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はてなキーワード: キャプテン・アメリカとは

2021-10-14

アメコミゴルゴ13キャラクター像のちがい。

まあこれは雑語りになるんだけれど、「日本アメリカの娯楽内での政治への言及」というのは、おそらく文化的な背景が異なる。

おそらく、アメコミヒーローとの対極にゴルゴ13がいる。

特定正義に付くことをゴルゴ13は良しとせず、どんなクライアント思想についてもゴルゴ13特定主義に立つことはない。

まあこれは、さいとうたかお先生が、敗戦のさい善悪が入れ替わったりしたということに発端があるわけだが。

しかし、アメコミヒーローというのは、平然と「現実にある社会問題のそのもの」に憑依してしまうし、マンガの中でマジモンの社会運動や、差別問題にぶち当たる。

このあたりは、米国暴走した正義により壊滅的な敗戦を受けたことがないってことに由来するのだと思う。

キャラクター思想正義を憑依させて、そのまま社会を変えることに対して、ブレーキがない。

しろコミック社会問題表現することが義務となってる側面すらある。

どちらがいいとか、悪いとか言うつもりはさらさらないのだが、そういう文化があるということを押さえておかないと、ポリコレがどうのこうのという話になりがちである

日本マンガに「もっとマイノリティを憑依させて、社会問題コミットしろよ」という人が出てこない限り、問題はない。

なぜ日本で、「社会正義マンガキャラクターにそのままズバリ語らせることがダサいのか。正義のものにも懐疑的な目が向けられるのか」というと、戦前思想統制に娯楽が使われたということが大きいと思う。

当然、アメコミキャプテン・アメリカが、日本兵や赤狩りをしていたわけだが、壊滅的な敗戦というショックがない分、大体その手の反省というのは限定的な気がする。

2021-08-15

カム・進撃・鬼滅はどれもWW1より前が舞台だよね

やっぱりその辺から生身のヒーローが戦況をひっくり返すとか無理になってくんのかね。

キャプテン・アメリカは座っててね。

2021-01-10

anond:20210110023411

アイアンマンとかアメリカでもマイナー漫画映画で有名になったんだよ

ソーとか作る方も成功すると思ってないから、増田も感じたようにめっちゃ制作費抑えてる

キャプテンアメリカも当時「あんなもん21世紀映画化してどうすんだ」って感じだった

アベンジャーズはああい作品群を計画的にやって、ちゃんアベンジャーズまで作ったのが当時すごかったの

今は普通になっちゃったけどね(連作で作るというのは今でも他の殆どは失敗してるけど)

あと自分でもわかってるだろうけど、当時のキャッチコピー覚えてるのに10年近く見てなかったようなドライな人向けシリーズではないよな

スポーツ中継を録画で見るようなもので、ちょっと見る方にも熱意がねえと・・・

アベンジャーズ以降で比較面白いのは

キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー

アントマン

マイティ・ソー バトルロイヤル

アベンジャーズの3と4

このあたり、他は別にって感じ

2020-12-27

格闘ゲームを超久しぶりにやってみた

格闘ゲームをやってみたんだよ。なんとなく。いやなんとなくっていうか「新規層が薄くなってる! 格ゲー未来はあるのか!?」みたいな記事を昔読んだ記憶が、ゲームパスに入ってたマーベルvsカプコンインフィニティットを見た瞬間フラッシュバックたから。すでにゲームパスに金払ってるから無料DLできるし、やってもいいかなって思えて。ロックマンキャプテン・アメリカも好きだからね。

格ゲーするのは超久しぶり。確かゲーセンギルティギアゼクスちょっとやって「俺には無理だなぁ」と思ってやめちゃったくらい以来。スト2も夢中でやったけど小学生の頃の話だ。

んで、今の格ゲーがどうなってるのかワクワクしながらやってみたわけよ。衝撃を受けたね。この面倒臭さの塊に。

キャラが一人ひとり必殺技コマンド違うのはわかるよ。それくらいは覚えろっていうのも。波動拳コマンドは体が覚えてたかサクサク出せた。よかった。

んでこのゲームキャラごとにそもそもシステムが違うのな? ロックマンチャージがあるし、クリスはよくわからん残弾仕様だし、ダンテコンボは何が何なのかわからない。

しかもこれインフィニティストーンで立ち回りも変わるんだろ? それ全部覚えるんだろ? んで、そこから相手の相性を覚えて、それでようやくスタートラインなんだよね?

ぜってー無理! 無理!! 面倒くさい! こんなのオンラインで遊ぼうとか無理だよ! ストーリーモード始めたけど、毎戦ごとにキャラがかわってそのたびに操作方法行方不明になって迷子だもん。これ格ゲーマーは全部覚えてるの? 尊敬するけど真似したくはないわ。今はもうアンインスコしちゃった。たぶん二度と格ゲーにふれることはないと思う。

2020-12-10

キャプテン・マーベルくそまらなかった。

もう結構経ったから言う。

キャプテン・マーベルという映画がクソつまらなかった。

とても、アベンジャーズシリーズのエンドゲーム前にやる映画としては物足りない映画だった。

というのも、キャプテン・マーベルが、ただ強さがインフレしただけの「強いだけのキャラクター」だったからだ。

人間的な魅力がまったくない。

ただ強いだけのヒーローだった。

そこにはハルクのような二面性や、キャプテン・アメリカのようなやさしさや、アイアンマンのようなユーモアと繊細さがまったくなかった。

ただ強いだけのクソキャラクターだった。

なぜ登場させたのかとさえ思う。

シンプルに駄目な映画だった。

映画製作者は強い女性ヒーローを出したかったのだろうが、それはただのクソヒーロー女性を観たかったのではない。

面白い女性ヒーロー人間的な魅力に溢れた女性ヒーローが観たかったのだ。

全然魅力がない。

次回作ではもっと人間的な魅力を掘り下げて欲しい。

2019-11-26

anond:20191126101104

何がしたいのかさっぱり分からん

要は喰えないし飽きっぽいけどクリス・エヴァンスみたいなマッチョになりたいと

肥大に関しては、言う通り太らなきゃ駄目。プロテイン飲むしか

ジョギング健康維持したいのか早く走りたいのか分からんが、キャプテン・アメリカ体型で早く走るのは辛いぞ。持久力無くても5kmは走ろう、歩いて良いぞ

ぶっちゃけ質的にはEXILEみたいな細マッチョwwwで良いんじゃない?腕立てとか言って腰振るような雑魚の方が日本じゃモテる

何にせよ習慣化出来ないなら無理だけどな。あとお前良い身体になりやすいんじゃなくて、ただのガリなだけでしょw

2019-10-09

DCコミックス/マーベルコミックキャラクターの初登場年表

映画テレビドラマに登場するキャラを中心に。

太字は単独映画の主役になっているキャラ

()はヒーローチーム。

初登場DCコミックスマーベルコミック
1938スーパーマン
1939バットマン
1940フラッシュ
グリーンランタン
シャザム
キャットウーマン
ジョーカー
1941ワンダーウーマン
アクアマン
グリーンアロー
キャプテン・アメリカ
1942
1943
1944
1945
1946
1947ブラックキャナリー
1948
1949
1950
1951
1952
1953
1954
1955
1956
1957
1958
1959(スーサイド・スクワッド)
スーパーガール
1960(ジャスティス・リーグ)グルート
1961(ファンタスティック・フォー)
1962スパイダーマン
ハルク
ソー
アントマン
1963(アベンジャーズ)
(X-メン)
アイアンマン
ドクター・ストレンジ
ワスプ
1964デアデビル
ホークアイ
ブラックウィドウ
スカーレットウィッチ
クイックシルバー
1965
1966ブラックパンサー
1967キャプテン・マーベル
1968
1969
1970
1971
1972ゴーストライダー
ルーク・ケイジ
1973ブレイド
ドラック
1974ウルヴァリン
パニッシャー
アイアンフィスト
1975ストーム
モーラ
1976スターロード
ロケットラクーン
1977
1978ミスティーク
1979ウォーマシン
1980サイボーグ
1981
1982
1983
1984ヴェノム
1985
1986(ウォッチメン)
1987
1988
1989ハントレス
1990ケーブル
1991デッドプール
1992レニー・モントーヤ
1993ハーレイ・クイン
1994
1995
1996(バーズ・オブ・プレイ)
1997
1998(ビッグヒーローシックス)
1999
2000
2001ジェシカジョーンズ
2002
2003
2004
2005
2006バットウーマン
2007
2008(ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー)
2009

ウォッチメン便宜上チームとして扱っています

2019-08-23

ここでポリコレに詳しいと評判のMCUさんの全監督脚本主人公属性を振り返ってみましょう

アイアンマン』         監督脚本主人公 白人

インクレディブル・ハルク』   監督脚本主人公 白人

アイアンマン2』         監督脚本主人公 白人

マイティ・ソー』        監督脚本主人公 白人

キャプテン・アメリカ』     監督脚本主人公 白人

アベンジャーズ』        監督脚本白人男 主人公 男女混合 

アイアンマン3』         監督脚本主人公 白人

マイティ・ソーDW』       監督脚本主人公 白人

キャプテン・アメリカWS』    監督脚本主人公 白人

『GOG』              監督脚本主人公 白人

アベンジャーズ/AOU』      監督脚本白人男 主人公 男女混合

アントマン』          監督脚本主人公 白人

『シビル・ウォー 監督脚本主人公 白人

ドクター・ストレンジ』  監督脚本主人公 白人

『GOGリミックス』     監督脚本主人公 白人

スパイダーマンHC』   監督脚本主人公 白人

マイティ・ソー バトルロイヤル  監督脚本主人公 白人

ブラックパンサー』       監督脚本主人公 黒人男(と脚本白人男)

アベンジャーズIW』        監督脚本白人男 主人公 男女混合

アントマン&ワスプ』      監督脚本白人男 主人公 男女混合

キャプテン・マーベル』    監督脚本主人公 白人女(と脚本男)

アベンジャーズEG』      監督脚本白人男 主人公 男女混合

スパイダーマンFFH』      監督脚本主人公 白人

 

 

 

萌え系とは言え、女作者、監督脚本が当たり前かつヒットも飛ばせる日本アニメ漫画と比べると

果たしてどちらが真にポリコレを達成していると言えるのか

再考必要なようですね

2019-05-17

anond:20190517112715

Marvel Cinematic Universe(公開順)


インフィニティサーガフェイズ1〜3)
フェイズ1

アイアンマン』(2008年公開)

インクレディブル・ハルク』(2008年公開)

アイアンマン2』(2010年公開)

マイティ・ソー』(2011年公開)

キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011年公開)

アベンジャーズ』(2012年公開)

フェイズ2

アイアンマン3』(2013年公開)

マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(2013年公開)

キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年公開)

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年公開)

アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年公開)

アントマン』(2015年公開)

フェイズ3

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年公開)

ドクター・ストレンジ』(2016年公開)

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(2017年公開)

スパイダーマン:ホームカミング』(2017年公開)

マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年公開)

ブラックパンサー』(2018年公開)

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018年公開)

アントマン&ワスプ』(2018年公開)

キャプテン・マーベル』(2019年公開)

アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年公開)

スパイダーマン:ファー・フロムホーム』(2019年7月5日全米公開予定)

Marvel Cinematic Universe時系列順)

1942年

キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011年公開)

1995年

キャプテン・マーベル』(2019年公開)

2000年代 - 2010年

アイアンマン』(2008年公開)

アイアンマン2』(2010年公開)

インクレディブル・ハルク』(2008年公開)

マイティ・ソー』(2011年公開)

アベンジャーズ』(2012年公開)

アイアンマン3』(2013年公開)

マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(2013年公開)

キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年公開)

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年公開)

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(2017年公開)

アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年公開)

アントマン』(2015年公開)

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年公開)

ブラックパンサー』(2018年公開)

スパイダーマン:ホームカミング』(2017年公開)

ドクター・ストレンジ』(2016年公開)

マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年公開)

アントマン&ワスプ』(2018年公開)

この時点で『アベンジャーズから6年経過

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018年公開)

アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年公開)

スパイダーマン:ファー・フロムホーム』(2019年7月5日全米公開予定)

いかがでしたか

2019-05-08

Twitterアイコンの付くアベンジャーズハッシュタグ一覧

連休明けだから仕事はかどらないです。すみません

アイアンマン

#IronMan #TonyStark #アイアンマン

#PepperPotts #ペッパーポッツ

#WarMachine #ウォーマシン

#HappyHogan #ハッピーホーガン

インクレディブル・ハルク

#Hulk #ハルク

マイティ・ソー

#Thor #ソー

#Loki #ロキ

#Valkiria #ヴァルキリー

#Korg #コーグ

#Miek #ミーク

キャプテン・アメリカ

#CaptainAmerica #SteveRogers #キャプテンアメリカ

#WinterSoldier #BuckyBarnes #ウィンターソルジャー

#TheFalcon #ファルコン

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー

#StarLord #PeterQuill #スターロード

#RocketRaccoon #ロケット

#Groot #IamGroot #グルート

#Drax #ドラック

#Mantis #マンティ

#Gamora #ガモーラ

#Nebula #ネビュラ

アントマン

#Antman #ScottLang #アントマン

#TheWasp #ワスプ

ドクター・ストレンジ

#DrStrange #DoctorStrange #ドクターストレンジ

#Wong #ウォン

スパイダーマン

#SpiderMan #スパイダーマン

ブラックパンサー

#BlackPanther #TChalla #ブラックパンサー

#Shuri #シュリ

#Okoye #オコエ

#Mbaku #エムバク

キャプテン・マーベル

#CaptainMarvel #CarolDanvers #キャプテンマーベル

その他

#NickFury #ニックフューリー

#BlackWidow #ブラックウィドウ

#Hawkeye #Ronin #ホークアイ

#MariaHill #マリアヒル

#ScarletWitch #スカーレットウィッチ

#Thanos #サノス

#Stonekeeper

#InfinityGauntlet #InfinityStones #インフィニティガントレット

#MarvelStudios #KevinFeige

#Avengers #Endgame #AvengerEndgame #アベンジャーズ #ありがとうアベンジャーズ

2019-05-07

anond:20190507172020

せやろか…「奴隷」っていう名前制度消滅しただけで似たような構造の別の何かによって黒人らが使役されている現状はあんま変わってないんちゃうか。

でなければわざわざピーターパーカーマイルズ・モラレスにしたりキャプテン・アメリカキャプテン・ファルコンにしたりせんやろ。

2019-04-28

アベンジャーズ/エンドゲームを見た。スーパーソルジャーよ、ヒーローとは何だ。

※以下は、アベンジャーズ/エンドゲームに対する自分の想いをありのまま書いたものだ。

ネタバレを含み、総じて世の中の感想とは逆行している節がある。











まず、今回のアベンジャーズ/エンドゲームは最高だった。

映画は、作成の都合上、色んなことを妥協したり、すり合わせたり、あちらを立てこちらを立て、今回は約10年分の全てを凝縮し、ラストの1本を作らなければならない。

そのさまざまな事情の中で、できうるすべてを詰め込んだ最高傑作を届けてくれた。

本当に。この超大作の終わりにふさわしい映画だった。

なぜなら。最高の映画だったからだ。

笑い、息を呑み、涙し、感動し、ハラハラ、ドキドキした。あの人もこの人もこのシーンも見たかったのもが全部見れた。



そんな傑作だからこそ

キャップ理想キャップのままで終わって欲しかった。

断じてキャップ幸せを願っていなかったわけではない。

理想キャップ』とは私の中でだけにある理想だ。

今回のラストこそ最高と言う人もいるだろう。

果たせなかった約束を果たし、ひとりの人として幸せ人生を送ったに違いない。わかってる。

しかし、洗脳され敵同士だった時もあるとは言え、その後また過去を取り戻し、70年の時を経て変わらず友となり、仲間になった、同じ境遇バッキー気持ちどうなる。

あれだけ過去を変えてはいけないと言っていた話は?

これではそもそもをなかった事にした世界になって、今までのことはパラレルワールドでも良くなってしまわないか

もう一度言う。

キャップ幸せになったであろう事を否定する気持ちはない。

それにエンドゲームは最高の映画だった。

私は、おそらくガチMCUファンからみれば、まだまだニワカだろう。

原作は追いかけず、映画のみのMCU世界しか知らないし、未だに公開順は覚えられないし、登場人物名前もスッと出てこないこともある。どのタイトルでどこで戦ったのかとかも少しすればきっと記憶がおぼろげになるだろう。

そんな中でも、キャプテン・アメリカアイアンマンには思い入れが強かった。

から、トニーの事は非常に残念で、見ている時だって胸が張り裂けんばかりだった。

正直、隣の人に迷惑かもしれないぐらい泣いた。

私にとっては、スティーブいてこそのトニー、トニーいてこそのスティーブだと思っている。だからキャップだって、トニーと同じぐらい、華やかなラストをむかえて欲しかった。

わかっている。冒頭で書いたように、映画作りには色々な事情があるのだ。

これまでのキャップがずっとアベンジャーズでいる事は叶わないのもわかっている。

でも、できる事なら、(こちら側の身勝手で、重荷なのを承知で)キャップには変わらず、気高く、ヒーローとして、これから未来を生きてほしかった。

未来の為に命を燃やしたトニーやナターシャの分も、これからアベンジャーズの戦いを見守りつつ、自分人生を生きて欲しかった。

悔しい。

あのキャップが…

任務を終えたからと言って、自分人生を生きようと思うことがあるのだろうか。

命を捧げてスーパーソルジャーになり、アメリカの為に、世界の為に、平和の為に、いつだってリーダーとして、いつだって善としてそこにいてくれたじゃないか

悲しい。

MCUシリーズは好きだ。

ここ最近の新顔メンバーの今後も気になる。

スパイダーマンアントマン、Dr.ストレンジ、好きなキャラもたくさんいる。

公開予定されている作品も引き続き見ると思う。

ただ、しばらくエンドゲームは…

もらってきた子のように接し方がわからないままだろうなぁ。

アベンジャーズ END GAME は最高と最悪が同居してて辛い。

タイトルから察せる通り、以下はMCU作品群(特にエンドゲーム)の重大なネタバレを含むので、自己責任で読んでくれ。

まず始めに言っておくと、この記事通りすがり他人のクソデカ感情を吐き出すために書いたお気持ちブログであることを承知の上で読んでほしい。

暇でもなんでもいい、別に誰一人として読まれなくてもぜんぜん構わないけど、自分一人で抱えるには大きすぎる感情ジェットコースター体験した私が気持ちを整理するためのもので、読み終わった後に胸くそ悪くなったとか、そんなどうでも良いことで喚くなとかいう苦情は受け付けてない。

私が私のために書く私の気持ちを整理するお気持ちブログだ。ここまでで、なんだコイツと思ったヤツは悪いが帰ってほしい。












まず始めに言うと、このたび2019/04/26(日本公開)の「アベンジャーズ エンドゲーム」は最高の映画だった。

私は前作「インフィニティー・ウォー」を劇場で見てから「エンドゲーム」が公開されるこの日を、ずっと待ち遠しにしてきた。と同時に、死刑宣告を言い渡される日だと思ってきた。

そこについての詳しい話しは後ほどとして、弊推しキャプテン・アメリカだ。ここからは8割かれの話しになるので、それを念頭に置いて読んでほしい。


上映が始まり、私はすぐにこう思った。

最高だ。

キャプテン・アメリカカットはかなり多い方だと言って良いし、何よりその美しい顔面が際立つシーンが多くて終始動悸が止まらなかった。

登場初っぱなの髭を剃り終わったシーンなんかは大変興奮した。鏡越しに送られる目線にゾクゾクした。青い瞳が堪らなく美しかった。

過去に跳んだ先で、「アメリカの尻」と揶揄され腰からヒップラインがドアップになって私が失神しそうになったり、宿敵のフリをするために「Heil HYDRA」と言って見せたり(!)、タイミング悪く過去自分VS.現在自分の凄まじい戦闘を繰り広げたり。

最終決戦なんかムジョルニアを使って(持てたの!知ってた!!でも公式でやると思ってなかった!!)、盾とのコラボ技を披露して無双するシーンなんかもあって、私は終始死にそうだった。



公式で見られないだろうから二次創作に期待していたアレやソレがすべて公式で起こった。

何を言っているかからないだろうが私にも未だによくわからない。公式が最大手だった。

上映中、頭に過ぎるのは命日の二文字だけで、あまり怒濤の展開に呆然スクリーンを見守るしかなかった。

こんなにも美しくもたくましい推しの姿をこんな大画面で見てしまって良いんだろうか。私は明日死ぬんじゃないだろうか。

決戦が終わったとき、私は本当にそう思ってたし、うぉーがしびってあれこれの解消し切れてない部分も、これなら許せそうだと思った。

まりにも美しい終わりに涙すら出そうになった。













そう思ったこの瞬間の私をぶん殴ってやりたい。











私の地獄は、このおおよそ2時間半が終わり、あとはちょっとしたエピローグと、長い長いエンドロールだけだろうというタイミングで始まった。


彼は“キャプテン・アメリカ”の仕事として最後の後始末を受け持った。それはインフィニティー・ストーン過去へ戻す仕事だ。

なるほど、それは重要だな。

このときまだ、呑気にも私はそう思っていた。今すぐそこで見るのを辞めろ。


バナー博士が「五秒経ったら彼を時空から連れ戻す」と言った。

しかし、装置作動させても彼は戻ってこない。訝しんで、彼を見つけて。

彼は年老いて戻ってきていた。近くのベンチに座って。だから帰還に気付かなかった。

「もう自分人生を歩んでも良いんじゃないかと思った」彼がそういった。



目の前が真っ暗になった。




自分人生を歩むこと自体が悪いことではない。それは私が何処かで迎える彼のハッピーエンドだと思っていたから。

しかし、そうじゃない。そうじゃないんだ。

自分人生を歩む”と言っていいのは、戻ってきて、この先の未来を生きての話しではないのか?


なんで?

どうして?


まりの動揺に震えが止まらない。


彼が過去をやり直して戻ったと言うことは、“キャプテン・アメリカ”として行った任務を、石を返した時点で完遂したと自己判断放棄して、過去改竄して戻ってきたということだ。

MCUが何処までマルチバース採用していて、タイムトラベルによる世界分岐パラレルワールドを取り扱っているのかはわからない。

あの正規世界線の歴史が変わったわけではないのかも知れない。

それでも、だ。


吐き気すらも覚えた。

散々、タイムトラベル過去を変えるコトは禁忌であるという下地を本作で作った上での、コレ。


キャプテン・アメリカというキャラクター馬鹿にされているのかと思った。

頑固で考え方が古いかも知れないが、高潔なる精神の持ち主ではなかったのか。

自分幸せになるために歴史を書き換えるような、そんな軽率人間であったのか?


彼の信念は何処に行ってしまったんだろう? 呆然としてしまった。


私の知識はまだまだ浅い方だ。アメコミという沼はあまりに深すぎて年浅い私にはまだまだ知らないことの方が多いだろう。

それでも、複数媒体から感じ取った「キャプテン・アメリカ」の信念と、今回の彼の行動はあまりにかけ離れていたと思う。


彼は、犠牲を尊んで、彼らのためにも前を向いて歩くタイプ人間ではなかったのか?


キャラクター根本が死んだと思った。

今までのMCUでの彼の扱いは、キャラ解釈の違いで殺されるかと思ったシーンが幾度もあった。(それもすべてエンドゲーム監督作品だ)

それもコレも今日で終わりだと思った。そのはずだった。「シビル・ウォー」からずっと抱えてきたモヤモヤ解放されると思っていた。

まさか最後最後で私が彼を好きになった信念そのものをたたき折られるとは思ってなかった。



この事実認識した途端に、私は堪らなくトニー・スタークに嫉妬した。

怒りを感じたと言っても良い。但しこちらは、制作陣に対して、だが。



かにトニーの最後は、ハッピーエンドではなかったかもしれない。

それでも、彼は誰にも害のない形で己の幸せ享受した上で、自己の“ヒーローである信念”を貫き通して死んだのだ。

誰にも疑いようのない唯一無二の英雄となったのだ。




それに比べて、彼は、スティーブは?

制作陣の都合で言いように改変を繰り返されて、彼のズタズタになった信念を、きっとこの最後で修復してくれるんだと思った。

そうじゃなかった。作品を丸く収めるために良いように使われただけだった。何一つ変わらないどころか、より最悪の形で悪化した。

彼だけではない、ソーだって、前三作で作られてきた彼をすべて壊して何事もなかったように進んだ。

スティーブよりは違和感は少なかったかも知れないが、何故このタイミングで、と言う気持ちが拭えなかった。


ツイッターでは英雄一般人となって自己幸せを歩んだ作品だとか、脱マッチョイズムだとか言われてたけど。


からなんだ?


それって既存キャラクターの基盤をぶち壊しにしてまで展開してイイモノなのか? しなければいけないものなのか?

仮にやるとしてもこの集大成とも言える全員揃う映画でやるべきコトではないんじゃないだろうか。

今までの下地嘲笑っているようなものじゃないか

本当に、今も怒りで視界が赤くなる。



この映画は巨大なトニー・スターク賛美のための墓場となったのだ。


彼だけが己の正義を貫き通した。そして死んだ。

トニー・スタークを恨むモノは誰もいない。

これほどまでにキャラクター理解され、制作陣に愛されていた。

本当に本当に妬みで爆発しそうなほどだった。







それなのにトニー派の連中はスティーブを薄情者だといって責める。

スティーブの劇中での言動推しの私でもフォロー仕切れないところがある(だからといって全面的にトニーを擁護も全く出来ないが)。

からそれ自体は、特に訂正しようとか思わない。どんな思惑に巻き込まれて信念がたたき折られたとしても、それは“現実”(そと)のはなしであって、“MCU世界”(なか)には関係ないはなしだから

それはまるっと彼の罪なのだ

それでも。









心底羨ましいよ。

脳の神経がすり切れそうなほど羨ましい。






推しは美しいまま死んで、尚且つ責める相手がいるんだから


苛々モヤモヤしても作中に怒りをぶつけられる相手いるから。

自分の中でもさぞ納得がしやすかっただろう。


なんで、彼ら彼女らはこんなにも恵まれていて、私はこんなにも苦しんでいるんだろう。


私は作中に責めることの出来る人間などいない。あえて言うならキャプテン・アメリカ本人だが、自分推しを悪意的に見るほど苦痛ことなどない。

悪人悪人である所以を好きになったというなら、また話しは違うだろうが、生憎私が好きになったのはヒーローの彼なのだ

多少の欠点の他に、悪意的に捉えられるところなど、少ないはずなんだ、本来なら。

彼はヒーローだった、はずなのだ。はずなのに。








ヒーローとは、なんなのだろう。


「エンドゲーム」を見てから、一晩経った今でもずっと脳内をこの言葉が占めている。

私に過去に戻る力があるなら今からでも「ウィンター・ソルジャー」の撮影まで戻ってあの監督を始末してしまいたい。

いっそのことBIG3全員殺してほしかった。





彼の、キャプテン・アメリカのこのエンディングは、「エンドゲーム」で一区切り(実際は次作スパイダーマン区切りだが)着くMCUという作品群を丸く収め、また次のフェーズ4に繋げるためには必要で、全体的に見れば“正解”であり、納得のいくモノだったのかも知れない。他人様の感想を読んでいて、そういう気持ちに全く為らないという訳ではない。

でも、理解が出来たからといって、納得が出来るからといって、許容できる訳ではないのだ。


だって彼は、すべての人を置き去りにして、己の幸せに走ったあの男は、もはやヒーローではないのだから

それは、私の好きになった彼ではないのだ。

信念を貫くことを辞めた人間は、大体にしてこう言われる。

「昔とは別人だ」

MCU世界では彼にそうなる資格があると思っている人間が多かった。だからこそ中の世界では受け入れられたんだろうが、確かに人は変わってしまっているのだ。

別人なのだ







私はそれが受け入れられない。


ヒーローを辞めた彼には、もうムジョルニアを持つ資格はないだろう。

からこその二代目、なのかもしれないが。











今一度言うが、私の推しキャプテン・アメリカだ。

そもそもMARVEL作品を見始めた切っ掛けとして、彼の単独シリーズ第一作「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト アベンジャー」を見て、彼に一目惚れたからだ。

そんな私の推しの彼を演じるクリスエバンスは「エンドゲーム」を最後MCUから卒業すると宣言していた。冒頭でこの日が死刑宣告の日だと言ったのは、そういう理由だ。

もう二度と推しを見ることは出来ないのだから、私は死ぬんだと思っていた。

だけど、違った。死んだのは私ではなかった。



死んだのはキャプテン・アメリカの信念だ。

巨大なトニー・スタークの墓場の奥深く下に虐げられ、無残にもうち捨てられた彼の正義が崩れ去った日となってしまったのだ。



キャプテン・アメリカの信念はすでに散々あのクソ監督兄弟に改変されまくって、ボロボロで、もう雀の涙ほどだったけど。

それでもわたしはかれらしいさいごをのぞんでいた。




一生消えないだろう傷を負った。

それなのに周りには「エンドゲーム」を賞賛する声しか聞こえてこない。

世間が信念を捨てた彼を受け入れてしまたことが苦しい。

私にとっては、それこそが何よりの“彼が死んだ証明”だった。













私の推しの新作がもう来ることはない。

この先、カメオで出演するとしても、マルチバースの信念の折れてない彼でもない限りはそれは彼ではない。

この記事投稿することによって私はキャプテン・アメリカの、スティーブ・ロジャースの死した信念への手向けとする。


二代目には彼の崇高な精神が受け継がれ、折れることのないように祈るばかりである

2019-04-16

キャプテン・アメリカ/シヴィルウォー観てるけど

ルッソ兄弟アクションシーンの捌き能力ヤバすぎでしょ

2019-04-11

[]キャプテン・マーベル

キャプテン・マーベル』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

ほどよく100点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。ふむふむ満足であるぞ、と思いつつ帰路についた。とは言え、帰路において考察が止まらないとかはなく、色んな部分が程よく狙ったように及第点ではある。

MCU(マーベルヒーロー映画シリーズ程度のことだと思いねえ)ファン的にはくすりとわらえたり、ほろりと出来たりする要素はありつつ、全体としてのアクションCGバトルの派手さも有りつつ、脚本もウザくならないように欠点塞ぎつつ、いい感じというのが個人評価。大傑作じゃないけど程よく佳作。

ゆえに以上で感想終了である

ヒーロー内面資格

というわけで、ここからさきは感想じゃなくて感想風になる。

キャプテン・マーベル』は良かった。しかし、実はその良かった部分が自明じゃない。様々な要素が程よく及第点から全体合計で佳作なんだけど、何か突出した、訴えかけてくる部分が見つけづらい。

でもそれって無いわけじゃない。無かったら上映後もっと気持ちが尻すぼみになったと思う。だから良かった部分をちゃん言語化しておくほうが良いと思ってのメモだ。

いろいろ考えてたのだけど、『キャプテン・マーベル』は空っぽなところが良かった。その内面というか、背景が、他のヒーローに比べてポジティブに空白だ。そこが素晴らしく良かった。

ヒーローというのは超越的な存在で、それは能力的なものもそうなのだけど、内面的にもそうである必要がある。「信じられないほどの苦境や絶望に対して敢然と立ち向かう断固たる決意」みたいな部分だ。しかし一方で、ただ超越的であるだけではなく視聴者である凡人の僕らと地続きである必要もある。そうじゃないと視聴者ヒーロー感情移入することが出来なくて、彼らの苦悩や活躍他人事の白けた話だとしか思えなくなってしまうからだ。

アイアンマンキャプテン・アメリカというスーパーヒーローであっても、彼らの抱えた周囲から無理解へのいらだちや、内面孤独や、大切な人を失ってしま絶望という様々な苦難は、もちろん具体的な状況は違うのだけど、僕ら一般人生活を営む上で出会うそれらと変わりがない。ヒーローヒーローでありつつ僕らと同レベル人間存在であって、その同類が困難に向かって立ち上がるから胸が熱くなる。

マーベルというアメコミ企業は、扱ってる商品性質上、ヒーロー専門家であって、ヒーローについて多分毎日毎日めちゃくちゃ真剣に考えているから、そういうドラマの基本を十分に研究していてヒーローを生み出している。

その結果、例えば肉親を悪の襲撃や事故で失ったり、自分の将来の希望を奪われたり、社会からの拒絶で友を失ったり、両親との関係コンプレックスがあって取り戻せなかったり、愛を交わしたパートナーに去られたりする。……よくあるなー。

そういう内面的な危機を乗り越えた「から精神的に強いヒーローなのだー! ばりばりばりー! みたいなシナリオは本当に多い。でも、それってなんかこう……やりすぎて陳腐になったり、これみよがしな悲劇ドラマになったりもする。

言い方は悪いが「こんなにひどい目にあったんだから超絶能力を手に入れてもええやん?」みたいなエクスキューズにも見えてしまうのだ。ドクター・ストレンジお前の映画のことだゾ。

この「1)なんだかんだで凡人→2)内面的な困難や絶望の超克→3)不思議出来事が起きてヒーローパワー入手!(2と3は順不同)→4)乗り越えた主人公の爽快なアクション!→5)解決!」というドラマ構造はすごく強力なテンプレなのであらゆるメディアで見ることが出来る。

この構造において、ヒーロー内面的な資格は「不幸とその超克」だ。

でもたぶん、『キャプテン・マーベル』はそこに対して距離を取った。

ドラマを支えるために一応取ってつけたようにその構造はあるのだが、その部分には明らかに重心をおいていない。

主人公キャロルダンヴァース(キャプテン・マーベル)は、たしかにクリー人に洗脳されて傭兵扱いされてたわけで、そういう意味で裏切られていた(っていうか洗脳されてたって相当ひどい過去だよな。エリア88風間シンよりやべーだろ)わけだけど、じゃあそれが彼女内面悲劇であり彼女の中心か? というと別にそんなことはない。

リー指導者である超AIにたいしても自分を騙していた直接的な上官にたいしても、別段そこまで復讐意思はなさそうだ。現に上官のヨン・ロッグは叩きのめしたけれど宇宙船にわざわざ乗せてクリー星へ送り返している。

映画を見終わったあとに振り返ってみたけれど、彼女内面的な意味ヒーローになったきっかけというか契機となるイベントは実は本作のメインな時間軸中に存在しない。そのイベントの欠如は、従来の判断によればドラマ設計の失敗を意味するはずだ。でも、設計失敗の割にこの映画破綻してないしちゃんドライブされている。

これってどういうことなのか? 内面葛藤を経ていないキャロルは前述のヒーロー資格においては失格であるはずだ。しかし画面の中の彼女はさっそうとしてて格好いいし、見ていて気持ちいいし、応援も出来るしヒーローに見える。これってどういう設計なのだろう?

結論から言うと、その資格論にたいする本作の返答は「主人公キャロルダンヴァースは最初からヒーローだった」だったいうものだ。

この「最初から」というのは、文字通り子供の頃からという意味で。

作中でインサートされるように、キャロルは、子供時代記憶としてカートレース事故にあう。子供野球三振する。軍の教練において体力勝負で負けて周囲から笑われる。つまり、僕ら凡人がするような挫折を一通り普通にやっている。

そして彼女はなんだかんだ人生につきもの紆余曲折を経て、当時まだまだ女性に対しては門戸を閉ざしていた空軍パイロットエリート象徴でもある!)に実験部隊ということで潜り込んでテストパイロットになる。

その実験部隊トラブルが起きて、キャロルは恩師ウェンディローソン博士を助けるために飛行任務立候補し、その騒動の中であわや命を失うというところまで行くのだが、それはさておき。

その実験部隊で同僚でもありキャロル親友黒人女性パイロットマリアランボーセリフに「その時(恩師を助けるためにパイロット立候補したときの)のあんたはまさにヒーロー登場! って感じだったよ」というものがある。過去を回想する形で親友主人公を思い返した言葉だ。

この立候補ときキャロルスーパーヒーロー能力を持たない普通地球人だったわけだけど、にもかかわらず、「まさにヒーロー」だったわけである

能力のみならず、内面危機においても主人公キャロルはこの時点で、ヒーローにつきもの特別悲劇経験していない。恋人を謎の組織に殺されたりしてないし、四肢を切断されて生きる力を失ったりしてないし、故郷帝国に焼き尽くされたりしていない。

この作品は「それでもいいんだ」と言っている。そこが良かった。

まりカートレース事故から負けん気で立ち上がったとき子供野球三振したけど凹まずに再挑戦したとき、軍の訓練の綱登りで落下してもへこたれなかったとき、そのときキャロルダンヴァースはすでにしてヒーローであった。あらゆる困難に「なにくそ!」と立ち向かったとき、「すでにしてヒーロー資格を得ていた」わけだ。もちろんアクションバトル映画であるので、主人公キャロルヒーロー能力を得たあとにも虐げられたスクラル人を助けようとして銀河規模の争いに身を投じる訳だが、それはなにも特別なことではなくて、「眼の前の困難に対して意地や義侠心で立ち上がる」ことそのもの子供時代と変わらない。

あらゆる人のあらゆる人生につきものの、しかし本人にとっては重要な、日常の無数の挫折や失意から立ち上がること、諦めずにチャレンジするその姿勢、それこそがヒーローであると『キャプテン・マーベル』という作品は主張している。

それはつまり主人公キャロルだけではなく、広く開かれた一般凡人である視聴者への無言のメッセージでもあるのだ。「ヒーローになるにあたって特別巨大な悲劇喪失必要ない」。「この映画を見ている圧倒的多数普通の人々も十分ヒーロー足りうるよ!」と言っている。

これは脚本家が、従来のヒーロードラマに対してまだまだ満足せずに、ドラマ構造として一歩先に進もうとした野心の結実のように思える。

そのチャレンジがとても良かった。

ハリウッドアメリカロールモデル

アメリカ映画において、とくにハリウッド映画において、さら子供ターゲットに含めたヒーロー映画において、ロールモデルっていうのはすごく重要ポイントだ。ロールモデルっていうのはざっくり「目指すべき人物像」とでも言えると思う。「こういうのが良い人間です」という制作側の提案、という側面がハリウッド映画には確かにある。

日本ではちょっと馴染みのない考え方かもしれないけれど、要するに子供の頃に課題図書で読む偉人伝と同じような役割文化装置だ。二宮欣二とか野口英世とか夏目漱石とか聖徳太子とか。あのような人々の物語と同じようなジャンルとしてキャプテン・アメリカアイアンマンがいる。

人々は彼らに憧れるとともに、彼らを通して、正義や公や仁愛や克己を学ぶ。どういうモデルが「目指すべき人物像」になるかっていうのは、当然制作側/脚本側の提案によるんだけれど、その背景には当然制作当時の(主にアメリカの)世相が反映されている。

近場で言えば『アクアマン』では主人公アーサー・カリー が抱えた苦悩は、まさに「移民二世が抱えるアイデンティティ問題」「おれはどっちの子供なのよ?」であって、すごく現代的だった。

アントマン』においては「娘に愛されたい父親としての俺と、金を稼ぐ社会の中での俺のどっちを選べばいいの?」というこれまた現代的でヴェットな問題が提起されている。『インクレディブル・ファミリー』においては「あっれー。なんか嫁さんのほうが稼ぎ多くて俺ってばヒモみたいな生活になりつつあって、家庭内での俺の地位とか、俺のオトコとしてのプライドとか、どうすればええん?」という現代的な――なんか世知辛くてしょっぱい話になってきたなあ。

MCUにおける二大ヒーローキャプテン・アメリカアイアンマンは「能力を持つもの社会貢献」をめぐる物語対立する。世界を救う能力を持つヒーローは、なんで救う義務があるの? というわりと古典的で、でも正義をめぐる物語としては避けて通れぬ踏み絵のようなテーマだ。

その問答に『キャプテン・マーベル』は踏み込まない。主人公キャロルは行動するが、行動に前だつ問答はない。それこそが彼女提示したヒーロー像で「アメリカ人の目指すべきロールモデル」だ。

困難を前にしてくじけない。不撓不屈。弱者に対して自然に寄り添う慈愛と、押さえつけてくる不当な力に対する反発。しかしそれらは、そういう問題がなにか特別大きな悲劇から、滅すべき悪だから立ち上がるというわけではなく、ごく自然に「それが私だから」というスタンスで、重く扱われない。そこで重要なのがくだらないユーモアと友人と日常であって、災厄を目の前にしてもひょうひょうと立ち向かう。ただ、絶対にくじけない。破れても失敗しても「もう一度」チャレンジする。

主人公キャロルはその戦闘能力においてMCUのなかでもかなり最高峰位置すると思うのだけど、政府超人兵士計画で生まれキャプテン・アメリカよりも、悲劇を背負った社長発明家大富豪ちょいワルモテ親父のトニー・スタークよりも、その内面姿勢において一般的な視聴者に近い。「顔を上げて誇り高く自分らしく生きる」だけでヒーローとして立っている。

その軽さ、明るさ、が心地よい映画であったと思う。

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