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2020-04-22

見ずして死ねない日本の伝統建築10

友人と旅行すると,興味ない人には日本の伝統建築って全部同じに見えてるんだろうなーって思うことが多い.つまり,「見えて」いても「見えてない」んだな.解像度が低い.だから,その深み凄みを紹介するために10建築を選んでみた.

この増田で,日本建築のどこをみればいいかが少しでも理解してもらえればいいな,と思っている.あくま日本建築を楽しむための「入り口」として,もしくは旅行の楽しみを一つ増やすためのお手軽ツール(やや自嘲をこめてるよ,これ)として,読んでくれると嬉しい.

法隆寺中門~回廊(奈良県生駒郡飛鳥時代

 法隆寺は誰もが行ったことがあるだろう.しかし,一般人教科書に載っている五重塔と金堂があるなーって思って,終わりなんじゃないだろうか.違うのよ本当に.中門なんだ.中門から回廊にかけての柱.伊東忠太エンタシスと呼んだ,胴張りの柱.この列柱をみて,何も感じない人間は,おそらく建築に対するセンスを持ち合わせていないのだろうから,これ以降この増田は読まなくてもよろしい.建築は細部に宿るのだ.その原初的プロポーションは,日本にも偉大なる古典クラシック)があったという証なのだ

東大寺法華堂(奈良県奈良市奈良時代

東大寺に行くと,一般人大仏殿で満足して帰る.ちょっと詳しい人は,二月堂まで登って景色を楽しんで帰る.じゃあ玄人は?その横の法華堂だ.しかも,入り口ではなく,裏側からまずその建築美を楽しむ.この風景こそが,まさに創建時代東大寺からだ.実はこのお堂は,左半分が奈良時代仏堂であり,鎌倉時代に右半分の礼堂を増築している.だから側面からみるとチグハグな印象を受ける.なぜこんな事になっているか原初的には,仏像は外から拝むものなのだ.お堂の中は仏の領域であり,そこに人が入ることはなかった.しかし,日本は雨が多いため,実用的な理由で,仏堂に並び建つ形で礼堂という,人が入って拝むためのお堂が作られるようになる.そして,その後この仏堂と礼堂を一つの大きな屋根で覆うようになったのが,日本の最も一般的正方形に近いお堂の形だ.なぜ奥行きがあるのか,それは二つのお堂を包摂してるから.そして,内部を内陣(仏の領域)と外陣(人の領域)に分けている.

 とまあ,東大寺法華堂だけで日本建築史が語れるんだけど,法華堂自体価値とは,その仏堂と礼堂の処理の過渡期的な建築であることはもちろん,何よりも,天平建築天平彫刻がそのままの形で残っていることだ.奈良時代日本はやっと中国・唐から最新の様式を導入できるようになった.そしてそれは王者建築なんだな.力強く,おおらかで溌剌とした建築.柱と梁によるシンプルで強い建築.その素のままの美しさでは,天平建築にその後の建築は敵うはずがないのだ.

富貴寺大堂(大分県豊後高田市平安時代

平安時代建築って,数も少ないし奈良時代以前の建築に比べて,それほど素晴らしいとは思えない.よくも悪くも日本ナイズされて,よく言えば品のある住宅風の,悪く言えば構造ダイナミズムが弱い建築が作られた.平安時代,人は仏堂の中に入り,座って祈りを捧げるようになった.それゆえ,天井は低く,落ち着いた空間が好まれるようになった(卵が先か鶏が先かはわからないが).軽く高床にして,床下の風通しをよくしているのも日本化のひとつ.これらの日本的要素を建築史的には和様と呼ぶ.平等院鳳凰堂和様代表みたいに言われているけど,あれはまあ,例外的な派手派手金持ち建築なわけで,一般的仏堂というのは,この富貴寺大堂のような三間四方(柱が4本で間が3つの正方形型)の阿弥陀堂だろう.これがよい.実に素朴で,柔らかい建築.人と仏像距離がちょうどよくて,いつまでも中に入って祈りを捧げられるような,そんな自然体の空間.こういう空間は,奈良時代ダイナミックな,ところせましと仏像が建ち並ぶ空間とは異なり,ほっとするんだな,日本人なら.とはいえ,この富貴寺は大分のド田舎にあるので,さすがに東京から行くにはマニアじゃないと無理かな.東日本なら,福島県いわき市にある白水阿弥陀堂も同様の建築でよい(らしい.東国はいまいち詳しくない).さらに,平安時代に由来する浄土庭園の中にあるので,こちらの方が平安時代的でよいかもしれない.

東大寺南大門奈良県奈良市鎌倉時代

日本建築史上の最大のトピックといえば,鎌倉時代東大寺再建に関わった僧,重源の大仏である.先述したように,平安時代には天井を低く住宅風の落ち着いた仏堂が好まれたが,重源が宋からもたらした建築は,その真逆をいくエポックメイキングものだった.天井は貼らず,屋根裏まで高く伸びる柱.縦横無尽に頭上を飛び交う貫(ぬき,柱と柱をつなぐ水平の補強材).そんな規格外建築東大寺大仏殿という世界最大級木造建築を作るためには,従来の和様建築では構造的に不可能であった.それゆえ,より合理的ダイナミックな中国・宋由来の建築が取り入れられた.日本建築史上最も巨大な,今見られる大仏殿の3倍にもなる内部空間.それはパンテオンにも劣らぬ迫力のものであったろう.そんな鎌倉大仏殿を今,見ることはできない.戦国時代田舎侍が燃やしてしまたから.しかし,東大寺南大門は当時のまま残っている.東大寺南大門をくぐる時は,ふと上を見上げてみよう.そして,圧倒的な上昇感に震えてみろ.

金剛三昧院多宝塔(和歌山県高野町鎌倉時代

多宝塔って知っているだろうか?下層が方形,上層が円形の平面を持つ,ちょっと変な建築だ.空海に由来するため,真言宗系の寺院によく見られる.これ,塔がそもそもインドストゥーパ釈迦の遺骨を納めた仏教最初期の半球系の建造物)に由来していることをあらわしている.先祖帰りの建築だ。中国にも存在しない、日本オリジナル奇形建築木造建造物としては,かなり無理矢理な形をしていることから,よほどの宗教的意味があったのだろうと思う.今は15mほどの小型のものが多いが,そのオリジナル高野山のコアである根本大塔だ.しかしあれは無理があったのか,燃えては再建を繰り返し,今ではもう鉄筋コンクリートだ.そんな中,金剛三昧院の多宝塔は本場高野山にありながら,鎌倉時代のもので,有名な石山寺多宝塔と並んで最も古く美しい形をなしている.どっちでもいいんだけどね,やっぱり本場の多宝塔を見た方がよいかな,と思うわけだ.

軽くさわりだけなのに,予想以上に長くなってしまった.まだ鎌倉までしか進んでいない.この増田反響があったなら,あとの5つも書いてもいいかな.


消えてたのでキャッシュからリカバリー

anond:20200422045400

そういえば富貴寺って大分にあるよね

今の時期にグループで参拝しても大目に見てもらえそう

anond:20200421170303

この調子が続くなら続編は別に読みたくないです。

教科書的な蘊蓄はいいか自分主観でどこがどう好きかをまず言語化してほしい。

写真がないのは増田からしょうがないとしても、見たことないものに対して

センスないとか言われても、この人は普段から興味を持ちはじめた初心者

マウント取る人なのかとその後の主張にも寄り添えない。

たことないものも目の前に浮かぶように描写を尽くしてほしい。

建築の妙を語るなら、すでに失われたもの解説など歴史的ロマン部分は少な目にして、

今見られる造形のどこがどう美しいのかユニークなのか圧倒的迫力なのかを語ってほしい。

その点、富貴寺大堂の説明主観描写多めでちょっと良かったです。

2020-04-21

anond:20200421170303

富貴寺を挙げるとは渋いね

中部関東鎌倉以降の仏殿の登場も期待(登場しなくてもOK

2019-06-23

anond:20190623181327

法律の前に富貴とかモラルポリシーが出てこないあたり人工知能さんかプログラムで動いてる文章生成スクリプトさんかな?

だとしても、何か悪いわけでもなんでもないのだけれど。

2019-06-16

anond:20190616103818

一応理屈としては資本主義は飼い犬を募集してないしブリーダーではないのだ。この社会においてすべての参加者自分自身の王でありプレイヤーなわけだからして、他者富貴依存している存在はいないことになっている。どれはい理論存在しないか奴隷を救済する制度もまた存在しないのだ。

2017-02-09

学問のすすめ

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤きせん上下差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資とり、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥どろとの相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教じつごきょう』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やす仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やす仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役りきえきはやすし。ゆえに医者学者政府役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。

 身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々しもじもの者より見れば及ぶべからざるようなれども、その本もとを尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺ことわざにいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人げにんとなるなり。

2015-09-27

[][][][][][][]

Even after a bad harvest there must be sowing.

Seneca

凶作の後でさえも、

やはり種まきはせねばならない。

セネカ

たとえ明日世界が滅亡しようとも、今日私はリンゴの木を植える。

ルター



粘土団子 - Wikipedia

Seed ball - Wikipedia, the free encyclopedia

YouTube - Seed Ball Story

自然農法 わら一本の革命 | 福岡 正信 | 本 | Amazon.co.jp

福岡正信 - Wikipedia

種を撒く人になってください

Amazon.co.jp: 奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録

asahi.com(朝日新聞社):樹脂チューブで砂漠を緑地に 東レが新技術 - 環境

荒れ地に緑をよみがえらせる布

【開発ヒストリー】アフリカの砂漠を農地に変える「奇跡の繊維」…世界に誇る日本「繊維テクノロジー」が南アで挑む(1/4ページ) - 産経ニュース

ポリ乳酸繊維 | CSR・環境│TORAY

砂丘固定と緑化をねらったサンドソーセージ工法 Sandsausage work aiming at sand dune fixation and revegetation

砂漠移動防止システム :: 環境対応システム :: ミツカワ株式会社 | ニットで世界をリードするグローバルカンパニー

砂漠に300万本のポプラを植林した日本人

アフガニスタンの砂漠が日本の支援で緑化に成功!この奇跡に世界中から賞賛の声 【海外の反応】 : 海外の万国反応記

インドの砂漠を緑に変えた グリーンファーザー 杉山龍丸

薄いフィルムの上で植物を栽培する技術「アイメック」 #DigInfo

歩き続ければ、大丈夫。---アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家からの手紙 | 佐藤 芳之 | 本 | Amazon.co.jp

Amazon.co.jp: 木を植えた男

木を植えた男 実写版 - YouTube

【字幕:対訳】 木を植えた男 【1/3】 - YouTube

アフリカの古代農法を復活させ、森と土地を蘇らせた実在の「木を植えた男」

Yacouba Sawadogo - Wikipedia, the free encyclopedia

未来の子どもたちの為に。10年以上に渡り1万本の木を植え続けてきた盲目の男性と腕のない男性(中国) : カラパイア

Elderly Blind Man and His Armless Friend Plant Over 10,000 Trees in China, by Jenny Zhang


松茸・根切り法

マツタケが安くなる? 困難とされた“マツタケ栽培”を成功させた人物 テレビ朝日|モーニングショー コーナー「ショーアップ」取り上げられた情報をチェック!

遠くへ行きたい|2015/10/25(日)放送 | TVでた蔵

「マツタケ」採取する時代から作る時代へ! マツタケ増殖に成功!!

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google:盆栽 松茸

鉄炭だんご・Iron Charcoal Balls

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◆ 使い捨てカイロのリサイクルで海が再生する!「鉄炭だんご」の不思議 - ☆・☆・☆富貴屋倶楽部☆

鉄のゴミを海のサプリに:日経ビジネスオンライン

Iron Is the Key -- Iron Ion Replenishment for Sustainable Oceans | Japan for Sustainability

2012-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20120912135337

違うよ、なんて言ってないだろう。

二編の表題は「人は同等なること」だし

「 初編の首はじめに、人は万人みな同じ位にて生まれながら上下の別なく自由自在云々とあり。今この義を拡めて言わん。」

とあるから「天は人の上に~」が引用だとしても、自身の考えに合致するから引いてるんだろう。

働きによって貧富貴賤の差は生じるけど、それは有様の差であって人が生まれ持つ権理通義は同等である

繰り返し述べてるし。

http://anond.hatelabo.jp/20120912104943

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」に関しては最近よくある「平等を説いているのではない」

みたいなツッコミの方がおかしいと思う。

富貴賤智愚はあくまで有様の違いであって人が元来もつ権理通義には一厘一毛の軽重もない。

命の重さは同じだし、富強を持って貧弱に無理を通そうとするようなことは

有様の違いをもって権理通義を害する真似でけしからんって言ってるわけだし。

今でいう自由主義平等主義と考えて差し支えないんでは。

2010-11-28

学問のすすめ

○天は人の上に人を造らず,人の下に人を造らずと云えり。されば天より人を生ずるには,万人は万人皆同じ位にして,生れながら貴賤上下差別なく,万物の霊たる身と心との働を以て,天地の間にあるよろずの物を資り,以て衣食住の用を達し,自由自在,互に人の妨をなさずして,各安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今広くこの人間世界を見渡すに,かしこき人あり,おろかなる人あり,貧しきもあり,富めるもあり,貴人もあり,下人もありて,その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第甚だ明なり。実語教に,人学ばざれば智なし,智なき者は愚人なりとあり。されば賢人と愚人との別は,学ぶと学ばざるとに由て出来るものなり。又世の中にむずかしき仕事もあり,やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ,やすき仕事をする者を身分軽き人と云う。都て心を用い心配する仕事はむずかしくして,手足を用ゆる力役はやすし。故に医学学者政府役人,又は大なる商売をする町人,夥多の奉公人を召使う大百姓などは,身分重くして貴き者と云うべし。身分重くして貴ければ,自からその家も富で,下々の者より見れば,及ぶべからざるようなれども,その本を尋れば,唯その人に学問の力あるとなきとに由て,その相違も出来たるのみにて,天より定たる約束にあらず。諺に云く,天は富貴を人に与えずして,これをその人の働に与る者なりと。されば前にも云える通り,人は生れながらにして貴賤貧富の別なし。唯学問を勤て物事をよく知る者は貴人となり富人となり,無学なる者は貧人となり下人となるなり。

へー。はじめて知った。

2010-01-08

水産放浪歌。

富貴名門の女性に恋するを純情の恋と誰がいうぞ。

暗鬼紅灯の巷に彷徨う女性に恋をするを不情の恋と誰がいうぞ。

雨降らば雨降るもよし風吹かば風吹くもよし

月下の酒場にて媚を売る女性にも純情可憐なる者あれ。

女の膝枕にて一夜の快楽を共に過さずんば人生夢もなければ恋もなし。

響く雷鳴 握る舵輪 睨むコンパス六分儀

吾等海行く鴎鳥 さらば歌わん哉

吾らが水産放浪

心猛くも鬼神ならず

男と生れて情はあれど

母を見捨てて浪越えてゆく

友よ兄等よ何時また会わん

朝日夕日をデッキに浴びて

続く海原一筋道

大和男子が心に秘めて

行くや万里の荒波越えて

波の彼方の南氷洋

男多恨の身の捨てどころ

胸に秘めたる大願あれど

行きて帰らじ望みは待たじ

(「名門の女性に恋する事を”純情の恋”などと誰も証明なんて出来ない。」「風俗嬢に恋する事を”不情の恋”などと誰も証明なんて出来ない。」で始まり、

「生きて帰る望みなんて持っていない」と終わる訳です。その界隈の男なら誰でも知っている歌であり、誰が作ったのか誰も知らない歌でもある。

因に”その界隈”というのは...。そう、かつての捕鯨船団である。)

2009-06-11

インターネット世論中国独裁政権の脅威となった。

共産党員の腐敗と荒淫に抵抗したヒロイン登場!映画にでもできそうだ。

いささか旧聞だが、その事件は5月10日夜におきた。

中国湖北省巴東県政府の幹部3人が、地元の「雄風賓館」でカラオケ楽しみ、飲んだ勢いか女性従業員の玉嬌に「性的サービスをするよう」要求した。

ところが拒否されたため三人は集団で強姦し、玉嬌が強く抵抗、所持していたナイフで、主犯格を殺害し、もう一人の幹部に怪我を負わせた。

殺害後、自ら警察に通報し自首警察彼女逮捕して精神病院に収監した。ここまではよくある話、中国では日常茶飯、たいがいは泣き寝入りである。

ネット時代、共産党末端の横暴は民衆から意外な手段での報復を受ける。

地元警察精神病院に収監されていた玉嬌に暴行を加え、虐待したほか、玉嬌の母親を脅して、「死者(貴大)の精液が付着した彼女の下着を処分せよ」と命じた。さらに、無料弁護を申し出た弁護士の解任を強要した。

あまりの横暴を見かねた匿名氏がネットに書き込みを始める。

するとあっという間に中国いたるところに伝わった。共産党情報操作の網の目をくぐることがあるのだ。

およそ二億人の署名が二週間で集まり、殺人犯の玉嬌を支援した。彼女は一躍、ネット上のヒロインになった。彼女モデルの「巴東烈女伝」がネット網に流れると熱狂的に読まれ、若い男性を中心としたファン・クラブも登場した。

それらの多くは玉嬌を早く釈放するよう当局に要請した。

▲民衆の抗議がネット空間でなされ、それが成功した。

北京言語大学日学文研究所の高旭東所長が代理弁護を要求したおりの手紙も公開された。

高は次のように言った。

孟子曰く「富貴も淫する能わず、貧賎も移す能わず、威武も屈するあたわず、これ大丈夫という(富貴でも不正をせず、貧しくても卑屈になることなく、威勢な武力に屈することはない。これは立派な行いである。玉嬌さんの行為は中華民族精神である。事件を歪曲報道する新華社真実を語れ)」。

結果、当局は玉嬌さんを殺人罪起訴しようと準備したが、世論の高まりの前に、書類送検だけにとどめた。

こうしてインターネット世論独裁政権の脅威となった。

これまでの暴動やデモ農地を収奪された農民が政府ビルに詰めかけ、投石し、建物破壊し、パトカーを燃やすなど群衆行動が多かったが、近年は共産党幹部の不正や腐敗を批判する行動が目立つようになりつつある。

インターネット普及以後の新現象である。

そういえば、08年に上海公安警察六人が、たった一人の若者に刺殺された事件でも、ネット世論は圧倒的に刺殺犯を支援し、「烈士」「義賊」と賞賛の嵐だった。

ネットは西側の政治を大きく変えて、オバマ誕生を生んだが、中国でも次の段階へ至る。当局はあらゆるパソコンモニター化を制度化しつつあるが、新技術の進展のスピードには追いつけないだろう。

 
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