「表現活動」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 表現活動とは

2019-12-06

anond:20191206101642

今、ネット上には漫画不正コピーしたものがあふれています。これらの「不正コピー」とアップはすべて、漫画家たちの気持ちに反しておこなわれたものです。そして、「この作品はこう読んでほしい」という作者の意図をも大きくねじ曲げています。「不正コピー」を作りネットにアップする行為は、たとえそれが気軽な気持ちでおこなわれたとしても、漫画家が心血を注いだ表現活動を傷つけることであり、また法に触れる行為でもあります私たちは、こうした「不正コピー」を発見するつど、漫画家と話し合いながら、考えられるあらゆる策を講じてきました。しかし、心ない人たちはあまりに多く、残念ながらそのすべてには対応し切れてはいないのが現状です。 読者の皆様にお願いです。ネット上にある「不正コピー」は、漫画文化漫画家の権利、そして何より、漫画家の魂を深く傷つけるものです。それらはすべて法に触れる行為でもあるということを、今一度、ご理解ください。また漫画家の方々と集英社は今後も、ネット上のあらゆる「不正コピー」に対しては厳正に対処していきます。読者の皆様の変わらぬご支援をお願いいたします。

週刊少年ジャンプ編集部

これしか見つけられなかった

2019-11-24

同じミソジニストでもヤリサー男とオタク男の違いが残酷すぎる

・基礎スキル

リサー男…コミュ力経済力も高い。

オタク男……コミュ力が低く、趣味で散財して経済力もない。ルックスもあまり良くない。

女性への見方

リサー男…コミュ力経済力によって女性モテた結果、女性弱者とみなしてモノ扱い。

オタク男……女性からまれ続けてきた経験から女性のことを自分たちを抑圧する強者として敵視。

女性との関係

リサー男…高いコミュ力から言葉巧みに女性を籠絡し、複数人との性交渉に何度も及ぶ。

オタク男……女性経験ほとんどない。あるいは性風俗を利用するのみ。

社会からの見られ方

リサー男…その高いコミュ力から、体面を保つのうまい。見えるところでは性的言動はしないし、する必要がない。

      なのでフェミニストからも目をつけられず、経済力も相まって、社会からはむしろ信頼される存在であることも多い。

オタク男……コミュ力が低いので、他人不快にさせる言動をしてしまい、悪印象を与えがち。

      欲求不満を発散するため表現活動性的欲求が向かうが、それによってフェミニストに目をつけられてしまったりする。

オタク男に救いはないのか(泣)

2019-11-15

同じく傍聴してきた

建造物侵入殺人銃砲刀剣類所持等取締法違反事件番号 平成30年(わ)1145号)第4回公判

9時20

本日の傍聴定員25名、超過すれば抽選、以下であれば定時までに整理券配布に並んだ者がそのまま傍聴できるのだが、整理券配布締切直前に1名超過となる。しかし1名辞退者が出たため抽選なし。

9時50分

905法廷。傍聴席に座席指定はなく、最前列記者席、向かって右手側に関係者席、その他を自由選択できる。

両脇に被告人入廷。紺色スーツ、ネイビーのネクタイ、黒っぽいセルフレーム眼鏡、ただし足元はサンダル逮捕直後に報道された姿より体重が落ち、坊主頭がそのまま伸びたような短髪。姿勢が良く、痩せているというより締まっているため、休日ジムトレーニングしているエンジニア、と言われても違和感がない。

そして目立たなかったが手錠と腰縄、それらを外した後、裁判官裁判員入場。右手側に検察左手側に弁護人被告という配置。

10

開廷。直後に被害者妻の証言

低能先生と言われるネット上のモンスター」「死んで償ってほしい」

休憩をはさみ1020分再開

被害者妹の証言証言席は衝立で囲まれ被告人からは見えない状態

終始涙声、「誠意などまるでない」

休憩をはさみ10時50分再開

検察官。

犯行内容に争いはない、責任能力の有無が争点。

完全責任能力あり、被告人価値観による犯行

鑑定人に自閉スペクトラムと鑑定されているが、自閉スペクトラム攻撃性を特徴とせず

計画的犯行であり、各場面で選択し、絶好の機会を狙っていた

犯行現場の下見をし、ナイフで毛布を刺して予行練習

強固な犯意に基づく計画性のある犯行

遺族の処罰感情が強い

動機は身勝手かつ理不尽

反省の態度まったくなし、正当化に終始し、後悔していない

求刑20年。

被害者参加人。

ネット上の集団リンチ存在しない」

アカウント通報関係なく凍結されていた

我が国初の事件であり、ネット上の表現活動に影響を与えることになる

極刑を。

弁護人

限定責任能力

自閉スペクトラムが影響している

犯行を押しとどめる判断能力がない。

汲むべき情状で量刑判断してほしい。私利私欲快楽目的ではない。再犯可能性なし。真摯反省している。今後家族の支援監督あり。

被告人

すべての方々にお詫びしたい、すいませんでした

遺族の声に深く共感しました

人生が止まってしまった感がある

責任は引き受ける、極刑になっても控訴はしない

しかすると死んでしまうかもしれない

人生を前に進めてほしい

父に連帯責任は問わないで

以上。筆記メモ難しい。

2019-10-28

オタク文化における"性表現"」の一例:コスプレ

レイヤーの方々と話すたびに真理に到達する「あれは単に衣装を着てるんじゃなく『同人誌歩いてる』んだな…」

https://togetter.com/li/1411119

「【拡散希望コミケ露出狂レイヤーが増えている件に関して、とても不愉快なのでまとめてみた」がとても不愉快なのでまとめてみた。

https://togetter.com/li/862327

2019-10-16

すべての表現不愉快から人間表現活動を止めろ

この書き込みすら自分でやってて不愉快だが最後の力を振り絞ってやっている

2019-10-11

小沢健二が嫌い

小沢健二とか櫻井翔とか、金持ち上級国民の親に生まれて、教育たっぷり金かけてもらって高学歴で、その金でハイソ暮らしして表現活動して、ってやつが大嫌い。

でも、日本人ってそういうのが大好きだよね。今の天皇もそう。大嫌い。

2019-09-28

トリエンナーレ交付金出せと言ってるバカどもは自腹切ればいいだけ

別に警察が踏み込んで展示物を押収されるわけでもないし、

自腹でやる分には、政府表現を抑圧しないのだから

効果あるかないかわからん無益署名集めやってる暇あるなら、クラウドファウンディングでもすればいい

そもそも政府お金を貰わないと表現活動ができないアーティスト

そしてそんなアート界隈の経済状況を許しているアート関係者とその客が不健全に決まってるだろう

政府が金出さないなら俺たちがアーティストを食わせて表現の自由を守る!ぐらいの気概は見せてもいいはずだが、

一向にそういう姿勢にはならず、補助金くれくれと集ってまるで乞食ではないか

俺は政府文化の発展のために、アートに金を出すことに吝かではない

ではないが、世の中にはアートなんて生産性のないもの金の無駄だとか、反日芸術許すまじ!って人も当然いるのである

トリエンナーレでくだらん署名集めて大騒ぎしてるバカどもは、

人の金をあてにする前に、身銭切って文化の発展に貢献する姿勢でも見せたらどうか

2019-08-05

anond:20190804160822

元増田グダグダ書いたけど、俺が一番違和感を持つのは例えばこういう運動のこと。

「少女像」展示再開求めデモ集会に200人「表現の自由の弾圧だ」名古屋 - 毎日新聞

デモに来た埼玉県女性会社員(25)は「作品を見たかった。主催者側へのひどい脅しなどがあったので続けられない状態になったのだろうか。悔しい」。上滝浩子弁護士京都弁護士会)は「公権力を持つ立場にある人が干渉的なことを言えば、表現活動が萎縮する。そうさせないために憲法表現の自由保障している。許せない」と話していた。

繰り返しになるけど、表現活動が委縮したのは、ガソリン持ってくると脅されたからでしょう。

で、それに対して通常、対処しうる危機管理以上のことが現場可能だったの? 例えばガソリン怖いのをみんなで耐えるの?主催者だけではなく客も巻き込むんだよ?

できないものを無理じいして、できなかったら検閲だなんだって騒いで無理な注文をして困らせるのが表現の自由を守るってことなの?

そういう理由で起きる表現活動の委縮って誰かのどんな努力でどうにかできるものなの?というのが俺の最大の疑問。

委縮しないようには何をすれば?という観点でいうと、例えば、テロを抑止する、という話とよく似ていて、

社会にあふれる憎悪を鎮静化させる、みたいなフワっとした話にしかならない。

****

行政危機管理対応としたという話と、行政言論弾圧した、という話を混ぜるなよ。ナイーブすぎるだろ。

****

もう少し思想的な背景に突っ込ませてもらうとさ、

そもそも脅迫含めて暴力的言論というのは、表現の自由副産物として、

そういう過激行為が起こりうることは覚悟しておかないといけないかもしれないんだよ。

アメリカを例にとる。意見が異なる者同士が過激な形でぶつかり合う、というのは、17世紀ヨーロッパプロテスタント宗派争いで経験済み。

たとえ激しくいがみ合っていても、政府はどちらか一方が正しいとは言わない、と。

その経験があって、アメリカに渡った巡礼始祖が社会約束事として決めたのが、合衆国憲法修正条項に引き継がれ、表現の自由の原型となっていく。

1970年代連邦最高裁言葉を借りれば、社会不協和音に満ちていることこそ強さの証である、みたいな覚悟をもって、

ヘイトなど多少の過激言動を認容していく、というのがアメリカ的な背景としてはある。

まり、もし仮にアメリカ的な感受性対処するとすれば、脅迫があったが、ま、今回は引きますが、へこたれずまたやりましょうね!ということなんだよ。

ところが日本場合、そういう歴史もなければ、不協和音のなかで生きる覚悟もない。

しろ日本空気として強いのは行政による言論弾圧記憶なんだよね。

それならそれでいい。表現の自由を基礎づける歴史的な記憶というのは、その国の歩んできた歴史文化によって異なるのは当然だからだ。

なんでもアメリカ式ってわけにはいかないだろう。それはいい。

でもその背景について、客観的な整理と自覚がないと、ただ無意識にオブセッシブな態度を表明しているようにしかみえないわけよ。

だいたい横から出てきた名古屋市長なんてそもそも中止となんの関係もないじゃん。

こはちゃんと危機管理対応弾圧を冷静に切り分けてもらわないと。

展示が表現不自由テーマということで、ついでにひとつ言及しておきたいんだけど、

表現の自由ということでヨーロッパの事例で有名なのは、例えば

ハマン風刺画問題というのがあるよね、フランスで大きな騒ぎになったりもした。

これは、暴力行為表現の自由副産物だという文脈では読み解けない。

アメリカとはかなり異なる歴史的な背景があって表現の自由価値が基礎づけられているからだ。

簡単にいうと、カトリック絶対正義が猛威を振るっていた時代に、

こんなんじゃ、まともな社会設計ができん!という問題意識からスタートしている。

まずはカトリック批判する権利必要だということで「神を冒涜する権利」として始まったのがフランス表現の自由であり、例の過激政教分離なんだよね。

からハマン風刺画事件でも、フランスメディアは「涜伸の権利はいずこに」という形で問題提起をしたりしたわけだよ。

ただ、おれは別にそんな話を今回の展示に期待しているわけじゃ全然ないんだけどさ、でもなぁ。

表現不自由展?

そんなたいそうなタイトルを銘打っておきながら、さまざまな国の作品を展示しているのに、他人作品コピペみたいに持ってきてパッチワークかよ。

ネットでみつけた一般客のコピペした解説文や評価をみても、テーマである不自由”の背景がよくわかるものではなかったね。

そのうえ雲行きが怪しくなったら中止と。芸術監督は残念がってメソメソと泣いて、みっともないってちょっと思ったりした。

そんなことくらいリスク管理問題として想定しとけ。

行政もだよ。リスクを想定したうえで、あらかじめ退避の基準を明示しておくんだよ。この場合判断と行動のスイッチとなりうる事象リストアップしておくんだよ。

そのうえでリスクシナリオ判断基準について主催者合意しておく。

そうしないと、あ、ヤバいと思ったんで引き揚げました、みたいに、行き当たりばったりな説明しか主催者にできないだろが!

そりゃ、突然中止に追い込まれたと思うわな。

まとめると、

表現の自由という観点でも主催者問題意識は感覚的なものしかないし、

リスク管理という観点でも不作為がはなはだしい。

表現の自由についての問題整理とリスク管理、この二つをしっかり持っておかないと

なんだだ危なっかしいだけだ。

という感想をもった。

追記

大村知事名古屋市長憲法違反と批判している。

大村知事「河村市長の主張は憲法違反の疑いが極めて濃厚」…県には”京アニ放火”に言及した脅迫メールも | AbemaTIMES

まさに公権力行使される方が、"この内容は良い、悪い"と言うのは、憲法21条のいう検閲と取られてもしかたがない。そのことは自覚されたほうが良かったのではないか裁判されたら直ちに負けると思う」と厳しく批判

おおむね間違ってはいないんだけど、このあたりに、日本人が感覚的に扱う、表現の自由の手つきの危うさがある。

検閲というのは、基本的には”発表前の事前抑制”を指す。特に最高裁定義はそうだ。憲法違反だとか裁判で負けるとまでは言い切れないのだよ。

特にこの場合市長意思決定者でもなんでもないんだしね。

2019-08-04

anond:20190804211625

政府国民の間で交わされる表現活動について中立的であるべき

慰安婦像補助金を出す」ってのは中立的でない表現を「政府側が」しているということなのでは?

例の表現不自由展の話


国や県の補助金が入っているか政府が展示内容にいくらでも口を出してもいい、って本気で思っている人がいまだにいるみたいだけど、そんなことはないんだよ。

何故かというと、表現の自由保障するということは、政府国民の間で交わされる表現活動について中立的であるべきことも含意するから

これはちょうど、信教の自由保障政教分離原則が密接な関係にあるのと同じことだと思えば理解やすいだろうか。

国によっては、国教を定めつつもその他の宗教も一応認めます、ってところもあるけど、それではやはり国教徒以外は二級市民ということになってしまう。だから日本では、政教分離原則を定めて国家宗教に関わらないことにしたんだよ。

同じように、政府が、この表現は正しいか補助金を出します、この表現は正しくないか補助金は出しません、とやりだしたら、表現の自由保障はすぐに形骸化してしまうんだよ。

例の表現不自由展の話

国や県の補助金が入っているか政府が展示内容にいくらでも口を出してもいい、って本気で思っている人がいまだにいるみたいだけど、そんなことはないんだよ。

何故かというと、表現の自由保障するということは、政府国民の間で交わされる表現活動について中立的であるべきことも含意するから

これはちょうど、信教の自由保障政教分離原則が密接な関係にあるのと同じことだと思えば理解やすいだろうか。

国によっては、国教を定めつつもその他の宗教も一応認めます、ってところもあるけど、それではやはり国教徒以外は二級市民ということになってしまう。だから日本では、政教分離原則を定めて国家宗教に関わらないことにしたんだよ。

同じように、政府が、この表現は正しいか補助金を出します、この表現は正しくないか補助金は出しません、とやりだしたら、表現の自由保障はすぐに形骸化してしまうんだよ。

脅迫に屈したと考えることの違和感

しばしば、表現の自由脅迫に屈した、とか表現の自由に対する挑戦みたいなことが言われるんだけど、よく考えてみると、ん?まてよと思うところがある。

まり、屈するってどういうことだろうと。

じゃあ、屈しないとした場合、具体的には現場でどういう判断になるわけ?

ガソリン持ってくるのに怯えながら耐えるわけ?主催者が?客も?

それは判断としてないわけで、ありうる判断は、現場リスク管理基準に基づくものだけだよね、実際上は。

主催者側の根性気合いで屈しないように頑張ろうって話にはならず、ある意味では差し迫った危害を前にしては屈せざるを得ないわけだよね。

という時点で表現する側にできることは危険回避する判断以外にあり得ないわけで。それなのに屈したと、当初から選択肢にあった判断あきらたかのように装って、わざわざいうのは変で、当然の危険回避行動をとったと言えばいいんじゃなかろうか。

じゃあ、今度は逆に、脅迫卑怯なり!って方向から考えてみる。

かに実態として、脅迫行為によって表現活動は萎縮する。自由を萎縮させないために脅迫行為を厳しく追及すべきだと。

なるほど表現の自由を守るためにそういった犯罪行為は少なくなっていったほうがいい。

ただちょっと疑問なのは脅迫によってビビって萎縮するって表現の自由に限った話じゃなく、業務妨害でもいえることで、他者危害ひとつ類型だよね?

しか加害者認識としては、別に表現の自由に対する挑戦などという壮大な動機はなくて、具体的な何かを

妨害したいってだけだろうと思う。

であれば、勝手加害者動機を壮大にとらえるのはおかしいんじゃないか

あと新聞社襲撃とか記者の拘束とかね。

こういう事態に対して表現する側ができることは何かって視点で考えてみる。

犯罪非難したり、不当な拘束をやめるよう要求したり、個別危機管理をするしかない。いつ何時、似たようなことが起こらないとも限らないし、そのための対策なんてないよね?つまり表現の自由価値を守るための行動って具体的になんなの?

極端な話、今後、ガソリン持ってくるぞ予告電話流行るかもしれない。

そのときにできることはなんなの?

現場危機管理以上のことができるの?

できないものを無理じいして、できなかったら検閲だなんだって騒いで無理な注文をして困らせるのが表現の自由を守るってことなの?

そんなふうに考えてみると

表現の自由に対する挑戦には屈しないとか、よく聞くフレーズには具体的なアクションとしての実体がないんじゃないかと思える。できもしないことを叫んでるだけなんじゃないかと。

2019-07-29

「怒るポイントおかしい」問題

京アニ麻薬の売人」という発言は、たくさんの人の心に刺さったかもしれないが、理屈は通っているところもあるし、何よりどこかに実害がある話では全くない。同意しなくても「私はそう思わない」で済む話。

「かんぽがノルマかけまくって詐欺同然の大量契約というのは、何十億という莫大な損害と、大量の被害者を全国で生んだ社会悪被害者高齢者である組織的構造である点でも悪質で素早い対応必要。「そんなこと今の世の中によくある」としても、それは「よくある悪」であるに過ぎず、看過できる問題ではない。組織的構造的な悪。

事業仕分けは、当時として必要なことであり、そもそも今も毎年「秋のレビュー」などの形で実施されている。にもかかわらず、「二位じゃだめなんですか」というセリフと共に(この発言も元の文脈無視したキリトリ方をされているが)民主党悪事のように扱われている。

統計不正は、国の政策の根幹に関わる不正であり、国家の根幹を揺るがす悪事である官僚の一存で行ったのならば明らかに危険行為だし、内閣の指示が入っているなら、明らかに総辞職関係大臣逮捕されてもおかしくない案件内乱罪外患誘致罪と同じく国家転覆に関わる犯罪だ。だが、メディアの追究も人々の関心もそこまででない。「今回の統計ごまかしは大したレベルのことではないから」と言う人は、物事の「質」というものを見失っているのではないか国家の根幹を揺るがす行為は、未然防がれたとしても、その質それ自体が許されるものではない。

ハムスター虐待について、5chの動物苦手板の廃止を訴えた署名活動をしている人がいるそうだ。確かに、例に挙げられているのは動物虐待動画だし、それが社会的によいものではないのは言う通りだろう。だが、問題はそこだろうか? 政治家を動かし、一民間掲示板の板を封鎖する、という事例を作るようなことをしたところで、こんな虐待をする人々の数は一人でも減るのだろうか? せいぜい、より見えにくい所に活動の場を移すだけで、こんな活動ただの自己満足に過ぎないのでは? と誰も指摘はしないのか。更に言えば、これが通れば同様の手法を用いて政治的表現活動弾圧などもたやすくできるような気がするのだが、そのことへの危惧はないのだろうか。

外国人技能実習生待遇問題は、生きている人間に対する現在進行形の、しかも、この社会の根幹に関わる問題で誰にとっても無視できない問題であるわけだけど、ハムスター運命に同情する多くの人々は、30万人にのぼる技能実習生の現状と運命にどのくらいの同情を寄せているのだろうか。

これが誰かの陰謀だ、とか言うつもりはない。前三つは「分かりやすい」悪であり、後三つは「少しむつかしい」悪だから、それが原因かもしれない。別に政権批判をしたいわけでもないし、現代社会論を唱えたいわけでもない。ただ「怒るポイントおかしいんじゃないかなあ」と思うだけだ。そんなことにイライラする自分も「おかしい」部類に入るのかもしれないね

2019-05-28

普段ポリコレで息苦しいとか言ってるのは差別主義者」とか言ってるのに肉食に関するとまんま「息苦しくなる(自分快楽利便性が損なわれる)から嫌だ」とか言い出すはてなーアホすぎでしょ

ポリティカルコレクトネスだって「それを理解しない人」からすればただただ自分意見言動、はては表現活動までも規制しかねないモノでしかないけど、

それを推進する人にとって「それは個人の嗜好ではなく善悪問題から社会全体に普及させようとするのと同じように

ヴィーガンもまた(彼らの信ずる)「個人の嗜好ではなく善悪問題」としてるだけでしょ

多分ここでアホなはてなーは「他人権利侵害するからー」とか思うんだろうけど

その理屈だと「これまでやってきたことを規制したり禁止しよう」って運動は何もかもどこかの誰かの利権侵害だぞ

大好きなフェミニズムだとか労働運動も「俺たち私たちはそれで今までやってきたんだから余計な口出しはやめろよ」って言われて「はいそうですね止めます」ってならないだろ

俺はヴィーガン菜食主義者もアホの集まりだと思ってるけど、そのアホと同レベルで話の通じないアホが多すぎる

これ言うと「ヴィーガンじゃないとか言い訳いから」とかまたアホみたいなレッテル張りするんだろうな

2019-02-15

二次創作同人誌の値段設定

二次創作同人誌の値段設定が時々話題になるけれど、私は印刷代以上を受け取る理由理解できない。

交通費とか宿泊費とか言っているけれど、それはその人の都合でしかない。

同人誌以外の表現活動に目を向けると、絵画彫刻写真交通費宿泊費がかかったからその分を徴収するアマチュアはほぼいない。

単純に見せたい欲求だけで赤字を垂れ流している。

しかし,なぜか同人誌だけは赤字を回収することが許される、許そうとしている。一次創作なら理解できるが二次創作なのに。

私は二次創作同人活動名前を売るためだけにした方がいいと考えている。

(なぜか二次創作界隈は売名行為を嫌うのだが印刷代以上を受け取らなければ文句は言えないだろう)

二次創作赤字広告だと割り切り名前を売って、一次創作収益化するべきだ。

二次創作の発表の場は広がっているし、一次創作収益化する機会も増えている。

二次創作同人活動もっと上手くやらなければ年々自らの首を締める方向へしか動かないだろう。

2018-12-11

表現の自由

ザッシュ2号(@zassyu2_ero)が漫画家協会相手取り民事調停を行うという。

彼の主張はnoteにまとめられている。 → https://note.mu/tutakazura/n/n7d7d48a377d3 https://note.mu/tutakazura/n/n162e8bb5c9eb?creator_urlname=tutakazura

言いたいことは山程あるが、今回は表現の自由について少し検討したい。

いくつか彼の言葉抜粋する。

無修正エロ漫画を描き、出版し、販売し、所持できる。

・それが表現の自由出版自由

憲法に記されているし、文化芸術基本法にも記されていし、独占禁止法からみた商売としてそれが公平で公正な状態。。」

「②正常な状態の発表、法的根拠

エロ無修正で書くのが当然、憲法にも記されている。憲法違反の法律判例判決無視するべきだと憲法に記されていることを主張。」

果たして本当だろうか。

エロ無修正で書くのが当然、憲法にも記されている」おい、されてないだろ。

好意的解釈原則からいくと、表現の自由があるからエロ表現保障され、修正強制されることはない。だから無修正で書けるのが当然だ、ということだろうか。

では表現の自由とは、一体どういう自由なのだろうか。


表現の自由とその制限

日本国憲法第21条1項「集会結社及び言論出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

ありとあらゆるすべての表現が許されるのだろうか?

もちろんそんなことはない。

ある芸術家が殺人こそ至高の芸術であり、表現である。そう主張し、殺人おかし場合、その殺人表現の自由として許されるかと問われたら当然否である

しかし、憲法は明確に表現の自由保障すると言う。

これを解く鍵の一つが憲法12条に規定されている。

この憲法国民保障する自由及び権利は、国民不断努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

いわゆる「公共の福祉である

最高裁判所のH5.3.16.の判決は以下のように言う。

表現の自由といえども無制限保障されているものではなく、公共の福祉よる合理的でやむを得ない程度の制限をうけることがあ(る)

端的に表現の自由絶対無制限ものではなく制限を受けるものだと喝破する。さら引用を続けると、

その制限容認されるかどうかは、制限必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限態様及び程度等を較量して決せられるべきである

まとめると、表現の自由から、当然にエロ漫画表現が許される、という解釈にはならないのである

では性表現制限されるのだろうか。すなわち、刑法175条に規定する「わいせつ物」に当たる場合刑法犯となってしまうが、そうならないように表現の自由保障が発揮されるのか、それとも制限されるのか。

最高裁はS32.3.13(チャタレー事件)にて以下のような判示をしている。

性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなす


最判S44.10.15(悪徳の栄え事件)では

わいせつ性をもつ場合には、性生活に関する秩序及び健全風俗を維持するため、これを処罰対象とすることが国民生活全体の利益合致するものと認められる

としている。すなわち、わいせつ表現表現の自由による保障制限される類型であるとしているのである

これに対しザッシュ2号は

裁判所表現の自由重要性をわかっていない

・だから正す必要があり、それには世論の声が必要

という。

この主張は(ある意味で)ただしい

(ある意味というのは、わいせつかどうか(制限されるかどうか)の判断は「わいせつ性の判断は、一般社会において行われている良識すなわち社会通念を基準とし、当該作品自体からして純客観的に行うべきもの」(チャタレー事件とあるため、社会通念は重要である。また「作品等の芸術性・思想性等との関連において評価するなど、わいせつ概念相対性承認して総合的に判断しなければならない」という悪徳の栄え事件での田中二郎裁判官の反対意見があるほか、「性表現による害悪の程度と作品社会価値との利益衡量が不可欠である最判S58.3.8での伊藤正巳裁判官の補足意見などがあるため、世論一定程度必要であるが、一部の人間がモザイク反対! を叫んでも社会通念とは言えないだろう)。

しかし、裁判所がわかっていないという「表現の自由重要性」とは一体なんなのか。

これを本来は腰を据えて考えなければならない。そしてその自由重要性との関連で初めて、「エロ漫画」の表現への自由制限されないこと)が語れるはずである


表現の自由重要


ザッシュ2号は弁護士会声明 https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2009/2009_2.html を引用し、表現の自由重要性を主張している。

それを参照しながら、なぜ表現の自由重要であるか一度見直したい。

ザッシュ2号も引用する冒頭部は非常にわかやすい。

憲法21条1項が保障する表現の自由は、民主主義社会の死命を制する重要人権である自由民主的社会自由な討論と民主的合意形成によって成立するのであり、自由意見表明が真に保障されていることが必要である

これを受けてザッシュ2号は

ようするに表現の自由って超大事!って言ってる

と言う。コレ自体は誤りではない。しかしなぜ重要だと言っているについて注意深く読むべきである

この声明では「表現の自由は」「民主主義社会の死命を制する重要人権である」と言う。すなわち表現の自由重要性の一つとして「民主主義社会の死命を制する」という点をまず強調するのである

なぜ制するのか。これが次の文である

前提として「自由民主的社会」(=民主主義社会)は「自由な討論と民主的合意形成によって成立する」という。そしてそのためには「自由意見表明が真に保障されていることが必要である。」

まり表現の自由重要であるのは、「民主主義社会」という重要存在があり、その成立のためには「自由意見表明が真に保障されていること」が必要からだ、というのだ。((本当に民主主義社会重要であるのか、という点についての検討はここでは省略する。しかしこれを考えなければ、民主主義社会の成立のために表現の自由重要だという論理が成り立たなくなるため、本当は超重要である))

表現の自由大事だ! と単に言うのではなく、「民主主義社会」の成立のために必要から重要だ、と言っているのである

ザッシュ2号がさらに続けて引いた声明文を見ればわかりやすい。

民主主義社会における市民表現行為重要性に鑑み、市民表現の自由及び知る権利を最大限保障するため、

(1) 国、地方公共団体特に警察及び検察は、市民表現行為、とりわけ、市民政治的表現行為に対する干渉妨害を行わないこと。

(2) 裁判所は、「憲法の番人」として市民表現の自由に対する規制必要最小限であるかにつき厳格に審査すること。

(3) 政府及び国会は、市民政治的表現自由を確保するため、早急に公職選挙法及び国家公務員法などを改正すること。

「とりわけ、市民政治的表現行為に対する干渉妨害を行わないこと。」

という一説からも分かる通り、この民主主義社会の成立のための表現の自由というのは、もっぱら政治的表現自由のために用いられる論理なのである


勘の良い方はすぐに気づくだろうが、性描写わいせつ表現を「表現の自由から保護するべき、という論理を展開するときには、民主主義社会のために必要だという論理はあまりうまく嵌らないのである

もちろん、性描写わいせつ表現政治表現が一体化することはあるし、風刺的な表現にはわいせつ政治が混在することは多々ある。(トランプ安倍金正恩らの風刺エロ漫画があった)

また表現の選別を行うことは、結局政治的表現保護につながらないんだ、と主張することで、「民主主義社会のための表現の自由」論からも性描写わいせつ表現を要保護だと言うことはできる。

しかし、それでは弱い。

では何を重要性の理由として据えるべきなのか。

これは上記声明に、ちらり、と書かれている。

表現の自由は、人間本質的属性である精神活動を充足するものとしての重要

これである

表現の自由は「人間本質的属性である精神活動を充足するものであるから重要だ。これは性表現との親和性が非常に高い。

エロ漫画表現擁護するならば、どちらの論理の方が優れているか。明白だろう。

性的活動人間の根幹に存在し、有史以来、それを表現したものーー性的表現は幾度とない弾圧規制の中でも確かに存在してきた。その表現は人の精神活動の大きな一翼を担っているのである

そして表現活動において、自己表現に対し一部モザイクを付さねばならないことは、十全な精神活動を阻害することになる。

このような主張になるだろうか。

そして、こうして表現の自由がなぜ重要ざっと見た(あまりに表面的というのはそのとおりである)だけで気づくことはいくつもある。

少なくとも、表現の自由から直ちに無修正が当然」となるわけではない、ということ。

表現の自由から無修正であるべき」という主張を通すのならば、それなりの論理必要だということ。

そして、重要権利でありそれの保護必要だということだけではまだ足りないのであるさらに、より具体的になぜ現在制限が駄目なのかを主張しなければならない。

ザッシュ2号は、行動するのがまず大事だと言って、このあたりをあまりにおろそかにしているように見える。

行動は確かに最も重要ではあるだろうが、一度立ち止まって理由を考えるのも大事だと思う。

2018-11-25

anond:20181125152401

表現の自由文脈批判する必要がないというのは

資本主義下におけるマシュマロ存在価値が低いため

事実上やってることは「表現規制」ではなく「ゾーニング」になっているからじゃないでしょうか

マシュマロから締め出されても経済的不利益を負う主体というのは今のところ存在しえない

一方「本屋に置くな」といった主張である場合それがゾーニングであるとしても実際に売上の低下などによる経済的不利益が発生

表現活動に支障を及ぼし事実上表現封殺になってしま場合があるために抵抗する(あるいは賛同するにしても慎重な議論必要でしょう)必要があります

マシュマロから締め出すなどという話とはインパクトがまったく違うわけです

2018-11-15

ピンク・レディーパブリシティ権問題解説

ピンク・レディー事件最高裁判決 ~著名人写真利用とパブリシティ権を考える」

https://www.kottolaw.com/column/000371.html

ブログを見ていたらパブリシティ権判決が紹介されているのを見たので、弁護士解説をまずは読んだ。

そして、本判決は、顧客吸引力を有する者の肖像等の無断使用であっても、正当な表現行為等として受忍されるべき場合もあると判示した上で、具体的には「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に」違法パブリシティ権侵害となるとの判断基準を判示しました。

また、「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」として、以下の三類型*が挙げられました。

  ①肖像等それ自体独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合

  ②商品等の差別化を図る目的肖像等を商品等に付す場合

  ③肖像等を商品等の広告として使用する場合

補足意見とあわせて読むと、本判決判断基準により、肖像等の利用がパブリシティ権侵害構成するケースは、相当程度限定されるよう理解されます

商業活動としての報道全般パブリシティ権侵害判断されるべきでないことは当然として、商業活動であるだけでパブリシティ権侵害肯定する要素として重視されるような、曖昧ないし非限定的な判断基準採用されては、肖像等の利用を含む表現行為が過度に委縮しかねないように思われます

判決判断基準は、肖像等の利用をともなう表現活動に対して、一定行為規範を示すもの評価できます

有名人知名度を使って商売するなと訴えたところで、そう簡単には通らないらしい。

どのような様態であるかがこのように問われるとの事。

2018-10-18

岡口Jの分限は残念でもないし当然

東京高裁岡口基一裁判官について最高裁戒告分限処分を下したことについて,法曹界からは岡口氏を擁護する言説ばかり喧伝されているので若干のコメントを。

彼の擁護者らは,裁判官自身表現の自由無くして市民表現の自由を守れるのか云々などといった声を上げる者がいるけれども,もしかかる主張が,裁判官特殊地位に鑑みて裁判官私的表現の自由一般市民のそれよりも強く保障されなければならない,という意味だとすれば,全くの失当である裁判官表現行為について,憲法保障する表現の自由によって保護されるべきであることは言うまでもないが,裁判官はその職責上,品位を保持し国民の信頼を得ることが何よりも求められており,その職責の点から私的行為についても一定節度あるいは限度があるというべきであり,その意味では,裁判官身分との関係では裁判官私的表現の自由一般市民のそれよりも制約されると解さなければならない。

要するに,表現の自由と言ったところで,およそどのような表現を行うことも自由であるかというと,そんなことはない。

たとえばもし仮に,現役裁判官が,Web週刊ポストの「都内の人気公立小学校 小渕優子の息子のクラス学級崩壊」という記事リンクとともに,

小渕優子の息子が一番暴れてたりして(^_^)

http://www.news-postseven.com/archives/20180309_658021.html

8:15 AM - 9 Mar 2018

Twitterに投稿した想像してみてほしい。上記ツイートは,公人でもない一人の児童について,それが政治家の子であるというだけで,個人特定して揶揄するものであり,憲法禁止する門地に基づく差別表現である。仮にこのようなツイートを現役裁判官投稿したならば,裁判官人権感覚ひいては司法制度に対する国民の信頼が害される。これが戒告で済めばむしろいくらいである。

このように,裁判官ツイートには一定節度限界がある。彼の支持者らは,この前提から争うような主張を繰り返すのであるが,全くの失当である

以上を前提に検討するに,本件で問題とされたツイートは下記の通り。

公園放置されていた犬を保護し育てていたら,3か月くらい経って,もとの飼い主が名乗り出てきて,「返して下さい」

え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・

裁判の結果は・・

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180517-

なお,「裁判の結果は」元の飼い主である原告の勝訴である

通常の理解力を有する一般人上記ツイートを見たときに,「岡口氏は原告請求が不当だと思っているな」という感想を抱く者が,10人中1人もいないと,言えるであろうか。

岡口氏は,上記ツイートは単に両当事者の主張を要約したに過ぎない,リンク先に対する予告編でありリンク先を読めば原告勝訴とわかる,すぐに消したか問題ない,自分裁判官であるとは明示していない,等と反論している。

しかし,原告の主張については「返して下さい」と鉤括弧を付けているのに対し,岡口氏が言うところの「被告の主張」には鉤括弧がなく,むしろ情感を込めた独自表現になっている。

(鉤括弧がなくても自身見解ではない,との言い訳をするためであろうか,岡口氏はしばしば,彼の好みに適う他人表現を,引用であることを明示せずにTwitterFacebook投稿する。)

このツイートを見たときに,「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」という表現が岡口氏の意見であるとの印象を持つ人がいたとしよう。岡口氏や彼の支持者らは,そのような理解をした人は知能が劣るかあるいは精神異常者であると言うのだろうか。

もしそうでないとすれば,上記ツイートは,相当数の一般市民に対して「高裁裁判官から見ておかしな主張をする原告がいる」との印象を与えるものであることを認めなければならない。リンク先まで読めば,高裁判事である岡口氏が地裁判決をも批判しているとの印象を抱くであろう。

本件ツイート上記欠陥は,岡口氏やその支持者が大量の紙幅を費やして弁明したからといって治癒されるものではない。むしろ説明に大量の紙幅を要していること自体が,本件ツイートの欠陥を如実に示している。

そして,一般人ツイッター閲覧・利用方法を前提とした評価は,ツイートスクリーンショットのみから判断可能できるから最高裁としては,それ以上の事実関係に関する資料の提出を求めて審理を継続する必要は無いであろう。なお,分限裁判性質上,職権探知主義妥当するものと思われるが,岡口氏の本件に関する近時の言動や,情状資料としてのその他の事情収集されなかったのは,むしろ幸運ですらある。たとえば岡口氏がChange.orgでの署名集めを試みたがごときは,あたか裁判官署名証拠価値を高く評価するかのごとく受け取られかねない(署名基本的多数決原理であって,司法と相容れない)。署名目標である100人に達せず,証拠提出しなかったのは,国民司法に対する誤解が未然に防がれた点で幸運であった。

なお彼の支持者らは,本件の分限裁判結論をもって裁判官表現活動が萎縮する等と声高に叫ぶ。

しかし,そのような宣伝活動はあたかも本件分限裁判裁判官表現活動を厳しく制限たかの如き誤解を広めるものであって,却って裁判官表現活動を萎縮させること大である

彼の支持者らこそ,補足意見の末尾2段落音読してほしい。

5 ちなみに,現役裁判官が,ツイッターにせよ何にせよ,SNSその他の表現手段によってその思うところを表現することは,憲法保障する表現の自由によって保護されるべきであることは,いうまでもない。しかしながら,裁判官はその職責上,品位を保持し,裁判については公正中立立場で臨むことなどによって,国民の信頼を得ることが何よりも求められている。本件のように,裁判官であることが広く知られている状況の下で表現行為を行う場合には,そのような国民の信頼を損なうものとならないよう,その内容,表現選択において,取り分け自己を律するべきであると考える。

 そして,そのような意味での一定節度あるいは限度というものはあるものの,裁判官も,一国民として自由表現を行うということ自体制限されていないのであるから,本件のような事例によって一国民としての裁判官の発信が無用に萎縮することのないように,念のため申し添える次第である

2018-09-16

anond:20180916133936

わかるよ。

ラノベエロ表紙とタトゥーはどちらも一部(かなり多くの)の人々に恐怖や嫌悪を与えるから公共の場に出すな、

逆の立場なら、どちらも具体的な被害が無いのにお気持ちだけで表現活動規制するな、

と主張するべきだよな。

タトゥー海外日本でも若者の間では一般的ファッションだという反論もあるかもしれないが、ここは日本日本人の平均年齢は45歳だからなあ。

2018-09-05

盗作(パクリ)か否かを判断し易くする為の手法と法理。

https://www.kottolaw.com/column/180830.html

松澤邦典弁護士コラム

抽象化テスト(abstraction test

著作権法は、アイデアとその具体的な表現とを区別して、具体的な表現だけを保護対象とする。そのため、一般に、アイデア共通しているだけなら著作権侵害ではない、ということが言われる。「アイデア表現二分論」と呼ばれる考え方で、世界的にそのように考えられている。

アイデアまで保護してしまうと、自由表現活動が妨げられる、というのが理由の一つだ。

表現保護されるがアイデア保護されない。

そこで松澤弁護士は、アイデア表現区別するための手法として「抽象化テスト」というものを紹介している。

抽象化テストとは、具体的な作品から個々の出来事をどんどん取り除いていくと、より一般化されたパターンが導き出され、最終的には作品テーマについての一般的な記述か、ときタイトルのみに行き着くところ、この抽象化過程の一点にアイデア表現の境目が存在するという考え方だ。

リンク先ではドラえもん物語例を挙げて抽象化テストを行っているが、私ではよく分かりにくい。

個々の出来事を取り除いていくとアイデアが残る、取り除いたもの表現である、という事なのだろうか。

■「シーン・ア・フェール法理(scenes a faire doctrine)」(「ありふれた場面の法理」「ありふれた情景の理論」)

シーン・ア・フェール法理とは、特定テーマを扱う上で、実際上不可欠(indispensable)になっているか、少なくとも標準的(standard)になっている出来事登場人物、設定などには、著作権保護を与えない(unprotectible)という考え方だ。

大ざっぱに言えばありきたりな状況の描写だけしか見られない場合盗作とは言いがたいという事らしい。

その状況は物語で不可欠であると認められる必要はなく、標準的描写であっても同様に保護されにくい。

しかし、だからといって徒に捨象すると判断を誤るらしい。

理由は、ありふれている表現の組み合わせも創作的表現であるという事のようだ。

ところで、松澤弁護士によればいわくつきの廃墟といえば日本では旧日本軍施設施設で行われていた事といえば人体実験・・・というのは割と定番のような気がするとの事だ。

私は創作物に詳しくないがそのようなイメージが多かったのだろうか。それは知らなかった。

私の場合は曰わく付きの廃墟というと、人が事故死したとか、殺人事件があったという、オカルトというか心霊的な曰く付き連想する。

皆さんはどうだろうか。

ともかく、ここの手法と法理は法律家だけではなく我々素人も覚えていて損はなさそうである

2018-08-21

言論の自由言葉通りの意味で実行してるのって世界日本だけなんじゃない?

EUカナダ言論の自由がある風を装ってるけどホロコースト本当にあったのかを研究したら逮捕だってよw

アメリカ言論の自由がずっと無くて左翼天下だったのがトランプで少しずつマシになってきたがまだまだ

中華インドロシアは論外、言論の自由理解できない人が支配してる

日本だけだよ右も左もわやくちゃに好き放題な事を言って

キチガイだのアベ死ねだの土人だの

真の自由日本にある

右翼左翼の不当な要求に屈してはならない

朝日新聞代表される左翼メディアはどれだけ捏造しようと罰は受けない

産経新聞のトバシ記事は何を書こうともオーケー

日経新聞デマ株価操作しても無問題

暴力破壊活動を伴わない思想言論表現活動には一切規制がない唯一の国家を目指そう

2018-04-04

anond:20180404191128

コンテクストによっては許容されるべき表現すら不可能になる場合も有り得ます

表現自身倫理観が常に問われるのは、当然のことではないでしょうか。

制作当時ないし発表当時の倫理観コンテクストにおいて正当だったものが、少し時代が流れてから遡及的に規制処罰対象になってしまうようでは、健全表現活動はなされえません

 

遡及的な適用を禁ずるためには、客観的指標必要です。

2018-01-17

生きるのって表現活動

普通に生きるだけで、

何かを選んで、誰かと喋って、行動して、お金を稼いで、

自分なりに表現することばかり。アウトプットすることばかりだ。

普通に生きてるだけで、人間表現活動に勤しんでいるんだ。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん