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2020-09-23

漫画男性向けや女性向けとカテゴライズされているのはなぜか

この記事テーマに解を与えるようなものではなく、むし不可解な点を挙げるにとどめるものであることを断っておきます

漫画は必ずといってよいほど性別(+世代)基準カテゴライズされています

少年向け、少女向け、青年向け、TL、ヤングレディース女性向け…

単行本はこの分類に従って、書店では棚分けされていますし、電子書籍サービスにおいては一つの作品につき一つこれらがタグとして付与されているものです。

結果、読者がターゲットして想定しない性別の読者には作品存在が目に入らないということになっていると思います

マニアとかは気にしないことでしょうが、たまに漫画を読む程度の人にとって、男性(女性)ならば女性(男性)向けが陳列された棚に行ってみるというのは、気が引けるか、そういう発想自体起こりづらいのではないかと思います

電子書籍サービスでも、アクション恋愛といったジャンルではなく、青年向けとか少女向けといったカテゴリー第一分類とし、ページデザインにもトップページからそういった分類に基づいて専用の入口を作ってあるといった具合に反映されているのが普通です。

そのようにデザインされたサービスアクセスした普通の読者は、疑いなく自分性別に合った入り口のみから漫画を探すようになるでしょう。

まりそもそも売る側が読者を性別限定するような売り方をしているわけです。これは特異なことだと思います

たとえば映画なら、たとえばSFとかアクション男性に好まれるといったような傾向はあるでしょう。だからといって映画館に男性向けと女性向けに分かれた別々の入り口があって、片やでSFアクションのみを扱って片や恋愛映画などを扱って、なんてところはないでしょう。

しろ宣伝する機会があるならば、自分作品が万人に受けると思った供給側は、積極的に「男性女性)にもおすすめ」といって積極的顧客の間口を広げようとするでしょう。

レコードにしても、ロックとかニューミュージックみたいなジャンルに分けられた曲男性向けと女性向けという分類で恣意的再構成して売り場を分けるということはしないでしょう。ゲームもそうです。エロゲーですらホームページに入る時の注意書きは「未成年の方や性描写の苦手な方は入場はご遠慮ください」といった言い方をしてます

未成年の方や女性の方は~」みたいな決めつけは行いません。

テレビでやっていたアニサマライブを見たのですが、萌えアニメといわれるようなものや、乙女ゲー原作アニメのような視聴者性別に偏りがありそうな作品の曲が流れているところでも、男女関係なくサイリウムを振って盛り上がっているようでした。もしアニメ性別で見る人を選ぶものならば、そもそも作品ごとの視聴者層の性別の偏りを考慮せずに編成したようなライブは成立しないでしょう。そうであるならば曲目の半分ぐらいがいずれかの性別人間にとって退屈なものということになりますお金を払ってまで退屈な曲が半分もあるようなライブを聴きに行く人などいるでしょうか。

以上の例から言いたいのは、おおよそサブカルチャーと呼ばれるようなもの男性向けとか女性向けといった区別はされないものであるということです。

消費側で性別が偏ったり、「これは○性向けだ/○性におすすめだ」と批評する人は出てくることはあるでしょうが、少なくとも売り手が、この作品は○○向けだから一方の性の目には極力入らないようにしようみたいな、押しつけがましい売り方をすることはないのです。

サブカルチャーのことを語ると「では芸術はどうか」と気にするべきかもしれませんが、語るまでもないことでしょう。

ダビデ像モナリザに対して男性向けだの女性向けだのにカテゴライズしたがる評論家を、少なくとも私は寡聞にして知りません。

以上が漫画が特異だと申し上げた理由です。なぜわざわざ間口を狭くするような売り方をするのか、かえって作品と読者のミスマッチにつがなったりしないのか甚だ疑問です。

この状況を引き起こした要素として考えていることが二つほどあります。それはコンテンツ構成歴史にまつわることです。

まず漫画物語+絵を楽しむコンテンツだということです。田山花袋蒲団太宰治美少女官能的な描写がありますがそういった文学作品に対して男性向けとか言う人はいません。文字だけで構成されたもの特定性別に訴えかける力が弱い/特定性別嫌悪感を催すことが少ないということで、○○向けと限定する根拠に乏しいのかもしれません。まあ、戦前作品なので日本資本主義が本格化してないかという事情もある気がしますが…。

宗教画は屏風画は一つの作品の中に動的な物語性があって漫画祖先ともいえそうですが、これもまた絵のみで構成されたものなので文学作品の裏返しといえます

しかしそれ以上に、これらが描かれた時代にはマーケティングという概念どころか資本主義自体存在しないという背景が理由比重として大きい気がします。

まりこれらは、誰に売り込めば効率よく売りさばけるかといったことを分析的に考えるための主義概念もないので、これらは当時の人にとって○○向けだと考える動機もなかった、また我々がこれらを○○向けと批評するのも現代パラダイム恣意的投影に過ぎないから、そういった検討一般的に行われていないのだと考えます

時代が下って少年キングが出たあたりが転換点なのでしょう。なぜ少年○○と冠する漫画雑誌を出したのか?やはり絵と文字を組み合わせたものは性依存的な訴求力が強いものになりうると考えたからか?とにかくここから少年漫画興隆し、対立するように少女漫画雑誌も生まれ成功体験を経たこれらの漫画雑誌供給者は読者の成長に合わせて、既存雑誌カラーに、読者の年代という要素で微調整を行って雑誌派生させていく、これが、いかなる漫画雑誌も、その総集編に過ぎない単行本にも性別が想定されている理由だと思いますライトノベル性別が想定されているのも漫画編集方針を見習ったというところでしょう。

歴史のものがこうだったとして気になるのは、この歴史への舵取りをした人の考えは正しいものなのかということです。

男性向けとか女性向けって何でしょう?たとえば男性男性向けに描かれたものを好むという発想はどこから来るのでしょう?

自分男性であるという自覚男性向け作品に描かれる絵や物語に向かわせるのでしょうか?それとも(特にラブコメ恋愛なら)女性が好きであるという欲求の方が根源なのでしょうか?

まり性に基づく嗜好というものを考える際には最低でも性自認性的指向という切り口は欠かせないものではないでしょうか。しか最初期の少年誌が発刊された当初には日本にはジェンダー論が存在しません。つまりこの歴史的な漫画雑誌の創刊自体理論根拠に乏しい見切り発車なのではなかったのかという気がします。

おまけとして、同じ漫画作品なのにある巻が男性向けで別の巻が女性向けに分類されてしまっている例を挙げておきます。これは漫画に読者の性別というものを想定して仕分けようとすることが原理的に無理のあることを示す一例ではないかと私は思っています

賢者の石(13)→男性向け

https://www.cmoa.jp/title/48001/

賢者の石(14) →女性向け

https://www.cmoa.jp/title/124998/

追記

ある娯楽が男女どちらに強く求められるものであるかということを検討する際には、性自認性的指向概念必要だろうということは述べました。

日経ってこの考え方の厄介なところに気づいたのでまずはそれを示しておきたいと思います

たとえば男性向けとされるコンテンツの集合が受け手性自認依存するもの性的指向依存するものの混合であるします。では性自認依存する作品ならば、恋愛対象男性FtM先天的性別基準にすれば女性異性愛である人についても、シスジェンダー男性同様にそのような作品を読む人の割合は高いのでしょうか?

ちょっと分かりづらいと思うので、語弊が生じるのを覚悟でざっくりした言い方をしますと、男性向けコーナーにいる女性には、一定割合トランスジェンダーがいるのかということです。

また性的指向依存する男性向け作品女性読者には、いわゆるレズビアン一定存在しているということなのでしょうか?

いやむしろ逆に考えた方が分かりやすいかもしれません。そういうトランスジェンダーレズビアンの多くが、男性向け作品の愛好家なのでしょうか?逆に言えば、そういう人たちにとって女性向け作品はその性自認や性指向には受けが悪い作品ということなのでしょうか?

以上の議論は男女をひっくり返しても全く同様です。今の所このような議論は全く抽象的です。個人が「確かにレズビアンって少女漫画より青年誌のお色気漫画の方をよく読んでるな」とか言っても印象論にしかなりません。

そもそも性自認的な要素や性的指向的な要素は何に宿るのでしょうか?キャラクター容貌や魅力といったものについては、人物的な好感を喚起するものとして性的指向に関わるものと考えられそうです。ではそれ以外の線のタッチ物語の筋書きといったはどちらに関係するのしょう?たとえば一般的女性向けとされるBL耽美的と呼ばれる細い線で描かれることが多いですが、あれは性自認性的指向のどちらに関わる魅力を増幅しているのでしょうか?またこれは、BLを持ち出していることで、まる細い線が女性一般的に持つ性自認性的嗜好に訴えるものであることを前提としたような書き方ですが、もしもここに男性読者が多い作品を引っ張ってきたら、意図するしないにかかわらず、全く逆の前提が演出されます。どうにも、よほど注意しないと結論根拠が単なる具体例の寄せ集めにしかならないようです。

物語の筋書きならば、恋愛物のような自分投影すべき対象が明らかなではなく、俯瞰的目線で話を追うことを読者に仕向ける人間ドラマを描いた作品も数多くありますが、その物語性自認性的指向といった観点分析するにはどうすればよいのでしょうか?

結局、漫画を要素に分解することはいくらでも可能しょうが、その性質直感的に判定できるものは少なく、そうではないものについて単なる具体例の寄せ集めではない形で検討して統合するのもまた困難でしょう。

からこの切り口は、創作論には応用しにくいといえます。具体例の寄せ集めで出された結論を応用するぐらいなら具体例そのものを応用した方がよいわけです。

マーケティングとしても、有効かどうかも分からない他所科学概念でまどろっこしく分析するよりは、単に典型的男性女性存在する社会モデルに対して作品を売り込む方式のほうが合理的なようです。

一つ懸念があるとすれば、漫画文化におけるクィアの居場所です。どんな作品に対しても男性向けか女性向けのいずれかのタグけがされている社会なのでは、自分男性とも女性とも思わないクィアの人たちの中で「私達に向けられた作品は無いのか。漫画典型的男性女性だけのものなのか」と思って疎外感を抱く人がいても不思議ではありません。男性向けと言っている以上は男性向けでしかないし、女性向けだと言っている以上は女性向けでしかないわけで、自分自身を男性とも女性とも考えない人の主観にとって、自分に目を合わせてくれる販売者が誰もいないような世界なわけです。

ただこれはトイレ入り口にある男女の図案に対して文句を言うのと同じ構図で、不満を募らせても仕方のないことです。ジェンダーという考え方が存在する以前に成立している慣習には社会的に認知すらされていなかった人々に対する悪意などあるはずもないのだから、むしろ過去遺物に囚われずに思うままに自分にとって好ましく感じた漫画を読めばいいのです。

でもやっぱり囲い込みみたいなやり方は問題

はっきり言えることは、ゴルフとか釣りとか盆栽みたいな芸術でもサブカルチャーでもない娯楽は、どんなに特定の性に好まれそうなイメージがあっても、それらの用具を売る立場の人がそのイメージに即した宣伝をするようなことはしません。その愛好者の性がいずれかに偏っているというイメージ共通認識といえるほど強力にあったとしても、それには何ら必然性はなく、ただ現時点における流動的で結果論的な現象として捉えられているのではないでしょうか。売り込み次第でいくらでも状況は変わると思われているから、むしろそういう趣味ほど「女性にもおすすめ」みたいな宣伝がなされるのではないでしょうか。

初音ミクってありますよね。ニコニコ動画話題になった2007年当初こそはいわゆるキモオタ向けといった様相を呈していたようですが、数年後には女性ファンの方が多いぐらいになってコミュニティとしてはむしろ男性の肩身が少し狭いぐらいになっていたといいます。※1

初音ミクはもともと作曲支援ツール以上でも以下でもないので、当たり前だとは思いますが、男性向けコンテンツして宣伝したわけではないですし、当初とコミュニティ層が変わったからといってヤマハクリプトンフューチャーがそこへ軌道修正的な介入をすることもありませんでした。男性に愛されようが、女性に愛されるようになろうが、すべてが結果論、成り行き任せというわけです。別の言い方をすれば、そのコンテンツカラーは消費する側で意味づけする。ユーザ主権ということです。

漫画も、これぐらい読者任せでもよいのではないでしょうか?

出版業界不況は今に始まったことではないですが、そういう垣根をなくしたほうが作品間の読者の流動性が高まって漫画の売上が底上げされるのではないかと思うのですがどうでしょう

まあ、ピンチからこそ安易な賭けもするわけにはいかないという考え方も至極真っ当ですけどね…。

でもメリットもある

ここまでずっと弊害のように書いておいてなんなのですが、男性向けや女性向けという分類にメリットというか効能のようなものを一つ見いだせました。

単にアクションとかファンタジーといった次元ジャンルしかないのと比べると、性別というレイヤーもあったおかげで、むしろ漫画表現が多様になった側面があると思います

もしもそのような分類がなければ、たとえばアクション漫画は今よりも男性に好まれものばかりだったかもしれません。

男性向け女性向けという概念があって、それに基づいて男性誌、女性誌があるから、たとえば女性誌の制約のもとでアクション漫画を描こうとすれば、そこで必然的に「女性向けアクション漫画」とも言うべき新たな特色を持ったジャンルが起こるわけです。男性向け、女性向けという概念が、漫画家にとってはカウンターカルチャーとしての新ジャンルを創出する意識付けになっているという見方ができそうです。

今後、男性向け嫁姑漫画なんてのも出来たりするかもしれません。

多分追記する前の方が断然まとまりは良かったと思います。乱文失礼しました。

注釈

※1 ニコニコ学会βを研究してみた」という本にグラフも交えて書いてあったのですが、具体的なページは忘れたのでそれは後日

※2 この記事価値観マンガ古本雑学ノートに培われたところも大きい。全くジャンルというもの意識させない、ジャンルに偏りがない漫画遍歴だった。

※3 読書メーターにも数千冊数万冊と読んだ漫画感想を逐一丁寧に書いている人がいるが、多読家ほど雑食なことが多い気がする。でもそれは彼ら彼女らが変人からというよりも、むしろ漫画にそういうジャンルけがあるせいで見かけ上の断片化しているだけのような気がする。そういうバイアスを取っ払った先には彼ら彼女らの嗜好にも何らかの一貫性というものが見えてくるのではないか男性向け<

2020-08-22

英語リーディング力の停滞

最近リーディングの力が伸びていないなと思って、英単語を1日100個ずつ覚えていったらすごく読みやすくなった。語彙力は大事

自分用のメモ

リーディング力の分解。評論

単語

英語勉強英単語に始まり英単語に終わるとはよく言ったもので、やはり語彙力の強化は欠かせない。よく言われるのは、1000個覚えるごとに見える世界が違って見えるらしい。

熟語イディオム

見落としがちだが、熟語大事。句動詞は前置詞のイメージがあれば推測が可能だが、全く予想できない意味になる熟語もあるので増やしていくべき。単語大丈夫なら熟語

文法

中学英文法を知っていればなんとかなると言われるが、少しずつでいいので細かい文法も学んでいくと良い。英文を読んでいて、細かなニュアンスがわかるとすごく楽しい。楽しさは必須中学英文法曖昧場合は、品詞と文の要素と五文型を中心に捉え直すと良い。個人的には、文法は先の要素と表現力強化の2種類に分かれると思っている。例えば、仮定法や比較の分野などが表現力強化に含まれる。

解釈1

単語文法が分かっても文章になると読めない人のほうが多いのではないか。その理由は、文法を単元別で勉強してしまったがために、組み合わせて使う勉強をしていないかである。そこへの対処がいわゆる解釈勉強

なのだ。組み合わせだったり、thatなどの複数可能から選択の仕方を学ぶのが解釈

解釈2

解釈1で終わってはいけない。次に、前から解釈できるように捉え直すことが必要。つまり日本語みたいに基本前から読める練習をするのである。ここまで解釈昇華させることでスラッシュリーディングが本当の意味で生かせると思っている。ただスラッシュリーディングだけをしてもきっとそれは単語を繋げて読んで連想ゲームのように意味を推測してるだけで、読んでるとは言えないような気がする。個人的おすすめ本はかんべやすひろさんの本。

パラグラフリーディング

最後にここまで頑張っても現代文の力がないと文章は読めない。英語文章所詮日本語文章英語に変えただけなので、日本語文章が読めなければ結局読めない。そこで、現代文の基礎である対比、言い換え、因果関係、並列を使った基本の読み方を学び、テーマ、主張、根拠意識して読む練習していくと良い。

⑦背景知識

自分の知らない分野の話はいくら英語ができても読みにくい。そのため、苦手なテーマは集中してたくさん読んで背景知識を得ると良い。話題を知ったり、また共通して出てくる単語を知るにつれて、どんどん読みやすくなる。

⑧速さ

速く読むには、シャドーイングが良い。速く発音される音声に無理矢理付いていく練習毎日すれば、慣れる。練習方向性は、つっかえる文を無くすこと、長時間できるようにすることの2つ。

多読

多読は色々言われるが、趣味領域にしてしまうのが1番の効果だろうと思う。

勉強には質が大事であるしかし、質は量の試行錯誤で生まれると個人的には思うので、英語力を上げるには、いつかたくさんの英語を読む期間が必要だと感じる。

plus アルファ問題の解き方

文章が読めれば問題が解けると思っている人がいるが実はそうでない。英語文章中学生ぐらいの現代文の力があれば解けるものが多いのでそう錯覚しているだけで、上のレベルになるとそうともいかない。そこでキチンと解き方のアプローチ勉強した方が良い。

2020-06-28

anond:20200627114848

(1)「読解力」の語の意味する範囲が広すぎる。

少なくとも、現代社会で生きていく上で求められる力のうち、論理的文章を読む能力に絞るとしても、

  ・大量の文章処理(情報処理能力 →多読

  ・論理的思考力 →論理学を学ぶ

  ・文脈理解 →文脈に関する理論実践

  ・(当該分野についての)専門知識 →辞書を引く癖をつける

  ・表現力(形にできないものは「思考」できない) →書くトレーニング

…が必要。そして、それぞれを身に付けるには、右に書いた対策必要。「こんな面倒臭いことしないとダメなの?!」って思うかもしれないけど、読解力が優れた人はこれを「面倒」だと思わずにやってる。なんでそんなことができるかというと、純粋にそれが「楽しいから。従って、一番重要なのはこれらを「楽しめる力(素養)」ということになる。それを踏まえると、

(2)果たして「読解力」を「育成する」ことは可能なのか?

という問題にいきつく。自分は、読解力を「指導する」側の人間として、それなりの評価を得ているが、そんな自分でも、「根本的に上記の力が一つならず足りていない」生徒を前にして、彼らの力を「伸ばす」ことができるのか/できたかと問われると自信がない。自分がしているのは、所詮、「もともと彼らの力量でできるはずだったこと」のうち、よくない指導者のために「できない」か「やり方を知らない」状態にある生徒に、「自分のできることに気付かせること」程度でしかいからだ。世間の「読解力を伸ばす」とか称するやり方にも、納得を感じることがない。もちろん、信じることが全て無益なわけではなくて、「信じる」→「モチベ湧く」→「やる」→「少しできるようになる」→「自信が次のモチベになる」→…みたいな良いサイクルの切っ掛けになることだってあるわけだから否定はしないけど、それが「万人向けのレシピであるような説明をするのは正しくないと思う。そして最後に、

(3)読解力にはレベルがある

ということも重要。つまり

 ・初級…書いてあることを要約できるレベル

 ・中級…書いてあることを他に応用できるレベル

 ・上級…書いてあることの分析批判検討ができるレベル

とざっくり定義すると、この級の壁を越えさせるのは更に困難である((1)で書いたのはせいぜい初級レベルまでの話。)初級者を中級者にするには、少なくとも高等教育必要だし、上級者にするには相当な時間と手間がかかる上に成功するかどうかも覚束ない。

こういうことを考えると、「読解力を育成する」なんて空恐ろしいテーマについて正面から向き合うような恐ろしい真似は、自分にはなかなかできそうもない。

2020-06-27

anond:20200627114848

私は昔から言っているのだが、読解力向上のためには「なぞなぞ」をたくさん解くといいと思うぞ。

読解力とは、その文章意図を正しく解釈できているかということだと思うので、読解力のトレーニングには、必ず「正しい解釈」すなわち「解答」が無いといけない。

読解力向上法というと、よく多読・精読系の方法が挙げられるわけだが、読書自体を好きにならない限り、「解答」が無いので向上が認識できない→続かない、という点で難がある。

そうすると、現代文問題+「解答」を用意すればいいのかと思うだろうが、現代文問題は、他科目と違って「解答を読んでも理由がわからない」という現象が生じる。

「解答を読むための読解力が必要」っていう難点な。また、そもそも読解力の無い人間が読むには問題文が長すぎるという点も厄介。その点では「なぞなぞ」は設問が短いので、非常に良い。

それに「なぞなぞ」は、小学生でも出し合いっこしたりするので、誰が聞いても理解できる「解答」がちゃんと用意してあるのが、読解力トレーニングに非常に向いている。

もちろん、最初は答えが上手く導け出せなくてもいい。その「解答」を知って、設問文にどう対応してるか納得した上で、再度解き直せばいい。そうして、「なぞなぞ」という文章から「正しい解釈」を導く練習ができるだろう。

なぞなぞ」の中には、意外性のある「解答」を持つ問題もあるので、長文をただひたすら読むよりは、問題自体にも興味を持ち続けることができると思う。

あと、大事なのは、先ほど「正しい解釈」と書いたわけだが、本当の読解力とは、文章に含まれた唯一の解釈を探すことでは「ない」ということだ。

まり現代文問題が間違いなく解けることが、社会において求められる「読解力がある」状態ではないのだ。

それゆえ、増田のように、社会に出てから自分は読解力が無い」と悩む人間は、本当は、場に合わせた解釈提示できない人間であることが往々にしてある。ここはよく認識してほしい。

そうなると、文章を読むことだけでなく、文章の「解釈」として色々な解答を考えてみることがより重要なわけで、その練習としても「なぞなぞ」というものは好都合である

それには、他トラバにあるように、創作能力のある人間なら、「書く力」を鍛えるのが「手っ取り早い」のであろう。

それでも、まっさら状態から何かを書き始めるのは大変なので、課題なぞなぞ)を与えてその解答を考えるという段階から始めるのが、導入としては良いと思う。

ちなみに、よく「他人気持ちを考えろ」と言う人間が居るが、その具体的なトレーニング方法としても「なぞなぞ」は有用だと思っている。お試しあれ。

2020-06-02

高校生向けに。英語で書かれた大学教科書を使うと学習効率がよいのではないか

気になっている分野の、大学で扱う内容の英語教科書を読むといいと思う。

気になっている分野の内容は興味を持って積極的に取り組みやすい。

大学で扱うことはどうせ将来習うこと。今学習しても問題ない。

敬遠しがちかもしれないが、実は教科書は、専門用語を除けばかなり平易な単語が多い。多読習慣をつけるにはうってつけの学習教材。

専門用語も補足があったりするので、なんじゃこりゃってなる心配はない。

大学教科書は、英語で書かれた原著日本語に訳したものが多い。

すなわち、和訳版には翻訳者の介在があるため、値段が高くなってしまう。

原著を読めば安く済ませられる。

それでも1万円とかするけど、和訳版は3万円とかするので、将来的には得をしている。

安い本ならば中古で3000円とかで買えた記憶。専門分野と英語の両方の参考書を買うと考えると、得ではないだろうか。

あと個人的感想だけど、英語教科書の方が内容が生き生きしてて読んでて楽しい

高校教科書って事実をそのまま並べてる感じで読む気にあんまなれない。

けど、英語教科書はできるだけ面白く、興味を持ってもらえるような語り掛け方をしている印象がある。

それゆえに、私は英語教科書を勧める。

私が生物系なので、おすすめするとしたらCELLやESSENTIAL細胞生物学など。

基本的細胞生物学について学べるし、まぁ大学で習う内容としては外れが無いだろう。

あと、買うならば電子版やルーズリーフ形式で買うといい。

全部まとめられた本って結構重いしかさばるし読みにくい。なので、すこしでも軽くして持ち運べるようにした方が楽。

もし興味がわいたならば、大学行ってる先輩とかに聞くといいかも。大学の近くの古本屋さんに行ってみて、教科書を探ってみるのも楽しい

目当ての大学研究室がもうすでにあるならば、そこの教授に連絡してどういう本がいいか聞くのも手。教授ってそういう意欲ある学生って好きなはず。

あとは、例えば「有機化学 教科書」みたいに検索して、それの原著を探ってみる。Amazonで探るのも手。

2020-05-25

英語長文は先に和訳を読め

劇的に勉強ができるようになる方法なんてものはそうそうないが、多くの学習者が犯しがちな非効率的勉強はいくつかある。その内の一つが、自宅での学習で「英語長文を解こうとする」ことだ。

誤解のないように言っておくと、本番前の演習が目的であれば、もちろん本番と同じように解いたほうがいい。ここで述べているのは、あくまでも日常学習としての英語長文の勉強だ。

先に和訳を読め

少なくとも高校レベル学習者であれば、英語長文は先に和訳を読んでから本文を読んだ方が良い。

先に和訳を読むメリットは明らかだ。すなわち、予め内容が頭に入っているので、英文をスラスラ読めることである。つまり文章の要旨とあまり関係がない単語などに煩わされることなく、長文を読むことができる。このため、復習の頻度が上がり、定着率も高くなる。

これには、次のような異論があるかも知れない。すなわち、先に答えを知ってしまうと、分からない部分を考える力が身に付かない、というものであるしかし、これは根本的な誤解をしていると思われる。

しかに、数学物理であれば、ある程度難しい問題をじっくり考えて解くことは重要で、その割合英語よりも多くて然るべきであるしかし、英語は単なるコミュニケーションの道具であって、難解と言われる英文パズルのように解釈することに本質があるわけではない。

英文構成するほとんどの部分は、中学生でも少し時間をかければ分かるような易しい文である。したがって、この部分が自然理解できることが、長文読解の基礎となる。そのためには、この平易な部分をスポーツ基礎練習のように反復し、文字通り「体で覚える」ことが重要になる。

ところが、英語長文を「問題」として取り組もうとすると、分からない単語や構文を調べるので力尽き、結局、空所や下線部の周辺だけを考えて放置してしまうようなケースが少なくない。こういう人は、(自称)複雑な英文解釈は得意だが、英文を読む速度が異常に遅いとか、基本的英文法・語法が抜けているという状態に陥りがちである。これは喩えるなら、マニアック野球理論は多く知っているが、キャッチボールが続けられないようなものである

そもそも和訳から先に読んだところで、学ぶものはたくさんある。「ある表現英語でどのように言うのか」「自分が知っているのとは別の表現がされていた」など。重要なのは、そういうものを調べたりするのに「手間をかける」ことではなく、最終的に「きちんと理解する」ことである。したがって、和訳から読んだ場合も、後で辞書を引いたり、文法事項を学ぶことは重要である

英語学習において、「慣れ」と「理論」は両輪の関係である多読で獲得した慣れは、きちんとした文法知識裏付けられる必要がある。逆に、知識だけはあっても、それが文脈に即した用例と結びついていなければ、長文読解や英作文で活用することは難しい。

2020-02-11

弟に刺激を受けたことあるいは男子三日会わざれば刮目して見なければならぬという話

弟と同時に帰省した。久しぶりに会った弟はよく勉強していた。多読家になっていた。

弟がいうに、学生時代は本を読まなかった、本を読むようになったのは私(兄)の影響であると言ってくれる。

ここ数年はAmazon Unlimitedを使って読んでいたらしい。最近はdマガジンサービスを利用し始めたと教えてくれた。大量の雑誌安価で読めるサービスである。興味を惹かれたので早速登録してみた。

税込みで月440円である。1700冊読み放題。実際に使い始めてわかったのだが、全てが読めるわけではないのだ。主要な部分を読めるのだ。抜粋である。詳細に読みたければ現物を買わざるを得ない。広く浅く読みたい人のためのサービスである。それに満足できるのであれば契約して良い。

週刊東洋経済ダイヤモンドプレジデントクーリエジャポンさら写真週刊誌も読める。FLASHかわいい女の子グラビアを見てふむうと楽しんだ。それに加えて驚いたのがムーである。開いてみれば349ページ読めるのだ。ほとんど全ページ読めるのではなかろうか。中学生の頃好きで読んでいた。懐かしいしなんだか嬉しい。雑誌によって違いがあるのだ。

わが弟ながら幅広く勉強しているなと思った。情報大事自覚していた。相続プロであり、現場で培われた経験知識の深み厚みには驚かされた。男子三日会わざれば刮目して見よという言葉を思い起こさせられた。自分には税法の知識理解が足りないなあと思わせられた。勉強への意欲を惹起させられた。大した男である

士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし。

2020-01-14

エロ漫画女の子って乳がんにならなそう

おっぱい描写が上手な作家

https://anond.hatelabo.jp/20200114175822

この増田読んでてこんなこと考えたことあったなーって思い出したっていうか今でも思ってるんだけど

私は漫画好きが高じて色んなジャンルを読むようになった人間少女少年青年レディースはもとよりエロ漫画からBL漫画まであれこれ多読乱読を重ねて生きてきたんだけど

数年前のある日胸にしこりが触ることに気がついてすわ乳がんでは、と思い恐ろしくて気が気でなくなった

本当にそうだったらどうしようと思うと病院に行くのも二の足を踏んで、まあ結局は行ったんだけれども

検査して結果を待つ間病気になったあとのことや治療の事を考えすぎて不安でどうしようもなくなって漫画を読んで気を紛らわそうとして色々ぱらぱらめくったとき

いつもみたいにエロ漫画も見ていつもの女の子のきれいでむっちりつるんとした張りのある胸見てああーエロ漫画女の子病気にならなそうでいいな、

乳がんにならなそうでいいな…ってふっと思っちゃってその考えが止まらなくなっちゃってなんかつらくなってエロ漫画全然読めなくなっちゃった

女の子が不幸になる系とか妊娠する系とかグロ系とか好んで読んでたらそんなことないって思ったかもだしまた違った感想を持ったのかもしれないけどとにかくエロ漫画の中の女の子

「それだけ」の存在でいつも健康そうで幸せそうにセックスできてこんなに生々しいものを描いてるのに肉体がない感じで

現実のつらいことなんか全然なさそうな感じに描かれてるような気になってつらくなって読めなくなった

しばらくして思いつめすぎて死にそうになりながら検査結果聞きに行ってそのときは結局大丈夫ですっっっごいほっとしてマジで泣いた

しばらくはずっと不安定だったけどだんだん安心してきたらまたエロ漫画読めるようになってあの不安だった時にぽっと浮かんできたあの考えについて反芻したりして

漫画漫画として読めなくなるほど参っててバカみたいだったなあ、と思うのと同時に

あのとき思ったことにはエロ漫画というものについての何がしかの真理みたいなことが含まれてるような気もした

あんなにも生々しいけれども現実にはリアルセックスとは違っている理想化されたなにか完璧もの世界

そこに不幸や現実や生身の肉体の持つ不合理さ不便さ、病気等の変化などの片鱗がないからこそ安心して読める世界というか、

現実がそうでないからこそそれが必要エロ漫画ってあっていいんだよなー、漫画の中の女の子健康なことっていいことだ…って思ってなんか妙に安心して

この数年はきちんと乳がん検診に通いながら楽しいエロ漫画含む漫画ライフを送ってる うまくち醤油さん、いいよね… 

2019-11-01

anond:20191101183702

基本的には、人間という一番かしこ種族でさえ

体験してみないと言葉意味がわからない」。

たとえば生まれつき目が見えない人に

赤い、青いなどをことばで説明するのは至難のわざ。

で、社会に紐付いている言葉特にわかりにくい。

その社会に生まれて、常識として入ってないとわかりにくい。

たとえば、今から源氏物語読んでも「犬貴ってどんな犬なんだ?その犬はなんで日本語理解してんの?(正解は人間固有名詞イヌキ)」ってなっちゃうし

平安時代の人に選挙とか献血かいってもやっぱりわからんだろう。

 

なので、おすすめは「ひとかたまり時代意識して言葉を広げながら読む」だよ。

で、さらおすすめは「現代のいろいろなことばをまんべんなく読む=新聞を読む」なのだラノベは駄目だぞ

日本という国ではとてもマイナーなはずの世界文学

たとえばインド古典ラーマーヤナでさえ現代語に翻訳されてて読める珍しい国だ。

多読派には恵まれてるけど、初心者選択に困るよね。

から、塊で捉えるといいよ。

で、好きというか得意というか、

キャラの心情がはしばしから細かく読みやす時代があったらそれを読めばいい。

でなければ好きなジャンルごとにわけるのもいいよね、

SF推理ものエッセイ落語みたいなカラッとした笑い、ラノベ、など。

大体同じ時代の同じ国の作者でたどればいいんじゃないの。

フカヨミはしたくない話ならしなくていいんだけど、

そのうち刺さっちゃう作者をみつけたら読み漁ったり文通みたになるので楽しいよ。

2019-09-16

馬鹿は哀れだな。自分常識の外にある多読の成果も理解できん。

2019-08-03

anond:20190802232135

だいたいで数えてますよ。そんな正確に数えてないです。多読用の本はネットに語数が載ってるので調べますが。

2019-07-09

anond:20190709120846

すっごぉぉ~~い!!

増田ちゃんは、1日1万語ぐらい英語多読ができる増田ちゃんなんだねっ!!

最近毎日英語多読してる

1日1万語ぐらい読んでる。続いてる。えらい。ほめて。

追記 ありがとう!!!

2019-06-23

理想英語の授業

小学校低学年は、ひたすらフォニックス発音練習とHow are you?のような簡単な会話

小学校高学年は、be動詞一般動詞を使って3つのくらいの単語で文をつくる練習

身の回りのもの英語にする

中学一年文法簡単に終わらせる

中学年二年で多読リスニング

中学年三年で会話を練習

2019-01-02

anond:20190102204437

文章ペンで高速でなぞって追うといいよ。

音にする暇ないかサクサク読める。

ぶっちゃけ速読不可能」というのが今のコンセンサスで、文章を読む速度は遺伝で決まってるんで、遅読なら多読目指さず熟読目指したほうがいい。

2018-12-22

SF老害はどうしようもない

https://twitter.com/crd_tweet/status/1075996340809719808

https://twitter.com/Sakai_Sampo/status/1075996738756866049

ま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜た出たよSFファンの「えっ!? この作品を知らない人がいるなんて!?マウンティングが。腐臭がする。そういう態度とるくらいなんだからSF老害おじさんにおかれましては日本古典近代戦前文学は言うまでもなく英米仏西伊独南米東欧文学の名作は当然読んでるしアニメ漫画ゲームの有名処は全部触れてるんですよね? どんな人でも絶対に「あの有名どころを読んでいない」なんてこと当然あるに決まってるだろ。SF業界人SFの有名どころを読んでなかったらそうも言われても仕方ないかもしれないが、共同リファレンスみたいな一般市民普通司書さんに質問した程度の案件でなんだその態度は。大体そもそも多読可能かどうかって個人個人特性によることが大きいから名作を全部おさえるみたいなのってできるひととできないにとが明確に分かれるだろ。SF語るのに1000冊読んでいる必要はないって口では言いながらこういう事例ですぐマウンティングしてくるからSF老害は信用ならねえんだよ死ね

2018-08-12

姉が帰ってくる。

姉の話をする

初めに、俺は姉と二人姉弟で、年齢差は3歳差だ。

俺たちは自営業の親のもとに生まれて、今は親父の仕事を俺が継いでいる(とはいえ親父もまだ現役である

田んぼに囲まれた片田舎で、通学はバス通学。

車はおろか車輪のつくものを持っていなければ街にもいけない。

近所の子供は両手に収まるくらいしかいない上に同級生は1人だけ。

そんな田舎で俺達は伸び伸びと成長した、と思う。

俺と姉は割と姉弟仲が良く、遊び相手としてはちょうど良かった。

姉はなんだかんだで弟である俺に甘く、喧嘩はすれど結局は譲ってくれることが多かった。

から俺も結構姉に甘えていたんだと思う。

ちなみに、反抗期対象は姉だった。

何かと姉の言動が鼻に付いたのだ。

姉は、弟の俺が言うのもなんだが、そんなに頭がいいわけでもなく(一緒に公文式をやっていた)、俺よりも字が汚く(同じ習字教室に通っていた)、俺よりも運動ができなかった(同じ武道をやっていた)。

言ってしまえば、姉が何かで表彰されるたびに、俺がその一段階上の賞をとってしまったり、身体能力を上回ったりした。

そして何より、姉は、ゲーム音痴だった。

から多分、当時の俺は見下していたのかもしれない。

姉の優しさに甘えて、姉の言動に一々噛み付いていた。

しかけてくる姉に、苛立ち、ドジをする姉に虫唾が走り、それでも朗らかに笑う姉にどうしようもなく腹が立った。

その頃の俺は中学生くらいで、生徒会をやったり、部活をやったりと忙しく駆け回っていた。

一方の姉はといえば、第一志望の高校に落ちて、県立の進学校へと通い、中学時代は学年10位以内をキープしていたのとは反対に、学年のワースト10から数えたほうが早いという堕落しきった学校生活だったのだ。

からそんな姉に、たぶん矛先が向いたのだろう。

そんな姉への反抗期は、俺が姉の落ちた高校に受かり、姉は短大へ進学したあたりで収まった。

気付けば、俺は高校サボりがちになり、姉は短大バイト自分で立ち上げたサークル活動と忙しく駆け回る。

まるで正反対だと思った。

姉は、本を読むのが幼い頃から好きで、小中高と多読ランキングに名を連ねており、姉が進んだ短大も、司書育成の短大だった。

そんな姉は今、東京にいる。

嫁さんをもらって、親父の仕事を継いで、地元に腰を据える俺と正反対に、独身の姉は東京派遣社員をしながら飲食店バイトをしている。

姉の部屋は色々あり、既に物理的に存在がなくなって、今は、年に一度、実家の手伝いに帰ってくる。

ばかで不器用で鈍い姉は、土産センスだけは、とても良い。

2018-06-21

anond:20180621053823

んなのひつようないよ。

ただ単にいっぱい多読すればいいだけ。それに加えて、特定の誰かを絶対視しないことが求められる。

昔と違って今は本が多いのだから、数を読めば誤りも正せる。

宗教メンタル周りの話が多いので、今悩んでることに合致している話のほうが役に立つ。

釈迦の話だって実際はこういう悩みに対してこういう話というのがあっとう的に多い。

ゆえに、霊感商法切り貼りされて悪用もされるんだが。

2018-06-17

多読大事というのでラダーシリーズLevel3を読んでるんだが

かに辞書引けずに読める難易度だけども

こういうの初めてなので、こんな簡単な本読んでてパワーが付くんだろうか…と不安ではある

2018-06-08

英語勉強してるやつらはとりあえず単語やっとけ

12000語わかったら楽しくなる。

そしたら文法

次はリスニング

そして多読

最後英会話

2018-06-07

はてブ洋書話題が上がってきたことってほとんど無いよな

はてブ民、英語の本読んでないんやなあ…

--

b:id:bokmal洋書」て「外国人」ぐらい雑な言葉だな。増田が言うのはどうせ英語学習のための多読みたいな文脈ローダン翻訳待ってたら寿命が尽きるからついに原書に手を出したとかそういう話じゃないんだろ。つまらん。

増田はてブが「雑」なのは当たり前だろ

雑で当たり前のものに雑つって何かを批判した気分になるバカ(笑)

2018-06-03

読書について

ショウペンハウエルの『読書について』をサッと読む。

読書とは他人ものを考えてもらうことである。1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分もの考える力を失ってゆく。」

とある

おや、今まで幾度となく本を買いだめ、積読積読、で知識肥溜めを豊かにしてきたつもりが、

自身脳みそスカスカにしてきたと言うのは、驚きだ。

セネカ人生の短さについて』に並ぶ、警句が光る本を見つけられた。

一方、読書巨人知の巨人松岡正剛さんは読書をとかく推奨している。

ただ、ショウペンハウエルの主張と相容れないものではなく、いかに鋭く独自の読みをしていくのかが重要と説いている。

ただただ同化し、筆者の主張が脳内こだまする構造は悪である

私自身、自分自身の読みを、いかに本に対して差し込んでいくか、切り込んでいくかが、重要な読みであり、

読書によって陳腐化する自己を防ぐ唯一の方法と言っていいだろう。

2018-05-23

anond:20180523214106

宗教は入るものではない。

霊感商法を止める人間なんていないから、むしろ宗教とかけ離れた、教祖依存して金だけみついで不幸だ不幸だ言ってる存在になる。

そのかわりにひたすら本を読むのが良い。本は依存させない。

どうせ著名な宗教団体だろうが、むしろ著名な宗教団体だからこそ教祖はとっくの昔になくなっている。

その後の連中は良くて書物を読んだだけ、悪くて読んですらもいない。

書物が高価だった昔ならともかく、今、マーケットプレイスとかインターネット書店がさかんだから、ひたすら多読するほうが良い。

勧めるとしたら最近なら、小池龍之介名取芳彦あたりかね。

2018-05-04

一億円の純資産を手に入れる方法

はじめに

一億円の純資産を手に入れるまでにやってきたことについてここに記す。

私は四〇代半ばの男である借金は無い。純資産一億円を手に入れた。ここに至るまでの道のりについて書き記しておきたい。

何が有効で何が有効でなかったか。うまくいったことは何だったのか、うまくいかなかった事は何だったのか。それらについて出来る限りここで、若い人たちに伝えられることを書き遺しておきたい。

お金を欲した理由について

何のためにお金が欲しかったのか。私はただ自由が欲しかった。就職して思ったのは、自由のなさ、束縛の強烈さである。一従業員としてある会社に勤め始めて、馬車馬のように働いた。己の未熟さは確かにあったのだけれどもそれにしても辛かった。会社組織の中でうまく立ちまわっている同僚はいた。自分は要領の良い方ではない。むしろ要領が悪い、ひどい方であるしかしそれは自覚した上でがんばって働いた。しかし、そうしていると体を壊すのだ。

たいてい頑張り続けた人は体を壊す。この世のなか、そういう人は珍しくない。

ここで第一重要ポイントであるが、体を壊すほど頑張るべき仕事、それだけの価値のある仕事というものはまず存在しない。99.9%そんな仕事はありえない。自分の命を削り、健康を害してまでやり遂げるべき仕事などないと思っていい。一番大切にすべきは己の体である仕事などではない。

しかお金がないとそうも言っていられないのだ。残酷現実である生活していかなければならない。そのためには、まとまったお金のなかった自分にとって、裸一貫から始めるしかなかった自分にとって、月々支給される給与は非常に大切なものであった。

なので一見理不尽にも思えるような大量の仕事を振られてもそれは黙々とこなしていかなければならない。さもないと生きていけないのだ。今にして思えば、あれは自分にとって必要経験であったように思う。そのとき心の底から痛感したのだ。お金必要である。そしてとても大切なものである。しっかりとお金をためないことには、他人奴隷として生き続けなければならないのだ。自由が欲しい、そう強く思った。

お金を欲する動機について

動機は大切である。何故お金が欲しいのか。とにかくお金が欲しいのですと言うのでは、動機になっていない。動機が弱いとお金を手に入れる理由がない。理由が明確でなければいつまでたってもお金はたまらない。たとえ入ってきてもすぐ出て行ってしまうのだ。まずはこれを明確に認識すべきである

私はとにかく自由が欲しかった。より具体的に言えば、嫌な奴との仕事を即座に断れる立場自分の身を置きたかった。気の進まない仕事は即座に断れる立場自分を置きたかった。そのために、お金必要だったのだ。

続く(つもり)

※ここに続きのリンクを貼っていくつもり。需要があればですが。

目次

(次)一億円の純資産を手に入れる方法 その2:早い時期に投資を始めるべきこと https://anond.hatelabo.jp/20180504233305

その3:本業でしっかり稼ぐべきこと

その4:お金は人を介してやって来る

その5:本という最高レベル投資対象のこと

その6:精神世界をばかにしない

その7:人間本質について学ぶべきこと

その8:常識を疑うべきこと

その9:気迫が大事であること

その9.5:寄せられたたくさんのブコメ読みました

その10自分に合った価値の与え方を知る

その11価値の上手な与え方を知る

その12:嫌な奴との関係を切り捨てる 2018.5.14

その13:正しく投資すること 2018.5.15

その14:立ち位置を変えて努力せず稼ぐ 2018.5.16

その15:やらないことを決めて稼ぐ 2018.5.17

その16:倹約はパワフル 2018.5.19

その17:安定に執着しない 2018.5.20

その18:一億円を築くのは難しくないと知る 2018.5.20

その19:誠実であることの力強さ 2018.5.22

その20:良書を多読する 2018.5.23

その21:何やら大きなものに導いてもらう 2018.5.24

その22:危機に臨んでのこと 2018.6.7

その22.5:たくさんのコメントありがとうございました!2018.6.21 https://anond.hatelabo.jp/20180621143338

その23:独りの時間意識して持つ 2018.7.25 https://anond.hatelabo.jp/20180725094259

その24奴隷状態から脱する 2018.8.7 https://anond.hatelabo.jp/20180807172744

その25 不運につけ込まれない 2019.1.6 https://anond.hatelabo.jp/20200106161921

2018-04-29

anond:20180429133732

5つのアドバイス

 

君は1年前の私か? 同じような悩みを抱えていた。俗に言う積ん読。気になる本や読みたい本はたくさんあるんだけど、買ってきたはいいが読む気にならない。本も読めないダメ人間なのかと罪悪感にさいなまれる。

しかし、そんな日々は終わった。工夫ひとつで誰でも読めるようになる。1年前に苦悩していた私は、今年は30冊くらい読んだ。大きな進歩だ。しか努力不要

備忘録も兼ねて本を読むためにやったことを書いていこう。

 

1. 「本を開く」ことを目標にする

本を読もうとするから億劫になってしまう。1日◯◯ページという目標はあまり良くない。目標は「本を開く」ことだ。目標は限りなく小さくせよ。で、読みたかったら読めばいいし、そんな気分じゃなかったら読まなければいい。数ページでも読めたら儲けものだ。

 

2. 疲れてきたら読むのをやめる

読書苦痛となってしまったら一巻の終わりだ。つまらないことは誰もやりたくない。世の中には1時間でも2時間でも読み続けられる超人もいるけれど、我々は凡人だ。私は今でも10分も読むと疲れてしまう。あ、もう読みたくないなと少しでも思ったらすぐに読むのをやめる。すると、読書楽しい印象だけを持つことができるので、次に繋がる。

 

3. スキマ時間で読む

5分の空き時間があったら何をするか? 読書が最適だ。読書は腰を据えてしなければならないと思いがちだけど、そんなことはない。むしろ5分の積み重ねだけで1冊読める。スキマ時間ニュースのチェックにも最適な時間だけど、ニュースチェックに飽きたら読書だ。継続すれば、気がつけばいつの間にか半分も読み終わってたと驚愕することになるだろう。

 

4. つまらなかったら読むのをやめる

本は最後まで読まなければならないという固定観念がある。私も完璧主義的なところがあって、つまらなかったり難しかったりするけど最後まで読まなければという考えに縛られて、結局は読書がつらい体験となってしまっていた。もちろん、つまらないし難しいので最後までは読めない。自分に合わない本だと思ったら途中でもバッサリ切り捨てる勇気を持つことだ。相性ってものはどうしてもあるから仕方ないと割り切ろう。ふとした時にまた読みたくなったら読めばいい。

 

5. たくさん読みたいなら多読

読書量を多くしたいなら、多読だ。3冊とか5冊とかを同時に読む。こう書くと超人的に思われるかもしれないが、そんなことはない。上に示した「疲れてきたら読むのをやめる」を応用する。1冊目に飽きてきたり疲れてきたら、1冊目は閉じて2冊目に移る。頭がごんがらがりそうと思うかもしれないけれど、否、違う内容が書いてあるとなぜか読めるのだ。自分でもやってみてびっくりしている。1冊目が助走になる。2冊めに飽きてきたら3冊目。

 

さあ、まずは本を開くところから始めてみよう。読む読まないは自由だ。読まなくても罪悪感を感じる必要はない。だって目標である「本を開く」ことはできたわけだから

 

ちなみに私は読むのはかなり遅い方だ。それでもできる。良い読書ライフを!1年前まで本を読めなかった者より。

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