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はてなキーワード: 市街とは

2021-09-19

レースゲームってなんで勝ち負けでしか判定できないんだろう

なんで規定コースばかりなんだろう

勝ち負けもなくダラダラと市街コースを好き勝手走るんじゃだめなんだろうか

GT7もGTAVみたいにしてくれればいいのに

2021-08-27

anond:20210827112034

え?バス自衛隊員同乗して最悪戦闘しながら救助に向かったり、輸送ヘリ持ち出して市街に突っ込んでって良いの?

2021-08-16

アフガン女性兵士として訓練すべきだったのでは?

たぶん皮肉で同じこと書いてるのいくつか見たけど、私は本気でこう考えてる。

結局のところ負けたら死ぬか死んだ方がマシな人生になると確信してる人間しか命を掛けて戦わないから。アフガニスタンでその立場にいるのは女性だよね。

政府軍軍人がさっさとタリバンに降参した理由は家父長制の部族社会に逆戻りしても男である彼らは大して困らないから。

しろタリバンが勝った方が占領地の女性戦利品としてもらえたり、就労禁止されて困窮した女性を第二、第三、第四婦人にできるメリットすらある。

そんな地獄に戻りたくないと願う女性を訓練して武器を与えれば必ず死ぬまで戦う。異教徒侵略者米軍)に訓練された女性兵士なんてタリバン教義からすれば絶対に許されないから降参しても死刑だろうし。

女性兵士メディア宣伝効果も絶大だ。

腰抜け男しかいない中、女性自分家族と仲間を守るために今も戦い続けている。軍司令官大統領まで逃げ出してもカブール市街最後の一人が死ぬまでゲリラ戦を続けると悲痛な叫びを上げている。

捕縛された女性兵士タリバンレイプされて公開処刑されるあり様がスマホ動画世界流れる

これは世論が盛り上がる。

世界は、アメリカはなぜこのような悪を見過ごしているのだ? いったい男はどこで何をしているんだ?

徒労に終わった二十年間の戦争ウンザリしているアメリカ市民でさえ再派兵を求めるようになるかもしれない。

アフガニスタン政府には一応女性閣僚もいるみたいだから亡命政府の暫定大統領にするのも良さそう。

大統領女性、軍最高司令官ゲリラを率いる女性政府高官ポストタリバンに下った男どもに代わって亡命政府に参加した女性たちで占められる。

アフガニスタンジェンダーギャップ指数日本などぶち抜いて一気にトップ集団へ。現地ではイスラム過激派女性ヴェールを被せて家に押し込める神権政治なのだが……

見てみたいなあ、女の戦争

予言しておくと、こういう筋書きのハリウッド映画はきっと作られる。

さすがに米軍女性を救う歴史改変アメリカ人も恥ずかしいと感じるだろうからアメコミ映画かになるだろう。

もちろん敵もイスラム過激派ではない。

特に意味無く女性を虐めるキチガイ白人男が集まった架空の国際ミソジニスト過激派インセルプライド』に支配された小国抵抗を続ける女性主体レジスタンス

彼女たちが追い詰められたその時、アイアンマンキャップ降臨非モテ男どもを蹴散らす!

アメリカが負けた戦争の代償行為

思い通りにならない現実への復讐

なろうチート転生と同類ルサンチマン創作

そういうものを私は観たい。

2021-08-12

anond:20210812133516

東北震災がまだ落ち着いてない、

市街がまだ燃えてたり救助を待ってるような状況で、

日本人は強い!日本人は負けない!

みたいなCMやって大ブーイングだったよなぁ

2021-08-04

anond:20210804160818

市街地区市街化調整地区、非線引き、用途地域

このあたりを調べると良いよ

2021-07-06

anond:20210706215956

危険なところに住んでいるという自覚が若干足りてなかったのは事実かもしれない

熱海市は全域が都市計画区域だが、市街化を進める地域市街化を抑制する地域区分けをしていない「非線引き」の自治体

静岡県2012年土石流危険があるとして現場周辺を土砂災害警戒区域指定していた

2021-06-09

日本景観論争は明治末に遡る。

読売新聞読者会員限定記事なので途中までしか読んでいないが。

景観の敵と言われても、昭和生まれには愛着ある電柱電線
https://www.yomiuri.co.jp/column/chottomae/20210519-OYT8T50060/

このように目を引く題名から始まっている記事である

愛着あるかなあ、無電柱化が綺麗だよねって流れや無電柱化推進法はまだまだ昭和生まれ世代が主導した範囲ではないかな。

この先世代の入れ替わりが進んでいくんだろうが。

日本景観が酷い等のように言われるが実は景観論争は昔からあったらしい。

もっとも、日本人の景観への意識が強くなったのは景観施行まで待たないといけないかもしれないが。

実は明治からあった景観論争

原文の著作権が既に切れているので全て転載する。

東京市街の不潔にして乱雑なるは家屋の概して粗悪なると建築様式及び塗色の無制限なると、其その他あらゆる都市設備の不完全なるとに因よるものなりと雖いえども、これ等らを外ほかにして尚なお一個の原因、即すなわち市民自身故意市街体裁破壊すること、宛あたか小学児童自身の手を以もつ顔面に墨を塗り付くるに似たるの事実あり

初めて東京の人となりたる時に於おいて最も市街の乱雑を感ぜしむるもの電柱の遠慮会釈無なく街路の両側に林立せると、之これに貼付せる各種の広告のだらし無きと、商店看板の拙悪にして無作法なるもの多きとの三にして

とこう書かれていたらしい。

2021-06-06

anond:20210606112754

具体例見た方がいいかなと勝手ながら思いまして、北海道の事例から紹介します。

北海道中川郡池田町高島

https://www.google.com/maps/place/%E3%80%92089-3152+%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E9%83%A1%E6%B1%A0%E7%94%B0%E7%94%BA%E9%AB%98%E5%B3%B6/@43.027204,143.4518045,15.94z/data=!4m5!3m4!1s0x5f73a61e07ea74ef:0x60e59d9430a63c31!8m2!3d43.0311808!4d143.4228588

元来は池田町高島市街交差点を通るルートだったが、市街地を外して斜めに突っ切るバイパス造成された。

この結果、高島市街個人商店が若干衰亡した。

石狩市浜益区

https://www.google.com/maps/place/%E6%B5%9C%E7%9B%8A%E6%BC%81%E6%B8%AF%EF%BC%88%E5%B9%8C%E5%9C%B0%E5%8C%BA%EF%BC%89/@43.6493308,141.3534688,1478m/data=!3m1!1e3!4m13!1m7!3m6!1s0x5f0b6e226beeb851:0x449b51d38ead5998!2z5r-D5pi85bed!3b1!8m2!3d43.4890178!4d141.4210628!3m4!1s0x5f0b82628bb2708d:0x73354f317a4fca4e!8m2!3d43.6492319!4d141.3520399

海の事例も見てみよう。

山側により便利なバイパス造成された。

地区を通らなくても良くなったので、幌地区は若干衰亡した。

まとめ

適当に出しただけでこういう場所は無数にある。

北海道ではバイパスができることで市街地車両が通らなくなり、商店街市街衰亡につながることがある。

挙げた二箇所は町の本町ではないか些末な問題だ、そもそも衰亡していたし。と言い切ることもできるかもしれない(もちろん当事者たちには大問題だ)。

実は町の本町バイパスができて衰亡するパターンもある。

当然移動には便利だが、道路が変わることで昔ながらの風景生活が変わる効果がある。

バイパス沿いに道の駅ができたり新しい動きもあるんだけどね。

2021-05-16

トロントから増田更新!(^-^)

今日プロット完成したので具体的な製作スケジュールを打ち合わせしました(^-^)

具体的には言えないけどオープンワールド戦争FPS作成中(^-^)

日本が再び軍国主義に舵を取って韓国大戦するストーリー舞台ソウルソウル市街を忠実に描く予定です!

2021-05-11

anond:20210511195601

「てつわん波平」は、かつて北摂の某市街アーケードキャラクターで、イラスト付き街路灯が堂々と設置してあったことをワイは覚えているやで

2021-05-08

地方都市住宅購入の選択肢が狭い

マンションなんか数少ない主要駅の駅前しかないし、大した利便性もないのに一丁前に高い。

なら戸建ての方になるが、合併で広がっているとはいえ市域の中での選択になるので基本的には高い。地方都市とはいえ、昨今は市街化調整されているため無限土地があるわけでもなく、中核市以上なら人並みに高い。電車通勤バス通勤視野に入れるならさら選択の幅は狭まる。首都圏のように沿線全体から、4都県の中から選べるような選択肢はない。

結果、市域の中でも不便な(でもこの地域では一般的な)地域に家を買うことになる。大人はいいとして、通学する子供(いるとすれば)がかわいそう。高い金出して、子供に不便を強いるなんて馬鹿みたい

2021-03-31

大東亜戦争という聖戦に対するフィリピン人神対応!涙が止まらない・・・

「苦患のルソン戦線坂田澤司

・・・バギオ市内に入るが早いか、比島人の凄まじい怒りの罵声が待ち受けていた。

ドロボー

ジャパン、パタイ!」

「ゲット、アウェイ

ありとあらゆる罵声と投石の嵐を、出来る限り姿勢を低くしてくぐり抜け収容所へ向かった。

(中略)

途中、比島人は沿道の至る所で我々の通るのを待ち受け、家から飛び出して来て、バギ市街にも増して激しく、

バカヤロー!」

ドロボー!」

と声を揃えて大声で怒鳴る。

女子供までが、さも憎々しげに

ジャパンソルジャー、パタイ!」

と首を切られる真似をするかと思うと、侮蔑を表す彼等特有のしぐさで親指を立て、

「ゲット、アウェイ!(出て失せろ!)」

と繰り返し、大小の石がトラック目掛けて飛んできた。

(中略)

(貨車に乗り換え)途中停車する毎に比島人の憎悪のこもった眼差し、怒声、投石の嵐が続いた。

(中略)

後日収容所で聞いた話では、投石で頭を割られた兵隊、酷い者はピストルで撃たれて死人まで出た貨車もあったという。

ルソン島敗残実記」矢野正美

しばらくして小さな町に入ると、鉄道沿線には黒山のように住民が並んでいる。

列車が近付くと一斉に石を投げてきた。

(中略)

小石がパラパラと頭上に飛んでくる。

女達までが私達に向かって舌を出し、首を叩きながら喚いている。

ドロボウとか、パタイ(死ね)という言葉が、コーラスのように響いてくる。

(中略)

何のためか列車が野原の真ん中に停車したので、ホッとしてシートを取ると、住民達はここにもいっぱい居て相変わらず石を投げつける。

一人の老婆が近寄ってきて、

ジャポンマニラ、パタイ!」

と言いながら、ビンロウの実を噛んで、真っ赤な口から血のような唾を吐き出し、憎しみを込めて叫ぶ。

肉親の誰かが殺されたのか、或いは家を焼かれたのか、家財でも奪われたのであろう。

「お前達はマニラで殺されるんだ!」

そう繰り返している。

彼等もまた、大きな戦争犠牲者であろう。

私達もあのサンフェルナンド上陸以来、比島の住民達にしてきた事を考えると、その罪の大きさを思わずはいられない。

殺人強盗放火強姦、ありとあらゆる罪を重ねてきている。

お前が言うな

ケダモノタイ

「ルソンの霧」石田

途中、いくつかの集落を横切った。

部落には、既に、もとの住民が復帰していた。

彼等は、床の高い粗末な家の窓から顔を出し、黙ったまま、私達に軽蔑の目を向けていた。

彼等は、時々空に向けて小銃を放った。

それには度胆を抜かれた。

「ルソン戦・死の谷」阿利莫二

線路際にフィリピン人が群がって石を投げ始める。

ジャパンポンポン、パタイ!」

この罵声だけ覚えている。

(日本人射ち殺せ!)

こんな心だろう。

「Gパン主計ルソン戦記」金井英一郎

マニラ市街を通過する。

平和を取り戻した猥雑な街。

人が溢れている。

交差点で止まる度に、バカヤロドロボー、パタイ罵声の嵐。

マニラの港に着くと、何百人ものフィリピン人男女が待ち受けていた。

タイタイ(死ね死ね)

ハングハング(首を締めろ)

石だけではない、ビンやコップを割った凶器も飛んできた。

最後の強烈な禊だ。

嗚呼草枕」於保忠彦

街を通過する時は、日本兵は頭を抱え、路上から飛んでくる石や、薪を投げつける老婆や子供から身を守らねばならなかった。

ジャパニーズ、パタイ!」

と叫んで、手を首に当て、首を斬る仕草をする。

「ルソン海軍設営隊戦記」岩崎敏夫

タルラックを通る時、群衆が私を見つけて、

バカヤロー!」

とか、「死ね!」とか叫んでいる。

ところが、Millare軍曹が立ち上がって、

「He is a good man! He is good!」

と怒鳴っている。

これには有り難かった。

(中略)

途中、フィリピン人が待ち構えていて、

ドロボー!」

とか、「バカヤロー」

とか怒鳴っている。

どうしてこんなに怒鳴られるのか。

マヤントクでの住民との交歓の後だけに、狐につままれた思いであった。

重機関銃分隊長のルソン戦記」川崎恵一郎

バギオの街では・・・(中略)現地民が我々を見て、

バンケーロ」(馬鹿野郎)

「パタイ」(殺す、もしくは死ね)

罵声を上げる。

(中略)

しばらくして貨車は動き出す。

ゆっくり進んでいく。ときどき、

バカヤロー!」

ドロボー!」

と叫ぶ声が聞こえる。

貨車日本兵が乗ってる事が分かるらしい。

所々に陸橋があったり丘の高いところがあると、この下を通る時が大変である

現地人が橋の上や丘の上に石を持って待っている。口々に、

ドロボー!」

バカヤロー!」

「パタイ!」

叫びながら石を投げつける。

(中略)仲間の中には石が当たって血を流してるものもある。

フィリピン戦線の人間群像守屋

住民パラパラと家から路上に駆け出して、手を振って何か大声で叫んでいる。

私達はテッキリ戦争が終わったので、喜んで我々を歓迎するために、家から飛び出したのだと思った。

我々は彼等の姿を見ると、ニコニコして手を振った。

ところがこれが大間違いで、彼等は形相恐ろしく、口々に、

ハポンドロボーバカヤロー!」

と言っているのである

ハポンとは現地語で日本の事である

なかには石を投げつけようとする人もいる。

「生ある限りルソンへ」礒崎隆子

再びトラックに分乗、サンホセに向かった。

途中、現地民から日本語で、

バカヤロー!」

ドロボー!」

「ヒトゴロシ!」

罵声を浴びせられ、石を投げられた。

私達は頭を抱え荷台にしゃがみ込んだ。

石が頭に当たり血を流す人もいた。

現地の人を略奪し殺し、平和国土戦場にしてしまった私達日本人は、どんなにされても文句の言える立場になかった。

「ルソン死闘記」友清高志

トラックが一つの集落差し掛かった時である

前方の沿道の両側にビッシリと住民が群がっている。

彼等はトラックが近付くと、老人から子供に至るまで、一斉に喚声を上げた。

ドロボウドロボウドロボウ・・・」

拳大の石がいくつも飛んできた。

中には、手を首に持ってきて、水平に動かし、お前達は絞首刑だ、とジェスチャーで示す者もいる。

この調子では、フィリピン全土が、日本軍に対する恨みの炎で燃え上がっていよう。

多少の覚悟はしていたものの、私の予測は甘かった。

「傷跡・ルソンの軍靴佐藤喜徳

無蓋列車はなおも南へ南へと進んだ。

そして、何度か、現地民の罵りと投石を受けた。

「バキャヤロ!」

ドロボー!」

現地民が我々に叫ぶ侮辱日本語は、とりもなおさす日本占領時代に我々が彼等に使っていた言葉の仕返しであった。

「パタイ!」

「ヤマシタ、パタイ!」

日本人を殺せ!」と投石する現地民の怒りを、我々は無蓋列車の中で、首をすくめて我慢した。

(石をもて追われる如く)敗残の身を、私は車中で目をつむっていた。

生還者の証言加藤春信

(証言者その2)・・・ところが思いもかけない次の言葉で、冷酷な現実実態を思い知らされた。

ジェスチャーを交えて投げ飛ばす彼等の言葉は、相手侮辱する時に使う日本語の、

バカヤロー!」

ドロボー!」

なのであった。

しかも、罵倒するだけでは飽き足らず、彼等の中には青竹を振りかざして殴りかかってくるものもいたし、私を目掛けて、小石を投げるものもいた。

(中略)

それなのに、まるで泥棒猫でも打鄭するように、青竹の一部がささくれだって裂ける位の勢いで、殴りまくる人もいた。

筋肉の脱落した痩せた体を目掛けて、ビシリ!ビシリ!と打たれる度に、不思議に肉体的な痛みは感じなかったけれど、まるで心臓に五寸釘でも打たれるような激烈なショックを受けた。

そして、その時、身に滲み通るような敗戦の惨めさをつくづく感じたのであった。

「1945年夏・春菊よ谷のせせらぎよ有難う」岡田梅子

人家のある所を車が通っていくと、我々は罵声を浴びせられ、小高い家の庭先で洗濯をしていたオカミサンは、矢庭にタライの中の石鹸水を浴びせかけたのであった。

(中略)

遠い金網の外側にはフィリピン人たかって、拳を振り上げたり、唾を吐きかけたり、日本人へ憎しみを表しているようであった。

「1945年夏・フィリッピンの山の中で」新美彰

沿道のフィリピン人達は、私達の乗ったトラックを目掛けて、石を投げつけ、日本語で、

バカヤロー!」とか、

「インバイ!」

とか知ってる日本語で、罵り嘲笑う。

この付近フィリピン人の家を我が物顔で横取りして、作物を荒し廻った私達だから、どんなにされようとも仕様のない事だと思う。

私達はあの人達にとって、さぞ殺したい程憎い日本人だろう。

(中略)

駅につけば付近住民ギターを持って、貨車の周囲に集まってきて、何かタガログ語で歌い、罵り、嘲笑う。

言葉の分かる小母さんが口惜しいと涙をためておっしゃる

「激闘ルソン戦記」井口光雄

バギオに近付くにしたがって、現地民達が増えてきた。

ジャップ・パタイ(死ね)」

ギロチンOK」

マールダル(マーダー、人殺し)」

ドロボー!」

と口々に喚きながら石を投げつけてくる。

手を頸に当てて引き斬るような手真似をしては、唾を吐きかけ、バナナの皮などを投げつける。

(中略)

事実日本軍は彼等の財産である家々を強制的使用し、床や壁を剥がして家捜しをしたり、燃料の代わりにして荒らした。

作物を押収したり、家畜を殺して食べる事にも貪欲であった。

ときにはゲリラスパイと見なして、善良な市民さえ射殺した(注、斬首だろうに)。

寒風のごとき日本兵と、太陽のごときアメリカ兵では比較にならない。

ルソン島野戦病院・全滅の記」西井弘之

途中で、シビリアン達が口々に

ドロボー!」

バカヤロー!」

と盛んに私達のトラック目掛けて投石したが、フルスピードで走り抜けてくれた。

(中略)

(列車に乗り換えた後)停車駅では無蓋列車に座らされ投石を防ぐ。

相変わらず

バカヤロー!」

ドロボー!」

罵声と共に投石するシビリアン達。

情けない。

そりゃ情けないわな、天皇軍隊もの

世の中に、日本兵程情けないものはない。

日本兵など、人間もっとも下等な存在からね(日本兵日本人)。

強姦ばっかしやがって!

タイだよ!

フィリピン人達の怒りは、俺の怒りでもある。

強姦魔!

恥知らず

爪の先の埃程も、日本兵に同情などしないからね。

ケンペースケベ!

ちんこ斬っちまえ!

2021-01-03

anond:20210103114538

今は田舎バッファーになってるけど

このまま人口動態推定のまま動くと

田舎地方市街から遠い場所地方都市→中核都市

の順に減ってくるはず

2020-11-28

北海道更別村歴史

anond:20201128171308

北海道更別村という自治体がある。

で、「元更別」という地名があるんだが、実は現在は「元更別」は更別村にはない。

更別村北側にある中札内村という自治体に「元更別」はある。

開拓の昔、現在の中札内と更別は同じ幸震村(大正時代には大正村)という自治体に属していた。

大正村にあった市街地から次第に開拓が進んでいったわけだが、当時は中札内と更別には村の境界はもちろんなかった。

大正時代第一次大戦好景気に湧くころ、島根県から移民団更別村語源になったサッチャルベツ川水系開拓を始めた。

昭和4年にこの地域鉄道ができると、現在の更別市街が発展し新市街誕生した。

そして、もともと開拓団が入植して市街地があった旧市街が「元更別」と呼ばれ、次第に「元更別」市街は寂れていった。

昭和22年大正から札内と更別が分村した時、「元更別」は中札内所属するようになった。

こうした歴史的経緯をみるとき「元」という言葉は非常に輻輳するニュアンスを持つと感ずる。

増田がいうような「もともと何かだったもの」というニュアンスももちろんあるんだが、元ちとせの「元」を「はじめ」と読むことが示すように、物事の源をさし示すことがあるだろう。

おそらく「元」という言葉ニュアンスシークバーみたいに切り替えることができる。

源に近いところから、変わってしまったその先を想像させうる。「元」は言語としてそんな守備範囲を持っているような気がする。


今は「元更別」の地名を訪ねる人は少なくなった。

現在では鉄道に近い形で高規格道路が走っており、自動車十勝南部を通ろうとすると元更別は通過しない。

しかしかつては、中札内村札内〜元更別〜大樹町尾田へ抜けるルートこそが主要交通路であった。

開拓団もそうした経路に沿って第二の故郷となるよう汗を流した。

旧道にはいまでもいくつか小さな集落があり、歴史を確かに伝えている。

2020-10-20

観光がなんなのかわかんなくなってきた

観光地行ってもわりと5分くらいで飽きちゃうんだよな

パルテノン神殿行ったときですら、神殿のものをじっくり見ていた時間10分もなかったと思う

風つえー!アテネ市街写真とるか!あっピント合わねえな、アテネにピントがあってねえw!とか言ってるうちにいつの間にか帰ってた

何かを得た感じはあまりしない パルテノンクラスのクソ有名建造物でも、心を打たれるって感じはなくてただ「へー、これか…」程度の感動だった

おれは本質的観光に向いてない気がする

旅行はわりと好きなはずなんだけど、どこに行った記憶を思い出してもあんまり観光地を楽しんだ感じがしない

金閣寺とか見たはずなんだけど、具体的にどういう風に見えたかとかマジで覚えてない ただ境内が混雑してて、良い天気の十一月で、楽しかった そのくらいのボンヤリした記憶しかない (これに関しては修学旅行だったのが悪いのか?)

伊豆とか箱根とか旅行したいな!と思うんだけど、じゃあ行った先で具体的に何を見たいっていうのは全然ない 

神社とかはあんまり興味ない 山に登って景色を見るのは好きだけど、近所にもなかなか良い山があり、わざわざ遠くまで行って山に登る意味があるか?というとちょっと疑問

温泉だってどこのやつに入ってもそんなに違いを感じねえし、すぐのぼせて上がってしまう 脱衣所のすのこ(?)の床の質感とかはすげー好きなんだが、そんなん近所の銭湯でも味わえる

メシにしたって貧乏性でつい旅先でも安いものを求めてしまう いやいや、せっかく来たんだから奮発しようぜ!とときどき思って高いものを食うと、まあうまいんだけど、そりゃ高いんだしな…という気持ちが先に立ってしまって満足度が低い

旅行いちばん好きなのは宿の部屋に入る瞬間 部屋の鍵をあけ、薄暗い部屋に入っていって電気をつけるときのワクワク感はかなりある

荷物置いてそのまま寝るってことはほぼなく、そのあともう一度出かけないといけないから、あんまり気を抜いてダラダラはできねえんだけど、だからこその良さがあるというか、外出着のまましばらく横になるあの気持ちよさは替えがたい

そう、宿はいいんだよな めちゃくちゃ良い

でも旅の本体部分観光がおれは苦手なんだ

どうしたらいいんだ

みんな何を目当てに旅行してるんだ?

どこ行っても最初数分「お〜」つってるくらいのところで熱量燃え尽きて、あとは惰性みたいな感じになってしま

いっそ移動と宿をメインにしたらいいのか?

2020-10-14

結婚する前に

私はもうすぐ結婚する

結婚前に気持ちの整理をしたいと思う

私は8歳のときに妹を亡くした。妹が生きたのはたった1時間ほど。

高1の夏に祖父を亡くした。

その2週間後、私は短期留学に行った。両親からは良い気晴らしになるだろう、と言われた。1年ほど前から決まっていたことだから、行くしかなかった。

私は人の死と向き合うことが苦手だ。特に祖父は私にとって良い理解者だった。悲しくてしかたなかった。

留学先で彼氏を作った。彼は講師の知り合いで、夏休みを利用して私と同じくNYに来ていた。知り合いもいないし仲良くしてもらえて有り難かった。私よりも歳上でしっかりしてるけど、たまに甘えてくれるところがあってそこが好きだった。何もかもが新しい世界だった。

留学期間が終わって、彼も日本に帰ったけど住んでいる場所は離れているので遠距離になった。でも、移動にそこまでは時間がかからないので彼は休みになると会いに来てくれた。

高1の春休み、両親が事故で亡くなった。

まり悲しくなかった。うちはお世辞にも良い家庭とは言えなかったし、離婚が決まっていた。他の家庭に比べれば私は恵まれていただろう、でも、私は不幸だった。お金に困らせなければ良いのだろう、うちはそんな家だった。母からは嫌われていてゴミ以下だと言われ続けていた。父からは見えない存在として扱われていた。夫婦仲も最悪でケンカが絶えず、私はいつも息が詰まりそうだった。私が病気になったのは両親のせいだった。

私を引き取ってくれる親戚はいなくて、留学先の恩師、彼氏の知り合いだ。そこの夫婦が私を引き取ってくれると名乗り出てくれた。子供に恵まれず1人の男の子がやっと生まれたがもっと子供が欲しかたからと私を歓迎してくれた。

新しい両親はいだって仲良しで、新しく出来た弟はとても可愛くて私のことを慕ってくれた。私が望んでいた、憧れていた家族とはこういうものだった。

やっと自分幸せが訪れたな、と思えた。

でも、幸せはそう長く続かなかった。

受験がやっと終わったが持病が悪化した高3の秋。病気とはそう簡単に受け入れられないものだ。葛藤している私に、彼氏旅行に行こうと言ってくれた。

彼氏日本イギリスハーフだ。大学生になるまではイギリスに住んでいた。母にも会わせたいからとイギリスに行くことになった。

観光をして、彼のお母さんに会った。彼のお母さんはデザイナーだ。現代を生きるかっこいい女性で、きっと誰もが憧れるような存在のはず。

2人きりの旅行も楽しくて、またどこか行こうねと約束した。

でも、市街を探索しているとき銃声がすぐ目の前で聞こえた。嘘だ、と思った。私達も慌てたし、周りの人たちも慌てていた。彼は大きな声で逃げろ!と言っていた。そしたら彼がすぐ隣で撃たれた。背後から胸を撃たれていて、彼はそのまま倒れた。私は逃げようなんて思えなくて、まだ聞こえる銃声を耳にしながら一生懸命助けを求めた。圧迫しながら止血をすればいいんだっけ?なんて考えながら自分マフラーを使って止血した。近くにいた人が救急車を呼んでくれた。

気付くと銃声は止んでいて、私は助けを待ち続けた。彼に声をかけ続けて、眠らないように話し続けた。大量に出血していて、彼はもう意識が半分無くなっていた。彼は助からないと思っていて、愛してるよ、と何度も言ってくれた。

救命士が来た頃、彼は意識を無くしていた。残念ながら、と言われた。やっぱりそうか、と思った。遺体からは離れられなくて、血だらけなのにも関わらず泣き続けた。嫌だ、なんで、愛してる、なんで、散々この言葉を繰り返した。

彼のお母さんが駆けつけてくれて、両親にも連絡が行った。棺に入るには若すぎる死だった。

どうして私の周りの人は死んでしまうのだろう、私だけこんなに悲しまなくてはいけないのだろう。そればかりを考えた。

そこから私は荒れた生活を送っていた。彼氏は作らないことにしていたが、少しおかしな男とつるんで鬱になりかけた。そのおかげで大学半年で辞めることになった。両親には本当に悪いことをしたと思っているが、許してくれた。真面目にこれからは働くなら構わないと言ってくれた。

それまではただの知り合いだったが、大学に入りたての頃とある男性と会う機会が増えた。母親仕事関係の人なのだが、少し偽善者っぽいけど面白い人だ。その頃はやたらとテンションが高くてうざかったから苦手意識を持っていた。

仕事の手伝いを頼まれとき、彼ときちんと話す機会があった。彼はバツイチで、子供もいた。仕事ばかりで奥さんに出ていかれてしまった、後悔していると話してくれた。子供にはほとんど会わせてもらえず、養育費を払うだけだと言っていた。真面目なところもあったのかと失礼なことを考えてしまったが、私も自分のことを話してみた。これまで亡くなった彼氏のことや自分の抱えているものについて話そうと思えたことはなかったのに、彼には話そうと思えた。奔放な生活も止めなくてはいけないと分かっているのに止められない、悲しみの拭い方が分からないと打ち明けると彼はどうすればいいか教えてくれた。

それからはきちんと生活を変えようと思えたし、何よりも心が軽くなった。

亡くなった彼氏とはまた違った部分で彼は新しい世界を見せてくれる人だった。お互いを尊重し合うこと、信じること、対等でいること。1度結婚に失敗しているからかもしれないけど、良い夫婦になれるだろうなと思った。

やっと、亡くなった彼氏は思い出になっていた。

交際期間はたった2年ほど、でも思い出はたくさんあって、愛もたくさんあった。

私の悲しみも全部受けとめてくれるから、彼とは結婚しようと思えた。今日までも、色々なことがあった。でも、私はこの人生を受け止める用意がやっと出来てきた。これからもまた試練が待ち受けているかもしれないけれど、これからは夫ができる。夫婦で乗り越えていこうと思う。

今はまたコロナ禍で大変ですがいつかは式も挙げようと話が出ています。皆様もどうかお気をつけて。

2020-09-20

都会の真っ只中に居たところで

所詮人間動物だし

所詮市街自然界だし

弱肉強食ムーブされて泣き寝入りだよね

さすがに死体を出すのはアレだけど

その辺で転んだ程度なら誰も気にかけないし

2020-09-17

anond:20200909194618

誰も『THE東南西北』のことを書かないのである!!

(5人組でたまたま市街東西南北からまり最後の一人が他の街の出身だったから)

2020-08-22

合筆してほしいけどしてほしくない

固定資産税課税をする仕事をしている。

毎年思うのは、コレ合筆してくれねぇかなぁ、ということだ。

土地数の単位を筆という。目には見えないけれども土地は区切られている。大体の土地には1筆ごとに番号がついている。

これは「公図」というものを見ればわかる。公図は登記所や一部の自治体の窓口で有料で見る(もらう)ことができる。

昔、土地に番号をつけて管理をするということになったとき、多くはその時の土地の所有者や利用状況によって区切られた。

その頃の建物一棟の敷地とか、その時の田んぼ1枚とか(もちろん違うこともある)。

そこを後になって違う使い方をするとき、新しい使い方の一区切りごとに区切り直す。範囲を決めて土地を利用したり所有したりするには筆単位にしないと色々と面倒だからだ。

そのとき、新しい形を上書きするだけのことがある。もとからあったいろいろな線の上に、改めて四角形を書くようなイメージだ。

また、隣の土地を新たに自分敷地に加えるというときに合筆(2筆の土地の間の線を消すこと)をしないということもある。

そうすると、今の1つの使い方をしている土地範囲、例えば柵で囲われた住宅敷地とかの中に、いくつもの筆があるという状況になる。

それの何が面倒なのかと言うと、一つには画地計算だ。

市街化が進んでいるところの土地は大抵画地計算法というやり方で固定資産税課税するための土地評価額計算する。

この方法では土地の間口や奥行きを測らなければならないのだが、測る範囲は大抵は同一の利用をしている範囲だ。

同一の利用をしている範囲内にいくつもの筆があると、それぞれの測量図を引っ張り出してこなくてはいけない。

そしてコピー切り貼りして測るのだ。

もちろん、画地計算が未だに電子地図上でできない(ウチが導入してないだけ)のが悪いのだが、仮に出来たとしても昔の測量図はスキャンしないと始まらないので面倒なのには変わりない。

測量図も含めて全部電子化してぇなぁ。でも上を説得したりするほどのやる気はない。

面倒な点の2つ目は評価だ。2つ以上の筆で1つの評価単位になる場合は処理がめんどい

単に同じ評価にするだけでなく、何らかの形でこれとこれとこれはひとまとまりですってしておかないと課税システム上で特例適用地積の按分をすることができないし、

地図上にそれを表すことも出来ない。

これも地図システムから評価できるやつにできれば楽になるんだけどなぁ。例によって自分がやる気はない。

面倒な点の3つ目は、データの数が多くなること、データが重くなること。

ただ、コレに関しては一番の戦犯は国と自治体だ。道路がいけない。街区ごとでいいか道路を合筆してくれたらいいんだけどなぁ。無駄手間でしかないけど。

そういうわけなんだけど、一方では合筆はしてほしくない。

俺は結構地図とか地形とか歴史が好きだ。その点では、公図はかなり面白い

「あ、ここ昔畑だったんだな」とか、「これが昔の道路だな」とか「この道路拡張されたんだな」とか「ここに水路があったんだ」とか「ここ湧水だ」とか「池だったんだ」とか、

そういうのが透けて見える。

こういうのは全部今の利用の形に合わせて合筆されたら見えなくなってしまう。

極致区画整理だ。一旦全部まっさらになるから昔のことは何も分からん

もちろん昔の資料がなくなることはなく、単に現在の公図がキレイなっちゃうだけだけど、

それでも「史料」に当たらずとも今の土地の形から見えるものがあるっていう面白さが消えてしまうのは残念だ。

まあ心配いらないんだけどな。キレイにするためだけの合筆なんて金かかるだけで所有者使用者にはそんなにメリットはない、んだろう多分。ほとんど誰もやらないし。

2020-07-03

タデラ・知足寺

むかし彼女ブダペスト旅行に行って、チタデラって名前ちょっとした山に登った。

英語イタリア語フランス語か知らないが、とにかく城砦意味するCitadelって単語からきた名前らしい。たしか無骨な砦のようなものが頂上にあった。

砦そのものには入れないが、高度と位置がちょうど良くて市街が一望できる。いろんな国籍の人が集まって街を見下ろし、思い思いに写真を撮ったりしている姿は牧歌的で素敵だった。ドナウ真珠と呼ばれるだけあってブダペストの街は美しく、それなりに感動した覚えがある。俺たちもドナウ真珠をバックに写真を撮ったが、自撮りが下手すぎて2人の顔ばっかり写っていた。

タデラ、いい思い出だ。

 

で、この前なんとなくグーグルマップを見ていたら近所に「知足寺」という寺をみつけた。ちそくじ、とでも読むのだろうが、ちたでらとも読める。なんてことはない普通の寺だが俺たちは大いに盛り上がり、日本のチタデラへと向かった…というのはウソで、彼女は「べつに行くほどではないかな…」とつれない態度だったので俺だけ行った。

普通の寺だった。人はいなかった。境内に入って声をかけられたら怖いので、外から眺めるだけで帰った。

彼女にその話をすると、「よかったね」と言われた。 完

2020-06-15

恋愛に一番大切なのは人間への興味』だと知った

7/7

ブックマークの増加に衝撃を受けました…公開してから2週間ほどブクマ数はゼロでした。

多分誰かがSNSに上げてくれたのだと思いますありがとうございました。

追加でコメントに返信しています

(以下本文)

後悔している。

今付き合っている恋人のことだ。

別れたい。

相手は22才。もうすぐ23になる。付き合い始めたばかり。同じ会社で働いてる。

綺麗だ。身長は160で、細身でもなければ太くもない。

髪型がおしゃれだ。今時な感じ。「髪が長すぎるよ。垂れてるし不潔に見えるよ」って言ったら、次の週にはセミロングだった。

仕事ができる。初めてのイベント運営でも、一生懸命仕事をこなした。何十人と並んでいても、受付事務スピードが落ちることはなかった。たとえ遅くてもちゃんとやってた。

気質が優しい。弾んだ声で笑いながらしゃべる。今時の女の子なんだけど、ちょっと影がある。

この年で人事に期待されている。今は国に対して数億円の補助金請求する仕事をしている。

ミオはモテるアタックしている男性社員は少なく見積もって2人。みんな男前だ。人柄もいい。

ミオと早く付き合ってくれよと願いながら、社員食堂で同年代の男と話しているのを見て思う。

俺の話をする。

結婚活動を始めて1年ちょっとになる。30代半ばのリーマン土木の測量をしている。

婚活母親に言われて始めた。35になる頃だった。母親に泣かれた。早く結婚しろって。孫の顔が見たいって。いい年なんだからから出ていけって。

月に6万も家賃を払っているのに、農業だって、親の会社の手伝いだって町内会活動だってやってるのにひどいなと思ったけど、さすがになと思って婚活を始めた。

ペアーズに登録した。

最初はぜんぜんダメだった。

マッチングアプリをやり慣れてる人ならしないようなミスやらかしていた。

プロフ内容が男目線女性目線物事を考えている様子がない

女性あしあとを踏まない

プロフ写真地鶏

いいねされる数が少ない。月に3人とか

メッセージ自分のことばかり。返信しにくい。さっき見返して噴き出した

・何十人にいいねを送っても誰にも相手にされない

3か月が経って、ようやく会える子が見つかった。テルコとする。

写真かわいいなって思って、いいねを送って、マッチングして、メッセージが長続きして、会う約束をして、会う前に電話をして、マッチングしてから2週間後に初めて会った。

地元の駅で待ち合わせした。駅の外でなかなか見つからないなと思ってたら、テルコが集合場所を駅の中だと勘違いしていた。場所の詳細を写真で送ったのに。

……駅の正面入口からテルコが出てきた。ようやく会えた!と思った。人生初のデートだと期待していた。

思い違いだった。その子が俺の前に来た時、「あ!?」って思って、唇が歪んだ。

違う人だった。

まず、顔の輪郭が違う。写真では細いのに、本人はなんかもう小倉トーストだった。

マッチングアプリ初心者だった。違う人の写真を使う奴がいるというのをわかってなかった。

テルコ(実物)の顔は真っ黒で、ニキビが多い。髪は長め。身長に嘘はない。確かに170センチある。

お疲れ様です」と俺は言った。テルコは「どこにいるのかと思いました」と低い声で言った。

それから、一緒に市街を歩いたけど、向こうは俺と話す気はないようだった。常に俺の前を歩いて、話しかけてもいい反応はない。ぶっきらぼうだ。冗談を言うと、「さよなら」「知らないです」「じゃあ帰りましょう」みたいな答えを返す。

我慢して我慢して、候補にしていた店のひとつであるハンバーグレストランに着いた。

店の出入口で、「おごりでもいいし、そっちがちょっと出すのでもいいよ」と聞くと、「どっちでもいいです」って返事だった。「じゃあ千円だけ出してね」と言った。

レストランの店内でも最悪だった。食事が出てくる前はひたすらに携帯電話を触っていた。ハンバーグ定食が出てきた後で携帯を触るのをやめたけど、それでも会話にならない。たまに何往復か続くけど、それだけだ。

時間もしないうちに会食は終わった。また携帯を触ろうとしていたので会計にした。5,500円だったかな?ごちそうさまはない。

店を出て、テルコは足早に歩き出した。俺のことなど眼中にない。追い抜くと逆に速度を下げる。その繰り返しだ。

百貨店の前の地下階段まで来ると、「もうここでいい!」とテルコは言った。「うん。じゃあね」って言ったら、何も言わずに階下に降りて行った。

帰りの電車の中、「今日ありがとうございました」というメッセージを送ったら、「こちらこそ」というメッセージと一緒にスタンプが送られてきた。

寝床につくときペアーズでテルコの顔写真確認しようとすると、テルコはどうやら俺をブロックしていた。

何が悪かったんだろうと考えた。1時間は考えたろうか。結論は出なかった。

次の日になって、とりあえずできることを考えた。

テルコをペアーズの運営通報した。事実として、違う人間顔写真を使っていたからだ。許されることじゃない。人を騙しているじゃないか。俺以外の人間にもおそらくこんなことをしている。

翌日、運営から、「本人に警告します」みたいなテンプレメールが返ってきた。本当に警告なんてしたんだろうか、実はしてないんじゃないのか?って考えた。前科〇犯になったら初めて警告が行くとか……

反対の考えが込み上げてきた。もし本当に警告を受けたのだとしたら、かわいそうに思えてきた。テルコはどうしてあんな態度を俺に取り続けたんだろう。そういえば、仕事の話だけは頑なにしなかった。仕事のことは話したくないって言ってた気がする。

テルコはストレスが溜まってたんだろうか。だからあんなことをしたんじゃないか

と思ったら、可哀そうなことをしてしまったのかな、という感情が込み上げてきた。昨日までは俺以外の騙された人に同情していたのに、この日はテルコに同情していた。

ひとつだけ感情が残った。悔しさ、そして不甲斐なさだ。ふたつあるけど気にしないで。

しかった。

これまで恋愛経験はない。童貞だ。

チャンス自体はあった。

中学生の時だった。放課後同級生の子に「家まで送ってよ」と言われた。「1人で帰れ」って言ったら、口のへの字に曲げて瞼を落として、顔が石みたいになってた。今でも覚えている。お地蔵みたいな顔。

高校生の時だった。柔道部合宿帰りに、先生運転するハイエースの中で、ゴトウという仲間に「チハヤがお前のこと好きなんだって」と教えられた。ほかの部員も何人かその場に居て、ゴトウの携帯電話メール画面を覗いていた。

チハヤは、たまに話す程度のクラスメイトだった。小柄でおとなしくて明るい子だ。恥ずかしがりなところがある。よく教室を走り回る。

友達から携帯を渡されて、画面を見ると、「〇〇(※俺の名前)のことが好き。伝える方法があったらゴトウ教えて」みたいなことが書いてあった。

先生ハイエースから降りる時、ゴトウは俺に、「7時30分にチハヤがお前に電話するからな」と言った。

俺は黙っていた。いたずらだと思ったからだ。現に、俺が通う高等学校底辺に近いところだったので、告白系のいたずらもあった。携帯を所有していない俺は、そのメールの文面はゴトウが作った偽物だと考えた。

でも、友達がいない俺にゴトウはよく話しかけてくれる。それが嬉しかった。ゴトウの言葉を信じようという気持ちが湧いていた。

午後7時30分。電話がかかってきた!クラシックな着信メロディが鳴っている。ゴトウに電話番号を教えてもらっていたので、コードレス電話の着信画面を見てチハヤだとわかった。7コールほど鳴った時に受話器を取ろうとして切れた。

心臓が痛い。どうしようかって思って、ちょっと開いた襖の戸に手をかけて、握りしめて離してを繰り返した。カーペットに落ちているリモコンを足でつついて、炬燵の方まで軽く蹴飛ばした。炬燵の足に当たって高い音がした。

……受話器を握ってリダイヤルした。何コールだったかな?諦めて受話器を置いて、リモコンを炬燵机の上に置いて、カレンダーをボーっと眺めた後で2階にある自分の部屋に帰った。

8時半にもう一度着信画面を見ると、チハからの着信があった。あれから4,5分後だった。俺は夕食を食べに離れの家に向かった。それから電話はしなかった。

以後、学校で出くわしてもチハヤの態度に変化はなかった。いつもどおりの低い声で、恥ずかしそうに喋っていた。卒業までずっと、小柄でおとなしくて明るい子だった。

大学生の時にもチャンスはたくさんあった。

当時は気が付かなかったけど、とにかくチャンスはたくさんあった。ぜんぶ棒に振ったけど。

今なら、あれがチャンスだったんだなってわかる。

マクドナルドでの4年間のアルバイト生活

教職課程の最難関と言われる講義で、半年間一緒に戦った仲間たち。

みやこ音楽祭』なる学生イベントで、出演者側の芸能事務所マネージャー現場スタッフに舐められ、バカにされながらも、当日本番の舞台管理をやり切ってイベント成功させた。

でも、恋愛はできなかった。できればしたいなと思うばかりで、自分から前に進むことはなかった。相手から来てくれればいいなと思っていた。男として三流以下だ。ナンパに挑戦しているダサい男の方がまだいい。男として優れている。

ここから本題だ。

ミオと出会ったのは、会社イベントスタッフとして参加した時だ。

冬にやるウォーキングイベントで、毎年何百人もの人が参加して長距離を歩く。

ウォーキングコース中間地点(兼昼食場所)にミオはいた。年配の社員と一緒に中間受付用のテントや机を並べていた。

ミオと挨拶を交わす前に感じたことがある――この子は俺よりも格上だ。

まず、気品がある。上品笑顔に、さらさらとしたロングヘアに、真白のワンピースみたいな冬物のコートコートの下はジャージだけど、ウォーキング大会雰囲気に合っている。

の子がいるのは社長肝いりで作られた部署だ。そこに入社何年目かの女子が入って、会社威信に関わる仕事をしている。

ひとまず、「お疲れ様です」と挨拶をした。そしたら、ミオの『お疲れ様です』という落ち着いた声とともに、トラブルの話が始まった。

ミオの話によると、休憩場所になっている体育館の照明が点かないという。現場に行くと、奥の方にあるブレーカーが落ちていた。古い体育館なので、普段から切ってあったのかもしれない。

体育館を出て、受付場所に戻って報告を済ませ、ミオと年配の職員との3人でしばらく雑談をした後、本来ポジションである参加者誘導する仕事に戻った。

それで、1時間ほど経って、昼食をしに戻ったんだよ。そしたら、イベント参加者もの凄い行列を作っていた。100人以上はいる。初めてのイベントなのに大丈夫かなって思って、サポートをしようとしてテントを覗いた時、ミオの凄さが伝わってきた。

逃げてない。普通の人だったら、そんなに並ばれたら怖じ気づいて投げやりな受付になるだろうに、テンパってしまうだろうに、ミオは逃げてなかった。戦っていた。参加者の番号を聞いて、名簿に消し込みを入れて、到着時刻の記入と出発の説明をして、昼食場所を案内する。

この人は物事に対して本気になることができるんだな、凄いなって感心した。

イベントが終わる頃、参加者誘導仕事を終えた俺は、ゴール地点の最終受付で記念品を配る仕事をしていた。

残りの参加者はあと半分くらいかなってところで、ミオの存在に気が付いた。今いる建物入口あたりで携帯をいじっている。手持ち無沙汰らしい。

仕事を中断して、ミオのところに行った。「俺、このイベントやってる部署にもういないし、よかったら〇〇さん(ミオの苗字)、記念品渡す仕事やる?」って声をかけた。「どっちでもいいです」と言われたので、「じゃあついてきて」って言って、仕事の内容を説明して交代した。

それがきっかけだ。

イベントの数日後に、駐輪場でミオとばったり会った。彼女自転車通勤だったらしい。イベントお疲れ様でしたと伝えあった。

ミオと駐輪場でよく会うようになった。最初挨拶だけだったけど、お互いの仕事の話とか、経歴の話とか、休日に何をしてるとか話すようになっていった。

ラインの交換をして、1日で数回程度のやりとりをして、食事に行く約束をして、携帯電話の番号を教えあって、実際に食事に行って、次はデートに行って、さらにまたデートに行って……こないだのゴールデンウイークだった。一緒に夕食を食べた帰りに寄った公園告白した。

ありがとうございますよろしくお願いします」だって

しかった。喜びというよりは、これで俺は一歩前進したんだって、一人前に近づくことができたんだって、救いようのない人間じゃないんだって安心できた。

別れたい。

これが今の気持ちだ。

コロナ禍の渦巻く中、ひっそりとデートを重ねた。手を繋いで、体を寄せ合って、口づけを交わした。

あぁ、こんなもんかという感想だった。

デート最中、何度も冷たい気分になった。ミオに対して何も感じない。

その時、何年も前のことを思い出した。夜の散歩中に野良猫に出くわしたことを。そいつは茶トラで、怖がりで、そそくさと俺から逃げて行った。

でも、そいつを振り向かせたくて、ゆっくりと追いかけた。茶トラはやがて、田んぼの中にある収穫間際の稲の中に入っていった。

しゃがんだ姿勢で、ずっとそいつを待った。指を振ったり、声を掛けたりして、目の前の猫に届けばなと思ってずっと待った。撫でつけるような、不安そうな猫の声が響いている。

……30分ほどが経つと、ザザッという音がした。茶トラは稲の中を縫うようにして出てきて、こちらに寄ってきた。

体を擦り付けてくる猫を正面から抱きかかえて俺は、歩き出した。柔らかい温度が腕に伝わってくる。

同時に冷たい気分になった。

さっきまで、この茶トラに懐いてほしい、信頼してほしいって確かに願っていたのに――抱きかかえたところで、俺の中の何かが変わってしまった。

ミオに対する無感情。この猫とのことを思い出した瞬間に、本当の自分に気が付いた。

本質的意味で、他人に興味がなかったんだ。だから友達はいないし、恋人も作れなかった。思い出してみれば、他人と会話が弾んだことがないじゃないか最初自分から話すけど、段々と何も話さなくなっていって、他人と俺は単なる存在同士になる。

そんな人生だった。

俺は人間に興味を持つことができない。そういう人間なのだとわかった。

でも遅い。俺には彼女ができてしまった。もうすぐ1ヶ月になる。

週に一度はデートをするけど、ミオが塩ビ人形みたいに思えてくる。

セックスしたくない。肌がきれいだとは思うけど、なんだか気持ちが悪い。自慰をすることはできるのに。

ラインに返事をしなくなったら文句を言われた。うざいなこいつって思った。ミオの存在がうざったい。こんな感情は持ちたくない。

昨日、廊下ですれ違った。あっちは俺をチラッと見るけど、俺は彼女を見ない。

朝の駐輪場。今は、ミオと絶対に会わないであろう時間に家を出ている。



ミオと別れたい。

どうしたら平穏に別れられる?

増田の人、教えてくれ。頼むよ。

ミオのために。



追記

茶トラの猫は家に持って帰った。今も飼っている。

名前ちゃとらん。母親がつけた。

後日の話

https://anond.hatelabo.jp/20200708194035

アドバイスありがとうございます

うんち

 そうだね。うんちだね泣

ミオが可哀想からさっさと別れてあげて。ポエマーおっさんに割く時間ないよ。

 助言ありがとうあなたの言うとおりだ。全力を尽くすよ。目標は来月中。

しろゲイなんじゃないかと思った。男を好きになったことはないの?

 助言ありがとう。男に性的な興奮はしないんだよ。たぶん俺は人間が好きじゃないんだと思う。

はいはいノロケ話おつかれさん

 幸せな方だとわかっている。本当にきれいな子なんだよ。俺はまともな人間じゃないけど、まともな人間擬態することができる。人生で一度はノロケてみたい。

実は借金があるって言えばさっぱり別れられるよ。 奨学金でも友達保証人でも昔贅沢しちゃったでもいい。 というわけでさっさと別れたほうがいい。

 彼女金持ちなんだよ。すごくお金持ち…苗字がすごい。めちゃくちゃ難しいうえに普通読みが不可能

 明らかな嘘はつきたくない。つかない。でも、あなたアドバイスで気が付いたことがある。助言ありがとう

彼女のためにはいまここで書いたことを正直に伝えて「別れたい」と言ったほうがいいと思う。

 先週、伝えた。怒った顔をしてた。すぐに辛そうな顔になったよ。なんて言っていいかからなかったけど、話し合いを続けた。それはまた追記する。コメントありがとうございます

これ何年か前に見た気がするんだけどなんで突然再挑戦しようと思ったん?

 それは間違いなく違う人なのです…

すべて妄想ということに気づくことは不可能だろうが、治療まではまだ時間がかかりそうだ

 私は異常なんだと思う。普通の人は、性格いいし綺麗な子と付き合えたら幸せな気分がドバドバと湧いてくるんだよな。俺にはそれがない。それが治ったら治療完了になるのかな?

化現象じゃね?

 ググったよ。近いかもしれない。もっと勉強してみる。コメントありがとう

ちゃんと別れてやれよ

 別れないことにした。ミオのことが気持ち悪いという感情は今でもある。でも、ここで諦めたら駄目だと思った。最低1年は続けてみせる。

2020-05-02

町中で大声出してわめく奴の気持ちが分かってしまった

インターネット世間の声を簡単に聞けるようになった。つまりそういうことなのだが、1つの塵芥の声が聞こえるようになってしまったのだ。

それを自分に言われているように思えてしま人間がいる。絶対にいる。無視できない数の、そういう人間がいる。その上で、自分叫び悲鳴のようなものは1つの塵芥にしかならないのだ。

そんな人間が、他人に散々影響され、恨みや怒りが籠った叫びが響いてしまった人間が、自分叫び悲鳴が最も効果的に他人に伝わるのはどこか。市街だ。市街で叫んで回るしかないのだ。

私は自宅で、よく声にならない叫び声を上げる癖がある。ずっと隠してきた。学校研究室会社旧2chtwitter増田、その他SNS全てで、今までは隠してきた。もう無理だ。市街で叫ぶ度胸はない小心者だ。まずは増田で叫ばせてくれ。

クソが!

2020-01-04

[] #82-5「心に刻む情景」

≪ 前

とはいえ、全員でこの場を離れるわけにはいかない。

誰も居ない予約席なんて自由席と同じだからだ。

何らかの自治体がどこからともなく駆けつけてきて、あれよあれよという間に撤去される。

或いは、日の出を見たい他の人間たちによって侵略されるだろう。

勝者の特権として略奪行為、「俺たちの席なんて元からなかった」という歴史修正が施される。

場所取りとは、現代における戦争の縮図なんだ。

大袈裟な話じゃあない。


俺は以前に市街パレードがあった際、バイト場所取り代行をしたことがあるが、あの時は戦慄した。

確保する簡易席は3つ。

自分が座っておけば残り2席を見張っておけばいいだけの、チョロい仕事だ。

最初はそう思っていたが、その“最初”は十数分で終わりを告げた。

通りがかった同級生が話しかけてきて、そっちに目を向けて返事をしたときだ。

その後、すぐに視線を戻したけれど手遅れだった。

ちょっと目を離した隙に」とはよく言うが、この時の“ちょっと”は数秒の出来事

にも拘らず、俺の両隣には見知らぬ人間が二人座っていたんだ。

何食わぬ顔で携帯端末をイジり、位置情報ゲームを嗜んでいた様子は強烈だった。

まあ、結局は簡易席の前に人だかりができて、座った状態ではロクに見れないという状態になってしまったけれど。

“より良いものを見たい”という目的のために、人は容易く理性を放棄できる生き物だと俺は痛感したのさ。


というわけで、買出しに行く人数は絞らなければならない。

「こんな暗がりに一人で待機とか嫌っすよ」

「じゃあ、待機組は二人、残りが買出しって感じかな」

「それじゃあ、ここで待機したいのは?」

「……」

そもそも、ここにいるのが退屈だからこういう話が出ているわけだから愚問である

とどのつまり勝負して決めるしかないってことだ。

「じゃあ、ジャンケンで」

「いやいや、麻雀にしようよ。せっかく持ってきたんだからさ」

弟は、おもむろに俺のバッグから麻雀セットを取り出し、周りの賛成意見を募るまでもなく牌を並べ始めた。

「まあ、暇つぶしにもなるし、これでいっか」

まり自然所作だったから、みんなも疑問に思わない。

弟は心の中で「しめしめ」と思っていることだろう。

それは俺も同じだった。

次 ≫

2020-01-03

anond:20200103173854

自分子どものころからスーパーめぐり趣味20年近くスーパーを見てきてることになる。

 

自分東京に住んでるんだけど、「子育て世代の父だけが家庭用に買いものをしている(おそらく日常的に)」って感じの買い物を見かけることがほぼない。

 

体感でいえば数人増えたような感じはする。

それに人の買い物かごそんなにじっくり見てるわけじゃないしね。

でもレジで前の人のかごの中なんとなくわかるとかあるでしょ。

 

そういうとき世代的には子どもがいてもおかしくないおっさん客でも家族のための買い物してない。

半額弁当をいくつも缶チューハイと一緒にかごに放り込んでるとか、

あけて即食える食べ物缶チューハイとかしか買ってない。

まり独身ぽい。

 

10年ぐらい前から日常的に家族に食わせるための食事を一人で買いに来てるおっさん」を探すようになったがいまだレア

  

休日に父と子だけで買い物に来てるってことがやっぱりごく少数派。逆の母子はやたらとみるのに。

ただ季節や場所柄でちょっと変わりはする。

 

家族で来てる」ならそこそこいる。というかかなりいる。

でも一番多いのは奥さんにひっついてきてるだけのじいさん。

ただ、近郊の大型スーパーか、市街部の小~中型かでけっこう違う。

近郊の大型スーパーになるとじいさんばあさんが減って、もっと若い世代の、夫婦だけか、夫婦に小さい子がひっついているのが増える。

 

 

しかし、食の基本である買い物をするスーパーで、

子育て世代おっさんだけ」が家族のために買い物してるってのはいまだごく少数だと思う。

 

日本家事育児は食の比重負担が大きい。

やっぱこういう買い物を日常的にこなす男が増えないと、妻にお世話されてると言われて仕方がないと思う。

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