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はてなキーワード: 暴政とは

2020-01-04

anond:20200103202326

武烈天皇歴代天皇でも暴君として有名。妊婦の腹を裂いたりする。

蘇我入鹿。なんか偉そうにして大化改新で殺された人。

道鏡女帝をこまして天皇になろうとした悪僧。

藤原時平菅原道真を追い落として呪い殺された人。

平将門。あの時代に反乱起こして天皇名乗ったのは印象悪いわね。

日野富子応仁の乱京都焼け野原にしながら自分は金儲けに勤しんでいた女。

松永久秀。主家を乗っ取り将軍を殺し大仏を燃やした男。

江戸時代暴政を行った大名の皆さん。いっぱいいる。

鳥居耀蔵蛮社の獄を主導して「妖怪」と呼ばれた人。

東條英機太平洋戦争開戦の責任を一身に背負っている人。

牟田口廉也インパール作戦を指揮するなどして日本軍史上最低の無能とみなされる人。

2019-06-10

anond:20190610155429

暴虐の為政者国民の不満や反乱を抑えるために笑いの感情しか出せないようにするドラッグを配給食料に混ぜて国民全員に食わしてるんだわ

あれは表面的に表情が笑顔になるだけで感情抑制されてるわけじゃないし不満や叛乱の芽は全然詰めてないぞ

将軍はただただ「辛気臭い顔がむかつくから」って理由であの実を流しただけ

しろ言い訳しようのない暴政象徴みたいになって不満や叛乱には火を注いでるだろう

マンガちゃんと読め

2019-05-27

年金関係者大丈夫

まれてない?というのは、今日ファミレスで後ろにいた若者たち

年金糞すぎ。俺たちの金をなんで老害生活資金に充てがうの?」など言っていた。

まぁそれくらいなら理不尽だもんな、気持ちはわかると感じていたんだが…。

その後の会話が恐ろしかった。

年金関係の奴らは見つけ次第ぶん殴ってやりたいわ」と。

見た目からし若者たち暴力なんか簡単に振るいそうな感じだった。

こんな子たちにも恨まれてて、大丈夫なんだろうか…と心配になる。

とはいえ、彼らが年金ホントに払ってるの?と疑いたくなるような容姿ではあったのだが。

見た感じ、本気で怒ってたようだし払い続けているのかもしれない。

年金はね、自助しろとかそういう言葉を吐き出す前に搾取をやめないと本当に暴動が起きるよ。

たまにあちらこちらで爆破予告なんかあったりするけど、冗談冗談じゃなく本気でやってくるような人たちも現れてしまうかもしれない。

そんな時に被害者面は絶対に許されないと思うよ。

もともとは年金引き起こし問題なのだから

若者だけじゃないが国民の首を絞めて金を吐き出させる行為は、あまりにも暴政すぎる。

自助を勧めるならば、今搾取している年金自助に充てがうようにさせるべきだと思う。

かくいう自分年金には相当苦労している。

子供の頃は60かーなんて思っていたけど、今じゃ70だなんだと、死ぬまで働け支払えという国のやり方に嫌気がさしている。

から、今回見た若者たちの会話も気持ちがわからないでもない。

2018-01-06

20XX年、日本表現の自由がのさばっていた

あるときふとさ、普遍的作品を書きたいと思った

女の子が旅をして、色んな問題解決したり、

モンスター暴政と戦ったりする王道冒険

 

数百ページ書き上げた

はやる気持ちを抑え、編集に持っていく

こう言われた

 

「これさぁ、もっと女の子性的側面強調出来ないかな?」

ぼくが書きたいのは王道作品

性的側面で一部の男読者だけを釣りたいわけじゃない

 

女の子冒険する訳ないよね? エロく出来ないなら主役は男にしようよ」

だって冒険したいはずだろう?

 

モンスターと戦うのはいいけどさ、暴政っつうのはちょっと・・・

ダメですか」

政権批判とかすると、今は読者から批判来るんだよね」

薄ら笑いを浮かべつつ、顎をなでた

それを見る僕の目は虚ろになっていく

 

「君の作品はさぁ、『正しすぎる』んだよね」

「正しさ、とは?」

「読者はもっと道徳的正しさから解放されたがってるんだよ 

 いっそ、女主人公レイプされて、最後魔王売春婦として

 案外幸せに暮らすラストとか、絶対面白い訳よ

 あえて権力に下る! 表現の自由に挑戦する! 的なね 分かるかな」

 

そうか ぼくにはこの世界が向いていないのかも

思い起こすと虚しくなる

つの間にか自宅のベランダから街を見下ろしていた

 

正しさが禁忌される社会は生きにくい 

誰もが即物的快楽に生き、何がダメかの基準は至極単純な上下関係

編集とぼく、そして大衆編集

 

表現の自由は確かにあらゆる価値観からの脱却を補助した

だが、そのあとに残ったのは何か

単純な力関係しかないと?

 

そこはかとないやるせなさを感じ、たばこベランダから投げ捨てた

下に通行人がいたのなら、きっとぼくの行為に憤慨してるかもしれない

だが高所に居るぼくが今のところ、強い側なのだ

                               完

2017-05-19

朝鮮朝鮮王朝(李朝)の高宗31(1894)年に起こった反侵略,反封建の農民戦争東学党の乱ともいう。高宗1年,東学1世教主崔済愚が,邪教を広めたとして処刑された。第2世教主崔時亨は東学公認を求め,同 29年以降「教祖伸寃」の請願教徒大衆行動でしばしば行なった。しかし「教祖伸寃」という宗教的訴えは,かえって狡猾な地方官に農民収奪の口実を与えることになった。そこで農民たちの運動は貪官汚吏の処分など政治的要求へと変わっていった。反乱は同 312月全羅道古阜郡の民乱を契機にして始まり,一応の成果を得て解散した。その後政府派遣の按覈使(あんかくし)の不法弾圧激怒した全琫準は,全羅各地に呼びかけ,5月古阜,泰仁で本格的な闘争に立ち上がった。全羅各地で蜂起した農民軍は白山に集結,大多数が農民東学徒は少なく,指導者東学接主であった。全琫準ら指導者は,農民軍を軍隊式に編成,四大綱領を発表し,反封建,反侵略を訴えて広範な農民層の支持を得た。農民軍は黄土峴,長城で政府軍撃破し全州を占領した。閔氏政権はこれに驚き清国出兵要請する一方,農民軍の弊政改革案を受け入れた。全州和約後,農民軍の大半は解散したが,全羅道 53郡に農民軍の自治機関である執綱所が設置され,実質上の政権機関として機能した。日清戦争が起こるとまもなく,全琫準ら農民軍は再起したが,日本軍政府軍の圧倒的な軍事力の前に敗北した。

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デジタル大辞泉解説

うご‐のうみんせんそう〔カフゴノウミンセンサウ〕【甲午農民戦争

1894年朝鮮李朝末に起こった東学信徒を中心とした農民の反乱。鎮圧のため李朝政府清国派兵要請日本出兵して乱は鎮圧されたが、日清戦争を誘発する結果を招いた。東学党(とうがくとう)の乱。

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百科事典マイペディア解説

甲午農民戦争【こうごのうみんせんそう】

李朝末期の1894年(甲午の年)に朝鮮南部で起こった農民反乱。圧政に苦しむ農民の間に広まった民衆宗教東学〉は1890年代には活動公然化させるが,全羅道古阜で全【ほう】準(ぜんほうじゅん)に率いられた農民たちが同年2月郡庁を襲撃し,5月以降全羅道一帯に及ぶ蜂起に発展,閔(びん)氏政権の打倒と日本人駆逐をかかげて各地を転戦した。

→関連項目大院君|李朝朝鮮

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世界大百科事典 第2版の解説

うごのうみんせんそう【甲午農民戦争

1894年(甲午の年)に朝鮮南部でおこった農民反乱。李朝末期の朝鮮では封建的収奪に反対する民乱が続発し,とりわけ南部地方開港後の外来資本主義との接触によって矛盾が激化していた。圧政に苦しむ農民の間に広まった東学は,1890年代に入ると活動公然化するようになった。こうした情勢のもとで,94年2月全羅道古阜の農民は,規定外の税をとるなど暴政を行った郡守趙秉甲(ちようへいこう)に抗議し,全琫準を指導者として郡庁を襲撃した。

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大辞林 第三版の解説

うごのうみんせんそう【甲午農民戦争

朝鮮1894年(甲午の年)東学信徒が主導した農民戦争地方官の悪政に反対した全羅道農民が蜂起したのに始まる。朝鮮王政府鎮圧のため清しんに出兵を求め、清に対抗して日本出兵日清戦争の契機となった。東学党の乱。 → 東学

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

甲午農民戦争

うごのうみんせんそう

1894年(甲午の年)に起こった朝鮮の歴史もっとも大規模な農民蜂起(ほうき)。この戦争きっかけとして、中国、清(しん)の勢力排除朝鮮支配することをねらっていた日本政府は、公使館警護と在留邦人保護名目大軍を繰り出し、日清戦争引き起こした。

 当時、朝鮮民衆は、朝鮮政府財政危機を取り繕うための重税政策官僚たちの間での賄賂(わいろ)と不正収奪の横行、日本人の米の買占めによる米価騰貴などに苦しんでいた。それにまた、1890年代の初めには干魃(かんばつ)が続いて未曽有(みぞう)の飢饉(ききん)に悩まされていた。これに耐えかねた農民たちが、日本への米の流出の防止、腐敗した官吏罷免租税減免要求して立ち上がったのがこの戦争の始まりである指導者には、急速に教勢を拡大していた民衆宗教である東学教団の幹部であった全準(ぜんほうじゅん)や金開南らが選ばれた。そのため東学党の乱とよばれたこともあった。5月初め、全羅道古阜(こふ)郡で結成された農民軍は、全羅道配備されていた地方軍や中央から派遣された政府軍を各地で破り、5月末には道都全州を占領した。農民軍の入京を恐れた朝鮮政府清国に援軍を出してほしいと要請した。ところが、ここで予期しないことが起きた。清軍の到着と同時に日本軍が大挙して朝鮮侵入してきたのである朝鮮政府は急遽(きゅうきょ)方針を変更して農民軍と講和交渉を行い、農民たちの要求をほぼ全面的に受け入れることで停戦した(全州和約、6月10日)。

 全羅道の各郡には執綱(しっこう)所という機関が設けられ、農民たちの手による改革が始まった。農民戦争はこれで終わったかみえた。ところが、朝鮮上陸した日清両軍は、朝鮮政府のたび重なる要請にもかかわらず撤退しようとしなかった。それどころか、日本政府朝鮮の内政改革を求め、朝鮮政府にこれが拒否されるや、1894年7月23日王宮占領し、親日政府組織させた。

 清国がこうした日本の行動を批判したのを好機として始められたのが日清戦争である日本政府日清戦争と併行して朝鮮植民地化する政策を推し進めた。この日本勢力を追い出すため、朝鮮農民たちは10月かばになって再決起した。全準たちは東学組織を使って各地の蜂起を統一したものにしようとした。このとき立ち上がった農民20万人を超えたといわれる。日本軍朝鮮政府軍相手にして農民軍はよく闘った。しかし、日本軍の圧倒的な火力の前になすすべはなかった。翌年1月農民軍は壊滅し、全準は3月末、ソウル処刑された。[馬渕貞利]

[参照項目] | 日清戦争

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世界大百科事典内の甲午農民戦争言及

【崔時亨】より

92から翌年にかけて東学合法化をめざす教祖伸冤運動を展開。94年の甲午農民戦争では,東学本来非暴力的な教化主義立場から武力蜂起に消極的で,全琫準らの主戦論対立したが,のちに農民軍への合流を教徒に指示した。農民軍の敗北後,98年に江原道原州で逮捕され,ソウル処刑された。…

朝鮮】より

しかし,金玉均ら開化派が政権奪取をめざした甲申政変(1884)は内外の困難を克服しえずに挫折を強いられた。一方,民衆の反封建・反侵略変革運動は,壬午の軍人反乱(壬午軍乱,1882)を先駆として,甲午農民戦争(1894)に大きく花開いていく。甲午農民戦争こそ朝鮮社会近代への移行の決定的転換点となる可能性をはらんでいたのだが,日本侵略意図に立つ軍事力行使がこの可能性を破壊してしまったのである。…

日清戦争】より

… 朝鮮では王妃一族閔(びん)氏を中心とする親清派と国王の生父大院君派および金玉均独立派(開化派)が抗争しており,政治は乱れ,官吏不正日本商人の買占めで民衆の不満は高まっていた。1894年春,民間宗教東学を奉ずる農民分散した民衆の不満を結びつけ,朝鮮南部を中心に汚職官吏の掃滅と外国人排除を求める大規模な反乱を起こし,5月には各地で官軍が敗北するという重大な事態となった(甲午農民戦争)。朝鮮政府日本亡命中の金玉均らが農民反乱に呼応することをおそれ,上海に誘い出して暗殺した。…

※「甲午農民戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています

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2017-03-31

暗君東西対抗

単純な失政や暴政よりはエピソード重視。

だいたい次代の奴が自己正当化のために悪く書いただけで、実際はそこまで馬鹿じゃないという話もあるので、話半分に読みましょう。

?-前771姫宮西周の第12代の王・幽王。無口無表情系の美女・褒姒の機嫌をとるために、用もないのに何度も緊急の烽火をあげ、集まってくる諸侯の軍を見ては、褒姒と一緒に笑っていた。ついに反乱が起きた時、幽王はあわてて烽火をあげたが、もはや集まる軍はなかった。これにより西周は滅んで東周が興り、そして春秋時代へと突入していく。
259-307司馬衷西晋の第2代皇帝・恵帝。先帝の御前で家臣が「あいつには玉座がもったいない」と言い放ったほどの暗愚だった。飢饉ときに「米が無いなら肉粥を食べればよいではないか」と言い放ち、かの有名な台詞を1500年くらい先取りした。その無能さ故に、代わって政治の主導権を握ろうとする皇族たちが争い「八王の乱」が起きたが、その無能さ故に殺されることはなく、48歳のときに食あたりで死んだ。
335-357苻生前秦の第2代皇帝・厲王。生まれつき隻眼だったために祖父から忌み嫌われ、たびたび鞭打たれるなど、虐待まがいに育てられた。武勇に優れていたが、残虐で酒を好んだ。宴のときには酒を飲まない者を殺したため、諸官は懸命に泥酔せねばならなかった。また隻眼のコンプレックスから「少」「無」「残」「偏」などの文字を使うだけで誅殺した。従弟たちが起こしたクーデターにより23歳で殺害された。死ぬ間際にも泥酔していたという。
463-477劉昱劉宋の第7代皇帝後廃帝。「天性好殺」と評されたシリアルキラー。従者に凶器を持たせて街を練り歩き、気に入らない者を自ら殺して回った。贈り物が好みでなかったというだけで皇太后を毒殺しようとしたが「喪に服しているあいだは街へ出られませんよ」と諌められて諦めた。一日に誰も殺さないと不機嫌になったという。有力な将軍クーデターにより14歳若さ殺害された。
502-549蕭衍南梁の初代皇帝武帝。当初は名君の誉れ高かったが、次第に仏教に傾倒していき、莫大な寄付金国庫を傾けた。なまじ優秀だったために諫言を聞かず、勝手出家してはそのたびに寺院から連れ戻された。周囲の反対を押し切って、隣国を追われた武将を受け入れたところ、即座に反逆され、凄惨な籠城戦の末に捕縛幽閉された。息子たちの誰も救援に来ない中で、惨めなうちに病死した。
1122-1161完顔亮金の皇帝。「天下の美女を妻に得たい」と嘯き、親族、家臣の妻、母娘、幼女、あらゆる美人後宮に入れ、宮殿のいたるところで乱交した。幼い姪を強姦して殺し、従弟の妻を奪おうとして死に追いやった。南宋に対して大規模な遠征を行ったところ本国で別の皇帝擁立され、それでも遠征を続けようとして部下に殺された。死後、皇帝どころか王とすら見做されず、「海陵庶人」と記録された。
1563-1620朱翊鈞明の第14代皇帝万暦帝。幼い頃から聡明で知られ「朕は5歳で字が読めた」とよく自慢していた。宰相張居正の手腕により、統治の初期は成功を収めたが、その後は外征・内乱が相次ぎ、自身酒色に溺れて堕落した。明で最も在位期間の長い皇帝だが、30年にわたって後宮引きこもり上奏があっても何の返答もしなかったため、国政は機能不全に陥った。ただし徴税だけは熱心だったという。

西

161-192コンモドゥス17ローマ皇帝暗殺未遂や側近の裏切りなどから政治への興味を失い、剣闘にのめりこんでいった。「ヘラクレス化身」を自称して狼の毛皮をまとい、実際に剣闘士としてコロッセウムで戦った。その武勇は素晴らしいものだったが、「皇帝奴隷の真似事を」とローマ市民を嘆かせた。あるとき重臣たちの粛清を図ったが、逆に毒薬を飲まされ、朦朧としたところを襲われて殺された。31歳だった。
203-222ヘリオガバルス23ローマ皇帝ローマ最高神故郷シリアの土着神に挿げ替えてその神官となり、処女を守るべきローマ巫女結婚して神の子を産もうとした。その後は離婚結婚を繰り返し、最後には女装をして男性奴隷の「妻」として振る舞った。さら宮殿の中に売春宿を作り、自ら男妾となって通りがかる男性を誘い込んだ。マゾヒストの気もあったという。近衛兵の反乱により18歳の若さで殺され、死体は切り刻まれて川に捨てられた。
937-964ヨハネ12ローマ教皇カール大帝の子孫という家柄であり、わずか18歳で教皇となった。無謀にも教皇領の拡大に乗り出して大敗を喫し、それを助けた東フランク王国オットー1世ローマ皇帝の冠を与えた。これにより神聖ローマ帝国誕生したが、教皇権威は低下することとなった。不道徳人間で、ラテラノ宮殿売春宿のようにしており、最期人妻と寝ていたところをその夫に見つかって殺されたという。27歳だった。
1012-1056ベネディクトゥス9世ローマ教皇父親の後押しにより20歳にもならないうちに教皇となる。賄賂などはもちろん、殺人もいとわず姦淫にふけり、同性愛も行っていた。従妹と結婚するために教皇位を金で売りとばしたが、すぐに後悔して復位を主張し、混乱を招いた。結果として三度も教皇に就位することになり、最後には新たな教皇により破門されてしまった。四度目の復位を画策していたときに43歳で亡くなったと言われる。
1199–1216ジョンイングランド王。幼い頃から父・ヘンリー2世に可愛がられていたが、父と争っていた兄・リチャードが優勢になると寝返りヘンリー2世失望のあまりに亡くなった。さらにリチャードが亡くなって王に即位すると、フランスフィリップ2世敵対して惨敗フランスにあった広大なイングランド領を全て喪失し、その体たらくイングランド諸侯の不満が爆発したため、やむなくマグナカルタを認めて王権制限を受け入れた。
1835-1909レオポルド2世ベルギー国王アフリカコンゴ私領とし、私財のほとんどを投じて近代化を推進したが、やがて「天然ゴム採取ノルマに達しなければ手首を切り落とす」といった残虐な労働を強いるようになった。さすがの欧州諸国もドン引きして強烈なバッシングを浴びせ、最終的にコンゴ統治ベルギー政府移管された。国民からの信頼は地に堕ち、晩年王妃や娘にまで白い目で見られたという。
1845-1886ルートヴィヒ2世バイエルン王。「狂王」とも「白鳥王」とも呼ばれる。政治への興味は薄く、戦争に負けたばかりで多額の賠償金を抱えていたにもかかわらず、借金までして自身メルヘン趣味に耽溺し、中世風の美麗な城を各地に残した。夜中にソリ遊びを始めるなど、奇行に走る王を家臣たちは危ぶみ、精神病だという理由で退位させた。その翌日、40歳で謎めいた死を遂げた。

2016-08-04

http://anond.hatelabo.jp/20160804183516

こんな下衆みたいな国を好きなやつとか、あん暴政をしている自民党に票を入れてるようなやつだろ。

2016-01-15

anond:20160113194003

秦:中央集権化による兵力削減と法律厳罰化により各地で反乱勃発

魏:皇帝親族暴政に有力貴族クーデター皇帝から貴族権力移行

明:暗君と国の財政破綻により崩壊異民族に乗っ取られる

清:欧米列強による植民地侵略で弱体化、各地で反政府勢力が立ち上がる

2014-06-21

武器禁輸三原則あらた暴政装備移転三原則

http://www.the-miyanichi.co.jp/kuroshio/_6409.html

きのうまで「ユーロサトリ」と呼ばれ欧米防衛産業陸上、航空分野の装備品出展する見本市がパリで開催された。日本からの出品は橋を架けることのできる車両化学防護服など民生品に転用できる装備品等が中心だったと聞く。

「だったと聞く」って、「暴走」って言葉まで使っていながら、きちんとした取材もしてねーのかよ、こいつら。これで良くマスメディアを名乗れるな。

2014-04-07

ナウシカあらすじ02

トルメキアの交戦相手である土鬼諸侯国の一氏族、マニ族の浮き砲台(飛行戦艦)に拿捕されてしまう。大量の女子どもを乗せて、軍艦と言うよりも避難船のようなこの船でナウシカは、マニ族の長である僧正からクシャナの軍(当然辺境諸族軍もろとも)壊滅させるための作戦が発動されていること、

のみならずクシャナ軍の動向についての情報はトルメキア王家内部から漏洩されたものである(つまりクシャナの部下達の危惧は当たっていたのである)事を知らされる。さらにアスベルは作戦の背後に、エフタルへの土鬼の植民地計画を看破する。部族国家連合である土鬼を束ねる神聖皇帝は、トルメキアの進行により国土を奪われた敗残部族に、強引に背水の陣を引かせて敵中深くへ突入させているのである

彼らにはもはや辺境諸族の土地を掠め取る以外には生きる道はない。ついにここにきてナウシカにとっての戦争は、単に個人的に忌まわしいものではなく、自らの大事もの故郷を脅かすものに、のみならずそれ自体で愚かしく不正ものとしてたち現れてくる。彼女は風の谷を守らなければ成らない。しかし土鬼の民衆戦争被害者である以上、それは戦争遂行することによってではなく、戦争のものをやめさせることによって成し遂げられなければならないのである

折りよくナウシカ捜索によってガンシップが飛来したため、彼女自分部隊を守るべくメーヴェで浮き砲台を強引に脱出するが、アスベルは一人残ってマニ族の説得を継続する。土鬼の部隊は捕らえた幼虫を囮に王蟲の群をクシャナ宿営地に誘導し、撃滅しようとしていた

ナウシカガンシップを先に宿営地へ向かわせて皆を避難させ、単身囮の幼虫を乗せた土鬼の飛行ガメ(無蓋無翼の小型飛行艇)を追撃する。そして撃墜成功するが、深く傷ついた幼虫とともに強い酸の湖の中の砂州に取り残される。

宿営地を破壊した王蟲の群は湖岸に終結し、強引に湖を渡って幼虫を救おうとする。ナウシカはそれを制止し、生き残ったクシャナコルベットによって幼虫を群に返す。王蟲の群はナウシカを祝福し、「北へオカエリ」言い置いて去る。

他方、マニの僧正王蟲ナウシカの邂逅を察知し、進軍をやめ、少女従者ケチャを伴って、飛行ガメで酸の湖に向かい王蟲によるナウシカの祝福を目撃する。其の姿に彼は伝説救世主「青き衣の者」を見出す。 

クシャナ部隊事実上壊滅し、辺境諸族の軍にも帰国の許可が下りるが、ナウシカはみずから志願して、ただひとり従軍を継続することを決断する。なぜ王蟲は北へ、故郷へ帰れと忠告するのか、南の森が助けを求めているとはどういうことなのか、王蟲の幼虫を土鬼が捕らえると言う常識的には不可能なことができたのは何故なのか、無数の疑問が彼女を捕らえて離さない。

南に土鬼の国がある。そこで彼女はあえて従軍することで土鬼の土地に向かい王蟲忠告意味することを確かめようとする。

ナウシカ危惧しているのは大海嘯の可能性である大海嘯とは「腐海」の海嘯、普段は穏やかに拡大しているだけの「腐海」が王蟲を中心とする怒った蟲の群の暴走によって爆発的に拡大することである。かつて三百年前、エフタルの地では武器商人による王蟲の乱獲によって大海嘯が発生し、そこに栄えていた強大な王国は滅びてしまった。土鬼が進めているらしい「腐海」の生物軍事利用が、再び大海嘯を引き起こすのではないか・・・・・?

ナウシカの命令で風の谷のガンシップ故郷に戻るが、死の床にあった族長ジルはいまの際に、ナウシカのの従者達にガンシップでユパを探し、ともにナウシカを探すように命じる。

他方ユパは「腐海」に渡る方法を探っていたが、とある鉱山町で最近腐海」に住み、一部の蟲を使役する特殊技能を有する被差別賤民王蟲の乱獲によって大海嘯を引き起こし「返るべき国を自ら滅ぼし呪われた武器商人末裔」と伝えられる蟲使いが土鬼の貨幣を持って現れることを聞きつけ、蟲使いの飛行艇で彼らの村へ潜入する。そこで彼が見たものは、蟲を利用した戦術の是非について激論を交わす土鬼神皇帝直属の官僚集団、僧会の僧官たちとマニの僧正の姿、そして培養液の中で育てらる王蟲の幼虫だった。

ユパは僧正ケチャ僧正の従者に身をやつしたアスベルの助けによって培養槽を破壊し、脱出をはかるが、マニの僧正の反逆を疑った僧官たちによって呼び寄せられた土鬼独裁者、二人の皇帝の片割れである皇弟ミラルパによって足止めを食らう。僧正は単身皇帝対峙し、皇帝と僧会の暴政傲慢糾弾し、大海嘯の到来を警告する。

そして神聖皇帝によって禁圧された土着信仰予言する、民衆を救い、青き清浄の地へと導く「青き衣の者」(すなわちナウシカ)の出現を言い残して自殺し、その最後の念力で囲みを破ってユパたちを逃がす。僧正最後テレパシーで立ち会ったナウシカは、皇弟にその存在を察知されるが、やはり僧正最後の力で難を逃れる。(ここまで単行本第二巻)

 
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