たしか芥川龍之介氏だったでしょうか、恋とは性欲の文学的表現だと言っていたのは。
僕のあなたに対する感情を表すならまさにそれに近いわけです。もっともその本質は性欲ではないので安心してください。
少し僕の話をします。
僕はその、みかけ一丁前な自意識が出来あがっていく頃、具体的には中学生の頃なんですけど、自分のことを一人ぼっちだと思っていました。物質的にではなく、精神的にです。
生活には余裕がありました。勉強も運動も苦手ではなかったので、特に不自由はしませんでした。僕のことを好きだと言ってくれる子もいたくらいです。
コツコツ勉強をするのは嫌いでした。部活動は何度も理由をつけてサボっていました。にもかかわらずそれなりの結果を出せていました。
しかし努力の結果ではないので充実感もなく、自分がそれが得意だと思ったことはありませんでした。
まさに砂上の楼閣ですね。高校に入ってこの町を出たらただの凡人なんだろうと思っていました。
にもかかわらず、当然ながら周囲はそういった心情を汲んではくれませんでした。
教員は受験のことで熱心に近付いてきたし、部活では地元の高校に連れていかれて練習させられました。
学校というシステムにおける立場があがればあがるほど、周りの人間とは線が引かれ、僕は同じ立場の人間を得られないまま、
ひとりぼっちだと思い、どんどん殻に閉じこもっていきました。
まぁそんなに珍しいことでもないと思うのですが、もともとの自意識過剰な性格に加え、環境的なことも相まって、あの頃の僕は特別歪んでいたのでしょう。
毎日寝る前に、真っ暗な自分の部屋でスタンドライトをつけ、カッターナイフでHBの鉛筆を削っていました。
一度その最中に母親が部屋に入ってきたことがあり、彼女は心配したようでした。当時の僕はそんな心配もうっとおしいと思っていました。
鉛筆を削っていると少しだけ満たされるような気分でした。鉛筆削りで削ったものと遜色のないものが出来ると何故か嬉しかったのを覚えています。
それを終えて眠りにつく。それだけのことでバランスをとっていたのだから我ながら忍耐強いと思います。
これは非常によく出来た映画です。僕はこの映画が一番のお気に入りな訳なのですが、漂うウェルメイド感から、そういった趣向と勘違いされることが多いです。
まぁ違うといってもさらっと説明出来るモノでもないんですけれど。
この映画どういうものかというと、時間をさかのぼる能力を手に入れた主人公が自分と他人の人生をより良くすべく奮闘する物語です。
主人公のエヴァンは人生を良くする為に過去に戻り失敗を清算していく、しかし直ったはずの世界にはほんの小さなほころびがあり、
それらを全て修正しようと何度も過去に戻るうちに事態はどんどん悪くなっていく。
神のごとき能力を手に入れた青年が神の真似ごとをするのだが上手くいかない。そして青年が最後に辿り着いた選択とは。
この映画を観た時に感じたのは映画って凄いという感情でした。それ以上は言葉に出来ません。ごめんなさい。
僕には主人公のエヴァンの気持ちが痛いほどわかったし、周りに振り回されて、苦悩する主人公の中にその時の閉じこもっていた僕がいた気がしました。
ラストシーン、恋人を救うために過去に戻り恋人との関係を絶ち、関係をなかったことにする。
そして離れ離れに暮らしていた主人公が都会の人ごみの中で成長した恋人らしき人物とすれ違う。
今思い返してみると何にそんなに感動したのかわからないくらいベタなのですが。その時の僕にとっては確かに自分のことを言っているように思えたし、
それが恐らくエールに聴こえたのでしょう。詳しくは想像しか出来ませんが。
しかしながらなんだかその頃からと色々上手くいくようになった気がしたのです。まぁそれは結果論かもしれないですけど。
それからはさほど悩むことなく過ごすことが出来ました。田舎から出て新しい友人と出会い。今は東京で暮らしています。
相変わらず映画は大好きで、こねくり回して楽しんでいます。大学では自分で映画も撮ったりもしました。
僕にとって映画というのはそれくらい大事なものになったのです。
まぁ勿論歳をくってくると、悩んだ時に映画をみても何も解決しないことはわかってくる訳ですが。
これまでも問題を解決してきたのは自分の力だし、誰かの力を借りたりも大いにしています。
無くなっても生きていけなくもない気もしますが、それは気のせいで、やはり映画がない生活は考えられません。
と、長くなりましたがここいらでようやく本題に移りたいと思います。
なんと形容するのかは非常に悩むところですが、恋というのが一番近いと思います。
実際に映画を撮ってみてわかることはかなり多く、自分たちが如何に上質なコンテンツになれてしまっているか、
出来不出来に関わらず自分のつくったものにはそれなりの愛着がわくこともわかりました。
そして何より楽しかったのです。
映画を山ほどみたし、映画についてなら一日中喋っていられます。
ただ少しだけ引っかかることがあります。それはいつまでたっても完璧な映画に出会えないことです。
好きな映画を十本挙げろと言われればできますが、僕がほんとうにみたい映画には未だ出会えずにいます。
このことが僕が映画に恋をしている由縁なのです。
少女の恋がおおよそ世界に存在しない王子様を所望するように、僕もまた世界にあるはずもない完全な映画を求めているのです。
そして恐らくそれは一生叶うことはないでしょう。エヴァンが再開した彼女に声をかけなかったこと、それは恐らくこんな気持ちだったのでしょう。今は今なりに分かる気がします。
触れてしまうことで壊れてしまう幻想、自分が彼女と関わりない人生を送ること、その決断に価値はなかったのかもしれない。
エヴァンはあの時、声をかけないことで無意識に自分の幻想を守っていたのだと思います。
僕もまた、完璧な映画を探すことで、自分を守っているのかもしれません。至上の目的を持つことで自制を失わないように。
少し前、某動画サイトを眺めていると、こんな文言を発見しました。
僕は一も二もなく反応していました。
僕は脚本担当を申し出ました。当事者は僕より一回り上のおじさんで、一発当てる気まんまんといった感じでした。
作業は辛かったですが、やはり楽しかったです。
寝るのも忘れて書きました。
出来あがったものはこれ以上ないほどの出来だと思いました。
完成したその瞬間、ほんの少しだけ、あの時の夢のしっぽがみえた気がしたのです。
僕はその時ようやくあの時のバタフライエフェクトを超えることが出来るかもしれないと、本当にそう思うことが出来たのです。
まぁ色々あって結局僕の脚本は採用されることはありませんでした。残念ですが仕方ないことです。
しかし何よりも、物語を創るということだけでも映画と関われると気づいたことはこれ以上ない幸いでした。
いつか僕に映画を撮れる新しい友達が出来たらこの脚本を読んでもらいたいなと思います。
しかしながら実は脚本を書いたことよりもその過程の方がその実、発見に満ちていました。
その脚本は書き始めるまでがとてつもない難産でした。おじさんから縛りを貰ったのはありがたかったのですが、考えれば考えるほどその縛りがネックになっていきました。
そして、もうどうしようもなくなった時、僕はごく冷静に、極めて自然におじさんのことに思いをはせてみました。
脚本も書けないくせに、映画を撮りたいと抜かすいい歳のおじさんは自尊心にまみれ非常に滑稽でしたが、それと同時に何故か悲哀や、尊厳、意地を感じました。
僕はおじさんと会話を重ね、モノを尋ね、そのことを参考に本を書きました。
脚本が出来あがる頃には、僕の中で既におじさんと僕は良きパートナーになっていました。
まぁ、さっきも言ったように、結局おじさんのクズとしか言えない本性を目の当たりにしてしまうのだけどそれはまた別の話です。現実って厳しいですね。
これでどこまで行けるか。あの時、僕は恥ずかしながら、確かに自分のつくる脚本に恋をしていました。
それは以前のように憧れるだけのものではなく、目の前のこの物語と横に並んで一緒に歩いていく、そんな淡い想いだったのだと思います。
唯一ノイズがあるとすれば、それがおっさんのことについて書かれていることです。
しかしながら、その気持ちは僕の中で憧れを経て、それ自体を愛し、期待し、守るもの、そして明日を与えてくれるものへと変わっていきました。
こんなことを書くのも気味が悪いと思いますが、僕はあなたが恋している相手に心当たりがあるのです。
映画に映っているのはいつでも人間です。姿形、人がつくったモノ、人を囲むモノ、人の心、映画の、いやあらゆる表現の中に人間と関係のないモノはありません。
どうして日々新しい映画が生まれてくるのか。それはまだ人間が未知で、支配出来ないモノだからではないでしょうか。
それらを愛し、それらに期待し、それらを守る為に映画は今日も撮られているのだと思います。
芥川が、ほとんど死の直前まで書いていた文章の中に映画のシナリオがあったといいます。
日々募る絶望の中、彼は映画をみて何を思っていたのでしょうか。
僕は映画のことしか知らないし、それもたかが知れています。(文学も少しかじっていますが)しかしながら現代、生活と映画は近しいモノだと思っています。
僕は芥川の書いたラブレターは文学だと思っています。なぜならあれを読むといつも涙が出てくるからです。それでは説明になってませんでしょうか。
僕たちはかつて例をみないくらい幸いだと思います。共に歩くものに確固たる自分をのせることが必然として出来るからです。
僕は映画に飽きないでしょう。あなたが人間に恋していても、きっちりそれごと抱える覚悟です。
僕とあなたは違いますが、少なくともあなたの憧れているものの一部です。
だからこんなことを言うのは変かもしれないけど、あなたのことが大好きです。
優しいところが好きです。
冷たいところが好きです。
怖いところが好きです。
笑わせてくれるところが好きです。
泣かせてくれるところが好きです。
以上、あなたに恋する男からの言葉です。返事はくださらなくて結構です。ただ微笑みかけてくれればとてもうれしいです。それではまた。