「書状」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 書状とは

2018-11-26

anond:20181125164223

その世代から上は、書状では失礼にあたりまするゆえ、使者を使わすのが常識だったのでおじゃる。

2018-05-11

anond:20180511012256

戦国時代の頃、「百姓農民」じゃなくて、庶民の様々な階層職種を「百姓」と呼んだだけであって

書状を見ると、秀吉は、読み書きが必須だった階層出身で、それなりに学力があったんじゃないか

まあ、いわゆる、「庶民」には間違いないだろうけど

2017-10-04

そもそも年賀挨拶使用人に書状を届けさせる→郵便年賀状

時代技術の変化に伴いやり方が変わっていってるのに何で郵便ストップしてるんだよ

さっさとくだらない風習を変化させてLINEかなんかで済ませるようにしろ

2017-09-16

歴史修正主義

ネット吉川広家内通説は徳川への恭順を示すために江戸時代捏造されたとか言われててちょっと信じかけてたけど

関ヶ原当時の書状バッチリ残ってるじゃねーか

騙されるとこだったワ

2017-05-19

右筆(ゆうひつ)は、中世近世に置かれた武家秘書役を行う文官のこと。文章の代筆が本来職務であったが、時代が進むにつれて公文書や記録の作成などを行い、事務官僚としての役目を担うようになった。執筆(しゅひつ)とも呼ばれ、近世以後には祐筆という表記も用いられた。

目次 [非表示]

1 概説

2 鎌倉幕府室町幕府

3 織豊政権

4 江戸幕府

5 関連項目

6 関連作

概説[編集]

初期の武士においては、その全てが文章の正しい様式(書札礼)について知悉しているとは限らず、文盲の者も珍しくは無かった。そこで武士の中には僧侶や家臣の中で、文字を知っている人間書状文書を代筆させることが行われた。やがて武士地位が高まってくると、公私にわたって文書を出す機会が増大するようになった。そこで専門職としての右筆誕生し、右筆文書作成執筆を行わせ、武家はそれに署名花押のみを行うのが一般的となった。これは伝統的に書式のあり方が引き継がれてきたために、自筆文書一般的であった公家とは大きく違うところである武家が発給した文書場合文書作成のもの右筆によるものでも署名花押が発給者当人のものであれば、自筆文書と同じ法的効力を持った。これを右筆書(ゆうひつがき)と呼ぶ(もっとも、足利尊氏のように署名花押まで右筆に任せてしま特殊例外もあった)。

なお、事務煩雑化すると、右筆正式手続を経て決定された事項について自らの職権の一環として文書作成署名を行い、これに主君発給文書と同一の効力を持たせる例も登場する。こうした例は院宣綸旨などに早くから見られ、後に武家の奉書や御教書などにも採用された。

現在では天皇皇后文章の代筆をする宮内庁文書専門員(中島司有、佐伯司朗といった書家が務める)は「祐筆」と呼ばれることがある。

鎌倉幕府室町幕府[編集]

源頼朝鎌倉幕府の原点である鎌倉政権を打ち立てた時に、京都から下級官人が招かれて事務的業務を行ったが、初期において右筆を務めていたのが大江広元である。後に、広元が公文所政所において行政に専念するようになると、平盛時(政所家事)・藤原広綱・藤原邦通らが右筆を務めた。

その後、将軍執権のみならず、引付などの幕府の各機関にも右筆が置かれ、太田氏や三善氏などの官人末裔がその任に当たるようになった。基本的室町幕府もこの制度を引き継いだが、次第に右筆の中から奉行人に任じられて発言力を増大させて、右筆方(奉行衆)と呼ばれる集団構成するようになった。

なお、室町幕府では、行政実務を担当する計方右筆公文書作成担当する外右筆(とのゆうひつ)・作事造営を担当する作事右筆などと言った区別があった。

織豊政権[編集]

戦国時代に入ると、戦時必要文書を発給するための右筆が戦にも同行するようになった。戦国大名から統一政権を打ち立てた織田・豊臣の両政権では右筆衆(ゆうひつしゅう)の制が定められ、右筆衆が行政文書作成するだけではなく、奉行・蔵入地代官などを兼務してその政策決定過程から関与する場合もあった。豊臣政権五奉行であった石田三成長束正家増田長盛は元々豊臣秀吉右筆出身であった。他に右筆衆として著名なもの織田政権の明院良政・武井夕庵・楠長諳・松井友閑・太田牛一、豊臣政権の和久宗是・山中長俊・木下吉隆・安威了佐などがいる。

なお、後述のように豊臣政権の没落後、右筆衆の中には徳川政権によって右筆に登用されたものもおり、右筆衆という言葉江戸幕府でも採用されている。

江戸幕府[編集]

戦国大名としての徳川氏にも右筆存在したと考えられるが、徳川家康三河時代右筆家康勢力拡大と天下掌握の過程奉行代官などの行政職や譜代大名などに採用されたために、江戸幕府成立時に採用されていた右筆は多くは旧室町幕府奉行の子弟(曾我尚祐)や関ヶ原の戦い東軍を支持した豊臣政権右筆衆(大橋重保)、関東地方平定時に家康に仕えた旧後北条氏右筆久保正俊)などであったと考えられている。

徳川将軍家のみならず、諸大名においても同じように家臣の中から右筆祐筆)を登用するのが一般的であったが、館林藩から将軍就任した徳川綱吉は、館林藩から自分右筆江戸城に入れて右筆業務を行わせた。このため一般行政文書作成管理を行う既存の表右筆将軍の側近として将軍文書作成管理を行う奥右筆に分離することとなった。当初は双方の右筆対立関係にあったが、後に表右筆から奥右筆を選定する人事が一般化すると両者の棲み分けが進んだ。奥右筆将軍以外の他者私的関係を結ぶことを禁じられていたが、将軍への文書の取次ぎは側用人奥右筆のみが出来る職務であった。奥右筆承認を得ないと、文書老中などの執政に廻されないこともあった。また奥右筆のために独立した御用部屋が設置され、老中若年寄などから上げられた政策上の問題将軍の指示によって調査・報告を行った。このために、大藩の大名江戸城を陰で仕切る大奥の首脳でも奥右筆との対立を招くことは自己地位を危うくする危険性を孕んでいた。このため、奥右筆の周辺には金品に絡む問題も生じたと言われている。一方、表右筆待遇奥右筆よりも一段下がり、機密には関わらず、判物・朱印状などの一般行政文書作成や諸大名の分限帳や旗本御家人などの名簿を管理した。

2017-05-07

[]

関市にある岐阜県博物館塚原遺跡公園に行ってまいりましたわ。

岐阜県博物館では岐阜県に生きる生物の展示がありました。

ところが鯖はいませんでしたわ!はいませんでしたわ!

鉱物歴史など総合的に展示されていて全体を回るのは大変でした。

周り終わる頃にはお疲れ鯖ですわ。

目玉はロビーにある恐竜の全身骨格標本でしょうか。

学芸員の方がお子様を集めての説明会を開いていらっしゃいました。

鉱物では平瀬鉱山の輝水鉛鉱が巨大で素晴らしかったですの。

他の鉱物も「鉱石」と言った感じの迫力ある標本が観られましたわ。

展示パネル歴史があるのと、自治体合併が激しかった影響で、

から修正シールがたくさん貼られていたことが物悲しかったです。

企画展関ヶ原の戦いに関するものと、刀剣のものがありましたわ。

関ヶ原の戦い美濃武将に注目した展示が三角形の小さな部屋で行われていました。

制札や書状などが時系列に並べられていましたけど、

ストーリーを与える解説があるでもなく、物足りませんでしたの。

常設展関ヶ原の戦い発光ダイオードを使ったジオラマが観られ、

三河武士のやかた家康館との比べて観るのも面白かったです。

古今伝授の里でみた、北美濃の東氏の篠脇城模型岐阜県博物館にもありました。

並べて見比べたいところですわ。

刀剣企画展はマイ・コレクション展ということで、

博物館関係者ではない日本美術刀剣保存協会の方がやってらっしゃいました。

写真撮影可能でたくさんの刀と押形を鑑賞することができましたわ。

塚原遺跡公園縄文時代古墳時代遺跡が重なっているところで、

竪穴式住居の復元と円墳が同時に観察できます

展示室では縄文時代復元模型があって、登場する人物家系図が

設定されているところが面白かったです。

縄文時代平均寿命は15歳。平均8人を産まないと人口を維持できないとのことでした。

模型家系図では片方の家は子供が7人、もう片方は6人に設定されていました。

真ん中にあるもう一軒は二軒の子供を生んだ老夫婦の家でした。

娘さんは他の村に嫁に出た設定のようですわ。乳児死亡率を考えれば二軒の子供は多めでしょうかしら。

また、古墳の石室が南方向に開口部をそろって向けている点が印象的でしたわ。

方位は血縁関係があるとの研究もありますし、すべて同じ一族のお墓なのでしょうか。

関係者以外駐車禁止看板に驚きましたけど、来園者以外駐車禁止看板も一緒にあり、

来園者は駐車して良いようでした。

三河武士のやかた家康館ですわ

http://anond.hatelabo.jp/20170430215158

古今伝授の里フィールドミュージアムですわ

http://anond.hatelabo.jp/20170422224555

2017-04-22

[]

本日美濃加茂市ミュージアム美濃和紙の里会館、郡上八幡城、

古今伝授の里フィールドミュージアムに行って参りましたわ。

せっかくだから、もう少し足を延ばそうとする繰り返しで、

小沢艦隊に釣られたハルゼー艦隊のごとく北に突進してしまいました。

わたくしの御髪が縦にカール・ビンソンですの。

美濃加茂市ミュージアムでは特別展信長秀吉家康

そして光秀の書状が展示されていました。

天下人四人の書が拝めるなんてありがたいですわ。

秀吉直筆書の筆運びがおもしろいです。

本田正信展で拝見した折り紙もありましたが、

掛け軸にするときに折り目で切断して向きを揃えていると解説がありました。

また、尊敬する相手に触れる前で改行する作法もあったそうですわ。

これは、わたくしに送られてきた手紙見直しませんと!

近隣の城についても紹介があり、ガラスの中でさら額縁に入っていた

加治田城イラスト

香川元太先生直筆の作品(本物)とのことでした。

絵が歴史群像の見開きとほぼ同じサイズで驚きました。縮小コピーじゃなかったのですね。

棒人間的な人物は米粒の表面に描けるくらいの小ささで作業の細かさに圧倒されました。

美濃和紙の里会館は地場産業である和紙の売り込みをしていて、

アーティストはともかく企業が正面に出過ぎている感じでした。

せめて入館料をとらないゾーンに展示されたほうが……。

アーティスト作品と一緒においてあった名刺のものが、

作品になっている点は和紙ならではでしたわ。

こうぞ5500gから長い工程を経て得られる和紙は220gとのことです。

日本各地の和紙が紹介されていましたけれど、

青森千葉神奈川香川長崎のみ和紙がありませんでしたわ。

羊皮紙のことを「パーチメント」と表記していて、

クイズゲーム以外に注釈がありませんでしたわ。

歴史上にはパピルス以外に樹皮や椰子の葉をたたいて合わせた「紙」も

あったことを知りました。

あと、入り口付近に「ギネスに挑戦!60mの手すき紙プロジェクト」の企画が紹介されていましたが、

よく紙をみると右下に小さく「※ギネスへは挑戦していません」と書いてありましたわ。

えっ?ええっ??

長良川沿いをさかのぼっていくと郡上八幡城のある郡上市に入ります

信号が縦になり、郡上八幡城の麓にある神社にも雪止め瓦

屋根から落ちた雪がいきおいよく人にぶつかることを防ぐ突起のついた瓦)が

使われていて、豪雪地帯に入ったことを感じましたの。

古い景観をとどめる町の中はうだつ上がりすぎて、うだつあがり症状態でしたわ。

郡上八幡城では難工事の際に人柱にされた

「およしさん(17)」が萌えキャラ化されていて、およしなさいと本気で思いました。

およしさんはデザイン東北ずん子さんに似ているというか、おキヌちゃんの系譜でしょうか。

LINEスタンプもあってかわいらしいです。でも人柱です。

関ヶ原絡みの局地戦で戦術的には負けながらも郡上八幡城を取り戻した遠藤慶隆は

成功した

小田氏治みたいですわ。

最後古今伝授の里フィールドミュージアムにつきました。

こちらは戦国大名、東(「あずま」でも「ひがし」でもなく「とう」)氏の

初期の居城である篠脇城跡の麓にある和歌ミュージアムです。

篠脇城は畝状竪堀群のある山城で、千葉から来たという東氏がその技術を得た

経緯がとても興味深いですの。

岐阜県北部にはマイナー戦国大名が多いのですわ。

そういえば途中の国道156号線デイリーヤマザキ連続で現れる場所がありましたわ。

古今伝授といえば

細川幽斎関ヶ原の合戦に際して生き残る切り札に使ったことが

有名ですけれど、まさにその古今伝授の源流にあるのが

九代目東常縁なのだそうです。

それに関連して和歌文学館では古代から現代までの代表的歌人が九人選定されていましたわ。

選者の意見があけすけに書かれていて興味深かったですの。

その上にある篠脇山荘歌詠みの会をする研修会館のようですが、

何もしていない時は立ち入りが可能で、縁側の椅子腰掛けて池と篠脇城のある山を眺めていたら

ホーホケキョの鳴き声が聞こえてきました。hウグイスですわ!

最初放送を疑いましたわ。おそらくヤマゲラの鳴き声も聞こえて、

いつになくリラックスしたひとときを過ごせました。

郡上市から一気に帰る際は地獄をみたわけですけれど……

高速(厳密には自動車専用)道路感謝ですわ。

2017-01-28

[]

安城市歴史博物館本多正信展に行ってきましたわ。

弥八郎にはいじわる爺さんのイメージがありますが、大久保忠教の方がいじわる爺さんに思えてきました。

感情のこもった歴史史料を遺すと裏目に出ることもあるのですね。

多少は自覚があったから外に出すなと言っていたのかしら……。

やはり本多正信関連の史料書状が多く、甲冑は弟の本多正重関係の二領でした。

次男の政重の活躍を考えても、正信も怪我さえしなければ猛将として名を馳せるポテンシャル

あったのかもしれません。

三河一向一揆酒井忠尚が下克上成功していたら?と並んで思い描いた歴史IFです。

上杉景勝書状が興味深く、彼は半分に折った紙の上半分だけに文章をしたためています

(いつも紙の真ん中あたりで墨をついでいることが分かる書状にはつい笑みが零れてしまいましたわ)

他の武将は折った紙の下半分にも文章花押を書いている例があるのですが、

上杉景勝はかならずきっちり下は真っ白にしていらっしゃいます

部下の直江兼続はやや縦が拾い紙の全体に文章を書いており、

主君と部下で公文書とやや非公式文書の分担をしていたのでは?と感じましたわ。

武将おみくじ末吉本多忠勝でしたわ。

できれば榊原康政がよかったですわ。

2016-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20161227162801

本来なら、旧年、お世話になった方のお宅を訪ねて新年の挨拶をするのです。

年始参りといいます

それを書状の形に省略したものですね。

人間関係を潤滑に保つための儀式だと思ってください。

2016-11-07

戦国劇の麗しき足軽

突然ですが私は戦国腐女子です。

戦国ゲームから入り、好きが高じてキャラ時代歴史書史跡巡り、伝記なども読みあさる所謂にわか歴女”というやつです。

歴史”“戦国”という世界に惹かれたきっかけがゲームとは言え、モデルとなった偉人達に対する敬意は持っているつもりですし、書物や残された書状などの研究書を一通り読み、ゲームとは切り離してその生き様に改めて惚れ込んでいます

そんなこともあり、定期的にそのモデルとなった偉人達のお墓や城など“聖地”を巡礼することもしばしばあるのですが、最近大河ドラマなどの影響もありどこも大盛況で、祝日ともなると各地域イベントも多数開催されています

中にはその偉人を主役とした劇のようなものも上演されています。有名なところだと名古屋の“おもてなし武将隊”かな?一般の方や役者さんがその武将になって…いや武将達が現世に蘇って史実を元にした物語ちょっとした舞台のように演じられるのです。

前置きが長くなりましたが、今回のテーマはその戦国舞台演者さんのことです。

今までもその存在は知っていましたが、なかなか機会に恵まれず先日ついに初めての舞台を拝見しました。そして同時になんとも言えない気持ちになったのです……原因はその…演者様の「女性率の多さ」

姫役ではなく、足軽大将にも女性女性…その数ざっと見積もっても半数以上。

冒頭に書いた通り、私も女です。同じ女として、勇ましい衣装に身を包み凛々しい演技を目の当たりにし、女性でもこんなに格好良く演じられるんだ!という感動とともに感じたのは大きな違和感でした。

違和感……というよりはまぁぶっちゃけほんの少しの嫌悪感があったんです。だって歴史上の“史実”において、足軽にこんなに女性がいたなんて記述はどこにもありません。0ではなかったかもしれない、でも半数以上が女性足軽隊なんて聞いた事がありません。それだけではなく、実在する武将まで人によっては女性の方が演じていらっしゃいました。それは私に、昨今の漫画ドラマでよくある「男性の振りして足軽になったけどイケメン武将に女であることがバレてしまって~?!☆」系の少女コミックを想起させるに充分でした…もしくは…女体化…?

いや、わかっています彼女たちは高潔な心意気のもと純粋気持ちでこの演舞に臨んでいること、それがひいては地域活性化などに繋がり、大好きな武将達が語り継がれていくことに大きく貢献されていること。わたしみたいなにわか歴女とは違ってその知識も深く、また比例して歴史偉人に対する愛情尊敬人一倍いえ一百倍以上であること。ひたむきで真剣眼差し、目に焼き付いています

でもね、見ている方にとってはそうじゃない。演技から真剣気持ちは伝わってきました。でも、そうじゃない。だって歴史はそうじゃないから。武将足軽男性から演技力とか、美醜とか、そういうことでもないよ。

こんなことを言うと、男尊女卑とかジェンダーとか、そんな問題にも発展しそうですが、何度でも言います。そうじゃない。

だってね、わたしだって演者さんと同じくらい…いえおこがましいかもしれませんが、武将が大好きです。戦国が大好きです。その好きな理由として、私は「男同士の友情、義、好敵手」という要素があります。これ…結構みんなもそうなんじゃないかなぁ…と思うけど。

“作中では男役”とされていても、だって女性じゃん?!恋愛ドラマでさ、女役が男性だったらどうなる?作中では女っていう設定でもさ、純粋気持ちで見られる?うっとり出来る?ホモじゃん!!ってなると思う。

これは、わたし腐女子からとか、そういうことでもないと思う。純粋歴史ドラマ群像劇が見たいのに…その気持ちはどうでもいいのかな。

戦国が好きだったら自分も一緒に何かを作り上げたい気持ちってすごく大事だし尊いと思う。そういう気持ちがたくさん集まって、何百年も昔にあった出来事現代に蘇ってもっとたくさんの人に感動を与えている。

すごく素敵なことでこれからも是非続けて欲しい。でも、その中にはこんな気持ちを抱くひねくれ者もいるんだってことを少しだけ知って欲しいというか…届いたらいいなというか…もう届かなくてもいいや……どこにも言えないか匿名でしたためたかった。

実際に演舞に出演された方がこの日記を見てしまったらごめんなさい。でもこれだけはわかって欲しい。女は演舞に出るな!なんて言いたいわけじゃない。軽い気持ちで出ないで!っていうことでもない。なんていうかただの愚痴。忘れてください。

でもほんの少しでも…共感してもらえたらいいな…と思わなくはないです。偉そうに色々書いたわりに適当な終わり方でごめんね。

最後に、思ったことをわかりやすく書くために一部適切でない表現蔑視表現があったかもしれません。その点についてまとめてお詫びいたします。

これから戦国ジャンル栄光あれ…!

2016-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20160610180534

他のツリー法律の話に発展してるけど、書状の話じゃないんだよ。招待されるのかどうかだ。案内はただのお知らせだろ。

2016-05-27

AR/VRを図書館

AR/VRを図書館に導入したらとても便利だと思う。

図書館サイト等で見つけた書誌場所ARが導いてくれたり(床に線が現れてその通りに行くとか?)、VRを使って家にいながらにしてその日の朝、あるいはリアルタイムの蔵書状況が反映された書棚が目の前に現れるのである背表紙画像は事前に撮影されていて、それが実際と同じ場所に同じように並んでいる。人が混んでいようが心置きなく選べる。電子図書館ならばそのまま借りて読めるから最強なんだが。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん