「レミング」を含む日記 RSS

はてなキーワード: レミングとは

2021-07-03

anond:20210703224729

若年層は自らの首を絞るレミングだし、もういいやw

今生きてる増田がなんとか生き逃げられたらそれでいいやん?

2021-02-07

ルールって支配って意味もあるのか

日本語で考えるとルールって言葉スポーツとか決まり事を伝える時にしか使わない言葉から支配って意味はかなり意外だった

支配は人工的か自然的かを問わないらしく、フレミング法則は「Fleming’s left-hand rule for motors」だとか

Don’t let your baby rule your night.

全部誰でも知ってる簡単英単語だけどルール意味がわからないだけで全然理解できない英文なっちゃ

難しいね

2020-09-05

https://anond.hatelabo.jp/20200902213816

どうも都合のいい総括が行われているようだ。

by-kingしろリフレ派は「なんでそのタイミング増税してるんだよ」ってキレてたでしょ

IthacaChasma 3本の矢のうち、1本目(金融緩和)は上手くいった。しか日銀金融緩和はできても需要は創出できない。2本目の財政出動が全く足りなかった。おかげでデフレ脱却ができず、賃金も増えなかった。消費税率上げは最悪。

yingze 金融緩和だけして、逆に緊縮財政増税してたよね。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20200902213816

本来リフレ政策がどのようなものであったか、振り返ってみよう。

戦後の各国は、ケインズ経済学の影響の下で、財政政策および金融政策を用いてマクロ経済の安定化を実現するという枠組みを受け入れてきた。しかし、世界的な固定相場制が崩壊した1970年代以降は、マクロ安定化の手段金融政策を主軸とし、財政基本的公共財公共サービス供給に割り当てるという考え方が定着するようになった。(略)したがって、金融政策をそれ(引用者注国内マクロ経済の安定化)に適切に割り当てておけば、財政政策マクロ政策に用いる必要特にない。

岩田規久男(編)『まずデフレを止めよ』 pp123, 124

この認識を支えていたのが、

1920年代の長期的成長経路への回帰という意味での終焉については、さまざまな要因が指摘されている。「1940年3月のドイツ軍フランス侵攻によるヨーロッパからの大量の戦争資材の発注による輸出の急増とアメリカ自身軍事費の急増による拡張財政政策」(加藤[2001]199-200頁)を強調するのは加藤出氏である白川方明氏も同様に戦争を強調する(白川[2002a])。(略)

アメリカが参戦したのは1941年だが、生産はその前にすでに上昇している。1940年にはほぼ終焉が完成していると考えるべきである。(略)1941年以降、財政支出が増えたことはそのとおりであるしかし、それまでの時期については、それほど増えていない。(略)

さらに、安達氏の研究でも、公共投資の増額は大恐慌から回復終焉とあまり関係がないことがわかる。デフレから脱出が達成された1933年には公共投資は減少していたし(ルーズベルトは、就任と同時に緊縮財政を行っていた)、40年にはまた減少していた(図表5-3を参照)。

岩田前掲書 pp159, 160

という実証と、

そもそも先進国マクロ的な景気対策ほとんど金融政策に頼っている。というのは、資本移動自由場合金融政策財政政策より効果的というマンデル=フレミング理論のほかに公共投資のような財政支出は特定利益集団に利用される可能性が高いために敬遠されるからだ。広範な消費者対象とする減税政策であれば、こうした問題は避けられるが、財政赤字を考えると減税の余裕はないからだ。

岩田前掲書 p210

という理論だった。すなわち、緊縮財政であっても(緊縮でない方がベターであるにせよ)、レジーム転換を伴う十分な金融緩和を実行すればデフレ脱却可能だ、というのが本来リフレ政策であった。これを総括するのであれば、

  1. 本来リフレ政策は誤りで、レジーム転換を伴う十分な金融緩和を行ったとしても、緊縮財政の下ではデフレ脱却はできない。
  2. 本来リフレ政策は正しく、ターゲットインフレ率を実現できていない理由は、レジーム転換を伴う十分な金融緩和が行われていないかである

のいずれかでしかあり得ない。本来リフレ政策が実現されていたにもかかわらず消費増税のせいでデフレ脱却ができなかった、とする冒頭に掲げた意見は、本来リフレ政策は誤りであったというのが論理的必然であると考えるが、そのように理解していいのかな?

2020-08-12

anond:20200812133819

ネットヲ埋め尽くすレミングインセル男には「男の印象が悪くなるぞ」と忠告()しないんだよね

anond:20200812133819

ネットヲ埋め尽くすレミングインセル男には「男の印象が悪くなるぞ」と忠告()しないんだよね

anond:20200812125458

ネットのどこ見ても「自分を選ばない女を叱ったり加害願望むき出しにするコメント」への賛同しかないじゃん

男ってレミングみたい

2020-07-26

誰も目が覚めない世界

まちがいだったと思いたくないか

このままレミングのように

2020-06-03

anond:20200603104045

レミング左手法則を思い出すンゴ

icカードは消費電力がめちゃ少ないのでちょっとした電流でも動けるンゴ

2020-04-08

レミング左手法則を手で表現できる人間

もし我々の手が猫の手か鳥の羽根だったらこれができなかった

2019-12-15

anond:20191214061225

山田太郎の「自民の中で圧力団体になる」は初めから荒唐無稽おとぎ話なんだよなあ。オタがあっさり騙されて爆釣りされてたのはハーメルンの笛吹きよろしくレミング集団自殺見てるようだったよ、哀れ。

anond:20191215074312

オタク層の中にネトウヨ層とかぶってる層がいるのは事実やで。別に主語でかくしてるわけじゃない。全部のオタク山田のアホヅラ支持ってわけでもないしオタク主語にしたら語弊あるしな。オタクレミングの行進よろしく山田のアホヅラ破滅に向かってるのニヤニヤしながら煽ってる規制推進派も混じってるしな

anond:20191215074312

オタク層の中にネトウヨ層とかぶってる層がいるのは事実やで。別に主語でかくしてるわけじゃない。全部のオタク山田のアホヅラ支持ってわけでもないしオタク主語にしたら語弊あるしな。オタクレミングの行進よろしく山田のアホヅラ破滅に向かってるのニヤニヤしながら煽ってる規制推進派も混じってるしな

2019-09-06

自分のことを後回しにしてしまうくらい世話好きな人

昭和43年1968年9月18日、常に他人立場理解し、尊重して他人迷惑をかけず、進んで人のため社会のために奉仕するよう努力しなければならないと誓ったアレクサンダー・フレミングは、ポッチャマと共にポケモンコンテストを巡る旅に挑んでいく。

一方、彼の報文を読んだ二人の科学者オーストラリア人ハワードフローリーオックスフォードは、「おとぼう、おとぼう」と言いながら釣り人を追いかけ、体色は紫色に変わり、ナマズのような髭が生える。父方の祖父政治家浜田幸一の元秘書

2019-08-21

両手の指で数えられる最大は39366

帰宅中の散歩がてら、両手の指の折方でいくつまで数えられるか考えてみた。

ネットで調べると出てくる、クロスさせるとか、手の甲がうんちゃらとかじゃなく、

純粋に指を折っていくつまでいけのだろうか

二進法で数えるやり方

指で「0」と「1」を表現して

指を折っている(閉じている)ときが0

指を開いているときが1

で数えていくと

手をピストル(親指と人差し指を開いているとき)の形だと「21」で「3」

片手がパーで「11111」で「31」

両手がパーで「1111111111」→「512」まで数えられる

これが一番だと思っていた。

三進法で数えられるのではないかと帰路で思い付いたのです。

手をグー(親指が上になるように)して、

指が横(片方の手側)を指差しているときが「1」

指が前を指している(親指は上)ときが「2」

と数えていくと、

手をピストルの形だと「21」で「7」

レミング法則だと「122」で「17」

片手がパー(全部の指を開いている)ときだと「22222」で「162」

両手がパーだと「2222222222」で「39366」

これが両手の指で数えられる最大数ではないだろうか

2018-12-05

レコードの針の違い

レコードの針には、大きく分けてMMカートリッジというものMCカートリッジというものがある。

レコード針は小さな発電機の様なもので、簡単に言うと、レコードの溝に合わせて針が動くことでコイル磁石がスコスコと出入りして電流が流れて、その電流アンプで増幅されてスピーカーを揺らす、と行った感じで音が出る。

中学校理科で習ったフレミング法則とか誘導起電力とか、あの原理だ。

ちなみにMMというのはムービンマグネット、つまり磁石の方がスコスコと動く。これに対してMCというのはムービンコイル、つまりコイルの方がスコスコと動く。

メーカークラスによっても違うので一概には言えないが、一般MCカートリッジの方がMMカートリッジよりもレコードの溝から音を再現する能力が高い、と言われていて、30kHzとか40kHzの高音をちゃんと出すためにはMCカートリッジの方がいい、と言われている。

(もちろんそのためにはアンプスピーカーカートリッジ以上の十分な性能がなければいけない)

ところで、私こと増田MCカートリッジを愛用してたのだが、最近針がヘタって調子が悪いなあと感じながらもなかなか新しいカートリッジを変えずにいた(※正確には針ではなくカンチレバーというバネの様な部分がへたってきているみたいだった)。

調子の悪い針を使うとレコード盤を痛める心配もあるので、ここ半年くらいは思う存分レコードを聴けずにいた。

しかしふと谷山浩子の古いレコードを聴きたくなり、思い立って、一応保管してたプレイヤー付属MMカートリッジを取り付けて聴き始めた。

その、音の良いことときたらなかった。ここ二、三年で聴いたレコードの中で、間違いなく一番良い音だった。

MMカートリッジを舐めちゃいけない。特に、いい加減衰えたオッサンの耳でMCにこだわってた自分が恥ずかしくなった。

オッサン増田レコードライフちょっとだけ変わった瞬間だった。

2018-10-15

イノベーション起業というのはわからないものから新自由主義が宛にする。

新自由主義は、ケインズの知見を意味もわからず取り去って、自由にしたらうまく行く、以上の意味もない。

恒常期待仮説を元にした国債破綻トリクルダウンマンデルレミングによる公的投資の増大による金利の上昇も起きなかった。

一つ一つの理論は当てはまる場合もあるかもしれないが、企業の強い資金余剰の前にはあまりにも無意味だ。

ただ、なぜその企業資金余剰が起きたかといえば、貸し剥がしフリーハンド法人税減税。資金余りの原因として、累進所得減税。金融分離課税もいれておこうか。

よって不景気を30年創りだした。

資金循環ガン無視で、ほっといたら金を貯めこむところに溜め込ませたら不景気になるというのは自由主義時代産業革命以降1920年以前の思想)の焼き直し。

自由主義時代と一点違うことがある。それはイノベーションという思想が生まれたということだ。それ自体は良いとは思っている。

ただ、どこから誰が起こすかは全くわからない。そのわからなさ故に、叫べば生まれてくるとおもってるのだろう。

新自由主義時代イノベーションなんて叫べば願いが叶う以上の意味しか無い。もはや洪水に人を殺してボンボン投げこめばイノベーションというのが生まれるようにすら思える。

具体的に金の流れをどうするか考えず、かつ、イノベーション必要リスクをとれるのは誰か?というのを完全に無視しているから。

だがイノベーションというのは結局のところ新しい知見で新しい商売が生まれた以上の意味は全くない。

実際創業率は経済成長率と強い関わりがある。創業なんてただ会社を起こしただけだから指標としては弱い。

しかし、それでも第一段階の創業をするという点でも元々の経済成長率を新自由主義の基では鈍化させるから起きなくなる。

これだけイノベーションだ!とさんざん騒いでもね。むしろ起業すると地獄を見るのが知れ渡ったから誰も起こさなくなったというのが正解だろう。

叫び声なんて、それが故にどうなるかというのが何年も積み重ねれば嘘だとバレる。

まあ、これはアカデミックポスト志願者数についても言える。ある程度の競争主義必要だが、競争と、実際得られるポスト比率の調整は必須だ。

ましてや競争資金だよりでポストの数は全く増やさないというものでは一方的アカデミックポスト志願者が減るのみだ。

新しい知見を作るのに時間がかかることもある。それは企業ベンチャーキャピタルでは耐えられないリスクマネーが必要になる。

企業ベンチャーキャピタルとかはすでに投資対効果が見えるものしかさない。とすると、もう理論が完成して、2,3年でうまくいくようなものしかさない。

大学の基礎研究としてやるぐらいしか選択肢は無いだろう。

近年目立ったイノベーションというのは免疫チェックポイント阻害剤だ。ただし、この現象発見されたのは1990年。

そこから実用化が2014年。そして、ノーベル賞だ。

実用化まで24年。一番最初の奇妙な鍵穴の発見をするところから企業ベンチャーキャピタルの金を入れることや、競争資金で持ってきた金で研究することな不可能だ。

まさに1980年代までの高成長を作っていたケインズ主義から新自由主義に切り替わり、バブル崩壊とやらのせいにされる直前の徒花だ。

新しい知見、その元となるのは?もちろん誰でも起こせる可能性はあるが、知見、科学として検証可能性が保てるように整えるのは大学だろう。

失敗した新自由主義を捨て、ケインズに戻し、なにか新しいことがあるかもしれないという息吹の基礎研究を整えること。ここからしか革新的イノベーションは起きない。

ただ創業率を増やす死体を増やせば革新的イノベーションを増えるという考えからぜひ脱却してもらいたい。

翻してみれば、きちんと基礎研究増強に立ち戻らないと革新的イノベーションは起こせない。それには新自由主義の破棄が必要だ。

競争資金一定必要だが、競争資金になじまないほど先駆的なものについては研究研究者の運営費交付金絶対にやらないとならないわけだからあくまで両輪で成り立たせないとならない。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん