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2019-09-16

故郷を思い出したので自分語りしてみる。

ふと生まれ育った町の情景を夢で見て、多少思うところがあったので気持ちを書き留めようと思う。

静かな入り江からさな漁船が海の彼方へ消えゆくような、そんな夢だった。

最近よく見かける「田舎で非知識階層に囲まれて育ったけど、地元に馴染めずなんだかんだで都会に出てきて過去ホームタウンを思い返すたびに多少絶望する」という散文的な自分語りであることを先に断っておく。

ただの個人経験であり、エスノグラフィのようなものだと思って読んでもらえれば嬉しい。

この日記結論はこうだ。

かに東京人間想像することも出来ないような社会」が日本のどこかには必ずあって、学ばないことが規範と化して社会再生産されているということ。

自分東海地方の海沿いの寂れた漁師町に生まれた。

名古屋まで電車で1時間半以上、文化的施設といえば聞いたことのない演歌歌手がたまに来る小さな市民ホールと、小さな本屋が2軒あった。

2軒の本屋万引き被害額が大きすぎて自分が町を出た後に潰れた(跡地はセレモニーホールという名の葬式場になった)。

1時間に一本しか電車のこない駅から伸びるメーンストリートで今でも開いている店は、年金暮らし年寄り趣味でやっている畳屋と宝くじしか無かった。

街中でスーツ姿の人は見たことがほとんどなかったし、そもそも人が出歩いている記憶すらない。

家族母親と母方の祖母のみ。

高卒で一度も町からたことのない母親は、漁師相手にする場末スナックで働いて自分を育てた。

同じ町で漁師をしていた父親フィリピンパブ出会ったフィリピーナに入れ込んで、小学2年生くらいの頃に母親離婚した。

それより前には「キミの父親不倫をしているんだ」と小学校の同級生母親から聞かされた。

相手は近所に住んでいた太ったおばさんだったので、あんデブとなぜだろうとその時は疑問に思ったけどすぐに忘れた。

最後父親と会ったのは、父親が家を出て半年後くらいに小遣いをやるからと呼び出された紫煙で視界の悪い雀荘だったと記憶している。

その後は行方不明で、風の噂では今はマニラに住んでいるらしい。

こんな家庭環境は、東京自分が属するコミュニティでは聞かない。

なぜそんなことにわざわざ触れたかというと、自分の家庭は何も特別ではなく、周囲を見渡せば程度の差はあれどどこもそんなものだったから。

親が大卒同級生なんてクラスに1割も居たかという感じだったし、自分が通った地元中学校には200人くらい同級生が居たがそのうち大学に進んだのは20人くらい。

自分博士まで進んだが、マスターレベルですら聞いたことがない。

あとで詳しく触れるが、そもそも勉強をするとか考えること自体忌避するという一貫したスタイルがあらゆる局面通底していた。

さて、シングルマザーの家庭はクラスに3割は居たし、両親が揃っていても母親父親違いの兄弟姉妹が居るなんて話も珍しくない。

世代職業漁業水産加工町工場自動車修理で、小中学校教諭公務員の子息は格の違いを醸し出すスーパーエリートの家庭扱いだったし、家も小綺麗だった。

スーパーエリート以外は、トタンの壁が海風茶色く錆びて、汲み取り式のトイレから伸びる煙突の先がクルクル風で回っている文化住宅か、古民家カフェを思いきりボロボロにしたような都内なら廃屋だと思われるような家に住んでいた。

町工場に勤めている人たちで指が無くなったなんて話もよく聞いたし、どこそこの家が生活保護受給とかという話もよく聞いた。

クラスメートが学校を翌日休む理由が、その前に起こした暴力事件家裁に呼び出されているからとかもよくある話だった。

そんな彼らが余暇にすることといえば、スナックフィリピンパブギャンブルセックスくらいしか聞いた限り思いつかない。

かに、成人した兄がいる同級生の家に遊びに行った時には、真昼間から居間同級生の兄と派手な格好をした若い女性がセックスをしていたし、パチンコ屋には毎朝人が並んでいた。

ギャンブルパチンコ電話投票する競馬が主流だったが、甲子園の季節になると地元暴力団が元締めをする高校野球賭博流行っていた。

暴力団偽ブランド品も売りさばいていて、軽自動車スウェット姿だけど鞄は高級ブランド(偽物)という出で立ちの女性をよく見かけたものである

まぁこんな感じでつらつらと思いつくまま挙げてみたが、自分身の回りで溢れていたのは、キーワードでいえば貧困、性、暴力ギャンブルだった。

そもそも大人たちがそんなスタイルだったので、子供達も似たような社会フラクタル図形のように構成していた。

小学校の頃には駄菓子屋コンビニでの万引きが横行していて、後に刑務所に入るような子供たちはその時代からすでに盗んだタバコを吸って、やっぱり盗んだバイクに乗っていた。

暴走族(ゾク)に入って大人たちを殴ったり大怪我するほどのゾク同士の喧嘩をする中学生たちが小学生のヒーローで、ゲリ便が出る時のような音を撒き散らすバイクに皆憧れていた。

そんな時に暴力的な彼らは、異質な存在排除することが大好きで、異質とみなされた同級生は徹底的に排除された。

小学6年生のとき教室に入ったらメガネをかけている子が素っ裸で椅子に縛り付けられて頭にバケツを被らされていた。

メガネは弱いもの象徴で、勉強議論をするような人間排除対象だった。

文革かって感じ。

反対に、野球が上手いか、足が早いかケンカが強ければヒエラルキーの上部に君臨できる。

動物的に強弱を判別できることがそのままヒエラルキーの源となっていたし、意思合意感情とその時の雰囲気で決まっていた。

そして中学生になると、今度は成績が良い人が排除対象となる。

真夏に水を飲まずに走りこんで泣きながら試合に負ける部活に打ち込むことがすべてに勝り、もしくは非行に走ることがある種の中学生らしさであるというコンセンサスを伴って正当化されていた。

授業中には廊下自転車が走り、思い出した頃に校庭に暴走族野良犬があらわれる。

トイレにはタバコの吸い殻が落ちているし、たまに窓ガラスは割られていた。

教師はたまに殴られたり、殴り返したり、車を壊されたりしていた。

一方で登校している生徒にとっては、校則フーコーパノプティコンも真っ青な規律自動化させるもので、髪型男子坊主女子は肩まで。

他にも細かい校則がたくさんあって、破れば容赦無く教員から殴られる世界だったし、皆が一緒であることを望んでいたので、逸脱すれば容赦無く告げ口されていた。

校則を破らなくても、目立てば排除対象になりうるので、いつしか自分も誰かが見張っていると意識して、いかに溶け込むかを重視するようになっていた。

そして積極的に学んだり考えることが嘲笑対象であったので、そこでもやはりセックスしたことがあるかとか、バイク知識があるかとか、そういう分かりやす尺度ヒエラルキー構成されていた。

授業中に教師から指名されて小難しい答えを言ったり、発音記号通りに英単語発音しようものなら3日は真似をされてイジられるのは御多分に洩れず自分地元も同じだった。

テスト期間は早く帰れるので皆喜んで下校後に遊ぶレベル勉強に対する姿勢で、将来は男子工業高校女子商業高校に通ってそのあとのことは何も考えないのが一般的だった。

ここまでは自分ライブで触れた15歳くらいまでの環境の話で、せいぜい15年くらい前の話だ。

はっきり言えば、そのような環境はまっぴら御免だし、そんなところで自分の子供を育てたくはない。

ただ、地元の話は中々難しい問題はらんでいる。

ここからは冒頭に述べた「社会再生産」について触れたい。

さて、経緯は知らないが、自分幼稚園の頃にIQテストを受けた。

そのあとに、あなたの息子は知能指数が高いから相応の教育を受けさせてあげてくださいと園長先生から母親コメントをもらったらしい。

大学のことすらよく知らない専門学校卒の母親だったが、自分都内海外の全寮制の学校小学生のうちから預けようとした。

だが、当時の自分はこともあろうに泣き叫んで拒み、結局は地元に残ることを選んだ。

当時のことはよく覚えていて、理由友達と離れたくなかったから。

その時に知りうる限りの世界を取り上げられることに対する極端な不安が何よりも勝っていて、母親は息子の気持ちを優しくも汲み取って折れた。

ただ、結論からいえば、自分結果的に完全に故郷を捨てた。

小学校に上がった時、小1か小2くらいの頃から、本を読み始めた。その頃に三島由紀夫島崎藤村やら、古い作品から新しい作品まで縦横無尽に慣れ親しんだ。

早朝に登校して空いた時間や、ジャンケンで負けて押し付けられた図書委員時間図書室でひたすら本を読んだ。

そのうちに、自分生活する社会根本的に異なる社会、つまり学び、考えることが重要であるという社会存在することを知った。

哲学思想系の本はもちろんのこと、西洋美術画集建築写真集に心を揺さぶられたし、マーラーCDを初めて聞いた時の感動は死ぬまで忘れないと思う。

めちゃイケを好むふりをして、自分加藤周一の羊の歌に感銘を受けて、とりあえず東大に行こうと中学の頃には考えていた。

そして周囲に迎合しつつも高校に進んだ。いわゆる地方公立トップ校だった。

他にも理由はあったと思うが、中3の時には成績が良いという理由ものを隠されたり上履きにガムが入っていたこともあった。

通っていた高校地元から電車を乗り継いで1時間は掛かる。

入学から1ヶ月もしないうちに、明らかに新たな社会社会階層自分は組み込まれたと自覚した。

同級生の親の職業は、医者弁護士会計士大企業社員ばかりだった。

誕生日には名古屋デパートの上層階のレストランだったり、どこぞで伊勢海老を食べるだのとそんな話もたまに聞いた(成金的な家はあまり無かったけど)。

彼らの親は旧帝国大学出身はざらにいたし、兄が東大、今はオックスフォード留学中とかそんな話も当たり前にあった。

幼い頃からピアノバイオリン書道バレエスイミングなんかをやっているのがマジョリティだったし、週末に美術館やコンサートホールに足を運んだという話も決してレアな話ではなかった。

彼らと出会ってとかく感動したのは、好きだった本や芸術の話を初めてリアル人間とできたことだった。

そして何より彼らは、自身解釈や、見解を示してくれたし、自分のくだらない議論にも向き合ってくれた。

もちろん性やギャンブル暴力ワンピースの話もたまにはあったが、それ自体享受するだけでなく、思考対象としても話題を取り上げることががあった。

高校以来、自分は学び、思考する人しか存在しないかのように振る舞う社会に身を置き続けている。

今にして思えば、もっと早く外の世界に出た方が良かったのではと素直に思う。

ただ、当時の自分には、その選択肢はなかった。

なぜなら、受動的に与えられたその社会自分のすべてだったから。

母親母親であるように、生まれ育った社会は生まれ育った社会であって、代替がきかない。

自分たまたま自分が立っていた社会と違う社会を知りうるきっかけを子供の頃に得たから今があるのであって、その機を逃せば一生地元に居ただろう。

なぜなら、考えることや知ることを拒むことが規範となる社会では、外の世界があるということ自体を知りようがないのだから

自分は考えることも、こうして頭の整理をすることも好きだ。

パチンコ新台や、友達奥さん不倫をして旦那相手と殴り合いの喧嘩をしたとか、そういう動物的な話題を「それ自体」をただ消費する社会に少なくとも自分は興味がない。

もちろん、そういった社会自分経験したような)を否定する理由はどこにもない。

ただ、自分故郷を捨てたように、その社会に残るのは、その社会適応しきった人々である

有り体にいえば、将来の選択肢存在すら意識できないのが自分体験した社会であり、どのような選択肢があるのか獲得しようする営みそのもの封建的否定される強い構造を伴っている。

からこそ、自分田舎はいつまでも同じ姿を留めることに成功しているのだと思う。

もちろん、その社会自体が恐ろしいぬるま湯であり、外には異なる社会存在することを予期している人も稀にはいることだろう。

幼い息子を外の世界に出そうと考えた母がそうだったように、おそらくそれに気付いた時に自身好転させるにはあまりにも遅い場合が大半である自分は思う。

そして、自分は今更何があったとしても、地元の彼らと交流することはできないし、するつもりは一切ない。

それくらいに共通言語がもはや異なっている。

母はもう二度と戻ってくるな、お前の居場所はもうここにはないと電話口でことあるごとに言う。

一方で、開成筑駒から東大に進んだ都内組は何も捨てることなく、安定的自分が望んだ社会享受してその上に今も生活を営んでいる。

それは誰でもそうであるように、最後最後に拠り所となり得る自らの地域的なアイデンティティをきちんと持っているということである

自分依拠すべき地域地元)を自己実現と引き換えに失ったのであって、願わくば我が子には地元を与えるか、もしくは地元がなかったとしてもサバルタンとなり得ない思想的な土台を築いて欲しいものである

そして同時に、自らの強みは故郷がない事であり、海外に出ることも辺境の地に赴くことも、自分さえ許せば可能となり得る。

今朝の夢に現れた、小さな漁船はきっと自分自身だったのであろう。

2019-08-08

「オレ、マサラタウンサトシ!」

めちゃイケクイズ濱口優』の冒頭で岡村さんが毎回「大阪から来ました、岡村隆史です!!!」と言うのを彷彿とさせる

2019-07-26

ダウンタウンお笑いが嫌い

吉本は嫌いじゃない。子供のころ、土曜の午後はテレビよしもと新喜劇を見てたし、「THE MANZAI」も「オレたちひょうきん族」も「めちゃイケ」もゲラゲラ笑いながら見てた。

でも「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」は無理だった。後輩芸人を「いじる」という行為が「いじめ」にしか見えなかった。ダウンタウン漫才も「いじめ」の臭いがして笑えなかった。

ダウンタウンお笑い基本的に内輪受けに見えた。ひょうきん族ときだって横澤Pが出てきたりして、裏方いじりや内輪受けはたしかにあったけど、ガキ使は度を越してると思った。基本が内輪受け。タレント自分マネージャーを「いじる」のを見ても、面白いと思えなかった。だいたい「いじる」って芸なのかなあ。自分にはそれが「芸」とは思えない。

浜田が「ジャンクSPORTS」でスポーツ選手をいじるときも、その選手がとりくんでいるスポーツの内容とは全然関係ない部分が多くて、虚しい感じがする。さんま加藤浩次サッカー選手と話すときは、サッカーというスポーツちゃんと掘り下げてて、そういう虚しい感じは全然しないんだよね。

21世紀に入ったこから吉本芸人の出てる番組は見たくない、と思うようになってたけど、今回の事件で、吉本がそのころからダウンタウンを中心とする会社になっていったと知って、なんとなく納得した。

これを機に、吉本は、もう一度、ほんとにちゃんと「芸」がある芸人会社になってほしいなあ。あるいは、ダウンタウン派じゃない人たちは会社を出てちゃんと「芸」のあるおもろい芸人会社をつくってほしいなあ、と思いました。。

2019-06-30

よゐこが好き

ウリナリみてめちゃイケみて黄金伝説みて育って来た世代

当時なにも思わなかったのに今更よゐこを好きになった

YouTube任天堂チャンネルゲームしてるの見たんだけどすごく仲良さげで楽しそうなのがよかった

最近はじまったよゐこチャンネル配信も楽しみにしてる

「●●する」って書いてあるのに終盤になるまでしない、先週の配信も「稲川淳二の話する」ってタイトルなのに前半ほとんどキャッキャしながらタコパしてるのを見せられた

我々はなにを見せられてるんだって思うけどめちゃくちゃ平和でいい

おっさん二人に和む日々が来るとは思わなかった

2019-05-06

若手俳優Sくんに関して、闇落ちしかけたやばいオタクの手記

ワンクッション。

俳優Sくんと私との出会いと私の思いを綴っただけです。各方面配慮はありません。

登場する友人とはリア友で、Sくんファンでもありますが最推しは別の俳優さんです。彼女に頼まれ、この文章を公開することを決断しました。名前や日付は操作していますが内容は事実です。もう一度言います、各方面配慮はありません。

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2017年10月7日

普段そんなにテレビを見ない私が偶然目にしたのは、某芸能事務所若手俳優グループ結成記者会見だった。なにこれ?私のタイプイケメンがいっぱい並んでるんですけど?!とTwitterで呟いたところ、友人からLINEが飛んできた。「それ私の推しいるんだけど、今度の初イベント行かない?」なんかよく分からなかったし知らない世界だったが、彼女の誘いならと同意した。

事前にネットで調べて、メンバー確認した。舞台特撮に出ている人気俳優さんもたくさんいたが、私にとっては知らない俳優さんばかりだった。ただ顔写真を眺める中で、すごく顔がタイプ俳優さんがいた。S、と名前があった。デビューしたてで実績はないようだが、なぜかフロントメンバーにいた。彼をチェックしてみるかと軽い気持ちで、私は友人と共にグループの初イベントに臨んだ。


2017年12月10日

イベント当日。Sくんは慣れていない様子で、ほとんど喋らなかった。先輩の俳優さんがいっぱいいたからかもしれないが、マイクのないところで仲のいい俳優さんと話したりしていて、あまり前に出ることはなかった。こういうの好きじゃないんだろうか。芸能人向いてないんじゃないだろうか。そうとさえ思った。正直、あまり印象はよくなかった。

その日は終了後にハイタッチ会があり、私はSくんのターンで思い切って声をかけた。「めちゃめちゃイケメンですね!」時間も短かったし、そんなようなことを言ったと思う。彼は苦笑いのような微妙な表情を浮かべた。ただそれだけのことだった、彼だってデビューして初めてのイベントで慣れていなかっただろうし疲れていたのかもしれない。私の声のかけ方がいけなかったのかもしれない。でも私はすごくショックだったし、怖かった。


2018年1月28日

つの間にかグループファンクラブに入っていた私、友人に連れられ2ndファンイベント。Sくんは前回よりも慣れてきた様子で、笑顔が見られた。先輩俳優との絡みも増え、特技のギターや歌の披露も前回より緊張が少ないように見えた。

そして客降りの時だった。隣りの友人が手を振ったとき、Sくんはこっちに手を振り返してくれた。2人でびっくりしたし、すごく嬉しかった。だが私は前回の恐怖が拭えず、ハイタッチ会では彼に何も声をかけることができなかった。


2018年3月18日

そして3rdファンイベント事件はおこった。よくあるオタク勘違いだよと言われるかもしれない。でも少なくとも私と友人の2人の中では確信している大事な思い出だから、許してほしい。

それはサインボールを客席に投げ入れるコーナーだった。私達は運良く割と前方の席で、運良く斜め前辺りにSくんが立った。私達はSくんに手を振った。Sくんは私達を見てくれた。そしてこっちに向かってボールを投げてくれた。軽いボールは惜しくも私達から少しズレたところに落ちた。ドンと響くような悲しみをこらえSくんの方を見ると、彼は私達に向かって、ごめんねというように手を合わせた。私はボールを取れなかった悲しさよりも、嬉しさで泣きそうだった。もちろん彼は私達のことなんか覚えていないだろうけど、私にとってはあの1stの彼がここまでしてくれたことが感激だった。

その日のハイタッチ会で、私はまた思い切って声をかけた。「めちゃくちゃかっこいいですね!応援してます!」彼はありがとうと、今度はさわやかな笑顔を返してくれた。


その後もSくんの初舞台となるグループ旗揚げ公演を見に行ったり、(事務所のやり方が最悪で密かにボイコットしたこともあったけど)ブロマイドやグッズを買ったりした。だが無名の彼の露出は多くなかった。彼はSNSをあまり更新しないタイプだったし、私はもっといろいろなSくんの姿を見たかった。早く現場でSくんに会いたかった。早く売れて有名になってほしかった。

そんな中で発表されたのが、とある人気2.5次元舞台への出演決定だった。本当に驚いた。原作ほとんど知らなかったが、彼の役が人気キャラであることくらいは知っていた。発表のときにみんなが「誰?!」となっているのを見て、「見てろよ」と私はニヤニヤした。

それから必死原作勉強してチケットを探した。運良くお譲りいただけて公演を見たとき、あのSくんがこんな大きな舞台で輝いているのがとても嬉しくて誇らしかった。歌の上手いSくんの声がイベントホールではなく劇場に響くのがとても嬉しかった。iTunesCDで彼の歌を聞けるのが、雑誌に彼の名前と姿が載るのが、とても嬉しかった。


2019年4月13日

Sくんは続編の公演へも同役で出演が決まっていた。最速先行もFC先行も落ちて伝手をたどり、友人と2人、なんとか劇場にたどり着いた。だが観劇の前にもまた戦場だった。ランブロ文化は滅びろ。人気キャラを引き当てても、彼演じるキャラブロマイドとの交換がとにかく見つからない。選べるタイプのグッズもまず彼のキャラ完売うそだろ。比べるのはあれだが、原作ではもう一人のキャラの方が人気だった。そのキャラを演じる俳優さんも、Sくんより歴もファン数も圧倒的に上なはずだった。私は既に泣きそうになりながら野口英世を羽ばたかせた。

もちろん劇はとても楽しかったが、ここでは感想を省かせてもらう。

最後の客降りだった。Sくんは客席に降りずにステージ上だった。そして私は彼が板の上から最前列に紙吹雪を振りまくのを見た。私は3階席で泣いた。彼がとても遠くなってしまったようで、堪えきれなかった。お芝居を見にきたのであって、こんなことで泣くのはおかしいと思った。劇場に入れなかった人もたくさんいるはずなのに泣くのはおかしいと思った。でも耐えきれなかった。

オタクとしてこんな真っ黒な気持ちになったのは初めてだった。Sくんには売れて有名になってほしいと思っていたし、思っている。でも売れないでほしいと思ってしまった。なんでこんな人気キャラ役なんだとも思ってしまった。彼が売れて人気が出ることはファンとして喜ばしいことのはずなのに、純粋に喜べなかった。そんな自分自分でショックを受けた。こんなことを思ってしまうなんて、ファンとして恥ずかしいと思った。 いやファンを名乗ったらいけない気がした。

今の私は3rdイベの思い出にすがり、デビュー最初イベントブロマイドを持っていて、初舞台初日を見たという事実を振りかざしてマウントを取りたがる、真っ黒なオタクしかない。


それでも私は、ちょっとマイペースコーヒーブラックが好きで温度低そうだけど熱いものを持っていてぱっちり二重な彼が、やっぱり好きなんだ。

アーティスト志望だったはずがなぜ2.5次元なのかという疑念もある。Sくんが本当にやりたいことができますように。心や体の調子を崩したりしませんように。いつか彼名義のCDを買える日が来ますように。そう願う気持ちだけは純粋でいたい。事務所さん頼みますよ。

それから、できれば今のところ以外の事務所でお願いします。

2019-01-10

新聞に投書したら知らない婆ちゃんに合わされそうになった話

中学時代新聞に投書した。

普段老害丸出しのうるさいジジイ読者ばかりの投書欄が週に一度だけ小学生から高校生の投書のみ掲載する日があり、

ある日暇潰しで読んでたら俺と同じ中2の投書で「ぼくは、お米が好きです。お米は日本人の誇りだと思います」なんていう誰でも書ける幼稚でアホみたいな作文が乗っており

このレベル掲載されるなら俺も楽勝だろう、と掲載されたら貰える図書カード3000円目当てに送った。

もともと深夜の芸人ラジオ雑誌読者投稿大喜利コーナーで度々採用されていたので、こういうのは採用される自信があった。

俺は、それが学生時代青春と言い切れるほどお笑いが好きで、小学生の頃から爆笑オンエアバトルを毎週チェックして漫才コント落語にのめり込んでいたのだが

小学校時代めちゃイケワンコーナーしりとり侍」での、しりとりに失敗すると袋叩きにされるという演出批判され放送中止になるという出来事があり、

それを元に「俺はお笑いが好きだが、これは暴力であって笑いではない」みたいなことを国語の作文の授業で書いたら

矢鱈と先生にウケがよく、プリントアウトされ全校生徒に配られ、それをもとに議論するみたいな特別授業までやらされて、「大人が求める文章」というのもなんとなくわかっていた。

で、小学校の時に書いた「お笑いは好きだがバラエティーの暴力描写ダメだ」的な内容を中2なりにリライトしたものを投書したら見事に採用され、俺の投書が朝刊に掲載された日、学校に行くと国語先生担任が滅茶苦茶テンションあがっておりべた褒めされた。

自宅にも、普段滅多に合わない色んな親戚から電話が次々かかってきては褒められた。

大人子供に書いてほしい文章」というツボを見事に捉えた。

数日後、新聞から待ちに待った図書カードと共に編集部による俺の投書への評が届き、

「きみの観察眼は見事だ、思い起こせば今のテレビお笑いがこうなったのはタモリが登場してからであり~」で始まる、終始タモリdisをしている謎の内容で

「いやいや、確かにタモリもドッキリ特番の司会やってたみたいだけど、バラエティー番組を過激にしたのはどちらかって言えばたけしでしょ」と、編集部オッサンはどこかズレていると思った。

そんな俺の周りでの新聞投書フィーバーが過ぎ去った数週間後、自宅に新聞から電話があり俺と話がしたいと言ってるとかで、何事かと電話に出てみると

「あるお婆ちゃんの読者から問い合わせがあって、戦争とき友達漫才をやって周りを明るくしていたらしいんだ。お笑いも好きだし、ぜひきみと合ってその話をしたいと言っている。その様子を記事にしたい」

えー!無理無理無理!!知らない婆ちゃん戦争の話聞かされるとか無理!絶対寝る!1ミリも興味ねえ!拷問

いや、そりゃ戦争の話聞いた感想書けって言われたら、大人が望む文章は書けますよ。

でも投書と違って、行っても何も貰えないっていうし、何が悲しくてただただ知らないババア戦争の話聞かされなきゃならんのだ。俺はボランティアじゃねえぞ!新聞に俺の写真が載るのも御免だ!

そんな何の魅力もない誘い話、乗るわけないじゃない。電話の向こうの記者はえらく食い下がったけど、とにかく断った。

後日また新聞社より電話があり、「実はそのお婆ちゃん20歳の孫がいて、最近漫才師としてデビューしたらしいんだ。そのお孫さんときみとで、漫才をしてほしいらしいんだ。その様子を記事にしたい」

いやいやいや!この前の話より更に地獄度が増している!

知らない婆ちゃん戦争話聞かされて、デビュー間もない若手芸人だという孫と、どうせウケる訳もない寒い漫才させられて、何の報酬もない割に俺の労力がえぐい

だいいち、俺中2だぞ。相手二十歳だぞ。そんな知らんガキと漫才しろだなんて、向こうも困るだろ!芸人とはいえ、知らん兄ちゃんと急に対面させられても何喋っていいかわかんねえし!

無茶振りがすぎる。

もちろんお断りし、記者も食い下がったが長い押し問答の末ようやく記者も諦め、そこから電話が来ることはなかった。

どんだけ記事ネタ不足だったんだ。

まあ、日々平凡に暮らす中高生諸君にとって、急に大人たちから褒められる新聞投書は面白いのでオススメしたい、と言いたいところなのだ

今の時代そもそも新聞とってる家庭がないもんな~。

ネット文章書けるような学生学生に限らずみんなもね!)は、何かしら投稿すると良いことはあるし面白いからやってみると良いよ~。

2018-12-27

投票数

テレビ連動の投票企画記憶に新しいところ調べてみたけどモンスターハウスが圧倒的だ👻

📺モンスターハウスクロちゃん収監

👉2,797,080票

📺めちゃイケ三中オーディション

👉630,483票

📺M-1敗者復活戦(PC/スマフォ含め)

👉1,991,868票

Twitterから

2018-10-26

にじさんじくじじゅうじ

abemaのテレビ番組!みたいなの見てみたら

めちゃイケ新メンバーのやつを見てる時みたいなうすら寒さがあったんだけど

あいうのが求められてるわけ?

2018-09-08

吉田豪の『 加藤浩次の「番組ハラスメント」をじっくり考えてみた 』への指摘

http://tablo.jp/serialization/yoshida/news003760.html

吉田豪氏のウェブ連載は好んで読んでいたが、今回の記事はいくつか気になったところがあるため、指摘しておきたい。

『いまでこそ加藤浩次は『スッキリ!』の真面目そうな司会者だけど、もともとは狂犬と呼ばれていたような人で、あの企画は彼の狂犬ぶりを復活させるのがテーマから、事前にWikipediaぐらいはチェックしておくべきだったんじゃないか

 これは事務所無所属で、たまにテレビに呼ばれる素人枠という意味では彼女と近い立場人間としての意見ですけど、ボクもテレビほとんど見ないから知らない番組に呼ばれたときWikipediaぐらいは調べるし、知らない共演者も調べるんですよ。今回の件は、そうすれば防げた事故だったと思うんですよね。

 実際、番組Wikipediaにはこう書かれています。「加藤が収録前からアルコール類を飲んでおり、放送中もアルコール類を飲みながら番組に参加する。加藤の狂犬ぶりを甦らせ、本音をはかせる趣旨企画」と。

 だから、ボクは「狂犬キャラを求められた加藤浩次は期待に応える仕事をして、『スッキリ!』の司会者だと思って安心して出演したゲストは傷ついたという、不幸な事故なんだと思ってます」とつぶやいたわけです。そう、これはお互いにとって不幸な事故だったんですよ。』

AbemaTV 加藤浩次の「番組ハラスメント」をじっくり考えてみた 吉田豪

まず、吉田氏が引用した部分「加藤の狂犬ぶりを甦らせ、本音をはかせる趣旨企画」(Wikipedia)は

2018年6月23日に加筆された文。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%90%BA%E5%B8%AF%E6%A9%9F%E5%99%A8%E5%B7%AE%E5%88%86/68992614

スペシャル放送日は2018年6月21日。つまりこれは放送後に編集された文。

A氏は放送以前にKAKERU TVWikipediaを見てもこのことは知り得なかった。

どちらかといえばWikipediaの「加藤浩次」のページの

女性蔑視の傾向があり、過去オアシズに対して高圧的な態度で恫喝していたという。光浦は当時を振り返って「殺してやりたいと思っていた」と語っている。また、新人時代小倉優子を泣かしたり、『本能ハイキック』でアシスタントをしていたモデル田中美保罵倒し、番組降板まで追い込んでいる。』(Wikipedia

記述の方が警戒に値すると思う。

田中美保とは2013年放送めちゃイケで対面し土下座謝罪をして一応「和解」しているが。)

次に

『ただし、このイケメン評論家加藤浩次の罵り合いはこの番組ではお馴染みのもので、2人は当たり前のように取っ組み合いになったりのバトルも繰り広げたりしていて、要はプロレスだったわけですよ。「主に加藤氏、竹山氏の罵声ヒートアップしていきました。立ち上がって大声をあげ、平手で机を叩いて大きな音を立てました(卓上のジョッキがガシャンッと音をたてるほど)」というのも、つまりはそういうことだったんです。』

AbemaTV 加藤浩次の「番組ハラスメント」をじっくり考えてみた 吉田豪

とあるが、これに関してはA氏の記述が正しく、#52(問題の回)で罵り合いをしてから後の回に何度か呼ばれ、似たようなやりとりをしている。

まり#52の時点では加藤イケメン評論家C氏とは初対面であり、決して約束された『プロレス』ではなく、C氏が即興で乗っかってくれただけだった。(台本がないのであれば)

ちなみに記事掲載されている画像も#59のものである

そして、最後ギルガメッシュナイトの例えは暗にA氏の主張は見当はずれだと誘導しているように感じる。

全体的に吉田豪氏にしては仕事が荒いと感じた。

2018-06-10

バラエティをつまらなくしたのはめちゃイケだと思う。

テレビっ子によるテレビの話ですm(_ _)m

めちゃイケ特殊番組だったと思う。

バラエティが苦境に立たされても挑戦を続け、テレビっ子に支持され続けた。

末期は叩かれることも多くなったが、それでもバラエティファンからは厚く信頼されていた。

なぜか。

それはめちゃイケ視聴者を楽しませるだけではなく、

バラエティ番組アイデンティティも発信する番組だったから。

バラエティファンの期待を裏切らず、バラエティ文化を守り続けるという思いを届け続けた。

規制クレームといった逆風の中でも、めちゃイケらしさをやめなかった。

やめないことをファンへのメッセージにもしていた。

そこにファン安心した。この番組自分たちが好きなバラエティ文化の味方だと。

私もそうだった。

土曜8時はテレビマンにとって特別な枠であることや、

批判を受けると簡単にコーナーが終わってしまうこと、

そんな厳しい風潮の中で過激なことを放送するのは「冒険であること、

こうしたバラエティ周りの事情めちゃイケで学び、

「作り手や演者視聴者を笑わせるためにリスクを冒しているんだ、応援しないと」という気分になった。

だが、それと同時に違和感もあった。

上のようなバラエティ愛というのはナイナイロンブーなど、

思春期80年代バラエティを観て育ったお笑い第4世代芸人特に強い。

彼らの番組では「ムチャクチャやっていた時代」へのリスペクトや、

「俺たちも規制を恐れずキワドイ部分を攻めていこう!」といったメッセージがよく発信される。

そして現に、暴力犯罪エロなどがテーマの「攻めた企画」を敢行している。

こうした「攻めた企画」は逆境で見せる反骨精神のようで、バラエティファンには心地がいい。

心地はいいが、私はそれで笑えない。

笑えないというのは「不謹慎から」とか、そういう理由ではなく、

単純にゲラゲラ笑えるほどのものではないからだ。

だが「攻めた企画」と銘打たれると、

彼らはバラエティにとってとても有意義なことをしていると錯覚してしまう。

「攻めた企画」が放送されるとSNSには彼らの冒険を称えるような投稿があげられ、

バラエティ史にまたひとつ伝説が刻まれた、とファンは安堵する。

そうすると、だんだん企画自体で笑えることより、

バラエティ道を貫くことの比重が多くなっても、気付きにくい。

正直、ここ数年のめちゃイケはこの状態だったと思う。

応援しているのは古参バラエティファンのみで、若い視聴者から共感を得られない。

それもそのはずだ。バラエティ歴史を知らない子供めちゃイケを観て、

「こんな時代にあえてゴールデンめちゃ日本女子プロレスを復活させるのは冒険だ」などと、

説教くさいナレーションを聞かされてもファンにはならない。

それよりも今そこで笑えるユーチューバーの方が魅力的に見えるだろう。

「苦情も覚悟の魂込めた企画」を観たいのではなく、ゲラゲラ笑いたいからだ。

それこそお笑い第4世代からよくリスペクトされる「元気が出るテレビ」は、今そこで笑える番組だった。

基本的に誰かにイタズラをして怒ったりパニックになる姿が連発されるのだが、くだらな過ぎてゲラゲラ笑った。

手の込んだロケも多く、あのくだらない映像が出来上がるまで相当苦労もあっただろうが、

元気が出るテレビ」は作り手の事情を出すことはなく、徹底的にくだらない番組であり続けた。

「俺たちはプライドを持ってバラエティを作っている」ではなく、

「こんなバカなことやってすみません」という姿勢が潔かった。

私も自宅でリラックスしながら「バカなことやってるな」ぐらいの温度バラエティを観たい。

ただしめちゃイケが再定義した感のある「バラエティ」の文化は、

この先さらに年老いて、保守的で、閉鎖的で、形式けが残る笑えない文化になると思う。

めちゃイケバラエティ界に残した功績は偉大だが、

その「バラエティらしさ」や「バラエティプライド」が、

規制クレームよりもバラエティを笑えないものにしているのではないか

一度皆が大切にしているバラエティ文化から離れて、

中2ぐらいのふざけた男子がパッと見で笑い転げるようなお笑い番組を作って欲しいと思う。

2018-05-17

こうすればフェアになる

いじめパワハラ自殺が発生するたびに

加害者めちゃイケガキ使などのバラエティ番組を好んで視聴しており〜…」と報道しよう

2018-04-01

時代の転換

昨夜、数年ぶりにめちゃイケを観た。

視聴した理由はひどく単純なもので、最終回だったからだ。

終わるのなら、せっかくだし観てみようかなと軽い気持ちで視聴させていただいた。

社会人になって以来、テレビ番組自体をあまり見なくなっていた。

世間話題になっているニュースネット確認出来るし、若い頃と違って毎週の様に発表される音楽必死にチェックすることもない。芸能人の誰々が結婚しただとか熱愛発覚だとか、そういうもの自分生活には何ら関係ないことだし興味もないかワイドショーなどを見ることもなく……というか、その時間仕事から見れるはずもなく、結果的テレビから遠ざかる生活をしてきた。

それでも、幼い頃に自分が笑って観ていた番組が終わるのだからと久方ぶりにテレビを点けた。

テレビの中で、幼い頃から変わらないメンバーと噂に聞いていた新しいメンバーが笑っている姿は、見慣れていないこともあり新鮮だった。

めちゃイケらしい、お決まりとも言える展開は単純に面白く、ああそうだ、昔からこんなだったなと妙に懐かしく思えた。

幼い頃、母親に顔を顰められながらも兄弟達と笑い転げながら観た数々のコーナー。

クイズ濱口優しりとり侍、Mの三兄弟……ただただ懐かしかった。懐かしかったし、面白かった。

くだらなさに笑いながら酒を飲む休日前夜―何よりも贅沢な時間を与えてもらったと思う。

最終回を迎えるまで、様々な批判もあっただろう。

今回の最終回に関して、つまないと思った人もいるだろうし、様々な意見めちゃイケという番組に対して寄せられることだろう。

だが、今回に限っては、出演者スタッフも、その声に耳を傾けることはない。

最終回まで見ていなかった自分が言えたことではないが、今回の最終回はそういった批判否定を寄せる人々の為に作られたものではないと私は感じた。

彼らは恐らく、番組を愛してくれた視聴者めちゃイケという番組を心から好きだと思っているファンの為だけに、この最終回制作したのではないかと感じた。

笑っていいとも!ごきげんようスマスマみなおかポンキッキーズ

数年前から今年までの間に、それなりに思い入れのある長寿番組が次々と終わった。番組最後を見る度に幼い頃を思い出し感傷に浸っていたのだが、この度のめちゃイケ最終回を見終わった時、私はひとつ時代が本当に終わったのだと心から思った。

私は、三十代である昭和終期の生まれだ。そして、平成初期から中期にかけて子供時代を過ごしてきた。

平成という時代がまもなく終わる。文字通り、時代が変わる。

それをまざまざと実感したのが、この度のめちゃイケ最終回だった。

私にとって、めちゃイケ平成象徴であったのかもしれないと今更ながらに気がついた。

これから新しい時代が始まる。

否、もう既に始まっているのだろう。

今後、どのような番組が作られていき、その時代象徴するのだろうか。

番組を作る人々には、どうか、その番組を心から好きだと思ってくれるファン大事にしてやって欲しい。

この度、めちゃイケ最終回制作したスタッフのように。

最後に。

出演者の皆さん、スタッフの皆さん。

長い間、お疲れ様でした。

最後岡村さんが言ったように、あなた方が作り上げてきた『めちゃ×2イケてる』という番組は、私にとっても青春でした。

懐かしいと思える番組を作り続けてくださり、ありがとうございました。

めちゃイケ最終回岡村隆史 最後スピーチ全文

最終回なので言いますけども、

フジテレビめちゃイケで向かう時、レインボーブリッジを渡る時なんですけども、

クワクするという気持ちレインボーブリッジを渡ったことは、実は一度もありません。

しんどかったり、苦しかったり、痛かったり、悲しかったり、悔しかったり。

ほかの番組と違って、キュッとこう心が苦しくなるような、

そんな気持ちレインボーブリッジを22年間渡って参りました。

みなさんも色々な気持ち、悔しい気持ち我慢、あったと思いますが、

岡村隆史という神輿をみんなで担いでいただいて、本当にありがとうございました

(休養期間中)僕自身は「めちゃイケに戻ってくることはできないのかもしれない」

テレビという所に戻ってこれないかもしれない」と思いました。

でも、本当に自分でも奇跡だと思いますけど、待っていてくれた旧メンバーにも感謝してます

オーディションで受かって、共にやってくれた新メンバーのみなさんも、本当にありがとうございました

そして、めちゃイケに携わって頂きましたすべてのスタッフのみなさま、本当にありがとうございました

そして何より、

22年間、めちゃイケをかわいがってくださったお茶の間のみなさん、本当にありがとうございました

こんなこと恥ずかしいんですけども、最後に言わさせていただきます

めちゃイケは、僕の青春でした。

本当にありがとうございました

岡村隆史

2018-03-31

めちゃイケ、そんなに終わりたくなかったら、そんなにまだ続きたかったら、まだやりたいことがあったなら、なんで今までダラダラしてたんだよ。もう何年も他の人気番組パロディ企画ばっかりやってて「自分たちからこういう笑いを発信したい」なんて感じさせたことあっただろうか。もう何年もその時々の人気の芸人とか芸能人を引っ掛けたり、ひな壇に並べたり、持ち込み企画やらせたりしておいて、「うちのメンバーはこういう事をやりたいんだ」って思ってたなら、もっといくらでもやっとけばよかったんだ。それを何を今までダラダラしておいて、いよいよ終わりってなってから過去遺産リバイバルばっかりで新しいことも大してやってないのに最後最後に「まだまだやりたかった」って何を言ってるんだ。そんな思ってたらタンバリン持って踊ってる暇なかっただろ。

 

と思ったけど、これってそのまま人間人生なんだろうな。その時々ではやり過ごすのに必死でとても勝負なんてしてられないし長生きしただけでも大したものなんだろうけど、いざ終わりになったら「もっと勝負しとけばよかった」って後悔するだろうし、みんなは「いつまでダラダラ生きてるんだ」と思う。だからこれを教訓にするなら、残された者はせめて悔いのないように、いずれ来る人生最終回まで頑張って生きるしかない。お疲れ様でした。

2018-01-14

anond:20180113000633

これは気になっていた。

増田議論するのもいいけど、最終的にはBBCなどが上げてくれた観測気球海外の方、特に黒人の方がどう反応したかとすり合わせというか、答え合わせしないと意味がない。

BBC記事に対するTwitter見てて感じたのは全体的に反応が薄い事。

最初はただ記事名とURLだけのツイートが続き、次に日本人っぽい人たちが英語非難擁護し始め、更にしばらく経ってからめちゃイケ非難をする外国人がボチボチ出てきた。

その後は追っていないけれどどうなったんだろう。

2018-01-09

年末の「めちゃイケスペシャルイマイチだった

年末にやっていた元SMAP中居くんナインティナイン日本縦断するという定期企画番組が終了予定ということもあり、「めちゃ×2イケてるッ!中居ナイナイ日本一周FINAL 日本一周72時間ホンネの旅」として、元SMAPの3人がabema TVでやっていた「72時間ホンネテレビ」を意識しまくったタイトルまでつけていた。

結果としては、視聴率が6.4%で大惨敗だったとのこと。

番組を見ていたけれど、これは確かになーという内容だった。

FINALということで、強行スケジュール日本を移動するフォーマットは変わっていなかったけれど、要所要所でいつものお約束を崩していて、それがはまっていなかったように思う。例えば、ご当地グルメ中居くんがいただこうとすると、進行役のナイナイが笛を吹いて強制移動というやつ。今回は普通にご当地グルメを食べていただけ。ここはいものような展開の方が良かったんじゃないかなと思う。

あと、最後打ち上げのところでの、めちゃイケメンバーのこれまでを役者がロール・プレイするやつもいらなかったなー。さして感動もなかった。

そして、もっとも雑だなーと思ったのが、大オチである中居くんスライダー

感動的なスピーチを読み上げていると思ったら、突然落とし穴が。するとカメラが切り替わって、以前のスペシャルでみた大スライダーでびしょ濡れになりながら落ちてくる。

最後にこれを持ってくるのは良いとして、流れが雑すぎる。宴会場で話を聞いていたメンバーが、スライダーの下に回り込んできており、見ている人が明らかに別撮りであることが分かるし、それにより「フィクション」感が強くなってしまう。めちゃイケ日本一周の旅は、フィクションなんだろうけど、ノンフィクションなんじゃないかと思わせる演出がよかったんじゃないのか。先のご当地グルメの話にしても同じで、カメラが止まったら、用意してもらったご飯をみんなで美味しくいただいているのかもしれない、けれど、番組演出としては「本当に食べてないのかも」と思わせるような作りになってないと笑いが成立しないんじゃないの?

すべってきたあとで、ナイナイがしきりに「3000万かかってんで!」と言っていたけど、一般の人からしたら笑いよりも引いてしま金額だよなー。数百万くらいならギリギリわらいになるのでは。かけた金額に対して得られる笑いが少なすぎる(最近宮迫が「もらいがすくない」と言ってるやつね)。もはやそういう感覚もなくなってしまったんかなと思うと寂しくなるね。

加えての油谷さん登場に関しては全くの蛇足。あれは本当にいらんかった。

2018-01-03

めちゃイケ観てて感じたこ

当方SMAPファンかと言われるとそこまでではないけど、友達に連れられて横浜球場コンサート観たり、新しい地図発足の時に感動してうっかりナカマ(会員)になる、それくらいの距離感(余談だけど、新しい地図のナカマへの手厚いホスピタリティに日々感動してる)

めちゃイケも昔は観てて、でもなんか人数がやたら増えていたくらいかあんまり観なくなった、それくらいの距離感

日本一周の旅もこれまで一回も観たことなかったんじゃないかな、それくらいの距離感

なんだけど、今回のFINAL観てちょっと感動しちゃったよ。TVの雑さと作り込み、双方兼ね備えてることにも感動した。72時間、って言ってるけど実際は別日でやったロケをつなぎ合わせてるし最後に「フィクションです」ってテロップが出る。さも大晦日から2日までに収録しました、って体をとってるから、まぁ「嘘つき」って言われても仕方がないかもね。でもフィクションから。そうじゃなきゃ各地でのあの仕込み、できないから。生放送だと戸惑うから

はいえ、観ながらネット感想検索すると、「爆笑ヒットパレード生放送なんだから元旦大阪にいるのありえない」みたいな感想もみかける。真実じゃないよ、フィクションなんだから

でも人は真実を求めるし知りたがる。

けど、ホントのことって案外知らない、知りえないもんだよなーって今回のめちゃイケもだし、日常生活でも思う。ホンネとホントは違う。

はいえ、ナインティナイン中居くんの仲はホントのことだろうし、22年という年月もホントのこと。ホントはちゃんとあるんだよなーなんて思った。

最後オチも含めてああ、こういうのって歴史がないとできないものだな、というのを見せつけられた気がします。ありがとうございますフジテレビ

ていうか、そこまでファンじゃないけど、テレビVSネットでも、ネット企業VSネット企業でも、SMAP含めてジャニーズ周りが代理戦争してるようにみえしまうところがあるので、そこはなんとかならないかな、くらいにはジャニーズファンです。

2018-01-02

めちゃイケ 中居ナイナイ感想

かなり久しぶりに見たんだけど、なんだか置いてけぼりでした。

色々辻褄合わないところとかあるし、なんか残念だった。

子供の頃楽しみにしていためちゃイケはなくなっていた。

めちゃイケが変わったのか、自分大人になったのか。

2017-12-30

運動音痴芸人

今思うと、

左右の目で大きく視力が違い、黒板の字がぶれて見えるレベルだったのにずっと眼鏡をかけず過ごしてきたこ

扁桃腺風邪でもないのに常に腫れていて喉がふさがっていること

心肺もあまり強くないことなどが重なっていたからだと思うが

とにかく運動音痴で小中高大と体育は何をやっても駄目だった

特に球技が無理。バレーバスケ卓球も全部無理。目のピントが合うのにタイムラグがあるのでボールの正確な現在地が分からない

陸上だって誰よりもゼエゼエ言ってるのに足が遅いせいでクラスメイトからは白い目で見られ

時には「ずるをしている」などと言われた。本当に地獄だった

しかし、アメトーーク運動神経悪い芸人めちゃイケ運動会リンカーン大運動会などは好きで何度も見たことがある。今もアメトーークを見ている


自分非コミュアニヲタではあるがお笑い番組も好きで、お笑い芸人好意を持っているので

(と言っても島田紳助は苦手でテレビからいなくなった時はほっとしたし、今炎上中のニューヨークフォローのしようがないしフォローしたくもない)

アメトーークでは弄る側も弄られる側もスタッフも仲がよいであろうことを知っているし

あれは自分にとって、例えば子犬ポテポテ歩いていたら転んで隣の子犬とぶつかるとか、

猫が着地に失敗してつるっと滑ってしまうとかその手のほのぼの映像の延長であり

自分と違って「お前ほんっと運動神経悪いなwww」「いやぁ~www」と仲間同士で明るくネタにして笑い合えることへの憧れも感じる

あれはけして嘲笑ではない。学生時代、体育の時間自分に向けられた冷たい視線とはまったく異なるもの


自分のように学生時代体育で辛い思いをした人たちがあの番組批判しているのを見るたびに

なんとも言えない気持ちになる

2017-12-18

昨日の漫才のやつ

ウーマンラッシュアワーのやつとかどうでもいいよ

そんなことよりサンドウィッチマンとか流れ星とかナイツかいろいろ面白かったでしょ?

サンドウィッチマンはもう二人が並んでるだけで嬉しくなるし

流れ星ジャーンってやつホント好き

ナイツはもうすごいよね、まとまってるしさ

あいうふうにパクリネタやってもあんまり嫌な感じしなくない?

まあ創価が〜とかいうひとは黙ってて

あと久々にチュートリアル漫才みたけど、徳井さんがボケというよりただの変態のやつ、好きだなぁ

ジャルジャルめちゃイケいじめられてる可哀想コンビというイメージしかなかったけど、この前のM-1からまともに漫才見て、すごく好きになった

相変わらずたけしは字幕なしだと何言ってるかわからんかったけど

もう自分がすきな漫才を楽しめたらそれでええやん

2017-11-06

めちゃイケって、どの世代がど真ん中直撃なんだろう?


ちなみに90年生まれだけど、みたことないです。

2017-10-28

めちゃイケってやってる人はおもしろいと思ってるんだろうか

内輪ネタばかり

演者過去恋愛もどーでもいいし

ADが歌がうまくても下手でもどうでもいい

芸人仕事しろ

2017-08-28

稼ぐ機会がない芸人は組んでYouTuberになって規制が強いテレビじゃできないようなネタやってくれないかなぁ かつてのめちゃイケの数取り団を公園回転木馬使ってやってくれたら絶対見るわ

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