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2017-12-11

月蝕歌劇団をまた観に行った記録

なんか、ひょんなことから月蝕歌劇団(という小劇団が都内にあると思ってほしい)の公演を見に行って、それ以来なんか芝居づいている。

これまで演劇なんてぜんぜん興味がなかったのに。

いくつか劇場に足を運んだところで、もう1回くらい観ればもっと色々と見えてくるものがあるかと思い、また月蝕歌劇団に足を運んでみた。

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演目は『ねじ式・紅い花』と『盲人書簡−上海篇』の2本立て連続公演

(前回の観劇の記録は

https://anond.hatelabo.jp/20170925212923 

 を参照のこと)

ということで、自分のログを兼ねて、また観劇記を残しておくことにする。

御用とお急ぎでない方は、しばしお付き合いを。

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ただし。

自分は舞台観劇についてはとことん素人なんで、これから書くのは、通りすがりの素人が見た印象批評くらいのつもりで、紹介文としての情報は期待しないでほしい。

(というか印象批評というワード小林秀雄みたいで偉そうだな。ほんとに感想文くらいの感じで、ひとつ

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■全体として

歴史の長い劇団というのは知っていたけれど、今回は公演100回記念とのこと。

で、旗揚げ時代からのライバル劇団その他のビッグネームが集結した大プレミアム公演だったらしい。

普段は若い女性主体の “少女歌劇団” っていう感じの劇団なんだけど、今回はキャストの年齢が大はばに高めだった。

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ちょっと変わった構成をしていて、1つのシーズンというか公演期間を前後に分けて、2種類の演目を上演する。

さらに各演目について前座というか露払いというか、出演キャストの歌唱ショー、寸劇、詩の朗読その他をまとめたパフォーマンスとして “詩劇ライブ” というのがある。

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なので、フルで鑑賞すると1シーズンで合計4演目。

これを多いと思うか、アリだと思うか。

いろんな作品世界が見られてオトクだとも言えるし。

リハーサルシナリオ練り込み等々のリソースは分散されるから内容的に落ちるものになるかもしれないし。

自分が見たところ、器用な高能力キャストと、まぁそうでもないキャストでうまく仕事を振り分けて、不満を感じさせない作りにしている感じだった。

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順番に見ていってみると。

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■前半の前座『詩劇ライブ メメクラゲ』(11月19日

先に不満点を言わせてもらうと。

演目『老人と子供のポルカ』の歌唱。

左卜前役のベテランキャストカンペ片手に左右のキャスト(岬花音菜、慶徳優菜)を振り回して大暴れ。

休みなく次の曲『本牧メルヘン』が始まり、そのまま岬花音菜がマイクを握るが、息の上がった彼女にはキーが低すぎた。

おかげで貴重な戦力(岬)を空費。

トリの白永歩美キッチリと『バフォメット(と、あとなにか悪魔がもう一柱)の歌』(詳細不明)で締めてくれたのが、せめてもの救い。

それにしても、あの大狼藉は、ハプニングプロットか。

ハプニングなら再発防止策を取ってほしいし、プロットなら、申し訳ない、あれに快哉を送るハイなセンスは自分は持ち合わせていない。

しかし。

詩劇ライブというのがファンミーティング同窓会だというのなら。

いとしの大スターがいつにないハジケっぷりを開陳したほうがファンサービスとしてのお値打ち感は高いのかもしれない。

と、思って周囲を見回してみると、自分と同じか、あるいはさらに年配の観客がホクホク顔で舞台を見守っている。

ハテ、招カレザル客ハ自分ノホウデアッタカ。

うん、わかった。

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■後半の前座『詩劇ライブ 暗黒少年探偵団』

詩劇三傑(←たったいま自分が決めた。はるのうらこ、岬花音菜、そして白永歩美の3人)のパフォーマンスたっぷり見られたので実に良し。

はるの嬢は前回と同じギター伴奏かと思ったら、ギターからキーだけもらって、ほぼ独唱。それでいてピッチは正確、ハイノートも申し分なく出ていたし、なんというか、 “このヒト、ひょっとして劇団の隠れた屋台骨なのではないか?” という予感がさらに強まる。

(↑それは本編でガツンと証明されるんだけど)

なぜ合唱のときは控え(それはもう、あからさまな控え)にまわるんだろう?

リハーサルの負荷をソロに集中させるためか。

岬花音菜はカッパの舞。そして小阪知子を舞台に引き出してカッパの相撲。

あいかわらず、この人は歌って動いてが実に良い。

そしてトリは白永歩美

朗読、歌唱と大活躍。

いつ見ても、この人は安定しているなぁ。

はかなげで、あやうげで、その状態のままガッチリ安定しているという不思議キャラクター

そういえば『Those ware the days』に日本語歌詞をつけたものを歌ってたんだけど、受付で立ち読みしたセットリストにそんなのなかったぞ、と思って調べてみたら、『悲しき天使』なんていう日本語版があったのね。

知らなかった。

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さて本編。

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■前半の本編『ねじ式・紅い花』

つげ義春の原作、『ねじ式』『紅い花』『女忍』『沼』『狂人屋敷の謎』をまとめて1つのストーリーにしてある。

実を言うと、前回の公演を見たあとに、某氏から、

「なに、月蝕歌劇団が面白かったって? それじゃアレだ。主催の高取英のアレ読んどけアレ」

といって勧められたのが、『聖ミカエラ学園漂流記』(小説版と戯曲版)。

前回の公演を観たときに、

「この人の持ち味は “奔放に見えて実は緻密な複数世界のマッシュアップ” だろうな」

と感じていたのが、この本で確信に変わったのだけど。

原作が2作品や3作品なら、例えば2つの世界の登場人物呉越同舟で共闘する、みたいな展開もあり得るけど、さすがに5作品同時となるとメドレー形式にならざるを得ない、という感じ。

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さて、もう1つ、高取氏の特長と思ったのが、ストーリーに必ずクライマックスを用意する、という点で。

(それが、エンターテイナーとしての氏の本性によるものか、それとも “客にはなんとしてもカタルシスを持ち帰ってもらわないと次につながらない” という興行師としての冷徹な計算によるものか、そこまではわからない)

それが、つげ義春の茫漠としたアンチクライマックスな世界とどう折り合いをつけるのか、そこに興味があったんだけど。

これが『紅い花』を中心に最小限の改変を加えただけで、見事に全ての原作が一斉に収束に向かうオチといえるオチになっているのは、さすが。

最後にはねじ式青年が『パーマー・エルドリッチの3つの聖痕』(P. K. ディック)みたいに無限増殖するあたりの幻想テイストが高取氏らしい。

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あと、前回公演みたいな「身捨つるほどの祖国はありや」的な大きな主題は今回は抑制されている。

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助成金云々の楽屋落ちは生臭いので忘れたことにする。

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そして、この劇団特有の時間がゆがむ感覚をまた味わう。

今回は、サヨコの祖父の楽屋オチ的な台詞。

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「最近、嵐山光三郎が書いたんですがね、松尾芭蕉は忍者だったんですよ」

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えーと、嵐山光三郎の “芭蕉忍者説” は2000年代なんですが。

高取氏の作品世界が戦前、戦後、昭和30年代、1960年代1980年代みたいに複数の時代を放浪するように、劇団自体も、60年代80年代、そして2000年代の全ての時代に存在しながら、どの時代にも存在しないような不思議立ち位置

それが、この劇団の持ち味でもあり。

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あ、あと、狐舞の意味がやっとわかった。

なんのことはない、 “ここから現実感見当識がゆるんで、心象風景と象徴劇が始まりますよ” という演出効果だ。

多色発光LEDを掲げた葬列も、夜光塗料の試験管をもった少女たちも、おそらく同じ。

少女漫画で「なんでクライマックスに花びらが飛び回ってるの?」とか訊かないでしょ? アレと同じだ。

そういえば、最近の子供は漫符(怒りの青筋とか緊張の汗とか)がわからないケースが多いらしい。

つまり自分は月蝕の鑑賞において子供だったわけだ。

というあたりで。

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そして、問題の↓

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■後半の本編『盲人書簡−上海篇−』

あー、うん。

むかし『草迷宮』(寺山修司)を観て途方に暮れたことを思い出した。

あるいは、さらにむかし『原始人』(チャーリー・ミンガス)を聴きながら、

「これは良い音楽なんだ、良い音楽なんだ、みんながそう言ってるから良い音楽なんだ」

と歯を食いしばっていたことを思い出した。

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はっきりしたこと。

自分に “前衛” を受け止める感受性はない。

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それでも、なんとか受容を試みてみる。

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(1)1930年代の第二次国共合作を背景にした不穏で混沌とした上海共同租界。

(2)明智小五郎小林少年という、戦前・戦後の言ってみれば “陽のヒーロー” をどす黒く改変したキャラクターと、堕落した母親としての小林少年の母。

(3)白痴の少年と娼窟の姉妹がからむ、不快にユーモラスな人物群。

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この3つの人物群を主なストーリーラインとして、失明した小林少年を中心に “目明きと盲(めしい)、世界が見えているのはどちらか” という問いを主題として話はすすむ(ように見える)んだけど。

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途中、影を喪失した少女、みたいな挿入話をはさみながら、ひたすらグロテスクストーリーとも言えないストーリーの断片が続く。

クライマックス小林少年と恋人(?)のマサ子の再開を中心にしながら、全てが虚構の中の虚構、悪夢の中の悪夢、という入れ子の構造をあからさまにするところで、唐突に終わる。

最後の最後には第四の壁も突破して現実のキャストの名前まで出てくる。

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うーむ、書いておいてなんだが、なんの説明にもなっていない。

ねぇ、寺山修司って、ホント70年代80年代青少年カリスマだったの?

(今度、『書を捨てよ云々』でも読んでみるか……)

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可能性としては、今どきの若者がP. K. ディックやら筒井康隆やら読み慣れてるせいで、 “崩壊する現実” やら “虚構の中の虚構” を普通においしく摂取しているのに対して、当時はその種の超現実的な幻想悪夢ワールドが知的にトガった青年だけの愉悦であったとか。

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ま、さておき。

これ以上はどうにも言いようがない。

自分にとって確かなことは。

高取氏オリジナルの作品、脚色作品のうほうがずっと面白い

ということ。

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さて。

キャスト、演出その他については、以下の通り。

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白永歩美

女忍コジカの息子、宗近と小林少年を好演。

このヒトが、登場するだけで舞台が猟奇的ビザールな空気になるような、言ってみれば “嶋田久作” 的な怪優でありながら、それでいて結構な美人サンである、というのは劇団にとって大きなアドバンテージなんじゃなかろうか。

劇団のカラーを一人で体現しているような。

ビジュアル、演技、歌唱、トップの名称は伊達じゃない、って感じ。

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というか。

実のところ、トップというネーミング自体はどうでもいい。

それがプリマドンナでもソリストでもエースでも四番でも同じことで。

その種の人に求められるのは才能でも鍛錬でも、ましてやプロデューサーディレクターの寵愛でもなく。

それは「いつ、いかなるときでも、自分が前に出ていってなんとかする」という思考形態だと思う。

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例えば才能、というか生まれつきの資質なら。

前回の公演には高畑亜美という彼女に負けず劣らずのビザール美人さんがいた。

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例えば技能なら。

前回の公演で、白川沙夜というキャストは、ストーリーテラーコメディリリーフ、仇役という3つの仕事を3本の腕で同時につかんでブンブン振り回して大暴れしていた。

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でも、彼女たちは今回はいない。事情は知らない。

いっぽうトップには「事情により今回は出演しません」という選択が無い。

脚光も浴びる、注目もされる、そのかわり劇団の出来が悪ければ矢オモテ、火ダルマ、槍ブスマと。

群像劇主体の劇団で、ある程度は負荷が分散するにせよ、あの細っそい体にかかっている重責を想像すると、なんというか、なんというか。

長くなった。

ともあれ、健康にお気をつけて。

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■川合瑞恵

前回までは “作りようによっては、いかめしく見える” ビジュアルを活かしたワンポイント役だったのが、今回は『女忍』パートのキーとなる女忍コジカに大抜擢。

これが大根だったら目もあてられないところを、実に器用に演じきってしまった。

本職はモデルさんだと思ってたんだけど。違うの?

芸能関係って器用な人が多いのよね。

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■岬花音菜

演技はさておき、まずは狐舞。

今見ているのがカラダのオモテなのかウラなのか、腕なのか脚なのか分からなくなってくる超絶変態空間機動がひっさびさに大炸裂!!

これだ! これが観たかった!

いや、じつは、このところモヤモヤしていた。

「いや、たしかに踊りも歌も演技も良いけど、ここまで追っかけるほどか?」

でも、たしかに思いちがいじゃなかった。

ほんのちょっと前のことなのに、忘れかけていた。

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そこには、たしかに岬花音菜がいた。

およそ2ヶ月前、片目の猫の舞で自分の脳味噌をブチ抜いた岬花音菜が。

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ちなみに。

あとから取材を試みたところ。

あの一連の動きは、ボランティアアルバイト?)のダンス教室で子供たちに最初のウケを取るために編み出した動物踊りがオリジナルだとのこと。

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するとなにか。

自分の鑑賞眼は子供レベルか。

まあいいけど。

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というか、彼女の狐舞に視線をもぎ取られ、ねじ式青年と女医のベッドシーンの大半を見逃していたことに、劇場を出てから気がついた。誠に申し訳ない。

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さて。

キャストとしては『紅い花』パートのシンデンのマサジ、『盲人書簡』で白痴の少年を担当。

この演技、周囲の評価はウナギ昇りだろう。

じっさいTwitterを中心にネットを見ると、彼女と慶徳優菜の評価はウナギ昇っている。

ただ。

自分としては評価は保留としたい。

なぜって?

あまりに、あまりにもハマり役すぎて、いま見ているのがキャラクターなのか、それともキャスト本人なのか、観劇素人の自分には判然としないから。

(これ、自分の中では笠智衆と同じ位置づけだ)

大竹しのぶアニーを演じたり、同じ劇団でいえば白永歩美ピーターパンを演るのとは、意味が違う。

『紅い花』ではプレ思春期の少年のいら立ちを、『盲人書簡』ではスケベなアホの子を、と、いろいろ打ち出しているのは分かる。

分かるけど、いずれも、まずは本人あっての効果であって。

このあと彼女は “月蝕きっての永遠の少年役” として存在感を増していくのだろうか。

それもアリだと思うけど。

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■慶徳優菜

『紅い花』キクチサヨコ役。

昭和の山村、思春期の少年の心に思い描くマドンナ

うん。もうずばり田舎のマドンナそのもの

だけど彼女の評価も保留。

理由は岬花音菜と同じで本人そのものだから。

その意味では、娼窟の妹と小林少年の想い人のほうが、本人のポテンシャルがよく分かる気がする。

そっちの方はというと、うん、悪くない。

ただ、これは自分の思い込みかもしれないけど。

なんというか彼女は “月蝕、次世代プリマドンナ育成枠” というのに完全に入っている気がする。

この直感が正しければ、それはおそらく本人の十分な資質と劇団の目算があってのことだろうけど。

なんかモヤっとする。ほかの新人も若手も、ひとしく頑張っている(ように見える)のに。

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はるのうらこ

なんというか、詩劇ライブのときは “ひかえめな、でもシャレのわかるおねーさん” というオモムキの彼女。

キーとなる配役のキャスティングが多いから、信頼の厚いキャストなんだろうな、という以上の認識はなかったんだけど。

(そしてそれは、ねじ式青年という大役を見ても動かなかったんだけど)

これが。

『盲人書簡』娼窟姉妹の姉役。実にすごい。

あのフワっとしたキャラが、女の嫌なところを全部集めて煮詰めたようなキャラクターに大変身。

慶徳優菜をサポートに娼窟パートカラーというか空気を完全に支配していた。

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あと、些細なことだけど。

キーアイテムとなるタバコチャイナドレスに入れ忘れたか、取り出せなくなったか。

取り出そうと悪戦苦闘して2秒。

見切りをつけてアタマの中でプロットを切り替えるのにコンマ2秒。

架空のタバコをふかして場面転換の決め台詞につなげるまでの時間の空費がわずか2.2秒。

はるの氏にとっては迷惑な賞賛かもしれないけど、ここの所作の切れ味に地味に鳥肌が立った。

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■宍倉暁子

彼女が登場すると、そこだけ別の照明があたってるようだった。

さらに今回の千本桜ホールより少し大きめの劇場向けにチューニングされた、よく通る発声。

今回集結した “夢のベテラン勢” の中では、彼女が出色だった。

彼女だけは気になって調べたら、舞台を中心にTV、映画と活躍の現役大ベテラン

たしかに分かる。

自分の外見と所作が人にどう見えるか、何十年にもわたって掘り下げていないと、ああは行かないと思う。

『紅い花』では漂泊の釣り人。すこし困り顔の茫漠とした旅客でありながら、マサジのカウンターパートとして要所を締める。

『盲人書簡』では軍人と密通する小林少年の母として、実に汚ならしい堕落した母親像を体現。

教科書的に言えば寺山修司の作品世界に通底するコンプレックスというかオブセッションというか、ともかく “その部分” を実に彼女一人で背負って担当していた。

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大久保千代太夫

今回最高の当たり役の一人。

犬丸は尾張織田と敵対している設定だけど、人物造形はおそらく美濃のマムシこと斎藤道三ベースだと思われ。

自分に襲いかかった刺客を手籠めにして側室にする一代の梟雄らしい悪太郎ぶりと、戦国武将の透徹した死生観が、もう全身からみなぎっていた。

『盲人書簡』の方は。

うーん、自分の中では “生ける舞台装置” としての黒い苦力(クーリー)の集団は、なんというか、全員が均質な筋肉質の没個性の集団だったんで、あの巨躯が逆にマイナスにはたらいた気がする。

こればっかりは、いたしかたなし。

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■小阪知子

影の殊勲者にして功労者

前説とカッパ相撲のときから(自分の見立てでは)この人は切れ者だろうな、と思ってたんだけど、今では確信に近い。

馬鹿をやる、それもビビッドに馬鹿をやれる人間は、なんというか、切れる。これは自分の持論。

自分が見るかぎりでは、月蝕歌劇団キャストベテラン高位職者(?)には2つのカテゴリがあって。

1つは白永歩美、岬花音菜のように “スタア” 役を仰せつかってスポットライトを浴びる職種。

もう1つは、前回公演の鈴乃月葉や今回の彼女のように “ひとり10役をこなしてストーリーラインを維持する” という重責の担当者

月蝕歌劇団は後者の高能力キャストがいないと成立しない。

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■若松真夢

薄い眉、暗く沈んだ眼。白永歩美が陽のビザールだとしたら、彼女は陰のビザール美人。

もっといろんなキャストで見てみたいと思った。できれば和装で。

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城之崎リアン

詩劇ライブのみに登場。OGか。

男装の貴公子然とした男装の貴公子。うん、貴公子

そりゃ、男女問わず固定ファンガッツリと付いたことは想像にかたくない。

問題は、貴公子以外にどんなキャストをやっていたのか、想像がしにくいことで。

もっと昔から見ていなかったことがくやまれる。

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■登利忌理生

前回の中村ナツ子に続き、今回の「なにものだ! このひと!」ワクに期待のダークホースが登場。

自分は茶髪に偏見があるようで、「えっとぉ、学校卒業の記念にぃ、オーディション受けちゃいましたー!」みたいなハスッパな外見と、そこから飛び出す恐ろしい長セリフと演技巧者ぶりのギャップに舌を巻いた。

本当に何者だ! と思って調べてみたけれど、月蝕以前の芸歴がまったく引っかからない。

あれか。学生演劇出身か。

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■音無ねむ

今は、まだ大部屋女優といった立ち位置

(たぶん。自分が調べた限りでは、まだ無名)

何者でもない。

何者にも、まだなっていない。

だけど、あの男に引けを取らない長身とキリっとしたマスクには、絶対に活きる使いみちがあるはず。

実際、『盲人書簡』の “新聞朗読笑い男” には何とも言えない味があった。

キャスティングの認識、間違ってないよね?)

陵南の田岡監督ふうにいえば、「体力や技術を身につけさせることはできる。だが、彼女をでかくすることはできない。立派な才能だ」ということ。

まずは、その長身を恥じるような猫背をやめて、胸郭を開いてまっすぐ立つところから、カンバレ!!

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J・A・シーザー(と音響)

ふむ。ふむふむ。

エンディング、こんな感じかにゃ? 間違ってるかもだけど。

(いま手元にGarage Bandしか無いんで大変)

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Bm....................BmM7(←Daugかも)

寺 の 坊 ん さ ん 根 性 が 悪 い

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Bm.............Bm........F#m..GM7

守 り 子 い な し て 門 し め る

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F#m.........Bm........F#m......Bm.E

ど し た い こ り ゃ き こ え た (か)

.

(間奏2+4小節)

E.................Bm.......Bm.......Bm.......Bm

+--------+--------+--------+--------+--------+--------+

.

Bm.......D/A...GM7..........Bm.D/A..E..

守 り が 憎 い と て 破 れ 傘 き せ て

.

Bm.......D.....GM7.......Fm#......GM7

か わ い が る 子 に 雨 や か か る

.

Fm#.........GM7.......Fm#......GM7

ど し た い こ り ゃ き こ え た か

.

(間奏4小節)(以下同じ)

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※各コーラスの7、8小節目のメロディが元の民謡と違う。

 メジャーセブンに合わせて変えたか。

※地味に1コーラス目と2コーラス目以降でコード進行が違う。

 採譜するまで気が付かなった。

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えー、日本のニロ抜き音階(いわゆる田舎節)で作られた民謡/童謡に、7th、9thがタップリ乗ったモダンコードをあわせて。

さらに、それを流行りのリズムパターンに乗せると、こう、実にカッコいいニューエイジワールドミュージックになるのは皆さんご存知のとおり。

(今回はハードロックリズムビート

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こういう音楽はみんな大好き。ボクも大好き!

この種の音楽の嚆矢は自分が知る限りYMO(実質、坂本龍一)で、80年代ではあるけど、このスタイルが「教授(坂本)のパクリじゃ〜ん!」と言われなくなったのはEnigmaやDeep Forrestが日本でワサワサ紹介されて一般化した90年代のような感じがしていて。

(“姫神せんせいしょん” や喜多郎については、当時ノーマークだった自分に語る資格はない)

問題は、J・A・シーザー氏が、何故この時期にこの種のスタイルをぶつけてきたか、だ。

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  • ここで急遽訂正!!-------

本公演エンディングの『竹田の子守歌』はJ・A・シーザー氏の手になるものではないとの指摘がありました。

お詫びして、訂正します。

以下、上記の誤りを前提にした言及をカットします。

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でも、今回のエンディングが実にイイ感じだったことは確かで、これからもこの路線はアリなんじゃないか、と思った次第。

うん、自分に言えるのはそれだけ。

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最後に音響について。

なんか、今回の殺陣は斬撃の効果音タイミングがやたらと良かった。

何か条件が変わったんだろうか。

ただ、いつもながら思うのは、客席一番奥にコントロールブースを置かないで、それでもあのレベルの音響を維持できているのは、それ自体が奇跡に近いことだ。

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プロップ大道具の印象は前回と同じ。

ただ、生きている動物の仕込みはさぞかし苦労しただろうな、と。

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んー、今回の月蝕歌劇団はこんな感じでした。

全体としてどうなのかって?

うん、良いところもあれば、首をかしげるところもある。

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まずは。

自分はもともと聖子ちゃんキョンキョンのころから、それほどアイドルが好きではないので、フレッシュキャストライブ感、というのにはそれほど重きをおかない。

なので、(おそらくは)キャストのものに入れ込んでほしい、という劇団の方針には同意しかねる。

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しかしながら。

高取英氏の作品世界。これにはどーしても、どーしても不思議な引力を感じでしまう。

結果として、スケジュールが合って演目の印象が良ければ、これからも足を運ぶような、そんな感じがしている。

というあたりで。

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また機会があれば。

2017-12-09

君の名は。』で新海誠は死んだ

俺は『秒速5センチメートル』を新海誠最高傑作だと信じて疑わずにいる人間だということを、予め言っておく。

君の名は。』、去年の夏に公開されるまで、久々の新海誠の新作映画ということで心底楽しみにしていた。

公開前に発売した『小説版 君の名は。』は発売日に買ってその日のうちに読んでいたし、神木隆之介も好きだったから、これはもう間違いない、

秒速5センチメートル』以来の大物が来る、と期待を胸に公開を待っていた。

でも、その時から、心の片隅で、ほんの少しだけど嫌な予感はしていて、それは公開後に的中した。

俺は新海誠の、あの陰鬱で薄暗くて救いようのない世界観が好きなんだ。

ドロっとした恋愛観で語られる男主人公背中が好きで、やっぱり俺は『秒速5センチメートル』が大好きなんだと思う。

遠野貴樹に自分を照らし合わせて、たまらなくなる。

そうして、公開直後に胸をときめかせて見に行った『君の名は。』にはかなりのショックを受けた。

これまでのような人を選ぶ作風ではなく、エンタメに富んだ、大衆的で王道の展開に、ベタベタラブコメディをぶち込んできた。

開始30分ぐらいでそれがはっきりとわかると、目を背けたくて、我慢できなくて外に出たくてどうしようもなかった。

でも、これはしっかりと目に焼き付けて、この事実自分に刻み込まなければならないと、拷問に近いような感覚最後まで見届けたのを覚えてる。

これまでと一貫しているのは、背景美術の美しさだけであった。

背景美術は確かに、素晴らしかった。前作の『言の葉の庭』以上だったと思うし、とどまることを知らないようだった。

この酷い映画を見終わった、劇場からの帰り道、俺は少しずつ「新海誠は死んだ」ということを理解し始めた。

過去作を全否定した『君の名は。』、しかし俺とは反対に世間評価は大絶賛だった。

世間はこの酷い映画を"新海誠代表作"と称し、過去作には目もくれずにエンタメ監督としてもてはやした。

違う、そうじゃないだろ。

君の名は。』を見て、それを新海誠だと思っている彼らのほとんどは、馬鹿である阿呆である

君の名は。』を気に入ったミーハーな彼らは、同監督の『秒速5センチメートル』を見て、失望するのである

鬱だ、暗い、つまらないと吐き捨てる。全くもって、ありえない。

ほしのこえ』『雲のむこう、約束の場所』を経て、『秒速5センチメートル』は完成した。

本来はこの過程こそが新海誠なんだ。

どうしてこんなにも変わってしまったのか、困惑するばかりである

2017-11-06

[]岡田麿里(原作)絵本奈央(漫画)「荒ぶる季節の乙女どもよ。」

2出てたので1を再読してから読んだ

あの花小説版キモい下ネタ部分をメインテーマとして設定しちゃっためっちゃ痛い漫画

官能小説音読する部活やってた耳年増な女子高生たちが、性を毛嫌いしながらも恋したりして性と恋の間に揺れる気持ちを描いている

おかだまりっぽいなあと思うけど、面白いかと言われるといまいち面白くない

なんで面白くないか考えてみたけど、えぐさ痛さが足りないからかなと

あと展開遅いかお話進むの遅くてなかなか楽しいと思えるところがないってのもありそう

まとめ読みしたら多少は印象変わるかもだけど、少なくとも2巻程度ではまだまだ面白いの域には達してない

2017-09-17

大運動会かい百合アニメ

バトルアスリーテス大運動会というアニメをご存知だろうか

50世紀の未来舞台として、世界最高のスポーツエリートが出場するスポーツ大会大運動会」を目指して努力する少女神崎あかりとその友人たちを描いたスポ根ストーリーである。(Wikipedia先生

なのだが、放送したのは1997年

1997年といえば、例えばMAZE☆爆熱時空ガオガイガー超魔神英雄伝ワタル夢のクレヨン王国新天地無用烈火の炎とかあの時代だ(エヴァの2年後)

 

あの時代にも関わらず、大運動会最近百合アニメ雰囲気がある

登場人物に男メインキャラがほぼ居らず、そこかしこレズが居る

TV版で主人公三角関係になるが、もちろん相手は全員女だ

 

もちろんスポ根なので日常系かと言われると微妙なところだが

そもそもキャラばかりだとそこかしこ日常系空気が出てくる

最近で言えば競女みたいなもんだ、空気は基本ゆるい

 

最近ますます勢いを増す百合物、女だらけ者だが、似た空気のある大運動会を知らない人が割りと多くて少し悲しい

まれてくる時代を間違えたのかもしれない

あい空気アニメは色々探しているが、90年代00年代は少ないように思える

しろハーレムアニメとかが多かった時代だな

 

ちなみにこの作品メディアミックスされているが、当時よくあった「原案以外内容が違うタイプメディアミックス」ってやつだ

そこは注意して欲しい

個人的にはTV版が大好きだ、ストーリーがとてもいい

 

 

関係ないけど、女だらけもの、男だらけものをやろうとしたら、スポ根がすごくちょうどいいんだな

男子部、女子部で分けられるから、出て来るキャラが全部片方でも違和感がない

弱ペダとか、卓球娘とかな

 

__

 

一応言うと、私はリアルタイムじゃなく、2000年台になってから見たにわかなので

もっと深く知ってる人多いと思う

小説版とか読んでなかった

 

でも何となく見始めて、2日で全部見てしまったくらいに面白いよ。

面白いよ!(語彙がたりない)

流行れ。

2017-07-13

Fate GOに手を出して後悔している

昨日にFGO関連のホッテントリがあって議論が盛り上がってたので、ついFGOに手を出してしまって

思うところがあって書いている

いままでFGOソシャゲでなんか違うなと敬遠してやっていなかったのだが、やってみて

やらなきゃよかったと少し後悔している。

Fate、というか型月作品がとても好きだった。

FatePCゲームから入り、

  1. Hollow atraxia
  2. Zero小説版
  3. 月姫
  4. メルブラ
  5. 小説版 空の境界
  6. PS2版 Realta Nua
  7. ディーンアニメ
  8. UBW劇場版
  9. 劇場版 空の境界
  10. アーネンエルベの一日
  11. カニファン
  12. 魔法使いの夜
  13. Zero アニメ
  14. UBW アニメ

のような順でタイプムーン世界観にハマっていった。

Fate系の外伝はあまりやっておらず、主要な作品とそのアニメ化フォローしていた感じ。


本編の雰囲気世界観が好きで、その後日談となる軽いノリの作品も好きだが、過度に本編から外れているものはあまり受け付けなかった。

プリズマイリヤとか。 タイガー道場とか教えて知得留先生みたいなノリも好きなんだけど、本編がそのノリしかないものは違う感じ。

独特の緊張感のある雰囲気というか、奈須きのこ文体PCゲーム雰囲気が好きなんだと思う。


そんな俺がFGOを始めて、その世界観ソシャゲに毒されたんだなぁと感じてしまった。

歴史上の有名人物を片っ端からサーヴァントになってしまっている。一人ひとり細かく設定があり、それが相互作用を起こしてストーリーが進んでいくのが良かったのに、

これだけ大量にキャラが出てきていて気持ち悪い。

アサシンなんてハサン・サッバーハのうちからしか選ばれない設定だったのに、アホほどいる。

キャラデザもなんかソシャゲ風の萌えキャラっぽいし。


別にソシャゲが嫌いなわけではなく、色々とプレイしたが、FGOはやるべきでなかった。

そりゃゲームは良く出来てるよ。アニメーションヌルヌルケレン味ある動きするし、ビジュアルノベル時代と比べ物にならない。

けど違うんだ。

自身は、昔からファンでることでマウントしたり、老害になりたくないと思っていた。

だが今の時代Fateや型月といえばFGOであり、昔からの型月厨と大きな隔たりができてくるのではないかと。

そのうちマジョリティFateファンFGO新規プレイヤーになり、話が合わなくなっていきそうだ。


FGOから入って、過去作品のどれからプレイ、視聴すればいいかという相談がよくあるが、

FGOから入った時点でFate stay nightのサーヴァント真名というネタバレをされている状態だ。

特にアーチャー周りはひどいと思う。(だからディーンアニメFateルートなのにあっさりアーチャーネタバレするから嫌いなんだが)


Type-MoonFGOで稼いで生き残ってくれるのはとてもよいことだし、ファン公式の出したもの文句を言ってもしょうがないと思っている。

それでも俺が望んでいるのは、月姫2と魔法使いの夜の第二部など、洗練された世界観PCゲームであって、ダラダラやり続けるソシャゲではない。

type-moon wikiを見て、各作品共通する設定を眺めてるだけで楽しいはずだったのに、

最近FGOソシャゲの都合で拡張された設定が増えてきてる気がする。

どうかFateを、型月世界をこれ以上消費させないでほしい。

https://anond.hatelabo.jp/20170713044940

小説版ポケモンは、新しいポケモンが1種類発見されるごとに既存動物が1種類消えるという裏設定があったみたいな話は聞いたことあるけど、ポケモン世界って動物居ないの?

ポケモンの正体って何だと思う?

新作映画ポケモン脚本に一部、首藤剛志がかかわっているらしい。

一話引用からか?とネタバレを見たところ想像以上に首藤色を感じる出来になっているそうだ。

にしてもこの人が長期シリーズになる前に考えていた「ポケモンの正体」って、なんなんだろうね。

小説版アニメからしても動物から作られているのは分かってて、オーキド博士も知っているらしいんだけど

人間には起源も分からず、あの世界の人間動物が居たことも忘れているんだよね。

進撃の巨人かよって今この話を知った人は思うけど、そうなんだ進撃の巨人はつまりポケモンなんだ。違うか。

んで、結局ポケモンの正体ってなんなんだろうね。そこは明かされてないんだよ。うーん、わからん

映画はそんな話ではないみたいだけど、予告見た感じではきっとパラレルなんだろうね。

このパラレルってのも進撃の巨人…じゃなくてポケモンゲームをする人なら知ってそうだけど

ポケモンって世界線が複数あるんだよなぁ。

多分今回の映画はある一つの世界なんだろうけど。首藤の没プロットがどれだけストーリーに生かされているのか気になるな。

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620084444

ロードススレイヤーズオーフェンブギポ猫の地球儀めっちゃ好きだけど「名作」というポジションに行けてるとは俺も思わないな。

物語としては名作だけど、文化的に名作として扱われてるとは感じない。

その辺の作品群を読むことが「教養」という風に受け止められてないというのが大きい。

アニメにもエロゲにも「教養としての作品たち」みたいのがあるのに、ラノベにはそれがない。

年取ったファンが「あれは凄く面白い」「エポックメイキングだった」と言っていても、それは教養語りと受け止められず、ただ懐古という風になってしまう。

それが何故かはわからない。ラノベが未熟だから、などという簡単理由ではないだろう。

はいえ、「名作」がない、つまり「触れていることが教養とされる作品群がない」ことは必ずしも悪いとは思わない。

名作とされる作品群が発生するということは、権威が生まれるということに繋がるからだ。

それを読んでいるということを誇り、知識考察をひけらかす衒学に走り、触れてない奴を浅学と馬鹿にする権威主義

そういうものが、ラノベ界隈ではあまりない。そういう振舞いをしようとする人がいても、周囲から馬鹿にされるだけだ――それこそ懐古厨として。

同じ時代を生きた人に素早くリーチし、高速で消費され、そして次の世代過去の積み重ねにも触れねばというプレッシャーを受けず読みたいものをスッと手に取れる。

その猛烈な速度は、たぶんライトノベルのいいところだ。

大塚英志小説版サイコあとがきで書いた文章に、

「速度。そう、重要なのは消費される小説けが持ちえる速度だ。屑さえも書物に仕立て上げる速度だ。その速度に乗せなければ届かないことばというものがある。その速度に乗せなければ届かない遠い場所に読者がいる。」

というものがある。

この文章が書かれてから20年がたっても、ライトノベルは速度を失っていない。

2017-06-11

[]6月11日

○朝食:なし

○昼食:納豆

○夕食:ケンチキ

調子

昨日できなかった掃除やら洗濯やらゴミ出しの準備やらをした。

もう暑いからか、汗だくになってしまった。

それからハンターハンターが連載再開するらしいので選挙から読み返したり、

漫画版虚構推理小説分まで終わるらしいので小説版漫画版の両方を読み返したり、

喧嘩商売金田戦あたりから読み返したり、

クロボンF91小説版から読み返したり、(読み返すの定義がブレてるけど)

と、一度読んだことのある本や小説を読み返す日にしてみた。

新しいのを読むのも楽しいけど、好きなのをもう一度読むのもやっぱり楽しいな。

特にクロボン、っていうか宇宙世紀ガンダムは、どうもトワイライトアクシズF91やクロボン重要な設定「ロナ家」と、ユニコーン逆襲のシャアあたりとの設定を繋げる展開があるらしく、

腰を据えてがっつり読みたいので、あえてF91小説版から読んで見たりした。

ゲーム日記と銘打っているくせにゲームをしていない、との思われるかもしれないが、

これは、明日の朝六時から始まる、ゲームの見本市E3Xboxブリーフィングにむけて、

あえて、あえて、ゲームをしないことで、

あえてゲームへの理力を高めているのです。

なので、明日からは生まれ変わったゲーム日記をお届けするんじゃないかな?

いやまあ、月曜日は恒例の大好きなラジオを2時間真剣に聞くからあんまり時間ないんだけど。

3DS

ポケとる

ログボのみ。

iPhone

○はねろコイキング

トレーナーランク27。

コイキングは、32代目。

コマスター

ログボのみ。

2017-05-08

歴代魔法少女の行く末を知ってる?

ネタバレ多数含まれています覚悟してごらんください。また鬱になる可能性がございますので、お気をつけて。

魔法少女なのにダークだと話題になった「魔法少女まどかマギカ

しかし男女問わず大きなお友達から魔法少女は鬱展開多い」という声も多数なので代表的魔法×少女もの魔法が使える少女を指すことにする)の終盤の展開を調べてみた。

結論から言うとほぼ覚えていなかった自分に驚いた。

帰りたくなかったが火事をとめたため魔法使いがバレて人間界追放

父親を救うために大きな魔法を使い、代償としてコンパクト変換

両親と二度と会えないが人間に恋をして海を捨て人間になる(日本版リトルマーメイドアニメ

最終回キャットファイト女王になれず終了。視聴者魔法をかけて終わる。人間界家族記憶が消せなかったのでハッピーエンドなのかな。

1期で事故死。転生。二期で両親がHIV。そして2期の結論としては夢オチ。(本当の夢をかなえるには魔法は捨てろオチ?)

ラストライブで「クリィミーマミ」は消失する。

(初代アニメ)うさぎ以外全員無残に死ぬ

姫助けるために別世界に行ったら姫殺さないといけなかったので殺しました。ただその後2章もあり原作アニメ微妙に違う(脚本は同じ人)。恋人ともう会えないとか会えるとか。最終的な恋愛関係無茶苦茶になっている。

好きな人が一回死ぬりりか、自分の命と世界の命を天秤にかけて自分の命を差し出し死を決意する。が、奇蹟が起きて死ななかった。

怪盗業から足を洗ったようだ。

同級生により嫌がらせをうけていたところまで同じだが、ラスト微妙原作アニメが違う(脚本は同じ人)。アニメ劇場版2が実質最終回ハッピーエンド原作恋人遠距離恋愛のち中学生で再会。事情により身内ゼロ父親、力を得る。兄は力を失う。主人公は力の制御ができるのか?→新シリーズ(連載中)へ。ツバサに登場してるので桜が「サクラ」を救う展開に?(つまり桜周辺は平和だけど取り囲む世界が不穏)

主人公引退。のちなんやかんやで劇場版で復活した?

結局全員魔女にならなかったんだねぇ~。小説版で3年後が描かれてるけど、はなちゃんは急成長と精神年齢が伴わなくて反抗期が激しくなって、おんぷちゃんは芸能界の荒波で荒み母と死別していました。

最終決戦前処女喪失し純潔では無いので変身できないのではと悩む。

準主役、人形でした。主人公記憶喪失学校通えず友達できない。

好きになったのは双子の兄で失恋、兄はジュエルペットになった。

円環の理を断ったほむほむなのでした。

2017-03-20

小説版読まないと母親の死因がわからhulu見ないとその他情景わから

銭形ドラマでも日テレドラマWOWOWドラマhuluドラマを全部見ると全貌が理解出来る。みたいな仕掛け勘弁して欲しい。

http://anond.hatelabo.jp/20170319022641

2017-02-13

メディアミックスされた作品の楽しみ方

色んな媒体作品化された際、どういった順序で見るのが一番楽しめる(個人の感想です)のかを紹介。

 

アニメ漫画→あれば映画小説→あればドラマCD

 

何を根拠に並べているのかというと表現技法情報量について、だ。

原作小説場合であってもこの順番が恐らく一番楽しめる。

小説アニメだと原作との突き合わしによる矛盾とかが出てきてしまい、視聴の障害になりやすい(個人の感想です)。

これがアニメ小説だとアニメで語られなかったことやアニメとの相違点を素直に別作品として受け入れられる(個人の感想)。

よく原作組はアニメの出来にイチャモンや難癖を並べているのも、自分の中で膨らました小説イメージ再現されなかったかである

これがアニメ小説なら最初から別物であると割り切って門をくぐるので余計なぶつかり合いが無い。

からアニメ小説正義

 

その間に漫画があるのは、消化しやすいとか、アニメという絵が付いた媒体から音を無くして入り込む段階とかそんなところ。

ぶっちゃけ小説漫画順序はどっちでもいい。

 

映画位置重要で、予備知識がないと楽しめないものが多い。

本当は最後に持っていきたいところだが、映画現在公開されていくのが観に行く正義なのでやってほしい。

最低限アニメ観ておけば楽しめる構成にはなっているはず。

特に映画公開時期で話題が高騰しているので時間的制約からアニメ漫画くらいしか消化できないだろう。

ドラマCDは本編と関係ないサイドストリーが多いので一番予備知識いると思う。

なので最後に消化するのが一番よい。

 

 

というわけで2017年公開予定、弐瓶勉SFアクション漫画作品映画BLAME!」をよろしく!!!

http://blame.jp/

BLAME!小説ドラマCDがないか漫画だけで予習できるぞ!

ちなみに新装版も発売されているがぶっちゃけ古い方がオススメだ。違いはちょっとした書き直しや表紙の書き直しだが旧版の方が味あっていいです。要らん。

電子書籍でも買えるしアマゾンでもコミック買えるだろう。

あと次の情報も要注意↓ 

2月16日(木) ”ツトムの日”に、『BLAME!劇場アニメ化記念「シドニアの騎士」一挙放送が決定!

シドニアの騎士は有名だろうが、BLAME!はまさに人を選ぶ作品だ。

この面白さを理解できるやつと酒を飲んで喧嘩して絶交する。ドン弐瓶勉ワールド

追記:

冲方丁によるノベライズ小川一水九岡望飛浩隆・酉島伝法・野﨑まどによるアンソロジー、という超豪華メンツによる小説版が待ってるぞ。>BLAME!

こんなとこで宣伝してんじゃねーよ馬鹿野郎

http://www.hayakawa-online.co.jp/new/2017-01-26-172157.html

これか!講談社早川書房!ああ!

2017-01-24

WIZ小説が好き。

ようするに迷宮をひたすら潜る話が好きなんです。

と、いうわけでまだ読んでいないそんな本が知りたいのです。

ちなみに、ぱっと思い出せる既読タイトルを。

クリスクロス

現代的に言うならVR版の『ウィザードリィ的な』ゲームに興じる主人公達を描いた話し。

主人公盗賊忍者クラスチェンジする。

ちなみに、システム的に盗賊は弱いが、中身の意思が強いので、作中では異様なタフさを見せつける。

ひと夏の経験値ファイナルセーラークエスト

現代なんだけど、地下にダンジョンがある東京舞台

地下の深くに学校があって、当然魔物徘徊しているし、トラップ存在する。

自然、通学する為には悪意あるダンジョンを通らなければならない女子高生の話。

街の住民である担任忍者、友人は気闘者、剣士などだが、主人公引っ越してきた為、普通女子高生である

アラビアの夜の種族

正確には『ダンジョンに潜る冒険者の話』を聞く王様の話。

現実では国亡の危機が近づきつつある一方で、夜ごと語り部は物語を紡ぐ。

現実主人公王様に仕える奴隷

物語の中の主人公剣士という二重構造

BASTARD!!―暗黒の破壊神ニンジャマスター ガラ外伝

有名漫画ノベライズ

マンガの方はWIZ的な、というかTRPG的な世界を飛び出して彼岸に走り去ったので、WIZ的成分は小説版の方で。

ちなみに、実はニンジャマスターガラは主役ではなく、表紙の女の子剣士種族獣人)の方が主役である

ガラはあくまオブザーバー的な立ち位置堅守している(強すぎるから)。


あれ、意外に少ない。

なんかいっぱい読んだ気がしてるのにな。

WIZノベライズは当然抑えているンだけど、実は迷宮シーンより登攀シーンの方が好きなのは秘密だ。

他にあったら教えてください。未読なら多分きちんと読むんで。

2016-12-29

[] 苹果の記憶

アニメから5年越しで輪るピングドラム小説版を読んだんだけど、エピローグで苹果ちゃん視点の話はなかったんだよね。つまり苹果ちゃんの一人称地の文で、以前の運命記憶がないと語られたわけではない。

同じように運命を乗り換えた姉が超越者然として振る舞ってるのを見ると、苹果ちゃんもその資格があってもいいと思うんだよ。

会えない想い人の記憶を持っているのが本当に良いことかどうか俺には分からないが、そういう特別扱いがあるのだとしたら、何かとても、救われた気持ちになる。だから俺は、苹果ちゃんは晶馬のことを覚えているのだ、と思っておく。

2016-12-25

普通に見てもよくわからないのを「ハイコンテクスト!!!!!」って褒めるのやめない?

2周目でハッとするから感動!!!とかそもそも普通は1周しかしないんだから1周目でハッとさせろよ。

花言葉が!!聖書引用!!!とかそんなん知らねえよ花言葉とか曖昧すぎていくらでもこじつけがきくし何の意味もねえだろ。

小説版への布石!!原作では重要だったキャラ!!!とかそんなん知らんわこっちは今見てるメディアしか興味ねえんだよ。

結局さあ、ハイコンテクストってのは褒めるようなもんじゃなくてただの説明不足か余計な描写だろ。

右から左に動いてるからエネルギーの流れが!!!!とかもまあ漫画なら分かるよ、漫画限定でな。読み手がページ捲ってるから。でも映像作品でやられてもそんなん効果ねーよ見てる側は左右対称の画面を正面からずっと見てて左右のどっち方向にエネルギーが流れてるとかそんなん感じねえもん。そりゃ前と後にはエネルギーの流れあるよ。でも左右にはないだろ。

マジさあハイコンテクストって言い訳の元に映像ノイズを投げ込んだり説明不足なだけの作品を甘やかすのやめないか

2016-12-14

俺もジャンプを採点したい

ハイキュー:80点 現実的スポーツ漫画でありながら必殺技要素もある美味しいバランス感覚が良い。←ほんとこれ。あと先輩眼鏡マネとかも大好き。

ワンピ:75点 なんかビッグマム一党が人格的に雑魚っぽくて四皇に期待してたのはコレジャナイ…。あとルフィの突然戦わなくなるアレ嫌い。 

鬼滅:70点 独特の才能に疑いはなかったがこれだけ少年漫画に寄せてきたのはすごい。伸びるよこれは。

火ノ丸:60点 安定。地味。だがいい漫画だ。低い点は付けられないな。

ラクロ:50点 小説版キャラ逆輸入してメインを張らせるという冒険的な、小説版読んでない人置いてきぼりな実験を展開中。

斉木楠雄:50点 安定感凄いけどハズレキャラはあきらかに居るよね。斉木兄もその1人。最近でたのではブツブツ喋る奴とか。

磯部:50点 安定。

レゴラッソ:45点 テコンサッカーという酷い設定の企画押し付けられてる。作者は力があるので次回作応援する。

バラン:40点 ダラダラダラダラ。もう脱出しないまま終わって伝説になって欲しい。原作が足引っ張るジャンプ定番ティーン。

ゆらぎ:40点 とらぶる的なアレ。ラッキーエロ個人的には刺激ゼロだけど安定できたエロコメはいい駒なんだろうね。

ヒロアカ:40点 全然評価しない漫画自分が見てきた漫画アメコミパッチワークだけで創作してるタイプ

青春:35点 ほのぼのしてるが長生きできる器ではない

ーー赤点未満ーーさっさと切るべき作品ーー

せすぴん:30点 作画専業やってた割りに絵の表現力と画素が低い気がする。あとダンス取材が浅いような。

銀魂:30点 なんか最終章っぽい雰囲気だしながらもう数年経ってるよね あんま読んでない

左門:25点 地力が足りない部分を色んな工夫で補って水面に顔を出すところ嫌いじゃないけどそろそろ限界来てるよね

デモプラ:20点 実は読んでない

ソーマ:20点 前から読んでないが最近評判悪いな 何か起きたのか

アマルガム:15点 絵が汚い

ー番外ー

ヘディス:測定不能: でも天然だった人が「自分面白い」って気付いちゃった感じのいやらしさはあるよねいまの許斐先生

http://anond.hatelabo.jp/20161213205937

2016-11-01

村長小説版君の名は。」がどうして売れたのか知りたがってるけど

Twitterで「小説君の名は。」発売前後ツイート検索してみると(小説 "君の名は" until:2016-06-19)、

中高生っぽいアカウントで「『君の名は。』を買った/買いたい」って言ってるのがめちゃくちゃ多い。

新海誠に捻れた感情を抱くオタクほとんど出てこない。

それでいて「新海誠」という名前はかなりの頻度で出てくる。

「新海監督が映画を先に見てって言ってるから小説を読むか迷う」みたいな。

やはり、もとからの人気・認知度があってのヒットであって、

発売三日で10万部で即重版っていう売れ方からしても、宣伝店頭で売れたって感じじゃないよね。

(参考:たちまち18万部! 映画公開の期待をふくらませる新海誠最新作ノベライズ『小説 君の名は。』 | マイナビニュース

あとは神木隆之介ファンRADWIMPSファン関係してくるけど、

その層が新しく入ってきたというよりは、そういう層にとっての神木隆之介RADWIMPS新海誠

基礎教養なんじゃないかという感もある。

2016-10-11

君の名は。小ネタ

言の葉の庭製作後に東宝から川村元気を紹介された

・元気にあったときに今の仕事が終わる、2ヵ月後に企画書しますよと言った

企画書を作りだしたのは提出1週間前

・初期段階で男女が入れ替わり、彗星が落ちて、最後に再開するという筋書きは出来ていた

川村元気最初チャラくて新海誠典型的イメージどおりの(いわゆる)プロデューサーが来たなと思った

・実際に話すと結構シャープな人だった

会議では如何に感情の起伏を作り出すかや、終盤で序盤の台詞との重ねあわせ等をしたほうが良いと指摘された。

・そのほうが皆感動して涙を流す。その一粒が興行収入いくらになるとか茶化しながら言われた。

ラピュタのように、三葉(シータ)を物語の軸にして、語り部を瀧(パズー)にしたほうが良いといわれた。※元気に

小説版新海誠印税が入る

とりかえばや物語などの日本古典や夢で好きな人を見た和歌などを参考にした。

RADWIMPS桑原武田声優で出演している

勅使河原重要

・序盤の巫女の踊りは彗星割れる様を表している

・額につけている飾りは龍である

・奥寺先輩や口噛み酒が物語に登場するのは監督の好みでもある

・秒速までは99.9%男性客がメインだった ※主観

・星を追う子供から海外客や女性客が増えた

RADWIMPS野田二郎童貞じゃないと思うけど、童貞力がある。※新海誠

・結局二人(瀧と三葉)は再開したけど、再会した後にやっぱいろいろあるらしい

作画監督安藤さんにはほとんど口出ししなかった

安藤さん的にはもうちょい芝居の方向性提示してほしかったらしい。

・今時のキャラデザ田中将賀の絵を使えれば(リアルな絵を描くのが得意だったので)なんか(典型的アニメ手法みたいな)新発見あるかもとおもっていたらご飯をよそったり意外と日常芝居が多くて大変だったらしい。※アニメではただ椅子に座ったりするだけとかの日常芝居(絵を描くの)はかなり難易度が高いといわれている。

・幅広い観客に観てほしいと思ったので全体的にはマス向けに作っているがファン向けにいろいろ過去作の小ネタを仕込んでいる

・ドアを閉める描写とか結構高橋留美子アニメの影響とかある

東宝のお偉いさんの会議をゼーレ会議と言っていた。

・らんま2/1を高校生とき見ていた


②があるかはわからない


b:id:msdbkm 出典は後日追加します。

b:id:watermaze 紹介の話は川口さんと新海監督の間で食い違っているので真実はわかりません。推測はできますが。

2016-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20160921141732

同意だが、アニメ小説版のレムの可愛さをまったく表現しきれていなかったため、駄作と言わざるを得ないだろう。

時間的制約のせいか、レムの可愛さが発揮される後半駆け足になってしまったのが悔やまれる。

2016-09-10

君の名は。」の東京至上主義死ぬ気持ち悪い(追記有)

君の名は。」を観た。映画としては面白かったが、監督東京至上主義的発想がにじみ出ていて気分の悪い作品だった。以下ネタバレこみでどこが気持ち悪かったか書く。


まず、三葉が飛騨に住んでいるのに東京の話ばかりするところが気持ち悪い。飛騨は一応岐阜の一部であり東海地方であるテレビ名古屋ニュースが入るはず。ならば、まず三葉が向かうべき都会は東京ではなく名古屋のはずである。もちろん、東京名古屋では都市の規模に明確な差があるけれど、「カッフェ」はたくさんあるし雇用も最低限はある。実家の様子を見に行くことを考えれば名古屋就職するという選択肢も考えられるはずで、そこがすっぽり抜け落ちているのが不思議だ。小説版では三葉が名古屋のことを「大きな田舎」と表現する場面があるらしいが、当たり前だが飛騨よりは名古屋のほうが何倍も都会だ。三葉たちが困っていたのは「カッフェ」がないこと、雇用がないこと、訳のわからない因習があることだ。それらから逃れるためだけならば東京ではなく、岐阜市なり名古屋市なり富山市なり近くの地方都市に引っ越せばいい話である。(岐阜富山雇用が少ないかもしれないけれど)三葉が「田舎」を脱出したいという気持ちはわかるが、その向かう先が「東京」である必然性は感じられなかった。

次に、三葉たち糸森村の若者たちが最終的に三人とも上京するというのが気持ち悪い。繰り返し書くが、三葉たちが「田舎から脱出するなら名古屋に引っ越すという手段もある。それなのに三人が三人とも東京に出てくるのはなぜなのか?また、百歩譲って名古屋飛騨と同じレベルの「大きな田舎」だとして、「田舎」に彼らが残らなかったのはなぜか?糸森が消滅したとして、その地元愛着があるなら欠点はあれど飛騨に残るという考え方も抱けたはずだ。特にテッシーは親父が土建屋でその跡を継ぐという選択肢も考えられたはずであり、岐阜就職することもできたはず。東京に行った三葉と地方に残ったテッシーという対比もできたのに三人とも上京してしまうというのが腑に落ちなかった。

そして、彗星が墜落したあとの三葉とテッシー夫婦以外の糸森町民の姿が描かれないのも気持ち悪い。町は半分くらい吹っ飛んだが避難完了したはずで、三葉の妹やおばあちゃん、親父さんは生き残ったはずである。それなのにせいぜい三葉の親父さんが週刊誌に載ったことがわかるくらいで妹やおばあちゃんの後日談はない。あたか彗星によって三葉たち以外の糸森町民は抹殺されてしまたかのようだった。また三葉たちは生き残ったが、糸森という文化彗星墜落によって消滅してしまった。これは瀧が過去を改変する前も後も実は変わっていないように思えた。田舎文化田舎に残った人たちを瀧は実は救えていないのではないか

(そもそもおばあちゃんや妹は生き残ったのかという疑問もある。ラスト付近で瀧が彗星被害について振り返ったとき、彼は「突然の避難訓練によって、奇跡的に『ほとんど』の町民が生き残った」といった。この言葉からわかるのはあの彗星墜落によって少なからず死者が出ていたということである。その死者の中にテッシーの親父や三葉パパや四葉が入っていた可能性も後日談が描かれなかったから十分ありうる。神社土建屋といった「田舎因習」の象徴である彼らを監督は観客にはわからない形で彗星で消し去ってしまっていたのかもしれない。)



自分意見を整理すると以下の二つ

①「君の名は。」の世界には「東京」と「ど田舎(=飛騨)」しか存在しないのが気持ち悪い。地方都市存在無視している。

若者たちは必ず「東京」へ行かなければならず、彼らが抜けだしてしまった「ど田舎」は描く必要がないという思想気持ち悪い。東京は必ずしも「地上の楽園」ではないし、若者たちが抜けだしても飛騨に残った人たちの生活は続いている。「田舎」は「東京」へ向かう若者たち踏み台ではない。

この二つは監督の「東京至上主義から出てきているのではないか東京以外に日本に都会はなく、あとは全て「田舎である。「都会(=東京)」は素晴らしく、「田舎(=東京以外)」はくそったれであり、若者は必ず上京しなければならない。自分は新海監督のファンではないので彼が今までどういう映画を撮ってきたかよくしらない。だけど、「君の名は。」を自分なりに解釈するとこういうメッセージがあるように思えて仕方ない。そしてこの発想は「東京以外」にすむ自分としては非常に気持ち悪い。セカイ系だなんたら言われてる人らしいがその手の批判もむべなるかな、と思ってしまうような映画だった。



・追記

一部ブコメに返信


「miruna 軽井沢田舎ボンボンにはTOKYOあんキラキラに見えるんだよきっと。ファーストフードの豊かさを無視してブルジョア高校生がクソ高いカフェお茶してトラットリアバイトするんだから。」

これは全くその通りだと思います自分がなんでこんな増田を書いたかというと恐らく新海監督は長野のご出身(それも関東圏にかなり近い)なので都会=東京なんですよ。彼の原体験にはど田舎長野)と都会(東京しかない。近くに札幌福岡名古屋のようなそこそこ都会な都市がない。だから地方都市をぶっ飛ばし若者がみな東京にすい寄せられていく話を書いたんだと思います。でもそれは福岡名古屋札幌のほうが東京より近いエリアでは微妙事情が違ってくるはずなんですよね。だから本当はご自身出身である長野東部舞台にされたほうがしっくりくると思います

「Phenomenon あんだけ飛騨を美しく描いてるのにその解釈②はないんじゃない」

この点については「星の降る夜に”『君の名は。』(ネタバレ) - 私設刑務所CHATEAU D'IF http://chateaudif.hatenadiary.com/entry/2016/09/09/232626」というエントリー自分以上にわかやす解説しています

新海誠本人の田舎への郷愁景色のみで、ヒロインの言う「都会に行きたい」、東京大好きが本音というところだろうか。彗星には世界が滅びる鬱映画メランコリア』的な破壊衝動も感じる。人が死ぬ必要さらさらないけれど、場としての田舎は滅び去れ! 災害描写3.11メタファーなのだが、滅びるのが予言通り、みたいな乱暴さもあり、ババアの教えや伝統芸能が、街が救われることプラス自分恋愛のために存在した、というのはすごいナルシシズムだ。 ”

ヒロインや友人ら主要登場人物はみんな東京へと去り、親以上の世代のその後は語られないあたり、まさに「親殺し」の物語であったとも言える。”

メランコリア」は未見なのでよくわかりませんが、自分は「君の名は。」を観て「アクシズが墜落してしまった逆襲のシャア」みたいな映画だなあ、と感じました。人は死ななかったわけですが、彗星の落下自体「奇跡」回避できなかったということは、実はかなり絶望的な映画なのではないか、と。彗星の落下は自然現象ですが、その落下を設定したのは監督自身です。彼には田舎人間若者以外)を全て抹殺したいという願望があったのでは?少なくとも私は田舎に対する愛着は感じられませんでしたね。

とにかく自分事実誤認四葉彗星の死者数)をたくさんしているということもわかったので、もう一度見返したいと思います。そしたらまた追記を書くかも

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