オレンジ色はなぜ橙(だいだい)色なのか、なぜ蜜柑色ではないのか、みたいな話の調べもののメモを書きましょうね。
1862年(文久2年)に堀達之助が編集した辞書であり、日本における最初の英和辞書といわれている『英和対訳袖珍辞書』で「Orange」をひいてみる。
Orange, adj. 橙ノ
Orange-peel, s. 橙ノ皮
Orangery, s. 橙ヲ育テル園
Citrine, adj. 佛手柑又橙色ノ
Citron, s. 佛手柑ノ類
Lemon, s. 橙ノ類
Slacked lime. 消サレタル石灰.柑ノ類.菩提樹石灰ニテ肥シタル
Pomeron, s. 香リ良キ橙ノ類
Shaddock, s. 橙ノ類
なお余談だが、
という見出し語もあったが誤訳だろうか?ベルガモットは梨ではなく柑橘という認識だけれど……。wikipediaによるとBergamotの語源は「トルコ語で「梨の王」を意味するBeg armudiが語源とする説が有る」らしいからそれが原因かもしれない。
さて、これを見ると「橙」と「柑」がはっきり区別して書かれているように感じる。
時代は後になるが1900年に書かれた『果樹と蔬菜』には著者の私見ではあるが当時の柑橘類の分類が書かれていて興味深い。
皮が分厚く酸っぱい橙と、皮を手で向けて甘い柑は区別されていたのだろう。
オレンジ色に注目していく。この辞書ではOrangeではなくCitrineが「橙色の」と訳されている。
現代人の感覚だとCitrineはほとんど黄色に感じる。江戸末期~明治の人々の感覚でも同じだったのだろうか?
少なくとも『英和対訳袖珍辞書』が書かれた1862年前後では、ほとんど黄のような色も橙色と表現していたかもしれない。
一つ目の根拠がCitrineのもう一つの意味、佛手柑(ブッシュカン)の色が黄色~濃い黄色ということ。
二つ目の根拠が1860年に書かれた『Familiar method for those who begin to learn the English language』という資料だ。
これは英蘭対訳のための参考書で、OrangeはGreenやyellowなどの他の色と並べられて書かれている。
この参考書の単語の部を抜粋して対応する和訳を付記したのが1870年に書かれた『英吉利単語篇』になるのだが、そこでorangeという項は「orange」と「orange-yellow」という二つの項に分けて書かれている。
単なるorangeはpeachなどと並べて書かれ、色名の側にはorange-yellowが列挙されている。
このことから、当時のorange colour、橙色はかなり黄色味が強かった可能性がある。
では、橙色が#f39800のようないわゆるオレンジ色になったのはいつなのだろうか?
いったんここまで。
・しかし「orange-yellow」の訳を橙色として、ふりがなに「カバイロ」(樺色、だいたい#C5591Aみたいな色)と書いてある資料(1887年『通俗英吉利単語篇』)もある。前述の論の反証だよね。
・明治とかの輸入オレンジはしわしわになっていて、皮の色はほとんど赤茶色だったらしいという未確認情報もある。これも反証になる。
・橙色概念が生まれた最初期は黄色っぽくて、概念が普及するにつれて茶色みが強まったんじゃない?知らんけど。
・↑ありえなくはない。学術の文脈以外で細かな色名が必要になるシーンは着物の色と絵画の色くらいしかない。当時の着物は茶色灰色ばっかりだし
・明治時代の理科教育で分光を取り扱う際にorangeを橙色と訳したのが定着したようだ。
・↑「橙色が#f39800のようないわゆるオレンジ色になったのはいつなのだろうか?」のアンサーはほぼこれでしょ、推測でしかないけど
・明治後期には小学校の図工の時間でカラーサークルの概念を学んでいたらしい。その際に教科書には「だいだいいろ」と書かれている。
・明治初期に数年だけ色彩教育を行っていたらしいのだが、そこではカラーサークルの赤と黄色の間の色は「柑色」「樺色」と記載された教科書もある(1875年『色図解 : 改正掛図』) 柑色には「だいだいいろ」とルビがあるようにもみえる 崩し字よめない……調べる事
・英和辞書の見出し語のorangeは橙色と訳されるが、和英辞書の見出し語に橙色が登場するのはかなり後の時代
・「樺茶色」「鳶色」「柿色」「柑子色」「蜜柑色」「山吹色」「銅色」「飴色」「海老色」「渋色」などの見出し語はあるのだが…… 現代の感覚だと茶色味が強いものが多い
・染色業界では「orange」を「樺色」と訳しているところもあったようだ(1895『染料乃栞』)(cf. 四十八茶百鼠)
・大正4年(1915)と大正13年(1924)にオレンジ色が流行色となった。おそらく化学染料の発展が影響 樺色、樺茶色はおそらくこれが決定打となり使用されなくなる
・冒頭に書いた「オレンジ色はなぜ橙(だいだい)色なのか、なぜ蜜柑色ではないのか」について言及してなくない?
・↑「オレンジ色はなぜ橙(だいだい)色なのか、なぜ蜜柑色ではないのか」のアンサーは江戸末期~明治の人はちゃんと「橙」と「柑(みかん)」を区別していて、orange……いわゆるsweet orangeは皮が分厚く手で向けないから柑でなく橙の訳語をあてたからでファイナルアンサーじゃない?
・↑日本における果物類、柑橘類の歴史をちゃんと調べていないから、一応それを見てからじゃないとファイナルアンサーしたくない
・↑「オレンジ色はなぜ古い時代から存在する柑子色という訳語があてられなかったのか」のほうが問としてはいいかもしれん
・児童向けクレヨンとかだと「オレンジ」でなく「だいだい」と表記されている率が高い
・図書館に行って『日本の色彩百科 明治・大正・昭和・平成』と『色の名前はどこからきたか―その意味と文化』を読むこと。
・この調べものは「現代においてだいだい色は外来語由来のオレンジ色と呼ぶことの方が多いのは何故?歴史をつぶさに追っていくぞ」の一環なのでまだ先は長い
・未調査:お坊さんの袈裟の色、あれは鮮やかなオレンジ色のイメージがあるが色名、和名はついていたんだったか
・未調査:サフランイエロー(インド国旗のオレンジ色)は江戸末期~明治ごろの日本にないのかしら
・未調査:当時のにんじん、かぼちゃの色をなんと表現していたか(京野菜のにんじんは赤色でかぼちゃは黄色な気がするけれど)
Twitterとかでイラストを描く人はWIPと称して描きかけイラストをアップロードするが、調べもの日記においてもWIPと称して書きかけ日記をアップロードしてよい。自由だ。
ライムが柑扱いされているのが腑に落ちなくなってきた、ライムって手で皮をむけないし酸っぱいよな……
実のサイズで呼び分けていた?うーん、当時の橙柑橘の呼び分けがどのようになっていたかを調べないといけない
「橙 柑 区别」でgoogle検索すると中国語圏のサイトが沢山引っ掛かる 何かヒントがありそうな気配を感じる
『近現代英和対訳辞書における訳語変遷に関する研究─ ‘Giraffe’ 訳語の問題を中心に ─』という論文を見つけた
狭義のorangeはスイートオレンジ、アマダイダイ(←未調査:この和名はいつ出来たんだ?)を指す
広義のorangeは橙柑橘類を指す(citrusよりも狭い範囲←この認識は正確?ちょっと怪しい)
その一方で日本語で「オレンジ」というと狭義のスイートオレンジ(甘橙)のみを指すことが多い
色名のorangeの訳語で「橙の色」となるか「橙柑橘類の色」「(橙以外の例えば)蜜柑色、柑子色」となるかどっちに転んでもよさそうな時期が江戸末期~明治期にあったような気配を感じている
そもそも「だいだい」ってみかんの一品種みたいなやつだよね?