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はてなキーワード: 自由意思とは

2018-08-13

anond:20180813143700

今の世の中、子どもを産むのも産まないのも自由だし、誰かに強制されるようなことじゃないもんな。

そのような個人主義時代の中であえて自由意思に任せて産んだわけだからな。

anond:20180813015842

自分が嫌いな奴には嫌われても良い(正しくは、自分好き嫌い関係なく相手自由意思で)と心底思って振る舞っていたら、あまり気にならなくなったよ。

最近は「嫌われる勇気」など、アドラー心理学の本が出ているので、ブックオフのチラ見でも図書館からでも如何かしら。

2018-08-06

https://anond.hatelabo.jp/20180806114029

そいつキチガイっぽいけど完全にキチガイではなく計算してる

いきなりキレたみたいだけどそうじゃなくてその質問にかなり嫌なとこ突かれてんだよ

senbuu id:zyansu 自由意思なんてないよ。皆、日本ですでに家庭を築いていたり、帰国したら殺されるなどの逼迫した事情があるんだ。

これがほぼ詭弁で、

実際に入管に居る人達って殆ど

・単なる経済難民

不法入国不法滞在で長年日本暮らして来たけどついに捕まった人

なのね。


から論点

不法入国不法滞在で長年日本暮らし経済基盤なり家族なり築いた人間になし崩し的な在留許可を与えるかどうか」

なの。

そのsenbuってやつはその論点で戦う自信がなくてほぼ日本に存在してない「帰国したら殺される難民」を混ぜ込んだわけ。

からboheitが「それ何人?何割?」って聞いた

bosheitっていうのもとぼけてるけど間違いなくsenbuのごまかしてる急所を見抜いて突っ込んでるね

魑魅魍魎世界だよ

まあそこで答えられずに切れちゃうsenbuが無様なのは変わらんけど

アンチヘイト勢会話成り立ってなさ過ぎワロタ

「ここは刑務所よりもひどい」入管収容者の叫び彼女たちは、なぜ希望を奪われたのか

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/immi-moj

ブコメのやりとりがすごい


senbuu id:zyansu 自由意思なんてないよ。皆、日本ですでに家庭を築いていたり、帰国したら殺されるなどの逼迫した事情があるんだ。

リンク 2018/08/05

http://b.hatena.ne.jp/entry/368736751/comment/senbuu

Bosheit id:senbuu帰国したら殺される人」って何人いるの?何割? 

リンク 2018/08/06

http://b.hatena.ne.jp/entry/368736751/comment/Bosheit

senbuu id:Bosheit おまえが冤罪不当逮捕されたときの、おまえにとっての冤罪率と同じ。30 clicks

リンク 2018/08/05

Bosheit 数を聞いただけでid:senbuuさんにはぐらかし&罵られてびっくり!なんか聞かれたら困ることだったの?ごめんね・・・

直後にsenbuu氏はBosheit非表示宣言



驚いてるBosheitの為に解説しよう!

senbuu氏は日頃よりちょっとでも気に入らないこと言う奴、異を唱えるやつ、異を唱えそうな気配のある奴、都合悪い質問する奴、

片っ端から罵倒して非表示に叩き込んでるのだ!

ちなみに氏のアイコンは「Anti Hateである


でも日本アンチヘイトを声高に標榜する人って多かれ少なかれこんな感じだよね。

すごく同調してくる同質性の高い相手と以外は会話にならないしすぐキレる。

2018-08-04

anond:20180804080512

今の時代、「あの時実は嫌だったんですぅ~」って後付けで言ったらなんでもひっくり返されるから

女の自由意思を認めたいのか認めたくないのかわからん

2018-07-17

神々へ挑んだ人々の記録あるいは神話のこと

ユダヤ古代誌を読んで
まとめ
  • 創世記に記されていることをそのまま受け止めれば、慈悲深き神と浅慮で愚かな人間によって紡ぎだされた物語といえる。傲慢人間は神に至ろうと思い塔を建てたが神はそれを一蹴した。
  • 傲慢なニムロデ。しかし神は、洪水でも人間は知恵を得られなかったか虐殺をすることはやめたが塔を崩壊させることはした。これは何を意味するのか。塔は実際に神に近付き得た、その手前まで行ったのではないか。塔はほとんど完成していたらしい。
しかしだな

2018-07-14

anond:20180714201720

全面同意するわけではないが、女性起業家が明らかに少ないのは疑問に思ってる。

男女の能力に差がないのなら、企業家の男女比は半々とまではいかないくとも6対4くらいにはなっていいと思うのだが。

女性の多くが「リーダーは男がするべき」という考えを自由意思選択しているからだと推測する。

[] 弁護士法治国家否定

法治国家日本

法曹関係者には、いろいろな考え方の人がいる。

法治国家否定するラディカルな思想を持つ人がいても、おかしくはない。

しかし、日本が人治国家になったら法律無用法務を専業とする弁護士不要となり、自らの存在意義否定する「矛盾」に陥るのではないか

 

オウム事件とこの集団対応は、この「前例のない事件に対しては前例のない体制で」でやってきた。それだけの大事件であり、特異な集団であり、特異な思想だったからです。

で、今回の支援要請につき、国が応えられないなんてありえない筈、と確信しています

・その必要性があり、決して憲法違反するものではなく、法令違反するものでさえないのだから

日本が、テロと闘うならば、そのテロ行為の背景などにも対応していくことによってこそ、「闘う」といえるのだから

助けてください。

 

滝本弁護士の主張から、鍵となるキーワードを拾ってみよう。

  1. 前例のない」
  2. 憲法違反
  3. テロと闘う」

 

前例のない」

社会は常に変遷して行く。かつてない状況に出会ったら、新たな対処方法確立する必要がある。そこまではOKだ。

しかし、最初は手探りの試行錯誤ゆえ不具合が生じた場合、後でちゃん不具合修正できるのか?

ロールバック可能手段も用意されているのか?

 

滝本弁護士独断で、関係者の利害を調整することなく、物事を強引に進めてしまった場合、その結果重大な人権侵害などが起きても、ちゃん回復できる仕組みも併設されているのか?

新規対応で失敗しないためには、ちゃん保険もかけているのか?そこを注意深く観察する必要がある。

デリケート問題を扱うにしては、十分な議論を尽くすだけの「慎重さ」が欠けていないか

 

万一、間違った前例を作ってしまった場合、後戻りできなくなるのでは困る。

歴史を振り返ると、人類は多くの失敗を繰り返している。(同じ失敗を繰り返すのは、単なるアホでしかない。)

前例がない」場合こそ、十分に時間をかけて話し合い、慎重に対処すべきという「共通認識」が必要だ。

 

憲法違反

人々の利害関係の調整は、政治家法曹職務である

民事および刑事係争は、法律というルールに基づいて解決を図るべきだ。

なぜ、滝本弁護士は、他の利害関係者と対話の機会を持たないのか?独断偏見で話を進めていないか

司法試験勉強をしたなら、少なくとも一度は日本憲法を読んだことがあるはずだ。

1945年昭和20年)に、ポツダム宣言を受諾して連合国に対し降伏した日本政府は、そこに要求された「日本軍の無条件降伏」「日本民主主義的傾向の復活強化」「基本的人権の尊重」「平和政治」「国民自由意思による政治形態の決定」などにより、事実上憲法改正の法的義務を負うことになった。

そこで連合国占領中に連合国軍最高司令官総司令部の監督の下で「憲法改正草案要綱」を作成し、1946年昭和21年5月16日の第90回帝国議会の審議を経て若干の修正を受けた後、同年1946年昭和21年11月3日日本憲法として公布され、その6か月後の翌年1947年昭和22年5月3日施行された。

第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種信条性別社会身分又は門地により、政治的、経済的又は社会関係において、差別されない。

 

なぜオウムだけは差別して、議論の輪から外しても良いと言えるのか?(言っていないなら問題ない。)

好き嫌い」という感情ではなく、「真偽」という論理、すなわち法律ルール)に基づく説明ができなければ、法曹としては失格だ。

パブリックコメントを発する以上は、他者から質問に答える義務がある。(質問を受け付けないのなら、それは単なる独り言しかない。結果、他者聞く耳を持たず、自身孤立する結果を自ら招くだけだ。)

滝本弁護士には、公開の場で質疑応答を行なうだけの「誠意」を見せて欲しい。

  

テロと闘う」

テロ」といえば昨今の「テロ等準備罪」を巡る議論を思い出す。

日本では犯罪を実行したことを罰するのが原則です。それに対して、共謀罪犯罪計画合意したこと自体を罪ととらえ、犯罪を実行する前に処罰しようというものです。深刻な犯罪を未然に防ぐことが狙いです」

 

「新々過失論」(危惧感説)

「過失」を巡る法理の分類は、歴史的に「旧過失論」「新過失論」「新々過失論」(危惧感説)などが挙げられる。

 

 

テロ等準備罪は、危惧感説に基づく新しいタイプ法律と言える。日本では、藤木英雄先生先駆者として有名だ。

藤木英雄1932年2月20日 - 1977年7月9日)は、日本刑事法学者。元東京大学法学部教授

戦後の数ある刑法学上の論争の中で、実務上最も重要な意義をもったのは過失責任を巡るものである

藤木は、高度成長期において非伝統的な犯罪が多発するという状況に際して、新たに企業側の過失責任拡張することで、被害に苦しむ市民を救わんと尽力し、新過失論を一歩進めて「新・新過失論」・「危惧感説」を提唱した。

危惧感説が登場する以前の新過失論は、逆に伝統犯罪交通事犯に対する過失責任限定意図していただけに、画期的な転換といえる。

危惧感説は、後に板倉宏らの一部の学者検察官の支持を得て、森永ヒ素ミルク中毒事件採用されるに至ったが、北大電気メス事件( 札幌高判昭 51.3.18 高刑集 29.1.78) では明確に排斥されており、学会でも一般的な支持は得られなかった。

 

日本ではまだ、危惧感説に基づく国民合意形成が十分になされている状況とは言えない。(テロ等準備罪も始まったばかり)

従って、滝本弁護士が、「テロと闘う」という大義名分の下、かつてない法的判断要求するつもりならば、日本国民に対する説明義務が伴う。

滝本弁護士が単なる思い付きや感情論で言っているだけなら、後世に悪影響を残す有害前例を作ってしまうかもしれない。

ハッタリではなく、滝本弁護士が藤木英雄先生の業績を踏襲し、発展させる意気込みがあるなら、一概に有害とは言えない。

 

この点については、オウム限定する必要がない。

なぜなら、日本国民全員の利害に関わる問題からである

従って、公開の場で議論を尽くされなければならない。

どのような方法で公開討論を進めていくべきか?日本国民全員で検討する必要がある。

(滝本弁護士には「オウム問題を風化させたくない」という思いがあり、さら法治国家否定しているわけじゃなければ、この結論に至るだろう。)

2018-07-07

死刑反対論

私は死刑反対論者だ。

しかし、他の人が言うような人権云々を訴えるつもりは毛頭無い。

単に犯罪者に罪を償わせる観点から言えば、終身刑こそが死刑以上に重く、適切な刑罰であると考えているからだ。

そもそも死刑が最も重い刑罰だと言う世間認識理解できない。

人間死んだらそれまでだ。死ねばただ肉塊が残るのみである

刑の執行は長くても数時間からないだろう。それで犯罪者自身の罪は消える。

いや、道徳的には消えないのだろうけれど。

死んでしまった以上、犯罪者にそれ以上の刑罰を求めることも与える事も出来ない。

死刑はその人の命をもって罪を償う行為である

言ってしまえば、それで終わりなのだ

どんな重罪を犯したところで、犯罪者の命一つを差し出せばそれで終わりなのだ

果たしてそれで良いのだろうか。私は違うと思う。

話を戻そう、私は終身刑こそが最も重い刑罰だと考える。

自由を絶たれ、希望を絶たれ、日々惨めさを噛み締めながら、ただ老いて行くだけの人生を送らせる事こそ重犯罪者必要過程ではないだろうか。

ジョージ・オーウェル1984ウィンストンスミス最期想像して欲しい。

なぜウィンストンは反逆の事実を持って即処刑されなかったのか。

それは心が屈していなかったかである

反逆心を抱えたまま処刑することの無意味さを、

己の罪を認め、悔い改めながら死を受け入れることにこそ意味があることをビッグブラザー理解していた。

今日オセアニアでは人々はニュースピークダブルシンクを通じ認識操作されるため、禁止命令をされる前に、すでに党の理想どおりの考えを持ってしまっている。

党の考えに反した者も、最終的には「自由意思」で屈服し、心から党を愛し、党に逆らったことを心から後悔しながら処刑される。

https://ja.wikipedia.org/wiki/1984年_(小説)#ダブルシンク/


人類にとって死は究極の逃避行なのだ。重犯罪者にしてみれば尚更である

それをみすみす彼らに差し出す事は、彼らを苦しみから解放する事は、

果たして正しい選択なのだろうか。

犯罪を犯した犯罪者死刑にでもなれば世間はさぞかし溜飲が下がる事だろう。

世間の溜飲を下げる目的であれば、それがショーであるならば、私も死刑は正しい選択だと考えている。

しかし、罪を償わせることを目的にしているのであれば、死刑不適切刑罰であると言わざるを得ない。

犯罪者は、死刑によって、

自らの罪を悔い改める前に、自らの命と引き換えに、自らの罪から逃避できてしまう。

いや、我々が逃避させてしまっている。

今、再び死刑制度が注目を集める今だからこそ考えるべきだ。

我々の凝り固まった思考を捨てなければ、喜ぶのは彼らである

2018-06-08

なんで「宮台真司をぶん殴りたい」って言わないの?

北原みのり「“サブカル”に隠された暴力」〈週刊朝日

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180531-00000020-sasahi-soci

 イベント後に食事をしながら、90年代って女にとって何だったの?という話をした。雨宮さんと田房さんは90年代青春を過ごした世代だ。私は雨宮さんより4歳年上で、あの時代俯瞰するように彼女たちを見ていた。エンコ世代と言われ、遊ぶ金ほしさに“自由意思”でセックスを売り“性的自己決定”を行使しているかのように大人たちが不用意に持ち上げるのを、見ていた。“サブカル”の文脈で、女性への暴力を極限まで表現する“作品”がAVとして発売され、リベラル言論人やフェミが高評価するのを見ていた。

そんなの持ち上げてたのは宮台真司と仲間たちだけの狭い世界で、まともな大人はみんな眉をひそめてたじゃないか

ついでに言えば、90年代どころか現在でも宮台真司ナンパを持ち上げたせいで勘違いした大学生レイプしまくって被害者続出してるじゃないか

いい加減にあのオッサン性愛に関する語りを辞めさせろよ。どれだけ被害者出したら気がすむんだよ。

北原みのりみたいなキチガイ実名上げずにフワッと「サブカル」全体の罪みたいに語ってどうするんだ。

当時サブカルにハマってたボンクラは援交ともナンパとも一番遠い場所にいるのに、罪だけは被れと言うのかこのババア

2018-06-05

anond:20180605123214

・「教育する権利」と「自由恋愛を損ねる権利」は別物。

恋愛性交自己判断自由意志によってのみ成立すべき

子供だろうが外部だろうが、自由意思を持った個人に変わりはない。

この前提を否定すれば、「不本意結婚強制」すら可能になる

2018-05-29

anond:20180529145425

LGBT公共の福祉侵害しない」ことと、「ロリコン公共の福祉侵害する」ことの証明必要

LGBT人口再生産に何ら貢献しない。これは自明

また、よく「LGBT病気じゃない」というが、

これについて科学的なエビデンスをみたことがない

(「WHOが認めてる」というのは、権威主義でありエビデンスではない)


ロリコンロリコンでも、2次性徴を通過してれば問題ないはず。

また、幼児にも自由意思はある。

ロリコン規制派こそ、他人人権侵害してる害悪と言えよう。

2018-05-28

鬱病回復期だけど

実は回復期の自殺もかなり多いと聞く。

鬱の自殺自由意思でするのではない。脳の異常が人を死に追いやるのだ。

回復期の自殺も、結局はがんや脳卒中といった重病で亡くなるのと同じように、病死の一形態しかない。

その日が来てほしくない。だが来るかもしれない。自分はそれが恐ろしい。

自殺しない努力はできるが、他の重病と同じように、完全に死なないという保証はどこにもない。

「死なないで」という口約束ときで死なないなら誰も悲しみにくれないだろう。

病死するXデーを想定しつつ、今後は身辺整理とか「親が死後どうすべきか」をまとめたノートを作らなきゃなと思う。

あと数少ない昔の友人に今のうちにあいさつ回りでもしようかしら。

 

最後にもう一度言う。うつ病自殺病死だ。

完全に死を防ぐことなどできはしない。

2018-05-23

anond:20180523113407

これは割と真面目な話で、全く同じ商品ゼロ円とそうでない価格が設定されていたとしたら、自由意思は取り立てて理由が無い限りゼロ円を選ぶ。

全く同じものが有料と無料で並んでいたとしたら「なぜ有料のものお金を取るんだ? おかしくないか?」という文句へと発展する。

それがグローバルでそうならば特に問題とならんが、同じ商品でも時価で客によりタダかそうでないかが決定されていたとするならば?

勿論「タダで配るのが普通だろ、タダにしろよ」って思うだろう。

タダは無いにしてもセール半額なんかが1回でもあった場合消費者価格基準は半額がベースとなる。半額の時が適価で通常価格はボってる判断になるわけだな。

なので、むやみやたらと最初安値を付けるとその次に来る客の購買状態に影響を与えてしまうって言うのは比較常識レベル知識

だけんど、ここらへん「業界」的には囚人のジレンマ的な話もあってだね…

っていうのが語るべき部分。

一回無料にしちゃったんだから無料以上にせなあかんってのが今の戦場だよな。悲しいかな。

2018-05-22

anond:20180522124415

私は女性がそこまでリスクを負ってきたかというとそうでもないと思っているが

結婚自由意思に依らないものだったのは男女どちらもそうだったから)

トラバ元が自分では何もしないのに主語を大きくして誰かを非難して溜飲を下げたいだけの非建設的な人だということはよくわかった(というか建設性を増田に求めてはいけなかった)ので

よりよい下方婚をするために仕事に戻って頑張ろうと思います……

2018-05-18

anond:20180518143325

そこ、そこだよ。

優生保護法で「保護」されて同意なしに不妊なりの施術をされたのは、その対象者が俗にいうところの「禁治産者」に相当するような方々だったからだろ。

今でいうところの行為能力制限者で、未成年者とほとんど同義だ。

その行為能力制限を以てして性交渉などを制限するのが合憲だってーんなら、優生保護法も「合憲だった」になるんじゃねえの。

逆に、行為能力制限者であっても身体精神などの生来特性に由来する行為制限は行ってはならないものであるという判断が下されるなら、それこそ「生来ロリビッチ」がいたとするならそれを規制する権利は誰にも無いんじゃないの?

ロリビッチはまあ冗談想定にしても、性決定なりが保護者との関係に依り設定されてしまものではなく生まれた瞬間から自由意思において決定できるとするなら、まさに年齢制限ってダメなんじゃないの?

LGBTなんかで考えるとよりポリコレロリを許容しなくてはいけないというロジックになりうる。

これってどうなんでしょうか。

anond:20180518094321

優生保護法違憲とすると、風桶レベルじゃなくて普通に2,3ステップ強姦罪の年齢要件違憲って話にならない?

優生保護法問題点可視化されるリスクをどう受け止めるかについての権利侵害だった

というのであれば、今の強姦罪なんかに見られる年齢要件当事者たちの自由意思を年齢

制限のみで縛っているということになるよな。

成熟していなかったり精神的に未発達だったりといったことも挙げられるかと思うが、

それを言い出したら優生保護法は正にそういった事故意思決定権がそれほどなかった人た

ちがその対象者だったわけだし。

肉体的にも、精神的にも「不適」だとされていたか不妊施術をされた。

行為やら生殖活動行為本来的な国民権利としては年齢・肉体・精神そのいずれをも

ってしても制限を受けないというのであれば、強姦罪の年齢要件撤廃されなきゃいけな

くならないか

まり合意があればロリ合法になるんじゃないのか?

そこんところどうなのか教えてくれ、増田法律に詳しいマン

2018-05-05

anond:20180505233418

店の自由意思で好きなやり方で接客してるだけだろう

客には来店しない事由があるから付近ライバル店がある場合つぶれて左遷されたくない店長が保身でしてるだけのこと

それを客に責任転嫁する店側の人間マジでクズだと思う

契約自由なんだから気に食わないことがあったら違法行為をしてない客でも追い出すのは店の自由

2018-05-02

anond:20180502174216

全体的に給与を上げるには

インフレ社会にすること。インフレ社会少子高齢化社会では不可能

不景気挽回するには

と同一になる。すると、少子高齢化をなんとかすべきである

結婚しているカップル出生率はさほど下がっていないので、少子高齢化結婚数を増やすことが現実的な解となる。

結婚数を増やすためには、方法は多くあるが、自由意思による「結婚したいと思える人」を増やすことが現実的

女性にとって「結婚したいと思える男性」は給与自分よりも高い男性である。←ここ反論どうぞ。

女性賃金男性より平均的に低くすることで、「結婚したいと思える男性」が増え、結婚数が増える。

結論男女平等をやめて伝統的な家父長制を復権させることが

不景気挽回するには

打開策となった。

2018-04-24

anond:20180424132441

本人の自由意思でやってるのなら人権侵害ではないが

それを言ったら相撲は明らかに健康に悪いので人権侵害という事になる

というかスポーツの大半がそうだな、ガチでやってる選手健康損ねてる場合が多い

2018-03-20

そもそも責任取れ」って保守の考えじゃないの?

あなたらの大好きな自由主義の考えに従えば、貞操なんてのは個人的に大切にする分には好きにすればいいけど、

他人要求できる類のものではないわけですよ、自分責任取る以上そいつ自由なんだから

そして、交際というのも親がどうとかいうのではなく、当人同士の自由意思にのみ基づくべきであって、

さら交際しているからといって、片方に何らかの責任が生じるというものではない

そのはずでしょう

では何が問題となるのか

個人としてどういうポジションを取るかは本人の自由です

しかし、自分自由を主張しつつ、他人には保守的な振る舞いを求めるというのははっきり言ってダブスタです

婚前交渉はやりたがるのに、結婚相手処女要求する男

個人自由交際しているはずなのに、責任という面に限っては旧来の関係を求める女

男女関係なく、保守革新のいいとこ取りをしようとするから勝手に映ってしま

そりゃもちろんアレですよ、現実はそううまく行くとは限らない

男女のいろいろな差もまだある状態でなんでもかんでも自由にすると、それはそれで問題が出てくるかもしれない

から経過措置として「しょうがいから男が責任を負うべき」というのは、まあ必ずしも間違ってはいない

でもそういうのは、あくまで現状の社会理想の通りでないことを踏まえた上での話であって、

本来ならもう少し申し訳なさそうに主張すべきなんですよ

なんせ言ってることがガチガチ保守と同じなんですから

そういう態度すら見せることなくいきなり「責任取れ」ってなんなんですか

もうただの保守でしょあんたら

2018-02-03

anond:20180203135715

弱者自由意思を認める」って言ったら、そりゃ聞こえはいいんだよ

でも弱者というのは子供なんかが典型的だけど、そもそも判断能力を欠くケースも少なくない

弱者の不完全な意思能力に基づく選択であろうと、自発的になされたものとして尊重すべきか、

身もフタもない言い方をするなら自己責任で片付けるべきなのか、っていうとまためんどくさい

そこに答えを出さないと「やっぱパターナリズム全体主義の方が楽でいいじゃん」となってしま

だいたい、ある境遇にある人が自らそれを望んでいるのか、それとも誰かに強制されているのか、

なんて極めて曖昧なもんだから

対価が1万円なら人権侵害でも、100万円なら喜んでやったりするのが人情だし

からこそ、どちらの立場を取るにせよ、その辺には特に慎重になる必要がある

外野勝手認定さらには「あいつはバカから自分が置かれた状況もわからないのだ」と罵倒

しているケースもある

から救ってやっているはずの悲惨当事者からなぜか反対の声が出てきた時にフリーズちゃう

いちネトフェミの思うグリッドガール問題

たぶん自分はいわゆるネトフェミで、

フェミニズム的な考え方に共鳴はしているが

いわゆるフェミニズム思想潮流の中に自分位置付けられるほどは勉強してない。

で、グリッドガール問題について思うことを語る。

そもそもフェミニズム問題なのか?

F1公式の発表は以下だ。

we feel this custom does not resonate with our brand values and clearly is at odds with modern day societal norms. We don’t believe the practice is appropriate or relevant to Formula 1 and its fans, old and new, across the world.

私たちは、この慣習が世界中の、これまでのそしてこれからファンにとって適切だとは思わない。」

らしい(特に英語に堪能ではないので間違ってたらすまない)。

この台詞を言わせたのは「フェミニズム圧力」「騒ぎ立てた人権屋」なのか?

F1運営組織はそんなに脆弱立場が弱いのか??

どうも私にはそうは思えない。

F1というブランドをどう運営していくかという考えのもとに

主体的に下された決断のように、私には読める。

じゃあフェミ関係ないっていうのかよ

間接的にはあると思う。

まり、「modern day societal norms」の醸成に影響しているという点において。

だがそれは必ずしもフェミニズムイコールではない。

ここを勘違いしているブコメ言及記事が多いように思う。

ここから憶測だが、F1公式の考える「modern day societal norms」にしたがった自分達のあり方が何なのか、というと、

性別と年齢とに関わらず誰もが参加できる「the glamour and spectacle of the Grand Prix」なのだと思う。

そのためには、美しい女性をずらりと取り揃えるという行為

客層を限定するメッセージを発しすぎるという判断なのではないか

それは、フェミニズム関係ない、単純な商業判断だ。

(女性だって美しい女性を見るのが好きだと感じる人は多いだろうが、単純にターゲット問題だ。)


フェミニズムは「女性性的魅力」を認めないのか

こう考えているブコメが多数あったが、私はそうは思わない。

認めないのは

性的魅力を、本人の自由意思に基づかず要請されたり搾取されること」で、

目指す理想の世界

「その人の性的なことを、社会による強制圧力を一切感じずに取り扱える世界

だと思っている。

現にセックスワーク従事する女性の権利擁護フェミニズム範疇だ。

私は、その人が完全に自分自由意思に基づいてするのならば、

たとえば性行為を対価にお金を稼ぐ自由尊重されてしかるべきだと思っている。

もちろん、若さと美しさを披露することで対価を得ることも当然、市場原理保証されてしかるべき自由だ。

フェミニズムが、それらの行為自体を悪と見なしているように見えるのは、

それらが本当に自由意思で行われているか、疑わしいことがあるからだ。

たとえばセックスワークに望んで従事している、と笑顔で言い切る人がいたとして、

その影には本当にたくさんの要因が含まれることがある。

それはわかりやすものを挙げてしまえば貧困であり、教育であり、環境であり、

その人個人の性体験であり、社会的な「性的魅力の取り扱い」に関する要請であり、

そしてそんなカテゴリワード意味をなさないほどに、個人のいりくんだ感情と生育かもしれない。

何が自由意思で何が暗黙の強制なのか、

そこに明確な線引きをすることなどできない。

フェミニズムの名のもとにずかずか入り込むことは許されない。

それでも、その人になにかを強制するものがもし何かあるならば。

もしあるなら、ひとつでもなくなってほしいと願わずはいられない。

それが起きる社会についてかんがえるし、

それをさせている何か、誰かがいないかと考える。

私にとってのフェミニズムはそういう、自由と抑圧について絶えず考え悩む姿勢のことだ。

私は、私個人経験から、性にまつわることの有形無形の「自由意思以外」を感じとってきたので

理想の世界があればいいのにな、と思っている。

仕事を奪われたグリッドガールについて

私は「その女性が、自ら望んでグリッドガールとして働くこと」それ自体には一切の批判はない。

だが、同時に「グリッドガールという役割を作り出す社会のもの」には疑問を投げ掛け続けると思う。

逆にいうならば、グリッドガール自身が、自分達の美しさと若さブランド価値寄与するのだと堂堂と言ってくれるなら、

そしてそこに内面化された抑圧ではなくて彼女たちの自由意思を信じることができるなら、

多いに祝福すると思うし、私が本当に望むのはそうした社会だ。

グリッドガール弱者なのか

小人プロレスにまつわる都市伝説になぞらえ、

「それしかできないかわいそうな女性仕事を奪われた」という構図で話したがる人がいる。

まず第一にこの話が「人権団体」の働きかけによるものだとはどこにも書いてないし、

第二に、グリッドガールは「それしかできないかわいそうな子達がようやく得た仕事」ではない。

しろオーディションを経て勝ち抜いた女性たちだ。

彼女たちが美と若さを売り物にするための市場ひとつ消えてしまったのは事実だ。

グリッドガールを夢見ていた女の子がいたら気の毒だとは思うが、

小人プロレス都市伝説になぞらえて語るものでもまたないのではないか

だが同時に、グリッドガール弱者ではない強者だ!ともいえない。

「美しさを競い続け、選ばれ続けるために努力し続け、そしてその先に待つものがなにか」という問題について踏み込むとき

そこには「誇りをもって美しさから対価を得ていたのに、フェミニスト仕事を奪われたかわいそうなグリッドガール」という弱者像とは別の

「美しさを対価にお金を稼ぐことの苦しさと弱さ」は浮かんでくる。


「殴られる弱者」のパロディで楽しむ人たち

美しいグリッドガール嫉妬に歪んだフェミニストが叩きあうという構図をお望みのかたはたくさんいるようだった。

フェミニストは「男性強者から女性弱者」を守りたいと叫んでいるのに、

ほんとうはグリッドガールを抑圧する「強者なのだ!という転倒の痛快。

そこにあるのは、普段社会女性」の構図でフェミニズムが叫んできた構図のパロディである

そして、その争いは「男性」でも「社会」でもない、

フェミニストという醜いモンスターグリッドガールという美しい虐げられた弱者ならば

自分達に関係なく、そして美しく弱いものを心置きなく応援できて、

普段から気にくわなかったフェミニストたちを存分に叩けるのだ。

きっとさぞ楽しいのだろう。

から特に声明には書かれていないフェミニストは引きずり出され、

さら関係が疑わしい「人権擁護団体」(誰なのかはよくわからない。架空のそういう人たち)を叩き、小人プロレスを引き合いに出している。

そういう人たちがたくさんいる。

グリッドガールがなくなることが正しいとおもうか?

からない。

F1判断は正しいものか?

からない。

スポーツにおける「添え物の女性」には価値がないとおもうか?

簡単には結論が出せない。

けれど確信しているのは、上記のようにみにくいプロレスを望む人の声にのせられて、ファイティングポーズをとる必要はないということだ。

私は、できれば自由について話したい。

自由について、美しさや若さや性を売る自由について、その価値市場について、それが売り手にとって苦しみをもたらさないための社会について。

それがいくつもいくつも積み重ねられて、次の「modern day societal norms」の話ができることを真剣に望んでいる。

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