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はてなキーワード: 新機軸とは

2019-06-30

イノベーション権威主義で上から起こせというものから日本にとっては苦痛で起きないもの

イノベーションって、物事の「新結合」「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」(を創造する行為)のこと。である(wikipedia)

ある程度イノベーションを起こし続けて、新しい商品を作っていかないと、当然会社はどん詰まりである

そして、日本は致命的に「上が右といえば右」の権威主義社会

から、上が起こせと行ったら、下はハイわかりましたと言って、カネもかける必要がなく、人出もかけないようなもので、企画書をだして通して、実行し、売上を増やさないとならない。

権威主義から逆らうことは許されない。

失敗や軌道修正なんか許されない。

当然うまく行かない。必要なのは犠牲者。つまりあいつが悪かったから失敗したんだ」という人間

はじめからうまく行かないものが、当然のごとくうまく行かなかったのを、誰か個人が悪かったがためにうまく行かなかったというようにしたい。

誰もそんな犠牲者になんざなりたくない。でも、犠牲者がいないということは「イノベーションを起こすふり」もできない。

リストラ候補者中途採用者、後ろ盾がなくリスク無頓着起業バカブラック勤務で疲弊している人間。そういう人間をなんとか犠牲者として社会が欲する。

から一生懸命考えているがアイデアが出ないふりをして、犠牲者となる英雄今日も欲し続ける。

2019-05-11

カメラメーカーの違い

2018-11-18

久しぶりに食べた銀だこの揚げが甘い

銀だこと言えば「揚げ」である

焼き1年、揚げ3年と言われ、揚げ工程こそが銀だこ銀だこである理由になっている。

「揚げだこは邪道」と言われても銀だこたこ焼きを揚げ続けた。

しかし、私が今日食べた揚げてあるたこ焼きは揚げが甘くなっていた。

これではほとんど普通たこ焼きと変わらない。

常識を疑え」

銀だこはそれまでのたこ焼き概念を変えて成長してきた。

たこ焼きを揚げるという新機軸……

誰もがその発想に驚いた。

「揚げてしまったらたこ焼きじゃないじゃん」

凡人ならそう思うだろう。

しかしいつの世も常識を疑った人間が新しいものを作るのだ。

揚げてあるたこ焼き常識を完全に覆した。

その手があったかと誰もが衝撃を受けた。

好意的に受け入れる者も「こんなものたこ焼きじゃない」と突っぱねる者も、とにかく誰もが衝撃を受けたのだ。

その揚げてあるたこ焼き銀だこが安定営業を続けていくうちにいつの間にか「当たり前」になってしまった……

揚げてあるたこ焼きはもうすでに新しい常識になってしまっているのだ。

銀だこ危機に直面している。

常識を疑え」

その声に従うなら、揚げてあるたこ焼きという常識にも挑戦しなければならない。

しかに、と思う。

新しい物もいつかは古くなる。

銀だこも変革を求められている。

しかし、だ。

揚げてあるたこ焼きの揚げを甘くすることが新機軸なのか?

スタッフ技能のせいにできればいいのだが、これが銀だこ会社としての方針なのだとしたら、もう長くはもたないだろう。

2018-11-14

anond:20181114121623

新機軸すぎる

とおもったが「00だネコ」みたいなのどっかでもう見たような。脳がむず痒い

2018-09-25

ルパパト

ルパンパト敵対関係が崩れない事

ルパンパトは対等に主役戦隊である

の2つの前提があってこその面白さじゃないのか?

最近ルパンびいきでもうすっかりルパンが主役、パトライバル

これじゃあ「当初敵対するが後に味方になるありがちな追加戦士」が第一から出たに過ぎない。

せっかく「初の2戦隊同時」の新機軸も骨抜きで、どうせ最後には味方になるんだろ、的なぬるい空気が漂い始めてる。

来週もルパン側だけ追加装備で強化変身するっぽいしな。

あーあ。

2018-08-14

イノベーションなんて起こらないじゃん

イノベーション技術革命だ、いや新結合だ、新機軸だ」と色々騒がれていたのは2010年代初頭のこと。

あれから約10年が経過したが、全くイノベーションなんて起こらないではないか

相変わらずみんなスマホ使っているし、自動運転はパッとしないし、再生可能エネルギー太陽光発電もいつのまにか消えてしまったし。

やはり本当にイノベーションを起こすには、戦争しかないのだろうか。

今私達が当たり前のように使っているエアコンは、戦艦の主砲が連続発射によって高熱を発した際に、冷却装置として開発されたものが原型である

戦争が終わって、戦争技術民間転用されたことによってイノベーションが一気に進んだ。

イノベーションは、戦争時に政府機関が採算度外視でやる技術開発によって可能となる。

コストパフォーマンスばかり気にしている民間企業には、イノベーションなんて初めから無理だったんじゃないの?

2018-02-06

40歳過ぎてわかった事、シモ関係

老人になってわかったことみたいなのがあがってたので書いてみる。

うんこ我慢HPが下がる

便意を催した後、脱糞するまでの我慢できるまでの時間がだいぶ短くなる。

もしくは、我慢してたつもりで括約筋を締めていたつもりでも微量の漏洩を許してしまう。

若い頃のつもりで「この便意なら20分は大丈夫」と甘く見積もると大量漏洩に繋がる。


おしっこが一回で出切らない

放尿をし、出しきったと思って収めても実はまだもう少し残ってて、残ってたものパンツの中でじわっと染み出る。

出したと思っても油断せずに、もう一押しする必要がある。女性は知らん。

男に限っては、ノコギリヤシサプリを飲み始めたらそれがだいぶ軽減された。


射精がそれほど快感ではなくなる

射精は言ってみれば貯まった尿や便を排出するものと同じタイプ快感である

若い頃、何故そんなにセックス自慰をしたかたかというと、性欲のムラムラ支配されており、言ってみれば常に膀胱直腸が尿とうんこで満たされている状態だったからであろう。

しかし歳を経るとそんな性欲自体が薄くなってくる。出すべきうんこや尿が「いや、あるにはあるけどそれほど無理して出さなくていいっス」という状態であり、非常にモチベーションが低い。

うんこも無理して出せば肛門が切れるが、先日私も陰茎を無理して軽擦してたら擦り切れて血が出た。

その排出欲の低さゆえ、射精時の快感も低くなり、射精までになかなか至らずいわゆる中折れも増える。

射精を伴う行為義務感が立つ

日々の業務で疲れていると射精を伴う行為が面倒臭くなる。

はいえ、相手があっての行為場合はやらねば失礼だし、男性機能を錆びつかせて良いのだろうかという焦りから義務的自慰をするようになる。

結果、射精を伴う行為掃除洗濯のような業務の一つになる。

ストライクゾーン熟女ものになる

若い頃は10代のアイドル、綺麗どころのエロ動画等を射精のお供にしていたが、歳を経るとその若さが眩しく気後れを感じてしまい、エロを感じなくなってしまう。

姪や甥などの近い親戚の子供がそれくらいの年齢になってしまう事も大きいかもしれない。

結果、ウブで健康的なガールエロさより団地妻的どスケベ熟女ともいうべきエロさ、年齢でいうとアラサーからアラフォーまでに即物的なエロを感じるようになる。

ただし、そのままティーンが好きなおっさんの方が多数派

新機軸に挑んでみたくなる

射精快感ダメであっても、小銭をある程度持ってれば新たな性の扉は幾らでもある。

私で言えば、いくつか挑んでみた結果、前立腺乳首

2018-01-16

新たな文章練習法について

 文章サボり過ぎている。頑張ろう。

 文章トレーニングのための新機軸練習方法を思いついた。まだ思いつきの域を出ていないとは思うが、それはどんなものかと言えば思いついた単語を片っ端から書くというものである。あるいは頭文字共通している単語を書きまくるというものである赤ちゃんあんこアンダンテアスキー、とかみたいにね。つまりそうやって適当単語を書きまくっている内に――つまり無秩序単語を書きまくっている内に――秩序のある文章を書きたいという純粋欲求が生まれてくることを狙った文章練習法なのである。訳分からんことを敢えて書きまくっていると勝手に訳の分かることを人間は書きたくなるのではないかと俺は思っているのである。どこかの作家が言っていたが「誰にでもできることから始めることで、より高度な行為可能になる」ということなのだ。思いついた単語を書き並べることは(殆ど)誰にだってできることである。だから、まずは誰にでもできることを行うのが肝要なのだ。俺はそう思う。


 例えば、今ここまで文章を書いたところで俺のモチベーションは随分と下がってきているのだけど、あんことかアンダンテとか有馬記念とかみたいな単語を並べることは当然できる。だからモチベーションアップを図ることができるのだ。多分。知らんけど。


 ここまで書いたところで更にモチベーションが低下してきた。それでもまだ例の文章練習法に頼る必要は無さそうである。このままとりあえず書き続けてみよう。それで、モチベーションが底をついたところで実際に例の文章練習法を試してみるのが良いかもしれない。とは言え一応文章を書き続けることが(今のところ)できているので、そう、今のところその文章練習法に頼る必要は無い。やったぜ。


 そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。独り言のように何とかなりそう何とかなりそうと呟ける内はまだ何とかなるのだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。「そろそろモチベーションが尽きかけてきた」→「何とかなる何とかなる」的な。しかし先程の論法に従って言い換えてみれば次のようになるのかもしれない。「同じことを繰り返し書くことは誰にでもできる。だから、そうやって誰にでもできることをやっている内に、再びモチベーションが生まれてくる」と。そういうことなのかもしれない。書くことに迷ったらあんことかアンダンテとかアルゼンチンとかそういうことを書かずに、今まで書いたことを書写していくのがいいのかもしれない。その方が文章推敲にも役立ちそうな気がする。今にして思えば。


 例えば、今からこの直前の段落を俺は複写しようと思う。「そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。」

 やはり同じことの繰り返しとは言え、何かを書いている分には脳の方でも「こいつ何か書いてんな」と反応している感がある。つまり、脳は割と鈍感なのかもしれない。同じことの繰り返しであれ複写であれ何であれ、ともかく何かを書いていれば「こいつ何か書いてんな」と脳は認識し、結果的に「何かを書く練習」になるのかもしれない。つまり文章技術一般を鍛えるための練習になるのかもしれない。人間の脳なんて基本的に騙し騙されなのだ適当文章を何度も何度も複写していれば、まるで新たな文章を五千文字書いているかのように脳は錯覚してくれるのだ。多分。知らんけど。実際知らんけど。そもそも練習になっとるのかどうか知らんけど。結局は脳の判断云々よりも人間が如何に新しいものを書こうとするかに文章価値根本存在しているのだとすれば、今俺が「脳は結構鈍感で勘違いする」とか言ってる傍からオリジナル文章を書きまくっているその意味もはっきりしてくるのかもしれない。しれない。よく分からないけど、多分そうなのかもしれない。

 というか今これだけ色々と文章を書けているのはひょっとしたら昼間に飲んだコーヒーに含まれカフェイン効能なのかもしれない。それだけのことなのかもしれない。しれない。よく分からない。でもそうかもしれない。何か結局同じことを繰り返し繰り返し書いてるだけにはなっていやしませんかね自分

 あいうえおあんこアンダンテ、秋、憧れ、有馬記念阿久津主税八段(将棋棋士)。


 以上の文章文字数は千八百文字程度である。こんなに書いたのに、普段目標としている千文字文章を二つ分弱書き終えた程度の文字数しか稼げていないことに愕然としている。やはり繰り返すしか無いのかもしれない。あるいはあ行の単語やか行の単語を並べていくしかないのかもしれない。


 ところで自分が何故このような文章練習法を思いついたかと言えば、それは安眠法の記事を読んだからなのだ。その安眠法は「連想式安眠法」と言って、先程述べていたような頭文字限定した単語を幾つも幾つも思い浮かぶ限りで頭の中で唱えていくという安眠法なのだが、これが中々人の脳の中にあるざわめきを抑える効果を持っているようで、つまりは実際安眠に役立つのである。で、俺もその安眠法のファンになってしまったのだが、しかし何度も何度も頭文字共通する単語を頭の中で唱え続けていると、今度は秩序だった文章を頭の中で唱えたい欲求が生まれてきたのである。この文章練習法は以上の体験を元に考案されている。どうだろう。結構この文章練習法良くないだろうか。実際相当文字数を稼げていると思うのだけど、でもやっぱりこれも昼間飲んだコーヒー純粋作用しているだけなのかもしれない。だってそんな簡単文章を大量に生産できるわけがないと思うのだ。今まで俺は文章をたくさん生み出すことが中々できないから焦ったり悩んだりしていたわけであって、それがこんな簡単方法によって改善するとしたらおかしいではないか、と心の一方では思っているのである。だから、どちらかと言えば自分自身の考案した練習法が功を奏したのではなく、昼間飲んだカフェイン所為と言ってしまう方が安心するのである。変な話だけど。

 基本的に俺という人間人生において空回りばかりをしており、自分の考案した方法が功を奏したことなど数える程も存在していないのだ。あるいは一つとして存在していないのだ、実数分からんけど俺本人の印象としては一つも存在していないと言いたいくらなのだ。だから、実際物事が功を奏したとはどうしても思いにくい、そう、「自分の手柄とは思いにくい症候群」が現れているのである。難儀なもんですね全く。ところでキーボードを叩き過ぎて段々指先が痛くなってきた。キーボードを叩くという実にヤワ運動が指先の神経を破壊したりするものなのかどうか俺には分からない。もしそんな事実存在するのであれば全国の小説家廃業しなければならなくなってしまう。だって彼らは日常的に三千文字とか四千文字文章を書きまくっているわけだから、つまりもしそんなペンだことかと同じキーボードだこ的な職業病存在するのだとすれば全国の作家及びキーボード日常的に使用する全ての職種の人々は皆等しく指先の神経破損症候群的な持病を抱えることになってしまうのであり、しかし世の中で生きていてもそんな持病の存在について耳にすることは殆ど無いことから、あるいはそんな持病は存在しないんじゃないかと思ったりもする。とは言え、俺のキーボードタイプする力は常人よりもやや強いのかもしれない。若干指先がひりひりし、指の第二関節が少しばかり痛む程度には俺のタイプチカラは強いのかもしれない。そもそも俺は小指を使わずタイピングを行う自己流の要矯正タイピング法に慣れ親しみすぎており、つまり他の人々よりも指の負担がやや多くなっている可能性があるのである。小指が本来受け取るはずであった負担を四本の指に分配してしまっている可能性があるのである。そう考えると俺だけがこの指先神経破損症候群的な症状に罹患してしまうとしても強ち想像力の枠外とは言いにくいのではなかろうか。


 こんなところでようやく文字数が三千文字を超えていった。とは言えまだ三千文字しか書いていないのかという感覚存在している。あるいは俺の考えた文章練習法のお陰ではなくカフェイン所為なのではないかという疑惑も依然として根強く存在し続けている。

 しかし今ふと思ったのだけれど、やはり効果的な練習法の条件の一つには、人間心理的ハードル技術的なハードルを落とすことが含まれるのかもしれない。あるいは技術的なハードル心理的ハードルを下げることを含む必要があるのかもしれない。だって幾ら効果的な練習法が存在したところで、それが技術ハードルおよび心理的ハードルをゴインゴインと引き上げてしまったら元の木阿弥で誰も挑戦しなくなってしまうことになるではないか。俺今正しいことを言ってる感覚がある。そう、「誰にでもできることから始めよう」作戦は実に正しいのである。例えば、カメラに習熟したいならシャッターを押しまくれば良い。シャッターを押すだけなら大概の人間にはできるからだ。バカチョンカメラとも言うではないか。誰でもちょんと押しさえすればカメラは大抵風景を切り取ってくれるものである。多分。もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれないけれど。

 ホラ見ろそんな注釈自分で付け始めることないのに自分からハードル高くしにいってんじゃねーかと思う。「もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれない」とか言い出しちゃうタイプ人間なのだ俺は。つまり自分心理的技術的なハードルをゴインゴインと上げてしまタイプ人間なのだ。俺は。そう考えるとやはり誰にでもできることをやることは、全くもって善なる練習法なのではないだろうか。だって俺がこういう性格しちゃってるもんだから、尚更その「バカチョンカメラ」式練習法が輝かしいものに感じられるのだ。つまり自分が書いた文章最初から書写したりとか、あるいは頭文字が「あ」で始まる単語を書きまくるとか、そういう「誰でもできること」がやっぱり大切なんではなかろうか。そんな気がどんどんとしてきた。ホラ、だって文章が目茶苦茶量産体制に入ってるのは、さっき自分心理的技術ハードルを落としたからではなかろうか? そう考える傍から「いやいやカフェイン所為でしょそれ」的な思念が浮かんできてしまうのだが、これは良くないことなのかもしれない。しれない。分からない。小麦粉か何かだ。古いねこのネタ。正直昔このネタ聞いてもあんまり面白いとは思わなかった。恐らくこのネタ楽しいと思うにはそれまでラーメンズが演じてきた演目に対する知識必要になるのではなかろうか。なかろうか。俺、さっきから「なかろうか」とか「かもしれない」的なことを書きまくってるけど、それは俺の中にある自分が書くものに対する不安の念の現れなのかもしれない。現れなのではなかろうか。しれない。かもしれない。分からない。小麦粉か何かだ。


 ようやく四千五百文字を超えた。というか文章を書き始めてからこの辺りで既に四十分近くの時間が経過している。あっという間だ。今俺はライティングハイ的な状態になっているのだ。それがカフェイン所為なのか、あるいは俺の編み出した練習法により心理的技術的なハードルが下がった所為なのかは分からないが(その真偽は恐らく明日以降カフェイン摂取しない自分が自ずから証明してくれるであろう)、いや分からんね。そもそも自分が何を書こうとしてるのか分からんから必然的に「分からん」とか「知らない」とか「小麦粉か何かだ」的な記述が増えてきてしまうのです。


 ところでアレですよ、最近「なろう小説」というもの流行ってますよね。流行ってるんです。ええ。流行ってますとも。多分。知らんけど。

 この「なろう小説」の特徴としては、大体物語の冒頭で主人公が死んで転生するところから始まる。そして転生後の世界主人公稀有な才能を持った偉人として君臨することになる。そういう筋書きが殆どなのだ。この呼称はどのように生まれたかと言えば(アノニマスダイアリーに生息する御仁達には説明不要かもしれないが)この小説ジャンルは「小説家になろう」という小説系の投稿サイトで幅を利かせたジャンルなので、「なろう系小説」とか「なろう小説」といった呼称をされているのだ。説明すればするほど醜悪まりない作法によって書かれた小説ジャンルだと思うが、中には面白い作品もあって、個人的には「異世界料理道」なるタイトル作品推しておきたい。これはもう既に商業デビューを果たした作品であり、商業デビューするだけのことはあって世界観の組み立てやストーリーテリングが非常に上手い小説なのだ。二百話近くあるエピソードの半分以上を読んでしまったくらいだ。

 で、俺が言いたいのはそういう稀有面白さを持った小説に対する賛辞ではなくて、その「なろう系小説」を書いている人間文章生産能力に対する賛辞なのだ。俺はプロになる為には一日最低三千文字から四千文字文章生産する能力を持たなければならないと思っているが、いわゆる「なろう系」の小説を書く人間の中には一日に一万文字とか二万文字を平気で書き上げる人間ゴロゴロしていると言うのだから驚きである。一日二万文字と言えば、速筆で知られたか西尾維新氏が、それくらいの文章生産能力の持ち主だったかもしれない。しかし俺だってカフェインブースト心理的技術ハードルを下げる効果的な練習法さえあればそれぐらいの量の文章を書くことなんてお茶の子さいさいだぜと言いたくなってくる。実際そろそろ五千文字突破して六千文字に迫るか追い抜くかをしているところだと思うが、あ、そろそろキツくなってきたかもしれない。いやしかし「キツい」キツいと繰り返している内はまだ大丈夫だと先程言ったばかりである。これもまた繰り返している。繰り返し。繰り返し、リピートリピート。繰り返すことが人間心理的ハードル技術的なハードルを下げ、人間効果的な文章トレーニング提供することになるのだ。多分。でも一応今日はこの辺にしておこう。

2017-12-20

劇団 竹の公演『人形を殺す』を見に行った記録

ちょっと前のハナシになるけど、都内の小劇団の公演を見に行ってきた。

というか、なんかこの2ヶ月、小劇団を観に行くことが多くて。

(いや、そんなマニアみたいに毎日、毎晩ってわけじゃないけど)

キッカケは、

  https://anond.hatelabo.jp/20170925212923

この劇団で。

でもって、出演していたキャスト新宿ゴールデン街バイトしているという情報を聞きつけて、その店を仕事の接待の2次会で使ったのよ。

いろいろと話も聞きたかったし。

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そしたら、その女優さん。

舞台の上の颯爽とした男装イケメンぶりとはまったく違うホニャホニャ~っとした実に気立ての良さそうなお嬢さんで。

思わず「よ~しオジサン太っ腹なところ見せちゃうぞ~!」と彼女の新しい公演のチケットを購入したのが一ヶ月以上前。

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演目は『人形を殺す』(劇団 竹/竹林 林重郎 作)

そして、ちょっと前に劇場に行ってきた。

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例によって記憶を記録に変えるため、ここに自分の感じた印象を残しておくことにする。

随所にその後の聞き取りで得たデータもはさんでいくんで、そこはご参考までに。

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■全体として

いろいろと語りたいことはあるけれど。

まずは。

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      まさかこのオッサンが芝居で爆泣きさせられるとは思わなかった。

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もう、その、なんだ。このイヤな感じに古びてネジれまくった心のどこに、こんな涙が残ってたのか、ってくらい。

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全体のアウトラインとしては。

(もう公演も終わったことだし、ネタバレいいよね?)

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とある一家の主人、フトシの葬儀に彼の隠し子ミツルが訪ねてくるところからストーリーは始まる。

子供世代にあたる長男、長女、後妻の連れ子、隠し子の4人を物語の中心として、彼らの記憶にある父、父の愛人、母、後妻の姿が交錯する。

回想を交えて次第に明らかになっていく機能不全家庭のかたち。

すでにそれぞれの人生を発見、構築して、最後手仕舞いとして葬儀に集まった子供世代が “その後の物語” を交換しあい、そして何を選択するか。

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という感じ。

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安直なプロモーター/宣伝担当者だったら “失われた家族の再生の物語” とか言うところだろうけど。

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これは “再生” じゃない、“自己修復” だ。

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どこからか聖なる光が降り注いで、そして全てが安直に元通りになるんじゃなくて。

命がけで力をあわせ、新しい家族システムとして自己修復していく物語だ。

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機能不全家庭のサバイバーたち、それぞれが心で悲鳴を上げながら過去を振り返り、つながりを模索して、あたらしい動態平衡を獲得する、そんな自己修復過程の身を切るような苦しみを描写し尽くした作品になっている。

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ただ、上に書いたような文芸路線の重たい家族ドラマってだけじゃない。

そこに、キリスト教ヒンドゥー教、アミニズム、シャーマニズムの神々が乱入し、信仰とヒトの関係性が語られ、西武ライオンズの奇跡の優勝が回想され、ときにタブラ4つ打ちテクノに合わせて踊る白装束の群舞とビデオプロジェクションのインサートシーンが交錯し、どこかサイケデリックな、なんというか……

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うん! そうだ! “現代の寓話” だ!

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これまたベタワードだけど、他に形容のしようがない。

(どうしても想像が及ばない人は、ここで、

 “もしも、もしも故・今敏監督が、重た~い家族自己修復ドラマ

  お得意の悪夢タッチケレン味タップリに撮ったら”

 というのを想像してみてください。

 当たらずといえども遠からずのはず)

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うん、これ以上語ってもしょうがない。全体としてはこんな感じ。

「傷ついた人は、傷ついた家族は、成熟とともに修復される……されるのか?」

というのがテーマ

そして俺、爆泣き。

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そして、本公演の劇団である “劇団 竹” の主催者にして劇作家、竹林林重郎氏の作劇術、というかタッチというか、そういうのも、なんとなく見えてきた。

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まず、基本はダイアローグ(1 on 1のトーク)。

モノローグでもポリローグでもなく。

回想シーンのフトシ、サダコその他は隣に聞き手がいるものとしてダイアローグカウントする)

ストーリーライン全体は

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 隠し子ミツルと長女ツグミの対話

 ーーここで父フトシの隠された2重生活と、実の子以上に愛され、

   育まれてきたミツルの姿が明かされる

      ↓

 ツグミと長男シュウタの対話

 ーーいまではヤンママシンママとなったツグミの愛に飢えた幼少期への思いが爆発

      ↓

 シュウタと連れ子ヒデフミの対話

 ーー今となっては過去に見切りをつけ、自身の “家族” を獲得したヒデフミに対して、

   ここでシュウタの最大にして最後の働きかけが大爆発

.

という大枠の流れに、回想シーンとして

 ・父フトシと母ノリコの外食

  (後に愛人となるヤスコを含めると3人以上が登場するのはここだけ、だったかな?)

 ・フトシとヤスコの逢瀬

 ・堕胎をうながす継母サダコと反発するツグミ

 ・夢の中でシュウタに、出奔という自分ギリギリの選択を明かす母ノリコ

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といずれも1 on 1。

対話の一方が次の対話に持ち越されるバトンリレー形式で話がすすむ。

(例外はサダコが壁のロザリオを叩きつけるシーンと、ノリコの出奔シーンくらいか)

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というわけでダイアローグ主体の作劇なので。

最後に全兄弟が登場する対話のシーンを見たかった気もするが、そこはビデオ後日談が語られることで代替されている。

というか、前半のツグミ役のキャストのあの演技を見たら、後半まで登場したら、おそらく彼女のメンタルがもたないだろう。

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ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

俺「おおっ! あなたツグミを演じたラムネさん! アレくらい、余裕っすか?」

ラムネさん「んふふ~」

.

と、明確な答えは得られず。

ただ、別に彼女のコンディションに配慮したわけではなく、たんに作劇上、そうなっただけらしい。

.

余談。

確かなことは。

無軌道な妊娠と出産、自分を一番に思っていた継母を鬱病と自殺に追い込んでしまった(と考えている)彼女が過去を悔いて流す涙。

ツグミの慟哭はそれだけの迫真・魂の演技だった。

余談終わり。

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もう1つ。

ストーリーを裏から支える暗喩のレベルが。

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 気にしなければ流すこともできる。

 気にして、拾い上げるつもりがあればハッキリと分かる。

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というレベルキッチリ統一してあるのが気持ちいい。

(いや、これは俺の思い上がりで、拾い上げてないレベルメタファーがドッサリあるのかもしれないけど)

たとえば。

ミツルツグミが同時に正座をといて、「ここから深い話をしよう」という意図を見せたり、とか。

ヒデフミが現在ではロザリオ製造業に努めていて、毎日キリスト十字架にかけている、つまり、 “完全な棄教者” であることを暗示したり、とか。

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いろいろなレベルで多層的にメッセージが投げかけられてくるのが気持ちいい。

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そして、ストーリーに大きな比重を占めているビデオプロジェクションについて。

冒頭、中間エンディングと(自分が覚えている限りでは)3回、舞台の白壁をスクリーン代わりに、撮影・編集済みのビデオ映像が使われる。

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1回目はオープニングタイトルなので、深い意味はない。多分。

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2回目は、うーむ、解釈に困る。

シヴァヴィシュヌガネーシャブラフマーも出てきた、かな?)とヒンドゥーの神々がサイケデリックビデオコラージュで次々と諸々の事象と一緒にカットバックされる、ある種のイメージビデオ

BGMはタブラ4つ打ちデトロイトっぽいミニマルテクノ

ことなく、今敏っぽい。

無理して考えれば、愛人ヤスコ隠し子ヒデフミの家にあったという、キャラクター人形を並べたデタラメな祭壇から喚起されたイメージの奔流、というところだろうけど。

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というか、ストーリーのキーアイテムがいくつかあって。

1)キリスト教

家族システム自己修復の媒介者、というか見守り人としてのキリスト教の存在と、一般人レベルの、一般人なりの神学論争がたびたび登場する。

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2)多神教シャーマニズム

愛人ヤスコは沖縄のユタ(シャーマン、巫女)の血を引いている、という設定で、ここでキリスト教的な硬い理論体型ではすくい切れないアミニズム、シャーマニズムスピリチュアリズムの象徴として彼女の存在がたびたびクローズアップされる。

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3)フトシ人形

元愛人ヤスコいわく、「死んだフトシの魂が乗り移った人形」。

そもそも隠し子ミツルが「この人形を一緒に火葬してほしい」と持ち込んだところから全てのストーリーが始まっているわけで。

その後は、子供たちの亡き父に代わって踏まれるは、叩きつけられるは、この人形、まさに踏んだり蹴ったり。

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余談。

この人形、終演までよくボロボロにならずにもったよなぁ。

と思ったら、Twitterを見たら劇団の忘年会にまで生き残って参加してるし。

まじで何か乗り移ってね?

余談終わり。

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ビデオプロジェクションの3回目は、エンディング後日談)とスタッフロール

ここで、子供世代が集合して親睦を深める後日談が挿入され、ストーリーに一応の決着がつく。

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と、合計3回のビデオなんだけど。

うーむ、評価に困る。

なんというか、悪くは無いんだけど。

編集も音楽も上手すぎて、なんか、こう、才に疾りすぎているような印象を受けた。

芝居のシーンが不器用な人間たちの不器用なふるまいの話であれば、なおのこと。

逆にいえば、重苦しくなりがちな主題のハシやすめとしては、効果的だった、とも言えるけど。

.

ラムネさん「あのビデオなんですけど~」

俺「おお! ラムネさん! ビデオがなんですか?」

ラムネさん「お客さんのアンケートでは、良かった人と、悪かった人が半々くらいだったみたいですよ~」

俺「うーむ、人によって評価はマチマチか。まあ、そんな感じだろうなぁ」

.

観劇

で、さてさて。

終演後、もう、あふれる涙をぬぐいながら、挨拶に出ていた竹林氏に突撃インタビューを敢行してみる。

.

俺「グスン、あ、あの、最後後日談ビデオなんですけど。やはり、あれは小さな子供たちを舞台に出せないっていう制約があってのことですか?」

(と、最初の軽いジャブのつもりの質問だったんだけど、誤解したらしく)

竹林さん「あ……あれなんですけど……ハッピーエンドってわけじゃ……ないんですよね。

あの子供たちは全員ツグミの子供かもしれないし……。ヒデフミとシュウタが家庭を持つ踏ん切りがついた……とも言えないわけで……。そこはお客さんの判断にゆだねるっていうか……」

.

え? あれ、ハッピーエンドじゃないの?

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   ズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

そりゃないよ竹林さん! こっちは希望の光に魂が洗われるような涙を流した直後だっていうのに。

と、ともかく、気を取り直して次の質問をする。

俺「と、ともかく、アレです。そうだ! あれ、あれ! あのキャストの4人が白装束で踊るダンスシーン! あの挿入シーンには、やっぱりなにか意味が?」

竹林さん「あ……あのダンスシーンには……特に意味は……ないんですよね……」

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   またまたズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

なんてこったい! 全部インスピレーションというか成り行きまかせかい! なんだよコラ! というか、あんな太っといストーリーを産み出しておいて、なんでそんな慢性自信喪失症みたいな振る舞いしとんねん!?

.

ラムネさん「そんなこと、ないですよ~」

俺「おお! ラムネさん! するとあのダンスには深い意味が?」

ラムネさん「1つ1つの振り付けに意味を込めて、竹林さんが決めていったんです~。彼、ダンスができるわけじゃないんで、稽古の一番最初にダンスから始めていって、大変だったんですよ~」

俺「それじゃまた、なんであんなウソを……」

ラムネさん「まあ、あのヒト、照れ屋さんですからね~」

.

うーむ。

いろいろと事情はあるようだ。

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あらためて全体として

というわけで、あらためて全体としては。

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もう、激烈に良かった!

チケット代の倍くらいのモトは取った!

劇団竹、というか竹林林重郎氏は今後も追いかける! 決めた!

という感じ。

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キャストスタッフについて

本来なら、ここでキャストの印象から書くんだけど、先に言っておきたい。

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  こんな気持ちのいい観劇、生まれて初めて!!!

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映画で言うところのプロダクションデザイン、美術のレベルが俺的には空前絶後のハイレベル

舞台というかセットは “そこそこ成功した事業主が建てた一軒家の客間、中央には卓袱台” という固定化された空間なんだけど、まあ、ここの造作が細部まで実にリアル

フトシと妻の外食シーン、ネパール料理屋ではビールが銅製のタンブラーに入っていたりとか、細かいところまで実にリアリティのカタマリ!

サウンドも隅々までハイファイで、SEのキューイング(演劇用語では “ポン出し”だったっけ?)もタイミング完璧!

後ろを見れば、おお! これまでの観劇で初めて卓(コンソール)の収まったコントロールブースがある!!

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今回の劇場、スペース雑遊の設備なのか?

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ラムネさん「いえ~、あのブースは、わざわざ場所を確保して作ったんですよ~」

.

ですよね~。

照明も特段の過剰な演出に走ることなく、的確。

何もしていないかっていうと、そんなことなく、舞台のシーン、ネパール料理屋のシーン、

シュウタが心から祈るシーンと、細かく細かく抑揚をつけている。

ともかく、作品の作家性、キャストもさることながら、舞台全体をバックアップするスタッフの力量が、もう、これまでとまるで違う!!

彼らにはノーベル賞ピューリッツァー賞紫綬褒章を金銀パールをそえて贈りたい。

それくらい気持ちよかった。

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劇場の “SPACE雑遊” もじつにいい。ほどよい温度で静かな空調。

ともかく見過ごされがちな観劇のための空間づくりだけど、ここまでストーリー没入を妨げない総合的な配慮は、うん! 控えめに言ってサイコー

この劇団って、いつもこんなハイレベルな制作陣なのか?

.

ラムネさん「いえいえ~、前回までの公演は~」

俺「ふむふむ」

ラムネさん「セクマイ三部作っていって~、小さな民家を舞台にしたり~」

俺「なるほど」

ラムネさん「こんな舞台は初めてなんじゃないかな~」

.

うーむ、俺はひょっとしたこの劇団の大新機軸、大飛躍の場所居合わせたのかもしれない。そうだったら嬉しいな。

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そして、キャストなんだけど、はじめに言っておく。

キャスティング上の軽重はあれど、全員が全員、演技巧者の高能力者ばっかり!

どうなってるんだ!

これ、どうやって集めたの? スカウト? オーディション

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ラムネさん「今回のキャストは~、じつはこれまで仕事をしたことがあるヒトばっかりで~」

俺「なるほど、すでに信頼関係のあるキャストばっかりなのね。アナタも含めて。ということは~、二度と呼ばれないヒトもいたりとか?」

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

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うむ。ノーコメントなり。

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というわけで。

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■石川雄也(フトシ)

一家のお父さん。酒乱。浮気。全てにおいて、だいたいこの人が悪い。

コピー機の販社を起業して営業のためにキリスト教に入信ってのが痛いくらいにリアル

回想にしか登場しないのに、ほぼ主役。

劇団竹に所属

地味に驚いたのが、ワンカップ半分ならワンカップ半分、ビール1缶ならビール1缶と、アルコールが入った分だけ、確実に立ち振舞いを変えてくる。

上手くいかない事業と美女の誘惑、アルコールへの弱さと、たよりない大黒柱の悲哀を全身で表現。

もっといろんな所で見てみたいと思った。

いやだから見世物小屋の司会とかじゃなくて!

(↑そういう仕事をしていらっしゃるのデス)

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■森川武(シュウタ)

長兄ってツラいよな。

いきなり子供が3人もできた父の辛い立場を理解したのは、このヒトだけ。

そして、彼の祈りのシーンで大事なことが示唆される。

それは、

.

 神はどこにいるのか。

 それは天上界でもオリュンポス山でもない。

 神は祈る心の裡(うち)にこそ顕現する

.

ってこと。

わからんけどね。あくまで俺の解釈)

ツグミの嘆きを受け止める。

そして、ヒデフミの “シンカー投げ” という決別の儀式を見守るだけだったところに、ロザリオのカツーン! という落下(これを偶然か神の啓示か、はたまたシンクロニシティか、どうとらえるかは、それこそ観客にゆだねられている)からの、もう、怒涛の、言いがかかりに近い、というか完全に言いがかりの引き止め工作。

ここに俺は、家族システムが血ダルマになりながら自己修復していく音を確かに聴いた、ような気がする。

そして俺、爆泣き。

劇団竹に所属

こうしてみると、キャスティングも要所々々はプロパーさんで固めているのね。わかる。

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ラムネさん「このヒト、普段は “コボちゃん” って呼ばれているんですよ~」

俺「おお! 言われてみれば確かに似ているwwww」

(このあと、コボコラの話に盛り上がること5分)

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■江花実里(ツグミ

劇団 架空畳に所属。通称ラムネさん。

あれ、おっかしーなー。

つい1ヶ月前に月蝕歌劇団を観たときには颯爽とした美青年明智小五郎(に化けた怪人二十面相)だったんだけどなー。

いま見ているのはチークの乗りも痛々しい元ヤンシンママだよ。

彼女の後悔の号泣からストーリーが本格的に回転し始める。

しかも、そこに至るまで、彼女の感情は3段階に分けて少しずつ前面に出てくる。

最初はミツル人生を聞いたとき。

次に自分人生を振り返った時。

最後に兄シュウタの腕の中で継母のサダコを想って感情を爆発させるとき。

役者ってすっげーな!

でも正直、この時の俺は爆泣きとまでは行かなかった。

でも、それでいいと思う。

この公演が竹林氏が観客の情動に仕掛けるカチ込みだとしたら、彼女は鉄砲玉というか切り込み隊であって。

あるいは、森川ー佐々木ラインという本隊の大規模侵攻の前に敵陣深く潜入する特殊部隊の役割であって。

「さて、この劇団、どんなものか見てやろう」という観客の批評眼をかいくぐってハートの深いところに潜入し、情動の扉をこじ開けて本隊の到着を待つ。

これが彼女のミッション

いや、実に良かった。

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■辻村尚子(ノリコ)

フトシの最初の妻。

夫の浮気のストレスから子供を虐待することを恐れ、みずから出奔。

舞台が2018年の設定なので、旦那事業の立ち上げ期が80年代末。

キャラ作りが、なんというか、トレンディドラマの女優そのもの

なんかW浅野時代の浅野温子が乗り移った感じだった。

彼女が居間のふちに腰かけて靴を履いて家を飛び出すところが2回、描写される。

つまり天丼なんだけど、

なんでだろ、ビデオその他の映像作品だと天丼って、うっとうしいだけなんだけど。

なんか、生身のキャストがやると重く感じるんだよな。

劇団 竹に所属

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■大森華恵(サダコ)

フトシの後妻。

うつ病で自殺。

なんというか、いろいろと痛ましい。

(継子とはいえ)娘への配慮と、大人の知恵と、世間知と、いろんなものに押しつぶされて最後の選択として自殺、か。

この舞台で、壁に掛けられたロザリオは合計3回、床に落下する。

2回はサダコが床にたたきつける。この時はSEのみの描写。

そして1回はシュウタの祈りに呼応して、本当に落下する。

ここでも天丼(繰り返し)が重たい。

なんというか、堅物で悩み事に弱そうな人物像を的確に体現。

クレジットがないからフリーの役者さんか?

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ところで、ストーリーに挿入される白装束ダンス

石川、辻村、森川と3人までは劇団正メンバーなんだけど、彼女だけがゲストにも関わらずダンスに参加。

ダンスシーンについては、べつに拘束期間とか難易度とか、そんなことは関係なく、竹林氏のメッセージにそった人選なのだろう。

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佐々木光弘(ヒデフミ)

子供が十分な子供時代を生きられず、そのままムリヤリ大人になることを要求されたようなアンバランスな感じ。

わかる。

そして、いまでは自分も義父のようにシンカーが投げられることを義兄シュウタに示すため、最後キャッチボールを決別の儀式として実行する。

と、ここで舞台で実際にボールを投げるんだけど。

キャッチャーシュウタは後ろに下がって観客から見えなくなる。

おそらく板に座布団とか、そういうギミックボールを受けているはず。

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ラムネさん「いえいえ~、あのシーンは本当にキャッチボールをしていますよ~」

俺「おいマジですかい?」

ラムネさん「本当に最初はキャッチボールの練習から始めました~」

俺「でも暴投とかしたら、危険じゃないですか?」

ラムネさん「ですから~、危険な場所には、あらかじめスタッフを座らせたりとか~」

うむ、配慮も危険対策もバッチリのもよう。

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空飛ぶ猫☆魂に所属

みなさん、それぞれの所属先劇団の看板または主戦級の役者さんなのよね。

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■森川結美子(ヤスコ

沖縄のユタの血を引く、占いもできるウェイトレス

なんというか、どの女優さんも年の頃もビジュアルも大差はない感じなのに、演技と役作りで、その、あれだ、いかにも浮気相手になりそうなフェロモ~ンなプリップリのツヤッツヤな感じに寄せてくるのがすごい。

ちなみに、ご本人に取材したところ、使われていた占いはネパール伝統の占星術(ピグラム暦、という独自の暦を使うそうだ)にタロットカードを組み合わせた架空のもの、とのこと。

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■山川恭平ミツル

フトシとヤスコの子供(つまり隠し子)。

鉄道会社というカタい職業につき、シュウタ以下の兄弟とは別の、なんというか、まっすぐな人生を歩んできたことをうかがわせる人物造形。

朴訥。

観劇直後は「なんか印象が薄いなぁ」だったんだけど。

それも当然で。

俺も含めた観客は、彼の人物ではなく、彼を通して見せられるミツルヤスコの家庭の様子を見せられていたわけで。

キャラクター人形をでたらめに並べた狂った祭壇。

父フトシのハグ。

彼を通してフトシの別の人格と別の家庭を見せられていた。

この役者さんも、おそらく高能力者。ただ本人が嘆いたり動いたりしないだけで。

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んー、こんな感じか。

ともかく、全体としては。

この劇団、劇団 竹、そして主催の竹林林重郎氏は、買いです。

次の公演にも注目して良いです。

自分もそうするし。

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2017-03-05

どうせ掟を破るんなら

同業の連中を出し抜く新機軸を打ち出すぐらいしてみろや

どいつもこいつもチマチマチマチマせこい不正ばっかりしやがって

2017-01-26

そういえばウルトラマンでは

ウルトラマンネクサス」って新機軸を狙って打ち切られた(と聞くが実際にはどうだったのか不明)のがあったなぁ

あれはあれで面白かったはずなんだが、あれはいつ再評価されるのだろう

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170111132254

最後手のひら返してデレる系のネタテキストってもう食傷感あるよね?

発想が古いから、どうせならもっと新機軸の笑いを切り開いていこ?

2016-10-29

http://anond.hatelabo.jp/20161029112007

例えば20年前のループものミステリで「七回死んだ男」って作品では、主人公ループする理由なんて「昔からそういう体質だった」で済ませちゃってる。それで充分成立するんだよ。

いや、これについてはそれで済ませられるんだけど(てか、西澤作品ってだいたい非常識な初期設定を「そういうこと」で済ませる傾向ある気がする)、創作方法としてスタンダート足りえるか?というと違うだろうと。

「昔からそういう体質だった」という設定で、フォロワー1020作つくれるか、っつーと、それはきつい。

それは単に「お約束ごと」として浸透してないからなんだけど、「昔からそういう体質だった」は設定として強引すぎてパクりにくい。

俺がリゼロの何を評価しているかというと、「フォーマットのパクりやすさ」なの。

ミステリだって長い歴史の中で色んな作品がいっぱい発表されてる。ループもの、瞬間移動もの世界が見えない壁で隔離されてしまもの人格入れ替え等々、突飛な設定を放り込んでしかもパズラーとしても面白い作品だってたくさんある。

それはそう。

だけど、

こういう言い分はミステリ小説家バカにしてるよ。ファンタジー本格ミステリをやろうっていう作家がこれからいたとして、そういう人達に対してもこの一言侮辱的だよ。

これは違う。

安易創作できるフォーマットに則って創作する奴は馬鹿だと思うけど、「安易創作できるフォーマット」を見出し人間は、普通にすげぇと思うよ。

ゼロ第二章がミステリっぽい雰囲気面白かったっていうのはわかる。だからって「新機軸ミステリ!」なんて鼻息荒くするのは恥ずかしいからやめた方がいい。それは世の中にそういうミステリがなかったからじゃなくて、お前が単にそれを読んだ事がなかったってだけなんだよ。

正直リゼロ自体は、ミステリとしてはレベルは低かったと思っている。

(ちなみに、ミステリ的要素としては2章よりも3章白鯨戦のほうがクオリティが高く、4章以降はその要素ほぼないよね)

ただ、この「RPG的死に戻りシステムを利用したミステリ的読み物」というフォーマットを使ったメジャー作品としては、これが初だったのではないかと思うが、他に先行作品があるなら知りたい。

エロゲあたりにはあるんじゃないかという気はするんだけど、ちょっと思いつかない。スマガとか近いけどちょっと違うしなぁ。)

http://anond.hatelabo.jp/20161017161706

いや、わざわざファンタジーにする必要はないよ。

ファンタジーループミステリーの強みは

ループをそのまま使うと、「なぜループが起こるのか?」という謎を中心に据えないと不自然になる。

からこそ、ファンタジー設定によってその謎を放置させる。

って事なんでしょ?だけど、例えば20年前のループものミステリで「七回死んだ男」って作品では、主人公ループする理由なんて「昔からそういう体質だった」で済ませちゃってる。それで充分成立するんだよ。

それにループ物本家であるSFが既にその椅子に座ってる感もある。

 

ミステリだって長い歴史の中で色んな作品がいっぱい発表されてる。ループもの、瞬間移動もの世界が見えない壁で隔離されてしまもの人格入れ替え等々、突飛な設定を放り込んでしかもパズラーとしても面白い作品だってたくさんある。

自分ミステリ博士でも小説家でもないけど、

てか、俺が何に感心したかっていうと。「死に戻って事件を再体験する」という方法をとる限り、ネタなんかほぼ考えなくても、話がミステリ的になるってことなんだよな。

こんな簡単ミステリ創作方法が残されていたことに感心したわけ。

こういう言い分はミステリ小説家バカにしてるよ。ファンタジー本格ミステリをやろうっていう作家がこれからいたとして、そういう人達に対してもこの一言侮辱的だよ。

 

ゼロ第二章がミステリっぽい雰囲気面白かったっていうのはわかる。だからって「新機軸ミステリ!」なんて鼻息荒くするのは恥ずかしいからやめた方がいい。それは世の中にそういうミステリがなかったからじゃなくて、お前が単にそれを読んだ事がなかったってだけなんだよ。

2016-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20161017165301

君の言う通り、ミステリファンタジーの相性は良くはない。

だが、ミステリループの組み合わせは、新機軸ミステリを生み出せるんだ。

ただ、ループをそのまま使うと、「なぜループが起こるのか?」という謎を中心に据えないと不自然になる。

からこそ、ファンタジー設定によってその謎を放置させる。

からミステリ+ファンタジーではなく、

ミステリ+ループを活かすための措置としてのファンタジーとして理解したほうがいいとおもう。

2016-05-05

ホラー映画好きなんだけど、最近ホラー映画ってどうなの?

ブレアウィッチプロジェクト』『貞子』『呪怨

このあたりは正統派じゃん。

でも、最近ってネタに走ってるじゃん。ガチでやったら外れ的な。

  

ホラーってやっぱ時間かけないと作り切れないジャンルなんかなあ。なんで良質のホラーって最近出てこないんだろう。

てか、映画だけじゃなくて、小説とかでも最近正統派の怖いジャンルが出てきてない。角川ホラーとかでも、昔ほど良作出てないように思う。

う~ん『メルキオール惨劇』とか、『ナイトヘッド』とか、かなりレベル高いホラーが10年くらい前はパンパン出てたのになあ。

  

なんつーか。ホラーってパクリ面白くないジャンルなんだな。落ちが読めちゃうから

ホラーが怖い理由って、不安定感覚が怖いって感じるんだけどさあ。その不安定さがなくなっちゃうんだよねパクリで落ちが読めてしまうと。

から難しいのかねえ。今までにない設定や読めない落ちやジャンルが求められるから

例えば、『震える舌』って破傷風にかかった子供の看病っていうそんなのがホラーになるのかよってジャンルホラーにしたり。

昔は才気バッタ作品が多かった。

でも今は、もうスタートから雪山だの、ストーカーだの。まったく不安定さがない、安パイ中の安パイ勝負しても何も面白くない。

これが難しいんかなあ。

  

最近ホラーはいいところもまああるよ。雰囲気とかね。雰囲気イケメンじゃねーけど、雰囲気ホラー的な感じ。

雰囲気はいいんだよ。『さあ、地獄へ落ちよう』も雰囲気はよかったんだけどねえ。でも、斬新さゼロ

  

う~ん、時代もあるんだろうねえ。昔は固定電話とかしかなかったり、そういう規制があったけど。

今なら、ネットでいいじゃんとか。ケータイかけろよとかで、実感ゼロなっちゃものなあ。

今見たら松本清張の『点と線』とかもトリック意味不明だしなあ。

時代のせいでホラーが成立してないのかねえ。

  

ゲームとかもどうなんだろう。『かまいたちの夜』とか、『首がない子の話』とか、『ホームタウン』とか、かなり怖かった。

でも、今のホラーゲームってどうなんだろう。ゲームならゲームでの怖さとかさあ。そういうのを感じるゲームが少ない。

まりにも開発プラットフォームが整備されすぎて、新機軸が出にくくなったのかなあ。

2016-04-26

2015年のGOTYまとめ

一応知識のない方向けにも説明しておきますと、GOTYとはGame Of The Yearの略で、欧米圏で年間で最も優れたゲームタイトルにあげる賞になります

勘違いやすいのですが、GOTYという賞が一つあるのではなく様々なゲームサイトゲーム雑誌が毎年それぞれGOTYを掲げています


なので1本のゲーム複数個受賞したり、たくさんのゲームがGOTYに掲げられるというわけです。

以下は2015年にGOTYを取得したゲームタイトルと取得した数です。


The Witcher 3: Wild Hunt - 254

Fallout 4 - 58

Bloodborne - 31

Metal Gear Solid V: The Phantom Pain - 29

Life Is Strange - 12

Super Mario Maker - 8

Undertale - 8

Rocket League - 7

Batman: Arkham Knight - 4

Rise of the Tomb Raider - 4

Her Story - 3

Splatoon - 2

Assassin's Creed Syndicate - 1

Axiom Verge - 1

Call of Duty: Black Ops III - 1

Cibele - 1

Digimon Story: Cyber Sleuth - 1

Everybody's Gone to the Rapture - 1

Kerbal Space Program - 1

Massive Chalice - 1

Ori and the Blind Forest - 1

Prune - 1

Star Wars Battlefront - 1

Sunless Sea - 1

Tales from the Borderlands - 1

Until Dawn - 1


ウィッチャー3がTOPでぶっちぎり、次点でFallout4、次いでBloodborne和ゲー)そしてMGSV和ゲー)でした。

ちなみにSplatoonは2個だけです(煽り

どちらにせよ、昨年はウィッチャーの年だったと言っていいでしょう。

フォールアウトやスカイリム代表されるベセスダのオープンワールドRPGは探索やロールプレイを主軸としていて非常に自由度が高いRPGです。


しかしながらそこに飽きが来ていたのも事実

ですがそこに新風を注ぎ込んだのがウィッチャー3でした。


実際の小説を軸にストーリ構成したため、ハイレベルで複雑な展開を実現しつつ

超がつくといっていいレベルの美麗なグラフィック

広大なオープンワールドマップと巨大な都市

優れたアートワークを元に作りこまれ世界観新機軸RPGとして大歓迎されました。

ゲーム内のクエストも単なるお使いクエストではなく随所に挟み込まれる練られたストーリーとまさに山盛りのゲームだったと言ってよいでしょう。


さて、2016年はどのゲームがGOTYを取得することになるのでしょうか。

2016-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20160126170627

しかし一方で、たとえば実業世界従業員数百人規模の新興企業を立ち上げつつ村ブロガーやってたら、嫉妬ややっかみや誹謗中傷で叩くのが、この場所なのだった。

功なり名なりを遂げたら匿名活動したほうがマシな(というかそうでないと囲んで出る杭を叩く)文化もつこの国において、ブロガーなどというのは、実際もっているかどうかを棚上げしつつ「持たないこと」を売りにヘンテコテキストバトルを繰り広げるのが最適戦略なのではないか?

病人ネグレクト被害者、鬱、無職、なんでもこい。むしろ世間ではネガティブだと思われている弱点属性武器になる!

「俺のような弱者でも必死に生きている」というアピールをしつつ、健常者や一般的生活者に対して「傷つけられた! 君たちの放つ充実した幸福波動に、ボク傷つけられた! 弱者気持ち想像できない強者傲慢! 自己責任社会被害者を救え。謝罪要求する!!」とわめくのが、この村における階級闘争実態なのだ

強肉弱食の逆ピラミッド今日もうなりを上げているぞ。がおーんがおーん(ぱおーん)。象さんはちょっと顔を隠しておこうね。オフ会出会ちゃう人たちの話題は、周囲を無差別に傷つけてしまうんだぜ。たとえここが村であってもだ。

弱者比べのチキンレースはまだ始まったばかりだけど、意識の高い弱者っていう新機軸末永く頑張ってほしいデス。

まあ、実際には寒波が来てるんで外に出るのやめよーっと、って思える不労所得者なんだけどね。

2015-11-29

スプラトゥーン凄さ

WiiUの状況により、短期でヒットを出さないといけなくなり重鎮たちの圧力が少なくなっている中で

任天堂若い力と任天堂イズムが発揮されたところにあるんじゃないかなぁ。

この成功により、もっともっといろんな新機軸任天堂ゲームが出て欲しい

2015-07-24

製品名に含まれアルファベットの印象

あくまでも俺の個人的イメージだが、

フラッグシップモデル、上級、最上級モデルに多い印象
A、G、R、S、V、X、Z
ドルレンジ普及版に多い印象
M、I、T
廉価モデル低価格路線に多い印象
C、E、L
**従来の路線とは違う新機軸路線、いわゆる「変わり種」「イロモノ」に多い印象
P、Q、W

こんな感じ。

2014-12-01

愛国ポルノ

いわゆる愛国ポルノと言われている書籍群というかコンテンツ群がある。ネトウヨ本とか嫌韓本ともいうあれと、日本は実はすごいところがある!っていうやつだ。

そういうのを売り買いするべきでない読むべきでないという主張をする人たちもいる。ここ何十年か主流だった日本的左な知識人ってやつ。

でもね、「日本すごい」本と「日本人はこんなにひどい」って本は私は同じものの表裏で、まったく変わらないものだと思う。

だって、残虐な大日本帝国軍隊、っていうのはポルノからだ。

軍隊があった時の日本はすごいひどい国だった、今は軍隊がない!うわあ、しあわせ、でも僕たちはひどい人の子孫だから永遠に謝って暮らしていこう。これポルノです。

わたしそっくりなアダルトビデオ知ってる。コンビニ万引きした女の子が店員につかまって警察に行く代わりにレイプされちゃうやつだ、これ。悪いことちょっとした人はいくらでもひどい目に合わせていいっていう筋書きはとてもきもちいい。

ここ70年ぐらいブームだったそういう勧善懲悪残虐ポルノですが、時代が過ぎるにつれ現実味がなくなって顧客が離れてきました。コンテンツの改良を怠ったからです。

昔なら食うに困って売り飛ばされた子供おっさんに買われてめかけ、っていうのが筋として成り立ってたとして、そういうのばっかり繰り返すと飽きてくる。どんどんマニア向けに過激になっていって、コンビニ万引きレイプを経て駅ですれ違う時に肩がぶつかった時謝らなかった女がムカつくので追いかけてって誘拐監禁レイプ後バラバ死体土葬みたいなのばっかりになっちゃってついてこないわけ。

そこで新機軸です。今はバカで金がなくて汗臭くて気持ち悪いありのままあなたの前にあなたをだいすきっていう相手が現れてらぶえっちしてくれる都合のいいポルノ流行しているわけですよ。すなわちそれが最近愛国ポルノ

それに「リアリティがない!男女が衝突したら絶対最後レイプになんないとAVじゃない!」みたいなこと言っても「現実見ろよご老体、どっちが売れてんの?」ってなるわけ。

どっちもポルノで、そっちはもうちょっと考えないと人気復活しないのよ。

2013-11-05

時計」を進めるべきは誰だ?

http://dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-2759.html

なんだかなぁ

そもそも、ゲームを楽しみたいと思うユーザーが集まってて、金を落としてくれているところが「ゲーム業界」だろ。

昔のゲーム業界を懐かしみ、現状のソシャゲに文句言ってる奴らを馬鹿呼ばわりして腐す気持ちは解る。でも、それって昔っからあった事だろ?

開発者はそういう奴らを華麗に無視しつつ、いつだって金を払ってくるユーザーに向けてゲームを作ってきたじゃん。

文句言うマニア馬鹿呼ばわりしてるけど、何を今更って感じなんだよ。

コンシューマーこそがゲーム王道

そもそも、ゲームをどこでどんな機種で遊ぶかは数年単位で変化してる。

パソコンからアーケードファミコンスーファミプレステPS2DS携帯スマホへとユーザーが移ってきたように。

プラットフォームが変わる度に保守勢力は新しいシステムに文句を言い続けてるけど、

結局今じゃゲームテレビにつなぐものじゃなくポケットに入れて持ち歩くものになった。

PS3ユーザーファミコンに戻らないように、スマホユーザーは据え置き機には戻らない。

ゲームユーザー新陳代謝は既に成された。

ファミコンから続いた30年の据え置き機王朝は、新興の携帯機勢に譲り渡された。

新しい王を讃えよう。新大陸ゲームを繁栄させ新たな地平を目指そう。

今、我らが歩いている道こそが王道だ。

課金が嫌?

環境の変化に応じて、ゲームへの課金方法も変化した。

ゲーセン自分が選んだゲームに100円払った時代があり、次にゲームを買う時代が来た。

パッケージ口コミ雑誌記事を信じて1つのゲームに数千円を払う博打時代が暫く続き、高騰するゲーム価格ライト層が逃げ出していった。

逃げた層は携帯に移り、それなりに暇をつぶせて満足していた。

そしてスマホが登場し、リッチゲームが遊べるようになり、ゲーセン時代のように気に入ったゲームにだけ課金する時代になった。

さらに素晴らしい事に、昔はお金を払うまでどんなゲームか分からなかったものが、無料で遊べるようになり、ユーザーが本当に納得して払えるようになった(射幸性の問題はあるけど)。

今までだってユーザーゲームに金は払ってきたけど、この新しい課金システムでは、少なくとも金を払ってクソを掴まされる危険は減った。

開発者も、クソゲーだと知ってて発売し、やっぱり売れないで、ファミ通で3点とかついて、ユーザー騙した気分になって、有名どころと比較して卑屈になってた時代は終わった。

「嫌なら遊ぶな」

「払いたくなきゃ払わなければいい」

「つまらなければお代は頂きません」

ゲーム開発者は胸を張ってこう言えるようになった。

売れたかどうかは別にしても、少なくともクソゲーに金を払わせる欺瞞は解消された。

これは誇っていい事だと思う。

ゲーム開発者は、自分の作品の出来について嘘をつかなくて済むようになり、誇りを取り戻した。

ユーザーは納得して金を払えるようになった。

開発者ユーザーの正しい関係が、スマホゲームによって、ようやく構築された。

ゲームオワコンなのか?本当に?

俺は、少なくとも今の現状は、開発者にもユーザーにも好ましい方向に動いてると思うよ。

だって好きな時に、好きなゲームで金を払わなくても遊べて、気が向いたら好きな金額だけ課金すればいいんだもん。

ゲームを遊ぶ場所時間も払う金額も自由にできる時代がやってくるだなんて、昔のゲーマーに言ったら泣いて喜ぶと思うぜ?

こんなに理想的な環境なのに、据え置き業界ダメからってだけでゲームオワコンだなんて言って欲しくない。

しろゲーム業界は「全ての携帯ユーザー」という超幅広い層にリーチする、夢の時代突入した。

ゲーミフィケーションなるバズワードも出てきて、ビジネス世界にも浸透しつつある。

ゲーム業界新世界突入した。世界はまさにバラ色だ。

あと、馬鹿馬鹿って言う奴が馬鹿なんだよ馬鹿

とりあえず、馬鹿って言うなと。

死人に鞭打つのは止めろと。

島国がDisってるような、限界集落に住む奴らの愚痴にはbotに「貴重なご意見ありがとうございます」のテンプレでも返させとけばいい。

あそこにビジネスチャンスは無い。

今のゲーム市場は、新しいスマホを手に入れ、どうやってこの端末を活用して元を取ろうか躍起になってる暇人達の手の中にある。

時計」を進めるべきは誰だ?

で、やっとこタイトルに戻るんだけど。

俺には島国が言ってる「俺は開発者として現状に満足していない」も、ユーザーの「俺の求めるゲームはこれじゃない」も、どっちも時計が止まってるようにしか見えないんだよなぁ。

ちょっと時計を巻き戻してみようか?

営業「ドラクエみたいなゲーム作れ!」

開発「それは俺の作りたいゲームじゃない!」

ユーザー「似たようなゲームばかりで飽きた。ファンタジーRPGじゃなくて俺のやりたい新機軸ゲームを作れ!」

営業「これから格闘ゲームだ!」

開発「パクリは嫌だ!それは俺の作りたいゲームじゃない!」

ユーザー「似たようなゲームばかりで飽きた。挌闘じゃなくて俺のやりたい新機軸ゲームを作れ!」

営業「次世代機ポリゴンだ!」

開発「2Dしか作れません。それに、それは俺の作りたいゲームじゃない!」

ユーザー「似たようなゲームばかりで飽きた。2Dドット絵で俺のやりたい新機軸ゲームを作れ!」

営業「美麗ムービー差別化!」

開発「ゲーム性関係ねーじゃん。それも俺の作りたいゲームじゃない!」

ユーザー「似たようなゲームばかりで飽きた。グラは普通でいいから俺のやりたい新機軸ゲームを作れ!」

営業「オンライン対戦だ!」

開発「サーバーどうすんだよ。それはWeb屋の仕事で俺の作りたいゲームじゃない!」

ユーザー「似たようなゲームばかりで飽きた。ネットいらないから(略」

営業「iモード携帯ゲームサイトだ!」

開発「つかしょぼいだろ。10FPSとか無理。当然それは俺の作りたいゲームじゃない!」

ユーザー「似たようなゲームばかりで飽きた。(略)俺のやりたい新機軸ゲームを作れ!」

営業「スマホだ!タッチ操作だ!」

開発「操作スティック無いとか最悪!(DSは許すけど)。あとそれは俺の作りたいゲームじゃない!」

ユーザーミニゲームばかりで飽きた。タッチ操作やりづれーし、もっとリッチしろ。あと俺のやりたい新機軸ゲームを作れ!」

営業「ソーシャル要素だアイテム課金だ!」

開発「クリッコゲー死ねよ。そうそう、それは俺の作りたいゲームじゃない!」

ユーザー課金すんな。似たようなゲームばかりで飽きた。金払うから(嘘)俺のやりたい新機軸ゲームを作れ!」


何この無限ループ

お前らいつまでやってるんだよと。

本当に時計を進めるべきなのは、現状のゲーム業界を否定している奴ら全員なんじゃねーの?って思う訳で。

今いるところが最前線なんだと認めることが、時計を進めるって事で。

時計の針が正常な位置にあって、さらにその先を模索するのが業界中の人お仕事なんじゃないの?って思う訳で。

いかい?

「今はスマホゲームゲーム業界なのです。」

「今はスマホゲームゲーム業界なのです。」


大事なので2度言いました。

はい、分かったら解散。

さっさとスマホネイティブソーシャルな、俺のやりたい新機軸課金ゲーを作る仕事に戻るんだ。

2013-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20130520204321

うん

ていうか『女神異聞録ペルソナ』自体「女神転生」という大人気看板シリーズ外伝タイトルの1つだからね?

同じぐらいの時期に『真・女神転生デビルサマナー』っつータイトルも出てて

色々新機軸模索してたんだよ

つーか『女神異聞録ペルソナ』も40万本ぐらい売れてるんですよね

マジで馬鹿も大概にして欲しい

うわ、聞いてもないのに語り始めたよwww

お前は馬鹿ミーハーなのに自分マニアだと思い込んでるっていう

最悪にマヌケタイプライトオタだよ

見事なブーメランだなwww

http://anond.hatelabo.jp/20130520203837

うん

ていうか『女神異聞録ペルソナ』自体「女神転生」という大人気看板シリーズ外伝タイトルの1つだからね?

同じぐらいの時期に『真・女神転生デビルサマナー』っつータイトルも出てて

色々新機軸模索してたんだよ

つーか『女神異聞録ペルソナ』も40万本ぐらい売れてるんですよね

マジで馬鹿も大概にして欲しい


お前は馬鹿ミーハーなのに自分マニアだと思い込んでるっていう

最悪にマヌケタイプライトオタだよ

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