「事物」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 事物とは

2019-10-19

anond:20191019100702

「消費」というのは現代の大量消費社会イメージからくる概念で、〈一方向的な都合によって使い尽くすようなモノとの向き合い方〉を意味する語なのね。継続的協働使用関係みたいなのとは反対の概念

それが、〈自然事物対話しつつ向き合ってきた〉という、仮想の「前近代」へのノスタルジーって言えばそらそうなんだけど、たとえば現代でも、職人さんが自分の道具や加工する素材と丁寧に「向き合い」ながら物作りをしているとき、その職人さんが道具や素材を「使用している」とは言っても「消費している」という言い方はしないんだよ。同じく、たとえばその製品を「購入して使用して」も、職人さんのスタンスを知りその製品大事に使う人の行動は「使用」であって「消費」ではない。しかし、たとえば同じ製品を「購入し使用した」人が、単に自分の好みでデコったりインスタにアップして、飽きたらポイと捨てるような使い方をしたら、それは「消費」だと言えるだろう。その場合、消費しているのが商品なのか、職人ブランドによる商品というイメージ記号)なのかは、また微妙議論必要になると思うけど。これはあくまで余談ね。

から、子作りをしたフェミニスト(ちなみに、フェミニストには男性女性もいる、というのはいいよね?)が相手を「性的に消費」したかどうかは、一般的には、人によるとしか言えないんだよ。相手セクシャリティ相手自身と向き合いつつ継続的協働的に関わり続けているなら、それは「消費」ではないと判断していいだろうからね。もちろん、ただ「子供を作る」ためだけに相手と関わったりしたのなら、あるいは、短い一定期間の性的な関わりだけが目的子供はその生物的な帰結に過ぎないのなら、「性的消費」と呼ぶに値することがあったかもしれない。それなら確かに批判はされるべきだろう。だが、それを判定するのはなかなか難しいよ。たとえば、結果的離婚していたとしても「当時は真剣に向き合っていた」と言われたらそれを否定するのは難しいのだからね。

もし、以上のことを理解した上で「性的消費」と言っているのなら、それはあなたの性の価値観に「消費」以外の性的な関わり方がない、つまり他者継続的に向き合う性的関係想像できてないということを意味してしまうだろうね。それはなんというか、なかなか不幸なことだとは思うけど。

2019-10-13

私は自分存在すら知らない事物に興味があります

しか存在すら知らないので、いったい自分が何に興味を持っているか知らないのです。

はいったい何に興味を持っているのでしょうか、どうしたらそれを知ることができるのでしょうか?

2019-08-20

anond:20190820095103

恋愛工学の何が工学なんだよ

エネルギー自然の利用を通じて便宜を得る技術一般[1]。

数学自然科学を基礎とし、ときには人文科学社会科学の知見を用いて、公共安全健康福祉のために有用事物や快適な環境を構築することを目的とする学問[2]。ブリコラージュを含む、現実問題解決する方法の体系

誇り高きエンジニアはてなーが、恋愛工学()を許容していいんですかね?

学とつける価値がない

2019-08-05

初めて風俗に行った話、あるいは自分の気付かざる性癖について

これから述べるのは表題のとおり性風俗の話です。


さて、ここで言う性癖とは性嗜好とかフェティシズムとか属性とか、とどのつまりそういう話である

自分にとって性癖というのはAVを見る際にどういった服装、どういったシチュエーションのものを選ぶか、その判断基準程度でしかなかった。

それさえもツタヤ暖簾の向こう側に足を踏み入れてから築いていったものしかなかったので、特定事物に対する強い性的こだわりは持っていない。

当然体の部位に対する嗜好もほとんどないため、お尻だとか脚だとかくびれだとかに凄いこだわりを持つ人の熱の籠もった話などを聞いても理解こそすれど共感は出来ないといった具合であった。

から素人童貞へのクラスチェンジを果たす記念すべき機会に際しても、ある程度胸があればいいや程度にしか考えていなかった。


仕事関係で遠から東京を離れることが分かっていたので、せっかく行くなら地方ではなく東京の店で済ませておけという友人の助言(および北方謙三箴言)に素直に従い吉原御幸を決意する。

事前に予約をしておいた方が良いという情報を少なからず見たため、ネットで軽く調べて店と嬢に当たりを付ける。

ネカフェ調査を行ったので街中で予約の電話を掛ける羽目になったわけだが、往来で嬢の名前を出す瞬間は流石に恥ずかしく、非常にどもった声で喋っていたであろうこと請け合いである

というか実際に嬢の名前を聞き返されて曰く、「~カップの方のXXちゃんですか?」

(嬢の名前確認カップサイズを併用するという事実には思わず膝を打つ。あの空間ではカップサイズ重要IDの1つなのだ名前や顔と同じくらいに。あるいは、もしかしたら、それら以上に。)

はい、foxtrotのFのXXさんです!」とは流石に返せず、恐ろしく不明瞭な返答をした、のだろう、多分。

ともあれ無事に目当ての嬢の予約は完了し、料金の確認も済ませ、店の最寄り駅で送迎車に拾って貰うこととなった。


初めての風俗に赴く前に童貞がすることは何か?

歯磨きか?

瞑想か?

斎戒沐浴か?

否。

財布からIDカード必要以上の金を全て抜き、駅のコインロッカーに預けることである

恥を承知で言おう、怖いのだ。

およそ得体の知れない空間に赴くに際し、余計な憂いを排しておきたかった。

これほどまでに恐怖を抱いているのに、それなのに、提供されるサービスはしっかりと享受しようとしている、この臆病と尊大とをどうしても殺せなかった。

小心者と嗤ってくれて構わない、それでも300円で安心を買いたかったのだ…。


さて、童貞初体験(重言)は緊張で勃たないか、よしんば勃っても射精まで至らないというのは良く聞く話だ。

自分もご多分に漏れなかろうと思い、試しに送迎車内でスマホからAVエロ漫画を見てみたところ見事に反応が乏しい。

こいつぁとんだシャイボーイだなどと自嘲しながら、とりあえずはどんな形であれ最低1回は射精するという目標を立てつつ、車は馳せ、景は移り、境は転じ、やがて足立ナンバーカボチャの馬車は夢の国への扉を開く。


初めて踏み入れた性風俗店の空間は、ただひたすらに緊張を強いてきた。

待合室に案内された直後からお手洗いが近かったので、喉が渇いていたにもかかわらずウーロン茶にはほとんど手を付けなかった記憶がある。

先に会計を済ませておくタイプ店舗だったため、8人の先生が早々にいなくなり、手元に残るは(無駄指紋認証無効にした上で無駄パスワード堅牢にした)スマホだけとなった。

(名刺に「主任」と記された男性従業員が待合室に来て会計手続きを行うわけだが、その間ずっと膝立ちで対応していたのだから驚く。なるほど、確かにこの空間は異質としか表現しようがない。)

その後も結局2度ほど手洗いに行き(どんだけ緊張してんだ)、流石にウーロン茶に手を付けるべきか逡巡し、やや焦燥が鎌首をもたげ始めて来た頃合に、


しか時は来た


迎えに来た嬢の、ウェブサイト掲載されていた画像からそう離れてはいない相貌に安堵を覚えつつ、しかし肉体という圧倒的な現実感に迎えるは緊張のピーク。

めちゃくちゃ高いヒール履いてんな、などと、どこかズレた感想も上の空。

暗めの照明に包まれた閨に、高揚感もいや増すばかり。

相手は端から下着を穿いておらず、

(今更だけどなんで??脱ぐところを見たい/脱がせたいという客よりもストレートに「それ」を見たい/見ることが出来るという状態に満足を覚える客の方が多い結果なのだろうか?)

(ああ、女性下着姿。人間社会性の端的な表現形たる衣服の、最小限の実装。たった1枚もしくは2枚の薄皮に宿る芳醇な文脈よ。)

それ故唐突に訪れた、初めて相対する実物の女性陰毛、そして陰部。

自分童貞なので何卒と伝えて以降はただ流れに身を任せる他になく。

立ち合いは強くあたってあとは流れでお願いします。


ベッドに腰を掛けた自分の足を、床に正座した嬢の膝に乗っけて靴下を脱がせてくれるわけだが、これまた抵抗感が強い。

(風俗以外でこんな経験することなんてあるのか??いや、風俗しか経験できない出来事なんぞそりゃいくらでもあるとは思うが)

前述の男性従業員もそうだが、高級風俗店は何もかもが「こう」なのか。

悪意も害意もないとはいえ、人を足蹴にするというのはここまで嫌悪感があるものなのか、と。

貫一の怒りはいかばかりか。


プレイ内容は端的に。

手、オーラル、正常位、騎乗位、オーラル、この辺りで50分ほど経過。

風呂マットで40分。飲み物を頼んで少しばかりの雑談を交え、

(いかに界隈でドラッグ流行たか、嬢自身の家庭の境遇や病歴、その他初心者にはややハードな話が多かった)

最後はひたすら相手の体を触るだけの20分。

(ここの部分だけ能動的に希望を出した)

8万で120分、これが童貞から素人童貞へのクラスチェンジが相成った次第である

(これランクアップなのランクダウンなの?)


意外とたいしたことはなかった、というのも風俗を使った童貞の発する定型句である

断言しよう、私にはまったく賛同できない。

あの圧倒的な身体性と実存性とを前にして猶そんな物言いが出来るものかよ。

女の肌が悪なのだ、と言ったのは誰だったか

今なら分かる、あの柔らかさと温かさとは、他の如何なる手段でもっても体験することが出来ない、そういった類いのものなのだ

何度でも言いたい、人の体というのはそれだけで恐ろしく抗い難い力を持っている。

それを実感出来ただけでも価値があったというもの

流石に値が張り過ぎるので裏を返す機会は訪れないだろうが。


ともあれ、これがこの度の、今日昼過ぎから22時20分頃までの顛末である

日暮里駅前のマックにてこの文をしたためている。

これから体験する方々にとって多少なりとも参考になれば幸甚の至り、人生の諸先輩方には各々の初体験に思いを馳せていただきたく。


さて、実を言うと先に述べた目標は無事達成できていた訳なのだが、ここで自らの性癖に気付かされることとなった。

生々しさが過ぎることは承知で述べさせていただくが、普通に手でしてもらってもオーラルでも挿入でもダメだった一方で、胸を揉ませてもらいながら手でしてもらったら、いとも容易く達したのだ。

要するに、率直に、おおかたの予想通り、平たく、ところはばからずに正直に言ってしまえば、


おっきいおっぱいっていいよね!!

2019-08-02

恋愛」の定義

広辞苑』第6版では「男女が互いに相手こいしたうこと。また、その感情。こい」と簡潔に記し、さらに「恋い慕う」は「恋しく思って追い従おうとする。恋慕する」と記す。その「恋しい」は「1 離れている人がどうしようもなく慕わしくて、せつないほどに心ひかれるさま」「2 (場所事物などが)慕わしい。なつかしい」と歴史的用法を踏まえて説明する。

(出典:日本語版wikipedia-恋愛

>離れている人がどうしようもなく慕わしくて、せつないほどに心ひかれるさま

美しい

2019-08-01

恋愛工学ってどの辺が工学なの?

工学とは、 エネルギー自然の利用を通じて便宜を得る技術一般数学自然科学を基礎とし、ときには人文科学社会科学の知見を用いて、公共安全健康福祉のために有用事物や快適な環境を構築することを目的とする学問

2019-07-24

anond:20190724203953

俺は『描かれる』ではなく『書かれる』と書いた

それが誤用だというならいえばいいが

からさお膳立てお膳立てっていえばあらゆる作品のあらゆる事物がお膳立てになるわけよ

アルマゲドンなんか隕石地球の危機も父娘の関係を『描く』ためのお膳立てじゃん

キリがないかエヴァウテナに関してだけ言うけどシンジ綾波のことしか考えてないってことはないだろ

特に夏エヴァではこの二人はほとんど関係なくなっている

ウテナは男とセックスしている以上

セカイ系ってのはエヴァコケにするためだけに生まれたくだらないレッテル貼りしかない

ていうか今の俺らのやりとりがそれを証明したな

真面目な評論には絶対に使ってはいけない言葉

2019-07-20

anond:20190720211810

「女は」と「女も」の区別ができない奴も沢山おったしな

特定事物が絡むと知能が幼稚園レベルまで退化するみたいだぜ

2019-07-08

anond:20190708123053

ちゃんとした診断」って何なの、という話はまあ置いておき「正しい診断」「妥当な診断」に置換しておくことにして……

もうかなり昔の話だがな。あるスポーツ関連をフィールドにする記者がいた。この記者過去にも何度か周囲とトラブルを起こし、暴れることがあった(ただしただ粗暴というのではなく、相手不正などを見たとき我慢ならなくなる性質だったらしい)のだが、あるとき結婚していた妹の家で親の介護問題について話し合っていたときに激昂、家具を壊すなどして、とうとう警察を呼ばれた。警察は彼を拘束、妹夫婦はすぐに告訴取り下げをしたにも関わらず拘束は続き、その中で行われた精神鑑定で「精神病質」との鑑定結果が出たため、彼は多摩病院措置入院ということになった。

彼は病棟でひとりの若い女性と知り合ったのだが、この女性ロボトミー一種であるチングレクトミー(脳にメスを入れ、前部帯状回外科的に壊す手術……まだ「精神外科」という分野が盛んだった頃の話)を受けさせられ性格が一変、手術の一月後に首を吊って命を絶った。このことに激昂した彼は執刀医に詰め寄ったのだが、なんと病院側は、彼の母親に十分な説明もないままに承諾書サインさせた上で、彼に肝臓検査と偽って麻酔をかけ、彼にもチングレクトミーを行ったのだ。彼が逮捕されてから8か月後のことだった。それから4か月後、ようやく彼は退院したが、その後は度重なるてんかん発作に襲われるようになった。美しい事物に感動できなくなり、ライターとしてエキサイティング文章を書くことも困難になり記者廃業する。言うならば、彼は医師傲慢にして誤った医療措置人生を失ったのだ。

手術から15年後。彼は執刀医に復讐を敢行した。家を探し出し、執刀医の帰宅する時刻を調べ上げ、帰宅前であろう宵の口にデパート配達員を装って訪問、執刀医の母親と妻を縛り上げた。執刀医はたまたまこの日に送別会があったため帰宅が遅れ、(元)記者は縛り上げた二人を殺し、物盗りに見せかけるために執刀医の給料袋と妻の貯金の入った通帳を奪い逃走した。てんかんの発作を抑えるために大量に服用していた睡眠薬のため、池袋の改札前で手錠を落としたのを見咎められ、血の付着した凶器給料袋が見つかり、逮捕されたのだった。

……まあ、色々な意味で最悪なケースだが、こんな話もあったっけ。蛇足ながら書き添えるが、ロボトミーの考案者にしてノーベル医学生理学賞を授賞したエガス・モニスも、かつて自分ロボトミーを行った元患者に銃撃されて脊髄を損傷、身体障害を負っている。

2019-06-28

マンスプレイニングという単語意味がわからなかったので予想してみる

フェミニズム文脈で出てくるのを目にするので、おそらく女性関係する言葉なのだろう

その前提に立ってマンスプレイニングという単語を眺めてみると特徴的な言葉が見えてくる

マン

マンはぼぼ間違いなくおマンコのことだと考えられる

マンがおマンである仮定すると、残るはスプレイニングのみ

ニングは英語ing形のことではないだろうか。であればここに深い意味はないものとして良い

そうするとスプレイの謎さえ解ければよい、ということになる

プレイ、スプレイスプレー?何か霧吹き上のものだろうか

しかしおマンコとも関係のある事物でなければならない

マンコとの繋がりなしにこの謎は解けないだろう

マンコ、スプレー、霧吹き……

マンから霧状に噴出される、ということか?

マンから何かを霧状に噴出する動作現在進行系の ing

わかったぞ!

2019-06-16

そもそも裁判終結してないのだから事実認定も糞もない(原告被告事実だと主張する事物があるだけ)のだが

それすら理解できない、トンチキ

2019-04-25

自分の味方をする」

自分敵対する」

「軽視しても問題ない」

目に見えない。しかし確かにそこにある。

そういった事物について知識を持たないのなら予断に支配される。

予断に支配されているのなら総じて頭が悪い

博学から遠く、知に暗い。蓋然性から遠い。

それ即ち馬鹿という。

2019-04-16

anond:20190416152521

そうだな。行為自体は誰にどう言われるようなものでもない。おそらくこれに噛み付く人々は「なら鍵かけろや」って思ってるわけだろう。アクセスできるようにしておいて、アクセスしたらブロック、という行動に傲慢さを感じるのか、その背後に「自分の周囲の事物自分に都合の良いようにあって然るべきだ」という意思を感じるのか。まあ、思い込みだと言われりゃそれまでだし、俺がそう思ってるわけじゃないんだが。

2019-04-09

ファンネルに構う奴ってクソすぎない?

ファンネル説明するまでもないけど

界隈Aがあったとして

Aのファンとか、知り合いとか、関係者取り巻きがやんや言うシーンってあるじゃん

例えば泣いてる女の子がいて、仲の良い子が「ちょっと謝りなさいよ男子!」っていうあれだよ

周りに対して攻撃的ではない中心人物の、代わりに怒りっぽ人が攻撃したり騒ぐ現象

 

ファンネル、要は攻撃的だったり感情的だったりする人ってどの界隈も一定層居る

から誰か中心的な人が困ったり、落ち込んだりするとファンネル勝手に飛び出していく

まあクソな存在だよファンネルってのは、その中心人物のためにやってるふりして、その実自分感情的に暴れたいだけだから

 

でもそれをあげつらって、「ファンネルが酷い、あの界隈は糞だ!」っていうやつはもっと最悪だと思う

確か荻上チキだったかが、「相手悪魔化」って言ってた気がするけど

界隈の下層の人達ファンネル)の言動を指さして「あいつらは糞だ」っていう行為なんだよ

はてブだと特にTogetterまとめでよく見る

それで、特にその事象を浅くしか知らない奴らが「この界隈は糞だ」とか言い出す

いい加減にしろ

最悪、そいつがまた新たなファンネルとなって暴れ始める

地獄かよ

まあ地獄なんだけど

 

1.中心人物A

2.中心人物B

3.中心人物Aのファンネル

4.中心人物Bのファンネル

5.中心人物Aのファンネルプロパガンダに感化される馬鹿

6.中心事物Bのファンネルプロパガンダに感化される馬鹿

7.中心人物Aのファンネルプロパガンダに感化される馬鹿に構う馬鹿

8.中心人物Bのファンネルプロパガンダに感化される馬鹿に構う馬鹿

 

なにより問題なのは、話が中心人物を置き去りにすること

2019-03-07

anond:20190307162016

ある事物について話すとき定義がなければ議論は成立しないよ?

君のいうカウンターちょっとカウンターになってないと思うよ

2019-02-26

「本筋が進まないシナリオ世界干渉できないキャラクター」は何が面白いのか?と悩んだ話

 さて、私事ではあるが、私はひょんな事から知人の紹介を以て物書きとして仕事をすることになってしまった。

同人小説の一つも書いたことはなく、詩を紡いだこともないズブの素人が物書きとなってしまったのだから、これは一大事である

世の中に生々しい悪臭を漂わせるクソのような文章を生み出すに違いない。同業の諸先輩方には申し訳のしようもないが、生きていくためには書いてみるしかないようだから、一つ堪忍していただきたい。

具体的に何を書いているのかという話だが、主にソシャゲシナリオフレーバーテキスト仕事をしている。

シナリオ新規追加キャラクターに付帯する「ガチャを回したくなるようなストーリー」であり、フレーバーテキストとはアイテムキャラ説明文といった類のものである

自他ともに認めるズブの素人であるから面白いストーリーも売れるキャラクターも分からずに右往左往している私の論は大変滑稽であると思うが、思考を整理しながら意見を頂きつつ、私のような後進があった時の手がかりになればという考えでタイピングしているのでご容赦願いたい。

物申したい訳ではなくて、自らの認識と世の中の齟齬を確かめつつ、様々な意見に触れられれば良いと考えた訳である

■私が考えた「物語」の面白さとはなにか?

 物書きとしてスーリーを生み出す以上、面白いと思われる作品を作らねばならない。

しかし、困ったことに今までの人生面白いものを作ろうとして作ったことはない。作りたいから作った絵や模型は少々あれど、人にウケる事を目的とした作品を作ったことは全く無い。これでは何を良しとすれば宜しいのかが分からない。

初っ端から大きな壁にぶち当たり、困り果ててしまった私は「ここはひとつ自分が好む『面白さ』を分析し、自分と同じ感性人間ウケる物を作ることから始めよう」と考えた訳である

そのために、まずは自分が好きな作品リストアップしてみようと思い立った。

そうして思いつくままに好きな作品リストアップしてみた訳だが、どうやら具体的なことは何も分かりそうにない。 困った困った。

(例として『攻殻機動隊』『エヴァンゲリオン』『松本零士戦場まんがシリーズ』『姉なるもの』『装甲悪鬼村正』『DARKER THAN BLACK』『Fate/stay night』『イヴの時間』『カウボーイビバップ』『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』『殻ノ少女』『ARIA』などが浮かんだ)

パッと見で抱く第一感は、大抵の作品には何処か仄暗さがある事、ハーレム物ではない事(Fateハーレムに近いが)が共通であるという事ぐらいだろうか。

一見明るく見えるARIAだって地球の海はすでに人の泳げない環境になっており、テラフォーミングされた火星の海で人が営む話だし、その他の作品主人公格のキャラが暗い過去を背負っていたり、あるいは直面している状況が暗かったりする。)

あとは私が「根暗で面倒くさいタイプオタク」のような何かであることぐらいは分かるのかも知れない。

本筋に戻るが、素人なりにこれらの作品を嗜好する人間が好む『面白さ』とは「その世界キャラクターを通して知ること」ではないかと私は考えた。

例えば草薙素子メスゴリラではなくか弱い少女であっても、碇シンジが熱血爽やか少年であっても、私は攻殻機動隊エヴァが好きだっただろう。

なぜなら彼らがどのような性格や外見であっても、あるいは登場せずとも、世界設定が同じならだいたい同じように世界は動くだろう。

極論を言えば草薙素子がか弱い乙女であり公安9課に勤めていなくとも人は義体化し続けてゆくし、あるいは碇シンジが初号機に乗れと言われた時点で超ノリノリであっても、最初に戦う第三使徒サキエルにはコテンパンにされ、進化し続ける使徒を食い止めきれずにサードインパクトを迎えるだろう。

キャラ性格や外見がウケなくとも物語は進行し、あるいは登場せずともその役目は別の人物担当して物語は収まるべきところに収まる。なぜならその世界はそういうニーズを抱えて生まれからだ。

しかしそれではつまらいから、面白く見える視点を借り受けることで、物語は娯楽作品として成り立たせることが可能になる。

結論として、私は「キャラクターとは世界観に内包される1つの要素であって、世界の覗き穴でしかない」という考えに至った。

しかしこれを知人に語ったところ、「世界キャラクター内包されている」という返答を得て混乱することになり、こじらせ続けた結果としてこの日記を書くに至ったのである

■「キャラクター内包される世界」に触れて

 まず私は混乱を与えた知人に「なぜ世界キャラクター内包されるのか?」と問いかけてみた。

すると彼は「大塚英志を読みなさい」と言うので、彼が勧める「物語消費論改」に目を通し、今の私にうってつけの本のように思えた「キャラクター小説の書き方」も読んでみた。

大塚英志の書く文章客観的エビデンスを示す事よりも、一つの前提を提示した上で理論を展開する事に重きを置いているように思え、彼の取る左翼的立場(いわゆる大多数の革新派とは別物との自覚があるのか、自身は『サヨク』と表記するが)が突如乱入して辟易する事もあり、中々体力の必要な内容であったが、ひとまず読み切った。

彼の書き込んだ政治的ノイズと、理論展開をしたかっただけの文章フィルターに掛けながら読んでいくと、どうやら物語というのはキャラクターがいないと生まれないものらしい。

キャラクターが初めに存在し、ストーリーを作る中で世界が見えてくるのだという。

なるほど、確かに何かしらのネタがなければ物語は書けないし、世界描写することができないように思える。

しかし、どうも私には納得がいかなかった。

例えば年齢や性別を設定されたA子さんというキャラクターけがそこにいて、世界観がなかった場合はどうだろうか。

この場合、A子さんに生まれるのは虚無の中に放り出されたと言う事実だけである

もし、その「『何もない世界』を受けてA子さんが得た情動こそが物語である」というのならば、それは虚無と言う世界観がないと成り立たないのではないか

逆に、例えば「中世風の世界」があったとしよう。登場するキャラクターの設定は何もない。

中世風の世界といえば、人の頭の中には剣戟や鎧がたてる金属音や、あるいはそこで生活する人々が桶を片手に井戸に水を汲みに行く姿などを思い浮かべるだろう。

そして、多くの人は中世と言われただけで頭の中にヨーロッパ景色か、日本中世を思い浮かべたのではないか

あたり前のことだが世界観には内包する事物があり、事物には経緯がつきまとうものである

世界観を定めたことで、これらの自然な在り方の幅が定まり人物も含めて存在する範囲が決定される。

たとえ時間が静止していても、大木には新芽から育った歴史があり、水すらも水素2つと酸素が結合したという経緯が発生する。

私はこれらの変化こそが物語なのではないかと考えているのである

即ち、その世界で起こった変化を拾い上げた時に、初めて事物キャラクター化すると考えているが故に、私はキャラクター世界内包されるという考えが捨てきれない。

そして、物語の本筋というのは、それらの小さな変化全ての集合体であり、世界観そのものストーリーであると考えてしまっているのだ。

うーん…困った…。なんでキャラクター世界内包されるのだろうか。

A子さんの主観から書いた物こそが物語であり、A子さんの認知した物こそが世界である定義するのだろうか?わからん

うーんこまった。うんこまった。

なぜ困っているのかは次項で触れよう。

ガチャを回させるために、物語を捻り出すソーシャルゲーム性質に触れて

 さて、ようやく本記事タイトルに近づく事が叶う。

上記の様に「世界キャラ内包されている」と考えている私が、物書きとして初めて書くことになった物語ソーシャルゲームに追加される新キャライベントストーリーだった。

この仕事キモは、有料のクジ引きでプレイヤーが獲得できる新キャラプレイヤーに対して強烈に売り込むことである

具体的には運営会社が考えるキャラクターの「良さ」を引き立てるためのお話を一本仕上げるのだ。

ここで私は早くも躓いた。

何故ならソーシャルゲームにはベースとなる世界観があり、主要キャラはすでに出揃っており、本筋の進行に何ら問題のない所に、いきなり「強烈な売り込み」を必要とするキャラが登場してしまうからである

本筋の話に必要のないキャラクターを、いかにも重大で必要な魅力を持っているかのように持て囃し、そのために何かしらの話を世界観という大地から発掘して、プレイヤーの周りに再配置する作業となる。

そして、運営としては本筋に明確な終わりを与えてしまうとプレイヤーが離れてしまうから、本筋だけを避けて大地を穴ぼこだらけにしながら不要物ばかりが増え続けていき、やがてはプレイヤーの周りに綺麗にそびえ立つ「本当はどうでもいいキャラ」の山が本筋を隠してしまう。

これは、私の「世界内包されたキャラクター」の考え方だと避けて通ることは叶わない結果のように思える。

しかし、「キャラクター内包された世界」という考え方であれば、大地の形は定まっていないので、きっとプレイヤーの周りに何処からともなく取り出した土を積んでゆく作業となるだろうから、なるほど確かにそちらの方がソーシャルゲームに向いている。

ただし「どこからその土(物語)を持ってきたんだよ」という疑問とともに、「別にその土がなくてもこの世界存在しているし、その山は不要じゃない?」という感想を得る私のような面倒な者も少々発生するだろう。

「要・不要しか語れない虚しい奴め」と言われればそれまでだが、こちらとしてはいきなりステーキか、或いはさわやかハンバーグでも良いが、兎も角ステーキハウスで3000円のステーキを注文したら、鉄板の上にステーキを覆い隠さんほどのミックスベジタブルを乗せられた心持ちなのである

いきなりステーキ店員としても、ステーキが主役なのに上役の指示でステーキを切り捨ててでもミックスベジタブルを山程ぶち撒けろと言われて途方に暮れててしまうだろう。ステーキの前でアホ面を晒しミックスベジタブルを握りしめている店員こそが私なのである

私は本筋を覆い隠さんほどのサブキャラを並べるという在り方は、本筋へたどり着かせない為だけの行為しか思えず、ベースとなる世界観にガチャの新キャラを紐づけていく意義を上手く見いだせなかったのだ。

前項で困っていたのはこの点であって、物語キャラクター内包されているのであれば私の考えが間違っているだけなのだが、どうやら一応理屈は通っているように思えてしまっている。

この矛盾放置するべきではないだろうが、結論は見えない。

え?意義はお金を稼ぐ事だし、キャラ理由なく存在していてもいいじゃないかって?

まあその通りなんだけどさ…青臭くってウブな駆け出しとしては、ちゃん物語を進めたいわけよ…

え?面白ければ本筋がどーこーはどうでもいい?

それも最もな話よ…だけど、面白いって何さ?

■「本筋が進まないシナリオ世界干渉できないキャラクター」は何が面白いのか?

 ようやっとこの4項目にして表題に触れられた。

展望も何もなく書いてきたので、まずはここに着地できた事で一安心である

「本筋が進まないシナリオ世界干渉できないキャラクター」に塗れた作品であっても、成功しているコンテンツというのは存在する。

何を隠そう大部分のソシャゲは「本筋が遅々として進まず(或いはほとんど存在せず)、本筋に絡まない=世界の動きに絡まないサブキャラクターに塗れている」にも関わらず、利潤を得やすガチャ商法確立し、商業的に成功していると言えるだろう。

何故、このソシャゲガチャ商法成功しているのか。

単純に言えば「面白いからである

しかし、これは「プレイヤーが楽をして手に入れられる娯楽としては」という但書が付属するのではなかろうか。

例えば、人が10時間自由と完全に健康な体を手に入れたとして、目の前に据え置きのゲーム機スマホが置いてあり、何れかの"ゲーム機"で好きなゲームをして10時間消費できるとしたらどちらを選ぶだろうか?

多くの人は据え置きゲーム機を選ぶと思う。

ソーシャルゲーム10時間プレイするということは、多くの場合右手の親指で、画面の右下を5秒毎にタップする10時間を過ごすことになるだろう。

ソシャゲファンタジーゲームよりもドラクエXIスマホ荒野行動よりもPS4のPUBGのほうが良いユーザー体験を得られることは当然である

バトロワゲーにおける「物語」とはプレイヤープレイのものであると私は考えている。つまり、より派手に快適に臨場感を得られるPUBGのほうが物語を鮮明に作り出すことができると思っている。まあ、異論どころか非難轟々かも知れないが、本題とは離れてしまうので一旦放置してほしい。)

しか現実には日本ゲーム市場ソシャゲが大きな地位を不動のものとしている。

これは、プレイヤー自身体験考察・のめり込む事なく「楽に手に入れられる娯楽」を欲しているからだろうと思う。

まり「さっと注文して、さっと食べ終えられるファストフード」のニーズが高まっているのだと考える。

ここで本題に戻るが、端的に言ってファストフード的娯楽に、「大きな物語の展開を推察し、その行く末を記憶して楽しみにする」という『面白さ』は重すぎる。

世界観や、大きな物語の動きを受け取ることができるプレイヤーに対して、ファストフード的娯楽を求めているプレイヤーが圧倒的に多い。

故に本筋を覆い隠してでもサブキャラを増やしまくり、ゲームの本筋とは関係のないキャラ推しの話を通勤電車の中で10分で摂取させ、その体験を通してガチャを回させて達成感を与える訳である

本筋というハイカロリーでの御馳走を消化するには、健康な消化管と食後にゆるりと過ごすことができる時間が不可欠だが、これは時間タスク処理に追われる現代人にはちょっと厳しい要求だ。

故に、消化が楽で手早く終わるローカロリー立ち食い蕎麦である、本筋に干渉しないキャラシナリオをちょいと摘むぐらいがちょうど良いという世情があり、まぁ立ち食い蕎麦も許せないほどマズイ訳ではないから多くの人が食べるのだ。

そしてこの2つを比べた時、多くの人は無意識のうちに御馳走と立ち食い蕎麦を「比べるべきではない両者」と判断して、或いは意識的に御馳走を我慢して立ち食い蕎麦を選んでいると言う構図なのだろう。

どちらを食べてもひとまず空腹は収まり、なんとなくか明確かの違いはあれど「美味しかった」という感想が残るから、死に物狂いで御馳走を求める酔狂グルメ以外は、立ち食い蕎麦でも満足感は得られるのである

まりベストである必要が無いと言うのが、物語の器たる創作物に求められているのではないか

立ち食い蕎麦ステーキも美味しいっちゅーことよ。

●疲れてきた。

 結局のところ私はここまで考えた所で面倒くさくなってしまった。

本当は物語の捉え方を考えていたはずなのに、到着したのは「求められる面白さ」になり、挙句の果てにはステーキ立ち食い蕎麦だ。救いようがない。

さて、脱線し続けた挙げ句、私はこの記事命題である「本筋が進まないシナリオ世界干渉できないキャラクターは何が面白いのか?」という問いには、一旦以下の答えを与えることにしようと思う。

Q.「本筋が進まないシナリオ世界干渉できないキャラクターは何が面白いのか?」

A.「本筋が進まないシナリオ世界干渉できないキャラクターは一番面白い訳ではないが、なんとなく面白い位にはなる」

まり結論として、「本筋の展開する面白さ」は今の創作物には重すぎる。

キャラを立たせてキャラを売った方が、消費者に優しいし、会社としても嬉しいのだ。

ベストではなくベターいから、世界干渉できないキャラクターでも十分であり、安心できる経営につながるということだけは確かなようだ。

私は物書きの入り口に立った以上、そこをうまいことやっていく必要があるらしい。

さて、私の眼前にそびえ立った、ステーキの上にぶち撒けるべきミックスベジタブルはどうしてやろうか。

ミックスベジタブルを手早く、それなりに美味しく仕上げる方法をご存知の方、或いはこのステーキミックスベジタブルが載っている鉄板料理の良い拵え方をご存知の方がいれば、教えていただければ幸いです。

或いは「お前の料理してるそれ、ステーキじゃねえから!」という声も。

2019-02-11

anond:20190211165038

から創作物の中に登場する事物現実社会での行為を同一視するのがおかしいって言ってるんだがそれも読み取れんかね。

2019-01-02

地獄とは他人のことだ」 anond:20190102192504

愛も芸術も娯楽も技術も生きるだけならすべて「要らない」ものやぞ

ワイは哲学微塵も興味が無いけど、強いて言えば、サルトルアドラーならありやな

人間本質はあらかじめ決められておらず、実存が先行した存在である。だからこそ、人間は自ら世界意味づけ行為を選び取り、自分自身意味を生み出さなければならない」

人間はだれしも自分のおかれた状況に条件づけられ、拘束されているが、同時にあくまでも自由存在である。したがって、どんな局面においても人はその状況の限界内で自由に行動を選択しなければならないし、自由選択した以上は自分の行動に責任を負わねばならない。」

疎外とは外的条件によって自分の主人でなくなること

例えばマルクスは、疎外という言葉を、外的条件によって自分の主人でなくなること、事物奴隷になることの意味に使っている。

マルクスでは、資本主義制度の下での労働です。初期のサルトルはごらんのとおり、「まなざし」なのです。

したがって、マルクス場合は疎外の克服のためには社会変革が必要となるのですが、

初期のサルトル場合は、意識の変革、意識努力が求められる。


それにしてもサルトルはなぜまなざしを向けられることを他有化と考えるのか。

考えの筋道はこうです。

私はまなざし世界に向けることによって世界意味構成し、所有していた。

ところが他人まなざしが出現すると、今度は他人が私の世界構成し、所有し、私の世界は盗まれる。

そればかりか、他人が私にまなざしを向けると、私についての評価相手に委ねられ、自分自分のものではなくなってしまう、と。

しか他人いるかぎり、

そして他人自由であるならば、

私がこうした他有化を蒙(こうむ)るのは当然のことです。

そこでサルトルはこれを「自由受難」と呼び、「人間の条件」と考えている。


http://textview.jp/post/culture/22918

実際的対処として

意識高い系の強み弱みを診断するヤツ受けると良いと思う

ボランティア創作活動すれば良いんじゃないか

生活保護があるので死ぬことはないぞ

2018-12-10

HALO-tacica解釈(中々諦められない夢を持つ人へ)

アニメ宇宙兄弟で流れていたtacicaHALOがとても好きなので自己解釈してみました。

HALO(ハロー)

○この歌はtacica視点からの六太、また夢を持っているがなかなか思うようにいかず苦しみ、だけど諦めきれない人に向けた応援メッセージだと思います

HALO理想化された人物事物栄光太陽や月の周りにあるもの

音がHello(こんにちは、やあ)に似ている

理想自分こんにちは

あるいは宇宙兄弟の歌なので太陽や月にもかけている

空想花束をくれる

頑丈な哀しみの下に」

○長い間夢を持っているものの、ほとんど諦めかけている、無理だと思っている、だけどまだ諦めきれない部分があるから、上手く行ったときのことを空想して束の間の幸福を味わっている

空想がくれる花束空想することで得る幸福

頑丈な哀しみ→長い間無理だと悲観している気持ち

「真っ新な世の中の丘で

未だ且つてない不思議から一体何が零れるの?」

○真っ新な世の中=生まれたばかり、まだ若い

初めて経験した不思議なことに興味や好奇心を抱く

興味や好奇心から夢は生まれ

一体何が零れるの?→どんな夢を持つの

「又、性懲りも無く目指しちゃった」

○前にも夢を追いかけていたが苦しんで諦めた

しかしまたその夢を追いかけ始めた

アナタからは只遠のく日々」

アナタは夢を追う人の理想の人、あるいは自分より先に進む競争相手、あるいは理想自分自身

自分の持つ夢に近づきその世界を知るほど、叶うまでの距離アナタとの距離が遠く感じる

勉強するほどその科目の分からない部分が増え、量が膨大に感じたり、あるいは本を好きになる程、この世の本を読み尽くせないと絶望するのと似た感覚

「先送りになる安らかな眠り」

○夢が叶う、あるいはきっぱり諦めさえすれば苦しまないで済む

焦ったり不安になったりせずに眠れる

あるいは夢を叶えるまで死ねない、今何かの拍子で死んだら後悔するという心情

「僅かな光に似た希望

君の細胞に絡まった日から一向に離れない

それだけ」

○僅かな光に似た希望自分がこの夢を諦められない理由、叶うかもしれないと思っている些細な理由

君=六太、夢を諦められない人

それが中々捨てきれない(細胞に絡まってるのだから外すのはかなり難しい)感情で、それを持ったときからこの夢のことが忘れられない、それだけのことだろう?

君が苦しんでるのに大した理由はない

ただ君が僅かな希望を捨ててないから夢を諦めきれないだけ

「体は日増しに器用になって

心は間に合わなくて泣いてる」

○肉体的にも大人になり出来ることも増えた

脳みそ現実理解して空気も読めるようになっている

無謀な夢なんて抱くものじゃないと頭は理解している

けれど心だけは夢を捨てきれなくて、夢見ることを否定する理性的自分に負い目を感じて泣いている(心は頭の方が正しいと思ってはいるけど気持ちが追いつかない)

大人になって置き忘れたのは

軽やかなスランバー

○スランバー=眠り、うたた寝、まどろみ、無活動状態

この歌でのスランバーは"君"が抱く夢だと思います

眠りの中で見るものは夢だから

子供の頃は簡単に夢を抱くことができた

しか大人になるとそうはいかない

夢は重いものになった

「相も変わらず世の中の丘で

簡単花束を捨てる」

○相も変わらず→大人になった、世の中を知ってきた頃

空想がくれる束の間の喜びに、前向きになるのではなく、虚しさを感じそんな自分馬鹿にするようになる

毎日のように願う事は老い耄れた頃に会おう

SOS まるで届かないのは

一体だれの法則(ルール)ですか?」

毎日夢の事を思っては、今はダメだけどもう少し経てば叶うかもしれない、あるいは年取った自分ならばさっぱり諦めてるかもしれないから今はこの苦しみから逃げたい

苦しい、でも先延ばしにしてしまうことはもっと辛い

どうしようもできないその気持ちは一体誰が生み出したんだろうね?

「このどうしようもなく永い夜が

巡り巡る程頭の中「やがて」「いずれ」ばかり

夢物語

○辛くどうしようもできない時間が長く感じる

夜とは光のない世界のこと、辛い現状

そしてそんな夜にするのは眠りにつき夢を見ること

今は叶えられないがやがて、いずれは叶うかもしれない

そう思うだけで苦しみから逃れている

それこそ本当にただの空想、叶う事のない夢物語

「サヨナラ以外の術を探して

まれたままの純粋な体で一生は終われない

それだけ」

○夢を諦める以外の方法を探して

生きる過程で傷つかない事なんてない、それだけだ

生きてく上で傷つかないことなんてない、それが普通なのだからその苦しみは一生で見れば大したことはないんだよ

「代わりは一人も居ない舞台

諦める事は許されないから」

自分人生を生きる事ができるのは自分だけ

かに譲ることなんて絶対出来ないんだから

大人になった心の裏側 我が儘なスランバー

大人になっても常識的な表部分の裏側では自分本位な夢を抱いている

自分だけの夢を抱いている

自分のらしさの破片の上

歩いては血を流す者」

自分らしさを求めれば傷つくだろう

自分らしさを求めるのは難しい

他者から攻撃などを受けたりして、あるいは上手くいかない事で、集団に沿った方が楽な生き方に流されそうになるがそれでも自分らしさを追求して苦しみ血を流す人

他愛もない日の為

血を流してよ歩き出す者」

○取り留めのない日々、苦しみのない日、夢が叶った日?

あるいは、他愛自分よりも他人幸せを願うこと

から他愛もない=他人を気にせず自分幸せを願う事?

血を流してよ、今まで夢を追う者の気持ち淡々と伝えていたtacica応援する

自分の願いを叶えるために、傷ついても進んでみろよ、と。

「光に似た希望は君の細胞に絡まっているか

一生放さないそれだけ」

○君の中の夢が叶う確信は大きくなっている

それが中々捨てられないから君はその夢を解放しない、諦めないんだろう、それだけだ

「体が今一人立つ舞台が雨でも」

○例え心に連動してやっと夢へ向かって行動しだして、なかなか上手くいかないことがあっても

「心は逃げ出さない事

只愛しくて走れるよさら

真夜中のスランバー

○その苦しさから諦めることはしないこと

その気持ちが愛しいと感じる君は夢に向かって走り出す

そう夢が叶う

それはもうただの夢じゃない真実現実だ!

さようなら、夜に見た夢

辛かった日々

以上です。ここまで読んでくださりありがとうございます

歌詞だけではなく、メロディーボーカルの声が素敵な歌です。宇宙兄弟の六太の心情とも綺麗にシンクロしているので、そちらも合わせて鑑賞するとより味わい深いと思います

2018-12-02

犬が嫌いだから全部殺処分しろ

タバコはい記号である日本の閉塞感のすべてを標榜している。これほど無意識顕在化するものはないだろう。人間クズである

迷惑からやめろ」がこれほど「正当化」されるのは日本ぐらいだろう。電車内の喋り声は迷惑路上での飲酒職場でのハラスメントなど形式的人間の行動を規制する空気が異常に強い。大塚英志愚民社会ということを数年前に言っていたがこれほど愚民とはなんたるかを明確にしてくれるものはないだろう。閉塞感をつくっているのは嫌煙コメントに躊躇しない人間達のことである

タバコだけでなくすべてのことに関して適切な場所で適切な役割で適切なコミュニケーション作法でふるまうことを暗に強制する。理想的人間から外れた異常者は駄目なのである認知されていない異常を自由で拾おうとしない。発達障害うつ病LGBT言葉ができたことによって認知され意識化され救われているが人間無意識根本的に変わらないのだろう。喫煙者理解不能からダメだというのはLGBT理解不能からダメだということである。誰も理念で考えていない。自分意識がとらえる射程でしか物を考えようとしない。理念とは何かを考えない。具体的、論理的事物に関して形式でとらえているだけで誰も公共性を考えていない。自由意味を知らない。無知の知を知らない。想像外を知らない。他者を掬わない。

タバコが駄目なものだというのは完全に自らの好悪である健康被害に関しても非喫煙者世帯喫煙者世帯セカンドハンドスモーク有意な差は確認されていない。密閉した容器に副流煙を漏らさず流し込んだらラットに害があったという臨床的に無意味方法で行われている。その論文副流煙害悪論の論拠になっているのをほとんどみんな知らない。

さな害、小さな不快をなくすために想像外の他者にたいして自らの欲望をぶちまけていいなら自分も言いたいことがある。

犬を殺せ、全部保健所送りにして殺処分しろ。鳴き声がうるさい。便がくさい。路上に犬がいるのは迷惑から家の中だけで飼え。他人が好きなのなんか知ったこっちゃないからな。

という暴言嫌煙社会は許すのである

2018-10-15

『よう実』見たせいで色々怖くなった

ようこそ実力至上主義の教室へ(以下:『よう実』と表記)』というアニメがある。

まりアマゾンビデオが勧めてくるので1話と2話冒頭だけ見た。

端的に言えば中高生向けディストピア作品という感じ。それに昔天海祐希がやっていた『女王の教室』の要素もちょっとまれいるか

中学生時代特撮ヒーローものに復学した派生としてエヴァンゲリオンのようなアニメに興味を抱いたのだが、そのころの自分に見せたら一発でのめり込んでいたことだろう。

まあ自分実家のある地域田舎過ぎて放送されていなかったんだけど。

 

ここからが本題なんだけど、『よう実』を見ていたら現代社会が急に怖くなってきた。

『よう実』の舞台一般社会から隔絶された全寮制の高校で、スマホ型の端末に電子マネー支給される。

その電子マネー学内にある娯楽施設など(服屋とか映画館カラオケコンビニゲーマーズ風の店)で使うことが出来る。

んで1話ラスト、「お前らの態度悪すぎだから電子マネー支給基準を満たしてない。だから1円もやらね。」みたいなことを担任教師が言い放つシーンがある。

あのシーンで感じたことは、「態度の悪さ」というのがどこまでを示すのかということである。ついでに担任遅刻欠席私語携帯弄りを例に挙げていた。

2話冒頭では「リアルタイムで生徒の動向を把握している」というセリフもあった。

まり「態度の悪さ」というのは授業態度の悪さももちろんあるだろうが、電子マネーの使いっぷりや私生活の悪さも「態度の悪さ」として勘案されている可能性があるということだ。

例えば電子マネー舞台となる学校では学校支給電子マネー以外では買い物することは出来ない(学内諭吉などの現金を扱っている描写もない)。

生徒の動向を担任関係者つけまわしているという描写もなかった。

ということは考えられることはただ一つ、生徒一人一人の電子マネー利用実態支給基準を決めるところに筒抜けということである

言い換えれば生徒の消費行動を通じ、学内統治者(?)が生徒の一挙手一投足を監視しているのである

加えて生徒に支給される携帯端末は通信機能も有し、おまけにカメラまで搭載している。

これらの端末を使えば生徒間のやり取りや寮(劇中の寮は普通ワンルームマンションみたいな感じだった)での行動まで丸裸なのではないか

それらのビッグデータ総合し「お前ら態度悪いか電子マネーやらねー!クソして寝ろ!!!」ということも可能なはずである。というか授業態度だけでは「態度が悪い」と断言できないはずである

携帯端末や電子マネーデータが筒抜けで、それらがクラス単位でのビッグデータとなり「態度が悪い」と判断されたと考えるのが自然であろう。

 

翻って現実社会ではどうか。自分電子マネー日常的に使っている。(関東在住なので)PASMOを使ってバス電車に乗っている。

やろうと思えば『よう実』世界のように自分の行動を一挙手一投足監視することも可能ではないか

少なくとも「最寄り駅は○○駅」とか「コンビニキオスクではよく××新聞を買っている(から政治思想はこうだ)」といったことは筒抜けである

また、自分は幸いスマホガラケーは持っていないが、デスクトップパソコンは持っている。そうしないと増田には投稿できないし、アマゾンも使えない。

アマゾンビデオを見られるということはアマゾンプライムに入っている。実際、アマゾンでよく買い物をしている。今日ティーパックをポチった。

dアニメストアにも入っている。使う検索エンジンFirefoxデフォルトGoogleだ。Youtubeだってよく使う。

アマゾンGoogleYoutube、dアニメ、これら4つのサービスの利用履歴を洗うだけでも趣味嗜好や行動形態は相当絞り込めるはずである

その結果『よう実』世界のように、「この人の態度は悪い」「この人は社会不適合者だ」といったことを閲覧・検索・購入データから判断される可能性もなくはない。

スマホに至っては常時身につけて歩くものであるGPSカメラ機能でどこにいるかといったことまでもが筒抜けになるのは想像に難くない。

 

2話冒頭まで見た感じだと、『よう実』は監視社会は身近に迫っていること、またそれを可能にする事物はもうすでに日常に潜んでいることをテーマにしているように感じられた。

精神疾患を患っており、ここ一年で何度も警察のお世話になった身である警察としては監視対象にしたい人間であることは疑いようのないことだ。

その際、日々使っているサービスにより監視されてしまうことが起こってしまうのではないか…といろいろ気をもんでいる。

いっそ東京の自宅を引き払い、パソコンイエデンワも捨て、回線も解約し、セオドア・カジンスキーみたいに山奥の掘っ立て小屋で一人暮らすしかないのではないかとすら感じている。

2018-10-02

タバコの死と文化の死

タバコ生理学的な物という認識批判されているがタバコ文化的な物だった。吸っている大人はかっこいいなどなるほどまったく根拠がない。しかしその無根拠意味けがまさに文化定義のものだろう。

物には物理的な機能性と別に概念による意味づけによって価値が出てくる。たとえばアート作品に何千万円という価値があるのは歴史的背景=過去の人達が意味づけした価値がその物の概念価値を基礎づける。ピカソの絵が物理的に変な絵だという批判は真であり同時に概念的に素晴らしいものだという「妄言」もまた真なのだ

原爆ドームなどもさびれた建物だがそこに僕達は意味を見出す。あるいは恋愛なども同様のことがいえる。

あなたや僕の彼女彼氏配偶者自然的妥当性などない。愛が素晴らしいのは科学的根拠と別領域でただ僕達が勝手に、無根拠に、意味づけることができるからだ。事物には概念を与えることで意味を持って彩りを与えてくれる。それが文化定義だろう。物理的な価値だけを認める物質主義タバコ概念価値駆逐した。

根拠意味けがタバコ文化的価値を支えていた。タバコ物質的に害をもたらすことが真であると同時にタバコ概念的に意味づけされた物「だった」ということもまた真なのである

2018-10-01

anond:20181001165303

PTAは法的な建前論が無い事物は一切受け入れない主義問題だと思う

設置と契約なしの行政処分としての加入が制度化されれば黙る

されないから怒る

2018-09-20

anond:20180919220321

新潮45立ち読みしてきたんだけど、松浦大悟氏が表現規制懸念をしてたね

たぶんこの一連のツイートと同じようなこと書いてた

松浦大悟@GOGOdai5 https://twitter.com/GOGOdai5/status/1014338875278295041

野党が掲げるLGBT差別解消法案には表現規制内包されているのではないか心配している。この法案では行政機関および事業者社会的障壁を除去しなければならないとされ、社会的障壁定義として次のように記述している。→

②《この法律において「社会的障壁」とは、日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物制度慣行観念その他一切のものをいうこと。》 観念というのは法律用語であり認識という意味だと思うが、とすると心の中の状態にまで踏み込んでペナルティを課すと読み取れる。→

(...長いかリンク先読んでぬ)

たぶんid:envs氏と同じ種類の懸念だと思う

2018-09-15

anond:20180915103827

男性向けポルノ出版表現規制するのは是か・・・no

女性向けポルノ出版表現規制するのは是か・・・no

男性向けポルノゾーニングは是か・・・yes

女性向けポルノゾーニングは是か・・・yes

ポルノに限らず男性性的な想起をさせる事物規制するのは是か・・・no

ポルノに限らず女性性的な想起をさせる事物規制するのは是か・・・no

生徒児童に対して性行為方法避妊法などを含む性教育を行うのは是か・・・yes

男性向け女性向けに関わらず、ポルノ出版表現規制憲法違反となるから容認できない。

ゾーニングについては今以上に進めるべきだと思う。コンビニなどとか。

性的な想起をさせる事物」の内容がよくわからないんだよね。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん