そういうときもある
googleがカバーしなければならない言語が世界にいくつあるだろうか?
その内、東洋の一小国に過ぎない極めて限定された地域でのみ使われている言語、しかも必要な文字の種類がアルファベットよりも圧倒的に多く、なおかつ同じ漢字語圏の中国語や韓国語に比べても明らかに多い同音異義語は高い精度の語句変換機能を提供するには明らかにコスパが悪杉、さらに当の国内は年々人口減とともに経済規模が縮小。
二次元アイドルのライブによくいくんだけど男が多いか女が多いかでかなり体臭の差があるのはやっぱ性別的にしょうがないのか?
元増田(て言い方でいいんですかね)です。
例に出たような企業さんが誰かを生贄に捧げるという事ですがその結果得られるものが
ただ生贄を積むにしても詐欺まがいみたいな事の為ならば流石にそれは避難される事もあるだろうなと。
その判断自体本人にしか解らないので外からの評価は難しいでしょうが。
ただ賢らにさも解ったように見当違いのコメントを付けるのは色々違うんじゃねえの?みたいな感じです。
ドキュメンタリーの最後のほうの質問に対する庵野の回答について昨日からずっと考えてる。
作品に命をかけていると言うがそれはなんで?
「他にやれることがないから」
なんでそこまでする?
「僕が最大限人の中で役に立てるのがそこくらいしかない。世間にはそれくらいしか役に立たない」
庵野は映像制作の天才だ。エヴァシリーズ、シン・ゴジラ、この30年がそのことを証明している。
だけどドキュメンタリーではこだわりが強すぎて周りが振り回されるさまも描かれていた。
コミュニケーションが成り立たなくてになにを考えているかわからないときがあるし、突発的になにかをしでかす。
そこで思うのだ。
もし庵野に才能がなかったらどうなっていただろうか。
残念だがあまり明るい想像ができない。癖の強い不思議な人という評価で終わってしまう気がする。
私の家庭は父親と兄と私の三人家庭だった。母親は私を産んで四年後に事故で亡くなった。父方の親戚縁者との関わり合いもあまりなく、父親の収入は人並みにあったので金銭面は問題なかった。
小学校五年生の時に学校のトイレで股から血が出ているのに気付いた。初潮だった。四年生の時に月経について学んでいた私は保健室に行った。養護教諭の先生は私に昼用数枚と夜用を一枚くれた。
初潮だったからかその月は最初にもらった昼用一枚だけで済み、次の月も一枚で済んだ。汚したパンツは風呂で手洗いして洗濯機に放り込んだ。
数カ月を一枚ずつで済ませたが、経血の量も増え、夜用も使ってしまった。だがどうしても父に言えなかった。
スーパーでの買い物は父の役目だったし、小学生の小遣いで買うにはナプキンはなかなかの値段だった。
百均で買った数枚入りのナプキンを、朝学校に行き夜の風呂の前に付け、風呂の後に付け、また朝取り替え、一日二枚で過ごした。夕方にはだぶだぶになっていて際まで真っ赤だった。もう吸収できないと思ったらトイレットペーパーを上に敷いて挟んでいた。もしかしたら臭いもしていたかもしれない。ゴミは学校に持って行って捨てていた。
夜に昼用を使っていたので何度か下着とパジャマを汚し、股の間にきつく挟んでトイレットペーパーをパジャマの中の尻の周りに詰めて寝た。朝になるとトイレットペーパーには血がついてパリパリと硬くなっていた。
中学校に上がるまでそういう形でしのいでいたが、中学入学前に出会ったある女性が気にかけてくれて、父に生理に必要なものを買うよう説明してくれた。
父はその場でその女性に一万円を渡し、私は女性と一緒に近所のドラッグストアにナプキンを買いに行った。サニタリーショーツというものを知ったのもその時だった。
父にはほぼ知識がなかったようで、男の自分しかいなかったので知らなかった、申し訳ないと女性に話していた。
パリパリの尻の感触の記憶などについては何となく誰にも何も言えないまま、私は成長して、先日結婚した。
私が女の子を産んだ後にもしも先立ってしまったら、夫は娘の生理周りまで気にかけて育ててあげられるだろうか。現段階の夫では難しいと思う。いつかそうなっても大丈夫なように、ある程度は教えておかないといけなさそうだ。
日本全体のためなら、地方創生のために岡山の田舎に引っ越して子育てすべきだな
田舎生まれの癖に東京の私大に行くのは許してやろう。お勉強が終わったらさっさと田舎に帰って、ヒモ時代に大学院を出してくれた女でも嫁にもらって3人は子供作って故郷に錦を飾るべきだ。