「シャッター」を含む日記 RSS

はてなキーワード: シャッターとは

2020-05-21

梅田報道の人に無断で写真をとられた

久しぶりに梅田友達ご飯を食べに行くことになった。

東通りを歩いていると、大東洋の前で、報道の腕章をした女の人がカメラで通りを写真を撮っていた。

それだけだったら気にならないのだけれども、大東洋の前を自分が通ったときにだけシャッターを押していたのが気になったので、写真を消してくださいとお願いした。

報道の人は、あなた達を撮っていませんからと言ったが、確認させてくださいというと、面倒くさそうに、カメラを隠して、知らないふりをした。

それ以上は追求しなかったけど、写真を使われたら嫌だなぁと思ったし気持ち悪かった。

今度からカメラ構えてる人を見つけたら映らないように避けようと心に誓いました。

2020-05-11

開店前のスーパー入り口行列ができている。

いく組かのみるから馬鹿そうな夫婦スマートフォンをいじりながら待っている。

ひとりはマスクで鼻だけ覆ってタバコをふかしている。

ひとりはマスクをひっぱり顔からはなして咳き込んでいる。マスクが汚れないようにしているらしい。

店のシャッターが開き始めた。

行列は店内に突撃をはじめた。

開ききっていないシャッターなかに中腰でもぐり込むがガラス扉にぶつかってよろめく女がいる。

運よく開いたガラス扉に向かった夫婦は四つん這いになって奇声をあげながら店内に入っていった。

小麦粉お好み焼きの素でも買うのだろう。

2020-05-10

尾久は奥

東京の中でもなぜ北側コロナウイルス感染者が少ないのか話題になってたが、行ってみたらそれはあたりまえのことだとわかる。わりと店が多い田端新町大通りを夜に歩くと、週末でも人がほとんどいない。隅田川を挟んで足立区との境にある尾久(おく)まで行くと、さらに静かで薄気味が悪いくらいだ。

西尾久にいる女の所へ通っていた頃、なんでわざわざここに住んでるんだと聞いたことがある。

別に。静かだから

突き放したようなものの言い方をする女だった。こちから迫っていくと拒むことはなかったが、いつもどこか醒めている感じがした。身体を繋いだ後にも余韻というものがなくて、すぐにテレビをつけたり、ベッドを降りて煙草を吸ったりした。そのわりには定期的に連絡をしてきてこちらの予定を尋ねるのは向こうの方からだった。

そういうこともあるんだろう、と思って漫然と関係を続けるくらいには自分は打算的だったし、未熟でもあったわけだ。

私たちはよく歩いた。夜、西日暮里で降りて東北本線沿いに尾久まで歩くこともあった。石垣のような高架沿いにぽつぽつと話をしながら進むと、幾重にも重なった線路電車しか見えない、ひらけた場所に出る。

歩き続けて、身体ランナーズハイみたいな軽さを感じはじめた頃に彼女の部屋に着く。部屋に入ると電気をつけ、テレビをつけ、どちらからともなく先にシャワーを浴びてから寝た。

ずっとこういう生活ルーチンワークのように繰り返していて飽きないのかと思って、もう少しデートらしい外出を持ちかけてみたこともある。浅草三社祭を見たことがないというから、今度行ってみようかときいてみた。

「そういうのはいいよ」

「どうして」

「思い出になっちゃうから

何がいけないのか。こうやって、部屋でビールを飲んでることだって、あとで思い出したらそれは思い出じゃないのか、と私は詰めてしまった。自分は一緒に思い出を作るに値しない人間だと暗に言われているような気もして、少しカチンときたからだ。

彼女は黙ってから、「思い出なんて、贅沢だよ」と小声でいった。

こちらに横顔を向けたまま、彼女は缶からビールを飲み続けた。

「ごめん、今日は帰ってくれる」

部屋を追い出されて尾久の駅まで歩く間、通り過ぎる店はことごとくシャッターを下ろしていた。酒屋の前には白い猫が座っていて、すれ違いざまに首をかく音が聞こえた。

それから間もなく、柏のデイケアセンター介護仕事を見つけたとかで、女は千葉引越していった。互いの近況を知らせる連絡も、どちらからともなく途絶えた。尾久に行くこともなくなってしまったけど、夜の静けさと暗さ、しらじらと蛍光灯が灯っていた彼女の部屋をいまだに思い出すことがある。

2020-05-09

だいぶ営業再開する店が増えてきたようだ。

近所を散歩すると、だいぶシャッターを開けている店が増えた気がする。皆まだ用心しているようで、元々人気のある店以外はあまり客が入っていないようだが、「営業自粛要請」という経営者自殺を強いるようなことをしておいて、店が潰れたら自己責任みたいな理不尽な状況が減れば良いなと思う。

GWが終わったか感染リスクが突然減る訳じゃないと思うので、店が営業再開したからと能天気に飲みに行ったりするのもどうかと思うけど、時短営業したり座席を離したり店内を消毒したりという努力をしたうえで営業したい店は営業再開して大丈夫雰囲気になったのは良いことだと思う。

お気に入りだった店が「当面営業休止します」という貼り紙をしたまま店を開ける気配がなかったり、昔からあった洋服屋が気がついたら商売を止めて店が空き家になってしまっているのを見ると切ない。5月が終わったらもう少し店が営業再開して賑やかになるんだろうなと期待しているが、そこまで持ちこたえられない店もあるだろう。

さな立ち飲み屋で、常連客らしいのがいっぱい入って談笑してるのを見ると「お前ら大丈夫か?」とは思うが、基本的に店に入るかどうかは客に選択権があるんだからコロナ菌に感染したくない人はヤバそうな店に入らなければ良い。

非常事態とはいえ、「店が営業していると客が入りたくなるから営業するな」というやり方はあまりにも強引だった。週が明けて保健所病院がフル稼働を開始してから感染者数が見ものだが、営業自由制限するのはほどほどにしないと自営業者経済的死ぬぞ。

2020-05-08

こんなのは終末ではない

僕たちは十代の頃から終末思想かぶれて生きてきた。

ここでいう終末思想は「安全場所から人が死んでいくのをエンタメとして楽しむ」くらいの意味だ。

そういう意味では僕たちにとっては良い時代だった。

地下鉄サリン事件

阪神・淡路大震災

911アメリカ同時多発テロ

東日本大震災

福島第一原子力発電所事故

その他諸々、何処か遠くの国名も聞いた事のないような地で起こる、テロ紛争事件

それらを僕たちは常にエンタメとして楽しんできた。コーヒーを飲みながらワールドトレードセンターが崩れ落ちるのを見たり、東北の町が濁流にのまれて消えていくのをベッドに寝転がりながら眺めたりしていた。

この世界では、老いも若きも悪人も善人も関係なく無慈悲に命を奪われてしまうのを学んで、ほんの少しの畏怖を世界に対して覚え、自らの安全幸運確認してきた。

これまでは。

そう2020年、ついに終末が僕らの街にもやって来たのだ。新型コロナウイルスの名とともに。

一見これは完璧な終末に思える。

シャッターの並ぶ繁華街乗客のいないバスが道を行きかい、誰一人いない広場デジタルサイネージが青く染める。

たまにすれ違う人は皆マスクを付けていて、顔色は窺い知れない。その眼は一様に虚だ。

だが、どこか変だ、と君も思ったはずだ。これは違う、と。僕もそう感じている。もう気付いてしまった、いや最初から分かっていたのかも。これは僕たちが待ち望んだ終末ではない。

武漢が閉鎖された一月末からイタリアの死者数が一万人を超えた三月末までは確かに僕もワクワクしていた。アジアの片隅で生まれたこ新型コロナウイルス鉄壁に思われたヨーロッパを陥落し、医療保険脆弱合衆国で猛威を振るい、灰色平和未来永劫続くかのようなこの国にも混沌をもたらしてくれるのではと、そう真面目に考えていた。

もちろん僕にも君にも生活仕事があり、巻き込まれれば僕自身無事では済まない。しかしそれ以上に、日常破壊される快楽に身を委ねる喜びへの期待が大きかった。台風を待ちわびる子供のように、後先も考えずただ非日常へと連れ去ってくれる大きな力を望んだ。

でも終わってしまった。すべて解ってしまった。タネの明かされた手品のように、読み終えた探偵小説のように、ただ歴史けがそこに残った。

こんなのは終末ではない。パラダイムシフトですらない。すべてが元に戻るだろう。やがて国境は開かれ、人々は移動を再開するだろう。しばらくはマスク着用が常識となって、誰もがソーシャルディスタンスとやらに勤しむだろう。変化に対応できない企業は消えていく。平時も同じことだ。

世界大恐慌以上の不況がやってくる?今のところ株価はそう言ってないようだ。無人店舗デジタル化が推進される?僕たちはすでにそっちの船に乗ってるんだ。何を今更言ってるのか。

期待していただけに、偽物をつかまされたような諦め混じりの失望感けが残った。

2020-05-05

社会人になって1ヶ月の新卒だけどコロナパニック収束しないでほしい

社会人に一応なって1ヶ月が経ったいま考えていること。

 この記録を残すのはまず、歴史教科書に載るような大変化がいま起っているのが確実であり、その変化の渦中にいた自分の考え、当時の生活を、あとから振り返ることができる手がかりを残したいと思ったから。この背景には、東日本大震災の時に、自分日記などをつけていなかったせいで当時の自分自分を取り巻く状況についての主観的情報確認する手段が、曖昧記憶を辿る以外になく、勿体無かったと感じたことがある。東日本に関しては、震災を機に自分の中の価値観が大きく変わったという人をこれまでに少なく無い数見てきたが、自分にはそうした変化は見られなかった。直接の被害を受けていない地域に住んでいたこと、当時まだ高校生と若かったこともあるが、社会の状況が自分の核になる部分に影響を与えるということのイメージ自体がうまくわかなかった。そしてそれは今も変わっていない。

コロナウイルスの起こした混乱で、2020/5/5の現在は多くの人が不安を抱えている状況で、

緊急事態宣言の期間が延長されたこともあって、不安絶望に変わった人も少なく無いと思う。

自分就職した会社ももちろんダメージがあるが、ここ数ヶ月のうちに会社がつぶれたり解雇される社員が出たりという状況にはならない。

接触を8割減らせ命令に従っていることもあり、自分部署はだいたい週一出社くらいになっている。

当初予定されていた集合研修は中止になったし、歓迎会も一度も開かれていない。というか同じ部署の人ですらまだ全員に全然会えていない。

業務内容の説明なども大して受けないまま、部署に配属されたり、研修やその後の飲み会で同期や先輩たちと仲を深めることができていない状況をさして、社内で会う人会う人に「大変だったね」「かわいそうだ」などと言われるけど、自分にとってはこの状況は幸運以外のなにものでもない。

就職すること、会社で働くことが本当に嫌だったからだ。

嫌なんてものじゃなく、恐怖だった。

社交不安障害を抱えている自分にとって、人が多く集まるようないわゆる普通オフィスでの仕事苦痛のものから

うつ状態が加速すること、体調が悪化することがほぼ確だと思っていたし、そうした思いの中、入社までのカウントダウンの日々を過ごしていた自分には

絶望しかなかった。自分に明らかに合っていない会社で働くこと、そして現状の日本会社ほとんどが自分に合ってないことそうした確実な未来から目を背けてモラトリアムの終わりをかみしめていた。

街を歩くと三密業態の店は軒並みシャッターを下ろしているし、身の回りでも明らかにダメージを受けてる人が多くてみんな本当にきついと思うんだけど、自分にとっては今回のコロナ禍は本当ありえないレベル僥倖だ。人生最大の絶望が、歴史感染症流行によって救われている。執行猶予を与えられている。

この状況が続けば、というかもうすでに大不況確定だろうし自分給料も前予想していたみたいには上がらないんだろうけど、そうでなくても自分はどうせ社会人として長く持たないだろうという諦めを持っていたか社会パニックに陥ってもそれと連動して自分不安や恐怖を感じたりしない。ある意味社会から切り離された無敵の人に近い状態だ。

自分無敵の人状態にあること。

自分就職が本当に嫌だった。大学生という時間に余裕のある身分でなくなることもかなりきついが、なにより自分個人が抱えている問題によるところが大きい。

じぶんは恐らく社交不安障害だ。人が多く集まる場に長時間拘束されることや、たとえ一対一でも他人と長時間一緒にいることがきつい。

不自由さが精神的にきついということもあるが体に症状が出てしまう。具体的にはお腹が張ったり鳴ったり、下痢が止まらなくなったりだ。

他にも症状の出方はいろいろある。声が震えたりとか。体臭が気になるとか。

どれか一つだけでもQOLは大きく低下するけどそれらのダブルパンチどころかトリプル以上のパンチを食らっている。

こうした症状が出やすい場面を避けることでなんとか生活できているけど、逆に言えば苦しみを回避するために行動の幅が、人生の幅が大きく狭まっている。

大学の横並びの長机の真ん中の席なんかは座れない。教授から、そこ詰めるように、なんて言われた日には結局すぐに耐えられなくなって

トイレ屋上に逃げていた。

症状それぞれに一応対処法はあって、具体的には病院でもらった薬を飲んだり、生活上気をつけるように言われていることをきちんと実行して、その効果の様子を見て一喜一憂している。

でも確実なのは、人目を気にしてしまうことが症状の根本的な原因になっているということだ。

匂いを完全に吸収して外に出さなパンツを履いたり、最高に合う薬を見つけても根本解決にはならない。

こうした社交不安障害の症状にはさまざまなものがあるけど、すでにこの障害を抱えている者にとって不都合現実として存在するのが、一度こうした症状を抱えると、ほかの分野にもそれが飛び火してしま可能性が高いということだ。いまは大丈夫でも、自分もいつか他の人が苦しんでいるような症状で新たに苦しむようになる可能性はゼロではない。実際、自分思春期発症して以来、この手の厄介な症状はその発生分野が広くなっている。中にはほとんど気にならないようになたものもあるけど、逆に前は平気でできていたことができなくなったりもする。

自分のこの問題を考えれば、就活の段階で明らかにいわゆる三密の職場は避けるべきだった。

でも大企業ホワイトカラーの多くは結局一部を除いて三密のオフィスで働いている状況で、時差出勤とかリモートが定着している会社意識の高い人が多く、それはそれで自分に合わなかった。

就活の時期に精神的に萎えていた自分は結局普通に良さげな大きな会社をいくつかうけて、受かってしまうとそこが自分に向いてないと分かっていながら就活をやめてしまった。

2020-05-04

anond:20200504111130

なんとか、生きてる。もう死んでいるのかもしれないけど、2年生きた

コロナダメ押し 経済もだいぶ死んだな

開かないシャッターも増える

どうせよ

3万あれば。。。っていう、葬式言葉

どうして、コロナ申請しなかったのとでも言われるんだろうよ

2020-05-03

正直、外出自状態の方が心地よい。

 店はどこもシャッターを閉めやっていない。外を出歩く人はまばら。BBQをしたらマスコミ一般人Twitterで晒される…。そんな外出自状態だけど、意外と自分はこの状況心地よいと感じてしまう。あまり大きな声では言えないが。

 将来の不安はないとは言えないけど、自分の力でコロナを封じ込めることはできないし、自宅で心置きなく引きこもっている。「家にいて何もしないこと=人生が充実していなくて無駄時間を過ごしていることではないか」という後ろめたさがあったのに、家にいるだけで人の役に立つなんて言われている始末。こんな正々堂々と引きこもって褒められるなんてことは今までなかった。

 事態が終息したら、街にはカップル家族連れが溢れる日がやってくるだろう。それは当たり前ではあるのだけど、リア充至上主義の世の中にまた戻っていくと思うと、今から憂鬱の気分になってくる。

繁華街雑居ビルにある鰻の寝床のような店舗ビストロが何年か前から営業していたのだが、先月末でとうとう閉店した。

食べログを見る限りでは、☆3.2に満たない程度で、価格帯の割にはボリュームのあるランチ付近オフィス街からやってくるサラリーマン男性に主に人気があったようだ。付近をよく通りかかることがあったのだが、とうとう一度も利用することはなかった。フレンチを出すからビストロのはずなのに店内からはいつもワンパターンボサノバが流れていたし、夜はサラリーマン調子はずれの奇声が絶えず、客層があまり良いようには見えなかったので、静かに食事をしたい自分には合わないと感じていた。また、明らかに店主のものらしい折りたたみ自転車が毎晩歩道に止められてあり、そのモラル首をかしげざるを得なかったというのもある。

新型コロナウイルスの影響で飲食店営業自粛要請されるようになると、狭い店内は明らかに3密に該当する場所だったので、件のビストロテイクアウトを始めた。店頭ではフランスパンを使ったサンドイッチ販売も行っていたが、突然閉店した。

近所に住んでいるせいでGoogle Map店舗検索でこのビストロレビューを見かけたところ、☆1個になっていた。レビューコメントの内容は次のようなものだった。

フレンチを出している店のはずなのにバゲットのことをバケット連呼してサンドイッチ店頭で売っており、素人丸出しで恐ろしく、到底衛生管理などできていないに違いないので、絶対に避けるべき」

もともと客足が落ちていたせいもあったのだろうが、バゲットバケットの言い間違いで店舗運営がとどめを刺されるということも実際にあるのだ。

シャッターが閉まったままの店舗にはもはや誰も来ないので、いつのまにか店舗前を利用してオメガラーメンテイクアウト販売を昼時だけゲリラ的に行う業者が見られるようになった。非常時にはフレンチよりもこうしたある種奇妙な風味の食べ物を人は求めるのかもしれない。

2020-05-02

「私が勤めてる会社は平然と営業してる。おかしい。」とか言う人

おかしいと思うなら、まずてめー自身退職して活動自粛を見せてくれ、と思う。

売上補償されて、半年会社閉めても安心して生きていけるなら俺だってすぐにシャッター閉めて家で自粛生活満喫するわ。

2020-04-28

anond:20200428110855

「ふう・・・やれやれ」僕はそっとジャズレコードから針を上げて片付け、客の少ないジャズ喫茶店のシャッターおろしから言った

アイエエエ

ニンジャ、ニンジャ ナンデ?!

2020-04-27

コロナが100万円になろうとも200万円になろうとも・・・

シャッターはあかないかもしれない。

せむて、GW前ならな

人員が少なくなって忙しい増田須磨氏が素意てっ無く無くすガン印字(回文

おはようございます

と言うか16時前よ、もう。

なんか最近元いた会社のところが大幅リストラが進んで、

人手が足りなくなったからって私が借り出されているわけだけど、

これって本末転倒寺の和尚に喝入れてもらわなきゃ行けないレヴェルじゃない?

なんで私がって思うけど一旦思わないことにして、

仕事進めるんだけど、

細々したことが多くって、

うそう!

しかも!しかもよ!

郵便局が15時で閉店シャッターが閉まってしまうので、

なおのさらで超大急ぎで

もう慌てん坊のサンタクロースさんを越えるレヴェル!

大慌てで伝票出して郵送物作ったりとして大忙しよ。

もうあいたたどんどんどん!だわ。

よく分からないけど、

これからもっと早く掛けるように、

前もって前に書くと言うことをすべからく行っていくって思いたいところだけど、

できたらがんばんだから

ちょっと15時台ってかき込むことが最近いから、

増田っぷりとしてはどうよと私自身に課した更新時間ちゃんとしたいものね。

ももうこれを書いていると言うことは一段落したと言うことで、

ドリップコーヒーでもいれて飲むことにするわ。

うふふ。

また明日


今日朝ご飯

時間が無いと思ったので、

牛乳だけでも最悪飲んでおこうと思って

飲んだカルシウム多目の牛乳よ。

からこのちょうしだと本当に困るわ!

デトックスウォーター

麦茶にはまだ早いけどやかんの中のお湯に浸けておいたややホッツ麦茶ウォーラーが昨晩から作って置いたものがあるので、

それかっこんで飲んできました。

この忙しさはいことなのかしらね

まったくだわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-04-23

anond:20200423135258

っていうか、普通に空いてる店(商店街シャッター店とか)をかり上げて名字で分店だせばいいのでは

2020-04-19

マスク売ってるやん!

ずっと引きこもってるんだが、用事があって元町まで行った。神戸在住

そしたら、マスク売ってるじゃない!

10枚で1000円弱。

「え! 買わなきゃ!」

と思ったんだけど、よく見たら、向こうの方、別の店の前には箱が積んである

「ひょっとしてマスク?」

行ってみたら、50枚入りが約4000円。

そんな感じで、不織布のマスクがあるところは5枚で500円とか、別のところは1箱で4500円とか、あちこちで売ってる。なかには、自粛閉店してる店のシャッターの前に台を並べて売っていたりもする。もっと安いのもある。布マスクも売っている。アルコールジェルとかおいてる店もある。全部合わせて、ざっと数えただけでも10軒はくだらない。たぶん、もっとある。

そんだけあったら「あ、別にええか」と思って買わなかったけど、同時に、「なんで医療機関マスクがなくて困ってるのにこんなところに山と積んであるの?」と疑問がわいてきた。

なんで?

あと、これ見て、元町に押しかけたりは、くれぐれもしないでおくれ。外出自粛中だよ!

結果論

1・実家近くに引っ越さない/引っ越す→引っ越してよかった

2・書斎必要/不要リモートワーク移行であってよかった

3・2階トイレ必要/不要→便利

4・トイレ自動便ふた開閉・洗浄は必要/不要感染症対策自動便ふた開閉・洗浄は必須

5・床暖房必要/不要必要。なかったら寒すぎる

6・1階リビング電動シャッター必要/不要必要。なかったら不便極まりない

7・食洗機(深型)必要/不要必要。浅型とは収納量が違う

新型コロナ騒動前に、頭金918万円+諸費用で購入した新築マンションを売却

→今年3月に新居購入(頭金116万円+諸費用)で、世帯の手元キャッシュが約800万円増えた。

3月〜4ヶ月の1カ月間に限ると、太陽光パネルの売電>電気代で、他の固定費アップ分と差し引きゼロ

転居を機に固定電話を解約、売り込み電話もない。

たぶん賞与はないが、リモートワーク移行で通勤手当がなくなり、

標準報酬月額ダウンで社会保険料負担も減る。

もともと宅配ボックスのあるマンション(駅チカ)から戸建て(駅遠)に住み替えるにあたり、

無印良品などでいろいろ買い込んでいたので、外出せずとも1年くらい十分に暮らせる。

いくらいの予想。ただ、やはり駅遠戸建ての閉塞感は半端ない

住宅ローンの1年間の免責期間終了後くらいに病死できれば狙い通り。

子ども配偶者に任せた。

2020-04-17

拝承の街の終焉

拝承の街に育ち、拝承の関連会社に務める年寄りである

拝承の街は拝承のボスの子会社、孫会社でなくとも、取引先がそれ関係であることがほとんどなので、

ボス会社にまったく関係ない仕事はあまりない。ボス会社意向に従わなければ仕事がなくなって死ぬ

企業城下町であるボス会社で発展し、ボス会社が傾いて街はあっという間に過疎、シャッター街になった。

商店街は十時になっても上がらないシャッターが並び、赤字スーパーを市が支えている。

なければ食料品から生活必需品を買うのに困るからだ。

車があればもう少しなんとかなるが、そうでないひとのライフラインも残さねばならない。

街が栄えていたのは子供の頃、おとなになる過程で、街はくたびれた。

大人給料が下がる、かわされた株がゴミに、というのを聞いて育った。

就職地獄を見た。多くの友人が東京へ出ていった。ハローワークで週に受けられる件数から違うのだ。

なんとか入った会社は絵に書いたようなパワハラブラックだった。

ボス会社は、ボスの持つ広い敷地の中にオフィスビルが立ち並び、

ボスの所員と子会社、孫会社派遣会社社員がごちゃまぜになって働いている。

同じ仕事をしても給料はそれぞれに違う。なんなら所員は下を馬鹿にしていじめたりする。昭和香りがいまだ染みついた世界だ。

ボスの景気も悪かったけれど、世間全体景気が悪かった。

入社してすぐに給料カットされて、ボーナスを満額でもらったのは入社して五年後くらいだった。

周囲の年の近い同僚たちは、次々に辞めていった。

たいてい体を壊す。鬱、躁鬱、婦人科系、etc会社バタバタ倒れるひとを何度か見た。

私も長く病院に通い、子供を産む能力がだめになりついに回復しなかったが、会社を辞めることはできなかった。

就職で苦労したのを思うと怖かった。今になってみれば、身体機能を無くしてまでしがみつく必要なんてなかったと思う。

きのこりの同僚と、私達は弱虫で、逃げる機会を逃してしまったね、なんて話す日々だ。

同僚はアルコール依存症気味。双方ボロボロ過ぎてもう気力もない。

さて、そんな失敗人生折返しの自分であるが、ここ数日の出来事で驚いた事がある。

ボス失望軽蔑しながら、それでもしがみつくしか生きていけない人生を、無味乾燥に生きてきたと思っていたのだが、

本日わずかながらに残っていた、ボスへの希望とか期待とか言うもの燃え尽きたことに気がついた。

まだ、私の中にはボスへの期待が残っていたのだ!

コロナウイルス世界が苦しんでいるさなか、街に感染者が出ても、市に直接強い協力要請をされても、

「うちはインフラやってるので、休めないんです」と突っぱねて、精々勤務場所分散するくらいだったボス

国にまるごと「非常事態宣言」をだされても、県がその中でも特別もの指定されても、なんにも対策を変えない方針をだした。

そうなる気がしていた。けれど、もう少しなにか、できることを模索するのではないかと思っていた。

インフラをやっているのはすべての部署ではないし、接触を減らすための自宅待機を1,2週間やることができるところはある。

即座にインフラに支障がでるような案件以外は努力すれば調整できるはずだ。

そもそも1月からこの厄災は始まっているのだから、万が一の準備、調整はしておくべきではなかったのか。

社会の一員として、国民として、大企業を自負するものとして。

休みが一斉にとれるのだから、調整できないわけがないのだ。なのに可能な限りの対策をとる姿勢が、一切なかった

インターネットには個人商店、宿、観光業農家……様々な人々の悲鳴が上がってる。

職を、店を、家をなくす人もいる。医療従事者の悲鳴だって日に日にひどくなっていく。

それでもみんな必死努力していた。なのに、この街ボスがこんなにも消極的で、なにもしないとは思わなかった。

夕方医師会の方の会見を見ていて涙が出そうになった。限界です。接触を減らしてください。このままだと医療崩壊します。

通常運転でなにも変えないボスと、ボスに合わせなければ死ぬ職場たちの中で生活し、外に出て苦しみにあえぐ人の声を聞く。

どっちが正しい世界なのだろうか。ギャップで頭がぼんやりして、怒りや呆れよりも傍観が胸を支配した。

敷地の中は別世界なのだ危機感国民一眼となって国難に立ち向かう空気もない。

本来なら、この街ボスが率先して対策し、下を引っ張っていくはずだったのだ、私の中では。

それがボス企業地域のために、社会的に果たす役割だと思っていたし、義務だと思っていた。

でも、ボスにもうそんな体力はない。気概もない。

その事実をやっと心が理解して、じわじわ不快感のようなものが胸に広がった。

もうこの街ダメで、ゆっくり滅びていくのだと納得していたはずなのに、

ボスはそれでも虚勢をはるプライド根性があるのだと、思っていたらしい。

子供のころ刷り込まれた、調子の良かった、飛ぶ鳥を落とす勢いだったボスの姿が、心の根っこに残っていたのだろう。

(それで調子に乗って自爆したわけだが)

もう本当に無理なのだ。それに心底がっかりした。そのことに驚いた。

ボスはもう去勢をはることすらできないし、その意味理解できない。

なんて情けなくて、格好悪い。そして世間の足を引っ張りかねない有様なんだろう。

必死に戦う医療現場限界の来ている人々。

でも何をどうしたって無い袖はふれない。看護師検査技師もいきなり増やせるものではない。

ベストを思いついても、それを実現するリソースがある世の中を作ってこなかったツケが回ってきた。

無駄だと切り捨てたもの、命を救う現場人間を軽視してきたこと、それを今悔やんでもどうしようもない。

ならばせめて、ベストができなくてもベターをしよう。

できるだけの努力を。それしかないのに、そんな気すらもうないボスがいる。

この街ボスの力で発展して、ボスが衰退して死ぬ

頭でだいぶ前にわかってたはずなのに、自分はまだまだわかっていないのだと思い知った。

これから先も、何度も馬鹿みたいに失望して落ち込むのだろう。

自粛要請に応じたいので仕事辞めます、なんて言えない自分の情けなさ。

身体機能を無くしてまでしがみついた職を辞めるのは、無くしたことが悔しいからできない。

無くした、苦しんだ意味がなくなってしまうからできない。

ボスにはプライドをもって、自称するような企業であることを行動で示してほしかった。

企業に負けられるかと踏ん張ってほしかった。

この失望感と虚無感を、世間申し訳ない気持ちを、どのくらいで自分咀嚼して飲み込めるだろうか。

2020-04-13

今週末もお出かけしちゃった

電車で出かけて、最近仲良くなった女の子とあちこち歩いた。

最初自然多めのエリア都心からそう離れていないこともあって、いつもよりは空いてるとはいえ、それなりの人出があった。まあすれ違うくらいではうつらないだろう。

それから郊外の街へ。かなりの人出。ランチを食べたパスタ屋さんが、広くはない店内に店員あわせて10人くらいの人間が居たので、もしあの中に感染者が居たらやばいかもしれない。後から知ったんだけど、あまり遠くない場所で大きめのクラスターが発生していたらしい。不安。たぶん大丈夫だろうけど、親がもう70代なので、万一うつしたらやばいなと思ってる。

こういうことはもう表の日記には書けなくなってしまった。こうやって文章化すると、結構危ない橋を渡っているような自覚は出てきた。今後はたとえ美味しそうでも混雑している店は避けようと思う。

都心は逆に空いていて、普段の週末の夜と比べたらほとんどゴーストタウンのようだった新宿が印象に残っている。人々は家の近くの郊外タウンは歩いても、わざわざ都心まで出てきたりはしないのだろう。まともな人から順に姿を消した結果、不穏さな層だけが歩いているような感じはした。いつもよりホームレスも目立っていたと思う。普段なら店員に退去されられるであろう、大規模店舗シャッター前にダンボールを敷いている人も居た。

歌舞伎町も少し覗いてみた。警官入り口あたりで拡声器を構えていたが、警棒を伸ばしている人は見当たらなかった。表に出ている人を解散させるためというよりは、いつもの客引き違法ですキャンペーンを強化したような感じ。

2020-04-12

anond:20200412223529

とりあえず換気扇強にして売り切れ連続で居心地悪くして客が全部はけたらおれの店ももおしまいだなってべそべそしながらシャッターに休業のお知らせを貼るんじゃない

知らんけど

蒲郡飲食店入院直前に他人感染させにきた客はしっかり爪痕をのこしてこの世を去っていったよ

2020-04-10

営業自粛なんだけど

自粛したままシャッター上がらずにコロナ倒産してるところが出始めてる

2020-04-03

大人しく本やゲーム増田過ごすゴス田素間でムーヤン北支名と御(回文

おはようございます

サージカルマスク蒸したら殺菌できて何回か使えるのね!

とその情報だけを片手に今日は過ごします。

午前中後渡しの自由時間は15分しかないので、

たぶんこれも40秒で支度するうちの20秒ほどの時間で書き上げなくちゃいけない今日この頃なんだけど、

街は昼間はなんだか人出は変わらないような気もするし、

でも夜はお店も随分早くに閉まっちゃうから

飲みにも行けない盛り場が閉まってるけど、

相反してファストフード店なんかは相変わらず煌々と明かりを灯して24時間元気いっぱいに営業してるじゃない。

もう牛丼屋さんか定食屋さんか、

私の行きつけの食券制のパスタ屋さんでのちょいのみ需要が拡大してるのよ!

意外や意外でしょ?

でも残念ながらドリンクメニューがせいぜいルービーしか無いところが玉に瑕っちゃ瑕なんだけど、

とりあえずの

軽く一杯需要は満たしてくれそうなリーマンたちで一杯よ。

そんなこんなで夜も出歩けないけど

巣ごもり消費もいずれ爆発しそうな

自粛づかれもそろそろ出てきそうな昨今、

私は私でもしそうなったら1人の事務所閉店ガラガラシャッター閉めて、

家でゲームしたり本を読んだりしたり、

高校生の頃に勉強し損なった対数の本とかを読んでお利口になりたいところよ。

とりあえず、

雑誌ニュートンを挟んで色々な雑誌を買っておけば

買うだけで知的さアップできるから

オススメよ!

本屋レジで何冊か買う本の一番上にニュートンを置くと明らかにからさまなので、

2冊目ぐらいのところに挟んでレジ持って行けば、

お利口さを自然に出せるからやってみてね!

そろそろ出掛けるので今日はここまでよ。

うふふ。


今日朝ご飯

シャキシャキレタスサンドタマサンド

世の中の様子とは関係なく今日もシャキシャキレタスサンド

抜群のシャキシャキさ加減をもってして、

美味しく私の胃袋に収めたところで

またさらタマサンドを決める!と言うほぼいつものローテーションのルーチンよ。

美味しいものでも食べてQOLしたいところよ。

デトックスウォーラー

新しいちょっといい緑茶の茶葉買ってミルで擂り擂りしたいところだけど、

今あるお茶っ葉を全部使ってからにしようと思うので、

全力でホッツ緑茶ウォーター急須で煎れたところよ。

急須の持ち手のとっての中に水が溜まってちゃぽちゃぽするのがずっと気になってます

ここ水抜いて欲しいわ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!おー!

2020-03-26

2020年3月26日東京

給料が入った後に、築地場外に魚を買いに行く習慣がある私は、いつもは場外に大量に押し寄せる客をかき分けて

目当ての店に行くのだが、今日場外市場で働く人達の方が多いような通りの惨状だった。

所在なく店頭に立つサンドウィッチマンからは活気の良い声も聞こえない、囃子がない市場は静かな戦いの渦中にある。

店側は必死である、値付を正価にし、商品の陳列もいつも以上に気を遣っているが、人そのものが来ない。

目当の店では「この数年間、空中戦で荒稼ぎしてきたより日本人常連をどれだけ作れたかで、これから生き残れるかが決まる」と雑談をする。

魚を買った後、のんびり車で国道15号を流す。銀座の目貫通りも、買い物客より勤めている人たちの往来が多い、

店も4分の1がシャッターを閉めている。日本橋から神田もいつもの様子ではない、普段スーツを着たサラリーマンであふれているが、

テレワークの為か人通りはまばらだ。秋葉原になると少し人通りが増えるが、普段3分の1程度だ。

上野は桜の見頃に関わらず、人の頭ばかりしか見えない状況ではなく、気軽に散策できる程度にしか人がいない。

そこから車で走る道中、スーパードラックストアは人が並び、消耗品食料品をせっせと買いだめている。

日常という社会の死が近づいているのを肌で感じる。

夜は誰も来ない新宿の片隅で酒を一人飲む、斜向かいの店のドアに掲げられた「コロナビール)始めました」が空しく風に揺れる。

一人オーナーで切り盛りする店はどうするんだろう?またひと昔前の寂しい界隈に戻るかもしれないねと話をする。

気づけば店に入ってからそんな話しかしていない。何処の桜が見頃だとか、御苑に酒を持ち込む方法とか、

そんなよくある天気の話もしていない。御苑は封鎖されたらしい。

私も居場所が欲しいから、金を使いたいから、よく行く店に通う。

自宅と、職場以外にある、数多くの、一生かけても全て見通すことが出来ない数多の社会が暗転しそうだ。息が詰まる。

この社会は、人が獲得した高度な社会性は、衣食住の安寧という本来は難しい問題から脱却して、

可処分時間可処分所得を使って長い人生の中で楽しむことを覚えた。

そんな高度に発展した社会が、棍棒を持った侵入者によって破壊されようとしている、

既に生きる為に自宅と職場を往来するだけな状況は、中世から原始資本主義時代生活と変わらない。

これで都市封鎖されると、自宅の中で嵐を過ぎさる事を祈るだけになる。それは石器時代と何が違うのか?

中国イタリヤの人々が窓から大声で歌を歌う動画を見た。私も部屋の片隅で小さくなって

祈るのなら、声を出して祝詞を歌いたい。

「日常」は、数多の世界の、数多の人による労働によって作られ、滞りなく安心して繰り返される事に価値があった。

そんなことを否が応でも理解させられた、いつもの1日だった。

memento mori(メメントモリ)   意味は、死を想え

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん