がある。僕の中では大塚愛的なポジション

隱形的翅膀 (2006)

珍しく失恋でも何かを後悔する曲でもない、希望にあふれる何か。お気づきかもしれないが、歌詞の繰り返しがとても多い。AメロとかBメロ歌詞も平気で繰り返す。これこそ中国語曲の特徴で、カラオケで歌うと特にわかり味が深い (光良の『童話』とか)。最近歌詞はそうでもないらしい?

その他: 『欧若拉』『遺失的美好』『淋雨一直走』

8. 劉若英 (Liu Ruoying; リウ・ルオイン)

台湾女性歌手代表曲Kiroroの『未来へ』のカバー曲という、Winkみたいな存在である。無表情で踊ったりはしない。この人は別に最近売れているというわけではないが、日本人に馴染みのある曲を歌っているということで紹介。

後來 (1999)

Kiroro未来へ』のカバー歌詞中の「ほら」に当てられている後來 (Houlai; ほうらい) という中国語未来という意味で、これを思いついた作詞者は助走をつけてガッツポーズしたに違いない。ちなみに曲のテーマは当然、失恋だ。

その他: 『很愛很愛你』『為愛痴狂』『成全』(林宥嘉によるカバーが良すぎるので聴いてほしい)

以上

本当は曲ごとにリンクを貼りたかったが、スパムフィルター的なものに引っかかるらしくできなかった。がんばって検索してください。

好評だったら大陸歌手編も書くかも。

2020-07-22

大森靖子は、才能で許されたいんだよ

これは便所の落書きみたいなものだと思ってほしい。

一連のZOC騒動大森さんの「ルッキズムが才能に勝つのが許せない、本当に悔しい」というインスタでの発言が引っ掛かった。

不透明なすべての事実において真偽のほどがどうであれ、大森さんの根底にあるのは"才能で許されたい"という感情なのではないだろうか。

絶対彼女から大森さんを眺めている1リスナーとしては、彼女は直情的に音楽をつくっている人間に他ならないと思うし、今回の騒動において「大森靖子はプロデューサーをやるならもっと大人になるべきだった/完全に外になるべきだった」みたいな意見を見たけど、これはまったくの的外れだと思う。

これは仮説だけど、彼女アイドルをやりたかった。アイドルという年齢とルッキズムものを言うクソクソ構造の中で、ちゃんと支持されて、自分も納得のいくものができる構造楽曲作りのセンスと、限られたスパン内でアウトプットしていくためのアレンジャーの人選。ZOC楽曲特に断捨離彼氏」「SHINEMAGIC」あたり)の歌割りから楽曲としてのキメの巧みさ、各メンバーに振られたソロ曲の的確さを見ても、コンポーザーとしての大森靖子は完璧だったと思う。

から外に回ればよかったじゃん、って話かもしれないが、そうはいかない。プロデューサーというのは冷静に全体を俯瞰しなければならないし、たぶんチーフ役割彼女に向かない。お飾りに徹することができればいいが、おそらく彼女自我が強すぎた。またはスタッフ役不足だったか大森さんのことは好きだけど、今回はちょっと擁護しかねる。

ただ、そもそもZOCの良さは、メンバーのクセの強さとリスナーを離さな楽曲の強さだとも思っていて。戦慄もかてぃも人気あるけど、音楽衣装はただの可愛さを強化する。アイドルはそこがすごいんだ。大森さんは自身生粋ドルオタで、かつ自分グループであるからこそ、余計に渾身の曲が作れたんじゃないかなって。当事者意識って大事だよやっぱり。自分も人に楽曲提供とかするけど、自分が歌う曲へのモチベーションって違うもの

から大森さんはZOCメンバーである必要があった(それに、単純に楽曲を聴いていても、声質的大森さんがアクセントになっていて明らかに上手い。アイドルソング結構聴くけど、でんぱでいうえいたその歌のうまさみたいな、声のバランサーとしての役割も絶大だよね。LADYBABYとか曲云々以前に声が厳しかったとこあるもん)。でもメンバーって言ってもさ、こんだけプロダクションに携わっている人間がいたら同じ立場で接するとか無理だよね。そういうの気にしなそうな子たちだけど、年齢差もあるし。昔、自分バンド内の格差で揉めたことが何回かある。やっぱりソングライターと、それ以外には圧倒的に差が生まれる。そしてそれは人気と比例しない。

騒動コメントなどを全部チェックしたわけじゃないけど、きっと私が見た以上に誹謗中傷と賛美の両極端が飛び交っているんだろうな。そして大森さんは戦慄派の「かなののがかわいいから」「おばさん」「ブス」などのコメントに、改めて傷ついたんじゃなかろうか。ミスiDとかゴリゴリに逆説的な搾取構造で正直ウケるけど、それでも若さとか、ルッキズムとかを許したくてZOCをやっているのに、彼女自身が「才能によってアイドルとして互角に扱われている」と感じていたメンバーと差を付けられることに、耐えられなかったんじゃないのか。

私自身はそう思う。キチガイアが出た時、この人は本当に愛であり、肯定の歌をうたう人だと感動した。過激な側面も肯定したいがための不器用さだと信じた。いまもそう思っている。

でも、だからこそ、その繊細さで、ギリギリバランスが重なって奇跡的に生まれZOCが、こんな形で活動休止になってしまたことが悲しい。

同じことの繰り返しになってほしくないけど、大森さんの音楽の作り方と渇望される構造がある限り、女の子たち(とそのファン)は何度も消費され、互いに本気で傷つけ合い、それで病的にお金が動いてくんだろうな。

2018-12-26

[] RomeoJuliet

"RomeoJuliet" は米国人歌手ステイシー・アール(Stacy Earl)の楽曲

1992年1月発売のデビューアルバム"Stacy Earl"からの2ndシングル

プロデュースは、ポーラ・アブドゥル(Paula Abdul)のヒット曲"Opposites Attract"等で知られるオリバーリーバー(Oliver Leiber)。

"Opposites Attract"と同じくワイルドペア(The Wild Pair)と共演している。

  

1985年ソングライター殿堂」、1987年ロック殿堂入りした「リーバー&ストーラー(リバー&ストラー)」と呼ばれる米国作曲コンビ

ジェリーリーバーマイク・ストーラー(Jerome "Jerry" Leiber and Mike Stoller)。

エルヴィス・プレスリー(Elvis Aron Presley)がカバーした『ハウンド・ドッグ(Hound Dog)』、エルヴィスの為に作られた

監獄ロック(Jailhouse Rock)』、『スタンド・バイ・ミー(Stand by Me)「ベン・E・キング(Benjamin Earl King)との共作」』

など、数多くのヒット作で知られる。

この作詞作曲コンビ作詞担当ジェリーリーバーオリバーリーバー父親である

https://en.wikipedia.org/wiki/Stacy_Earl

https://www.discogs.com/Stacy-Earl-Stacy-Earl/release/501302

https://www.discogs.com/artist/115387-Oliver-Leiber

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC

Stacy Earl ft. The Wild Pair - RomeoJuliet

https://youtu.be/TKGw0uECKxI

  

https://anond.hatelabo.jp/20181225090703

2017-05-04

http://anond.hatelabo.jp/20170503235403

アニソンレーベルから出ている曲のことだよ。

曲調や歌詞をみて「こうだとアニソン」のような境界線はもう存在しない。

最近アニメソングアニソンシンガーの曲は、J-POPのように普遍的な詞も多いからね。

ただし、作曲作詞者でなら「あそこのスタジオミュージシャン(や同人界隈の有名ソングライター)が関わってるからアニソンだな」という判断はありえる。

あと微妙なのが、非アニソンレーベル所属バンドの曲が主題歌タイアップしているようなもの

よくジャケットが通常版とアニメ版と分かれていたりするが、そういうのは一般曲でもあり、アニメソングでもある、と捉えてる。

2016-01-10

ラベリング威力について

川谷絵音ベッキー不倫を知って、真っ先にラベリング効果のことを思い出した。

ようするにゲスの極み乙女というバンド名がいけないのだ。

自分ゲス人間だという自覚から川谷はこんなバンド名を思いついたのかもしれないが、

おかげで川谷の脳内に「俺はゲス人間→だからゲス生き方をしても構わない」という道理が生まれしまった。

 

SEKAI NO OWARIも実はラベリング効果だったりする。

彼らはバンド名に則って、この世の終わりの到来を心の奥底で理解しながら、現実逃避理想郷を歌う曲ばかり作っている。

これが例えばSEKAI NO HAJIMARIというバンド名だったら、彼らは世界未来を手にするための現実的な具体案を模索する曲を作るだろう。

 

キュウソネコカミは売れた後がやばい。売れたらキュウソではなくなるから

年収70億なのに黒人差別を受けて怒り狂ったオプラ・ウィンフリーと同じ轍を踏むことになる。

 

KEYTALKはローランドキーボードにありそうな名前

DTM連想させる語感であり、案の定彼らの音楽ボカロ系四つ打ちダンスロック。頭が悪すぎる。

 

MAN WITH A MISSIONは、イギリスダンスロックバンドMANBREAKのパクリ

おそらくソングライター幼児体験にMANBREAKがあったのだろう。バンド名も音楽無自覚トレースしている。

 

フジファブリックは、国内大型フェスで暴れたいという阿保な価値観バンド名と音楽性に現れている。

ロキノン国内大型フェスを音で表したような曲ばかり作っている。

2015-10-10

http://anond.hatelabo.jp/20151009041254

すごくわかる。

福山雅治って、何がイケてないんだろうかと思ったけど、

ソングライターとしてもパッとしないし、

俳優としても、お世辞にも上手だとは言えなくて、

じゃあ、何者なのかと考えたら「ただ顔が良いだけの40代のオッサン」でしかないわけで。


いや確かに40代であの格好良さはそれだけで飯が食えるレベルではあると思う。

でも同時に、それでもいい年して顔がいいだけの男のしょぼさみたいなものもあるようには思ってる。

まあ顔が良いだけであっても、50,60までそれで飯を食っていれば、独特の風格もにじみ出るような気もするけど

いかんせん40代では、ちょっとしょぼさのほうが勝ってしまうのよな。

2014-09-11

ポール・ウェラーって

歌下手だよなー

追記 

ファッションアイコンとしてかっこいいのわかる。ソングライターとしても好きだ。でも歌下手だなー

2014-05-11

清志郎が存命だったら 美味しんぼ級の風評被害ソングを作っていたかも…

清志郎は、日本ロック史に刻まれる稀有な才能の持ち主だったと思うが「カバーズ」等で披露したプロテストシンガーとしての側面は、生前から過大評価されていたように思う。

押しつけがましくない率直な言葉やユーモラスな隠喩を紡いで作ったラブソングや、他のソングライターが見逃してきた日常の一断面を切りとる視点こそが、彼の真骨頂であった。

それに比して反原発ソングは直接的な表現が多く、かつ国家権力や巨大組織によって庶民が騙されているという

有りがちなサヨク的なものであって、あまり清志郎ならではのオリジナリティの感じられるものではなかった。

たくみ言葉で一般庶民をだまそうとしてもほんの少しバレてる、その黒い腹(中略)だまされちゃいけねぇ ”※ラブミーテンダー

原子力は要らねえ 危ねえ 欲しくない”※サマータイムブルース

「髪の毛が抜ける」「汚染地域牛乳危険」といった、過度に不安煽り立てる歌詞は、チェルノブイリ住民に対する配慮は微塵も感じられず

国内での事故で同様の表現で歌を作っていたら風評被害を巻き起こしていたたろうと想定される。

カバーズの歌詞は、今ではその多くが科学的根拠を欠いた陰謀史観で作られたものとしてされている広瀬隆の著作の影響が強かったとされる。

もし清志郎が生きていたら、311以後日本を席巻した、怪しげな反原発運動に加担した可能性は否定できない。

なぜなら彼の死の要因は、科学的な治療を拒否し、民間療法に頼ったことによるガンの悪化とされるからだ。

まあロック歴史にもifはないし、死者についてあれこれ勝手に推測するのは不謹慎なので、ここで吐き出させてもらいました

2013-09-26

マスダ80年代女性アイドル論~総論

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子論

マスダ80年代女性アイドル論~南野陽子論

マスダ80年代女性アイドル論~斉藤由貴論


こんにちは。8月後半からはてな匿名ダイアリー80年代女性アイドル論を連投したマスダです。この総論では、最初にお知らせ、そしてコメントに対する返答、最後80年代女性アイドル歴史性の話をします。


お知らせと言っても大した話ではなくて、記事をまとめる意味いからも、ブログを開設しました、という話です。

はなぶさときいちブログ

です。

先日読んだ、

http://anond.hatelabo.jp/20130920220312

こちらの記事に共感します。例に出されていた人がどうだと言うのではなく、政治クラスタの人たちが、相手を叩き潰すのを目的罵倒し合っているのは、なんだかな、といつも感じています。もちろん、それも含めて政治と言うか、そういうものから完全に逃れられるとは私も子供ではないので思っていませんが、今度開設したブログでは、楽しい話を中心に書きたいと思います。

自分で言うのもなんですが、今回のシリーズ割合好評でした。中には政治ジャンルでは私の考えとは絶対に相容れない人たち、私が書いた政治向けの記事では私を魑魅魍魎のように罵倒した人たちも好意的なコメントを残していました。思うに、それが文化の力でしょう。

私たちは他人なのですから、親子や夫婦であっても別の人間なのですから100%考えが一致することはないし、100%違うこともありません。違って当たり前、それが人間ですし、そのことをやっぱり心のうちではわきまえておきたいですね。その、つながれる余地の部分を重視したい、今度のブログでは、そういう話をメインにしたいと思っています。


1.なぜランキング形式にするのか

これに限らず、私は自分の考えの整理のために、ランキングを作ったり、ベスト何々を選ぶ、というようなことをよくします。はてな匿名ダイアリーで言えば、

5大天才漫画家

これも私が書いた記事です。

アイドル論に絡めて言えば、かつて郷ひろみが「歌に順位をつけるのは違うと思うので、ランキング番組には出演しない」と言って、「ザ・ベストテン」「ザ・トップテン」に出演拒否したことがありました。当時私は、そもそも滅多にベストテン入りしなくなってから言い出すのは、ヒット曲が出なくなったのを誤魔化したいのだろう、毛色の違ったことを言ってアーティストぶりたいのだろうと思っていましたが、それは邪推であるかも知れず、歌い手立場としてはそういう意見が出るのも分からなくもありません。それに対して確か黒柳徹子が、確か「ザ・ベストテン」の番組中で、「その週ごとのチャートであって、楽曲のいい悪いを言っているのではありません」と反論をしていましたが、ランキング形式そのものにある種の不遜さ、失礼な要素があるのは確かだと思います。

しかしそれだけに、相当な論理客観性がなければなりません。単に自分が好きだから、嫌いだから、というのではなく、なぜ2位の人が1位でないのか、少なくともご当人にもご納得いただけるような、出来得る限りでの冷徹さを目指さなければなりません。それが私にとっては、ランキング形式を採用する意味です。

2.はてなおっさん向けか

まあ、おっさんホイホイの記事ですからね。そう思うのも無理はありませんが、私世代団塊ジュニア世代)より前の大人と、それ以後の大人ではいろいろと違う部分もあります。私が子供だった時の、アラフォーの大人たちは、漫画も読みませんでしたし、アニメも見ませんでした。歌謡曲だってほとんど聴かなかったのではないでしょうか。大人向けと子供向けにははっきりと境界があり、現在日本メインストリームになったサブカルバブルから私たち世代にかけてが消費者となって育成して来たものです。これは80年代ポップカルチャーが未だに「権威」として残っていることにつながっています。

ガンダム」も「中森明菜」も「ファミコン」も境界のこちら側だったからあちら側では評価もされなかったのです。そういう悔しさを、私たち世代はそれぞれに経験しているはずです。そして今の文化状況は、こちら側が肥大化した世界であるわけです。いや、そうした境界のもの無意味だということを知っている世代です。

はてなおっさん向け、LINEは若者向け、こう言う言い方が奇妙だと思うのは今のおっさんLINEを使うからです。今のおっさんはAKBもモー娘も知っている、そのうえで80年代女性アイドルを評価している、あるいはその限界も知っているのです。今の若者は、クリエイティヴフォーマット自分で作っているわけではありません。単に過去を知らないだけです。

3.斉藤由貴尾崎は同志発言

この発言は私も聞いたんですが、不倫発覚の時か、尾崎が亡くなった時のコメントちょっと記憶が定かではないですね。どちらにしても時期的にはそう離れてはいないんですが。

私は地方出身者ですが訛りがないんです。今では実家に帰っても、方言で話すのはかなり難しい。けれども実家にいた中高生の頃からその傾向がありました。当時はかなり乱読していましたので、話し言葉が書き言葉みたいになってしまうんです。読書家に一般的な傾向化どうかは分かりませんが、斉藤由貴ちょっとそういうのを感じます。同志って、実際に人間が発語しているのを見たのはあの時が最初最後でしたよ。赤旗でも見かけないんじゃないでしょうか。既に相当にフィクショナルな言葉で現実の人間関係を構築した斉藤尾崎、非常に彼ららしいと思います。80年代と言う特に即物的な時代にあって、尾崎はああいう形で決着をつけました。斉藤由貴はフィクショナルな部分を、穏やかに現実に着地させていったように見えます。これは男と女の違いでしょうか。

3.作詞家としての斉藤由貴

浅香唯の『セシル』で知られる作詞家麻生圭子さんは「京都評論家(?)」としても知られ、いけず京都人から「なんでよそから来た人にあれこれ言われんといかんのやろ」とか言われているらしいですが、彼女が作詞家をやめたのはアイドルたちが猫も杓子も作詞をして、ならば作詞家なんていらないじゃんと思ったからと以前、言っていました。作詞日本語の読み書きができるなら誰でもできるわけですよ。一応の形にはなる。ではなぜ作詞家という職業が成り立つのか。作詞家の作品のレベルが圧倒的に優れているからですね。特に楽曲としても文学としても優れているのは阿久悠松本隆の作品だと思います。どれをとりだしても、素人には絶対に書けない、優れた言語感覚が裏打ちされています。

しかし考えてみれば、シンガーソングライターほとんどは作詞も手掛けているわけで、書かせてみれば相当に良い詞を書ける人は意外といるのかも知れません。

斉藤由貴アイドルの手すさびレベルではない詞を書きます。しかも曲に調和するように書かれている。無作為に抜きだしてもどれもはっとする、面白い作品ばかりですね。彼女に文学者としての才能があるのは間違いありませんが、主に後期のアルバム曲で書いているので、一般には知られていないのがもったいないですね。彼女の作詞作品としては『あなた存在』『うしろの正面だあれ』が好きですね。

4.なぜ映画『野菊の墓』の相手役を伏字にしているのか

一般の方だからです。

5.マッチ明菜を騙したのか

例の金屏風会見ですが、本当のところは知りませんが、どういう形であれ釈明会見をすべきであったとは思います。やはり他人の家で自殺未遂をするのは尋常ではありません。百歩譲って自殺を試みるとしても自分の家でやれ、と言われても仕方がないでしょう。あの件に関してはマッチ被害者だと思います。

6.松田聖子歌唱力について

私が聖子を初めて見たのは確か小川宏ショーではなかったかと記憶しています。逆算して考えると私は当時すでに小学生だったのですが、どういうわけかその日、その時間は家にいて、母と一緒に朝のワイドショーを見ていました。デビュー直後、聖子のお母さんが娘のプロモーションのために共演することが多くて、その時もお母さんと一緒にゲスト出演していたと思います。そして『裸足の季節』を歌ったのですが、スタジオ空気が変わったのを感じました。私の母が「この子は大スターになるね」と言ったのを覚えています。ですから聴いてみればたちまち、聖子歌唱が優れているのは誰の眼にも明らかだったのですが、それでもアイドルなので下手扱いされることが多かったのです。なんで淡谷のり子なんかに、むかしはいざ知らずあんなに声量も出ない、表現力もない下手くそ歌い手聖子が下手呼ばわりされないといけないのか、理不尽を感じました。これはパロチンなんて何の効力もないとみんな知っていながら、発見者が東大の偉い先生だったって言うんでずっと使われ続けてきたというのと同じ問題です。当時はサブカル全体がこういう扱いを受けていました。宮崎駿だってまともに大人が論じるような作品とは捉えられていなかったんですから。今はそういうのよりはずっと良い時代ですね。

7.ナンノ代表曲は『話しかけたかった』だろうにjk

その通りでございます。はねた髪っ!!!

私はあの曲を最初に聴いた時、ユーミンの『DESTINY』を思い出したのですが、『DESTINY』は振られた男に万が一、会った時のためにいつでも小奇麗な恰好をしてたのに、実際に再会してしまったその時に限って安いサンダルを履いてた、という話なんですが、『話しかけたかった』は髪がはねていたので話しかけられなかったという話、全然違いますね。


さて、総論として、80年代アイドル特に女性アイドルとはなんぞやという話です。

アイドルと言う言葉が出始めたのは、70年代初頭、1962年フランス映画に『アイドルを探せ』というものがありますから、それ以前からスターの置き換え語としてアイドルと言う語はあったのかも知れません。アイドルとは何ぞやと言えば、それは芸ではなく、存在によってファンの憧憬を集める存在、そのうち、特に歌や演技を表芸にしている人たち、ではないかと思います。

天地真理以後の言葉だろうと思いますが、それ以前からアイドルと言うべき存在はいたわけですが、彼らはスターと呼ばれていました。しかし表芸としては、俳優歌手であるわけで、最初期のアイドルである天地真理小柳ルミ子らは「歌手」がメインであって、アイドル性は付加価値でした。その付加価値肥大化したのがそれ以後の流れです。

ここで男性アイドルに簡単に触れておきますが、男性アイドルはなかなかビジネスとして成立しにくい傾向があります。これは単純に、女性女性アイドル消費者になるけれども男性男性アイドル消費者にはならないからです。この構造は基本的には変わっていません。ジャニーズ事務所市場を寡占することで、規模の利益を上げているだけです。70年代男性アイドルのうち、ビジネスとして成立したのは新御三家フォーリーブスくらいでしょう。80年代には市場を寡占したジャニーズでさえ、ソロ売りは難しくなり、近藤真彦以後、ソロで売ったのはほとんどいません。

アイドルが、存在自体でスター性を獲得するのが特徴だとすれば、本格的にアイドル時代が訪れるのは、石野真子大場久美子榊原郁恵あたりの世代からです。山口百恵桜田淳子ではまだ歌がうますぎます。

そう言えば、以前、NHKの番組で、さだまさしが司会をしていて、歌を作りましょう、みたいな講座があったのですが、あなたが作った歌をプロの歌手が歌いますと言っていて出てきたプロ歌手西村知美だったのでのけぞったことがありました。それ単に、さださんの仲良しで選んでいるだけでしょう、と思いました。西村知美も確かにプロ歌手と言えばプロ歌手ではあるわけです。しかしプロ歌手と言う言葉と彼女の実態は大きくかけ離れています。そういう意味では南野陽子西村知美新田恵利らが出てきて、アイドルが完成したのだと言えます。

80年代アイドルは、芸人として表現者劣化した時期かと言われればある程度はそうです。劣化すること自体に意味があったわけではなく、付加価値のウェイトが強まった結果、歌唱力のウェイトが弱まったのです。そういう中で、トップアイドルたちは、アイドルとして「見せる」方向に特化していきました。


アイドルはなぜいなくなったのか。

いや、今でもいるよ、という声はあるかも知れません。しかし、彼らは明らかに80年代アイドルとは受容のされ方が違います。どう違うのか。

本田美奈子が「私はアーティストです」宣言をした時、松任谷由実が「本田がアーティストなら私は神様だよ」と本田のアイドル性を揶揄して言いました。この時すでに、アーティスト性の方がアイドル性よりも上という認識が両者にあった、ということになります。この話はこれでおしまいではなく、音楽雑誌ライター松任谷のこの発言を批判して、「自分だってアイドル時代があったのだから他人のことをとやかく言える立場か」と書いたところ、松任谷は「私にはアイドル時代なんてないんだからね!」と激怒していました。そりゃそうでしょう。松任谷ソングライターにはなれてもアイドルにはなれません。

おそらくそライター竹内まりやあたりと勘違いしていたのではないかと思います。アイドル不在の70年代末期、いわゆるアーティスト系の女性シンガーアイドルのように遇された時期がありました。竹内まりや桑江知子、それとこぶ平のお姉さんとかです。このことは、エンターテイナーとして実力があることと、アイドル性は決して矛盾しないことを示しています。90年代以降のミュージックシーンは、70年代への回帰アイドル性とエンターテイナー性の両立が生じました。

まり純粋アイドル性が生じたのは80年代のみと言っていいかと思います。AKB48エンターテイナーとしての水準が低いのは、80年代集合アイドルであるおニャン子クラブ模倣しているからです。


英米圏にもニューキッズオンザブロックとかバックスリートボーイズ、ベイベベイベと歌っている子とか、アイドル性の強いタレントはいます。しかエンターテイナーとしての水準が極端に低く、そのため純粋アイドルとして成立しているタレントほとんどいません。現在K-Popでも、アイドル性を訴求しながらも歌唱ダンス、肉体表現おいて、プロの水準に達していて当たり前です。80年代日本おいてのみ、純粋アイドルが成立した、これは特異な現象ではないでしょうか。

もちろん80年代アイドルでもほとんどはエンターテイナーとしての水準が高く、その高度なアーティスト性のために聖子明菜純粋アイドルとは言えないでしょう。しかし彼女たちの付加価値はあくまで当初は付加価値であり、商品としてのコアはアイドル性にありました。「まず歌手であり、次にアイドルであることと「まずアイドルであり、次に歌手であることは似ていながら全然違います。このアイドルという現象がなぜ80年代日本で進んだのか、なぜ90年代初頭に終焉したのかを考えると、私が思うに、70年代末期から80年代にかけて、日本人国民的自信が強まったこと、同時に世界標準への憧れが消えたこと、その結果、日本的な「縮み志向」が進展したこと、バブル崩壊とともにその前提条件がなくなったこと、等々が要因ではないかと推測しています。


では、一応ここまでにしておきます。長々とありがとうございました。

2013-09-04

承前

http://anond.hatelabo.jp/20130904155613

あまちゃん』の配役が面白いなと思うのは、80年代女性のある種の典型が描かれているからです。

天野春子キャリアおい挫折した、しか挫折たか結婚して子供を得た。

鈴鹿ひろみキャリアをまっとうした。しか子供は出来なかった。天野アキに、可能性的はいたかも知れない自分の子供を投影するしかない。

薬師丸ひろ子には全共闘世代から流れてきたジェンダーフリー的な雰囲気があると指摘しました。それがジュヴナイル的なるものの正体だと。しかし人はいつまでもジュヴナイルにとどまってはいられません。キャリアをとるか、子供をとるか、それがその後の80年代女性に突き付けられた二者択一の選択です。天野春子鈴鹿ひろみはこの意味おいても裏表の関係になっています

鈴鹿ひろみ薬師丸ひろ子自身をモデルにしている印象があります


歌手になることは難しいのですが、歌手であり続けることはさらに難しい。ほとんどのアイドル歌手キャリアを重ねるにつれ、歌手から撤退し、女優に移行しています。ただ、いったん売れてしまえばビジネスとして歌手の方が旨味があるのも確かです。桜田淳子歌手に早くに見切りをつけて、女優として一応の名声を確立しました。まだそこそこ売れていた時に歌手から撤退したものですからもったいないという声もあったのです。映画一本作るのには何百人、何千人が関わりますが、CD制作コンサートでは関係する人数がはるかに少なくて済みます。それだけ一人頭の取り分が増えるということです。桜田淳子結婚後、芸能界事実上引退して、今では彼女収入で一家が生活しているようですが、歌手には歌唱印税が入りますから彼女クラスになれば働かなくても一家が生活できる程度の収入は見込まれます。これは役者より歌手が恵まれている点です。

薬師丸ひろ子は元が女優ですから歌手活動に一区切りがつけば女優に専念するのは当然なのですが、ずいぶん長い間、テレビドラマには出演しませんでした。キャリア最初期、70年代にはちょい役で出た経験はあるのですが、それ以後、1997年の『ミセス・シンデレラ』までテレビドラマに出演例はありません。テレビドラマ映画の違いは何よりもまずその長さにあります映画は長くても2時間テレビドラマはワンクールでも延べで言えば9時間以上になりますから、掘り下げ方が違ってきます連続テレビ小説では延べで39時間になります映画が引き算ならテレビドラマは足し算、アプローチも違ってくるのです。

生活のためで言えば薬師丸はおそらくもう働く必要はないでしょう。蓄えもあるでしょうし、歌手として定期収入もあるでしょう。映画に拘って、映画女優としての人生をまっとうする生き方も選べたはずですが、そうはしませんでした。2000年代に入って、薬師丸は積極的にテレビドラマに出演していますが、当人が女優と言う仕事のものに、別の角度の意味合いを見出したのかも知れません。

薬師丸ひろ子1991年玉置浩二結婚、そして1998年離婚していますが、恋愛に関する報道が少ない人です。これもジェンダーフリー的な意味いから来ているのかも知れませんが、玉置浩二と言う人選はいかにも薬師丸らしいと思ったものです。玉置浩二安全地帯80年代日本ミュージックシーンをリードした一人ですが、なまじテレビで売れたために、かえってアーティストとして評価される機会が少ない人ですが、ソングライターとしては(そう、ソングライター、としては)まごうことなき天才の一人です。彼の人となりを知っていれば、なんでまたああいう男と、という疑問が生じなくもないのですが、才能に惚れるタイプ女性もいるものです。ただ、結婚はままならない他人との共同生活ですから、最終的には自分が折れるか相手が折れるか、双方が折れるしかありません。玉置浩二のような人であれば、何よりも自分の才能が大事で当たり前なのですから、当人同士の好みは別にして、自分を押し殺せる人が相手でないと結婚生活は無理です。あれで薬師丸は結婚は無理、自分には要らないと思ったのかも知れませんが、選んだのが一番、劇薬に近いタイプですからね。まだ先の人生は長いのですし、こうと決めつけてしまって人生の幅を狭めて欲しくない、他人事ながらそう思います


最後にもう一度、『あまちゃん』の話をしましょう。あの中で天野春子は「主演が一番楽。全部自分に合わせてくれるので演技力が要らない」と言っています。まさしく真理です。実は薬師丸はデビュー以来ずっと主演、もしくは準主演の形で映画出演を続けてきました。映画Wの悲劇』ではチャンスを必死に求める下積み女優を演じていますが、公開当時のインタビューでは、「自分はずっと主演だったので、そういう下積みの人たちの心理が分からないところがある。今回演じてみてそう言う人たちって大変なんだなと実感した」と何気なく述べていますが、下積みの人たちからすれば相当カチンとくる発言でしょう。この無意識ぶりが、薬師丸が徹底して主演の人、最初から王道の中でキャリアを積んできた人だと物語っています。薬師丸はずっと主演だったために、演技が上手いとか下手だとか、そういう部分は焦点があてられずに来たのです。海のものとも山のものとも知れない時から相米慎二に鍛えられたわけですから、これ以上贅沢な環境ちょっと考えられません。マリー・アントワネットが少し入っている発言ですが、マリだってハプスブルク家に生まれてフランス王妃になったのは彼女が選んだわけではないので、そこをどうこう言われても困るでしょう。

薬師丸は日本映画産業おいてこれ以上は無いという環境キャリアを築きました。それは反面、彼女自身の役者としての技量に誰も注目してこなかったということを意味します。

今回、『あまちゃん』では演技においては神がかり的な技量を持つ鈴鹿ひろみを演じています。その鈴鹿ひろみ女優として本領を発揮する場面を、薬師丸が演じるという二重構造の中で、演技において卓越した鈴鹿ひろみが演じる姿を演じるという、『』付で切り取られた形で、私たちは薬師丸の演技力のものすごさを目の当たりにしました。それは彼女寄りにあらかじめ作られた数々の主演映画では見られないものでした。

彼女もまた、80年代の遺産の一人なのです。

2013-08-25

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子

80年代女性アイドル格付

http://anond.hatelabo.jp/20130821065806

を書いたマスダです。80年代女性アイドルについて語り倒したくなったので、順繰りにそれぞれの女性アイドルについて話してみたいと思います

今日松田聖子について。


松田聖子デビュー曲は「裸足の季節」、そのB面曲は「RAIMBOW~六月生まれ」と言う楽曲です。

どういう事情でこのB面曲が選ばれたのか、ちょっとした謎ですね。デビューシングルと言えば、売出し中のアイドルにとっては名刺みたいなもんじゃないですか。そのB面曲が「六月生まれ」だったら、普通は、ああ、この子は六月生まれなんだなあって思いますからね。でも実際には聖子3月10日生まれ、早生まれなんですね。この早生まれ、ということを初期の聖子は最大限に活用しています

三作目のシングル「風は秋色」はB面曲(扱いは両A面扱いですが)が「EIGHTEEN」で、聖子の初期の代表曲の一つです。

あーここでついでに言っておきますが、聖子シングルのB面はA面よりもむしろ優れた楽曲が多くて、ファンから強く支持されているのもB面曲が多いですね。何といっても「SWEET MEMORIES」が「ガラスの林檎」のB面曲なんですから。主演映画の主題歌だった「花一色」や「夏服のイヴ」がB面だなんて、他の歌手では絶対にありえないですよね。

で、「EIGHTEEN」を歌っている時、彼女は実際に18歳だったのですが、早生まれなので学年で言えば、「19歳」なんですよね。山口百恵は19歳の時には「プレイバックPart2」を歌っていました。そして21歳の時に引退しました。山口百恵脱アイドル路線を進み、既にその前年に嫁に行く娘の母への気持ちを「秋桜」で歌っていたことを踏まえれば、普通はもうアイドル路線から転換するような年齢で、聖子アイドルを開始したということになります

既に高校卒業して、社会人としてアイドルデビューをした松田聖子でしたが、「高校三年生の年齢である18歳」を強調することで、ファン層である中高生との乖離を極力狭めようとした、「EIGHTEEN」という楽曲にはそういう意図が感じられます


聖子高校1年生の時にミスセブンティーンコンテスト歌唱力を認められ、CBSソニーが直ぐにでもデビューさせたいとアプローチをかけます彼女サンミュージック所属でしたが、レコード会社が発掘したアイドルなんです。CBSソニーサンミュージック綱引きをしたら、聖子はあくまでソニータレントです。このことがアメリカ進出の際、亀裂となって生じるのですが、それはまた別の話です。

聖子デビューが遅れたのは、父親を説得するのに2年を費やしたからです。14歳デビューした山口百恵らはさすがにデビューが早い方ですが、アイドル普通は16歳前後デビューます田原俊彦は19歳でのデビューでしたが(学年で言えば実際には20歳でのデビュー)しばらく年齢を詐称していたように、18歳以降でのデビューアイドルとしては年齢が立ちすぎていて、著しく不利です。

いいよいいよで済ます家庭で育っていれば、聖子デビュー石野真子と同期、1978年になっていたはずです。2年デビューが遅れたのは後から見れば実にラッキーだったのですが、おそらくその2年間は聖子人生の中で一番悶々としていた時期だろうと思います


娘が芸能界デビューしたいと聞いて、まずまともな父親なら反対が先に来ると思います。決して内実は美しい世界ではありません。暴力団などに食い物にされている人もいます。横目で見ていて、そんなことに娘が関わって欲しくないとまともな父親ならばそう思うのではないでしょうか。娘が芸能界に入りたいと言って、これで一儲けが出来ると思うなら、いいよいいよと父親は言うでしょう。問題は果たしてそう言う父親がまともな父親かどうかです。

芸能界に入る時に父親に反対されたというアイドルほど、荒波を乗り越えてタフなように見えます。それは最後の砦である家族を信じられるからです。家族を信じられるのは家族がまともだからです。松田聖子にはこの、「父に愛された娘」としてのタフネスがあります。それは中森明菜が結局手に入れられないものでした。


デビューが遅れて良かったのはまず第一に黄金期にあった山口百恵キャンディーズピンクレディーらと競合せずに済んだことがあげられます。本来、ポスト百恵世代は、石野真子榊原郁恵大場久美子らが担う位置にありましたが、彼女らは既に聖子デビューした時には息切れしていました。78年にデビューしていれば聖子もそうなった可能性があります聖子百恵の活動時期は殆どかぶっていなくて、百恵引退直前に聖子挨拶に行った、くらいの関わりです。百恵が不在になって、いなくなったのは百恵だけではなく、めぼしい女性アイドルたちもそうでした。80年組が豊作の年と言われるのは、女性アイドルたちが不在で、80年組がまたたくまにその空間を埋めたからです。

80年組が活発な活動を続けていた81年には、逆に女性アイドルが出てくる余地が無くて、81年組は近藤真彦竹本孝之沖田浩之などの男性アイドルは輩出されましたが、女性アイドルには本当にめぼしい人がいません。伊藤つかさだけですね。

70年代60年代の延長ですが、80年代は新しいステージに入りました。戦争を知らない子供たちどころか石油危機を知らない子供たちが青年期を迎え、先進国日本しか知らない若者が世相をリードするようになりました。

70年代末期には、海外ご当地もの楽曲が数多く出ました。「とんでイスタンブール」とか「サンタモニカの風」とかですね。海外ご当地もの聖子も数多く歌っていますが、日本若者は行こうと思えば気軽にそこへ行けるようになっていたのが70年代と異なっていますハワイグアムではもはや歌の舞台には陳腐になっていて、聖子海外ご当地ものはより遠くへ、穴場へ行く傾向にありました。グアムではなくセイシェル、ロスではなくマイアミカリフォルニアディズニーランドではなくニューヨークコニーアイランド

聖子の歌には、特に初期には憂いのようなものはなく、ふわふわとしたポップな高揚感がありましたが、80年代はそれをファンタジーではなく、普通のことにする時代でした。あの時代日本人はすべて、準超大国であった日本という国家を背負っていたのです。

聖子はその象徴になりましたが、それは78年にデビューしていればたぶん不可能なことでした。


裸足の季節」がスマッシュヒット、「青い珊瑚礁」が大ヒット、続く「風は秋色」という地味な曲が80万枚を売り上げたことから(今の感覚ではたぶん倍の枚数で考えればちょうどいいんじゃないかと思います。だから160万枚)、聖子なら何でも売れることがはっきりとしました。

続く「チェリーブラッサム」は最初のターニングポイントになった楽曲です。続いて「夏の扉」「白いパラソル」と財津和夫作曲を手掛けますが、財津和夫の流れからJ-POP原理主義とも言うべき、「はっぴいえんど」人脈とのつながりが出来て、松田聖子楽曲アイドルの枠を超えて、日本ミュージックシーンでもにわか実験的な色彩を強めていきますアルバム風立ちぬ」はこの時代もっとアグレッシヴアルバムであり、日本音楽史上、聖子楽曲は単に売れている、という以上の意味を越えて特筆すべきものになりました。売れているから何でもできたのです。

チェリーブラッサム」は初期シングルの中では最高傑作との評価も高い楽曲で、人気も高いのですが、歌うのはかなり難易度が高い曲です。聖子はその後も「いちご畑でつかまえて」のようなあり得ないような難しい楽曲をわりふられて、楽々と歌っているばかりか、生放送で披露して作品世界観までしっかりと表現しているのですが、まず普通の歌手には真似できないことです。第一に何でも売れる、第二に何でも楽々と歌える、という二つの条件が揃ったことにより、一種の「聖子解放区」なるものが出現し、日本トップアーティストたちがこれでもかと腕を振るって練りに練った楽曲提供し、ソングライターにとっての桃源郷聖子という媒体を通して出現します

その契機をつくったのが財津和夫であり、「チェリーブラッサム」でした。聖子自身は当初、この楽曲に拒否反応を示し「こんなのを歌っていては駄目だわ、と思った」と述べているのですが、それはアイドル歌謡の枠からあまりにも外れていたからでしょう。

聖子はなりたくてアイドルになっただけに、アイドル的なるものが好きでした。聖子80年代初めに、ふわりとした髪型(いわゆる聖子ちゃんカット)、ロココ趣味ドレスという天地真理スタイルを復活させた人ですが、当時は既に山口百恵後期のスタイリッシュ大人の女性路線を経ていたために、下手したら冗談と受けとられる可能性がありました。そんな恰好をするのはもはや聖子だけだったのです。その後、聖子ブレイクした結果、猫も杓子もエピゴーネンになりましたが、その時にはもう聖子はそうしたスタイルをやめていました。


そして「赤いスイートピー」で作詞・松本隆作曲呉田軽穂松任谷由実)のコンビが実現するのですが…。

松本隆80年代代表する作詞家で、トップアイドルたちのほとんどに詞を提供しています。上位から8位までのアイドルたちで言えば、中森明菜に「愛撫」「Norma Jean」、小泉今日子に「魔女」「水のルージュ」、薬師丸ひろ子に「Woman~"Wの悲劇"より」、中山美穂に「派手!!!」「JINGI~愛してもらいます」、斉藤由貴に「情熱」を提供しています

特に中山美穂については初期にプロデュースも手掛けています

しか松田聖子プロデューサーとしての活動が著名で、松本隆と言えば松田聖子松田聖子と言えば松本隆といってもいいでしょう。「秘密の花園」は元は別の人が作曲していたのですが、松本隆が気に入らなかったので急遽、作曲者松任谷由実に替えています松田聖子プロジェクトおいてはそういう権限を持っていた人です。

松任谷由実アーティストとしての全盛期を、荒井由実時代に求める人は多いのですが、私は松任谷由実になってから7年間、アルバムで言えば「紅雀」から「DA・DI・DA」までがソングライターとしての全盛期だと思いますセールス的にはその数年後に絶頂が来るのですが、セールス的な絶頂が来た頃にはソングライターとしては下降期に入っています。そのソングライターとしての全盛期がまさしく彼女松田聖子プロジェクトに関与した時期で、さすがにどの曲も珠玉の傑作ばかりです。

赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「小麦色のマーメイド」「Rock'n Rouge」「秘密の花園」「瞳はダイアモンド」「時間の国のアリス」が松任谷由実松田聖子提供したシングルA面曲になります。B面曲/アルバム曲では「制服」「レモネードの夏」「蒼いフォトグラフ」「恋人がサンタクロース」などが有名なところでしょうか。彼女ソングライターとして全盛期だった松任谷由実楽曲を歌うことで、松任谷由実エピゴーネンになる危険を冒しました。ユーミンサウンドのチャンネルひとつ、になってしまう可能性があったのですが、そうはならなかったのは、第一に二三の例外を除き、松任谷由実セルフカバーしていないから、そして、松田聖子が独自の歌唱で、世界観をくっきりと提示したからでしょうか。

これは彼女楽曲カバーしたアーティストの歌を聴き比べればはっきりとしますカバーアーティストたちはプロですからそれぞれに上手いのですが、聴き比べればやはり聖子歌唱が圧倒的に優れているのが分かります。これは単にオリジナルシンガーというだけでなく、楽曲世界観を提示する能力が卓越しているからです。

彼女洋楽日本語版をカバーして歌っていることも多いのですが、それらはオリジナルよりもよほど強い輪郭を持っています

松田聖子は演技は致命的に下手ですが、歌の中にドラマを作り上げる技量は他の追随を許しません。いわゆる歌が上手いと言われる人、例えば美空ひばりは、彼女自身が器楽として優れているのであって、実はその歌は、世界観を味わうというよりは、音楽としての歌を楽しむ、実はより純粋音楽の方向に寄り添っています松田聖子は歌を映像として見せる技量に秀でているのであって、その圧倒さは唯一無二のものです(対照的に中森明菜器楽寄りの歌手です)。


はっぴいえんど」人脈によって松田聖子というアイドル楽曲風景歴史的ものになったのですが、松田聖子自身は本来はそちらの性向ではなかったのでしょう。「花一色」は文芸映画「野菊の墓」の主題歌で、やはり数多くの文芸映画に主演した山口百恵の中期の路線を思わせる楽曲でしたが、しっとり日本の情感を歌い上げています彼女自身はそういう、「大人」の路線にシフトして行きたかったはずですが、松田聖子プロジェクトが圧倒的な成功を収めたために彼女自身、その成功に圧倒されていきます

チェリーブラッサムを歌いたくなかった」

という言葉は実は、「案外、自分のことはわからないものだ」という自己反省の文脈で語られています自分よりも周囲の方が案外分かっているのではないかチェリーブラッサムはそういう教訓を彼女に与え、彼女自身、松田聖子自己模倣していきます

アイドル時代キャリアの後半になるにつれ、子供っぽい、可愛い歌の傾向に拍車がかかるのは、その表れでしょう。「時間の国のアリス」「天使のウィンク」「ボーイの季節」は過剰な少女趣味が行き過ぎていて悪趣味ですらあります

ほとんど自らの巣に絡まる蜘蛛のような、自虐的とも言えるまでに肥大化してゆくアイドルとしての松田聖子の路線に、松田聖子結婚休業をすることでけりをつけるのです。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん