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はてなキーワード: スクスクとは

2019-08-14

姪っ子の性格が少し心配な話

妹はデキ婚して姪っ子が生まれた直後すぐ離婚して実家に帰ってきた。

俺は妹の言い分しか聞いてないか実態を全て把握してる訳じゃないが、まぁ元旦那はロクでもない男。金銭面もだらしなく貯金はほぼゼロ家電家具を揃える資金生活費は全部妹の貯金こちら側実家負担家族ほったらかして飲み歩きは日常茶飯事。食べ物は平気で粗末にする(支援のつもりで送った米袋、中身が半分程残ってるのにゴミ袋にしてやがった)。

付き合ってられないという事で離婚する時も「娘に会う気はない」「だから養育費も払うつもりはない」とのこと。妹も俺の両親もそれを承諾。

俺はその話を聞いて反論。「養育費は親がどうこうではなく子どものために受け取るべきでは無いのか。妹や両親が向こうと関わり合うのが嫌だってんなら俺が代わりに裁判したって良い」と。しかし返ってきた返事は、その必要はない、とのこと。曰く「養育費だろうが何だろうが、あんクズと金輪際関わりを持ちたくはない」。要はそこまで言わしめる程のクズだったってこと。

さて、姪っ子はスクスク育って現在4歳。俺は今実家を出てるから姪っ子に会うのはひと月かふた月に1度。会うたびに成長してるのが嬉しいし可愛い。その反面、やんちゃすぎる性格不安がよぎる事がある…。

というのも、結構暴力的で口が悪い。機嫌が悪くなるとすぐ手が出るし、平常時にも面白がりながら手を出す事がある。そして注意されたり咎められたりすると、まず言い訳からまりその後は罵詈雑言の嵐、最終的には暴力

そして食べ物も粗末にしがち。出された料理を残したり、あれ食べたいと我儘を言う割には一口食べてもう要らない、と言う事も多い。

幸い幼稚園問題等は起こしておらず、給食もよく食べるし、外では比較的良い子にしてるらしい。内弁慶な感じなのかな。

もちろん「子どもはそんなもんだ」と言われればそれまでのこと。今後の教育次第で落ち着いて行く可能性は十分あるしその努力はしていかないといけない。

でも頭をよぎるのは、やっぱり元旦那クズっぷり…血、なんて安易な考えしてる自分自己嫌悪する事もあるんだけど、なかなか不安が拭えない。ウチの家系はどちらかというと物静かな性格で、俺たち兄妹を育てた両親も姪っ子の事を「あんた達の時とは似ても似つかないほどやんちゃで多動的」と評価してる。その持って生まれ性格が、今後元旦那のように悪い方向に働かなければ良いけど…将来的に家庭内暴力を振るうようになったりね。妹や両親は姪っ子の事を1番に考えてるけども、俺は妹や両親自身の事も心配だ。

養育費は得られない、妹は非正規で働きながら姪っ子の面倒を見てかなきゃならない、両親も現役で働けるのがあと何年になるか分からない。性格面以外にも姪っ子を取り巻く環境不安なことばかり…ただただ、健康に、元気に、まっすぐ育ってくれる事を祈るばかり。

読みづらいし意味分からん文章なっちゃって申し訳ない。実家に帰るたびに頭をよぎる事を取り留めもなく吐き出した話。

2019-06-17

行き場がない

ただ母の興味が欲しかった。

ただ幸せになりたかった。

私には2つ下の弟がいる。10ヶ月になったばかりの頃、父の不注意で弟は頭を強打し、一時期は生死の境を彷徨った。一命を取り留めたが、重い麻痺知的障害が残った。一度とて歩くことも話すことも出来ず、今も体だけが20歳に成長した赤ん坊のまま。

母はこの不憫な弟が可哀想でたまらないらしい。

弟の件があり両親は離婚した。私たち姉弟は母に引き取られた。母には仕事があり、障害を抱えた弟の世話はとてもじゃないが見れなかった。幸いにも面倒を見てくれる施設が市内にあったので、弟はそこに入所した。母は、平日は仕事をこなし、土日には自宅へ弟を帰省させたりしていた。母はとても頑張っていたように思う。しかし母はとてつもなく不器用だった。仕事と弟の帰省。これ以上に何かをこなす事はキャパシティオバーしていた。平日は仕事に疲れ帰ってきて、土日は弟の帰省時間が潰れる。当然家はメチャクチャゴミも片付かず、ご飯は出来合いは当たり前、次の日着る制服は夜に洗濯を回すから乾かず生乾きだった。アイロンなんてかけてもらった事ない。私は鍵っ子で、8時近くに帰ってくる母を1人待つ生活高校卒業まで過ごした。夜や休日であっても母との会話はなく、母は私に興味がないようだった。それもそうだ。母は家族を養うため無我夢中だったし、五体満足の私よりいつまでも手のかかる弟の方が心配だ。幼心より、母に迷惑をかけては行けない、弟が辛い目にあってるから私は甘えては行けないと思っていた。私は自分のことは自分解決する癖がついていた。それに身の回りのことは自分でやりなさい、が母の方針だった。しか方針だけで、教育には意識が向かなかったようで、箸の使い方や横断歩道渡り方、人への挨拶、身嗜みは全て学校、叔母や従兄弟から教えられた。そもそも学校とはそういうところだし、母に世のルール全て学ぶなんてことは私も求めてはなかったが、それでも母から何か教わるなんてことは小学生の時はなかったように思う。そもそも会話が少なく、抱きしめられることも、手を繋いで歩くことも、一緒に歌を歌うとか、そんな親子の思い出が少なく、教育として受けるものも無かった。無関心、ではないけど関心が低い。ネグレクトまではいかないけれど、放置気味。よく自分社会ルールを知って育ったなと自分ながらに思うくらい母からの低関心が酷かった。

話が少し逸れるが、私は少し発達障害の気がある。小さい頃から忘れ物が多く、人とのコミュニケーションが下手くそで、いつも遅刻ギリギリ。でも言い訳をさせて欲しいが、それは親のフォローがあってこそ治るものではないのか。宿題を見てもらったことは一度もないし、忘れ物チェックもない、遅刻は親も常習犯。母と会話しないかそもそも話し方を教わっていない。その気になれば発達障害テストもできるけど、私はこれを不教育による弊害だとして受診を避けている。いや、まあ、単に診断されたらダメージが大きすぎることもあるけど。

イジメられても、不審者に会っても、テストの点数が悪くても、親に相談できなかった。だが自分解決できず、限界が近くなった時、もう学校行きたくないと泣いて親に話したことがある。その時の母の顔と言葉は忘れられない。

「アンタまで、私にどこまで迷惑かければ気がすむの!!!

今まで母のため弟のため自分を殺して生きて、辛いことを悲しいことも抱えて、でもやっぱり母の愛が少ないことから生じる人格の綻びがイジメにつながったと思う。なのに、助けを求めることすらしてはいけないのか。母にとって私は、何か問題が起こるだけで迷惑存在なのか。

それから十数年経って、私は成人して医療系の職種につくことができた。母は仕事を続け、弟も変わらず体の大きな赤ん坊。母の関心は相変わらず弟。成人したので私への関心はさらに減った。母をご飯に誘っても疲れているから嫌だ。遊びも同様。ご飯を作れば冷蔵庫にあるお弁当を食べ、私の手料理には手をつけない。

なにも変わらない。あるといえば、私は彼氏が出来て依存先を変えた。彼氏は優しく、私のことを大好きでいてくれて、いつも私のことを考えてくれている。嬉しい。誰かにこんなに思ってもらったことは初めてだ。聞けば彼はご両親の元、一人っ子としてスクスクと育ったようだ。通りで自信に満ち溢れ、愛は無償なことを知り、人生悩むことはあるけど2人なら幸せになれるよと語れるわけだ。

私はちゃんと彼に愛を返せているか。きっと返せていないんだろうな。彼はよく私の態度を見て不安になるようだ。ごめんね。

フラッと立ち寄ったバーで知らない人から、「貴方言葉に棘があり、人を信頼せず、自分本心も隠しているね。そういう子は幸せになれないよ」と言われた。初対面の人にも分かるくらい、私は歪んでしまっているのだ。そのことを突きつけられた気がして、十数年来の気持ちがブワッと湧き出した。蓋を被せてきた感情が夜毎に強くなった。

私をこんな人間にした全てが憎い。

私に興味を持たない母が嫌い。

母が私に興味を持てなくした元凶の弟が嫌い。

両親と仲良く休日を過ごす友人たちが嫌い。

なんの苦労を知らず日々楽しく過ごす同級生たちが嫌い。

私のなにも知らないのに好きだという彼氏が嫌い。

なにより、いつまで経っても親や環境のせいにして、自分正当化し逃げ続ける自分が殺したいほど憎い。

この感情には行き場がない。誰にも言ったことがない。言い方が分からない。彼氏にも友達にも、家族のことをなにも話していない。私は相当嫌な人間に育ってしまった。笑顔で話してる裏で死ねとすら思ってしまっている。

行き場がない。

私の理性が人のせいにするな、自己責任だろうとストップをかける。感情を飲み込んで、また明日から母に愛される弟を横目に、幸せになれない自分人生を歩まねばならない。

私はただ、母に愛され、そして幸せになりたいだけだったのに。

2019-06-16

anond:20190616223607

おかげさまでスクスクと育ってるよ

まだ3人しか授かってないけど

2019-05-05

anond:20190505100341

縁者じゃなくてチッソ社長の孫と正しく言え!失礼だろう

雅子様のおじいさまはチッソ被害を少なくするために裁判を引き伸ばして水俣病患者が死んで減るのを待つ戦略家やぞ!

そしてチッソ社長として稼いだ金で雅子様のお父様はスクスクと育ち、

雅子様水俣病患者が死んでくれたおかげで大量の金を自由に使える身分皇太子を射止めたのだ!

大戦略小和田一族の素晴らしさをたたえよ

2018-09-20

anond:20180920011754

努力すると上の階層に行けなくはないんだけど、実感としてはその後歳を取るほどきつくなってくるんだよな。

上の階層に行くと、努力はみんなしてるから時間がたてばたつほどそこは平準化されて生まれ持った遺伝子とか育った環境とかの本人ではどうしようもないところでしか差がつかなくなってくる。

例えば今流行りのプログラミング能力とか、俺がどんだけ勉強しても中々馴染まなくて困ってるところをどうやって勉強したのか聞くと「小さい頃に親父に習って自然と身についたわ」みたいな反応が返ってきたりする。一事が万事そんな感じになっていく。

持って生まれた高い能力で幼少期から無駄な苦労をせずにスクスクと育ってきているか人間的余裕も桁違いだしね。仕事にはそういうところが効いてくるなとしみじみ思う。

最近研究で(参照先はいま見つけられないんだが)、生まれ育ちと後天的努力のどちらが人生成功寄与するかという研究があって、歳を重ねるほど親の能力で子の成功ほとんど説明できるようになっていくという結論だった。

2018-08-12

もしかして小学校エアコン設置ってクラウドファンディングですぐ集まるんじゃない?

返礼は子供たちがスクスク育つこと。これだけで十分じゃねえか。

2018-05-27

anond:20180526233213

そのままスクスク伸びて研究者になるやつもいれば、早々に勉強落ちこぼれるやつもいれば、最初から遊ぶことしか考えてないやつもいるさ。

2018-05-20

ある能力

 その青年特に際立った特徴もなく、かといって不真面目と呼べるような人間ではなかった。ようするに平凡な人物なのだ。ある日、青年がいつものように会社への道を歩いていると、突然、青年の心に語りかける声が響いた。

あなたは惜しいことをしている。あなたには時間をさかのぼ能力が生まれつき備わっているのだ。こんな素晴らしい能力を埋もれさせていたのでは実にもったいない

「そんなにいうのでしたらどうです、ひとつ証拠でも見せてもらえないだろうか」

「いいでしょう」

 そんな声がして、視界は一変して青年の部屋の天井へと移った。青年はベッドに横になっていた。

「これはどういうことだ」

 青年は首を傾げた。確かい会社への道にいたのだ。どうして自分の部屋に戻ってきたのか。これは夢なのだろうか。そう考えるのが一番自然だろう。青年は確かにベッドの中で横になっているのだ。

 しかし、青年テレビをつけて驚いた。なんと今日ではないか青年はいつも出勤前にニュースを見る習慣がある。キャスターあいさつをして、今日が何月何日なのかを告げる。すると不思議なことにほんの一時間前にみたものと内容がぴったり一致する。新聞の朝刊をみても確かに同じ日付…正夢になったとはいいがたかった。

「どうしてしまったんだ」

 しかしそんな青年の問いかけに答えてくれる人物などどこにもいない。答えられるのは…

「どうです…?」

 青年の心にまたもや声が響いた。

「これは信じるしかないようだな」

「分かっていただけましたか

「ああ分かった。それじゃあ早くそ能力を僕にくれないか

「ご安心下さい、その能力は初めからあなたに備わっているのです。戻りたい時間のことを強く念じていただければそれだけでよいのです。ちなみに先程やったのはあなた潜在意識に呼びかけて…」

「そうなんですか」

「ただし、注意していただかないとならない点が一つあります。それは残り一度きりしか使えないということです。それではよく時を考えて…」

 そこまで言うと、声は響かなくなった…

「これは素晴らしい能力に目覚めたぞ」

 青年は胸をワクワクさせ、この能力をどう使ったものだろうかと考えはじめた。

 それからも、青年は色々とこの能力の使い道を考えていた。そして考え付いた結果が、出来るだけたくさんの知識を持ち、もう一度過ぎ去った時をやり直すというものだった。はじめから何が起こるかを予め知っていれば、どうしたものかと考えられる。これから先、いつそんな事件があるか分からないのだ。そのような点に注意深くならなければ…

 青年はそんなわけで何事にも注意深く、積極的に、熱心に取り組むようになった。すべて未来のためにと思っての行動だが、青年のまわりの人間はその変貌ぶりにただ驚くばかりだった。あれほど平凡でパッとしなかった人間が、様々なことに情熱を注ぎ、そして意欲を持ち、いきいきと取り組んでいるのだ。友の中には、どうしたらそんなふうになれるのかと問いかけるものもあった。そんなとき青年は決まってこういうのだ。

「素晴らしい未来のためだよ」

 もちろんこの言葉意味するところはもっと別のところにあるのだが、その言葉に感動し自分目標を持って生きようと意気込むものもあった。

 しかし、やはりそんな目先だけの目標はいつまでも長続きするはずもなく、途中で音を上げてしまものほとんどだった。

 そんな生活を続けて数年たったある時、青年は重大なことに気がついた。それまでは知識書き込みという作業によって蓄えられたと考えていた。しかし、良く考えてみると過去に戻れるのは自分記憶だけなのだ。つまり、こんな紙っ切れに書き込んだところでどうしようもない。

 そんなわけで、さら青年の熱心さは増していった。記憶法を学び、なるべくたくさんの知識記憶に詰め込むことに努めるようになった。多方面のことに手を出し始め、ついには新聞社に転職した。そのほうが情報が入りやすいと考えたのだ。そして着々と成果を上げていった。

 いまや青年新聞社の社長にまでなっていた。青年としてはそんなつもりはなかったのだが、その熱心さやら積極性やら努力やら、他色々と認められ、驚くほどのスピード出世劇をやってのけた。世の中からも注目を浴び、いまやテレビにも度々登場する有名人となった。多くの業界知識人とも知り合いになれた。そうなると、入ってくる情報量もますます増え、青年にとっては嬉しい限りだった。

 能力に目覚めてから色々なことがあった。いまではそれを全て覚えている。これだけの知識があればそろそろ…とも思いもしたが、いざ能力を使おうとすると、もう少し待ってから使ったほうが賢明というものだと考えてしまい、知識は溜まる一方だった。

 もちろん青年もその間人並みに恋をし、そして結婚にまでこぎつけた。社会的地位は高いのだ。自分から求めずとも自然相手は寄ってくる。その中で互いに心惹かれる相手出会い、そして結婚した。青年はやり直したその時も、この人とまた結婚したいと考えていた。子供も二人産まれ、まさに幸せ絶頂といえるであろう状態になれた。

 気がつけばもう50代後半になっていた。青年はもう青年とは呼べなかった。青年は夕日が差し込む社長室の椅子に一人で腰掛けていた。

 どっと疲れた感覚、体内の節々が老朽を訴えていた。世間一般からみればまさに恵まれ人生だっただろう。幸せな家庭を築き、社会的には高い地位に就いている。子供らもスクスクと成長していく。

「さすがに疲れたな。そろそろあの若き日の自分に帰るとす…」

 しかし待てよ、いま思えばそんな事をする意味はあるのだろうか。そんな事をすれば、確かに今より遥かに多くの金や地位を手にすることだって出来るであろう。

 しかし妻はどうなる?会社は?子供は?この世界はどうなる?青年はふとそんなことを考えて始めていた。こんな寂しい事は今までなかった。今までやってきたことを全て捨て、全く新しい世界果たしてうまくやっていけるだろうか。そんな気力が果たして残っているのだろうか。

 突然秘書が部屋に入ってくる。そしてこう言った。

社長の奥様とお子様二人がたった今、交通事故に遭われまして…重症で三人とも助かる見込みは…」

 いよいよ決断に迫られたようだった。しか青年の心は既に決まっていた。青年はほんの数時間前に戻り、買い物に出かけようとする妻と子供らを止めた。もちろん事故も起こらずに済んだ。妻と子供らは不満の声を漏らしたが、青年はただ優しい微笑みを浮かべるばかりで何も言わなかった。妻はこんな微笑み方をする夫を見るのは初めてだと思った。

 その一年後、青年は長年の疲労などが祟り、病に伏しそして逝った。

 これで良かったのだ。人生なんて一度きりで十分だ。この世界を離れるなんてこれ以上の哀しみはない。最期青年はこういい残した。

「素晴らしい未来のために…」

2018-01-09

()をつけると読みづらい

あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました(むかしむかしの話)

おばあさんが川でせんたくをしていると(ちなみにおじいさんは山へ芝刈りに行った)、大きな桃が流れてきました(ドンブラコ、ドンブラコって感じで)

おばあさんは大きな桃をひろいあげて、家に持ち帰りました(家で食べるつもりだった)

そして、おじいさんとおばあさんが桃を切ってみると、なんと中から赤ちゃん(元気の良い男の)が飛び出してきました。

「これはきっと、神さまがくださったにちがいない」

おじいさんとおばあさんは大喜びです(おじいさんとおばあさんには子どもがいなかった)

おじいさんとおばあさんは(桃からまれ男の子なので)桃太郎と名付けました。

桃太郎は(スクスク育って)やがて強い男の子になりました。

 

__

 

適当に書いた(別の増田への返信のつもりだった)のが伸びて悔しい(嬉しい)

あとLispはもう見たくない(トラウマ

2017-12-22

anond:20171222004608

はあちゅうに関しては今までも童貞いじりは非難はされても止めなかったという経緯がある。

言い訳だらけだったりするしね。

彼女は『他人への共感』や自省みたいな能力がない。基本的自分を売る、自分のみ感じたことが彼女世界という所がある(最新の著作もそんなテーマ

から彼女童貞いじりをやめさせるには『彼女の中で「自分の要素」をいじられるのはこんなに辛いんだ』という事を彼女自身の中で感じるしかない、と思ってる。

彼女の中の世界ではネガティブな要素に対しても愛があれば大丈夫みたいなので行き遅れって言い続けたいと思うよ。

(いや、はあちゅうさんの行き遅れていく姿を見ると愛が止まらないですよ、まぁあれだけ一部男性へのDISを繰り返してたら男性観点結婚なんて考えられない、というのは当たり前ではある。が、それでもやめられない、そして行き詰まりつつある状況で次のキャリアを作ろうとする姿。傾きを変えると様々な色を見せてくれる万華鏡のような精神性は素敵です!このままスクスクと行き遅れて頂いて新しい地平を切り開いていただきたく)

2017-11-12

愛犬が死んだ

愛犬が死んだ。

もう5日前のことになる。貴重な体験だと思うので文字にしておきたいと思う。もう心の整理はついているので、慰めたりしてほしいわけではない。ペットを飼っている人の何かの参考になれば、同じ動物好きとして嬉しい。

親バカしかないが愛犬は「いい子」だった。お手、お座り、待て、伏せなどの芸をすんなり覚えた。散歩の時は自然と人の歩に合わせることを覚えた。おかげで足の弱ったじいちゃんの散歩にも付き合うことができた。じいちゃんの散歩は1人と1匹になり時間距離も伸びたようだ。散歩の時にはどんな犬と出会っても仲良くした。吠えられることはあっても、吠えるようなことはなかった。近所の飼い犬とはお友達になった。野良犬さえ、愛犬と何やらコミュニケーションをとっていた。当然、人当たりも良く、ご近所のみなさんに愛された。散歩中に、近所の小・中学生によく遊んでもらった。お前はいつも楽しそうだった。怖がる子も、お前がペロッと舐める笑顔になった。番犬としてもしっかり働いた。家族ご近所さん足音をしっかり覚え、聞きなれない足音にしっかり吠えた。本当にお前は理想的な飼い犬だった。

大きな病気もせず、スクスク育ち元気に生きた。年老いて体が弱ったが、それでも死の2日前まで日課の散歩を続けた。死の前日に、以前から弱っていた後脚が立たなくなって寝たきりになった。急激に食欲が落ち、水を飲むのもめんどくさがるようになった。それでも自由のきく上半身で、お前はいもの愛嬌を振りまいていた。家族の一挙手一投足をお前は見ていた。半日だけ有給を使って、ぼくが実家へ帰ってこれたのはこのタイミングだった。

夜には呼吸が苦しくなってきたようだった。自分で体勢を変えられないので、時々体を動かしてあげた。ただ、どうしても楽な姿勢は見つからなかった。それでも、一瞬は楽になるらしく、その間だけ眠っていた。最後の夜ゆっくり眠らせてやれなくて申し訳ない。でも、最後の夜を一緒に過ごしたことをぼくは忘れないだろう。ただただ生きようとするお前の姿があった。

最後の日の朝。とうとう上半身も動かせなくなった。僕が朝食を食べていると「自分にも分けろ」と甘えた鳴き声を出し始めた。でも、口元に食べ物を持っていってもお前は食べられなかった。精一杯の愛嬌だったのだろう。もう眼も鼻もきいていないようだった。ほどなくして意識も失われた。お前はお気に入りの、部屋の日当たりのいい場所眠るようだった。

母が仕事のために出かけた。その音が耳に入ったのか、お前は意識を取り戻した。最後の力を振り絞ってか、動かない身体を動かして窓から外を見た。いつも誰かが出かけると、窓から家族を見ていた。自分も連れて行って欲しかったのだろう。その気持ち最後最後身体を動かしたようだった。ほどなくして意識がなくなったようだった。最後の力を使い果たしたのだろう。ほんの少しの痙攣のあと、お前は旅立ってしまった。ぼくが仕事に出るわず10分前のことであった。帰省できたのはわず12時間程度だった。最期を見届けられるとは思っていなかった。最後に会えれば十分だった。おまえはいつも、本当にタイミングがいい。

僕たち家族は十分にお前の死を受け入れる準備はできていた。お前はそれだけの時間をしっかりつくってくれた。それでも涙が出てきた。どんな本を読んでも、泣ける映画をみても、泣いたことの無い僕が泣いた。たぶん、痛みや苦しみ以外の理由で僕が泣いたのはこれが初めてだろう。溢れ出る感情というものを初めて知った。

仕事のために家を出た。電車の中でも少し泣いた。職場仕事をした。いつも通り仕事をしたつもりだけど、今思えばそんなことはなかったのだろう。一人暮らしをする家に帰り、夕食を食べた。徹夜ということもあって少し疲れたので、近所のスーパー銭湯に行った。不思議なことに、いつもは混み合う銭湯が空いていた。露天風呂にのんびりとつかった。突然、涙が溢れてきた。30分ほど泣いていただろうか。色々な思い出が頭を巡った。

最後に、愛犬に思うことは「感謝である。本当に「いい子」だった。もともとは他の家の子になるはずだったのに、不思議な縁で我が家にやってきた。いつも家族のみんなを笑顔にした。イタズラをすることもあったけど。家族が成長し、それぞれの暮らしが始まっても、愛犬が家族をつなぎとめた。愛犬は家族の楔だった。

本当に「ありがとう」。それしか言葉がみつからない。

2017-09-18

超絶生命体カポック

我が家飼育して10年目のカポックの鉢植が台風で倒れた。

さっそく鉢植を起こしてやろうとするが、何回トライしても倒れてしまう。

よく見てみると、鉢植の下から太い根が何本も突き出て地面に根を生やしている。

今年はやけにスクスク元気に育ってるなぁとノンキに思っていたら、お前……。

鉢植に入れてあげた「観葉植物用の土」では飽きたらず、地面から栄養をもらっていたのか。

2017-07-26

パンダ名前でも考えるか

パンダ赤ちゃんスクスク成長しているね。僕のチンチンはまだだよ。

2016-11-29

ピチ太郎

むかしむかし、ある地方都市に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

 おじいさんはショッピングセンタービアードパパシュークリームを買いに、おばあさんはマジェスティで市営の温水プールに行きました。

 おばあさんが市営の温水プールで水中ウォーキングをしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな五郎丸写真プリントされたニチレイ本格炒めチャーハンが流れてきました。

「おや、これは良いおみやげになるわ」

 おばあさんは大きな五郎丸写真プリントされたニチレイ本格炒めチャーハンをひろいあげて、マジェスティに乗せて持ち帰りました。

 そして、おじいさんとおばあさんが大きな五郎丸写真プリントされたニチレイ本格炒めチャーハンを食べようと袋をヘンケルス包丁で切ってみると、なんと中から元気の良い男の赤ちゃんヌルっと出てきました。

「これはきっと、ニチレイ本格炒めチャーハンにちがいない」

 おじいさんとおばあさんは諦めきれず食べようと頑張りましたが、どう頑張ってもこれは男の子だったのでやっぱり諦めました。

 そしてとりあえず大きな五郎丸写真プリントされたニチレイ本格炒めチャーハンからまれ男の子写真を撮ってとりあえずインスタに上げました。

おじいさんとおばあさんはこの男の子を育てることにし、二人の名前からそれぞれ2文字とってピチ太郎と名付けました。

 ピチ太郎スクスク育って、やがてやや性欲の強い男の子になりました。

 そしてある日、ピチ太郎が言いました。

「ぼく、鬼ヶ島へ行って、わるい鬼を退治(意味深)します」

 おばあさんに低糖質プロテイン団子やサラダチキンを作ってもらうと、鬼ヶ島へ出かけました。

 旅の途中の高速のサービスエリアで、ボディビルダーでゲイのイッヌに出会いました。

「ピチ太郎さん、ここはどこですか?」

「高速のサービスエリアです」

「それでは、お腰に付けた低糖質プロテイン団子を1つ下さいな。おともしますよ」

「は?」

 なんだかんだあってイッヌは低糖質プロテイン団子をもらい、ピチ太郎のおともになりました。

 そして、こんどは幹線道路の高架下でボディビルダーのサッルに出会いました。

「ピチ太郎さん、どこへ行くのですか?」

鬼ヶ島へ、鬼退治(意味深)に行くんだ」

「それでは、お腰に付けたサラダチキンを1つ下さいな。おともしますよ」

「いや別にこなくていいけど」

「あ、暇なんで行きますよ」

そんなこんなでまた一人おともになりました。

 そしてこんどは場末飲み屋街で元SM女王様キッジに出会いました。

あなた、どこへ行くの?」

鬼ヶ島へ、鬼退治(意味深)に行くんだ」

「それでは、お股に付けたキンタマを1つ蹴らせて下さいな。おともしますよ」

はい女王様…」

ドン

「ウッ…ありがとうございます

 こうして、イッヌ、サッル、キッジの仲間を手に入れたピチ太郎は、ついに鬼ヶ島へやってきました。

 鬼ヶ島では、鬼たちが近くのカルディからぬすんだ生ハムの切り落としやハニーローストピーナツちょっと高いチーズをならべて、酒盛りの真っ最中です。

クッキングシートに大麻を挟んでヘアアイロンで挟み、ワックス状の成分を抽出し水パイプで吸ってラリっている鬼もいます

「気をつけ!」

ピチ太郎が号令をかけましたがボディビルダーの二人は筋肉邪魔して気をつけの姿勢が取れません。

「まぁいい、適当に行って、適当制圧して帰るぞ。よし今だっ。」

 イッヌは鬼のアナルを舐めまわし腕を入れたり出したりしました。サッルは鬼のせなかを身体を使って丁寧に洗いました。キッジはムチで叩いたり 乳首に針をさして低周波治療器で電気を流したりしました。

 そしてピチ太郎もおちんちんをふり回して大あばれです。

 とうとう鬼の親分が、

「あぁあぁ"あぁ"あ"あ"ぁぁぁ」

と、恍惚の表情で逝きました。

 ピチ太郎とイッヌとサッルとキッジは、鬼から取り上げた生ハムの切り落としやハニーローストピーナッツちょっと高いチーズなどをハイエースつんで、元気よく家に帰りました。

 おじいさんとおばあさんは、ピチ太郎の無事な姿を見て大喜びです。

 そしてピチ太郎は、おちんちんプリンスアルバートというピアスをあけて幸せ暮らしましたとさ。

めでたし めでたし。

2016-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20160727101415

本当に1個前の増田しか読めないんだな。海馬を損傷してるとか何かなのか?

俺が言ってるのは最初に書いた以下の話だけ。悪いとか悪くないとかいう話も、義務などという話も、何を与えたいと思うかという話もしていない。

いっつも疑問なんだけど、自分子供の頃に与えられたかった体験教育文化自分じゃなく子供に与えてその子供がそれを当然だと思ってスクスク成長していくなんて我慢ならなくないか

それともやっぱみんな自分は満足するまで十分に与えられて育ったという自覚を持ってるから他人に与えようみたいな発想になるの?

http://anond.hatelabo.jp/20160727054734

http://anond.hatelabo.jp/20160727052335

いっつも疑問なんだけど、自分子供の頃に与えられたかった体験教育文化自分じゃなく子供に与えてその子供がそれを当然だと思ってスクスク成長していくなんて我慢ならなくないか

それともやっぱみんな自分は満足するまで十分に与えられて育ったという自覚を持ってるから他人に与えようみたいな発想になるの?

2015-09-16

田舎が好き

東京駅にいまつ。

みなさん気取ってますね。


オシャレな服

決まってる化粧

頭のよろしい会話


楽しいでつか?

嬉しいでつか?


劣った田舎者を心の中で笑い

自分優越感に浸る気持ちはどうでつか?


まれ境遇に恵まれ

スクスクぬくぬくと吸う甘い蜜はおいちいでつか?


自分は頭が良い

自分は美しい

自分金持ち


そんなあなたが1番毒汚れた糞の匂いしまつ。

2015-08-30

太陽がなければ園芸用LEDライトを買えばいいじゃない?

日当たり絶無の部屋、キツイ

とりわけ季節性うつ病患っている人間にはシンドイ。

健常者でもダウナーになる。

からeBayで園芸用LEDライト買って、天井に吊るしてるわ。

レタスとかヤワ植物育てる光源じゃなくて、ハッ◯がスクスクと育つ高出力のやつ。

太陽光スペクトルとほぼ同じだからマジで太陽買ったようなもんだね。

300Wで1万円(送料込み)。5WのLED電球を60個密集させたやつ。

バッタもん(specでは5W×60個だけど、実は1W×60個とか)には気をつけろよ。

6畳までなら300Wでカバーできる。

消費電力は140Wくらい(なんで300Wじゃないか説明するのは面倒過ぎるから省く)。

ちと消費電力高いけど、明るさに比べたらパフォーマンス良い。

この照明のおかげで正月は越せそうです(五体投地)。

医療LED? 光療法?

ありゃダメだ。

アホみたいに高い。

Amazonとかで売ってるけど、ボッタクリだよ。

消費者庁動かないのが不思議

園芸用LED欠点は痛くもない腹を探られることかな。

マトリ、うちには来るなよ。何にも出てこんぞ!

2015-07-16

弱い人間子供を産むな

子供を生む権利があるのは社会的強者のみである

このことを勘違いしている人間がこの時代にはあまりにも多い。

高度経済成長期の社会的強者にあふれていた時代感覚が抜けていないようだ。

そもそも野生の世界において弱いものが子孫を残せずに淘汰されるのは当然のことなのだ。

それが長い年月の間に歪み「子供を作るのは当然の権利」となってしまった。

これが大きな間違いである。

弱者子供を作れない。作った所で育てられない。

この余りにも当たり前すぎることを無意識化で否定するようになってきている。

これは誰もが子供を作れる(と思われていた)時代が長すぎたせいだろう。

人間は結局のところ経験によってしか人生を学ぶことが出来ないし、社会空気を感じることも出来ない。

そのため幼少期にそういった社会を生きた者達が大人となり社会的な支配層になると彼らの語る思い出話によって世間認識がズレてしまう。

そう、今の社会で語られる常識と現状の社会本来あるべき状態がズレているのだ。

子供を作ってスクスク育てて最後は看取られるのが当然の人生」という認識を今すぐ捨てよ。

弱者子供を生むな。

それは強者にのみ与えられた権利だ。

そして嘆くな。

弱者自分に子孫が居ないことを嘆くよりも前に、子孫を作れるような立場になれなかったことを嘆け。

そして万一子孫を作れたとしても、ソイツがまともに育つなんて思わないことだ。

歪な出発点からは歪なゴールにしかたどり着かないと肝に命じろ。

からいい加減「俺いいとしこいて家族がいないんだよね~」みたいな話を聞かせるのはやめろ。

聞き飽きたわ。

あと中身がないわ。

クソが!

2015-07-14

http://anond.hatelabo.jp/20150714171757

W

そして書いてる内容はとびきり頭が悪いという

内容の割に無駄に長い辺り長文書いてる自分は賢いとか思ってるタイプだな

小学校の作文でひらがな多用して埋めて「俺あったまいー」とか言ってたのが幼児的万能感を失わずスクスク育つとこうなるのかな

2015-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20150112224124

ウチも高齢出産だったけど、無事スクスクだってる。

今は2歳、元気一杯すぎて、中年夫婦は振り回されっぱなしだし、辛い事も、大変な事も多い。でも、子供の小さな成長の一つ一つが愛おしくて、それだけで頑張れる。

妊娠中は心配不安で押しつぶされそうになっていたけど、生まれたら、大変で大変で悩んでるヒマなんて無くなった。

大変すぎて、夫婦だけでは対処しきれないので、妻方の両親に大活躍してもらっている。

http://anond.hatelabo.jp/20150112224124

おめでとうございます。うちも43歳で初産でしたが、「もう一人行けますよ」と言われるくらい頼りになる産婦人科医に恵まれ子供も大きなトラブル無くスクスクと育っています

の子が成人する時は両親とも還暦超えなのかと思ってしまますが、お金若さでは手に入らない人生の経験値があるので、それを子育てに活かしていけると信じています。8ヶ月後、無事出産できたという報告があることを楽しみにしています

2014-12-23

子どもが冬やすみになっちゃった

どーしよー?

どーすんのー?

とか思ったけど、10over小学校高学年なんて放っておいてもどうにかなると気づいた昼下がり。

今日子どもが帰って来るのと、わたしが習い事に出かけるのがほぼ同じタイミング

昼ごはんは買い置きを勝手に食っとけと言っておいたら、自分カップ麺を作った模様。

普段はめったにカップ麺とか食べない分、こういう時はやたらとワクワクするよね。

自分もそんな記憶あるわ。

ドヤ顔で「お湯、ちゃんと沸かせたし!」とか言ってた。

いや、それぐらいできるだろwww

スクスク育ちすぎてコンチクショーとか思ってたけど、色々楽になる一方なのでもうどんどん育ってくれていいや。

2014-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20141212103056

そういう奥ゆかしさ発揮して得したこと人生で一度もないから、そういうのは環境に恵まれて何不自由なくスクスク育った人が道楽でやってれば?と思う。

2014-07-28

牧場産業動物達は果たして牧場主に感謝すべきなのか?

子供の頃、模試の成績が芳しくなかった際などに親から深い失望を露わにされた事は誰にでもあるだろう。

私はあの表情が苦手であった。

あの顔を見てしまった夜、私はいつも

「私は優秀な子供になることを期待されたからこそ産み落とされたのだ。

私の命は彼らの皮算用の産物であり、彼らが期待する私は優秀で自慢でき彼らに多くの益をもたらす存在なのだ

そして、その"益をもたらす"という事こそが大事であり、"私が私である"ことになど彼らは何の興味もないのだ」

と考え、両親と自分との間にあった友好関係あくまで"親と子の利害関係"に過ぎない事を再確認するのだった。

親と自分との間にある者が"長い時間を共にした者どうしの親しみ"を主体に構成されていると私だって信じたかった。

だが、私が彼らの思い通りの"益をもたらしてくる子供"の姿から遠ざかった際に見せる彼らの表情は、

私に対してそれがまやかしであった事を語っていた。

私は"金銭的な多額の援助"を期待して両親に媚びていただけであり、

両親は"今や未来に私が持ちかえる栄誉や金銭や介護"などを期待して彼らもまた私に媚びていただけだった。

これは何も私の家庭のみで起きていたことではないだろう。

たとえば近頃のニュースでは「少子化対策」といったものが話題になる。

その少子化対策の話で二言目に出てくるのは「労働者人口」や「年金問題」の話であり、

子供を育てる幸せ」だの「将来のこの国の文化」などは生温い戯れ事として脇に追いやられている。

これが世の中の、少なくともこの国の「親世代と子世代関係」の実態である

この国にとって、多くの中高年にとって生まれてくる子供は「将来の労働力」であり「将来の年金なのだ

まり、彼らが「子供の為」を思ってやる行為は「将来の労働力」がスクスクと育ってくれるようにという願いを込めたものなのだ

これはまさに「牧場主」が「高く売れる産業動物」を育てるために、豚や牛によい環境や餌を提供してやるのと何も変わらない。

果たして牧場からよくされた産業動物はどこまで彼らに感謝しているのだろうか?

彼らもどこかで薄々気づいているのだろう、自分たちの仲間が自分たちに餌を与える物の手によって屠殺場に送られている事を。

それを思ってなおも媚びてみせるのは、「殺さないでくれ」「せめて死ぬ前の間だけは幸せ暮らしをさせてくれ」、

そんな思いを込めてのものであり、「いつもありがとう」だの「いい人だなぁ」などとは思ってはいないだろう。

たとえ思っていたとしてもそれは、私が両親との間にある"利害関係の絆"と比べればなんとも細々としていた"お互いの人間性同士を認め合い尊重しあう絆"を大事にしようと思ったそれに近しい感情だろう。

果たして産業動物牧場主に感謝すべきなのだろうか?

今すくすくと育っている若い命は、自分たちの"効率的な成長"に対して両親や社会感謝すべきなのだろうか?

自分たち人間性を屠殺してでも社会迎合しろと言わんばかりのこの国の空気に、

お前たちにかけた金を収穫させろと言わんばかりのこの社会システムに対して彼らは感謝すべきなのだろうか?

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