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はてなキーワード: ハリウッド映画とは

2019-04-13

[]ps4 ヘビーレイン 途中

今4章頭くらい

うーんプレイするのがしんどい・・・

サクサクすすめて先がみたいのに、QTEと通常操作がやけにまどろっこしくて手間と時間がかかってめんどくてだるいんだよ

あーまじでかったるい

こんなめんどいトロコンしたやつまじで尊敬するわ

1週するだけでもしんどいのに

集会前提なのに集会しづらい(会話スキップ、シーンスキップできない)からめっちゃめんどい時間かかるやろこんなん

あーマジクソクソ

話はよくあるハリウッド映画って感じ

2019-04-11

[]キャプテン・マーベル

キャプテン・マーベル』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

ほどよく100点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。ふむふむ満足であるぞ、と思いつつ帰路についた。とは言え、帰路において考察が止まらないとかはなく、色んな部分が程よく狙ったように及第点ではある。

MCU(マーベルヒーロー映画シリーズ程度のことだと思いねえ)ファン的にはくすりとわらえたり、ほろりと出来たりする要素はありつつ、全体としてのアクションCGバトルの派手さも有りつつ、脚本もウザくならないように欠点塞ぎつつ、いい感じというのが個人評価。大傑作じゃないけど程よく佳作。

ゆえに以上で感想終了である

ヒーロー内面資格

というわけで、ここからさきは感想じゃなくて感想風になる。

キャプテン・マーベル』は良かった。しかし、実はその良かった部分が自明じゃない。様々な要素が程よく及第点から全体合計で佳作なんだけど、何か突出した、訴えかけてくる部分が見つけづらい。

でもそれって無いわけじゃない。無かったら上映後もっと気持ちが尻すぼみになったと思う。だから良かった部分をちゃん言語化しておくほうが良いと思ってのメモだ。

いろいろ考えてたのだけど、『キャプテン・マーベル』は空っぽなところが良かった。その内面というか、背景が、他のヒーローに比べてポジティブに空白だ。そこが素晴らしく良かった。

ヒーローというのは超越的な存在で、それは能力的なものもそうなのだけど、内面的にもそうである必要がある。「信じられないほどの苦境や絶望に対して敢然と立ち向かう断固たる決意」みたいな部分だ。しかし一方で、ただ超越的であるだけではなく視聴者である凡人の僕らと地続きである必要もある。そうじゃないと視聴者ヒーロー感情移入することが出来なくて、彼らの苦悩や活躍他人事の白けた話だとしか思えなくなってしまうからだ。

アイアンマンキャプテン・アメリカというスーパーヒーローであっても、彼らの抱えた周囲から無理解へのいらだちや、内面孤独や、大切な人を失ってしま絶望という様々な苦難は、もちろん具体的な状況は違うのだけど、僕ら一般人生活を営む上で出会うそれらと変わりがない。ヒーローヒーローでありつつ僕らと同レベル人間存在であって、その同類が困難に向かって立ち上がるから胸が熱くなる。

マーベルというアメコミ企業は、扱ってる商品性質上、ヒーロー専門家であって、ヒーローについて多分毎日毎日めちゃくちゃ真剣に考えているから、そういうドラマの基本を十分に研究していてヒーローを生み出している。

その結果、例えば肉親を悪の襲撃や事故で失ったり、自分の将来の希望を奪われたり、社会からの拒絶で友を失ったり、両親との関係コンプレックスがあって取り戻せなかったり、愛を交わしたパートナーに去られたりする。……よくあるなー。

そういう内面的な危機を乗り越えた「から精神的に強いヒーローなのだー! ばりばりばりー! みたいなシナリオは本当に多い。でも、それってなんかこう……やりすぎて陳腐になったり、これみよがしな悲劇ドラマになったりもする。

言い方は悪いが「こんなにひどい目にあったんだから超絶能力を手に入れてもええやん?」みたいなエクスキューズにも見えてしまうのだ。ドクター・ストレンジお前の映画のことだゾ。

この「1)なんだかんだで凡人→2)内面的な困難や絶望の超克→3)不思議出来事が起きてヒーローパワー入手!(2と3は順不同)→4)乗り越えた主人公の爽快なアクション!→5)解決!」というドラマ構造はすごく強力なテンプレなのであらゆるメディアで見ることが出来る。

この構造において、ヒーロー内面的な資格は「不幸とその超克」だ。

でもたぶん、『キャプテン・マーベル』はそこに対して距離を取った。

ドラマを支えるために一応取ってつけたようにその構造はあるのだが、その部分には明らかに重心をおいていない。

主人公キャロルダンヴァース(キャプテン・マーベル)は、たしかにクリー人に洗脳されて傭兵扱いされてたわけで、そういう意味で裏切られていた(っていうか洗脳されてたって相当ひどい過去だよな。エリア88風間シンよりやべーだろ)わけだけど、じゃあそれが彼女内面悲劇であり彼女の中心か? というと別にそんなことはない。

リー指導者である超AIにたいしても自分を騙していた直接的な上官にたいしても、別段そこまで復讐意思はなさそうだ。現に上官のヨン・ロッグは叩きのめしたけれど宇宙船にわざわざ乗せてクリー星へ送り返している。

映画を見終わったあとに振り返ってみたけれど、彼女内面的な意味ヒーローになったきっかけというか契機となるイベントは実は本作のメインな時間軸中に存在しない。そのイベントの欠如は、従来の判断によればドラマ設計の失敗を意味するはずだ。でも、設計失敗の割にこの映画破綻してないしちゃんドライブされている。

これってどういうことなのか? 内面葛藤を経ていないキャロルは前述のヒーロー資格においては失格であるはずだ。しかし画面の中の彼女はさっそうとしてて格好いいし、見ていて気持ちいいし、応援も出来るしヒーローに見える。これってどういう設計なのだろう?

結論から言うと、その資格論にたいする本作の返答は「主人公キャロルダンヴァースは最初からヒーローだった」だったいうものだ。

この「最初から」というのは、文字通り子供の頃からという意味で。

作中でインサートされるように、キャロルは、子供時代記憶としてカートレース事故にあう。子供野球三振する。軍の教練において体力勝負で負けて周囲から笑われる。つまり、僕ら凡人がするような挫折を一通り普通にやっている。

そして彼女はなんだかんだ人生につきもの紆余曲折を経て、当時まだまだ女性に対しては門戸を閉ざしていた空軍パイロットエリート象徴でもある!)に実験部隊ということで潜り込んでテストパイロットになる。

その実験部隊トラブルが起きて、キャロルは恩師ウェンディローソン博士を助けるために飛行任務立候補し、その騒動の中であわや命を失うというところまで行くのだが、それはさておき。

その実験部隊で同僚でもありキャロル親友黒人女性パイロットマリアランボーセリフに「その時(恩師を助けるためにパイロット立候補したときの)のあんたはまさにヒーロー登場! って感じだったよ」というものがある。過去を回想する形で親友主人公を思い返した言葉だ。

この立候補ときキャロルスーパーヒーロー能力を持たない普通地球人だったわけだけど、にもかかわらず、「まさにヒーロー」だったわけである

能力のみならず、内面危機においても主人公キャロルはこの時点で、ヒーローにつきもの特別悲劇経験していない。恋人を謎の組織に殺されたりしてないし、四肢を切断されて生きる力を失ったりしてないし、故郷帝国に焼き尽くされたりしていない。

この作品は「それでもいいんだ」と言っている。そこが良かった。

まりカートレース事故から負けん気で立ち上がったとき子供野球三振したけど凹まずに再挑戦したとき、軍の訓練の綱登りで落下してもへこたれなかったとき、そのときキャロルダンヴァースはすでにしてヒーローであった。あらゆる困難に「なにくそ!」と立ち向かったとき、「すでにしてヒーロー資格を得ていた」わけだ。もちろんアクションバトル映画であるので、主人公キャロルヒーロー能力を得たあとにも虐げられたスクラル人を助けようとして銀河規模の争いに身を投じる訳だが、それはなにも特別なことではなくて、「眼の前の困難に対して意地や義侠心で立ち上がる」ことそのもの子供時代と変わらない。

あらゆる人のあらゆる人生につきものの、しかし本人にとっては重要な、日常の無数の挫折や失意から立ち上がること、諦めずにチャレンジするその姿勢、それこそがヒーローであると『キャプテン・マーベル』という作品は主張している。

それはつまり主人公キャロルだけではなく、広く開かれた一般凡人である視聴者への無言のメッセージでもあるのだ。「ヒーローになるにあたって特別巨大な悲劇喪失必要ない」。「この映画を見ている圧倒的多数普通の人々も十分ヒーロー足りうるよ!」と言っている。

これは脚本家が、従来のヒーロードラマに対してまだまだ満足せずに、ドラマ構造として一歩先に進もうとした野心の結実のように思える。

そのチャレンジがとても良かった。

ハリウッドアメリカロールモデル

アメリカ映画において、とくにハリウッド映画において、さら子供ターゲットに含めたヒーロー映画において、ロールモデルっていうのはすごく重要ポイントだ。ロールモデルっていうのはざっくり「目指すべき人物像」とでも言えると思う。「こういうのが良い人間です」という制作側の提案、という側面がハリウッド映画には確かにある。

日本ではちょっと馴染みのない考え方かもしれないけれど、要するに子供の頃に課題図書で読む偉人伝と同じような役割文化装置だ。二宮欣二とか野口英世とか夏目漱石とか聖徳太子とか。あのような人々の物語と同じようなジャンルとしてキャプテン・アメリカアイアンマンがいる。

人々は彼らに憧れるとともに、彼らを通して、正義や公や仁愛や克己を学ぶ。どういうモデルが「目指すべき人物像」になるかっていうのは、当然制作側/脚本側の提案によるんだけれど、その背景には当然制作当時の(主にアメリカの)世相が反映されている。

近場で言えば『アクアマン』では主人公アーサー・カリー が抱えた苦悩は、まさに「移民二世が抱えるアイデンティティ問題」「おれはどっちの子供なのよ?」であって、すごく現代的だった。

アントマン』においては「娘に愛されたい父親としての俺と、金を稼ぐ社会の中での俺のどっちを選べばいいの?」というこれまた現代的でヴェットな問題が提起されている。『インクレディブル・ファミリー』においては「あっれー。なんか嫁さんのほうが稼ぎ多くて俺ってばヒモみたいな生活になりつつあって、家庭内での俺の地位とか、俺のオトコとしてのプライドとか、どうすればええん?」という現代的な――なんか世知辛くてしょっぱい話になってきたなあ。

MCUにおける二大ヒーローキャプテン・アメリカアイアンマンは「能力を持つもの社会貢献」をめぐる物語対立する。世界を救う能力を持つヒーローは、なんで救う義務があるの? というわりと古典的で、でも正義をめぐる物語としては避けて通れぬ踏み絵のようなテーマだ。

その問答に『キャプテン・マーベル』は踏み込まない。主人公キャロルは行動するが、行動に前だつ問答はない。それこそが彼女提示したヒーロー像で「アメリカ人の目指すべきロールモデル」だ。

困難を前にしてくじけない。不撓不屈。弱者に対して自然に寄り添う慈愛と、押さえつけてくる不当な力に対する反発。しかしそれらは、そういう問題がなにか特別大きな悲劇から、滅すべき悪だから立ち上がるというわけではなく、ごく自然に「それが私だから」というスタンスで、重く扱われない。そこで重要なのがくだらないユーモアと友人と日常であって、災厄を目の前にしてもひょうひょうと立ち向かう。ただ、絶対にくじけない。破れても失敗しても「もう一度」チャレンジする。

主人公キャロルはその戦闘能力においてMCUのなかでもかなり最高峰位置すると思うのだけど、政府超人兵士計画で生まれキャプテン・アメリカよりも、悲劇を背負った社長発明家大富豪ちょいワルモテ親父のトニー・スタークよりも、その内面姿勢において一般的な視聴者に近い。「顔を上げて誇り高く自分らしく生きる」だけでヒーローとして立っている。

その軽さ、明るさ、が心地よい映画であったと思う。

2019-04-08

anond:20190407194404

600万で自殺とか早まり過ぎじゃない?

1億円とか借金しててもバリバリ働いて美味しいもの食べてる人たくさんいるのに

ハリウッド映画なんてこんなに赤字出すこともあるんだし

https://matome.naver.jp/m/odai/2140726040071977201

2019-03-22

運び屋  (2018) クリンイーストウッド監督・主演 感想ネタバレ

https://www.google.com/search?q=こち亀 不良

ときどき見かける「イケメン/美少女勝手に惚れられる主人公マンガ/ライトノベル作品が都合よすぎなのでキモイ」論、共感したことなかったんだけど、ようやくそ気持ちちょっとわかったわ

 ハリウッド映画らしさ

 ディズニー映画やその亜流などに顕著だが「偽りの勝利」→「どん底/敗北/最大のピンチというクライマックス」というパターンを踏む作品が多いのは周知の事実で、本作でも「麻薬の運び屋になる」→「大金を手にする」「最初はおそろしかったヤベー奴らに一目おかれるようになる」→「ヤベー奴らが代替わりしてもっとヤベー奴に締められる」「家族との亀裂深まる」「順風満帆に見えた犯罪稼業もDEAに嗅ぎつけられい逮捕されるかわからない」という風に展開していく。

 その展開は「間違った価値観に基づく悩み(疑似問題)」→(最大のピンチ)→「真の問題に気づくことと、問題解決のセット」というプロセスによって挟まれていることが多い。(ファインディングニモ然り、シュガーラッシュ然り、インクレディブルファミリー2然り…)

 クリンイーストウッドらしさ

アメリカン・スナイパー』『15時17分、パリ行き』『ハドソン川の奇跡』『インビクタス』あるいは別監督の同年作品グリーンブック』みたいな、実話に強く寄せた話ではない(一応、実在事件インスパイアされてはいるが、左記作品群のようには実名使用していない)。

 花卉栽培に熱中し、実益があるもんだから家族を顧みず全米を飛び回る。ところがインターネットの発達により実益消滅、畑は差し押さえになる。みんな金がないのが悪いんや…から始まる物語

グラン・トリノ』を連想しながら鑑賞。

 ハッピーエンドというと、多くは「生きるか死ぬかの賭けに勝つ」「優勝してチャンピオンになる」「絶体絶命のピンチに遭遇し知恵と勇気で切り抜ける」「悪者をやっつける」「宝石を手に入れる」「一か八かの挑戦をして成功する」「追手から逃げ切る」といったものになり、「死ぬ」「負ける」「やっつけられる」「大金を手に入れられない」「失敗」「捕まる」で終わるものは通常バッドエンドとみなされることになる。

 ところが『グラン・トリノ』は最後主人公リンイーストウッドが撃たれて死ぬが、ハッピーエンドなのである。これは「生命を失わない」ことより高い価値を持つもの主人公リンイーストウッドが手に入れたというによって達成される。すなわち「他者との精神的つながり」が、生き長らえる、物質的な豊かさを超える至上の価値としてアピールされているのだ。(もっと一般的なのは童話の昔から定番の男女間のカップル成立だが、『グラン・トリノ』の場合アジア人少年とのつながりを得ることができれば死んでもいいという価値観

 

 本作では、「間違った価値観に基づく目標と偽りの勝利」は「(悪いことをして)カネを稼ぐ」「それによって、家族ではなく、在郷軍人仲間(ベトナム戦争に参加していたという設定)や園芸職人仲間から称賛される」「モテる」で、成功=偽りの勝利シーンに”ああ、こいつ(クリンイーストウッドあかんやつや”という通奏低音がいやというほど鳴り響いている。

 

公正世界信念

 ところが、このじじいがいろんなところで調子よすぎるのである

 前述の「ヤベー奴らに脅されたりスマホSMS)も使えなくてバカにされたりもしたが、持ち前の気骨ある行動とイケメンぶりで一目置かれるようになる」もそうだが、

家族とのディスコミュニケーションマイナス要因で「妻からは冷たくあしらわれ、娘から12年間口をきいてもらえず、家族の中では唯一孫娘だけが味方」

 からの「妻が病気で倒れたと孫から連絡を受けるも、コカイン運搬中であり、どうしても駆けつけられないし事情説明できない。そのためついに孫娘からも敵に回る宣言を受ける」という最大のピンチの後には、

 「どうにか一仕事終えて家に駆け付けたら死にかけた妻に”あなたはひどい夫だったけど、最後そばにきてくれて看取ってくれるなんて超最高よ愛してるわ”と言われる」のだ。

 妻の葬式、娘とも和解葬式優先したために、グレードアップ後の、一目置いてくれていたやつらよりさらにワルいやつらに殴られる。(唯一のダメージらしいダメージはここだ)

 そして逮捕

 裁判では無罪を勝ち取ろうとする弁護士を制して「わしゃ有罪じゃ」

 潔く罪を認めるクリンイーストウッドがカッコいい!

 最後は、刑務所の中で再び大好きな花育てを行うクリンイーストウッド

 引いて、終わり(ゲットワイルドは流れない)

 っていやいやいやいや。違うでしょ。

 何(1)妻が死んだ(2)ちょっと殴られた だけのダメージで 幸せいっぱいに園芸やって終わってんだよ。(服役中だけど)

 全然釣り合わんでしょ。

 娘もなんで最後ちょっとふらっと現れて口先で謝っただけで受け入れてんの?

 涙まで流して「なるべく面会に行くわ」「(犯罪で稼いだお金で)取り戻したお父さんの大事な畑は私が守るわ」と抱きしめてたの?

 「わしゃ有罪じゃ」宣言、そりゃ万ドル単位犯罪マネーを蕩尽しといて当然でしょ。

 前半にはアジア人差別するクソ白人至上主義野郎だった『グラン・トリノ』の主人公が、見終わったらいい奴だったと心に残るのは、撃たれて死んだから

 (自分東欧移民でややカースト低め、非WASP白人だったということもある)

 本作の主人公くそじじいが因果不応報で、びっくりしたわ。

 

 

 最初の話に戻ると、「空から美少女が降ってきて惚れられるし俺はTUEEE」な話を叩く人は、等価交換を重視してるのかもしれないと思ったよ。

 何らかの理由がないと、いい結果を享受することはできない、逆に悪いことをした人は罰を受けなければならない

 という価値観の中で生きているんじゃないか

2019-03-21

日本を描く映画作品教えて

ハリウッド映画の特典映像見ていたら、これまでにないロサンゼルスを描きたかった、と監督プロデューサーが言っていたんだけど、日本で、最近そういった作品があれば教えて欲しい

2019-03-20

ハリウッド映画和菓子が出てくると現実に引き戻される

ケーキ紅茶OKだし

中華フォーチュンクッキーとかも何も違和感は無いのだが

和菓子が出てくると「え?」と現実に引き戻される

落雁でもきなこ餅でもちまきでも

和菓子ハリウッド映画と相性が悪い

anond:20190320114409

いや、だからネット国境がないかアメリカ国内の話じゃないんだって

同じ事がハリウッド映画にも言えて、グローバル展開してるから似たような問題が起こる。

2019-03-17

ハリウッド映画脚本女性容姿描写の話と愚痴

VOGUE特集か何かでのそういうツイートを見た。

脚本容姿についての描写性別で偏りがあるんだって話。

それを書いた人は男性に書かないなら女性も書かなくていい、というような事を書いてた。

いやそれも違うんじゃないのって思った。

男性でもキャラクターを表す上で容姿描写される事自体はあると思う。

実際ハリウッド脚本現物読んだ事なんかないけど。

でも女性脚本による恋愛映画なんかでの相手役の描写には間違いなくあるはず、というかセリフバンバン出て来る。

ハンサムだと表される役の俳優さんはまさにそう演じているように見えるし、そういう作品女性監督女性脚本コメンタリなんか大体ずっとハンサムハンサム言ってる。

キャラクター容姿の詳細自体性別関係なくあるものだろうしプロットに関わるなら余計にそう。

から問題脚本にそういう見た目の描写がある事じゃなくて何でそれが女性に偏りがあるかって事だと思う。

まずは単純に女性脚本家の絶対数問題はあると思う。

創作する上で登場させるキャラクター理想を反映させるのは珍しい事でもないし、その中で外見の描写が入る事はある意味当然の事でもある。

から女性容姿を讃えるような描写が多くなってるのは単純に数の偏りって面があるんじゃないかなと思う。

でもこれはたぶんそういう話ではないとは思うけど。

脚本容姿描写する目的ひとつに書いた人間が持つキャラクターイメージの伝達がある。

これはキャラクター創作、脚色する上での要素だからそれ自体問題ではない。

美しさを描く事に罪はないし、美しいとするキャラクターを作る事にも問題はない。

美しさは主観的定義によるものから

そして次いで、ひとつ客観的な印象の提示がある。

外見情報によって社会的にそのキャラクターがどのような立場、印象にあるかを客観的に示す要素。

問題はこっちにあると思う。

これも社会一般の印象を引用するに過ぎないわけだからそれ自体問題ってわけではない。

問題なのはその引用した社会一般の印象の方。

男性キャラクターでも必要なら容姿描写される。

それが性別で偏りがあって女性描写必要とされる事が多いなら、それは男性以上に女性容姿共通認識として印象への判断材料ひとつになっている、またそれだけ女性容姿ステレオタイプ的な印象が紐付けされている、という事になる。

男性より女性の方が容姿の美醜が社会的立場内面性格を表す要素として一般的認識されている、そういう話。

脚本という性質イメージを伝えるためにステレオタイプ共通イメージを用いた伝え方をするのは、あくま方法論としては仕方ない部分もあり、それは責め切れない面もある。

だけど恐らくツイートで訳されていた女優さんたちの口ぶりからは、そういう脚本家側の引用する共通認識彼女達の考える、今意識として持つべきとされる認識が許容する範囲を越え、既に共通イメージとしては過去のものとすべきところから引っ張られたもので、そういうところに辟易しているのだとそう感じた。

から男性を書かないなら書かなくていい、は、ある意味思考停止的な発想だな、と思った。

書いてる事が問題なんじゃなくそう書く事で伝わる共通認識があるとする、そこに問題意識を持たない事に平然としてそれを書く、その感覚問題なんだから

それは今後女性脚本家が増えて理想像を反映した男性容姿描写が増えても解決するものじゃない。

美しさの描写といっても同じように男性脚本家の理想を表した女性像の描写も、個人的範疇のものはそこに自由はあるべきで批判すべきものでもないし、キャラクター主観としての描写安易非難すべきものじゃないし。

考えるべきはその価値観社会のどこからどういう体で引用されたものかって部分なんだと思う。

容姿描写自体問題なんじゃないんだ。

でも見てる近辺でたくさんRTされてて何も言えずに誰も見てないような増田で書くのだ。

気がちいせえ。



あとついでに言うと容姿を美点とする場合に知性や能力性格比較して容姿で表される事自体問題視する人もいるけど個人的に正直それこそ問題だなと思う。

書いたみたいな容姿偏重問題なのは分かるけど、それなら必要なのはその容姿地位まで知性等の要素を持ち上げる事で、バランス取るために容姿を落として相対的にやるのは結局今まで知性で苦汁舐めてた感覚容姿を持ってる女性に味わわせる事になってて、それって知性を持つ女性を掬い上げるために容姿を持つ事の価値を低く見積もり直すって事だからどうなのって思う。

突出した美しさと突出した知性はどちらも自立して価値が同じようにあるべきものなのに、今は美しさそれ単体では魅力として、特に女性意識として認められなくなって来てる部分はあると思う。

からこそ美しさだけで女性を表す事が問題視されるんだとも思う。

魅力ある人間とされるものを表するに足りない要素だけで、その相手表現する事になるから

悪意は無くても、あなたはそれしか持っていない、となってしまう。

同時に男性からは根強く美しさは魅力として捉えられる部分も大きいから、女性が知性を自立した魅力だと捉えていてもそれ以上に求められるという面もある。

その齟齬でまた女性側に容姿が持つ価値への否定的感情が増してまた男性との価値観差異が酷くなって、となった結果また容姿価値を低く見積もってそれを世に提示して、更にまた容姿を褒められる事への価値を低く捉えるようになってって女性自尊心には悪循環に思える。

からそれを止めるために男性が美しさって要素へ持つ価値基準否定して齟齬を埋めようってなってるんだけど。

やっぱりそれも男性が高く認める美しさって要素の価値を下げさせる事によって、それ程には正しく評価されてないとされる他の面との差を縮めようというやり方で、それは魅力としての美しさっていう本来多くの魅力がそこにあるべき正しく高い位置に置かれていたそれさえその価値を失わせる結果になる、というかなってるわけで、やっぱり良いやり方とは言えないんじゃないかな、と思う。

本当は美しさもそれだけで100%魅力だし知性も性格100%の魅力なのになって思う。

絶対値あんま変わらない相対的な差の埋め方って何にしてもよくないよほんと。

美しい事の価値を据え置かないで下げてバランスとるの求める人多くて内心悪手でしかないってほんと思ってる。

思ってるけど匿名でもないと言えないのだった。

そして溜飲を下げるのだ。

気がちいせえのだった。

よくないわ。

2019-03-13

anond:20190313105906

ハリウッド映画だってペラ3枚のプロットで掴まないと映画化されないんじゃなかったっけ?

ケムリクサとかあらすじで書いても何が面白いのか殆ど伝わらないような作品まで放送されているんだからアニメ特別表現の幅が狭いとは言い切れないと思うよ。

anond:20190313105837

元増田が女なのが確定なのかどうか知らないが、「男という設定」でもくだらない意見なら却下されるということが分かってよかったですね。

ちなみに元増田は、ハリウッド映画性的シーン(いわゆる「サービスシーン」)についてはどう思ってるのか知りたい。

主人公は非リアor童貞」っていう設定が、アニメ漫画のレ〇プシーンを生み出してんじゃないか

ふと思った

何故かっつったら、連中は「普通にセックス」出来ないからなんだよね

 

主人公オタク層に共感()を得るために

べたついた黒髪&酷いファッション

非リアか童貞ミソジニー入ってないと受け入れられないと言う現状がある

 

そうなると彼らが普通恋愛をすることは当然難しい

気の利いたセリフ口説いたり、エスコートすることも無いんで

必然的冒険だのの途中にヒロインorハーレム要員をデレされる要素を作らなければならない

 

そして、視聴者に対するエロノルマ普通洋ドラなら

普通にセックスすれば十分要求を満たせるのだが

しかし、アニメ漫画主人公は前述の通りだ 行為に及ぶハードルがとても高く

必要にこの描写を入れにくい

 

結果として「女が主役にホレる要素」と「視聴者が求めるエロノルマ」を達成するために

安直なレ〇プ描写(あるいは未遂)がとても多くなる

 

実はこの構造ちょっと昔の「性的に抑圧されていた」頃のハリウッド映画にも良く見受けられる

主人公や周りの環境は今のアメリカ人のようにセックス解放的ではなく、

そのため、主人公「が」性欲を爆発させるためにレ〇プするという

アグレッシブ描写が多い(ワンスアポアタイムインアメリカグリース等々)

 

非モテという視聴者層がデフォオタク向けコンテンツには

設定が産む構造上の欠陥があるのだ

2019-03-09

スパイダーマンスパイダーバース

「よくできたハリウッド映画」ではあったけど、その枠を超える程ではなかった

もっと群像劇というか「全員が主人公」みたいなのかと思ってたんだけど、主人公あくまモラレスで、あとの5人(特にあとで合流した3人)は脇役だったので…うーん…

ペニーが出てきてからはずっと彼女を目で追ってた(←キモい)

あと「複数の異なる画風が同居」みたいなレビューを見た気がするけど、極端に画風が違うのはペニーノワールくらいだと感じたので、そこも肩透かしだった

グウェンの吹替悠木碧ってのは事前に知ってたんだけど、それをわかってても「え?これほんとに悠木碧?」ってなった

演技の幅すごい

2019-02-27

黒人差別を扱ったハリウッド映画を観るとき白人気持ちって

どんな感じなんだろうな。

グリーンブック』みたいな「いろいろ喧嘩もしたけれど、最後幸せインターレイシャルセックスをして終了♡」とか前向きなやつじゃなく、

ビールストリート恋人たち』みたいな「黒人は一生クソ白人から搾取れいじめられつづけるんだ」とか絶望的なやつ。

ビールストリートもいわゆる「善良な白人」はちょくちょく出てきてたけど。なかにはそんなんさえ一切ないやつもあるだろうし。

2019-02-25

やべぇ。銃夢めっちゃおもしろかった。

どんな出来なのかめっちゃどきどきしながら見にいったけど正直かなりおもしろかった。

内容としては王道陳腐だけど、映画を見た後のフィーリングが良いアニメを見た後に近いのは漫画実写映画では初めてかも。

まぁようはめっちゃエモイ。

原作のヒューゴ編を軸にしてるからYA的な恋愛物として見に行ったほうがいいね

個人的にはハリウッド日本製IP実写映画だと1位、2位を争う(もう一つオールユーニドイズキル)

続編を見たいと思ったのは初めてかも。

続編出ればノヴァの話とか出て面白くなりそうなんだけどなぁ。


製作費170億円で今の興行収入のペースだと(260億ドル)正直続編できるかどうかかなりギリギリラインっぽいのでできたら皆見てくれ。※ハリウッド映画マーケティング費用とか合算すると損益分岐には最低でも2倍は稼がないといけないっぽい。

2019-02-21

[]マニック・ピクシードリームガール

ハリウッド映画キャラクター類型ひとつ

悩める男性主人公の前に現れ、彼に人生の楽しさを教えて去っていく、陽気で不思議少女を指す。

男性の悩みを解消するためだけの内面が欠如した存在であるとして批判的な文脈がある。

2019-02-18

職場フォネティックコードおじさん

半年ぐらい前に我が職場にやってきた初老おっちゃんがやたらフォネティックコードを使ってくる。

フォネティックコードとか言われても普通の人は分からん中年と言いたくてたまらない気持ちを同僚全員が抑えている。

チームアルファ・チームブラボー・チームチャーリーぐらいならハリウッド映画ごっこみたいでまあ面白いからと二ヶ月ぐらいブームになったけど、デルタエコー・フォックストロットから先は流石に分からなすぎて困る。

おっちゃんはなぜか「普通アルファベットや英単語を伝えるよりフォネティックコードのほうが正確に伝わる」と思い込んでいるらしいが、正直言って全く伝わってこないことに気づいて欲しい。

こないだも仕事中に「リマオスカーヴィクターエコー」といきなり言われたけど、何が言いたいのか全く伝わってこなかった。

2019-02-08

ニコ動不振記事ブコメ読んだけど

正直youtubeと比べた時に何をニコ動に求めているのかわからない。

俺のスタンス

・そんなに画質悪くない

・どうせお前ら4kとか見ないしフルHDで十分じゃね?

・30分以上の動画見る奴いるの?映画見るくらい疲れるぞ

っていう感じ

・画質が悪い

ニコ動最近調整されて1080p(フルHD)まで行けるようになった。再エンコードされても1080pまでは保証されるように

2160p(4k)じゃないと嫌っていう気持ちはわかるけど、4k見られる環境持ってるユーザーどれくらいいる?

ゲーム実況でも1080pあればゲーム中の文字も読めるし十分じゃない?

ならニコ動でもいいよね?

動画の長さが30分で切られるのが苦痛

ゲーム実況RTA動画1本で完結したいというのを見たことあるけど、そんなに長い動画見る?

アニメでさえCM挟んで30分とかなのに1時間とか2時間のぶっ続け動画とかそんな見ないでしょ

動画編集上の都合でも30分くらいで区切れた方がやりやすいし

あと長いと単純に疲れるよね。映画1本見るくらいだもの

個人的には長い動画で数分に1回広告挟まるのがストレスなんだが、みんなスルーして耐えられるのかな

ニコ動なら最初広告くらいだしそこまでうざくはないと思ってる

・再エンコードされるのが嫌

youtubeも再エンコードかかるけど。投稿直後は360pしかできてないしね

大半のユーザースマホで見るからそんな高解像度高画質の設定できても無駄だよね

・重い

まだまだ重いのは否めない。

ただほんの一瞬この動画だけなんか読み込み遅いわってくらい。月に1、2回発生するかしないか

youtubeはそんなに重くならないのはすごいよね

ネトウヨ

ブコメにもあったけど、youtubeにもニコ動にもあるし……とはいえyoutubeスルーされがちでニコ動のは見られやすいような気はする

netflix

そもそも性質が違うサービスから比べられないよね。

ただ自社の金使ってできたコンテンツが「バーチャルさんは見ている」なのは正直もっと考えて欲しい

シークバー

最近プレミアム会員じゃなくてもできるみたいですよ(小声)

プレミアム入ってるので知らんけど

そもそもプレミアム会員の扱い

見るだけだと優遇されてる施策微妙すぎるの多いよね

前は

プレミアム会員なら生放送の続きが見られる!

とか

ゲームアイテムプレゼント

とかあったからそういう方面もう一度やってくれないか

・その他

他に何か気になることあれば拾いたい

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追記

コンテンツがない

netflixとの比較だと思うが、素人投稿コンテンツハリウッド映画くらべたらまぁそうだよな

ニコ動で見るのないなら他行けばいいっていうのはわかる

biim式と淫夢

面白いと思うけどね。biim式見やすい。

淫夢はたまに見るけどもう少し内輪にならないかなとは思ってる

ログイン

去年の今頃くらいかログインしなくても見られるようになったけど、

そもそも外部のページに埋め込まれ動画は、ログインなしでも視聴できてた事知らない?

投げ銭

ニコ広告のことね

あれは動画かに対して払ってる金でユーザーに払ってるわけじゃないからな。

恩恵ランキングに載りやすいかどうかくらいだ。

今調べたら、ニコ生に対して払った広告クリエイター奨励プログラムスコアとしてうけとれるようだ

・超会議

正直赤字だし赤字ならやるなよとは言いたいけど、そういったニコニコ集大成としての場ができたことは良いと思ってる。

オフパコは超会議がなかろうとやってるだろうし知らん

派生歌い手と踊り手の超パーティーゲーム専門の闘会議ができたのは、そういった方面支援するという現れがあっていいと思う

ただ技術者焼きそば焼かせたり赤字になるのはどうにかしろ

2019-01-29

エスコンの会話がくさい、というより日本コンテンツ洋風会話の全てがくさい理由

理由を考えて分かったけどさ

皮肉がまったく会話に無いんだよな

 

英米人は普通皮肉のうえに

更にサーカズム(ほぼ嫌味に近い)っつう概念も入るから

文字起こししてみると会話がとげとげしく見える(その代り、サラっと流すことで喧嘩に行きつかないようにしてる)

少なくとも、日本人が参考にするハリウッド映画ではその会話が普通

 

ところが日本人相手の気分を害するのを極度に怖がる

それゆえ、英米式の会話から毒気(皮肉、サーカズム)を抜いた

なんとも気の抜けた炭酸のような会話になる

2019-01-25

anond:20190125095005

商売を成立させる手段として、クレーマーを予め回避しておいたり、意識高い投資家むけのフックを用意しているのであって、別にそのための商売ってわけじゃない。

そういう状況が変なのは認めるが。

ハリウッド映画にかならずキスシーンとカーチェイスがあった時代みたいなもので、自分の中でフィルターにかけておかないとろくに映画もみれないぞ。

2019-01-18

anond:20190117202800

日本ゲームアニメに限らずハリウッド映画すらもそういう流れだと思うけどね

世界的な流れだよ

2019-01-14

ハリウッドポリコレ日本アニメ漫画が反ポリコレを突き詰めた結果

ハリウッド映画にあらゆる人種の新しいキャラクター類型

新しいシナリオの進め方が生まれ、閉塞感どころかむしろ多様性が出てきたのとは逆に

 

日本アニメはいつまでも特定層(主に男の中間層)

の大好きなシチュエーションしかまれてこないで表現は停滞

ここ数年、爆発的なヒットが出てこないという

 

 

 

ホント皮肉やね

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