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はてなキーワード: 神経科とは

2019-05-31

貧血怖い

昨年の今頃ぐらいから、本態性振戦っていう病気に悩まされていて神経科病院に定期的に通っていたんだけど。

ちなみに、本態性振戦とは体に悪いところがないのに手足が震える症状だけある病気です。おじいちゃんおばあちゃんで手が震えてる人がたまにいると思うんだけどあんな感じ。

同時期に、毎月あるはずの月経が飛んじゃう月もあって、そちらも診てもらったほうがいいかなと思って婦人科病院に行って色々検査してもらったら基本的に異常がなし。

だけど「フェリチン」という数値が非常に低く、潜在性鉄欠乏貧血だと診断されたので、生まれて初めて貧血治療を始めた。

そしたら貧血治療が始まって2週間ぐらい経った頃に手が震えなくなってめちゃくちゃ嬉しかったけど、もしや原因は貧血だったのか…?ってびっくり。

あと、ここ数年生理前はPMSの落ち込みやイライラがあったんだけど、すごく軽くなった。

医者さん曰く、貧血で手が震えるっていうのはレアケースらしいんだけど、もし似た症状で悩んでる方がいれば採血してみてください。

2019-05-27

anond:20190527114411

来週にでもやるわ

どれも外れな可能性もあるけど

 

ずっと原因をしらみ潰しに見ていってる

胃潰瘍胃がん胆石胆のう、腎臓、肺、逆流性食道炎、胃酸過多、心療内科神経科低血糖、低血圧、あとなんだろ

結局、機能性胃腸症って言われるけどその薬も効かず

 

あと怪しいのは、アレルギー、副腎疲労、胃痙攣あたりか

それが駄目ならペインクリニックに行こう・・・

2019-05-10

母が認知症になった 追記あり

去年あたりから67歳の母の物忘れがひどくなったので今年の4月に神経科にいって脳のMRIスキャンをしたら、脳全体の萎縮、特に海馬のあたりが同年代の平均よりも縮小が早いらしく、このままだと認知症アルツハイマー認知症の原因になると診断された。

正直僕には認知症アルツハイマー認知症の違いがよくわからないのだが、母親はすでに自分の停めた車の場所がわからなくなったり、以前なら作れた料理レシピを忘れていたり、昔住んでいた地区電車で行こうとしても現在地がわからなくなったりパニックを起こしたりと、私生活に支障がでるレベルになってきている。一緒に住んでいる父親最初健忘症寝不足によるストレスじゃないか?と話していたが、さすがに最近認知症らしいと認めざるを得なくなってきた。

担当からはドネペジルとメマンチンという薬を処方されて、とりあえず母には忘れないように毎日飲んでもらっている。ただこれらもうまくいっても進行を遅らせる程度の効果で、一度始まった認知症回復させる方法はおそらくないのだろう。

担当からは薬の服用以外にも、進行を遅らせる手段として日頃から散歩などの運動、または手芸生け花絵画など脳をよく使う趣味、そして人とのコミュニケーションを増やして脳を活性化させることを勧められたのだが、困ったことに母がなかなかその気になってくれない。最近家庭内トラブルが続いて長期的なストレス自分から行動する気力がなくなったようだ。以前は人付き合いが得意で話上手だった母だが、些細な事で怒ることが増え以前まで仲良くしていた友人たちと次々と疎遠になっていった。

そもそも病院への診察も非常に嫌がり、結局僕が病欠をとって会社休んで同行することでやっとMRI検査までこぎつけた。正直車で2時間離れている距離にいる僕が今後も毎回通院の際に仕事休んで同行するとか経済的にもしんどい

一緒に住んでいる親父は僕からみてもよく頑張っている。事情があって弟の高校1年の娘を引き取って高校卒業まで一緒に暮らしているのだが、75歳の高齢でありながら年金だけでは暮らせないので週に5,6日ほど仕事を続けながら出不精になった母をなんとか散歩に連れ出したり、料理レシピを忘れた母とyoutubeレシピ動画を見ながら一緒に料理も作っている。昔は傲慢で家庭をほったらかしだったあの親父があそこまで頑張っている姿は毎回感心するし、42年生きてきて最大級に親父を尊敬している。

こんな日記を書いている僕といえば、すでに実家から離れ結婚して子供もいる共稼ぎ夫婦。なんとか月に1度程度、まだ小さい息子を連れて遊びにいったりたまにアマゾンギフトを送るのが精いっぱいである。

母は以前はウザいくらい僕に電話してきたので、今年になって俺が「病院に行け」だの「趣味を始めたほうだいい」だの言いすぎたせいか、あっちから連絡が来ることがぱったりなくなった。僕から電話も素っ気ない対応になった。まぁ息子にあれこれ言われてウザいんだろうね。

実家近所の役所やらNPO団体などを探せば、高齢者向けのサポートサービスがいくつかあるのは知ってる。ただどれも本人たちが自発的に訪ねていかないと何もしてくれない。役所NPOも暇じゃないから当たり前の話なのだが、うちの母のように精神的にふさぎ込んで助けを求める気力すらない人間はどうすればいいんだろう。主治医にはあまりに母が落ち込んでいるのでうつ病可能性も指摘されたが、どうやって母に自発的精神科に通院してもらえばいいのか見当もつかない。(もちろん頼んだが「そんなとこいっても治らない」と拒否

このままにしたらどんどんひどくなる。わかっているのになにもできない。どうしたらいいんだろうか。



追記:みなさん暖かいコメントありがとうございます。日頃は手厳しいブコメを残してる方々も親身にアドバイスしてくださって、感謝気持ち自分たちが置かれた状況の深刻さをかみしめてます

地域包括支援センターにはすでに相談に行きましたが、現在母親状態ではまだ本格的なサポートは受けられないみたいです。介護付き老人ホームなどすでに探してますが、どこも5年~10年待ちです。忙しい父親に頼んで仕事の合間に申請書類を用意してもらってますが、正直いつ入居できるか検討もつかないのでこんな事務作業やらせるなら少しでも休ませたほうがいいんじゃないか?と自問自答の日々です。

主治医に診察に連れていくのが正直しんどいです。嫌がる母親をなんとか説得して一緒に診察にいっても、主治医簡単質問をいくつかしただけですでに処方してもらった薬を追加するだけ。しかもその薬も効いているのかよくわからない。(調べたところ、認知症について現状処方されている薬以外の代案がないのもしってます)こんなのが続くと僕だって「こんな診察を嫌がる母親を説得してまで行く必要あるの?」って思えてきます

今後のことを考えると憂鬱になりますね。幸いにも姪は成績優秀なのでなんとか返済なしの奨学金(ローンじゃないほう)をもらって大学に進学できそうですが、彼女高校卒業する2021年までは父親も頑張る、でもそのあとのことは考えたくないと言っています。今後の母親介護プランについて考える余裕もないようです。なにせ高齢の親が高校生の孫を養うだけでも一苦労です。いままでは姪とその父親であるクソ弟の対応に振り回されて、ストレスボロボロだった母親対応する余裕がありませんでした。

会うたびに両親からは「お前に苦労ばかりかけて申し訳ない。これ以上お前に負担をかけたくない。姪が大学に進学したら早く死にたい。これ以上生きていても辛いだけだ」といわれます。そういわれて「とりあえず今はできることからやっていこう。後のことなんて誰にもわからないよ」とお茶を濁した対応をしてますが、正直僕も逆の立場になったら現在幼稚園児の息子にそんな苦労かけるならさっさと死にたいって思うだろうから返答に困ります

うちの両親は決して完璧ではなく、大人になった僕から見たら過去に「なんであん馬鹿決断をしたんだ」「あのお金もっと大事運用してたら今もっと楽できたのに」と思うことも多々ありますが、それでもこんな悲惨な老後を送らなければならないほど酷いことをした人間ではないです。先のことを考えすぎてもどうしようもないので、なるようになるさっと割り切るしかないですね。

2019-03-24

鹿児島県姶良病院」院長に暴力団脅迫された過去!?

ネット上にこんな記述があるが・・・

県立姶良病院消火器テロ事件について語ろう

79 2018/12/20 07:50

現院長は、他にも副院長時代に、ヤクザ患者の反感を買い、病院にその患者の仲間達の小桜一家がやってきて、沢山のベンツがやってきた。そして、外来玄関前でクラクションを派手に鳴らされ、その仲間達によって、現院長が刀を持ったヤクザ達に院内中派手に追い掛け回されて、怖くなって逃げ回った経験がある。そして、ヤクザ達に捕まった途端、必死で命乞いをしたというエピソードもあるらしい。この時も職員通報をするなと必死圧力をかけたという。

https://bakusai.com/thr_res_show/acode=10/bid=1304/tid=7126995/rid=581527553/word=%8F%AC%8D%F7%88%EA%89%C6/

鹿児島県姶良病院 院長

1983年鹿児島大学医学部卒業鹿児島大学医学部附属病院神経科精神科医員、

県立鹿児島保養院医長などを経て、2013年から現職。

https://k-ijishinpo.jp/article/%E7%9C%8C%E5%86%85%E5%94%AF%E4%B8%80%E3%81%AE%E5%85%AC%E7%AB%8B%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E7%97%85%E9%99%A2%E3%80%80%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%AE%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%AB%E5%BF%9C%E3%81%88-2/

鹿児島県姶良病院

鹿児島県姶良市平松6067 TEL:0995-65-3138 FAX:0995-65-8044 E-mail.air-hos@pref.kagoshima.lg.jp

http://hospital.pref.kagoshima.jp/aira/

小桜一家

鹿児島県本拠とする暴力団

指定暴力団であり、本部を置く鹿児島県内を専らの活動地としている。

縄張りとする鹿児島県内への他暴力団組織の侵入を許さず、同時に自身も他県へは進出しないとする独自方針を掲げてきた。警察庁はこれを指して『小桜モンロー主義』と言い表している。

https://xn--pcko0l.net/index158.html

・・・仮に事実として、この人物が院長に就任する前の副院長時代とは恐らくは2013年以前の出来事だろう。

「県立」病院の副院長が公の病院内に民暴の侵入を許し、そしてそれを県庁にも警察にも通報しなかった!?

・・・仮に事実として、なぜこんな大事件が許されているのか不思議

鹿児島県庁ってそんなにユルユルなの?

2019-03-01

anond:20190301162102

マジか

一回医者に行った方がいいかもしれん。煽り抜きで。

神経科な。

2018-09-14

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

けっこう対立してる組織だったのね。

対立組織に属する夫婦、すごい。

私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

当然親からは殴られた。それでも反抗した。

そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

母は号泣していた。

この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

「…二時間くらい。」

「何とかしたいと思う?」

私は静かにうなずいた。

その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

不思議なことに落胆はしなかった。

あきらめていたんだと思う。

高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

東の空が明るくなった。

夜明けだ。

夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

月と太陽が同時に見えた。

その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

けっこうな時間泣いて、家に帰った。

この時は特に家族から怒られることは無かった。

そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

希死念慮だけは消えてなかった。

主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

今度の病名は統合失調症

そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

そして現在に至る。

今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

人生いろいろあるよねってお話でした。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

2018-09-11

漢字名字タイトル

漢字名字タイトルが好き。

頑張って調べてみた(漫画限定

名字英語(一作品しか無い。レジェンド

企業戦士YAMAZAKI

名字カタカナ多数派

学級王ヤマザキ

妄想戦士ヤマモト

中間管理録トネガワ

未確認少年ゲドー

警視総監アサミ

妖怪研究家ヨシムラ

宇宙家族ノベヤマ

学園革命伝ミツルギ

野獣社員ツキシマ

--------------

爆音伝説カブラギ

検察官キソガワ

劇画ヒットラー

革命児ゲバラ

出陣★昆虫武将チョウソカベ!

名字漢字(意外とレア

最強伝説黒沢

死神監察官雷堂

--------------

最強伝説仲根

少年雀鬼

なんか惜しい(追記したらメッチャ増えた…)

高校アフロ田中

キューティクル探偵因幡

GS美神

--------------

超機動暴発蹴球野郎 リベロ武田

新約「巨人の星」花形

釣り屋ナガレ

名探偵Mr.カタギリ

神経科医Dr.イラ

究極超人あ~る

むこうぶち外伝 EZAKI

ミリオンシャンテンさだめだ!!

オナニーマスター黒沢

巨人の星

憂国モリアーティ

憂国のラスプーチン

弁護士のくず

第三世界の長井

風のレーサー侠

極めてかもしだ

さすがの猿飛

うっちゃれ五所

ストッパー毒島

それはエノキダ!

ピューと吹く!ジャガー

アオイホノオ

セトウツ

バカバカしいの!

鏡の国の針栖川

テコンダー朴

名前のみやフルネームさん付けは、いっぱいあるけど、

名字終わり自体が相当貴重なようです。

20018-09-12追記

各項目、ブコメトラバを参考に追記しました(区切り線より下)

ちなみに八雲名字じゃないようです

2018-08-13

全身虚脱して倒れてから尋常じゃなくキレるようになった

神経科でハナで笑われて検査拒否されたんだが、最近何でもない時にめまいがするようになってる

これ大丈夫なのか?

2018-07-24

日いづる国より 2015年6月5日 書き起こし

中山恭子参議院議員

皆さま、こんばんは。「日いづる国」よりの時間です。

この番組は国を思う政治家の方にお越しいただき、その想いを語っていただく番組です。

今日は前衆議院議員杉田水脈さんにお越しいただきました。

杉田さん、また先週に引き続き、今週もよろしくお願いいたします。

杉田水脈衆議院議員

よろしくお願いいたしますね。

中山

そして、すぎやまこういち先生にもご参加いただいております

支援いただきまして、ありがとうございます

先週は主として慰安婦問題お話いただきました。

やはり、非常に厳しい状況ですね。

他の国々、日本韓国との関係だけではなくて、

ほかの国もまさに韓国の言っていることを信じてしまっているところがありますから

国の中でこの問題を取り上げるのと同時に、海外にもやはりきちんと日本史実に基づいた、

事実に基づいた歴史認識っていうものをしっかり持って、

海外にも説明していかないといけないと思いますよね。

すぎもとこういち:

やらないとね。

クワラスラミ[クマラスワミ]さんなんか洗脳されちゃってて、ねえ。

中山

違っていますという、架空事柄ベースになっていますということが分かったあとでも、

世界はまだ何の訂正もされていないということですので、

まだまだやらないといけないことがたくさんあります

杉田

そうなります

中山

杉田さんのところ、宝塚市というのが、先週のお話では上村さんの講演が堂々と開かれるとか。

杉田

そうなんです。

中山

ちょっと信じられないような実態になっているってお話を伺って、心配状態ですけど……。

杉田

私が今住んでおります宝塚市、まあ選挙区でもあるんですけれども、

皆さんは歌劇とかのとっても素敵なイメージがあるんじゃないかなと思うんですが、

実は、今宝塚市長をしていらっしゃる方が、元社民党国会議員女性市長中川智子市長]さんなんですね。

で、いわゆる土井たか子さんの土井チルドレンと呼ばれた方々で、

最初当選は、先週の話題にも出てました辻本清美さんと同期で当選をしていらっしゃるあの方なんです。

その方が今回二期目に入りまして、二期目が半分終わったところなんです。

中山

わたしどもにとって土井たか子は、さんっていうと、

拉致問題北朝鮮拉致などするはずないでしょうと有本さんを叱り飛ばして帰したっていう、

そのイメージがまず来る方なんですけども。

杉田

そうなんですね。でも、その土井たか子をずっと選挙で通し続けてきた地盤っていうのは、

まさしくこの阪神間といわれる、まあ普通に考えればおしゃれな街のイメージのところが、実はそういう地盤なんですね。

で、その市長さんが1期目とそれから2期目の前半はわりと安全運転で、普通の市政をしていらっしゃったんですが、

いよいよここに来て、今年の予算とかを見させていただきますと、

自分がやりたいことのカラーを出してこられたなというようなイメージが非常にするんですね。

中山

あ、だから上村さんを平然と講師に招いて…。なるほど、それができるということなんですね。

杉田

まあ、これは市がやってるわけじゃなくて、先週紹介したのは市がやってるわけじゃなくて、

市民団体の方が上村さんを呼んできてしてるんですけれども、まあ普通に市立の公民館でやってますからね。

中山

そうですね。そういう勢力が強い。

杉田

はい、非常に強い勢力があります

そんな中で私が一つ問題視をしていますのが、いわゆるLGBT支援法っていうものなんですね。

皆さんに分かりやす説明しますと、「L」っていうのはレズ、「G」っていうのがゲイ

「B」というのがバイセクシャル、そして「T」がトランスセクシャル性同一性障害の方なんですが、

そういった方々を支援していきましょうっていう法律案なんですね。

で、これ、実は今年の3月渋谷区で可決をされているんですね。

渋谷区は、渋谷区のね、タイトルちょっと、もうタイトルからしてですね、非常におかしいんですけど、

渋谷区男女平等および多様性尊重する社会を推進する条例

というタイトルなんです。

ここにはLGBTとか同性愛とかは一言も出てこないんですけども、

タイトルはこういうタイトルなんですね。

ただ、中身を見ると、今同性愛の方々が色々と生活しにくい問題があると。

例えば不動産屋さんがね、同性愛カップルにはお部屋を貸さなかったりとかするので、

非常にその方々は差別を受けていると。

同性同士が結婚するってのは、憲法で認められていませんから

地方自治体がそこまで口出しをすることは当然できないわけですが、

条例という形で、この人たちは婚姻と同じような関係にあるということの証明書を出したりとかですね(笑)

そういうのを自治体ができるようにしましょうっていうような条例なわけなんです。

これ、渋谷区で残念ながら可決されてしまいました

これに飛びついたのが、次は私の住んでいる宝塚市なので、やりたいということで。

以前からですね、市の職員議員さんを集めてですね、

こういう同性愛の方の気持ちを知りましょうって、本当に同性愛の方に来ていただいて、

講演を聞くとかっていうのを市長は好んでやっていらっしゃったそうなんですね。

すぎもと、中山

爆笑

杉田

いうことなので、いよいよこれを宝塚でもやろうということをなって、

私は当然こういう条例必要ないと思いまして、3つの理由を挙げてブログに書かせていただいたところ、

大変賛否両論いただいて、いわゆる炎上という形になってるんですが、

私が一つ目にあるのはですね、タイトル見て皆さん気付いていただけましたでしょうか。

渋谷区男女平等及び多様性尊重する」って、

この「男女平等」という部分と「多様性尊重する」というのを同列で論じているんですね。

すぎやまこういち

違うことだよね。

杉田

違うことですね。

あの「男女共同参画」とかとはまたまったく違う問題なんですけど、同列にしていると。

ただ、私は男女の支援っていう、その例えば子育て支援を行ったりとか、

今、自治体によっては結婚支援を行っている自治体もありますが、

これは私はやっぱり今日本は大変少子化ですからもっと子供を産んでいただかないといけないと

いうことがありますからね。そういうところに対して税金を使って支援をしているわけです。

ならば、こういう言葉を使うからダメなのかもしれないですが、はっきり申し上げます

生産性がない同性愛の人たちに皆さんの税金を使って支援をする、

どこにそういう大義名分があるんですかっていうことがまず一点なんですね。

男女平等も私はありえないということを発言して、この時もだいぶ炎上したんですけれども、

差別じゃないんですよね、区別なんです。

すぎもと:

区別

杉田

そこの部分を混同してしまってはまずいけませんよということが一点目です。

そして、二点目は日本という国は、「基本的人権」というのが全員に尊重されていますから

大人子供も、それから年寄りも、障害者の方も、病気を持った方も、

みんなすべて基本的人権というのが尊重されています

で、その上でですよ、女性人権がとか、子ども人権がとか、あと同性愛の人の人権がっていうと

それを特別支援するっていうのは特権になってしまうんですね。

中山

そうですね。

杉田

から、そういったことは必要がないですよ。

すぎやま:

から日本語で言うと「屋上屋を架す」っていう

屋上にまた家を建てるみたいな話になるんですよね。

杉田

それが二点目です。

それから三点目なんですが、私自身が行政で18年間働いておりましたので、

地方自治体が今やらないといけない仕事って本当に山ほどあるんですね。

例えば生活保護とかがすごい増えているんですが、そこに職員の数が割けなくて、

から不正受給とかを見破ることができないということもあります

児童虐待問題が増えているんですけれども、そういうところにも十分に職員の数を割くことができません。

いろんな問題多様化していて、でも自治体の数は行革とかで減ってるわけですよ、職員の数は。

そんな中で、本当に皆さんあっぷあっぷしながら仕事をしているのに、

もっと皆さんの生活に密着した問題で、しっかりやっていかないといけない問題が山積みになってるのに、

これってそんなに優先順位の高い問題ですか?

優先順位から考えても、かなり優先順位は低いんじゃないですかという。

この三つのことを掲げて、私は「こういう支援はいりません」って言うようなことを書かせていただいたんです。

でも、きちっと私は論理的に書いたつもりなんですが、差別主義者のレッテルを貼られてしまって、

普段、私がブログとか書いてもあまり取り上げてくれないんですが、

こういう内容を書くとですね、なんとかlivedoorニュースとか、なんとかニュースかいうのが取り上げてくださって、

この間なんか、テレビ討論番組から電話がかかってきまして、

LGBT知識学校教育で教えるべきかどうかということに対しての意見をください」という風に言われまして、

すぎやま、中山

爆笑

杉田

私は当然そんなもの必要ありませんと。

中山

そりゃあそうですね。

杉田

ですね。はい。って言ったらあのなんて言われたかというとですね、

同性愛の子供は普通に正常に恋愛ができる子どもに比べて自殺率が6倍高いんだと。

それでもあなた必要ないと言うんですかみたいなことをね、言われまして。

すぎやま、中山

爆笑

杉田

私はそれでもあの優先順位は低い。同じですね。

学校先生も、今モンスターペアレントだとか、学級崩壊だとか、

やらなきゃいけないこといっぱいあるのに、こういうことをやっている時間はきっとないでしょうし。

あと、じゃあ、どれだけ正しい知識先生子どもたちに教えられるんですか?と

誤った知識を教えてしまったらおかしいじゃないですかと。

あと、思春期の頃って本当にいろいろあるんですね。

私も女子校で育ちましたから、周りがもう女性ばっかりなんですね。

ちょっとかっこいい女の子がいたらラブレター書いたりとか。

かっこいい先輩と交換日記してくださいとかしてるんですけど。

でも、こう年をとっていくと、普通に男性恋愛できて、結婚もできて、母親になって…ってしていくわけです。

その多感な思春期の時期にですね、

「いや、女性女性を好きになるのはおかしくないですよ」

男性男性好きにおかしくないですよ」

もっと皆さん、堂々と胸を張って、そんな縮こまらずに、同性愛の人もちゃんと胸を張ってましょう」

っていう教育したらどうなりますかね。

ちゃんと正常に戻っていける部分を踊っていけなくなってしまますよねっていう。

そういうことを延々その方に説明したんですが、結局そのテレビでその企画はなくなったそうなので、

私が出てテレビでそれを喋ることはなくなってしまったんですけれども、

まあそういう問題は非常にホット日本中、これ渋谷で可決されて

宝塚で可決されると、先週お話しした慰安婦意見書じゃないですけれども、

全国にバーッと広まっていってしまうんですね。

で、私そこのブログにもあえて書きませんでしたが、これは何かというと家族崩壊につながるんですよ。

中山

そりゃあそうですね。

すぎもと:

それともう一つ決定的なことは、同性愛から子供は生まれません。

これは大きいよね。

杉田

はい、そうなんです。まったくその通りなんですね。

私ね、この問題もそうですし男女平等、これも私はもう男女平等絶対に実現しえないですから

だって男性に「子供を産みなさい」って言ったって産めないわけですから

そこでもどうしても女性男性役割分担で、

どうしても一緒に平等にきっちりなることはありえませんよっていうようなことをずっと言ってきたんですが、

これもすごい反発受けたんですけど、一つすごくこの問題、こういった問題に取り組んでいる中ですごく気づいたことがあるんですね。

でも、すごく私に対して「あなたは間違っている。差別主義者だ」って言ってくる人達っていうのは、日本というのはひどい国だと。

女性がずっと虐げられて、昔貧しかったら、女の子が売りに出されて、女郎になって、ずっと男に虐げられて、もうとんでもない男尊女卑の国なんだって

から、しっかりこういうことをやっていかないといけないんだというところが出発点なんです。

でも、私はあのいつも申し上げてきたとおり、日本ほど女性大事にされてきた国はないですよと。

役割分担をきちっと男性女性の間できちっとされてきて、女性大事にされてきた。

そういう国なんです。

すぎやま:

うそう。「かかあ天下」という言葉があるでしょ。

韓国にはないですよ。

あそこは男尊女卑かもしれないけど、日本っていう国は

かかあ天下」という言葉があるし、一番おおもとは天照大神じゃないですか。

中山

世界で唯一、女性

杉田

そうなんですね。

ずっと歴史を見ていくと江戸時代からもう女性が財布のひもを握ってる国っていうのは日本だけなんですね。

欧米男性が握ってるんですよね。

レディーファースト」とかってよく言われますけど、あれ女性のほうが先に行ったら、

男性自分が身を守ることができるっていうね、そういうところの習慣から来てるって言う説もございますし、

でも、日本は逆に女性の方が3歩下がっていうのは、何かあったとき男性が前に出てくださいね

っていうような。

中山

ただ、よく言われるのは、フランス女性たちは非常にコケティッシュだ。

それはご主人がすべて握っているので、なにしろ自分の物を買いたい時、

買ってもらうためはやっぱり美しくて、コケティッシュじゃないといけない。

杉田

かにそれはそのとおりかもしれませんね。

中山

日本場合あんまりそういう男の人に媚びを売るっていうようなことは絶対しなくても済んでいる世界です。

すぎやま:

天照大神があって紫式部があって、ずっと見ると日本女性の方はすごいわ。

杉田

それと同じで、今回のこのいわゆる同性愛支援のことについても、

私に対してばーっと反論して来られる方々っていうのは、

やっぱりまだまだ日本は遅れている、

同性愛人達に対しての知識認識も浅いですし、そういう人たちの差別がまかり通っているって。

外国ではあの結婚できるような国もあるじゃないですかと。

アメリカなんかカリフォルニア州とか州法なんかで結婚を認めてるようなところもある。

それに比べれば、日本はまだまだ遅れているから、もっとちゃん同性愛の人たちに対して、

ちゃんとやってあげないといけないんだよっていう人たちなんですが、私は逆なんですね。

日本歴史の中をこう見ていくと、同世代というのは昔からあるんですよ。

ただ表立って権利をくれと言ってる方はいらっしゃらないです(笑)

で、日本はただそういうのがあるってことを分かっていながら、

その人たちがあの生きづらい状況ではない形になってるんですよね。

から、逆に言えば。

中山

上手な社会ですね。

杉田

上手な社会ですね。本当にそう思います

でも、キリスト教の国とかは、逆にキリスト教同性愛禁止していますから

本当にこう差別されて、虐殺されたりとか、虐待されたりとかする歴史があるから

法制度をちゃんとやっていなきゃいるそういうところがあるので、

やっぱり出発点が日本はいい国だと思えるか、いやいや日本はひどい国だと思えるかのところで、

そういう批判をされている方と私の考え方の間にはまず出発点からして噛み合わない部分があるでしょうね。

中山

杉田さんこの「T」ですけれども、これはどう考えますか?

杉田

私、「T」は性同一性障害なので、このLGBTの中に入れていっしょくたにししまうの、

私これは非常に違和感がありまして。

中山

そうですね。

杉田

性同一性障害という、これは一つの病気でありますから医療行為としてどこまでどうするのか、

これは医療分野の問題になってくるかと思います。これもひとつ議論がありまして、

今例えば保険が効くのはどこまでで、例えば今私も歯の矯正を頑張ってしているところですけども、

虫歯直すのは保険っていうけれども、歯を矯正するのは保険効きませんよ、

とかそれと同じでですね、医療の分野の中でどこまでこれは医療行為として、

例えば保険で認める、保険で認めないとかっていうまた別の議論だと私は思ってるんですね。

ただ、これを一緒にしてしまっていることでね、すごく先生、いい指摘なんですけど、

今、このLGBTの方は人口の5%とか7%とかって言われてるんです。

から、私が先ほどの「行政優先順位が低い」って言った時に反論をいただいたのは、

もう人口の5%なり7%なりがこういう人たちなので、優先順位は低くないでしょうっていう反応が来たんですね。

でも、実はこれ、電通総研かどっかが出しているそういうデータらしいんですけれども、

「T」の方がやっぱり多いんです。ご病気の方が。

本当にLGBの方の数って1%くらいらしいんですね。

ただ「T」の方まで入れてしまうととすごい大きな数になってしまうといったことなんですね。

中山

これは切り離して、障害があるということであれば、それはきちんと丁寧に対応しないといけないですからね。

その一緒にしてしまうと…。

杉田

そう思いますね。

すぎやま:

わけわからなくなって。

今言った性同一性障害っていうのも、精神的な神経科が扱う問題なのか、

ホルモン異常なのか、生理的もののか、二種類あると思うんですよね。

そういうことがね、全部ぐしゃぐしゃに混ぜちゃうというのは間違いだし、

その狙いは何なんだろうと。

その奥に変な狙いがあるかもしれない。

杉田

その狙い通りで、これ私もまたたいへんな問題だなと思っているのは

今こういう条例とか皆さんにアンケート国民の方に開けて「やったらいいじゃないですか」と。<

2018-03-22

一番欲しかったものをくれたのは家族でも恋人でも友達でもなかった

お元気でしょうか、先生

小学校の頃から学校にあまりちゃんと行っていなかった。

友達はいたけどわたしのことをよく思わない子もクラスには一定数いた気がする。

とにかく人とうまくやれなかった。

たぶん嫌われてはいなかったと思うけど

神経質だし気にしすぎなくせに我儘だったり、自分のそういうとことうまく付き合っていけなくてつらかった。今もだけど。

そんな感じだったので親にカウンセリングに通わされていた。

市のセンターのやつとかスクールカウンセラーかいろいろ。

中学3年生、本格的にクラスに入っていけなくなり、

理由はまぁ割愛するけど別室登校していた。

その頃から市の大きめの病院神経科、という名の精神科カウンセリングにお世話になり始めた。

担当は30歳くらいかな?の女の先生

小柄でいつも薄いピンク白衣を着ていた。

どんな話をしてたかは覚えてない。

今なら些細なことだけど当時はとても大事だったようなこと

わたし支離滅裂な話をいつも優しく聞いてくれていた。

月1回1時間弱、話すだけ。ただそれだけの時間高校2年生まで続いた。

先生は割と自分体験談も交えて話してくれるタイプカウンセラーで、合う合わないはあると思うがわたしはそれで逆に安心した。

優しく聞いてくれるけど、だめなことはちゃんとだめって言ってくれる人で、高校に入ってバイトをし始めたわたしの通帳を親が管理していると知ったときに、それはよくないって止めてくれたのは覚えてる。

(親がかなり支配的なタイプだった)

高2の秋口、先生結婚して姓が変わった。

おめでとうございます、と言っている間に先生妊娠した。

4月から産休に入るって。

カウンセリング卒業

わたしは戸惑った。月1だけどここ以外にほんとのわたしを知ってくれている場所なんてなかった。

けど先生のためだから受け入れなきゃってぼんやり思った。

最終回

いつも通り話をして、最後先生が言った。

わたしは、増田さんのことが、だいすきだからね。」

から大丈夫だよ。

今まで親にはずっと

あんたみたいなめんどくさい子供いらなかった、とか言われてた

友達にもほんとの自分を見せられなくて

いつもいい顔ばかりして

そのくせわがままストレス溜めて

みんなわたしが爆発してもどうしてって顔をして

わたしが悪い、わかってる、八方塞がりで子供わたし

でも、先生はそれでも良いって言ってくれた

あれがあったからここまで生きてこれたと思う。

じわじわ効いてくる魔法みたいな言葉をくれた。

わたしいちばんしかったのはこれだった。

正論とか説教とかじゃなくて愛だった。

カウンセラーから仕事から

もちろんそれはわかっている、信用ならないと思っていた、けど

きっとそれだけじゃなかった。って信じたい。

今でも思い出すたびあったかい涙が出る。

うれしかった。とても。

心の奥の大切なものを入れている引き出しに、ちゃんしまってある。お守りみたいに。

わたしもそんな人になりたくて、今進路を決めている

カウンセラーではないが

すべての人がそれぞれの輝ける道を歩けるように

そんな社会を目指してわたしにできることを探そうと思う

理想かもしれないけど。

先生とはTwitterで繋がっている

お子さんが生まれた後会ったこともある

すむところも離れてしまって、もうなかなか会えないけどそれでも安心していられる。

人との絆って距離でも一緒にいた時間でもないんだなとおもう。

家族でも恋人でも友達でもない人に、救われたというはなしでした。

2017-10-17

チンコの付け根周辺が痛いんだけど、どの病院行けばいい?

いか病院行けはわかってるんだよ。

大事なのはどこの病院かなんだ。

とりあえずチンコの付け根辺りが痛いか泌尿器科候補1ね。

でも下腹部全体や胃が痛くなることもあるからこれは胃腸が悪いんじゃないかなと読んでの消化器系が候補2な。

とみせかけて痛みが太ももかに行くことも有るのでヘルニア辺りの可能性を疑っての整形外科ってのが候補3。

いや、ここまでアチコチ痛いならストレスで神経がやべー可能性があるから神経科候補4としたい。

まさかまさかのこの痛みは全て俺の頭がおかしくなった事による幻痛だったんだという超推理での精神科が堂々の候補5だ。

さあここに揃いましたるは5つの候補

戦隊ヒーローが結成できる人数にまで膨れ上がった選択肢の中から俺はどこに行くべきなのか。

行く病院を間違えれば空振りで終わったり、運が悪いと無駄な薬を飲まされて却って体調が悪化するかも。

いねえ。

グーグルを使いこなすにはググる前の段階で既に知識量が問われるんだぞ」みたいな最近流行りのフレーズがごぜーますが、診察してもらう病院選びこそまさにその「人に問う前に知識がいる」って奴じゃあありゃあせんか。

人生ってむずかちぃ

ちぃ、覚えた。

おい帰るな俺はマジで困ってるからちゃんと質問に答えてくれ。

追記:

悩んでいる時間でどっかの病院に行ってみて、そこで駄目なら次の候補を紹介してもらっていくのがベターか。

なるほど。

素人があれこれ考えるよりは医者知識経験にさっさと頼ってしまう方が手堅いか

ありがとう、とりあえず内科泌尿器科で近所に良さそうな所がないかを探す事を今後の方針とするわ。

助かった。

2017-10-03

anond:20171003173645

ブコメ神経科を勧めている人がいるけど、神経科=精神科です。

神経精神科とか精神神経科標榜しているところもあります

以下に書くように、神経内科とか神経外科もありますが、単に神経科という場合、それは精神科のことです。

神経内科は、てんかんパーキンソン病認知症脳卒中などを扱う科で、心の病を診る専門家ではありません。

書かなくても分かるとは思いますが、脳神経外科も心の病を扱う科ではありません。

2017-01-10

怖くて観られない映画が増えた

元々アクション系の映画はあまり興味がなく、グロい感じのホラー映画はそもそも怖くて観られないと分かっているのでヒューマンドラマとかサスペンスみたいな映画をよく観ている。サスペンスは多少暗い・怖いやつでも大丈夫で、むしろ今まではそういうのを楽しんでいた。

…が、昔映画館で鑑賞して大変気に入っていた「ブラックスワン」がAmazon Prime無料で観られるということで喜んで視聴したところ、前半で断念。ヒロイン母親言動が怖すぎて、見ているだけでヒロインの痛みが自分にもダイレクトに伝わってくるようで耐えられずブラウザを閉じた。そしてまた別の日、同じくAmazon Primeで「イン・ザ・プール」を観た。一風変わったワガママ神経科医のところに色々な患者さんがやってくるという短編小説原作になっている。原作は数年前に既読で内容はおぼろげにしか覚えていないが、サクサク読めて普通に楽しく時間つぶしができる内容と記憶していた。で、その中に「出かけた後で台所の火を消したかどうかがどうしても気になって家に戻ってしまい、仕事台無しにしてしまう」という強迫神経症女性が出てくる。他にもプールで泳ぐことに依存ちゃう男性とかずっと勃起しっぱなしの男性とか色々出てきてそっちは気にならないんだけど、なぜかその女性だけは気になってしかたがない。市川実和子の演技が上手過ぎるせいかもしれない。彼女が無理やり笑顔を作りながら、家を出る前に「エアコン良し!ガスの元栓良し!〇〇良し!」と叫ぶ度に心がざわざわする。劇中そういうシーンが合計何回出てくるのか分からないが、数回目でやはり耐え切れなくなって視聴を止めた。

私自身は正直けっこうメンタル弱めだなとは思うものの、別に何か病名がついたり薬を飲んだりしているわけでもないし、親に罵倒されたことはあっても虐待された覚えはない。それなのに、映画を観ているだけで登場人物の状況がつらすぎて耐えられなくなってしまう。普通、年をとるとそういう感覚は鈍くなるものだと思っていたが何故逆なのだろうか。

不思議だ。

2016-04-14

偏頭痛つら

頭痛持ちである

いわゆる偏頭痛というやつ。

こめかみの上の髪の生え際とか、側頭部に痛みが来る。

まるでキリでぐりぐり頭に穴を開けられているかのような痛み、が近い。

 

このとき市販頭痛薬(バファリンナロンエースロキソニンなど)は効果がない。

効かないから放置しておくとズキンズキンと脈打つような鋭い痛みに変わっていき

吐き気嘔吐目眩、動悸息切れが起こる。

 

こうなるともう日常生活はまともに送れなくて。

一刻も早く静寂な暗室にこもって横になって寝るしか治す方法がない。

 

最近神経科に通って偏頭痛の薬を貰ってるけど、これがかなり効く。

ただし副作用が強く、倦怠感や眠気を引き起こす。

(余談だがあまりにもだるくなるので、犯罪に使えるんじゃないかと危惧してしまうw)

 

偏頭痛になり始めたのは中学の頃からで、寝れば大体治るし、そこまで酷くなかった。

これが大学の頃にはもう耐えられなくなった。

社会人になってからも酷く悩まされてきた。

 

この偏頭痛はいつ終わるんだろうか。

一生付き合うとなると気が滅入る。

しかも、弟も偏頭痛が酷くなっているらしく、遺伝的要素を疑ってしまう。

 

偏頭痛になると、とりあえず銃で自分の頭を撃ち抜く妄想をするけど

これは頭痛持ちにしかからない感覚かもなー

はー頭痛つれーまじつれー

2016-01-01

今年が終わるまでにはまだまだ余裕があるので、読書がしたい

1冊で人生が変わるなどと思うな、と誰かがお説教していた記憶があるので、

ここ増田で今年読むべき50冊を募集したいと思います

あなた人生に一番インパクトを与えた1冊を教えて下さいませんか。

ジャンル不問!


(でもあんまり高価すぎない本のほうがいいかも。Kindleの本でもダイジョーブです)



ご協力に感謝しながら、並べてみました(ありがとうございます作業中です

  1. 城平京名探偵薔薇を』
  2. 筒井康隆『エディプスの恋人』(『家族八景』『七瀬ふたたび』)
  3. ティムール・ヴェルメシュ『帰って来たヒトラー
  4. 沼正三家畜人ヤプー
  5. レオナルド・サスキンド『宇宙ランドスケープ 宇宙の謎にひも理論が答えを出す』
  6. 佐藤優国家の罠外務省ラスプーチンと呼ばれて』『獄中記』
  7. 岩波文庫編集部世界名言集』
  8. リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子
  9. 蓮實重彦『反=日本語論』
  10. 宮崎駿風の谷のナウシカ』(全7巻)
  11. 谷崎潤一郎春琴抄http://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/56866_58169.html
  12. ジェスパー・ホフマイヤー生命記号論宇宙意味表象
  13. ウィリアムフォークナー『アブサロム、アブサロム!』
  14. オリヴァー・サックス火星人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者
  15. 中島らもガダラの豚
  16. 孫武孫子http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/31_sonshi/
  17. 鷹家秀史『英語の構文150―UPGRADED 99 Lessons』??
  18. 石川正明『化学の発想法―原点から化学シリーズ
  19. 渡辺次男『数学I(なべつぐのあすなろ数学)』
  20. 山本周五郎橋の下」(『日日平安』所収)
  21. ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』
  22. 遠藤周作沈黙

実際に読み始める前の期待に胸膨らませてるこの感じのほうが好きかもしれません。

いや、読まなきゃ意味ねーですね。頑張って読んでみます

2015-08-08

認知症診断をめぐるもやもや

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150805/k10010179491000.html

上記を読んでのもやもやを書き出しとく。

  

認知症」というのは基本的に症状名であって、病名ではない。「認知症がある」といったときにその原因となる病気存在していなければならない(アルツハイマー病とか脳卒中とか)。

なので「アルツハイマー病の薬」はあるが「認知症の薬」というもの存在しない。

日本認知症を診ているのは主にneurologist(神経内科医)と psychiatrist(精神科医)。ややこしいが神経科というのは本来 neurology の和訳としてつくられた言葉だが、実際には psychiatry とほぼ同じ意味を指している。

この記事に出てくる老年精神医学会というのはほぼ精神科医の集まり。これを出すのであれば神経内科医の集まりである日本経学会もださなきゃダメだろう。

  

で、認知症とは何かということだが、

「一度正常に発達した知能が何らかの原因で減退し、そのために社会生活に支障を来す状態」

ということだ。これをみればわかるが正常と異常の境というのはそんなに簡単ではない。誰が診ても正常という人と誰が診ても異常という人はいるが、その中間層は簡単に判断できるものではない。さらに言えば知能は減退しているが、社会生活には支障を来さないという状態(これは軽度認知機能障害と呼ばれる)もあってややこしくなる。

ちなみに社会生活に支障を来すというのは、一つは対処行動がとれるかどうかということ。具体的には「この人を知らん町に放り出しても、ちゃんと周りの状況を判断して家に戻ってこれるか」ということ。こんなん、家族か周りの人間に聞かないとわからんし、ちゃんと線引きできんだろ。一応、CDRとか生活状況を確認するための質問票はあるが、やたらと時間がかかったり、そもそも細かい生活状況を把握している人がいなかったり、ルーチンで全員に行うのは難しい。

  

次に行く。「正しい病名はせん妄だった」とあるが、「せん妄」というのは症状名なので、基本的には原因というものがある(ただし、原因がよくわからず「年のせい」とせざるをえないものもある)。酒を飲んでせん妄になることもあるし、そもそもアルツハイマー病もせん妄の基礎疾患になる。これを書いた記者が病名と症状名をごちゃごちゃにしているからわかりにくいのだ。あと「病名:せん妄」とする精神科医にもいいたいことはあるがやめとく。

  

次。アルツハイマー病の誤診例で実際はうつ病だったとあるが、そもそもうつ状態というのはアルツハイマー病の初期症状でもあるだろうが!(ちなみにアパシーといって周囲への無関心、やる気のなさもアルツハイマー病の初期症状としてある)

ある程度症状が進行して画像でもアルツハイマー病に典型的な所見が出てくればともかく、初期の状態でうつ症状のあるアルツハイマー病とうつ病を厳密に鑑別することはできねーよ!結局、最初の時点である程度決め打ちして治療経過をみながら診断を考え直すしかない。「後医は名医」という言葉がこれほどあてはまる分野もないだろう。

  

最後認知症専門医の堀智勝名誉院長って誰かと思えば、脳外科の医者じゃねーか!全く専門家じゃねーよ。この患者さんは、たぶんコリンエステラーゼ阻害剤の副作用がでてて、それをやめたらよくなったというのはそうなんだろう。ただ、本人(もしくは家族)が何かを訴えて最初病院にかかったんだろ?そちらは結局なんだったんだ?それこそ鬱だったんじゃねーの?単なる健忘症だったってこと?

東京女子医の名誉教授を引っ張ってくるのなら、岩田先生を引っ張ってくるべきだろう。この人の方がよっぽどガチ専門家やぞ。

  

そもそも誤診とか気軽に言ってくれるなよ。誤診というなら正しい診断とは何か?ということが問題になってくるだろ。

この辺は臨床診断と病理診断の違い(最終診断というのは亡くなった後に脳をあけてみるまでわからん!)や、薬の問題アルツハイマー病以外の認知症を来す疾患の話などいろいろあるが、しんどくなったので終了。

2015-05-30

ばあちゃんの話。

ばあちゃんは今82歳。

現役時代中学家庭科先生で、定年までしっかり勤め上げた真面目で優しい人だ。

私の名前は「芋子」としよう。

ばあちゃんの旦那であるじいちゃんは、私が高校生の時肺がん鬼籍に入り、

婿養子だったじいちゃんが死んだことで、ばあちゃんは実の母である曾祖母と2人暮らしになった。

当時80過ぎの曾祖母はその歳まで仕立ての仕事を続けていたスーパーウーマンで、

一族の母たるそんな曾祖母に、ばあちゃんは頼りっきり。

一卵性親子かと思うくらい何をするにも一緒だった。

曾祖母はよく「あの子は優しいけどちょっとボケとるであかんわ」と心配していた。

けれど私はそんな優しいばあちゃんが大好きで、泊まりに行く度にわがままを言って好物を作ってもらっていた。

ちょっと辛い卵入りのお味噌汁

大きくて、サツマイモゴロゴロ入ったモチモチ鬼まんじゅう

ちょっと分厚いけどパリパリポテトチップス

甘くてホクホクの大学芋

芋ばっかり好きだから、よく「芋子ちゃん。プーがでるよ。」と言われた。

一緒に買い物しに出かけたり、ご飯も食べに行った。

特にとある中華料理屋の五目ラーメンが2人とも好きで、

「また五目ラーメン食べに行こうね」がばあちゃんの口癖にもなっていた。

そんなばあちゃんは、曾祖母が亡くなった時からしづつ元気がなくなって行った。

96歳の大往生だったのだけど、半身が無くなったかのような感覚だったのだろう。

忘れっぽくもなり、神経科に診てもらったりしていた。

そんな中、気分転換しようと親戚も集めて、一泊二日の温泉旅行に行くことになった。

社会人になって一人暮らしの私は、金曜の夜に前入りしてゆっくり過ごし、土曜の朝に集まる親戚や母を待つ事にした。

久しぶりのばあちゃんの料理で夕飯をすませ、ちょっと寒い風呂場でゆっくり湯船につかり、

広い日本家屋の座敷に布団を2つ並べて他愛のない話をしながら11時頃には眠りについた。

午前1時頃、何故か目が覚めた。

隣の布団にばあちゃんが居ない。

トイレだろうと思い、目をつむった。20分後にまた起きた。

まだいない。

おかしい、とトイレに様子を見に行った。

ばあちゃんが倒れていた。

床は糞尿で汚れていた。

「芋子ちゃん、立てなくて…ごめんね、ごめんね…」

気がつけば私は驚くほど冷静に対処していた。

怪我の有無を確認し、身体を拭いて着替えさせ、太り気味の体を支えてコタツまで運び、

汚れたトイレの床を掃除した。

若干潔癖性の私が、汚いとも臭いとも思わなかった。

ばあちゃんはその間ずっと私に話しかけている。

「芋子ちゃん、コタツの上に小さい兵隊さんがいっぱいいるわ…」

天井に穴をあけてヘビが入ってくるから追いやって…」


幻覚を伴う痴呆症の症状。


総てを処理し終えた私は一緒にコタツに入りそれに答えた。

ばあちゃんは私を見ていない。どこを見てるかもわからない。

兵隊さんはどんな格好をしているの?」「わからない。これから戦争にいく」

「ヘビはちゃんと巣に戻るよ。安心して」「今度はスズメが入って来た」

「今度鬼まんじゅうの作り方教えてよ」「…お芋をね…ひいばあちゃんはどこにいるの?」

そのときの私は、何故かそれらの言葉否定してはいけないと思い、

幻覚を受け止めた上で返事をしながら、必死に戻る道を探していた。

今、あっちの世界から連れて帰ってこなければ、ばあちゃんは私を一生見ないかもしれない。

兵隊さんに連れて行かれてしまうかもしれない。

明日温泉楽しみだねえ。久しぶりだよねえ」「そうだねえ……」

「五目ラーメンいつ食べに行く?」「……」

虚空に留まっていた視線は徐々に下がって行き、ばあちゃんは眠りについた。

夜中3時を過ぎていた。

自分の行動が正しかたかどうかも判らぬまま、疲れた私も眠りについた。

日がのぼり、疲れの残る身体を起こすと、すでに起きていたばあちゃんは私を見ながら

おはよう芋子ちゃん」と言った。

よかった!戻って来た!!!

喜んだ私は布団から飛び起き、卵入りのみそ汁が食べたい、とお願いした。

台所でばあちゃんが支度をする間、私は母に報告のメールを送った。

夜中に私が送ったメール確認して、慌ててこちらに向かっているとの連絡が来ていたからだ。

『何とか大丈夫そう。足腰立たなくなってただけで転んだわけではないらしい。ちょっと寝ぼけていただけかも』

親戚にも連絡を取り、お腹がすいて来た私は台所に向かった。

台所の扉を開けると、ばあちゃんがまたどこかを見ていた。

そして私の後ろを指して言った。

「芋子ちゃん。そこにおる兵隊さんに、アンタにやる味噌汁は無いと言って!!」

ギョッとして振り向いたが、誰もいない。

「ばあちゃん、大丈夫兵隊さんはもう帰るから…」

「アンタにやる味噌汁はない!」

駄目だった。連れて帰って来れなかったんだ。

そう思いながらダイニングに座らせる。

「お味噌汁はできた?」

「うん」

火にかけられた鍋のふたをあけた。ただのお湯だった。



それから数年、ばあちゃんはゆっくりと確実に違う世界の住人になっていった。

レビ小体型認知症

幻覚と、パーキンソンの運動障害。

突発的な暴力(力は弱いけど)と暴言

今では体重は半分近くになり、動かなくなった身体を車椅子に預け、目はほぼ虚空を見つめたままだ。




それでも帰省する度に施設に見舞いに行き、色々な報告をすることにしている。

転職できたこと。

兄弟大学合格したこと。

デパ地下で買う大学芋よりばあちゃんの大学芋の方が美味しい事。

応えはもちろん返ってこない。


後悔するとしたら、どこをすればいいのか判らない。

トイレで倒れてた日か、旅行の計画を立てたときか、曾祖母が死んだときか。

五目ラーメンをまた一緒に食べに行けなかった事か。


痛みを伴う病に臥せって死を待つより、その目と脳で認識する世界が安らでありますように、と願っている。

2015-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20150213000517

今、35歳でエンジニア

厳密にいうと、転職求職中。仕事はしたい。一か月前、目が覚めたら利き腕のひじから先が動かなくなってた。神経科医は「原因不明」と言う。それ以来、『実は夢でした』って落ちの夢を何度も見た。

リアル』というマンガを思い出した。暖かいお湯に浸したり、つねってみたりしても、何も変わらない。眠りから覚めた時にどうしようもない不安と、虚無感にかられるようになった。今日一日何をしたらいいんだ?って。ここに手はあるよ。でもこの手は誰のものでも無いようだ。

あの日に利き腕のひじから先が動かなくなるようにスケジュールされていたのか?避けられる方法は無かったのか?

コード書くのは楽しい趣味でも書いていた。QiitaにもTips書いたりした。ニヤニヤしていた。

片手で頑張る気持ちはある。でも、途中で挫折する。

こんな人生もある。

不安だ。

眠りたくない。朝起きるのが怖い。

よくわからない。これからどうやって生きていったらいいんだ。

2014-07-17

今度離婚するらしいんだが記憶が無い。

あれは15年くらい前だったろうか。家からボヤが出て警察が来た。俺は何か色々しゃべって失火ということで済んだのだが、話はそこでは済まなかった。俺の記憶ではそんなことは起こらなかったからだ。

よっぱらっていたとか、寝起きだったとかなら分かるが、真っ昼間にアセトンかなんかを煮詰めててそれをこぼしたとかいいやがる。意味がわからない除光液煮詰めるバカがどこにいますか。

まーなん記憶はないけど、台所でそんなもん茹でたりひっくり返したりすりゃ、そりゃ失火しますわ。というかよく死ななかったな。大やけどしたけど。

んで、その数日間の出来事がすっかりないってんで警察の人が困り果ててしまった。調書は取ったんだけど今度は全然違うことを言う。覚えてない、知らない。

しかし数日して、俺の仲がいい友だちに「あのことはよく覚えてるよ」とか言い始めたらしい。俺が。らしい。だってしらねーもん。

ここでさすがにおかしーだろって思う。靴屋の小人的なにおいがするよね。で、心療内科に行った。多重人格(今ではややこしい名前を使う、略してDIDっていったりする)の専門家で俺も名前を聞いたことがあるようなところに連れて行かれた。「あなた多重人格です」といきなりオッサンは言った。「なんで分かるんですか」「交代人格が出てきたんだから多重人格だろ」「あんた何もしてねーじゃん」「時計をみてごらん」

45分くらい経っていた。記憶をなくすというのはよくあるが、時間がすっとぶというのはあまりないのでびっくりした。まあ、俺の仲には5,6人くらいいるらしく(逆に1,2人くらいしか居ない人はめずらしいらしく、俺は典型的らしい)治療必要がある、と。

しっかしそこは予約制でしかもくっそ高いから行かなくなった。

ガールフレンドができると、たまにだけど現れて、俺が話たくないような話をしたりするらしい。自分にもう何人か人格がいて、失火を起こしたり友人に電話を掛けたりしてるらしいってのは、ちょっと変わってるかもしれないけど俺には結構面白いことだった。

俺にも婚期とかいうやつがきたらしく、付き合っていた女と結婚すうことにした。そいつは俺のことをだいたい4,5人分くらい知っていた。そいつの、俺の(別の人格の)話を聞くのが好きだった。多重人格かいうけど人を殺したりとかしなければ大したことないじゃんかくらいに思っていた。

朝、布団から起きると、4年連れ添った妻が居なかった。部屋はすっかり片付いて俺のものしか転がっていなかった。3歳の息子もいなかった。プラレールもなかった。

カレンダーをみると一ヶ月くらい経ってた。仕事はなくなっていた。

全く覚えていない。

その日、俺は大声とともに妻を外にひっぱりだし、ひたすら殴り続けたのだそうだ。子供が見る前で暴力はやめてくれと言ったらしいが、顔が真顔で一切聞き入れない感じだったらしい。ひたすら殴っていたそうだ。警察が来て、俺が引き取られて、嫁は子供をつれて実家に帰った。

そういや、父親の暴力に耐えかねて逃げ延びた母子がいたなーと思ったら俺のことだった。俺は俺を産んでしまったのか。

神経科医の言葉が思い。「DIDになった以上、結婚は諦めろ」と。俺ならうまくいくと思っていたんだよ。小説とかで読むのとだいぶ違うし。

離婚といわれてもピンとこない。嫁が「結婚継続が困難な理由」としてどんな文章を捻り上げてくるのか今からちょっと楽しみだったりする。

2014-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20140514082518

そういうときのために

精神安定剤ってものがあってですね。

神経科医者に症状を話すと、多分デパス貰える。

あるいは個人輸入自分で買ってもいいんじゃないか。

2014-04-22

医学部勉強

 医学部は、1年か2年はクッソ楽。普通学部と変わらない。普通にドイツ語とかフランス語だけやっとけば普通に受かる。

 しかし、臨床が始まると死ぬほど焦る。

  

① 解剖学生理学組織

 エグイ。確かに、医学を学ぶにはまず人体を知らなければ。という理屈は分かるのだが、とにかく量が多くてびっくりした。広辞苑みたいな教科書がドカドカと数冊積まれて、「この量を覚えるんだよ」と言われる。パニックになる。

 周りが「この学年の勉強はキツい!ガチでやらないと普通に留年する!」と焦るのだが、何をしていいのか分からない。暗記をしてみるもとてもじゃないが追いつかない。覚えられるはずがない!となる。

  

 このあたりからサバイバルが始まる。

 まず始まるのが、過去問や授業資料の取引。先輩などからもらった資料を元手に他の友達からも資料を交換しまくる。

 また、仲がいい奴らで集まって、効果的な勉強法なり、周りとの足を揃えて知らず知らずに処置無し状態にならないように必死になる。先輩などからどの時期に何を勉強するのか必死情報を手に入れる。

  

 「暗記は無理」→「過去問から1割くらいは出るし、勉強すべき分野が絞れるぞ」→「そうやっても全然覚えられない」→「できるやつがまとめノートなり、全体のオリエンテーションをつける講義をやってくれる」→「全然覚えられない!!!」→「テスト2ヶ月前にガンガンひたすら覚える」→「1ヶ月前に2周目に入ったでも全然覚えてない!」→「2週間前に3周目、なんとかなるかな???過去問もなんとか合格点超えるなあ」→「テスト直前に長文などブーストが効く奴をやりつつ短期記憶に詰め込みまくる」→「なんとか受かる」

  

 多分、このパターンが一番多いと思う。ちなみに、2ヶ月は無いと受からない。前期後期とテストがあるなら1年の内4ヶ月は受験生より勉強することとなる。1日15時間という勉強量に焦るが、周りも普通にやっており、やらないと終わらない。

 ここで気づかずに2ヶ月残せない状態でノーベンだと、だいたい留年する。

  

②薬理、免疫寄生虫微生物学

 次の学年くらいから一般的病気にかかわるものを学んでくいく。

 このあたりから勉強法自分に合ったもの採用したり、効率がよい勉強を覚えていくようになる。なにしろ高校までの勉強とは明らかに異質な暗記マシーンとなるので、自分を変えなければならない。

  

 「全く臨床に関係無いものにどうやって興味持つんだ無理だ」→「書くと覚えやすいかなオレは」→「質より量で長時間勉強でできるだけストレスをかけないのがいいから音楽聴きながらやるといいな」→「とにかく学校友達とやると肝外しな勉強にならずにすむ」→「とりあえず3周すると忘れにくいかな」→「授業の参考資料+成書での深い記述+とりあえずまとまりがいい資料の3コンボでまわすのが覚えやすいな」→「むしろ出題者の意図を読めば選択脚が覚えやすいな」→「友達とやらないと、出題者特有のその問題ごとの攻略の仕方が膨大すぎてとらえられない」→「コツコツ1年ずっと勉強するのは不可能だ」

  

 まあ、いろいろ工夫をしだす。

  

産婦人科泌尿器科神経科眼科皮膚科~~~~~等々

 4,5年くらいから、本番の病気を各科ごとの学習となる。

 ハッキリ言って、マトモにやったら絶対無理な量をこなすこととなる。「試験って次何教科?→18教科かな→(゜Д゜)」リアルである。全員ものすごく焦る。信じられないからだ。2ヶ月で終わるのか?と思う。

 しかし、一応この学年まで生き残った人々、それなりに勉強法は心得ている。が、それでもキツい。ほぼ1年、勉強に費やすというのも普通

 頭では、「実際の患者さんの為に、ここが本番なんだ」となるが、そんなもの人格破壊するかのような学習量にズタズタになる。何も考えられないほど1日勉強でつぶれるなんてざらである。10日風呂に入ってない、ありがちである

  

 ところで、ここまでで気づいた人もいるかもしれない。「2ヶ月なんて毎日勉強とか時間取れるの?」当然だが、夏休み冬休みを突っ込むことになる。再試にならなければ、1,2週間は遊ぶことはできるが、再試にかかるとその年の夏休みは終了。

  

④さあ、臨床の場へ!

 正直楽だった。テストが無く、ひたすら目の前の患者さんと臨床に尽くすだけでいいからだ。勉強はそりゃほぼ毎日する。目の前で横行する臨床を見て、知識が足りない!と焦って学校の後に知識を補充すべく勉強する。

 ああ、これが本当の勉強だよなあ、と感動する。

  

国家試験

 正直楽だった。臨床の場で得た体験が結びつけば覚えやすいなあという感じであった。それに、1回やったことの繰り返しの部分も多かった。また、コレまでに比べて考えればなんとかなる問題も多く暗記量を理解で減らしまくれた。

  

  

 思えば①~③までの勉強がキツかった理由を考えると

Ⅰ 勉強方法が明らかに高校までのものと違い勉強法が分からない

Ⅱ 2ヶ月前からずーっと1日10時間以上勉強する、などという経験がなく合宿みたいで辛い

Ⅲ 暗記量が尋常でなく、数学物理みたいな暗記いらずの分野で稼ぎまくったタイプかつ、歴史など暗記がまったくできなかった自分能力特性が悪すぎた

Ⅳ 試験前に病気や怪我をしたことが多く、それでも勉強しなきゃという現実が辛かった

Ⅴ 理解して暗記するというプロセス有効さや復習の有効さが理解できていなかった

Ⅵ 先生趣味みたいな問題が多く、しかも出題する先生が1教科15人×10教科など多すぎて過去問を見ても出題傾向がつかみにくい

Ⅶ とにかく先生趣味みたいな問題でまったく取れない分野が多い

 といったことがあげられる。

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