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2015-12-27

ファフナーEXODUS最終話

最終話まで来て分かり合えない人類軍と竜宮島の面々。

さらに憎しみを吸収しきって人類絶対殺すマンになったフェストゥムのベイグラントに操られるジョナミツさんとの戦い。 

さら宇宙からやってきたアルタイルとの対峙

他にも真矢とかジミーとかみうと弓子さんどうするのとかもういろいろいろいろ。

終わるのかこれと思ったら本当に終わりやがった。しかも前半15分くらいで。

まず人類軍との決着は一瞬でついたな。 前回でギャロップばあさんがデレたらあとは早かった。 くそバーンズに割く尺はねえから!って感じが露骨で笑ったよ。

ジョナミツ&ベイグラントとの終わり方はなんかこうもっとなんとかならんかったんかと思うが仕方ないのか。っていうかジョナミツは結局どうなるんや。

アルタイルとの決着の付け方はランスシリーズにおけるくじら対処を思い出した。ここが限界ではあるが無理に解決するよりずっといい。ガンダム00のアレよりはフェストゥムはずっと食い込んできたし人間サイドもギリギリのところまで踏み込ませて耐えきってみせたの悪くない。 フェストゥムとはなんだったのかは皆自分でかんがえろちゅうことで。そーし由来のコアが対話きっかけを作ってくれるのかどうかとかもうその辺りは視聴者それぞれが想像力はたらかせるしか

ああそれにしても織姫や芹の最後イブバーストエラーを思い出すな。マヤコさんの最期はそのあとプレイヤーを10年以上引きずらせたがファフナーの終わりを見た人たちはやはり10年くらい引きずるかもしれないね乙姫織姫のことをどうか忘れないでやってほしい。

そして残ったのはこのメンツか。想像以上に少なかった。本当に過酷な道のりだったなあ。溝口さん出てこねえと思ったら最後まで美味しいところを持っていくのでほんとにワロリンヌ。


しかしなんといってもまやだよ。明らかに一番いろんなもの背負わされてもう感情ぶっこわれたかに見えた真矢最後に涙を流したシーンは本当に素晴らしかった。でも全然足りないぞ。頼むからの子幸せにしてやってくれよおおかずきいいい。なんでラストシーンにまやおらんねんかんべんしてええ。みうちゃんもこんな年でみりあを越える圧倒的なバブみ発揮してたけど、本当はそんなことしなくてもええんやで。そんなにはやく大人にならずちゃんと大人に甘えて生きるんだよ。




一応ケリはついたといえばついたけれど、生き残ったみんなのその後が気になりすぎるしこれで終わりとか言われると耐え切れないので劇場版頼みます。まじでこれで終わりとかいろいろと生殺しだよ助けてくださいお願いしま

2015-12-18

ゆとり世代 VS スターウォーズ エピソード

初カキコ…ども…

結論から言うとね、

まあ、シビレましたよね。

とてもたのしかったです。

良くも悪くも様式美っていうか、ツボをよく抑えてら。

ツッコミたいことは一杯ある。

あのライトセーバー何やねん とか。

キャプテンファズとは何だったのか とか。

上映中はゲラゲラ笑いながら見てた。

ラストシーンとかも「テラシュールww」みたいなテンションだったんだけどさ。

帰り道、急に涙止まらなくなってびっくりしたよね。

会社でどんなにこき下ろされても泣かなかったのに、ボロ泣きだよ。

あいつら卑怯、思い出にダイレクトアタック仕掛けてきやがる。

生き別れの幼馴染みに再会したような、もう理屈じゃねんだよっていう動揺。

自分なんて2002年GW金曜ロードショーでハマった口だから

新章で育ったゆとりSWファンだし

なんならエピソードⅡが今でも一番好きだけど

魂揺さぶられたよ。

ゆとりSWファンでもこれだからね。

子供時代にタトゥイーンの太陽を見た人は、何を感じた?

とても気になる。

おじさん達、語ってくれよ。

2015-10-05

本当は恐い「ここさけ」

「心が叫びたがっているんだ」を観てきた。てっきり平凡な青春もの作品だと思っていたら大間違い。一筋縄でいかない緻密な描写裏付けられたとんでもない傑作だった。

この作品の凄みについて説明するには、素直な鑑賞方法の「青春ラブストーリー」としての軸と、「核家族ホラー」としての軸の二つのから読み解いていく必要がある。

核心はもちろん「核家族ホラー」にあるのだけれど、まずは「青春ラブストーリー」としての軸から順を追って解説したいと思う。当然ながら以下の文章物語の核心に触れるものなので、未視聴の方は注意していただきたい。

個人的にはネタバレのために面白くなくなる類いの作品ではないと思っているものの、まっさら気持ち作品と向き合うチャンスはとても貴重なものだと思う。

青春ラブストーリー」としての「ここさけ」

まずこの物語は、地元神様存在から呪いを受け、声を失った主人公成瀬 順)というちょっとしたファンタジーから始まる。

最終的にはこれは本人の妄想に過ぎないということが解き明かされるのだけれど、どちらにせよほぼ全くしゃべることができないという現実には少し考えにくい境遇の人物を軸に物語が回る。

ある日学校交流会、有り体に言えば文化祭的なイベント実行委員担当教官から強引に主人公が抜擢される。

抜擢されたのは合計4人で、実行委員になったのは主人公に加え坂上 拓実、仁藤 菜月、田崎 大樹の3名だ。

いろいろあって主人公たっての希望により、交流会の出し物をミュージカルとし、紆余曲折ありながらも4人力を合わせて交流会を成功に導く。というのが大まかなあらすじになる。

ラブストーリーとしては、成瀬は坂上に思いをよせるものの、中学の頃から相思相愛の仁藤という存在があったため、成瀬の恋は片思いに終わり、最終的には実は成瀬に思いを寄せていたダークホースの田崎が彼女告白する。というところで終演した。

田崎×成瀬

ここでひとつ初見で思いがちなのは、「田崎の告白がとってつけたもののように感じる」ということ。片方がくっついた一方で余りの二人がくっつくという、平和ラブストーリーを決着させるありきたりな手法に思えるし、実際そうなのだけれど、田崎の告白自体はしっかりと序盤から布石がちりばめられていた。

田崎はかつて平凡なチームの一つに過ぎなかった野球部に「甲子園を狙えるかも知れない」と夢を抱かせるほどのスーパーエースだったが、腕の負傷により選手生命を絶たれた男だ。性格運動部らしくまっすぐ筋を通すことをよしとするスポ根思想を持っている。

その田崎と引きこもり一歩手前の成瀬というカップリングは奇妙ではある。しか物語でのファーストコンタクトの時点から彼女は彼の心を動かし続けていた。

まず田崎が実行委員参加に消極的な当時、交流会の出し物を決める学級会議成瀬をひどく侮辱するシーン。

このとき田崎は完全に成瀬を見下しており、くだらない存在と思っていた。しかし、そこで突然成瀬は歌い出し、彼女ミュージカルをやる実力があることを証明してしまったのだ。

このあと、田崎は珍しく部活動の参加をせず帰路につく。

彼女侮辱したとき、同時に田崎は坂上から侮辱をうけており、それが原因にも思えるが、結末から逆算すればここはそうではなく、成瀬の行動に胸を打たれてのことであったのだと考える。

ひどい侮辱を受けても胸を張り、自分の実力でそれをはねのけてみせる。

前述の通り、スポ根の田崎にとって、これほど評価に値する行動はないのではないだろうか。自分が見下していて、それも真っ向から侮辱した相手にそれを見せつけられたとき、田崎は今の自分自身の姿と初めて直面したのだ。「あんな立派な彼女に対して、今の自分の情けなさはなんだ?」といったところだろう。

この後の下校シーンで田崎が仁藤を誘うというシーンが挿入されるため少し混乱するが、これはおそらく「チア部部長野球部エースがつきあうという伝統」と、仁藤が女性的に魅力があったからという単純な理由による、破れかぶれの軽口だったと考えている。田崎は最初から仁藤については恋愛感情は抱いていない。演技や描写的にも、私には一番腑に落ちる解釈だ。

次にファミリーレストラン会合中、田崎が野球部の後輩と居合わせ喧嘩になるシーン。

ここまで説明すれば明白だが、このとき田崎は成瀬に助けられてしまう。成瀬は「いなくなれ」と侮辱された田崎を必死で庇う。言葉を発するとひどい腹痛にみまわれるというハンデキャップを負っているにもかかわらずである。(実際成瀬はこのために病院に運び込まれることになった)

ここで田崎の恋心は確定したといっていい。

またも彼女は田崎の最も評価する行動を取り、かつそれは自分を庇うための行動であったということ。尊敬に値し、同時に自分を気遣ってくれる存在。もはや恋に落ちるには十分すぎる条件ではないだろうか。

もう一つの

その後田崎は実行委員積極的に参加するようになった。そこで野球部外の生徒との交流を通して、野球以外の世界自分のかつて見えていなかった部外の生徒の特技や良いところにふれることで、次第に心を開いていくことになる。

ある日、実行委員活動から帰路につくとき成瀬と田崎が二人きりになることがあった。そこで田崎は彼女に今までの無礼を詫び、野球以外の世界を教えてくれた成瀬に礼を言う。ここでついに告白でもするのではないかとハラハラしていたが、それはラストシーンまでお預けとなる。

ところで、「ここさけ」のメインストーリーとして、片思いに終わるもの成瀬の坂上に対する片思い結果的彼女世界を隔てる卵の殻を破り、彼を失う代わりに新しい世界へ足を踏み出すというものがある。

その第一歩が田崎の告白に他ならないのだが、その田崎自身も、野球という卵の殻に閉じこもっていたと考えることができないだろうか。

坂上は終盤直前まで主人公同然の露出率で、意図的に組まれミスリード存在であったが、実は恋愛ものとしては同じテーマを抱えた田崎×成瀬こそ主軸のカップリングであったと言えると思う。

その証左として、終盤の「あこがれのお城」での坂上と成瀬のシーン。

成瀬がため込んだ思いを自分の声ですべて坂上にぶつけるあのシーンで、坂上は誠実に聞きに徹する。とても凝った演出純粋に感動的なシーンではあるのだけれど、私は別の意味でもひどく感動を覚えた。

成瀬言葉を一つ一つ受け取っていくたび、坂上の存在だんだんと小さくなっていくように感じたのだ。それまではまるで主人公のように振る舞っていた彼だが、すべてのやりとりを追えた後にはその影はまったく消え失せている。ミスリード主人公として、成瀬の思い人としての役目を終える瞬間だった。最後に残ったのはただのモブ同然の男子生徒。その後のミュージカルのシーンでは王子という準主役の役目を演じるにもかかわらず、抜きで映し出されているのは成瀬で坂上は声しか聞こえない始末だった。これではDTM研のふとっちょ以下ともいえるだろう。

女性は終わった恋に対して淡泊と言うが、その心理を如実に表しているようにも感じる。ニセの主人公だったのにもかかわらず、ここまで主役のように劇中でふるまってきたのは、恋をしている成瀬フィルター越しの演出だったのではないかとも解釈できる。

坂上の涙の謎

さて、青春ラブストーリーとしての他のカップリングについては、劇中で直接的描写がされているため省く。

次に「核家族ホラー」としての「ここさけ」を解説したいと思うが、その前に一つ念頭に置いておいてほしいシーンがある。それは先述にもあったが、「あこがれのお城」でのシーンだ。

成瀬は坂上に泣きながら言葉をぶつけていた。失恋の結果だし、この感情表現に対してまったく違和感はない。

しかしそれを受けての坂上の涙。これはどうだろうか。

「思ったことを言葉にする成瀬の姿に感動した」というような事を言っていたし、その言葉に偽りはないとは思う。しかし、その説明ではあの涙の十分な説明にはなっていないのではないか?と疑問に思った。ある意味事実に沿ってはいるだろうものの、本質をかすめてはぐらかされたような気持ちになった。

しかしこの疑問は、成瀬と坂上、二人の家庭環境について読み解いていくことで明らかになる。

以下につづく

http://anond.hatelabo.jp/20151005180500

2015-09-15

2chまとめにまとまるような作品ばかりのオススメ映画まとめに価値はない!

いまさらトリアーとかハネケとか教えてもらわなくても情強はてなユーザー様はご存知なんだよっ!!

お前たちが求めているのはもっと最悪になれる、もっと最悪な映画だっ!

ということで俺が「後味最悪のオススメ映画ベスト10」をお前らに教えてやるッ!

三行でなっ!

10位!『ウォーム・ボディーズ

 表層は青春ピュアラブストーリー meets ゾンビ映画だ!

 しかし、見てくれに騙されるな!!!

 ラストシーンに込められた「おれたち」への悪意を読み取ったとき! この映画は最悪の後味に変わる!!!

9位!『灼熱の魂』!

 (明示はされないが)レバノンあたりの混乱を背景に綴られる亡き母の悲劇の個人史!

 必死に生き抜こうとした女性の前にある日つきつけられる残酷で俗悪な真実を前に震えろ!!

 西野カナみたいに!! 西野カナみたいに!!!

 イヤ映画帝王ドゥニ・ヴィルヌーヴだと『プリズナーズ』も最高に後味がというかむしろ咀嚼してる最中から最悪でいっそ気持ちいいぞ!!!

8位!『ナイトクローラー』!

 なんとただいま絶賛公開中! まだ見てない不届きものは今すぐ観ろ! 金券屋でチケット買ってでも観ろ!!

 爬虫類じみたヤバイ目つきの底辺サイコパスが圧倒的成長(笑)を遂げて社会的成功する物語、といえば聞こえはいいかもしれんが、実際のところはヤバイやつがヤバイ手法のし上がっていくピカレスクロマンだ。

 一切共感を呼ばない人格主人公が次々と成功を手に入れていく様は『ウルフオブウォールストリート』と並んで「でも今エスタブリッシュメント以外で金持ってるやつらって、ほどよくこういう感じだよな……」というよくわからない諦念を催させて最高に厭な気分になるぞ!!!


7位!『祇園の姉妹』!

 きたあああああ!!! 日本からは厭な映画帝王(二人目)にして、世界に冠たる巨匠溝口健二エントリーだ!

 おっとりした姉とイマドキで要領のいい妹、ふたり芸妓はんがそれぞれに自分たち幸せ希求するんだけど……というお話

 ラストの妹(当時十九歳の山田五十鈴のしぼりだすような怨嗟は、昭和一年から戦争をぶちぬいて現在まで届く、重い重い叫びだ。

6位!『人間の條件六部作!!

 六部作計9時間30分の大河映画! その9時間30分のあいだただひたすら主人公が、善きことをなそうとして裏目裏目に出まくるというイヤ展が続いていくぞ!

 厭な気分にひたりたいときにはとにかくこの映画だ! どのシーンを切っても最悪な気分になれること請け合い

 もちろん、無常感溢れるラストあなたに最悪の後味を約束するぞ!!!

5位!『STAND BY ME ドラえもん!!!

 みんな大好きドラえもん3Dバージョンだ!!

原作の感動話を忠実に繋げたら、のび太が惚れるに値しない最低のクズ野郎になりました!」とF先生原作から感動を否定しにかかるまさかの展開。ドラえもんで育った一億二千万日本国民の皆様は「おれたちは今までこんなクズ野郎冒険ドラマに涙していたのか……」と厭な意味で泣けてくるぞ!

 これこそが21世紀の「ドラ泣き」だっ!

4位! 『カティンの森!!!

 厭な事件ファンのみんな! もちろん「カティンの森事件は知ってるよね??? 知らなきゃググろう!

 要約すると、ある日とつぜん隣国侵略され捕虜と鳴った弱小国軍人たちが、森のなかで食肉のごとく「「「処理」」」」された凄惨虐殺事件だ!

 その事実を踏まえたうえで!どういうラストシーンになるか予想してほしい!予想しまたか???

 どのくらい厭な気持ちになりましたか???

 その厭な気持ちを二百倍ほど濃くした後味をあじわえるのが『カティンの森』です!!!

 

3位! 『忍者ゾンビ!!!

 人生墓場ゾンビ映画!!! アーサー・C・クラーク法則を軽やかに超越して99.9999999%の高確率でどうしもようない駄作を量産しつづけるこのジャンルが生んだリーサル・ウェポンがこれだ!!!

 実写版デビルバン』はまだいい……知名度があるぶん、他の人達とクソさを笑いながらシェアできるからコミュニケーションになるから

 しか!!!まず断言してもいいがこの『忍者ゾンビ』はお前の周囲じゃひっっっっっとりも観てない!!!感想を共有できない!笑いあえない!!!!まさに最悪さがその後の人生で何十年にもわたってつづいていくのだ!!! 「あの地獄を味わったのはおれだけなんだ……」という嘆きとともにな!!

 マイナーソ映画にぶちあたったときのやりばのない絶望! それを一人で抱えて生きなければならないときのやるせなさ! あえて内容は説明するまい! 『忍者ゾンビ』は究極のマゾ映画だ!!

2位! 『ブラック・シー

 今年公開された映画では指折りの「後味最悪」映画だ!

 一攫千金サルベージをあてこんだおんぼろ潜水艦密室で、憎しみいがみ合うクルー(全員元無職)たち!

 そんな部下たちを「本当の敵は『やつら』なのに……」とはがゆい思いで仲裁する船長

 次から次へと襲いかかるエクストリームな困難を、犠牲を払いながらも乗り越えていく彼らだったが……

 いったい誰が悪いのか! 生まれた俺が悪いのか! 生まれ社会が悪いのか! 何もしないで生きていくならば、それすら容易くないのが現代格差社会!!!!! 絶望しろ!!!

 本当はちょっとだけ後味いいです。

1位! いいかげん気づいてきたな! これはランキングではない! おもいついた順におもいついた映画をおもいつきで並べているだけだ! 

そういうわけで、いいかげんネタもつきてきた!! そもそもおれはそんなに映画詳しくないぞ!!!! 普通にミリオンダラー・ベイビー』とかすすめるブロガーとして生まれたかった……

 最悪中の最悪の後味を残す映画は、あなたの心のなかに……



 どうしても何か決めろってんなら、『ミスト』ってことで。

2015-08-29

ジュラシックワールドの良かった所【ネタバレ有り】

これはファンがヲタク叫びをあげているだけです。

既に映画を見た人に対して、ただただ伏線やシーン描写を語りたいだけであり

まだジュラシックワールドを見てない方は想定していません。

お願いですから映画を見ずに読まないでください。良い映画です。

特にジュラシックパークⅠを見てから見ると更に良い映画です。

できればⅢも見てからの方が良いです。

また不正確な内容がありましたら是非ご指摘くださいm(_ _)m

ⅠⅡⅢⅣといった表記はそれぞれ

1作目:ジュラシックパーク

2作目:ロストワールド

3作目:ジュラシックパーク

4作目:ジュラシックワールド

を表しています

Ⅰ~Ⅲと比較してみて普通感想

ちょっとテンポが落ち着いているように思います

今までは次から次へと恐竜に襲われていましたが、今作は説明などの間がありました。

しかしそれでも迫力不足ということもなく、あっという間に観終わってしま作品です。

きちっと説明してほしい自分としてはかなり好評価バランスの素晴らしい作品でした。

怒涛のパニック映画を求めている人からするとこの進化ちょっと違うのかもしれません。

ここから下はジュラシックワールドの良かったところを書きだしてみます

最強の恐竜決定戦

男の子思考では「最強は何!?」というのは非常に重要問題です。

ⅠⅡでは間違いなくそれはティラノサウルスレックスでした。

(ⅠではT-rex絶対王者でしたがⅡでは人間挑戦者です。)

しかしⅢではスピノサウルスに更新されます男の子的には

「スピノサウルスの方がでかいし、口もでかいし、背中にトゲ生えてるから、つえーし!」

って感じですね。(これに対する反論も多くありますが。)

今作で最強恐竜の座が何になるのかは恐竜好きとしては注目でした。

もちろん本命は「遺伝子組み換え恐竜:インドミナス」です。

でもちょっとそれは存在しないものを連れきてズルいです。

ジュラシックパークの「自然は偉大」というテーマに反してますしね。

インドミナスT-Rexに負けたら今作に出ていないスピノサウルスの方が強かった!って話になってしまます

そこでモササウルスですよ!

ライオンが一番強い」、「虎の方が強いよ!」「いや狼も複数いれば強いよ!」

って言い争ってる時に

シャチの方が圧倒的にでかいし、つえーし!」

と言われたようなズルさは感じますが、自分的には納得です。映像インパクトに持ってかれました。

小学生男子の「最強は何?」にきちっと答えたくれた点でとても高評価です。

そういえば終盤でティラノサウルスが登場するシーンで破壊されている骨格はスピノサウルスの物らしいですね。

Ⅲでの敗北に対するリベンジでしょうか。

Ⅰを思い出すこと色々

Ⅰと同じヌブラル島が舞台です!

(ⅡとⅢはソルナ島:サイトBであり共通の建物などが出て来ません。)

ツアーに出発するメインゲートはIと同じデザインですし、

ザックとグレイ兄弟が森の中で発見する廃墟は正にⅠのゲストセンターです!

建物に入ってすぐの広間はⅠのラストシーンを飾った場所であり、

T-Rexの前をジュラシックパークの旗が落ちていく美しいシーンが思い出されます

泥の中に落ちていた旗は22年前のあの日からこの建物が手付かずで朽ちて来たことを感じさせます

壁に描かれたラプトルの絵もIではその直後に本物のラプトルが登場したので少しドキドキ。

その後ガレージ?でグレイ緑色の派手な暗視ゴーグル発見しますが、

これはⅠのT-Rex初登場時に男の子がかけていた印象的なゴーグルですね。

ガラス越しに子供二人が恐竜に食べられかけて絶叫するシーンも、ガリミムスが走っていくシーンもⅠで印象的だったシーンですね。

ラプトルがホスキンンスを殺害した後、オーウェン達が建物から飛出し、別のラプトルに挟まれまれしまう万事休すなシーンですが、

これもⅠの最後と同じ状況です。IではT-Rexラプトルを薙ぎ払ってその隙に脱出しますが、今作はラプトル和解!大きな変化です。

赤い発煙筒

今作でクレアT-rex誘導に使う赤い発煙筒ですが、

これはⅠでグラン博士マルコ博士がそれぞれT-Rexの注意を引くために使ってましたね。マルコ博士は失敗してましたが。

どこからそれが伝わったか分かりませんが、今作では山羊T-Rex誘導する際にも使われており

Ⅰのパークの改善点がきちんとワールドに反映されていることがわかります

Dr.ウーとMr.DNA

Ⅰと共通して登場してるのはこの2人だけですかね?

Mr.DNAボール集合体のようなDNA擬人化キャラクターです。Iでも子供向けの技術解説役だったと思いますが今作でもちらっと登場しています

Dr.ウーはぶれないイイキャラです。Ⅰでは遺伝子操作技術100%信用し、恐竜から子供は生まれないと断言していましたが、あえなく失敗。

にも拘わらず今作でもⅠと同じ笑顔遺伝子技術の説明をしてくれます

彼の言う「猫も立場を変えればモンスターだ」というセリフや「私はマッドサイエンティストか」というセリフ

実に科学者が言いそうなセリフだと思います。(これは悪口ではなく共感です)

ホログラムのディロフォサウル

エリマキトカゲのような見た目で毒を吐くディロフォサウルスはⅠでネドリーを殺した印象的な恐竜です。

(※ネドリー:Iで事故引き起こし張本人の太っちょ。)。

本作ではホログラムで登場です。弟のグレイ君がラプトルから逃げるときホログラムを起動しラプトルを足止めします。

遺伝子組み換え恐竜は悪くない

今作が単純な「悪の残虐な人工生命VS善の自然生命」という形になっておらず良かったです。

インドミナスの残虐さは人工的に作られたことよりも「一匹で育てられ社会性がなく,幼いから」という理由で語られています

作中で一応「人工的に作られた生命不安定だ」と語られていますがそのぐらいです。

インドミナスレックス擬態

インドミナスが脱走して,追っ手の警備隊が森で剥ぎ取られたGPS発見後,森が何度も映されます

突然森が動きだし森に擬態したインドミナスが現われるのですが,このシーンは単純にビックリするだけではなく,

「今まで散々映った森にインドミナスがいたの!?」という驚きを提供してくれます。僕はこのシーン好きです。

ハモンド氏とマスラニ氏との違い

Iの社長ハモンド氏も今作の社長マスラニ氏も2人揃ってトラブルメイカーですが,2人とも僕は好きです。

子供のような純粋さでジュラシックパークを作ってしまったハモンド氏ですが,マスラニ氏には多少大人の責任感を感じます

勝手に色々遺伝子組み換えしたDr.ウーを叱責したり,インドミナス対策の指揮をとったりと大人な感じです。

ただ指揮の取り方が残念です。あっさり作品中盤で亡くなったシーンでは結構ショックでした。しかも死因恐竜じゃないし......。

長文にご付合い頂きありがとうございました。

他にもジュラシックワールドについて長々と書いた日記貼っときます

ジュラシックワールド事故再発防止案 http://anond.hatelabo.jp/20150826185435

ジュラシックワールドラプトル  http://anond.hatelabo.jp/20150829170349

2015-08-26

ジュラシックワールド事故再発防止案【ネタバレ注意】

ジュラシックワールドを見てきました。素晴らしい映画です。

まだ見ていない方は是非とも見てください。

このエントリ映画を見てること前提で語ります

前作が公開されたとき,僕はまだ子供でしたが,この14年で僕は工学系の大学院も出て就職し色々知恵がつきました。

その結果,この「ジュラシックワールド」という愛すべきテーマパーク設計に様々な問題を感じました。。

無粋なのは承知ではありますが,今回の事故を踏まえ,設計問題点改善点を列挙していきたいと思います

「その設計がどの程度駄目であるか」を駄目度0~5の6段階で表します。☆3くらいから本番です。

ラプトルの檻への落下防止が甘い 駄目度☆   豚が脱走したあとに新人が豚を棒で救出しようとしてラプトルの檻に落ちた

これは新人マニュアル不徹底の可能性もあります

改善案として「落下防止柵を高くする」とか安全帯を付ける」等が考えられますが,

一般的水族館動物園でも本施設と同程度の対策なのも考慮すべきです。

豚には悪いですが今回事故の直接の原因となった豚救出用の棒(?)は廃止する必要があると思われます

赤外線センサを過信 駄目度☆☆   インドミナスが脱走したと思ったら脱走してなかった

海軍オーウェンが「赤外線センサを欺くなんて」と驚くシーンがあるので、

施設赤外線センサはかなり信用できる技術なのでしょう。

しかし、まずは目視や他のセンサなどを使って安全確認してから檻の中には入りましょう。

要、安全マニュアル改善

GPSインドミナスの檻前で確認できない駄目度:☆☆☆   インドミナスが見当たらないのでGPS情報確認したら檻の中にいた

これはひどい警備隊メンバーは腕にインドミナスGPS情報確認端末を付けているのですが、

なぜインドミナスの檻前に無かったのか。なぜ中央管理室まで問い合わせないとGPS情報が得られないのか。

部署恐竜GPS情報センサ情報を閲覧できる端末の設置が求められます

インドミナスの檻の大扉の開閉装置が檻の中にある 駄目度:☆☆☆☆   インドミナスの檻の監視員自分の身を守るためゲートを開けた

なぜインドミナスの檻の大扉(メインゲート?)が現場の内側から開けられるようになっているのか。

GPSではなく,こっちを中央管理からしか操作できないようにすべきです。

その点T-Rexの檻を中央管理から操作で開閉するのは良い設計です

しかしたらインドミナスの檻は一時的ものでまだ中央管理室と繋がっていないのかもしれません。

が、その場合でも警備員室などセキュリティレベルの高い所に開閉装置は設置すべきです

大扉の脇に勝手口がない 駄目度:☆☆☆

前項と関係しますが、大扉の脇に小さな勝手口を付けるべきです。

大体の建築物はそうなっています。そんなに壁の強度を下げるのが嫌だったのでしょうか。

大扉の脇に勝手口を作る,あるいは壕のような退避場所を作りましょう。

GPSを1つしか取り付けなかった 駄目度:0   インドミナス自力GPSを外した

GPSインドミナスに1個しか取り付けられてないのは故障考慮すると良くないんじゃないか、

と思ったのですが、以下の理由で僕も同じ結論に達しそうです。

・貴重な生き物であり何個も埋め込むことで負担をかけたくない。

故障については1つのカプセル中に複数独立したGPSをいれることで対応する。

・非常時を除いて基本的にはGPSには頼らない。

ラプトル系の賢い恐竜は埋め込まれGPS自力で外すことがあるという知見が

今回の事故で得られたため取り付け方の工夫(2つ付ける,深くつける等)が必要です。

何の遺伝子を投入したのか報告していない 駄目度:☆☆☆☆☆   暴走するDr.ウー

赤外線センサをかわすアマガエル遺伝子

体表の色を変化させ擬態するイカの遺伝子

霊長類以上の知能を持つラプトル遺伝子

ここらへんの情報警備隊と共有しなかったのが問題です。

作中語られていませんが、麻酔耐性や電撃耐性も獲得しているように思われます

(ⅡでT-rex麻酔が効くことは確認できてます)

勝手想像ですが、Dr.ウー達研究部隊ハモンド氏以来社長の直轄で自由が許されていたために、

それ以外のチームとの情報共有が行われていなかったのではないでしょうか。

社内の情報共有体制改善必要です

翼竜対策が甘い 駄目度:☆☆☆☆☆   翼竜から翼竜が脱走し一般客を襲撃した

ジュラシックワールドの良い設計ポイントですが、

お客さんの避難場所も兼ねた南の地区恐竜がいる北地区は分断されています

そのためラプトルが檻から脱走しても直接南地区に侵入してはこられません。

その例外翼竜園です。たぶん強化ガラスだと思うのですが、

これが破られるとダイレクトに南地区翼竜に襲撃されます

実際、今作では一般客にでた被害ほとんどは翼竜によるものです。

見た目は悪くなりますが、南地区上部に金網を張る、翼竜園の周囲に金網を張るといった対策必要です。

ジャイロスフィアソフトウェア 駄目度:☆☆

緊急事態なのに子供2人がジャイロスフィアでどこかに行ってしまった

外側が高速回転しても目がまわらないなど機械周りは凄い設計です。

アンキロサウルス&インドミナス破壊されてましたが,

おそらく小型のアパトサウルスに耐えればOKという仕様だったのでしょう。

しかソフトウェアに関しては駄目です。

緊急事態でも管理からジャイロコントロールを奪えず,お客さんの意思任せというのは頂けない。

またGPSを利用して危険領域にはゲートが開いていても入れないようにするべきでしょう。

(安全対策からはずれますが,恐竜が多くいる場所勝手

連れて行ってくれるといった機能も付加したいところです)

ジャイロコントロール管理から奪えるようにしましょう。

モササウルスが観客と近い 駄目度:?

ちょっと判断がつきかねるのですが、モササウルスと観客の距離が近い気がしました。

ラストシーンインドミナスモササウルスが海に引きずり込めるのですから人間も危ない感じです。

まとめ

ジュラシックパーク設立されたハモンド氏の時代から安全管理について学習していない...。

マスラニ氏は最高の構造工学技術者を呼んだと言ってましたが,

それ以前にシステム全体の設計者があまりよろしくなかった。

ぜひですね,この反省を元に安全性を増したジュラシックワールドを構築していただきたい。

僕は一度しか映画を見てませんし,原作小説もまだ読んでおりませんので,

間違い,勘違いなどがありましたらご指摘ください。

これ以外の設計改善案も読みたいです。

無粋な工学系の思考最後まで御付い合いいただきありがとうございました。

ジュラシックワールド最高です!!

2015-08-09

沸騰!武雄市図書館

とても楽しめました。

特にラストシーン前市長自らが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった。

2015-08-07

最近アニメランキング番組あんまないね

さすがにフランダースの犬ラストシーンとかハイジクララシーンは有名になりすぎたことに気づいたか

逆に深夜アニメランキングとかやったら面白いと思うんだけどなー

歌の大辞典だっけ?あんな感じで何年の何クールランキングとか。

局が違ったり版権やらで難しいか

2015-07-23

ニコ生が本気で「ホラー映画ファンを育てようとしている」

http://ch.nicovideo.jp/nhorror

あなたの周りに、20代後半から40代の、いわゆる「ホラー映画にうるさい人間はいるだろうか。

ラブロマンスSFサスペンスファンタジー冒険譚。数ある映画の中からとりわけ「ホラー映画のみ」に熱を向ける人間だ。

もしいるのであれば、その方に「なぜホラー映画を見るようになったか?」と聞いてみてほしい。おそらくはだいたい同じ答えが帰ってくるはずだ。

たまたま深夜につけたホラー映画面白かった』。間違いなく彼はそう答える。

ところでどういったわけか、2015年現在。深夜にテレビを付けてもホラー映画は「やっていない」。呪怨リングの新作が出るたび旧作が再放送される程度だ。

自由気ままなテレ東パワーもサメ特集限界である

鏡を使ってキャンディマンを呼んだり、ジェイソン宇宙打ち上げられたり、

世界ゾンビまみれになっていることに最後まで気がつかない酔っ払った男たちの映画は、地上波では流されないのだ。

血がだめなのか怖いのがだめなのか。とにかくやらないのだ。

ということでニコ生である

ニコニコ生放送では現在ニコ生ホラー百物語」と称して、夜9時前後からホラー映画モキュメンタリー毎日数本流している。

ラインアップを眺めると、確かに大半はアイドル主演の見る価値もない駄作や、明らかにやる気のないフリゲ実写化だ。

だが飛び飛びで「おっわかってるな」という作品があったりする。

ムカデ人間』の虜になったキ印の男が創りだした世にもおぞましい地獄絵図、ムカデ人間2」

おぞましさの中に光る鈍い倫理ラース・フォン・トリアーを思わせる映像技法で描いた、ビー・デビル

世界で初めて内蔵描写映画に盛り込んだ伝説の傑作、血の祝祭日

冒頭から女の顔をグチャグチャにする。風船ガムを噛みながら乳房をもみしだく女を後方から金槌で一撃。目玉を掘り出し、潰れたトマトのような顔面のあらぬところにねじ込む。ビルから飛び降りた女をこともなく自動車が引きつぶしていく。ゴアゴア・ガールズ」

シャム双生児の兄が巻き起こす殺人の恐怖を描いた「ヒルズ・ハブ・アイズ」「サランドラ」に並ぶ奇形カルトホラーバスケットケース」

極限の残酷描写解釈を生むラストシーン賛否の声を轟々と呼んだホラー史に残る大問題作マーターズ

そしてなにより、『暴力』以外に何もない見るもの全てを不快にする、スペイン一家監禁事件である

今までは「まーた『フッテージ』流すんかよ」というセレクションだったはずなのだが、これは明らかに「わかる」人間が選んでいるセレクションだ。

今のなまっちょろいテレビに「これを見習え」とは言わない。ただただこの洋画ラインアップを並べてくれたドワンゴの誰かにただただ拍手を送りたい。

「夜にたまたま見たホラー・スプラッタ映画」。これの代替になるコンテンツまさかニコ生になるとは思いもしなかった。

少しでも興味がわいたら、どうかたまたま見てほしい。国外映画については傑作だと断言できるものばかりだ。

しかし「スペイン一家監禁事件」を大勢で見れる機会なんてもんがくるとはなあ…。

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ここまで書いたあとで気付いた。このラインナップはどうやら「続・死ぬまでにこれは観ろ!」(http://korehamiro-kingvideo.com/)とのコラボらしい。

この企画を成立させてくれたキングレコードの誰か、あなたにも拍手を送りたい。

2015-05-29

最近見た映画戦争系多い)感想

恥ずかしながら、最近になって某ブラウザゲームにハマってしまって

今まで興味が全くなかった戦争映画ちょっと一気に見たので、その感想

連合艦隊

 つらい。着陸できない新人パイロットも送り出すのもつらい。一切何も報われなかったのもまたつらい。瑞鶴

沖縄決戦

 生々しい。すごく生々しくてつらい

硫黄島からの手紙

 栗林中将かっこいい

Uボート

 潜水艦ものものすごくハラハラキドキした。ラストがもうなんとも言えない…虚しい…でもなんか好き

スターリングラード

 寒い。とにかく寒そうで寒そうで寒そうでつらい

西部戦線異状なし

 学生がノリで戦争に参加したら……ラストシーンが美しくて悲しい

フルメタルジャケット

 ファミコンウォーズだ!進撃の巨人だ!とワクワクした!…前半は

戦場のピアニスト

 ずっとあちこち潜伏し続けるんだけど、見てて息苦しくなった。つらい

シンドラーのリスト

 超善人かと勝手に思ってたらそうじゃなかった。そこがよかった

男たちの大和

 なんか軽い

映画じゃないけどNHK戦争証言アーカイブス

 生々しくてつらい。補給すごく大事

・これも映画じゃないけど、NHKオンデマンドのその時歴史は動いた、ミッドウェー海戦悲劇

 慢心過信ダメ絶対……


戦争関係ないけどオススメで出てきたので見た

ミスト

 宗教BBA超うざい。ラストがつらい…

CUBE

 あれ、あってる?

メメント

 結果が先にあって原因が後からっていう構図がすごくおもしろかった。服着替えたのが謎

セブン

 20年前に見たらおもしろかったと思う。どこかで見たことのあるネタばっかりだった

2015-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20150513015435

そういう話するなら、自分が「心を動かされた」作品名上げていかないと駄目っしょ。

自分のをベストテン順位はつけられない)晒す

金子光晴『マレー蘭印紀行』

富士正晴『豪姫』

井上光晴丸山蘭水楼の遊女たち』(ラストシーンドラクロワの絵みたいっていつも思う)

大岡昇平野火

山本周五郎樅の木は残った

泉鏡花「眉かくしの霊」

・ブロンテ『嵐が丘

ティプトリーJr.接続された女

バロウズ『シティーズ・オブ・ザ・レッドナイト

ヴォネガットJr.スローターハウス5

次点は、

フィッツジェラルド『雨の朝巴里に死す』

久生十蘭『十字街』

中井英夫虚無への供物

泡坂妻夫『湖底のまつり』

…などなど。

三島谷崎も高校生の頃にほぼ読んだけど、心を動かされたというより、理知的な興味方向で面白かった。

知的な興味方向だと、大戦推理小説あたりがかなり入ってくる。クイーン、カー、新青年関連等々。

見ての通り、純文学vs.ラノベって軸は全然理解できない。

2015-04-12

アルドノア2期の感想

作品が悪いとは言わないが、私の好みに合わなかった。絶望的に合わなかった。


姫様を巡って二人の(自称騎士が争う話と二人の騎士自分を巡って争うのを姫様がやめさせる話というのは自分の中ではだいぶ違う。

私が見たかったのは前者だが、実際の物語後者だった。

もっといえば、スレインという一人の人間が狂っていく様をみんなで止めるという話になってしまった。


2期も、二人が争い、そしてザーツバルムを始末する展開までは良かった。競り合ってる感じがした。

優秀なイナホに対して、スレインがコウモリ呼ばわりされ、どこにも居場所がなく、もあがき苦しみ一気に駆け上がっていく様はとても見応えがあった。

ついには二人が同じ場に対等な立場で立ち、旧世代のザーツバルムを始末する様をみて、いよいよ本番が始まったと思った。


だが、その後のバランスの悪さは自分の期待と違った。


その後は二人が争うことがなく、スレインの独走をただぼんやり眺めているだけの展開だった。

スレインは姫様の方だけ向いて行動しており、イナホを意識している様子があまり見られなかった。

1期においてはスレインがザコでイナホの方がエースであったために見向きもされなかったことの対比なのかもしれないが

直接対戦してお互いの脅威ぶりを確認した後にしてはあまりにも不自然だった。

ただ騎士を順番に逐次投入していくという、戦略としてクソみたいなことを繰り返していた。

機体とか能力とか格好いいのに戦略が糞なので戦闘には全く見応えがなかった。はいはいテンプレテンプレ展開。



イナホ側はイナホ側で問題があって、姫様を取り戻すべくいろいろ行動していたし、騎士たちと戦っていたが、

相並び立つ存在として受け止めるにはあまりにも二人の間のバランスが悪すぎる。

スレインがぐいぐい目的に向けて駆け上がっているのに対して、イナホはあまりにも歩みがゆっくりとしていた。

チート能力を持っていたのはイナホ側であり、スレインは機体こそ強いもの普通人間である

イナホも、戦闘ではなく別の戦い方で本気を出すべきだったのではないのか。


その結果として、二人の重要度がまるでつり合わなくなっているのである


終盤において二人が対峙するという本来一番大事なはずのシーンが訪れるが、

これがどうにも偶然の産物であり、必然性がないように感じられる。

ここをいかにドラマチックに、避けがたい運命のようなものとして描写するかが大事だったのではないのか。

また、この対峙が全体の局面からしても重要度が低いというような描かれ方、位置づけになってしまっている。

スレインの立場では、一兵卒にすぎないイナホとの対決よりも重要な事があるという状況になっており、

引き合いに出す例が古くてなんだが、アムロシャアの対決のような盛り上がりを期待できなかった。

実際、スレインはさっさと戦闘を切り上げてしまっている。

一番大事なシーンであまりにもひどい盛り下がりぶりである。やってらんねー。


この物語は、アセイラムのものになりました

更に情けないのが、二人の対決は、アセイラム姫の決断によって、さら重要度の低いものへと貶められる。

騎士の誇りをかけた戦い」が、姫様からすると「あほなことやってないでさっさと帰ってらっしゃい」という感じで

カーチャンの叱責によってあっさり収められてしまうようなガキ同士の幼稚な戦いレベルまで落ちているのだ。

結局この物語最初から最後までアセイラム姫の意思重要であり、

二人の戦いは、そのアセイラム姫の意思が発揮されない間だけ成り立つような、くだらない思い込みしかない。

こうして二人の物語は途中まで寝ていた姫様によってあっけなく簒奪され、回収され、放棄される。

姫様が宣言をした時点で、もはや二人はこの物語には不要存在となっている。

からラストシーンスレインが生き残ろうが死のうが、改心しようがしまいがもはやたいして重要ではない。

もはや二人は姫様の物語のただのコマだ。主人公などではない。

スレインは姫様の意思によって生かされ、飼い殺しのまま死ぬ。イナホもただ姫様への思いを抱えたまま一兵卒として死ぬ

姫様だけが、いっときの恋を過去のものとして自分物語自分意思で歩んでいく。なんてひどい話だ。


姫様が最後まで目覚めない物語こそを見たかった

この物語を二人のものにするためには、姫様は殺すべきだった。

さないまでも、私は、姫様が最後まで目覚めない物語こそを見たかった。

それでも、姫様が助かって、この物語が姫様のものになったことを二人は喜んでいるのだろう。

そのくらい強くその人の幸せを願える存在出会えたということは、そしてその人が幸せになることは二人の幸せなのだろう。

視聴者である私は二人の感情にまったく共感できないものの、この物語はそういう形で終りを迎える。

でも私はこういう物語ではなく、もっと凄惨な殺し合い、周りを巻き込んで破滅させつつも己の目的を達成していくわがままな戦いが見たかった。

イナホくんが最後までお上品すぎた。 そしていざこれからという時に強制的に話が打ち切られてしまった。 とても残念である

2015-03-17

かぐや姫の物語ラストシーンが駄目駄目な理由

先ほど初観。噂通りの地雷臭が凄い作品だった。

ジブリ美術館の15分短編作品にする程度の企画を、あの期間と人数と予算使ってコレ!?っていう。

絵の動きや話のアレンジはそれなりで、動きとかに「おお!」っていうのは所々あるけど、

それほどか?というのが率直な感想

で、本題。

ラスト近く。月の住民かぐやを迎えに来た際、その姿をどう表現するのか。

ここは作り手の見せ所の一つ。

当然宇宙人っぽい雰囲気は一切出しちゃ駄目だよね。そこで当時の遠い異国、

インド伝来の異国の仏を連想させるものとして表現した所までは良かった。

ああこうきたか、と。と思ったが、興ざめしたのがその直後。

月に帰るかぐや姫が振り返って自分故郷を眺めるシーン。

試行錯誤の結果あれでも、意識しないであれでも納得いかない。

振り返るかぐやの後ろに、青い地球がまーるく、どーん!と、映っていたのである

それは駄目だろう、と。

宇宙戦艦ヤマトか。

その世界観1968年アポロ8号が月周回をした際に月軌道から地球撮影したことで

人類が初めて認識した世界風景でしょ。

アポロ8号が撮ったカラー写真人類は初めて客観的自分世界写実的にとらえたのに、

それをあろうことか地動説すらない平安時代連想させる昔話のラストシーンで見せちゃったのである

そんなリアリティはいらねえよ。

日本最古の物語1016世紀でまとまった話だったら、当時の世界観に合わせた、

世界全体を表現してくれよ。

せめて当時の古地図に見て取れる、ゆがんだ日本列島や、巻物に描かれた俯瞰図のテイストを素に描かれた、

山や緑や街が、墨絵の雲の向こうに消えてゆく様な風景を描くべきだったろうと思うのだが。

たぶん、他の駄目な部分はいろんな人が言ってると思うので、

ひとまず自分特にアカンと思った部分について書いておいた。

2015-02-12

いまさらながら

韓国ドラマを見ているんだけど、運転とか道路とか横断歩道のシーンが出てくると事故るんじゃないかと思って怖くて仕方ない。

感動のラストシーンなのにー。

2015-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20150119165353

違う違う。

まだBlu-ray出てなかったっけ。

あの偏屈エンジニアの初回顔合わせのところで明かされてたハズ。

つうか、「オレの事を戦争英雄から上層部に伝えてもらえれば」「何やっても研究所で解剖されるだけ」ってやりとりも覚えてないのか。

そもそもが、

  1. トム・クルーズ前線送りにされる
  2. たまたまタイ指揮官クラスにヒット(ループ開始)
  3. 「このままだと待ち伏せで全滅だ!」→全員無視
  4. 経験値積んで仲間を助けながら生き残りを目指す
  5. エミリー・ブラント(前回戦線で大活躍)と偶然ばったり→アタシを探せ!
  6. 「オレなんかループしてるんだけど」「アタシも前回ループしてたけど、その能力無くなった」←ココで明かされてる
  7. なんとか人類が勝つためにエミリーがトムをシゴキ始める(以下略

という流れで、トムはループを抜け出すことよりも、ループを使って周り(人類)を助ける事を目的にしてる。

途中ヤケになって、バイクで脱走してビール飲んでるシーンが有っただろ。

あれがあるから、明確にトム・クルーズ自分のためにループを使ったりループ脱出をしようとしてるんじゃなくて、

誰かのために、シゴキの途中でガンガン撃ち殺されるのを耐えてるって象徴的なシーンになってる。

デブ飛行機墜落に巻き込まれるのを見捨てるシーンとかも、「大義のために大事な人をも見捨てる」象徴だよな。

(直接描かれてないが、トムが一人でダムに行くってことは、エミリー死んでるだろ)

あの最終決戦時に、「エミリーにとっては会って間もないトム」と「トムにとっては死ぬほどコンテニューして助けようとしたエミリー」が対照的に描かれてただろ。

単純な脱出系じゃないからこそ、ラストシーンに繋がるわけであって。

2014-12-25

ワナビに向けたラノベ創作技術論の整理と俯瞰3

ワナビに向けたラノベ創作技術論の整理と俯瞰1

※本稿は上記を始めとして分割投稿されたものである

ヒロイン

ほとんどの場合ラノベヒロイン必要不可欠である水島飯田は主張する。反例はもちろんあるが、ヒロインを据えたラノベがそうでないラノベよりも圧倒的に多いことは事実である

このヒロインについて、水島は「フラッグシップヒロイン」という独自単語を用いて説明している。フラッグシップヒロインとは、その出会いによって、主人公は平凡な日常から日常へと放り込まれる、という点で特徴を持つヒロインである水島はこのフラッグシップヒロインは一人であるべきで、また傍若無人タイプが好ましいと言う。日常が非日常へと変わるのは多くの物語で最初の1度であり、従ってそういった存在は必然的に一人であらざるをえないと言えること、前述の人物間のギャップを想定する場合ヒロイン傍若無人であるならば主人公は面倒見のいい親切な人物となり、このような人格は読者の倫理観を満足させやすく、ゆえに感情移入させやすい、という点で効率的である。ゆえにこの水島の指摘はこれまでの内容とも矛盾しない。

一部の例外を除いて、ヒロイン主人公に惚れなければならない。榎本はヒロイン主人公に惚れる理由はしっかりと、読者に分かる形で描写するべきだという。一目惚れ場合は「外見に惚れ、次に魂に惚れなおす」という形で段階を分けるべきだとする。

突如登場したこの「魂」についての説明は一切ないが、筆者が理解する限り、この「惚れる理由」や「魂」とは主人公の「行為」であり、精神的な何かではない。

クーンツ登場人物個性とは「行為」によって示されるべきだと言う。これは例えばヒロインは優しい性格の持ち主だ、と説明することよりも、読者がヒロインを優しい性格だと感じる行為描写することの方が好ましい、という指摘である

中の人物はテレパシー能力が無い限り他人の思考を読み取ることはできず、その人物設定の書かれた地の文を読むこともできない。ゆえにその行為によってのみ、どういう人物であるかを理解していくことになる。もちろんクーンツや榎本が指摘するように、それらの行為には動機必要である。現実と異なり、なんとなくで登場人物が行動していくことは読者は作家の思考放棄であり、ご都合主義だとみなす。

従って主人公ヒロインが惚れるに足る行為をなさねばならず、それは作中で明示的に描写されなければならない。

さらに、この指摘は主人公ヒロインに惚れることについてもまったく同じである美少女であるツンデレであるといった属性があるから主人公が惚れるのではなく、当該人物の行為によって主人公は惚れる必要があるのであり、さらにその行為が読者にとっても惚れうるものであればこそ、魅力的なヒロインとして意識づけられるものだろう。

登場人物オリジナリティ

水島登場人物オリジナリティなど不要であり、パクればいいとする。一方で五代/榊はそれを「チグハグで安っぽいもの」と批判する。両者の主張は実のところ特に対立するものではない。

西谷は次のような指摘をしている。

ライトノベル作家を目指している人の原稿を読むと、大ヒットした小説に登場したキャラクター名前だけを変えて自分小説に登場させ、自分ではそれに気がついていないことが多いのです

五代/榊が批判しているのはまさにこうした模倣だと筆者は考えている。水島意識的に模倣しており、さらにそれはバレないようにするべきだ、と言う。バレない模倣とは一体なにかについて水島特に踏み込まないが、この点で大塚既存キャラクター抽象化し、別の値で具体化することが正しい模倣だという。例えばオッドアイという属性を「左右で異なる目を持つ」と捉え、そこから「左右で見える世界が違う」と具体化する。

確かにこれは既製品の加工、変形に過ぎない。ゆえに大塚オリジナリティとは「パターンの組み合わせ」「パターンの再発見なのだとする。この2つは、クーンツの「われわれは古い物語の要素を新しく配列し直しているだけなのだ」という指摘、また榎本の「オリジナリティとは「全く新しいもの」ではなく「読者たちが知らないもの、見たことのないもの」の呼び名だ」という指摘を端的に表していると言えるだろう。

一方、様々な属性ランダムに組み合わせ、新たなパターンの組み合わせを発見しようというワナビは珍しいものではない。スクール水着巫女の組み合わせはこれまでにない!オリジナリティだ!といったそれに対し、大塚は「設定の上だけで奇をてらった個性オリジナリティを追求しても意味がない」と指摘する。

繰り返しになるが、大塚はそれが「主題」と深く結びついていることが必要不可欠であるとする。主題関係性を持たせられず、物語上の必然性もない「オリジナル属性」に価値は無いと言っていいだろう。

プロット

プロットについての学術定義としては例えばフォースターが有名であるが、それらを踏まえてプロット定義明確化した文献はフィールドぐらいしか確認できなかった。

よって本稿においては各説の最大公約数的に機能する定義として、「世界」や「登場人物」の変化を「出来事」とした上で、プロットとは「出来事配列」と定義することとした。

さてこの「プロット」について論じるにあたっては、当然ながらプロット不要論と向き合わねばならない。

プロットに重きを置かない理由はふたつある。第一に、そもそも人生に筋書きなどないから。第二に、プロットを練るのと、ストーリーが自然と生まれ出るのは、相矛盾することだから

キングはこのようにプロットを練る必要などないとする。

このキングの著作を高く評価し、手本としても例に挙げているクーンツプロットに関して次のように述べている。

作家にとって望ましいのは、ただひたすら登場人物たちの進んでいく方向に、ストーリーを方向づけていくことであるというのだ。どこやらあいまいなこの方法に従えば、より「自然」なプロットが得られるというのだ。ばかげた話である

作家登場人物小説の方向や狙いをすべてまかせてしまえば、必ずみじめな結果におわる。

ただしクーンツもごく一部の天才であればプロットを練らずとも名作を書きうるだろうとしていることは事実である。よってキングをその例外であるとすれば上記の見解の相違は回避可能となる。

ところが同様にプロットなど考えたりしないという主張は、例えば宮部みゆきや五代によっても主張されている。彼女らがクーンツより文才溢れる天才であり、キングと同格なのだとすることはさすがに暴論であろう。

しかしここでもこれは単なる手順上の相違に過ぎないと筆者は考えている。

まずキングは「原稿を寝かせる」ことを非常に重視している。書き終えた原稿キングは6週間寝かせるが、それは「プロットキャラクターの穴がよく見えるようになる」からだという。こうしてプロットの欠陥を認識し、書き直し、そしてまた6週間寝かせる。キングは欠陥を認識しなくなるまでこれを繰り返す。

確かにキングプロットを事前に練っていないが、これは推敲における徹底したプロットの練り直しに他ならない。もちろんキングが筆の赴くままに書いてもそれなりの内容を書くことができる、という前提はあるだろう。しかキングもまたプロットを最終的に納得いくまで練り込んでいるという事実は、単純にプロットなど不要だとする主張とは明らかに一線を画している。

宮部もまた、書き終えた後での推敲段階で物語の全面改稿を含む大幅な変更がありうること、よって発表後の現行を改訂できない連載小説などは「よく失敗」すると自嘲し、従って自分のやり方は非効率であるから真似するべきではない、と述べている。

このように彼らの意見をまとめると、プロットを先に練って書くことは確かに必須ではないが、それはプロットを練らないことを意味するものではなく、推敲段階で徹底して練り直さねばならない、ということと理解できる。先にプロットを練ることの効果は後で練るより執筆量の少ない段階で修正できることにあり、効率が良いという点に集約できるだろう。

プロットの手順

以上のように整理したところで、ではプロットを練ればそれだけで自動的に良いプロットになるのか、といえばそうではない。重要なのは魅力的なプロットを作り上げることで、練るという行為それ自体ではない。

練り方という点でラノベ作家陣は様々な「プロットの作り方」を提案している。その内容には「どのように作るか」という手順と「どのようなプロットであるべきか」という構造についての両方の側面があり、極端に言えば前者についてはどうでもよく、明確に意識するべきは後者であると筆者は考える。

従って手順について詳細に踏み込む必要は無いと考えているが、似て非なる様々な内容が提案されている点を簡単に紹介したい。

キング同様、西谷は「最初のシーンから順に次のシーンへと書いていく」というシンプルプロット作成手順を提案しており、そのメリットスケールの大きい物語ができること、デメリット時間がかかることだとしている。

他方、西谷は「主題をもとにして最初のシーンを考え、次にクライマックスとなるシーンを考え、その両者をつなぐシーンを考えていく」という手順も提案している。こちらは前者より物語構造を決めやすく、早く書き上げられる手順だという((この指摘はプロット不要に関する筆者の解釈とも合致するところである))。

水島の提案はこの西谷後者の説に類似しているが、「ヒロイン出会う事で主人公の平凡な日常がどのように変化するのか」「クライマックスで何をするのか」「ラストはどのように終わるのか」を最初に決め、次にその間を繋ぐ出来事を作っていくとするものである

榎本は「(人物)が(行動)をして、(結果)になる」を最小プロットとして位置づける。その上で登場人物たちの目的、遭遇する事件葛藤、対立、成長といった要素を盛り込みつつ、まず200字で作成するという。200字で納得のいくものが作れたら次に400字、800字と同様に徐々に増やしていく。これによって効率的プロット作成できるとしている。

大塚は上記とは全く異なり、下記の項目それぞれについて、暗示的な意味を付したカードオリジナルでもタロットのような既製品でも問題ない)をランダムに割り振ることでプロット作成できるとする。

割り振られたカードの暗示から想像を膨らませることで具体化するという。また、これとは別にグレマスの行為モデル主体、援助者、敵対者、送り手、対象受け手の6種の役割をもつ人や物によって物語構造化できるとする説)によってもプロットは作れるとしている。

これ以外ではさら物理的な手順への言及もあり、例えば榎本は単語帳やExcelで各アイディアカード化してこれらを並べ替えながら考えるのだとしていたり、大塚も場面単位で時刻、場所、人物、行動をカードに書き、それを時間軸に沿って並べて考えるのだ、としている。最後1972年初版であるクーンツの指摘を挙げて本項を終わる。

プロットカードとかストーリー構成リストとかの奇妙な発明品は、どれもかつて、作家アイディアを得るための手助けをすると称して売られたものであり、この手のもの現在もなお売られている。が、実際のところ、そんなものはまともな作家にとって、まったく無価値に等しい。


プロット構造

ラノベ作家陣によるプロット構造に対する言及曖昧なものが多く、またまとまった説明になっていないものが少なくない。

いくつか断片的にこの点について言及している部分を拾い上げると、例えば西谷は「キャラクターに新鮮みがあること」「魅力的なストーリーであること」「類似作品差別化できていること」といった要件を上げており、「魅力的なストーリー」とは何かという点については「主人公に苦労させる」「強い悪役を出す」「魅力的な仲間を出す」「新しい場所を訪ねる」としている。作中でそれぞれの出来事の起こる順番への言及特にない。

水島は順序について言及しているが、「タイトルも含めて最初に読者をツカむ」「ラストシーン一歩手前で盛り上がる」「ラストは短くだらだらせず、良い読後感を与える」「それ以外は読者が飽きないよう時々盛り上がるようにする」というもので、具体性に乏しいと言わざるを得ない。

あえて言えば「どんでん返し」と「天丼」への言及があり、「どんでん返し」はクライマックスの決着、直前、ラストシーン最後のいずれかに位置することで効果的に機能するが、当たれば評価を大きく上げるが外れると大きく下げる点に注意が必要だとしている。「天丼」は意外性があり、重要なことを最初は大袈裟に、二回目は間を空けた上でぼそっということで効果的に機能するとしている。

確かにこれらの要素は盛り上げるための1つの技術ではあるだろうが、プロット構造における要素とは言い難い。

さて、榎本は次のような構造プロットが持つことが望ましいとする。

クーンツもまた、古典的プロット成功パターンとして以下のようなプロット構造を推奨する。

念のため触れておくとクーンツミステリにはまた注意すべきプロット上の必須要素があるとして、それを15項目に別にまとめている。つまり上記だけであらゆるジャンルプロット必要十分条件であるとしているわけではなく、様々なジャンル必要十分条件最大公約数として機能するのだ、という指摘であると筆者は解釈している。

大塚プロット構造については後述するヒックスのそれが参考になるとして作中で丸ごと引用している。しかし同時にプロット本質的構造アラン・ダンデスを参考に「主人公の欠落が明かされる」「主人公は欠落の回復目的とする」「主人公は欠落を回復する」の三段階であるとしており、これは榎本やクーンツの主張をさら抽象化したものだと言いうるだろう。

ところでクーンツの主張するプロット構造は「三幕構成」と呼ばれるものである((三幕構成とは序破急であるという言説はラノベ作家の本でもよく見かけるのだが、あれは世阿弥風姿花伝における序破急概念を正確に理解した上でそう言っているのだろうか。まさか読んだこと無いけど字面的にたぶん同じだろといった糞みたいな思考で「教科書」と自称するものを書いているはずはないので、風姿花伝の解説書、待ってます))。榎本は「起承転結」を用いて説明するが、上記のように両者はそれほど乖離したものではない。この三幕構成はとりわけハリウッド映画脚本原則として確立されており、その端緒ともいうべきフィールド、そして大塚乙一などが参照するヒックスについて本稿では整理する。

フィールドプロット理想的構造を三幕構成によって説明する。三幕構成とはあらゆる物語はAct1, Act2, Act3の3つに分割可能だとする考え方である(その意味でいえばクーンツもまた「クーンツの三幕構成」というべき独自の三幕構成を定義しているというべきである)。これはパラダイムであり、ゆえに三幕構成は史上最高傑作にもメアリー・スーにも等しく存在する。

フィールドはこの三幕構成を下敷きに、次のような役割を持つ出来事が順に配列されることが望ましいとしている。

PlotPoint1と2はそれぞれ各Actの最後に、次のActへの橋渡しとなる機能が求められている。またMidPointはConfrontationの真ん中で起こることが望ましいされている。さらにはそれぞれのActはいずれも小さな三幕構成で出来ており、すなわちフラクタル構造であることが望ましいという(フラクタル構造への言及は榎本なども指摘するところである)。

映画脚本における理論であることからフィールドはMidPointが上映時間のちょうど中央で起きることが望ましい、としている。

クーンツがあげる「ついに最悪の事態に陥る」はMidPointのようにも思われるが、クライマックスのようにも思われ、それが作中の後ろにあるのか中央にあるのか言及がないため、判断しかねるところである。これに対してフィールドは明確にそれを作品中央で発生するべきだ、としている点で、クーンツのそれをもう一歩先に進めたものだと言いうるだろう。

なお、MidPointは必ずしも派手なものである必要は無い。例えば映画マトリックス」におけるMidPointはネオ救世主ではないとオラクルに告げられる場面である。争いの無い静かな場面であり、生命の危機に直面しているわけではない。しか物語をこれまで動かしてきた大前提崩壊した瞬間である。MidPointはこのようにもはや後戻りができず、先の絶望的状況の回避方法が読者に容易に想像できない出来事であることが期待されているものであり、派手な出来事 Permalink | 記事への反応(1) | 20:47

2014-12-11

さあ、将棋を指そうか

先ほどハチワンダイバーの最終巻を読み終わった。それから時間の間、30数年生きてきて片手で数えるほどしか将棋を打ったことのない私が、黙々と詰将棋を解いていた。

このとにかくド迫力の将棋漫画は、迫力と勢いはあるが正直何がしたいかさっぱりわからない。特にボスの谷生というキャラクター、こいつがわけがからない。鬼将会という将棋指しの団体を圧倒的な棋力とカリスマで率いており、武力まで持ってその力で世界中に数々の将棋対戦を配信する。将棋世界征服したいのか?ならばなぜ単純に強い将棋指しを求めているのか?よくわからないのだが、しかしそのカリスマ性にすべての疑問は飲み込まれしまうかのように見えた。

だが、違った。

ラストシーン主人公の菅田と命を懸けた壮絶な将棋を指し、その一局で世界中を魅了した後、彼は菅田に遺言を残した。

「これで世界将棋を手に入れた。私が言ってることがわからないなら、お前が確かめてこい」

そしてエンディング将棋世界中に普及している姿が描かれた。これが、谷生がやりたかったことなのだ。

エンディングを読み終え、ネット詰将棋問題検索し、黙々と解いた後気づいた。これが、谷生がやりたかったことなのだ。

私は将棋を手に入れた。

そう言うとクサ過ぎだし、将棋の先人たちに失礼すぎる。でも言いたい。将棋と等しかった一人の男の世界が、紙とインクの壁すら越えて、私の世界侵食したのだ。

まったく悲しくなどなく、とてつもなく熱い感動がここにある。すげえよ、ハチワンダイバー

2014-11-12

思いつく好きな映画リスト

暇だったので書いた。

アクションとかSFとかアドベンチャーとか、B級って呼ばれるものとかがすきだったりするけど、そのジャンルなら絶対にハマるかって言われるとそーでもないので、自分で好き傾向を把握するためにもちょっと書き出してみた。

(周りであまりにも被らないから……)

別に好きな順番でもなくて、思いついた順。際限なくなるので10個くらい。

なので最近のが多め。

バトルシップ

何かの映画の予告で見ておもしろそうだから見に行ったらドハマり。映画館で6回位見た。

何がいいって、砲撃戦ですよ最高だよ! 戦艦ドリフトから砲撃燃える燃える

話は宇宙人が攻めてきて、地球側は戦力を隔離されて動かせるのは三隻の駆逐艦のみ、ってところから始まるあれこれ。なのでよくある話。

ツッコミどころはまあ色々あるけど、冒頭からピンクパンサー(パロ)だし細かいことは気にするな! って言われてる気がしたから気にしなかった。

金髪モデル系(実際モデルらしい)彼女が頭緩くないどころかインテリ系だったり、好感度高い。

あとクソどうでもいいことに凝ってたりして(実際NAVYとか、冒頭のシーンはほんとに自衛隊の人映ってるとかw)作ってるのもたのしそうだなあーと思った。

何も考えずに燃えられるのでテレビ放送を待ってるんだけどいつなんすかね。これめっちゃ実況向けだと思うんだけどな。

パシフィック・リム

テレビCMでは声優推ししかしてなかったので見に行くつもりじゃなかったけど、偶然ようつべの本場版トレーラーを見てなんだこれくっそ面白そうって見に行ったら(ry

IMAXにつぎ込んだ。最初デデデデデデン♪でローリーパイロットスーツジプシーデンジャーロゴがアップになるシーンがぞくぞくする。

マコ日本語が拙かったり、ローリーが『壁』の建築場面で命綱つけてなかったり、どうでもいいといえばどうでもいいけど、映画の中で生きてるキャラがどうやって生きてきたのかみたいな片鱗が見える小さなシーンが見えるのも好き。

あと男女パートナーとかすごく好きなので言いようのないそわっとした気持ちもわく。そわっ

パイロットみんな、動きがフィードバックされてるのガッツリわかってそこも燃える香港戦でのタンカー釘バットもとてもいいですね! チェルノの重量級な戦いをもうちょっとたかった。

ちなみに吹き替えの「ロケットパンチ」は許せない派。あそこは「Elbow Rocket」『Elbow Rocket』「Now!!」っていうAIとの掛け合い含めて燃えどころだと思うのになんてことをしてくれたんや

これも実況向けだと思うので、テレビ放送が楽しみ。

ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー

なんだかんだマーベルヒーローもの自分の中で外れがないのですごい楽しみにしてた。ら、楽しかった!

最初タイトルロゴのところで心を持って行かれた……あのOPだけでも繰り返し見たい。

具体的にどこ……って挙げるとなると難しいけど(でもならず者軍人の協力みたいな展開はすっごい燃える)すき。円盤早くほしい。

ラストというか決着シーンもあれすっごい好き。

そしてグルートは大も小もかわいすぎる。

ハムナプトラ

なんかもうよくわかんないけどすごい好き。テンポのせいかな……。

エヴリン叫び容赦なく絶叫なのもいい。美人なのに(笑)

よく見てるとリックが拗ねてたりなんだりがあってなんだこのカップルかわいいなってなる。かわいいね。

血がブシャアーとかもないのでいいなあースプラッタとか痛そうなのは苦手。

あと吹替は、テレビ版よりDVDの方があってると思うけどどうだろう。

3はレイチェル・ワイズ降板したのが残念なので見てない。

+思い出した追記。

2は1のセルフパロが多いのも楽しかった。ドミノとか、あとリックがまた「We!? What We!」って言ってたりする

イムホテップが情けないのも多分見どころ

オッドトーマス

幽霊とかが見えちゃうだけの青年主人公 なので地味ではあるけど、その地味さがよかったな~。

ホントその辺にいるふつーの青年なんだけど、見て見ぬふりが出来ないっていう……。

これは多くを語るとあれだけど、ラストは途中から察してたとはいえすごい泣かされた。

↑と監督が一緒なので、しれっとイムホテップ(の中の人)が出演してる。

カメオ出演といえばやっぱり監督同じG.I.ジョーでもリック(の中の人)が出てたなあ。

クロニクル

ふっつーの三人の男の子が偶然力を得て、ちょっといたずらしたりとかやってるうちに一人が段々ずれ始めて、それが全員の破滅に向かっていく感じがなんともいえない。けど嫌いじゃない……。特にスカートめくったり、空飛んだりしてるところはちょーたのしそうで微笑ましい。

デイン・デハーンは、危うい感じになっていく過程めっちゃうまいな……と思った(ああー落ちるんだろうなーまで含めて)

病院ダメ親父が重体の息子を罵るんだけど、そこで目を見開くシーンがすごい好き。あとあのシーンは、多分息子は嫌だろうけど、母親似じゃなくてダメおやじ似なんだな……って思える。

しか能力があろうとなかろうと、あれに似た結末にはなってたんだろうねえ、あそこまで悲惨な結果にはならなかっただろうけど世知辛いねえ。でも嫌いじゃない

ガメラ ギャオス/レギオン

燃える。2の巨大レギオンVS自衛隊のところの特撮すっごい

しかし3はなんか好きになれない……。

RED

2もすきです。じいちゃん最高ですわ。一番好きなシーンはスタイリッシュ車降りと、空港手榴弾ノックかも。

でもCIA若手派のカール・アーバンもすっごいいい!!

エンドロールまでモーガン・フリーマンが裏切って出てくるんじゃないかと疑いまくっててほんとすいません。

カール・アーバンといえば、オールモスヒューマンもすっごい面白かったんだけど打ち切り残念すぎる……。

R.I.P.D.

ラストの銃撃戦(特にカメラが回りながらのところ)がすごい好き。主人公がいいやつかクズかって言われるとクズ寄りだけど、まあw

現世だと仮の姿金髪ねーちゃんと中国じいちゃんになっちゃうのと、ドライヤーバナナなのもすきだよw

本当にラストベタはいえ、しんみりしたしよかった。

ケヴィン・ベーコンもすごくおいしい。悪い笑顔がにあうぜ! しかしこの人ある時期から顔変わってなくない……?

映画館でも終わるのめっちゃ早かったしコケてたけどすごいすきなんだけどな……笑

金髪ねーちゃん(中身じいちゃん)とようじょ(中身おっさん)のコンビも見てみたかった。

トレマーズ

最初ケヴィン・ベーコンのやつ。↑書いてたら思い出した好きだった(笑)

本体出てくるまでがいいよね、畑の真ん中に顔が……は子供の頃に見てちょっとしたトラウマだった。ヘルメットからこぼれてる……も。

ディザスタームービーモンスターパニック系でグロくなければすきだわ。

グランド・イリュージョン

原題違うんだっけ? これは話の構成から伏線の回収の仕方までなんだか自分の中ですごいツボに入ってスッキリ!だった。

ラストシーンもすきだけど、どうなってるのか判らないトリックのところとかもいい。

もしかして、見てる側が結構解りやすく立てられてるフラグ(FREEZE!とか、うさぎトリックとか)を見て、こうなるんだろうなっていうのを逆手に取ってる感じが爽快感あるのかな、とも思ったけども。いやーしかし本当にこれは何故かスカッとする。

これのモーガン・フリーマンは詰めの甘い悪い人だった。よく考えたらいい人のモーガン・フリーマンもそこそこ見てるはずなんだけど(REDとかアウトブレイクとかオブリビオンとか)なんで悪い人の印象が強いんだろうか。

チェーン・リアクションはどっちとも言えなかったかな……。

アイアンマンとかキャプテン・アメリカ辺りも好きですよもちろん。ソーもあそこのカップルかわいい

ありきたりでもバック・トゥ・ザ・フューチャーも好きだし、インディ・ジョーンズジュラシックパークも好き。

ディザスタームービーならツイスターとかデイ・アフター・トゥモローとか2012(ただし中国大陸到着まで)とか。

平成ゴジラもいいな~、今年のゴジラはほんとゴジラで感動した。

ドラマだとドハマりしてるのがBONESで、次いでクリミナル・マインドNCISだろうか。CSIは飛び飛びで見ると面白いけど、続けて見ると逆にもにょるw続けて見るならマイアミのほうが好きかも。

今は飛び飛びつつBSナンバーズとコバート・アフェアをちらちら見てる。

こう並べるとベタな展開が好きなのかなーやっぱり。

あと燃え萌え)展開。これら全部合うわーって人がいたらオススメを聞いてみたい

エドガー・ライト監督作品どうだろ?ショーンとかピルリムとか

ピルリムは気になってたので見てみます

ショーンはこわそうなのやだ(´・ω・`)って見てなかったので、こっちもちゃんとパッケを見てみよう……

ウォーム・ボディーズくらいの感じなのかな。

2014-09-07

ラブレター

しか芥川龍之介氏だったでしょうか、恋とは性欲の文学的表現だと言っていたのは。

僕のあなたに対する感情を表すならまさにそれに近いわけです。もっともその本質は性欲ではないので安心してください。

少し僕の話をします。

僕はその、みかけ一丁前な自意識が出来あがっていく頃、具体的には中学生の頃なんですけど、自分のことを一人ぼっちだと思っていました。物質的にではなく、精神的にです。

生活には余裕がありました。勉強運動も苦手ではなかったので、特に不自由しませんでした。僕のことを好きだと言ってくれる子もいたくらいです。

コツコツ勉強をするのは嫌いでした。部活動は何度も理由をつけてサボっていました。にもかかわらずそれなりの結果を出せていました。

しか努力の結果ではないので充実感もなく、自分がそれが得意だと思ったことはありませんでした。

まさに砂上の楼閣ですね。高校に入ってこの町を出たらただの凡人なんだろうと思っていました。

にもかかわらず、当然ながら周囲はそういった心情を汲んではくれませんでした。

教員受験のことで熱心に近付いてきたし、部活では地元高校に連れていかれて練習させられました。

学校というシステムにおける立場があがればあがるほど、周りの人間とは線が引かれ、僕は同じ立場人間を得られないまま、

ひとりぼっちだと思い、どんどん殻に閉じこもっていきました。

まぁそんなに珍しいことでもないと思うのですが、もともとの自意識過剰性格に加え、環境的なことも相まって、あの頃の僕は特別歪んでいたのでしょう。

毎日寝る前に、真っ暗な自分の部屋でスタンドライトをつけ、カッターナイフHB鉛筆を削っていました。

一度その最中母親が部屋に入ってきたことがあり、彼女心配したようでした。当時の僕はそんな心配もうっとおしいと思っていました。

鉛筆を削っていると少しだけ満たされるような気分でした。鉛筆削りで削ったものと遜色のないものが出来ると何故か嬉しかったのを覚えています

それを終えて眠りにつく。それだけのことでバランスをとっていたのだから我ながら忍耐強いと思います

そんな日々が変わったのはある映画DVDを観た時です。

タイトルは「バタフライエフェクト

これは非常によく出来た映画です。僕はこの映画が一番のお気に入りな訳なのですが、漂うウェルメイド感から、そういった趣向と勘違いされることが多いです。

まぁ違うといってもさらっと説明出来るモノでもないんですけれど。

この映画どういうものかというと、時間をさかのぼる能力を手に入れた主人公自分他人人生をより良くすべく奮闘する物語です。

主人公エヴァン人生を良くする為に過去に戻り失敗を清算していく、しかし直ったはずの世界にはほんの小さなほころびがあり、

それらを全て修正しようと何度も過去に戻るうちに事態はどんどん悪くなっていく。

神のごとき能力を手に入れた青年が神の真似ごとをするのだが上手くいかない。そして青年最後に辿り着いた選択とは。

この映画を観た時に感じたのは映画って凄いという感情でした。それ以上は言葉に出来ません。ごめんなさい。

僕には主人公エヴァンの気持ちが痛いほどわかったし、周りに振り回されて、苦悩する主人公の中にその時の閉じこもっていた僕がいた気がしました。

ラストシーン恋人を救うために過去に戻り恋人との関係を絶ち、関係をなかったことにする。

そして離れ離れに暮らしていた主人公が都会の人ごみの中で成長した恋人らしき人物とすれ違う。

わず振り返る主人公だが、思い直し再び向き直り歩きだす。

今思い返してみると何にそんなに感動したのかわからないくらいベタなのですが。その時の僕にとっては確かに自分のことを言っているように思えたし、

それが恐らくエールに聴こえたのでしょう。詳しくは想像しか出来ませんが。

しかしながらなんだかその頃からと色々上手くいくようになった気がしたのです。まぁそれは結果論かもしれないですけど。

それからはさほど悩むことなく過ごすことが出来ました。田舎から出て新しい友人と出会い。今は東京暮らしています

相変わらず映画は大好きで、こねくり回して楽しんでいます大学では自分映画も撮ったりもしました。

僕にとって映画というのはそれくらい大事ものになったのです。

まぁ勿論歳をくってくると、悩んだ時に映画をみても何も解決しないことはわかってくる訳ですが。

これまでも問題を解決してきたのは自分の力だし、誰かの力を借りたりも大いにしています

無くなっても生きていけなくもない気もしますが、それは気のせいで、やはり映画がない生活は考えられません。

と、長くなりましたがここいらでようやく本題に移りたいと思います

僕はあなたに、つまり映画に恋をしています

なんと形容するのかは非常に悩むところですが、恋というのが一番近いと思います

僕は大学に入って映画制作部活動所属しました。

実際に映画を撮ってみてわかることはかなり多く、自分たちが如何に上質なコンテンツになれてしまっているか

出来不出来に関わらず自分のつくったものにはそれなりの愛着がわくこともわかりました。

そして何より楽しかったのです。

映画を山ほどみたし、映画についてなら一日中喋っていられます

ただ少しだけ引っかかることがあります。それはいつまでたっても完璧映画出会えないことです。

好きな映画を十本挙げろと言われればできますが、僕がほんとうにみたい映画には未だ出会えずにいます

このことが僕が映画に恋をしている由縁なのです。

少女の恋がおおよそ世界存在しない王子様を所望するように、僕もまた世界にあるはずもない完全な映画を求めているのです。

そして恐らくそれは一生叶うことはないでしょう。エヴァンが再開した彼女に声をかけなかったこと、それは恐らくこんな気持ちだったのでしょう。今は今なりに分かる気がします。

触れてしまうことで壊れてしま幻想自分彼女と関わりない人生を送ること、その決断価値はなかったのかもしれない。

エヴァンはあの時、声をかけないことで無意識自分幻想を守っていたのだと思います

僕もまた、完璧映画を探すことで、自分を守っているのかもしれません。至上の目的を持つことで自制を失わないように。

少し前、某動画サイトを眺めていると、こんな文言発見しました。

動画サイトで集めた人材映画をつくりましょう。」

僕は一も二もなく反応していました。

僕は脚本担当を申し出ました。当事者は僕より一回り上のおじさんで、一発当てる気まんまんといった感じでした。

作業は辛かったですが、やはり楽しかったです。

寝るのも忘れて書きました。

出来あがったものはこれ以上ないほどの出来だと思いました。

完成したその瞬間、ほんの少しだけ、あの時の夢のしっぽがみえた気がしたのです。

僕はその時ようやくあの時のバタフライエフェクトを超えることが出来るかもしれないと、本当にそう思うことが出来たのです。

まぁ色々あって結局僕の脚本採用されることはありませんでした。残念ですが仕方ないことです。

しかし何よりも、物語を創るということだけでも映画と関われると気づいたことはこれ以上ない幸いでした。

いつか僕に映画を撮れる新しい友達が出来たらこ脚本を読んでもらいたいなと思います

しかしながら実は脚本を書いたことよりもその過程の方がその実、発見に満ちていました。

その脚本は書き始めるまでがとてつもない難産でした。おじさんから縛りを貰ったのはありがたかったのですが、考えれば考えるほどその縛りがネックになっていきました。

そして、もうどうしようもなくなった時、僕はごく冷静に、極めて自然におじさんのことに思いをはせてみました。

脚本も書けないくせに、映画を撮りたいと抜かすいい歳のおじさんは自尊心にまみれ非常に滑稽でしたが、それと同時に何故か悲哀や、尊厳、意地を感じました。

僕はおじさんと会話を重ね、モノを尋ね、そのことを参考に本を書きました。

脚本が出来あがる頃には、僕の中で既におじさんと僕は良きパートナーになっていました。

まぁ、さっきも言ったように、結局おじさんのクズしか言えない本性を目の当たりにしてしまうのだけどそれはまた別の話です。現実って厳しいですね。

これでどこまで行けるか。あの時、僕は恥ずかしながら、確かに自分のつくる脚本に恋をしていました。

それは以前のように憧れるだけのものではなく、目の前のこの物語と横に並んで一緒に歩いていく、そんな淡い想いだったのだと思います

唯一ノイズがあるとすれば、それがおっさんのことについて書かれていることです。

僕は中学生のあの時から映画に恋をしています

しかしながら、その気持ちは僕の中で憧れを経て、それ自体を愛し、期待し、守るもの、そして明日を与えてくれるものへと変わっていきました。

こんなことを書くのも気味が悪いと思いますが、僕はあなたが恋している相手に心当たりがあるのです。

映画に映っているのはいつでも人間です。姿形、人がつくったモノ、人を囲むモノ、人の心、映画の、いやあらゆる表現の中に人間関係のないモノはありません。

それは芸術人間を知る為の手段からだと思っています

どうして日々新しい映画が生まれてくるのか。それはまだ人間が未知で、支配出来ないモノだからではないでしょうか。

それらを愛し、それらに期待し、それらを守る為に映画今日も撮られているのだと思います

芥川が、ほとんど死の直前まで書いていた文章の中に映画シナリオがあったといいます

日々募る絶望の中、彼は映画をみて何を思っていたのでしょうか。

彼はしきりに生活芸術は分離していると語っていました。

僕は映画のことしか知らないし、それもたかが知れています。(文学も少しかじっていますが)しかしながら現代生活映画は近しいモノだと思っています

僕は芥川の書いたラブレター文学だと思っています。なぜならあれを読むといつも涙が出てくるからです。それでは説明になってませんでしょうか。

僕たちはかつて例をみないくらい幸いだと思います。共に歩くものに確固たる自分をのせることが必然として出来るからです。

僕は映画に飽きないでしょう。あなた人間に恋していても、きっちりそれごと抱える覚悟です。

僕とあなたは違いますが、少なくともあなたの憧れているものの一部です。

からこんなことを言うのは変かもしれないけど、あなたのことが大好きです。

優しいところが好きです。

冷たいところが好きです。

怖いところが好きです。

笑わせてくれるところが好きです。

泣かせてくれるところが好きです。

そしてなにより何だかよくわからないところが大好きです。

以上、あなたに恋する男から言葉です。返事はくださらなくて結構です。ただ微笑みかけてくれればとてもうれしいです。それではまた。

2014-07-18

最終兵器彼女の最終話の違和感

漫画ラストがどうにもピンと来ないのは、まさにラストカットで、青々としていて陸地も雲も健在な地球デカデカと写っていて、ちせちゃんの「地球はもうダメだぁ…」という説明に全く即していないからだなぁ、と。 (このカットだけ見れば、最終話のサブタイトルは『地球はいつでもそこにある』でも問題なさそうだ。)

あれだけ広大な陸地があれば、ゴキブリ並の生存力を持つ人類なのだから、どこかしらで一組くらい男女のカップルが生き残って、すぐにでも繁栄を取り戻しておかしくないな、と。 (『俺達の、人類の生きる意志なめるなよ!!!!』みたいなSF物語を見過ぎているせいだけれど、多くの読者はそういう物語に慣れ親しみ過ぎていると思う。) 地球が滅びないのであれば、ちせちゃんや主人公断腸の思いで手当たり次第に人を殺してきたのも色々と崩れてきてしまうわけで。。

単純にラストカットが「地球はもうダメだぁ…」なビジュアルになっていれば良い話なので、「ちせちゃんが断腸の思い地球を真っ二つにする」、「ブラックホールに吸い込ませる」、「地球が大激怒して全表面が灼熱に覆われる」などになっていれば話がしっくりくるはず。一番ビジュアル差し替えが簡単な「地球のリトル太陽化」でラストシーンを読みたいと思う。















はいえ、「カップル一組くらいは余裕で生存できそうな状態で残っている地球」と「その地球を『もうダメ』と言うちせ」が描かれているのは事実なので、テキスト論的には、「ちせが狂言を吹いている」線にも可能性があるのかもしれない。ちせちゃん健気だからパッと見難しそうだけど。

(それなりの製作環境時代背景があって「まだ綺麗な地球」がラストシーンに出ている訳で、そこに読解の鍵があるとは思うけど。)

2014-05-29

たまこラブストーリーについて気になったこと

俺も非常に感動したんだけど同時に気になったことをツラツラと。


1.おじいちゃんの入院

ストーリー上、たまこともち蔵を二人っきりにするために犠牲になったとしか思えないが、

アニメ本編でたまこが肉親の死に深いトラウマを抱えているのを知っているだけに

もうちょっと上手いやり方は無かったものかと思う。

大事には至らなかったとは言え狼狽するたまこを見るのはツラい。


2.みどりちゃんはそんな悪い子じゃない

1のアオリを受ける形になるが、みどりちゃんが餅をノドに詰まらせる照れ隠しギャグをやるのが

らしくないような気がする。彼女がそんな無配慮なことをするだろうか?


3.誰もいない学校

終盤、学級閉鎖で誰もいない教室たまこがもち蔵を待つシーン。あれ他の教室には生徒がいるんだよね?

学校全体が閉鎖されてるんだったら入れないはずだし人気なさすぎてちょっと不思議

特にラストみどりちゃん、かんなちゃんが校庭?の木に登ったりしてるけど

あれって他の教室の生徒から見たら北野武キッズ・リターンで校庭で走りまわる安藤金子みたいな事になってるのかな。


4.距離感

3の後、たまこ出町柳付近から京都駅まで疾走する訳ですが

やはり舞台となった土地に住んでる者としては、一体どんだけの距離走るんだよ…と思ってしまう。

あと駅ビルに圧倒される描写もあるけどアレもなぁ…。たまこの普段の生活範囲がかなり狭いのかなぁ…



まとめ

上記4点はストーリーの中〜後半にあるのがポイント

数多く作品を見てる訳ではないが、どうも京アニストーリーテリングには問題があるんじゃないかと思う。

印象として話の序盤は登場人物の一挙手一投足が実に丹念に描写され、見るだけで満足するんだけど、

そのおかげで疎かになったストーリー進行が後半になるにつれて破綻しているように感じられる。


また背景に実在風景を描いて、作品世界を身近に感じられるのは良いとは思うが

上の3,4で書いたように、ストーリー後半にはそれが足枷になって現実でもフィクションでもない

摩訶不思議空間に放り込まれるので、富士樹海で方位磁石が狂った様な気になった。入ったことはないが。

作品聖地で暮らされてる皆さんはそんな経験ありませんかね?


でもラストシーンが最高だったから今まで書いたことは結構どうでも良いんですけどね。

2014-02-10

映画ウルフ・オブ・ウォールストリート」がめちゃくちゃ面白い

やっと観に行った。めっちゃよかった。

日曜日に奥さんと2人で観にいたんだけど、おれは観終わったあと「傑作!!!」って感じだったのに奥さんは「おもしろかったねー」ぐらいで、温度差を感じたけど。

以下ネタバレ有。

話は、ミステリで言う「信頼できない語り手」、メタフィクションもの

映画は終始、主人公一人称で進む。前半、ヤクをキメまくって、成功に酔っているとき主人公は声色も表情も豊か、着ているスーツも華やかで周囲もおしゃれな男女に囲まれて色彩華やかだけど、ヤクをやめてノンアルコールビールを飲んでいるとき主人公は地味な人物。右腕のべっこうめがねも、ヤクをキメているときはおしゃれなスーツを着ているように見えるけど、しらふの時に会うと金融マンって感じの紺のスーツ。大豪邸も、シラフときはどこか色あせたものに見える。特に示唆的なのが、中盤の筋弛緩剤?でぶっとんで、フェラーリ帰宅するまでのくだり。ヤクがキマってるときは、たった数段の階段が何十段もの階段に見える。事故なく無事に帰宅出来たつもりが、しらふになって車をみると、死ななかったのが奇跡に思えるくらい、あちこちにぶつけていて廃車寸前。

前半までの華やかな生活は、たった数段の階段が何十段もの階段に見えたように、ヤクでキマった主人公には華やかな世界に見えただけで、本当はみんな地味なんじゃないの??話、盛ってない??どこまでが本当にあったことなの??本当は生きているのが不思議なぐらい、もっともっと事故まみれだったんじゃないの??

映画ラスト、出所した主人公の開催する講演会の客達の姿を写す。この講演会を観に来た客は、映画館にこの映画を観ているおれたちのことだ。

主人公の男は優秀かもしれないけれど、嘘つきで、胡散臭く、倫理的には許せない。

主人公の話のどこまでが本当のことかわからない。

そもそもこれは映画で、現実とは違う。実話を基に脚色したストーリーで、実際のウォール街の狼はディカプリオじゃない。

それでもあなたは、善悪を超えたところで、この主人公をかっこいいとは思わないか?憧れる気持ちはないか?と問いかけるようなラストシーン。おれは、超かっこいいと思いました。

2014-01-09

おおかみこどもの雨と雪』の感想

おそばせながら、感想

評判通り、気持ち悪いというかなんというか。

結局、なにを表現したいのかよくわからなかった。

シングルマザーは大変ということを描きたかったわけではなさそうだ。

子育ての大変さにリアリティがない。

田舎暮らしの苦労、田舎の人の優しさについてというのもやっぱり違う。

田舎暮らしイコール自給自足という、あくまでイメージの中の田舎暮らしであって、リアリティが全くない。

生活費等々、お金がかかるところへの説明は

「亡くなった狼男貯金

で押し切る強引さ。

田舎育ちの僕からすると、あの田舎暮らしの描き方がちょっとイラッとさせられるみたいに、子育てをしているママさんたちからすると、やはりあの子育て描写はイラッとさせられるんだろう。

僕は当初、リアル世界ファンタジーの生き物が同居するトトロ世界観を期待していた。

蓋を開けてみると、現実のようで現実でない、ファンタジーの異世界の話だった。

トトロよりは、千と千尋の神隠しに近いくらいに。

シングルマザー田舎暮らしも、狼男も、おおかみこどもも、なにかのメタファーであって、ただの舞台装置

ほかに主題はあるんだろうなと思いながら観た中盤。

ようやく、一番の主題が逆の性格兄弟が別々の人生を歩み出す、ということだということに気付く。

「でもなぁ、それを描くためにおおかみこどもっていう設定いるのか?

ヤンキー兄弟とかにして、片方が普通生き方になって、片方はヤンキー街道まっしぐらとかでいいんじゃないのか?

ヤンキーじゃなくたって、オタク兄弟とか、相撲とか歌舞伎の家に産まれた兄弟とか、そういうのにしたっていいだろうし」

とか考えてラストを予想しながら観た。

僕が考えたラストシーンは、二人ともそれなりにいろいろあって、挫折して戻って、家族の絆を確認しあってハッピーエンド、という感じ。

ところが、読みははずれて、

「姉は人間として生きていくことにしました。弟は狼として生きていくことにしました。二人とも家を出たので、母は一人で暮らしています。」

ということに。

「…、…あ、そう、だから?」

という感想しかでなかった。

だって…、だからなんなんですかね?

なにを感じろと。

遅かれ早かれ、兄弟が別々の生き方をしていくのは、当たり前のことでありまして。

おおかみこどもじゃなくても、たとえ人間だって

からない。

結局、なにを伝えるための作品だったのか。

僕がこの作品から受け取れたメッセージは次のとおり。

・ちゃんと避妊をしよう!(たとえ獣姦でも)学生子供をつくると大変。

しか年子かいくら中出しが好きだってやめとけ。

・とりあえずヘラヘラ愛想を振りまくといろいろ吉。

交通事故は怖いね。人も犬もよくはねられて死ぬ

キジ美味しそう。

2013-12-11

[HMJM ] HMJM 10th Anniversary Nights Vol.1 カンパニー松尾AV上映会 『男達の挽歌豊田道倫大橋仁と安達かおる』というイベントに行って来ました。

HMJM ハマジム 10th Anniversary Nights - イベント | UPLINK

 この日上映されたのは

豊田道倫 映像集3 無題』(2012年/84分)

大橋仁 そこにすわろうとおもう メイキング 』(2013年/24分)

ドキュメント 安達かおる~ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うた舞台裏から』(2013年/60分)

という松尾監督が友人や師匠など近い存在男性を撮った非AV作品3本。3本目の安達監督ドキュメントがAVの撮影現場舞台にしている為、18禁イベントだったのですが、女性客も結構いらっしゃってました。

 最初松尾監督が登場。軽くこの日の進行を説明(豊田さんのが終わったら休憩を挟みますよ、みたいな感じ)してから上映開始。

 『豊田道倫 映像集3』はそのタイトル通り、豊田道倫氏の色々なライブ映像を1つに纏めた作品。1と2はDVDとしてリリースされているのですが、3は映画館イベントでの上映のみでソフト化されていません。

 この作品が一番最初に公開されたのは2010年10月30日豊田道倫新宿DAYS最終日で、その時は『豊田道倫 映像集 Ⅲ 新宿Poo上映版 』というタイトルでした。

 その後、2011年2月26日池袋ロサという映画館で行われたMOOSIC LABというイベントの3日目(#3:豊田道倫映像集/実験の夜、発見のロサ。)に『豊田道倫 映像集3-MOOSIC LAB Version-』が、そして2011年ゴールデンウィーク広島大阪で『豊田道倫 映像集3 地方上映版』、2012年7月3日神戸元町映画館8月13日渋谷アップリンクで『豊田道倫 映像集3 無題(new version 84分)』が上映されました。

 新宿Poo版、ロサ版、地方上映版、そして2012年の無題と一応同じ作品という事になっておりますが、編集が物凄く変わっていて、「え?あの日のライブは丸々カット?」「前見た時のラストシーンの後に見た事ないシーンがめっちゃ追加されてる!」という感じなので上映される度に見に行ってます。Poo、ロサ、大阪で3日連続、去年のアップリンクに続き今回で見るの7回目。多分全部のバージョンコンプしてるはず。

 この日上映されたのは去年神戸と渋谷で上映されたのと同じ『豊田道倫 映像集3 無題』。…のはずなんだけど、最後クレジットに2013って出てたんだよなぁ。それが気になってる。もしかしたらちょっと編集し直してたのかもしれない。けど前に見てから1年以上経ってる&ちょっとずつ違うのを何回も見てるので、正直どこが違うのか、もしくは全然変わってなかったのか解んなかったっす。。。(全部の版を見に行ってる意味が無いw)

 最後トークコーナーでもちょっと触れられてたのですが、今までは豊田さんが出演するイベントでかかる事が多かったので豊田さんのファンの方が見に来られてたのですが、今回は豊田さんも出ないし、この作品ではない作品目当てのお客さんも結構居たので今までの上映とはお客さんの受け止め方がちょっと違った感じ。最前列のど真ん中に座ってたグループが途中で席を立って戻って来なかったり携帯を弄っていたりと完全に飽きていた様子。確かに豊田さんのような音楽は刺さらない人には全く刺さらいからなぁ。実はこの日、私は友人と一緒に見に行ってたのですが、そういやその友人は豊田さんみたいな音楽全然興味なさそうだというのに途中で気付いてヒヤヒヤしてたのですが、後で聞いたらまぁ何となく楽しめた、みたいな事を言ってくれてたのでホッとしました。

 休憩を挟んで2本目の『大橋仁 そこにすわろうとおもう メイキング 』。今回のイベントはこの作品目当ての女性客の方が多かったようですね。自分の全財産をはたき、男女300人による大乱交を作り上げ、その様子を撮影した写真家大橋仁氏の3冊目の写真集『そこにすわろうとおもう』の撮影現場メイキング映像。この乱交シーンを作り上げる為にHMJMが協力していたという事で松尾監督メイキング撮影されたようです。

 この映像2013年4月14日原宿VACANTで行われたこの写真集のトークショーと、9月10日渋谷WWWで行われた大橋写真集『そこにすわろうとおもう』刊行記念 大橋仁×七尾旅人 ~百人組手番外編・写音真楽~というイベントで上映されました。私はVACANTで見たのですが大入り満員、WWWの方も満員で見れなかった人もいたとの事(というか今回一緒に行った友人が当日券に希望を託して会場まで行ったのですが入れずに帰った中の1人でした)。

 大乱交シーンの撮影の様子を中心に構成されていて、東京郊外駅前に沢山の男女が集合し、バスに乗せられスタジオ入り→休憩無しの過酷撮影に挑む様子が映像に収められておりました。途中で体調を崩してリタイアする女性の様子が映し出された後にしか男性陣でリタイアする者はいなかった、という様な説明テロップが出たりしててちょっと面白かったw

 写真家として活躍して得た数千万円の貯金をはたいて写真集を作る大橋氏の撮影中の気迫はカメラを通してもしっかり伝わってきました。終演後、ロビーにこの写真集が置いてあったので急ぎ足でざーっと見たのですが、頭の中にあるイメージというか妄想を数千万円のお金をかけて作品に「せざるを得ない」という彼の業のような物を感じました。23000円という価格も納得の出来。でも買って家に置いてちょくちょく見たりするにはパワーが強すぎるというか。ナンカ色々な物が吸い取られそうな。とか書くと買わない言い訳みたいっすね。そうじゃなくてホントそれくらいの力がある写真集だと思います。ちなみに、写真集の中身についてちょっと書きますと、乱交シーン以外のページもいっぱいあって、そこに大橋氏がたまたま発見してしまった首吊り自殺遺体写真なんかもあったりします。

 そのまま続けて3本目の『ドキュメント 安達かおる~ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うた舞台裏から』が上映されました。

 こちらの作品は松尾監督古巣、V&Rプランニング看板シリーズジーザス栗と栗鼠スーパースター10数年ぶりに復活するという事で、その撮影の様子をドキュメント作品にした物。ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うたDVDに本編とセットで収録されて販売されております

 今回はメイキングのみの上映だったのですが、こうやってメイキングだけ見ると本編見てなかったら意味解らんシーンあるなぁと(最後の方の終わり方とか)一緒に行った友人の反応が気になってたのですが、後で聞いたらその辺は特に気にならなかったようで良かったです。

 大掛かりなAVの撮影現場の様子自体が物珍しくて面白いってのもありますが、安達監督面白いですね。この日上映された3作品の中ではこの作品のみ普通にDVDで買えるので興味を持たれた方は買ってみて下さい。HMJMファンの方向けミニ情報としては、ジャケのうたちゃんの後ろに立ってる男性陣に梁井監督とKENSAKU監督が混じってらっしゃいますよー。メイキングの中でもちょこちょこ映りこんでらっしゃるので探してみましょう。

 上映後、トークコーナー。実は予定としてはこのトークコーナー琥珀うたちゃんが登場するというお話もあったようですが、前のお仕事が長引いてしまって間に合わなくて出演出来なかったとの事。代わりにバクシーシ山下監督カンパニー松尾監督のお二人によるトーク。山下監督はジー栗にメインカメラとして参加してらっしゃったのでその時のお話など。時間が遅くなってしまっているという事もあって10ちょっとくらいの短い時間でした。

 ジー栗はDVD持ってるし、大橋さんのも4月に見たし、豊田さんのに関しては7回目だし、という事で腰をすえて細かい所を見ていく感じで見たのですが、楽しかったです。特に豊田さんの映像集はアップリンクの前の方の席で見るのがちょうどエエ感じですわ。今後もちょくちょく上映して欲しいです。あと、大橋さんのはそれ目当てで来てたお客さんも多かったのでまた何かの機会に上映されたらいいのになぁ。願わくばもうちょっと長い時間バージョンで。




この次の日のイベントにも行きました→

HMJM 10th Anniversary Nights Vol.2『ハマジムだよ!全員集合 ~主要監督と共に振り返るハマジムの10年』というイベントに行って来ました。

2013-08-09

私の希望するあまちゃん最終回というかラストシーン

メインキャラ全員がお座敷列車に乗って

視聴者に向かってさようならをする。

最後にアキが全力疾走→海に飛び込み笑顔で顔出して

「おわり」

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