「ルーズリーフ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ルーズリーフとは

2019-08-14

anond:20190813130648

あ~私と同じようなことをしている人がいる。私はノートとかメモ帳とか大判の付箋(罫線入りで、職場消耗品の付箋より2倍ぐらい大きいやつ)とかついつい買ってしまう。

どうせ108円の代物なのになぜか勿体なくて使えないこと多数。職場では味気ないノート時系列メモを書きなぐっているが、本当は付箋かルーズリーフに書いて、内容の分類別並べ替えたりするのが有効なんじゃないかと思っている。

バレットジャーナル」なる手帳術が流行っているようでやってみたいけど、スケジュールからから全部手書きで、目次まで自力で作らないといけないという恐るべき代物である。これだと普通ノート手帳にできるんだが、「手帳を書く」という行為自体を楽しめないと無理。

で、付箋の話に戻るけど、オーソドックスなところで「お買い物リスト」とか書いてみたらどうかな。ビジネス雑誌手帳術だと「叶えたい目標を書く」とかあるけど、それはどこまで実現可能微妙なので。あと、「時間があれば行ってみたい場所」とかリストにしておくのも良いかも。特に日帰り圏内ちょっと時間ができたら行けるところが良いんじゃないだろうか。

思いつきでいろいろ書いたけど、大きなお世話だったらごめんなさい。

2019-06-02

痴漢カバンに「この人痴漢です」とガムテープ張り紙すればいいのでは?

https://togetter.com/li/1360181

なんでシャチハタとか安全ピンとか難しいことを考えるの

ルーズリーフサインペンでいいだろ

2019-03-10

若いやつは人生用のルーズリーフ買ったほうが良い

本気で生きるなら、いい机と椅子を部屋に置こう。

それだけで自分の成長スピード結構変わると思う。

そして、学ぶことをストックしてくノートというもの必要なんだと思うんだけど、

ルーズリーフが良いと思う。

学びを貯める選択肢

デジタル

Evernote

・Notion

・Realtimeboard

アナログ

普通ノートブック

ルーズリーフ

デジタル vs アナログ

まず、デジタルアナログだけど、

デジタルだったらNotion等でめっちゃ知識は整理できるとは思うし、移動中でも会社でもメモできる。

ただ、記憶の定着力や表現力でいうとやはりアナログ

デジタルだとなかなか覚えられない。

本(OUTPUT大全)にも書いてあったが、

デジタルアナログでは脳の活性化している部分が違うらしく、

アナログ場合のほうが記憶の定着力が高いという研究結果がでている。

からちゃんと学びを貯めていくのであれば、なるべく手書きのほうが良い。

失敗から学んだり、自分が専門としている分野だったり、そういうもの手書きノートをとっていきたい。

普通ノート vs ルーズリーフ


そして、

"普通ノート"と"ルーズリーフ"だったら、

ルーズリーフのほうがいい。

普通ノートは順番を整理したり書き直したりしづらい。

それに、ルーズリーフならとりあえず書き始めることができる。

ということで、いろいろ試した上で

人生かけてずっとルーズリーフで学びを蓄積していこうと思いました。

なるはやで辿り着きたかった

けど、これもっと若い時にこの最終的な選択肢に気づいていたら、

宝物のようなルーズリーフバインダーが今あったんだろうな。

28歳でいまさら机をかってここにたどり着いてしまった。

結論

から若い人は「良い机」と「ルーズリーフ」この2つでじっくり学びを貯めていくといいと思います

デジタルならNotion(こちらもなるべく早く辿り着きたかったやつ)。

2019-02-07

ちなみちゃんへの手紙

ちなみちゃん中学生の時に隣の席になった、ちょっと勉強ができない、けれど常盤貴子に似た美少女だった。

僕は勉強は割と出来たから、

増田さあ、ちょっと解き方教えてくれない?」と先生に当てられたちなみちゃんに頼まれ説明してあげていた。ちなみちゃんはふんふんと聞いてから

「でさあ。答えは?」と続けた。

僕は、解き方を新しいルーズリーフに書いて渡す。ちなみちゃんはそれを黒板に書いて戻ってくる。

そんなやりとりをするうちに、僕はちなみちゃんが好きになった。

中学生童貞の頃だったし、僕はだいぶ太ったイケてない組男子だったので卒業まで結局何も言えず仕舞いで、合格した進学系の男子校に進学した。

卒業した春休みの間にちなみちゃん手紙を書いた。書いたは書いたが、ダイレクトにフラれるのがどうしても嫌だったこともあって、上手く好きと書けず、謎の内容になってしまった。ちなみちゃんから返事は来たが、断りの言葉もない世間話のような手紙だった。

高校2年の時に、久しぶりに会った同級生から、ちなみちゃんが、同じ中学出身の大変趣味の悪いギャル男と付き合い始めたと聞いて絶望的な気持ちになった。

それから、なんだかわからないが猛烈に頑張る癖がついた。たぶん、自信がなく、失敗が嫌で好きとすら言えない自分に腹が立ったからだ。あとは今振り返ってみても意味がわからないが、例えば新聞に出るとか、テレビに出るような著名人になれば、ちなみちゃんがいつか目にしてくれて思い出すのではと思ったのだ。謎の初期衝動

それから15年くらい経って、ちなみちゃんのことはすっかり忘れていた。後に残った初期衝動のままに、仕事は上手くいっている。

控えめに言って順調だ。デカ会社に入り、結果を出して、個人名もテレビ新聞に多少はでている。(NHKミニ枠とか文化欄だからたぶんちなみちゃんは読んでないだろうな。)賞を取り、ヘッドハンター提示された年収は2000万を超えていた。痩せて、嵐のようなモテ期体験した。今は充実しているしまだまだ頑張りたい気持ちは消えない。

そこそこで満足していた自分に、失敗を恐れない謎の向上心が生まれた。そのきっかけだった手紙の返事を、年始に行った実家の部屋の整理をしていて偶然見つけて色々思い出したのでなんとなく書いておきたい。

2019-01-26

勉強嫌だねえ

筆記試験勉強してると飽きてルーズリーフの端っこに落書きし始めるよねわかる。1ミリも興味が無い分野だから余計に落書きしたくなるよねわかる。絵が描きたいなあ。

2019-01-03

北大までの受験の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20190102063518

こういった大学の話になると、全く登場しないことで(自分の中だけで)お馴染みの北海道大学。きっと旧帝大の中では人権が与えられていないので遠慮しているのだろう。

ということで、帰省したものの朝まで寝付けなかった私が、タバコを吸いながら書いてみようと思う。完全なる自分語りとなることを許して欲しい。

中学時代

まれも育ちも北海道だったため、なんて事のない普通の市立中学に通っていた。しかしながら、赤ん坊の頃に白内症を患い、日中殆ど目が見えず、親譲りの喘息と、アトピー性皮膚炎まで完備という、キャラメイク時のステ振りダイスが完全にファンブルっていたため、集団の中では嫌でも浮く存在になっていた。

自然光の中ではほぼ目が見えないので、通学途中に普通電柱にぶつかったりするし、体育の授業でサッカーなんてやろうものならゴールポストにぶつかったりするし、10cmくらいまで近寄らないと顔も判別できないしで、他の人から見ればどう考えても頭のおかしいやつに見えたことだろう。当然ながらいじめもあった。小学生から中学2年生くらいまでが人生で一番きつかった(しか小学生6年の時に面白キャラへの展望見出し、そのおかげで幸運にも友達もいた)。

目が見えない道中はひたすら脳内イメージを描いて妄想していた記憶がある。

そんか日々の妄想のおかげか、何故か文章能力だけはあったようで、小学生の頃書いたなんかの感想文が先生の心を打って、私に内緒で突然全文プリント掲載されたり、中学の頃書いた読書感想文では国語先生から普段から小説書いたりしているの?」などと言われていたので、自分は将来文字を書いて生きていくことになるのかと思っていた。

そんな私の勉強法はというと、まず白地のノートが見えない(日中は黒板も見えない)ので、一度だけ集中して読み込んで、短期間で暗記することにしていた。なんの参考にもならなくてすまんな。人工光の中ではなんとか目が見えていたので、普通テスト勉強などはした。

そして同じく人工光の塊であるテレビゲームが私の心の支えであった。喘息がひどくなっても、ゲームに集中していれば、なんとか発作をやり過ごすことが出来た。

ちなみに目は中学3年のときに手術を受けて人並みに見えるようになった。病院から帰る車中で見た、生まれて初めての鮮やかな景色の衝撃は今でも覚えている。

また、小学生の時から通っていた塾で出会った女の子のことを、中学から高校の終わり頃まで片思いするハメになるのだが、その子は頭が良く、とてもレベルの高い高校を志望していた。その子に出来る限り近づきたくて、志望校は少し無理をして高い所を目指したが落ち、このあたりからいよいよ根暗ロードへの扉が開いていく。

高校時代

滑り止めで受けた私立高校入学する。

特待生だったので格安で通えるという理由だけで選び、格安で通える以外何も良いことは無かった。

例の好きな子のことはいまだに好きで、その子と話すためだけに塾を続けていた。高校二年生の時に人生で唯一告白されたときも、好きな子が居るからという理由で断った。その子北海道のどこか偏差値の高い大学を受けるらしいということだけは耳にしていたため、その子との関係を続けたいがために、北大を目指した。というのは嘘だ。

実際のところは、高校受験に落ちたショックで完全に無気力になっていた。自分は何をやってもダメなんだと考えるようになっていた。物理化学テスト偏差値は当時30とかで、今思えば大学に行けるかどうかも怪しかった。特に行きたい大学も無かったし、先生からも見放されていた。

勉強に本腰を入れたのは高校三年の夏休みの終わり頃だったと思う。いよいよ将来を考えるという時期になった時、私は自分の心を支えてくれたゲームを作る側になりたいという気持ちが強くなったのだ。

そして、ゲームを作るのにはプログラム必要だということを知り、情報工学系の大学に行きたいと考えるようになった。

そのことを塾の先生相談したら、何をするにせよ基礎的な学問を学んだ方が良い、そのためには良い設備のある良い大学に行くべきだと言われ、東工大電通大に行きたいと考えるようになった。

そこから毎日塾でセンター問題を解きまくった。学校の授業中も全て無視してひたすらセンター問題を解き、過去に参加した模試を何度も何度も繰り返した。

偏差値が最低のところからスタートしたのが、結果的に功を奏した。模試過去問を繰り返すたびに必ず少しずつ点数が増えた。これが凄く面白くて、そこに自分ゲーム性を見出したのだと思う。

また、過去問を解くのに使ったルーズリーフを捨てずに毎日積み上げることにしていた。そこもゲーム化しようと思ったのだ。結果的に、自分のやったことがルーズリーフの山という形で可視化されて、それがモチベーション維持に繋がった。

そして願書を出す直前に受けたセンター模試でかなり良い結果を出し、今まで私のことは眼中に無かった担当教師も興味を示し始めた。

しかし流石に東工大には手も足も出ないだろうと思っていたので、前期も後期も電通大を受けようと思っていた。しかし件の教師にそれを伝えると、前期は北大情報工学系を受けてはどうだろうかと勧められた。

かくして私は北大生になることが出来たのであった。

当時を振り返ると、理系志望者ながら国語英語が得意だったため、センター対策二次試験対策勉強時間の配分を理系教科だけにほぼ全振りできたのが良かったと思う。

【その後】

その後は紆余曲折あって、現在ゲーム関係仕事をしている。

ちなみに好きだった子には高校三年の時に告白したが振られた。人生とはプラマイゼロだなあと思う日々である

完全に自分語り過ぎて草も生えないが、そういう人生もあるということで、どうかひとつ大目に見ていただけると。

2018-10-07

3行日記

良かったこ

女と同時に達することができたこ

 失敗したこと

バインダールーズリーフを追加し忘れて、思いついたこととか何も記録できなかった!_| ̄|○

 2日前の夕食


焼肉。ひたすら食った

2018-08-04

甦れ絵チャ文化

「どれだけ描いても先天的才のあるやつしか上手にならないし、描かなければ描かないほど下手になっていく」

複数個人サイトの絵チャにしばしば足を運んでいた2004年2009年ごろは毎日絵を描いていた。当時学生だったこともありルーズリーフレジュメの随所にハルヒこなたが生息していたのだが、時間の流れとともに彼女らの姿も露と消えてしまった。

2018年。絵を職にしておらずソーシャルネットにも馴染めない俺にとって、絵チャの存在なくしてルーチン的に絵を描くことはきわめて難しいのである

2018-02-22

なんで世の中B5ノートや0.5mmペンばかりなんだよ

みんなジャポニカ学習帳とか、小学生の時に使ったことあるよね。

あれもB5だ。

多分、一番日本では多いノート規格だと思う。

自由帳とか日記帳とか社会科用とか、いろいろあるけど、とにかくB5。

そろいもそろってB5。

漢字練習ときには白文帳とかいう新勢力一時的に出てくるが、そもそも学校漢字を習う期間なんてそう長くはない。

そして中学ぐらいからは、キャンパスノート的な横罫ノートシフトチェンジ

アルファベット用とかを使うようにもなるが、あれも中学にいる間ぐらいでしか使わない。

大抵は高校ぐらいまでは大学ノートになる。

そして示し合わせたかのようにB5である

誰かから絶対そうしろといわれたこと、ある?

私はない。

ただいつもB5を買っていた。

授業でプリント配られただろ?

あいうのはきっちり裁断された、正確なサイズの用紙で刷られる。

B5ノートはB5ノートと名乗っていながら、実はB5よりはやや小さい。

プリントを板書ノートに合わせて保存するなら、ノートに貼るのが一番いい。

ところがはみ出てしまうので、ここでいちいち工作必要になる。

授業中ハサミやらアラビックヤマトやら使う羽目になる。

面倒くさい。

別途ファイルなどを用意して保存すればいいかもしれないが、のりで貼るのが後で見たとき、一番わかりやすい。

そこで中学の頃、私は考えた。

ノートを大きくすればいいじゃないか、と。

結果から先にいうが、A4ノートなんぞ買うもんじゃない。

広すぎて書きにくいことこの上ない。

おまけにでかすぎて鞄に収まりにくい。

そして提出したとき、ひとりだけノートがでかすぎて、先生がそろえたとき、なんかカッコ悪い。

プリントの手間を省く代わりに、いろいろな影響があった。

高校を出てしまえば、もう周りの目などそう気にしなくなる。

この辺でルーズリーフを使うようになった。

塾や講習会なんかにたことある人なら、すでに小学生の頃からお世話になってるかもしれないが。

私は大学ではほぼルーズリーフになった。

この辺で、中学の頃の失敗から、実はノートは小さい方がいいんじゃないかと、思い始めた。

ついでにいうなら、筆圧が強いので、シャープペンペン先で一番多い、0.5mm規格も好きじゃない。

ボールペンともなれば、一番出回ってるのは0.7mmだ。

とにかく自分にはふとすぎた。

通販などが世間に出回る時代になって、文房具もあれこれ買いやすくなった。

色々試した。

結論から言うなら、現在はA5もしくはB6規格の、方眼ノートに落ち着いた。

シャープペンは0.4mmぐらいが自分に合ってた。

ボールペンは0.5mmぐらいをよく使う。

ルーズリーフ情報カードもたまに使うが、とにかく方眼がいい。

縦書きにも横書きにも使える。

改行のインデントも、書いているうちにずれたりしない。

枠をはみ出しても横罫ほど気にならない。

意外に自由に書ける。

ペン先は細い方が、字がつぶれないので見返したとき読みやすい。

分かりやすく言うなら、字がきれいに見える。

ノートは大きすぎても小さすぎても、書きにくい。

ペン先も後で見るとき、案外筆跡にかかわるので、自分に合ったものにすると、読みやすくなる。

案外、書きやすいかどうかは、やる気にもかかわってくる。

筆記だけを考えるなら、実はB5ノートはでかすぎる。

シャープも0.5mmは太い。ボールペンの0.7mmも太い。

なんであんなに世の中に出回ってるのか疑問だ。

もっと早く、せめて高校ぐらいにわかっていたら、もう少し勉強効率良くできた………………かも…………しれない……?

追記

地味に伸びてるので、ついでに。

長野県民にだけ課せられる、白文漢字練習つらい。

(とても中が細かいのでたくさん書かないといけない。めんどい

2018-02-10

夢見る蝶の羽の色

https://togetter.com/li/1195295

もとのテキストデータがどっかへいった、古い小説スキャンできた。

記号?とかダッシュとかはだめだったけど、日本語文章ほぼほぼ修正していない。

ヘルプを見るかぎり、フォントとして10ポイント以上ではっきり撮影した写真ならオッケーだ。

ので、変換間違いがあればそれは、Googleドキュメントのせいだな。

***************

今日カバンにすれすれでドアが閉まった。携帯をそっちに入れっぱなしだったことを、電車が揺れてから思い出した。あちゃ、あと10分は何もできないな。僕は両手でカバンをつかんでいることにした。

左斜め後ろに、小さな頭が見えた。もともと僕は180あるから電車の中は黒や茶色の頭だらけだけど。ひときわ小さいその頭は--同じ制服の、橋詰さんだった。

どっちかといえばいじめられタイプ小説家をめざしてるらしいけどクラス現実派に笑い飛ばされてから、気の合う人とはいちおう話はするが、苦手な人にはうつむいたまま。それでもたくさん本を読んでるみたいで、博識だから、みんな一歩置いて名前じゃなくて名字にさんづけで橋詰さん、と呼ぶ--そんな情報彼女の黒い頭から引っぱり出した。ああそうだ、もう一点、橋詰さんは少し前から--

「楢本君、おはよ」

左胸の方から声がした。見上げた橋詰さんと目があった。「あ、はよ」僕はカバンを少し引いた。普通に挨拶はするくらいだったし--そう、橋詰さんは少し前から--東(ひがし)とつきあっている。その、東は--電車が揺れるなか見回すと、後ろのドアの方にいた、ちょっと茶色がかった頭で。「今日東君とはぐれちゃったの」と橋詰さんは小さく笑っていた。東は、S女のやつらとべたべたしながら喋っていた--東は女ったらしで僕には合わないタイプだった。

オレンジの明かりが窓枠から切り抜かれて廊下に落ちる。補習が終わってあくびをしながら上履きを踏んでいたら。図書から橋詰さんがでてきた。きっと「今度締め切りの」「小説を書いている」んだろう、クラスのうわさからつぎはぎあわせる。たまたま通りかかったジャージの2,3人が。「橋詰さ~ん、新作できたら、読ませてね~」「え~、ナオキ賞とって本屋で売られるんじゃないの~?」「え~、コウホってのになって取材されるんじゃないの~」「あははは」なんかすごく下品な笑い声が端から端まで行き渡る。

あんまり小説に熱中してたら~、ヒガシ君さみし~よ~」・・・東のファンクラブみたいな女が、めいっぱい皮肉っていた。--でも橋詰さんは、てへへと笑って、胸の中のルーズリーフの束を、しっかり抱きしめていた。やつらが遠ざかる頃、声をかけてきたのは彼女の方だった。

「楢本君」

「よ」

こんな時間まで残っているのは、クラブをやってるやつか、橋詰さんみたいにがんばって小説を書いたり自習してる人か、俺みたいな補習組くらいで。橋詰さんは一瞬身構えた。取らない取らない、君の大事ノートは、と僕は一歩下がった。

「俺も頭良かったらいいんだけどな。なんか、文章を書くって、全然思いつかない」

しかしたら橋詰さんにとって傷つける言葉だったかもしれなかったけど、思ったままで言った。そしたら、橋詰さんは、ゆっくり首をふった。「でも他に、音楽とか、スポーツとか、なんか好きなものがあるよね?」

「そ、ま、、、そだな」

「それでいいと思う--あたしは、これしかいから」

じゃ、とすれ違いかけたので、僕は引き止めた。

「・・東とは、うまくいってるの?」

・・・・え」

東は帰宅部・・というか放課後すぐに駅前に遊びにでてしまう。図書からいっしょに出てこないってことは彼女の橋詰さんを待ってもいない、ってこと。なんか不安を感じて思わず声をかけてしまった。橋詰さんは、、どっちとも言わなかった。

「なんで、東となの?」

そう言った時、僕も、橋詰さんが気になっていたんだと気づいた。

「蝶がね。青いって」

その日のことは、僕も覚えている。東と、何人かの男子と、とりまきの女子がいて。教室でわいわい、「何が見えるの、」とか大声で言って笑っていたから。東がもっていたカルバンなんとかの眼鏡で。うっすらと青がかかったそれをかけた彼女は--「青い蝶が飛んでるよ」と、死にかけた蛾に向かって声をかけたのだった。一部の女子にはバカうけした。僕は話の流れをつかんでなかった。もしあのとき最初からその場にいたらば、もしかしたらそいつらに、いいかげんにしろよ、と言ったのかもしれない。

その時。東は橋詰さんから眼鏡を外して自分でも見て--「ほんまや、青い蝶」とうなづいてくれた、らしい。笑い声にかき消されて僕はそこまではきいていなかったが、橋詰さんにとって、東の言葉は--。

だって、度のきついこれを通して、なんかいい形容詞を思いつけるかもしれなかった。でも今言えば、橋詰さんといたいがための、かさぶたみたいで--やめた。ほんとにそれが、東が心から思ったことであれば、いいんだけど--あれから何度も、ふたりは同じ電車に乗り合わせていたのに、東はやっぱりS女の女子といちゃつき、橋詰さんはあっちこっちとゆられてふらふらしていた。

でも放課後は、あの廊下ですれ違わなくなり--図書室の前じゃなくて、下駄箱でじっと待っている彼女に会うようになった。「3日に1回くらいはすっぽかされちゃうんだけどね」と、彼女半開きカバンからルーズリーフの束を出したりしまったりしていた。

だって、、、夕暮れ時には赤い蝶が見えるとか、言えると思った。

東がほんとに本当に心の底からそう思って言ったとしたら最低な裏切り者になるから

--これでもまだいちおうクラスメイトだ、あいつがまだ髪の毛染める前から知ってる

--このままで橋詰さんが幸せそうにやっているんだったら、だまるのも愛情だとかかっこつけていた。

--かっこつけなくてもよかった。

ある日、橋詰さんと東の「約束場所」でもある下駄箱に。

灰色の蛾が、死んでいた・・・

ばたん、とニューバランススノコに落としてからそいつに気づいた。オレンジ色に染まっているとでも言えばあいつは笑うだろうか、と思ったそこでそういえばあい今日は東を待っていないと気づいた。誰かが出入りしてそのほこりっぽい風に、蛾の斑点模様がバラバラになっていった・・・

ほこりを吸ったからじゃない。胸が焼けるような感じがした。ばあちゃんの家にあった火箸でいとこがやけどした時、あわてて全身がだらっと汗をかいたような、あの熱さが急に、吐き気といっしょに出てきた。橋詰さん?

次の日の朝も、その不安は消えなかった。かもしれないけど。いまさら東と同じようなことを言ったとしても。いや、どうでもいい。今僕が思ったことを言おう。--ぼくは朝の息を吸って、橋詰さんがホームにあらわれるのを待った。

小柄な彼女は、ゆらゆらと現れた。ただし、東の後ろに着いて。

東の声がやけにつきぬけてくる。

「いやだからそうだけどな」「おまえしつこいよ」その口調が不安さらに倍々にするので、僕は声のほうへ自然に近づいていた。視界の端にS女の制服が映って、おばさんくさいにおいがした。東は俺じゃなく俺の右にいるそいつを見つけて、早歩きする。「あの、」と橋詰さんの口が動いていた、「だからおまえとはつきあってるとは思ってねえよ、いつまで夢みてんだよ、」東の吐き捨てた言葉で僕はそこからダッシュした、東に向かって3歩行ったけど足首をねじった。橋詰さん、橋詰さん、

「橋詰さんっ、」

どこからか飛んできた虫がひらひらと。

急行の前には、全速力で特急が通過する。カバンを捨てて、叫んだけど・・・

がっと。

色のない蝶はいつまでもひらひら飛んでいた。・・・

それから電車が止まって、すごく遅れたせいで、1限は無くなった。というか、昼前に全校集会があって、そのまま下校になってしまった。昼過ぎでもまだ、駅の周

りには、パトカーやらがいっぱいいた。

橋詰さんと東がつきあってたことは、いつの間にかもみ消されていた。実際、二人で歩いてるところを見たやつがほとんどいなかったから。しばらくの間は、彼女が書いていた詩や小説があちこちでばらまかれてたりして、内臓をえぐって見せてるようで吐き気がしてたが・・・・少しずつ、時間がそのショックも押し流そうとしていた。


東は髪の色を戻し、朝は一人でずっとヘッドホンに聞き入って学校に来ていた。この前廊下ですれ違ったとき、あの眼鏡ポケットにあったことは見えた。やつが、それを彼女への思いで持ち続けているのか、反省しているのか、単に眼鏡がいるだけなのか、それは、もうわからない。

今日もぎしぎしに人が詰まっている。橋詰さんがいてもいなくても、きゅうくつさが変わらないのは、なぜだろう。昇降口もある意味、朝夕はラッシュアワーみたいだ。パタンパタンスノコ上履きや靴が落とされる。その人の流れの風に、--あのときの蛾の羽は、まだ掃除されきれずに、一片だけ、揺れていた。

2017-12-14

ブレインダンプでもやるか

A5の可愛いバインダー

ルーズリーフも準備できたし

ブレインダンプでもやるか?

やっとこさ先週の海外出張の疲れが

癒されてきた 除去されてきた

2017-07-18

最近「書く」ことを始めた

家にいるときは筆が進まない。この事実に対していくつかの仮説を立てる。

今日たまたま疲れている。実際に今日は朝から思考活動が常に活発化していて、不快場所にいる時間もあった。(反論)一昨日のほうがストレスは強かったのではないか不快場所で過ごした時間今日よりもずっと長かった。

反論)一昨日はまだ文章を書くという習慣は始まっていなかったので比較対象にすることが間違っている。(余談)一昨日に起きた出来事不快な人混み、サピエンス全史、ギャンブル宗教的体験自殺願望

アルコール摂取した。

そもそも一文目の記述自体が正確ではない。昨日書いていた文章の続きは書くのに難航したが、今日書き始めたこの文章については比較的滞りなく書き続けている。

(新しい解釈)「筆が進まない」という言葉が指すのは文章全般についてではなく、ある程度の一貫性を持った文章のことを指しているのではないか

そろそろ思考スピードに筆記が追いつかなくなってきた。一度、喫煙に行く。

喫煙中に考えたこととその続き。

この文章を誰かに見せたいが、いい「解決方法」が思いつかなかった。

実際には頭のなかで「かいけつほうほう」とは発音せずに「ソリューション」と発音していた。

何故わざわざその語を選んだのか。そして何故文字に起こす段階で「解決方法」に表現をかえたのか。どちらも根底にある理由は同じだ。それは情報量圧縮である

私は物事を頭の中で考えるとき、音声言語思考している。

かいけつほうほう」が8音節なのに対し「ソリューション」は5音節だ。ネイティブ英語なら「so-lu-tion」で3音節で更に短いが、残念ながら頭の中で使っていたのはカタカナの方だ。

文字に起こすときに「解決方法」が選ばれたのも同じで、「ソリューション」や「solution」よりも少ない文字数表現できる。

何故無意識になるべく少ない情報量表現しようとしているのかについては、はっきりした理由は分からない。

本題からは逸れるが、文字に起こす上でコンピューターが扱う情報量においては「解決方法」は2バイト言語で4文字なので8バイト、「solution」は1バイト言語で8文字なので同じく8バイトである。だからどうした。

まだまだ(一貫性があるかはさておき)話を続けることはできるが、キリがないのでこの辺りで止めておく。

実は『この文章を誰かに見せたいが、いい「解決方法」が思いつかなかった。』という部分を書いたころには増田投稿するというアイデアが浮かんでいた。

しかし、その時点で投稿してしまっても大して面白くないな、と思ったのでもう少し量が溜まってから投稿しようと考えた次第である

幸い、ある程度まとまりのある話が書けたので、そのまま投稿するよりも少しは興味を惹ける内容になったかと思う。

最後にこの文章ルーズリーフボールペンで書いたものである。つまり投稿するためには電子データに清書しなければならない。この時点ではパソコンの電源すらついていないので、先が思いやられる。

2017-01-20

どうなるグラブルアニメ

もうすぐグランブルーファンタジーアニメの先行放送がはじまります。興味がないプレイヤーも多いかもしれませんが、個人的にはこれまで何十万も課金してきたゲームアニメになるということで、自分たち課金がどう生かされていくのか・・・ということで気になってしょうがないです。

はいえ、これまでの事前情報鑑みる不安しかないのも事実

これまで私はソシャゲアニメ結構見てきましたが、グラブルアニメはどれくらいのレベルになるのか考察してみます


まずはソシャゲアニメのの個人的ランキングを挙げてみたい。


Sランク ソシャゲアニメの枠を超え、日本アニメ史に残る傑作

なし


Aランク 原作を知らなくとも、一つの映像作品として楽しむことができる良作

SHOW BY ROCK!! 神撃のバハムート GENESIS 戦国コレクション


Bランク 欠点もあるが、原作プレイヤーでも見ることができるそこそこの出来の作品

THE IDOLM@STER シンデレラガールズ 刀剣乱舞―花丸― FGO(暫定)


Cランク 原作プレイしていないと楽しめない部分が多い、欠点が多い微妙作品

ガールフレンド(仮) モンスターストライク パズドラクロス


Dランク 原作ファンですら楽しめないダメダメ作品

ディバインゲート 艦隊これくしょん


Sランクラピュタナウシカ等のジブリ作品ガンダムヤマトといったアニメ歴史を塗り替えたエポックメイキングを想定しているので、歴史の浅いソシャゲアニメ界に該当作がないのは致し方のないことかと。


さて、こうして並べてみましたが、これから放映されるグラブルアニメがどのランクになるか個人的期待値を挙げてみたい。

S・Aランク・・・0%(小数点以下を切り捨てているので実際は小数点以下の確率でありえるかも)

Bランク・・・5%

Cランク・・・50%

Dランク・・・45%


うわぁ夢も希望もねえ・・・

ガチャで例えると、SランクSSR、AランクSR、BランクがR、Cランクハイノーマル、Dランクノーマルってところですかね!掛け金はみんなの課金だ。しかも、引き直しはできません1回こっきりです。

この期待値理由をいくつか挙げてみる。


○ご不安な点

監督の実績が少ない

作品を束ねる監督ですが、プロフィールをみても実績が非常に少ない。またこれまで関わってきた作品個人的には「うわぁ・・・」というものばかりで、監督としての力量には疑問点しかありません。どうやら監督グラブルプレイヤーだそうですが、そんな人よりもたとえグラブルを知らなかったとしてもちゃんとした実力・実績のある人に任せた方がよかったのではないかと思わざるを得ません。


脚本Cygames” そしてゲームのメインストリーをなぞるらしいということ

アニメ脚本については素人同然の集団脚本を任せるという暴挙。ありえない。それにお世辞にも面白いはいえないメインストリー再現するという。正直、FFにはまった中学生が夜中にルーズリーフに書き殴ったようなストーリーを見せつけられるのは勘弁してもらいたいのですが。というかサイゲ自身脚本をさせずに話を整理する権限の大きい脚本家をちゃんとつけろと思ってます


・のっぺりしたキャラデザ

グラブルの魅力の一つに、美麗なキャライラストがあるかと思いますが、アニメ版を見る限り、原作の良さを殺しているようにしか見えない。キャラデザの人も監督同様グラブルプレイヤーだそうだが、れよりもたとえグラブルプレイヤーでなかったとしても、もっと原作絵の良さを表現できる人を呼ぶことはできなかったとかと思います


HRT主導の企画である

DO・アーカルムといった新コンテンツがことごとく失敗し、ゲーム内では大混乱が起きているさなか、「わっしょいビィ祭り」とかい内輪ノリ学芸会もどきに興じていた元プロデューサー春田康一の主導で始まっているという点。この男の仕掛けた企画は前述の祭りといい渋谷ジャックといい、自己満足甚だしい低レベルものばかりで、アニメもその一つに過ぎないのではないか。そもそも前述のようにメインスタッフグラブルプレイヤーで固めているということからも、内輪ノリ腐臭が満々です。多忙アニメ業界内で、時間と金だけはかかるグラブルプレイしている人は少ないと思いますメインキャストでさえまともにプレイできてないありさま)。有能で仕事の多いアニメスタッフであればなおさらでしょう。そんな中で、原作を知らない実力のあるアニメーターなどに交渉するのをはなから放棄し、原作妄信しているような人ばっかり集めたのではないかと思ってしまます


・近年のアニメスケジュール崩壊具合

確か夏頃にはこのアニメは今年の1月から放送開始されるということが言われていたと思うが、その後全く音沙汰がなく、気が付いたら延期されていた。理由としてはオイゲン役の藤原さんの復帰を待っているからだという声もありますが、希望的観測だとしか思えません。現場スケジュールが破たんして完成しなかった、あるいは恐ろしくクオリティの低いものしかできなかったというのが実態ではないかと思います。3か月延期したぐらいではまともな出来になっている可能性は極めて低いのではないでしょうか。


ゲーム内での扱い

放送まであと1日しかありませんが、ゲームではろくな告知がありません。ゲームの開始画面に申し訳程度にリンクがあるだけ。本当にプレイヤーに見てもらいたいと思っているのか。出来が悪いので見せたくないのかと邪推してしまう。


○ご期待できる点

・サイゲマネー

なんだかんだいってCygamesアニメなので神バハのように、潤沢な予算をかけた良作になる可能性が・・・ある・・・のかなぁ。


全体的に見て、やる気が感じられません。

グラブルにこれまで何十万円と課金してきたので、それが駄作アニメに変わったとなるとあまりにも悲しいです。どうか事前の期待値の低さをいい意味で裏切る出来になってほしい。そしてこれまで不祥事連続プレーヤー流出している中、アニメを見て新しく騎空士になる人が増えて、かつての盛り上がりを取り戻してほしいと願っています

とにかく決戦は1月21日の19時から個人的にはゲーム開始時に流れた空の青さがどうたらこうたらという寒いポエムは変更していただきたいものです。


2014-04-17

人って簡単に裏切るんだなって話。

女の子バンド人口がまだ少なかったっていう時代の話。

中学3年の時から楽器を始めて、僕は高校軽音楽部のある学校に行こうと決めていた。

もうこの頃から多分人生設計を誤っていたのかもしれないけど。

そんなことはさておき、高校入試も無事終わり、僕は晴れて軽音楽部のある高校入学した。

仮入部をしに練習場所である聴覚室に入ると、そこには目が大きくて、背が小さくて、ショートカット女の子が1人、端のほうで練習風景を見ていた。

 「あ、まだ一人しか来てないんだ。入部希望少ないのかな…まあいいか。」

僕はその子をよそ目に、反対側の端に座って先輩たちの練習風景を眺めていた。

今となっては練習時の音の大きさなんて全く気にならなくなったけど、当時バンドなんか組んだことがなく、ましてやスタジオで練習なんてしたことがなかったので、練習時のその音量の大きさに圧倒されるばかりだった。

そんな大音量の中での練習風景に気を取られていたら、ふと隣に反対側に座っていたはずの女の子がいた。

 「○※□▲○■?」

僕に質問しているんだろうけど、大音量の中何を言ってるか聞こえない。

 「きこえない!」

僕はありったけの声を出して返事をした、はずだが、やはり彼女にも聞こえてなかったっぽい。

彼女かばんの中からルーズリーフを取り出し、

君も入部希望?もしそうだったらよろしくね!

と書いてこちらに渡してきた。

僕はその丸っこくてかわいい文字の下に、無骨で角ばった文字で

入部するよ!君は?

と書いて渡した。すると、僕の目を見て首を縦に大きく、2回頷いた。

僕はこんな可愛い女の子バンドやるのかー、どんなバンドやるんだろうなーといろいろ妄想しながら、また練習風景を眺めていた。

先輩方の練習に夢中になっていたら、いつの間にかその子はいなくなっていた。

しまった、名前クラスも聞いてなかった。まあいいか、入部すると言ってたからそのうち会うこともあるだろう。

僕はまた再開する日を思いながら視聴覚室を後にし、帰宅することにした。

それから1周間、正式入部の日まで毎日聴覚室に足を運んでみたものの、彼女は一回も来なかった。

ある種の一目惚れ的展開を期待していた僕は、まあそりゃ女の子バンドなんかやらないでしょと半ば諦めていたが、その時、視聴覚室の重い扉が開いて、彼女が入ってきた。

それと同時に、複数の男女がどやどやと入ってきた。

どうやら今年の入部希望者らしい。男性5人、女性6人。

僕は入部希望者が多数いることよりも、その彼女が入ってきたことに震えたし、安堵した。

程なくして僕は軽音楽部に正式入部し、新入生歓迎ライブ終了後ギター希望だったのに先輩に誘われたヘビメタバンドで何故かベースをやることになった。

目標は秋の文化祭成功。それまでに僕は先輩たちに追いつかなければならなくなった。

彼女と一緒に部活はいったはいいが、特別絡むこともなく…というのは、1バンドの練習中は他のバンドの人は視聴覚室に入れないというルールがあったから…特に彼女と会話することもなく毎日は過ぎ去っていった。

唯一分かった名前クラスも、クラスフロアが違うせいで部活以外彼女を見かけることもほぼなかった。

それでも毎日借り物のベースTAB譜とにらめっこしている高校生活は何よりも充実していて、気がつけば夏休みになっていた。

夏休みでもこんなに学校に片道40分も掛けて通っていたのは、やはり彼女がくる「かもしれない」から

その予想は的中で、彼女毎日学校に来ては練習していた。

いつしか僕は彼女をずっと目で追いかけるようになり、アイスを買いに出るときは僕も一緒に出て、他のバンドが練習してる時は積極的に近くに行って話すようにしたり。

そんな行動をしていたものから、当然他の人にはバレた。

 「君さあ、彼女のこと好きだろ?」

そんな質問をしてきたのは、彼女と同じ中学校出身ケンジ。

ケンジは童顔で、背もちっちゃくて、色白で、当時の見た目的にはどちらかと言うとそんなにモテそうには見えなかった。

僕はその問に対して首を縦に振る。

ケンジはやっぱりなーという顔をして、

「まあ僕同じ中学から相談乗るよ!なんなら協力するよ!」

と続けて僕に行ってきた。願ったり叶ったりだ。同じ中学ってことは彼女の別の面を知ることができるかもしれない。

その日からケンジは彼女のいる輪に積極的に誘ってくれるようになり、帰宅時も一緒に帰ることが多くなった。

最高の夏休みだった。毎日彼女出会えて、協力者もいて、会話も増えた。こんなに楽しかった夏は今思い出しても無いほどに。

2学期が始まっても3人で一緒に帰る日々は続く。時にはマック晩御飯を食べたり、カラオケ行ったり。

ベランダ彼女が僕を見かけると、上から手を降って大声で名前を読んだりしてくれたりもした。

そしていつしか僕は、

もしかして彼女僕のこと好きじゃない?」

と思うようになった。

告白するか。いつするか。僕は悩んだ。文化祭前に告白してカップルになって、より充実したライブをやるべきか、それとも文化祭で僕のカッコ良い所を見せた後、その余韻でもって告白するべきか。

僕は後者を選んだ。

文化祭当日。彼女はとても可愛らしい衣装ライブをやってのけた。正直、僕はますます好きになった。

僕はといえば、ライブ後の会話をどうしようかと悩んではいものの、ライブ自体はうまく行ったと思う。半年ベースをここまで弾けるようになった僕かっけええええええとか思ったりもした。

ライブが終わった後、僕はケンジに呼び出された。そうだ、ついでに今日告白するから何とか二人で帰れるような感じにしてくれないかなと言おうかと思ってた。

が、呼び出された場所ケンジが発した言葉は、

 「あのさ、俺、彼女と付き合ってんだよね。」

僕は何言ってだこいつ、冗談はやめろよと思ったが、ケンジの目は明らかに冗談ではなかった。

 「実は君に彼女の事好きだろ?って聞いた時あったよね?あの時にさ、あーこいつには取られたくねーと思ってその日の帰りに告白したんだよね。それでオッケーもらってさ、その日から付き合ってるんだよね。」

ごめんの言葉もなかった。僕はだったらなんでそれ言ってくれなかったん?何協力するとか?ふざけんなよ。と罵詈雑言を尽くしてケンジを問い詰めようかと思ったが、一気になにもかもやる気が無くなった。

 「あ、そう、よかったね。お幸せに。」

僕はそういって、その場を立ち去った。

ああ、僕は二人に手のひらで踊らされてたんだと。僕が舞い上がってるの見て二人でゲラゲラ心のなかで笑ってたんだろ。そう思うともう学校なんかいいや、軽音とかどうでもいいわって気持ちで満たされた。

僕はその日、1人で帰った。

次の日、視聴覚室で文化祭の後片付けをしていると、彼女が僕に声をかけてきた。

 「あの…大丈夫?」

その言葉を聞いて、彼女への思いは一気に憎悪に変わった。何大丈夫って?大丈夫なわけねーだろ?

僕はその問に対して何も返答しないで黙々と片付けをしていた。

その日の帰り、当然ながら1人なんだけど、僕の前を二人が仲良く並んで帰ってるのを見て、ただただ涙が止まらなかった。

その後1年ほどして、彼女ケンジと別れたと聞いた。ケンジはろくに学校にも来なくなって、そのまま退学したと聞いた。

僕と付き合ってたらもっと幸せに出来たのに!と当時の僕は考えていた。が、今となってはそんなことあるはずもなく。

彼女コピーしていたレベッカの76th Starを聞きながら、ふと思い出してみた。

2013-12-19

少しだけ人生が楽しくなってる

講義休んでAV見てて、初めてモテたいと思った。このままじゃ、一生童貞だと思った。

とりあえず、美容院に行って、高校時代のオシャレな友達と服を買いに行った。

1週間分の服を買って、組み合わせを変えながらローテーションできるようにしてもらった。

猫背を治す本を買った。

オタクサークルに入っているのだが、ネタっぽく同期の女の子モテたいといってみたら、爆笑された。

爆笑された後、彼女サークル女子招集をかけ、俺の問題点サイゼルーズリーフに書きだしてくれた。

話はできるが、いつも顔が怖く、近づきにくい、真面目そうだが頑固そう等々。

女の子サイゼで囲まれメッチャ緊張した。女の子匂いやばい

隣の席の子好きになっちゃタイプでしょwwwと、かなり言われた。あたってる。

女の人と話すのが初めて楽しいと思った。

バイト先の女の子にも、モテたいとネタっぽく話したら、

合コンセッティングしようかと言われた。さすがに怖いので断った。

彼女が欲しいなら、待ってるだけじゃダメだよといわれた。

今、自分青春っぽいことしてるなぁとか思った。

その後、バイト先の店長に初めてバーに連れて行ってもらった。

楽しい

2011-07-19

人生を半分投げた

人生を半分くらい投げたらロックンロールな気分は消えて、酩酊したいような気分で、でも別に学校行きたいなんて思うわけもなくて、ああ最後までなんかちょっと違う感じだったよなとか思いながら、最初から最後まで医学生ぽくないって言われたこと思い出しながら、なんとなく憂鬱な気分で、でも留年してくそ暇な時間を過ごしているときにおれは別に暇だとか退屈だとか感じていなくて確かいつもこんな感じだったよなって思う。わけわからない気分。勉強するつもりで買った本は全然頭に入らなくて、いやレトリックの本はなんとなくあたまのなかで形にはなったんだけど特に文章としてまとめられるような感じじゃなくて、なんにもわからなくなっちまった憂鬱な気分を抑えるために外に出て歩いて、いつも思い出すのは運動好きな体育教師が心を病んで辞職したこと。結局運動健康になるし憂鬱な気分を吹き飛ばすけれども、一時しのぎのものにすぎなくて、最低な今日。時々凄くはかどる日があるけど今日はぜんぜんそんな日じゃなくって、何がどうなのか僕はわからなくて人生の何にも向いていないような気がする。こうやってひきこもってへんてこな文章を書いて永遠に無視され続けるんだって、もちろん保坂和志が書いたように小説がそういう感情を負の側面に持っていくということは確実にあって、覗き込む心が覗き返してきてそのせいで頭が痛くなり心が暗くなり心配事があふれだす。自己啓発本読んで片付けようとした部屋は相変わらず汚いままで、明日になったら全部捨てようとかそんなことを思う。捨てよう捨てようと考えてずっと捨てられないのは僕の部屋がいろいろな余計なもので溢れているせいで、殆どものは捨ててしまえるのになって思う。だけどおれはぜんぜんすててこなかった。そういう事なんだと思う。永遠に読むことのないであろうドイツ語プリントルーズリーフビニール袋を捨てることが出来なくて、いい加減に捨ててしまわなければと思う。僕はものに囲まれすぎた。こいつらが思考をごちゃごちゃにする、なんてことはなくて、いや、ないのかどうかはわからないが、相互作用でどっちがどっちというわけではないのだろう。いずれにせよおれはとても物を片付けるのが苦手だから物は少ないほうがいい。有名なコピペ鉄道模型を捨てられて、殆ど全てを捨ててしまった夫のように、スーツケース一枚だけの荷物にしてしまえばいいのだ。父は僕にボランティアにいくのはどうだろうと思った。たしかにそれは納得出来ることだったが、ボランティアボランティアを求めているのであって、おれの更生を求めているわけではない。できればシェアハウスでどうにかこうにか生きたい。思い出した、昔のこと。長距離走でおれは結構得意だったから前の方走っていて、後ろのヤンキーがぜーはーいいながらスピードをあげてきて、苦しそうな顔をしながら走って粘ってくるのがすっごいつらくなって、おれは走るのが辛くなった、別にペースをあげたからとかそういう話じゃなくて、なんだか泣きたくなってしまったのだ。それでおれはちょっとだけペースを落として、彼の声が聞こえないところまで下がったら、おれはこのまま頑張り抜こうとかいう気持ちが無くなってしまった。別に同情しようというのではない。ただそれがおれにとってはつらかったのだ。同じことが今も起こっている。年上の再受験生がひいこら言って、生活かかっていて、そんな中でおれはなんだか嫌になってしまって、そういう競争を強いるしくみが・・・。もちろんこれは軟弱なのかも知れない、真っ先に潰されるのかも知れない。そして長距離走のときみたいに、おれはどんどん転げ落ちていくのかも知れない。

2011-01-11

自分のために書くからこそ、読む人には礼を

書きたいことも書けることも、とうに尽きたように思う。

それでも何かを言いたいとは思う。何かを言わねば前に進めないと思う。

誰の身にもならぬ、脳みそを通り抜けていくような根拠のない戯言しか言えない。自分ではそう思っている。

しかし気が向けば何か書きたくなる。ふと「アウトプットせにゃあな」と突き動かされるときがある。

真っ白なルーズリーフレポート用紙に、作っては放置してきたネット上のブログに、こういう擬似匿名メモ帳に、

何かを書かねばと言語野に支配されてしまう。

書いて何が起きるか分からない。何も起こらないことのほうが多い。

それでもこうしてローマ字入力し文章を書いているのはきっと、何かが起きるかもしれないという「可能性」があるからなのだ。

現状を変えたいが、体を動かし時間と覚悟を尽くして動く勇気がないゆえに、

頭と手だけを動かし、実際にいてくれるかも分からない読み手に向かって、届くか怪しい文章を書いている。

何かが変わるかもしれない可能性を生みつつ、申し訳程度の向上心があることを確認するために、自分はキーを叩いているのだ。

読み手にとって意味があるかは分からない。読み流して、次の日にはまた別の記憶無意識に押しやってしまうくらいに、無意味である場合のほうが多いだろう。

それでもこの文章に何かを感じ、何かを見出し、何かを言ってくれる人がいる可能性があるのもまた確かだ。

読んでくれる人にはお礼を言わなくてはなと改めて思う。

2010-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20100228001351

もっと困ったことに小学生どころか19歳の俺からの手紙なんです。

高校時代から童貞を捨てるまで鬱々と書き続けたノートから出土されました。

なんかの縁なのでルーズリーフに今の状況を書いてノートに挟んで棚にもどしておくことにします。

2009-06-08

付き合いを断った人がポエム書いてるらしい

音楽系のサークルに入ってます。

いろんな大学の同ジャンルサークルと付き合いがあって、イベント企画みたいなグループに入ってます。

BBQ企画とかね。

その関係でB大学の男数人と仲良くなって(私は女子大)よく共同で企画してるんだけど。

その中の一人S君から、このあいだ唐突に告白された、みたい。

なんで「みたい」かというと、本当に告白されたのかがよくわからない。

グループでは何度もあってるけど個人的に親しくも無い。

友人の家でザコ寝の時に一緒にいたりするけど、特に別に。というか、もっと親しい異性の友人の方が多いくらい。

でも携帯は知ってるから、たまに「ヒマだ」とか連絡は来てた。こっちもヒマだったら30分くらい話したりはしてた。3-4回くらい。

それだけ。

ただ、この間夜の電話の時はなんか、「ずっと一緒にいれたらいいなーって思うんだよね」て言われた。

で、「うん、そうだね」って答えた。

一晩考えて「アレはまずいかも?って思った。

友人に相談したら「他の人ならタダの社交辞令?だけど、彼なら違うかも・・きっぱり断った方がいいんじゃない?」って言われた。

だから、翌日電話がかかってきた時に

「今は好きな人がいないから、誰とも付き合う気はないんだ」

って言ってみた。

だって、「つきあいましょう」って言われて無いから、「つきあえません」って言うのもおかしいよね?

長電話したのは数回だけど、べつにそういう雰囲気は無かったと思うし。

そしたら、彼の大学の友人から聞いたんだけど、彼がルーズリーフになんかポエムを書いてるって。

今までそんな事したのは見たこと無いって。

絶対私が振ったからだって。

でも、話を聞いたら、その告白?の電話の少し前、その友人たちは一緒にいたとか?

なんか「電話しないのかおまえ?彼女まってるぞ」とか言ったらいつのまにかいなくなったって。

なんか、すごく悪い事したような気がする。

ポエム書く友人なんてまわりにいないよ!!!

男の友人たちも「いやあ、まさか本気にするとは!悪い事したかな・・・」って・・言いながら笑ってるし!

ヒトゴトだと思って!!

ちなみに彼は別に仲間内でいじめられてたりするわけじゃない。

地味なキャラクターながら、愛されてる・・立ち位置だと思う・・

でもすごく悪い事したような気がする。

これ、放置でいいのかなー。来週もみんなで会うんだ。BBQ近いし。

ポエム書く男性って見たことないし、なんか怖い・・・

2009-03-18

東大文1に半年で受かった勉強法(10年前だけど)

偉そうに合格体験記でも書いてみようかと思います。知り合いにもはや受験生はいないのですが、d:id:lonlon2007:20090317が目に付いたので。

ぶっちゃけると受験勉強は「想像していたとおり楽。」でした。受験勉強を始める前は受験生ってのは寝てる時間と飯食ってる時間以外は全部勉強に当てて、たま徹夜勉強する!みたいな偏見は全く持ってなかったんですが、やっぱりそのとおりでした。むしろ10月までバイトしていたのがたたって出席日数が足りず授業のコマ数が増えたうえに出席日数を充たした他の生徒が次々と休み始めるために授業中に寝にくくなり、平均睡眠時間が減っていきました。(寝ないと動けないんですが・・・)

東大は天才じゃなくちゃ入れないっていうのは確実に嘘。「東大生」は学部生だけで約1万、ほぼ京大もほぼ同じ、わずか4〜5歳間に2万超もいる人たちを「天才」とは言わない。天才なら楽に入れるなら本当かも。

秀才が3年間こつこつ勉強して入れるっていうのは本当。「〜初めて入れる」は微妙。秀才でも凡人でも3年間もコツコツ勉強すれば入れるんではないでしょうか。本当に「コツコツ勉強」していれば。

「色んな人が色んなところにこうやれば受かる勉強法!みたいなのを書いていますが、個人個人で合った勉強法は違うので、色々な方法を試してみて、自分に合ったものをやるのが一番いい」というのは当然のことで、id:lonlon2007が長々書いてる中で唯一の真理

id:lonlon2007を逐一もじるのは早くも飽きたので、というよりもそんなに長く書くこともないので簡潔に。

ちなみに残念ながら僕は、『苦手科目は世界史日本史得意科目は数学と化学と物理と地理』だったので「理1なら1ヶ月で受かるんだけどな、下手すりゃ今日にでも受かるかも」と思いながら勉強していました。

あと、基本的に家では喫煙を禁じられていたので、主にガストジョナサン勉強してました。当時(約10年前)のファミレスはせいぜいがホットコーヒーのみおかわり自由で、ジョナサンアイスコーヒーおかわり自由とガストドリンクバーには大変助けられました。あっ、嘘だ。一番勉強したのは学校。さっき書いた通り10月バイトを止めてからは授業にかなり出るようになったので、授業科目を耳で聴き、別の科目の教科書を目で読み、2科目並行で勉強してました。あとはファミレスで数学や英語(主に英作文)の難問を広げ、頭の片隅でその回答を考えつつ苦手の世界史テキストを読んでいました(たぶん後で書くけど教科書ノートよりも新書が多かった)。

風呂の中や通学電車の中で小説を読んでる時も、未だ解けていない難問や数日内で間違えた問題のことを完全忘却しているわけではないのですが、机の前以外では何か思いついても頭の中にメモるだけ。勉強しない時は勉強しないとメリハリをつけるようにしていました。ちなみに「机の前」には授業時間が含まれます。高校生は一日の半分近くを学校で机に向かっているわけだから、勉強時間は非常に長い。一部の(私立)進学校や特別選抜クラスのような環境でもなければ「授業のコマ数が減る」ことはないと思いう。嫌でも一日の半分近くが勉強時間。「寝てる時間と飯食ってる時間以外は全部勉強に当てて、たま徹夜勉強する!みたいな偏見」は授業時間を効率的に使えていない人が持つのではないかと思います(あとは生徒に自由時間を多く与える方針の学校の生徒)。そういう意味では「勉強効率」がポイントというのは同意できる。

うちの高校(某都立)では文化祭(とついでに体育祭)が一大行事としてありますが、殆どの人は夏季講習と文化祭の準備を両立させ文化祭が終わった9月頃から本格的な受験勉強を開始するようです。かく言う僕も文化祭が終わって(ちょっと学校側とイロイロあって)バイトを辞め、10月から受験に力を入れ始めました。今、気付いたんですがid:lonlon2007は「6月から」とのことなのでタイトルに偽りありで約半年、僕の方も10月からなのでタイトルに偽りありで約4ヶ月ですね。開始をもう1月遅らせておけば「四半期で受かった勉強法」とゴロ良くピッタリなタイトルにできたのに。

まず何をしていいか分からない!ということで過去問を解いてみました。いや、模擬試験を受けたかも。なにぶん10年前なので記憶が・・・。とりあえず法学部志望なのに受験敵性では明らかに理系向き。その分、周りが国公立を難しいという理由の一つである文系なのに理系科目(理系でも文系科目)、という関門はあっさり突破。選択授業も理系用の数学(と化学と物理)をとっていたので2次試験の数学もさほど難しいとは思いませんでした。

「まず」も何も、とにかく苦手の世界史だけやろう!ということでそれまでは小説に費やしていた読書時間を歴史系の新書に切り替えました。もともと古本屋めぐりは趣味だったので行動範囲の古本屋の50-100円コーナーで歴史系の文庫新書を買い占め。2年半バイトしていたので他の高校生男子よりもお金を持ってはいました(うちの高校は縁遠かったけど世間では「ブルセラ」華やかなりし頃。女子高生は金を持ってた)。がそんなこととは関係なく、買い占めたと言ってもせいぜい100冊程度。私立や塾に通うことを考えれば微々たるものです。

いつどんな問題でも満点を取れる!と思わない科目を勉強する分には必ず点数の上昇につながるので、わざわざ『勉強スケジュール』を組む必要はありません。数学は1日勉強しても1点分しか稼げないけど、英語は1日の勉強で2点稼げる、てなことが計算できるのなら『勉強スケジュール』も有効かもしれません。しかし、そんな計算ができる人は自分の欠点が分析できているのだから、すぐに数学でも2点稼げるようになります。満点を取れない間は何をやっても点数に繋がるのだから『勉強スケジュール』なんか不要。そもそも『勉強スケジュール』を考えようと言う発想が今日今日までありませんでした。夏休み宿題@小学校で1日のスケジュールを考えろと言われた時以来の衝撃です。『勉強スケジュール』は学校バランス配分してくれた「時間割」で十分だと思います。

夏休みバイト文化祭だけだったので、休日勉強について。休日はNHKで将棋を見てから昼食、最寄り駅周辺の古本屋を回ってからファミレスへ。(好きなのが将棋で幸い。これが囲碁だったら午後の大半がテレビでつぶれる。当時はネット中継がなかったのも幸便)本を1冊読んで(1〜2時間)から勉強。最低2時間はやろうと決めていて実際2時間くらいなら集中力は続きます。鉛筆ナメナメ英作文を推敲していると気付くと2時間なんてこともあって最低2時間の縛りは苦痛ではありませんでした。(学校じゃサボってると言ってもそれ以上やってるわけですし)

夏の「初の東大模試」は受けたような気がしてきました。模試の判定は最後までE判定だかF判定だったので「予備校の採点基準が間違ってる」と思ってました。私立であればともかく国公立の論述問題は大学教授を信用して、「間違ってはない」回答が書けていれば良しとしておきましょう。予備校の採点は予定された正解以外を大幅に減点する傾向があるように思います。英作文であれば日本語の1単語には4〜6音節の1単語の英語を対応させれば文句なしの正解で模試ではこれ以外は減点。実際にはそんな難しい単語を知らなくても中学校レベルの単語を組み合わせて意味が合っていれば大学教授は正解としてくれるようです(大学に入ったからといって採点基準を教えてもらえるわけじゃないけど、じゃなければ不合格だったはず)。

時期別対策?

10月〜11月

相変わらず模試は最低判定。意に介さず淡々勉強(授業)。

12月

出席日数を充たした生徒が続々と授業に来なくなる。いやがおうにも授業中に寝れなくなる。友人も受験モード突入で遊びの誘いも減る。悪循環?好循環?

センター対策は・・・必要なんでしょうか。東大京大の2次試験を見据えていれば不要な気がします。敢えて言うなら文系理科理系社会科でしょうか。僕の場合理科得意科目だったので無視。

センター

というわけでセンター試験対策としては過去問をやってみたくらいです。悪くても90点以上だったので、本番の集中力があれば大丈夫だろうとタカをくくる。それでも素材がたっぷりあるうえに冬休みは午前中の将棋(NHK)もない。勉強時間は比較的長かったように思います。午前に1〜2時間、昼飯を食って古本屋。別のファミレスで本を1〜2時間勉強1〜2時間。僕の中では最初と最後の時間差だけとって「6時間もやった」と思っていました。

冬休み学校に行かないので、毎日図書室で読んでたJapan Timesが読めなくなりました。かわりにテレビニュース英語音声で聞くようにする。親と妹も「受験生」ということで不満は抑えてくれてたようです。

ちなみに過去問時間を気にせずやっていました。調子が悪い時や面白い問題にであったときは1時間を超えることもあったと思います。過去問で高い点数を取ってもあまり意味がないので答えや力の確認ではなく、とにかく「どんな問題でも時間さえあれば解ける」という確信を持てるように。時間を気にしていないので早く解き終わった時も確認とかはしない。「できた!」と思った段階で答え合わせ、間違っていたら原因を考える。

二次試験

とりあえずセンターの自己採点が大丈夫そうだったので、気が抜けました。本番でも緊張しないことが分かったのが収穫で相変わらず学校の授業に出る日々。得意で好きだった数学・理科はそろそろ休めます。教師との不仲が極限に達していた英語国語は最後の最後まで授業です。

東大の○○25ヶ年』シリーズって何?赤本と友人がやり終えた予備校テキスト文庫新書、あとは学校教科書勉強してました。友人から借りた予備校テキストはザッと解いて印象に残った問題だけ書き写して返す。別にビンボーだったからじゃないですよ。公立・公立・都立ときて親にはあまり負担をかけてないし、大学国立の予定だし、バイトガッツリしてたし、参考書を買う程度で躊躇することはありません。『東大の○○25ヶ年』シリーズはたぶん僕の頃にはなかったんだと思います。

そんなこんなでさすがに学校も行かなくてすむようになり(都立とはいえ受験校なので他の生徒は来ないし、教師もそのつもりでいる)、時間ができたので予備校に潜り込むようになりました。友人は私立志望が多かったのと私立の方は全く自信がなかったので私立コースです。あと友人は理系にも多かったので理系東大コースみたいのにもたまに行ってました。2ヶ月も真面目に勉強するとさすがに疲れ(飽き)たのか、この時期に大きく伸びた気はしません。予備校では、僕が無意識にやっていたことを言語化してもらった感が強く、それはそれで頭の整理ができました。有意義だったと思います。

ぶっちゃけ全科目やるって言っても、高校で一日授業を受けているようなものなのであんまり死ねませんでした。

科目別対策

数学

得意で理系の授業をとっていたので苦労なし。解けない問題は絶対に回答を見ず、翌日へでも翌週へでも持ち越してひたすら考える。答え方を覚えるよりも、答えの見つけ方を思いつくことが重要だと思います。図形問題なら知ってる定理・公式を片っ端から引っ張り出してやみくもに補助線を引く。そんなことを繰り返してるうちに、問題を見ると求めている回答がわかるようになってきます。センター試験は余力で解けるので無視。

使った参考書・問題集:東大京大・私立理系過去問

現代文

現代文は二三回本番形式で練習して、形式に慣れるくらいでいいと思います。現代文はみんな取れなくて差がつかないし、勉強すりゃ上がるっていうもんでもないので、比重は極めて低かった。漢字常識の範囲内なので、よっぽど苦手な人でなければ悪くても1問間違えるくらいで済むでしょう。

加えて日頃読んでいた小説・随筆は役に立ったかな。乱読・雑読ですが古今東西ジャンルに捕らわれずに古本屋投げ売りコーナーで目に留まった本を片っ端から読んでたので、過去問模試でもたまに知っているテキストがありました。新刊でも買うような好きな作家受験には向いていないようで、これも幸いでした。好きな作家テキストが出ていたら「正解」ではなく「持論(自論)」を書いてしまうひねくれた者なので・・・

知っているから解ける、知らないと解けない、というわけではありませんが、抜粋されたテキスト前後や著者が分かることにデメリットはありません。「受験のため」としてはお勧めできませんが、今まで読書に費やした時間も「無駄ではない」程度の気休めに。

使った参考書・問題集:なし

古文と漢文

暗記が苦手なので古文には多少手を焼きましたが、学校の授業で十分。むしろ暗記法があれば教えてもらいたいくらい。単語帳とかがいいんでしょうか。僕は単語帳を作るのが面倒だったので、とにかくテキストを繰り返し読んで単語の意味や用法を文脈から類推するように心がけました。おそらく全科目で一番教科書を使いました。和訳(現代語訳)では自然日本語になるように心がけました。意味が分からないから曖昧に訳すのではなく、文理や言葉のかかりを強調する翻訳体をさらに自然言葉に訳す感じです。英文和訳でも同じ。

使った参考書・問題集:教科書過去問

物理と化学

センター試験対策。教科書過去問で十分。感覚を忘れないように授業がなくても週に一度はやる。勉強期間が短いので過去問が枯渇する心配がない。

使った参考書・問題集:教科書センター試験過去問

世界史と地理

うちの高校では入学時点で日本史と地理の選択を迫られます。歴史の暗記(人名年号)が大の苦手だったので深く考えずに地理を選びましたが、これが功奏。日本史世界史日本史と地理が無関係とは言いませんが、世界史(の特に近現代史)と地理は密接不可分。片方を勉強すればいやでも他方の学力もあがります。

比較的得意だった地理。これは教科書一般教養新聞新書)で済ませました。とにかく視点を広くして、知らないことがあって当然、知らなければ考える。このとき世界史の知識や新聞書籍で読んだ現代社会の知識が役立ちます。社会政治は地理的条件や歴史的背景に帰結することが珍しくありませんから知らないことでも十分に推測がききます。

あとは地図を見ることかな。別に国名や地名を覚えようとする必要はなくて、国名や都市名とだいたいの位置が繋がればそれだけでたくさんの情報が得られます。内陸なのか平地なのか、頭の中で地形図や気候図とおおまかに重ねられればなお良し。世界でn番目に長い川の名前とかm番目に広い国土といったクイズ的な知識は不要。そこに川はあるのか、国土は山がちだが狭くはない、その程度で事足ります。

都市名と工業農業産業を単にセットで暗記するのではなく、そのような産業が育まれた地理的要因を考える。基本で当然のことのようですが、結局はこれにつきます。

歴史(世界史)。大の苦手。とにかく年号人名が覚えられない。ルイとかシャルルまでは分かるけど何世かが覚えられない。清教徒革命フランス革命前後関係因果関係)は分かるけどそれぞれの年号は知らない。(日本史なら足利某までは分かるけど某が分からない)それでも何とか解けるのが東大京大論述問題の良さ!

細かい年号はザックリと捨て拙い記憶力は人名とせいぜい事件の名称に費やす。あとは前後関係因果関係意識しながら歴史を概観する。

教科書や授業では国や地域で縦に切り、ついで年代で横に切って学習しますが、前後左右のつながりを考えて大きな年表を作ります(頭の中でも良いし、模造紙や今ならパソコンソフトで実際に作ってもいいかも)。先の例で言えば清教徒革命イギリスの歴史においてどのような影響を与えたのか、さらにヨーロッパアメリカのどのことがらにつながっていくのか、フランス革命フランスの歴史、ヨーロッパアメリカの歴史にどのように・・・こうやって年表に→を書き始めるとすぐに→だらけで見るにたえなくなっていくと思います。そんな因果関係を大まかに覚えていく。このような大きな流れがつかめると東大の問題は急に簡単に見えてきます。

教科書と資料集を片手に短時間で問題を解けるようになれば、あとは覚えるだけ。

教科書・資料集をわたしてもキーワード人名年号・地名・事件)をピックアップすることしかできずそれらをつなげて論説できない人が東大京大論述式問題を難しいと言ってるように思います。僕の場合は逆で、キーワードが分からない(正確に覚えていない)もののキーワード部分を穴あきにした回答は組み立てられた(センター試験の問題文のような文章)。教科書・資料集があれば穴埋めは簡単。あとはキーワードを覚える。受験勉強のほぼ全てをこれに費やしたと言っても過言ではありません。

例題を解く時は分からない問題もいきなり回答を見るのではなく教科書などを見ながら一度回答を完成させてから回答を見る方がいいでしょう。「覚えさえすれば」という段階に至ることが重要

もう1つ、大まかな流れを雑ぱくに理解するのに新書のような読み物が役立ちました。受験用ではないので縦横に細切れにされていませんが、その分全体的な流れが見えてきます。気分転換にもいいでしょう。

最後に暗記について。当時は思いもよらず、最近になって思いついたのですが、書いて覚えるのではなくしゃべって覚えるというのがいいような気がします。英単語漢字は書いて覚えるのも効果的だと思いますが、(ルイ)14世、15世、16世と書き連ねたところであまり役立つとは思えません。関連する人名年号・ことがらをセットで口に出すと覚えられそうな気がします。ぼくは学校ファミレス勉強してたので、当時思いついたとしても実行できませんでしたが。ちなみにこれは法学勉強を通して気付きました。自分レジュメを作ったり授業を聞いていても条番号はなかなか覚えなかったのですが、ゼミなどで口に出す頻度が増えると自然と覚えていました。

英語

英文和訳は慣れ。知らない単語は前後の文脈で予想。そのために役立ったのは英字新聞Japan Times(とテレビニュース英語音声)でした。朝に日本語新聞で読んだ内容が英語に書き直されてるようなものだから、知らない単語があってもドンドン読み進められる。これを2ヶ月も読めばいやでも単語力や読解力、類推力や速読力が身に付きます。

辞書をひくのはあとまわし。類推した単語はあとで必ず辞書をひく。この2点がポイントと言えばポイント辞書をひくのをあとまわしにするのは「考える」ことが重要だから。あとで必ず辞書をひくのは、1つの単語が持つ複数の意味を「とりあえず知っておく(覚えなくてよい)」のが重要だから。

今では多くの英語新聞記事がネットで見られますが、日本新聞とはフォーカスが違うので今なおJapan Timesが良いと思います。「英文を読む」よりも「大まかな内容を知っている英文を読む」ことが重要です。

趣味と実益を兼ねて好きな作家原書も読みました。が、これはさすがに知らない単語(と専門用語)が多すぎて勉強にはなりませんでした。

あとは過去問東大京大ではずいぶんと傾向が違うのですが、それでも私立の問題よりは国公立の問題の方が東大受験には役立つ。私立の問題は「知らなきゃ解けない」うえに教科書にないものも多い。国公立とは別のことを問うています。

単語帳は古文同様に作るのが面倒。教科書では物足りなかったり電車教科書を開くのが恥ずかしかったりなら、ペーパーブックを1冊だけ買って眺めていればいいのではないでしょうか。3日も同じページを読んでいればいやでも内容が分かるようになり、使われている修辞・技巧なんかにも気付くようになると思います。

DUOとか知らないしiPodは当時はない。当然使ってません。今なら英語ニュース議員さんのPodcastiPodで聞くのはありかも。(議員さんやニュース英語は分かりやすいです)

例文を覚えるという発想はなかった。過去問模試を解いているといやでも覚えてしまう文法的技巧や慣用句はありました。「覚える」というよりも「(自然と)覚えた」という感じなので「覚え方」は分かりません。

自由英作文は想定されている答えを探すのではなく「意味」が通る英文を書くことが重要。正しい文法で知っている単語の継ぎはぎする。どうしても分からなければ少し長めにあけた余白に薄く日本語を書いておき、あとで考えましょう。日本語1単語に5 words前後の余白を対応させるくらいの気持ちで。他のことを考えているうちにピッタリくる単語(1単語)が浮かぶこともあるし、そうでなくても空白のまま出すくらいなら中学校で習った単語を並べて意味を表現する。とはいえこれは苦肉の策。単語を知っていて損することはないので、時間と金と記憶力に余裕があるなら単語や例文はいくらでも覚えてください。大学に入っても社会にでも英語が足かせになることはないと思う。

英語(と現代文)は教科書をあまり使わなかった気がします。

使った参考書・問題集:国公立大学過去問模試、英字新聞

模試

模試は一通り受けたと思います。「教える」ための教科書と「考えさせる」ための試験では勉強の内実が違います。「教わる」よりも自ら「考える」ことの方が重要なので省エネ勉強のためにも受けて損はありません。嫌でも丸一日勉強したことにもなります。

東大模試は受ける。結果が悪くても気にしない。結果が良ければ安心する。結果が悪くて自信もなければそれを機に諦める(浪人するなり志望校を変えるなり)。

過去問を見るかぎり、東大よりも京大の方が正解の範囲は広いと思います(模試ではなく本番の話)。模試結果に納得いかない人は東大より京大に向いているかもしれない。

本番

寝過ごした!電車で寝過ごしたけど、高校受験で軽く遅刻した反省をいかして少し早めに出ていたのが功奏して間に合いました。遅刻だけは気をつけましょう。

遠方からの受験生ホテルなどに宿泊する方は寝坊に注意。受験まで1年のこの時期に言っても「そんなわけない」と思うかもしれませんが、1校しか受けない本名中のこのエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2008-10-02

バニラ

この前宮台真司の本を読んでいて「バニラ」っていう考え方は面白いと思った。最初に選んだバニラを好きになるのと、いろんな味を体験した後でバニラを好きになるのは全然違うっていうやつ。詳しい内容は覚えてない。

それで、最初の印象に引きずられて一度も試さずに批判していることって多いんじゃないかなって思った。それと、ネットでも同じことばっかりしていて、いつもと違うことを全然していないなって思った。

たとえば・・・そうだな。講義を受けるときのノートの取り方とか普段気にしないと思う。ノートルーズリーフか。たまにA4のコピー用紙とかノートパソコンで取っている人がいる。ああ、教科書に書き込んだり配布資料に書き込む人もいたか。すごいと思ったのはデジカメだけ。でも、デジカメボイスレコーダーが最強じゃね? って少し思った。両方持ってないから試せないけどね。

ただ、もっと効率の良いノートの取り方があるのではないかと思い、様々なメモ用紙で試したりした。マインドマップコーネル式を試した。書きやすさではA4のコピー用紙が一番だけど、まとめやすさ(後から見直しやすい)からいうと普通大学ノートがいい。基本はマインドマップ形式で書くのが一番だけど、形式にとらわれすぎると時間もったいないかなって気がする。後から見直すのがノートの意義なんだから薄い字とかダメ。濃いえんぴつ、もしくはペンを使用したほうが効率いい。文字を間違えても塗りつぶせばいい。修正液とか時間無駄。だけど、長文をノートに書く場合はこの限りではない。などなど。。

ノートの取り方も、黒板+発言を書けるだけ書いたり、パワーポイントも極力書いたりしたこともあった。疑問や意見を書いたり絵を描いたり。大抵の内容は本を読めば書いてあるから、名前とかその分野の専門用語、大雑把な概念を書いたりとか。。

やっぱり、いろいろな方法でノートを取っていると最初の頃とは全然違うって実感した。というか、ノートの意義とかノートの取り方とか小さい頃に教えてくれればよかったのに。。なんか、「黒板に書かれたものをすべて写せ」ってずっと思い込んでいた。

会社入れば記述形式とか調査方法とか規格化(形式化?)されているのかもしれないけど、そうじゃなかったらいろいろ試してみればいいと思う。

あー、はてなでも試してないことたくさんあったっけ。何か探してみよう。

2008-09-18

高校への数学」の思い出 後編

エントリ

http://anond.hatelabo.jp/20080918115223

わっふるさせてしまって申し訳ないんだけれど、結末はつまらないよー。

大量にブクマがつくような増田2chコピペサイトのようなドラマティックな展開とかないです。

勇気を出して…、初めての告白…!

ハガキの裏にルーズリーフで書いた手紙貼り付けたり、本を渡したりするのって全然緊張しなかった。一度に4、5冊くらい貸したから、気づかれなくてもしゃーないかなーなんて思って。

だけど、いざ「返信」が同じ位置に貼り付けて返ってくると、ドキドキするね。1時間くらい明けられなくて「うきゃーっ」ってなってた。今でも、好きな人からのメールってなかなか開けないしw

結果は、ノーだった。基本ですよね「今は恋愛に興味がない」っていう、相手を傷つけまいとする言い繕い方は。

想いを告げたのが秋で、そのままお互い何もなかったように過ごして、冬がやってきて、年が明けて、受験シーズンとなるわけですよ。これくらいの頃になったら、何かもう俺も現実の異性っていう不確定要素を排する意味でも、二次元声優で心を癒してた。ラジオ番組に投稿したりして。心に秘めた想いはあったけれど、その時は受験に夢中だった。

そして、俺は一足先に志望校への合格を決めた。何か、世界が違って見えた。広く、明るく、鮮やかに感じられた。空も、「そんなレベルの高いところ、合格できたら私立でも授業料高くても通わせてやんよ」と言っていた親の顔も青ざめていた。

M美も国立合格したそうだ。高校は違うんだけれど、なんだかこれからの高校生活がとても待ち遠しかった。「高校への数学」は、妹にプレゼントした。案の定、まったく理解ができなかったらしく、まだ実家の机に眠ってるんじゃないかな。

その後M美とは高校も違ったし、中学の頃も学校以外ではほとんど接することがなかった俺達(この表現は何か違うと思うが)は、その後の3年間一切関わることがなかった。

成人式の日に、一度だけ「見かけた」。本当に見かけただけ。振袖マジックだかなんだか知らないけれど、やけに綺麗に見えた。

その後も何の関わり合いなし。

なんだかこのままってのも寂しい話だし、なんか近々会えるチャンスを作ってみようかなーなんて思っているんだけどね。

M美の妹と俺の妹って仲が良くて、妹が結婚するんでそれにかこつけて「姉貴と連絡取りたいんだけど」とか言えないかな。ダメかなー。

ほら、ドラマティックな展開なんてない。これが一般ピープル恋愛ですよ。お前らはドラマティックな漫画アニメ小説ドラマ体験談に慣れすぎているんですよ。

まあ、このエントリをM美が読めば誰のことか特定できると思うから、読んでたら反応して!そして増田からドラマティックな話を生み出そうぜ!っていう展開はどうですかね。

あ、妄想がすぎましたか、失礼しました。

2008-06-18

宮崎勤死刑に思い出すこと。

幼少時、私は宮崎勤死刑囚に遭遇している。

これまでこのことについて他人に話したことはほとんどなかったけれど、死刑執行された今後、もう話題に上ることもないだろうと思うとふいに記憶が惜しくなった。

=====

21年前、小学2年生の時だ。幼なじみと近くの林で遊んでいた。道路のすぐ横が斜面になっていて、そこの土は他と違って粘土質で土遊びにもってこいだったため、私たちの格好の遊び場だった。

斜面は道路を隔てて中学校住宅に面していた。とはいえ繁華街からは遠く離れており、人通りは多くない。住民以外は滅多に見かけない土地柄だった。当然、知らない人にはついて行かないようにと教えられていた。

見知らぬお兄さんが、道に迷ったといって私たちに声をかけてきた。小さな白い車に乗ってきたらしく、地図を広げて「○○公園って知ってる?」と聞いてきたのだった。

お兄さんが探している公園は私たちの通う小学校に隣接していて、この住宅地の中では一番大きな公園だった。家からは子供の足で20分はかかる。よく知っている公園なので、私たちはすぐにお兄さんに道を教えることができた。

「やっぱりよくわからないから、車で一緒に乗って行ってくれない?」

「でも知らない人の車に乗っちゃ行けないって言われてるから」

私たちは断り、もう一度道を説明した。だがお兄さんはその場から離れようとはしなかった。

「まだ時間があるから、一緒に遊ぼうよ」

「何時まで?」

「4時に仕事があるから、それまで」

私も幼なじみ時計を持っておらず、5時に消防署サイレンが鳴ったら帰ってきなさいと言いつけられていた。知らないお兄さんと遊ぶのに警戒心がなかったわけではないはずだが、4時までと時間を区切られたことに安心したのだと思う。

「じゃあいいよ、一緒に遊ぼう」

私たちは彼を受け入れた。

しばらく3人でしゃがみ込んで土をいじっていたが、お兄さんが「この崖の奥はどうなってるの?」と立ち上がった。粘土質の斜面を上がると木が生い茂り、ちょっとした探検気分が味わえる林になっていた。

「ちょっと見てみたいから、一緒に行こうよ」

誘われて、林の中に入っていった。

大人の足は、子供の踏み入れたことのない場所まで分け入ってしまう。

「この先は行ったことがないから怖いよ」

「今何時? 公園に行かなくていいの?」

という私に、彼は

「大丈夫だよ」

と気にせずどんどん林の深くに進んでいく。私は不安だった。大人の目の届くところで遊ぶつもりが、知らないところで知らない人と遊んでは母の言いつけを破ることになる。知らない人と遊ぶことがどうしていけないのかきちんと考えもせず、ただ言いつけにそむく後ろめたさが不安の理由だった。

やがて少し開けたところに出、花か草かを摘むためだったか、私たちはまたしゃがんで遊び始めた。

3人で車座になり、そこで私たちはお兄さんに名前を聞いた。お兄さんと私と幼馴染の苗字には共通点があった。3人とも「宮」の字がつくのだ。

「一緒だね」

「おそろいだね」

そう言い合った。それで私は彼に親近感を覚え、不安は薄れた。

お兄さんは特に何をするでもなく私たちが遊ぶのを見ていた。そのうち私は、妙にお尻がくすぐったくなってきた。木の枝でも当たっているのかと見てみても、それらしきものはない。変だな、変だな、と何度か思ううち、それがお兄さんの手のせいだと気づいた。スカートの下に手をもぐらせて、ブルマーの上からおしりを撫でているのだった。

子どものおしりを触る大人というものが私には不可解だった。大人の男の人は大人の女の人のおしりを触るもので、それがエッチなことであると知ってはいた。そのはずが、なぜ子どもを触るのか、お兄さんの行為が不思議だった。

私は触られるのがいやだと思った。変な触り方をするからだ。くすぐるようにこそこそと撫でるのでむずがゆかった。だが抗議をするのに少しためらった。大人の女の人は大人の男の人におしりを触られたら怒るものだ。クラス男子スカートめくりをされたら、女子は怒るのが当然だ。だが、大人が子どもに触るのも同じように怒っていいのだろうか。

このあたりの葛藤は今でもよく覚えている。このころはまだ、ペドフィリアというものの存在が今ほど広く認知されていなかったせいだろう。子どもにいたずらする大人はいるにはいたし、母親たちもそれを警戒していただろうが、私たち子どもには「知らない大人についていかないのは誘拐されて身代金を要求する悪い人がいるから」だと教えていた。幼児に性欲を向ける大人の存在子どもたちには隠されていた。その存在が大きく世間を騒がせるのは宮崎勤事件以降のことだ。

ついに私は勇気を出して声を上げた。

「おしり触ったでしょー」

「触ってないよ」

「触った!」

「いいじゃない、ブルマはいてるんだから」

驚いたことに、幼なじみも彼のこの言葉に賛同した。

「そうだよ、ブルマはいてるんだから」

幼なじみは私よりもさらに世知に疎く、幼かった。彼女には年の離れたいとこがたくさんいたから、お兄さんに遊んでもらうのに警戒がなかったのだろう。

今ならそんな言葉に言いくるめられるわけがないが、幼なじみの援護もあって当時の私は納得した。これ以上抗議するのも大人ぶっているようで恥ずかしかった。

何度目かの私の「今何時?」攻撃にお兄さんは重い腰を上げ、3人は林を戻り始めた。私たちは元の斜面に出たところでさよならのつもりだったが、お兄さんは

「まだ遊べるよ」

と言う。

お仕事でしょ? いいの?」

「なくなったんだ」

携帯電話の普及していない時代だ。彼の言い分は不自然だった。父の姿から、大人にとって仕事は何より大事なものだと思っていた私に、また彼への不信感が芽生えた。

「ここじゃなくてもっと広いところに行こうよ」

「どうして?」

ボールがあるから、それで遊ぼう」

彼はゴムボールを持っていた。野球ボールくらいのサイズだったと思う。

「○○公園は?」

彼は最初に尋ねた公園を挙げた。

「そこは遠いよ」

「車に乗っていけばいい」

「知らない人の車に乗っちゃいけないって言われてるから」

「もう知らない人じゃないでしょ」

「でも……5時になったら帰ってきなさいって言われてるから」

私の抵抗に比して、幼なじみはあっさりしたものだった。

「××公園なら近いから、そこに行く?」

と彼に提案し、私もその案に妥協した。彼と遊ぶのが楽しいらしい幼なじみを見ていると自分の警戒が的外れなように思えて、ブルマ言い訳同様彼女に従ってしまった。

車には乗らないと私が強情を張ったので、公園まで3人で歩いた。

公園には時計があった。正確な時間は覚えていないが、4時は回っていた。

しばらくキャッチボールをして遊んでいると、大きなサイレンが鳴った。消防署サイレンだ。

「5時になったから帰らなきゃ。Mちゃんも帰ろうよ」

私は幼なじみに促した。

それなのにお兄さんは、

「まだ明るいから平気だよ。それよりもっと広いところに行こう。やっぱり○○公園に行かない?」

と誘ってくる。

私は刻々と時計の針が5時を過ぎることに落ち着かず、とにかく帰る、と繰り返した。

「Mちゃん、帰ろう」

Mちゃんが誘拐されたらどうしよう、となんとか一緒に帰るよう幼なじみを口説いた。幼なじみは迷っているようだった。同じく門限は5時だったが、お兄さんの誘いも魅力的だったのだろう。私はこれ以上、母の言いつけを破るのはいやだった。

「私、帰る!」

帰ろうとしない幼なじみを置いて、私は走って公園を出た。早く帰らなきゃ、と思う頭の片隅で、幼なじみを置いてきたことが気がかりだった。

家に帰ると、母が夕食を作っていた。

「おかえりー。だれと遊んできたの?」

「Mちゃんと」

知らないお兄さんのことは言わなかった。

何日か後、部屋で遊んでいる私のもとに深刻な顔をして母が入ってきた。

「あんた宮崎さんって知ってる? こんな手紙が入ってたんだけど……」

母の手には、折りたたんだルーズリーフが握られていた。

「あっ! この間、Mちゃんと一緒に遊んだ人だよ」

私はばつの悪い思いをしながら、母に説明した。母は眉を曇らせながら聞いていた。

最近見かけない車がこの辺をうろうろしてたけど、その人だったのかもね。あんた宛にこんな手紙ポストに入ってるから、何があったのかと思った。そういうことはちゃんと言いなさい」

「ごめんなさい、車に乗らなかったし、5時に帰ってきたから大丈夫だと思って」

「それはえらかったね。それにしてもMちゃんも無事でよかった」

そう言って、母は幼なじみの家に電話をかけた。あのあと幼なじみも私の直ぐ後に帰り、同じような手紙が入っていたらしい。

大人たちは真剣な面持ちで何度か話し合いをしていた。家を突き止められた以上また会いに来るかもしれないが、今度こそ大人を呼ぶようにと言い含められ、手紙は母の管理化に置かれた。

ことが大人の手に渡れば、子どもが心配するようなことはないと思った。私はそれきりそのことを忘れた。

2年後、私は4年生になっていた。テレビから連日、幼女誘拐殺人事件の報が流れていたある日のことだ。

風呂上りにテレビを見るともなしに眺めていた。相変わらず、宮崎勤容疑者が映っていた。画面の中から、彼の青白い顔がこちらを向いた。

その瞬間、経験したことのない感覚がぞーっと駆け巡った。冷や水を浴びせられたような、とはあのような感覚を言うのだろう。あのときはそんな言葉もしらず、混乱して呆然と突っ立っていた。

「あのときの人だ!」

宮崎勤の顔を見たのはこれが初めてではなく、何度もテレビで目にしていたのに、なぜ今まで気づかなかったのか。

受けた衝撃は言葉にならず、私は黙って自分の部屋へ引っ込んだ。

1人で2年前のお兄さんの顔を思い出そうとしてみるが、はっきりと思い描けない。色の白い、穏やかそうな印象しか覚えていない。

ただ似ているだけの人だろうか。だが私はさっきの戦慄で確信していた。あれは宮崎勤だったのだ。

それから、母に一度、幼なじみに一度、話したことがある。人に言っても信じてもらえないだろうと思っていたから、打ち明けるのに慎重を要した。

「2年生のときに会ったお兄さんを覚えてる?」

母は、

「あのときの手紙、どこかにまだあるはずだけど。あれが宮崎勤だとしたら、殺されてたのはあんただったかもしれない」

と言って恐怖を分かち合ってくれた。

幼なじみは、

「そうだった? あのお兄さん、山口さんって言ってなかった?」

と反論した。

いずれも、2度は話題にしなかった。

私の勘違いならそれでかまわないのだ。小さかった私に起こった奇妙な出来事と、例の凶悪犯と、接点がないならそれに越したことはない。

普段は忘れているが、ふとした折、4年生の私の体を襲った心底からのショックを思い出す。あれはなんだったんだろうかと。あのお兄さんが宮崎勤でないなら、私が受けた感覚はなんだったんだろうかと。

2008-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20080517094331

チラシが有料であるか(新聞代に含まれているとかはなしにして)無料であるかというより、

切り離して捨てられるところがミソだった気はする。だからノートルーズリーフみたいな位置付け。

作家原稿執筆しているときに、うまくいかないものをぽいぽい捨てるのに憧れて、

無意味迷路を書いては捨てていたw ただで捨てても問題ないのはチラシだけだったから。

チラ裏というのは、私見ですけど、と意味不明の断りとほとんど意味が同じだろう。

ついでに無粋なつっこみをするな!とガードを上げているようだが、

無粋なつっこみをする以前に、内容として問題外であることも多い。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C1%A5%E9%A5%B7%A4%CE%CE%A2

キーワード化されているけど、AAはない。

2006-12-25

うんこ溜め込み波動砲

 ネタやら着想やらをうんこのように溜め込んで溜め込んでこっそりルーズリーフに書いてはまとめ書いてはまとめを繰り返していると、精神的に便秘になりそうだ。腹が重くなる。便がどんどんコチコチになる。じきに救急車で運ばれるか、うんこを漏らすかもしれない。おしっこみたいなエントリを書いているうちに、ぽろっと逝ってしまうんだろうか。

 はやくいいうんこがしたいです。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん