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はてなキーワード: 母屋とは

2021-07-09

姑が鍵をしめてるんですけどね。

結婚して旦那実家で半同居(姑は離れで暮らしてる)みたいなことをしてる。

なので、姑が母屋に入ってきやすいように、基本母屋の鍵は開けっぱなし。

いくら田舎とはいえ不用心だし。姑も母屋の鍵は持ってるから、開けて入ってくればいいのにと思うんだけど。

旦那に言っても「母さんも遠慮してるんだよ」とか、よく分からんことを言う。

で、ここからが本題。

いくら姑のために母屋の鍵を開けっぱなしにするとはいっても、誰もいないときまで開けっぱなしにはできない。

なので私も姑もいないときは当然鍵を閉めるんだけど、時々、それで姑がやらかす。

なにをやらかすかというと、自分で鍵を閉めて忘れて、後でドアを開けようとして、「私子さんが鍵をしめてる!」というやつ。

いやいや、私、鍵しめてませんし。

うっかり鍵をしめたことはあるけど、そのたびに姑さんが旦那に「鍵しまっててね」と愚痴って、それを旦那が私に「気をつけてね」と言ってくるので、神経質なぐらい、鍵が開いてるかを確認してる。

なんだったらもう、自分母屋の鍵をしめるのをやめようかと思うぐらいに、さわってない。

でも姑さんは自分で鍵をしめて、後で鍵が開かなかったって愚痴るし。

旦那はそれを聞いて、私に「注意してね」って言ってくるし。

基本、旦那はいい人なんだけど。

優先順位は、明らかに姑>嫁。

本人に面と向かって言えば否定するけど、もうわかりきってる。

まあ、それでもいい人なのは間違いない。

姑もこの鍵問題さえなければ、基本的はいい人なのだ

しろどっちも、基本はいい人だからこそたちが悪い。

で。なんでこんなことを書いてるかというと。

今日もまた、姑がやらかしてた。

今日は私が先に買い物に行って、その後で姑が買い物行って……。

私が帰ってきて鍵を開けて家に入って、姑が母屋を出入りして。

で、私が姑の出入りが終わった後に外に出ようとしたら、鍵がしまってた。

わず声がでたわ。「え。なんで?」って。

私は鍵を閉めるタイミングがなかったのに、これって完全に姑がしたことしょうが

でも多分また、姑は旦那愚痴って、旦那は私をたしなめてくるんだろうな。

これはもうネタにしてやろうと思ったので、ここに記録をつけておく。

2021-06-14

anond:20210614075707

知性の勝利やな

モチーフ意味は一つだけやないかオリジナル新参母屋取られてたまるかい

ようやった

偉い 偉い 偉い

2021-05-12

anond:20210511204238

ネコかわいい殺し屋 - 生態系への影響を科学する』 (ISBN: 9784806715801) を読んでもらおう。

ご近所に農家が多いと、害獣駆除するのに慣れているお宅も多いのでは?

というかうちの実家の近所がそうなんだけど、母屋に頻繁に侵入するような外飼いの猫は容赦なく殺すので

実家ではヒトと散歩する以外の外出は厳禁です。

農薬放置してる家もあるし、都会とはまた別で危険が多いと思うよ。

2021-04-24

anond:20210424120113

そりゃまあ完全に軒を貸したら母屋を取られた状態からだろ

検索汚染」に憤る情弱もの気持ちがわからない

あのさあ。

どうしておまえらは二つ以上の単語検索するということをしないんだ?

戦艦名前画像検索するとゲームの絵がー」「競走馬名前アニメの絵がー」って騒ぐけど

金剛 戦艦」「スペシャルウィーク 競走馬」で検索すりゃいいだけだろ。

簡単な話じゃねえか。

なんでそんなこともできないんだ?

たとえば誰かからいきなり「ディープインパクト!」とだけ言われて

競走馬のことなのか映画のことなのか探査機のことなのか楽曲のことなのかお笑いコンビのことなのかプロレス技のことなのか

おまえらには分かるのか?

おまえらに分からないことがどうしてGoogleに分かると思うんだ?

「何も言わなくてもGoogle様は私の調べたいものエスパーしてくれる」というナイーヴな考えは捨てろ。

競走馬のことを調べたいなら馬名に「競走馬」を加えろ。

映画のことを調べたいなら作品名に「映画」を加えろ。

ディープインパクトといえば競走馬に決まってるじゃん!」なんて甘えはGoogle様には通用しないんだよ。

そもそも勘違いしてる奴が多いがGoogle長所は「検索精度」じゃない。

一時期「Google検索精度は高い」と言われていたのは他の(クソザコ)ロボットサーチエンジンとの比較にすぎない。

本当に「価値の高い」ウェブサイトだけを見たいならディレクトリサーチエンジンYahooでよかった。

Googleが素晴らしいのは「検索範囲の広さ」と「充実した検索オプション」なんだよ。

Googleクローラゴミみたいな個人サイト情報まできっちり拾ってくれる。

それを検索オプションを駆使してフィルタリングすることで欲しい情報を見つけ出せる。

もとより口を開けて待ってるだけで欲しいものが降ってくるサービスじゃない。

欲しいものを根気よく探せる人のためのサービスなんだ。

いかおまえらは「検索汚染に苛まれる哀れな被害者」じゃない。

ゴミの山に自分から突っ込んでいってる馬鹿」なんだ。

ネットを汚すなーとか言って他人様に殴りかかるのはやめろ。

エコテロリストかよ。

不快ものを見たくないなら自分で工夫しろ

どうしてもGoogleを使いこなせないなら人力検索はてなでも使ってろカスども。


最近Google検索ワード勝手に消すじゃん。

さなとき検索結果が非常に少ないからだろ。

それでも消さないでくれというなら「完全一致」を選択すればいいだけ。

その程度の手間さえかけられない雑魚から情報弱者なんだよおまえは。

金剛と言えば艦これ金剛のことだと思う人が多数派だとgoogleに示されるのが、母屋を乗っ取られた感じがして、心情的に受け入れ難いのでは?

そういう心情が異常だって言ってんだよこっちは。

異常者であることを自覚して悔い改めろ情弱

これのことなら、好きな馬の名前検索欄に入力したら「嫌い」がサジェストされてショック受けたって話だから検索結果関係ないよね。

関係ない話を持ち出してドヤ顔皮肉を言ってる人だ(笑)

何でその話だと思ったの? ねえねえ?

まあたかだか「嫌い」と出てきただけでショックを受けてしまう繊細ヤクザネットに向いてないってのも事実だけどな。

神はサイコロを振らない」って誰の言葉だっけ?と思ってググっとちょっと面食らった。「誰」まで付けて半々か。

神はサイコロを振らない 誰の言葉」でググれよカス

「誰」って誰だよ。

バンドメンバーが「誰」かもしれんし、ドラマ出演者が「誰」かもしれんだろ。

ここで「いや誰といえばアインシュタインが出てくるべきでしょ」というのはおまえの中でしか通用しないルールであって、そんな思い込みは捨てるんだよ。

自分の知らないバンドドラマ情報まで拾ってくれるGoogleクローラの優秀さに感謝してその幸せを噛み締めろ情弱

2021-03-22

孤独

当時私は二十五歳の青年で、丸まるの内うちのあるビルディングオフィスを持つ貿易商合資会社S・K商会のクラークを勤めていた。実際は、僅わずかばかりの月給なぞ殆ほとんど私自身のお小遣こづかいになってしまうのだが、と云ってW実業学校を出た私を、それ以上の学校へ上げてくれる程、私の家は豊ゆたかではなかったのだ。

 二十一から勤め出して、私はその春で丸四年勤続した訳であった。受持ちの仕事会計の帳簿の一部分で、朝から夕方まで、パチパチ算盤そろばんだまをはじいていればよいのであったが、実業学校なんかやった癖に、小説や絵や芝居や活動写真がひどく好きで、一いっぱし芸術が分る積つもりでいた私は、機械みたいなこの勤務を、外ほかの店員達よりも一層いやに思っていたことは事実であった。同僚達は、夜よな夜なカフェ廻りをやったり、ダンス場へ通かよったり、そうでないのは暇ひまさえあればスポーツの話ばかりしていると云った派手はでで勇敢で現実的な人々が大部分であったから、空想好きで内気者うちきものの私には、四年もいたのだけれど、本当の友達は一人もないと云ってよかった。それが一際ひときわ私のオフィス勤めを味気あじきないものにしたのだった。

 ところが、その半年ばかり前からというものは、私は朝々の出勤を、今迄いままで程はいやに思わぬ様になっていた。と云うのは、その頃十八歳の木崎初代が初めて、見習みならいタイピストとしてS・K商会の人となったかである木崎初代は、私が生れるときから胸に描いていた様な女であった。色は憂鬱ゆううつな白さで、と云って不健康な感じではなく、身体からだは鯨骨くじらぼねの様にしなやかで弾力に富み、と云ってアラビヤ馬みたいに勇壮うそうなのではなく、女にしては高く白い額に左右不揃いな眉まゆが不可思議な魅力をたたえ、切れの長い一ひとかわ目に微妙な謎を宿し、高からぬ鼻と薄過ぎぬ唇が、小さい顎あごを持った、しまった頬ほおの上に浮彫うきぼりされ、鼻と上唇の間が人並ひとなみよりは狭くて、その上唇が上方にややめくれ上った形をしていると、細かに書いてしまうと、一向初代らしい感じがしないのだが、彼女は大体その様に、一般美人の標準にはずれた、その代りには私丈けには此上このうえもない魅力を感じさせる種類の女性であった。

 内気者の私は、ふと機会を失って、半年もの間、彼女言葉も交わさず、朝顔を見合わせても目礼さえしない間柄であった。(社員の多いこのオフィスでは、仕事共通ものや、特別に親しい者の外は、朝の挨拶などもしない様な習わしであった)それが、どういう魔(?)がさしたものか、ある日、私はふと彼女に声をかけたのである。後になって考えて見ると、この事が、いや私の勤めているオフィス彼女入社して来たことすらが、誠に不思議めぐり合せであった。彼女と私との間に醸かもされた恋のことを云うのではない。それよりも、その時彼女に声をかけたばっかりに、後に私を、この物語に記しるす様な、世にも恐ろしい出来事に導いた運命について云うのである

 その時木崎初代は、自分で結ゆったらしい、オールバックまがいの、恰好かっこうのいい頭を、タイプライターの上にうつむけて、藤色セル仕事着の背中を、やや猫背にして、何か熱心にキイを叩たたいていた。

HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI ……

 見ると、レタペーパの上には、樋口ひぐちと読むのであろう、誰かの姓らしいものが、模様みたいにベッタリと並んでいた。

 私は「木崎さん、御熱心ですね」とか何とか云うつもりであったのだ。それが、内気者の常として、私はうろたえてしまって、愚かにも可成かなり頓狂とんきょうな声で、

樋口さん」

 と呼んでしまった。すると、響ひびきに応じる様に、木崎初代は私の方をふり向いて、

「なあに?」

 と至極しごく落ちついて、だが、まるで小学生みたいなあどけない調子で答えたのである彼女樋口と呼ばれて少しも疑う所がないのだ。私は再びうろたえてしまった。木崎というのは私の飛とんでもない思違おもいちがいだったのかしら。彼女彼女自身の姓を叩いていたに過ぎないのかしら。この疑問は少しの間私に羞恥しゅうちを忘れさせ私は思わず長い言葉を喋しゃべった。

あなた樋口さんて云うの? 僕は木崎さんだとばかり思っていた」

 すると、彼女も亦またハッとした様に、目のふちを薄赤くして、云うのである

「マア、あたしうっかりして。……木崎ですのよ」

「じゃあ、樋口っていうのは?」

 あなたのラヴ? と云いかけて、びっくりして口をつぐんだ。

「何なんでもないのよ。……」

 そして木崎初代は慌あわてて、レタペーパを器械からとりはずし、片手で、もみくちゃにするのであった。

 私はなぜこんなつまらない会話を記したかというに、それには理由があるのだ。この会話が私達の間にもっと深い関係を作るきっかけを為なしたという意味ばかりではない。彼女が叩いていた「樋口」という姓には、又彼女樋口と呼ばれて何の躊躇ちゅうちょもなく返事をした事実には、実はこの物語根本こんぽんに関する大きな意味が含まれていたかである

 この書物かきものは、恋物語を書くのが主眼でもなく、そんなことで暇どるには、余りに書くべき事柄が多いので、それからの、私と木崎初代との恋愛の進行については、ごくかいつまんで記すに止とどめるが、この偶然の会話を取交とりかわして以来、どちらが待ち合わせるともなく、私達はちょくちょく帰りが一緒になる様になった。そして、エレベーターの中と、ビルディングから電車停留所までと、電車にのってから彼女巣鴨すがもの方へ、私は早稲田わせだの方へ、その乗換場所までの、僅わずかの間を、私達は一日中の最も楽しい時間とする様になった。間もなく、私達は段々大胆になって行った。帰宅を少しおくらせて、事務所に近い日比谷ひびや公園に立寄り片隅かたすみのベンチに、短い語らいの時間を作ることもあった。又、小川町おがわまちの乗換場で降りて、その辺のみすぼらしいカフェに這入はいり、一杯ずつお茶を命じる様なこともあった。だが、うぶな私達は、非常な勇気を出して、ある場末ばすえのホテルへ這入って行くまでには、殆ど半年もかかった程であった。

 私が淋さびしがっていた様に、木崎初代も淋しがっていたのだ。お互たがいに勇敢なる現代人ではなかったのだ。そして、彼女容姿が私の生れた時から胸に描いていたものであった様に、嬉しいことには、私の容姿も亦また彼女が生れた時から恋する所のものであったのだ。変なことを云う様だけれど、容貌については、私は以前からややたのむ所があった。諸戸道雄もろとみちおというのは矢張やはりこの物語重要な役目を演ずる一人物であって、彼は医科大学卒業して、そこの研究室である奇妙な実験従事している男であったが、その諸戸道雄が、彼は医学生であり、私は実業学校の生徒であった頃から、この私に対して、可成かなり真剣な同性の恋愛を感じているらしいのである

 彼は私の知る限りに於おいて、肉体的にも精神的にも、最も高貴ノーブルな感じの美青年であり、私の方では決して彼に妙な愛着を感じている訳ではないけれど、彼の気難しい撰択に適かなったかと思うと、少くとも私は私の外形について聊いささかの自信を持ち得うる様に感じることもあったのである。だが、私と諸戸との関係については、後に屡々しばしば述べる機会があるであろう。

 それは兎とも角かく、木崎初代との、あの場末ホテルに於おいての最初の夜は、今も猶なお私の忘れ兼かねる所のものであった。それはどこかのカフェで、その時私達はかけおち者の様な、いやに涙っぽく、やけな気持ちになっていたのだが、私は口馴れぬウィスキイをグラスに三つも重ねるし、初代も甘いカクテルを二杯ばかりもやって、二人共真赤まっかになって、やや正気を失った形で、それ故ゆえ、大した羞恥を感じることもなく、そのホテルカウンタアの前に立つことが出来たのであった。私達は巾はばの広いベッドを置いた、壁紙にしみのある様な、いやに陰気な部屋に通された。ボーイが一隅の卓テーブルの上に、ドアの鍵と渋茶しぶちゃとを置いて、黙って出て行った時、私達は突然非常な驚きの目を見交わした。初代は見かけの弱々しい割には、心しんにしっかりした所のある娘であったが、それでも、酔よいのさめた様な青ざめた顔をして、ワナワナと唇の色をなくしていた。

「君、怖いの?」

 私は私自身の恐怖をまぎらす為に、そんなことを囁ささやいた。彼女は黙って、目をつぶる様にして、見えぬ程に首を左右に動かした。だが云うまでもなく、彼女も怖がっているのだった。

 それは誠に変てこな、気拙きまずい場合であった。二人とも、まさかこんな風になろうとは予期していなかった。もっとさりげなく、世の大人達の様に、最初の夜を楽しむことが出来るものと信じていた。それが、その時の私達には、ベッドの上に横になる勇気さえなかったのだ。着物を脱いで、肌を露あらわすことなど思いも及ばなかった。一口に言えば、私達は非常な焦慮しょうりょを感じながら、已すでに度々たびたび交わしていた唇をさえ交わすことなく、無論その外の何事をもしないで、ベッドの上に並んで腰をかけて、気拙さをごまかす為に、ぎこちなく両足をブラブラさせながら、殆ど時間もの間、黙っていたのである

「ね、話しましょうよ。私何だか小さかった時分のことが話して見たくなったのよ」

 彼女が低い透き通った声でこんなことを云った時、私は已すでに肉体的な激しい焦慮を通り越して、却かえって、妙にすがすがしい気持になっていた。

「アア、それがいい」私はよい所へ気がついたと云う意味で答えた。

「話して下さい。君の身の上話を」

 彼女身体を楽な姿勢しせいにして、すみ切った細い声で、彼女の幼少の頃からの、不思議な思出おもいでを物語るのであった。私はじっと耳をすまして、長い間、殆ど身動きもせずそれに聞き入っていた。彼女の声は半なかば子守歌の様に、私の耳を楽しませたのである

 私は、それまでにも又それから以後にも、彼女の身の上話は、切れ切れに、度々たびたび耳にしたのであったが、この時程感銘かんめい深くそれを聞いたことはない。今でも、その折の彼女の一語一語を、まざまざと思い浮うかべることが出来る程である。だが、ここには、この物語の為には、彼女の身の上話を悉ことごとくは記す必要がない。私はその内から、後にこの話に関係を生じるであろう部分丈けを極ごく簡単に書きとめて置けばよい訳である

「いつかもお話した様に、私はどこで生れた誰の子なのかも分らないのよ。今のお母さん――あなたはまだ逢わないけれど、私はそのお母さんと二人暮ぐらしで、お母さんの為にこうして働いている訳なの――その私のお母さんが云うのです。初代や、お前は私達夫婦が若かった時分、大阪川口かわぐちという船着場ふなつきばで、拾って来て、たんせいをして育て上げた子なのだよ。お前は汽船待合所の、薄暗い片隅に、手に小さな風呂敷包ふろしきづつみを持って、めそめそと泣いていたっけ。あとで、風呂敷包みを開けて見ると、中から多分お前の先祖のであろう、一冊の系図書けいずがきと、一枚の書かきつけとが出て来て、その書きつけで初代というお前の名も、その時丁度ちょうどお前が三つであったことも分ったのだよ。でもね、私達には子供がなかったので、神様から授さずかった本当の娘だと思って、警察手続てつづきもすませ、立派にお前を貰もらって来て、私達はたんせいをこらしたのさ。だからね、お前も水臭い考えを起したりなんぞしないで、私を――お父さんも死んでしまって、一人ぼっちなんだから――本当のお母さんだと思っていておくれよ。とね。でも、私それを聞いても、何だかお伽噺とぎばなしでも聞かせて貰っている様で、夢の様で、本当は悲しくもなんともなかったのですけれど、それが、妙なのよ。涙が止めどもなく流れて仕様がなかったの」

 彼女の育ての父親が在世ざいせいの頃、その系図書きを色々調べて、随分本当の親達を尋たずね出そうと骨折ったのだ。けれど系図書きに破けた所があって、ただ先祖名前や号やおくり名が羅列られつしてあるばかりで、そんなものが残っている所を見れば相当の武士さむらいの家柄には相違ないのだが、その人達の属した藩はんなり、住居なりの記載が一つもないので、どうすることも出来なかったのである

「三つにもなっていて、私馬鹿ですわねえ。両親の顔をまるで覚えていないのよ。そして、人混みの中で置き去りにされてしまうなんて。でもね。二つ丈け、私、今でもこう目をつむると、闇の中へ綺麗きれいに浮き出して見える程、ハッキリ覚えていることがありますわ。その一つは、私がどこかの浜辺の芝生の様な所で、暖かい日に照らされて、可愛い赤あかさんと遊んでいる景色なの。それは可愛い赤さんで、私は姉ねえさまぶって、その子のお守もりをしていたのかもしれませんわ。下の方には海の色が真青に見えていて、そのずっと向うに、紫色に煙けむって、丁度牛の臥ねた形で、どこかの陸おかが見えるのです。私、時々思うことがありますわ。この赤さんは、私の実の弟か妹で、その子は私みたいに置去りにされないで、今でもどこかに両親と一緒に仕合せに暮しているのではないかと。そんなことを考えると、私何だか胸をしめつけられる様に、懐しい悲しい気持になって来ますのよ」

 彼女は遠い所を見つめて、独言ひとりごとの様に云うのである。そして、もう一つの彼女の幼い時の記憶と云うのは、

「岩ばかりで出来た様な、小山があって、その中腹から眺めた景色なのよ。少し隔へだたった所に、誰かの大きなお邸やしきがあって、万里ばんりの長城ちょうじょうみたいにいかめしい土塀どべいや、母屋おもやの大鳥おおとりの羽根を拡ひろげた様に見える立派な屋根や、その横手にある白い大きな土蔵なんかが、日に照てらされて、クッキリと見えているの。そして、それっ切りで、外ほかに家らしいものは一軒もなく、そのお邸の向うの方には、やっぱり青々とした海が見えているし、その又向うには、やっぱり牛の臥た様な陸地がもやにかすんで、横よこたわっているのよ。きっと何ですわ。私が赤さんと遊んでいた所と、同じ土地景色なのね。私、幾度その同じ場所を夢に見たでしょう。夢の中で、アア又あすこへ行くんだなと思って、歩いていると、きっとその岩山の所へ出るに極きまっていますわ。私、日本中を隅々まで残らず歩き廻って見たら、きっとこの夢の中の景色と寸分違わぬ土地があるに違いないと思いますわ。そしてその土地こそ私の懐しい生れ故郷なのよ」

ちょっとちょっと」私はその時、初代の話をとめて云った。「僕、まずいけれど、そこの君の夢に出て来る景色は、何だか絵になり相そうだな。書いて見ようか」

「そう、じゃあもっと詳しく話しましょうか」

 そこで、私は机の上の籠かごに入れてあったホテルの用箋ようせんを取出して、備そなえつけのペンで、彼女が岩山から見たという海岸景色を描いた。その絵が丁度手元に残っていたので、版にしてここに掲かかげて置くが、この即席そくせきのいたずら書きが、後に私にとって甚だ重要な役目をつとめてくれ様などとは、無論その時には想像もしていなかったのである

「マア、不思議ねえ。その通りですのよ。その通りですのよ」

 初代は出来上った私の絵を見て、喜ばしげに叫んだ。

「これ、僕貰もらって置いてもいいでしょう」

 私は、恋人の夢を抱いだく気持で、その紙を小さく畳たたみ、上衣うわぎの内ポケットしまいながら云った。

 初代は、それから又、彼女物心ついてからの、様々の悲しみ喜びについて、尽きぬ思出を語ったのである。が、それはここに記す要はない。兎とも角かくも、私達はそうして、私達の最初の夜を、美しい夢の様に過すごしてしまったのである。無論私達はホテルに泊りはしないで、夜更よふけに、銘々めいめいの家に帰った。

2021-03-19

坂口

そのころ私は伊東温泉に住んでいた。伊東には川奈日本一ゴルフ場がある。もっとも、当時は占領軍接収されていて、日本人は立入ることができなかった。

 私の住居からメートルぐらいのところに尾崎士郎さんが住んでた。士郎さんのところへ出入りする人で、彼の小説の中でカチンスキーとよばれて登場する怪人物がいる。カチンスキーといっても先祖代々の日本人であるが、ゴルフ界で顔の売れた世話人である。私がゴルフ道具を手に入れたときいて、やってきて、

川奈ゴルフに行きましょう」

 と誘う。

「あそこは日本人が行けないのでしょう」

普通はそうですが、ボクと一しょなら行けるんです。進駐軍川奈接収したとき司令官に頼まれて、いわれた数だけのゴルフ用具をそろえてやったんです。お礼に何をやろうかといわれたときに、ボクとボクの友だちにゴルフをさせろといってみたんです。よろしい、ではお前とその他七人のお前の友だちはゴルフをしてよろしいということになったんです。七人の名前を書きだしてきましたが、要するに一度に七人以内ならだれでもいいんですよ」

「それは、ありがたいね。じゃア、あなたゴルフを教えてもらおう」

「ぼくはゴルフをやらないんです。ぼくはゴルフの道具を銀行会社へ売りこんだり、ゴルフ場工事請負ったりしてたでしょう。ボクがヘタでなってないフォームバカな振り方をやるとお客がよろこんで、つまり商売のコツだから、ボクは昔からゴルフやらんです。ハハ」

 怪人物言辞はモーローとして心もとないから、私は士郎さんをたずねて、きいた。

カチンスキー氏が川奈ゴルフ場へ出入できるというのは本当ですかね」

「それは本当だ。とても顔がきくんだ。司令官がでてきて、食堂へ案内してコーヒーをのませるぐらい顔がきくよ」

「オレは英語がしゃべれないから、そう顔がきいてもこまるな」

「イヤ、キミはこまらんよ。司令官食堂へつれて行くのはカチンスキーだけだ。先日カチンスキーの会社社長が彼の案内で川奈へ行ったが司令官カチンスキーだけ食堂へつれて行ってコーヒーをのませてくれて、カチンスキーは二時間ぐらいコーヒーのんでたそうだ。社長はその間、吹きさらしのゴルフ場へ放ッぽりだされていたそうだよ。キミも食堂へ案内される心配はない」

カチンスキー氏は英語が達者なのかね」

「イヤ。全然できないが、二時間でも半日でも持つそうだ」

 妙な人物がいるものだ。カチンスキー氏の社長ゴルフを知ってるだろうから、吹きさらしの中で二時間放ッぽりだされても持つかも知れんが全然ゴルフを知らない私はカゼをひくだけの話である

 こういう次第で、日本一ゴルフ場で人のできない練習の機会には恵まれていたが、私は怖れをなして行かなかったのである

 一九五二年二月二十九日というハンパな日に、私は群馬県桐生市という赤城山麓の織物都市引っ越した。

 私は引っ越しくるまで知らなかったが、そこは書上文左衛門という桐生一の旧家で桐生一の富豪母屋であった。せまい部屋が一ツもない。どの部屋からも一陣の突風が吹き起りそうな広さがあった。

 ここを探してくれたのは作家南川である潤さんはこの母屋に人が住んでいないことを知っていたが、まさか人に貸すとは思わずに、念のため訊いてもらったのだそうだ。すると意外にも実にアッサリ貸してくれたのだそうで、私も引っ越してみて、貸すのが当り前だと思った。

 誰かが住んでいなければ、夜な夜な怪風吹き起り、日中といえども台所や座敷などにツムジ風などが起り、ネズミその他のジャングルとなるであろう。かと云って、タダモノの住みこなせる家ではない。第一当家の人々が奥の方に然るべき住み心持よき家をつくって移住しているほどだ。トラック一台の荷物なぞは、片隅のゴミのようでしかない。

 どうしたら人間が住めるであろうかと皆々が思案投首というところへ、文左衛門さんがやってきて、

山寺のようでしょう」

 と云う。まさしくその通りだから

「まったく、そうです」

「御挨拶ですね。オヤあなたゴルフをおやりですね」

「やりません」

「道具があるじゃありませんか」

 私は返事をしなかった。ゴルフの道具はある。たしかであるしかし、ゴルフは知らない。たしかである。そのナゼであるかは、何年前かに文六さんのウィスキーの肴にされたテンマツから話をしないと、誰にもわかってもらえない。そして、そのテンマツを語るにはハナシ家が高座で一席うかがうぐらいのイキサツがあって、途中できりあげることも、途中から切りだすこともできない。要するに、返答しない方が無難なのである

 しかし、文左衛門さんはイサイかまわず「私のウチの裏庭にゴルフ練習場があります戦前に造ったもので、いたんでいますが、練習に差支えはありませんから、御自由にお使いなさい」

 言いのこしてさッさと行ってしまった。文左衛門さんはその後私の顔を見るたびに裏庭の練習場を使いなさいとすすめるが、私はかりそめにもゴルフクラブを手にとらなかった。それは文六教祖の訓戒をケンケンフクヨウしているからで、はじめにはプロについて正しいフォームを習いなさい、この一ヶ条だけは守りなさいという。だいたい教祖言辞学校先生大臣長官の訓辞よりもなぜ信仰されるかというに、たいがい教祖の訓戒は一ヶ条ぐらいしかない。ここが教祖の自信マンマンたるところで、また実力あるところである大臣先生もの訓辞はとてもこうはいかない。

2021-02-04

新見南吉「おぢいさんのランプ自動車

 菜の花ばたの、あたたかい月夜であった。どこかの村で春祭の支度したくに打つ太鼓がとほとほと聞えて来た。

 巳之助は道を通ってゆかなかった。みぞの中を鼬いたちのように身をかがめて走ったり、藪やぶの中を捨犬のようにかきわけたりしていった。他人に見られたくないとき、人はこうするものだ。

 区長さんの家には長い間やっかいになっていたので、よくその様子はわかっていた。火をつけるにいちばん都合のよいのは藁屋根わらやねの牛小屋であることは、もう家を出るときから考えていた。

 母屋おもやはもうひっそり寝しずまっていた。牛小屋もしずかだった。しずかだといって、牛は眠っているかめざめているかわかったもんじゃない。牛は起きていても寝ていてもしずかなものからもっとも牛が眼めをさましていたって、火をつけるにはいっこうさしつかえないわけだけれども。

 巳之助はマッチのかわりに、マッチがまだなかったじぶん使われていた火ひ打うちの道具を持って来た。家を出るとき、かまどのあたりでマッチを探さがしたが、どうしたわけかなかなか見つからないので、手にあたったのをさいわい、火打の道具を持って来たのだった。

 巳之助は火打で火を切りはじめた。火花は飛んだが、ほくちがしめっているのか、ちっとも燃えあがらないのであった。巳之助は火打というものは、あまり便利なものではないと思った。火が出ないくせにカチカチと大きな音ばかりして、これでは寝ている人が眼をさましてしまうのである

「ちえッ」と巳之助は舌打ちしていった。「マッチを持って来りゃよかった。こげな火打みてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア」

 そういってしまって巳之助は、ふと自分言葉をききとがめた。

「古くせえもなア、いざというとき間にあわねえ、……古くせえもなア間にあわねえ……」

 ちょうど月が出て空が明かるくなるように、巳之助の頭がこの言葉きっかけにして明かるく晴れて来た。

 巳之助は、今になって、自分のまちがっていたことがはっきりとわかった。――ガソリン車はもはや古い道具になったのであるEVという新しいいっそう便利な道具の世の中になったのである。それだけ世の中がひらけたのである文明開化が進んだのである。巳之助もまた日本お国人間なら、日本がこれだけ進んだことを喜んでいいはずなのだ。古い自分のしょうばいが失われるからとて、世の中の進むのにじゃましようとしたり、何の怨みもない人を怨んで火をつけようとしたのは、男として何という見苦しいざまであったことか。世の中が進んで、古いしょうばいがいらなくなれば、男らしく、すっぱりそのしょうばいは棄すてて、世の中のためになる新しいしょうばいにかわろうじゃないか。――

 巳之助はすぐ家へとってかえした。

 そしてそれからどうしたか

 寝ているおかみさんを起して、今家にあるすべてのガソリン車に石油をつがせた。

 おかみさんは、こんな夜更よふけに何をするつもりか巳之助にきいたが、巳之助は自分がこれからしようとしていることをきかせれば、おかみさんが止めるにきまっているので、黙っていた。

 ガソリン車は大小さまざまのがみなで五十ぐらいあった。それにみな石油をついだ。そしていつもあきないに出るときと同じように、車にそれらのガソリン車をつるして、外に出た。こんどはマッチを忘れずに持って。

 道が西の峠とうげにさしかかるあたりに、半田池はんだいけという大きな池がある。春のことでいっぱいたたえた水が、月の下で銀盤のようにけぶり光っていた。池の岸にははんの木や柳が、水の中をのぞくようなかっこうで立っていた。

 巳之助は人気ひとけのないここを選んで来た。

 さて巳之助はどうするというのだろう。

 巳之助はガソリン車に火をともした。一つともしては、それを池のふちの木の枝に吊した。小さいのも大きいのも、とりまぜて、木にいっぱい吊した。一本の木で吊しきれないと、そのとなりの木に吊した。こうしてとうとうみんなのガソリン車を三本の木に吊した。

 風のない夜で、ガソリン車は一つ一つがしずかにまじろがず、燃え、あたりは昼のように明かるくなった。あかりをしたって寄って来た魚が、水の中にきらりきらりナイフのように光った。

「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」

と巳之助は一人でいった。しかし立去りかねて、ながいあいだ両手を垂たれたままガソリン車の鈴なりになった木を見つめていた。

 ガソリン車、ガソリン車、なつかしいガソリン車。ながの年月なじんで来たガソリン車。

「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」

 それから巳之助は池のこちら側の往還おうかんに来た。まだガソリン車は、向こう側の岸の上にみなともっていた。五十いくつがみなともっていた。そして水の上にも五十いくつの、さかさまのガソリン車がともっていた。立ちどまって巳之助は、そこでもながく見つめていた。

 ガソリン車、ガソリン車、なつかしいガソリン車。

 やがて巳之助はかがんで、足もとから石ころを一つ拾った。そして、いちばん大きくともっているガソリン車に狙ねらいをさだめて、力いっぱい投げた。パリーンと音がして、大きい火がひとつ消えた。

「お前たちの時世じせいはすぎた。世の中は進んだ」

と巳之助はいった。そしてまた一つ石ころを拾った。二番目に大きかったガソリン車が、パリーンと鳴って消えた。

「世の中は進んだ。電気の時世になった」

 三番目のガソリン車を割ったとき、巳之助はなぜか涙がうかんで来て、もうガソリン車に狙ねらいを定めることができなかった。

2021-01-26

anond:20210126113707

キリシタン大名大友家は九州3分の1を取っていたからな。お家騒動さえなければ外国武器無双してた

有力大名の一人が、外国勢力と手を組んで、領土拡大の戦争するとかのアホなことして、庇を貸して母屋を取られるみたいにでもならん限り。

anond:20210126111645

日本って国土の大半が山で、且つけっこう広い島で、日本海の荒海もあるし、

これを外部から武力支配しようとしたら、かなり大変だと思うけど。

有力大名の一人が、外国勢力と手を組んで、領土拡大の戦争するとかのアホなことして、庇を貸して母屋を取られるみたいにでもならん限り。

2021-01-11

アスペルガーの父

実の父から「『軒を貸して母屋を取られる』という諺の意味を知っているか!」と知識マウントを取りつつ反抗的な私に対して牽制しようとする発言をいただいたが、その文脈で言うと私は母家にいる方だし知ってるから知識マウントにもなってない。

で、なんでそれを言い出したかって言うと、家族で飯を食ってて、父がリビングから出る際に「自分はいずれ戻ってくるからドアは開けっ放しの方が楽」と利己的な理由でドアを開けっぱなしにしてしまリビングがクソ寒くなるので家族がいちいち閉めなきゃならず、実際は数秒どころか数分は返って来ず最悪そのままトイレとかまで済ませてこようとしてしまうこと食事中に何度も私から注意されたから。

そんな父は明らかにアスペルガー

自分の決めたルール自分にとって合理的に見えればよく、「他人がどう感じるか」はいくら説明しても理解できない。

父にとっては私が実家を乗っ取って追い出そうとしているように見えているらしい。

一方、父は母方の実家の近くに住みちょっとしたマスオさん状態で、祖父認知症施設に入るや否や、祖父管理していた土地勝手に使い始めて実効支配しようとして家族から怒られている実績がある。

おそらくそんな自分の姿が私にも投影されているのかもしれない。もしくは子供(37)が口答えするなと言いたかったのかもしれない。

現時点で体力や認知能力に対して要介護認定をもらうような状態にはないが、(特に自分の関わらない事柄への)記憶力の著しい欠如や思考放棄がここ数年目立つようになり、私の中では後期高齢精神的な子供という位置付けになった。

先日は父が予定していた時刻を数分遅れそうになっただけで、焦りからか車の運転が無言で乱暴になり事故りそうになったりと、家族への実害が起こりかねない状況も見えてきた。

父に対しては認知症と同様の接し方が必要かもしれないと悟った昨晩の父の様子だった。

まともなコミュニケーションができず忖度するしかない状況で、以前重い鬱から立ち直った母が強すぎて尊敬しかない。

2021-01-05

母国母音母屋空母母艦酵母とかも言い換えなきゃ

父がつく熟語も言い換えなきゃいけないのってある?

2020-12-14

餅つきクラスターを出さないために

当方広島市内在住。20代女性医療従事者。

親族後期高齢者達が毎年恒例の餅つきを今年もすると言い出したか現在全力で止めてるところ。

「新型コロナマスクつけとき大丈夫

餅つきったってねぇ……毎年恒例行事だし」

「餅をつかんことにはねえ」

親族兼業農家だ。米も作っている。毎年餅つきもしている。

わかってる。気持ちは分かるんだが今年は餅つき自粛して欲しいというか餅つき禁止令を出したい!

今年は餅つきをやめようと話したところ、上記内容ほぼ原文そのままに言われた。

どんな感じで餅をついているかといえば、田舎といえど住宅地

庭先で餅をつき、土間のあるところで10人以上が集まって餅をこねる。

風通しは良い空間が人数的にはかなりの密。

三密どころじゃない。

年寄り女性達はマスク着用といえどおしゃべりに花を咲かせる。合間にはお茶を飲みながらつまみ食い。どうみてもマスク着用の意味を分かっていないと思われる。

もちろん餅つきの合間には食事がある。

おにぎり味噌汁漬け物。そしてつきたてのもち。日本酒も毎年出てる。無言で食べる……なんてことは100%ありえない。

食べる時も毎年同様だったら間違いなく三密な上に会食付きだ。

なんだこの役満行事

しか餅つきを楽しみにしているのはほぼ後期高齢者軍団だ。毎年参加している親族の65歳以上を数えただけで少なくとも12人以上いる。脳疾患血液疾患で入院したことがある親族複数名いる。頼む!密になって餅をつくのはやめてくれ!

広島市内は現在日本の中でもトップクラスで新型コロナウィルス感染が拡がっている。

こんな中で餅をつく必要性はあるのだろうか?

帰省自粛が叫ばれている中で、首都圏から幼児を連れて帰省してくる親族もいると聞いた。餅を着く家の直系親族には乳児幼児もいる。私より少し年上の30代夫婦だが乳幼児を連れて餅つきに来るそうだ。

あの……今の現状わかってます?と本気で思う。

久しぶりの休みにこんな記事を書くくらい心は荒んでいる。

餅に罪はない。

業者から餅を買えば良いじゃないか

餅を買って食べる。それでいいじゃないか

経済も回って感染リスクも減る。

ウィン・ウィンの関係だ。

後期高齢者親族たちは「何かあったら(=新型コロナインフルエンザの症状が出ても)あんたが医療従事者だから何とかなるだろう」とぬかす。年齢が近い親族も同様だ。

何ともならんわ!

今の勤務先の現状知ってる?

こちとらほぼ休日返上で働いてるぞ?!

現在知ってて言うんか?!

何としてでも後期高齢者たちが集まる親族一同の餅つきを阻止したい。

最悪のケースを想定すると、記者会見では家庭内感染と言われるだろうが親族一同が餅つきクラスターになる可能性が捨てきれないんだ。年末餅つきを恐怖に感じるのは私が疲れているからだろうか?

どうかこの記事を読んでくださった皆様の知恵を貸してほしい。

高齢者を中心とした餅つきクラスターは全国どこで起きてもおかしくないと私は考えている。

どうかどうかよろしくお願いします。

※補足(2020/12/14 13:10)

地域にどれくらい高齢者いるか町内会の8割が65歳以上の地域でその半分が後期高齢者

後期高齢者だらけの田舎で近くでクラスターも発生したことがある地域

どんな環境か→庭(屋外)で火を炊いてもち米を蒸す、蒸したもち米を土間(屋内)へ移動させる。屋外作業が5人前後、屋内作業が6畳位のスペースに65歳以上だけで10人以上は確実に集まる

庭と土間は続いていて、土間から母屋への入口がある田舎

食事会場→例年であれば隣の人との距離は密着状態。飛沫は間違えなく飛びまくる。作業しながら休憩中に鍋(味噌汁だったり豚汁だったり)を囲みながらおにぎり汁物漬け物等を食べる

餅をつくな!ではなく、親族一同10人以上が集まって餅つきをするのをやめようと提案

餅つきをしたかったら各自の家庭に家庭用餅つき機があるからそれを使ってくれと提案するも却下される

高齢者たちは新型コロナになってもなぜか身内に看護師いるか大丈夫と言って話を聞いてくれない現状

2020-12-01

NIKE」をニケと読めば勝利の女神ナイキと読めばスポーツショップという風潮

いまや「ナイキ」って呼び方勝利の女神をまっさきに思い浮かべる人はほとんどいない。

こういうのってまさに軒を貸して母屋を取られるみたいなもんだよね。

いやNIKEの側は軒を貸した認識すら無いから、「勝手に住み着いた他人所有権を主張」みたいなもんでしょ。

俺はナイキのそういう所が嫌いだよ。

ちゃんとした礼儀がある企業ならこういう問題を起こさないようにNIKEモチーフにしても「NIKEEEENNN」とか名付けるはずでしょ。

歴史宗教礼儀を示さないのは創業当時からだったみたいだね。

失望するまでもない生まれついてのクズだよ

2020-11-08

anond:20201108111206

どうだろ重なる部分はあるけど同じではないと思うなあ

どっちかっていうとツイフェミはツイフェミ理論で動いてて

自分達の母屋を腐らせてダメになったはてサが寄っていってる感じじゃないの

腐った家から火元管理がやべえ家に寄宿しに行くのも笑えるけど

2020-10-22

anond:20201022211231

べっつにさあ

IT技術者が社長会社を立ち上げることを誰も禁止してないんだけど

既存業界の中で社員立場でやろうとすれば軒先を貸して母屋になりたくないんだから扱い悪くなるの当たり前だろう

2020-07-27

アニメタイトル

おばあちゃんのねているあいだに、家族が ガスで・・・あんらく

兄弟もそれをすったのか鼻血を流す

引火したのか母屋がどーん

2020-06-30

子供が減ったのは家が狭くなったからなのでは

anond:20200629181719

啓蒙等により女性地位が向上したから多産DVが発生しなくなり子供の数が1~2人になったという説が出ていたけど、

本当に曾祖母世代から祖母世代の間で女性地位が向上したのかどうか?

祖母は正直言ってバリバリ男尊女卑思想(女は男に仕えるもの、男は外で稼いでなんぼ)の持ち主で、

意識に変化が生じているのは雇用機会均等法以降の世代であり、専業ではなく共働きになった母からだ。

母と祖母は男女観が合わず過去バチバチ喧嘩して、もう平行線から無駄ということで落ち着いている。

 

祖母祖母環境で大きく違うのは、家の大きさだと思う。

曽祖父と曾祖母の家は、母屋を見ただけでも9DK???加えて離れや蔵みたいなものがある???という

未だに全貌のわからない巨大な家で、駅から遠く、車がないと暮らしにくい地域にある。

曽祖父は既に亡くなっており、曽祖父にとっての長男が家を継いでいる。

 曽祖父が建てた家なので曽祖父の家と表現した)

一方、祖父祖母の家は普通3LDK、庭が狭く、今の感覚でも物珍しさのない普通間取りをしている。

曽祖父と曾祖母の家と比べるとかなり駅が近くて、徒歩で買い物に行ける場所にある。

祖父祖母の家で子供9人作れるかというと、無理だと思う。タコ部屋になる。

そのかわり通勤通学の利便性を得たし、子供一人あたりの教育投資予算割合も増した。

曽祖父・曾祖母田舎祖父祖母地方都市郊外、父・母は東京都郊外に住んだ。

より都市都市へと進んでいる。(私は東京で止まっているけど)

 

子供の数の急減が生じたとき、同時に「広大な土地のある田舎から都市への移住」が起きていたのでは。

移住して田舎特有のだだっ広い家と広大な庭もなくなり、3LDKで暮らせる範囲の子供数になったのでは。

というか…曽祖父・曾祖母世代でも、同時期に東京暮らしていた家族は、子供が少なかったのでは?

 

都市への人の移動は、農家やその他の自営業と比べて、稼げて土日休みがとれる仕事を求めてのことだと思う。

大都市ほど職の選択肢が多い。それに引き寄せられて人々は引っ越す判断をした。

そして結果として住居は狭くなり、産める子供の数はせいぜい2人で頭打ち限界で3人、という状態になった。

この状況が、女性たちの「妊娠をしていないし、乳児の保育もしていない時間」を増やすことになったし、

夫婦が一人娘に全力教育投資をして優秀な勤労女性に育て上げるケースも出てきて、

性別女性であっても「機会を与えられれば優秀な人が出てくるかもしれないのだ」という認知が広がった。

 

女性として生まれた瞬間に、大人になっても自力で稼ぐ」ということができないことが確定していた時代環境だと、

そこから女性差別するのは良くないことだ」なんていう感覚は生まれようがないと思うんですよね。

人は経済合理性で動く。都市にカネのにおいがすれば都市に移り住む。

家が狭くなれば子供の数は減る。娘しかできなければ、娘に教育リソースを注ぐ。

手厚く教育リソースを注がれた娘が、弁護士なり女医なり、「知的上澄み労働者」としてバリバリ稼ぐようになれば、

それを見た同僚や客たちの意識がやっと「女でもこんな風に働けるんだ」となる。

そうしてやっと、女はどうせバカからという理由女性就労機会を制限するのは損失だ、と感じるようになる。

ここで男女観の変化が生じる。

そういう順番だったんじゃないかという話。

2020-06-14

anond:20200614065738

軒を貸して母屋を取られるの典型

不満を溜めるくらいなら「気に入らないなら出ていってくれてもいいよ」って言うべき

2020-05-11

anond:20200511103034

グーグルアップルMSオープンソースプロジェクト持ってるからな。オープンソースへの投資はそこにいる人との関係への投資でもあるし。クロームが勝ったのはオープンソースへの投資の大きさってのもあるかもな。Webkitを貸して母屋を取られたアップルだってオープンソース投資していたが。。。

2020-05-07

実家シロアリがいた

子どもGW実家に行く。

着いてごろごろしてると、1匹の羽虫が飛んできてつぶした。その時には、田舎だしよくあることだと思ってた。

昼飯まで離れで子どもと遊んでると、お袋の悲鳴が聞こえる。

「虫がいっぱいいる~、早く来て~」

母屋に行くと親父が掃除機居間の虫をすってる。

お袋が冷蔵庫の影を指さすと数十匹の羽のついた虫が柱を登ってる。

親父を呼ぶが、親父の方にもいっぱいいるらしい。

もう一つの掃除機を持ってきて吸う。

よく見ると居間こたつからうじゃうじゃ出てくる。

ひととおり虫を掃除機で吸うがきりがない。

離れに避難して昼飯を食べながら、どうするか考える。

虫は黒かったし、親はシロアリだと認めたくなさそうだったが、スマホで羽蟻の写真を見せると、諦めたようだった。

とりあえず、バルサン炊くことにした。

ホームセンター工場バルサン四つ購入。

その間お袋が2回ぐらい虫を吸ったらしく、帰ってくると虫はあまりいない。

床下の通気口に目張りをして、親父と畳を起こし、床板を剥がす。

バルサン連続で火をつけ床下に置き、板を戻す。

外で待ってると、でかいムカデが這い出てきた。しかも2匹。

築50年の田舎の家で、壁にもひびが入ってたりするけど、非常につらい。

バルサン後は1匹も見なくなったけど、もうつぶすしかいかな。

2020-04-21

マスクを売りてサービスを落とす」

なんか良い諺で言い換えられないもんかね。

「軒を貸して母屋を取られる」みたいな。(これは微妙に違う)

2019-08-28

若者の〇〇離れの反対を考えてみる

スマホSNSを当てはめて試す。

若者の〇〇依存

スマホ依存SNS依存

病的な意味に見える。

若者の〇〇ブーム

スマホブームSNSブーム

一過性意味合いが強い。

若者の〇〇ムーブ

スマホムーブSNSムーブ

若者の〇〇嗜好

スマホ嗜好、SNS嗜好

ニュアンスとしては近い気がする。

若者の〇〇近寄り、〇〇近づき

スマホ近寄り、SNS近づき

反対っぽく平仮名を入れてみたが、語呂が悪い。

若者の〇〇接近

スマホ接近、SNS接近

物理的に見える。台風みたい。

若者の〇〇好き

スマホ好き、SNS好き

かわいい

若者の〇〇デレ

スマホデレ、SNSデレ

若者の〇〇欲

スマホ欲、SNS

意味深。

若者の〇〇愛着

スマホ愛着SNS愛着

若者の〇〇母屋

スマホ母屋SNS母屋

ネタ枠でいれたが意外と嫌いじゃない。

2019-08-08

あいちトリエンナーレ」は、神田真秋弁護士愛知県知事選公約として掲げて当選、発足した、最初から官費ありきの、極めて公的性質の高い国際展  わかる

主催は「あいちトリエンナーレ実行委員会実行委員長大村秀章愛知県知事ですが、大村知事は農水官僚出身の元自民党代議士 わかる

不自由展は今回が初めてではない わかる

撤去されたものを取り扱ってるので不謹慎ものがあるのはむしろ当たり前 わかる

不謹慎ものでも

東浩紀アドバイザー まぁわからなくもない

美術監督津田大介 わからない

過去撤去されたものを集めてるはずなのに左派に都合のいいものしかない わからない

男女平等」など芸術のものの内容とは別の切り口でのPR わからない

ってお思ってたのでこの記事はとても参考になった

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57247

こんな事態にしてしまったのは、芸術監督判断と行動に原因があることで、明確にそれを指摘しておく必要がある

アマチュアが間違った椅子に座り、面白半分で打つべ対策を打たずに徒手していれば、人災を招いて当然です。

率直に言って不謹慎興味本位面白半分な、キュレーションおもちゃにする様子

内容以前に、こうした「隠し玉」を準備して「炎上」させる意図があった時点で、官費執行責任を持つ芸術監督としての大前提瑕疵があった

「隠し玉」として炎上を狙うなど、芸術母屋に両足の着かない、無責任野次馬の発想

国内のごく一部で内輪受けする程度の「芸術判断基準と、地域振興動員数向上あたりに照準を当てたお役所との利害が変に一致して、グローバルな人道と文化を感じ考える芸術オリンピックが、弄ばれていた

「決定」に際して、芸術監督であるはずの津田大介氏は、作品平和少女像」の作者、彫刻家のキム・ソギョン、キム・ウンソン夫妻と、直接対話して納得を得るプロセスを経ていない、と報道されています事実なら、あり得ません。展示作品を、自分自身がそれを依頼し、決定した作家関係者確認を取らず、「展示中止」つまり撤去」などということをしてしまったら、それは芸術監督でもなんでもない。子供おもちゃを弄っているのと変わりません本来なら、足を運び、土下座でもなんでもしてやることは山のようにあるわけで、ただ徒手していただけなら、意味のない素人ということになる。

表現不自由」に禁止する側に、芸術監督自身が回ってしまった。

 私が全面否定するのは「プロの職責に素人が紛れ込んで引き起こされる、必然の失敗」セキュリティー・ホールのもの



まりだいたい津田大介を選んだ愛知県が悪い。

津田大介が悪いのは今更なので愛知県が悪い。

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