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はてなキーワード: 多幸感とは

2019-07-16

好きな人のにおい好き

好きだからおいも好きなのか

好きなにおいするから好きになるのか

においに包まれキスすると多幸感で頭とけそうになる

2019-07-15

大体エンドルフィンのせい

最近腕を切り始めた。

前々から己を傷つける行為には興味があった。何故血を流すことに依存するのか?浅い傷でも満足するのは何故なのか?彼らは本当に生きたくないが故にやっていることなのか?すごく疑問に思っていた。

私は学校が変わり、新しい学校孤立していたため孤独感や不安が積み重なっていた。それに加わり私は課題などを忘れたりすることが多く、自責の念も溜まりに溜まっていた。多分後者の方が大きかった。自分を戒めるため、私は100円ショップカッターカットバン、消毒液(一回やって何も感じなかった際の保険。傷跡の軽減になるかと思った)を購入し、「何かの時のために」とそれらをビニール袋にしっかりと入れて棚の奥にしまっておいた。

数ヶ月後、課題が終わらない夜。眠気に襲われていた私は眠気覚ましに、初めて己を傷つけた。とても浅い傷で、少しだけ血が滲むくらいだった。効果としてはまあまあ良く、エナジードリンクを飲むことを親から禁止されている私としてはとても健康的な目の覚まし方に感じられた。

それから段々と己を傷つけていくようになる。眠気覚ましストレスなど、多くの理由をつけて浅い傷を増やした。

私は常に人に見えないよう二の腕の方を切っていた。しかしある日、学校友達に辛いことを言われ夜に大号泣した。その時に「お前のせいだ、と知らさなければ」と初めて手首を切った。また浅い傷だった。しかし、切ったことに私は満足した。次の日には「割れスマホの破片で切った」などという嘘をついていた。

興味は行為以外にも向き始める。1ヶ月後ほどに私はカミソリを買った。正真正銘安全構造のないまっさらな刃面の見えるカミソリであるカッターよりも綺麗に、深く切れると言われていたのでレジに並んでいる時にすごく楽しみに感じた。

感想としては、確かに綺麗に切れた。痛みはカッターと比べてほんの少し少ない。深さはやはり力でなんとかするしかないといったところだった。ここからカミソリを多用するようになる。痛くないし。

カミソリで切ることを覚えた私はさらに腕を切る頻度が増えた。とある日に、課題が分からずに心臓バクバクした。何もできずにただ時間が過ぎていく。ヤバい、と感じた。このままではおかしくなってしまう。その時に私はカミソリを二の腕に当てた。心臓バクバクは更に聞こえてくる。まさにその時、私の頭は「心臓バクバクしているのはカミソリを二の腕に当てているせいだ」と謎の理解を示したのだ。ツツツ、と切る。血が出る。すごく安心し、頭がスッとした。この時から学校で嫌なことがあるたびに「あーあ、学校にカミソリ持って来ればよかった!」と考えるようになる。

そして今日に至る。何時間か前、私は腕を切った。何故なら苦しかたから。マイナスな考えが頭の中を過ぎっていた。命を絶たなければ、と思った。カミソリを二の腕に当ててそのまま引っ掻いた。血が出るのを見ているうちに、苦しかたことが嘘のように引いていく。初めてその感覚に恐怖を感じた。異常だったかである。私は異常なこの感覚を調べ始めた。

常人は己を傷つけるとエンドルフィンという麻薬物質が出る。これはモルヒネよりも強いと言われる物質多幸感を得ることができる。傷つける行為以外にもこれはギャンブル依存症やさまざまな依存に関わっているともされる。麻薬と言われるほどなので、耐性もついてきてしまものであり、そこが依存症に関わると呼ばれる所以でもある。

まり、傷つける行為エンドルフィンによる多幸感に通じる、というだけのものであった。浅く切るもの、深く切るものエンドルフィン依存している。私もそうであるしかしそれは依存性がある。更に深く切るかもしれない。血をもっと出すかもしれない。生きることができなくなるかもしれない。しかし私は依存する恐怖に怯えながらまた腕を切るだろう。何故なら現実はあまりにも苦しいから。この麻薬に頼ってないと生きられないから。どうかこの、ある種の依存患者の訴えを見て己を傷つける行為は生きなくなるためにする者だけではないと感じてほしい。皆が皆、生きたくない者ではないと感じてほしい。もしできれば私と同じ依存患者を助けてほしい。ただ隣で支えてくれるだけでいい。そうすれば、少しだけ彼らの依存は良い方向に向かうと私は信じている。

長文駄文申し訳ありませんでした。ここまで読んでくださった方々に御礼申し上げます

2019-06-19

山戸結希は最高

こんな種類の文章増田に投げるのは気が引けるしお呼びでない感が強いけど、どこに吐き出していいかからいか増田に投げさせてもらう。誰かに聞いてほしいけど、わたしのことを知ってる人に言うには恥ずかしい。

映画ホットギミック」を観た。浴びたといったほうがいい。

観ているあいだたびたび「最高」の文字が頭のなかを多数埋め尽くしサムズアップの絵文字がしたから泡みたいに湧き上がって消えていく。

1点注意があるとすれば山戸結希映画をみるとき映画をみるつもりではいけない。

これは山戸結希映画なのだ

前作の「溺れるナイフ」を観ていたのにわたしはこの3年で忘れかけていた。

なんなら溺れるナイフよりも映画として映画してないので注意が必要だ。

わたしはその感覚を思い出すまで、映像が始まりタイトルが出てくるまでの十数分(推定)を要したがタイトルが出てきて、さて本編というところでは完全に順応したのでとても楽しむことができた。

この感覚がなかなかなじまない人にはずっとピンとこない2時間なのかもしれない。

なのでこれは私個人の感想しかなく語彙力もないため他の人が読んでもなんの参考にもならないであろう文章だなと思う。

監督とほぼ同世代の、たぶんクラスタとしても似たような位置にいる、サブカル好きな女の視点から感想

画面を通して伝わってくる山戸結希の好きなものたちはわりとそのまま刺さる、そういう感じ。ていうかこういう文章を書いてる時点でだいたいお察し。

ちなみに試写でみて公開は来週なので内容についてはあんまり触れないようにする。

まずストーリーを追おうとしてはいけない。眺めているだけで勝手物語は進んでいくのだから理解をせずひたすらに受け止める。

そのストーリーを受け止めるに徹しているあいだに目の前にはこれでもか!!!というほど監督の「好き」が詰まっているであろう画面が繰り広げられていく。セリフの間に差しまれマンションの模様めいた外観、遠目の夜景、スチル写真セリフが流れているあいだもなんの関連性もなくどかどかと差しまれていく。(いや、関連性はあるのかもしれないが、そのときの私はすでに脳がトリップしており目の前の映像をみても「最高!!!」としか思えない知能指数しか持ち合わせていなかった。)分割され左右の色味が違う画面、乾いたコンクリートの質感、こだわったアングルトリミングされた画角、風になびく黒髪のボブヘア、大きめのパーカーから伸びる細い脚、揺れる視線

リアリティ」なんてものも求めてはいけない。こんなこと言うやついるか?なんて愚問だ。言うやつがいるかどうかではなくて「ここでこれを言わせる」。ここで、この声色で、このセリフが投げかけられる。意味が通っているのかなどではなく、コラージュのように、画面、セリフ、そして表情を次々と浴びていく。

これが映画に詳しくないわたしのなかで一番気持ちがいい山戸結希映画の観方だ。

ちなみに初っ端から少女漫画原作映画ダーッ!!!」的なセリフオンパレードで、これが20代も半ばを過ぎたわたしの心にはかなりきつい。おじさんたちは鼻で笑い飛ばすこともできるだろう。もしかしたら中高生ならもう少してらいなく受け入れられるのかもしれない。が、わたしはそのセリフにキャッキャする心を10年前にはそこいらに捨ててしまっていて、でもそれにキャッキャした心を持ち合わせている過去は確かにあるので、どこか浮足立つ気分と羞恥とのあいだでグラグラと揺さぶられる。「わたしのその過去を掘り起こさないで!」みたいなめちゃくちゃデリケートなところをくすぐられている気分になる。悪意があるわけでもなければ、感じるのも「不快感」というよりは「羞恥心」なので心のデリケートなところではあるけれど土足で踏みにじられているわけではなく、くすぐる。画面の中にいる主人公女の子をみていても似たようなことを感じる。こういう主人公女の子みたいに扱われてみたかったなという自分、そう思うのは恥ずかしいと思う自分。そうやってデリケートゾーンをもてあそばれているあいだにも画面はどんどんと切り替わる。美しい、かっこいい、かわいい。いつのまにかその心の深いところに隠していた感情がその美しい、かっこいい、かわいいで貫かれていく。

そこまでくると、「んなわけあるかよww」という気持ちが芽生えても「でも最高だからいい」でぶん殴って倒すことが可能になる。

そんでまず清水尋也最高って気持ちになる。声がいい、背が高くてスタイルがいい、眼鏡似合う、うざったい髪型似合う。「こういう前髪長い男好きな人、いるよねーww」うるせえ最高だ。

そんでそのあと板垣瑞生最高って気持ちになる。声色が甘い、目線が甘い、溶けたような顔がうまい少女漫画セリフが似合う。さっきの浮足立気持ち羞恥心とのあいだで一番グラグラしたのは板垣瑞生最高ゾーンときで完全に敗北して浮足立ちまくる。

ここまできて堀未央奈は最高って気持ちになる。めちゃくちゃかわいいしょっぱなからわりとかわいいではあったんだけど、不安げな顔と嬉しそうな笑顔で完全に俺が守るから!!!ってわたしのなかのイキリ男子が総立ちした。し、わたしのなかのJKがこの子みたいになりたいって叫んでた。

山戸結希は本当に女の子のための映像を撮るのがうまいのは、男の子が最高にかっこよくて美しくて、さっきから言うみたいにわたしがとうにそんな気持ち捨ててしまっていても何度でもゾンビみたいに蘇らせてくるだけの威力少女漫画の中の男に恋をする気持ちにさせる、ってのがまずあるんだけど、女の子が最高にかわいい瞬間の多幸感にあふれた映像、恋をする女の子女の子視点で画面に落とすのがめちゃくちゃにうまいところだと思う。

板垣瑞生最高と堀未央奈最高が交互に襲ってきた時点でわたしは完全に肩までホットギミックに浸かった。もうなんでもいい、最高だって手放しになっちゃった

そしてそんな気持ちのまま、思春期少女気持ちで、映画を観ているととうとう、

間宮祥太朗は最高、がやってくる。間宮祥太朗は本当に最高で、まずべらぼうに演技がうまいことが演技とかあんまりわかんないなーと思ってるドドド素人映画を観る趣味もそんなにきちんとないようなわたしにもわかるほど演技がうまい。胸がぎゅうぎゅうになって少女の私は完全に間宮祥太朗のことが好きになってしまう。目線、表情、声色。浮足立つようなしぐさやセリフも、間宮祥太朗の切実な感情が透けて見える演技で一気に温度を持つ。さっきリアリティを求めるなとは言ったけどあったらあったで最高の気持ちになってしまう。人ってゲンキンな生き物なので。求めてはいけないけど。

最後リミッターを外した山戸結希が怒涛の渦になって息をつく暇もない勢いで殴りかかってくるのだけどわたしはそれを観ながら本当に息が苦しかった。ぼっこぼこに殴られて勝手に涙が出てくるけど感動したとかそういうんじゃなくて、デリケートゾーン握られたままぼこぼこにされたら勝手に涙が出てくる仕様なのだ心臓もっと奥のほうにどかどかと全部に蛍光ペンひいてあります!そういうセリフだけ残しました!みたいな、日常生活の会話では絶対にないエモを毛糸にしてぐるぐるぐるぐると神経質に手のひらでもんだ塊みたいな言葉たちがどかどか投げ込まれて息が苦しくなるし涙が出てくる。クライマックスに向けての盛り上がりかとも思うけどなにか大きな謎が解き明かされたとか、思いがかなったとか、そういうことではなくて、頭の中「最高」で埋め尽くされたわたし頭蓋骨なかに最高が上塗りして、そして、最高…!で終わる。

初めてキスをしたとき気持ち、この子に今夜ついてったらどうなっちゃうんだろうというドキドキ、自分のことを求める人がいると身をもって知ったときの驚きと高揚感。忘れてたと思ってたけど私の中にまだあった。20代も後半で、アラサーといわれるわたしはもう若い女の子ではないけれど、ずっとずっと女の子でいられるような気持ちになる。

女の子ではなくなってしまいかけてから女の子のかわいさを身に染みてわかるようになって女子アイドルを好きになるなどしたので、女の子のかわいさをわかったうえで、また女の子になれるなんてそんなにうれしいことはない。

思春期女の子気持ちのままこんな感想文を書いてしまうし、推敲もしないまま、日本語もぐちゃぐちゃなまま、オンラインに投げる。

わたしはもう高校生でもないからこんなに自分に酔っているような文章は恥ずかしいと思っていたのに、どうしてもこうなってしまった。だって最高だから

山戸結希は最高だ

2019-05-29

anond:20190529193543

貧困層の飯に多幸感の出る薬混ぜてやるだけでいいのに何でやらんのだろうな

2019-05-15

私が友人を観劇に誘わなくなったただ1つの理由

タイトルから推察できるだろうが気分が良くなる内容は書いていない。中立立場で書いているとも思っていない。愚痴だ。愚痴からここに書く。

前置きはこのくらいにしよう。

治安が悪いから。比ゆ的意味で。

以上。

 

高額転売だとかチケット詐欺だとかロクでもない噂が多いがそういうことじゃない。見かけ次第通報はするが、誘う友人のチケットを用意する自分が気を張れば対策できる。友人に気をもませはしない。

劇場内での観客のルール違反が多すぎる。

マナーではない。ルールだ。

座席で飲み食いする客がいる。飲食禁止張り紙が見えないか

幕が開いていてなお飲食する客がいる。飲食禁止放送が聞こえなかったのか。日本語理解できなかったか日本語の劇を見に来ているのに?

幕が開いているのに感想を話す客がいる。役者が演じているのにだ。お前らも私語禁止放送が聞こえなかったのか。そもそも劇場に何をしに来た。井戸端会議ロビーでしてくれ。

幕が開いてからスマホを取り出しボイスメモを入れて座席にセットするやつも見た。・・・正気か?もう一度言おう。正気か?

残念なことに、こういう客を見るのは運が悪い時ではない。ほぼ毎回だ。一度も見ずに済んだ時は舞台の内容そっちのけで多幸感に包まれるほどだ。それぐらい酷い。

 

チケットが取りにくい?出演者知名度が低い?だから新規の客が来ない?そんなの観劇だけではない。そんな理由で友人を誘わなくなったわけじゃない。

楽しい時間が過ごせると信じてくれた友人に、嫌な思いをしてほしくないからだ。

公演に誘った私がこのオキャクサマの仲間だと、万が一にも思われたくないからだ。

から誘わなくなった。誘えないんだよ。こんな場所には。

2019-05-09

野菜を讃えよ

長い間鬱状態で苦しんでいたけど、野菜を摂るようになったら嘘みたいに回復した。どうやら俺は鬱ではなく、低血糖症によって精神障害引き起こしていたようだ。

鬱だけではなく、幼少期から悩まされていた慢性的下痢改善されたし、心の奥底から勇気希望が湧き上がってくる。なんなんだこれは。

これが野菜の力なのか。なぜもっと早く教えてくれなかったんだ。

追記

瞑想運動はやったことあるけど効果ない。

躁転したわけではなく、24時間平常心でいられるようになった。躁状態だと途轍もない多幸感に包まれたり、はたまた鬱状態だと死にたくなったりするけど、今はそんな症状もない。

追記2

躁転してないって言ってるでしょうが。俺は鬱じゃなくて低血糖症による精神障害引き起こしていたわけだから鬱でも何でもなかったわけ。変な難癖をつけられても困るんだけど。

それと「なんで野菜低血糖症が治るの?」っていうコメントがよく目に留まるけど、野菜を摂ることによって低血糖症の「食後に血糖値が急激に上がって空腹時を下回るまで急激に下がる、ずっと低い値で推移する、乱高下を繰り返す」という3つの典型的な症状を防ぐことができるようになったわけ。低血糖症は「血糖値を調節できず、安定した血糖値を維持することができない」病気からね。それくらい調べてくれ。あとは知らん。

2019-04-18

多幸感が止まらない

病気のためお薬を飲んでいるのだが、多幸感が止まらない

しあわせだー

すべての静止物が自分を祝福しているかのよう

寝れないからつらいけど、多幸感あるからへっちゃらなのが怖い

けど、幸せ

2019-04-03

けものフレンズ、って結局はシャブだったのでは

一度接種(視聴)すれば多幸感に包まれ自分が無敵になったような感覚になる

粗悪な薬をキメても薬中が満足できるわけもなく収まらない禁断症状で暴れまわる

2019-03-17

そもそもタバコって気持ち良くなったり多幸感に包まれたりしないのに何で吸うの?

まあだからこそ仕事中でも吸えてしまうわけだけどさ

他のドラッグに比べて得る物無くない?

2019-02-16

男性恋愛感情理解できない

交際経験を一度も持たないまま結婚適齢期を迎えてしまい、焦りを感じてマッチングアプリ登録しました。この数ヶ月で7人の相手とお逢いし、そのうちの1人と交際に至ったのですが、男性恋愛感情というもの理解できずに困惑しています

から私の心には、女性的な部分と男性的な部分の両面がありました。パートナー男性独占欲庇護欲をあからさまにぶつけられる妄想は、私の中の女心を酷く興奮させました。ずっと彼のことを考えて、ドキドキした気分を楽しんでいたい。手を繋いでデートをしたり、バカなことを言い合って笑ったり、ツッコんだりして欲しい。ずっと側に居て欲しい、大きな手で自分に触れて欲しい、力強くぎゅっと抱きしめて欲しい。甘えたいし、尽くさせて欲しい。彼だけのものになりたいし、彼の一番でありたい…。特定の誰かをイメージしている訳でもないのに、そんな気持ち相手に抱いている自分想像するだけで多幸感が溢れ、脳が痺れて溶けるような感覚を覚えて、堪えきれずに涙や声が漏れることもありました。私はこんな依存的な心の動きを、ヒトの恋愛感情なのだと思って生きてきました。

交際することになった相手には、4度目のデートで私から告白しました。人に愛を伝えることは、私にとって人生で初めての経験でしたが、自分の予想とは裏腹に、全く緊張を感じていませんでした。事前に記憶という冷凍庫に入れておいたコトバを取り出し、口という電子レンジで温めて相手振る舞うような感覚でした。映画ドラマでよく見る情熱的な告白シーンとは真逆の、極めて冷静で機械的作業に、自分自身、強い戸惑いを覚えました。それでも、休日に何度もデートに付き合ってくれる相手自分に少なから好意を抱いてくれているのだろうし、それに応えねばなるまい、という気持ちが先行し、自分違和感無視してしまいました。パートナーを作るという当初の目的が果たせた達成感も、今の自分幸せなのだという思い込みを加速させました。

結局その相手には、2週間もしないうちに別れを切り出されてしまいました。私は相手のことを人間的に素敵な方だと心から感じていましたし、今でもその気持ちは変わりません。しかし、私が相手恋愛感情を持ち合わせていたのかどうか、自分でもはっきりとは分かりません。そんな曖昧気持ちが接し方に表れて、相手に伝わってしまったのかな、と思っています

改めて考えてみると、私の女心が妄想してきたような、普通男性恋愛感情を持った相手に抱くであろう独占欲庇護欲を、私の男心が抱いている姿は、全く想像することができませんでした。性欲を感じることはあれど、そんな欲求を誰かにいたことは、これまでの人生で一度もありませんでした。もしも交際相手浮気をしたら嫌悪感を抱くと思いますが、それは倫理観の不一致であって、独占欲ではないような気がしました。また、庇護必要と感じる相手よりも、自立して芯のある相手の方が好みでした。

インターネット検索すると、ホモロマンティックとか、クロスオリエンテーションという言葉を知りました。自分がこのようなマイノリティ恋愛指向を持つ人間なのか、あるいは、まだ適切な相手出会っていないから恋心を理解していないだけなのか。自分ことなのに、正しく理解できず、辛いです。何日か後にも、またデート約束を入れてしまいました。こんな気持ちのまま女性にお逢いして良いのかという葛藤と戦いながら、今日婚活を続けています

2019-02-09

私は進化論を学び、いかにして神を信じるようになったか

学校進化論をはじめて学んだとき死ぬのが怖くなりませんでしたか?私は考え始めると止まらなくなました。そして今もその恐怖から逃げられずにいます

進化論によれば、我々の感覚進化メカニズムによって調整されてきたといいます。我々に痛覚があるのは痛覚がないよりも生存に有利だったからだし、セックス気持ちいいのはそうでない場合より生殖に有利だったからです。他のあらゆる感覚も、神の見えざる手によって、利己的な遺伝子に都合がよい塩梅に調整されています

ですが命が消えていくその瞬間の感覚どうでしょう?死にゆ個体がなにを感じていようと遺伝子戦略には興味のない話。関係式は成り立たず、解は不定です。つまり、死は人間にとってとんでもない苦痛を伴うものである可能性がある。

私たち安心させる話として、死の淵から帰還した人たちが語る臨死体験があります。死に際に脳はありったけの脳内麻薬放出するから、人はみな幸福に包まれて死んでいく、恐れる必要はないのだと。

けれど、私の友人であった薬物常習者が語ったところによると、強烈なドラッグほどその切れ際にくる反動はキツいものなのだそうです。涅槃に登るほどの多幸感からジェットコースターの苦しみ。それはいかほどのものだったでしょう。

脳内麻薬効果が切れ、人の魂が肉体から離れようとするその瞬間、肉を少しずつ剥がれるような肉体の苦痛と、家族をいちどに失うような精神苦痛を、永遠のものとして感じ続けるとしたら。有史以来、この世に生まれ落ちた生命がみな、煉獄の火に焼かれ続けて死んでいったのだとしたら。その全ての苦しみを背負える魔法少女など存在しないのです。

きっと運動野菜瞑想けが私を救うのでしょう。でもそれはただの気分で

誰か私を安心させてくれませんか。

2019-01-06

追記ありコミュ障婚活マッチングアプリ出会い別れるまでの一部始終

この日記対象読者は恋愛経験の少ない30歳以下の男性のみです。それ以外の方は時間無駄なのでブラウザバックしてください。

かにまれることを想像すると恥ずかしさで死にそうですが、何らかの形でアウトプットしなければ心が潰えてしまいそうなので、今の心の内を書き残そうと思います

恋愛婚活初心者。2ヶ月間、心の一部を占めていた彼女と別れてしまい、とにかく辛い気持ちでいっぱいです。彼女はとても女性的で、ユーモアに溢れた魅力的な方でした。

出会いきっかけはマッチングアプリでした。4歳年下の彼女毎日メッセージを交わすこと約2週間。彼女提案で実際に逢ってみようという話になり、その後はおよそ週1回のペースでデートしました。4度目のデート自分から告白をしてOKを貰い、一緒にマッチングアプリを退会し、手を繋いで駅まで歩きました。幸せなひと時でした。

しかし、5度目のデート彼女に会うと、彼女は終始退屈そうでした。微妙空気のまま、4時間足らずで解散。その2日後、彼女からLINEで、やっぱり告白OKしたことは取り消したい、と言われました。敢えて気にしないようにしていた、彼女が別れ際に放った「お疲れ様でした」という言葉違和感が、頭に蘇りました。

彼女最初最後電話しました。なぜ取り消すのかと理由を尋ねると、今はやはり自分趣味に集中したい、というような意味のことを言いました。実際に彼女は多趣味で、宿泊旅行を含む予定や様々な友人との約束が頻繁に入っており、忙しそうでした。無論、単にそれらに優先するだけの魅力が僕になかったことを、オブラートに包んで伝えてくれたのでしょう。恋愛偏差値低めな僕のことをあまり傷つけず、後腐れなく(彼女にとってもリスク低く)別れられ、告白OK自体を無かったことにすることで「元カレ」という立場さえ与えない、という言葉選びの巧みさに彼女らしさを感じました。彼女は文才に恵まれるとともに、相手の心を慮ることのできる、とても知的な方でした。そんなところが好きでした。

彼女は、電話で「本当に良くして頂いて」と僕に言いました。これが真の理由なのかもしれません。僕は、彼女の行きたいであろう場所デートスポットとして提案し、ディナーの予約では彼女の苦手なものを先立って抜いてもらうようお願いし、それらの代金も全部持っていました。結局のところ、いい人だけど、それだけだったのでしょう。彼女との距離を縮めることではなく、上手に “接待” することが目的になってしまっていたのかも知れません。彼女は、最後まで僕に対して丁寧語でした。

今の僕の気持ちは、彼女を失った喪失感もさることながら、自分否定されてしまったという挫折感(人間としての魅力の無さや、彼女ときめきを与えられない男性としての魅力の無さ、という、自分でも漠然と分かっていた事柄を明確に突きつけられたことによるショック)、2ヶ月間彼女のことだけを考えてきた努力が無に帰してしまったという徒労感(これは僕がもうすぐ30歳を迎えるという婚活に対する危機感から来るものだと思います)、そして、最後デートでの自分ちょっとした言葉選びや態度が彼女の心を閉ざしてしまったのだろうなという反省と後悔が大きな部分を占めています

最後デートで、僕は何を誤ったのか。自分の中にはいくつか心当たりがありましたが、それらが正解なのかどうか、分かりません。堪えきれずに電話彼女にも聞いてみましたが、はぐらかされてしまいました。もしかすると、最後デートに来た時点で既に彼女の心は決まっていて、僕にそれとなく気づかせるために敢えてそっけない態度を取っていたのかな、とも思います。これまでパンクチュアルだった彼女が、最後デート理由なく10遅刻して来たことの違和感を、僕は今まで見過ごしていました。

最後電話を終えた後、僕は彼女LINE非表示しました。結局一度も使われることがなかったメールアドレスや、一緒に撮った写真などのデータは、普段目につかないところにバックアップしてから削除しました。全てを完全に削除する勇気は、まだありません。彼女クリスマスプレゼントしてくれたマフラーは、どうすれば良いのかわかりません。身に着けてみると、彼女と一緒にいるかのような多幸感を与えてくれていたはずのマフラーが、今は自分の首を絞めてくるかのようです。

幸いなのは彼女LINE以外のSNSで繋がっていないことです。彼女が何をしているのか、これからどうするのか、全く分かりません。いつか彼女マッチングアプリで再び出逢ってしまったらどうしよう、という一点だけが不安です。

ここまでの文章自身客観的に読み返すと、恋愛話としてはあまりにも単調で、ありふれていて、馬鹿馬鹿しい、読んで損した、と思われるのだろうな、と思います。たったの2ヶ月、5回逢っただけの相手だろう、どれだけナイーブなのか、と。こんなレベル失恋高校生大学生のうちに経験しておくべきだったのだろうなとも思います。僕は学生時代自分趣味を優先してしまった(あるいは、それに逃避してしまった)ばかりに、仕事ではそれなりに成功したものの、十分なコミュニケーション経験を積むことができず、恋人はおろか友人さえ両手で足りるほどしかいません。その代償を今払っているのだと思いますが、結婚というゴールに至るまでにそのツケがどれ程残っているのか分からず、ただひたすら怖いです。何遍こんな辛い思いを繰り返さねばならないのでしょうか。人間的魅力、男性的魅力とは何なのか。この答えを見つけて自分を磨かない限り、何度やっても同じ結果になる。そのことに薄々気づいてはいますが、今から何をしたら良いのか見当がつきませんし、相談できるような人もいません。一方で、誰かがありのままを受け入れてくれるのではないか、という甘い期待をしている自分がどこかにいて、そんな向上心のなさに自己嫌悪を覚えます

気持ちを切り替えて前に進もうと、再びマッチングアプリ登録しましたが、このままのやり方で相手が見つかるのか、分かりません。いいね!が来ると、一瞬だけ自己肯定感回復して彼女のことを忘れられますが、メッセージの返信が1時間来ないとひどく憂鬱になる、というジェットコースターのような気持ちの揺れが続いています。この3日間は、彼女のことを考えたり、泣き腫らしてしまったりして、夜は殆ど眠れませんでした。月曜日から仕事ちゃんと勤まるのか、心配です。

文章をしたため、推敲に集中することで、心が整理されて少しだけ楽になりました。この日記を公開するのは、こうして経験を共有することで誰か1人でも人生の参考にしてくれれば嬉しい、という承認欲求の現れですが、彼女にいつかこ日記を見つけて読んで欲しい、という僕のとても幼いエゴのためでもあります今日だけ、悲劇のヒロインのように振舞うことを、どうか許してください。エピファニーのこの日に、あなた人生がより幸せものになることを祈っています。僕も幸せになれるよう頑張って生きてゆきます

《2019/01/07 追記

想像していたよりも遥かに多くの方に読んでいただいたようで、ありがとうございます。数箇所、表現を微修正しています

多くの方に励ましやコメントをいただいて、涙が出ました。また、このような極めてプライベート事柄コンテンツ昇華することについて、彼女には(当然ながら)何の断りも入れていないので、彼女のことは非難しないであげてください。あくまで僕の主観をもとにした記述です。

敬語を使っていたのか、というご指摘について。すみません、これは「丁寧語」と書くべきでした(本文は直しました)。ただ、僕から彼女へは徐々にフランクな口調へ移行していたつもりなのですが、彼女最初メッセージから最後電話まで殆ど丁寧語さん付けのままでした。2、3度目のデートで「そろそろやめよ?」とか「〇〇って呼んで欲しいな」というように伝えても良かったかな、と思っています。この反省は “次” に生かします。

無理に結婚しなくてもよいのでは、というご指摘について。幸い両親や親戚からプレッシャーは無く、少し前まで僕もそう思っていました。ただ、先輩や同期の子供たちを見ていてとても愛しく思うのと、やはり両親には家庭を持ったところを見せて安心して貰いたいな、という想いが高まり婚活を始めました。踏むべきステップがもう少しあるのではというご意見も当然あるかと思いますが、残された時間もそう多くはありません。もうちょっとだけ、このまま頑張ってみたいと思います

エピファニーきもい、というご指摘について。夜のテンションで書いたので、ごめんなさい。

《2019/01/07 追記 その2》

自分ブログでは400ブックマークも頂いたことがないので緊張しています。誰にも自慢できないのが残念ですが、自己肯定感が満たされる上に色々な観点からコメントを頂けて勉強になる増田は素敵ですね。このためにはてなIDを取得した甲斐がありました。でも、本当に彼女の目に触れてしまいそうです。

文章に書き下して客観したこと想像以上に気持ちの整理がつき、一晩寝たら何故あんなに悩んでいたのか既に分からなくなりました。マフラーはただの熱を帯びる布に戻り、寒い思いをせずに出勤して仕事始めができました。それなりに高級なもののようなので、この冬は大切に使わせてもらおうと思います

5回しか逢っていない女性と別れて泣くのは重すぎる(anond:20190107082818)、というご指摘について。僕自身、こんなに感情が揺さぶられたのは久々なので驚いています対象読者以外の方には青臭すぎて理解できない、ということかと思います。ちょうど長期休暇の時期だったので、仕事に逃避できず考え込んでしま時間が長かったことも、熱量が高くなってしまった一因かなと思います。この日記で伝えたかったのは、人生選択肢を広く持つためにも対象読者の皆さまは同じ思いをしないで済むように早めに動き始めた方が良いよ、ということです。また、自己憐憫というご指摘は、悲劇のヒロイン自分でも書いている通りで、反論余地がありません。「彼女にいつかこ日記を読んで欲しい」と書きましたが、僕が彼女立場だったら「やっぱりこいつと別れて正解だったな」と感じると思うので、全体的にはご意見同意します。

マッチングアプリよりも結婚相談所の方が向いているのでは、というご指摘について。選択肢として考えてはいますが、なにぶん口下手なのと、経験値がモノを言う分野だと思っているので、いきなり限られた数の相手と対面からスタートするお見合い婚活パーティーの類よりも、多数の相手と事前にメッセージで相性を確認しつつ関係性を深めてから逢えるアプリの方が向いていると現時点では考えています。実際に、アプリではかなり幅広くマッチングさせて頂いていて、色々なバックグラウンドの方とメッセージを交換することで雑談力や話題ストックが鍛えられました。また、彼女と初めて逢ってから告白するまでの間に、他の女性電話をしたり、お逢いしたりしたこともありました。所謂同時進行なので、これを快く思わない方がいらっしゃるであろうことは承知しています綺麗事かもしれませんが、その方々とお付き合いする可能性がゼロだったわけではないということをご理解いただければと思います告白後には同時進行は一切していなかったことを念のために申し添えておきます

業者サクラだったのでは、というご指摘について。これは明確に否定しておきます。月定額数千円のマッチングアプリで、相手と5回も真面目にデートしていたら大赤字です。少なくとも、彼女デートプレゼントに費やしてくれた時間お金はそれ以上です。

セックス(しようと)しろ、というご指摘について。相手意識させろ、という意味であれば、「最近スマホ変えたんだけど、これ凄く綺麗に撮れるから一緒に撮ろ!」と言って肩を寄せてセルフィー、という程度のボディタッチはしていました。このあたりもやはり経験値が求められる感じがあり、自然にこなせるようになるまで時間がかかりそうです。艶のある話をしろ、という意味であれば、殆どできていませんでした。あるいは、もっと直接的な意味で仰っているのであれば… それは、告白する前段階で相手にそこまで想って貰えるほどのルックステクニックセクシーさを持った方向けの助言なのかな、と思います

あと、文章を褒めてくださる方もいらっしゃって、驚いています普段技術書しか読まない完全な理系なのですが、恋愛表現力を高めてくれるのだなと思います

《2019/01/07 追記 その3》

様々な方にご助言いただけて大変嬉しいです。ついに追記パートの方が長くなってしまいました。

仕事を終えて皆さまのブックマークコメントを読んでいたらどんどん冷静になってきて、本文の自己陶酔感が恥ずかしくなってきました。昨日書いた文章のはずなのに、中学生時代ノートを開いてしまたかのような感覚です。「彼女を失った喪失感」などと書きましたが、僕の中の彼女への気持ちは、まださほど大きく育っていなかったのだ、涙の理由は全く別のところにあったのだと、改めて気づかされました。

「人としてはいい人だし、真面目そうで色々な条件も合う…清潔そうでもある…けどセックスする気になれない!!みたいな人かなと思う」(anond:20190107131655)というご指摘について。女性目線でのコメントありがとうございます。かなり腹落ちするご意見でした。ただ、これを単に相手との相性の問題として片付けてよいのか、あるいは男性的魅力の底上げ必要なのか、必要なのだとしたらどうすればよいのか… など悩みが尽きません。この観点で今行っているのは香水を付けることくらいです。僕は嗜好などに女性的な面があるので(文章にすると気持ち悪いですね)、アピールを抑えめにしようかな、とか、美容室へ行って髪型を変えてみようかな、などと思いました。結婚相談所だとアドバイザー女性の方にこういうカウンセリングもお願いできたりするのでしょうか。お勧めしてくださる方が多いので真剣に考えたいと思います

自分にばかり原因を求めるのは良くない、というご指摘について。改めて冷静に考えると、彼女デートで少し選択肢を間違えたくらいで一旦OKした告白を急に取り消すほど非常識な方ではなかったかなという思いに至りました。影響力の強い身内から年末年始に「長男は止めておけ」と言われたとか、如何ともしがたい外的要因の可能はいくらでも考えられそうです。そう思うと、また少し気が楽になりました。

結婚をゴールと捉えない方がよい、というご指摘について。少し表現が雑でしたが、結婚(書類を提出する作業)の前後連続である、ということは理解しているつもりです。

《2019/01/07 追記 その4》

anond:20190107162510説明に、すごく納得しました。彼女の話ぶりとも完全に当てはまっているように思います。そういうことだったのか、と感動して思わず泣きそうになりました。彼女は、正式に付き合うことになれば僕の接し方が変わるのではないかと期待していたのですね。こういったことが直感的に理解できていないことがコミュ障たる所以なのだろうと思います言語化していただいたことに感謝します。そのまま引用させていただきます

彼女は多趣味で、宿泊旅行を含む予定や様々な友人との約束が頻繁に入っており」ってあるけれど、友人が多い人は「旅行に行くときはこの友人」とか「悩んでいて話を聞いて欲しい時はこの友人」というようにどんな友人かによって付き合い方を変えていると思う。増田デートしているときに、増田がどんな人か知りたかったけれど、尽くしてくれるばかりで人となりがわからずに、どんな付き合い方をすれば良いかからなかったんじゃないかな。それを彼女なりに表現したのが「本当に良くして頂いて」なんだと思う。人となりがわからいから、イマイチ打ち解けられずにずっと丁寧語だったんだと思う。彼女は同じ人と深く付き合うよりも、多くの人と浅く付き合いたい。もう彼女がそういう人間関係を構築してしまっているので、今更変えられない。一方で、増田もっと彼女と深く付き合いたかった。

彼女上記のようなことを直感にわかっていたけれど、うまく説明できなかったんだと思う。もしくは、わかっていたけれど、詳細に説明するには彼女のことをいろいろと話さないといけないので、デートを5回しただけの相手にそこまでしたくなかったのかもしれない。

《2019/01/07 追記 その5》

5回しか会ってない相手に対して距離感がおかしいのでは(anond:20190107183800)、というご指摘について。彼女への思い入れで泣いていたわけではなかったことは上の追記に書いた通りです。なお、対象読者以外の方は「5回デートした相手に振られた30歳男性」を「生まれて初めてちゃん告白した相手10日で振られた15歳高校生男子」くらいに希釈してお飲みいただくと良い塩梅の甘酸っぱさになるかと思いますので、お試しください。

ひとまず、この記事更新はここでおしまいにしたいと思いますアドバイスコメントをくださった皆様、本当にありがとうございました。大きな進捗があったらまた投稿させていただきます

《2019/01/08 追記

サイドストリーを書きました。

コミュ障の初恋。片思い6年間の一部始終

2019-01-05

食事依存症

しかしたら私は食事中毒なのかもしれない


一日最低二食、酷い時は三食取らないと体調が悪くなる

食べている時は多幸感とやる気が出てくるし

食べた後も一時間くらいは作業調子よくなるんだけど

だいたい六時間くらい経つと集中力が切れてくる

それ以上続けると今度は胃痛や虚脱感、果ては目眩まで襲いかかってくる

一時は脱依存を目指して食事を絶ってみたことがあるけれど、それがまた辛い

上記の症状に加えて幻覚無気力ダブルパンチ

最終的には身体を動かすことも出来ないほどの状態になってしまった


なので私は悪いと思いながらも、今日まで食事依存から抜け切れないでいる

誰か寛解して食事の誘惑から抜け出せた人がいたら、是非対処法を教えてください

また食事依存していない人からお話も伺ってみたいです


かしこ

2018-12-24

土曜に行ったライブが最高過ぎた。

「このコンテンツを好きになって本当に良かった!」と思える最高のパフォーマンスを見せてもらって、今年度一の多幸感で満たされた。

この二日間は興奮冷めやらず、夢見心地のふわふわとした感覚のまま時間が流れていった。

明日からまた少し仕事があるし、魔法も解けてしまうだろけど、もうしばらくの間この幸福感を味わっていたい。

2018-12-21

竿が痛い

おそらくオナニー時間を掛けすぎているかであると思われる

まり勃起時間が長すぎるために陰茎、海綿体、血管に負担が掛かっているのではないか、ということ

俺にはいわゆる賢者タイムがほぼ存在せず、射精後はゆるやかな多幸感に包まれており、おかずにアルカイックスマイルで微笑みかけたりするのだが、射精後に勃起すると疼痛に襲われるために二回戦、三回戦に突入することができない

せっかくの特殊技能惰弱ちんこ台無し

では一回のオナニー時間を掛けなければよいのではないか、と考えたりもするが、そういうわけにもいかない

じっくりと時間を掛けながら緩やかに行うオナニーと、そのフィニッシュである射精から得られる快感の総量は、短期決戦を複数回繰り返した場合よりも遥かに大きいからだ

一回戦を従来のように行い、痛みだけを取り除いて二回戦以降に臨めるようになることがベストである

俺は陰茎の痛みを止める方法を捜して世界彷徨っている

今日は強力な痛み止めを試してみるつもりである

歩みを止めるつもりはない

2018-12-08

多幸感がなんで得られるかは知らないが

自分身の回りのことをきちんとできるだけで

かなり幸福感あがると思う

普段身の回りのことをきちんと、より

仕事で疲れて休む方を優先してしま

それがダメだとは思ってはいないが

時間ができたら旅行や買い物するよりは

家のメンテ自分メンテする方が

手っ取り早く幸せになれると思う

2018-12-06

依存症にならないんだが

アルコール

20歳から15年間、1日も休まず大量に飲酒し続けた。

寝つきが良くなるような気がして、缶チューハイから手を出しやがてワインウィスキーとどんどん強い酒へとはまっていった。

ワインは一晩でひと瓶、ウイスキーなら一晩でボトル1/3飲んでしまった。泥酔して多幸感に包まれて気絶するように眠りにつく毎日。いつしか夜が来ると嬉しくてソワソワするようになっていく。

酒が楽しくてたまらなくなっていった。依存症自覚はあったがやめる気は全くなかった。ところがある日男ができて、そっちに関心が行くとプッツリやめてしまった。飲みたい気持ちが全くなくなってしまったのである。禁断症状のようなもの特になかった。

タバコ

22歳から5年間、一日一箱吸っていた。吸い始めたきっかけは何人かの友人がヘビースモーカーで、それに影響されてしまったように思う。

当然ニコチン依存症になったがアルコールと違いこちらは早くやめようと思うようになっていた。ある時インフルエンザにかかり、高熱が出ている間体がタバコを受け付けなくなると、回復してもそのまま吸わなくなった。禁断症状はなし。再び吸いたくなることもなかった。10年以上前のはなし。

カフェイン

これも20年くらい、コーヒー毎日4~6杯飲んでいた。たまたま豆を切らして24時間飲まなかったらガンガン頭痛がしてきたから、ああこれはカフェイン中毒かとわかった。

面倒臭いのでやめてしまおう、と思い立ったのが4日前。頭痛は2日で収まった。今のところ飲まなくても平気なかんじ。


以上が私の依存症歴でありますがはたして依存症になっていたのかどうかわからない。あまりにもあっさり、一切苦しまずやめてしまたから。

こういうことって珍しいんですかね。アルコール自助会とかニコチン外来記事を見ると、常習者は必ず断つのに苦しむかのように書いてあるんだけど…

アスペルガー症候群であることと何か関係あるんでしょうか。

2018-11-29

カマンベールチーズおいしい

うわーなんだこれすごいもちもちする

外側のちょっと固い皮の食感もすごい

なんだこの食べ物、あっという間に全部食べちゃいそう

こんな時間に食べていいもんじゃない気がするけど多幸感やばい

あと語彙がひどい

2018-11-25

ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

2018-11-09

初めて生で推しを見た感想

ある抽選に当たって生で推しを見る機会に恵まれたからその備忘録

抽選当たると思ってなかったから諦め半分で当落発表を迎えた。前の夜ドキドキしてなかなか眠れなかった。当落発表の日、当選の知らせを聞いて感情が崩れるというのはこういうことなのかと知った。なにがなんだかわからなかった。そして迎えた当日。朝からそわそわして、昼頃列に並ぶ。意外とスムーズに入れてびっくりする。席に着いてしばらく待つ。ステージ推しが出てくる。

世界ってこんなに綺麗だったのかと多幸感に包まれる。かっこよくて泣きそうになるけれど、顔を目に焼き付けたくて必死我慢する。

推しはいろいろ喋ってくれたんだけど、面白かったです。顔は綺麗だし、しゃべりは面白いし、推しはすごいなと思いながら時間があっというまでした。幸せありがとう現実がつらくて死のうと思ったことなんてたくさんあるけれど、生きててよかった。言いふらすのは自分の性に合ってないので内に秘めておくことにします。つらくなったら引き出すつもり。推し、とにかく生きててほしい。

2018-10-29

anond:20181029225739

3歳娘が居るんだけど同感。ポイントはあるが全体をさすると多幸感を感じるようだ。で、嫁も同様(ただSexではない)

接触欲求(性欲ではない)みたいなものがあって、満たされるとハッピーなのかも、と最近は思ってる

2018-10-28

人間多幸感のために生きているのでは?

幸福だなぁと感じるその瞬間があること自体幸せ

そのために生きてるって人多いと思う。

恋人子供家族にそれを感じる人が多いだろうか。

私はさっきとあるアイドルの記念ライブ映像を見ている時に感じた。

そこに映ってるアイドルたちは本当に幸せそうだった。

私も今までの道のりを思い出しつつ、たくさんの祝福の中にいる彼らを見て、幸せで胸がいっぱいになった。

ただのオタクか、って思われるかもだけど、多幸感に優劣なんかなくて

それが趣味でも宗教でも家族でも理解されない何かでも

幸せを感じられるならそれ以上に最高なことってない気がする。

何に、どこに、どれにそれを感じるかはきっと千差万別自分幸せならそれだけでいいんだと思う。

幸せは多い方がいいと思う。生きている意味がある。

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