「関ケ原」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 関ケ原とは

2020-02-26

前世が本当にあるなら知りたい

ベルサイユ貴族でもいいし、関ケ原バッタでもいい

2020-02-07

JRのままにしとく意味あんの?

東海道本線の主に静岡大陸県と関ケ原越えの区間、具体的には三島-豊橋大垣-米原って、えらい冷遇されている現状、JRのままにする意味なくね?

三島-掛川静岡鉄道、掛川-豊橋遠州鉄道大垣-米原近江鉄道経営分離したほうがサービス向上が見込めて、しか静鉄遠鉄はほぼ確実に大手私鉄に昇格するだろうし、利用者にはメリットだけしかなさそうじゃん(近江鉄道もこの機に養老鉄道を取り込めば大手になりそう)。

ぶっちゃけ新幹線リニアしか興味ないJR東海にとってもそのほうが面倒が減りそうで、絵に描いたようなWin-Winじゃないかなっていう。

特に静岡、今からでも遅くないので「私鉄王国」を目指そう!

2019-10-15

anond:20191015104108

関ケ原で勇敢に戦ったのは西軍島津の捨てがまりをご存じないか






本隊が撤退する際に「殿の兵の中から部隊をその場に留まらせ、追ってくる敵軍に対し死ぬまで戦い、足止めする。そうして小部隊が全滅するとまた新しい足止め隊を退路に残し、これを繰り返して時間稼ぎをしている間に本隊を逃げ切らせる」という戦法。足止め隊はまさに置き捨てであり生還する可能性がほとんど無い、壮絶なトカゲの尻尾切り戦法である






関ヶ原の戦いの際の島津軍では、所属した西軍方が崩壊し周りが徳川方の敵だらけの中で陣を引くにあたり、300程に減っていた兵数で敢えて敵前衛である福島正則隊を正面突破してから捨て奸戦法を用いて伊勢街道経由で戦場から撤退した。それは敵に視認しづらくするのと射撃時の命中率向上の為に、退路に点々と配置しておいた数人ずつの銃を持った兵達を、あぐらをかいて座らせておき、追ってくる敵部隊指揮官狙撃してから槍で敵軍に突撃するものであった。徳川方の松平忠吉井伊直政本多忠勝らは島津隊を執拗に追撃したが忠吉と直政が重傷を負い、忠勝が落馬島津義弘は追っ手を振りきって落ちのびることに成功した。直政はこのとき受けた傷がもとで病死に至ったと言われる。 高い銃の装備率と射撃の腕、さらに勇猛果敢な島津勢だからこそ効果的な運用可能なこの戦法だったが、義弘の身代わりとなって甥の島津豊久、家老長寿院盛淳ら多くの犠牲を出し、生きて薩摩に戻ったのは義弘を始めとした80余名であった。

2019-07-07

司馬遼太郎おもしろ

司馬遼太郎おもしろくて驚いた。

先日、関ケ原を読んだ。2017年の夏、渋谷本屋映画化されたタイミング平積みされていたところ興味を惹かれたので手に取ったのだった。

うちは買った本で部屋が傾きそうな状態がずっと続いているので、紙の本を買うときには捨てる時のことを考えて、遠からず捨てることになるのだと納得したうえで買うようにしている。電子書籍であれば場所を取らないので良い。Kindle版が出ていたのでそちらを買った。渋谷本屋さんでは雑誌を買った。

買った後、しばらく読まずに放っておいた。他に読むべき本がいくつかあったので。1年以上そのままだったかな。先日、ふと買っていたことを思い出して読み始めた。面白くて驚いた。司馬遼太郎ってこんなに面白かったのか。

むかし読んだ竜馬がゆくとか、坂の上の雲はたしか面白かったが、ここまで洞察に富んだ文章を積み重ねるような作家だったのか、と驚いた。知らなかった。認識できていなかったのだ。

自分問題だったのだ。受け止められなかったのだ司馬遼太郎洞察を。40も半ばを過ぎ、この歳になって初めてそれを味わえるようになったということなのだろう。

徳川家康悪党っぷりが素敵である。魅力たっぷり悪党である。今は続編といえる城塞を読んでいる。小幡勘兵衛が良い味を出している。真田幸村ものすごく格好良い。下巻に入った。いや面白いなあ。

この秋には関ヶ原を実際に訪れて観ようと思う。この後は豊臣家の人々、覇王の家と続けて読んでいく予定である

しかしまともに仕事していると読みたい本もなかなか読めないものである。こまる。

2017-09-05

TOHOシネマズ日劇閉館

報道の前日に関ケ原見に行ったが

OPで秋ごろ上野アキバかどっかに新館設立とか言ってたけどそこが閉館とは一言も言ってなかった

2017-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20170428155558

保科正之会津藩の話については触れなくとも、関ケ原東軍西軍外様大名についての話には触れるだろ。

http://anond.hatelabo.jp/20170428150353

明治維新ときになんで薩長人間がこれだけ活躍したのか、会津はどうして最後まで抵抗したのか。

それらの理由江戸時代関ケ原まで戻らなきゃ説明つかんでしょうよ。

薩長閥なんて、近現代日本を語る上では欠かせないのに。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん