なるほど、参考になる。
確かに趣味の延長で何か将来につながる(かもしれない)事をやってみたら少しは心の持ちようが違ってくるかもしれない。
大きいリスクばかり見つめて躊躇してるより、今の自分に出来る事から何かはじめてみる事が大切なのかも。
ちょっと何か、今の自分で出来そうな事を探すところから始めてみるよ。
少し前向きな気持ちになれそう。
1、行動時間が重なる
2、使用していた特定の単語が共通
http://anond.hatelabo.jp/20130815212825
3、両者の絡みがない
「多数の人材が海外で活躍」≒「母国に魅力が無い(活躍の場が無い)」って面もあるけどな
そうなれば、みんな嫌でも国外で稼がざるを得なくなる
いやいや、人間関係にトラブルはつきものだし、その程度のことで迷ってるなら辞めたほうがいいよ。
だいたい、普通のサラリーマンだって、トラブルは頻繁に起きるじゃん。
むしろトラブルやクレームなんかは、上手くいってる証拠でもあるからね。
自動車の修理工をやったり、バイクの指導員やったり、ネットの広告代行とかやってるみたい。
俺は転売。
利益目的じゃなくて、ただ趣味の延長で「お金になればいいな~」くらいな気持ちでやってるよ。
まあ、それでたまたま上手くいったら、独立を意識してもいいんじゃん?
疲れるのは人として当然だと思うのだが
確かにリスクに若いも歳もないし、やるかやらないかだけ、ってのは分かってる(つもり)なんだけどさ。
でも、リスクを取った結果が実際のトラブルになった場合、やり直せるチャンスが多いのはやっぱり若い方じゃないの?
そう考えるとやっぱり若い方がいろいろな事にチャレンジしやすい、って事にはならないかな?
まぁ、今頃になってそんな風に思うなら若かった頃にチャレンジしとけや!!って話ではあるんだけども。
うん、お前にやらせたらいいモノ作ってくるよ。お前の技術力は間違いない。クオリティ高いよ。それはちゃんと認めてるよ。
ただお前の性格は何とかならんかね・・・。情緒不安定だし自己中で自意識過剰で、急にキレたり急に怯えたり立場をわきまえない発言したりしてさ。周りはイライラしてるよ。
技術力があるってだけでチヤホヤしないよ。技術が高けりゃ自分のワガママが通る訳じゃないから。共同作業なんだからさ、自分勝手な振る舞いはやめろよ。チームなんだからさ。
なんか職場に仲の良い人もいないみたいだし、上司としょっちゅう喧嘩するし、お客さんに気遣いが出来ないし・・・。
そんなに自分だけ褒められたいのか?お前に気を使ってる人とかお前に仕事を準備してくれる人もいるのよ。チームだもん、お互い様だよ。
ファーレンハイト周りのズイショとか下痢腹の馴れ合いブログに馬鹿な男と女が群がる様子が人気エントリに出ていて目障りだ。
「付き合わないとヤレないなんてダサい」とか自信持って主張する部分にも呆れる。
付き合わないとヤラないっていった女は「お前とはエッチする気ねーから」って意味だよ。
こちとら女子大生だって頭おかしいヤリチンから身を守る必要があるんだよ。オブラートに包んで言ってやってるんだよ
そもそも私の周りにはそんなヤリチンいないから私は今まで健全なお付き合いで暮らしていけている。っていうか普通そうだろ?
健全で安全なエッチにのみ気持ちよい愛情あるエッチは生まれるんだ。ファーレンハイト、お前はそこを分かっていない。
はてなであんなブログが人気エントリになっているのを見ると、性病持ってる危険性のある人間がはてなには多いのか?と思ってしまう。
後で読もうと思ってタブを残しておいたらこれですよ。
http://kabux.hatenablog.com/entry/2013/12/03/090345
というかブログ自体が消えてる。
まったく簡単に消さないでほしいよなー。
「後記」(http://kabux.hatenablog.com/entry/2013/12/04/103731)のほうはgoogleさんのキャッシュに残ってた。
昨日のエントリに多くの反響をいただいた。少しだけ追記をしておこうと思う。
先生、その教え方では差別はなくなりません。 - 矛盾銀行株式会社
「差別はよくない」という原則を語るのには2パターンの方法がある。すこし理屈っぽいのだが、
- 「こういう扱いを受けて悲しい思いをしている人がいる」という事例をたくさん並べて、そこから「差別はよくない」という原則を見つける、帰納的な方法
- 「人間とは多様なものである」「多様性を認めないのは正義でない」という原理から出発して、「差別はよくない」を導く、演繹的な方法
今回エントリに綴った講義は前者のパターンである。世の中にはこういう差別の事例がある、関わることはもちろん知らないことも罪深いのだ。差別の事例を知らずして差別の何たるかはわからない、と。そしてこれはぼくの憶測だが「差別に関する知識の欠如は、差別を排斥しようという意識の欠如と一体だ」というのが講師の主張なのだろう。
さて、ぼくの抱えた単純な疑問は「前者のパターンを取った場合に、事例の列挙に終わりはあるのか」ということだ。極端な考え方だということを認識しつつ書くが、あれは差別だ、これは差別だと並べるその終わりはどこなのだろうか。およそ差別や偏見と呼ばれる行為によって、悲しい思いをしている人がいるのは事実だ。だた、そのすべての悲しみを掬い取るまで、ぼくたちは悲しみの一つ一つを学ぶのだろうか。
自分以外の人の悲しみに触れることは、他人に対するいたわりを育むうえで欠かすことはできない。他人に対して耳を傾け手を差し伸べる優しさと勇気を育てるだろう。(机上の学習も含めて)他人の悲しみに触れる体験は、間違いなく必要だ。
ただ、もっとシンプルに、「アナタとワタシは違っていて当たり前」ということを当たり前に受け入れよう、ということからスタートすることもできると思うのだ(先に挙げた、後者のパターン)。出自、病気、身体の欠損、性、宗教、あるいは慣習は多様なものだ、というプリンシパルを個々人の中に育てたらよい。その中の必要な局面で事例を挙げたらよいのではなかろうか。
そういうプリンシパルの上で、自分と違う個性を持つ目の前の誰かと相対すればよい。目の前のその人が困っていたり、悲しい思いをしているのであれば、手を差し伸べたらいいのだ。ぼくはそう思っている。
追記の追記。
元銀行員のブログという文脈で差別を話題にしたので、本筋とは違った趣旨でお読みになった方もいるかもしれないが、他意はない。
ちなみに、この同和教育は業務の一環だった(時間外手当がついた)。また本件以外にも、銀行業務として相対することがあるということで、実務的な人権教育-在日外国人のこと、反社会的勢力と人権のことなど-を受けたこともあった。
どっかに残ってないかな、元の文章。
オマエ馬鹿だろ。
直接対面で、「俺はa」をパソコンと同じように上を曲げて書きます、って言えないだろ、ってことだよ、嘘なんだから。
対面ならじゃあお前これから全部そう書けよ、って言われて終わりだろ。
お前らがアルファベットなんて書かないし、ってんなら別にいいけど。勝手にやっててくれ。
高校入試でも大学入試でも、「a」なんて書いたら下手すりゃ見間違えて☓にされるから普通に直されると思うけどな。知らんけど、そんなバカ居ないし。
http://anond.hatelabo.jp/20131211230157
面白い文章は才能かもしれないけど、わかりやすく書く技術は訓練すれば会得できる。
http://anond.hatelabo.jp/20131211221246
http://anond.hatelabo.jp/20131211222954
や、だからシリコンバレーが発展したのも同じ理由なんだけどね。もともとITッて言うより、もっと前の半導体の時代から発展したものだけど。
そりゃ、最初に立ち上げる企業はそこだけでなんとかなる様な物凄い企業じゃないと駄目だけど、
後からは、そこに凄いのが居ればそこの近くに、ってなって、東京と同じ理由で人が来るでしょう。
で、ある程度IT関連だけでも東北に集まれば、IT関連なら東京より東北のが人が居てよりコンタクトし易い、ってなるかもしれないわけで。
日本だと、東京にすべての中心があるけど、別にIT関連の中心が他にできてもおかしくない、
ってか、狭い日本で東京都東北なんてある意味超近いんだから別にそれ程問題ないかもしれない。
ただ、まだまだ、いろいろ経営とかの面で直接会ったりしなきゃやってけないことがあるから難しいんだろうね、って書いたんだけど、理解できなかったか。
そうなの?
若い頃のが、って事もないけど、やっぱり若い方がいろいろ始めるのに有利な事は多いように思えちゃってるんだろーねやっぱり。
昔より変なこだわりなくなって行きやすくなってる面があるってのは俺もそう思う。
ただ、それと同時に未来がどんどん閉ざされてくように感じる事が増えたな、って思うんだよね、最近。
病んでるのかなー?
読みたい人だってmixiみたいに知り合いの日記を見る、ってんなら別として、
不特定多数に見られるものって、別に、その個人の余計な感情とか書き方とか、はっきり言ってどうでもいいんだよね。
その辺気にしてるのはその辺で生きてこうとかアフィでなんとか儲けたいとか考えてる馬鹿だけで。
もちろん物凄く読みにくいのは困るけど、大概情報として良いのがあれば嬉しい。
だけど、最近はてブやらTwitterで拡散されるのは、下手に「洗練」(馬鹿向けに分かりやすく(嘘でも何でもいい))された文章で、
内容がないものばかり。
世の中バカのが多いから仕方ないんだけど。