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はてなキーワード: 黒い雨とは

2020-10-11

日本核シェルター早く作って。

日本は、核兵器への関心が無さすぎる。

世界で唯一、戦術核を落とされた国なのに。

それも2回も。

更にはチェルノブイリ級の原発事故も起きた国なのに。

明日核兵器が落ちたとして、国民は一体どこに逃げればいいんだ?小学校か?

放射能黒い雨が降る中、小学校放射能まみれの人達と、川の字になって寝るのか。

チェルノブイリという現実にあった原発事故再現ドラマを観たが、放射能汚染された人のからだはそれそのもの放射能を撒き散らすようになるので、触れるだけで自分も癌など体調に甚大な悪影響が出るそうな。

とはいえ日本はどうせろくに隔離もしないだろう。コロナ発生源である例の船での初動対応を見るに。

せいぜい、体育館ブルーシートを敷いて、汚染された人も病気の人も全員ごっちゃで寝かせるぐらいだと思う。日本に出来ることは。

スウェーデンかどっかは、国民の大半を保護できる核シェルターを用意してるそうな。

では、日本は何か用意しているのか?

検討はしてるだろうな。検討は。いつになったら決定するんだろう。核兵器が落ちた後かな?

願わくば核兵器が落ちる前に、1つでもいいか庶民避難できる核シェルター建設決定して欲しい。

増税しまくるんなら、それに見合うぐらい国民...というか俺を安心させる施策をして欲しいわ。

日本核シェルター早く作って。

2020-09-28

anond:20200928113830

俺も引きこもりにはならなかったが、低能率で本当自己嫌悪になったので、垂れ流させてもらう。

今年はコロナの影響

3月-5月テレワークだったんです。だから職場でなきゃできない活動ができないから、データの解析とか報告書執筆とかをチームメンバーを巻き込んでめっちゃやろうかということでGit学習Gitリポジトリも作った。NASだと職場ドメインブロックを解除するのに申請いっぱい必要なので、GitHubはその点楽だった。最初のうちは結構張り切って自分でもデータ解析とかしたし、メンバーにも割り振った。

ついでに自宅でOMを作成する必要があるではないですか?

最初誤解してたんです。連休明けから6月までの分でいいのかと・・・・そのあと、また忖度出社が再開するのかと。。実は全部OM作る必要があることを知り、軽く精神変調をきたしたんですよ。それでもいやいやながら作ってみたけど、存外面倒くさいことが分かりました。結構コピペとかするからマウスアクション腱鞘炎になるし。。。自己管理ができないです。朝ごはん食べてすぐパソコンに向かう。これはできました!そのあと、11時くらいまでコピペの繰り返しはできました。11時にシエスタしてました。1時くらいに妻がランチを出してくれるので起床しました。ランチが終わると1時半。こっからダラダラしてました。チームメンバーSlackゴニョニョしてるうちに、息子が小学校から帰宅し、騒ぎ出すともうダメ自己管理必要性があったけど、子どもを作っちゃったものは仕方ない、まあこの辺は言い訳です。OM以外は締め切りの類はことごとく延長になってたので際限ないグダグダが許されていたんですよ。ほかの人が隠れてアリのように頑張ってたかなんて知る由もナシ。

とはいえ思ったよりも自己を律せられなかったな?

とりあえずOMをすべて作ろう=際限のないコピペ連続アクションちゃおうと思ってしまい、すべてをなげうってそれをやった。べつに非常事態宣言が出る前に体力的に疲れるようなこともなかった。OMを作り終えたとき燃え尽き症候群になったような気がする。くだらないことでしかないのに。しか出来栄えがショボいのか文句が来るし。。。

気が付いたら7月になっていた

7月になると夏季特別シャットダウンがあり、アレが使えなくなっていたことに気づく。正確には分かっていたけど、OM作りを完遂したくて忘れるようにしていた。OMをWebにアップするだけでも疲れたしかもいろいろな人がいろいろ言ってくるので、それに相手してメールいっぱい書かされた。増田を大量に書くのは平気だがメールを大量投下は嫌だ。

Linux遊びなんかで空費しちゃった

しかあほなことに古いパソコンを軽快になるようにサルベージしようなんて思ってしまい。。。(本当バカLinuxOSのアレだのCLIでも使えるプログラム

インストールだので時間を空費。おかげで黒い画面恐怖症はなくなったけど。。。失ったものも大きい。しかもこのころお外でしかトレーニングができなくなって体を壊す。いまだに痛い。通院してる。羽白え斤平タヒね!

自宅と職場ストレージダブルでぶっ飛ばししま

なんか今年の夏はついてなかった。まず自宅のHDがぶっ飛んだ。バックアップ完璧でなかったので、自分HD直そう(表面実装のパーツを

外そう)として時間を空費。しか挫折

こんな時に限ってAMDが新しいCPUを投入

自作パソコン遊びを職場でやってしまう。差し込みが甘い箇所があって肘うちした瞬間に断線させてSSDをぶっ飛ばす。M.2が納品されるまでの半週間、”ライヴUSBLinux生活を強いられる。クロームブックユーザー気持ちがわかった。Linuxは画面解像度最適化されず見苦しいこと限りなしだった。ストレージがないのは痛い。M.2とかは予備が必要だな。また、M.2の偉大さ(格納性とスピード)をこのとき思い知らされることになる。

気づいたら猛暑すぎた

このころになると忖度出社もするようになり、今年の猛暑が身に応えた。猛暑すぎる。いい加減にしろ!!温室効果ガスフランスは1か月休むけど日本人は2か月休むべきだ!!!理由猛暑。ほんとこの時期なにもしなかった。反省

ちょっと涼しくなったころに配置換騒ぎ

配置換がらみで仕事が発生。また本質的仕事がはかどらない。グダグダ。配置換とかやめてほしい。そっとしておいてほしい。

そして10月

夏季特別シャットダウン9月末で終わり。10月から復旧。とはいえ10月になると色々雑用黒い雨のごとく降りかかってくるはずだ。はかどらない。とか言っているうちに雪が降り、MPが激しく消耗される。しかも今年はコロナ禍の影響で糞な真冬になりそ。想像するだけで体力が摩耗される。さっさと県知事がいうみたいにアレにしたらよかったのになぁ。

2020-09-10

何百万円も弁護士に払って何年も裁判してあっちこっち手続して、それでようやくドコモが弁償してくれる「可能性がある」だけ

被害を受けたと申告した人を無条件で救済するなどドコモは一度も言っていない

法律上の過失があればその分は弁償するといっているだけで被害者の救済をするなどドコモ銀行政府もそんなことを一言も言ってない

黒い雨訴訟みたいに何十年も裁判して正当性証明されたら返金される「可能性がある」だけ

2020-08-22

ひろしまタイムラインについて、なんか言っとくか

https://twitter.com/nhk_1945shun/status/1296216569832513544?s=21

事情あり今は横浜に身を寄せているものの、大学から10数年暮らしただけあって、広島という街には愛着がある。

そういうわけで、この#ひろしまタイムラインの3アカウント8月に入ってからは頻繁に覗いていた。

地理がそこそこ分かるということもあり、ああ、あの橋から市内に入ったのか、とか(広島は橋が多い)、"体調悪い"って、あの辺は黒い雨範囲ではないのでは? と思って調べてみたら、元々の認定範囲内だった、とか、そこから最近黒い雨訴訟の背景をまた調べ直したり…これはこれで、なかなか興味深いものを感じていた。

ただ、全国的には注目を集めることもなく、特に8月15日以降はひっそりと、インターネットの片隅に埋もれていくんだろう、とか思っていた。もちろん、はてブ話題に昇ることもない。そこにこの騒ぎだ。


ところで、この騒ぎを受け、どういう体制でこのアカウント群が運営されているかを初めて知った。

監修者…知り合いというほど深い仲ではないが、顔とお名前が一致するくらいではある。広島にいた時、演劇に多少関わったことがあるので。柳沼さんの名前を見て、少しニンマリとしてしまった。

IさんやSさんも、直接のお知り合いというわけではないけれど、知り合いの知り合いくらいにはなる。広島人間関係は非常に狭い。特にIさんは、若いころ、理想演劇を求めて闘っていた時期を存じ上げているので、あの日々がこの活動に結びついているのか、と思うと感慨深さもある。


運営に携わる者、彼らなりの誠実さは感じるものの、こういう事態になってしまった。

あるコンテキストの流れ、そこにある湿った共感でもって駆動していた共同幻想が、別のコンテクストにぶつかってしまった。これは明白に事故だと思う。

広島(に住う人々)は、原爆戦争というキーワードにはセンシティブな一方、相対的人種民族)を初めとするさまざまな差別問題には少し鈍感だ。

Twitterというグローバルなサービス使用しないならこの鈍感さでも良かったのだろうが…一時期界隈を賑わした、コンビニ冷凍庫に入って写真撮る輩のようではないか。"誰も見ていない"とタカをくくった結果が炎上、みたいな。


しかし、私はここが正念場だと思う。運営者は覚悟を決めて、乗り切れ、と言いたい。

実はこの逆の事態が、もう10年以上前にあった。要するに、よそから来た者が広島人に大バッシングを浴びた事件である

その当事者は、「Chim↑Pom」。

2008年Chim↑Pom広島市現代美術館での企画展を前にして、そこに展示する映像作品広島市内にて制作していた。その内容は、飛行機チャーターし、晴天の空に「ピカッ」という文字を描く、というもの

これには大抵の市民不快感を表した。"ピカ"は言わずもがな原爆連想させる。それを誰のものでもない空に、一方的に描くとは暴力に等しい…と。

当事者団体も抗議の声を上げるには上げたが、正直、そうではない一般市民感情の激しさの方が強かったと思う。

作り手には作り手なりの思いはあったようだが、当然、この作品はお蔵入り。企画展も中止。

ただ、彼らは、そこで終わらなかった。これを契機として当事者団体対話を始める。

その仕事は「なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか」という書籍として実を結ぶ。


原爆」に対してセンシティブ広島人、そうではない「Chim↑Pom」。

ここで起きたことも、それぞれの皮膚感覚の違い、流れるコンテキストの違いが引き起こし事故だった。

ならばChim↑Pomがどのようにして異なるコンテキストに向き合い、この事態を乗り切っていったかあなたがたが(もしくはこのいごこちのいい幻想なかにいる我々、広島人が)学ぶことはあるはずだ。


広島魂を見せろ。

2020-08-12

なんかゴネ得。

「亡くなった被爆者の思い踏みにじる」 原告ら怒りあらわ - 産経ニュース

https://www.sankei.com/west/news/200812/wst2008120017-n1.html

亡くなった被爆者出汁にしてるけど、既に82歳まで生きてるなんて健康のものだろ。

当時近くにいたからといって訴訟する姿は完全に老害

貴重な税金年寄りノスタルジーのために使うのはやめろ。

東京大空襲訴訟だって通ってないっつーのに。

見ろこの年寄り共の元気な姿。

黒い雨 - blackrain1 https://blackrain1.jimdofree.com/

欲しいのはこれだから、無くなった被害者関係ねえだろ。認定されたら幸せになれるロジック分からん

被爆者健康手帳 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%AB%E7%88%86%E8%80%85%E5%81%A5%E5%BA%B7%E6%89%8B%E5%B8%B3

2020-08-10

anond:20200810031753

30年くらい経過しないと後遺症評価不可能だよね

アスベスト黒い雨も被ばくしたその場では症状が出ない

2018-11-05

じいさんの経験した太平洋戦争

太平洋戦争最中、じいさんは広島県の呉にいた。海軍パイロット養成校(予科練と言っていた)に所属していたじいさんは、パイロットではなく整備工になるために入ったらしい。

呉は今では見る影もないが、当時は軍港としてかなり栄えていた。有名な大和武蔵もその目で見たらしい。建造していることは内緒だったが、あんなでかいんはバレバレじゃ、と笑っていた。武蔵山口の沖ですぐ沈んでのう、と目を細めながら言っていた。何人か、同期も武蔵と一緒に沈んだとも。

整備工になるために予科練に入ったじいさんだが、残念ながらじいさんが最高学年に上がる頃には戦況は悪化していて、訓練機すら飛ばせない状況だったらしい。

じいさんはその頃から毎日毎日軍事工場飛行機を作っていた。

元々、機械弄りは好きだったじいさんは飛行機を作るのは楽しかったらしく、メキメキと腕をあげたようだ。あまり戦争のことは話したがらない人だったが、海軍飛行機いかに苦心されて作られていたかは楽しそうに喋っていた。

戦争に負けるな、とは何となく感じていたが、上官が怖かったし、そんなことを口に出せる空気ではないころ、呉にアメリカ飛行機が不時着してきた。

勉強がてら、じいさんは同期と連れだってアメリカ飛行機(グラマンといっていた)を見学に行った。

そこでじいさんは「あぁ、この戦争は負ける。」と確信したそうだ。

「わしらはな、飛行機を手でネジを締めて作る。アメサンのはどうじゃ。リベットうちじゃ。ダダダダダ、と作るわけじゃ。作る数がそもそも違う。こんな戦争、勝てるわけがない。」

グラマンそもそも内地まで飛んで来とる。本土決戦で、みな死ぬ

それが、17歳のじいさんの太平洋戦争に対する結論だった。死にたくはないが、死ぬしかない。

昭和20年8月6日、じいさんは工場でいつも通り、朝の体操をしていた。突如として、工場ガラスが、ビリビリ、と音をたてて鳴った。なんだなんだ、と外に出ると、有名なキノコ雲が広島の街のほうにあがっていた。

原爆だ。

じいさんの生死を分けたのは、宇品工場に配属されなかったことだ。宇品に配属されていた同期は救出隊として投下直後の市内に入り、黒い雨を浴びてその後の10年でバタバタと死んだらしい。

運の悪い事にたまたま休暇で広島の市内に戻ってしまった同期は、大火傷を負って呉に帰ってきた。1ヶ月もしないうちに亡くなったそうだ。

そうして、知り合いや同期が死んでいく混乱のうちに、戦争は呆気なく終わった。

じいさん達の基地には進駐軍がやって来てキャンプをはったので、仕事もないじいさん達はキャンプに忍び込んでは物資をかっぱらい、闇市でさばいていたらしい。「あそこは元々わしらの基地じゃしのう。」とあまり悪びれずに言っていた。

実家に帰ってこないじいさんをひい祖父さんが連れ戻すまで、そうやって生計をたてていたらしい。

戦後予科練学校としては認められず、じいさんは小卒の学歴になってしまい、ずいぶんと苦労したらしい。職を転々としながら、職業訓練校に通って資格を手にし、最終的には水道工として定年まで勤めあげた。

飛行機を作っていた頃の経験が生きたのかは分からないが、子どもの頃のじいさんは自転車草刈り機の発動機やら、何でも直せる人だった。

じいさんは戦争によって勉強することも出来ず、学歴も手にすることが出来ず、戦争を恨んでいたのだろう。戦争の話はしたがらず、呉には生涯、足を運ばなかった。

本当は、京都大学物理学勉強たかったじいさんは、自分学歴の無さを生涯恥じながら、87歳でこの世を去った。

苦労しながら水道工として定年まで勤めあげ、身の回りのものは何でも修理できたじいさんは、恥ずべき事なく、立派な人生を歩んだと思う。

2018-08-12

anond:20180615163511

黒い雨でも降ってみんな障碍者になれば弱者にやさしい日本になるのに

黒いのは無理でも熱湯の100度の雨程度なら降らないか

2018-05-20

804

1977

幸福の黄色いハンカチ

青春の門 自立篇

竹山ひとり旅

八甲田山

はなれ瞽女おりん

1978

事件

愛の亡霊

鬼畜

サード

柳生一族の陰謀

1979

復讐するは我にあり

あゝ野麦峠

衝動殺人 息子よ

太陽を盗んだ男

もう頬づえはつかない

1980

ツィゴイネルワイゼン

父よ母よ!

動乱

二百三高地

遥かなる山の呼び声

1981

STATION

ええじゃないか

日本の熱い日々 謀殺・下山事件

泥の河

遠雷

1982

蒲田行進曲

鬼龍院花子の生涯

疑惑

未完の対局

誘拐報道

1983

楢山節考

家族ゲーム

細雪

戦場のメリークリスマス

南極物語

1984

お葬式

おはん

瀬戸内少年野球団

天国の駅

麻雀放浪記

1985

花いちもんめ

恋文

Wの悲劇

それから

ビルマの竪琴

1986

火宅の人

植村直己物語

キネマの天地

新・喜びも悲しみも幾歳月

人間の約束

1987

マルサの女

竹取物語

ハチ公物語

夜汽車

吉原炎上

1988

敦煌

異人たちとの夏

ダウンタウンヒーローズ

華の乱

優駿

1989

黒い雨

あ・うん

社葬

本覺坊遺文 千利休

利休

1990

少年時代

櫻の園

死の棘

白い手

1991

息子

あの夏、いちばん静かな海

大誘拐 -RAINBOW KIDS-

八月の狂詩曲 (ラプソディー)

無能の人

1992

シコふんじゃった。

いつかギラギラする日

青春デンデケデケデケ

遠き落日

ミンボーの女

1993

学校

月はどっちに出ている

虹の橋

僕らはみんな生きている

わが愛の譜 滝廉太郎物語

1994

忠臣蔵外伝 四谷怪談

居酒屋ゆうれい

119

四十七人の刺客

ラストソング

1995

午後の遺言状

きけ、わだつみの声

写楽

Love Letter

1996

Shall we ダンス?

学校II

スーパーの女

スワロウテイル

わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語

1997

もののけ姫

うなぎ

東京日和

誘拐

ラヂオの時間

1998

愛を乞うひと

踊る大捜査線

学校III

カンゾー先生

HANA-BI

1999

鉄道員 (ぽっぽや)

菊次郎の夏

金融腐蝕列島 呪縛

御法度

梟の城

2000

雨あがる

十五才 学校IV

バトル・ロワイアル

ホワイトアウト

2016-12-25

広島への修学旅行を今したい

片隅見てきたけど広島行きたい。博物館じっくりみたい。

小学生原爆ドームとか行ったはずなのに黒い雨ってやつしか覚えてない。

というか小学生広島行かせたってそんなわかんねーよ!年齢って大事だ。

2016-01-03

井伏とガンダム

山椒魚』や『黒い雨』といった作品で有名な井伏鱒二だが、検索エンジンの変換候補のなかに井伏鱒二 ガンダム」という妙な組合わせが出てくる。

この情報源をたどってみると、どうやら過去Wikipediaに以下の記述があったことが原因らしい。

もともと、ガンダムシリーズ製作である富野由悠季は、井伏の「黒い雨」に影響を受けていた。それが、既存アニメとは一線を画す、ガンダムシリーズでのリアル戦争描写の参考のひとつとなる(現に、機動戦士ガンダムΖΖで、マシュマー・セロコロニー落としによってダブリン黒い雨が降り注ぎ、ジュドー・アーシタがそれに打たれながら「黒い・・・雨が・・・」と呟くシーンがある)。その後、事情を知った井伏もガンダムを鑑賞し、感銘を受け大ファンになった、という経緯がある。他にも、目の前に飛び出してきた猫が素早く逃げていった時、井伏が「は、速い、シャアか?」などと呟いたというエピソードもある。

しかし、こんな話はまったくのデタラメである。巧みな話の流れにだまされてはいけない。前半はたしかガンダム作品に基づく事実だが、後半の「事実を知った井伏」以下の記述からは、すべて虚構しかない。上手い話を思いついた熱心なガンダムファンが悪戯で書き込んだものと考えられる。

「目の前に飛び出してきた猫が素早く逃げていった時、井伏が「は、速い、シャアか?」などと呟いたというエピソード」など、いかにもガンダムファンがでっち上げそうな小咄である

2011-04-01

黒い雨が降る死にかけた街で

題名はブルーハーツの詞より。

僕たちが生まれる前、戦争に負けてここは歴史に残る放射能の島となった。

それから50年余り経ち、改めて放射能をばらまく状態となっている。

ひどい言葉を使うと、この島は放射能に汚染された島だ。

この先フクシマがどうなるかなんて誰にもわかりゃしない、専門家だってからない。

近辺に様々な奇形の犬や猫や家畜などが生まれるかもしれないし

しかしたらヒトでそれが生まれてしま可能だって無い事はない。

風に乗って雨が降れば、放射能たっぷり土地になってしまう。

今回のフクシマの量では大して害は無いかもしれないし

おそるべき変化が10年後に起こってしまうかもしれない。

そりゃあ、専門家だってからない。

甲状腺ガンになりました、僕は右目と左目がくっついて生まれました

あたしは卵子を作れない体で生まれてきました

僕の性器は2本もありまして、両方とも不能となっております

脳もなく、鼻もちぎれた子供が生まれてきました、…それより以前に子供が授かりません、

・・・そ れ ら を、 国 は 責 任 を 取 り ま せ ん !!

何が起こるかわからない、黒い雨が降る死にかけた街で。

10年後をピークに20年後に僕らの子供が右目と左目がくっついて生まれるかもしれないし

そうしてより日本人差別されてしまうかもしれない。

でも、黒い雨の影響はあまりないかもしれないし

それは直ちに影響がわからいから恐ろしいのであって。

放射能因果関係があまりにも証明しにくく、チェルノブイリの時のデータでは足りない、

不妊になったのは放射能のせいですか?わかりません。

チェルノブイリ甲状腺がんになった子供は何%で、平均どれだけのベクレルを含んだ牛乳

どれぐらいの期間飲み続けていたのだろうか。牛乳以外の野菜などはベクレルを含んでいたのだろうか。

今後、僕たちは野菜から空気から、魚から牛乳から、水からヨウ素プルトニウムやら

セシウムやらをどれぐらい取りこんでしまうのだろうか。専門家にもわかりゃしない。

黒い雨が降る死にかけた街で、

それは直ちに影響がわからいから恐ろしいのであって。

2011-03-24

不安という、ドス黒い雨が降った。<浄水場から放射線物質が検出>

関東各県の浄水場から放射線物質が検出されている。「水道水に毒が混じる」という、とんでもない事態だ。

わが国ニッポンは、水と安全が無料で買える国として世界中で名高い先進国である。その、世界リーダーたる国がいま放射能を撒き散らし、野菜牛乳のみならず水までもが汚染しはじめている。

「ただちに人体に影響の出るレベルはない」政府はそう繰り返す。それはもしかしたら、科学的には、精確な情報なのかもしれない。だが、そういう問題ではなく、この国は今後、形を変えてゆくことになるに違いない。

極端なたとえ話をしよう。

仙台出身で気仙沼で被災し、今後、復興シンボルキャラクターになっていくであろうサンドウィッチマンというタレントがいる。向こう10年、東北地方の営業だけで莫大な収入を得るであろう、前途有望な芸能人だ。その片方、たとえば伊達ちゃんが(こんな例に出して本当に申し訳ないが)、来月、放射能はまったく関係なく急性白血病に倒れたとする。可能性としてはゼロはない話だ。

もし震災がなければ、まったく気の毒だ。悲運のM-1王者だ。と国民の同情を集めるだけだったが、いまの状況でそんなことになれば国民パニックを引き起こすだろう。震災直後の買占め、東京脱出で、民衆というものは情報を理解して処理するより先に、自分の身の安全を図る性質があることは証明されている。

伊達ちゃんがそういうことになれば、きっと誰かが「放射能の影響だ」と言い出す。今回の事態はそうした説に、一定以上の説得力を与えてしまうことになる。民衆はすぐに「震災」と「放射能汚染」と「白血病」をイメージとして結び付けて、「やっぱり関東は危ない」と叫びだすだろう。海外メディアも敏感に反応するだろう。

社会の秩序は、そこに住む人々の常識によって支えられている。法律規制は、それを補完しているに過ぎない。

その常識が、今回の件で綻んでしまった。政府医師相方の富澤がいくら「伊達ちゃんの白血病放射能とは関係ない」と言っても、「そうだよね」と納得するより「あいつらは隠している」と訝しがる声の方が大きくなるだろう。「水俣病だって薬害エイズだってアスベストだって政府は『人体にさほど影響はない』と言ったじゃないか」と。そうなれば、正確な知識や情報は何の役にも立たなくなる。

そこまで極端ではなくとも、きっと誰かが今後、東北関東白血病の人を探し出しては「やっぱり放射能の影響じゃないか!」と言い出すに違いない。今までもそういう人はいたのだ。敦賀柏崎福島原発の周辺住民に病人が出るたびに「漏れてるじゃないか今すぐ原発を閉鎖しろ」と言い出す人はいたのだ。それでも国民は「そんなに危なくないでしょ、原発って基本的には安全でしょ」と、そうした人たちの言説をトンデモカルトとして無視してきたのだ。

それが、もう無視できなくなる。不安という、ドス黒い雨が降った。すべてが、少しずつおかしくなってゆく。

2011-03-21

放射能の雨が降ってるのか…『黒い雨』の世界だな。

2011-03-19

疎開

これを書くと「情弱」「ヘタレ」「デマを流すな」といろいろ書かれそうだが備忘録意味で書いておく。

15日、妻と子を関西(妻の実家)に帰した

23区でも割と都心寄りに住んでいるので計画停電の影響は殆どないし

都心寄りは電車は動いているし、そんなに生活に支障はない。

にもかかわらず疎開させたのは、ひとえに「放射能対策」、それ以外に理由はない。

文系ではあるが、もともと原子力についてはいくつか本は読んでいる。(推進派・反対派いずれも)

なので多少の予備知識はあるつもりなのだが

結局「ワーストシナリオ場合でも、23区内は(乳幼児にとっても)大丈夫」という確たるクレジットが、

自分が探した範囲内で得られなかったから、疎開の理由はそれに尽きる。

恐らく、「ワーストシナリオで、23区内に放射性物質が飛来し、健康被害が生じる」確率は、

1%あるかないかだろう。

なので、通常であれば、99%の確率を信じて、都内に留まるということになるだろう。

事実、自身はしばらく留まるつもりである

それは「99%に掛ける責任を、自己責任で負ってもいい」と自己判断したからである

自分もいわば「中年メタボ」なので、「ガンで死ぬ前に、脳卒中とか心臓病で死ぬワイ」という

 開き直りの気持ちもある)

しかし、乳幼児は「自己判断」ができない。

親が判断を代理行使しなければいけないのだが、不幸にして「1%」の事態に陥ったときに、

自分(親)は子に対して責任を負えるのか?

自分は、自己決定できない子供に成り代わって、「1%であっても、回避できるのであれば、回避する」

のが親の務めと思って、回避させた。

もともと13日の水素爆発の時点で、「事態の収拾が難航しそうだ、最悪の場合は避難しなければ・・・」と

妻と話していて、妻の実家にも下話はしていた。

その後様子を見ていたのだが

「2号機の圧力容器破損」

「4号機で火災」などのトラブルが相次ぎ、「どうも事態収拾ができなさそうだ」と判断した

特に「高レベル放射線量が計測された」というニュースが決定打になった。

※その日、新宿でも低レベル放射線量が計測されたが、それは疎開の理由ではない。

 医学的知識が少ない人の場合、少量の放射線に怯えて疎開している向きもあるようだが自分場合

 「自然放射能」とかも知っているので、低レベル放射線自身はこわく無かった。

自分が「高レベル放射線量」のニュース疎開を決めたのは、

「(放射線防護しながらの)現地作業員の回復作業が困難、というより不可能になる」と判断したからである

単機のトラブルだと兎も角、複数機のトラブルなので、現地作業員による事態収拾は「まず絶望的」と思ったのである

恐らく、このあと数日は、「放射能を避けながらの最大限」の作業が行われるだろう。

しかし、それは通常の「放射線を気にしないで行う作業」の、10分の1、100分の1の作業効率しか上がらないと予想された。

(実際、15日以降、今日までの事態はそのように推移している)

となると、遅かれ早かれ、「事態収拾困難」で白旗を上げる時期が来る。

その後はメルトダウンなのか再臨界なのか「神のみぞ知る」状態になる。

そういうワーストシナリオであっても、風向きが南風だったり北西風であれば、

首都圏には何のダメージもないことも、自分は知っていた。

しか自分は「関東は、時々北東~北北東の風が吹いて、天気がぐづつく」という気象現象があるのも知っていた。

恐らく1年365日のうち20日程度だろうか、全国的に晴天なのに、関東だけ曇りや小雨という気象条件の時があり、

そういう場合関東東側に小さな低気圧があって北北東の風が吹いているのである

茨城福島沖の湿気を含んだ空気が、北北東の風に乗って関東山地箱根など)にぶつかり、弱い雨が降る。

 冬型気圧配置で、日本海側、それも日本海側の内陸で降雪があるのと同じ理屈

となると、折悪しくこういう気象条件の場合ワーストシナリオが発生した場合

汚染された気流が関東に流れ込む形になり、しかも悪いことに「降水」する危険性が高い。

つまり、「黒い雨である

今回の原発事故以降、毎日時間原発関連テレビを見て、かつ「はてな」で情報収集しているのだが

この関東特有の気象条件について言及している学者が一人もいないのが不思議である

希望的観測を言えば、福島茨城県境に山地八溝山など)があるので、そこである程度放射性物質

 落下してくれるかもしれないが・・・

で、「ワーストシナリオ」発生時に「あわてて家族一緒に避難する」という選択肢もある。

15日の放射線データを見てもわかるように、関東山地以西、山梨静岡は、

北北東気流が遮られるので、格段と影響が小さくなる。

つまり「箱根を超えれば、なんとかなる」のだが・・

関東4,000万人が一斉に避難行動を開始した場合、様々なパニックが予想される。

実際に避難できる方向は静岡方面と山梨方面だと思うが、自分ラフ計算したところ、

東名高速中央道が徒歩避難者に開放されたとしても、両高速道路関東脱出できる人数は32万人/時、

関東全員が県境を越えるのに125時間かかる」という結果になった。

要は東京マラソン状態になって、「125時間の大渋滞」が県境で発生するのである

「徒歩」という前提で計算したが、自家用車とかだともっと悲惨な結果になる。

要は「ワーストシナリオ発生後に関東脱出できる」人は「関東人口のせいぜい10%もいない」のである

事実上ワーストシナリオ発生後の脱出は「不可能」と言ってよい。

なので、子供のために「1%のリスクを排除してあげる」には、

ワーストシナリオ発生する前に、事前に疎開させる」というのが親として取るべき行動、という結論になった。

勿論、個々の事情はあって、自分場合は「妻の実家関西」という有利な条件がある。

※親類が西日本に居なければ、「1%のリスクを甘受して、東京に留まる」という選択肢を取ったと思う。

さらに、妻は専業主婦であり、仕事のしがらみは、ない。

唯一のネックは「上の子が小学1年生で、まだ終業式を迎えていない」ことである

春休みまでの数日間、学校を「ズル休みする」格好になり、この点を妻はさんざん抵抗した

「終業式以降じゃダメなの?」

これを自分は説得した

「A=今避難して、その後何もなくて、「取り越し苦労だった」と嘆く。

 B=今避難せずに、その後万一のことが起こって、「あの時避難しておけば・・」と後悔する。

 Aの嘆きなんて、所詮「後になれば笑い話」だし、子供の長い人生の中で、1週間の休みなんて、どうということはない。

 「Aの嘆き」と「Bの後悔」では、全然質が違う」

それでも渋る妻に、奥の手も使った。

大学時代の友人で、今は某私大准教授(専門は化学)に、「疎開を考えているがどうだろう?」と

メールしたところ、「疎開もアリでしょう」との回答を得た。

で、その准教授の肩書きとともにメールを見せて、いわば「権威付け」して、妻も納得した

(後日その准教授は自身のツイッターで「西日本疎開できる家庭環境の人は、疎開していいのでは?」と書き込んだようだ)

・・・ということで何とか妻子を西に帰しただが

実は一番の「疎開効用」は、

「今ワーストシナリオになってないだろうか?子供大丈夫だろうか?」と

ビクビクしながら仕事する、その必要がなくなったことである

15日以前は、常に原発が気になり、正直仕事が手につかなかった。

その点、16日以降は「後方の憂えがない」状態なので、仕事がはかどる、はかどる。

自分ワーストシナリオでも、まあガン化確率がちょっと上がるだけじゃん、んなもん気にしてられっか!」と

開き直ったら、人間、強いものだ。

最後に、今も原発の状況は自分はウォッチングしている。

自分なりに「事態が収拾され、ワーストシナリオ回避される」時点を見極める必要があるから

早期に事態収拾されるなら、終業式くらいは出席させよう、というハラである

私見だが、冷却電源が確保され冷却(原子炉使用済み燃料プール)に成功すれば、

事態収拾と判断していいと思うのだが・・

2008-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20080725013722

原発っていうか核全般ね。子供の頃ピカドン絵本とか何度もみせつけられたし。

いや、それって「核兵器」だよね?「原子力発電所」じゃないよね?

たとえば9.11映像を観たからって怖くて飛行機に乗れないってことある?爆弾テロが怖いからって花火も怖い?

「万が一」のときは、黒い雨が俺やお前の上に降るんだぜ。

マジレスすると降らない。黒い雨がなぜ黒いかというと煤煙のために黒いんだ。だから大火災の後には核攻撃の後でなくても黒い雨が降るし、原子炉事故では核爆発は起こらないから大火災も起こらず、従って黒い雨は降らない。

核はひとたび「万が一」が起こったら、一瞬に、無差別に、大量に、未来に渡って、人々を殺し、苦しませるんだろ。

恐くない?

そりゃ、潜在的なリスクは怖いよ。だから、問題はどれだけ丁寧に危機管理がされているかということに尽きるんじゃないかな。

放射線災害度外視しても、大地震は「万が一」どころじゃない確率で起こるわけだし、他にも飢餓だの伝染病だの世の中には危険がいっぱいだ。個人的には、そっちの方がよっぽど対策の不備が目立って恐ろしいと思うけどね。たとえば地球温暖化とか新型インフルエンザの問題は、原発事故より高い確率でもっと悲惨な被害をもたらすリスクがあるけど、原発ほど徹底した対策が打たれているようには思えない(だから今頃大あわてしてるわけだけど)。話を核の災害だけに限定しても、原発事故よりも将軍様の暴発の方がよっぽど恐ろしい。

こんな夜中にこんなこと書いてるとだんだん怖くなってくるから嫌なんだが、結局は世の中は怖いということなんじゃないかな。どうあがいたって人間はいずれ死ぬんだし。たまたまその怖さが見えやすかったのがあなたにとってはまず原発だったというだけで。

http://anond.hatelabo.jp/20080725005707

子供の頃刷り込まれたからじゃないかなあ。残念ながら、大人になってもそれを一笑に付す材料が無くてな。

どうして原発だけがそこまで危険な施設と思いこまれてるんだろうね。それがまず不思議だよ。

原発っていうか核全般ね。子供の頃ピカドン絵本とか何度もみせつけられたし。

「万が一」のときは、黒い雨が俺やお前の上に降るんだぜ。

被ばくして何十年も苦しんだあげくに死ぬんだぜ。

俺一人のリスクなら原発より危険なのはいっぱいあるけど、

核はひとたび「万が一」が起こったら、一瞬に、無差別に、大量に、未来に渡って、人々を殺し、苦しませるんだろ。

恐くない?

2008-07-24

http://anond.hatelabo.jp/20080724194009

原発は万が一の時「想定を超えていた」じゃすまないんだけど。善かれ悪しかれ戦後教育を受けていれば、黒い雨の恐怖は説明するまでもないと思ったんだが。第五福竜丸とか冷戦とか核の冬とかチェルノブイリとかってもう死語なのかな。


チェルノブイリ以外は原発ではなくで原爆水爆の話だね。原発だったらスリーマイル島の事故もあったか。

http://anond.hatelabo.jp/20080724081926

阪神大震災のときにぶったおれた高速道路も、作ったときは地震で倒れるとは思ってなかったんじゃなかろうか。

阪神大震災がおこるまでは、日本耐震基準は関東大震災クラスを想定してたんじゃなかったっけ。

原発はあの程度のやわな揺れで壊れたりしません。

原発万が一の時「想定を超えていた」じゃすまないんだけど。善かれ悪しかれ戦後教育を受けていれば、黒い雨の恐怖は説明するまでもないと思ったんだが。第五福竜丸とか冷戦とか核の冬とかチェルノブイリとかってもう死語なのかな。

もちろん、原発に限らず絶対安全なんて無理だし、柏崎刈羽原発はちゃんと止まったんだから素直に「安全対策すげえ」って思ったけどね。

それで夏場のエアコンに使う首都圏電気が足りねえって騒いでるのには呆れたが。

 
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