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はてなキーワード: リストカットとは

2018-10-08

腕のきずあと

10年前にカッターで切った時のきずあとが自分の腕の内側に残っている。

とは言ってもよほど注意しなければ気づかない程度だし、実際誰にも指摘されたことはない。

でもまさか今日まで残り続けるとは思わなかった。

この10年の月日を思う。

リストカット一種なのだろうけれど、どこまでも賢しい私は手首ではなくて七分袖で隠せる場所を切った。

某A大二次試験身体検査で両手首を見られた時は、それが図らずも功を奏した。

その場では分からなかったけれど、後からあれはきずあとがないかチェックされていたのだと思った。

それをすり抜けてしまたことに何とも言えない気持ちになった。

大学に入って、現代思想熊谷晋一郎さんの連載で鷲田清一さんとの対談を読んで、あれは記憶の痛みを知覚の痛みによって解放するための行為だったと知った。

今もまだ私の記憶は痛む。むしろ痛い記憶は増えた。

しかし私はカッターを手にしていない。

それは他の行為を見つけたからかもしれないし、記憶から逃げているからかもしれない。

成長しているのか退行しているのかあやふやなまま、私はこの腕と共にある。

2018-10-05

anond:20181005104013

自分属性以外への肩入れや自分属性に対する批判は素晴らしいとも一概に言えないんだよ。それを絶対だと思っている人が意外と多いんだけど。自己属性に対する否定ってリストカットみたいなもんでやってて気持ちがイイ面もあるんだと思う。

この正しさに酔っちゃうと、どんどん「敵」と認識した相手への物言い乱暴攻撃的になったり、外から見てイヤな感じになるんだよね。正しいからいいだろうって思っているんだろうけど。本人は正義だと思っているだけの人になっちゃう。相手と同レベルまで落ちるというか品位が下がるんだよ。

2018-09-14

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

けっこう対立してる組織だったのね。

対立組織に属する夫婦、すごい。

私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

当然親からは殴られた。それでも反抗した。

そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

母は号泣していた。

この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

「…二時間くらい。」

「何とかしたいと思う?」

私は静かにうなずいた。

その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

不思議なことに落胆はしなかった。

あきらめていたんだと思う。

高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

東の空が明るくなった。

夜明けだ。

夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

月と太陽が同時に見えた。

その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

けっこうな時間泣いて、家に帰った。

この時は特に家族から怒られることは無かった。

そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

希死念慮だけは消えてなかった。

主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

今度の病名は統合失調症

そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

そして現在に至る。

今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

人生いろいろあるよねってお話でした。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

2018-09-13

anond:20180913195254

別に批判なり要望なりしたけりゃすりゃいいと思うけど、自分要望を通したいがために「私はこんなに苦しい思いしてるんですよ」アピールしてくるのが、まあなんとも汚えなと感じてしまうわけよ

バーチャルリストカットじゃんあれ

ただ世界自分の思い通りにならないのが苦しい苦しいと言われても、単なるわがままじゃんとしか言いようがない

2018-09-12

自分の身を守る奴はバカ

自分の身を守れるのは自分だけ!「自分を大切に!」

キモ。なに自分大事にしてんの。自己愛性人格障害なんじゃねーの?

自分の命というのは粗末にするものだろ。攻撃は最大の防御ってよく言うだろ?もっと捨て身になれよ。守りに入ってんじゃねーよ。

から勝てねーんだよ、お前らは。

人生っつーのは、

稼ぐか死ぬか。潰すか潰されるか。踏むか踏みつけるか。利用するか利用されるか。搾取するか搾取されるか。奪うか奪われるか。騙すか騙されるか。勝つか負けるか。殺るか殺られるか。

っつー戦争だろうが!

戦争なめてんじゃねーよ。これだから衰退国日本愚民どもは。

不安とか恐怖とか必要以上にリスクを大きく感じる奴は自分のことを大事にしすぎだ。

もっと自分大事にするなよ。メンタルリストカットしまくれ。

「あ?リスクとか失敗とかフルタコにしてやんよ。かかってこいカス

という常に喧嘩腰のヤンキー思考生きろ。

ボクシングでも習って、実際に人を殴れるスキルも身に着けとけ。

「ま、いざとなったら、こいつをフルタコにしてやんよ。かかってこいカス

と思っておけば対人関係で不利な立場になることも無い。

人を殺してでも成功するという思考を脳に刷り込め。

過労死するやつは一流。しないやつは二流。

一兆円もらえるなら死ぬ自分の命より金が大切。

そんくらいの気持ちで生きないと、経済的成功者になれねーぞ。

2018-09-06

絶叫マシーン自殺予行演習

絶叫マシーンに乗った。

圧倒的な高さから落ちるやつだ。

あー死ぬなーって高さに登って。

「この高さからの落下感は、自然界なら確実に死ぬ感覚だ」

と感じた。

  

自殺感覚体験できるってのは凄いなって思った。

大声で叫んで、「うわあああああああ」っていう。

全身の血管が収縮したのか、落ちた後しばらくはフラフラする。

「これが飛び降り自殺感覚かー」となる。

  

この、「死ぬ感覚体験」ってのは、全てをひっくり返すかと思ったが。

その感覚すら、「事実の一部」になっちゃった

リストカットよりは健全ではないか

2018-08-24

anond:20180824063045

リストカット一部の人には好かれる。

その一部がタトゥーは多いから、世間的にも丸っきり否定できない。

傷に見えないか生理的に受け付ける。

2018-08-05

anond:20180805142547

リストカットは甘えの象徴として入れ墨以上に馬鹿にされる割に

リストカットしようとする通り魔は出現しないなあ

2018-07-31

成功率の高さを考えると飛び込みって確かに最強だな

自殺方法としてよく言われるヘリウム首吊りは案外上手くいかないらしい。

首吊りは角度が重要となるので素人が1人でやっても上手い具合にゴキっとならなくて物凄い苦しいけどずっと死ねないだけだとか。

楽な自殺代名詞ことヘリウムは濃度が極めて高い必要があるためちょっとした装置の異常で死ねないし後遺症率も高く実はリスキー

飛び降りはもしも下にクッションとなるものがあったら駄目。

リストカット練炭自殺はその苦痛に耐えられずに死ぬより前の所で失敗する事が多い。

入水や凍死も失敗しやすいし凄い苦しい。

服毒自殺王道に見えるけど、大量の毒を用意しても人間の体は勝手に毒を吐き出してしまうので案外難しいらしいですよ。

その点、飛び込みは凄い。

圧倒的パワーによる一撃必殺。

苦しむ暇もない驚異の破壊力で木っ端微塵。

残された家族他人迷惑を一切考えないならこれほど強力な方法はない。

最強!

いやうん、そりゃ飛び込んで死ぬわ。

早い(痛みが一瞬)

確実(失敗して後遺症ルート心配なし)

すぐ出来る(電車ダイヤ調べるだけ)

圧倒的ユーザービリティやで。

自殺王様だよ。



ところで

飛び込みによって生まれ経済的損失ってどれぐらいなんかねー。

だいたい200人ぐらいなんだよね。一年で飛び込むの(秒速5センチメートルみてーな言い方するなよ)

その200人分も含めた2万人の自殺者を処理するのにかかる損失って安楽死制度作ることで軽くなったりせんのかな。

ただ部屋で死なれるだけでも清掃とか必要になるし、全部足したら案外日本のどこかでまとめて死んでもらった方が国としては負担が軽いんとちゃうかな、ってふと思った

twitterトレンドに「ツイキャス」ってあったからさ

なんだろと思い開いたらリストカット配信だってさ。ご丁寧にキャプチャした画像フィルター貫通して教えてくれた。

本気で死ぬ気も無いのに自己顕示欲だけ満たしたいアホは夏でも長袖着ながら死ね

2018-07-08

幸せに生きる文化」あるいは、4歳の息子が指を飛ばすところだった話

幸せに生きるためには、やらなければならない事と、やってはいけない事があると思うんです。

それは多くの場合常識文化として親から子へ伝えられるものなので、「あたりまえ」にできたり出来なかったりします。

今日、4歳の息子が指を失うところでした。

 ーー**ーー**ーー

原因は「ガードがない扇風機に指を突っ込んで切断」というものです。

普通扇風機です。前半分のガード部分が完全にありませんでした。そして、電源に繋がれ、回転して、涼しい風を送っていました。その扇風機義母の部屋にあったもので、今日リビングのすぐ前の廊下に、少し下向きにして設置してありました。

自分と息子が風呂から上がると、その扇風機はすぐ目に入る場所にありました。

息子は風呂上がりで暑かったのもあるのでしょう。

扇風機に近づき、しゃがんで顔を近づけて覗き込み、指を回転している羽根中央に、指を差し込もうとしました。自分の目の前で。

怒鳴りました。何やってんだ!って。それで息子は離れた。同時に怒鳴りました。

何考えてんだ、こんなところにこんな状態のもの置くなんて!!!

ふざけんな!!!

 ーー**ーー**ーー

指を切断って思ったけど、もっとひどいことになっていた可能性もあるんですよね。指を弾いたあと、倒れ込んできて顔に当たるとか。そうそう、髪の毛が絡むみたいな事故もあるんですよね。扇風機って。ガードがないむき出しにで使っていれば、ちょっと引っ掛けただけでグチャグチャです。

扇風機義母の部屋にあった事自体今日まで自分は知らなかったんですが、息子は義母の部屋に行くことがあるので、他の日に同じ状況になっている可能性がありました。

ブチ切れました。

そんな危ないものを平気で置いていることに。彼女にも伝わるように例えを書くなら、義理母親が息子を殴っているのを目撃した感じ。言っておくけど「危険性」はその例え話の比ではない。そんなことができる人間がいるなんて信じられない。

まあ、なんですけど、結局。

なんでブチ切れてるんだ、態度が悪い。というのが、彼女義母と義父の感想だったみたいです。義母が言うには「鉛筆やこよりを突っ込んでどうなるか見せ、あぶないと伝えていたか大丈夫だと思った」ということでした。んなわけあるかよ。

 ーー**ーー**ーー

義母は、言い訳するんですよね。すぐに。(ここは余談)

話を聞くと、義母の親が結構毒親だったらしくて。70近いですがそこから逃れることは出来なかったのかもしれません。彼女昔ながらの高級バーっぽい店をやっているんですが。妻と結婚する前、お店の中でお客さんが段差で転んで、頭に怪我をした場面に出くわしたことがあります

彼女一生懸命「そんなことが起こるとは思わなかった」「気をつけていれば起きなかったのに」って言ってました。この土地でこういう商売をしていて、このレベル対応なのかー。と暗澹たる気持ちになったのを覚えています結構高い金とる店なんですけどね。救急車も呼びませんでした。その後聞いた話によるとそのお客さんは当日一定間内記憶を失っていたらしいです。

それを見たことがあるので、彼女の店に、自分の友だちを連れて行ったことは一度もありません。これから絶対にないです。プロとしての彼女価値を感じないからです。

余談でした。

 ーー**ーー**ーー

もう一つ、事例を。自分の実父の話です。

『彼』は、兄を水の事故で失っています。『彼』が小学生になる前のことで、彼の兄は小学校の4年生だったそうです。

天気が悪い日が続き、その晴れ間のある日、川が増水していると聞いた『彼』は、慕っている兄に見に行きたいと強くせがみました。いつも見慣れた川がどうなっているのか、知りたかったみたい。詳しくはわからないのですが、彼らは二人で、少し離れたその川を見に行きました。そして足場が悪いところに入ってしまい、兄は川に流されました。後に下流遺体が見つかりました。

話を聞く限り、それを誰も止めなかったし、子供だけで川に言ってはいけないと言われてもいなかったし、川までの道すがら誰かが声を掛けて止めることもありませんでした。そこが炭鉱の町で、ほんとうの意味で「地元」の人が少なかったことや、そもそもお互いに注意し合う雰囲気ではなかったのかも知れません。

ともかく、事故は起き、『彼』の兄は死にました。

もちろん、これは人づてに聞いた昔話でしか無いので、もしかしたら本当に、ただ、どうしようもなく起きた事故だったのかも知れません。

でも、予後については問題だらけでした。

母親は「お前が殺した」「おまえは地獄に落ちるぞ」「出て行け」と『彼』に言い、宗教に逃げました。そして、三男を猫っ可愛がりするという方法で『彼』を攻撃しました。

父親ほとんどその昔話には出てきません。常日頃は面倒見のいい人だったし、仕事も出来た人らしいのですが。もともと戦争PTSDを負ってしまった人だったようで、夜中飼い犬がうるさいと言って撃ち殺したなんていう話が伝わっています。その人は『彼』が高校生の時に炭鉱事故で死にました。『彼』は自分父親のことがよくわからないと言っていました。

兄の友達からもかなりいじめられたみたいです。小学生ですからね。そしてなぜか、子供の間でも「彼のせいで死んだ」という話になっていたようです。子どもたちの間でも『彼』は、事故で死んだ友達の弟であるとか、兄を目の前で失った気の毒な下級生ではなかったんです。

『彼』は大学に行ってようやく親やその場所から逃れることができ、結婚して子供も出来ました。子供が本当に小さいうちはそれなりに接することができたみたいなんですが、その子小学生になり大きくなるに従って、だんだんと接する時間が短く、仕事に逃げるようになりました。その子供も、まあ、いろいろありまして、素直にまっすぐ何の問題もなく育つなんてことはなく……。トラブルを抱えたら『彼』はもうちゃんと向き合うことは出来ませんでした。

(というわけでその子供が自分なわけですけど)

 ーー**ーー**ーー

いっぱいあるんですが、自分が義父や義母が嫌いになった一つのきっかけなど書いておきましょうか。

ペティナイフがね。食卓においてあるんですよ。

鉛筆やハサミなどと一緒に。刃渡りでいうと15cmくらいのやつが二本。

彼女(...つまり自分の妻ですが)は、本人が持つ病気素養と、事件に巻き込まれPTSDが合わさって、彼女中学の頃からずっと鬱状態希死念慮と戦っています。常習的にオーバードーズリストカットもしていて、腕の傷跡なんか右も左も白樺みたいな、ひどい状態です。結婚して、また持病に合う薬もなんとか解りつつあり、ようやく腕を切ることはほとんどなくなりました。長袖いつも着ないといけないって、今では本人もすごく気にしているんですけどね。

ね。

ここでちゃん違和感とか、嫌な気持ちを持ててますか?「刃渡り15cmのナイフ食卓の文具立てにいつも置いてある」んですよ。

「死にたくて腕を切った次の日の朝、食卓刃渡り15cmのナイフを目にする」なんて、どういうシチュエーションだよ。どんなメッセージなんだ、それは。

刃物台所から持ち出さないとか、ちゃんと片付けるのは「危険物に慣れさせない」という意味もあるし、ふつう、この状況になったら刃物は一切遠ざけるでしょう……。

妻も、義父も、義母も、たぶん息子も、違和感を持っていないでしょう。それが「あたりまえ」だから

 ーー**ーー**ーー

もちろん、事故とか怪我とか病気とか、犯罪に巻き込まれるとか、本当にどうしようもないことって起きます。だから、不幸に原因を求めることは「絶対に」「絶対に」良くないことです。

それは、自分の実父を責めた人たちと同じ行為です。

ただ、確かに、「幸せに生きるための文化」があれば、起きなかった「かもしれない出来事」ってあるんですよ。危険確率だけは減らせるんだ。そして、もし仮にどうしようもなくそれが起きても、フォローしたり、助けたりするために「やらなければならないこと」「やってはいけないこと」は確かにある。

そうすれば、悲しいことはそこで終わらせることができるはずなんだ。

 ーー**ーー**ーー

ちなみに、彼女は二度目の妊娠中なんですが、タバコを辞めていません。(お酒ナマモノをやめたのは評価してます

彼女お金の使い方がわかってなくて、リボ機能カードの残枠埋めながら、夫には嘘をついて使い続け、任意整理に追い込みました。年収600万くらいにようやくなったんで、債務整理副業含めればなんとかなるとは思うんですけど。

上記文章の通り同居なんですが、義父名義の家のローンも終わってなくて、娘婿から取る家賃は15万/月。税金逃れのために「家賃」ではなく「分担金」と呼びます。もし離婚したりして家賃が入らなくなったら家を売るしかなくて、義父・義母も仲悪いか一家離散するでしょう。その上で、孫を危険さらし、それに対してふざけるなと怒鳴った娘婿は追い出す気みたいです。彼女は夫より息子より、自分の親との関係大事だってさ。

ちなみに、書いてないだけで、まだまだいろいろあるからね?笑

ははは。

ね?わかる?

文化って、怖いよね。

 ーー**ーー**ーー

ねえ、君は、ほんとに、どうするの?

2018-06-30

人間らしい生活がしたい

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くのが辛い。

5〜6日の内訳はこうだ。

4日派遣事務(時給1500円)

1日ソープ(1日4〜6万円)

1日デリヘル時代の客の裏引き(1回4万)

ソープが減ることと裏引きが減ることはある。派遣事務は週4の契約なので基本は減らない。私が突発的に休むと減る。

小学生まではまともな人間擬態ができていた。中学受験のため塾に通っていたのもあり、成績は良かった。

難関中学合格し、人生順風満帆に見えた。

中学3年のころから、なにかをこじらせて自傷行為を行なった。

過食嘔吐リストカット。度胸がないので傷は浅い。アラサー現在残ってはいるけれどそう目立たない。

高校になって遅刻を覚えた。

母に電車で寝過ごしたか遅刻と伝え、体調不良のため遅刻と連絡をいれてもらった。私は体調不良でもなんでもなく、ただ環状線をうとうとしながらやりすごし、3〜4限目から学校に行った。

大学はいり、生活はいよいよ破綻した。大学に行かないので当然単位は取れない。とくに宿題のある講座が苦手で、宿題ができていないために出席ができない講座がいくつかあった。語学系の講座と、学科の必修科目だった。

大学1年の夏、チャトレ的な仕事で稼ぐ予定だった出会い系サイト援助交際を知り、サークルの先輩で処女を捨てていわゆる援交少女となった。

大学5年目の秋、卒論の提出期限を家で過ごして安堵したのち、自分の現状が不安になって「やるべきこと できない」でGoogle先生に聞いてみた。

ADHDという言葉をここで知った。

実家から一番近い"大人ADHD"を扱う精神科医にかかり、心理検査などを受けてあなたADHDですねという診断を受けた。

大学県内いちばんいい私立大学だったこともあり(中学受験をした学校付属校だ。成績が悪くても推薦入学可能だった)、大学を辞めるのはもったいないのではと主治医に言われた。

私は6年目を過ごしたのちに大学卒業する自信がなく、親に診断結果を告げて大学を5年で退学した。

実家を出て、インターネットで知り合ったデリヘル嬢と暮らしはじめる。彼女に紹介してもらい、デリヘルで働く。

実家を出て2年目の夏、両親に今の仕事心配されて正社員になる。第二新卒に強い転職サイトを利用した。

しばらくは順調だったが、友人との関係がこじれたことをきっかけに鬱状態になる。

高校時代学習塾に思うように行けなかったり、大学時代軽音部の課題キーボードが進まなかったことで自殺を図ったことはあったため、彼女が悪いとはとても言えない。

鬱状態になってから、それまでの趣味が色褪せていたこともあり、精神科にかかる。

私の主訴は、見捨てられ不安から鬱状態だったためか、双極性Ⅱ型の疑いを持たれ、躁鬱向けの投薬をされていた。

ご存知のかたも多いとは思うが、精神科を予約するためには1〜2ヶ月待つ必要がある。私が待っている間に友人との関係ゆっくり改善され、主訴はADHD的な、毎月1日くらい当日欠勤してしまうとか、仕事中ねむいとか、集中できないとか、そういう内容になるはずだった。

主治医ADHDよりも躁鬱を優先すべきだと言った。わたしADHD自己否定感情の由来であり、躁鬱の原因なのではと話した。

私が大学時代検査を受けた病院診断書を今の病院に届けるのをめんどうがり、そうこうしているうちに職場へはどんどん行かなくなった。

職場に行けていないことや、風俗生計を立てていることをきちんと話せない病院なら通う意味はないのではと思い、病院に行くのをやめた。

有給がなくなったことをきっかけに、職場を1ヶ月休職した。1ヶ月間給料はもらえなかったがのびのびと過ごした。

生活のなかで、私のできる仕事は今の職場仕事だけでなく、もっと選択肢があるのではと気付くことができた。

休職するまでは、そのとき勤めている会社で働けないことはすなわちふつう会社に勤めていけないことだと考えていた)

仕事を辞めて、派遣仕事を探しはじめた。私は自分面接をセッティングすることを避けていたし、できればフルタイムではなく週3〜週4の仕事をしたかった。

派遣会社登録し、週4の仕事をはじめた。

派遣先は大企業で、仕事は暇だ。私がいなくてもまわっていく職場にいるとはっきりと言える。

私の当日欠勤の癖はなおらない。朝起きて、仕事に行くことがどうしても無理な気がしてしまう日が月に1〜2度ある。

ソープや裏引きの日も合わせると月に4〜5度ある。

今はマネージャーソープ店員、裏引きの相手に連絡することで休みをいただいているが、次の派遣先はこうもいくまい。あるいは、今の派遣先でもすでに私の欠勤は問題視されているかもしれない。

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くことが難しいと感じることがよくある。朝行くことができないと感じたり、遅刻してでも出勤できないと感じたりする。

宿題のある講義が苦手だったことを踏まえると、在宅であっても仕事ができるとは思えない。

しかしたら、毎日家まで迎えに来てくれる人がいることで私の当日欠勤癖は治るのかもしれない。でもその人の給与は誰が払うんだろう。

人間らしい生活が遠く感じるとき、私は消えてしまいたい。

2018-06-26

hagex事件本質がわからないクソカスどもへ

誰でも発信できる時代からこそ

相対的沈黙価値は高まった

あのころアングラインターネットが好きだったおれは

ネットが普及したらみんながわかりあって

仲良くなれると思った

けど、逆だった。

しろ分断は進んだのだ

びんぼうな中卒家庭に生まれたおれは

環境を振り切るために高学歴になり、いわゆる大企業に入った

高学歴で育ちのいい友達が増えた

均質化していく出会いや話が増えた

おれはおれの人生なんの関係もないのに

社会経済のはなしをする事がふえた

おれのインターネットはたくさん生活に何の関係もない難しい話題提供するようになった

○○社、○○のおれですと、いうとき

おれはおれでしかないのに誰かの物になったかのようで吐き気がして名刺ビリビリに破いた

まちがってるのは おれなのだ

おれもニュースについてたくさん考える

ツイッターブログに打ち込んで投稿せずにけす

だってニュースワンルームのおれの世界になんの関係もないから だまることにした

ニュースにたくさんの人が意見をつけるのは

それじたいが 何か一つの現代の病のようだった

おれはおれだから 忘れないためにおれ以外の事はだまるようにした

地元ヤンキー友達とつながる ツイッターは みんな自分の話しかしないし

むずかしい事はいわない

それが おれもそう振る舞うのがオトナとしてダメでも、人間としてただしいとおもった


りっぱな社会人になる程に

まわりに似た人があつまるほどに

立派になるじぶんがいやになった

仕事休みの日に地元にかえり

ぼろぼろの服をきてスミノフ片手に

刺青をいれて、ばか正直にキャリアの料金を払っている友達iphone音楽を流し、眠材を飲んでラリってるおれを

サラリーマン一瞥した

おれは「おまんちょす!」と叫んで友達爆笑した

おれは何も考えていないバカおっさんには見えるのだろうか

翌日にはスーツを着て偉そうなかおをして

大手町ゆきの電車にのっていた

情報収集のための

はてなブックマークをみると

たくさん意見コメントをしたくなったけど

かっこわるいから辞めた

おれはただしいオトナになるほど自分がカッコわるくなる気がした

会社でたくさん難しい話をしたら

それを中和するかのように ユーチューブ淫夢やsyamuとか、正しいオトナがみるべきじゃない物をたくさんみて コメントらんで 中高生ケンカした

その後 ツイキャスカラオケ配信をして 他の生放送をみた

眠材をのんでラリってる30才のおとこ

女とセックスする放送をはじめて 閲覧者がたくさん来た

それを聞きながら、持ち帰った仕事を少し片付けていた

ふたつの世界をできるだけたくさん行き来するようにした

その日

インターネットで有名な人が死んだニュースをみた

その話は その世界でたくさんされていた

おれは言いたい事があったけど 何かの病気になりそうだから辞めておいた

あれだけたくさんされていた話を ツイキャスのやつらも地元のやつらも ユーチューブのやつらも知らなかった

その殺人事件は本当は存在しない気がして

ツイッター事件検索をかけると オトナたちがその話をしていて安心した

おれは事件について何か言おうと思ったけど

めんどくさいしダサいからアニメアイコンアカウントに切り替えて「おまんこ」という文字列事件への感想を変換した

おれは

たくさんのツイッターアカウントを持つようにしている

その時別のアカウントでは 女子高生おまんこを広げた写真をのせて おっさん気持ちわるいリプライをとばしていた

その時別のアカウントでは男が手首を切った写真をのせていた

おれはそいつリストカットいいねをつけると

そのついでに別のアカウント仮想通貨情報収集をした

かいがぐるぐるとして きもちわるくなった

なんかいらついたかはてな匿名ダイアリーに「hagex事件本質がわからないクソカスどもへ」 というタイトルをつけて

タイトルとなんの関係もなくて

なんのいみもなくて なんの関係もなくて

行間がすかすかのにっきかい

そこにも、ここにも 何の意味もなかったけど、そうしないとまともなオトナになりそうで気が狂いそうだった

もし、これをしなくて、おれがうしなう物のない無職だったら ネットの立派なオトナを殺してしまいそうだったかである

じゃ、

いってきます

2018-06-25

anond:20180625212111

親とはいえ、他人なので感情の捨て場にしてはいけないと思う。

同様に親も子ども感情の捨て場にすべきではない。

心理関係仕事をしているが、母親父親への不満を娘に愚痴って、

娘がリストカット希死念慮で酷いことになっているのをよく見る。

まずはカウンセリングに行くべきだ。

2018-06-15

本気で死のうと思った結果、何事にも準備が必要ということに気付いた

ここ数日本気で死のうと思っています

 

 

出来る限り迷惑の掛からない死を模索していました。

それとなるべく綺麗に死にたいと思っています

 

 

そのために考えなければならない事

・綺麗に死ぬ方法

迷惑の掛からない死に方

・死後に掛かる迷惑を最大限に薄くすること

 

おおざっぱにこの3つかなと思いました。

迷惑の掛からない、綺麗な死に方について検討しました。

 

首吊りリストカットも考えましたが痕が残るのが嫌なので止めました。

 

そうなると服毒になりますが、市販薬、処方薬で苦しまずに

綺麗に死ぬことは難しいと判断しました。

死ぬとしても吐しゃ物を詰まらせて死ぬことになりそうです。

いから嫌です。

 

服毒で次に考えたのは会社から劇薬を持ち出して飲む方法ですが、

これは思いっき会社迷惑をかけるのでNGです。

今の会社は好きなので、絶対迷惑を掛けたくありません。

 

ということで、オーソドックス練炭選択しました。

 

練炭使用する場所について考えました。

自宅の浴室が一番簡単で便利な場所ですが、

これは賃貸会社大家迷惑をかけてしまます

今の部屋はとても好きなので事故物件にはしたくないのです。

 

次に考えたのが車です

レンタカーダメです、迷惑です。

じゃあ車を購入して適当場所で、と考えましたが

これは遺族に負担をかけてしまます

車の廃車って結構面倒なので没としました。

 

場所公共の場で、テントを張れる場所にしようと考えつきました。

密室性の高いテントを購入して

人目の少ない公共の場でゆるきゃん△することにします。

 

これがぼくの考え得るベストな死に方となります

公園テントを建て練炭を焚き死ぬ

公園テントを張っていれば両日中には発見されると思いますし腐ることないと判断しました。

 

 

次に死後に掛かる関係者への迷惑の軽減です。

それに必要もの結構大変そうでした。

遺書

これはマストです。

遺書現在作成中ですが、こちらのブログにも

公開できる部分は公開するようにします。

 

 

遺品整理

これが結構大変です。

部屋にある衣服書類家具などの整理です。

分かりやすく言えば「断捨離してミニマリストになる」

死ぬ前にミニマリストにならなければならないことに気付きました。

めちゃくちゃアホらしいです。ですが、遺族の負担を最小限に抑えるためには必須です。

現在衣服を最低限の量まで減らしました。

家具食器の整理もしなければなりません。

これがかなり億劫死にたい気持ちに鞭を打って頑張っています

骨が折れます。すでにこころが折れているので、骨が折れると満身創痍です。

 

 

契約物の解約

クレジットカードや各種会員などの解約手続きです。

事情ネット最後まで使用する必要があるため、家ネットのみ解約して

携帯は遺族に頑張ってもらうことになるかもしれません。

かいい案がないか検討中です。

DMなどの停止も行っています

契約物で大変なのが「雇用契約」と「賃貸契約」です。

どちらも検討中ですが、基本的には会社は辞めようと思っています

賃貸契約についても更新時期に改めて更新なしと連絡をしようと思います

しかし、更新なしの場合更新日よりも1か月は前に死なないと遺品整理が出来ません。

その辺も考慮して死ぬ時期、引っ越すか否かも考えます

 

 

 

遺産の整理

遺産の整理についてですが、死後に口座から現金を引き出すのが難しくなると

いたことがあったので、全額引き出して金庫にタン貯金することにしました。

これは死ぬ数日前に行えばいいかなと考えています

1点遺産で難しい点があります仮想通貨です。

この点がまだ未確定なのでこの辺は遺書に書こうと考えています

出来れば遺族に運用してほしいと思っています

・遺族、関係者への連絡

遺族へは警察から連絡がいくので大丈夫だと思いますが、

友人へ連絡が難しいなと思っています

TwitterfacebookLINEでのお知らせになるかと思います

この辺は大変申し訳ないですが、友人に協力してもらいたいと考えています

本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

葬式・墓について

ぼくは葬式についてはしなくて良いと思っています

ぼくの死で発生する金銭のやりとりは遺産譲渡のみにしたいです。

香典やその他についても一切なしにしてもらいたいと考えています

この点については遺族に負担をかけてしまますが、最低限の負担はこれかなと思っています

墓については母方の祖母と同じ墓に入れてほしいです。

でも墓に入れるのってお金かかるんですかね、ぼくの遺産でまかなってください。

賄いきれない場合は共同墓地でも畑でもいいです。

検討しているのはだいたいこんなところです。

本当は今週中にでも死にたかったんですが

これをやりきるには数か月くらいかかりそうです。

これをやりきる頃に死にたくなくなっていればいいですけど・・・・・

とりあえず、死ぬ準備は進めていこうと思っています

2018-06-11

anond:20180611115150

そういう風潮があるから嘗められてたまるかとネットカフェは30代男だったし

リストカットや親殺しを侮辱する世間から今後そういうの増えるんだろうな

制服を着てる役人だって安全じゃないわな

しろユパを倒して名を上げようと対象にされる可能性が増えた

突発的な急襲なら相手師範でもぜったい勝てないってわけでもないだろう

2018-05-30

リストカッターは半袖が着られない

最近悪癖が再発したので日記を書いてみる。

リストカッターとは、読んでそのままリストカットをする人のことである

リストカットとは、カッターや剃刀等の刃物で手首を切る人のことである

所謂メンヘラと呼ばれる人がする行為であると言って差し支えないだろうが、

世間的にはその印象は二つに分かれる気がする。

一つは「構ってちゃん」、

もう一つは「自殺未遂である

Twitterで「リスカ」もしくは「リストカット」と検索すると、

いかにも自己顕示欲の強そうな、殺しても死にそうにないSNOW盛り盛りの女の自画撮りか、

病んだ雰囲気の絵ばかりが出て来る。

そして幾つか種類はあるが、その元絵ほとんどが同じもので、

転載している人間勝手に付けたと思しき

違う意味メンタルがやられている言葉が追加されている。

本物のリストカット画像ほとんど出て来ない。

まりTwitterにわんさかと居る、鍵も掛けずに「リスカした」と呟く奴らは大体前者に当たるだろう。

もう片方の「自殺未遂」だが、これには少し誤解がある。

本当に死のうと思ったときリスカで死のうと思う人間はあまりいないのではないかと思う。

何故なら確実性が限りなく薄いからだ。

包丁で縦一千に血管を掻き切ればまだしも、剃刀で横に一筋線を入れただけではまるで死ねない。

なので、リスカをしている人間に「自殺したいほど辛かった」と思うのは間違っている、と私は思う。

私は自殺願望がある精神科通院者だが、リストカット自殺願望とは全く関係がないと思っている。

勿論人によって違うので、死にたいと思って手首を切る人も居るだろうが、それは恐らく衝動だろう。

考え抜いた末に「手首を切って死のう」と思う人はほとんどいないはずだ。

それなら首を吊った方が遥かに確実だと思う。見た目は汚くなるかも知れないが、それはそれだ。

まぁこ記事を書いているからには私もリストカッターな訳だが、切る理由はその時によって様々である

ただ、何故切るに至るかというと、八割が「我慢」、残りの二割は「癖」だ。

先に「癖」について説明しておくと、これはもう単に、腕を切ることが癖になってしまっているだけだ。

大なり小なり理由はあるにしろ、一度切ってしまうともういいかと言う気分になり、傷が増えていく。

完全に悪癖である

私の場合、ここ4年ほどその悪癖は鳴りを潜めつつあったのだが、三十手前にもなって今更再発してしまった。

一年に一回程度はしていた気もするが、ここまで腕が傷まみれになったのは久し振りである

一番病んでいた高校生の頃以来かも知れないし、もしかしたらそれ以上かも知れない。

閑話休題

さて、ここからは、腕を切るに至るまでの八割を占める「我慢」についてを話そうと思う。

切る理由は様々だと先ほど書いたばかりだが、正直に言って、「切ろう」と思うまでの、

全ての感情が「我慢」に繋がるので、切る理由もまた「我慢」なのかも知れない。

私には、病み始めた小学生高学年の頃から一番病んでいた高校生の頃、

果ては三十手前になった今に至るまで、常に存在していた衝動があった。破壊衝動である

ただ、それを他人にぶつけるのは憚られた。

私は元々体が小さく、武器を持ってもいなかったためである

武器など買えば良かったのかも知れないが、何故だか買わなかった。

そして、私はかなり早い段階で破壊衝動他人に向けることを諦め、

自分に向け始めた。それが自傷の始まりである

本来他人にぶつけたい衝動を、自分にぶつけることで、どうにか逃そうと苦心していたのだった。

殺したいと思うほど憎い他人に直接ぶつけるべき衝動を、

何故自分の体を傷つけることで解消しようとしたのかが今の私にも分からないのだが、

幼く馬鹿な割に、人を傷つけてはならないと考えたのではないだろうか。

今思えば涙ぐましい努力である

まぁ、それも、今思えば、というだけであって、切り始めた中学生当時は、

恐らく「構ってちゃん」要素が多分に含まれていた。

親しい友人に傷を見せてみたりもしていた。

余談だが、この友人は「へー」というだけで心配など何もしなかった。

幸いなことに今も友人なので、機会があったらあの時の馬鹿な私について訊ねてみたい。

それは置いておき、最初は「破壊衝動我慢から始まったリストカットは、

今、「何らかの感情我慢」に変わっている。

範囲が広がっただけだとも言えるが、実はそれは、「切るに至るまでの理由が増えた」ということでもある。

この年になって、と思わなくもないが、苛々の我慢自分に対する怒りの昇華、時には眠気を我慢する意図でも

腕を切るのだから、まったくもって救いようがないと思う。

からまり何が言いたいかと言うと、リストカットをやっている奴は全員紛れもなく面倒なので関わるな。

間違ってでも力になりたいと思うな。

構ってちゃんであろうが本気で死にたい奴だろうが癖でやっている奴であろうが、全員間違いなく面倒だ。

リストカット依存した後はあなた依存するかも知れない。

からリストカッターからは頑なに逃げろ。

具体的に言えば、夏に長袖を着て暑そうな素振りをするのに決して脱がない奴だ。

そういう趣味嗜好の人だとしてもそれはそれで頑固で厄介だから逃げた方がいい。

忠告は終わったので近況を書きます

もうすぐ夏ですね。暑くなりますね。

私は今年、半袖が着られません。

2018-05-27

anond:20180527183756

自傷行為(じしょうこうい、self-harm、以前はself-mutilation)とは、意図的に自らの身体を傷つけたり、毒物摂取する事であり[2]、致死性が低い点で自殺とは異なる。リストカットライタータバコで肌を焼く(根性焼き)、髪の毛を抜く、怪我をするまで壁を殴るなどの行為がある。虐待トラウマ心理的虐待及び摂食障害、低い自尊心完璧主義と正の相関関係があると考えられている。また抗うつ薬や、他の薬物などが自傷行為を引き起こすことが知られている。

自分ルール自傷行為って定義で語られても。

本来意味曲解して正当化しようとしてる時点で、弱者攻撃しても良いってマイルール脳内に作ってるのだなと理解したよ。

なるほど、精神病んでる人の思考というより犯罪者に近そうだね。

良かったじゃないか

君はかなりの異常で特別存在だ。

2018-05-19

リストカット被害者はかわいそうと素直に思えないもんなのか

から傷つけられて自分が嫌になってリスカしてそれを見た人からカマッテちゃんだとさらに追撃される

宅間守加藤自然発生したのではなくて日本社会が作っている

現代切腹リストカット

武士人口が8パー程度だったそうだから、ちょうど夏場に半そでの時期に手首を隠してる人の割合と一致する

2018-05-16

親の前で自殺未遂した話

親の前でマンションベランダから飛び降りようとした。

軽く勢いをつけて手すりに登ろうとしたけど、泣きすぎで力が入らなくてうまくいかなかった。

三回目のジャンプで親に手を引っ張られてよろよろと室内にころげこんだ。未遂未遂くらいで終わってしまった。

希死念慮は昔からあった。小学生の頃からずっと。その度に「読んでいるシリーズ新刊が読めなくなるのは残念だから」とかなんとか理由をつけて先延ばしにしてきた。

リストカットしたことがない。しようとしたことはあるけれど。小説で「手首を切ってもうまく死ねない」と読んだことがあったし、うっかり生き残ったら跡を誤魔化すのが大変そうだと思っていた。

高校生の頃、クラスメイトの今から思えばちょっとメンヘラ中二病が入った子と「どうしてもっと前に死んでおかなかったんだろうって思うよね、早く死にたい」と意気投合したことがある。私は表面的には今日明日ハッピーです、という体をとっていたので、その数分間が私の学校生活で唯一希死念慮を表に出せた経験になる。

正直17歳くらいで自分死ぬんだろうなと思っていた。酒が飲めないうちに死ぬのは惜しいなとも。

大学に入った直後高校時代よりも楽しく、開放的で、死にたいと思うことは少なくなった気はする。

それも居酒屋ホテルバイト疲弊するまでの間だったが。無能力感でバイト帰りに川を見て、「ここから飛び込んだら深さがないから頭から飛び込んでどこかに打って気絶して溺死かな」と考える日が続いた。

まりにも仕事ができなかったのでADHDを疑い、通院が始まる。ADHDではないものの極度のあがり症と診断され、通院し続けるようになった。

その後いろいろあって至る現在就職活動ストレス買いで作った借金を親に詰られ、死のうと思った。

ベランダから見る地上には全く恐怖を抱かなかった。履いていたスリッパを放るように脱いでしまったので揃えてから決行しようと思っているうちに止められた。

親にはずっと死にたいと思っていたことを泣きながら話した。親はピントのずれた返ししかしなかった。

自分の無価値感についても話したし、期待に添えない子供でごめんなさいと繰り返した。「そんな期待なんかしていない」と言われた。

飛び出すように家を出て、半日考えた。

私は「価値がない子供でもいいから生きていてほしい」と言われたかった。「死のうとなんてするな」と言って欲しかった。

親の期待やら何やらから逃れたくて、自分が親の思い通りに動く人形じゃないと証明したくて親が嫌がるとわかっているオタク趣味に夢中になったのかもしれない。でも結局逃れられなかった。親はそれを「正しい」方向にしようとし、私を「正しくない」と糾弾し続けた。

事実借金してまで買い物をするのは異常なのだとわかっている。でも止められなかった。自分の無価値から目をそらしたかった。

でも逃げさせてくれなかった。大学自主休講したこと就活を(私はそれなりに頑張っているつもりだが)頑張っていないこと、大学に行く時だけ電車に乗ると吐き気がすること(実際は楽しいことがあった後でも吐き気がするし、大学自体に恐怖心を抱いて家から出られなくなり、それを治療していたこともわかっているはずである)。

私はもう耐えられない。生きていくことに耐えられない。親に生きてくれと言われたら生きるつもりなんて、何でもかんでも親に依存しているのだろうか。でも親にさえ生きてくれと言われなかったらどうしたらいいのだろう。私にはもう、死なない努力をする精神力が残っていない。

カウンセリングにでもかかれば変わるだろうか。今更もう何もかもどうでもいい。

これから私は身辺整理をする。親が望む通りに物を減らして片付けをし、部屋を綺麗にする。

無駄遣いをせず私がしてしまった借金を返し、3〜50万くらいの現金を作っておく。

葬式に来て欲しい人のリストアップをする。遺書を書く。

それが終わったらなるべく迷惑をかけない形で命を終えようと思う。

1年もあれば準備には十分かなと見積もっている。それまでに生きる気力が沸くようなことがあればその時考え直す。

簡単な賭けだ。十分な金を稼ぐまでに生きる気力が沸くかどうかの賭け。

考えてわかったのは「やっぱりもっと早くこの決断を下すべきだった」ということ。

せめて大学に通う前に決断していれば、私大の決して安くはない学費を親に浪費させずに済んだのに。そのお金で老後資金の足しにできただろうにと思ってしまう。

お父さんお母さん、お金時間を私みたいな不良品に使わせちゃってごめんなさい。

ももうすこしで、マイナス100をプラスにはできないけど、マイナス50くらいにはできるように頑張ってバイトするからね。

私の生涯最後一年くらい、苦労や心配をかけないで済むように、私頑張るから

2018-05-14

自分自分の腕をカッターで切りつけるようになって早7年、手慣れたものだけど、友だちがリストカットに手を出したと聞いたら平静ではいられなくなってしまった。

そんなになるまで思い詰めてたのかという心配もあるけど、一番はリストカットってめちゃくちゃ癖になるから友だちがその癖にはまり込んでしまわなければいいんだけど、という思い。癖になるとなかなか止められず「また切ってしまった…」と自分を責めてまた切りつけるのを繰り返して全くメンタルに良くないからなあ…

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