はてなキーワード: 手続とは
オタクとして例に上がるであろう鉄道趣味は大衆文化じゃないだろ
つまりこの文章はそもそも「大衆文化に限定した話」ではなくて「様々な趣味」という程度でしか使っていないことがわかるんで、その理屈は通りませんねw
実際に「アニメ、漫画、玩具、映画、コスプレ、ゲーム、アイドル」のファンだけでも合計して「一般人の大半」になるかどうか語ってみなよ。
お前の挙げたものを合計して一般人の大半になる可能性はあるが、それをカテゴライズする言葉がないんだから定義として成立しないだろ
定義ってのは「ある概念内容・語義や処理手続をはっきりと定めること」だぞw
銀行口座は新しく作れないだろうけど、既に持ってる口座はそのまま使えたりしないのでしょうか?
確定申告スレで戸籍上死んだことにしとけば税金払わなくてもバレなくなる?って話が出て考えてみた。
死亡診断書の偽造は難しそうなので行方不明ということにして失踪宣告届ならワンチャンありか?誰か身内に出してもらうか、他人に金払って出してもらうか。
死んだことになると住民票等が必要な手続はできなくなるが、それで困る事って何だ?ここ数年必要になった記憶がない。
借金や賃貸は新たにできないだろうが既に借りてる家や電気の契約はどうなるんだ?黙って払ってれば怪しまれることはなさそう。住む所は最悪理解者(共犯者)がいれば居候で何とかなるだろう。
社会保険に紐付くようなまともな企業とか商店で働くことはできないだろうが、転売屋とかフリーランスの技術者とかの野良の仕事をして、生活費がなんとかなれば生きてはいけるんではないか。
免許も有効期限までは使えるのかな。更新はできないだろうけど似ている人がしれっと更新に行ったらどうなるんだろうか。我が国の公的システムのお粗末さを考えるとチェックがザルでできてしまう可能性もある。
医療を受けたい場合は、事情をでっち上げて全額自己負担すれば診てくれる病院はあるだろう。同じ所に通い続けると嘘ばれそうだから、毎回変える必要はあるだろうが。
とにかく公的サービスを一切受けずに、誰かに匿われてひっそり暮らすことは可能そうな気がするのだが、所詮素人の想像なので見落としてる点があれば教えて欲しい。
行政サマのITなんて糞だと思って今まで会計ソフトで申告書作って税務署に納付・提出してたけど、今年電子申告だと10万控除が増えるからetaxで初めてやってみた。経費入力含めて、ほぼ半日で完了した。
ソフトからの出力があればetax側での入力項目殆ど無いし、すなわち記入ミスが極限まで減らせる。
納付もオンラインバンキングで一発でしたわ。今までなんで税務署までわざわざ行ってたんだろ...
まあ、ただイマイチUIは分かりづらいところあるから、今まで紙でやってきたオジイチャン税理士とかは無理だろうな。
ひとつだけ難点は、マイナンバーカードなんて持ってないからID/パスワード方式のために税務署に行かないといけなかったところ。手続自体はすぐ済んだけど。
今まで糞だと思っててごめんなさい、麻生さん。
趣旨労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務(以下「テレワーク」という。)には、オフィスでの勤務に比べて、働く時間や場所を柔軟に活用することが可能であり、通勤時間の短縮及びこれに伴う心身の負担の軽減、仕事に集中できる環境での業務の実施による業務効率化につながり、それに伴う時間外労働の削減、育児や介護と仕事の両立の一助となる等、労働者にとって仕事と生活の調和を図ることが可能となるといったメリットがある。また、使用者にとっても、業務効率化による生産性の向上にも資すること、育児や介護等を理由とした労働者の離職の防止や、遠隔地の優秀な人材の確保、オフィスコストの削減等のメリットがある。テレワークは、ウィズコロナ・ポストコロナの「新たな日常」、「新しい生活様式」に対応した働き方であると同時に、働く時間や場所を柔軟に活用することのできる働き方として、更なる導入・定着を図ることが重要である。本ガイドラインは、使用者が適切に労務管理を行い、労働者が安心して働くことができる良質なテレワークを推進するため、テレワークの導入及び実施に当たり、労務管理を中心に、労使双方にとって留意すべき点、望ましい取組等を明らかにしたものである。本ガイドラインを参考として、労使で十分に話し合いが行われ、良質なテレワークが導入され、定着していくことが期待される。2 テレワークの形態テレワークの形態は、業務を行う場所に応じて、労働者の自宅で行う在宅勤務、労働者の属するメインのオフィス以外に設けられたオフィスを利用するサテライトオフィス勤務、ノートパソコンや携帯電話等を活用して臨機応変に選択した場所で行うモバイル勤務に分類される。テレワークの形態ごとの特徴として以下の点が挙げられる。① 在宅勤務通勤を要しないことから、事業場での勤務の場合に通勤に要する時間を柔軟に活用できる。また、例えば育児休業明けの労働者が短時間勤務等と組み合わせて勤務することが可能となること、保育所の近くで働くことが可能となること等から、仕事と家庭生活との両立に資する働き方である。② サテライトオフィス勤務自宅の近くや通勤途中の場所等に設けられたサテライトオフィス(シェアオフィス、コワーキングスペースを含む。)での勤務は、通勤時間を短縮しつつ、在宅勤務やモバイル勤務以上に作業環境の整った場所で就労可能な働き方である。③ モバイル勤務労働者が自由に働く場所を選択できる、外勤における移動時間を利用できる等、働く場所を柔軟にすることで業務の効率化を図ることが可能な働き方である。このほか、テレワーク等を活用し、普段のオフィスとは異なる場所で余暇を楽しみつつ仕事を行う、いわゆる「ワーケーション」についても、情報通信技術を利用して仕事を行う場合には、モバイル勤務、サテライトオフィス勤務の一形態として分類することができる。3 テレワークの導入に際しての留意点(1) テレワークの推進に当たってテレワークの推進は、労使双方にとってプラスなものとなるよう、働き方改革の推進の観点にも配意して行うことが有益であり、使用者が適切に労務管理を行い、労働者が安心して働くことのできる良質なテレワークとすることが求められる。なお、テレワークを推進するなかで、従来の業務遂行の方法や労務管理の在り方等について改めて見直しを行うことも、生産性の向上に資するものであり、テレワークを実施する労働者だけでなく、企業にとってもメリットのあるものである。テレワークを円滑かつ適切に、制度として導入し、実施するに当たっては、導入目的、対象業務、対象となり得る労働者の範囲、実施場所、テレワーク可能日(労働者の希望、当番制、頻度等)、申請等の手続、費用負担、労働時間管理の方法や中抜け時間の取扱い、通常又は緊急時の連絡方法等について、あらかじめ労使で十分に話し合い、ルールを定めておくことが重要である。(2) テレワークの対象業務例えば、いわゆるエッセンシャルワーカーなどが従事する業務等、その性格上テレワークを実施することが難しい業種・職種があると考えられるが、一般にテレワークを実施することが難しいと考えられる業種・職種であっても個別の業務によっては実施できる場合があり、必ずしもそれまでの業務の在り方を前提にテレワークの対象業務を選定するのではなく、仕事内容の本質的な見直しを行うことが有用な場合がある。テレワークに向かないと安易に結論づけるのではなく、管理職側の意識を変えることや、業務遂行の方法の見直しを検討することが望ましい。なお、オフィスに出勤する労働者のみに業務が偏らないよう、留意することが必要である。(3) テレワークの対象者等テレワークの契機は様々であり、労働者がテレワークを希望する場合や、使用者が指示する場合があるが、いずれにしても実際にテレワークを実施するに当たっては、労働者本人の納得の上で、対応を図る必要がある。また、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成5年法律第76 号)及び労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(昭和60年法律第88号)に基づき、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間で、あらゆる待遇について不合理な待遇差を設けてはならないこととされている。テレワークの対象者を選定するに当たっては、正規雇用労働者、非正規雇用労働者といった雇用形態の違いのみを理由としてテレワーク対象者から除外することのないよう留意する必要がある。 派遣労働者がテレワークを行うに当たっては、厚生労働省ホームページに掲載している「派遣労働者等に係るテレワークに関するQ&A」を参照されたい。 雇用形態にかかわらず、業務等の要因により、企業内でテレワークを実施できる者に偏りが生じてしまう場合においては、労働者間で納得感を得られるよう、テレワークを実施する者の優先順位やテレワークを行う頻度等について、あらかじめ労使で十分に話し合うことが望ましい。 また、在宅での勤務は生活と仕事の線引きが困難になる等の理由から在宅勤務を希望しない労働者について、サテライトオフィス勤務やモバイル勤務を利用することも考えられる。特に、新入社員、中途採用の社員及び異動直後の社員は、業務について上司や同僚等に聞きたいことが多く、不安が大きい場合がある。このため、業務を円滑に進める観点から、テレワークの実施に当たっては、コミュニケーションの円滑化に特段の配慮をすることが望ましい。(4) 導入に当たっての望ましい取組テレワークの推進に当たっては、以下のような取組を行うことが望ましい。・ 既存業務の見直し・点検テレワークをしやすい業種・職種であっても、不必要な押印や署名、対面での会議を必須とする、資料を紙で上司に説明する等の仕事の進め方がテレワークの導入・実施の障壁となっているケースがある。そのため、不必要な押印や署名の廃止、書類のペーパーレス化、決裁の電子化、オンライン会議の導入等が有効である。また、職場内の意識改革をはじめ、業務の進め方の見直しに取り組むことが望ましい。・ 円滑なコミュニケーション円滑に業務を遂行する観点からは、働き方が変化する中でも、労働者や企業の状況に応じた適切なコミュニケーションを促進するための取組を行うことが望ましい。職場と同様にコミュニケーションを取ることができるソフトウェア導入等も考えられる。・ グループ企業単位等での実施の検討職場の雰囲気等でテレワークを実施することが難しい場合もあるため、企業のトップや経営層がテレワークの必要性を十分に理解し、方針を示すなど企業全体として取り組む必要がある。また、職場での関係や取引先との関係により、一個人、一企業のみでテレワークを推進することが困難な場合がある。そのため、グループ企業や、業界単位などを含めたテレワークの実施の呼びかけを行うことも望ましい。4 労務管理上の留意点(1) テレワークにおける人事評価制度テレワークは、非対面の働き方であるため、個々の労働者の業務遂行状況や、成果を生み出す過程で発揮される能力を把握しづらい側面があるとの指摘があるが、人事評価は、企業が労働者に対してどのような働きを求め、どう処遇に反映するかといった観点から、企業がその手法を工夫して、適切に実施することが基本である。例えば、上司は、部下に求める内容や水準等をあらかじめ具体的に示しておくとともに、評価対象期間中には、必要に応じてその達成状況について労使共通の認識を持つための機会を柔軟に設けることが望ましい。特に行動面や勤務意欲、態度等の情意面を評価する企業は、評価対象となる具体的な行動等の内容や評価の方法をあらかじめ見える化し、示すことが望ましい。加えて、人事評価の評価者に対しても、非対面の働き方において適正な評価を実施できるよう、評価者に対する訓練等の機会を設ける等の工夫が考えられる。また、テレワークを実施している者に対し、時間外、休日又は所定外深夜(以下「時間外等」という。)のメール等に対応しなかったことを理由として不利益な人事評価を行うことは適切な人事評価とはいえない。なお、テレワークを行う場合の評価方法を、オフィスでの勤務の場合の評価方法と区別する際には、誰もがテレワークを行えるようにすることを妨げないように工夫を行うとともに、あらかじめテレワークを選択しようとする労働者に対して当該取扱いの内容を説明することが望ましい。(テレワークの実施頻度が労働者に委ねられている場合などにあっては)テレワークを実施せずにオフィスで勤務していることを理由として、オフィスに出勤している労働者を高く評価すること等も、労働者がテレワークを行おうとすることの妨げになるものであり、適切な人事評価とはいえない。(2) テレワークに要する費用負担の取扱いテレワークを行うことによって労働者に過度の負担が生じることは望ましくない。個々の企業ごとの業務内容、物品の貸与状況等により、費用負担の取扱いは様々であるため、労使のどちらがどのように負担するか、また、使用者が負担する場合における限度額、労働者が使用者に費用を請求する場合の請求方法等については、あらかじめ労使で十分に話し合い、企業ごとの状況に応じたルールを定め、就業規則等において規定しておくことが望ましい。特に、労働者に情報通信機器、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合には、当該事項について就業規則に規定しなければならないこととされている(労働基準法(昭和22年法律第49号)第89条第5号)。在宅勤務に伴い、労働者個人が契約した電話回線等を用いて業務を行わせる場合、通話料、インターネット利用料などの通信費が増加する場合や、労働者の自宅の電気料金等が増加する場合、実際の費用のうち業務に要した実費の金額を在宅勤務の実態(勤務時間等)を踏まえて合理的・客観的に計算し、支給することも考えられる。なお、在宅勤務に係る費用負担等に関する源泉所得税の課税関係については、国税庁が作成した「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)」(令和3年1月15日)を参照されたい。(3) テレワーク状況下における人材育成テレワークを推進する上で、社内教育等についてもオンラインで実施することも有効である。オンラインでの人材育成は、例えば、「他の社員の営業の姿を大人数の後輩社員がオンラインで見て学ぶ」「動画にしていつでも学べるようにする」等の、オンラインならではの利点を持っているため、その利点を活かす工夫をすることも有用である。このほか、テレワークを実施する際には、新たな機器やオンライン会議ツール等を使用する場合があり、一定のスキルの習得が必要となる場合があることから、特にテレワークを導入した初期あるいは機材を新規導入したとき等には、必要な研修等を行うことも有用である。また、テレワークを行う労働者について、社内教育や研修制度に関する定めをする場合には、当該事項について就業規則に規定しなければならないこととされている(労働基準法第89条第7号)。(4) テレワークを効果的に実施するための人材育成テレワークの特性を踏まえると、勤務する時間帯や自らの健康に十分に注意を払いつつ、作業能率を勘案して、自律的に業務を遂行できることがテレワークの効果的な実施に適しており、企業は、各労働者が自律的に業務を遂行できるよう仕事の進め方の工夫や社内教育等によって人材の育成に取り組むことが望ましい。併せて、労働者が自律的に働くことができるよう、管理職による適切なマネジメントが行われることが重要であり、テレワークを実施する際にも適切な業務指示ができるようにする等、管理職のマネジメント能力向上に取り組むことも望ましい。例えば、テレワークを行うに当たっては、管理職へのマネジメント研修を行うことや、仕事の進め方として最初に大枠の方針を示す等、部下が自律的に仕事を進めることができるような指示の仕方を可能とすること等が考えられる。5 テレワークのルールの策定と周知(1) 労働基準関係法令の適用労働基準法上の労働者については、テレワークを行う場合においても、労働基準法、最低賃金法(昭和34年法律第137 号)、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)等の労働基準関係法令が適用される。(2) 就業規則の整備テレワークを円滑に実施するためには、使用者は労使で協議して策定したテレワークのルールを就業規則に定め、労働者に適切に周知することが望ましい。テレワークを行う場所について、労働者が専らモバイル勤務をする場合や、いわゆる「ワーケーション」の場合など、労働者の都合に合わせて柔軟に選択することができる場合には、使用者の許可基準を示した上で、「使用者が許可する場所」においてテレワークが可能である旨を定めておくことが考えられる。なお、テレワークを行う場所の如何に関わらず、テレワークを行う労働
すると、そら大地震よという人がおおい。
いやワイも覚えてるはずなのだがフツーに仕事が忙しかったせいかよく覚えてない。
なんか列車に並ぶサラリーマンもいつもよりえらく暗かったのを覚えてる。
奇妙なぽんぽんぷぅ~んみたいなCMばかりが流れて、なんか世界がバグった感じで気味が悪かった。
TVやらネットも平常運転だし、むしろ株高のせいかみんな元気にみえる。
もちろんキャンパスライフが思ったものと違った新人大学生とかは可哀想だと思うけどな。
なにか別の方向に人類がシフトするための段階のような感じがして、メリットも多いと思う。
たとえば無駄な会議が減ったとか、無駄な手続がシンプルになったとかさ。
イキりまくってるコンサルにクソムカついたという話が出てたので、そのついでに自分の話もしてみたい。
今から数年前、自分の担当していた企業の業績が急激に悪化し、再建支援(これは表向きの理由、真の目的は債権保全)のため自分がそこへ出向することとなった。
年商数百億円規模の会社で銀行借入も百億円近くある企業なので、管理体制はそれなりに構築されているのだろう、そう思っていたのだが実際には酷い有り様であった。
社内の情報共有は全く成されていない、損益管理も決算を締めてみるまで分からない(月次で試算表は作っているが、進行基準ではなく完成基準なので全く参考にならない)
資金繰りの管理すら行われていない、「月末の不足分は銀行の当座借入枠で調整」という中小企業でよくある典型的パターンとなっていた。
「このままではとても自力再建など出来ない」と気づいた私は、危機感も能力も全くないプロパー社員を指導しながら、社内管理体制の構築に努めた。
出向から1年が経過し、それなりに社内の管理体制が整い、月次の損益管理や資金繰り管理もそれなりに形になってきた。
その結果、「決算を締めてみて大赤字が判明する」という幼稚園児レベルから「決算を締める前に大赤字だと分かる」という小学校低学年レベルへ進化することが出来た。
そして私は遅まきながらようやく悟ることが出来た。
今私がやっていることは高血圧の人に対して「毎日血圧を測定しましょう」と言っているに過ぎないのだと。
毎日血圧を測れば高血圧だということは分かるが、測定したからといって血圧が下がるわけではない。
リアルタイムで赤字を認識しようが、決算を締めて認識しようが赤字は赤字にしかならないのだ。
ベンチからの指示は「とりあえずもう少し続投」であったが、私は「どうやったって自力再建は無理なんで、そろそろ敗戦処理を送り込んで貰えませんかね」と強く要請。
そしてここでようやく本題である「あまりイキってないコンサルの人たち」が登場することとなった。
私の想像でしかないが、所謂イキり系コンサルはIT系、システム系に多いのではないかと思う。
経営改善コンサルや事業再生コンサルと比べると、システム系コンサルは歴史が浅いのでイキり系が産まれやすい土壌でもあるのだろう。
私が一緒に仕事をすることとなった人たちは「事業再生コンサル」であり、弁護士・公認会計士・元銀行員といった顔ぶれであった。
ネット上でイキる意識高い系のコンサルと違い彼らはみな紳士的な対応であったが、逆にその丁寧さが私には慇懃無礼に見えて仕方がなかった。
彼らの登場により、私の業務についても次のステージへ進められることとなった。
プロパー社員たちに知られることが無いよう、一日中別室でコンサルたちと事業DD、財務DDを行い企業の清算価値を査定した。
当社は3つある事業部のうち、製品製造を行っている2事業が海外との競争に晒され赤字垂れ流し状態。
しかし幸いなことに、一番規模の小さいメンテナンス事業部だけがコンスタントに黒字を計上していた。
法的整理を行い担保物件等を処理した場合、百億近くある融資のうち回収出来るのは1割未満。
一方で、大幅なリストラを行い黒字の事業部だけを新会社に移し、今後10年間で返済可能な借入を背負ってもらうとなると3割程度は回収可能。
この試算結果を受けて、経済合理性の観点からも再生は可能であると判断された。(ここで再生不可能と判断されれば破産するしか手はない)
ちなみに事業再生系のコンサルの費用は本当にアホかというくらいに高い。
各種資格保有者ばかりということもあるが、当初3ヶ月の契約で3000万円。
そしてここから半年かけて行う事業リストラ、再生計画策定、解雇された従業員の再就職支援等の費用として5000万円請求された。
(費用のほとんどが彼らの人件費であり、駄目元で値下げ交渉したところすぐに5~10%値引いてくれた。にしても利益率高すぎじゃね?)
ここまで書いていてふと思い出したのだが、そんな彼らにも少しだけこちらをイラっとさせる癖があった。
会話の中でとにかくやたらと良く分からない横文字のビジネス用語を使いたがるのである。
「リストラについては一律にやると優秀な人から抜けるリスクがあります。まずは経営陣でバイネームでリストを作成してください」
「増田さん、これだとアップルトゥアップルの比較にならないですよ」
(あっぷるあっぷる?りんごが溺れてあっぷるあっぷるなのかな…)
「スポンサー候補先とはNDA締結してExclusiveでの交渉になりますね」
彼らとの会話にときたま苛々させられながらも、Google翻訳の力を借りて再建に向けた作業は着々と進みつつあった。
法的整理と異なり私的整理は基本的には迷惑をかけるのは金融機関だけなのだが、法的拘束力が無いのでこの調整が一番難航する。
高い費用をかけてコンサルを導入する理由は、この対金融機関折衝を乗り切るためといっても過言ではない。
債権放棄額の妥当性、再生計画の蓋然性について、各金融機関を納得させるための資料作りに関しては彼らの能力は非常に高い。
まあ高いコンサル費用払ってるんだから当然といえば当然なのだが、彼らは凄まじいスピードで計画や報告書を作り続けた。
私が出向してきて3年が経過したところで、ようやく事業再生手続がひと段落した。
黒字事業と借入の一部を新会社へ移管したうえで、旧会社は銀行団が債権放棄を行ったのち清算。
1000名以上いた従業員も8割以上が解雇となり、人材引き受けの協力を得られた他企業へ転籍したり、転職支援サービスを利用して転職したりしていった。
そうして私もようやく長い任務から解き放たれ、出向元へ復帰することが決まった。
コンサル会社との契約もここで終了となったので、慰労を兼ねて私はコンサルチームのメンバーと最初で最後の飲み会へ行くこととなった。
私としては3年間という短い期間だったとはいえ、一時は同僚だった人たちの大半をリストラするという後味の悪い仕事が完結したということもあり目一杯呑みたい気分だった。
しかし残念ながらコンサルの人たちは飲み会の場ですらもスマートであり、1杯目だけはアルコールだが2杯目からは皆ソフトドリンクへ切り替えていた。
「恐らくこの後もビジネスホテルに帰って他の仕事をしたり、自己啓発したりするのだろうな」と思っていると、予想通り飲み会は開始からきっかり2時間で終了。
まだまだ飲み足りない私を残し、コンサルたちはタクシーに乗り込み帰ってしまった。
一人残されてしまった私は「憂さ晴らしにデリヘルにでも行くか」と考えた。
しかし私はすぐに反省した。リストラされ再就職先も決まっていない従業員も大勢いる。
そんな状況で呑気に風俗に行くなど道義的に許されることではない。自分よりももっと辛い状況の人は大勢いるのだ。
デリヘルに行くことは断念し、私は駅前のレンタルショップでアダルトDVDを借りることで手早く性欲を満たすこととした。
帰宅後、風呂に入ったあとでDVDを入れたのだが「このDVDは再生できません」というエラーメッセージが出てしまった。
記録面が汚れているのかな…と思いティッシュで綺麗に拭き取ってみたが、何度やっても読み取りエラーが出てしまう。
当時私は二十五歳の青年で、丸まるの内うちのあるビルディングにオフィスを持つ貿易商、合資会社S・K商会のクラークを勤めていた。実際は、僅わずかばかりの月給なぞ殆ほとんど私自身のお小遣こづかいになってしまうのだが、と云ってW実業学校を出た私を、それ以上の学校へ上げてくれる程、私の家は豊ゆたかではなかったのだ。
二十一歳から勤め出して、私はその春で丸四年勤続した訳であった。受持ちの仕事は会計の帳簿の一部分で、朝から夕方まで、パチパチ算盤玉そろばんだまをはじいていればよいのであったが、実業学校なんかやった癖に、小説や絵や芝居や活動写真がひどく好きで、一いっぱし芸術が分る積つもりでいた私は、機械みたいなこの勤務を、外ほかの店員達よりも一層いやに思っていたことは事実であった。同僚達は、夜よな夜なカフェ廻りをやったり、ダンス場へ通かよったり、そうでないのは暇ひまさえあればスポーツの話ばかりしていると云った派手はでで勇敢で現実的な人々が大部分であったから、空想好きで内気者うちきものの私には、四年もいたのだけれど、本当の友達は一人もないと云ってよかった。それが一際ひときわ私のオフィス勤めを味気あじきないものにしたのだった。
ところが、その半年ばかり前からというものは、私は朝々の出勤を、今迄いままで程はいやに思わぬ様になっていた。と云うのは、その頃十八歳の木崎初代が初めて、見習みならいタイピストとしてS・K商会の人となったからである。木崎初代は、私が生れるときから胸に描いていた様な女であった。色は憂鬱ゆううつな白さで、と云って不健康な感じではなく、身体からだは鯨骨くじらぼねの様にしなやかで弾力に富み、と云ってアラビヤ馬みたいに勇壮ゆうそうなのではなく、女にしては高く白い額に左右不揃いな眉まゆが不可思議な魅力をたたえ、切れの長い一ひとかわ目に微妙な謎を宿し、高からぬ鼻と薄過ぎぬ唇が、小さい顎あごを持った、しまった頬ほおの上に浮彫うきぼりされ、鼻と上唇の間が人並ひとなみよりは狭くて、その上唇が上方にややめくれ上った形をしていると、細かに書いてしまうと、一向初代らしい感じがしないのだが、彼女は大体その様に、一般の美人の標準にはずれた、その代りには私丈けには此上このうえもない魅力を感じさせる種類の女性であった。
内気者の私は、ふと機会を失って、半年もの間、彼女と言葉も交わさず、朝顔を見合わせても目礼さえしない間柄であった。(社員の多いこのオフィスでは、仕事の共通なものや、特別に親しい者の外は、朝の挨拶などもしない様な習わしであった)それが、どういう魔(?)がさしたものか、ある日、私はふと彼女に声をかけたのである。後になって考えて見ると、この事が、いや私の勤めているオフィスに彼女が入社して来たことすらが、誠に不思議なめぐり合せであった。彼女と私との間に醸かもされた恋のことを云うのではない。それよりも、その時彼女に声をかけたばっかりに、後に私を、この物語に記しるす様な、世にも恐ろしい出来事に導いた運命について云うのである。
その時木崎初代は、自分で結ゆったらしい、オールバックまがいの、恰好かっこうのいい頭を、タイプライターの上にうつむけて、藤色セルの仕事着の背中を、やや猫背にして、何か熱心にキイを叩たたいていた。
HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI ……
見ると、レタペーパの上には、樋口ひぐちと読むのであろう、誰かの姓らしいものが、模様みたいにベッタリと並んでいた。
私は「木崎さん、御熱心ですね」とか何とか云うつもりであったのだ。それが、内気者の常として、私はうろたえてしまって、愚かにも可成かなり頓狂とんきょうな声で、
「樋口さん」
と呼んでしまった。すると、響ひびきに応じる様に、木崎初代は私の方をふり向いて、
「なあに?」
と至極しごく落ちついて、だが、まるで小学生みたいなあどけない調子で答えたのである。彼女は樋口と呼ばれて少しも疑う所がないのだ。私は再びうろたえてしまった。木崎というのは私の飛とんでもない思違おもいちがいだったのかしら。彼女は彼女自身の姓を叩いていたに過ぎないのかしら。この疑問は少しの間私に羞恥しゅうちを忘れさせ私は思わず長い言葉を喋しゃべった。
「あなた、樋口さんて云うの? 僕は木崎さんだとばかり思っていた」
すると、彼女も亦またハッとした様に、目のふちを薄赤くして、云うのである。
「マア、あたしうっかりして。……木崎ですのよ」
「じゃあ、樋口っていうのは?」
「何なんでもないのよ。……」
そして木崎初代は慌あわてて、レタペーパを器械からとりはずし、片手で、もみくちゃにするのであった。
私はなぜこんなつまらない会話を記したかというに、それには理由があるのだ。この会話が私達の間にもっと深い関係を作るきっかけを為なしたという意味ばかりではない。彼女が叩いていた「樋口」という姓には、又彼女が樋口と呼ばれて何の躊躇ちゅうちょもなく返事をした事実には、実はこの物語の根本こんぽんに関する大きな意味が含まれていたからである。
この書物かきものは、恋物語を書くのが主眼でもなく、そんなことで暇どるには、余りに書くべき事柄が多いので、それからの、私と木崎初代との恋愛の進行については、ごくかいつまんで記すに止とどめるが、この偶然の会話を取交とりかわして以来、どちらが待ち合わせるともなく、私達はちょくちょく帰りが一緒になる様になった。そして、エレベーターの中と、ビルディングから電車の停留所までと、電車にのってから、彼女は巣鴨すがもの方へ、私は早稲田わせだの方へ、その乗換場所までの、僅わずかの間を、私達は一日中の最も楽しい時間とする様になった。間もなく、私達は段々大胆になって行った。帰宅を少しおくらせて、事務所に近い日比谷ひびや公園に立寄り片隅かたすみのベンチに、短い語らいの時間を作ることもあった。又、小川町おがわまちの乗換場で降りて、その辺のみすぼらしいカフェに這入はいり、一杯ずつお茶を命じる様なこともあった。だが、うぶな私達は、非常な勇気を出して、ある場末ばすえのホテルへ這入って行くまでには、殆ど半年もかかった程であった。
私が淋さびしがっていた様に、木崎初代も淋しがっていたのだ。お互たがいに勇敢なる現代人ではなかったのだ。そして、彼女の容姿が私の生れた時から胸に描いていたものであった様に、嬉しいことには、私の容姿も亦また彼女が生れた時から恋する所のものであったのだ。変なことを云う様だけれど、容貌については、私は以前からややたのむ所があった。諸戸道雄もろとみちおというのは矢張やはりこの物語に重要な役目を演ずる一人物であって、彼は医科大学を卒業して、そこの研究室である奇妙な実験に従事している男であったが、その諸戸道雄が、彼は医学生であり、私は実業学校の生徒であった頃から、この私に対して、可成かなり真剣な同性の恋愛を感じているらしいのである。
彼は私の知る限りに於おいて、肉体的にも精神的にも、最も高貴ノーブルな感じの美青年であり、私の方では決して彼に妙な愛着を感じている訳ではないけれど、彼の気難しい撰択に適かなったかと思うと、少くとも私は私の外形について聊いささかの自信を持ち得うる様に感じることもあったのである。だが、私と諸戸との関係については、後に屡々しばしば述べる機会があるであろう。
それは兎とも角かく、木崎初代との、あの場末のホテルに於おいての最初の夜は、今も猶なお私の忘れ兼かねる所のものであった。それはどこかのカフェで、その時私達はかけおち者の様な、いやに涙っぽく、やけな気持ちになっていたのだが、私は口馴れぬウィスキイをグラスに三つも重ねるし、初代も甘いカクテルを二杯ばかりもやって、二人共真赤まっかになって、やや正気を失った形で、それ故ゆえ、大した羞恥を感じることもなく、そのホテルのカウンタアの前に立つことが出来たのであった。私達は巾はばの広いベッドを置いた、壁紙にしみのある様な、いやに陰気な部屋に通された。ボーイが一隅の卓テーブルの上に、ドアの鍵と渋茶しぶちゃとを置いて、黙って出て行った時、私達は突然非常な驚きの目を見交わした。初代は見かけの弱々しい割には、心しんにしっかりした所のある娘であったが、それでも、酔よいのさめた様な青ざめた顔をして、ワナワナと唇の色をなくしていた。
「君、怖いの?」
私は私自身の恐怖をまぎらす為に、そんなことを囁ささやいた。彼女は黙って、目をつぶる様にして、見えぬ程に首を左右に動かした。だが云うまでもなく、彼女も怖がっているのだった。
それは誠に変てこな、気拙きまずい場合であった。二人とも、まさかこんな風になろうとは予期していなかった。もっとさりげなく、世の大人達の様に、最初の夜を楽しむことが出来るものと信じていた。それが、その時の私達には、ベッドの上に横になる勇気さえなかったのだ。着物を脱いで、肌を露あらわすことなど思いも及ばなかった。一口に言えば、私達は非常な焦慮しょうりょを感じながら、已すでに度々たびたび交わしていた唇をさえ交わすことなく、無論その外の何事をもしないで、ベッドの上に並んで腰をかけて、気拙さをごまかす為に、ぎこちなく両足をブラブラさせながら、殆ど一時間もの間、黙っていたのである。
「ね、話しましょうよ。私何だか小さかった時分のことが話して見たくなったのよ」
彼女が低い透き通った声でこんなことを云った時、私は已すでに肉体的な激しい焦慮を通り越して、却かえって、妙にすがすがしい気持になっていた。
「アア、それがいい」私はよい所へ気がついたと云う意味で答えた。
「話して下さい。君の身の上話を」
彼女は身体を楽な姿勢しせいにして、すみ切った細い声で、彼女の幼少の頃からの、不思議な思出おもいでを物語るのであった。私はじっと耳をすまして、長い間、殆ど身動きもせずそれに聞き入っていた。彼女の声は半なかばは子守歌の様に、私の耳を楽しませたのである。
私は、それまでにも又それから以後にも、彼女の身の上話は、切れ切れに、度々たびたび耳にしたのであったが、この時程感銘かんめい深くそれを聞いたことはない。今でも、その折の彼女の一語一語を、まざまざと思い浮うかべることが出来る程である。だが、ここには、この物語の為には、彼女の身の上話を悉ことごとくは記す必要がない。私はその内から、後にこの話に関係を生じるであろう部分丈けを極ごく簡単に書きとめて置けばよい訳である。
「いつかもお話した様に、私はどこで生れた誰の子なのかも分らないのよ。今のお母さん――あなたはまだ逢わないけれど、私はそのお母さんと二人暮ぐらしで、お母さんの為にこうして働いている訳なの――その私のお母さんが云うのです。初代や、お前は私達夫婦が若かった時分、大阪の川口かわぐちという船着場ふなつきばで、拾って来て、たんせいをして育て上げた子なのだよ。お前は汽船待合所の、薄暗い片隅に、手に小さな風呂敷包ふろしきづつみを持って、めそめそと泣いていたっけ。あとで、風呂敷包みを開けて見ると、中から多分お前の先祖のであろう、一冊の系図書けいずがきと、一枚の書かきつけとが出て来て、その書きつけで初代というお前の名も、その時丁度ちょうどお前が三つであったことも分ったのだよ。でもね、私達には子供がなかったので、神様から授さずかった本当の娘だと思って、警察の手続てつづきもすませ、立派にお前を貰もらって来て、私達はたんせいをこらしたのさ。だからね、お前も水臭い考えを起したりなんぞしないで、私を――お父さんも死んでしまって、一人ぼっちなんだから――本当のお母さんだと思っていておくれよ。とね。でも、私それを聞いても、何だかお伽噺とぎばなしでも聞かせて貰っている様で、夢の様で、本当は悲しくもなんともなかったのですけれど、それが、妙なのよ。涙が止めどもなく流れて仕様がなかったの」
彼女の育ての父親が在世ざいせいの頃、その系図書きを色々調べて、随分本当の親達を尋たずね出そうと骨折ったのだ。けれど系図書きに破けた所があって、ただ先祖の名前や号やおくり名が羅列られつしてあるばかりで、そんなものが残っている所を見れば相当の武士さむらいの家柄には相違ないのだが、その人達の属した藩はんなり、住居なりの記載が一つもないので、どうすることも出来なかったのである。
「三つにもなっていて、私馬鹿ですわねえ。両親の顔をまるで覚えていないのよ。そして、人混みの中で置き去りにされてしまうなんて。でもね。二つ丈け、私、今でもこう目をつむると、闇の中へ綺麗きれいに浮き出して見える程、ハッキリ覚えていることがありますわ。その一つは、私がどこかの浜辺の芝生の様な所で、暖かい日に照らされて、可愛い赤あかさんと遊んでいる景色なの。それは可愛い赤さんで、私は姉ねえさまぶって、その子のお守もりをしていたのかもしれませんわ。下の方には海の色が真青に見えていて、そのずっと向うに、紫色に煙けむって、丁度牛の臥ねた形で、どこかの陸おかが見えるのです。私、時々思うことがありますわ。この赤さんは、私の実の弟か妹で、その子は私みたいに置去りにされないで、今でもどこかに両親と一緒に仕合せに暮しているのではないかと。そんなことを考えると、私何だか胸をしめつけられる様に、懐しい悲しい気持になって来ますのよ」
彼女は遠い所を見つめて、独言ひとりごとの様に云うのである。そして、もう一つの彼女の幼い時の記憶と云うのは、
「岩ばかりで出来た様な、小山があって、その中腹から眺めた景色なのよ。少し隔へだたった所に、誰かの大きなお邸やしきがあって、万里ばんりの長城ちょうじょうみたいにいかめしい土塀どべいや、母屋おもやの大鳥おおとりの羽根を拡ひろげた様に見える立派な屋根や、その横手にある白い大きな土蔵なんかが、日に照てらされて、クッキリと見えているの。そして、それっ切りで、外ほかに家らしいものは一軒もなく、そのお邸の向うの方には、やっぱり青々とした海が見えているし、その又向うには、やっぱり牛の臥た様な陸地がもやにかすんで、横よこたわっているのよ。きっと何ですわ。私が赤さんと遊んでいた所と、同じ土地の景色なのね。私、幾度その同じ場所を夢に見たでしょう。夢の中で、アア又あすこへ行くんだなと思って、歩いていると、きっとその岩山の所へ出るに極きまっていますわ。私、日本中を隅々まで残らず歩き廻って見たら、きっとこの夢の中の景色と寸分違わぬ土地があるに違いないと思いますわ。そしてその土地こそ私の懐しい生れ故郷なのよ」
「ちょっと、ちょっと」私はその時、初代の話をとめて云った。「僕、まずいけれど、そこの君の夢に出て来る景色は、何だか絵になり相そうだな。書いて見ようか」
そこで、私は机の上の籠かごに入れてあったホテルの用箋ようせんを取出して、備そなえつけのペンで、彼女が岩山から見たという海岸の景色を描いた。その絵が丁度手元に残っていたので、版にしてここに掲かかげて置くが、この即席そくせきのいたずら書きが、後に私にとって甚だ重要な役目をつとめてくれ様などとは、無論その時には想像もしていなかったのである。
「マア、不思議ねえ。その通りですのよ。その通りですのよ」
初代は出来上った私の絵を見て、喜ばしげに叫んだ。
「これ、僕貰もらって置いてもいいでしょう」
私は、恋人の夢を抱いだく気持で、その紙を小さく畳たたみ、上衣うわぎの内ポケットにしまいながら云った。
初代は、それから又、彼女が物心ついてからの、様々の悲しみ喜びについて、尽きぬ思出を語ったのである。が、それはここに記す要はない。兎とも角かくも、私達はそうして、私達の最初の夜を、美しい夢の様に過すごしてしまったのである。無論私達はホテルに泊りはしないで、夜更よふけに、銘々めいめいの家に帰った。
自分の勤務先は某地方都市を中心に展開する書店で、ピーク時の年商は300億円を超えていたので、国内でも大手の部類であったと思う
しかし、今年1月末に新会社への事業譲渡と大幅な規模縮小を発表し、自分もリストラされることとなってしまった
(今と同名の新会社を設立し、そこに事業と従業員の一部を引き継ぎ商号も従来のままなので、表向きは何も変わらない)
出版不況と大手ECサイトの台頭で町の個人書店が一掃され、大手書店も苦戦が続く中、当社は書籍販売からの脱却を進め、規模拡大と多角化経営を推し進めていった
「どこの本屋も苦境だけど、うちは書籍以外も手広くやっているからなんとか黒字が出せてるんだな」と当時は勘違いしてしまっていた しかし世の中そんなには甘くない
書店と併設してDVD・CDのレンタルをやっていたが当然そこではレンタル専業の大手などと競合する(サブスクの普及でレンタル業界も苦戦が続く)
本やゲームの買取等のリサイクル事業も展開していたが、規模でいけばブックオフに敵うわけがない
VRゲームがみんなで楽しめるネットカフェなんていうのも新規出店していたが、既にアミューズメント業界は飽和状態で利益など生み出せるわけがない
書籍販売以外にも収益源となる柱をつくる!と言いながら、いくつものレッドオーシャンに飛び込んでいき結果として甚大な被害を出してしまっていたのである
ではなぜ赤字を垂れ流しながらも事業規模の拡大を図ることが出来たのだろう 会社側は公式には認めていないが粉飾決算が行われていたことはほぼ間違いない
(色々な関係者から聞いた話を総合すると、粉飾は数十年以上に渡って行われており、規模も数十億円レベルなので非常に悪質な粉飾である)
ここからは自分の推測であるが、経営陣が事業規模の拡大を推し進めたのは「新事業による黒字化」ではなく「粉飾決算を隠すため」がメインの目的であったのだろうと思う
PL(利益計算書)の粉飾は比較的簡単で売上を水増しするか、経費を過少計上するかだけでいい 問題なのはBS(貸借対照表)の方だ
PLで利益を水増しすればBSの純資産の部の繰越利益剰余金が増えるので、左右をバランスさせるためには資産を増やすか負債を減らすかしかない
負債の部は銀行借入を過少計上(簿外債務)させるとして、資産の部で計数操作が可能な項目はどれか
現預金はすぐに銀行にバレるので論外、建物や土地の固定資産も固定資産台帳の提示を求められるとアウトなので、行きつくのは「売掛金」か「棚卸資産」となる
当社は書店なので基本的には現金商売で売掛金は発生しない そこで棚卸資産(在庫)を過大計上するわけだが、店舗数が一定なのに在庫だけが膨らめば当然怪しまれる
それを隠すため新規出店を続けたわけだ 更にいえばゲームの買取やトレーディングカードの買取をはじめたのも同じ理由だと考えている
在庫操作は粉飾決算で一番多い手口なので、銀行も念入りに分析する 銀行側から「一般的な書店と比較して月商対比で在庫が多くないですか」と聞かれた際に、
「新規出店したので在庫も増えた」「書籍だけじゃなくてゲームやトレカの在庫もあるから」「書籍の在庫はいつでも取次に返本可能だから不良化することはないよ」と逃げることが出来る
今までに出店したことがなかった他の地方に積極的に出店したのも、他のエリアの地方銀行からの資金調達を可能にするためという裏の目的もあったのだろう
そうこうして自転車操業を続けていたわけだが、粉飾にはいずれ限界がくる 当社にとっての限界点は2019年6月であった
全店舗において注文した書籍が納入されないというトラブルが発生
会社側は顧客に対して「平成から令和への元号切り替えがうまくいかず、発注システムが不安定となっている 正常化には時間がかかる」という説明を行ったが噴飯ものである
町の個人書店ならいざ知らず、年商数百億円規模の書店からの注文がゼロだったら当然のことながら出版取次から取い合わせが来る
会社の説明は全くの出鱈目で、「資金繰りに窮し出版取次への5月末の支払が遅延したため、当社の経営危機を察知した出版取次サイドが出荷を全て止めた」というのが事実である
このままでは書籍の入荷が出来ず営業が続けられない、万策が尽きた経営陣はついに取引銀行を集めたバンクミーティングで全てを白状…という流れとなった
地元エリアを中心に数十店舗を展開する書店がいきなり倒産し全店舗閉鎖するのでは、地域に対する影響が大きすぎるので、会社側は私的整理による事業再生を目指した
しかしながら、単なる経営悪化ならまだしも長年に渡る悪質な粉飾決算が行われていたのは事実なので、銀行側も容易には応じない
私的整理は銀行借入のみに限定した債務カットが可能なので、納入業者等に迷惑をかけることがありません そのため事業価値を毀損せず再生を図ることが可能です
但し法的整理と異なって法的な拘束力がないため、全債権者(ここでは全取引銀行)の同意が必要となります(同意を得られないまま法的整理に移行するケースも有る)
一方で法的整理は裁判所が手続きを進めるため、債権者の過半数から同意を得られれば再生手続が可能となります
但し銀行借入だけでなく、商品仕入先に対する買掛金など一般的な商事債権も債権カットの対象となるため、事業継続に支障が出る場合があります(現金先払いでないと仕入が出来なくなるなど)
当社の場合は、最終的に国内最大手のレンタルチェーン店や大手家電量販店がスポンサーとして新会社に出資し経営参加することとなったので、なんとか全銀行の承諾が得られた
しかし新たに策定された再生計画には不採算店舗を中心とした店舗の閉鎖と人員の削減が当然のように織り込まれていた
自分が勤めていた店舗も残念ながら閉鎖対象となり、そして面談の中で自分が削減対象人員となっていることも伝えられた
「このまま会社が倒産すれば全社員が路頭に迷うことになる 大変申し訳ないが事業存続のためなので理解して欲しい」と言われてしまうと、承諾せざるを得なかった
会社として生き残るため多少の出血は止む無しという判断をするのは当然のことだろう
最終出社日に退職にかかる色々な手続きを終えると私は定時に会社を出た
私と同様に本日付で退職する同僚と個人的に送別飲み会を開いて会社の愚痴でも言い合いたい気分ではあったが、新型コロナが流行る中で居酒屋に行くことはやはり抵抗がある
まっすぐに帰宅し一人で晩酌を済ませた私は気晴らしにデリヘルを呼んでみることにした
過去に何度か呼んだことがあるお店のサイトをチェックすると、好みのタイプの女の子が居たのですぐに電話で連絡をした
先客が居たので待つこと約2時間、とても明るくてかわいい女の子がやってきた
普段は関西の店舗型風俗店に勤務しているが、今はコロナの影響で客足が激減しており、コロナの影響があまりない地方都市へ出稼ぎに来ているのだという
シャワーを浴びて照明を暗くし、私と彼女は布団の上で楽しいひとときを共有した
「ごめん 布団汚しちゃった 予定日はまだ先だったのに ほんとにごめんね」 見ると敷き布団に少しだけ血が付いている
【主張】コロナと店名公表 私刑誘発の姑息な悪手だ - 産経ニュース
https://www.sankei.com/column/news/210111/clm2101110002-n1.html
これはまあ正論なんだけどさ。
でもねえ、日本社会の悪い所兼良い所って
「他人様に迷惑をかけない」「みんなが我慢してるのを破って迷惑かけたやつ村八分」というモラルであり相互牽制じゃん?
何故そんなもんが生まれたかって、この社会規範がまさにケガレとか伝染病とか色んな災厄を食い止めるからだよ。
「自分が良ければいいんだ」「やりたいことをやらせろ」っていう奴は安全で安定性の高い社会では新しい駆動力になることもあるけど
危機に瀕した場面では自分の感情だけで勝手にバリケード壊してセーフゾーンにゾンビを招き入れる定番の迷惑バカと同じ。
そういう奴を出した家ごと村の外に放り出して殺すぞ。
それが嫌なら周りに迷惑かけないように家族でちゃんと注意し合え。
周囲と相互に貸し借りを絶やさないようにしながら一蓮托生の意識を確認し合え。
村のみんなの川の水を独り占めしようとするなら生きていけなくしてやる。
一人一人がその独特の息苦しさで嫌な思いをすることはあっても
助かる人命は絶対増えてる。
豊かさや安全性が高まってきたらその息苦しさがただの不合理性になって
あーこんな田舎嫌だ都会に出るーって感じになってきてそれも合理性なんだけどさ。
いまこそ日本人の強みである村社会根性を発動するタイミングなんじゃねーの?
たとえば変異株持って帰ってきて隔離中に知人2人と会食してばっちり移したっていう奴。
もちろん公式発表とかは現代日本で難しいので、裏口からのリークだ。
そいつは仕事を失うし実家も引っ越しをしてさまよう羽目になるし会食相手の友達まで巻き込まれる。
じゃああいつも。こいつも。
民間の便乗含めて10人ぐらい特にケシカラン感染者や会食マンが晒されて私刑をくらう。
それぐらいやってみなよ。
あ、これ今はそういうフェーズなんだ。
みんなで足並みをそろえる時なんだ。
万が一隔離違反やクラスターかましたような奴がいたら全力で私刑しよう。
そういう空気が出来上がってみなよ。
「コロナ予防意識が甘い=みんなに迷惑かける悪」が世間の空気になった時の日本人は
元からそういう意味では強靭な方の社会だったけど、そろそろはっきり引き締め直す必要がある。
モラルって言うのは本質的にやべーものだけど、もっとやべーものが蔓延してる危険な環境では抵抗力になるんだよ。
我々はアベやスガに従ってるんじゃなくて世間の空気に従う国民だから。
はてなのリベラルだってコロナに感染しながらスーパー銭湯行っていいですか?とかほざく自分のことしか考えない愚民はモラルの下にリンチしたくてうずうずしてる。
ウヨもサヨも団結して頑張れるのは潜在DNAを刺激して村社会モラルを発動した時だよ。
こういうのはもちろん近代の自由主義の流れと完全に逆行するしそういう抵抗感はあると思う。
でも人の命がかかってるんだからさ。
これから増えるコロナ死者に「ポリティカリーにコレクトであることと引き換えにあなたは死んでください」なんて言える?
今一度村社会根性に戻って晒しと私刑を始めれば救える命があるんですよ。
どっちの悪を選んで何を掴むのか。
村社会の悪を選んで人命を掴むべきなのでは?
晒しと私刑は近代の社会にも普通に組み込まれている効率的メソッドなんですよ。
例えば大型脱税者の名前がマスメディアで報道されるのも国税局が裏口からリークしてるからだからな。
「一匹殺して吊っておく」を国税庁がやっているの。
韓国なんかは日本より危急時の法律が強いから不用意な感染者の晒しを公的にやれるらしいけど
日本はそんな法律なくたって世界1レベルにモラリスティックな遺伝子を眠らせているから。
でもあらためて要点を強調するための「バカな生徒の質問」として百点満点だから使わせてもらう。
我々日本人は政府やトップが主体性のある指導してくださる時より
世間の空気に従う時にこそ強い自制心を発動する民族だと言ってるんだ。
お前も日本人なら自分が自然に服するのはどっちか考えてみたらいい。
アベやスガの求心力なのか、世間の空気と「人に迷惑かけるな」という躾けなのか。
アメリカ人なんかはプレジデントのカリスマ性にうっとりして従うのが好きだ。オバマもトランプもうおおおお!!!ってなる国民が大勢いる。
日本ではあんな熱狂的な支持を受ける首相は保守にも革新にも表れないだろう。
自分が目立ちながら責任感ある演説ぶつことではなく、裏から手を回してケシカラン奴何名か吊って晒すことだ。
生きづらいぞなんて俺がはっきり書いてるだろ!
「息苦しくても近代の価値観に逆行してても人命の方が大事だよな?」って言ってんだ。
お前はほんとに国語0点ですげーよ。
今回は利用価値あったからいいけど、そこまで日本語読めないなら生意気にレスなんかしなくていいぞ。賛成反対以前じゃん。
閉じたコミュニティの掟や制限を受けるのは理解しても、公にして個人の人生を奪うのは下品の極み。そういう感性は理解できない。
後進的な悪のソリューションだと言ってんじゃん。
でも人の命がかかってるんですよ?
「あんたは品性のために死んでくれ」と言い渡すガッツでそれ言ってんの?
「弊害があるから」って選ばず検討せずなにもしないでタイミング流していくのも人殺しだからな。
そういう奴が一番多いんだけどさ。それで何らかの手を打った奴に対してこんなに弊害があるぞって批判だけ元気一杯やるんだよな。
私刑をなんだと思ってんだ?
語彙をまともに整備してください。
非常識ってのはつまり語彙がちゃんと揃ってないor精度が出てないやつのことです。
いや、本当にビックリするわ。
一匹殺して吊っておくカラスは極論無罪の濡れ衣でもいいだろうが。
こいつも話をまるっきり!理解してないよね。
3000人ちょっとでおさめてるのも我々の村根性DNAのおかげだろ。個人の権利だ自由だという意識より人様に迷惑かけんなという意識がガッチリ強い後進的国民性のおかげだ。
これ以上強く人命優先せんでもいいわってことならもちろんDNAブーストなしもオプションだな。
別にどっちの悪を優先しろとか特定方向へ説得する話する気はねーよ。
お前らだってお前やお前の家族が野放図に広まるコロナで死ぬ可能性考えてないんだから同じだろそれは。
それをやった太平洋戦争がどうなったか小学校で習ったことがないのかな。社会の価値観を単一に染めると別の脆弱性が生まれてどうなるか色々実例があるから調べてごらん
太平洋戦争が挫折したのはアメリカが日本より強かったからだよ。
今言ってるのは「総力戦で力を絞り出すときに村社会性より効率的なソリューションがあったのか」という話だ。
日本が限界まで効率を高めたって敵がそれより強けりゃ負けるが、それは効率を否定できる話か?
どうもあんたは妊娠後期くらいから思考力が弱りっぱなしのように見えるぞ。
誰が刑罰の話をしてんだよ。
法律や刑罰なんか関係ないところに国民性というものはあるぞと言ってんだ。
他にも何人かいるドヤ顔で憲法31条!とか言ってる奴らは、俺が近代的な人権精神尊重前提に同意してるように見えるのか?
頭が悪いとはまさにお前達のような奴のこと。
話の前提がわからない、相手がどういう奴かわからない、会話に当たってのフレキシビリティゼロで、どんな場面でも自分の覚え込んだ念仏唱えればタスク解決だと思ってる。
ほとんどの仕事や遊びで絶望的に使いでのない脳みそだろうそれ。
何を考えてどういうチューニングを加えながら生きてきてそんな絶望的な仕上がりの脳になったんだお前等は。
いやぁ、人間ってさらに愚かで残酷だから、ここで踏みとどまりたいなぁ私は。七人の侍を見直したくなった
わ。
自分の家が防衛線の外だと知った農民数世帯が村全体の防衛から抜けて自分達の家のみ守ろうと(守れるわけないんだけど)するんだけど、そこで普段穏和な勘兵衛が刀抜いて追いかけるだろ。
そんで腰抜かした農民に
「己のことばかり考える奴は、己をも滅ぼす奴だ!
今後勝手なことを言う奴は···!(軍規にかけてぶった斬る)」つって竹槍拾わせて列に戻らせる。
そのソリューションに合ってるのはハンセン氏病みたいなのだよな。
もう一歩進んでHIVくらいの感染力とキャリア数なら皆殺しでも追い付くかもしれない。
その程度のもん未読な訳ねーだろ。
まさに中の人なんやが,いわゆる行政法総論,行政救済法,地方自治法をはじめとする個別の行政法規はわけて考えた方がええ。
法源とは何か,行政裁量とは何か,手続過程の規律はどうなっとるのか,ここがベースになる。
お手頃で定評のある学者本をきっちり読み込むべき。やや古くて塩野宏や芝池義一,最近では橋本桜井行政法とか。
「処分を間違えたが取消できるという明文規定がないから取消せない」とかワイ役所の上司に言われたからな。ポカーンやで。
地方自治法,これも行政職やるならマストや。それ以外ならあんま気にせんでええ。
いうても範囲がクソ広い。
とりあえずは必要な部分だけ読み込めばええ。ただし政令も規則も追うんや。
改正頻度は別増田も言うとったけどかなり多くて,原則を押さえただけで仕事すると危ない部分や。
幸い,総務省のシステムが改正部分をわかりやすく見れるようにしてくれたんで,第一法規とかLEXDBとか導入するカネがないならこれ使うんや。
ワイは担当している保育行政なんて児童福祉法,子ども子育て支援法,それぞれの施行令と施行規則が骨格なんやが
「認定こども園の保育料って役所と施設どっちが徴収するの?」とか「企業主導型保育施設って何?企業内保育施設の事?」
みたいなシンプルな疑問であっても,条文がクッソ複雑で一見ぜんっぜんわからんのや。
更には不定期に国が出す通知がえらい数ある。
保育という一分野の,通知というカテゴリだけでこれや。もちろん載ってないのもある。
https://www8.cao.go.jp/shoushi/shinseido/law/tsuuchi.html
とにかくベースとなる行政法総論・行政法救済法を押さえるんや。
いきなり行政法全域を目指すのは,無数の樹木で覆われたアフリカ大陸でどこにどんな樹が生えてるかをいちいち調べるようなもんや。
それとも依頼を受けたほうが設定するもの?
依頼した側はそれが終わった後さらに別の手続とか段取りとかがある場合がほとんどだろう。
それらをコントロールできる依頼する側が納期を設定するのが妥当であると個人的には思う。
しかし周りには依頼時に自ら納期を設定せず、「いつまでですか」と尋ねると「逆にいつまでならできる?」と返してくるような人々(往々にして上司、職位が上)が多い。
「逆に」とは果たして何の逆なのかというところからして不明だが、そこで「いついつまでならできます」と答えると、大抵「いつまでにやれ/やってくれ」となるのがオチ。
それならばそもそもはじめから「いつまでにやれ/やってくれ」と納期を指定しておけば無駄なやり取りにならなかったろうに。
もしかすると無理無茶な納期指定をしないといけない場合に悪者みたいになりたくないという自己保身の心理がはたらくのかもしれないが、それだけ逼迫しているならいるで全体を的確に俯瞰した上で「直ちにやれ」と指示命令することもまた上司の責務ではないのか。
そんなわけで私はこういう納期が曖昧な件は可能な限りすぐに片付けてすぐに返すようにしている。
「できるだけボールを持たない」ように。
どんなに改姓手続を簡素化しても、国内で通称が利用できても、海外で起こっている問題は解決しない。
本人が困るだけでなく、所属機関や国の信頼が落ちることを理解してほしい。
海外のセキュリティの高い研究機関(NASA,ESAなど)入構時の本人確認では、日頃やり取りしている名前、論文発表名とパスポート名が異なる(併記の)ため、時間が著しくかかり、会議開催時間に間に合わないなど周囲に迷惑をかけた。
空港の入国審査に始まり、航空券やホテルの予約などなど、そのつど本人確認のために膨大な時間が費やされ、運の悪い時にはリザベーションが取り消されてた!なんていう悲劇も起きたりします。
https://www.huffingtonpost.jp/kei-hata/family-name-marriage_b_8852214.html
学生を連れて海外研修に出掛けた時には戸籍名でしか代表者名が登録できず、戸籍名で自分を探す現地スタッフと連絡が取れないままプログラムの一部が中止に。
https://mainichi.jp/articles/20151216/ddm/041/040/155000c?pid=14606
愛知県の知事をリコールするための署名運動が、86万筆を必要としたものの43万までしか集まらず、思いっきり失敗して頓挫した。
43万というのはなかなか不思議な数字で、運動の音頭を取っていた高須院長の以前からの言動と比較すると、「全然足りてねえじゃねえか」という気もするし、純粋に数だけみれば、かなり集まったな、という気もする。
俺は高須院長とその界隈がハラワタの底から嫌いなので、高須氏本人とサポーターであるジャーナリストの門田氏のtwitterに、次のようなリプライを送った。
・必要な数には届かなかったが、43万というのは本当に立派な数。正式な手続とはならない以上、本来は不要な検証ではあるが、ぜひ中身を精査し、43万人分の民意が実在することを堂々と知らしめて欲しい
・ところで、今回の運動のさ中、事務所に盗聴器が設置されたり、乗用車に工作の形跡が確認され被害届が出された経緯があったと思う。これは、命を脅かす危険さえはらんだ卑劣な行為。ぜひ調査の進捗を教えてほしい。ジャーナリストたる門田氏にも真相を究明して欲しい
…
この文言は、当然というべきか俺のねじ曲がった性格から生まれている。
今回の署名の中に出どころの怪しいものが紛れ込んでいるという情報が散見されることをふまえ、「43万筆集まったけど、検証した結果、一部は捏造して膨らませたものでした、なんて格好のつかないこと、後から言ったりできねえよな?」ということ。
また、「事務所や車への工作活動も、狂言とは言わないけど、勢いで届け出提出したやつを、世間が忘れかけてるからこれ幸いにうやむやにしようって肚だよな?」ということ。
俺はそう思っていながら、これをいかにも高須院長のサポーターです、という体裁で送ったのだった(ところで、悪意で行ったアクションを後から言葉にすると、こんなにうすら寒い気持ちになるんですね)。
このリプライはその後ぽつぽつRTされて、何十件かいいねを集めた。
反応した人たちは高須先生のサポーターと思しき憂国烈士の方々で、俺がいかにも先生を支援しその体を案じているという風に繕ったので当たり前ではあるのだが、味方によってこうやって退路をふさがれる(ってほど大げさでもないけど)ことがあるのかもなあ、と少し怖い気もした。
…
俺はふと思ったのだが、俺のツイートに反応した人々は、果たして本当に高須院長の心からのシンパなんだろうか?
以前から俺は不思議だったのだが、あんなどう考えても常軌を明後日の方向に逸して与太を飛ばし続ける人物を、マジメに支援できるものだろうか?
世間では、いわゆるパパ活という遊びの変種として、若い女性に金品を与え続けて当人の自尊心を変性させ、その後の人生を狂わせていくのを観察するところからが本番という、色んな意味で俺にはマネできない趣味があるという。
あいつらはもしかして、SNSを媒介に高須院長相手にそれをやって噴き上がらせて、面白がってるのだろうか。観察の対象が若い女じゃなく古希を過ぎたジイサンというだけで、これは一種のパパ活なのか?
この想像は、そう考えた方が俺にとってしっくり来るからだが、逆のパターンもあり得る。高須院長の方がパンピーをからかってるパターンだ。院長は表面上に反し、リコールに真剣でもなんでもなく、美容手術で切り取ったポコチンの皮を片手で優雅にもてあそびながら、大勢のアホを動員して楽しんでいる…これも理解できる。院長とシンパの年齢を考えれば、むしろこっちの方が本来のパパ活に近いともいえる。
こうして考えると、愛知県知事リコールは三つの可能性に整理できる。
2. 院長はマジだが取り巻きは半笑い、という70過ぎのジイサンを見世物にした構図
…
あれ、もう一つあるんじゃねえか?
そう思った人は鋭い。
そうだ、 4. 院長も取り巻きも半笑いでやっている、というパターンである。
院長は多忙だ。そのサポーターだって多忙だろう。したがって、外野から見れば口角泡を飛ばして熱心にやっているようで、実際は片手間にツイートし、片手間にRTし、Twitterの画面上の数字だけを膨らませているに過ぎない。これもあり得る。
その場合、院長とサポーターは誰をおちょくっているんだろうか。
あえて言うなら、「俺」しかいないだろう。俺は、遠目から彼らの界隈を冷笑しているつもりでいて、実はこの状況にもっとも青筋を立てていたのは俺自身であることを暴かれたのかもしれない。俺はここでやや背筋が冷えた。
この話にオチらしいオチはないけども、俺は4番目のパターンが一番怖いわけだが、一番望ましいな、とも思っている。2, 3も怖いが、それでもいい。理解が及ぶからだ。やっぱり俺は、1番目の可能性がもっとも醜怪で、不快で、意味不明だと思うなあ。
https://zuisho.hatenadiary.jp/entry/2020/10/28/234504
ちゃんと考えて置かなければならないことは、結婚して子作りして家作りしてというのは、ありとあらゆる動物が行っているもので、まぁパートナーなり結婚相手が欲しいというのは、動物の普遍的な欲求なのだろう。そこに財産と相続を絡めて、日本では戸籍を、ヨーロッパなどではキリスト教における某と結びつけたりなんかして、まぁ法律的な意味と宗教的な意味を持つわけだ。まぁ日本では宗教的な意味の婚姻ってのは戦前までの話(だったっけ?)で、実際の結婚式というのはただのファッションだが、ヨーロッパでは教会で挙式を上げなければ結婚とはならなかったり、法律的にも市長さんと夫婦そろって面談しなければ結婚とはならなかったり、なかなか面倒ではある。手続き上は日本の結婚はフランスのパックスやスウェーデンのサンボと変わらないものである。まぁ戦前の文化が残っているので、実際には家族間の某が色々あるわけだけど、でも両親がそんなこと重きをおいてる世代の結婚もだいぶ減ってきたのではなかろうか。知らんけど。
話はそれたけど、結婚したくてもできない人たちが欲しているのは、動物的本能の結婚でありまして、制度上の結婚ではないと考える。結婚したいと望んでいる女性が、財産が欲しい!!!が第一ではないだろう。二人で一緒に生きていく誓をたてること、これこそが結婚に憧れる人が望んでいることだと思う。こと日本において、ファッション上の結婚なら金払えば挙式できるんだから、いくらでもしたらいいし、人生で一度も入ったことのない教会で神に永遠の愛を誓えばいいと思うけど、でもきっとそういうことでもないんだろう。彼ら彼女らは戸籍というものをどう考えているのか、単なるお役所での事務手続きをどう思っているのかはわからないが、その手続が動物的本能を満たすのか、それともファッション的に挙式することで動物的本能を満たすのか、なかなか興味深い話ではある。まぁ多分本当のところは、法律婚ができないから、認めてもらえてないからしたいというのが一番ではないかと思うが。知らんけど。