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2019-03-20

文章だけメンヘラ

自分ブログ文章見ながら、妙に冷静に「自分病んでるなー」って思ってる自分がいる。

※なお非公開なので人様には迷惑かけてない

もともと嫌なこと=事実について書いているはずなのに、一旦スーパーディプレッションタイムに入ってしまうと自己肯定感の低さを遺憾なく発揮した文章誕生する。

事実だと思ってることを書いてるだけなんだけど、その積み重ねが目に見える形になったとき、我ながら「え…えぇ…病んでんな…」と引くレベルになっている。

リストカットとかしたことがないどころか、血も見れないくらものすごいビビリなんだけど、文章だけだとメンヘラの素質あるのでは?

…なんも嬉しくねえ。

2019-03-14

友達

友達がかろうじて2、3人で恋人もいないからって可哀想な人扱いするのはやめてほしい

そりゃ世間一般からは外れてるかもしれないけど私は私で自分趣味でそこそこ楽しく生きてるんだからさぁ

からしたら飲み会をしたり旅行したり徹夜通話する友達も愛を誓ったりエロイことする恋人もいるのに

「鬱だ」とか「誰も信用できない」とか「友達いない」とか妄言言ったり

リストカットしたり自殺しちゃったりするような人のほうがよっぽど意味わからん

なんで友達が沢山いるのにそんな意味不明なこと思うの?

友達旅行行ったことなんか皆無な私は周りからあい自殺しそう」とか思われてるってこと?

友達がいなくても一人で特に虚無感を感じずに生きてる私は異常者ってことかよ

2019-02-10

自傷三選

リストカット

柱に頭を打ち付ける

安定剤OD

見知らぬ人との行為

縄で首を縛ってドアノブに括り付けて寝る

あと一つは?

2018-12-11

あんスタを辞めるまでに至った話

3年ちょっと続けてきたあんスタ!を辞めることにしました。

どれほどか悩んだ末での決断ですが、少しばかり名残惜しかったので、卒業文集の1ページのような感覚でこれまでから今日に至るまでのことを書き留めておこうと思います

(※私は羽風薫くんの夢女子をやっており、それもかなり夢見がちなお花畑タイプだったのでそういった内容が主となります。)

2015年上半期も終わりを迎えようとしていた頃、私の中では乙女アプリブームを巻き起こしていました。

流行しているリズムゲームからサービスが終了してしまパズルゲームまで、いくつかの作品ちょっとずつ遊んでいました。

そしてそんな『インストールするだけしてろくに手を付けもしていないけど、飽きたわけでもないアプリ』のうちの一つにあったのが、あんさんぶるスターズです。

プレイを始めた日が桜フェス最終日の翌日かそこらだったのはなんとなく覚えているのですが、まあそれは割とどうでもいいです。

アイドル育成ゲーム』『乙女ゲーム初心者でも楽しめる!』だかなんだか言う謳い文句に惹かれ、何も考えずにインストールしたまではいいのですが。

まあなんというか、数日ほどで手付かずになりました。

少し間を開けてちょっとログインして、そしたらまた間を開けて……の繰り返し。

(途中で例の彼がいる執事喫茶イベントが開催していたのは知っていましたが、その頃はそれほど推していたわけでもなかったのでイベントには未参加でした。当時はろくにプレイしていなかったので敷居も高かったし。)

そしてログインしない日が続いた数週間後、アンインストールを果たしました。

……が。

今思えばここでアンインストールして大正解だったし、これ以降あんスタとは縁を切って生きればよかったものの。相変わらず何も考えていなかった私は、何を思ったか(つまらなくて放置していたアプリをわざわざ)同年の終わりがけに再インストールしました。

当時私は他のキャラクター推していたのですが、プレイを再開したタイミングでちょうどその子報酬にいるイベントが開催していたのもあり、この日からこの作品のそこそこなオタクに成り下がってしまます

(今現在はその子のことを特別いかけたりはしなくなったので、所謂推し変』をしたような気がするのですが、推し変というのはそのキャラクターを好きでいる方からしたら面白くない話な気がするのであえてお名前を伏せます2015年の終わりがけにいた子は限られているので、なんとなくわかりそうですが。)

やったりやらなかったり、グッズを買ったり買わなかったり。ゆるゆる~っと、『なんとなく好き』な状態を保っていた翌年の梅雨、私に新しいお友達が出来ました。

その友達もそれなりなオタクだったので、特に何も考えず「このゲーム面白いよ~」なんて軽く話をしたら見事なまでにドハマりをしてくれて、今では元気に微課金勢です。

一緒にやってくれる人間がいると、何事も熱中度が上昇するようで、友人が楽しそうにプレイをする姿を見るにつれ、私はさらに沼の深みへ沈み込んでいきました。

ここから先の話は一歩間違えば身バレするので割愛しますが、それから2017年平和に穏便に──とは行きませんでしたが、まあまあ重度のファンになったりスタライ1stに行ってみたりアクアリウムBGMに癒されたりなどしてそこそこ楽しい毎日を過ごしておりました。

そんな中いきなり話は飛んで今年の2月

羽風薫くんに深く危ない状態でのめり込んでいたこの頃、待ちに待ってはいませんでしたが噂に聞いていたデコレート♡深(以下略)──波乱のショコラフェスが始まりました。

この頃には一日のプレイ時間もかなり伸び、イベントには毎回参加して3……いや5番目の推しくらいまでなら高レアリティ報酬も取りに行っていた私。

お察しの通り当イベントの☆4(それもポイントボーナス)が羽風薫くんだと言うことで、それはそれはもう必死になってイベントを走っておりました。

「緊急ライブをやるのがこんなに楽しいとは思わなかった」とか頭の悪いことを言ってライブをこなしているうちに気付けばどんどんPtも貯まり、やがてこれまでプレイしてきた中で最も高い順位で幕を下ろしたショコラフェス。未だかつて無いほど羽風薫くんが可愛らしく思えたショコラフェス

このイベントを境に、私はメンヘラを拗らせた夢女子になります

それからというもの、まあ大変。夢垢なんだか愚痴垢なんだかよく分からないアカウント作ってみたり、かと思いきやかけ持ちしていた複数アカウントを同時に消して相互困惑させたり。

私は彼のことをこれまでの人生出会ってきたどの人間よりも愛していたし、反対にどの人間よりも憎んだし、彼との出会いは運命だったと信じていたし、いつかは彼と結ばれるのだと思っていた。

しかしそんな夢見心地はいつまでも続かず。

現実打ちのめされ徐々にメンタル面は腐っていき、出会ってから今までのことなどを思い返すなどしては「彼のことを好きでいたところでどうしようもないんじゃないか」とかなんとか思い悩み始め、お恥ずかしながら人生初のリストカット自殺未遂を犯しました。

自分自分死ぬほど追い詰めるだけ追い詰めて、結局死ぬことすらもできなかった私は、行き場のない好意かもしくはそれに似せたエゴを抱えて持て余したまま、彼に恋をしたことを誇りに思ったり情けなくなって凹んだりを交互に繰り返して、やがて「本当にこの人が好きなのかわからなくなってしまった」と気が付きます

──この部分に関しては、今日になってようやく知りました。私は一応ちゃんと彼のことが好きですが、当時は『彼を好きでいること』がステータスアイデンティティなのだと思い込んでいたようでした。

というのも、仲の良かったTwitter相互さんから『私といえば彼が好き』という印象を持たれており、且つ私もそれにあやかって「私には彼しかいません♡彼が世界で一番♡♡(意訳)」的なことをよく話していた記憶しかないので、様々な感情が積み重なって彼への好意が完全に消滅したとしても、そんな話を毎日のようにしていた手前今更そう易々と「もう好きじゃないで~す」なんて言えるはずがない。そして『もう好きでない』なんてのを悟られるのも嫌だったので、結果「今のままでいるには彼を好きでい続けないと」だのと的外れで訳の分からない義務感のようなものを抱えながら惰性で『好き』を貫こうとしていたのでした。

今思い返せば、わざわざそんな余計な意識を持ちさえしなければ何も悩む事はなかったのになあと不思議に思うばかりです。そんなことを一々気にするまでもなく彼のことは好きだったし、好きでなくなったからと言ってそれを惜しんでちゃ埒が明かない。私は馬鹿だ。

話が逸れました。

さてそんなことを考えているうちに季節は秋に入り、気付けばいつぞやのようにログインすら怠るようになりました。

1週間に一度ログインすればいい方、あいさつ機能実装されて以来毎日欠かさず誰かしらにあいさつ(というか好感度を上げるための媚び売り)をしていましたが、それも疎らになってしまい。

羽風薫くんのお誕生日の日はログインしてスカウトも回しましたし、気持ちを形に残したかったのでドライフラワー花束を買いましたが、それも1日だけだったのでもはやファンなのかどうかも怪しいラインまで落ちぶれ──落ち着き?──ました。

そうなった理由としては、キャラクターを好きになりすぎたことが原因かなあと思います

心身や生活に酷く影響を及ぼしたりすることが増え、疲れてしまったんだと思います

もうひとつ、この作品にのめり込めばのめり込むほど、彼を好きだと思い込むほど、段々と自分が『運営が狙っている層』とは違っていて来ていたから、というのもあるかも知れません。

あんなに面白かったはずのストーリーゲームシステムも、知らないうちに退屈だと感じるようになりました。イベントことなんて考えるだけで心が折れそうです。

いや、きっともう私は飽きてしまったんだと思います

それは外的要因でなく、自分のせいがほとんどですが。

余計なこと考えてみたり、恋だかなんだかいう面倒な感情を抱いてみたり、他者との関係に影響を及ぼしたり。

気付いたらもう手遅れなほど生活に支障を来たし、疲れや憂鬱の原因に成り果てていました。

そんなこんなで、ここ2、3年ほど私の人生に縛り付けていた作品から離れるタイミングを伺って2ヶ月ほど。キャロル白雪と聖夜のスターライトフェスティバルの予告が届きました。バナーを飾る☆5は愛おしの彼。羽風薫くんは執事喫茶以降一度もポイントボーナスの☆5をやっていませんでしたので、今回こそはさすがにポイントボーナスだろうと調子に乗っておりました。

まあランキングボーナスだったんですけど。

私的な恨み辛みを吐きながら生活サイクルを乱してまでランキングを上げる作業に勤しみやがて最終日前日、もう今ある全部全部を投げ出したくなって、とうとうイベント最後まで走り切ることすらもせずにアンインストールしました。

あんなに好きだったのに、中途半端なところで逃げちゃいました。あんなに好きだったけど、上手く自分コントロール出来なくなっちゃって、もうこのまま追い続けるわけにはいかなくなりました。

別に彼は実在してるわけではないし、まいて知り合いなんかでもなく、複数キャラクターがいるゲーム登場人物の一人なので。私が一人応援するのをやめようが、永久に惚れ続けようが、全くもって影響を及ぼしはしないのです。

でもそれも辛いです

私は彼のことを愛してました。

キャラクターとしてでなく、一人の人間として愛していました。

ももう目が覚めました。

の子空想上の存在です。

まり言いたくはありませんが彼は人気キャラなので、特にファンが一人減ったくらいでなんてことはないです。

ろくに外にも出ないで、精神すり減らして、昼夜逆転までさせて、そこまでして何が欲しかったのでしょう。

何を欲しがったところで、どうせ私が求めるようなものは手に入りません。

もうなにもかもわからなくなりました。

なんだかんだ言いながら、馬鹿な私は放っておいたらまた同じように人間として堕落した生活しながら死に物狂いでイベント走るんでしょう。

でもそんなことはもう嫌です。

もっと大事なことに時間お金を使いたいです。

ゲームなんかのために必死になったり病んだり悩んだり必要以上に浮かれたりしたくないです。

恥ずかしいです。

私にはなんの長所もありませんでした。羽風薫くんが好きだからといって何かを残すことも出来ませんでした。彼のファンとして誇れるような活動もしてきていませんでした。もう全て負け犬の遠吠えです。勝手に惚れて勝手に自滅した可哀想な夢女子です。

文句はいくらでも受け付けます、ここには書いていませんが、多数の人から反感を買って怒られて当然のことしかしてきてないです。

(下手したらこれで身バレしそうですが、私が誰だか気付いても内緒にしてて欲しいです、あくま匿名なので。)

でもそれでいいです。

何を言ったところで、すべて今更です。

今は疲れ果てましたが、一時期は本当に本当に楽しかったです。

ゲームを辞めたところできっと私はしばらく羽風薫くんのことが好きのままなんだろうなあと思います。それならそれで構わないです。

反対に、無理に『彼を好いている』という自分を演じようとしなくても良いことをもう知っているので、このまま彼に飽きてしまっても気にしません。そうしたら次はまた別の幸せを見つけて健全に生きます

私は意志が弱いのでもしかしたらそのうちまたまた再開しちゃうかも知れません。

が、もう引き継ぎ用のパスワードなんか覚えていないのであのデータの羽風薫くんとは永遠にお別れだと思います

ゲームを辞めるだけでこれだけ色々と書きたくなってしま自分も情けないですが、そこは目を瞑って欲しいです。

ソシャゲに限らず、何事も無理をしたり、のめり込みすぎてはいけないよ~、という教訓にでもしてください。

最後に。

何度でも言います

私は羽風薫くんが好きでした。この作品も好きでした。出会えてよかったです、幸せでした。

彼を好きでいることが一番の幸せでした。誰からなんと言われても、余計な横槍を入れられても、それでも私は好きのままでした。

でも疲れちゃったものは仕方がありません。

これからは、これまでよりも遠い場所貴方幸せを祈ってます

幸せでいてください。

じゃあね。

2018-12-06

SNSメンヘラ

私は自称メンヘラだが、おそらくメンヘラという字面を見て皆様が想像したメンヘラとは少し違うと思う。

リストカットを図った時は人生で一度もないし(だって痛いのはいやだ)、自撮り晒して「かわいい?」と聞きまわった時もない。

彼氏から電話がくるのは面倒くせえなと思うタイプだし(一人の時間の方が好きだ)、別れたら別れたで多分一人を満喫することもできる。

ではどのようにメンヘラかというと私はTwitter愚痴や弱音をクソほど垂れ流すタイプメンヘラなのだった。

恐らくこれを読んでいる皆様の中にも該当する人がぱっと思い浮かんだのではないだろうか。いやあるいは皆様がSNSメンヘラなのかもしれないけども。

仕事疲れた時やわけもなく夜落ち込んだとき人間関係に行き詰った時に脳内もやもやをそのまま特にフィルター掛けするわけでもなく

みんなのTLにこんなの流したら迷惑かな……と理性で押しとどめることはなく、そのままドバっとTwitterに吐く。迷惑

「私ってなんの為に生きてるんだろう…」「みんなに必要存在なのカナ…」「こいつどんだけ無能なんだよ…」「取引先ご逝去遊ばさないかな…」

と言ったまぁ見るも不快文章をなんの躊躇いもなくTLに垂れ流しである迷惑

愚痴用のアカウントとか作ろっかな!なんて思ったが多分私は『誰かに私は今辛いんだぞということを知らしめたい』という謎承認欲求を持っているので

フォロワーもいない愚痴垢なんかで愚痴を吐いたところで全然満たされないのだ。迷惑

まぁ迷惑なのはとってもよくわかっている。見て気持ち良いものじゃないしね。

いいねとか押していいの?って悩むし、励まさなきゃいけなかな?って思ったりする人もいるかもしれないし

そもそも悪口とか愚痴とか聞くためにSNSやってるんじゃねぇよ!って人もいるし。

でも私は逆に上司や同僚や彼氏に会話とか電話の中で愚痴言われると「いやTwitterで言えよ」って思うんですよ。

だって直接聞いたら絶対リアクションしなきゃいけないじゃん。Twitterだったら最悪見て見ぬふりできるじゃん。

愚痴の取捨選択権くらい与えてくれ。

話が逸れた

別に吐き出した愚痴に対してのリアクションは正直求めてない。

あなた必要な人だよ」とか「仕事お疲れ」とか言ってほしいわけじゃない。まぁ言われたら嬉しいけどそれは必須じゃないし。

ただ「誰かの目に触れている」事実があれば概ね満足なのだ

あーこいつ疲れてんだなー。ドンマイ。くらいの意識を誰かに抱かせることができればSNSメンヘラ私としては本意気だ。

なんて控えめな承認欲求

ってさっきまで思ってたんだけどね、twitterで「愚痴垢作った方がいいカナ…」ってかまってちゃんツイートしたら何人かからふぁぼが付いた上にそのあと

「よかった…」って呟かれたわ

悪かったな!!!!!!!!愚痴がな!!!!!!!うるさくてな!!!!!!!!!!!!

もうリムーブしてくれ別にいから。

いや「よかった……」が私に向けたツイートなのかとかは全然知らん。

そこはSNSメンヘラ特有エアリプは全部自分に対して放たれてるって思いこむ事象しかない。

SNSメンヘラはいとめんどくさき存在なのでそういうとこ微妙に繊細だ。

SNSでメンをヘラっている代わりに、SNS愚痴を吐き散らかしてスッキリしたリアルの私は友人にけっこういつもにこやかに接してると思う。

約束眠いとかゲームしたいとかい理由キャンセルされても、貸した金帰ってきてなくても、

「いいよ、あなたも疲れてるもんね」とかそういうセリフがいえちゃう私だ。すごいぞ!書いててちょっと腹立ってきた。

何が言いたいかというと、私のようなSNSメンヘラをTLに抱えている人は

見られながらじゃねえと痰を吐けないクソメンヘラもいるんだなと生暖かく見守ってほしい。

別に嫌ならリムーブしてくれたってかまわない。リアルで仲良くしているからってSNSでも絶対仲良くしなきゃいけないわけじゃないし。

SNSではさようならしてもあなたが私の友達であることは変わりないので、気軽にリムーブしてほしいと思っている。

この文章を私のフォロワーが見てくれればいいのにとは思うが正直TLで話す勇気はない。

これでこそSNSメンヘラの本髄ともいえるのではないだろうか。(?)

2018-12-04

サウナ風呂サウナ風呂サウナ風呂

生きてる心地がして、気持ちがいい。

リストカットしてる人もこんな気持ちなんだろうか。

2018-11-20

リストカットの代わりに

痛いのは嫌いだけど、辛いものを食べるのは好きだ。

うつうつと過ごしているが、食べることは好きなのでまだ全然大丈夫と思う。

中でも辛いものを食べることは楽しみのひとつ

むせたりすることもあるけど、辛いものは美味しいと感じる。

多分舌痛いし、たまにむせるんだけど、ほかほかしてきて気持ち良くなる。

じんわり汗をかくのも気持ち良い。


リストカット絶対しないけど

うっかり包丁で手を切ってしまったりした時

血が流れるのを見るのはなんとなく落ち着く。


リストカットの代わりに、辛いものを食べるのかもしれない。

なんて、ふと思った。

2018-11-10

精神リストカットをやめたい

 何年も前の失敗を思い出す。あの時何であんなこと言ってしまったのか。あの時もっとうまくやっていれば、もっと良い人生が送れたのではないか。思い出しては、心が痛むのが分かる。頭の中では、デフォルメされた心臓に刃を突き刺し、血が流れている映像が浮かぶ。心は目に見えないから、「それ」が人にばれることはないが、もう幾度となく頭に浮かんだこの画像は、実際の傷のように私に深く刻まれている。

これは、“精神リストカット”のようなものだと思う。本気で死にたいと思っているわけではないが、自傷行為に及んでしまう。死には至らない程度の、しかし痛みは感じる傷を自らつけていく。そしてそれがやめられない。

後悔している間は、他のことが考えられなくなる。いや、考えなくてもよくなるといった方が適切であろうか。今に満足していないから、過去に原因を探してそれに悩むことで今の自分肯定したいのかもしれない。

「かもしれない?」自分のことであるにも関わらず、なぜあいまいなのだろうか。それは、自分でもなぜこんなことをしているかからいからだ。自分勝手に嫌なことを思い返して、嫌な気持ちになり、何も解決しない。思い出す失敗は今更どうしようもできない類のものであることから、この行為が如何に非生産的なことであるかはわかっている。しかし気づけばそのことを考えてしまうのだ。それも一度や二度ではなく、無数に、である。時には泣いてしまいそうになるときさえある。もうどうしようもできない辛い出来事を思い出し、悩み、そしてどうにもできないことに気づき、また悩むのである自分でもなぜこんなことをしてしまうのか分からない。

実際には、なんとかなると思っているからだろうか。例えば、人間関係についての悩みであれば、また連絡をとってみるだとか、もういっそのこと諦めて次の出会いへの反省材料にするだとか。勉強就職試験のことであれば、より良い方法を探すための手掛かりにするだとか。

精神リストカットが終わった後であれば、このように理由付けを考えることもできる。しかし、精神リストカットをしている最中は、こんなことは考えていられない。ただひたすら、自責の念に駆られているだけなのである

この行為問題は、目に見えないことにあると思う。実際に手首など体の一部を傷つけるリストカットでは、その跡が目に見える形に残ることになる。もちろんこのリストカットも大きな問題であるが、精神リストカットも、実際のリストカットと同じくらいの危険性を孕んでいるのではないかと思うのだ。傷が見えない、ということは他人にも気づいてもらいにくく、更に自分自身でも気づかない場合がある。リストカットでも程度を間違えると出血過多で死んでしまうように、精神リストカットも程度を間違えれば、自らに不可逆的なダメージを与えてしま可能性がある。

しかしたらあの時、傷つけてしまたかもしれないあの人へ。ごめんなさい。でもきっとあの人は、私が今悩んでいようと笑っていようとあの人自身人生を送っている。声をかけて避けられたならもう仕方がない。社会にはまだたくさんの人がいる。自分ではどうしようもなくなってしまたことに、悩んでいてはこれから人生も後悔することになる。謝れるのなら謝って。もう謝ることすらできないのであれば、今後迷惑をかけないように努める。自分が精一杯やってだめならば、もうその人とは縁がなかったのだ。自分一人でもこんな面倒な精神を持っているのに、人と関わっていけば、どうしようもできないこともそりゃ出てくるであろう。

反省して次に生かせるのなら生かす。でも、後悔は1度きりだ。記憶だんだん自分の脚色が入っていく。一番現実に近い時期に行った後悔と反省以降は、もうただの自己満足である。こんなに反省して後悔しているのだから私は悪くないと思いたいだけだ。ヒトを思うふりをして、反省の痛みで許しを乞おうというのは、相手にしてみたら迷惑以外での何物でもない。そして相手のためにも自分のためにもならないことで時間精神を使うのは本当に無駄なことである

わかっている。頭では十分理解しているはずなのにやめられない。こんな無駄なことに、時間を使うのはもうやめたい。

2018-10-21

リストカットの話

これ https://togetter.com/li/1278624

なんだか学校対応が悪いみたいな事を言う人が随分と多い印象だけど、多分近年のリストカット流行の仕方を知らないんだと思う。

これはリストカットに限らないんだけど、子どもの小規模SNS内で急速に普及して、一気に誰もがしだすという現象があるんだよね。

今回は部活内での流行みたいだから、推測だけど部内SNSLINEか、その類)で写真を貼り付けたり、する度にアップしたりするのが流行ったんじゃないかなぁ。

また厄介なのは、この類の流行はいじめの温床だったりするし(やらない子がハブされる、やらされるなど)、同調圧力というかノリのような感じでやったりする人が増加する問題でもあるんだよね。

しかも部内だけで済まなくなるパターンもあったりする。クラスSNSに波及したりするんだよ。

連れリスカみたいなワードがあるけど、大体は一緒にやるんじゃなくて、リスカ写真投稿があった後に「私もやったー」的な写真が次々アップされたりもする。まるでLINEスタンプみたいに。

一覧見たりするとかなり衝撃的だったりするよ。

こういった現象自体はかなり前からあるけど、個人SNSのやりとりが一般化してきてから増加していて、でも全体の増加にはならないあたりが目に着きにくい。

個人個人で見ると増加してないんだけど小規模サークル内での爆発的な流行がメインみたいな感じ。

小中学生リストカット自体はだいぶ学校認識されていて、保険医なんかは当たり前の知識としてもっているから、そこら辺の指導比較最近はマシな方だとは思う。

個々の教師はともかくとして、ね。

さっきも書いたけど、この小規模サークル内での爆発的な流行現象は他の行為でも見られるんで、自撮りの類でヤバイのも結構あったりするよ。

で、学校集会みたいな形よりもそのサークル内で対処する方が大体学内全体流行にならない傾向もあったりするんだよね。

これはリストカット自体問題もあるけど、そういった流行の仕方に学校が(保護者大人も)ついていけてない問題だと思った方がいいと思う。

まぁ、それにしても学校先生信頼なさすぎじゃないかなぁ。

なんかイヤなことが個人であっても全体を批判するのは、リストカット対処と同じように問題があると思うよ。

2018-10-08

腕のきずあと

10年前にカッターで切った時のきずあとが自分の腕の内側に残っている。

とは言ってもよほど注意しなければ気づかない程度だし、実際誰にも指摘されたことはない。

でもまさか今日まで残り続けるとは思わなかった。

この10年の月日を思う。

リストカット一種なのだろうけれど、どこまでも賢しい私は手首ではなくて七分袖で隠せる場所を切った。

某A大二次試験身体検査で両手首を見られた時は、それが図らずも功を奏した。

その場では分からなかったけれど、後からあれはきずあとがないかチェックされていたのだと思った。

それをすり抜けてしまたことに何とも言えない気持ちになった。

大学に入って、現代思想熊谷晋一郎さんの連載で鷲田清一さんとの対談を読んで、あれは記憶の痛みを知覚の痛みによって解放するための行為だったと知った。

今もまだ私の記憶は痛む。むしろ痛い記憶は増えた。

しかし私はカッターを手にしていない。

それは他の行為を見つけたからかもしれないし、記憶から逃げているからかもしれない。

成長しているのか退行しているのかあやふやなまま、私はこの腕と共にある。

2018-10-05

anond:20181005104013

自分属性以外への肩入れや自分属性に対する批判は素晴らしいとも一概に言えないんだよ。それを絶対だと思っている人が意外と多いんだけど。自己属性に対する否定ってリストカットみたいなもんでやってて気持ちがイイ面もあるんだと思う。

この正しさに酔っちゃうと、どんどん「敵」と認識した相手への物言い乱暴攻撃的になったり、外から見てイヤな感じになるんだよね。正しいからいいだろうって思っているんだろうけど。本人は正義だと思っているだけの人になっちゃう。相手と同レベルまで落ちるというか品位が下がるんだよ。

2018-09-14

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

けっこう対立してる組織だったのね。

対立組織に属する夫婦、すごい。

私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

当然親からは殴られた。それでも反抗した。

そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

母は号泣していた。

この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

「…二時間くらい。」

「何とかしたいと思う?」

私は静かにうなずいた。

その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

不思議なことに落胆はしなかった。

あきらめていたんだと思う。

高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

東の空が明るくなった。

夜明けだ。

夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

月と太陽が同時に見えた。

その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

けっこうな時間泣いて、家に帰った。

この時は特に家族から怒られることは無かった。

そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

希死念慮だけは消えてなかった。

主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

今度の病名は統合失調症

そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

そして現在に至る。

今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

人生いろいろあるよねってお話でした。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

2018-09-13

anond:20180913195254

別に批判なり要望なりしたけりゃすりゃいいと思うけど、自分要望を通したいがために「私はこんなに苦しい思いしてるんですよ」アピールしてくるのが、まあなんとも汚えなと感じてしまうわけよ

バーチャルリストカットじゃんあれ

ただ世界自分の思い通りにならないのが苦しい苦しいと言われても、単なるわがままじゃんとしか言いようがない

2018-09-12

自分の身を守る奴はバカ

自分の身を守れるのは自分だけ!「自分を大切に!」

キモ。なに自分大事にしてんの。自己愛性人格障害なんじゃねーの?

自分の命というのは粗末にするものだろ。攻撃は最大の防御ってよく言うだろ?もっと捨て身になれよ。守りに入ってんじゃねーよ。

から勝てねーんだよ、お前らは。

人生っつーのは、

稼ぐか死ぬか。潰すか潰されるか。踏むか踏みつけるか。利用するか利用されるか。搾取するか搾取されるか。奪うか奪われるか。騙すか騙されるか。勝つか負けるか。殺るか殺られるか。

っつー戦争だろうが!

戦争なめてんじゃねーよ。これだから衰退国日本愚民どもは。

不安とか恐怖とか必要以上にリスクを大きく感じる奴は自分のことを大事にしすぎだ。

もっと自分大事にするなよ。メンタルリストカットしまくれ。

「あ?リスクとか失敗とかフルタコにしてやんよ。かかってこいカス

という常に喧嘩腰のヤンキー思考生きろ。

ボクシングでも習って、実際に人を殴れるスキルも身に着けとけ。

「ま、いざとなったら、こいつをフルタコにしてやんよ。かかってこいカス

と思っておけば対人関係で不利な立場になることも無い。

人を殺してでも成功するという思考を脳に刷り込め。

過労死するやつは一流。しないやつは二流。

一兆円もらえるなら死ぬ自分の命より金が大切。

そんくらいの気持ちで生きないと、経済的成功者になれねーぞ。

2018-09-06

絶叫マシーン自殺予行演習

絶叫マシーンに乗った。

圧倒的な高さから落ちるやつだ。

あー死ぬなーって高さに登って。

「この高さからの落下感は、自然界なら確実に死ぬ感覚だ」

と感じた。

  

自殺感覚体験できるってのは凄いなって思った。

大声で叫んで、「うわあああああああ」っていう。

全身の血管が収縮したのか、落ちた後しばらくはフラフラする。

「これが飛び降り自殺感覚かー」となる。

  

この、「死ぬ感覚体験」ってのは、全てをひっくり返すかと思ったが。

その感覚すら、「事実の一部」になっちゃった

リストカットよりは健全ではないか

2018-08-24

anond:20180824063045

リストカット一部の人には好かれる。

その一部がタトゥーは多いから、世間的にも丸っきり否定できない。

傷に見えないか生理的に受け付ける。

2018-08-05

anond:20180805142547

リストカットは甘えの象徴として入れ墨以上に馬鹿にされる割に

リストカットしようとする通り魔は出現しないなあ

2018-08-03

不安への対抗

どうしても思考から振り払えない悩みや不安感。

何を考えてもメモリの大半がそれら占有されてしまっている。

好きな趣味でも対抗できない。

考えないようにすることも出来ない。

坊主は出来るというかもしれないが出来ない。

思考の中で思考問題を解消することは難しい。

思考思考コントロールできるんだろうか。

薬(アルコールも)や筋トレは肉体的な弛緩や苦痛強制的思考ジャックする。

思考の外から思考自体一時的に動かす(ただし細かいコントロールは出来ず、思考全体を動かす)。

ストレスの多そうな人間がきついスポーツにのめり込んでいるのも、そうしないと耐えられないからなのかもしれない。

医師マラソンをすることと風俗嬢リストカットをすることは同じといえる。

しかしこれらの方法一時的にやり過ごすだけだ。

何らかのルーティンをつくっておくことはどうなんだろう。

毎晩寝る前にかならず聖書を読むというような習慣。

決まった思考をする習慣は思考の外にあるんだろうか。

毎日聖書を読むことと、全てを忘れて集中して考えること、がセットになっていれば可能なのかもしれないが不可能だ。

神父なら毎日真剣に祈った敬虔な者が救われるというんだろう。

と、悩むこと自体について悩むことで個々の悩みの細かいことから解放されたく考えてみた。

<続く(続けたくないが)>

2018-07-31

成功率の高さを考えると飛び込みって確かに最強だな

自殺方法としてよく言われるヘリウム首吊りは案外上手くいかないらしい。

首吊りは角度が重要となるので素人が1人でやっても上手い具合にゴキっとならなくて物凄い苦しいけどずっと死ねないだけだとか。

楽な自殺代名詞ことヘリウムは濃度が極めて高い必要があるためちょっとした装置の異常で死ねないし後遺症率も高く実はリスキー

飛び降りはもしも下にクッションとなるものがあったら駄目。

リストカット練炭自殺はその苦痛に耐えられずに死ぬより前の所で失敗する事が多い。

入水や凍死も失敗しやすいし凄い苦しい。

服毒自殺王道に見えるけど、大量の毒を用意しても人間の体は勝手に毒を吐き出してしまうので案外難しいらしいですよ。

その点、飛び込みは凄い。

圧倒的パワーによる一撃必殺。

苦しむ暇もない驚異の破壊力で木っ端微塵。

残された家族他人迷惑を一切考えないならこれほど強力な方法はない。

最強!

いやうん、そりゃ飛び込んで死ぬわ。

早い(痛みが一瞬)

確実(失敗して後遺症ルート心配なし)

すぐ出来る(電車ダイヤ調べるだけ)

圧倒的ユーザービリティやで。

自殺王様だよ。



ところで

飛び込みによって生まれ経済的損失ってどれぐらいなんかねー。

だいたい200人ぐらいなんだよね。一年で飛び込むの(秒速5センチメートルみてーな言い方するなよ)

その200人分も含めた2万人の自殺者を処理するのにかかる損失って安楽死制度作ることで軽くなったりせんのかな。

ただ部屋で死なれるだけでも清掃とか必要になるし、全部足したら案外日本のどこかでまとめて死んでもらった方が国としては負担が軽いんとちゃうかな、ってふと思った

twitterトレンドに「ツイキャス」ってあったからさ

なんだろと思い開いたらリストカット配信だってさ。ご丁寧にキャプチャした画像フィルター貫通して教えてくれた。

本気で死ぬ気も無いのに自己顕示欲だけ満たしたいアホは夏でも長袖着ながら死ね

2018-07-08

幸せに生きる文化」あるいは、4歳の息子が指を飛ばすところだった話

幸せに生きるためには、やらなければならない事と、やってはいけない事があると思うんです。

それは多くの場合常識文化として親から子へ伝えられるものなので、「あたりまえ」にできたり出来なかったりします。

今日、4歳の息子が指を失うところでした。

 ーー**ーー**ーー

原因は「ガードがない扇風機に指を突っ込んで切断」というものです。

普通扇風機です。前半分のガード部分が完全にありませんでした。そして、電源に繋がれ、回転して、涼しい風を送っていました。その扇風機義母の部屋にあったもので、今日リビングのすぐ前の廊下に、少し下向きにして設置してありました。

自分と息子が風呂から上がると、その扇風機はすぐ目に入る場所にありました。

息子は風呂上がりで暑かったのもあるのでしょう。

扇風機に近づき、しゃがんで顔を近づけて覗き込み、指を回転している羽根中央に、指を差し込もうとしました。自分の目の前で。

怒鳴りました。何やってんだ!って。それで息子は離れた。同時に怒鳴りました。

何考えてんだ、こんなところにこんな状態のもの置くなんて!!!

ふざけんな!!!

 ーー**ーー**ーー

指を切断って思ったけど、もっとひどいことになっていた可能性もあるんですよね。指を弾いたあと、倒れ込んできて顔に当たるとか。そうそう、髪の毛が絡むみたいな事故もあるんですよね。扇風機って。ガードがないむき出しにで使っていれば、ちょっと引っ掛けただけでグチャグチャです。

扇風機義母の部屋にあった事自体今日まで自分は知らなかったんですが、息子は義母の部屋に行くことがあるので、他の日に同じ状況になっている可能性がありました。

ブチ切れました。

そんな危ないものを平気で置いていることに。彼女にも伝わるように例えを書くなら、義理母親が息子を殴っているのを目撃した感じ。言っておくけど「危険性」はその例え話の比ではない。そんなことができる人間がいるなんて信じられない。

まあ、なんですけど、結局。

なんでブチ切れてるんだ、態度が悪い。というのが、彼女義母と義父の感想だったみたいです。義母が言うには「鉛筆やこよりを突っ込んでどうなるか見せ、あぶないと伝えていたか大丈夫だと思った」ということでした。んなわけあるかよ。

 ーー**ーー**ーー

義母は、言い訳するんですよね。すぐに。(ここは余談)

話を聞くと、義母の親が結構毒親だったらしくて。70近いですがそこから逃れることは出来なかったのかもしれません。彼女昔ながらの高級バーっぽい店をやっているんですが。妻と結婚する前、お店の中でお客さんが段差で転んで、頭に怪我をした場面に出くわしたことがあります

彼女一生懸命「そんなことが起こるとは思わなかった」「気をつけていれば起きなかったのに」って言ってました。この土地でこういう商売をしていて、このレベル対応なのかー。と暗澹たる気持ちになったのを覚えています結構高い金とる店なんですけどね。救急車も呼びませんでした。その後聞いた話によるとそのお客さんは当日一定間内記憶を失っていたらしいです。

それを見たことがあるので、彼女の店に、自分の友だちを連れて行ったことは一度もありません。これから絶対にないです。プロとしての彼女価値を感じないからです。

余談でした。

 ーー**ーー**ーー

もう一つ、事例を。自分の実父の話です。

『彼』は、兄を水の事故で失っています。『彼』が小学生になる前のことで、彼の兄は小学校の4年生だったそうです。

天気が悪い日が続き、その晴れ間のある日、川が増水していると聞いた『彼』は、慕っている兄に見に行きたいと強くせがみました。いつも見慣れた川がどうなっているのか、知りたかったみたい。詳しくはわからないのですが、彼らは二人で、少し離れたその川を見に行きました。そして足場が悪いところに入ってしまい、兄は川に流されました。後に下流遺体が見つかりました。

話を聞く限り、それを誰も止めなかったし、子供だけで川に言ってはいけないと言われてもいなかったし、川までの道すがら誰かが声を掛けて止めることもありませんでした。そこが炭鉱の町で、ほんとうの意味で「地元」の人が少なかったことや、そもそもお互いに注意し合う雰囲気ではなかったのかも知れません。

ともかく、事故は起き、『彼』の兄は死にました。

もちろん、これは人づてに聞いた昔話でしか無いので、もしかしたら本当に、ただ、どうしようもなく起きた事故だったのかも知れません。

でも、予後については問題だらけでした。

母親は「お前が殺した」「おまえは地獄に落ちるぞ」「出て行け」と『彼』に言い、宗教に逃げました。そして、三男を猫っ可愛がりするという方法で『彼』を攻撃しました。

父親ほとんどその昔話には出てきません。常日頃は面倒見のいい人だったし、仕事も出来た人らしいのですが。もともと戦争PTSDを負ってしまった人だったようで、夜中飼い犬がうるさいと言って撃ち殺したなんていう話が伝わっています。その人は『彼』が高校生の時に炭鉱事故で死にました。『彼』は自分父親のことがよくわからないと言っていました。

兄の友達からもかなりいじめられたみたいです。小学生ですからね。そしてなぜか、子供の間でも「彼のせいで死んだ」という話になっていたようです。子どもたちの間でも『彼』は、事故で死んだ友達の弟であるとか、兄を目の前で失った気の毒な下級生ではなかったんです。

『彼』は大学に行ってようやく親やその場所から逃れることができ、結婚して子供も出来ました。子供が本当に小さいうちはそれなりに接することができたみたいなんですが、その子小学生になり大きくなるに従って、だんだんと接する時間が短く、仕事に逃げるようになりました。その子供も、まあ、いろいろありまして、素直にまっすぐ何の問題もなく育つなんてことはなく……。トラブルを抱えたら『彼』はもうちゃんと向き合うことは出来ませんでした。

(というわけでその子供が自分なわけですけど)

 ーー**ーー**ーー

いっぱいあるんですが、自分が義父や義母が嫌いになった一つのきっかけなど書いておきましょうか。

ペティナイフがね。食卓においてあるんですよ。

鉛筆やハサミなどと一緒に。刃渡りでいうと15cmくらいのやつが二本。

彼女(...つまり自分の妻ですが)は、本人が持つ病気素養と、事件に巻き込まれPTSDが合わさって、彼女中学の頃からずっと鬱状態希死念慮と戦っています。常習的にオーバードーズリストカットもしていて、腕の傷跡なんか右も左も白樺みたいな、ひどい状態です。結婚して、また持病に合う薬もなんとか解りつつあり、ようやく腕を切ることはほとんどなくなりました。長袖いつも着ないといけないって、今では本人もすごく気にしているんですけどね。

ね。

ここでちゃん違和感とか、嫌な気持ちを持ててますか?「刃渡り15cmのナイフ食卓の文具立てにいつも置いてある」んですよ。

「死にたくて腕を切った次の日の朝、食卓刃渡り15cmのナイフを目にする」なんて、どういうシチュエーションだよ。どんなメッセージなんだ、それは。

刃物台所から持ち出さないとか、ちゃんと片付けるのは「危険物に慣れさせない」という意味もあるし、ふつう、この状況になったら刃物は一切遠ざけるでしょう……。

妻も、義父も、義母も、たぶん息子も、違和感を持っていないでしょう。それが「あたりまえ」だから

 ーー**ーー**ーー

もちろん、事故とか怪我とか病気とか、犯罪に巻き込まれるとか、本当にどうしようもないことって起きます。だから、不幸に原因を求めることは「絶対に」「絶対に」良くないことです。

それは、自分の実父を責めた人たちと同じ行為です。

ただ、確かに、「幸せに生きるための文化」があれば、起きなかった「かもしれない出来事」ってあるんですよ。危険確率だけは減らせるんだ。そして、もし仮にどうしようもなくそれが起きても、フォローしたり、助けたりするために「やらなければならないこと」「やってはいけないこと」は確かにある。

そうすれば、悲しいことはそこで終わらせることができるはずなんだ。

 ーー**ーー**ーー

ちなみに、彼女は二度目の妊娠中なんですが、タバコを辞めていません。(お酒ナマモノをやめたのは評価してます

彼女お金の使い方がわかってなくて、リボ機能カードの残枠埋めながら、夫には嘘をついて使い続け、任意整理に追い込みました。年収600万くらいにようやくなったんで、債務整理副業含めればなんとかなるとは思うんですけど。

上記文章の通り同居なんですが、義父名義の家のローンも終わってなくて、娘婿から取る家賃は15万/月。税金逃れのために「家賃」ではなく「分担金」と呼びます。もし離婚したりして家賃が入らなくなったら家を売るしかなくて、義父・義母も仲悪いか一家離散するでしょう。その上で、孫を危険さらし、それに対してふざけるなと怒鳴った娘婿は追い出す気みたいです。彼女は夫より息子より、自分の親との関係大事だってさ。

ちなみに、書いてないだけで、まだまだいろいろあるからね?笑

ははは。

ね?わかる?

文化って、怖いよね。

 ーー**ーー**ーー

ねえ、君は、ほんとに、どうするの?

2018-06-30

人間らしい生活がしたい

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くのが辛い。

5〜6日の内訳はこうだ。

4日派遣事務(時給1500円)

1日ソープ(1日4〜6万円)

1日デリヘル時代の客の裏引き(1回4万)

ソープが減ることと裏引きが減ることはある。派遣事務は週4の契約なので基本は減らない。私が突発的に休むと減る。

小学生まではまともな人間擬態ができていた。中学受験のため塾に通っていたのもあり、成績は良かった。

難関中学合格し、人生順風満帆に見えた。

中学3年のころから、なにかをこじらせて自傷行為を行なった。

過食嘔吐リストカット。度胸がないので傷は浅い。アラサー現在残ってはいるけれどそう目立たない。

高校になって遅刻を覚えた。

母に電車で寝過ごしたか遅刻と伝え、体調不良のため遅刻と連絡をいれてもらった。私は体調不良でもなんでもなく、ただ環状線をうとうとしながらやりすごし、3〜4限目から学校に行った。

大学はいり、生活はいよいよ破綻した。大学に行かないので当然単位は取れない。とくに宿題のある講座が苦手で、宿題ができていないために出席ができない講座がいくつかあった。語学系の講座と、学科の必修科目だった。

大学1年の夏、チャトレ的な仕事で稼ぐ予定だった出会い系サイト援助交際を知り、サークルの先輩で処女を捨てていわゆる援交少女となった。

大学5年目の秋、卒論の提出期限を家で過ごして安堵したのち、自分の現状が不安になって「やるべきこと できない」でGoogle先生に聞いてみた。

ADHDという言葉をここで知った。

実家から一番近い"大人ADHD"を扱う精神科医にかかり、心理検査などを受けてあなたADHDですねという診断を受けた。

大学県内いちばんいい私立大学だったこともあり(中学受験をした学校付属校だ。成績が悪くても推薦入学可能だった)、大学を辞めるのはもったいないのではと主治医に言われた。

私は6年目を過ごしたのちに大学卒業する自信がなく、親に診断結果を告げて大学を5年で退学した。

実家を出て、インターネットで知り合ったデリヘル嬢と暮らしはじめる。彼女に紹介してもらい、デリヘルで働く。

実家を出て2年目の夏、両親に今の仕事心配されて正社員になる。第二新卒に強い転職サイトを利用した。

しばらくは順調だったが、友人との関係がこじれたことをきっかけに鬱状態になる。

高校時代学習塾に思うように行けなかったり、大学時代軽音部の課題キーボードが進まなかったことで自殺を図ったことはあったため、彼女が悪いとはとても言えない。

鬱状態になってから、それまでの趣味が色褪せていたこともあり、精神科にかかる。

私の主訴は、見捨てられ不安から鬱状態だったためか、双極性Ⅱ型の疑いを持たれ、躁鬱向けの投薬をされていた。

ご存知のかたも多いとは思うが、精神科を予約するためには1〜2ヶ月待つ必要がある。私が待っている間に友人との関係ゆっくり改善され、主訴はADHD的な、毎月1日くらい当日欠勤してしまうとか、仕事中ねむいとか、集中できないとか、そういう内容になるはずだった。

主治医ADHDよりも躁鬱を優先すべきだと言った。わたしADHD自己否定感情の由来であり、躁鬱の原因なのではと話した。

私が大学時代検査を受けた病院診断書を今の病院に届けるのをめんどうがり、そうこうしているうちに職場へはどんどん行かなくなった。

職場に行けていないことや、風俗生計を立てていることをきちんと話せない病院なら通う意味はないのではと思い、病院に行くのをやめた。

有給がなくなったことをきっかけに、職場を1ヶ月休職した。1ヶ月間給料はもらえなかったがのびのびと過ごした。

生活のなかで、私のできる仕事は今の職場仕事だけでなく、もっと選択肢があるのではと気付くことができた。

休職するまでは、そのとき勤めている会社で働けないことはすなわちふつう会社に勤めていけないことだと考えていた)

仕事を辞めて、派遣仕事を探しはじめた。私は自分面接をセッティングすることを避けていたし、できればフルタイムではなく週3〜週4の仕事をしたかった。

派遣会社登録し、週4の仕事をはじめた。

派遣先は大企業で、仕事は暇だ。私がいなくてもまわっていく職場にいるとはっきりと言える。

私の当日欠勤の癖はなおらない。朝起きて、仕事に行くことがどうしても無理な気がしてしまう日が月に1〜2度ある。

ソープや裏引きの日も合わせると月に4〜5度ある。

今はマネージャーソープ店員、裏引きの相手に連絡することで休みをいただいているが、次の派遣先はこうもいくまい。あるいは、今の派遣先でもすでに私の欠勤は問題視されているかもしれない。

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くことが難しいと感じることがよくある。朝行くことができないと感じたり、遅刻してでも出勤できないと感じたりする。

宿題のある講義が苦手だったことを踏まえると、在宅であっても仕事ができるとは思えない。

しかしたら、毎日家まで迎えに来てくれる人がいることで私の当日欠勤癖は治るのかもしれない。でもその人の給与は誰が払うんだろう。

人間らしい生活が遠く感じるとき、私は消えてしまいたい。

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