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はてなキーワード: 難関大学とは

2021-05-09

anond:20210509025405

1980年代名古屋はほんとにどうしようもないくらいのひどい文化レヴェルだった。街のデザインセンスは全国一ひどかった。40年もたつと変わるもので、やはり国公立大学かそれ以上の難関大学卒業者が増えると文化レヴェルは確実に向上するようである


私は国公立信者ではなく、私学であろうが知能のレヴェルを維持していただければどこの大学でもよいのだが、経験上、「地元の国公立卒業しました」というライン防衛線)は、県民地頭の質を左右すると思っている。今後数十年の時が流れようが、「公立からどこかの国公立に現役で入れること」で得られる知能は、何らかの形で県民性に跳ね返る。特に名古屋はそうであった。


かつての芥川賞直木賞は、「公立からどこかの国公立に現役で入れる」読者を想定していたはずである。そうじゃないと全国区で売れようがない。近年は、「公立に落ちたので私立からどこかの国公立浪人で入れる」読者にグレードダウンした。

2021-04-30

anond:20210429224659

ついにはてな民週プレNEWSマジレスするとこまで民度が落ちたんだな。

20年前とは決定的に違うことがある。

それは、「高学歴者」が増加したこと

高学歴東大京大私大医学部などの一部の難関大学意味しない。

単に「学部」生の割合が増えたこと。


こうなると、18-20のころに、自己主張を覚える。

かつての昭和時代、これが許されずに黙々と働いた人々がいた。

その中には本当に知能の優れた人もいたけど、進学は許されなかった。

そういう人々を親に持った最初戦後世代氷河期世代だ。


今は両親が高卒でも楽に国立大学に進学できる。

ひいこらで微分方程式を覚える必要もなければ、文系ベクトルすらもいらない。

頭に詰め込む知識は薄いが、自己主張けが得意。

こんなのばっかり来ることになるのは当たり前だろう。

2021-04-12

多浪医者は信頼できない

※何かしら理由があって医者の道を諦めたが、やっぱり…ということで社会人になってから受験した人を除きます

ここでいう多浪というのは、受験初年度から数えて何年合格までかかったかということ。

1年2年なら難関大学の他学部でも見るが、医学部の中には4浪5浪、10浪もいると聞く。

なぜ信頼できないかと言うと、多浪高校レベル学問を何年もかけないと習得できなかったと言っているのと同義からだ。

高校3年の倍以上かかってるんだぞ。

なぜなの?なぜそれでも受からない人が、医者になって人を診れるの?

学費のためのバイトをしたのかもしれないが、記憶力というのは年々衰えるもので、多浪すればするほど医者になるための知識は身につけづらくなる。

なんだかなぁと思う。

前に浪人してる人は合格しづらいみたいな、補正されるみたいなのがありましたけど、正直適切な処置だと思う。

実はできないこと

今、自分大学4年生だ。自分学部卒論が必修なので当然時によっては英語論文を読むこともある。

ただ実は、自分英語で月も言えないし曜日も分からない。決してFラン大学学生でもなく、むしろ世間では難関大学とされる大学に通っている。推薦とかで英語入試で使わなかったわけでもなく、自分正規一般入試合格している。

ではなぜ月も曜日も分からいかと言うと、ただ単純に覚える機会がなかったからだ。覚えようと思えば月は12個、曜日は7個だし少しは覚えているので実際に覚える数はもっと少ない。受験学生生活の中でも覚えなくてもどうにかなってきたのでここまで来てしまった。バレたらめちゃくちゃ恥ずかしいので月や曜日英語で言う機会が来ないことを祈っている。

2021-04-11

anond:20210411181119

成り上がり特有の悲しき名誉現象もある

氷河期世代の生き残りが競争肯定し敗れた同胞を見捨てる

難関大学一般入試合格した女性女性枠の設置に反対し後輩の芽を摘もうとする

2021-04-10

学歴ロンダをした者だが、何か問題があるだろうか?

私はそれなりの有名私大から有名国立大学院に学歴ロンダリングした。

研究の道に進みたいと思うようになったからだ。

元いた私大大学院に進んでもよかったが、やはりとりわけ理系では、国立優位なことは認めざるを得ない。

さて、人間、上昇志向があるのはよいことだ。

貧乏だった人が裕福になることを目指し、何か問題があるだろうか?

立場が弱かった人が権利を主張し、責められることがあるだろうか?

いや、ない。むしろ何もせず怠惰である方が恥ずかしいとされる世の中だ。

しかし、学部から異なる大学院に進む話になると、学歴ロンダリング!!!と喚き出す人間存在する。

なぜ。。。

どれも努力した (そして今後もするだろう) という点で、本質的には同じはずなのに。

しか面白いのが、学歴ロンダリングを叩く人々は、中々の割合地頭信者なのだ

彼らの言い分は大抵こう。

大学入試問題 (特に数学物理) は地頭がよくなければ解けないが、大学院入試簡単で誰でも解けるからバカなお前でも入れる裏口入学のようなものだ!



少し自分語りをしたい。私は大学に入るまで、勉強というものが嫌いだった。

多少賢い方だったので、小学生時代学習塾で受けた模試でよく冊子に名前を連ねていた。中学受験を勧められていたが、家庭の事情地元公立中に進んだ。

小中と勉強しなくても学校テストの点はよかったので、勉強しない癖がついた。好奇心は強い方だったと思うが、私は怠惰人間なので、目先のゲームの方や部活の方にばかり気持ちが寄った。

その後進学校自称進学校の半ばくらいの高校に、そして某私大に進学した。私はやはり怠惰だったので、高校受験大学受験もさして勉強はしなかった。

勉強嫌いは治らなかったが一般受験というもの経験してみたかったので、大学受験は推薦などは取らず一般で受けた。

高校受験は舐めてもなんとかなったが、流石に全国規模の大学受験は思うようにはいかず、諸々の大学不合格を貰い某私大に進んだ。

勉強関連で大した失敗経験がなかったので、困らないくらいの学歴は手に入るだろうというバカな考えがあった。まあ正直今でもそう思っているし、有難いことに一応はそうなった。

この某私大一般的に M*RCH と同程度か超えるくらい難しいところだと思う。ネット上では M*RCH は 3 ヶ月!などと暴論をかます人がいるが、私に言わせればまだ甘い。M*RCH も某私大も 0 ヶ月だ。

そしてこの某私大は、私の感覚的に、研究員になれる最低ライン大学なのである。この大学合格していなければ、恐らく研究の道に進もうとは思わなかっただろう。

もっとも、出題によっては、M*RCH にも落ちたりした。運のよさだけが取り柄である

念のため付け加えると、上記をみれば明らかなように、私は学歴などには大して興味はない。大学受験努力できた人の方が、人として私よりも圧倒的に優れていると思う。努力した人をバカにする意図はない。

また、自分を稀代の天才などと思っているわけではない。だいたい研究の道に進めば自分より優秀な人なんて山ほど出会うし。入試だって東大 0 ヶ月を主張する者さえいる。

この某私大で、転機が訪れた。大学勉強楽しいのだ。なんということだろう。

私は情報系の学生である小学生の頃にゲームを改造するという形で情報技術に興味を抱き、高校まで趣味プログラムを弄っていた。

高校までの授業は、特に普通科高校などでは、まずやっておけば間違いない (悪く言えば当たり障りのない) 教科ばかりで構成されている。生徒が卒業後どの分野にも進めるように組まれているのだから当然だ。

大学研究機関であり、かつ専門教育を行なう機関なので、高校までとは毛色が違う。

大学講義研究は私の興味に合致した。このまま進みたいと思うようになった。楽しいから仕方ない。この後の進学までの流れはどうでもいいので省略するが、結果、学歴ロンダリングの道を選択した。

自分限界を感じて諦めるかもしれないが、それならそれでも構わない。ロンダロンダ煩くされるなら、院の名前は出さず某私大名前だけで生活してみせよう。学歴自体にはさして関心がないのだから

少し話が逸れてしまったが、したがって、

大学入試問題 (特に数学物理) は地頭がよくなければ解けないが、大学院入試簡単で誰でも解けるからバカなお前でも入れる裏口入学のようなものだ!

に対する私の答えはこうだ。

大学入試神格化しすぎ。解こうと思えば誰でも解ける。地頭とか関係なし。大学院に進もうと考えるような人なら尚更

地頭」で能力の伸び方は変わるかもしれないが、上限は関係ないと思う。

現役 MARCH 全落ち 1 浪東大の人とか知ってるし。なんなら多浪高学歴 YouTuber とか何人もいるし。

逆に、浪人して俗に F ランなどと呼ばれる大学に行った人も知っている。でも彼らも伸びが遅いだけで、特別知能で劣っているのではないと思っている。

もちろん言うまでもなく、難関大学合格する人は凄いです。私にはできなかったことなので、その賢さと努力は素直に尊敬します。

これを読んでくれているみなさんには、大学院に進む者の中には大学で目覚め研究者を志した者もいることを忘れないで欲しい。

まあ確かに、確かに東大生を主張していた人が学歴ロンダだったら、あれ?って感じるのはわかる。明らかに元いた大学を隠しまくってたら私もうーんって思う。わかる。

全く誰から批判されない人など居ないので、批判したければ常識範囲ですればいい。でも、主語を大きくしてロンダは全て悪!は間違っている。

例えば気に入らない中国人がいたとしても、すべての中国人バカにすべきではないだろう。

中国人採用しない!とか発言して東大から解雇された某最年少准教授の例とかあったじゃん。

なんだか、人を叩いて気持ちよくなりたいタイプの方々が、若い芽を摘んでいるだけな気がしてならない。

しかもそれが割とスタンダードな考え方なことに、失望を隠せない。

前述の某最年少教授処分にあたってそれとなくロンダバカにする反応をしていた東大教授さえいたし。

プライドがあるのは結構だが、選民思想はいかがなものだろうか?

18 歳で頑張ったかそれ以降で頑張ったか区別、そんなに重要だろうか?

2021-03-30

anond:20210330094313_10代の人にはちょっと難しい話になると思うが、ゆとり教育で「数的処理能力」が衰えたからだと思っている。

東大を出たものアカデミアに残れず、東京理科大でもしっかりアカデミアに残れる人がいる。難関大学突破していても、18歳時点の学力が維持できないままずるずると落ちる人々は目立ってきた。

お前の世代は残れたのかとか陰口をたたく人も多いが、私の世代大学入学率は現役23%+浪人7%に過ぎない。しかも、国公立大学要求する科目数も今より多い。習う範囲も違う。

現役組が3割に満たなかったので、国公立大学を現役で突破できれば、知能には問題はなかった。ただし、教養文化資本には問題が多すぎのように感じられた。


ゆとり教育で、知能には問題がないという留め金すら外してしまった。このため、中学まで勉強問題がない人が大量に増えたため、15歳まで挫折を感じない高校生が急増した。

旺文社英文標準問題精講をご存じの方は多いだろう。もう22年改訂されていないにもかかわらず、まだ売られている。私のころには、これが国公立大学の「標準」レヴェルだったので、標準問題精講と名づけられたのである。これがしんどいという話を、私は母校で一回も聞いたことがない。新数学演習がとてもじゃないけどできないというレヴェルだった(はずだ)。


振り返ると、私の世代挫折を感じるのが当たり前だった。そのため、バスが1時間1本の地方でも、勉強を頑張る子供はいた。私だけではない。みんな頑張ったが、それでも落ちたという世代である

なので、格差を感じてずるい、という声があまり出なかったのである。たいていは数Iで地方高校生の7割は挫折していた。高1で複素数なので当たり前という声もあったが、平面幾何が完全にカットされた弊害のほうが大きいという教育者が多数だった。


数的処理能力が乏しければ、それだけコピペだらけになる。KC1とKClの違いも判らない人だっていた。コピペで都合さえよければそれでいいのだろう。それで27歳くらいまでは何とかなるだろう。けれども30代に入って子供を持つと、子供勉強の面倒を見ることが一切できなくなる。

2021-03-27

anond:20201029101359

なによりの人生の山場が大学受験や専門・大学に在学中のお勉強ってほんと言葉を失う

https://anond.hatelabo.jp/20201029101359

言葉を失うのは、日本人の全員ではないし、共感を呼ぶ層でもなさそうだ。

25歳前後だと必然的にそうなるような気がするし、アメリカ大学院だとQualification Examだから当然なんだが、少々の反論がある。

日本昭和時代、9割が田舎地方に捨てられており、しっかり岩波基礎数学選書を積んでいるような境遇人間は1割を切っていたような気がする。私がいた潰れた本屋さんにも、岩波基礎数学選書は奇麗に並んでたことを思い出す。

私は今の専門が数学ではないので、今の数学科のカリキュラムのことをあまりよく知らないのだが、とにかく図書館で本を積んで生活するという経験はあるだろう。

医学部医学科だと下宿に本のタワーができる。

大学受験や専門・大学に在学中のお勉強」は、「自分人生自分で切り開く」ことでは、ない、のかどうかである

私が知っている高名な人物は、確かに大学学問放棄して別の学問に移り大成した。ある人物難関大学中退して、非常に有名な声優になった。こういうケースは稀で、ほぼすべての日本人に該当するとはとても思えない。

大学受験や専門・大学に在学中のお勉強」が、「自分人生自分で切り開く」ことであってもよいし、なくてもよい。

これでいいではないか

日本に欠けているのはこの柔軟性なんだろうと思っている。

中学受験をさせても、一向に自分の子供の頭の出来が良くならないのも、このあたりに原因があるのではないか

日本に住んでいる人間は騙されてはいけない。首都圏に住んでいる人間地方の倍賢いということはない。1.33倍くらいだと思ったほうが良い。

2035年ごろには、1.22倍くらいにまですり減っていることは容易に推察できる。

2021-03-23

私は東京に羨望がなかった。

最近東京絶対有利で、田舎地方に住むと負けという言説をよく見る。私は今も昔も、東京に羨望というものはない。音楽をやる場所の一つというとらえ方である

それは東京に出ることがなく負け惜しみを述べているのだろうといつも思われるが、私は最初から東京ではなく世界を目指した。

田舎の片隅のオープンリール付きのステレオから流れるレーピンの弾くフレンニコフヴァイオリン協奏曲第1番、アシュケナージの弾くプロコフィエフピアノ協奏曲第4番、ロストロポーヴィチの弾くプロコフィエフの交響協奏曲など、私のあこがれは東京ではなく、小学校時代からモスクワにあった。

このため「おまえはさっさと東京意思表示しろ!」と言われても、何のことかさっぱりわからないまま学生時代を過ごした。

今では確信を持って言えるが、あの時代にもし東京学生が賞獲りレースに参加する有力な選手形成されていたら、私は音楽をやめていたに違いない。

1990年代の時点で、もうタラソフ、ルデンコ、マツーエフベレゾフスキー、モルダーノフ、ルガンスキーを倒せるピアノ科の学生日本のどこにもいなかった。作曲に目を移せば、バーレット、デンク、エアーズ、ディロン、テイラークラークなどのイギリス勢に誰もついていける者はいなかった。それなら、ロシア人イギリス人と手を組めば、東京の人と仲良くなるより、はるかに高レヴェルになれるではないかと考えたのである。私に暖かい言葉をかけてくれたイギリス人やロシア人は今でも友達のままである

このような思想日本でさほど有力になりえなかったのは、社会の欠陥にあった。まず日本で認められた後に、世界に出ていくのが常識であり、諏訪内晶子さんですらこのステップを踏んでいた。日本は隅々まで階級社会だったので、その常識に歯向かうことは許されていなかった。

このジンクス藤倉大さんが見事に破り、彼の音楽逆輸入日本に紹介された。今となっては、日本で認められた後に世界に出ていく必要はない。東京芸大をはじめとして、首都圏音大課題曲は易しくなる一方だ。あと10年たった時、どこまで易しくなっているだろうか?いまはショパンエチュードを2曲課しているが、いずれ1曲になるのではないか。ここ数年の要綱の迷走に危機感を覚える。

首都圏に住む富裕層は、富裕層の弾くミスに甘いということも最近知った。今はYoutubeで誰でも演奏を公開してくれるので、だれがどのレヴェルなのかもまるわかりである1980年代から1990年代初頭まで、富裕層富裕層以外のピアニストを容赦無く斬った。怒り声が控室にまで筒抜けだったといわれている。それが伝統だといわんばかりだった。これはPTNAの役員が語った生々しい話だから本当だろう。

しかし、富裕層以外のピアニストなるものはもう存在しない。Vtuberをやって、そこでデジタルピアノを弾くレヴェルへクラスチェンジしてしまたかである。それなら、もうピアノを弾くもの富裕層しか残っていない。こんな調子でレヴェルが上がるわけがないではないかブゾーニの予備で全滅しているうちはまだいい。いずれはポッツォーリの予備で全滅するだろう。

東京は本当に、羨望の対象として機能するのだろうか?まだイオンファミレスがなく公民館まで車で30分の田舎から難関大学を目指す私のような子供がいるうちは機能するだろう。しかし、いずれはそれができなくなるのではないか

2021-02-26

学校では成績優秀だったが仕事ができない

中学高校のころから勉強が得意で、成績はつねにトップクラスだった。

大学もいわゆる難関大学にいった。必死こいて勉強したわけでもなく案外すんなりと入れてしまったので「人生ぬるゲーだな」と思っていた。

自分はいわゆる優秀人材なんだろうな」とも思った。

ところが、だ。

社会に出ると途端に形勢が変わった。

企業に入るとどうしたって人とコミュニケーションを取らざるを得なくなる。完全に一人だけ単独で進められる仕事なんて皆無で、たいていは上司に許諾をとったり、社内外の人を説得して協力をあおいで物事を進めたりする。

これが、自分はとことんできない。

できないというか、人とコミュニケーションをとって調整に調整を重ねるという行為自体に苦手意識がある。できることならやりたくない。

仕事ができる、と言われる人はたいがいコミュニケーション力に長けたやつだ。

ここでいうコミュニケーション力とは、会話が面白いとかナンパが得意とかそういうことではなくて、

「人を巻き込んで、人をマネジメントしながら、人を動かすことができる力」だ。

人にお願いをしたり、依頼をしたり、指示をしたりすること自体抵抗感がある。「面倒だと思われてるんじゃないか」という不安感もあるし、単純に「人と関わりを持つこと」自体ダルい

その点、大学までの勉強はよかった。全て自分一人で勧められた。一人で問題集とき、一人で暗記をしていればよかった。全て一人で完結できた。人を巻き込む力なんて皆無でよかった。それでも「優秀」だった。

社会人になってそこそこの年数が経つが、このギャップに悩まされることが未だにある。

かつて優秀だった自分と、社会で優秀ではない自分

本音を言うと「受験勉強をするように一人きりで成長することで稼ぐ」ことができないだろうかといつも思っている。

デイトレーダーとかがそれになるんだろうか。

人と関わらずに、生きていきたい。

2021-02-17

非モテって、勉強してないけど難関大学行きたい!行けないのは差別!みたいな馬鹿だよな

せめて整形するとか、筋トレするとかコミュ力磨くとか最低限の努力くらいすりゃいいのに、やらずにモテたいSEXしたいばっかだよな

歌舞伎町ホスト見てみろよ。女にモテるために顔の骨の整形までしてイケメンになろうとしてるぞ。お前はここまで努力してからモテないって言ってるのか?

ろくに勉強もしてねえのに大学行きたいなら相場より高い金出してFランがいいところだろw

2021-02-12

公立から難関大学に入ることぐらいでマイノリティを気取らないで欲しい

公立学校のほうが圧倒的に数が多い。

したがって公立学校卒業の生徒が圧倒的マジョリティ

難関大学となれば優秀かつ裕福な家の私立の生徒が増えるかもしれないが、それでも公立高校公立中学校卒業の奴は普通にゴロゴロいる。

そもそも私立が優秀、公立は……なんていうのは一部の都会の話であって、田舎高校に関しては「第一志望は公立私立は滑り止め」だし、お受験中学校も形だけで偏差値は本当に大したことない。

東大ともなれば、確かに私立出身割合はかなり増えるが、それは東大東京にあり、東京地方では滑り止めの私立高校が幅を利かせている特殊地域からだ。

京大東工大一橋ランクを下るにつれて(そもそも別にマイノリティではない)公立出の割合はどんどん増えていく

旧帝大レベルならもはや公立ときマイノリティごっこなどできようもない

東京私立からやってきたお坊ちゃんお嬢さんの方が圧倒的マイノリティ

地元人間と近隣の道府県人間が大多数となる

大体、高校大学の進学など県外出るなら尚更「同じ大学に進学する奴はめちゃくちゃ少ない」のが一般的

開成東大のように同じ高校から同じ大学に何十人も進学することこそ特殊な例であり、Fランに進む奴らはみんながみんな出身階層バラバラマイノリティなのだ

しかし許そう

公立高校出身からマイノリティ〜は許す

だが公立中学校、これはもう許せない

公立中学校は全国民の9割が通うマジョリティ学校

二度とマイノリティぶらないで頂きたい

2021-02-07

いわゆる難関大学とか有名大学にいけるのって同世代で上位10%くらいなのにネットだとみんな当然そのくらいは出てます的な感じなのって異常やで。

2021-02-01

「うっせぇわ」への反応を考える

「うっせぇわ」という曲が話題らしい。

かなり大きなヒットとなっているらしく、ついには近くのラーメン屋にその音が流れだす始末である

その時は、

「あのサビの不協和音とかが聞き手にとって良いアクセントになっているのだろう」

と、

音楽素人風情がもやしを頬張りながら感じた程度であったが、どうやらそれどころではなさげな感じだ。

その現状は

・高い再生

地獄コメント欄

SNSでの煽り

・5chでのマイナス評価

曲名の改変による罵倒

等々々が物語っている。

特に問題となっているのは歌詞らしい。

かなり直接的かつ攻撃的にみえものであり、厨学二年生的な全能感と痛々しさに溢れているような歌詞である

大学生自分ですら「こういった時期あったなぁ」とか少しノスタルジックになってしまった。

歌詞を見る限りは、

いわゆる難関大学卒業した「社会優等生」がルサンチマン拗らせてコンプ発症しました

といった感じのシチュエーションだろうか?

もしくは、

いじめられっ子が内心でマウントをとって自尊心を満たしている

あたりだろうか?

いずれにせよ、自分には歌詞中の人間が

「ちっぽけな自尊心を可愛げのある語彙で必死で満たす、

嘲罵された、あるいはそう思っているだけの人間

であるようには感じた。

なんとなく思うのは、

「この曲に気づいてはいけない」

ということである

内容自体は、尾崎豊amazarashiなどが

若者の苦しみなどを各々の文学的センスに包んで提供してきた「それ」に類似したもの

かもしれない。

しかし、この曲が圧倒的に違うのは

「汚く品のない歌詞

とでも言うべきその短絡的表現、そしてレスバトルでのマウンティングのような直接性にある。

まり相手からすれば

「私を見ろ」

と喚いているだけなのかもしれないのだ。

こうなったらどうしようもない。

同じ土俵に立つ(反応する)時点で相手目的は達成されてしまうからだ。

あとはダラダラと付き合って自尊心の充足を待つしかない。

もし無視しようとしても、あの奇天烈音階のサビと尊大発言否が応でも

「何言ってんだコイツ

とか

「手前よりまともだわ」

とか

「そんな時期だよねw」

とか

反応してしまう。

しかも大抵は相手にとって嘲笑侮蔑となりかねない反応である

共感する人たちからすれば気に食わないものであり、荒れるのは必至だろう。

延焼する野次馬もやってきて、更に注目する人が増える。

どんどん騒音は賑やかになる。

そうして「あの子」は色んな人に見てもらえる。

歌い手の方は歌詞バックグラウンド共感し、若者として歌ったのかもしれない。

しかし、その歌詞一般的な「お約束」を踏みにじるかのような逸脱したものだった。

故にたった今、自分たちはこの曲に踊らされている。

軽蔑し、嘲る位なら無視すれば良かったのに。

自分としては、「してやられた」としか言いようがない。

視聴回数を増やし、広告役として貢献してしまうことで

不本意とはいえ結果的に答えてしまっているのだから

何と思おうが、その喧騒に加担してしまっては誰も彼もが後の祭りなのだろう。

出来れば、この曲が内包しているだろう社会構造的な問題

前向きに考察してくれる人が増えることを祈るばかりである

複雑な気分の日記となってしまった。

2021-01-11

anond:20210111112224

無意味に数だけ多い癖にゴミみたいな政治家しか選べなかった

能力も並以下だから経済すら立て直せない

年功序列制度に救われてどんな無能でも歳取れば金を貰えるから金はあるけど知能は低いからモノの価値よりブランドロゴに金を払ってしまう、というよりそのモノサシしかいからその視点しか持てない

難関大学足切りにすら到達できない大量のバカが世の中を悪くした

だいたいこんなもんか?

2021-01-01

anond:20210101191145

あんまり知られてないんですが学部限定すると日本のいわゆる難関大学(の学部教育レベル)は世界レベルといってもいいですよ。特に数学とか物理は。

anond:20201231161221

まさかこの超おちぶれた日本大学を指して超難関大学とか言ってるんじゃないだろうな?スタンフォードMITハーバードとかじゃなかったら、まじでふざけるなといいたい。

2020-12-31

anond:20201231013531

よく調べてください。

公共地理総合歴史総合」はセットで共通テスト2025に出題されます理系向けです。

物理基礎・化学基礎・地学基礎・生物基礎」はセットで共通テスト2025に出題されます文系向けです。

共通テストセンター時代より重いため、文系二次試験であれば国英数の三教科になる学校が増える見込みです。

もちろん難関大学では四教科のままです。

かつての東大は8科目だったと聞いております。(Yasunao Tone証言

731部隊少年研究者養成学校では13科目だったそうです。(国語英語ドイツ語中国語物理化学生物世界歴史日本歴史世界地理幾何解析代数

今こんなのを中学生にやれば潰れます

2020-10-27

地方都市部教育格差

https://anond.hatelabo.jp/20201026003439

バズってる増田を読んだ。

日本海側の3万人クラス田舎出身人間としては共感しかないのだが、嘘松扱いしている人がいるのがなんかむかついたので、私のエピソードも追加して地方の状況を広めたい。個人的には下記の3つが地方の不利さだと思ってる。

大卒で就ける仕事ロールモデルがいない件

元増田も挙げていたが、地方に住んでると高等教育を受けた後に就ける職業イメージが全くわかない。なんていうか、大学進学率が2割台で大卒仕事自体があまりない町なんで、両親や親類、先輩と言った周囲の大人ロールモデルとなる人が全然いないのだ。うちの家族も俺がはじめての大学学者だったりする。そんな俺の10代の頃のイメージはこんな感じ。

医師→都会から来る偉い先生か町1番の秀才

公務員市役所職員(官僚なにそれ?)

金融信金さん(都銀外資系存在しない)

弁護士ドラマ世界の住人

工学部卒のエンジニア→箔のついた工業高校出の現場作業員

建築士→箔のついた大工さん

研究者少年マンガサポートキャラコナン阿笠博士的な発明家ぽい人

その他商社マン広告代理店とかの文系花型の仕事司法書士公認会計士等の仕業そもそも大学行ってから存在を知ったぜ!

見えてる世界が狭かったんで、将来像がそもそもはっきりしないんだよな。俺は結局地方国立工学部に行ったんだけど、箔のついた工業高校だと思ってたから授業で微積をまたやるのに驚いた。なんせオープンキャンパスでは面白理科実験的なことしかしてなかったんで。今となっては笑えるエピソードだけど、地方高校生認識ってマジでこんなもんだと思うよ。

公立中学校の劣悪さ

個人的にはこれが地方の最大の問題点かなと思ってる。3万人の地方田舎町でも、高校には進学コースがあってそれなりにレベルの高い教育を受けられた。ところが中学校ダメダメ動物園状態英語リーディングで笑われるのはまあデフォルトとして、廊下自転車で走るヤンキーがいたり、冬場にストーブ教科書を燃やしたりする馬鹿かいしょっちゅう授業が中断して学習できる環境では無かった。だけど義務教育なんで進度別のクラス分けとかあるわけもなく、校区制なんで学校選択肢もなく。先生も進学熱が無いというか、金八先生に憧れてるようなタイプが多くて生徒指導のことしか頭がない。もしもタイムマシン過去に戻れるなら親に無理を言って県庁所在地中高一貫受験してるだろうな。だけど地方で育つと中学受験という選択肢に思い至らないんだよな。そもそも田舎には通学1時間圏内に進学系の中高一貫自体が無かったりするのがザラなんで。

学習方法や教材の情報の無さ

コレは最初の項目と少し関連してるかもしれない。Amazonが普及した現在でも、参考書は実際に手に取って使ってみないとわからない部分が多いものだが、地方だと蔦屋併設の本屋が町に一軒だけ見たいな事が多くて置いてあるのがせいぜいチャート式赤本だけだったりする。この選択肢の少なさは正直キツかった。もちろん予備校とかも無いので、入試対策全面的高校教師を信頼するしか無かった。幸い俺の担任地方国立数学科院卒の経歴で、難関大学入試問題もスラスラとけるような頼もしい人だったんですごく恵まれてたんだけど、一つ下の学年は教育学部出身ちょっと頼りない先生だったんで、教師ガチャの要素がデカいなと思えたのだ。

まあ同じ地方でも、県庁所在地まで行けば話が変わってくるもしれない。紀伊国屋ジュンク堂的な大型書店があって多種多様参考書を手に取って見れらし、進学校存在してるから、実際に使ってる友人に見せてもらったりできるんでハンデは小さいかもしれない。周りにも県立なんたら大に通うような大学生があるから、それこそ友達のお兄ちゃんとかが自宅から通ってたりして、ノウハウエピソードを聞いたりできそうだし。

そんなわけで

俺も普通に地方は不利だと思うよ。特に県庁所在地以外。

2020-10-22

偏差値70みたいな容姿の人たち

偏差値70って言ったら大体難関大学くらいの割合

2クラスに1人はいるくらいの割合

そんな人ばっかな施設業界結構ある

あれに巻き込まれるととても切なくなる

2020-10-21

俺が本当に逃げたかったのは母親だったのかも知れない

19歳で大学進学のために京都に来てから、早くも二十年近くが過ぎようとしている。もともとのきっかけは本当に些細なことで、高校二年生のころ当時のクラスメイトに「京大受けてみようかな」と言ったところ「絶対に無理」と言われて、天邪鬼だった(いや、今もだけど)私は「それなら受かってやるよ!!」と心に何故か硬く決意したのでありまして。でも客観的にみればその友人の言ったことは甚だ正しく、なんとなれば当時の私の学力と言うと惨憺たるもので、高校の学年内順位なども辛うじて下から四分の一にいるかどうか。通っていた高校も曲がりなりにも「進学校」の枠に入ってはいものの、当時(おそらく今もだと思うけど)札幌に四つあった東南西北麻雀かよ、と思うけど本当にその四つがあった)の進学校のうちではドベで、北大への進学者数こそ多い(それだって今振り返って考えるにつけ、すごいことだと思うけど)ものの、東大京大といった「いわゆる」難関大学への進学者は数年に一人くらい。まあそりゃ「無理」と言われるわという状況であったのね。ここまでの流れ、「それでもなんとか受かった俺すげー」みたいないけすかない感じにしか読めないな。すまん。違うんだ。そこは本題じゃない。なのでここを省略すると、現役のときは華麗に落ち、かつ後期受験の申し込みを前期受験前にしておかなくてはいけないことをしらず、後期受けようと思っていた、北大受験すら出来ず(自業自得という言葉がこんなにも当てはまる状況他にある?って思った)、一浪確定。親に泣きついて予備校に行かせてもらい、ファンキー講師陣に必死でついていくこと一年代ゼミ英語講師(だけじゃないけど)は本当にファンキーで、セックスピストルズでかっこ良かったのはシドじゃなくてジョニロットンだったということを繰り返し述べていた)。そのおかげで本当にギリギリ合格したと言った塩梅センター自己採点やってたとき(何故か妹と妹の彼氏(これも未だに何故かよくわかってないが俺の高校同級生)がいた)どんどんバツがついていくものから、私も周りも顔が青ざめていくのは正味の話悪夢しかないのではないか。二度と経験したくないし、この世から大学受験というシステムは無くした方が良いのではなかろうかと思ってますけれども閑話休題

んで、京都に来てから。もちろんこれまで本当に過保護に育った人間には寮生活ってのはペットだった猫がいきなり野良に放り出されたくらいな無謀な状況ではあったのだが、やることなすことにだれか、というか親の監視が無いことに異様な解放感を感じた。

堕落ではあるもの楽しい日々がきちんとそこにあり、毎日誰かとたくさん話をし、価値観が変わっていきながら、でもそれをちゃんと嬉しいこととして捉えられていた。人生で一番泣くことが多かったのもこの時期だし、まあなにかと閉じ込めていた感情が多かったんだなと改めて。周りにいた人たちがめちゃくちゃエモーショナルであった影響も、もちろん有ると思うけれども。

長々と前段が続いたが。

最初、私が京都に来たかった、と言うよりも「地元を離れたかった」のは、友だちもいねえし、黒歴史残ってるしで、そんなところから離れたいということかと思っていたんだが。今振り返ってみるとおそらくそこは理由の一個ではあるけれど、大きな要因ではなかったなあ、と思っている。

ここで、また冒頭のことに戻るのだが、何故京大でなくてはいけなかったか、と言うことが、わりとこの話の主題にもかかってる。

俺の母親死ぬほど世間体を気にする人で、ひと昔前の言葉を使うなら、いわゆる「教育ママ」みたいな人やった。

今になれば、彼女がそう考えるに至った経緯もわからんくもないのだが、当時はよくわかってなかったし、母親の元から離れてようやく「監視管理」をされていたのだと気づき、それがどんだけ嫌かもわかった。

うちの母ちゃん母子家庭で、母方の祖父はもともと病弱ではあったらしいが戦争行って帰って来て母親子供の時になくなったらしい。

それから生活保護を受けたりして、まあいわゆる「普通ではない」生活をして来たのが、俺に対する教育だったりに現れてんやろな、と後に振り返って思うし、そこは「子ども自分のような「「惨めな」」生活を送らせたくない」という気持ちがあったのもめちゃくちゃわかる。もちろんあとになって少しずつ理解できた話に過ぎないけれども。

ただ、それと関連するのかそうでないのかはわからないが、俺の母親は「通常そうなることが望まれてる」ルート以外の道を俺が辿ることに、異常な嫌悪感を持つ人であった。

極端な例えだが、俺がヘテロでなければ、あの人は納得しなかったと思う。タトゥーを入れたら、俺のことを拒否したと思う。法律婚をしないことにも違和感を感じたと思う。

なんとかわかってもらいたくて(甘かった)、きちんと真摯に向き合って話をしたこともあったけれども、最終的に彼女から返って来る言葉は「私はあなたの親なのだから」という、一つも意味を持たないものしかなかった。

うちの母ちゃんは「性別に関わらず家事はしなさい」と言って、洗濯料理掃除、全部教えてくれた。今も改めて思うけども、その価値観はとても正しいと思う。大人になってから話した時に「結婚前に男性から良いように扱われて本当に辛かった」と話してくれた。聞いた時は俺も辛かったし、許せねえと思ったんだ。311以降に「初めてデモに行ったよ」と話してくれたことも嬉しかった。「もしかしたらようやくお母さんと和解できるかも」と思ったから。

でも、それはすべて「対他人に関して」のことで、彼女にとってはいつまでも俺は「かわいいゆうちゃん」でしかなかったとわかって「理解し合える」「親とはいえそれぞれ別の人間として付き合える」という望みを捨てた。

一個言いたいこととしては、「俺はあなた感情ホストクラブではない」と言うこと。

あなたの期待通りに動かないといけないなら、そんなことはできないよ、と強く思った。

お互いに理解して、別々の人間として尊重あいたいな、と思っていたけれど、少なくとも俺の親子関係のケースでは無理だった。

悲しいけれど、もう放って置くのが精神衛生上良いのだろうと思っている。

京都に来れたのは、そういう意味で本当に良かったと思う。

しんどい経験を経て来てたのは知っているからあまり強く言いたくはないけど、彼女子ども支配下に置きたかったんだなあと改めて思う。

母親が死んだとしてもなんの感情も湧かない予想を確信しているし、でも、それが少し寂しい。わかりたかった。

2020-09-29

anond:20200928195006

スポーツ以外にも芸術系音楽絵画など)の方に誘ってみるという手もあるかも。

僕もこの子のような小学生だったけど、コーラスを始めたのがきっかけで音楽好きになり、高学年で声変わりで歌えなくなったのをきっかけに楽器を始めて、中学高校でのめり込み、大学ではオーケストラに没頭して留年しちゃったよ。

難関大学オーケストラは真面目な努力家でしかセンスがあってお人好しな良家の子女多かったから、良い人脈が出来た。女の子と仲良くなる機会も多くて楽しかったよ。

2020-09-28

東京学歴社会という異文化にショックを受けた思い出

10年以上は前の話。

田舎出身。都会に憧れがあったので、首都圏の難関ではない某国公立大を志望した。当時の自分学力に合っていて、希望する学科があるのがそこだった。田舎の県立高校で地道に勉強し、受験し、合格した。他の大学のことはよく知らなかった。国立単願だったし、元から偏差値が合わない大学は眼中になかったので。俺はただ憧れの大学に通えることが誇らしく、新生活に胸を躍らせていた……

4月。新入生オリエンテーションが終わり、同じ学科の数人で集まって話していたときのことだと思う。経緯は忘れたが、同級生の1人が「こんなBランク大学」と言ったのだ。「本当はこんな所に来るはずじゃなかった」「俺の同級生には東大生がたくさんいる」と。(今考えるとFランではなくCランでもなく「Bラン」をチョイスしたところに彼の葛藤が伺える)

それを聞いてとてもショックだった。なぜかは分からなかったが、ものすごくショックだった。地道に勉強して、希望どおりの大学に入ったのに、目の前のこの人はそうではないんだと。当時は学歴コンプレックスというもの存在がよくわからなかった。ただ、全く違う価値観で生きてきた人なんだということは感じた。まさに異文化との遭遇。田舎高校にも、難関大学を志望したりそれで不合格だった同級生はいたが、それとは違う何かを感じた。

それからしばらく経って、大学の同期の中にも「中高一貫進学校出身者が多くいることに気づいた。そこは田舎の県立普通高校とは全く違う何かであるようだった(今だによくわからない)。また、関東出身同級生たちは殆ど皆、受験予備校に通っていた。河合塾とか駿台予備校とか。都会出身同級生たちは受験戦争の荒波に揉まれまくった生き残り(または、当人感覚では敗残兵)だったらしい。東大とかナントカ難関大学とかの高みを目指し、そこにたどり着いた、またはたどり着かなかった、妥協して腰を落ち着けた…。マジかよ。田舎価値観と違いすぎるだろ。そら学歴コンプにもなるわ。子供のうちからそんな生活してたら心が荒むに決まってるじゃん。

とくにオチもないんだけど、このことは何故かふとした時に何度も思い出すし、地域間格差とか、学習機会の均等とか、受験戦争の過酷さとかなんかそんな話題が出るたびにジワーっと思い出してモヤモヤするので吐き出したかった。

※ちなみに件のBランの彼はその後就活成功、誰もが知ってる超一流企業就職したそうです。よかったね

2020-08-29

まさに、こんな量、殺人的な量で、気が狂って死ぬと思うけど

おまえが、俺にやれっていって、受けてきたんだから

お前がやれよ。ちょっと大変で、死ぬほどの量だからってなにいってんだ?お前が受けてきたんだろ。

ということは、俺には出来ないけど、お前にはできるんだろ?

責任とって、やって、納品してくれ

 

あるいみ、難関大学突破の20倍の量とか、できない。俺には。

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