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2020-09-05

不倫した元親友は私に履いた下駄自覚させてくれた

長年の親友不倫パパ活が当たり前の世界に身を置いたのはその子の家にお金の余裕がなかったからなんだよね 彼女美大油絵をやりたくて藝大を目指して高校時代から美大予備校に通ってた でもストレートでは受から浪人することになって、予備校学費生活費自分で稼がなきゃいけなくなった。

時間お金をたくさん稼ぎたいとなると水商売っぽいことをするしかないんだよな その子若い女の子浴衣を着て男性を膝枕して耳かきをしてあげるお店でバイトを始めた

バイト先の同世代女の子たちがひと回りもふた回りも歳の離れたお客さんに高価な洋服やらブランド物やらを買ってもらったり恋愛関係になったりしていた。

の子はは絵の道へ進むことを家族に反対されていたために、ありのまま自分を受け入れてくれる理解者に飢えていた 高価な洋服への憧れも手伝って、パパ活癒しを求めた パパの中には妻子のある人もいたけれど「だからこその包容力がある」などと言ってやめようとしなかった。

私が「妻子があるってことは、誰かの旦那さんであり誰かのお父さんなんだよ」と諭したときの「そう考えると、ちょっとだけど…」というちょっと気まずそうな顔を妙に覚えてる その子はどんどん歳の離れた男性依存するようになっていって、私は付き合いきれなくなって縁を切った。

この思い出を今日、お風呂に入りながらぼーっと振り返って、(もしこの子実家が、この子が絵の道へ進むことに理解があって学費生活費を出せる程度の金銭的な余裕があれば、この子はこうはならなかったんだろうな)と思った。

私は親が進路を理解して生活費学費も出してくれる環境で育ったか正論を言えるのだな、と自分の履く下駄認識したのだった 元親友が今どうしてるかは知らない、幸せ暮らしていてほしい そして親友ではなく元親友になってしまったのはやっぱり寂しい 

美術館でどう絵を見ればいいかからないと困惑する頭でっかちな私に、感じるままに見ればいいんだよと教えてくれたのはその子なんだ 寂しいな

結局藝大には受からなくて(かなりいいところまで行ったらしい、藝大受験者には誰がどう見ても受かる人と審査員によって評価が分かれる人と誰がどう見ても落ちる人がおり、評価が分かれる人の中でもギリギリラインだったらしい)、多摩美油絵へ行ったと聞いた 留年していなければもう卒業してるな

2020-06-25

あれ?ランドマークタワーある@イエスタデイをうたって

じゃあそんな古い時代の話でもないのか?

と思ったけど、ググったらランドマークタワー1993年に出来てた。古かった。

なんとなく、登場人物服装とかが時代に合ってない気がするんだけど。

いや、よく分かんないけど。服飾に詳しいわけじゃないし。

でも、部分部分のアイテムだけすごく古くて時代背景が全然分かんない感じ。

別に分かる必要無い作品なのかもしれないけど。

ただの恋愛モノなんだし、これが実は幕末の話だとしても2500年の話だとしても、全然構わないんだろう。

はー…恋愛モノっつーか…昼メロ…。

漫画的なエッセンスとして強いのは「主人公片思い相手の想い人が心臓病で亡くなっていること」くらい。

それだってある意味昼メロ感満載だわ。

惚れた腫れただけでグチャグチャされる作品漫画でもアニメでもドラマでもきちーなあ。

から絶対に窮鼠は…とか見れない(あろうことか原作を読んだことがあるのだが、猛烈な昼メロだぞあれ。いや、レディコミ?唇厚すぎるし。ヒアル打ちすぎたのかよってくらい)

今5話。もう直ぐ物語も折り返し。

このままいくんですかね…。

つ、つまんねー…。

関係無いが、作者の冬目って多摩美だっけ?

さっきまで見てた波よ聞いてくれの沙村はムサビ?(多摩美だった)

二人共ほぼ同時期に漫画家としてデビューしとるんだな。年齢は同じかどうか知らんけど。

2019-11-28

anond:20191128164116

元増田です。

ご回答ありがとうございます

美大卒業ゲーム会社にて勤務されている方から助言をいただけて嬉しいです。

かに私大から任天堂内定する例も多く見られ、任天堂デザイナーへのルートマップ多様性があることは頼もしいですね。

私も現段階では藝大専願ではありますが、追加で1浪を限度として尚も受験に失敗した場合保険として私大武蔵美多摩美受験も考えています

その場合でも任天堂を目指せる前例と実績があるのはとてもありがたいことです。

大受験では立体は特に難しいと聞きますね…。私も、絵を描くことの方には自信がありますが、立体物となると自主制作経験もほぼなく立体に対する教養に乏しいので、今から苦戦は必至だと感じています。藝大は他の美大芸大と違って実技受験の際の点数開示がされないと聞きますし、なおさら落ちた時の理由が分からないですよね…。

先日から数多くいただいたトラバブコメ拝読し考えを改め、夜間高校通信高校といった、予備校昼間部での勉強を阻害しない形での高校進学の形も検討してますので、その場合は絵以外のインプットもある程度確保できるかと思います。どの道、学科もしっかり勉強しないと藝大受験に落ちますからね!

頑張りますありがとうございました!

anond:20191128085742

元増田です。

藝大デザイン科を卒業された経験者の方からご回答をいただけてとても嬉しいです!

1~4までの項目を熟読しました。

同窓生のうち2~4人、率にして大体5~10%が任天堂就職されるというのは、やはりさすが藝大は驚異的な就職倍率ですね。

デザイン科45人中の5~10%ですから、いずれにせよ過酷競争であることに変わりはないですが、しか私大と比べるとパーセンテージとしては圧倒的数値かと。

参考になりました。

藝大の倍率低下によって現役合格率が上がっているのは私にとって嬉しい追い風ですね。

ただ勉強の出来る受験生も増えているということで、学科を抜かりなくやっていこうかと。

また、藝大と私大における機材と制作環境の違いはとてもよくわかります。藝大・武蔵美多摩美オープンキャンパスに行ったことがあるのですが、私大二校の華々しい制作環境と比べると藝大はミニマム環境で、良くも悪くも国立という点が出ていましたね。特にデザイン科のMACなど、機材に期待はしません。お話しいただいたように、日本最高レベルの同期と切磋琢磨して制作できる環境が藝大の何よりのメリットだと考えています

藝大進学を「選択肢としては現実的だと思う。」と言ってくださるのはとてもありがたいです。

高3夏時点での実力判定で厳しいものがあったとしても、その年は藝大専願で受けるかと思いますが、もし入試に失敗した場合は1浪目で私大も併願し受験する柔軟さを持ち保険としたいと思います

ありがとうございました!

2019-11-27

東京藝術大学志望の中学三年です。

現在私は、進路として東京藝術大学を志望しています

さて、極論的な表現で恐れ入りますが、こちらで質問したいことの結論を書かせていただきますと、

高校進学することなく、中卒後即座に大手美大予備校の昼間部に所属し、3年間誰よりもデッサンと色彩構成と立体制作に明け暮れ、現役で東京藝術大学デザイン科に合格する」

という事をキャリアパスとして考えています

この進路の舵取りは一般的に考えて極論中の極論だとは思いますが、この事の是非を質問として問いたいです。いかがでしょうか。


長くなりますが、このように考えることになった経緯をお話しますので、お時間ありましら是非一読いただき助言いただけましたら幸いです。

私には将来的に絶対入りたいと考えている会社があります

それは、天下のゲームメーカー任天堂」です。

任天堂デザイナーとして就職することが私の目標です。

この目標を確実に達成するためにどうすればいいのかを考えますと、やはりデザイナーの最高の教育機関たる東京藝術大学デザイン科に入り、数多くの作品を作り最高のポートフォリオを仕上げた上で卒業し、新卒デザイナー入社試験を受けるのが最良との思いに至りました。

東京藝大は気が狂ったレベルの難関です。それは充分に理解しています

ですので、1%でも高い確率東京藝大デザイン科に入るためには1秒でも長い時間を実技対策に投じて腕を磨くことが重要と考えます。そのことを考慮した場合一般美大受験生と同じように高校通学に併せて美大予備校夜間部に通い対策をするというようなことでは、藝大デザイン合格45名の椅子を巡る戦いに現役で確実に勝てる確率は相当低いと言わざるを得ません。

藝大デザイン科現役合格というのは、はっきり言って狂気の沙汰です。であるからこちら側も狂気姿勢受験に臨む他ありません。一般的受験生と同じ姿勢で臨んだのでは勝てません。そこで考えた受験戦略が「中卒後即大手美大予備校昼間部通学」というストラテジーになります

この戦略には大きく二つの利点が存在します。

一つは、他の藝大志高校生に対し実技研鑽で圧倒的な差を付けられるということです。

大志望の高校生が予備校で使える実技学習時間は夜間の3時間のみ。週5日通うして一月の学習時間は3(h)×5(d)×4(w)で60時間に過ぎません。対して、昼間部は基本的には一日6時間ですが、朝の教室解放後最速でアトリエに入り制作を開始することで実質7時間制作できます。これを一月やりますと7(h)×5(d)×4(w)で140時間高校夜間部生に対し一月で約2.4倍の実技学習時間が実現し、現役生という枠の中であれば圧倒できます

二つ目の利点は、「昼間部に三年通うことは実質的三浪するのと同程度の力になる」という点です。藝大受験においては、当たり前ですが現役生以外に浪人生相手取って戦わなければなりません。私も予備校見学に行った際に目にしましたが、浪人生というのは化け物みたいな画力を持っています。そんな彼等とも刃を交えて戦う必要があるのであれば、彼等と同じ土俵に入って学ぶのが一番です。そのための昼間部通学でもあるわけです。いくら浪人生といえども、三年も浪人している人間はなかなかいません。ですので、ここで私が高卒年齢に達するまでの昼間部三年通いという戦略を実行することで、浪人生以上の経験と実力を18歳時点で積み込めると考えたわけです。

以上がこの戦略の利点となります。ここまでやれば高い確率で藝大デザイン科に現役合格できるのはないかというのが私の考えです。

何故私がここまで現役合格にこだわるかといえば、それは就活の際に一歳でも若いというアドバンテージを得たいがためです。

私が目指す企業任天堂です。任天堂ともなればゲームCGデザイナー椅子を巡って日本最高の戦いが繰り広げられるわけです。そこに上がってくるライバルは様々な意味デザイナー志望として最強の人間達であり、そんな中で勝ち抜いていくためには何か一点でも彼等に対し有利を取れるポイントを稼ぐ必要があります。それが年齢というわけです。藝大生は浪人生割合比較的高く、現役年齢であるだけで就活の際は彼等に対し有利を取れます。突出した才能を持っていないにもかかわらず、何が何でも任天堂に入りたい私としては、わずかでも有利になれるポイントをかき集めて戦いに挑むしかないということです。

「中卒後即美大予備校昼間部通学」という戦略を実行するにあたり、学科はどうするのかという声がありますが、学科に関しては独学で充分やっていける学力的自信を持っていますので問題ありません。中卒ということは大学進学時に高卒認定を受ける必要がありますが、試験問題を見たところそれも余裕で突破できるでしょう。


藝大に対する熱意のあまりつい長文になってしまって申し訳ないですが、ご助言いただけましたら幸いです。



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追記

もう夜も遅かったですし、この記事投稿してからすぐに寝たんですが、喉が渇いて水を飲みに今起きて何気なく増田を開き直したらこんなにも助言の声をいただけてて本当に嬉しいです…!!

明日も早いため、またすぐに寝るのですが、明日また時間ができたらまとまった時間に皆さまのご助言を読ませていただき可能であれば返信もさせていただきたいです。

本当にありがとうございます…!!

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◆再追記

ブコメにも沢山ご意見いただきありがとうございます

再び起きてしまいましたので、改めて寝る前にできるだけお返事を。

トラバとは違って、直接お返事をすることのできないブコメこちらで返信をしたいと思います

id:sangping 他人事から適当に言うけど「任天堂に入りたい」が真の目標なら、もっと直截「任天堂に」狂気をぶつけた方がいいんじゃない?まずは任天堂の人事や経営陣にアポを取って話を訊いてみるとか。犯罪にならない範囲で。

任天堂に直接狂気をぶつける」心に刺さりました。名言ですね。任天堂社員の方はSNS情報を漏らさない(Facebook上であっても自分任天堂社員であることを名乗らない)というのは聞きますが、もし任天堂社員の方と連絡が取れる機会がありましたらダメ元でダイレクトアタックしてみたいと思います。まだ何者にもなっていない有象無象坊主のために任天堂の方のお手を煩わせるのは恐縮ですが、聞けるだけのことは聞きたいなと。

id:i5s4y デザイナーです。デザイン技術テクノロジーでひっくり返されるので、そうならない基礎教養高校できちんと学んだ方が良いと思いますあなたが構想しているのは “現在の” 任天堂の入り方です。

デザイナーの方に意見を頂けて嬉しいです!数年前にGoogleAIにこの世の終末みたいな絵画を描かせたり、はたまたpixivでは綺麗な自動彩色サイト流行ったりと、デザインクリエイティブの分野でもひしひしとテクノロジーによる作画技術代替が起こっている波を確かに感じますね。高校で学べる範囲のことでテクノロジーに抗する、あるいは利用する教養を得られるとしたら数学英語でしょうか。それらは情報デザインの分野とも結び付きますし、一考させて頂きたいですね。また恥ずかしながら、私は浅学ゆえに "未来の" 任天堂の入り方は分かりません。ただ愚直に、"現在の" 任天堂の入り方に固執し我武者羅に頑張るしかないところは恥じ入るところです。ですが、今後成長していく中で "未来につながる" 構想が獲得できましたら、より合理的方針を転換して戦っていきたいです。

id:tsubo1 このブコメを書こうとして、書いては消し、書いては消しして10分経った。私はあなた若さが持つデタラメな焦りが羨ましいよ。あなたの書いていることは隅から隅まで全くの見当違いだが、その情熱はいいと思う。

ありがとうございます。不覚にも、ウルッときました。私のこの殴り書きのような粗削りの計画書に何かを感じ取っていただきブコメを書くのに多少なりともの時間を掛けていただいたということに対して、私の方も沁み入るものがありますブコメトラバ確認しますと、やはりこの計画が如何に無謀で見当違いかを思い知らされますが、情熱評価していただけた点に深く感謝します。

id:migurin 職種は違うがデザイナー歴約15年です。応援します。ただ、技術はいつかアドバンテージではなくなります自分自身を磨くことを忘れないこと。入社目的にせず、人を豊かにすることを目的にすることを勧めます

デザイナー歴15年という、ベテランの方にもご意見を頂けて嬉しいです!応援頂き誠にありがとうございます技術アドバンテージに限りがあり、それに抗するため自分磨きを続けるという事、ご指摘いただきありがとうございます。深層意識に刻み込みます。私も、任天堂に入れたら、そこで世界の人々の感情を豊かにするゲーム作りに携わりたいと願っております

id:MiG 技術を伸ばす「だけ」ならいいかも。でも遊びを作るのに遊び(も含めたいろいろ)の経験がないのは就職活動〜その後の職業人生で逆に不利になることが多いように思う。当方ゲーム会社勤務10年超デザイナーヨリ。

ゲーム会社勤務歴10年のデザイナーの方からもご意見を頂けて大変嬉しいです!美術受験ガリ勉になるのではなく、様々な遊びが必要であるということ、良く分かります。今の計画白紙に戻し高校へ行くというのはまだ抵抗がありますが、少なくとも確定している未来として藝大(あるいは万が一失敗したら武蔵美多摩美)に入ってからはうんと遊びたいですね。芸術に関することだけでなく、都内で、そして海外で、様々な遊びを経験し糧としたいと思います

id:manganzenseki 任天堂デザイナーになった知人が何名かいるけど、みんな私大しかファインアート出身。あと受験漬けの美術ガリ勉よりも教養あったりスポーツなどに秀でた人の方がするっと受かるよ。広く感性も磨くべし。

任天堂デザイナーになったという貴重な知人の方の例を紹介いただきありがとうございます私大武蔵美多摩美から任天堂への内定を出していることは存じ上げていましたが、しかしその採用率となると藝大有利だろうという思い込みがありました。しかし知人の方の全員が私大出身であるということで、必ずしも藝大に固執する必要が無いということを気付かされたのは大きいですね。いずれにせよ藝大の魔に魅入られた私は藝大を目指しますが、万が一受験に失敗した場合私大受験に切り替える柔軟さも持ちたいと思います教養に関しては、藝大同期にゼルダ青沼さんがいらしたトラバの方の投稿を読んで重要性を改めて認識しましたね。ありがとうございました!

id:kash06 桁外れに難しい目標であるから、極限まで自分を伸ばす方法を……その覚悟は凄まじい。今の増田には考えづらい事だが、そのルートに乗れなかった時の為の保険を考えられる人が、うまく助言できる事も加えて願う

藝大の倍率はかつては東大10倍以上にも及び、過酷すぎる競争になるのは火を見るより明らかでしたので、その対策の最善を考えていった結果の産物でしたね……。目指すルートに乗れなかった時の保険(藝大失敗→武蔵美多摩美 任天堂失敗→他の有力ゲームメーカー)は既に決めてあるので、あとは私に最終的に損切りする覚悟があるか……ということでしょうね。ありがとうございます


皆様、ご助言いただきありがとうございました!

いただいたトラバブコメは全て拝読してます。本当に参考になりました。

この記事投稿した時はチラホラとした反応がある程度を想像してたので、全てのトラバなりブコメにお返事できると思っていたのですが、予想外に反応いただけたため全てのトラバブコメに返信することは難しく、せっかく貴重な意見をいただいたのに申し訳ありません…!

改めて申し上げますが、いただいたコメントは全て拝読してますので、皆様のご回答全てが私にとって等しく参考になっています

これまでのご回答を基に、より建設的に進路の軌道修正等を図っていきたいと考えています

本当にありがとうございました

2019-09-12

美大生だけどデザイナー以外の職に就きたい

私は工芸系のデザインを専攻している美大生です。高校生の頃にクリエイティブ業界に憧れを抱き、現在通っている美大に入って、もう3年生なのですが、デザイナー以外の職に就きたいと感じるようになりました。

特定を防ぐために工芸系のデザインと書いてますが、要はグラフィックメディアプロダクトなど比較需要があり潰しが利く科と違い、工芸アート寄りで専門的、業界も限られる科だと思ってもらえれば。あと、大学ムサビ多摩美のような難関美大ではありません。中堅どころです。

元々、勉強が苦手だから、そんなことよりもクリエイティブ仕事がしたいという漠然とした理由美大を目指したため、絵が特別好きなわけではありません。というより、作品製作作業が割と苦痛で、これを仕事にするべきなのかと考えてしまます

自分らしく好きなことで生きる」

当時は夢のように思っていた生き方ですが、今となっては、潰しの効かない選択肢をしてしまったと感じています

とはいえ、だからといって美大をやめるほどに嫌いなわけではなく、美術デザイン自体はわりと好きな方です。

大学キャリア支援の方は私の「総合職として働きたい」という希望に対して否定せずにアドバイス等してくださり、実際に私もインターンSPI対策に着手したところです。

ところがこのことをゼミ教授お話ししたところ、「人生、なぜかやりたくない仕事についていたりすることもある」「まじめに考えすぎなんじゃないかな?作業が好きじゃないからといってデザイン系以外を志望するのはもったいないよ」と言ったご意見いただきました。

このことを友達に話したら、「ゼミ先生あなたの考えの甘さを指摘したくて、でもそれをオブラートめっちゃ包んで優しく言い換えたんじゃない?」と言われました。ハッとしました。

私は高校生の時に、あたか自分探しをするかのごとく甘い考えで美大を目指し、実際に入学しました。またここで「やっぱり私の居場所デザインじゃないかも」と考えを変えて畑違いの進路を希望するのでは高校生の時と同じな気がしたからです。

しかし、デザインに誠実に関われない私がここで踏ん張ってデザイン業界のみをまっすぐに志望し、今の分野をもっと愛せるようになるべきなのか、それとも思い切って総合職視野に入れていいのか正直わかりません。

私はどうしたらいいのでしょうか。

2019-05-29

今朝のニュースで、「麻生(あさお)区多摩美岩崎隆一容疑者...」って言うのを嫁が聞いて、

「あさお区って言ってない?あそう区じゃないの?」と言われたので、

「あっそう、あそう区じゃねーんだ」と言ってしまった。

調べてみたら川崎市のは、あさお区と読むらしい。

2019-03-07

anond:20190307170344

だってデザイナーっていったらその佐藤可士和よろしくコネ重視業界じゃん。

俺もデザイナーさんと仕事することあるからお前の言ってることはわかるけど、人間、華やかな部分しか見えないよ。

Youtuberが楽して稼いでいる人間と思われているように。

 

一般デザイナーはそうじゃねー!って思わせる何かがない。

デザイナーさんと勉強会であうとまず、謎の上から目線で「紹介してあげる」と人周りさせられるし、多摩美とか武蔵美とか行ってたやつはそういうヤツ多いなって印象だからもっと一般デザイナーが世に出てきてくれ。

anond:20190307170344

多摩美を出て博報堂に入った人が錯視の調整も知らないわけないでしょ。

2018-02-19

早慶よりも狙い目!?IAMASボーイを彼氏にすべき理由

から不動の人気を博している「慶應ボーイ」と「ワセ男」。確かに良い男は多いけど、他の大学男の子はどうなの!?

実は今狙い目なのが岐阜情報科学芸術大学院大学男の子通称IAMASボーイ」。モテモテ慶應ボーイより、ガッツあるワセ男より、IAMASボーイを彼氏にする理由をご紹介します。

その1、普通じゃない人が多い

偏差値はよくわからないし、低くはない。凄いお金持ちもいるし、奨学金で生きてる極端な貧乏も。専門的な理工学知識を持っていて、その分野で一流の専門的な会話ができる男の子が多いのです。「専門家が一番」と言う言葉をよく耳にしますが、「一流」にすることは実は大変な事なのかも。

その2、挫折経験している

IAMAS生は5割が多摩美武蔵美を落ちた人たち。受験勉強では所謂挫折”を経験しているのです。挫折経験せずに全て完璧で何の苦労もなかった男の子は、自分が辛かったり挫折した時に気持ちを分かってくれません。IAMASボーイならその気持ちが痛いほどわかるはず。

その3、友達の幅が広い

IAMASボーイは母校がいっぱいあるので、他大の人とも分け隔てなく仲良くする事ができるのです。また、大学院入学する前に学部から上がってくるばかりでなく、高専から入学する人、一流企業をやめてくる人、大学院渡り歩く人等様々な人種がいるため、色々な人種友達と繋がっているのです。

その4、少しの事ではへこたれない

普通人生」という大きな壁に敗れたIAMASボーイ。それでも岐阜情報科学芸術大学院大学という知名度のない大学院入学したのだから、少しの事ではへこたれないハングリー精神の持ち主なのです。

その5、コンプレックスがあるが、それを素直に認められる

人生を踏み外した仲間が10割もいるが故、その“コンプレックス”が、“コンプレックス”にならずにもはや“合言葉”になるのだ。そして恥ずかしげもなくそれを他人に言う事ができる。嫌みっぽくないので聞いているこちらも清々しく、応援したくなるのです。

その6、女の競争率が激しくない

IAMAS理系大学院のみの大学、だから女子が少ないのです。女子より留学生の方が多いくらい。そう、IAMASボーイは女子からの熱い視線から反れたところで生息しているのです。だからこそ良い男の子ゴロゴロ余っているのです。

おわりに

いかがでしたか?今まであまり見向きもしなかったIAMASボーイに、目を向けてみてはいかが?

2017-11-18

森次慶子は「性格は悪いが "天才的に絵が上手"」なのか?

下手糞プロ絵師です。

以下を読んだので意見を述べたい

https://togetter.com/li/1172284

https://togetter.com/li/1172310

私はアニメーターではないが商業イラストレーターだ。

この記事を書く目的クリエイターに関する理解を深めて欲しいかである

件に関しては二つの意見に集約されると思う

①発議者は業界賃金問題の話なのに「お前は下手、私は上手い」とクソリプとばしている森次は論旨を理解してない

しかし森次の絵は実際上手い。ポケモンメインキャラクターデザインしているようだ。絵描きとしては天才だけど性格が壊滅的に悪い人なのだろう

①については特に異論はない。しかし②について、つまり森次氏の実力については意見を挟ませて欲しい。

私の結論として森次氏の表面的な作画能力天才的なレベルはいえず、業界基準でいうなら凡庸程度。過去仕事をいくつか検索させてもらったがカードイラストに関しては良くて「まあまあ」、絵画作品は「少し下手」という評価をしている。絵が上手いか、下手か、という話は抽象的な議論に聞こえるが、プロ作家編集からみると顕著に評価がわかれる。もちろん理由セットで。プログラミングが分からない人に “Hello World” を表示させるコードを見せたら、さも難解なことをしているのだと思われるのと同じことだと思う。要するに無理解から来る尊敬だ。

以下、発言プロフィールなどへの突っ込み

エビの絵は「模写」である

特に話題になってたのが高校生の時に描いたというエビの絵だ。10代でここまで描けるなんて天才だろうという意見が多く出ていた。これは本人も言っているが模写である。「模写だったとしてもすごい」という人もいるかもしれないが、美大受験レベル高校生であればざらにいるレベルである。上位20-30%には入っているかもしれない。ただ模写はやってみるとわかるが想像以上に上手にかけるので、あの絵を正しく評価するには現物をみるしかない。多摩美芸大油絵科の学生に、この絵を見せても「天才」と思う人はおろか「なんで学生時代課題を公の場に晒しちゃったのかな…^^;」という反応が来ると予想する。ただ素人目にみるとすごく見えちゃうので、そこを堂々と出してくるのが逆にすごいというか、まともな神経なら恥ずかしくてできないんだけど。

ポケモンのNは多人数でデザインされている

これはゲーフリの開発体制を知らないか想像しかないのだけど、恐らく一人のスタッフキャラクターデザインピンからキリまでやらされることはないし、何を持ってして「デザイン」と呼ぶかにもよる。大げさにいうなら「髪は緑」というコメントを出してそれが採用されるだけでも「デザインをした」という実績といえる。さすがにそのレベルの実績をプロフィールに書かないだろ!と思いもしたがエビの件をみるとあり得るのではと勘ぐってしまう。

美術予備校飛び級

気になった言葉なのでプロフィールから抜粋した。そもそも予備校飛び級意味がわからないが、言い方の問題で、浪人生クラスに混じって高校の頃から授業を受けていた、ということなのではないか。これは本人が希望して時間の折り合いがつけば普通にできる。私も美大浪人したがクラスに1〜2人は高校生がいた。

森次氏自身アニメ制作に携わってた

自分アニメーションに関わってるから適当発言しているんじゃないよ?」アピールが入っている。映像仕事アニメ3DCG技能ツールも全く異なる。自分仕事領域を明確にしてないので色々謎。発議者は「自分仕事動画」だと明言しているのでこの話はフェアじゃない。この件がどうだかわからないが、大して重要ポジションコミットしているわけでもないのに「私は〇〇の仕事をした!(実際にはデバッグをやっただけ)」というクリエイターは珍しくない。

細かく突っ込むと他もいくつかあるがとりあえずはこんな感じでしょうか。なにか質問あれば追記します。

普通美大ゲーム会社で育つとまわりに上手い人いっぱいいるので「いや〜私なんてまだまだですよ…」となるのだが。本当にものっっっそい上手な人でも謙遜するくらい化け物クリエイターばかりの世界なのだが。彼女場合、そういうのをみじんも感じないので素で自分の実力がわかってないのかもしれないし、そういうロールなのかもしれない。しかし周りもその自信に怖じ気づいて「天才なんだな」って同調しているのがわりとつらい。

twitterを見ていると美少女イラストに対してのリテラシー可愛いor可愛くない)はとても高くて私も嬉しいのだけど、少しジャンルはずれると(特にリアル描写系)「よくわからないけどすごい」のような評価になってしまうのが少し残念に感じる。あと森次氏の比較対象としてあきまん氏が挙げられてたけどあきまん氏の方が性格の悪さも技術力も万倍は上だろう。それくらい差がある。

2017-01-09

写真家には高学歴が多くなってきた。

今、写真勉強をしているが、写真家と呼ばれる人達高学歴になってきたので学がない自分にとっては非常に辛い時代になってきた。

写真家と呼ばれる職業人達が意外と高学歴が多い。ここでいう写真家とはプロカメラマンと呼ばれるような職種人達ではない。

今でこそコンセプチュアルアーティストとも芸術家とも呼べるような写真家達だ。

以前は東京写真専門学校ビジュアル系専門学校卒やどこかのカメラマンのアシから写真技術を駆使しながらも作品を完成し、コンテストに応募し

優秀の美を飾るようなことがステータスだったが、ここ最近写真作品はどれも現代アートのようにコンセプト重視となってきたため、写真技術だけ

ではなく写真言葉ステートメントポートフォリオの見せ方、プレゼンが重視になってきたように思える。

ちなみに写真家大学を、一部挙げておくと。

畠山直哉筑波

荒木経惟千葉大

岩合光昭法政大学

鬼海弘雄法政大学

杉本博司立教大学

鷹野隆大早稲田大

大山千賀子ー学習院

港 千尋ー早稲田大

赤鹿 麻耶関西大学

奥山由之ー慶応義塾

木藤公紀ー東北大学

・・

そのほかにも最近写真受賞をしている方を見るとコンセプトがしっかりしておりとても哲学的視点面白い

プレゼンスタイル高学歴だと簡単だし、コンセプト文章を作るのも簡単なのだろう。

勿論、これだけではないので東京芸大であったり、京都市芸大、その他の多摩美日大武蔵美、大芸大なども

多くいるが、それらの人は芸大できっちりと教育を受けてきた人達ばかりだ。他にも海外写真を学んできている人もいるだろう。

写真ポートフォリオレビューでもフランス人アメリカ人ポートフォリオレビュアーが増えてきており、一通りに

まずは英語が最低でもできていないと自分写真意図が通じない。自分はF欄大卒であるが故に英会話はおろか人のステートメントさえ理解できない、

書けない、プレゼンすらできる能力もない。はっきり言う「バカ」だ。

「明るい部屋」や「写真論」を読んでもプンクトゥム理解できず3行で寝てしまうという始末。

元々、コンセプト写真海外写真家が活発に制作してきたものではあるものの、写真技術センスはなんとかなるが、頭を使って文章を組み立てる

となると元々の良さがあるから努力できない。

特に最近写真家と名乗る人が少なくなってきており、写真芸術とみなし、芸術家自称する人も多いので写真家と呼ばれる人も少なくなってきたように

思えるし、InstagramSNSの発達で従来の写真表現の在り方も日々変化しつつある。それらにもうついていけない。

写真集は集めてみるものの、どの写真が良いのかわからない。自分が良いと思った写真は周囲からは「そんな写真家写真集が良いの?」

揶揄される始末。マイナーホワイトピーター・ウィトキンなどの写真には特に強く惹かれるが未だに「どこが良いの、そんな写真が。」と言われる。

マイナーホワイトが良いと言ってる時点で写真を見る目やセンスすらないのかもしれない。

逆に赤鹿さんや奥山さんの「BACON ICE CREAM」の良さが理解できないと言うと攻撃される。

今後は写真芸術勉強するなんて高学歴じゃないとだめなんだ・・今、気づいた、ああ・・どうしよう。バカなんだな・・。

2016-11-07

ホットエントリされてる炎上

神宮外苑イベント多摩美の話だけど、なんでこんなことになってしまうのか…

全て起こってしまったことはしょうがないと言ってしまえば酷い言い方だけど、叩いてる人はどんな気持ちなんだろう…

みんな顔の見えない赤の他人には強気だよね(´・ω・`)

前者の事故はすごく痛ましいけど、その件で叩いてる人たちのことも見てられなくて2倍痛ましい

みんな、余裕持とうよ…?

2015-12-28

多摩美出身画家マストワンさんが無知キモオタパにクリだなんだって叩かれてるけど、オリンピックのことといいまたしても日本人アート理解できないという証拠が出来てしまったなあ。

2015-11-24

表現の自由はい

この期に及んで、しばき隊関連の人を講師に呼んで講義をさせる多摩美って凄いなぁ…

2015-11-19

多摩美芸祭 エンブレムネタクオリティが高いと評判

例の佐野研二郎エンブレム問題について。大分沈静化したな。

ちょっと前に多摩美芸術祭があったらしいが、エンブレムネタにしているのは多かったんじゃないだろうか。

多摩美芸祭 クオリティが高いと評判、エンブレムネタ登場」

こんなタイトル記事があった。

それで、以前ツイートが回ってきていたのを思い出して探してみたら、

その記事に載っている展示の、アーカイブサイトらしきもの発見

http://www.idd.tamabi.ac.jp/o47059/Tokyo/

本当にクオリティが高い!

"鑑賞者各々に社会デザインのあらゆる文脈が絡まったこの問題について思考を促す展示である。"

というコンセプト文が載っているが、確かにこう並べられると考えさせられるものである

実際このエンブレムには問題なかったと思っているが、こう実際に使われてみてもやはり考えは変わらない。

しろ熱くなって叩いていた文言が恥ずかしく見えてきた。

学生がやったのなら、中々興味深い。それだけこの問題が影響あったってことなんだろう。

美大生っていうのは勇気があるなと個人的には思った。名前も出しているし。

実際のところ持ち上げている展示ではない様子だし、俯瞰する、という点に特化した展示で、

考えさせるというテーマに対して理にかなっている内容に見える。

鎮静したタイミングからこそ、再度考えさせるもの大事なんだなと思った。

すごいよ。多摩美!!!

2015-11-18

佐野研二郎の後輩による晒し

多摩美芸術祭での記録だそう。名前も書いてある。

http://www.idd.tamabi.ac.jp/o47059/Tokyo/

晒しかと思ったけど、真面目だなぁ〜

大学側も当人も、これぐらい堂々としていれば実はあんなに盛り上がらなかったんじゃないか?

2015-10-10

美大生の強さ

さてさて、みなさんの頭の中からエンブレム話題が一切消えたころでしょうか、

私の中でデザイナの強さと弱さを感じましたので、ここにいる美大生にひとこと。(いるかな?笑)

パクリ、と言われますが私はパクリでないと確信しています

みなさん、美大受験の内容をご存知でしょうか、

佐野さんの出身である多摩美では「野菜と両手」などという課題が出されます

もちろん手は皆さん持ち合わせていますから、手を見て描きますしかし、野菜イメージで描かなければいけないのです。

私は美大生でもないですが、美大生の過去問を見る機会があり、とても驚きました。

美術を学んできた人は、野菜を見ずに野菜を、缶を水に缶を詳細に描けるのです。

美大はあまり勉学は重視されず、のいわゆる一般受験は私からみるととても簡単です(最近は一概には言えませんが)。

しかし、美大生は形に関する信じられないくらいの知識を身体に染み付かせているのです。

彼、彼女たちに手で描かせると、無意識の内に最善のカタチを手から出してくるのです。

でも、何故こういう形にしたのと尋ねると、曖昧な答えしか返ってきません。

身体の中に確実に正解を見いだして、目の前に形に出来ているのに、言葉にするのが少し苦手な印象があります

これは、とてももったいない。身体に無意識に貯えた知識というのは、体調、気分などに左右されます

言葉にして、いつでもその知識を引き出せる準備をしておくべきです。

さて、長くなりましたが、佐野さんの話です。

佐野さんももちろん美大出身で、身体に貯えた形に関する知識はものすごいことでしょう、

しかし、佐野さんも同じような問題を抱えているように思います

言葉にする能力に興味がないのです、これはMr,desinのメディアに対する対応時に確信しました。

彼の事務所メディアに発信するプレスリリス画像という形で掲載していました。

しかも、フォントA1明朝というデザイナーにとても人気のある書体です。

誰もが扱い易い情報にしなくてはいけないプレスリリスでさえ、彼はカタチ(見え方)にこだわったのです。

ここまでやる、カタチへのプロ意識尊敬すべきことろがあります

しかし、相手はカタチへのこだわりがない人であるのですから、皆が共有しやすいカタチにするべきでした。

エンブレムの件もそうです、彼は自分の身体の中にあるカタチを最大限に引き出して、作成したのでしょう、

私はパクリだとは思いません、まるで別物だとも思います

しかし、似ているとは思うのです。カタチにこだわりがない人に対して配慮して、似ているということを認めてから

でも、私の考えは、こうであるという詳細な言葉にして世に出すべきでした。

それができないのであれば、彼らの知識の塊である、その作品に至までの過程をすべて出すべきでした。

美大生には、自分の身体に貯えた知識を言葉にする意識をしてほしいと、切に願います

彼、彼女たちの能力は世の中をよくします。それは自分たちの周りを見渡すとわかると思います

しかし、世間と少し隔たりがあるように感じるのは、言葉にする能力にあまり興味を示さなからです。

苦労自慢、俺はこれだけ頑張ってデッサン力を手に入れたのだ、という文章ではありません。

何故貴方無意識にこのカタチを選んだのか、貴方経験の中で何故このデザインにしたのか、

ということを言葉にしてください。

2015-09-07

五輪エンブレムをめぐるホッテントリについて

深津貴之 氏の見解が多くのブクマを集めている。

   http://bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/

   http://b.hatena.ne.jp/entry/bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/

 

実はこれは、「劇場ロゴパクリではない」と言っているだけだ。上手にていねいに解説しているが、話の趣旨のもの組織委の見解と同じだ。その点は、増田が指摘したとおり。

 似ているとか似ていないとか最初に言い出したのは誰なのかしら

 

しかしながら、組織委の見解はピントがずれているし、その意味では、深津貴之 氏の見解もピントがずれている。そのことを解説しよう。

 

 1.劇場ロゴパクリは争点ではない

劇場ロゴパクリはもともと争点となっていない。これを話題にしたのは一部の人だけ(もしくは初期だけ)だ。

 

では、何が話題になったか? 次の二つだ。

  (1) 劇場ロゴとの類似性

  (2) 他の画像パクリ(盗用)

 

前者は、著作権問題だ。これは、パクったかどうかに関係なく、単に似ているということで、著作権上の問題が生じる。このことは、劇場側の弁護士が主張したことだ。

後者は、サントリーのバッグや、五輪の展開例や、多摩美ポスターなどで、画像の盗用があったことだ。これを「パクリ」と指摘した。

要するに、「劇場ロゴとの類似性」もあったし、「パクリ」もあったのだが、「劇場ロゴパクリ」は、もともと争点になっていないのだ。

その意味で、深津貴之 氏の見解のもの意味を持たない。ありもしない仮想敵攻撃しているだけだ。藁人形論法であるにすぎない。

劇場ロゴパクリ」というものを、彼がいくら否定しようが、それは、ありもしない怪物攻撃するドン・キホーテと同様であり、もともと存在していない対象否定しているだけにすぎない。

 

 2.チヒョルト展のパクリ

劇場ロゴパクリ」はなくとも、チヒョルト展のパクリはあったと認定できる。なぜなら原案では、右下に余計な赤丸があったからだ。

このような赤丸は、文字とは無関係の装飾要素であり、まったく不要ものだ。実際、他の文字では、このような余分な要素はない。

  http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/b/bunbuntokuhoh/20150828/20150828225213.jpg

なのに、T という文字でだけ、余分な赤丸の要素が追加されている。この文字だけにある特異な現象だ。

このことからしても、これがチヒョルト展のパクリであることは明白だろう。

(仮にパクリでなければ、赤丸は中央上または中央下にあるはずだ。それが佐野デザインの9分割のポリシーからだ。)

 

さらに、状況証拠もある。「そんなことは覚えていない」と弁解したことだ。素人じゃあるまいし、プロならば、これほどのデザインをあっさり忘れるはずがない。

とすれば、「覚えていない」と言った時点で、嘘をついている。あるいは、ジョブズ並みの「現実歪曲空間」に入っていることになる。そのいずれだとしても、パクリはあったことになる。(ただし本人が正直に申告していないだけだ。)

 

 3.専門家に任せるか?

深津貴之 氏の見解の主要な点は、「専門家に任せるべきだ」ということだ。

1. 大衆によるデザイン判断は、デザインの一側面しかジャッジできない。

2. 多面的ジャッジするためには、専門家への信任が必要

 

しかしながら、今回の最終案を決めたのは、専門家である審査員ではなく、素人である武藤事務総長だった。

   http://www.yomiuri.co.jp/national/20150904-OYT1T50016.html

ゆえに、「(決定を)専門家に任せるべきだ」という主張は成立しない。現実には専門家には任せられず、素人勝手に決めてしまたからだ。(そして佐野最終案に決まった。)

 

また、今回の主要な争点は、デザインの良し悪し(デザインジャッジ)ではなくて、五輪エンブレムとして採用するか否かだった。

デザイン的に良し悪しを判断する(ジャッジする)のならば、専門家が決めてもいいだろう。しかし人々が批判したのは、デザインの良し悪しではなくて、五輪エンブレムとして採用するか否かだった。そこでは、次の諸点が問題となった。

  ・ ベルギー劇場と法的争点をかかえている。

  ・ その法的争点は、類似性の有無であって、パクリの有無ではない。

  ・ トートバッグではパクリが判明した。(彼は犯罪者だと判明した。)

  ・ さらに、続々とパクリが判明した。(彼は大犯罪者だと判明した。)

  ・ 原案と最終案がまったく違うと判明した。(組織委は嘘をついた。)

  ・ 原案では、最終案にある大きな円がなかったと判明した。

   (大きな円を選考理由とした初期の説明は嘘だったと判明した。)

  ・ 最終案を決定したのは審査員たちでなく事務総長だと判明した。

   (制度を逸脱した暴走であると判明した。非合法ふう。)

 

これらの問題が続々と判明した。このことから五輪エンブレムとして採用するには適切ではない」という民意が生じたのだ。こういう民意無視して、「専門家判断に任せよ」というのは、問題デザインの面だけに限定しており、きわめて視野が狭い。まったく、問題所在理解していないと言える。

自分の専門領域のことしか理解できない人を「専門馬鹿」と呼ぶ。

今回の問題は、「劇場ロゴをパクったかどうか」というデザイン界だけの問題ではないのだ、と理解するべきだ。そもそも、「劇場ロゴをパクったかどうか」というのは、もともと争点になっていなかったと言える。(劇場だって、そのことを争点としない旨を主張している。商標法違反ではなくて、著作権法による類似を争点とすると主張している。)

今回の問題は、上で列挙したようなさまざまな問題が絡み合っている。ここで「劇場ロゴとのパクリではない」なんていうどうでもいいことを持ち出して、「専門家の言うことを聞け」と述べるような主張は妥当ではない。むしろ専門家こそ、民衆の声を聞くべきだ。

 

最後に一つ。

深津貴之 氏はデザインのことは専門家に任せるべきだと主張する。しかし今回のエンブレムは、エンブレムデザインとしての良し悪しで決まったのではない。展開力で決まったのだ。つまり、布地の柄物のパターン出来映えのような見方によって決まったのだ。

そもそも、(原案の)丸と三角と四角というデザインは、あまりにも単純で凡庸であり、これを「美しい」「見事だ」と思うようなデザイナーはいないだろう。なのに、心の底では「くだらん」と思いながら、はっきりと口に出せない。「展開力が優れている」と言われると、「なるほど」と言って承諾するだけで、「エンブレムとしてはあまりにも凡庸な図形だ」という本音を口にできない。

自分の(デザイナーとしての)内心の声を聞くことができず、説明された「展開力」なんていう言葉を信じてしまうようでは、デザイナーたちの良心というものを信用できないのである

専門家は、民衆の声を聞くべきだ。そしてまた、自分の心の声を聞くべきだ。「あの原案はあまりにも凡庸だ」と、自分の心の声が訴えているはずだ。

 


 

 追記。

 

id:sisya 参照元エントリ全然読解できていないように見える。単に似ているだけでは盗用にならず、依拠しているかどうかが重要。もう少し元記事を読み返すことをお勧めする。

 

本項の話を全然読解できていないように思える。「(劇場ロゴと)似ているか依拠しているか」というような話題は、争点にはなっていないというのが、本項の趣旨だ。そんなことはどうでもいいから関係ない、という趣旨

 

だいたい、そんなことは、たいていの人は話題にしていない。著作権を争点にしているのは、ベルギー弁護士だけだ。日本人ほとんどは、そんなことに関心を持っていない。関心を持っているのは、id:sisya さんや id:allezvous さんぐらいだ。

 

この事件問題点は、ベルギー裁判で勝つかどうかじゃない。そんなことを話題にしている人は、ほとんどいない。(そもそも裁判が成立するかどうかもはっきりとしない。訴えの利益がないので、却下されるかもしれない。そうなったら、著作権を争点にするのは、すべて空論になる。)

 

もちろん、本項でも、著作権問題にしていない。そもそもベルギーロゴとの関係問題にしていない。(ベルギーロゴとの関係などはどうでもいい、という趣旨。)

 

id:allezvous 著作権侵害要件たる依拠性を検討できない分析なぞ意味はない。

 

依拠性によらず類似性だけで著作権法違反を問える、と主張しているのは、私ではなくて、ベルギー弁護士 http://bit.ly/1VMxON2 です。詳細は、このリンク先にある週刊新潮記事に書いてあるので、そちらを読んでください。

一般に、ロゴのような単純な図形では、依拠性というものは(証明のしようがないので)問われず、類似性けが問題となります。たとえば、ミッキーマウス著作権では、単に似ているだけで問題視されます。いくら「真似したわけじゃない」と主張しても、「似ている」だけで問題視されます

なお、本項では、著作権についての「分析」なんかしていません。著作権は本項では話題になっていません。ついでの形で、1行か2行、ちょっと引用ふうに言及しただけです。

 

id:bros_tama あの記事は“五輪エンブレムデザインで何が問題であったのか”について書かれているんです.本来どうすべきであったか,解決のためにはどうする,とかはこれを踏まえて考えなくちゃいけないんだよね,という話です

 

それはわかっているし、本項もその趣旨で書いてあります

それを前提とした上で、“五輪エンブレムデザインで何が問題であったのか”ということは、今回の騒動ではほとんど意味がないことだ、というふうに評価しています五輪エンブレムデザインなんか、あまり重要ではないんですよ。デザインじゃなくて、これを採用するかどうかが問題なんです。

端的に言えば、「パクリデザイナー作品五輪正式採用することの倫理的な是非」です。ここでは倫理的問題があるだけで、美術的な問題はありません。美術的なことをいくら論じても、今回の騒動には何の関係もない、というのが、本項の趣旨です。

本質とは関係のないことをいくら解説しても、そんなことはどうでもいいことだ、という趣旨です。


 

誤解があるかもしれないので解説しておくと、私は別に、深津貴之 氏の見解否定しているわけではない。素人向けに専門家が詳しくデザインのことを解説しよう、という努力は立派なものだと思うし、有益でもある。

ただしそれは、あくまで今回の騒動のオマケふうのエピソードとか裏話であるにすぎない。楽屋裏の話。こっそり井戸端酒場でおしゃべりするための話題

今回の騒動は、佐野デザイン五輪エンブレム正式採用するかどうか、ということだ。それは、「採用しない」という形で、一挙に解決した。これだけが問題であったからだ。

一方、劇場ロゴとの類似性とかパクリとかは、ほとんど話題になっていない。だから、こんなことはどうでもいいことだ、というふうに評価している。

深津貴之 氏の見解を(間違っているとして)否定しているのではなく、(本質とは関係ないものとして)軽視しているだけだ。勘違いしないでほしい。

 


 

その後、状況が少し変化したようです。次の質問に答えようとして、気づきました。

 

id:Eizo0000 何と戦ってるんだ。

 

この問題専門家(つまりデザイナー)に委ねるべきで、大衆がこの問題に口出しするべきではない、という発想を問題視しています。そのことは、本文中で引用した箇所で、下記のことです。

1. 大衆によるデザイン判断は、デザインの一側面しかジャッジできない。

2. 多面的ジャッジするためには、専門家への信任が必要

 

しかしながら、この箇所は、今では次のように書き直されました。

1. 大衆によるデザイン判断は、外見やキャッチーさに集約されていまう。デザインの一側面しかジャッジできない。

2. 多面的ジャッジするためには、デザイナや弁護士など専門家への信任が必要

 

深津貴之 氏が、元の文章を書き改めたので、本項において問題視したことは、かなり色褪せてきたとも言えます

大衆デザインには無知なんだから口出しするな」というような方針が、少しは改まったのだとすれば、本項は一定役割があったと言えるでしょう。

 

  ※ 「集約されていまう」というタイポは、原文のままです。

    引用部分はコピペしました。

 

id:honma200 結論とかまとめを書かないから散らかりすぎてて良く分からん

 

まとめ:

この問題本質は、最終案が劇場ロゴパクリであるかどうかではなくて、考案者があちこちで画像の盗用をしたという問題である。つまりデザイン問題ではなく、法律違反をした作者のデザイン五輪採用するかどうかというという倫理面の問題である。したがって、この問題デザイン専門家に任せておけば済むというわけには行かない。「デザイン専門家に任せよ」という主張は、今回の問題本質からは外れている。

 

  

似ているとか似ていないとか最初に言い出したのは誰なのかしら

深津さんのエントリhttp://bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/)は、基本的には佐野氏と委員会の説明をなぞったもので、デザイナーでなくても彼らの説明で「なるほど劇場ロゴのパクりではないのか」と納得した人は少なくないと思っていたので、この内容に対して「なるほどわかりやすい!」と関心している人が多いことに逆に驚いている。

これを読んでも納得いかない人がいるのは、おそらくデザイナーが「似ていない」という言葉を使って反論しているところに理由があるのではないか。万人に納得してもらう説明としては、「似ているが、パクリではない」が正しい。

あのエントリでも書かれているとおり、デザインは装飾ではなく最適解を求める設計なので、限られたパターンであれば結果が似てくることは珍しくない。

ゆえに、色々やった結果が「似てしまう」ことも「悪」とはされないが、同じ見た目のものが氾濫すると混乱を招く(それこそ社会におけるデザイン目的と反する)ので、商標などのルールによってお互いの利益を損なわない形で解決しましょう、というのが現代社会におけるお約束になっている。

からこそ、海賊版など意図的にこのルールを侵し、混乱させ、利益を得ようとする「パクリ行為「悪」なのだ

委員会が「法的には問題がない」と判断したのも、上記のルールにのっとってリェージュ劇場ロゴ商標登録されていなかったことから、「似ている」が「違法ではない」という当然の結論である事実佐野氏の初期案は「似ている」商標があったので修正を行ったと説明されているので、もしリエージュ劇場ロゴ商標登録されていたら、(撤回はされたが)現在エンブレムも「似ている」ことを理由委員会からNGとされていただろう。

当初、デザイナーがこぞって「パクリではない」と佐野氏を擁護した理由は、そういうことだ。エンブレム最終案があのデザインになった課程について、十分納得のいく説明はなされているし、最初から擁護していた人達はそのデザインの良し悪しは別として、コンセプトも含めてなんとなくでも理解していたはずだ。

その上で、なお疑義が残るとすれば、意匠=見た目の問題において「初期案を作るときに“T”の右下に●を置くアイデアチヒョルトからいただいちゃったんじゃないの?」という点だろうか。「9分割のモジュールアルファベット表現する」というアイデアは、言ってしまえばそれほどオリジナリティが高いものではないが、「鼓動のパワー」を表現するという「●」が「T」の右下にあるのはこのエンブレムオリジナリティの一つだといえよう。それが佐野氏が過去に見た展覧会のメインビジュアルに由来するのでは? という疑問が生じたわけだ。だからデザイナー矜持として、原案チヒョルト展のポスター類似の話が出たタイミングで、当初は佐野擁護だったデザイナーの中から批判に転じる人が出たというのも、おかしな話ではない。「(身内として)擁護しきれなくなった」のではなく「初期案のコンセプトの正統性に疑問を感じた」のだ。だが、これも「疑惑」にすぎず剽窃の「事実」は認められていないので、真実は闇の中である

個人的には、佐野氏のエンブレム以外の仕事を見ても、面白いものはあるが独創性に欠けるという感想を抱かざるを得ない。日本広告エンターテイメント世界においてよく見かける、海外で売れているが日本にはまだ入ってきていないものを「いただいちゃう」ようなやり方にどっぷり浸かりすぎてるんじゃないの? と思わないでもない。

もちろん、サンプリング本歌取りという手法クリエイティブを発展させることは確かだし、オマージュパロディによって発揮される作家性は存在するので、そういった行為否定するものではない。だが、それらの手法は「コンテクスト文脈)」に乗った上で初めて効果があるものであるサントリートートバックのイラストの件などはコンテクストも何もなく「いただいちゃった」案件のもので、悪質である。(パンの写真メガネ写真を無断で素材使用したのはまた別の問題だ。)佐野氏の事務所クリエイティブに、こういった姿勢垣間見えることで、オリンピックという大舞台デザインワークを担うのにふさわしいデザイナーであるかどうかを問われてしまうのは仕方がないことだろう。

はいえ、現在の「パクリ批判」のあり方は、その内容や手法において明らかに間違っている。

ここで長々と述べてきたことようなことを理解しているのかいないのか、本質とずれた批判センセーショナルに書きたて、多摩美など佐野氏が関わっている所なら話題性があるとばかりに火をつけて回るnetgeekやまとめサイトの在り様と、それに扇動されるネット民リテラシーのほうが、パクリ疑惑以上に深刻な問題なのではないだろうか。

NETGEEKはジャーナリスト津田大介さんも認める信頼と実績のメディア

おちんぴっく、もといオリンピックエンブレム騒動でネット世論()を煽って美味しくアクセスをいただいている糞バイラルメディアのNETGEEK。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という国民性を利用してもうひと稼ぎとばかりに、保守速報痛いニュースなど憂国の士()連合徒党を組んで多摩美卒業制作やらグッドデザイン賞放火してまわり、下級国民()の皆様がアクセスして溜飲を下げる度に広告費がチャリチャリンで美味しいですぅ~(^q^)♪と、右手ワイングラス左手バカを転がしてウハウハするも、情強の皆様からパクリではなくオマージュ」「グッドデザイン賞はそういう賞だ」との指摘がなされて形勢不利と見るや、知ったかぶりがバレた男子中学生のように「そういう意見もあるね」と「ネット賛否両論」みたいな見出しをつけて記事化して海底のサンゴ自分でイニシャル刻み込んで記事にしちゃった朝日新聞ビックリ捏造開き直りを絶賛展開中!!(イマココ)

ところでNETGEEKのサイト紹介「NETGEEKについて」を読むと、「著名人もNETGEEKを読んでいます!」という体でネット有名人()の皆様がいかにNETGEEKを支持しているかツイート引用()する形で記載されていて、いうなれば書籍の帯に「○○さんもお勧め!」みたいな感じでお墨付きを与えているわけですが、twitterでは今回の炎上に対していろいろ含む感じの発言をされているジャーナリスト津田大介氏(41)も永遠スーパー中学生Tehu君やはちまこと清水鉄平などそうそうたる顔ぶれとともに「NETGEEKまたスクープだな!」という絶賛ツイートが大・掲・載されていて信頼と実績の糞サイト太鼓判を押しちゃうの? 押しちゃってるの? みたいになってるんですけれど、こちらジャーナリスト津田氏におかれましてはご納得の上で掲載されていらっしゃるんですかね?

いやまあツイート引用されてるだけですしね、ちょっとtwitterガイドライン違反する形で画像掲載されてるけど大した問題じゃないからいいよね? みたいな感じなんですかね。もしくは過去に「これからバイラルメディアだ!」みたいなTOSHINAO SASAKI的な熱に浮かされて(TABILABOも海外メディア記事をパクってる!とNETGEEKに糾弾されてたのがお笑いだけどネ!)、ついうっかり褒めて称えて持ち上げちゃったけど、昔の話だから仕方がないと思っているのかな?

いやーさすが津田さん懐が広い!!

NETGEEKみたいな糞捏造炎上サイトお墨付きを与えているかのような形で自分ツイートを使われても文句の一つも言わないなんて!! そんじょそこらアナルの小さいネット民にはできないことをやってのける! そこに痺れる、憧れるゥ!!

それとも本当にNETGEEKを支持してるの? 実は裏でネットジャーナリスト仲間としてつながっていて相関図とか書けちゃったりするの? 元ネトランアングラ情報を書いていたライターとして「新しいメディア()のカタチ」だからとかシンパシー感じちゃってたりするの?

気になって夜も眠れません!

2015-09-06

パクリが、デザイナー仕事ではありません。,

魚拓用。1時間後に消す

http://www.amazon.co.jp/review/R33VQYXB3J6P7P/ref=cm_cr_rdp_perm?ie=UTF8&ASIN=4838725833

ネットで叩かれているようですが、事態はもっと深刻だとおもいます

何より、「グラフィックデザイン」という仕事自体への信頼を落とした罪は、とてつもなく大きいと思います

擁護していた人間が、信じられない。「仕事」あってのデザイナーです。「彼はいい人」?ふざけるな、です。

真の人柄とは、「デザイン仕事」にこそ、出るものなはず、です。

全てのデザイナーが、こんなパクリ、というか、「雑な仕事」をしているわけではありません。

精一杯、ギリギリの低予算と日夜の仕事の上にちょびっとだけ花が咲くような「地味」な仕事です。

この「パクリ」は、むしろ佐野研二郎」さん、「森本千絵」さん、「長嶋りかこ」さんら、

大手代理店の実質・専属デザイナーからこそ、必然的に起こりえました。(まだまだ他にもいますよ)

一連のパクリは、「氷山の一角」に過ぎないのです。

 彼等は、零細のフリーランスや個人のデザイナーと違って、大手広告代理店電通博報堂とのパイプがあるため、黙ってても、とんでもない「大きな仕事」が降ってきますサントリー資生堂TOYOTAHONDA…そんな大企業デンパクにしかできませんからね。

 それをチャチャっと、イメージソースを見つけ出し、Macでコピー&ペースト。下っ端のほぼアルバイトに近い低賃金アシスタントに、徹夜でとてつもない量の「アイデア」を出させ、その「手柄」を横領ます

横領」と「電通博報堂多摩美ムサビ」を中心とする「これがオシャレなんだぜ」という「自己顕示」が、彼等のいう「クリエイティブ」の正体です。

これを私は「クリエイティヴヤクザ連合」と呼んでおります

彼等に創造性は一ミクロンもありません。「芸能人」に好かれているから、成り立っていただけです。

「ま、素人だしな、センスねえ・一般人なら、わかんねーだろ。」これが、彼等のいう「デザイナー感覚」なのでしょうか?

違います。真のデザイン感覚とは、「一般の人」にこそ、パッと「見るだけでわかるもの」だと私は思います

ちょっと心あるデザイナーたちは、みなこの人たちの「センス」の源泉・ソース元が「パクリであることにとっくに気付いていました。ただ、一般の人の目と耳に届かなかっただけなのです。

圧倒的なお金大人の事情があったからです。

彼等は「デザイナー」というより、「中間搾取業者」さんという方が適切なのです。

その一部始終の技術は、この本の「余白」にも書かれています

 

 デザインに、本当はプロもアマもありません。だからこそ、デザインは過酷な仕事なんです。

 かえって、「素人」だからこそ、曇りのない目だからこそ、デザインの本当の良さがわかるし、ウソもバレるのです。

 国民の祭典であるオリンピック」に、あん葬式か、安っぽいブランドロゴのようなデザインを出してくるセンス

 それに疑いもしないセンス。これが「プロデザイナー仕事」なのですかね?

 こんな「雑な仕事」が、止まることなく、まかり通ったのも、彼等を批判することが「タブー」だったからです。テレビ新聞ラジオという「メディア」の一番の資金である広告」を「美しく」作る方(パクリですけど…)なのですから

 まるで、一連の騒動も、「頭の悪いネット民」の批判から、などと、彼等側の人間は、主張するでしょう。

 

いえ、今回ばかりは、発見したのはネットの方々かもしれませんが、日夜真面目に働く「デザイナーたち」こそ、一番の被害者です。

こんなズサンな人々と一緒にされたくない、とほとんどの方は主張するでしょう。そして、デザイナーこそ、こういう愚劣なクソデザイナーに怒りを感じるはずです。

 和田誠さん、田中一光さん、亀倉雄策さん、横尾忠則さん等、デザイナースターだった時代は、手と情熱とで、素晴らしく美しいデザインをつくっていました。いちいち鉛筆で線を引き、イラストレーターと一緒にアイデアを考えていました。

 デザイナーという仕事は「広告屋」「看板屋」などと低く見られ、軽蔑されていました。

 その逆境からの立ち上がりにこそ、創造性があったのです。

 オリジナルの発想だから日本デザインは優れていたのです。

 パクリデザイナーたちよ、恥を知れ!!恥を!

 何が「ミスターデザイン」じゃ!!その「ネーミング」の恥ずかしさに、言葉も出ません。

 普通、「自分会社」に、そんな恥ずかしい名前つけますか?

 最高に笑えないギャグですよ。口に出してみて下さい。「ミスターデザイン」?。

 オレは偉いんだぜ、ってことでしょ。自己顕示欲の塊なんですよ。ちょっと心あるデザイナーなら、誰でも気付いていたことです。

 

 これを機に、「デザイン」という仕事から、足を洗って頂ければ、幸いです。

後記:多くの方に反響を頂きまして嬉しいです。

少なくとも、サントリーパクリの件は、専門学生の1・2年レベル課題でも今時するか?という初歩的な「画像のまんまパクリ」です。フリー素材か、写真を取ればよかっただけのことです。

デザイナーとして、本当に、ありえないレベルミスです。こんな仕事の仕方は、佐野研二郎氏の事務所だけでしょう、と信じたい…。

しかし、それでもまだ擁護する「デザイン村」の人達にはつくづく情けない…。

理研の小保方氏、音楽クラシック村の佐村河内ホントーに、まったく同じ構図じゃないですか!

デザイナーたちも、仕事に響くので、黙っている方がほとんどだと思いますが、勇気を出して、声を上げて下さい。

グラフィックデザイン」を根幹から揺るがす出来事ですよ。

電通博報堂から箝口令のお達しでもあるのでしょうか?

呆れるほどボロボロとずさんな情報が出てきてしまいます。「思考クリア化」しすぎた結果だと思います

この本を読んで、「そもそものデザインのやり方」への「違和感」を感じて、すぐに某本屋へ、売りましたが、まさかあのときに感じた違和感が、これほどまでに実現化されるとは思いませんでした。

でも、いかに佐野氏が、「手抜き体質」かが、出ていると思いますよ。

なんと…驚愕事実が発覚しました(2015年8月30日)。「ペンギンブックス」という、日本人には馴染みが薄いですが、

有名なペーパーブックのシリーズの名タイポデザイナーヤン・チヒョルト」のパクリであることが発覚しました。

私も、GGGでの展示に行って、感銘を受けました。本当に許せない。チヒョルトは、ハッキリ言って、

作風は地味です。しかし、心に残るデザインをする私も心から敬愛する、「巨匠」です。

しかし、そのチヒョルトの「表面」のデザイン部分だけをペーストして、パクる姿勢

本当に許せません。

しかも、チヒョルトは「本の世界」のデザイナーですよ?

スポーツ世界」のヤツラにならば、わからないだろう、という魂胆でもあったのでしょうか?

本当にふざけてる。デザイナーとしても、最低です。許せません。

コメントに追記)>>広告代理店デザイナー仕事プレゼンが主なので細部まで検討して作りに作り込んだファイナルプロダクツ作成することはありません。ファイナルプロダクツ下請け専門家に任せます。だから”これとこれをくっつけて~”みたいに30%ぐらいの力で仕事を仕上げるのが”デザインする”ことだと思っちゃってるデザイナーになってしまうんです。しか代理店にいたというプライドだけは高いから、始末に負えない。

そうなんですよ。彼等のいう「クリエイティブ」は、日本語訳の「創造すること」や「発想すること」じゃないんですよ。

ズバリ、「自己顕示」なんですよ。

いかにして、「自慢するか」なんですよ。

で、CMの世界では相手のクライアントが、「企業」ですから、世に漏れなかった。会議室の中だけでの世界でした。

しかし、「オリンピック」という晴れの世界で、「Mr.デザイン」こと「佐野研二郎氏」は同じように、惰性でやってしまった。彼にとっては、こういう仕事の仕方が、「普通」なんです。

もちろん、考える力も発想のノウハウも、強さもないから、最終的な「アウトプット」は「何かに似せる形」になります。何かに似せる、しか雰囲気だけ…ぐらいなら、いいんです。

「何かに似せる努力」すらやめて、「そもそも画像をそのままネットからパクっていいじゃん!」

フォトグラファーを使う」「イラストレーター絵描き)を使う」「タレントを使う」のにも、何をするにも、

「何かを作る」には、お金がかかります

「パン一個」買うにも、お金がかかります

それを解消するには、タダで「アウトプット」を創り出すには、いくつかのアイデアがあります

しかし、最も単純明解に、クリアに、ボールドに、全ての制作費が浮く方法があります

一番安く、早く、タダで済ませられる唯一のデザイン

一体なんでしょう。

それは「搾取」です(「パクリ」という言葉は、何となく、「万引き」に似た甘やかしの言葉だと思います。そんなレベルではないですよ、コレは。明らかに「システム」として、「自分仕事」として、やっています。でなければ、こんなに出てくるはずはないです。)。

デザイナーたるもの、誰でも一度は、パクることはあります学生時代に、一からオリジナルを創り出せる人間など、いないし、天才でもムリでしょう。「習作の時代」はあります

しかし、今回は、まったく事態が違います

自分の周りへのヒト・カネ」がメインであって、「モノ」(仕事)は、どうでもいいのです。軽蔑された結果なのだと思います

はっきりと、誰かの作ったものを「奪って、人に提出する仕事」に甘んじてたのだと思います原宿事務所Macintoshの中では、イラストレーターが書いたパンも、誰かのブログのパンも、「一緒」です。

ならば、タダな方がいい。

とすら、考える頭もよぎりません。

まったく自然に「ミスターデザイン」は、搾取します無限仕事がつくれ、永久にカネが入ってくる仕組み…。

思考は確かに「クリア」かもしれませんが、その精神は「ドロドロ」です。

クリエイティヴディレクターアートディレクターという「肩書き」は、「搾取指示人」なのでしょうか。

「クソ・デザイナー」というカテゴライズで、はっきりと「普通デザイナー」とは一線を画す社会にしたいものです。

まさに、「デザイン仕事」によって。

全てのデザイナーこそ、今こそ怒りを上げるべきです。

2015年9月1日、ついに、ようやく、取り下げました。が、凄まじいシロモノの反省文を掲示しました。

ここまで「ひどい謝り方」をできる人間が、いたでしょうか。

帰って来た返事は、「被害者」気取り、でした。

「私は純粋で、クリエイティヴ人間アピールでした。

やはり、闇は深い、と確信するばかりです。

もうこれは確実に、しれっとして、またヒョロっと、5年後、五輪のバックで「名前の出ない形」で関わってきますよ。1000%。

絶対に、です。「今を乗りきれば、大丈夫」と思っているはずです。

もちろん、いわれのない誹謗中傷もあるでしょう。それはお察しします

しかし、博報堂の「営業」の人間は、そういうことで強くなるんですよ。何にも言われないのは、クーラーの効いた部屋で、パソコンと戯れるクソデザイナーだけなのです。

今まで、あまりに「無菌状態」だったでしょうからね。

自分の大好きなお仲間たちと、カネをバンバン出してくれるクライアントと、ドラゴンボールドラえもんを使われても、何も言えないそっちのヒトたちの複雑な気持ちアニメーター漫画家アーティストイラストレーターを、笑顔でほがらかに踏みにじってきたわけですからね。アートディレクターって、一体何なのでしょう。

博報堂では、こんなに「謝る」ということは「罪悪」なのでしょうか。

卑怯なのは、「テキスト」ではなく「画像」で謝るということも、そうなんですが、

リュウミン」を使って、この際も「キレイに、クリエイティヴに、素敵なタイポグラフィ」で謝ろうとするクソみたいなデザイン根性です。

ニッポンは、世界中から尊敬されている映画監督出身国だった。お忘れなく。」のあの「ドヤ感」の「薄汚さ」が、本当に蘇ってきました。その「キタナさ」が何一つ変わっていない、どのメッセージでも。

これが、逆にいえば、彼のデザイナーとしての唯一の「統一性」なのかもしれません。

ただ、「ドヤ感満載」のデザイナーだと、仕事になりません。本来ならば…。

こういう場合、「真摯デザイナー」は、実は、普通の、どこにでもある「そっけない」明朝体を使います

リュウミンだと、あまりに「美しい書体」すぎて、ほぼ「ウソっぽく」聞こえるからです。

そんな「文字への美的感覚」すらないんでしょうね。表面的に、「キレイ」なら、何でもいい。佐野研二郎

そもそも本当にデザインを学んできたのでしょうか?疑わしくなってきました…。

皆様が5年後忘れていても、私は「佐野研二郎」という、愚劣な「デザイナー」という肩書きをした「搾取者」の名前永遠に忘れません。

今は、「炎上」し、「祭り」状態かもしれません。

しかし、私は、もっともっと持続的に追求していかなければならない問題だと思います

この多くの批判が消え、静寂になり、命を吹き返した頃に、

また愚劣な身内自慢とともに、高らかな搾取とクソデザインオンパレードが、そっと始まる(reborn)ように思います

絶対に許してはなりません。本当に。

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