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はてなキーワード: 「我々」とは

2018-07-11

anond:20180711111034

だいじょーぶだいじょーぶ。「我々」はその責任を失われた20年とかそんな感じのふいんき変換できない)で消化したから!

2018-06-11

anond:20180611205749

「我」だろ

だってバルタン星人とかの人類より進んだ異星人が「我々」って言うぜ?

anond:20180611191825

問題というか、そっちが本筋だったりして

問題が起きた時に野党が「我々が以前に指摘した通りだ!」と言っても指摘した時の「我々」じゃないと説得力なくない?少なくとも俺は「お前らはあの時のお前らじゃないじゃん」って思うよ

もし野党が「あの時のお前ら」のままならなんで名前変えたの?と思うし

やっぱり組織としての一貫性みたいなもの重要だと思うよ

2018-06-09

anond:20180609183242

リンク先の概要増田による解釈込み)

ナショナリズム同胞意識)は以下の3つが混在したもの

民衆ナショナリズム自分生活運命自分で決めたい、自己決定欲求に基盤)

公定ナショナリズム(↑から「お前は我々かそうでないのか」と問われたトップによる民衆への回答)

情報ナショナリズム「我々」はどこまで我々になり得るか、状況を共にしうるかの共有イメージ

この3つのナショナリズム」は国家State)にとって都合のいいものばかりではない。特に民衆ナショナリズムは時に国家破壊しかねない。

なのでそれを制御する必要があり、公定ナショナリズムによって国体民衆の間で握手が試みられる。

日の丸君が代だのは、その我々感覚をお互いに持っていることを確認する便利な道具として公定ナショナリズムが用意したもの

インドネシアでは異なる言葉を話し異なる宗教を信じる人々が「同じインドネシア人」になるために、どの集団言葉でも無い言語新造したように

日本のように伝統から調達されることもあれば、逆に自分たちの伝統から離れたシンボルを新しく作って「我々」になることもある。

「われわれ」という感覚を「お互いに想像できること」が大切で、事実である必要は必ずしも無い。

ナショナリズム本質的矛盾だらけのパッチワークだが、矛盾だらけだからこそ成り立っていて、ご都合次第で中身やメンバーを変化させうる。

そういうご都合主義の我々意識がないと、アフリカ部族間の絶滅紛争のような隣人同士の殺し合いを防げない。

日本最初に公定ナショナリズム(我々の定義)に踏み込んだのは天武天皇

2018-05-07

anond:20180507013729

ちょっと視点が違う。

今の日本は、今時点で国民である「我々」のもの

から今時点で国民でない人間の子孫が、日本国籍を得て日本人としての権利を得ていたら、今時点の我々から見たら「乗っ取り」になる。

でも、その二世と同世代から見たら、その世代視点では最初から日本人だから乗っ取りではない。

要は、見る人の立場で見え方が変わるというだけの話。

2017-08-29

なんでもテロ呼ばわりすんのやめろ

お前が不快からってテロ呼ばわりして社会問題すり替えるのやめろ。


テロと呼んだ瞬間、テロリストとは交渉しない=話合いの余地はないと自ら宣言していることに、お前は気がついていないだろう。話し合う気がないから、Twitterで「あの人テロリストです」と呼びかけ、リツイートしてくれる賛同者を募り、「我々」と「奴等」の越えられない境界線を引く。

そしてお前は、「我々」の内側で、「奴等」に対して呪詛を吐き続ける。いつまでもいつまでも


それはお前が望んだことなのか?お前はただ単に「あの人のあの行動ちょっと嫌だな、なんとかしてくれないかな」と思っただけではないのか?呪詛ツイートすることで、それは解決したのか?

2017-06-19

田崎史郎は「政府」と言いたい所で間違えて「我々」発言した?

TBS ひるおび! 2017年6月15日 木曜

0:53 頃 (室井佑月質問に答える田崎史郎)

室井「ちょっ……あの、田崎さんに質問したいんですけど、

 共謀罪のことってぇ、こんなになんか緊急を要する必要ってあったんですか?

田崎「やっぱこの国会で、最重要法案ていう位置づけで、やってましたよね。

室井「でも、結局、そのー説明ができないっていぅ……説明できなかったじゃないですか。

 大臣だってきちんと答えられなくてぇ。」

田崎「あぁ」

室井「そういうことっていうのはぁ、あまり国民に対して気にしないってことなんですか?」

田崎「いや、気にはしてますよ、そりゃ。あぁ。」

室井「はぁ」

田崎「あの、別にあの、せ、僕もあの委員会審議聞いてたんですけどもぉ。

 委員会審議聞いててもね、なかなかねぇ、これ、わからないんですよ。

 あーだからあのー、あの説明し、した、われわれの、政府の方は説明したつもりでもぉ、あのー、国民に伝わらない、っていうことが、現実に起こってるんですよ。えぇ。」

「我々の、政府の方は」と言い直したように聞こえて疑問に思ったので、文字起こししてみた。

「われわれの」とした所は曖昧な音で、ごく短く発音してる。

「あのー」「あれはあの」など、似た音で意味が通る言葉が他にないか探したが、見つからない。

2017-02-26

一見、納得感のある移民排斥動機を思う付ける。たとえば...

この国に住む資格「我々」はその資格を持っており、「彼ら」は持っていない。

「我々」はこの国に生まれたことによって、その資格を得たのではない。この国を築いた者の子であるが故に、その資格を得ている。

「彼ら」はこの国を築き上げることに、貢献していない。したがって、「彼ら」は「我々」と同じ資格を持ちうるはずがない。

たとえ、何の取り柄もないとしても、この国を築いた者の子であるがゆえに、「我々」には、この国に住み、そこそこの暮らしをする資格がある。

それを「彼ら」は不当にも奪っている。「彼ら」を叩き出せ。

でも、そんな複雑なことを誰も考えてはいまい。

2015-08-15

左翼でも右翼でも無い僕には居場所が無い

1.

ある程度、左翼的である、という意識はあるのだ。

人権大事である。これは僕の根本にある。天という存在を信じていなくても、虚構だと言われても、人権大事である

まり、人には各々、自由がある。生命自由がある。発言自由がある。身体の自由がある。内心の自由がある。財産自由がある。これはまず間違いなく信じている。

これは、全ての人間強制的適用されるものなければならない。でなければ、あいつには人権があるけど、あいつには人権は認めない、という考え方も可能になってしまい、

理論的には、僕にも人権存在しないことがあり得るようになってしまう。お前には人権がない、と認定されてしまった瞬間、僕は口を封じられても、殺されても文句は言えない。

そんなことは認めたくない。だから強制的適用されなければならない。

宗教的信条問題と言われればそうなのかもしれないが、人権とは近代に生きる我々人類が生み出した、最も偉大な発明であり、そして最も大規模な反省である

対案があるのであれば示してもらいたい。どこかに哲人王でもいるのだろうか。

からこそ、人種差別は認められない。中国だろうが、韓国だろうが、どこだろうが同等に人権があるのである

日本国民が取り立てて素晴らしい、あるいは韓国のみがクソである、という主張は、どこにも存在しないユートピアの話だと思う。少なくとも世界には認められない。

これは左翼的と言われれば左翼的である



2.

じゃあ左翼と言うことは、今回の安保法制は反対するのか、と言われればそれも違う。

これまであらゆる外交は、軍事力の下敷き無しになされたことはない。

特に拡張主義国に対して、軍事力は発揮しないという原則の下で外交をしてしまったら、そんなものは何の影響力も持たない。

ミュンヘンでの宥和政策が失敗し、ヒトラー拡張継続し続けた。結果、第二次世界大戦は勃発した。

冷戦後、という文脈において、アメリカは対ソ連ときのように同盟国を守ることはなくなるだろう。

全面的アメリカ負担を負わせることはできなくなったのだから日本アメリカ支援しなくてはならない。

よって、積極的平和主義理念の下、アメリカの「世界の警察官」による活動によって支えられてきた日本利益を維持するため、日本集団的自衛権を使って負担を共有していかざるを得なくなった。

(そのアメリカ活動というのが、中東の安定化に係る派兵であり、太平洋における抑止力である

これは、ひいては「我々」人権財産自由を守るための手続きである財産を守ることは、我々の生命をも守る行為に繋がる。

対話のみで成立する外交とは、明らかにユートピアである対話しか使いません、とは、反撃しません、殺してください、というシグナルだ。

この発想は明確に、日本文脈における右翼である

問題は、アメリカの変な活動に着いていった結果、日本も恨まれて襲われるのではないか、という議論同盟によって戦争に巻き込まれるのでは、という話である

正直、それを否定することはできない。そのリスクはある。でも、アメリカはいつまでも、日本利益を勘案して、利益を共有してくれるとは限らないし、

国際秩序の安定化にはこちらも寄与していかなければ、おこぼれに預かることも許されなくなるかもしれない。

アメリカの変な介入には賛同しなければいいのだ。そういう文言を加えつつ、危機が起きてからでは遅いから、今の内から下準備をするのだ。



3.

じゃあお前は結局右翼ではないか、と言われるかもしれないが、でも今回のやり方には全く納得いっていない。

何故なら人権を第一に考えており、その人権日本国憲法の中で規定されている以上、日本国憲法を守らないという選択肢はない。

からこそ、憲法違反の可能性がある法案を通すなどというのはあり得ない。合憲だというのであれば、論理をもってきちんと説明すればいい。やらなかったではないか。

形式上可能であっても、違憲法案を通すとは憲法を停止する行為と言っても過言ではない。

憲法を停止する権限とは、誰にあるのか。

内閣ないしは総理大臣憲法無視し、憲法を停止するということは、既に主権国民になく、政治家にある。

主権政治家にあるということは、既に、政治家によって人権付与するもしないも決められる、ということである人権強制的に全人民適用されるものではなくなった。

近代が生み出した人権という反省無視するということは、グローバルプレイヤーとして秩序維持の役割を担おうとする日本、という姿からは著しく遠い。

単なる独裁国家じゃないか、と。

僕のこの発想はまるで左翼だ。



4.

でも僕は、ジジイがやってるデモにも、クソガキがやってるデモにも興味がない。

何故なら彼らの持つユートピアを共有できないから

でも僕は、右翼賛同できない。

何故なら彼らの持つユートピアを共有できないから


いったい僕は、誰に賛同し、誰を批判すればいいのか、分からない。皆が不満だ。

2015-03-12

http://anond.hatelabo.jp/20150312152538

なぜ?この場合「我々」の想定する範囲が異なっているだけかもしれんぞ?

2015-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20150120102516

我々の目には一線を越えて話題になる「悪のyoutuberしか見えていない。

「我々」ではなく「お前個人」だろ

つか「悪のyoutuber」って誰やねん、興味ないからヒカキンしか知らんわ

2015-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20150110214339

 ※追記4

 書き始めた時点で存在している、返信が必要だと思ったブコメに対する返信

 id:kusoinakakagoshima 卑怯なのはテロ行為なんですが。ムスリム価値は豚の糞以下だよ 肥やしにもならない

 はいテロ行為はこれ以上ないほどに卑怯です。しかし、表現の自由を守るという文脈私たちはシャルリーである、と言うのも卑劣行為ですというのは増田を読めばお分かりいただけると思います。また、あなたの後半の発現はヘイトも同然な発言です。在日価値は豚の糞以下と言っるのと同様です。つまり、シャルリーにように建前として宗教批判しているのではなく、建前の時点で宗教を信じている人たちを直接的に攻撃しています

 id:sny22015 難しいな。米映画ラリー・フリント」では目を背ける様な唾棄すべき表現であっても法の下では護られるべきという、自由を勝ち取って作られた国の理念が描かれていたが…それは自由の濫用だという非難にも首肯できる

 アメリカは徹底した表現の自由の国です。あそこまでいくといっそすがすがしいなという思いがありますヨーロッパは、特にユダヤ人に対する抑圧の歴史から第二次大戦ヘイトスピーチ規制しようという機運が高まってきたので、事情アメリカとは異なります

 id:vhthlh これフランス国内一般人知識人達はどう考えていたのか気になる。

 フランス人の間でも前々から議論になっていました。イスラム団体の中には裁判という言論によってカウンターを行うグループが出てきたりしていましたが、こうした流れのさなかに今回のテロ事件が起きました。恐らく今まで積み重ねてきた努力が水泡に帰してしまうことを考えると、本当にテロは許されざる行為だという思いを強くします。

 id:hal9009 これに乗じてこういう統制主義者とでもいうべき規制派・自由嫌いがもっともっとヘイトスピーチとされる行為範囲を拡大していかなければならないって言い始める機会も増えるだろうな~

 表現の自由を維持するためには表現の自由をabuseする言論一定程度は規制する必要があると考えています

 id:ayanapapaネズミが腫れ物に当たったわけだからどうしようもない。ただ日本無関係な話ではない、イスラム教徒は増えているが他の先進国と同じく疎外され殻に閉じこもる。近い将来フランスと同じ事が起こらないことを祈る。

 日本無関係な話ではないという点に関して深く同意します。

 id:cider_kondo 欧州極右の主張は「イスラムは非寛容で政教分離を認めない。西欧価値の根源たる自由と寛容とは相容れぬ」ぐらい。セキュリティホールの一種で、イスラム側が世俗主義を導入しないと論理的解決はほぼ不可能。難しい

 ブコメ字数制限があるため分かりかねるところがあるのですが、それはつまり欧州極右の主張にも表れているように、イスラムに対して持っている問題意識はこれこれが最大にして唯一のものだが、これがセキュリティホールとなってしまっている。イスラム側がそうした問題点を解決しないと先には進めない」ということですか。つまりイスラムの人々が社会的に疎外されてる云々というところに対する反応だということですね。しかしながら、日本における在日問題も見れば分かるように、二世三世ほとんどその国の人間文化的には同質です。そうした人間であっても、社会的に疎外されて、結局イスラム教しかアイデンティティを見いだせなくなり、そしてイスラム教私たちという図式になってしまうのです。イスラム教否定されると、イスラム教しかすがるところがない人々にとっては、自身否定されたも同然になります。なお、イスラム教あなたどころか、欧州極右が考えているよりも案外柔軟な姿勢も持つ宗教です。イランイメージを強く持ち過ぎです。バーレーンのような国では本当にイスラム教徒なのか、というくらいには緩い生活を送る人々が多くいます

 id:oktnzm シャルリーの風刺が表現の自由の枠外なら諸国の言っている表現の自由とは一体なにをさすのやらw一番守りやすいとこ守っても切り捨て行為しかならんよ。

 前者に関して、シャルリーの風刺はヘイトスピーチであるので、それを表現の自由から外すことに何が問題かよく分かりません。後半に関して、主張するところの意図が分かりかねますが、後半部は「一番守りやす弱者であるイスラーム移民を守ったとしてもそれは表現の自由の切り捨て行為しかならない」ということでしょうか。でしたら、そもそも表現の自由の枠内に収まらないヘイトスピーチである以上、切り捨て行為ではないと思われます

 id:type-100 いや、正義の有無に関わらず与えられるところに、自由とか権利価値はある。これが表現の自由に対する毀損と感じるのであれば、それはあなた表現の自由よりも他の権利価値観を優先しているだけの話だ。

 与えられる、というか、侵害されないものとして、生まれつき保障されているというところに自由とか権利価値があることは事実ですが、それを濫用することまでは種々の権利自由は想定していないと考えています。つまり他者権利、即ち平穏無事に他者から毀損されることがないという権利を踏みにじってまで権利の濫用(ここではヘイトスピーチ)を行うことまでは許容されていないということは歴史証明していることだと思います。なお、これは決して批判を行うことを否定している訳ではないことを付記しておきます

 id:nekora 如何なる歴史があろうと銃を乱射してはいかん。本邦国内に数十あるイスラム寺院にも本件についてどちらを支持するかの聞き取り調査と公表を急げ。

 どうでもいいのですが、nekoraさんはもう同人活動を行われないのでしょうか。

 id:masm これを見るに、テロ一定の成果を収めたのかな。糞言論であれ、10-0でテロリストが悪いって意思表示することは悪くないのでは?あと、「ヘイトスピーチ同然な言論」か否かを判断する十分なソースをまだ見てない。

 はい10-0でテロリストは悪いです。だからといって、あなた言葉を借りたらヘイトスピーチも同然な糞言論表現の自由の一環として保護することになる私たちはシャルリーである、というスローガンは非常に危ういものです。理由は既に述べてきたとおりです。

 id:my_yours のっけから和訳を間違えている。

 「We are 99%」に代表されるように、この手のスローガンは"私たち"という使い方をすることが多いので、Je suisではありますが、私たちと訳してしまいました。不適切なので、より原文に忠実に訳します。ご指摘ありがとうございます

 id:kappei記事の人もブコメ同調している人も、自由主義理解してない。実はルソーマルクス系譜日本では優勢な気がする。真理がある、と考える人たち。

 すみません、何を言いたいのか、100文字という短すぎる制限では分かりかねるところがあります申し訳ございません。

 id:serio キリスト教徒が神だとしているイエス・キリストを、クルアーン人間だと言明しているイスラームは、それ自体ヘイトスピーチなのではないか、と極論を言ってみたりする。

 細かい話になってしまますが、キリスト教徒イエス・キリストを神である、とまでは言っていないと思うのでそのたとえの言わんとしているところが分かりません。

 id:Mochimasa 『「テロ行為の是非」と「シャルリーによる風刺の是非」は全くの別物である』 それなら"Je suis charlie”は前者の文脈テロ被害者として掲げられているのだから後者文脈でこれを批判するのはフェアではないのでは

 それならいいのですが、表現の自由の一環としても利用されている、つまり後者文脈でも利用されているのが問題なのです。つまり、その二つは別物なのに、スローガンにおいては前者の中に後者視点も入れてしまっているのです。

 id:homarara なんだそりゃ。誰かにとって辛い事は報道しちゃダメ、なんて縛りがあってたまるか。極論を掲載する新聞なればこそ、それを守る戦いが表現の自由を守る事になる。無難な事しか書かない新聞だけ守っても意味ないわ。

 自身アイデンティティ否定するようなヘイトスピーチ表現の自由の枠外であると考えています。「日本人は生まれながらの劣等民族であり、民族的に能無しで蛆虫寄生虫で云々」というようなヘイトスピーチを載せる自由はどこにもないです。そして本件はイスラム教自身アイデンティティにせざるをえなかったにも関わらずそのイスラム教批判されたために、先の日本人民族的に云々と同等の効果をもたらしているのです。

 id:hate_flag 苦しい生活を送っている移民宗教依存しているのでその宗教批判したらテロられた、というだけのハナシじゃん。悪いのはテロであって宗教批判ではないよね。

 はいテロは圧倒的に悪いです。いや、完全にテロは悪い行為です。ですが、本件でJe suis charlieと掲げることはおかしな話なんです、というのが私の意図です。テロられたというだけの話ではありません。

 id:rag_en 『「表現」の結果、とあるポジションが有利になるか不利になるかどうか』は、その「表現」の是非を決定付けません…で終了。表現規制理由が「傷つく人が」云々な駄論の近似。「救済対象の選別」からの「聖域化」。

 100字の文字制限があるからだと思うのですが、言わんとしていることが分かりかねます申し訳ございません。

 id:oldriver 思うに。(1)「テロリストにも三分の理」を全否定したい。つまり「この機にヘイトスピーチ糾弾しよう」というメッセージNG。(2)言論の自由コストを引き受ける覚悟表明。つまりヘイト「我々」問題である

 (1)も(2)もJe suis Charlieという標語意図、ということですね。どちらも原理的には正しい態度ではあるように見えますが、その態度が本当に正しいものかどうかは非常に疑問なところがあるのですよ。元の増田で書きましたが、これは歴史民族アイデンティティ問題も入った話です。そもそも、ヨーロッパではユダヤ教/ユダヤ人問題が大きなイシューになっていました。それを考えたときに、増田で書いたようなje suis charlieというスローガン問題を掲げました。

 id:sardine11あなたの言うことには何ひとつ賛成できないが、それを言う権利は死んでも守る」ことが言論の自由意味であり近代社会の前提であるはず。たとえシャルリに嫌悪感を抱いても反テロ運動まで批判するのはどうなの?

 反テロ運動非難しているのではありません。反テロ運動の一環としての表現の自由の中にヘイトスピーチを行う団体名が入っていることを問題視しているのです。

 id:ysync 暴力であるテロ言論であるヘイトスピーチを同じ「許してはならない」でくくるのはどうかと。テロ国家権力暴力)で排除すべきものだが、ヘイトスピーチ批判すべき対象暴力国家権力)で排除すべきでない。

 ヨーロッパにおけるユダヤ教/ユダヤ人問題が参考になると思います

 id:enemyoffreedom アレをヘイトスピーチとしてしまったらもう宗教の風刺・批判はできないような。不快で低質な表現こそを守れ、というのが表現の自由かな

 宗教の風刺批判ではなく、その背後にいる、その宗教を唯一無二のアイデンティティとせざるを得ない、社会的に疎外された移民の人々に対するヘイトスピーチになっているということを増田では書きました。後者に関しては同意しますが、表現の自由差別的攻撃的・他者を毀損するまでの表現を認めていません。

 id:shakespeareneverdidthis 例え在特会みたいな下衆であっても、報復として殺害されることがあってはならない。

 それは全くもってその通りなのですが、表現の自由を守るという文脈下地にあるスローガンに私は在特会である、というものを使うのはおかしいのではないのかという話です。

2014-07-01

http://anond.hatelabo.jp/20140701151715

孤立状態もしくは単独での存在を「みなさん」とは表現しない。

一人でも一人称「我々」になる増田結構いるけどな。

2013-12-20

http://anond.hatelabo.jp/20131220143108

元々の話を忘れてもらっちゃ困る。村人AとBが「我々日本人」と言いうるのは日本国があるからだ、という話だぞ?

仮に俺が今でいう北海道にある村の住人で、君が沖縄にある村の住人だとしようか。

日本国がなければ、俺に取って君は「なんか南の方の村の人」だし、君にとって俺は「北の方の村の人」だ。

よそものであり、同胞ではない。血縁的にも遠い。「我々の子孫」? 何それ。俺の子孫と君の子孫は無関係だろ?

日本人日本人「我々」という一つの集合と見なし、その子孫の数を云々議論することが出来るのは、日本国という体裁があるからだ。

http://anond.hatelabo.jp/20131220131534

守るべきものは現に生きる我々の子孫そのものだ。

君個人の子孫なら明確に定義出来るけど、「我々の子孫」なるものの範囲を見定めるには、国家国籍制度が先行する必要がある、という話。

君も認めちゃったでしょ、移民とか帰化とかの概念でその枠が変化することを。それは国家国籍概念があって初めて成立するんだから

むちゃくちゃなロジックだな。俺とおまえとその他の人間が集合して、共同体が成立する。その共同体を国と呼び「我々」は「国民」と再定義される。

独自定義で話されても困る。共同体と言っても、例えば村や町であっていけない理由がどこにもないだろ。国家を成立させ国籍制度を作って初めて国民という概念が成立する。

俺らの遠いご先祖は多分日本列島のどこかにいたんだろうが、「日本人」であったかどうかは微妙だぞ。クマソ国の誰それだったかもしれん。

http://anond.hatelabo.jp/20131220125757

まり

国家としての体裁なんてどうでもいいだろ。要は我々の子孫が生き残るかどうかで、国家として存続していようが人類に占める子孫の比率が少なくなればそれは敗北であり、国家が滅びようとも子孫が他国ででも生きながらえて人類における人口比率を高めればそれは日本人にとっての勝利だろ。

は間違いだった、とやっと認めた訳か。疲れた

国家の体裁」に先行する「日本人」も「我々」もないよ、あるとしたらこの島国に偏って存在する遺伝的な特徴くらいだが、そんなもん守る価値あるのか? というところから話をしていたわけだが。

国家の体裁」があるから初めて、「我々」という枠が定義され、「我々の子孫」なる概念が成立する。数を云々出来るのは、まず「我々」国家によって同じ国民として定義されるからだ。

でまあ、「子供を作る義務」なんてものを設ける国はだいたい早死にするんで、国家としての体裁を守ることにはならないよ、という話。

http://anond.hatelabo.jp/20131220125204

人間は千年も生きられないんだよw個人の生は常に100年程度で終わるし、一個人の産む子供はせいぜい3、4人だ。

「我々の子孫」にこだわるその「我々」とはなんだ、と問うている。今日本国籍を持つ日本人のことだろ?

国家の体裁」があって初めてその枠はあるんだ。国家がなければ、お前と俺は「我々」なんて同じ枠にくくられるべき人間じゃねえよ。

2013-10-25

http://anond.hatelabo.jp/20131025125547

増田で許される一人称は「ワイ」「弊社」「我々」アタイ」「ウチ」「ボク」くらいだろ。

2013-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20130924064649

ねえねえ、その、「我々」ってのも英語教育の現れなの?

特進クラスのものだとは別に思ってないし、実績が無い上直ぐに中止にしてる辺り最初から実験なのは明らかな訳で。

自分高校生の時、数学現国?以外の授業はすべて英語で行われていた。

というか具体的には英語とその他…倫理だったかな?よく思い出せない。

学校日本にあったし、教師以外は日本人だった。

これも何言ってるか全然からない。結局どの教科が英語だったのか。数学現国以外が英語、で、なんで具体的にいうと英語倫理だけになるのか。

学校で4つしか授業やってないん?

てか、むしろ数学なんて一番英語でやっても分かりやすいもんだろ。

なんで現国だけ分けるか意味不明だけど、漢文英語かね?てか、古文は?わざわざ英語で訳すの???

すべて、ってのが全くの嘘で、倫理の授業だけが英語か?

何にしろ倫理なんて、誰も勉強しないで60点70点取れる上に他の教科とかぶらないから皆ノー勉で受けるもんじゃん。今の制度は知らんけど、少くとも数年前までは。

トンデモナイも糞も無いんだけど。

あと、英語国語別に問題ないし、数学日本語がまともに出来てちゃんと数学レベルがあれば、英語だけで学んでも余裕だろう。

理科科目も割とそうだろうな。化学名前とかはちょっとあれだけど、4択だしな。余裕だろ。

教師以外が日本人ってのも意味不明インターナショナルスクールでもないんだから当たり前じゃん。最初から特別クラスからしてるとか言ってるんだし。

教師以外が日本人で、で、結局教師は?

私は実際そのあとの大学受験センター試験を利用することは無かったよ。

海外に行ったの?そうでないならただ逃げただけだよね。別に英語で授業受けててもちゃんとした学力あれば上に書いたようにそれなりの大学までは余裕だよ。

2次のが余計大変だろうし。英語だけで入れる様な大学もあるだろうからそれなのかな?何のために大学行ったのかな?

大学英語教育する云々の前に、大学で何をしたのかな?

せっかくトラックバックを頂くのであれば、大学講義をすべて英語で行うことにこんなメリットがあるんじゃないかみたいな話を聞けたほうが良かったかとは思うけど、特に私が「これこれについての意見を求む」なんて書いた訳ではないからまあこれは勝手な願望だね。

そういうとこはあるじゃん?で、企業はそういうとこ好んで取ってるじゃん?それが何の意味があるかは別だけど。

まあ、普通に海外交流がある企業なら便利だけど。

大学の授業自体は殆ど学生なんて何も意味が無いんだから(結果的にそうしてる。内容どうこう以前にまともに学習すらしない)

どうせなら英語でもやってた方が何らかの意味にはなるだろ。そのために「勉強する」姿勢も得るし。

結果的には余り成果出てない感じだけど。まだサンプル少なすぎるし、そういう大学教育方針自体が特殊すぎるからからない事は多すぎると思うけど。

秋田の新しい学校とか、ホントか嘘かしらんけど、もう缶詰みたいなので勉強させてるよね?

あれがいいかどうかは知らんが、ま、少なくともその辺の学生よりは「勉強」はしてるだろう。




あと、そのまとめは大学院まで言及してるが、理系だけかもしれんが、俺が居た大学は、大学院では学生が一人でも英語でやることを要求した場合

絶対に英語でやらなくちゃいけない、という決まりはあった。(教授が毎回最初の授業で聞いてた)

最初に聞いてた、で分かるように、基本的には日本語でやってたけど。敢えて英語でやったところで意味が無い、って愚痴ってる人も居たけど。

逆に学部の授業すら、英語でやるから、っていう教授も居た。(普通に理系の専門科目)。

まあ、研究やらなんやらで必要になるから英語なんてやるしか無いし、そもそもその程度出来ないなら来るレベルじゃない、って感もあったし。



ちなみに、知り合いがスイス大学院修士の時に1年留学みたいに行ったが(日本修士を1年休学)

そこではフランス語の授業だったって。英語じゃなくて。(そいつ理系のくせにフランス語まで簡単に覚えやがるおかしすごい奴)

から別に大学院ですら、すべて英語でやる、ってのは別に世界標準ではないんじゃない?

2013-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20130702225358

横だけど、やっぱ口汚く罵る左側の人って一部でしょ

1.ネットマスメディアで目立っている人(必ずしも馬鹿じゃないけど、口汚いので誤解を産むこと多し)

2.単に馬鹿慈善事業系とかの世界に数多く生息)

3.一昔前の左翼週刊金曜日とか、そっち系コテコテ

みたいなクラスタしか生息してなくて、

ちょっと地味な、文系研究者とかは、たいがい、「そこそこまともな左翼」が多いよ。

ただ、だいたいが、内輪向けのちょっと小難しい言葉で話してることが多いので、

外向けに目立つ人が少ない印象はある。

 

暴力を肯定するガンジーみたいな間抜け集団ネット左翼」に対して、糾弾してもおかしくないが

 

地味な左翼は、基本的に、馬鹿な頭の悪い左翼集団とあまり関わりたくないと思ってるよ。

たまに、disるけど、内輪もめに時間やすのを、そこまで生産的だと考えない人が多いのだとは思う

っつーか、「左翼」というカテゴリで見られるとかっていうこと自体を想定している人が最近ほとんどいないと思う。

(まともな人であればあるほどに。)

「おれたちは左翼だ!」って言う人達のむれが、今、ほとんどいないのだから

あなたの言う「左翼」に派閥意識を前提とした立ち振舞を要請されても、困るというのが実情だと思う。

 

それと、最近の、在特会どうこう関係は、だれが何いったかとかまったくウォッチしてないのでわからないけど、

一応、「我々」という派閥意識が成立するところでは相互批判はもちろん、ある程度存在する。

たとえば、昔からフェミニズムでいえば、

田嶋陽子的なフェミニズムに対して、上野千鶴子とかのアカデミック系のフェミニズムからは批判があるよ。

(もちろん、上野千鶴子も口汚く、しばしば言い過ぎるので、上野に対する批判も多いよ)

2012-12-13

とうとう「はてブコメント」がはてブされた(はてな左翼

レポートが終わらずに朝を迎えるであろう私が、現実逃避はてブをさまよってたら

はてなブックマーク - 左に立っている人には真ん中さえも右に見える - とある青二才の斜方前進』

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/TM2501/20121211/1355218653

こんなタイトルが目に留まって、むむむ

一瞬バグかなっとおもい、開いたらそこにはまぎれもなく『「はてブコメント」に対するコメント』があるじゃないですか

どうやら、はてな左翼騒動の余波らしいですが、私は追っかけてもないので知らぬ存ぜぬなので、それはおいといて。

はてブという、ブログコメントとは違い一方的にコメントをつけられるものを使い我が物顔でコメントしてきた「我々」

同じようにレッテルを貼られたりコメントをつけられる それも「我々」自身によって

ていうか、もしかすると新しいコメントツールでもあるんじゃないでしょうか、コメントに対するコメントによるコメントの重層か

ニーチェの有名な言葉を思い出しますね

怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。

いけないカフェインを取りすぎた

ところで誤差って、改ざんしてもいいかな?

.....いいよね?(涙

2012-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20120822173359

要するに

1)でかい主語一般論を語る奴は大体クロ。

2)一人称が「私」ではなく「我々」の奴もクロ、もしくは宇宙人

2012-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20120227180334

>望む望まざるとを問わず世間にどう認知されたかけが重要

宅間守だって犯罪者としてのイメージを望んでいたわけじゃないけど、君に例に出されてしまうほどの犯罪者としてのイメージが付いたわけじゃん。

から、その理屈で行くとOTAKUは全員犯罪者予備軍なんだけどキミ的にはそれでFAなんでしょ。

あと宅間守ってイメージがどうこう以前に犯罪者から

>正しさなんか、ここでは関係ないでしょw

>あくまで「キャラ」。そこに誤解があろうがなかろうが、我々は世間認識を通じてからしかキャラ」は語れない。

>我々が、ガガの歌を聴かない世間認識する「キャラ」を前提としてしか、話はできないの。

>どうしても悪女としてのガガの話がしたいなら、「世間ではこう認識されているけど、実は」という前置きをしてから始めなさいよ。

>共通の認識をすっとばしたところから話をスタートされても困るでしょ。

じゃあ別に世間ではこう認識されてるけど、実は」でいいよw

実はもへったくれも、デビューアルバムがあの路線なのは事実であって、知らない奴は単なる無知しかないんだけどな。

つーかその前に、その「我々」はお前であって俺じゃない、ってことわかっといてね。

2012-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20120119202019

うん。慎ましいよね。

個人的には増田がそのことを面白いと書いてるのがいいなあと思う。

逆に自己主張の強い文化?をもつ地域には、その影で慎ましさを笑う風潮があるのかなあ。

人間多様性を是とする文化地域なら、慎ましさも積極性や強気姿勢

まるごとひっくるめて「多様性」として寛容するのかなあ。

個人的には

明確に意識されるべき持っている何か、これまでも持っていくつもりの何かは

「我々」という増田が書いたように集団で共有されるべきなのか

それとも国や地域文化にとらわれず

「個人」が選択・決定すべきなのか 判断に迷ってます

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