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2020-02-15

新型コロナで注目すべきところ

NTTデータの「協働者」20代男性発症して入院した件で

20代で持病なしでも重症化だと!?新型怖すぎでは…」とか

「40度の熱で連日夜10時まで残業ってマ??NTTあたま大丈夫か?」とか

「いや40度あるなら会社に出ろ言われても拒否れよ常識的に考えて…」とか

病院この対応鬼畜所業では?」とかで騒ぎになってるけど

なんか全体的に話がおかし

20代で持病がないのに重症化=新型やばい」じゃなくて、

20代で持病がなくても長時間労働してると重症化=労働やばい」というのが事実

発熱の有無に関わらず連日長時間労働してると

若くてピチピチ(死語)のアンちゃんでも

持病持ちや虚弱体質や高齢者並みに身体抵抗力が下がって重症化するというのがポイント

イチャモン長時間労働叩きに思われるかもしれないが、過重労働ウイルス性の心疾患を発症して死亡したとして労災が認められた判例もある

長時間労働鬱病心臓病や脳梗塞糖尿病リスクを上げるのは知られているところだが、

感染症リスクをも跳ね上げる百害あって一利あるかどうかも怪しい悪の所業なのである

我々が新型コロナで慌てているところ、

アメリカインフルエンザ今シーズン合計で1万人くらい死んで(「感染して」ではない、推計1万人超の死亡者を発生させて)おり、

一部の日本人はこれを「皆保険制度のない国はおっかねえなー、とづまりすとこ」というような

「半分は人災というか制度災害だろこんなの」みたいな見方をしているようだが、

新型コロナこそ日本では制度災害として

これからパンデミックを起こしていくだろうことは容易く想像される

せめてこれを機に長時間労働公衆衛生を損なうとして企業には多大な懲罰的罰則金が科され、

その悪質性によっては経営幹部刑事罰を食らう程度の扱いにしていかなくてはならないのだが

(これから少子高齢化でいろいろな公共施設機関が更なる人手不足キャパオーバーパンクするのが目に見えており、

パンクしてから慌てていては遅いのでその発生要因を予防的に潰しておく必要がある)、

はやみん長時間労働に慣らされすぎて残業脱法行為一種であるという意識すらない

こら日本死んだわな

いや、オリンピックやめるかどうかの検討すらしないという話だし、

もう一部では新型コロナがひっそり変異して脳に回っている可能性すら疑われるわ

労働諸君自己防衛も兼ねて「優秀な」労働であることはやめて

定時になったらガンガン帰るような「有能な」労働者目指した方が身のためやで

NTTデータ協働者さんのニュースの一番つらいところ

って、派遣なのに、妻子がいるってとこなんすよ。

2020-01-13

anond:20200113211255

同じような年配りの自分は、災害ボランティアにけっこう入れ込んでる...

人海戦術で無心にスコップふるうイメージが強いが、技術指導したりする人間必要なので、実はやりこみ要素もあるのだ。

目標というのとは違うけどねえ...

盲人マラソンの伴走なんかもやりたいと思っている。

ボランティアのいいところは人の役に立てるから!とかより、(他人との協働でありつつ)どれだけコミットするかは完全に自分で決められるところだ。

2019-10-19

anond:20191019100702

「消費」というのは現代の大量消費社会イメージからくる概念で、〈一方向的な都合によって使い尽くすようなモノとの向き合い方〉を意味する語なのね。継続的協働使用関係みたいなのとは反対の概念

それが、〈自然事物対話しつつ向き合ってきた〉という、仮想の「前近代」へのノスタルジーって言えばそらそうなんだけど、たとえば現代でも、職人さんが自分の道具や加工する素材と丁寧に「向き合い」ながら物作りをしているとき、その職人さんが道具や素材を「使用している」とは言っても「消費している」という言い方はしないんだよ。同じく、たとえばその製品を「購入して使用して」も、職人さんのスタンスを知りその製品大事に使う人の行動は「使用」であって「消費」ではない。しかし、たとえば同じ製品を「購入し使用した」人が、単に自分の好みでデコったりインスタにアップして、飽きたらポイと捨てるような使い方をしたら、それは「消費」だと言えるだろう。その場合、消費しているのが商品なのか、職人ブランドによる商品というイメージ記号)なのかは、また微妙議論必要になると思うけど。これはあくまで余談ね。

から、子作りをしたフェミニスト(ちなみに、フェミニストには男性女性もいる、というのはいいよね?)が相手を「性的に消費」したかどうかは、一般的には、人によるとしか言えないんだよ。相手セクシャリティ相手自身と向き合いつつ継続的協働的に関わり続けているなら、それは「消費」ではないと判断していいだろうからね。もちろん、ただ「子供を作る」ためだけに相手と関わったりしたのなら、あるいは、短い一定期間の性的な関わりだけが目的子供はその生物的な帰結に過ぎないのなら、「性的消費」と呼ぶに値することがあったかもしれない。それなら確かに批判はされるべきだろう。だが、それを判定するのはなかなか難しいよ。たとえば、結果的離婚していたとしても「当時は真剣に向き合っていた」と言われたらそれを否定するのは難しいのだからね。

もし、以上のことを理解した上で「性的消費」と言っているのなら、それはあなたの性の価値観に「消費」以外の性的な関わり方がない、つまり他者継続的に向き合う性的関係想像できてないということを意味してしまうだろうね。それはなんというか、なかなか不幸なことだとは思うけど。

2019-08-13

anond:20190812141826

>ちなみに、「サッカー相手協働する必要があるのでコミュ力につながる」という論は、「明確な目的があり自他の能力がわかる状況に於いて、次の行動の選択肢は限られているので、それを選ぶことなんて、コンテクストの共有が曖昧日常生活に比べれば遥かに容易で、僕でも出来る」のでコミュ力なんて必要ないと思う

ここ気になったか言及するね。

コンテクストが限られているからこそ、実生活練習台となり得るわけで、いきなり本番と同じ情報量練習しろって言われても非効率だよね。

2019-08-12

追記あり】僕は異常だ

僕には常識が無い。だから常識知らずだ。

常識的な、考え方が出来ない。だから、異常だ。

世間では「普通をはみ出す」とか「まともから外れることが成功の鍵だ」というようなライフハックがよく紹介される。そして、僕は「常識外れ」だ。しかし、彼らの言う「常識外れ」と僕の言うそれは大きく異なっている。そして、常識はずれであることは苦痛だ。「普通をはみ出す」というのが、「自分で考えた証」だとか「成功への近道」だとかいう、ふざけた考え方が嫌いだ。

いらだちを書かせてほしい

僕は無関心だ

僕は巷で流行っていることに興味が沸かない。どんなにサッカー甲子園アイドルが盛り上がっていようと興味が沸かない。その流行している「もの」を面白いとも思わないし、それから利益を得られるとも思えない。これは、普通人達と同じ感覚だろう。

しかし、普通は「とりあえず」とか「目の前にあるから」とかの理由である程度興味を持つらしい。僕は友人がやっている「こと」に興味を持たないし、知り合いに勧められた「物」にも興味が沸かない。そもそも、「行動」する気にもなれないし、違いのある「物」だとも思えない。スーパー銭湯と家の風呂の違いは人が大勢居るかどうかだし、高級レストランカップ麺の差なんて量と美味しさ以外で判別が出来ない。そういったことの差異意味があるとは思えない。

僕は未来のために今を生きていると思っているから、今の感情なんてどうでも良いし、今は過去になるのだから、今の結果だってどうでもいい。じゃあ、未来がどれくらい重要なのかといえば、未来が今になったときはその「今」がどうでもいいのだからさほど重要ものではない。そもそも人間死ぬのであり、「死」の瞬間には何も残らないと思っているので、未来にも価値は見出せない。つまり、生きている意味を見出すことが出来ないし、今何をしているかにも興味が無い。だから、「行動」や「物事の差」に意味があると思えない。

しろほとんどのことに金銭価値時間・労力の対価としての価値を見出せない。衣食住とわずかな趣味に見出せる程度だ。

価値が無いので、あらゆることに対し興味が沸かず、無関心だ。

僕は非常識

常識的に考えろ」という言い方は良く使われる。

だが、常識が僕にはわからない。一般的に多くの人が行うであろう行動を予想することはある程度できる。たぶん、人は親や友人が死んだときに泣き、何か良いことがあれば喜ぶのだろうと思う。でも、僕にとってその予想を的中させることは、サイコロの目を当てることより難しい。「人は、友人が死ぬと悲しくなる」と名言するのさえ勇気がいる。それ以上に細かいことで当てることは本当に難しい。

常識である」という言葉が出されて初めて、「あぁ、そういう常識があるのだな」と思う。

 

簡単な例として、就活の時の話をしよう。その会社は、売上が業界一位の会社(2位の倍はあったと思う)だった。その会社の一次面接で「8人の中から中途で採用する人を3人選ぶなら誰か」というお題のグループディスカッションが出された。時間は30分。候補者職種は、指揮者サッカー選手、ブティックバイヤー教師など、バラエティーに富んでいた。個人データとしては、名前以外には前職しか明かされていなかったため、職種から彼らの能力判断する必要があった。だが、僕はとても困ってしまった。職業能力が全く関連しないのだ。サッカー選手なら体力があるのは確かだと思うが、その業界重要能力ではないと思ったし、それ以外は「人に依る」のではないかと思い、彼を評価することができなかった。他も同様に「人に依る」としか思えなかった。議論ではサッカー選手が「コミュニケーション能力抜群」である満場一致(僕以外)で評価されていたが、僕にはなぜ彼がそう評価されているかからなかった。その回答として「仲間と一緒に努力してきたから」と説明されたが、僕には「仲間と努力していると、コミュニケーション力抜群になる」とか「サッカー経験があれば、仲間と努力できる」という公理理解できなかった。他の職業についても同じような疑問が出て、ディスカッション中は「???しか頭になかった。こんな風に、皆がそう思っていることが、僕にはそう思えず、常識についていけないことがよくある。

世界常識が幅を利かせているから、僕も常識についての知識を集めているし、常識的な行動を予想し実践している。これが僕の「常識」だ。

ただ、「常識外れだ」と人に注意され、周りの人がそれを肯定する雰囲気を感じるとき、とても辛くなる。僕は僕なりの「常識」を持って生きているのに、自分常識に従って行動したときに「常識外れだ」と言われる。更に、行動の理由説明しても「常識的ではない」と常識を盾に否定されてしまう。しかも、相手の行動は「常識的」だからと、理由説明なしに肯定される。こういうことがあると、悲しくなる。別に相手常識を盾にすることに怒りを覚えるわけではない。ただ、僕が人と違う常識しかもっていないことが悲しいのだ。

僕が世間常識に従わずに行動できるのは、「自分自身の常識」を持つ人々の前だけだ。それ以外の人の前では世間常識に従って行動するよう心がけている。それでも、僕の予想は当たらないから、ボロが出て、注意される。

僕は異常だ

僕は常識通りに行動することが出来ないから、僕の行動は異様に見られる。

僕は東京まれで、ずっと東京に住んでいて、ある程度のエリートコースを歩んできた。別に開成出身だとか東大生だとかいうわけではないけれど、日本人なら誰でも知っている大学に通っていたし、その大学ではかなり名の知れた中高一貫校にいた。そして、新卒で入ったのは名前を聞いたことも無い中小企業だ。

就活に失敗したわけではない。大企業なんかより、本気で中小企業に入りたかった。お金は要らないし、休みも興味がなかった。ただ、学生時代にいた人々と同じような考え方をする人達と付き合うのに飽きたのだ。だから中小企業に入りたかった。僕としてはまともな判断だと思っていた。

けれど、周りはそう思わなかった。大企業でも新進気鋭の超優良ベンチャーでもない、無名中小企業に行くことに対して、「おかしい」と多くの人に言われた。彼らにとって僕の行動は奇異だったのだ。理由説明しても理解されなかった。せいぜい「お前はいつも変なことをするな」と、僕が変人からという理由で僕の行動に納得する程度だ。僕がした説明理解するわけではなかった。

こういうことは人生で何度も何度もあった。もう、説明することは諦めた。そういう人たちは僕と距離を置きたがるし、僕も距離を置く。ちゃんと僕の話を聞いてくれるのは、それぞれの「常識」を持っている人達だけだ。

終わりに

僕の考え方を書いてきた。僕の考えている「常識はずれ」がどのようなものか伝わっただろうか。

僕は「恥の多い生涯を送ってきた」などと、決して思わない。僕の持つ「常識」がどれだけ周りの人と離れていようと、僕の考え方が人間として否定されうるものではないと本気で思っているし、僕は仮面を着けることも無いからだ。

これが、僕の「普通を外れた生き方」だ。こんなことをしたって、成功なんてしない。

しろ、何も考えずに常識通りに行動できるのがどれだけ、羨ましいか。そんな人たちのいう「普通とは違う」行動が如何に常識通りの行動か、彼らには理解できないだろう。彼らが言う「普通と違う」というのは、所詮ちょっと外してみる」程度で、本当に違うわけじゃない。そして、本当の「普通と違う」人は排斥する。

こんな常識人のための気休めの言論を聞くのには飽き飽きした。せいぜい、「自分の考える常識に縛られてろ」としか思えない。「普通と違う」なんて普通すぎて、吐き気がする

ここから追記

伸びて、色々意見があるようなので追記します。

ただの中二病・未熟 (あるいは、みんなそう思ってる)

たぶん、違うと思う。

中二病とかは、「俺は他の人と違うことがアイデンティティ」とか「そういうのがかっこいい!」みたいな考え方だと思うのだけど、そういうのは小学生で克服した。

そうではなくて、僕は「人に合わせるように努力してる」。

もし、そういう意味で言ったのでないなら、克服方法を教えてほしい。

ちなみに、僕は「他の人と同じような行動をする」という方法実践している。

例えば、上に出した食べ物の話で言うと「外でうまいもの食べに行こうか?いつもコンビニだし」と言われたら、「いいですね!いきましょう!」って答えるようにしてる。本心としては、両者に差はないので距離からコンビニのほうがにいいし、うまいものを食べたいなんていう感覚はないから、「外でうまいもの食べに行きたい」なんて絶対同意できないけど、こういうことを言う時はその人は「外で食べたい」と考えているだろうと推測してそう応えてる。みんなそうするから

克服方法を知っているなら、とても克服したいと思っているのでぜひ教えてほしい。

大学出て働いてるなんて、普通じゃん

これは、どうなんだろう、僕と意図がずれているのかもしれない。

僕としては、大学なんて勉強すれば入れるし、勉強なんて答えが明確な分だけ常識を学ぶより簡単から常識を知らないから入れないという理屈はよくわからない。

あと、働けているのは僕の努力の成果であるので、むしろ褒めてほしい部分 (就活は昔の話で、今は働いている)

親についての言及がないのと、離人症的な感触が気になる

これは、気になったコメントなので返す。

親についての話は、僕が親をどう思っているかを知りたいということだと思うのだけど、「親に興味はない」という回答。僕に金を使ってくれたことには感謝するけど、それ以上の感情はない。死んだら悲しむぐらいには好きかもしれない。

離人症というのは初めて聞いたのだけど、思考身体が分離している感覚のことだろうか。「常にある」。というか、自分の状況を見つめる第三者視点は常に意識してもっている。そうすることで、反射ではなく思考を基に行動できるから。これって、病気なの?

変わるように、努力しろ

しています。行動しています。その結果、日常生活をおくれています

(本旨とは関係ないけど)グループディスカッションについて

グループディスカッションの内容についてのコメントがあるが、普通に進行したし、何百人も同じテーマグループディスカッションをしたはずなので、問題のある出題ではないはず。

僕のグループ普通ディスカッションしたし、普通に終わった。

ちなみに、「サッカー相手協働する必要があるのでコミュ力につながる」という論は、「明確な目的があり自他の能力がわかる状況に於いて、次の行動の選択肢は限られているので、それを選ぶことなんて、コンテクストの共有が曖昧日常生活に比べれば遥かに容易で、僕でも出来る」のでコミュ力なんて必要ないと思う

異常なやつはもっとやばい

ごめん。異常という言葉安易に使ったのが悪いんだけど、僕が言っている異常は「常識的な、考え方が出来ない。だから、異常だ。」ということであって、殺人鬼放火魔だと言っているわけじゃないんだ。倫理観はもってるし、法律を守る気もある。なんなら、普通の人が考える「正しい行い」っていうのを常に観察・模倣している。叩かれるの構わないけど、僕の話と関係ないところを叩かれても困るよ。

2019-07-22

山田太郎氏は「右派オタク代表」としての自覚を持ってほしい

山田太郎参院議員が今回の選挙当選したようで、ひとまずはよかった。

彼が当選したこと表現規制反対派としては喜ばしいことだと思う。しかし同時に、彼には注文をつけたい点がある。

それは、「幅広いオタクの利害の代弁者としてではなく、右派オタク代弁者としての立ち位置自覚すべきだ」ということだ。

当たり前だが、オタクには右派左派もいるし、なんなら極右極左もいれば中道ノンポリもいる。オタクとは趣味を共有しているだけの集団であり、本来であれば政治的に何らかの共通軸を見出し得るようなものではない。それが唯一共闘できる、共闘し得るイシュー表現規制問題だった。

から山田議員が「オタク全体からの支持」を目指すのはどだい無茶な話であった。山田議員にしても、表現規制反対とは別のイシューでご自分意見をお持ちだろう。もしも表現規制反対以外に共通軸の乏しい集団をまとめ上げようとするなら、表現規制反対以外の「自分意見」はなるべく封印してシングルイシューに徹しなければならないが、活動家ならともかく国会議員シングルイシューに徹することはやはり難しかった。

共謀罪とか、表現規制問題とは直接関係がないかに見えるイシューにおける山田議員投票行動は、オタクの一部に深刻な疑念をもたらした。国会議員である以上は様々なテーマをめぐる審議において賛成か反対か旗幟を鮮明にせざるを得ず、その他の審議を欠席したり棄権したりでもしない限りシングルイシューを貫くのは困難だ。

そして今回の選挙に際して、山田議員自民党に入党した。前の参院選で所属していた、独自カラーがちっとも見えない新党改革のようなマイナー政党であればともかく、右派政党の筆頭格である自民党所属しておいて左右を超えたシングルイシューも何もなかろう。自民党入党の時点で山田議員は「超党派オタク代表」ではなく「右派オタク代表」に変質した。オタクといってもその優先順位には濃淡があり、自民党には絶対投票したくないと考えている左派オタクが、山田議員投票なんてできるはずがない。

これは逆を考えてみれば当たり前の話だろう。いくら表現規制に反対の立場を表明していたからといって、右派オタクたちは福島瑞穂議員敵対し続けてきたではないか。それが悪いとはもちろん言わない。右派左派候補投票したくないと考えるのは当たり前だ。だが、だったら左派右派候補を支持しないのも当然だということだ。

山田太郎議員オタク票を掘り起こしてくれたことに対して、私は素直に感謝したい。そして潮目はオタクの方に向き始めた。与野党政治家で、オタクアピールを(自然にこなすかぎこちなくするかの違いはあれど)してくる議員は明らかに増えた。国民民主党玉木雄一郎代表コスプレ話題になっていたが、そういうアピールをする対象として我々は認められたのだ。これは喜ばしいことだ。

から、そろそろ山田太郎議員、およびその支持者の方々におかれては、「反表現規制で幅広いオタクを糾合する超党派政治家」ではなく、「右派オタクを代弁する政治家」という立ち位置自覚された方がいいんじゃないかと思う。

まり、「国会におけるオタクの唯一の代弁者」とか「表現規制反対派の唯一の救世主」とかではなく、「国会に何人もいる表現規制反対派のうちの一人」としての立ち位置自覚してほしい、ということだ。

なんでそう思うかといえば、この点の自覚が薄い一部の支持者が、山田議員を持ち上げる一方で他の政治家(主に左派政治家)を腐すような言動を振りまいているからだ。山田議員以外にも国会表現規制反対派はいること、オタク政治的属性右派から左派まで幅広いこと、こういったことを自覚せずにまるで山田氏が唯一のオタク代表であるかのように振る舞えば、山田氏に必ずしも賛成できないオタクだけでなく、オタクではないけどオタク権利配慮しようとしている政治家オタク層にアピールしようとしている政治家の離反を招くことにもなりかねない。

オタク代弁者、あるいは表現規制に反対の政治家山田太郎氏だけではなく左右両陣営にいること、このことを自覚してもうちょっと支持者の皆様には謙虚になっていただきたいというのが正直なところだ。

自分右派政治家として表現規制に反対する。普段右派として左派政治家敵対するが、表現規制が浮上してきたら敵陣営表現規制反対派と手を組んで表現規制反対のために闘う」とハッキリさせれば、左派寄りの支持者は離れていくかもしれない。だが重要なのは、あらゆる陣営表現規制反対の種を蒔くことであり、山田太郎議員のみが反対派の希望であるかのように持ち上げることではない。

いかに我々オタク代弁者山田太郎先生を盛り上げていくか」という視点は危うい。もちろん山田氏には頑張ってほしいのだが、彼が病に倒れたり事故に遭ったり致命的なスキャンダルを起こしたりしたときに、代わりの者がいないような状況では困るのだ。それよりも、多少山田議員の得票が減ったとしても、その分が他の政党表現規制反対の候補に流れているならそちらの方が好ましい。卵を一つの籠に入れないのは政治世界でも重要なことだろう。

なのでまあ、左派寄りのオタクとしては、山田太郎さんには右派オタク代表としての自覚を持っていただき、その立ち位置にふさわしい振る舞いをしていただきたいというのが正直なところです。別に左派政治家が気にくわんなら好きなだけ批判すればいいとは思うが、だったら超党派オタクを糾合することは諦め、右派オタクを票田にするのだと決意していただきたい。こちらも左派の反表現規制派の人たちを応援するんで、お互いに頑張りましょう。

追記

日本人表現だけを規制しようとしたり、違法デモ国民権利を阻害したり、

内心の自由で人を殺すことを宣言したイザンベール公認したような野党やその支持者に「表現規制反対派」がいるわけない。

anond:20190723092013

そんなこと言ったらバリバリ表現規制である葉梨康弘議員みたいなのをのさばらせておく自民党に入党した段階で規制派になっちゃうじゃん。イザンベールと違ってこっちは現職国会議員だよ。

腹立ちまぎれに分断を尚煽ろうとするの図

枝野幸男が右も左もないと言っているのにいつまで右だの左だのにこだわっているのか。ここまでの票田になる山田太郎を右も左もないという理念を掲げている立憲民主党に引き入れられなかった失策反省するべきだろう

分断は煽ろうとかそれ以前に現にそこにあり、その存在に気づかずに、あるいは軽視して超党派結集ムーブをされると踏みつけられたり軽視された側としてはいい気分はしないので、分断のどっち側につくのかちゃん旗幟鮮明にしてよね、って話です。

分断を乗り越えようとしているにしては片っぽを軽視する言動・行動が目立ちはしませんか、どうしてもその片っぽを軽視したいのなら超党派ムーブやめませんか、って話。

何度も言うけど表現規制問題が浮上したら左右を超えて手を携えるべき。でも表現規制以外のイシューでも山田さんを推せるかっていうとそうじゃないわけですよ。山田さんを一致して推せない理由こちらだけに求められても困る。だったら「お互い一致はできないね」「表現規制問題が浮上したら一緒に戦おうね」と約束して今は袂を分かとうよ、という趣旨です。

左派山田太郎とその支持者を憎悪する理由

anond:20190723220747

枝野さんとか保坂さんといった先達の存在に目を向けずまるで山田さんだけが表現規制旗手であるかのように言ったらそりゃ反感を買うわな、という当たり前のことがわからんのかね。

左派表現規制派がいないとは言わないし、だからあらゆる陣営に反対派は必要だよね、と言っているわけだが、なんかもうこのレベルイチャモンに真面目に返答するのアホらしいな。何にでも性的消費ーとか噛み付く一部の自称フェミを見てるみたいな感じ。

まあ、山田さんも支持者の皆様も、頑張ってくださいね応援はしてます

左翼原則として表現自由を守ってきてる。例外としてオタク規制してる。右翼は逆で、原則として表現自由規制して、例外として山田太郎オタクのご機嫌をとってる。それで表現自由ヅラされてもなあ。

しゃべるセレクティブエネミーかな? 例外もクソもあるかオタク自由も守られるべきに決まってんだろ。進歩派の皮を被った保守主義者は我々自由主義者の敵なので右側の自由主義者と協働して打倒していこうな。

2019-06-24

anond:20190624223211

受かるのは「あなた優秀そうだから」ではなくて

あなたとなら協働してもいい」と思っているからですよ

2019-06-20

anond:20190620000138

地方自治体職員さんなら、中央官庁を調べるといいよ。

周辺市町村保育園もGoogleMapとかにマッピングしようぜと提案したんだが

「それ必要ある?」ときたもんだ。

君のセンスは全く問題ない。 政府として公開を推奨するデータ としてそのまんま例示されている。

https://cio.go.jp/policy-opendata

官民データ活用推進基本法平成28年法律103号)において、国及び地方公共団体オープンデータに取り組むことが義務付けられました。オープンデータへの取組により、国民参加・官民協働の推進を通じた諸課題解決経済活性化行政の高度化・効率化等が期待されています

推奨データセット

 推奨データセットとはオープンデータの公開とその利活用を促進することを目的とし、政府として公開を推奨するデータと、そのデータ作成にあたり準拠すべきルールフォーマット等を取りまとめたものです。

https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/opendata_suisyou_dataset.pptx

10ページ参照。

幼稚園保育園認定こども園の一覧 をオープンデータとして公開することにより、アプリ等で地図上にマッピングすることが可能となり

この方針にしたがって、地方自治体には一生懸命まとめている部署があると思う。この部署の人と仲良くなろう。

今回のお役所キーフレーズは「オープンデータ」。オープンデータ自治体名で検索しよう。

例 文京区オープンデータ

https://www.city.bunkyo.lg.jp/kusejoho/opendata.html

子育て教育」関連のオープンデータ

保育園Excelファイル; 21KB) | (CSVファイル; 10KB)

幼稚園Excelファイル; 15KB) | (CSVファイル; 4KB)

地方の意欲ある職員さんの一助となれば。

2018-10-10

バカマツタケの"完全人工栽培"は偉業なのか

先日、加古川肥料メーカー多木化学バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)の完全人工栽培成功を発表した。それを森林ジャーナリスト田中淳夫氏がyahoo!ニュースで取り上げた記事は、多数のブクマを集め話題さらった。

http://archive.is/fdyLb 

ただ記事の内容には不正確な情報や、やや解説が不十分と感じる点があったので補足したいと思う。なお増田は単なるきのこ愛好家に過ぎず本稿は信憑性に乏しいが、ブクマカのきのこへの興味と深い理解一助となれば幸いだ。

冗長になってしまったので、概要だけ知りたい方や長文が苦手な方は、先に下部の【まとめ】を読まれることを推奨する。

以下該当記事の一部を引用するかたちで解説

バカマツタケマツタケの近縁種。名前名前だけに、マツタケより劣るように思いがちだが、実は姿もよく似ているうえに味と香りこちらの方が美味しくて強いと言われるキノコである

マツタケよりも香りが強いというのは一般に言われるが、マツタケよりも美味しいという話は聞いたことがない。野生下ではマツタケよりも相当に貧弱で、発生時期が早く暖かいこと、一般湿度の高い広葉樹林に生えることからマツタケよりも柔く品質劣化がはやい(一般的にきのこ寒冷地・痩せ地に生えるほど日持ちが良く高品質ものを得やすい)ことが関係すると思われる。近縁で姿がよく似ているというのは本当で、素人目には見分けがつかない。増田にも発生場所情報なしに個体だけで同定できる自信はない。

別名がサマツ早松であるように、マツタケより早く8~9月に発生することから名に「バカ」がついてしまった。

バカマツタケサマツと呼ぶ地域は確かにあるらしい。しかし必ずしもサマツバカマツタケではない。きのこ地方名は極めて多様で曖昧世界だ。その証拠に「サマツ」といっても梅雨時期に少量発生するマツタケを指すこともあれば、モミタケオオモミタケ等を指す地域もあるようだ。

マツタケの人工栽培がなかなか成功しない中、バカマツタケの方が環境適応やすいか栽培もしやすいのではないかと注目する研究者はいた。実は昨年には奈良県森林技術センターが、人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて発生させることに成功している。

『人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて』という表現は正確ではない。菌に感染した苗木を人工的に作り出し植樹することで自然下で発生させた、とするのが正しい。既に自然化で定着している樹木に植菌を施すのと、無菌状態の苗木に植菌するのとでは似て非なる技術だ。(ところで同様の研究マツタケでも行われており、無菌培養の松苗木の感染には成功しているものの、植樹後のマツタケ発生については再現性に乏しい。理由としては自然環境化においてマツタケ菌が他の害菌に負けてしまうこと、マツタケの発生にはまとまった菌糸量とそれを支える大きさの松が必要なことが挙げられる。例えば自然下でマツタケが生えるためには一般20年生程度の松が必要とされる。)補足になるが、奈良県森林技術センターバカマツタケ栽培研究農水省委託事業で、2015年より森林総合研究所(国立)との協働で進めている。要するに国策が3年の歳月を経て文字通り実を結んだかたちだ。今年の2月頃に、はてブでも話題にのぼった。しかし本件とは全く関係のない別個の案件であり、おそらく情報の共有などもされていなかっただろう。奈良県森林技術センターが松の苗木を利用するのに対し、多木化学は菌床を用いた完全人工栽培に取り組んだ。研究テーマアプローチも全く異なり、時期も多木化学のほうが先行している。

これがバカマツタケ栽培の第1号で、今年も継続発生させて実用化に一歩近づけた。ところが多木化学は(中略)木クズなどによる人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結させたのだ。これは画期的なことで、キノコ栽培常識を覆す大発明かもしれない。

菌根菌(樹木との共生関係を結ぶ集団)とされるバカマツタケで『人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結』、つまり”完全人工栽培"に成功したというのは実に画期的なことである。この成果は偉業と言っても差し支えないものであると思う。三重大学の菌学者白水先生も、

とその成果を讃えている。

しかし本文にある『キノコ栽培常識を覆す大発明』というのは誇張にあたる可能性が極めて高い。なぜなら「菌根菌の完全人工栽培成功」という点においては既に先行研究があり、実はとうに商品化もされているのだから。例えばホンシメジの人工栽培がこれにあたる。

とくにマツタケ類は、植物との共生必須と考えられてきた。これまでマツタケ菌糸の培養成功した例はいくつかある(私もその度取材に行って、いよいよマツタケ栽培成功か、と期待していたのだが……)が、子実体(傘のある姿のキノコ)を出すことに成功していなかった。だが多木化学は、とうとう菌糸から実体を出させるシグナルを見つけたのである。この研究成果は、これまでの定説を破るものであり、学術上も大きな成果だろう。

繰り返しになるが、多木化学の成果が学術上も大きな意味を持つ可能性は高い。しかし、その成果がどのレベルかという点については当該記事では説明不十分なので、詳しく補足する必要がある。一般きのこ栽培はざっくり以下の工程をたどる。

a. 優良品種の選定・組織分離

b. 菌糸の培養

c. 原基形成

d. 原基の成長肥大

e. 子実体きのこ)の発生

ごく簡単に一連の流れを説明する。はじめに野生のきのこをたくさん採ってきて、それらの中から有望そうな株の組織(胞子ではない)を切り取って培養する。具体的には寒天培地というデンプンなどの栄養素を添加し固めたものを使う。きのこ組織を切り取り培地に置くだけで(コンタミを防ぐ必要はあるものの)、比較的容易にクローンである「菌糸体」を得ることができる。無事目的の菌糸体が得られたら、それらを培養して増やす必要がある。従来は木くずの他に、米ぬか、フスマなどを添加し水を加え固めたもの(=菌床)を用いる。菌糸体は、適切な温度、水分、光などある条件が重なると原基(きのこの基)を形成する。原基は一般に、低温、水分供給、切断などの刺激により成長をはじめ、十分な菌糸体の量と栄養供給を伴って肥大し、きのこの発生に至る。

ここで問題になるのは、b. 菌糸の培養、c. 原基形成、d. 原基の成長肥大という三つの工程それぞれに、全く違ったメカニズム存在することであるマツタケを例にとると、これまで少なくとも半世紀以上もの研究蓄積(野外での観察研究の記録を遡ると実に70年以上)がある中で、c,dについては再現性に乏しく、bについてもまともな成果はあがっていない。マツタケ栽培の難しさにして最大の課題は実はここ《b. 菌糸の培養》にある。とにかく菌糸の成長が遅い上に、どのようなメカニズムで菌糸が栄養素を取り入れ増殖するのかということがほとんど未解明なままなのである

理由は当該記事にあるとおり、マツタケ樹木共生関係を結ぶ「菌根菌」であることが大きい。マツタケ菌糸の生育には生きている樹木必要で、実験室での再現ほとんど不可能といっていい。それではなぜバカマツタケは完全人工栽培可能だったのか。

マツタケなどの樹木共生する菌根菌に対し、シイタケナメコなど、倒木や落ち葉などを分解し、栄養源とする菌類は「腐生菌」と呼ばれる。腐生菌の多くは菌床による栽培可能で、多くが一般に出回っているのは既知のとおりである。実は菌根菌は、腐生菌が進化過程樹木共生する力を獲得し、腐生的な能力を失った集団だと考えられている。ところが菌根菌の中には、完全に腐生的な能力を失っておらず、腐生と共生、いわば両刀使いが存在するのである。その代表ホンシメジであるホンシメジは「香り松茸、味しめじ」と言われるように、我が国における代表的な食用である。菌根菌とされるホンシメジ栽培は、マツタケ同様に長らく不可能と考えられてきた。しか系統により極めて強力な腐生的な能力を備えるもの発見された(研究により、これまで同種と考えられてきた本種が実は様々な系統もしくは別種に分けられることがわかってきた)。1999年タカラバイオなどにより菌床による完全人工栽培法が確立され、その後商品化もされており、少量ながら現在一般流通している。

多木化学バカマツタケ栽培は菌床を用いた完全栽培なので、上記ホンシメジ栽培成功と同様である。つまり、本件はバカマツタケの中から腐生的な能力を持つ系統を選定し、培養から実体を発生させるまで成功したということだ。リリースにあるとおり、今後は栽培の安定化と供給体制の構築が図られ、数年後にバカマツタケ食卓に並ぶことの実現性は極めて高い。それではマツタケ栽培への応用についてはどうか。

勘の良い方には察しがつくと思うが、前述のc〜eの工程については応用が効く可能性が高い。他のきのこ栽培でも成功しているように、十分な菌糸体と栄養を確保することさえできれば、原基形成〜子実体に至るまで管理可能なことを初めてマツタケ類においても示したことは大きい。ただし、最大の課題である《b. 菌糸の培養》については、ほとんど応用が効かない可能性が高い。なぜならマツタケにおいては既に膨大な先行研究があり、当然ホンシメジバカマツタケ同様に”両刀使い”が存在する可能性も、その系統選びも、菌糸培養を促進する成分や菌糸の栄養源についても、少なくともバカマツタケよりは遥かに詳しく調べられているかである。それをもってしてもまともな菌糸培養に至っていないのが現状なのだ

つまるところ、多木化学による本研究の主な成果は以下の二点にまとめられる。

繰り返すがこれらが偉大な成果であことに疑いの余地はない。一方でマツタケや他の菌根菌の人工栽培を実現するには、それぞれの種類において腐生菌的能力もつ系統の発掘と培養法の確立必須となる。その意味において本研究の応用範囲限定的となる。田中淳夫氏は今回の研究結果により、さも菌根菌の栄養吸収のメカニズムが明らかにされ、あらゆる菌根菌の人工栽培可能になるかのような書き方をしているが(あるいは本当にそう思っているのかもしれない)、残念ながらそうではないことはここまで読んでくださった聡明ブクマカ殿にはご理解いただけたかと思う。

菌床栽培なら、植物共生させないので培養期間が短く、室内の環境を調整することで季節を問わず生産できる。また室内栽培から虫の被害にあわず収穫時も混入の心配がない、収穫も簡単……などのメリットがある。

逆にデメリットを挙げるとすれば、野生のものとは全く異なる味わいと食感になることである。つまるところ、野生の品と菌床栽培のものとでは全く別物と考えるべきである養殖ブリと天然ブリの味わいが全く異なるように(それでも近年の養殖技術進化は素晴らしく、季節によっては天然物を凌駕するものさえある)、それぞれの美味しさと楽しみ方があると増田は考える。今回の成果によりバカマツタケ普通に食べられるようになったら嬉しいし、美味しければ普及すると思う。ただし、仮にマツタケの完全人工栽培確立されたところで、天然松茸価値のものは今後も揺るぎのないものである消費者がどう捉えるかはさておき)。

菌根菌のキノコの中には、マツタケ類だけでなく、トリュフポルチーニホンシメジタマゴタケなど高級キノコが多い。今回の成功が、これらの人工栽培技術もつながるかもしれない。

トリュフポルチーニは、日本におけるマツタケ同様にヨーロッパで盛んに研究がなされているが、今のところ菌床での栽培成功したという話は聞かない。ホンシメジは前述のとおり既に栽培法が確立されており既に商品化もされている。

これらの菌根菌の人工栽培可能にするには、ひとえに”両刀使い”の系統発見と、それらの培養方法確立である。ちなみに本家マツタケにも、実は”両刀使い”の存在示唆されており、引き続き研究が進められている。また、マツタケ類は世界中に似たような種が多数存在しており、マツタケ(Tricholoma matsutake)の中にも、例えば中国の山奥には広葉樹共生する系統があり、更にはそれらが日本ナラやカシと共生関係を結ぶことがわかっていたりもする。種の中にも多様性があり、それらをしらみつぶしに調べていけば、そのうち栽培可能ものに出くわさないとも限らない。その点はトリュフだろうがポルチーニだろうが同様である。ただし、その研究がどれほど途方もなく根気のいる仕事なのは間違いない(ちなみにトリュフポルチーニ国産種が知られており、積極的に狙うマニアが相当数いる)。ところで、遺伝子組み換え技術により、これらの菌根菌に腐生菌的能力を付加することも可能とする研究者もおり、そのうち遺伝子組み換えマツタケの完全人工栽培実験レベル成功する日も来るかもしれない。

まとめ

参考文献

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20181006-00099530/

http://fs.magicalir.net/tdnet/2018/4025/20181003413938.pdf

http://www.kinokkusu.co.jp/etc/09zatugaku/mame/mame04-3.html

https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/bulletin/424/documents/424-1.pdf

http://www.jsmrs.jp/journal/No31_2/No31_2_167.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/50/2/50_jjom.H20-07/_pdf/-char/ja

トラバブコメに反応

見た目 味も 香りも 同等以上なら 偉業

あくまで野生産同士の比較なら、やや下位互換という感じではないでしょうかね。栽培バカマツタケは食べてないのでわかりませんが、うまくすればそこそこ美味しいものができる可能性はあるかなと。ただ、マツタケって単体で食ってそんなにうまいものじゃないと思うので、一般家庭での調理には手を焼く気がします。炊き込みご飯するにも炊飯器臭くなるしね。料亭とかでマツタケ代用品として普及する可能性はあるかもしれない。<

2018-09-25

anond:20180925222339

横だけど、考えてみれば確かに

ADHDコミュ障(私)の中では、健常者は協働に何も苦労を抱えていないというイメージが広まりつつある。

こういうことを知る機会がなかったから、コミュ障になった可能性もある。

一つ学習した。

anond:20180530000346

ADHDかどうか関係なく人と協働するのは難しいだろ。なんでうまく行くと思うんだ?

2018-08-18

高知県立大焚書記事問題を元大学図書館の人視点から

高知新聞記事見出しを見たときツタヤ図書館的なことを

大学図書館がやるなんて世も末だなと衝撃受けたけど

記事読んだら通常業務してるだけじゃねーか!と二度びっくりしたので

図書館私立大学)の中の人として補足を書くことにした。

蔵書を廃棄するまで

図書館書架が有限である以上、図書は買った分だけ捨てないと書架に収まらない。

購入・整備と同じように廃棄も定常業務ひとつ

購入→開架閉架検討→廃棄

通常、図書を購入して廃棄するまでは上記の流れを辿る。

  1. 購入図書は新着図書コーナーを経て開架配架
  2. 開架配架されている図書のうち一定期間(うちは3年)貸出利用されていない図書閉架に移動。
  3. 閉架配架された図書で閲覧申請があったもの開架に戻す。
  4. 閉架配架された図書さら一定期間(うちは5年~20年)閲覧申請がない図書図書館職員が廃棄リスト作成※。
  5. 大学図書館委員会(各学科図書担当教員)に廃棄リストを提出し承認を得る。
  6. 研究室に廃棄リストを配布し、欲しい本があれば研究室譲渡
  7. 廃棄。

オプション

 ※図書館職員の廃棄選定基準

  複本、新訂版有無、電子版有無、利用頻度、連携図書館国立国会図書館所蔵有無

図書価値を決めるもの

 大学にもよるだろうけど、本当の貴重書・重要度の高い図書図書館にはなく研究室にあったりする。

 特定専門分野の第一人者定年退職し、後任研究者がいないと研究室所蔵図書価値がわかる人がいなくなり、あえなく廃棄処分になるケースも何回か経験してきた。

 大学図書館にとって図書価値基準教育研究対象関連であるか否かである程度決まってくる。 

大学図書館役割はなにか

 そもそも大学図書館図書館法下の図書館ではなく、学校教育法下の図書館である

 大学図書館役割第一研究者学生のための図書雑誌等を所蔵し供与することであり今後も変わらないだろう。

 郷土資料の保存や収集公立図書館博物館役割で、県立であっても大学図書館が担う必要はないように思う。

 ただ、郷土資料を大量に廃棄するときは、公立図書館博物館に一声かけ配慮はあってよかったようには思う。

大学図書館収蔵能力減少の原因

 最近は偉大なる文科省中教審様の御宣託であったり千葉大成功事例であったりで大学図書館

 「主体的学修を支える図書館の充実や開館時間の延長、学生による協働学修の場の充実」を求められるようになった。

 以降、大学図書館を新設・改修するとラーニングコモンズとしてグループ学習設備内装予算とスペースが割かれるようになった。

 既存改修で閉架書架を潰してグループ学習室設置した大学図書館もある。

 余談だけど、千葉大西千葉猿真似ラーニングコモンズ作ってる多くの大学図書館ファミレス化してて残念な気持ちになる。

蛇足:一部のネットdeワイドショーな方へ

 ただただ自分信条感想を断言してスター稼ぐ前に、ご自身周辺情報をある程度把握をした上でコメントしませんか。

 ネット検索しても周辺情報に辿り着けない場合は最寄りの公共図書館にご相談ください。

 司書レファレンスサービス提供しています

2018-08-13

anond:20180813114900

アドバイスにはならないかもしれませんが、「ライアーゲーム」と言うドラマを知っていますか。

日本漫画原作に、日本ドラマ化され、さらにその後韓国でもドラマ化された有名な作品です。

私は両ドラマ版を見て、漫画は知らないんですが、この物語象徴的なセリフに、「馬鹿正直」な主人公がいう「人が人を信じることは、間違っていますか?」と言うのがあります

主人公馬鹿正直で、人が言ったことをなんでも信じてしま女性です。一方で、もう一人の登場人物で、主人公助っ人として振る舞う詐欺師の男は、「長期的な信頼の構築には、信頼に報酬を、裏切りに代償を」と言います。なおこのセリフ韓国版ではあったと思うのですが、日本版にあったかどうかは覚えていません。

この詐欺師の態度は、一見すると人を全く信じていないように見えるかもしれませんが、彼の行動、発言通底しているのは、「人は合理的に動く」という信念です。正しい方法で対すれば、人は互いの期待通りに振る舞うことができるし、そうすることによって協働可能になるということ、また、人が言った内容をそのまま信じるのではなく、相手立場を考えて、発言動機や狙いを合理的に考えれば、信頼できるメッセージが得られるということを、作中彼は繰り返し実演します。

ここからわかることは、主人公女性詐欺師は、一方が人を信じ、他方は信じないという対照をなしているようにも見えますが、実はそうではなく、両者は人の「信じ方」が違うだけで、どちらも人を信頼しているのだということです。

我々が社会の中で人とうまくやっていくのに必要なのは相手言葉をそのまま鵜呑みにするような信じ方ではなく、相手立場発言事実背景を勘案し、そこから自分が本当に受け取るべきメッセージを導き出し、それこそを信じることではないか、と思います

2018-08-04

anond:20180803202806

腕のあるライターってかなり希少資源なんだよ(希少資源なのにギャラが安いってのも問題なんだけどそれは別の問題だ)。んでもってその希少なライターを上手に配置して協働させるディレクターとかプロデューサーってのは輪をかけて希少なんだ。

2018-07-17

anond:20180717012324

他に使い勝手のいい歯車がないから仕方なく協働してやってるだけだというのははっきりさせておきたい。

2018-04-04

https://www.businessinsider.jp/post-164962

ハーバード以上の難関」と言われるミネルヴァ大学に、日本人学生として初めて進学した日原翔さんです。2014年創立のミネルヴァ大学キャンパスを持たず、4年間で7都市を移動しながら学ぶという全寮制の大学講義はすべてオンラインで行われ、ディスカッション中心の授業や、企業などと協働して進めるプロジェクトを通じて課題解決手法を学ぶという、従来的な価値観からすると大変ユニークカリキュラムをとっています

有名進学校である聖光学院中退し、まったく新しい進路をとった19歳の話から、この時代若者は何によって突き動かされているのか、その「原動力」の正体を探ります。彼の話をそのまま若者代表するものとして受け取るのは無理としても、既存のレールから自らの意思で大きくはみ出した彼の言葉には、この時代理解するためのヒントがあるはずです。

いしだくんに教えてあげたい、レールの外れ方。

2018-03-17

https://anond.hatelabo.jp/20180316223809#tb

こまば当事者カレッジ愚痴です。

精神健康の増進」という国民課題に対して、いちばん当事者意識がないのは東京大学でしょ。

初回のオリエンテーションからひどかった。フィンランド精神療法のリフレクティングというのやらされました。

こちらは援助職じゃないんです、当事者なんです。当事者精神療法をやらせる。無茶振りもいいところです。

私はこの後3週間ぐらい、自殺衝動が強くなりました。

回りくどいことをやらせずに、ストレートに話をさせ、来たことを褒めてくれれば、いちばん精神衛生にいい。

協働というのは、来ただけでエラいので。自腹で来ているだけでえらいんですから

ミルグラム実験を思い出しました。閉鎖的な環境下での学者心理実験には要注意。

非人道的だと思ったら外部に助けを求めること。ぜったい密室にさせないこと。

向こうは「場の安全」とか言いますけど、いちばん危ないのは君たちでしょ。

倫理委員会に「一般から募集した障害者に対して、ミルグラム実験のようなことをやらないでほしい」と相談しました。

しか倫理委員会によれば、監視対象研究(主に医学部で行われる)なので、学習対象外との回答。これはおかしいと思う。

一般から募集した障害者というのはいちばんストレス脆弱性が高い層なので、注意深くあるべき。

第二回からは冒頭で「気分が悪くなったら休んでください」というアナウンスが入るようになったので、多少は気合が入った様子でした。

本当は保健所とか、労基署とか、独立した外部機関が入った方が、ガバナンスとしては正常だと思う。

プロなら最初から100点の答案を出せよな。

精神障害者から身体障害者まで、あらゆる障害者募集しちゃった。

小学校でも、普通小学校特別支援学校とでは必要教員免許がちがうわけですが。

受講生が生物学的に耐えられるかどうかではなく、自分たちの都合(政治的な正しさとか)を最優先した。

いつもの駒場論理で盛りだくさんのカリキュラムを組み、つめこみ教育をやった。

自分たち日本いちばん大学教員から指導力があるはずと奢っていたんじゃないですか。

一流大学教員指導力なんて求められない。応募してきた学生を振るい落とすのが仕事から、誰だってできる仕事

生徒ひとりひとりの個性を見抜いて、褒めて伸ばすなんていうことはできない。

受講生同士の横の人間関係を育てるという視点が欠落。ホームルームや学級会に相当する時間をまったく設けなかった。

ものすごいストレスが強いです。

とにかく文系学者弱者からひきはがしてほしい。

エビデンスを認めない。文科省報告書でも「実証」という言葉で叱責されていますが、理屈にこだわる。

建前を向こうは並べ立ててくるんですけど、こっちは体でストレスを感じている。エビデンスベースドで話が進まない。

安冨歩さんの『原発機器東大話法』を読んでいるんですが、この本は東大人の行動を理解する上で示唆に富んでいると思う。

「対人操作をやる」というのは納得。

交渉力が高い。雄弁・多弁で、すごいしゃべります文科省は「対話」という言葉で叱責)。感受性は低いです。

それってパワハラなのよ。

福島でも同じことをやっているんじゃないかと疑っている。

「都合のいい福島県民」を見つけてきて、自分たち東大話法でちゃっかり傍観者を装う。

ただでさえややこしい福島に、ややこしい東大文系が近づき、もっとややこしくする。

そうやって生成された摩訶不思議な「哲学論文」とやらを英訳して海外に発信。

中身を少し読んだが、自己満足の作文って感じだったので、そっ閉じした。

私たち税金社会の中でこんなふうに「有効に」生かされているっていうわけ。

必要なのは複雑化ではなく合理化。この人たちのリストラ

とにかく「哲学者に精神科医のまねごとをさせないでほしい」という大切な教訓を活字にする必要がある。

タコツボ文系学者が二度も三度も同じまちがいを繰り返すので苦労が絶えません。

2018-03-01

会社サボって京都に行った時の話

 

「どうして人って自分理解できないことに対して寛容になれないんだろうね」

会社をサボろうと思ったわけじゃなかった。今日だけは一人になりたいと思った。自分の割り振られている仕事はこっそりやっておくつもりだった。なんだけど、昼すぎには東京駅から広島行きの新幹線に乗っていた。大学生ときはこんな簡単に乗れなかったのに。少しだけ大人になった気がした。

なんで京都だったのだろう。多分、その意味無意識自分にはわかっていて、意識自分にはわかっていない。思えばいつもそうだ。いつも無意識自分は答えを出している。懐疑的な僕だけが無意識に出した答えを理解できずに苦しんでいる。無意識の僕は僕よりも僕のことを理解している。なんでなんだろう。僕はいつも僕に負けている。

京都についたらとりあえず清水寺に行こうとだけ決めていた。京都駅から歩くと30分以上かかってしまうけど、歩いていきたかった。ただ歩きたい時もある。その時はそういう気分だったのだ。

 

 

清水寺植民地なっちゃったよw」

タカは、「清水寺日本人全然いない」と驚いた様子の僕に向かってそう言った。京都についた時、一応連絡しておいたほうが良いだろうと思って連絡を入れたところ、

タカから「急にどうした?」と返信が来たので、「確かに急だったわ。なんか一人になりたくて」と言った。するとタカは何かを察したように

「19時から会おうよ。なんか食べたいものある?」と聞いてきた。僕が「お好み焼きもんじゃ」と注文したら、「もんじゃ東京食べ物からw」と笑われてしまった。

もんじゃ東京食べ物なのか。もんじゃとかお好み焼きとかはなんとなく関西発の食べ物イメージがある。本場のお好み焼きはやっぱり広島なのかな。よくわからないけど、関西に来たら食べるべきものってその辺なんだろうなって思っていたのに。

 

 

 

「よくわからんのだけど、多分おれ社会人向いてないわ」

タカは呆れた顔で「今更?」とだけ答えた。

「そんなことはわかっているんだけど、なんかほら、そういうことじゃなくてさ。向いていないことなんて百も承知だったよ。だけど自分はそれが自分課題だと思っていたから。克服すべきものだと思ってた。昔から社会性のなさで怒られてばっかりだったし、大学入ってからもそれは変わらず指摘を受けるばかりだったから」

「りゅーちゃんにそれは無理だと思ってたよw」

僕もそう思っていた。だけどそれでもきっと何かを変えるためには、多種多様な方々と協働することが求められるのだと。そう考えた時、社会性のなさは致命的だと思った。

・・・まぁ確かに、いまこうしてここにいる時点で克服できるとは言い難いね。笑 タカはどうなの?こうして今自分事業やってるわけだけど。俺と似たような課題感じていたわけでしょ?」

「もちろん全くできないよね。絶対無理!ってわかってたか半年で辞めるつもりだったしね〜。

 ただ私の場合成功体験があったからさ。大学時代に。それでイケる実感があったよね。まあ、最低限のお金さえ回っていれば潰れることはないしね。」

僕は店員さんが焼いてくれたお好み焼きに青のりをかけてからヘラで4等分にした。

絶対無理かあ。それ、いいね。俺も決め切れたら少しは楽だったのかもしれん。だけどやっぱ、難しいわ。」

タカは4等分にされたお好み焼きひとつ取って、息を吐いた。

「なにがあったの?」

 

 

 

お店を出てから、「これからどうするつもりなの?」と聞かれたので

漫画喫茶に泊まるつもりだよ。あ、それか温泉の付いているホテルとか、今から入れないかな?」と言った。

明日みんなで温泉いくよ。学生の子達連れて合宿すんのよ。宿泊費とか食事代とかはうちで持つからメンターやってくれない?明日には帰るつもりなんだっけ、帰るの明後日なっちゃうけど。」

温泉・・・宿泊費タダ・・・

すごい魅力的だった。でも急に押しかけてそこまでしてもらうのは申し訳ないと思ったので、

「いやさすがにおれなんかがメンターとか、大丈夫か?これ・・・なんかみんなきまずくしちゃいそう。。」気を遣ってみたのだが、

「なにさっきからうるさいわ!こういうのは流れで行くもんだろ!そういう旅なんじゃないの?今回は!」と怒られてしまった。

こんだけ勢いのある感じなら、確かにスパパーンと会社を辞めて事業を興すくらい容易いんだろうなと僕は思った。今日タカの家に居候させてもらうとして、合宿に参加させてもらうことにした。

 

 

自分のやりたいことを実現するためだったら、政治的な動きだっていやだと思うことないって言ってる人がいてね。その人の気持ちがよくわかる。今京都行政トップの人たちとお話する機会あるけど、そういう人たちの理解をいただくのとかって、自分事業のためだったら苦じゃないよ」

いつから僕は人から好かれることが苦手だと思うようになったのだろう。いつのまにか、目上の人はみんな自分のことをいけ好かないやつだと思っていて、余計なことを口走るくらいなら、会話せず穏便に済ますほうがいいと思うようになった。みんなから気に入られて、それでコトがうまく進むのなら、どんなに生きやすいだろうか。

自分は人からどう見られているかに対して無頓着なままだった。ものすごくくだらないことだと思っていたし、気にしても仕方がないに決まっていると思っていた。みんなが意識せずに行っていることを全くしてこなかったからか、まわりからどう思われているのかを意識することがまるでできないらしい。それに今だって、心底どうでもいいと思っている。自分価値を人に決めさせてしまって良いのだろうか。それは僕に対して最も無礼な態度に思う。

 

でも多分、こんな僕だけど目上の方々は僕が苦手だと思っているほどには僕のことを苦手としていないのだろう。きっと僕が歩み寄り方を知らないだけで。

 

 

 

嵐山から望む京都景色はとても奥ゆかしくて、いつまでも眺めていられた。奥嵐山にはちょっとした小屋があって、ベランダみたいなところから景観を味わうことができる。ボケーっとした顔で座布団の敷かれたベンチに座っていると、住職おっさんが僕の隣に座り、京都のことや奥嵐山のことについていろいろ教えてくれた。四条にある木造カフェブレンドウィスキーを入れて飲むとか、でもおっさんウィスキー水割りにしてそのまま飲むとか。ブラタモリで紹介されたとか、夏目漱石がここで昼寝して帰ったとか。14時になった時、僕の隣で法螺貝を吹いてくれた。宗派によって吹き方が違うらしいのだけど、どこがどう違うのかまではわかりそうになかった。

比叡山に行きたいの?今が一番のチャンスだね。本場の比叡山体験できますよ。」住職おっさんは言った。

「本場ですか?本場というと・・・

修行僧が登った比叡山だよ。2月寒いし、ロープウェイが動いていないからね。バスも出てるけど、歩いて登るんだ。修行になるよ。」

「それは過酷ですね・・・いまから行くと登り切れなさそう。」僕は残念に思った。

これは無意識の僕と意識の僕が対話をするための旅なのだからもっと旅らしいことをしていいのかなって思った。さすがに歩いて登るわけにもいかいから、ひとまず夜行バスの予約をして、そこから京都駅レンタカーを借りて比叡山を登ることにした。

 

 

「これからどうするつもりなの?」僕は言った。

比叡山の頂上から見える夕暮れの景色の美しさに言葉が出なかった。奈良まで続く京を一望できた。この景色がまさに権力象徴しているように感じた。僕はこの平地に思いを馳せた当時の人々のことを思った。ある人は太平を願い、ある人は戦乱を望んだ。比叡山を焼き討ちするくらいの器量は僕にはないだろうな。僕は彼の方がバグっていることに少しだけホッとした。「それよりはいくらか、だいぶマシだよな。」

京の反対側の景色も好んだ。どこまでも山脈の続くような予感が僕の想像世界を掻き立てた。さらにすぐそこに琵琶湖があって。つくづく京都はいいところだなって思った。この景色をいつでも見られるなんて。

これから東京に帰る。そう思った時、 タカの家のドアを開けた6階から景色を見て、「うわ、すごいねこれ、タカにとっては見慣れた景色かもしれないけど、俺にとってはすごい貴重なものだよ」と言ったことを思い出した。

タカは「知ってるよ」と満足げに笑った。


 

 

タカの部屋には今だに世界史教科書政治経済用語集が置いてあって、僕たちはそれを手にとって、

「うわあ、いまやったらすげえ理解できるのに。。東インド会社とかって、もう、そりゃそうするよね・・・

政治経済もやってたの?あれ、二次試験って、文系2科目? うわ、すごい、ケインズ説明。みてこれ。この一文にケインズ政策とその課題点書いちゃってるよ。」

と盛り上がっていた。

知らないものに対して関心を持つことは難しい。僕は勉強が苦手で、覚えなければならないことを覚えることができなかった。そんなことよりも日本史whyを解き明かして行くのが好きだったのだ。

「なぜこの絶望的な状況下で戦争に踏み切ったのか。教科書では陸軍の勢いって書いてあるけど、それだけで本当に説明つくのかな?」

いまだからわかることが受験時の記憶から解き明かされるのが面白いアームストロング砲を答えとして書かせる大学があって、当時は「なんだこの重箱クソ問題」と思っていたが、その答えを書かせることで戊辰戦争真意を解き明かすきっかけになっていることに後から気づくことがあるといったように。

無駄ものっていうのは実はそんなにないのかもしれない。

それを解釈活用する力がないだけで。

 

 

 

国際会館駅からバスで30分ほどの旅館から帰ってきた時、

改札前で「これからどうするつもりなの?」とタカは言った。

「ん〜どうしようかな。帰りのバスまでフラフラしたいな」

「いや、そっちじゃなくて。辞めちゃいなよ。リクルート

彼女は僕よりも僕が今一番欲しい言葉を知っている。

 

 

2018-02-24

みんな大好き(大嫌い)朝日新聞

知り合いの高校生が、

朝日新聞社高校の「学習指導要領改訂案」の「尖閣諸島我が国の固有の領土であり・・・」に反対し、批判

とのツイートリツイートしていた。

いくら朝日新聞でもさすがにこんなこと言わんやろーと思って調べてみると、どうやら社説のこの部分が元ネタらしい。

「 領土問題に関する書きぶりを見ても、たとえば「尖閣諸島我が国の固有の領土であり、領土問題存在しないことも扱うこと」などとなっている。

 政府見解知識として生徒に伝えることは大切だ。だが「これを正解として教え込め」という趣旨なら賛成できない。相手の主張やその根拠を知らなければ、対話も論争も成り立たない。他者対話協働して課題解決する。それが新指導要領の理念ではなかったか。」


問:朝日新聞批判していることは何ですか?

誤答その1:政府見解

誤答その2:政府見解を教えること。

正解:政府見解を正解として教え込むこと。

国語問題だったら簡単だ。


から、そのリツイート元、歪曲していない?

そういうデマに釣られるの良くないと思うよ。

と指摘してみた。


ところが、である

指摘してみたが、彼としては、上記社説朝日新聞が「尖閣諸島我が国の固有の領土であり・・・」に反対し、批判」しているものと読めるらしい。

どうすれば、上記社説文章からそのように読めるのか。

仮に、暗に政府見解批判していたとしても、どうして、批判対象が「領土問題存在しないこと」ではなく「尖閣諸島我が国の固有の領土であ」ることだと言えるのか。

私にはさっぱり分からない。


この出来事感想は2つ。

1.ショッキング

高校生の彼は、ガセネタを見抜くことができないまま、やっぱり朝日新聞はクソだなーとの思いをますます強めていくことだろう。

そして、情報リテラシーが欠如した大人1人の出来上がりだ。

一過性厨二病的なものであってほしいと切に願う。

2.勉強になった

上記社説の読解は、国語問題として出されたらごく簡単ものだ。

でも、常日頃から朝日新聞に憎しみを覚えていると、このレベル文章でも読み違えてしまうらしい。

洗脳って怖い。


最後に、私のスタンスとしては、

朝日新聞批判?おーけーおーけーどんどんやろう。問題もいろいろとあるし。

でも、ガセネタに踊らされて批判するのはまずいよね。

というものである

そうしないと、説得力を失うよ(あるいは、朝日新聞と同レベルまで落ちるよ、とでも言えばいいのだろうか?)


ちなみに最初ツイートは2000リツイート以上されている(同趣旨の他のツイートも含めると1万を超えるだろう)。

えぇー…情弱が多過ぎませんかね……

2017-11-18

男が洗濯するとき女性下着への配慮

2人暮らし

家事はおおむね協働でやっているものの、洗濯だけは彼女に任せてしまっている。

洗濯って、なんだかデリケート領域じゃありません?下着とか下着とか。

男側が手伝って良いものなのだろうか。女性からしたら手伝ってくれたら嬉しいのか、困るのか、本音を知りたい。

2017-04-08

Ubuntu Code of Conduct v2.0を適当日本語訳してみた

訳注

Ubuntu Code of Conduct(行動規範v2.0

コミュニティ

Ubuntu」とは、「他者への思いやり」のことです。この単語自体が、人間としての精神体現しています

我々は、生産的で、幸福で、複雑な領域における新しい発想を歓迎できる柔軟性を持ち、また、あらゆるプロセスを常に改善し、さらに、各々が全く異なる要求や関心、能力を持つグループの間の協力を促進するコミュニティ希求します。

我々は、メンバー多様性によってコミュニティを強靱なものにするために、多様な参加者を活発に探します。このUbuntu行動規範は、多様なグループがお互いの利益と喜びのために協調することを確実にするために存在しています。我々は、誰であっても、プロジェクトへの参加に障害がないよう努力します。

行動規範一般的に、公的であれ私的であれ、我々がどのように振る舞うべきかを統率します。我々は、プロジェクト代表者公式非公式を問わず)、関係者、そして直接の参加者が、このUbuntu行動規範尊重することを望みます

我々は、下記に真剣に努めなければなりません。

思いやりを持つ

我々の成果物他者によって使われるでしょうし、また逆に他者成果物にも依存していますいかなる決定であっても、利用者関係者に影響を与えることを頭に置いて、決定をするときにはそのことを考慮する必要があります

他者尊重する

意見に相違があるからといって、無礼な振る舞いをとってはいけません。衝突を解決するために協働し、他者善意で行動していると仮定し、親身になるよう努力しなければなりません。苛立ちが個人攻撃に発展することがあってはなりません。不快感を覚えたり脅威を感じるコミュニティは、生産的ではありません。

発言と行動に責任を持つ

間違いを犯すことは誰にでもあります。そのときには、責任を取らなければなりません。もし誰かが傷つけられたり攻撃されたときには、注意深く、そして思いやりを持って意見を聞き、間違いを正すよう行動しなければなりません。

協力的である

我々が作り上げようとしているものは複雑で、それぞれに想いが込められたたくさんのパーツでできています。各々が違ったゴールとビジョンを持つチームの間での協調は不可欠です。ただのパーツの組み合わせ以上の成果物を作り上げるには、各々のパーツが全体を理解するよう努力しなければなりません。

協調して取り組むことで、冗長作業を減らし、品質の向上につなげることができますプロジェクトの内外を問わず協調することは大切です。可能な限り、アップストリームプロジェクトと共同で作業し、フリーソフトウェアコミュニティ協調することが必要です。透明性を確保し、その作業に関心を持つ人とはなるべく早期から協働するのが良いでしょう。

明白さ、透明性 (clarity) 、合意を重視する

社会的な、あるいは技術的な意見の不一致はよくあることです。しかし、意見をまとめずそのままにしたり、何を合意したのかを不明確なままにして他の人を悩ませることがあってはなりません。

プロジェクト参加者は、意見の不一致を建設的に解決することが期待されています。もしも合意に至らなければ、あらかじめ決められたリーダー仲裁を依頼し、透明性 (clarity) と指示を求めます

からないことがあれば手伝ってもらう

誰であっても、完璧であることを求められてはいません。誰かに質問することは、後で発生するであろう問題回避できるので推奨されます。ただし、適切な場所質問してください。質問を受けた人はすぐに反応し、手助けしてあげてください。

役目を降りるときには丁寧に

プロジェクトを離れるときには、与える混乱を最小限にするよう動くことが求められますプロジェクトから離れることを他の人たちに伝えて、離れる人が作業を中断した地点からほかの人たちが再開できるようにしてください。

リーダーシップ権威責任

我々は、実例議論と行動によって動かされます。新しく参加した人は、もしプロジェクト改善につながる新しい考えがあれば、ぜひ人々を率いて、行動を起こしてください。リーダーシップは、行動を起こすことだけで誰でも実践できます。その機会があれば、誰かの許可を待つ必要はありません。

トップから権限委任

プロジェクトに関する責任は「慈悲深い独裁者」を頂点として、そこから特定範囲について責任権限委任されたコミュニティカウンシル、その下にいるチームや委員会 (councils) 、個人委任されていきますコミュニティカウンシルまたはその代表者が、争いごとの解決を行います

我々は実力主義に基づいて、意思決定や統率、リーダーシップを、長く参加している人から能力があって関心の高い候補者委任していきます

権限委任は支持に基づくか評価されている

評議会 (boards) や委員会 (councils) への任命は、コミュニティカウンシルが決定権を持ちます。ただし、事前にコミュニティに対してインプットを求めるものします。

リーダーシップは、表彰権利肩書きではありません。リーダーシップ権限であり、そこには責任が生まれますリーダーシップコミュニティから委任されたものです。リーダー権限は、委任するコミュニティから支持されている間だけ得られるものです。

議論データと決定を尊重する

我々は何かものごとを決める前に、意見データ関係者から意見表明を集めますリーダー役割として、チームが決定を遅滞なく行う手伝いをし、ガイダンスを与え、合意に至らなかったときに決定をし、決定の実施責任を持つことが期待されています

何かを決めないことには、先に進めません。明確な指示には価値がありますときには、データが足りなかったり、合意が得られがたいこともあるでしょう。それでも、何らかの決定を下さなければなりません。いつでも完璧な決定を下せる保証などないのです。決定を先延ばしにするより、失敗して、失敗に学び、将来の役に立てることが大切です。

我々は、問題をより把握しているチームを信頼して決定を下してもらうことで、プロジェクトはよりよいものになると認識しています。もし決定に不満があれば、それを下したチームと調整します。調整が付かなければ、その決定についてレビューする統治機構 (governance structure) があります。つまるところ、責任を持つ人が決定を下し、それがプロジェクト統治 (project governance) に支持されていれば、その決定は有効であるします。我々はある決定について納得しないこともあるかもしれませんが、それでもプロジェクトを信用し、たとえ内心では違うほうがよいと思っていたとしても、プロジェクトとしてその決定が実施されることを支援します。

開かれた実力主義

誰であっても、どの組織所属していようとも、どのようにプロジェクトに関わろうとも、我々は参加を歓迎します。コミュニティは開かれたものであり、能力や適性を持っていることを示せれば、職責を負うことができます

チームワーク

リーダーが目指す最も重要なゴールは、チームの成功です。

「名演奏家はその演奏によって評価され、リーダーはチームの行動で評価される」リーダーは、行動すべき・身を引くべきときを知っています。チームは、リーダー権限を渡したりそれを取り戻すべきときを知っています

称賛

良きリーダースポットライトを浴びようとせず、他のメンバー活躍をたたえますリーダーはチームメンバーの中で目立つ存在しょうが、良きリーダーはその注目を他のメンバーの優れた活動に対してスポットを当てるために使います

度胸と考慮深さ

リーダーときに、理解されず、合意に基づかず、一般的ではない冒険的な決断を下す必要があります。我々は、完全な合意を得るよりも物事を進めることを優先し、勇敢にもそのような決定を下すことを評価します。とはいえ、冒険的な決断には十分な検討必要です。ある人にとっては頭の痛いことになるかもしれないことを肝に銘じ、影響を抑えるようにしなければなりません。変更について、その理由を明確にして、そして早めにコミュニケーションをとることは、その変更を実施するのと同じくらい重要です。

利益相反

もしもリーダー自身雇用関係や他のプロジェクトとの関わりによって利益相反状態になっている場合には、それに気がつくことが期待されています。そして、私利私欲のためとみなされることのないよう、棄権したり決定を誰かにゆだねたりすることが期待されていますリーダーに限らず全てのプロジェクトメンバーにも、私利私欲のためではなく、ユーザー暮らしをよりよくするために決定を下すことが期待されています

もしも利益相反が疑われる場合には、誰かにセカンドオピニオンを求めてください。利益相反状態にあることを明らかにすることが、解決への道筋にとって重要です。リーダーは、たとえ一般的ではない、あるいは特定グループに有利・不利となるように思われるものであっても、決定が信用できるものとなるよう行動すべきです。

このUbuntu行動規範は、網羅的でも、完全なものでもありません。ルールブックでもありません。協調的で共用の環境 (a collaborative, shared environment) とゴールに関する、我々にとっての共通理解を引き出すためのものです。

このUbuntu行動規範は、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 非移植ライセンスのもと配布されますあなた自身プロジェクトにこれを再利用することができます。また、好きなように改変することもできますが、あなたの改変を他の人が利用することも許可し、Ubuntuプロジェクト著作権表示を付けるようにしてください。

2017-03-03

「一緒にやろう」「協働しよう」って

ヒエラルキーの上の立場にある人が言う言葉だよね

言ってる本人は相手と同じ目線に立ってるつもりだけど、立ってやってる感が言葉の節々から出てくる

過去には、元請けの人が「来年もぜひ一緒にやっていきたい」と最初に言った後に単価値下げを強要してきたこともあった。というより、このフレーズは単価値下げ交渉常套句

今、自分はそれを言われる下請け立場から元請け立場クラスチェンジ出来たが、まーよく一緒に一緒にとプロパーがあちこちで下請けに対して言うのを見てる

から自分はこのフレーズを言ってくる人を信用しない

2016-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20160920013432

元増田です

結構教育現場(とりわけ授業論)のホットイシューに詳しいですね

教育系の方ですか?

アクティブ・ラーニング」「問題解決学習」「協働学習」など

見栄えの良い授業をするための演繹型授業なのかと。

この点、あれですよね、非常に勢いありますよね、僕はその勢いに乗る気はないんですが

この時代にあって、ALとか問題解決学習とか、聞こえも耳障りも良いと思います

国語教育論の話題から逸れますが、

ALとか問題解決学習って、

コミュニケーションの「発信」に重きを置きすぎていて、「受信」に注意を払ってないんです

コミュニケーション力が大事なのは事実だし、学んだことを共有する場も必要だと思うんですよ、確かに

ただ、正しく「受信」する能力も大切だと思うんです

「発信」と「受信」が相互に噛み合ってこそのコミュニケーションだと思います

ALや問題解決学習だけやってしまうと、「発信」は上手いけど、何にも「受信」できない人間を育ててしまうんじゃないか

という危機感個人的に持っています

誰もかれも「発信」はするけど、それを「受信」してくれる人は誰もいない、ディストピアですら裸足で逃げ出すレベルです

(しかし、この一連の流れは、従前の教育システムが「受信」に偏り過ぎてたことへの強烈なバックラッシュであるということも忘れてはいけないでしょう)

1人の教育関係者として、今の流れは、なんだかなあ、と思ってしまます

http://anond.hatelabo.jp/20160920010017

アクティブ・ラーニング」「問題解決学習」「協働学習」など

見栄えの良い授業をするための演繹型授業なのかと。

「授業デザイン」「逆向き設計」などがもて囃されるのもそのためかと。

指導案通りに進行する授業なんて糞にもならないのに。

大村はま先生あの世で泣いていますよ。きっと。

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