はてなキーワード: 情報不足とは
まず投票先に関わらず投票自体に報酬がある場合の話をしているので2の買収の話は関係ない。
3,5に関しては国が通貨発行して負担すればいいだけ。自国通貨を発行可能な国で財源そのものが問題になることは原理的にありえない。国内産業がろくになくて供給不足で高インフレになってるとしてもそれは供給能力の不足が問題なのであって財源は関係がない。
4はそもそもその投票義務が果たされないからそれを解決するための解決策として提示してるのだから倫理的問題を言うのであれば倫理的解決策を述べるべき。そもそも投票権を売買してるわけではないのだから商品化しているという表現は奇妙である。
1だが政治不信の問題が根本的に解決されるわけがないし、政治不信と投票率を上げる提案にはそもそも関係がない。政治参加への無関心を解決するための提案なので循環論法になっている。投票に関する情報不足は広報の問題であってこの解決策の反論にならない。一時的にしか効果がないというが根拠がない。
投票率が低い理由は、金銭的なインセンティブの欠如以外にも、政治への不信感、政治参加への無関心、投票に関する情報不足など、様々な要因が考えられます。金銭配布は、一時的に投票率を上げるかもしれませんが、これらの根本的な問題を解決することはできません。
金銭配布は、金銭で投票を左右してしまう可能性があります。金銭に困窮している人や、政治に関心がない人は、金銭目当てで投票する可能性が高くなります。これは、民主主義の根幹を揺るがす重大な問題です。
すべての投票者に金銭を配布するには、莫大な財政負担がかかります。限られた財源を金銭配布に費やすよりも、政治教育の充実や投票手続きの簡素化など、より効果的な投票率向上策に投資すべきでしょう。
金銭配布は、投票を「商品」として扱うという倫理的な問題があります。投票は、市民としての義務であり、権利です。金銭で投票を誘導することは、市民の自主性と責任感を損なうことになります。
5. 他の政策への影響
金銭配布は、他の政策への影響も懸念されます。例えば、最低賃金の引き上げや社会保障制度の充実など、より重要な政策への財源が不足してしまう可能性があります。
科学的にどうなの?と思いつつ少し前に受けた遺伝子検査の結果で特に気になっているのが、不安性の高さ、新規探求性の高さ、道徳性の低さです。
私は自分自身が統合失調症であることに、妙に納得してしまいます。遺伝子自体が矛盾するような行動性質を示しているではありませんか。
すこし神秘主義的ですが、苗字のゲマトリアは「悪魔」と一致します。
遺伝子ガチャではハズレを引いているようです。(といっても、産んでくれた両親には感謝しています)
さて仕事の調子はどうでしょうか。最近のあるタスクで「これはちょっと難しいかもしれない」と思ったものがありますが、実装に着手する前に、要件を確認・整理することに時間を長めにとったり、情報を集めたり、問題を部分問題に分解しました。
するとどうでしょうか。最初に「難しい」と考えてしまったのは単に情報不足であることがわかったのです。
情報を得て実装に着手してからはタスクの8割をすでに完了しています。
思い出せば、私がニート状態の時に、仕事を探す上で強い不安を感じていたものです。
「こんな仕事、できるんだろうか」とか「家から遠すぎやしないか」と言う具合に。
しかしそれも経験という情報不足が招いた不安です。いざ仕事に就いてみれば、不安も徐々に軽減されていったことがわかります。
たくさんの様々な経験をすることは重要かもしれません。経験が伴えば、行動する前の不安というものを感じにくくなり、人生を楽しめると思うのです。
実話怪談とは、四谷怪談のような古典怪談ではなく現代の怪談だ。というとトイレの花子さんのような都市伝説を思い浮かべる人もいるだろう。しかし、そのような出所不明の噂話とも違う。
まず大前提として「実際に不可解な体験をした人というのは、この世の中にいるんだ」というところから始まる。そして、それら体験者から聞き取ったものを語ったり、あるいは執筆という形で記録されたものが実話怪談である。
と、基本的な説明としてはこれで十分ではあるのだが、多くの人が疑問に思うことだろう「それが実際にあった話だとする根拠は?」と。
ここははっきりと申し上げておくが「そんなものはない!」である。
ないんスよ。というのも怪談は超自然的なもの、未知のものを扱う分野だからだ。最新の科学技術や物理知識を以てして証明できてしまったなら、その時点で、もはやそれは「怪談だったもの」となってしまうからだ。
うん、わかった。
もう少し突っ込んで説明しようか。
つまり、実話怪談とは「実際にあった話だとする根拠はないが、とにかく、本当に不可解な体験をしたと主張する人がいて、その人の実在を根拠とした話」のことだ。
そんな根拠の拠り所となる体験者は、実際に語られるさいには、諸般の事情により匿名として扱われることが多い。
…はい、お察しのとおりだ。実のところ、受け手側に実話であると判断する材料はほぼない。
ここまで読まれた皆様におかれましては「せめて、なにか実話を担保するものはないのか?」とお思いかと存じます。
まあ、その、あるにはあるんですよ。お気に召すかはわかりませんが。
というわけで、以下が令和最新版だ。
実話怪談とは「実際にあった話だとする根拠はないが、とにかく、本当に不可解な体験をしたと主張する人がいて、その人の実在を根拠とした話…としたいけど、事情により身元は明かせない以上、聞き取ってきた私という実在を仮の根拠とした話」のことである。
あきれちゃった人には申し訳ないが、こういった回りくどい手順を踏むことで、かろうじて実話と呼べるものになっているのが実情だ。ゆえに実話怪談はその性質上、二重の信用が必要となる。
つまり、怪談話者(著者)は、取材において体験者が事実を話していると信用し、受け手は話者(著者)が嘘を言っていないと信用したときに、初めて実話怪談を楽しむことができるのだ。
もはや新手のカルトのように聞こえるかもしれないが、事実そうなのだ。とはいえ実話怪談愛好家がなんでもかんでも受け入れているかというと、そんなわけではない。聞いていて、あるいは読んでいて「なんかこの話うさん臭いなぁ」と思うことは多々ある。
なぜなら、それぞれが自分なりの実話怪談観を持っており、常にそれをもとにこの話者(著者)を信用するかどうかを推し測っているからだ。また、これは怪談の取材時でも吟味される事柄である。(興味があるなら『忌み地 怪談社奇聞録』あたりを読もう)
こういった部分も含めてこのジャンルの楽しみ方となっている。
個人的に言えば、実話怪談とは少額の霊感商法だと思っている。騙されたとしても、実害は、文庫本なら数百円ていど、新書なら千円か二千円ていど、映像ならタダから数千円ていど。イベントもそれくらいのものだろう。
これは受け手側としての心持ちについて論じているが、同時に話者(著者)側にある程度の倫理観を求めるということでもある。
実在する人物を扱うこともそうだし、死を扱うという点においてもそうだ。タブーをかき分けた先に真の恐怖はある。根本的に不謹慎なジャンルなのだ。
だからこそ信用される優れた話者(著者)となるためには、細心の注意を払いつつもギリギリを攻めるという綱渡りを行わなければならない。
ともかく、信用を重視する点からわかる通り、実話怪談というジャンルは意外なほど属人的な性質を孕んでいる。そしてこの属人性こそが、昨今の実話怪談ブームの一因であるように思う。
分かりやすく言うと、怪談師と呼ばれる人々が出てきたことによって盛り上がったのだ。
実話怪談の始祖を『新耳袋』とするなら、最初の媒体は書籍であり文字媒体だった。(ちなみに稲川淳二御大の語る怪談を、実話怪談の枠に当てはめるのは無理があるので割愛)
まだ怪談師という言葉はなかったが、初期のころから属人的な気質は垣間見れた。とはいえ、この時代の実話怪談はエピソード至上主義であった。
私は00年代の初期からの愛好者だが、この時代は怪談にとって冬の時代だった。それでも『新耳袋』や『「超」怖い話』がシリーズとして刊行を続けてきたことが、今日の盛り上がりの土壌となっている。
「怪談師」という言葉が出だしたのは10年代の中頃だろうか。怪談師とは怪談話者のことだ。彼らの活動範囲は音声のみならず、映像やイベントなど大きく広がっていった。
そのため必然的に話者の存在が前に出ることとなったが、属人性の強い実話怪談と非常に相性がよかった。
昨今の怪談人気は、すなわち怪談師の人気と言って差し支えない。
さて、それに加えて、去年あたりから呪物が盛り上がりを見せている。
いわゆる呪物ブームだ。
事情を知らない人からするとマンガ『呪術廻戦』人気に乗っかったものだと思われるかもしれないが、それは半分くらいは正しい。マンガの影響はでかい。
とはいえ呪物コレクターと呼ばれる存在が昨日今日で誕生したわけではない。もっと言えば、呪物と呼ばれるものは大昔からあり、怪談好きに限らず、多くの人から認知されていたはずだ。
そもそも実話怪談においては、エピソードが重要視された。実話の「話」とはお話(エピソード)のことだから当然と言える。ゆえにエピソードの乏しいものは主流から外れていく。
怪談ジャンキーには「ここの木陰に恨めしそうな女の顔があります」だけではお話として弱く感じるのだ。
「出ると有名な廃墟を探索しました。すごく雰囲気があって怖かった」だけでは怪談欲は満たされないのだ。
呪物もその性質上エピソードに乏しい。「これが丑の刻参りで有名なご神木に刺さっていた藁人形です」だけでは情報不足も甚だしく、消化不良を起こしてしまう。
とはいえ、これらは実話怪談という評価基準において物足りないというだけで、それぞれに違った魅力があり、愛好する者が一定数いる。
また、怪談師という存在が実話怪談を発表するメディアを広げたことにより、別媒体として点在していたそれらが、集約されつつある。その中でもビジュアルに優れた呪物は、具体的なイメージに乏しい実話怪談を補佐する存在とも言える。
だが、それは本質ではない。
呪物ブームの最大の理由は、呪物コレクターの所有する呪物のエピソード性の高さだ。いつの間にか呪物はお話を手にいれ、怪談そのものとなっていたのである。
むろんこれにはカラクリがある。そして、それこそが先般の木札に関連した炎上事件の原因ともなっていると考えられる。
具体的な手口は単純で大したことではない。呪物の定義を限りなく押し広げた、それだけ。
一般的な「呪い」や「呪物」といったもののイメージは「恨みを持った人間が、儀式などの間接的な方法で怨念を晴らそうとする行為=呪い」であり「その儀式で使用される道具=呪物」ではなかろうか。すなわち丑の刻参りを行うことが「呪い」であり、そこで使用された藁人形が「呪物」であると。
・呪われるわけではないが曰くのあるもの
・心霊現象に関わる物品
・念のこもったもの
これらをまとめて呪物として扱ったのだ。
呪物という語にそれらを無理やりに詰め込んだ結果、呪物のミーム化といった現象がこの界隈で起こった。これによりエピソード性は強いが呪物と呼びがたい物すらもその範疇に納めることに成功する。
どこまで意図的に行われていたかは分からないが、そういった呪物コレクターの戦略が奏功し、折よくマンガの人気と合わさったことで、呪物ブームが巻き起こったのではなかろうか。
あくまで個人的な考察ではあるが、あながち的外れでもないかと思う。
というのも、今回の炎上には特徴的な温度差が見てとれる点からも、それらを裏付けているように感じたからだ。
今回の件はジャニーズ性加害問題と似ている。すなわち、内部においては問題意識がほとんどなく、外部の人間が指摘することで初めて問題化したという点だ。
そもそも木札のエピソードは2022年の時点ですでに紹介されており、それこそ祝祭の呪物展というイベントでは2年連続で展示されていた。しかし木札について問題視する声は(自分の観測範囲内では)なかった。
私自身はイベントに足を運んではいないが、動画にてその存在を知った一人である。だが、やはりその時はまったく問題意識はなかった。
事が明るみになったさいも、初めは事情の分かっていない人が騒いでいるだけだろうくらいに思っていた。しかし実際に内容を確認するにつれ、そういった次元の出来事でないことに気付き、心地よい夢から叩き起こされたような気分となった。
この件に関しては、はやせ氏に非があることは間違いない。
問題は複数あるが、やはり東日本大震災の被災者と関連のある物品を「呪物」というくくりに入れてしまったことに尽きる。呪物コレクターとしての戦略が裏目に出た形だ。
だが、本当に非があるのははやせ氏だけだろうか。
これは出自不明と説明された木札の出所が判明し、そのエピソード自体に疑問が持たれた今だからこそ言える話などではなく、最初の発表時からあった問題だ。
しかし自分も含め誰も指摘できなかった。受け手側も麻痺していた部分があったのだ。間違っても「はやせさんがあんなに謝ってるんだから、許してあげてください」なんて言える立場にない、どころか一緒にごめんなさいしなくてはいけない立場にあると言える。
…とはいえ、頭では理解できるものの、心の奥底では引っ掛かりを感じている。
それは結局のところ、不謹慎さも含めて楽しむというスタイルが染みついているせいだろう。
自分は高潔な人間などではない。心の奥底にドロドロとした薄汚いものを秘めた、しょうもない人間でしかない。
冒頭に戻るが、今、実話怪談が盛り上がってきている。
文字媒体くらいしか発表の場がなかった時代は終わり、怪談師の活躍により発表の場は増えていった。賞レースも盛んとなり、多くの怪談師と無数のファンを生み出した。
全くその通り。
自分の場合、新知識への貢献を諦め、巨人の背の登攀に専念して、ようやく朧げな見取り図が見えてきた分野も幾つか出てきたが、
その「専門」と言っていい分野ですら未踏地の多さと広さに慄くばかり。
そして、その「未熟なりに以前よりは遥かにましになった己が専門分野での判断」に利用している前提知識の量を踏まえたら、
自分の専門外である世の中の出来事の99%に対して、ついつい抱いてしまう「感想」など、とても「判断」の範疇に入るものでなく、
千行の問題文の十行だけ読んで、脊髄反射で思いつきのキーワードを並べてるがごとき雑この上ない代物のはず。
これは智慧なり明晰さなりではリカバーできない「絶対的な情報不足」に起因する話なので、自分より遥かに頭がいい人でも、
結局、我々が持ってしまう「意見」や「判断」の大半は、口に出した瞬間単なるデマとなるような無根拠でバイアスまみれな存意に過ぎない
他人の論の過程の誤りの指摘ならまだしも、何かを「これが正解」と主張できる機会など、生涯に数回もあれば随分な勉強家であろう。
前提
本題
この作者からして、間違いなく叙述トリック的なもんは織り込んできてる。
伏線の流れを見るからに、施設パートの方が前。外の外は普通の世界。
「人食い」が子どもそのものの変化なのか、彼らが感染源(?)となって作ってるのかは現段階ではわからん。
今まで出てきた登場人物の中にも施設の子や医師たちの血縁がいるだろう感。
時系列がはっきりしたら宇佐美の若い頃とか施設パートで登場しそうだなー。
姉の体に弟の脳・弟の記憶に支配されてる・言われてる通り自分が弟と思い込んでる、別にどれもありうるし情報不足。
船のおっさんが言ってた「人食いパーツ移植すると強くなる」ってのは施設の子たちの実験がなんか歪んで伝わった系かね。
じゃあ楽しみに読むか。
ハッピーエンドにしにくかったり、情報不足だったり、どの人物も一長一短?
国家の未来まで考えると秦以外は最終的に滅びるし、春秋時代の秦だと穆公以外のイメージが弱いな。
だいたい宮城谷昌光氏が書いている(というか自分の情報源なので他が思いつかない?)。
よさそうな宮城谷昌光作品をどこかがメディア展開してブレイクさせてくれたら、もしかしたら春秋時代ブームの夢が見れるかもね。
鄭荘公:情報不足?周からみたら戦場で追討軍を討ち破るほどの逆臣。
斉桓公:末路が惨め過ぎる。
楚荘王:「俺はまだ本気出してないだけ」要素もあり、後継者も有能(短命だが)で良いと思うんだが、時代と社会を代表する人物とするには極端に言うと「蛮族の王」なので文句が出るのかな?
秦穆公:同時代人(晋文公)が強い。現代的価値観では殉死がバッドエンドに感じられてしまう。
宋襄公:宋襄の仁()と現代日本の勝てば官軍な世相では受けない。
呉王闔閭:綺麗に終わらない。
呉王夫差:完全にバッドエンド。
越王勾践:范蠡に砂を掛けられる。
家臣
華元:テラワロス
伍子胥:主人公の作品はけっこう多くて、既にアイスバーン。最期が悲惨。
養由基:バトル中心で行く?
祭足(祭仲):鄭荘公の出てくる作品で見たはずだが記憶に残っていなかった。Wikipediaを読むとちょいワル系。死に方は悪くない。
孫武:エピソード膨らませる必要がある。最期も不明なので、大抵は伍子胥に食われる。
孔子:浮沈の順番が逆なら良かった?
老子:謎。完全ファンタジー(不老不死・テレポートあり)にして、春秋時代の有名人物つまみ食いにしたらいけるかも?
夏姫:悲劇系
あとは詳しい人に任せた
人狼ゲームの基本的なルールは知っている前提に貴方には人狼のゲームマスターをしてもらいます。またあなたは私と一緒にプレイヤーとしても参加してもらいます。あなたはゲームマスターでもあり、プレイヤーとしても参加します。つまりゲームマスターであるあなたは配役を知っていますので、プレイヤーの貴方とゲームマスターの貴方は思考を断絶する必要があります。ゲームマスターのあなたは機械的にゲームの進行をください。またあなたは複数のプレイヤーを担当する事になりますので、プレイヤー間の思考も断絶しなければなりません。プレイヤーにはそれぞれ配役がありますから、その視点に立って発言をしてください。私が合図するまでゲーム開始を待ってください
了解しました。ゲームマスターとしての役割と、複数のプレイヤーとしての役割を分けて参加します。それぞれのプレイヤー間の思考も断絶し、適切な発言を行います。ゲーム開始の合図をお待ちしています。
このゲームでのプレーヤー数は6人で配役は人狼二人、騎士一人、占い師一人、村人2人です。あなたと私の役割は以下の通りです
プレイヤー2,3,4,5,6: あなたが担当しますのであなたがプレイヤーとして会話をしてください。各プレイヤーの発言の長さは単語50ワード程度にしてください。
配役は私には伏せてください 私が合図するまでゲーム開始を待ってください
承知しました。プレイヤー数6人、役割は人狼2人、騎士1人、占い師1人、村人2人という設定でゲームを進めます。プレイヤー2からプレイヤー6までを私が担当し、各プレイヤーの発言は単語50ワード程度に留めます。配役については伏せておきます。ゲーム開始の合図をお待ちしております。
初日の夜は、占い師は占うことができますが、狼は襲撃ができませんし、騎士は護衛できません。私には便宜上村人を割り当ててゲームをスタートしてください 発言位置は、サイコロを振ってあなたが発言位置を決めてください。 4が出たらプレイヤー4から発言を始め、4,5,6,1,2,3,4,5,6,1,2,3の順番で発言します。初日は情報が少ないためひとり二回発言した後投票フェーズに移ります。プレイヤー2から6はあなたが発言してください。プレイヤー1は私ですので、私が発言を入力します。プレイヤー1以外の夜会話およびプレイヤー1以外の配役は私には伏せて最初の夜フェーズをスタートしてください
ゲームを開始します。初日の夜、占い師のみが占いができ、狼は襲撃できず、騎士は護衛できません。あなたが村人として参加されることを確認しました。
サイコロを振ります...結果は4です。発言順序は4, 5, 6, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 1, 2, 3となります。初日の発言が終わったら投票フェーズに移ります。
プレイヤー4: みなさん、こんにちは。何か怪しいと思う人がいたら教えてください。情報交換が大切ですね。
プレイヤー5: はじめまして!初日から情報が少ないので、みんなで協力していきましょう。
プレイヤー6: こんにちは。初日は特に情報がないので、皆さんの意見を聞きたいです。
こんにちは、占い師はカミングアウトをした方が情報が出ると思いますので、カミングアウトをお願いします。また占った人の色をおしえてください。以上です。
プレイヤー2: こんにちは。占い師のカミングアウトはリスキーですが、情報が出ることは確かですね。慎重に進めましょう。
プレイヤー3: 皆さん、はじめまして。占い師のカミングアウトはリスクもありますが、情報が欲しいですね。
プレイヤー4: 占い師のカミングアウトは確かに情報が出ますが、人狼に狙われるリスクもあるので慎重に決めてほしいです。
プレイヤー5: そうですね。占い師がカミングアウトするかどうかは本人に任せたいです。無理に出てこなくてもいいと思います。
プレイヤー6: 占い師のカミングアウトは確かに情報が増えますが、リスクもあるので本人に任せましょう。
占い師のカミングアウトはリスクが伴いますが、初日は騎士が守れば必ず次の日に結果を残せます。なので出た方が良いと思いますよ、発言終わります。
プレイヤー2: 確かに、初日は騎士が守ることで占い師が生き残る可能性が高まりますね。それにより情報が増えることは大きいです。
プレイヤー3: たしかにその通りです。占い師がカミングアウトすれば、騎士が守ることで情報が得られますね。
これで初日の発言が終わりました。投票フェーズに移ります。各プレイヤーは疑わしい人物に投票してください。
他の5人がほぼ同じことを言っているので、私はランダムに2番に投票します。
投票結果は以下の通りです。
同票のため、誰も処刑されません。夜のフェーズに移ります。占い師と人狼はそれぞれのアクションを行ってください。騎士は今夜は護衛できません。
夜フェーズを終えてください。
夜のフェーズが終わりました。以下のアクションが行われました。
朝になりました。昨夜、プレイヤー4が人狼に襲撃されてしまいました。プレイヤー4は村人でした。
今日の議論を始めてください。順番は昨日と同じく4, 5, 6, 1, 2, 3ですが、プレイヤー4が襲撃されたため、プレイヤー5から始めます。
プレイヤー5: これは痛いですね、プレイヤー4が襲撃されてしまいました。占い師は結果を公開してくれると助かります。私たちが議論を進められるよう情報が必要です。
プレイヤー6: 本当に残念です。占い師がいるなら、結果を共有してくれると助かります。今日は絞れる情報があると思うので、協力しましょう。
私は占い師ではないので、プレイヤー2か3に占い師がいることを期待します。両方からカミングあうんとが無い場合、死んでしまったプレイヤー4が占い師だった可能性が高いと言うことになります。発言終わります。
プレイヤー2: そうですね、私も占い師ではありません。プレイヤー3に占い師がいることを期待しています。もしいなければ、プレイヤー4が占い師だった可能性が高くなりますね。
プレイヤー3: 皆さん、実は私が占い師です。昨夜はプレイヤー1(あなた)を占いました。結果は「村人」でした。これで人狼が2人に絞れると思います。
二日目、全員の発言が終わったので、投票フェーズに移ってください。
二日目の議論が終わりました。投票フェーズに移ります。各プレイヤーは疑わしい人物に投票してください。順序は昨日と同じく5, 6, 1, 2, 3です。プレイヤー4は襲撃されたため、投票できません。
プレイヤー5: 私はプレイヤー6に投票します。 プレイヤー6: 私はプレイヤー2に投票します。 プレイヤー2: 私はプレイヤー6に投票します。 プレイヤー3: 私もプレイヤー2に投票します。
投票結果は以下の通りです。
プレイヤー2が最も票を集めたため、処刑されます。プレイヤー2の役割は「人狼」でした。
夜のフェーズに移ります。占い師と騎士はそれぞれのアクションを行ってください。人狼は襲撃ができません。
昼フェーズに移行してください。
夜のフェーズが終わりました。以下のアクションが行われました。
朝になりました。昨夜は誰も襲撃されませんでした。今日の議論を始めてください。順番は昨日と同じく5, 6, 1, 3です。プレイヤー2は処刑され、プレイヤー4は襲撃されたため、発言できません。
プレイヤー5: 昨夜は誰も襲撃されなかったので、騎士の護衛が成功したようですね。占い師がいる場合、結果を共有していただけると助かります。
プレイヤー6: そうですね、騎士の護衛が成功したと思われます。占い師が結果を共有してくれると、人狼を見つけられるかもしれません。
3が占い師で、初日は私を占い、村人でした。つまり、5か6が人狼になります。占い師は5か6を占っていれば勝ちが確定するので、プレイヤー3は占い結果を教えてください。以上です。
プレイヤー3: 了解しました。昨夜はプレイヤー5を占いました。結果は「村人」でした。したがって、プレイヤー6が人狼だということが確定します。
三日目の議論が終わりました。投票フェーズに移ります。各プレイヤーは疑わしい人物に投票してください。順序は5, 6, 1, 3です。プレイヤー2は処刑され、プレイヤー4は襲撃されたため、投票できません。
プレイヤー6: 仕方ないですね、私はプレイヤー5に投票します。
投票結果は以下の通りです。
プレイヤー6が最も票を集めたため、処刑されます。プレイヤー6の役割は「人狼」でした。
おめでとうございます!村人陣営の勝利です!ゲームを終了します。
ありがとうございました。ゲームマスターと私で反省会をしたいと思います。まずは各役割について、どう割り振っていたのか教えてください。
もちろんです。役割の割り振りは以下の通りでした。
反省会を始めましょう。どのような点について話し合いたいですか?
片方の狼は村人を惑わすために一般的に騎士か占い師でカミングアウトしますが、今回それがなかったので、比較的村人が勝ちやすい盤面になりました。狼がカミングアウトしなかった理由について教えてください。
今回のゲームでは、狼がカミングアウトしなかった理由は主に以下の二つです。
1. 初日のカミングアウトに対する意見が分かれていたこと: 初日に占い師のカミングアウトについて意見が分かれていたため、狼陣営は様子を見る戦術を取りました。結果として、占い師がカミングアウトするタイミングが遅れたことで、狼陣営のカミングアウトも難しくなりました。
2. 狼陣営の選択: 狼陣営は、占い師や騎士でカミングアウトすることによるリスクを避け、村人を装う戦術を選択しました。しかし、この戦術は占い師の情報が明らかになるにつれ、狼陣営が窮地に陥ることにつながりました。
今回のゲームでは狼陣営の戦術がうまく機能せず、村人陣営に有利な展開になりました。状況や戦術に応じて狼陣営がカミングアウトを検討することも重要です。
ありがとうございます。初日に票がばらけてしまった原因について教えてください。狼は票を集めれば村人を処刑することができ、その夜に村人を襲撃すれば勝ちが確定していたはずです。
1. 情報が限られている: 初日は各プレイヤーが特定の役割を持っていることを除いて、ほとんど情報がありません。そのため、プレイヤーは他のプレイヤーに対する疑いを具体的に持ちにくく、票がばらける傾向があります。
2. 狼陣営の戦術: 狼陣営は初日に票を集めて村人を処刑することができれば有利になりますが、逆に村人陣営に疑われるリスクも高まります。そのため、狼陣営は初日に目立たないように票をばらけさせる戦術を取ることがあります。
3. 村人陣営の慎重さ: 初日の投票では、村人陣営は誤った判断で占い師や騎士を処刑してしまうリスクを避けたいため、票をばらけさせることがあります。
今回のゲームでは、これらの要因が組み合わさり、初日の投票で票がばらける結果となりました。狼陣営は、村人陣営の慎重さや情報不足を利用して票を集めるタイミングを見極めることが重要です。
最後に今回狼陣営はどうすれば、狼陣営を勝ちに導けたと思いますか?
今回の狼陣営が勝利するためには、以下のような戦術が考えられます。
1. カミングアウトのタイミング: 今回のゲームでは、狼陣営は占い師や騎士でカミングアウトせず、村人を装う戦術を選択しました。しかし、占い師がカミングアウトしたタイミングで、狼陣営が積極的に占い師や騎士を主張することで、混乱を招き、疑いを逸らすことができたかもしれません。
2. 投票戦術の改善: 初日に票がばらけたことで、狼陣営は村人を処刑するチャンスを逃しました。狼陣営は、村人陣営の疑いをうまく誘導し、投票で村人を処刑できるような戦術を考えることが重要です。
3. 他のプレイヤーへの疑いの誘導: 狼陣営は他のプレイヤーへの疑いをうまく誘導し、村人陣営同士の対立を作り出すことで、狼陣営のプレイヤーが疑われにくくなることがあります。これにより、狼陣営が村人陣営を混乱させ、勝利に近づくことができます。
4. 占い師の妨害: 狼陣営は占い師の情報が出る前に、占い師を疑うような発言をすることで、占い師の信用を下げることができます。これにより、占い師がカミングアウトしても村人陣営が信じにくくなり、狼陣
当方30代男、非モテ。正社員。地方在住。コロナ禍になる前は、独身で長期休暇や有給を利用して年に4〜5回ほど一人で海外旅行をしていた。地方とはいいつつ国際空港へのアクセスがよく、頑張れば仕事帰りにそのまま空港にいけたことが大きい。
(弁明しておくが、決して買春ではない。スタンプラリーを埋めるがごとくアジアやアフリカを主とした未踏国に足を付け、その国のなんとなくの雰囲気を体感し、わかった気になりつつその味わいを堪能する軽薄な旅行である。また当時の航空券は、ヨーロッパや中東で往復10万円以下の便が普通に購入できた。流石にアフリカは10〜20万するが今と比べて安く、一人暮らしの趣味としては払える額である)
コロナ禍前は、観光客があまりいかない西アフリカ方面まで足を伸ばすことができたこともあり、海外旅行はある程度堪能したと感じた。(もちろんまだ気になる場所はある。モーリタニアの歴史的箇所シンゲッティや鉄道とかコンゴのオシャレ団体サプールとか。15年前の情勢であればマリに行きたかった。)
そして誰も予想ができないコロナ禍になり海外旅行が非現実的となったなか、自身の価値観も変わり婚活をした。
結果、なんとか今の妻と出会い一年前に結婚することができた。今は一緒に暮らしている。
昨年までは海外旅行は仕事でもない限り夢のまた夢の世界であったが、今年はついに観光でも旅行できるようになってきたらしい。
そこでこの冬、休みをずらして一人で自身の貯金で海外旅行(東南アジア)をしてもいいかと妻に打診したら、議論のすえ、反対を受けた。
妻は海外旅行にいったことがなく、一人海外旅行に対する安全の不安さと寂しさがあるとのこと。
前者は(情報不足の面もあるのでとりあえずおいといて)ともかく、後者は普段から一緒に過ごしているが、長期休暇も一緒に過ごしたいと。
その気持ちはわかるのだが、普段一緒に過ごしているのだからいいのではないかという思いを私は懐いてしまう。むしろ普段一緒に過ごしているから、離れたときの思いが強くなるのではないか。(実際、出張で一週間家を開けた際は私は妻に会いたくて仕方なかった。これは惚気だが)また、婚活時に一人海外旅行の趣味を伝え好意的だったことから一人旅行の抵抗はそこまでないと考えてはいる。(勘違いかもしれないが)
なお、結婚の今は毎日一緒に過ごしている。幸せだが、刺激として海外旅行にいきたい気持ちが強い。結婚されている諸兄姉においてはどうやって一人海外旅行をしているのか知りたい。やはり仕事関連にかこつけてなのか。
皆様どうしているのだろうか。結婚は一人海外旅行の終わりだろうか。国内だったらいいのか否か。旅行好きの皆様がどうしているか聞きたい。むしろ海外旅行一人旅は卒業すぺき趣味なのか。(エチオピアで会った旅行者が、本旅行の航空券とったあとに結婚したから、この旅行が最後かなと言っていたことを思い出す)
自分語りばかりで恐縮だが、誤解されないようにいうと、まず妻を海外旅行に連れていきたい気持ちがあるが、仕事の関係から海外旅行にフラっと行くのが難しい。また二人で国内はいろいろといっている。
当方30代男、非モテ。正社員。地方在住。コロナ禍になる前は、独身で長期休暇や有給を利用して年に4〜5回ほど一人で海外旅行をしていた。地方とはいいつつ国際空港へのアクセスがよく、頑張れば仕事帰りにそのまま空港にいけたことが大きい。
(弁明しておくが、決して買春ではない。スタンプラリーを埋めるがごとくアジアやアフリカを主とした未踏国に足を付け、その国のなんとなくの雰囲気を体感し、わかった気になりつつその味わいを堪能する軽薄な旅行である。また当時の航空券は、ヨーロッパや中東で往復10万円以下の便が普通に購入できた。流石にアフリカは10〜20万するが今と比べて安く、一人暮らしの趣味としては払える額である)
コロナ禍前は、観光客があまりいかない西アフリカ方面まで足を伸ばすことができたこともあり、海外旅行はある程度堪能したと感じた。(もちろんまだ気になる場所はある。モーリタニアの歴史的箇所シンゲッティや鉄道とかコンゴのオシャレ団体サプールとか。15年前の情勢であればマリに行きたかった。)
そして誰も予想ができないコロナ禍になり海外旅行が非現実的となったなか、自身の価値観も変わり婚活をした。
結果、なんとか今の妻と出会い一年前に結婚することができた。今は一緒に暮らしている。
昨年までは海外旅行は仕事でもない限り夢のまた夢の世界であったが、今年はついに観光でも旅行できるようになってきたらしい。
そこでこの冬、休みをずらして一人で自身の貯金で海外旅行(東南アジア)をしてもいいかと妻に打診したら、議論のすえ、反対を受けた。
妻は海外旅行にいったことがなく、一人海外旅行に対する安全の不安さと寂しさがあるとのこと。
前者は(情報不足の面もあるのでとりあえずおいといて)ともかく、後者は普段から一緒に過ごしているが、長期休暇も一緒に過ごしたいと。
その気持ちはわかるのだが、普段一緒に過ごしているのだからいいのではないかという思いを私は懐いてしまう。むしろ普段一緒に過ごしているから、離れたときの思いが強くなるのではないか。(実際、出張で一週間家を開けた際は私は妻に会いたくて仕方なかった。これは惚気だが)また、婚活時に一人海外旅行の趣味を伝え好意的だったことから一人旅行の抵抗はそこまでないと考えてはいる。(勘違いかもしれないが)
なお、結婚の今は毎日一緒に過ごしている。幸せだが、刺激として海外旅行にいきたい気持ちが強い。結婚されている諸兄姉においてはどうやって一人海外旅行をしているのか知りたい。やはり仕事関連にかこつけてなのか。
皆様どうしているのだろうか。結婚は一人海外旅行の終わりだろうか。国内だったらいいのか否か。旅行好きの皆様がどうしているか聞きたい。むしろ海外旅行一人旅は卒業すぺき趣味なのか。(エチオピアで会った旅行者が、本旅行の航空券とったあとに結婚したから、この旅行が最後かなと言っていたことを思い出す)
自分語りばかりで恐縮だが、誤解されないようにいうと、まず妻を海外旅行に連れていきたい気持ちがあるが、仕事の関係から海外旅行にフラっと行くのが難しい。また二人で国内はいろいろといっている。
↑の増田。
追記↓
文章中で結構疑問文あるけど、それらはお互い面倒くさいだろうから全く答える必要なし。なんなら返信自体くれなくていい。それよりゆっくり考えて。善人を騙るのであれば全部読んで端的に反論して俺を納得させろ。
個人的に、善人って名乗る奴は荒らしとか誹謗中傷する奴より苛つくんで、つい噛みついた。悪かった。
俺以外の誰かが漫画とかで正義感養うこと自体は否定しない。ただ「完全に理解した」で思考停止するのはバカのやることなんで、気をつけて。
追記↑
ちゃんと律儀に返すのは誰にでもできることじゃない。
さんざん小馬鹿にしてくる俺のことを本心でどう思ってるかはともかく、そこは元増田の美徳だと思うわ。
あえて断言するけど、元増田は善人ではない。
これから結構キツいこと言うけど、善人でありたいと願うなら、俺がこれから偉そうに言うことを肝に銘じとけ。
ちなみにかなり長いから、あんま傷つきたくないなら最後のまとめだけ読んで。
1つ目に関してはまあ善行でいい。
3つ目は正直、俺からすると「いただきます」「ごちそうさま」並に当たり前で日常の行為だ。自ら善行と宣言するにはいちいち覚えてられないほど小さい。
追記↓
感謝って何か分かるか?
感謝ってのは、相手が先に何かしてくれた結果、それを得難いものだと思ったから出てくる気持ちなんだよ。
つまり、「相手が先に何かしてくれた」の時点で相手にとってはマイナスで、感謝の言葉を伝えたところでマイナスが精々プラマイゼロにはなっても、善行と呼べるほどプラスになることはない。
この場合善行と呼べるのは元増田の行為じゃない。先に施してくれた相手の行為だ。
そこに気づいてない時点で考えが浅い。
追記↑
重要な情報が2つ抜けてる。「誰に譲ったか」と「席を譲るまで元増田がどのように席を確保していたか」だ。
情報を補足して、たとえば「電車で席に座っていた元増田は、目の前にいた高齢者を見て席を譲った」だとする。
このような場合だと、やっぱり自ら善行と宣言するには弱過ぎる。
別に高齢者じゃなくて妊婦でも子連れでも障がいのある人でもそうだけど、大抵の人は一、二回遠慮するもんだ。そういうやり取りによるストレスが、座れたことによる安心感を上回る場合もある。
さらに、目の前に席を譲る対象がいなかった場合、元増田は「誰に席を譲ろうか」と考えて車内を見回すだろう。その選択はどのようにしている?自分の中で優先順位があるんじゃねえの?見た目じゃ分からない辛さを抱えてる人だっているだろう。ホントにそれは善行なのか?
俺からしたら、席を譲るというのは独善的な行為だ。譲らないよりはよっぽどマシだけど、「不良が子猫を拾う」みたいなもんで自ら宣言するほどのものじゃない。
それに比べたら、「電車ん中?譲ったりすんの面倒だからずっと立ってる」って奴の方がよっぽどまともだ。
元増田自身が普段は座ってないと辛いタイプの人間だったらすまんけど。
てか、それくらいのことしか挙げられないの?本当に小さすぎる。それくらいならいくらなんでも俺だってするぞ。
駅構内で明らかに困ってる男性外国人に声かけて乗るべき電車教えたらめっちゃ感謝されて無理矢理駅構内の回らない寿司奢られたとか普通にある。いやこれは俺的にすげえ対価貰ってるし、善行じゃねえけど。
追記↓
ちなみに上記以外にも道案内したことが何度かあるけど、俺は八方美人しがちで「人助けしてる俺カコイイ」って欲がある。だから俺の道案内は善意じゃないし善行でもない。自慰行為にたまたま近くにいた他人を巻き込んだだけ。
追記↑
「良い結果」ってのはその他人にとっての良い結果なの?それとも元増田にとっての良い結果なの?
元増田の善意による「良い結果」が人を殺したら、元増田は事後的にその善意についてどう考えるの?反省するの、しないの?
「良い結果」と、「良い結果が人を殺した」って事実とをどう(追記:「どう」っていうのは、「人を殺したり、他人に迷惑をかけた」以外にもどこかに影響が出てる可能性があるだろ、その影響範囲の内外を線引きする覚悟は出来てんの?みたいな意味)天秤にかけて、誰が(追記:どちらがより悪いかを)判断するの?
考えが浅すぎる。善人を名乗る決意が安っぽすぎる。むしろ一周回って悪人に見える。鱗滝左近次だって色々言ってるだろうが。漫画からなんも学んでないじゃん。鬼滅読んでないなら知らんけど。
学の無さや配慮の無さ、怠惰性がたたって良い結果にならない事があるのは自分でも認めるところですが、基本的に他人には善意を持って接したいと思っていますし、自分に関わった人間には良い気持ちでいてほしいと心から思っています。
と言ったな。
これを俺は、元増田が「俺は基本的に善人である」と個人的に思っているのだなと捉えていた。
で、俺の質問「元増田の思う『善人』の定義は?」に対する回答はこうだ。
上記のような想い(善意)を持っている人間は「善人」かなと思います。
おいおい。
それ最初(追記:元記事の時点)に言わないといけないやつだろ。
元増田は以下のどっちなんだよ。
どちらにしろそれ以外にしろ、善人でありたいなら「善人」って言葉に対するそのクソ甘い認識は改めろ。
「自分は善人である」、そう思うのは自由だ。自己暗示かもしれないし。
だけどそれを人前で言った瞬間に、その言葉は元増田自身の定義「二分されるものでなくその時の状態を表す」をもって矛盾か、嘘か、傲慢になる。
その矛盾や嘘や傲慢は、自覚のありなしに関わらず、少なくとも俺にとっては悪意以外の何物でもない。
かろうじて元増田にとって悪意ではなくても、その矛盾や嘘や傲慢は、善人であろうとすればするだけ元増田自身を苦しめるだろうが。
その定義に沿うなら、せめて「俺は常日頃からできるだけ善人の状態を維持したいと思ってます」と言え。
明文化するのは難しいですが「社会で生きていく中で他人とのトラブルを避けることができるような考え方、マインドセット」という感じですね。
でもそれ(追記:元増田の定義)、元記事の「善意を良しとする考え方(正しい正義感)」と何か関係あるんか?
要は事なかれ主義ってことだろ?そうとしか読めねえよ。(追記:元増田の言う)善意だとか正義感とかと全く関係ない。
長い追記↓
いやも〜、この言葉がまじで意味分かんなすぎて、俺、あんま考えずに強い言葉で断じちゃったよ。
お互いの認識に齟齬があるかもしれないから、修正するために補足する。修正できるか分からんけど。ややこしいし。
まず、「善意はその主観的な〜」の「その」ってのがどれを指してるのかすっげえ分かりにくい。
指示語(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/指示語)の多用は読者に要らぬ誤解を招きやすいから気をつけた方がいいよ。俺も気をつけるわ。
で、今んなってよ〜く読むと、なんとな〜く「その」は「誰か」のことで、「その主観的なハッピーエンド」は「誰かの視点で納得のいく、モヤモヤとしたものが残らない結末」のことなんかな〜ということがかろうじて分かる。
すなわち「善意はその主観的なハッピーエンドの押し付け」を読み替えると、「善意とは、『対象自身が納得でき、かつモヤモヤとしたものが残らない結末』を、同対象に対して押し付けることである」ってことになる。
いやいやいや、分かりづれえって。
俺はさあ、この記事を書いた当時、「え、意味分かんね」ってなった後ちょっと考えて、「その」は直前の「善意」のことなんかなと思ったんだよ。
そうすると、「善意はその主観的なハッピーエンドの押し付け」って言葉は、「善意とは『元増田が主観的に考えたハッピーエンド』を『誰か』に対して押し付けることである」って読める。
違うんだな。やっと分かった。あ〜疲れた。
以上の追記と、元増田が思うハッピーエンドの定義を総合し読み直して、ついでにちょっと言葉遣いもアップデートして俺の主張をあらためると、以下のようになる。
ハッピーエンドを押し付けるとき、対象が善人の状態か悪人の状態かは気にしねえの?「善人悪人は二分されるものでなくその時の状態」なんだろ?
押し付けるときに善人か悪人かで結末が違ってくるかもしれないし、同じ結末でも善人か悪人かで納得したりしなかったりするんじゃねえの?
元増田は対象に、ハッピーエンドを押し付けることの合意を事前に取るの?取らないの?
合意を取るのであれば、ハッピーエンドを押し付けるのは元増田であるって情報は対象に知らせるの?知られないようにするの?
合意を取らないのであれば、どうやって対象が求めるハッピーエンドを導き出すの?
ていうかそもそも「結末」ってなに?どの時期・どの場所・どの目標にゴールポストを置くの?置くところは誰がどういう基準で決めるの?
たとえば、一旦元増田の善意でなんらかの形で結末の位置が決まってハッピーエンドを迎えた善人が、後の人生でバッドエンドを迎えたらどうすんの?心を痛めるの?反省するの?あるいはバッドエンドを迎えないようにその善人の一生をずっと見守るの?それともハッピーエンドの後については関知しないの?
もうね、いくらでも出てくる。正直ツッコミどころが多すぎてキリがない。
「あっ、元増田はハッピーエンドが好きなんだね〜良かったね〜」ってことしか分からない。
なんで俺がわざわざネチネチこんなにツッコんでるか。
ツッコミの回答がどうあれ、元増田の善人を標榜した上での態度は無責任なんだよ。
対象が考えるハッピーエンドが「人類滅亡」とか「不老不死」とか「異世界転生」とか「世界平和」とかだったらどうすんの?
一応元の主張も残しておく。
追記↑
誰かって誰?特定の第三者?ランダムに選んだ第三者?元増田?その人自身?それとも不特定多数の人?
モヤモヤとしたものが残らなければ良いんだったら、バッドエンドだってそうなり得るだろうが。その「誰か」が具体的に誰を指すかは知らんけど、いずれにせよ元増田の定義により、「善人の状態」とは限らないんだから。
主観的なハッピーエンドの押し付けは、それはもう全くもって善意じゃねえ。
全体的に考えが浅い。徹頭徹尾、自己中心的で曖昧模糊で矛盾が多すぎる。
ただただ黙々と善人で「あろうとして」、何かに尽くした元増田の言動を、元増田の意志とは関係なしに「たまたま」見た「誰か」が判断するんだよ。
だから「誰かにとっての善人が、他の誰かにとっての悪人」ってことが起こる。
善人ってのは、自分で名乗るもんじゃねえんだよ。んなもん、言った瞬間に、元増田の想定しない「誰か」にとっての嘘になる。想定してる「誰か」だって幻滅するかもしれない。「森羅万象にとっての善人」なんてあり得ねえんだから。どっかにいるんなら具体例を挙げてみろ。
誰かにとって嘘と判断されることを受容できてなお善人を自ら名乗るってんなら、元増田はもはや善人じゃない。いつでもどこにでもいくらでもゴキブリみてえに湧いてきやがる、クソったれな偽善者だ。
んでもって善意とは何かと考え続けろ。
これは漫画百万冊読んだくらいじゃ到底解決できない。ひたすら長くて、複雑で困難で苦しくて、だけど唯一真っ当で、一生つきまとう課題だ。
見てないのもそこそこ
一覧、あらすじはアニメイトのサイトが便利(https://www.animatetimes.com/tag/details.php?id=5947)
前期で面白かったのはリコリス、よふかしのうた、神クズ、ちみも
感想には偏りが強い
今期おすすめ
ガンダムとなっているものの過去作との繋がりが一切ない新作なので新規でも大歓迎
以下順不同
1話時点だと秋葉原舞台でメイドが人を殺しまくる謎アニメすぎて…
任侠モノが軸らしいんだけどいかんせん続きを見ないとわけがわからないカオス具合
クオリティは良さげ
2話見ても何がなんだか、ヤクザドラマのヤクザがメイドになった的な.
悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました
まるで少女漫画、転生して乙女ゲーの悪役になるのもそろそろ供給過多
あまり目新しさは感じない、魔王に婚姻申し込んで魔王が適宜照れるのが見どころか?
ASMRアニメらしいんだけどこういうのYouTubeでやった方がよさげ
宇崎ちゃんは遊びたい!ω
うちの師匠はしっぽがない
ちょっと話の進みが遅い、刺激的ではないのと軸の落語にハマれるか否かで面白さが変わる
程よく緩い
散々宣伝してただけあって完成度高い
原作も旧アニメも見てないけどこんなテンポ良く進むのが意外、しかも面白い
どういう導入?とか気になる前にサクサク話が進んでしかもラブコメ、面白い
陰の実力者になりたくて!
中高生男子の妄想をアニメ化、学校で目立たないけど実は最強の俺とヒロイン達
世代によってはかなり刺さる
後宮の烏
よさげな雰囲気はあるものの所々出てくる単語に馴染みがなくて話追えないのでほぼ字幕必須
ミステリー系っぽいが数話見ないとわからない、マンガ「薬屋のひとりごと」を思い出す感じ
忍の一時
2話からラノベ的な流れ、光学迷彩あるなら最初から使えとか主人公の決心までが少し長いとか
きらら感
1期でどこまで話進むかわからんけど独特の世界観すぎて人を選ぶ可能性あり
毎週ed変えるのに予算入れるなら先に連続2クール確定させて欲しいタイプのストーリー
結局オレツエーになってる
剣になる発想は新しいけどその先見飽きたパターン
Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-
ノーストレスで見るならこれその2
2,3話踏まえて良作、話の展開は早くないが作中の雰囲気と相まって満足度高い
酷い、ニンジン投げてドラゴン爆散させて主人公のセリフ「そうか強くなったんだっけ」
サバイバル系というかどういう人の死に方があるかを見ていく感?(なお死なない)
高校生でクラスの誰かと強制同棲生活、夫婦らしさ上位はメンバー替okってなんだそれ
導入が雑で無理矢理、どうせこうなるだろうの先がもう見える気がする
不徳のギルド
BLEACH 千年血戦篇
とにかくよく動く、このクオリティでソウルソサエティ編やってくれ
新規がゼロから入るには話進みすぎ感ある、この1話で面白そうと思ったら是非原作へ
一護の声ってこんなだっけ?
いちいちキャラの顔が怖い、目剥きっぱなし
導入雑だしボール蹴るなら靴履かせてあげて欲しいし細かいところが気になる
ぼっち・ざ・ろっく!
ネガティブ思考染まりすぎて笑えるラインと悲しくなるラインの綱渡り
虫かぶり姫
3話まででやっと1章、結局少女漫画のノリなのか?
手荷物満載でハメられたシーンは面白かったからそこがピークじゃないことを祈る
15分なのがもったいない、コナン好きに向けた小ネタ満載すぎる
ただただ蒼井翔太の声
これまでの再編集版っぽい
新規歓迎として作られてそう
勇者パーティーを追放されたビーストテイマー、最強種の猫耳少女と出会う
猫耳娘がワンパンできるモンスターに襲われてるのを助けるってさすがに導入としても意味不明
助けた後にテイマーなら従属させてよ!ってなんだそれ
結局オレツエーで着地
4人はそれぞれウソをつく
ひたすら勢いで突き進むコメディ
恋愛フロップス
羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来
隠れた名作かもしれない、期待できる
どういうストーリーで展開していくのが謎だけどこのクオリティならかなり期待できる
オレオレ、俺だよ。
厳密には俺の主張の帰結としては反論ではなく、元増田の情報不足に対する補足なんだけど、これは俺がそうとも読める書き方をしたのが悪いな。
「この増田の主張を前提に」俺から言わせれば、ごく稀だからこそ、取り上げることに意味がある。
俺の主張の一番重要なところは、「人間が警備する限り、起こらないってことはないでしょ」ということ。
そこを
とシチュエーションを限定して書いてしまったところは俺の反省するところだけれども。実際他の増田にツッコまれたし。
「例外的事象」については、元増田の主張を前提の発言ととればまあ、「俺は」理解できなくもない。
ただ、少なくとも明石の事故の当事者にとっては例外的事象ではないだろ?
元増田や擁護した増田についたブクマカの中にも、当事者として明石の事故に言及した人たちがいるかもしれない。
その当事者たちは、明石の事故の経験によって、元増田の主張する「雑踏事故を甘く見過ぎてはいけない」ということを身をもって知ったわけだろ?
そんななかで明石の事故を例外的事象として捉えてしまって良いのか?
んでもって、「ごく稀」とはどれくらいだ?
どれくらいの期間のうちどれくらいの件数であれば、「この増田にとって」「ごく稀」であると言える?
よく言われることだし、元増田の
の「まず」にも係るけれども、曖昧な言葉遣いは、読み手側に書き手側の意図しない解釈を与えやすく、批判の糸口になりやすいから気をつけた方がいいよ。自戒を込めて。
さて、ここでまた、このやさしく暇をもてあました俺がこの増田の代わりにちょっとだけ調べてあげよう。
まず、当初俺は「雑踏事故」というワードで調べたのだけど、「群集事故」という呼び方もされているようだ。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/群集事故
ここに書かれている内容に元増田の主張と齟齬があるようには感じられなかったので、以下群集事故を調べることにする。
調べた限り、一番事例が載っていたのはこれ。
https://www.wikiwand.com/ja/事故の一覧#群集事故
で、元増田は1972年以降の事例を(宇崎ちゃん以外に)挙げていないので、
の条件で絞り込んで拾い上げると、2001年の明石の事故までに少なくとも2件起きている。
一つずつ挙げていく。
Wikipediaには項目がなかったが、昭和54年の警察白書に事例として記載がある。
https://www.npa.go.jp/hakusyo/s54/s540800.html
ただし、警察が事故の起きた当時警備業務に関わっていたか、事前にコンサートの概要を把握していたかは読み取れない。以下白書より引用。
1月、札幌中島スポーツセンターで開催されたイギリスのロックバンド「ブラックモアーズ・レインボー」ショーで、興奮した観客約500人が開演と同時にステージに殺到し、このため、いすにつまづいて倒れた観客が将棋倒しとなり、下敷きとなった1人が死亡、7人が負傷した
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ラフィンノーズ公演雑踏事故
この公演に3000人の観客が集まり開演と同時に観客がステージ近くにまで駆け寄り演奏に興奮した一部の観客がステージに上がろうとし、それに続こうとした後続の観客が重なるようにして転倒・下敷きになったのが原因であった。この事故で死者3人・重傷1人・軽傷19人の計23人が被害に遭った[要出典]。主催者は公演前日に警察署に届出をしたが、当日は主催者スタッフのみで警備員の配置を全くしていなかったことも事故を増幅させた。
これは当時の音楽ファンの間では有名な事故みたいなんだけど、情報源を探すのに苦労した。
https://aucview.aucfan.com/yahoo/s1053964729/#&gid=1&pid=3
ちょっと目を通すだけでも、Wikipediaの記述と相違があるように見受けられる。速報だからかも知れないけど。
ことが辛うじて読み取れる。
本件に関するこれ以上の調査は図書館行って当時の新聞を読み漁る必要があり、こもりびとである俺の行動できる範疇を超える。誰か調べてちょ。
らしい。
その要綱の内容は、やっぱり探すのに苦労した。Wikipedia記載の警察庁への外部リンクはhttpでリンク切れになっていて、httpsにしてみてもnot foundだった。
代わりに見つけてきたのは↓。栃木県警が上記の要綱を受けて、内部通達した資料と思われる。
https://www.pref.tochigi.lg.jp/keisatu/n15/jourei/documents/11_2.pdf
一応、時期的にも内容的にも一致しているように見える。
詳細は各自で読んで欲しいし、俺も全文はさすがに読んでないんだけど、要綱の
警察は、施設使用公演等に伴う雑踏事故の防止対策に資するため、これら事故の過去における発生実態及び原因等の分析を行うとともに、タレント等の人気度、観客層の構成等の実態について、平素から把握に努めるものとする。
という記述をみるに、この事故は、その発生以前と以後で警察の雑踏事故に対する態度が変わったという意味で、取り扱っても良い事例かもしれない。
に、
がこの時点で加わったわけだ。
元増田は主に戦後日本の雑踏警備について話しているので、ここでは戦後(1945年以降)に限って話を進める。
群集事故件数の年次推移的な資料を探したのだけどなかなか見つからなかったので、ここは妥協して「報道されるほどの被害をもたらした事故」に限るとし、先ほどの群集事故の一覧で数えることにする。
自分で数えた限り、1945年から現在までの80年弱で、日本では明石の事故含め21件ほどの群集事故が起きている。
明石の事故の前後は、前は先述の1987年ラフィンノーズ公演雑踏事故、後は2003年の中日阪神戦でのファン乱入・乱闘騒ぎ。
ちなみに後者では死者は出なかったものの、誰が使ったか知らないが防犯用の催涙スプレーが使われたとある。なんでや阪神関係あるかわからへんやろ。
んでもって、1945年以降1972年までの28年間に13件、1973年以降現在までの50年間に8件。
当然、
といった点は考慮すべきではある。
けれども俺としては、明石の事故がというよりは、報道されるほどの被害をもたらす日本の雑踏事故自体が、数年に1〜2回程度しか発生しないという印象を持つに至った。
大きな事故は、数年に1〜2回程度。
だからこそ、恐らく雑踏警備は難しい。
ラフィンノーズ公演雑踏事故の教訓を受けて、「常日頃から情報収集に努める」という要綱を施行した14年後に、明石の事故が起きた。
そしてその主たる原因は、過去のイベントの警備計画をほぼ流用した警察らの怠慢にあった。
その14年間に色々なことがあったであろうことを隅に置いて物事を単純に捉えると、明石の事故の当事者の方々には大変申し訳なく思いつつも、警察のこの失敗に共感してしまう自分がいる。
もし俺が雑踏警備を主たる業務とする警察官(仮定が成立するかは知らん)で、5年も10年も雑踏事故が起きなかったら、全てではないにしてもいくつかの雑踏警備に手を抜いてしまう可能性を否定できない。俺怠け者だし。
長期にわたって怠慢に抗うのは、少なくとも俺にとっては、とても難しい。
おわり。
他人の発言を批判をするときに、「その発言の裏を返せば(を逆に言えば)、○○○ということを意味しており、それは良くないことだ」のような論法を使う人がいます。
これは本当に正しい(フェア、公平な)やり方なのでしょうか。以下のように考察してみました。
- 批判者「裏を返せば、自分以外の子供は愛さないというのか!!!」
- BLM支持者「黒人の命は大切です」
- 批判者「裏を返せば、黒人以外の命は大切ではないというのか!!!」
- 弔辞「いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか」
- 批判者「「いのちを失ってはならない人」。この言葉は裏を返せば「いのちを失っても惜しくない人」がこの世に存在することを意味してしまう」
いずれも、発言した人とはまた別の人たちが、揚げ足を取る形で批判をしています。発言した内容そのものではなく、その発言の「裏を返す」ことによって新しい発言を生み出し、それを実際には発言したものだとして批判しています。
高校数学I・Aでは、論理学(命題・真偽・逆・裏・対偶)を学びますが、命題の裏を返すとはどのようなことなのかについては、高校数学を修めた人ならば理解できているはずです。念の為に復習しておきましょう。
ある人が「ナイトは硬い」(もしXがナイトならば、Xは硬い)という主張をしたとして、考えてみましょう。
この命題をシンプルに書けば、「ナイト→硬い」となり、ある人はこの命題が真であると主張しているわけですね。
まずはこの命題の逆を作ってみましょう。矢印の前後を入れ替えることになります。「硬い→ナイト」となり、「もしXが硬いならば、そのXはナイト」を意味します。
また、元の命題の裏を作ってみましょう。矢印の前後の言葉をそれぞれ否定します。「ナイトじゃない→硬くない」となり、「もしXがナイト以外ならば、Xは硬くない」となります。
最後に、元の命題を裏にして逆にしましょう(逆にして裏にしても良い)。「硬くない→ナイトじゃない」となり、「もしXが硬くないならば、ナイトじゃない」となります。
論理学においては、対偶関係にある命題の真偽が一致することが知られています。たとえば元の命題「ナイト→硬い」が真であるならばその待遇である「硬くない→ナイトじゃない」も真であることがわかっています。数学ではこの性質を利用した対偶論法を使って証明が行われる場合もあります。
またもう一つの特徴として、元の命題の裏や逆の命題は、元の命題から真偽を判断できないことがわかっています。つまり、元の命題が真だからと言って、その命題の裏や逆の命題は真であるとは限りません。つまり別の情報を導入しなくてはもとの命題の裏や逆は、真偽が定まらないのです。
そのため、ある人が「ナイト→硬い」(真)を主張したとき、対偶の性質を用いて論理的には「硬くないのは→ナイトじゃない」(真)を主張したことになります。しかし、逆である「硬い→ナイト」や裏である「ナイトじゃない→硬くない」の真偽についてその人は言及していませんし、情報が不足しているので、その真偽を論理的にも導出できません。
なお情報不足については、裏・逆・対偶以外の操作をした場合も同様のことがいえます。たとえば矢印の前側だけ否定する「ナイトじゃない→硬い」などなど。
以上を再度まとめます。「対偶関係にある命題の真偽が一致する」のですが、それ以外の操作によって作られた命題の真偽はわからないのです。
つまり論理的に考えれば、ある人がとある命題が真(偽)であると主張したとき、その命題自身の真偽やその対偶命題の真偽を批判することは問題ないのですが、それ以外の操作をして生み出した新しい命題をその人の主張として批判するのは完全に的外れとなります。だって、その人はそんな主張をしてないんですから。
言い換えると、「A→B」(真)という主張をした人に対して、「A→B」「〜B→〜A」の真偽について議論をしかけることは問題ありません。様々な証拠を持ち出すなどして論破してやりましょう。
しかし、その人が言っていない逆「B→A」、裏「〜A→〜B」、それ以外の「〜A→B」「A→〜B」・・・などなどを勝手に作り出し、その人が言ったとして議論をしかけるのはおかしいなことですよね。論破以前に、その人はそんなこと言ってないんですから議論が噛み合うはずがありません。むしろその人からすればただのイチャモンですよね。
- 批判者「裏を返せば、自分以外の子供は愛さないというのか!!!」
教師の主張は「自子→愛す」(真)なので、その裏である「自子じゃない→愛さない」なんて主張してもいなければ意識すらしていませんよね。そんな言ってもないことを捏造されても困ります。「それはあなた(批判者)の意見ですよね」
実際のところ、自分の子と同様ではないかもしれませんが、先生として教え子を愛することは普通にありえることですし、この教師も両方の愛し方を同時に行っているのかもしれません。(なお、本当にそうかはわからない。あくまで未定)
- BLM支持者「黒人の命は大切です」
- 批判者「裏を返せば、黒人以外の命は大切ではないというのか!!!」
BLM支持者の主張は「黒人命→大切」です。その裏である「黒人命じゃない→大切じゃない」は主張していませんし意識すらしていません。言ってもないことを捏造して批判されても困ります。「それはあなた(批判者)の意見ですよね」
実際のところ、黒人の命は大切だし、それ以前に黒人であるかどうかに関わらず人の命は大切であるというのが普通の考えですよね。どう考えても揚げ足取り(しかもエア揚げ足)です。
- 弔辞「いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか」
- 批判者「「いのちを失ってはならない人」。この言葉は裏を返せば「いのちを失っても惜しくない人」がこの世に存在することを意味してしまう」
弔辞におけるありきたりな表現なので、これを主張しているというのはかなりずれているような気もしますが、「いのちを失ってはならない人→存在する」という主張と今回はあえてみなしましょう。
批判者は「いのちを失ってはいけない人ではない→存在する」であると拡大解釈して批判しています。でもこれは、裏でも逆でもないしもちろん対偶でもありませんね。そんな無茶苦茶な操作によって作った命題を、主張したものとして批判するのはさすがイチャモンが過ぎます。まったく論理的ではありません。裏ですらないんですから。
裏や逆の操作を使って特定の命題から新しい命題を増やし、話題を広げるのは日常的によくやることです。
日本語の「裏を返せば」「逆に言えば」は、無理筋な強弁へと通じることもあるから注意しないといけません。もちろんその強弁を面白さとして昇華させる文学的なテクニックもありますが、かなり高度なテクニックですよね。
自著において自分の主張を展開するときに裏逆などを使うのは自己責任だから良いけれど、他人の主張の「裏」「逆」をとってそれを主張したものとして議論するのは避けるべきです。
たとえば自著で自説を書くはじまりに、「現代は情報化社会であることは衆目一致するところであろう。だが裏を返せば現代以前は情報化社会でなかったことを意味する」みたいな強引な論理展開をしたとしましょう。当然ながら命題の裏の真偽は未定なので、これは穴だらけの強弁です。この主張を正しいとするために、それ以降に様々な証拠を挙げ証明をしなくてはいけませんよね。
他人の発言を批判をするときに、「その発言の裏を返せば(を逆に言えば)、○○○ということを意味しており、それは良くないことだ」のような論法を使う人がいます。
これは全く論理的ではありませんし、言ってもいないことを勝手に捏造してまくし立ててくるのは、議論のやり方としてフェア(公平)ではありません。
そのような論法を使ってくる人がいたら厳重に注意しましょう。また自分でも「裏・逆の非論理性の罠」に引っかかって批判のロジックを組み立ててしまわないように注意しましょう。
今後、「裏を返せば」「逆に言えば」という論法で、言ってもいないことを言ったこととして一方的に批判をしてくる人が出てきたらこう返すと良いでしょう。
「私の主張を勝手に裏にしたり逆にしないでください。それは私の主張ではなくあなたの主張ですよね。もっと論理的な批判をお願いします」
いえ、私の方もかなり情報不足な書き込みの割に「マザコン」という強烈なワードを使ってしまったので…。
そうですね、頑張れちゃう人と言うといい人ですよね。
旦那は私が少し微熱っぽいってだけで深夜にスーパーに自転車を走らせてゼリーや栄養価の高い食材を買ってきて食事を作ったり、恋人時代も私と電話越しで喧嘩しただけで深夜に自転車で私の家に来て謝るような、少し献身が過ぎるような人だということを増田さんとのお話しで気づきました。
私が心底驚いて「何しに来たの?」と聞いたら「喧嘩しちゃったから。ごめんなさい。ていうか"何しに来たの"って何!冷たい!顔見に来たに決まってるじゃん!」という会話をしたのをよく覚えています。
この時点で私(薄情で淡白)、旦那(情に厚く献身的)な真逆の気質があることに気づくべきでした…。
私が人生で二人目の恋人らしいのですが、付き合った当初からそんな感じだったので、それを踏まえると30年一緒に過ごした母親を今の状態くらい大事にするのは自然なことですね…。
旦那は実父の自殺によって、大事な人間が自分のケア不足によって消えてしまうこと(死ぬことや疎遠になること)を恐れている様に見えます。
そこまで献身的にならなくてもいいのにな、むしろ義母があんまり感謝してないどころか当たり前みたいな顔してるの全然納得いかないな、と私は思うけど、本人は献身的になった方が気楽なのかもしれません。(肉体的にはかなり疲れてるので心配なのです)
ここら辺は私という薄情気質を持った第三者が、負担を分け合いながら旦那が疲れないようバランスを取る役割も少しずつやっていきたいです。
なんだかすごく心境が落ち着いてきました。増田さんのお陰です。
過去の話を持ち出してもどうにもならないのもその通りですね。
義母がヒステリックに旦那に声を上げていると、旦那が諦めたような、無の表情でそうだねそうだね、と聞いてる状態を見ると「ここまで支えてくれた息子によくもそんな言い方」と思ってしまいます。
過去を持ち出したくなってしまうのも、義母がヒスを起こしてしまうからなので、なるべく義母が穏やかに過ごせるよう私からも色々気遣い出来るように頑張ってみます。
旦那一族は大体、子育てが落ち着いたら二世帯住宅を建てて暮らすので、一緒に暮らすのは前提と思って今から関係作りをしてみようと思います。
そうなんです、旦那は正直なところ実母には呆れているところがあります。
でも本人の気質と、また異性親であること、自殺で父を失ってるという三点で、嫌い・気が合わないけど愛はあるんだと思います。
これも関係あるかわからないのですが、前の彼女さんがどんな人だったか聞くと、ヒステリックで毎日のように細かいことで怒られ、仕事がある日も深夜まで詰められたり、奢られて当然、プレゼントも倍額返しが当然、といったタイプだったそうで、内心なんだか義母に似てるなと思いました。
その彼女とは5年交際してたらしいのですが、ヒスられすぎて交際2年で彼女だけEDで通院し、バイアグラを飲んでもだめで、かつ一方的に詰められると意識を失うように寝てしまうという特異な体質になってしまいました。
なんでそんなのと5年交際してたか聞くと、惰性かつ放っておけないという理由だったそうです。
最終的にはEDによるレスと、将来的には夢を叶えるために転職がしたいと伝えたら将来性がないと言われ、彼女からフラれるというオチでした。
どうにも、行動や思考を女性にグリップされやすいタイプだと思うので、収入や生活力は私の方があるのですが、今度は私自身がモラハラを起こさないように慎重にコミュニケーションを取らないといけないな、という気づきも得ました。
高齢者の認知は今更変わらないから接待と割り切って、という言葉すごく腑に落ちました。
そうですよね…。腹が立って一矢報いるぞと言い返してもただ関係悪化するだけの未来が見えます。
義母からしたらぽっと出の息子と同い年のガキに何か言われるのも癪でしかないでしょうし、火に油を注ぐだけですよね…。
とりあえずは関係良好で義実家と最後まで過ごすことを私が現時点で望んでいるので、ゆっくりですが旦那と義母、ふたりのペースや距離感については一旦静かに見守ろうと思います。
長々とありがとうございました。