はてなキーワード: 文化部とは
http://anond.hatelabo.jp/20160904033715
選定基準は
・読みやすい
・有名で、他の本や映画に出てきがち
ド名作。読んでおくと伊坂幸太郎の『陽気なギャングが地球を回す』がもっと楽しい。
早く来てくれオーバーロード。
③永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編カント(訳:中山元)
「本邦初訳」作品。古典新訳文庫ならでは。イタリアっぽいユーモア。
エログロ。
『藤野先生』も『狂人日記』も入っていてお得。訳者の村上春樹と中国の関係についての研究も面白い。
誤訳が多いらしいが、すごく読みやすかった。他の訳では通読できなかったと思う。
訳者は元国際プラトン学会会長(2007~2010年)で、解説の量がすごい。
読んでおくと、あの映画とかあのミステリーとかのネタ元なので捗るはず。
⑩闇の奥 コンラッド(訳:黒原敏行)
『地獄の黙示録』の原作。個人的には「叡山の僧兵の大将」中野好夫の訳より好き。
―――
①グレート・ギャッツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)フィッツジェラルド
村上春樹の訳が好き。
『英文の読み方(岩波新書)』など、英語の読み方の著作に定評のある行方昭夫の訳で。
野村萬斎が自ら演ずるために、河合祥一郎に新訳を依頼しただけあってとても読みやすい。
『月下の一群』の堀口大學の訳で。
⑨カフカ-ポケットマスターピース-01-集英社文庫ヘリテージシリーズ
小説家の多和田葉子の訳で。『変身』は先に別の訳を読んでおいた方が新鮮かも。
⑩マーク・トウェイン-ポケットマスターピース-06-集英社文庫ヘリテージシリーズ
はてな民ならハックルベリーは読んでおきたい。柴田元幸の訳で。
―――
定番どころで言えば東方、艦これ、アイマス(男性向けも増えたが)。
劇場版で発掘されたガールズ&パンツァーが当て嵌まるだろう。
萌え作品というのは数多くあり、上記のようなヒット作品になるものは少ない。
人気の出た萌え作品には当然萌え以外の部分でも受ける要素がある。
ゲーム作品ならばゲーム性が優れていたり、アニメ・漫画作品ならば
秀逸なストーリーがあったりするだろう。
ただしそれだけでは「良かった作品」として1年も持たず消えてしまうだろう。
さらなる人気の上昇、長期コンテンツになるにはもっと重要な要素が必要になる。
リア充と呼ばれる人種がことごとく似た容姿で運動系の部活、昼は
体育館でバスケをし、そうでない教室で腐った人種は髪の毛ボサボサの
文化部か運動部の隅にいるような人物で昼は教室か図書室・・・という偏見
極まりないイメージがあるだろう。つまりどういう人間であれ似たもの同士が
趣味の一致が非常に大きい部分がある。
満足な交流は得られない。ただしそこに入り込むことが
趣味の一致がネットでの最高の友人関係を作るためのものだとするなら
そのなかでも「もっとも簡単で時間のかからない趣味」があるだろう。
この趣味は実に簡単で楽で広範囲にSNSにアンテナを張ることができる。
始めるには「○○ちゃんが好き!」っと、これだけを掲げておけばいい。
そうすれば同じ趣向を持つ人間が集まってくるだろう。
一方でこれは毒にもなってしまう部分で、その萌え作品が好きだった
はずが気づけばSNSのために、交流をするための道具になってしまう人間もいる。
しかもこれは本人にはなかなか気づけないものでキャラクターでなく、
作品でなく、それを好きだとする自分を愛し、交流に依存するように
ここまで書いたがこれは極端な例である。
引退したスポーツ選手をマネージメントする会社に勤めています。
テレビ出演→芸能人の方より少ないですが出演料が支払われます。
新聞社、通信社共にとても不思議なのですが、弊社所属の元選手が野球の選手だったとして何故かサッカーのワールドカップについてコメントを求めてきたりします。
また当該元選手が海外出張に行っている場合でもしつこく専門外のコメントを求めてきたりします。
そのスポーツ業界にスキャンダルがあった時にはアポイント無しでやってきてコメントを取ろうとします。
アポイントを入れて頂ければ出来る限り対応しますがお断りすると弊社の入居しているビルの前で煙草の吸い殻を撒き散らしながら当該元選手が来るまで待っています。
対してスポーツ新聞やスポーツ雑誌等は本を出版したことなども記事にしてくれますし必ず取材費を支払ってくれます。
取材対象がどの程度のビッグネームかによって対応は違うのでしょうが、
追記:
女はブスで不躾なぐらいな方が話しやすい。世間一般的にはいい女じゃないのかもしれないが、なんか気兼ねなく話せるフランクさが好きだ。
オタクはよく「オタサーの姫はブサイクだ」という。じゃあ、聞きたいんだけど、あんたらのコミュ力のレベルで自分が見とれるほどの美人と適切にコミュニケーション取れる?しゃべりすぎたり、上がったり、黙りこくったりで喋れるほど女に慣れてるの?オタサーの姫に手斧を投げるお前らのコミュ力は?
落ち着いて考えてごらんよ。オタサーの姫で美人で、女らしくてこっちの話やノリを大事にしてくれない子だったら、扱いづらいか気まずいぜ?オタサーの姫=ブスと言うイメージを悪く言ったり、それを聞いて卑下する女がいるから言うが、お前らはそもそもガチの姫は担ぐことさえできない弱者じゃん!
いやさ、さっき久々に女と話す機会があったんだけど、ブスでズケズケ男と喋れる人ってオタサーの姫だろうが、ビッチのなりそこないで飲食とか不動産とかに入っちゃった子だろうがしゃべりやすいなぁ~と。それで気づいたよ。女の子女の子してて少しでも長文になったり説明的なると拒む人よかやりやすい
あと、ブスな女の方が服装だ何だでいちいち気にしないから楽なんよ。今日俺が来てる服なんか多分、キッチリしてくる人に会いに行くなら絶対着ていけないもん。開き直ってるし、ブーメランになりたくないからブサメン男子の市民権を比較的認めてくれる。美人はゴミ扱いだからそこからしておっかないw
そりゃ、僕だって美人とヤりたいし、美人の匂い嗅ぎたいさ。でもさ、実際問題しゃべりやすくて、話が合うようなキャッチボールができて、見かけでさほど差別しないのはブスの方じゃない!ブスのほうが必死に生きてる感じがして好きなんですよ…努力の方向性が違うだけだとは思うけどそう伝わるんだもん
女性からはやれ「セクハラ」だやれ「上から目線」だと言われそうだと自覚してたので、概ね想定内の対応ですな。ただ、お世辞にも美人と言えないブスと抵抗感なく話が弾んだ時に「ブスの方が気兼ねなく話せる自分」に気づいちゃっただもんww
今思ってるのは3つかな。 1、美人の下位互換がブスだと思ってたけど、ブスゆえの強みもあるなぁ… 2、男も意外と理解できてない 3、ブスとなら盛り上がれるけど、美人とは盛り上がれない人は女友達はできても、人肌恋しさは満たされんだろう
どうでもいいけど、僕が「ブスのほうが落ち着く」論を展開してるさなかにフォロワーが4人も増えた。いつもそうだ。薄々思ってたけど「あーこれ言ったら世界の半分を怒らせるだろう」って事を俺に言わせて、後フォローやら、「ぼくに憧れてます」だもん。たまには自分で言ってええんやで? 最終的には10人ぐらい増えました。
補足説明
女性からすごいブーイングを受けちゃったからちゃんと説明する。
男は美人が相手だと、相手が女性だと気を使いすぎたり、美人の機嫌を損ねると(他の人が美人を大切にしてる・評判が波及するから)自分が酷い目に遭う…という腫れ物であり、好かれたい相手なので…すごーく自分を出しにくい。
また、美人も美人で自分が選り好みできる立場、発言力がある立場だと知ってるからやや傲慢。「自分をよく見せるために、相手に気を使う」必要はあっても、「相手をフォローする必要がない」から、わかんないこと・ノリが合わない人・身なりが汚い人を弾く権利がある。
これは男性の場合もそうで、男のイケメンはちやほやされるから「仕事をしない」という証言も聞いたことがある他、ライオンに至ってはハーレムなだけではなく、メスがオスのためにエサまで取ってくるという至れり尽くせりになるそうな…。
一方で、ブスの場合そこまでの権利がないから「合わない相手にも合わせてくれる」可能性が高い。
特に、スクールカーストにおけるメインの中でおもしろキャラ・好きな子がいてモテたかったブスはスクールカーストの上位に混ざっていたいから「気立てがいいブス」というポジションを確立しておとなになるため、社会に出たり、大学でサークルに入っても信頼度の高い位置になることがある。
特殊な事情を伴うのはオタサーの姫で、容姿は特にブスじゃなくても、ブスのような位置づけになることがある。
これは、女子の中で発言力を持てた美人ではなく、モテなかった美人であることがあるため、オタサーの姫はブスというより、ブスという位置づけにされた結果、ブスっぽい処世術を覚えた人である。
しゃべる方男性側の視点としても美人のような権力も排除の論理も自分自身の無理に好かれようとする力みがなくなるからすご~くしゃべりやすい。
ちなみに、男にはこの「ブス」と言う位置づけの人はほぼ存在しない。「イケメン」の逆は「非モテ」と言う位置になる。
非モテはスクールカースト的な社会性から逸脱してしまうため、「好かれるブス」にすらならない。好かれようとしないで内輪で固まるから、イケメンには媚びない。美人には媚びるけど、媚びてるのは敵に回したくないというだけ。
スクールカースト論を語る際、男性と女性の社会性は男は「内」と「外」で区別され、女性は「上」と「下」で区別できる。女性には「内側にいない」と言う選択肢はすなわちいじめや敵視の対象になるからハブられそうなときには「下」になるしかなくなって、「外」にはいけない。
クラスの群れから運動部/文化部の群れ、さらには学外の群れや趣味友へとシフトしていく男の社会性は「内(クラスや運動部の群れ)」と「外(文化部や学外活動の群れ)」に区別され外に行けば付き合い自体が疎遠になるが、女性の場合「外」に行くと女同士になった途端悲惨な目に遭うから「内」に片足突っ込んだ状態じゃないとそもそも動けない。
結果として、非モテはブスのように「異性が話しやすい人」とも思われない「いい人(女子用語で言うどうでもいい人)」になるしかない。
ただ、男の「いい人」をきっちり拒みにいくか、多少なりフォローして「がんばれがんばれ」とするかが、美人とブス、ガチ姫とオタサーの姫、女優とアイドルの違い。
正しい「キラーパス」ではない
・「休日は何してるの?」
強化版に「ゴールデンウィークは…」とか「年末年始は…」なんてのもある
FPSに費やした土日とMMOに費やした土日ではまったく違うものだが
まともな人間からすればそれは「家で何もせずゴロゴロしてた」にカテゴライズされる
結果として休日は家でゴロゴロしかしないと受け取られる答えしかできない
・「趣味は?」
同上
自分にとっては格ゲーが趣味の人間とRTSが趣味の人間は別物だが
・「どの娘がタイプ」
まず女性の顔が見れない
見れても覚えられない
当然名前も覚えられない
なんとかひねり出して答えてもその人の顔は一分後には思い出せない
・「部活は何してた?」
これは「なんのスポーツしてたの?(なんのスポーツが好きなの?)」という質問だ
仮に運動部だったとしても惰性で嫌々やってただけで未経験者と大して変わらない
しかも往々にして「よし!じゃあ今度やるか!」というスポーツ経験者であることが少ないので(武道系とか)「あ、ふーん…」みたいな反応される
・「好きな芸能人は?」
テレビを見ないのと前述の顔を覚えられないのが相まってかなり殺傷力が高い
芸能人とか幅が広いものなら「え、えーと…B'zとか?」とごまかせるが
せめて声優の話にしてくれ
ある程度「こいつオタクっぽいな」と認識してもらえた場合こんな質問がくることがあるが
連中が聞いてるのは「友人たちとコミュニケーションをとるのにオススメのアプリ」であって
なので「え、えーと…LINEとか便利だよね〜」とか言っちゃう
上の派生
彼らが聞いてるのはMacBookとかSurfaceとかUltrabookとかの中でどれがオススメ?
と聞いてるのであって
という話ではない
・「卒業旅行どこいった?」
多分そのころはエオルゼアとか行ってた
・「友達と何して遊ぶの?」
世の中にはどんな人間でも一人は友人がいるものと思っている人間は多い
友達が一人もいない、あるいはネット上にしかいないという人間を想像できないのだ
「モンハン」以外の答えは求められてないので
・響け!ユーフォニアムの2期が決まってうれしいです、とても面白い作品でしたね
・素晴らしい点を上げるとキリがないのですが、私はとりわけこの作品の描く「空気」が好きでした、作品のテーマの一つでもあると思います
・特に2話の葵ちゃん「みんな~問題のない方向へ~まとまっていく」というセリフ、8話の麗奈「特別になりたい」というセリフ、この2つが重要なシーンではないでしょうか
・この空気に着目した上で10話、香織先輩が再オーディションを希望するシーンを見ると、とても感動します
・久美子の心の成長も見所の一つです、でも久美子って少し流されやすいような気もします
・劇場版、そして2期、本当に楽しみです
と大体このような感じ
もしまだご覧になったことがないという方は、本当にオススメの作品です、ぜひぜひこの機会にご視聴ください
ところで、響け!ユーフォニアムってどこが面白いの?と問われたら、視聴済みの皆さんは何と答えますか
作画の綺麗さや演出の巧みさ、声優さんの演技の上手さなど色々なものが思い浮かびます
答えは一つではないと思いますが、私には響け!ユーフォニアムのココが好きだ!という点がずばり一つあります
それは、今まで深夜アニメーションという媒体では余り描かれることのなかった部活や学校という空間の空気
引いては集団の中で発生する同調圧力的な側面について描き、それをしっかりとエンターテイメントとして見ていて楽しい物に昇華しているという点です
少し話は変わりますが
おそらく一度は聞いたことがある、どんな物語か程度なら知っているという方も多いと思います
ストーリーの説明は省きますが、絵本の中でスイミーはたくさんの仲間達と一緒に大きな魚のふりをして泳ぎ、マグロを追い払いますよね
あのスイミーが案じた作戦、これはおとぎの世界の話だけではありません、現実の世界でも類似の例を見つけることが出来ます
例えば、チョウチョウウオという魚です
沖縄方言ではカーサと呼ばれ、その意味は葉っぱ、名の通りほのかな橙黄色に色付いた木の葉のような魚です
一匹でも十分に綺麗なこのチョウチョウウオですが、海の中で生活する時は大きな群れを作ることが知られています
チョウチョウウオはそれほど大きくない魚ですので、単体ではすぐに捕食者に狙われてしまいます
ですからまとまって大きな集団を作ることによって、捕食されることを回避しているわけですね
このようにして魚が群れを作るメカニズム、そこにあるシステムを群知能といいます
群知能は魚の群れを説明するための用語というだけではありません、他にも自然界の様々な場面で見ることのできる普遍的な概念です
ところでこのチョウチョウウオの群れですが、全体としては同じ方向を向いていても
中を細かく見てみるとそれぞれの個体や個々の集まりでは別の方向を向いていたりすることに気付きます
スイミーは全員が一丸となって戦うお話でしたが、現実世界のチョウチョウウオでは少し違うわけですね
外から全体を俯瞰して眺めるとみんなが同じ方向を目指しているように見えても、それぞれにはぞれぞれの想いがある
大きいものでは会社組織、小さい単位なら家族や友人関係かもしれません
そして多くの人が人生において最初にそれを経験する場所、それが学校であり、とりわけ部活動なのではないでしょうか
一概に部活動といっても様々あります、体育会系ならサッカーや野球、文化部なら美術などが有名ですよね
そしてもう一つメジャーなものの中に冗談めいて体育会系だとも文化部だとも言われる部活があります
そう吹奏楽部です
それが体育会系といわれる所以なのかもしれませんが、一つ他と決定的に違う点があります
それは圧倒的な力量を持った選手が一人や二人いたとしても、それが集団にとって即大きなアドバンテージとはならない、という点です
吹奏楽という競技においては、群れのレベルは全体の平均ではなく最も弱い個体の能力度合いによって決まるからです
これは積極的に底辺の能力を押上げようという助け合いの精神、教え合いの動機ともなり得ますが
いざという時には、底辺を全体のために容赦なく切り捨てるという残酷な選択を強いる結果にも繋がります
吹奏楽ほど、群れというものを意識する部活は他にはないかもしれません
そしてそこには、必ずしも絵本で描かれるスイミーのようなやさしさも海で群れをなすチョウチョウウオのような美しさも、あるとは限りません
それが京都アニメーション制作の「響け! ユーフォニアム」です
吹奏楽が舞台であるといっても、1話や序盤では多くの時間がキャラクター紹介、人物の関係性やこれからの展開をほのめかす場面に割かれます
彼女が高校生となって吹奏楽部に入部し、新しい学園生活、新しい友達や上級生と馴染んでいく過程を描いています
そんな序盤のキャラクターのやり取り、シーンの一つにこんなものがあります
久美子の幼なじみであり部活の先輩でもある葵ちゃん、彼女と久美子の会話です
久美子「でも今日みたいに聞かれたら、全国大会目指すっていう方に手挙げるでしょ」
葵「そりゃあ…ねえ」
久美子「だからややこしくなるんだよ、大人はずるいよ」
葵「それ言ったらどっちにも手を挙げなかった誰かさんが、一番ずるいんじゃない?」
久美子「それは……そうだけど……」
葵「きっと、そうするしかないんだよ。みんな何となく本音を見せないようにしながら、一番問題のない方向を探ってまとまっていく、学校も吹部も、先生も生徒も」
久美子「どうして……?」
葵「そうしないとぶつかっちゃうからだよ、ぶつかってみんな傷ついちゃう」
――――「響け! ユーフォニアム」第2話
この言葉は学校という世界しか知らなかった高校生の頃に立ち戻って考えてみれば、いっそう共感のできる言葉だと思います
そして、学生の時のみならず、社会人となってからもこの「空気」を読めという感覚は常についてまわるものです
集団、群れがあればそこには空気があります、そうして出来上がった集団の流れ、空気に逆らうことはとても難しいものです
特に思春期の女の子にとって集団から抜け落ちたり弾かれたりすることは、死ぬほどに辛いことだと思います
2話の終盤、このシーンはさらっと流れます、その為とりわけ重要ではないシーンのように思われるかもしれません
しかし、深夜アニメにとって大事だと言われる1~3話において、2分以上の長尺を取り久美子との二人きりの会話を描いているのは、このカット以外にはないんですね
音楽に通奏低音という言葉があります、本来はバロック音楽における用語ですが、転じて「常に底流としてある、考えや主張のたとえ」というような意味も持ちます
吹奏楽でいうならば久美子や友人である緑輝や葉月がいる低音パートですね
彼女たちの低音が吹部の演奏を支えてるように、葵ちゃんのこの言葉は響け!ユーフォニアムという作品における通奏低音となっています
続く話数、これ以降の3~6話ではある意味で葵ちゃんの言っていた通り、一つにまとまり
一致団結してサンライズフェスティバルという地域のイベントに向けて頑張る吹部の様子が描かれます
しかし、当の葵ちゃんは今までとは違う、空気の変わってしまった吹部についていけず退部を決意します
顧問の滝先生が赴任して来なければ、部のやり方が変わらなければ、葵ちゃんも最後まで部活動を続けたかもしれません
ただ去年の出来事を経験した葵ちゃんにとって今の空気はどうしても受け入れることの出来ないものだったのです
退部後の葵ちゃんと部長の晴香がファミレスで二人、話し合うシーンがあります
葵ちゃんは自分はそこまで吹部が好きではなかったと言った後、部長に対し晴香はどう?と問いかけます
部長は即答することが出来ません
今までの吹部とは違う、全国大会出場という大きな目標を掲げ、部員一丸となって全国という高みに向けて邁進する北宇治高校吹奏楽部
ですが、一人ひとりが見ている方向は必ずしも一致していません、全体では同じ方向を向いているように見えても個々人の想いはそれぞれなのです
ここまでが7話でした
そして続く8話、とても印象的な回ですね
この第8話終盤、麗奈と久美子の密会シーンは中盤のクライマックスです、その内容を憶えている人も多いでしょう
麗奈と久美子、二人以外は誰もいない小高い丘の上、眼下には楽しげなお祭りの光、麗奈はまっすぐと久美子を見据えて言います
麗奈「ねえ、お祭りの日に山に登るなんて馬鹿なこと、他の人はしないよね」
久美子「うん、まあ……」
麗奈「久美子なら分かってくれると思って。私、興味のない人と無理に仲良くなろうと思わない。誰かと同じで安心するなんて、馬鹿げてる。
当たり前にできあがってる人の流れに抵抗したいの、全部は難しいけど。でも分かるでしょ?そういう、意味不明な気持ち」
久美子「麗奈……」
麗奈「私、特別になりたいの。他の奴らとおなじになりたくない」
――――「響け! ユーフォニアム」第8話
特に未だ少年少女時の万能感から脱却しきれていないモラトリアム期の高校生ならば、それは多くの人が抱いた「本音」かもしれません
「特別になりたい」
しかし、多くの高校生はその本音を隠します、他者とぶつからないよう、ぶつかって傷つかないよう、波風を立てず皆と同じように日々を過ごします、それが「普通」なのです
麗奈は違います、久美子にはっきりと言います、特別になりたいと、他の人に流されたくないと
葵ちゃんのセリフと対になるこの言葉、少し甘酸っぱく子供っぽい麗奈のこの告白は、久美子の心を大きくざわつかせました
そして続く9話、ここからやっと吉川優子ことデカリボンちゃんと吹部のマドンナ中世古香織先輩にスポットライトがあたっていきます
去年までの熱意のなさが嘘のようにやる気を出し、ここまで大きなゴタゴタもなく順調に進んできた北宇治高校吹奏楽部
あとは大会に向けて全力で頑張っていくだけという感じですが、その前に一つ課題を乗り越えなればなりません
オーディションです
滝先生が事前に発表していたこの実力制メンバー選抜は、ことの成り行き次第では少々問題が起きそうな雰囲気です
さてオーディション、視聴者としてはポニテ先輩のことも気になりますが、吹部として重要なのは麗奈と香織先輩、どちらがソロを吹くのかという点です
部員の殆どは、麗奈が優れたトランペット奏者だということは知っていても、上級生であり、部内屈指の実力と人望を兼ね備えた香織先輩がまさか負けるとは思っていません
しかし当事者である香織先輩の認識は少し違っています、麗奈の実力を認め、負ける可能性を十分に考慮しているようです
さあ、結果はどうなるのか?と言うと……
この結果は当然ながら驚きを持って迎えられます、中には滝先生の選考に内心疑問を呈した部員や不満を抱いた部員もいたでしょう
しかし、個々人の想いとは関係なくこの時の部内の空気はオーディションの結果を受け入れるものでした、空気が異を唱えることを許さなかったのです
集団の空気に逆らうというのはとても難しいことです、もしもこのまま何事も無く事が運べば、大した波乱などなく一致団結して大会まで進んでいたかもしれません
ここで爆弾を落とすのがデカリボンちゃんです、オーディションから少したった頃、滝先生に対し部員が見守る中、こう言い放ちます
リボン「高坂麗奈さんと以前から知り合いだったって本当ですか?」
滝先生「それを尋ねて、どうするんですか?」
リボン「噂になってるんです、オーディションのとき、先生がひいきしたんじゃないかって、答えてください」
――――「響け! ユーフォニアム」第10話
この出来事から急速に部内の空気は変化していきます、元々個々人の中ではオーディション結果に対しくすぶっていた所もあります
0から1に突然変わったというような変化ではありません、空気を意図的に誘導しようとするそんな人物がいたわけでもありません
それどころか自分たちが一体どこに向かっているのか、それさえ誰にも分からぬまま漠然と悪い方向へ流れが変わっていく、そんな様子が丁寧に描かれています
滝先生は音楽の知識こそ豊富ですが、教員としての指導経験はまだ浅く、この事態に戸惑い苛つきます
見かねた部長が、このままではいけない、そう覚悟を決めなんとか解決しようと動き出した頃、丁度時を同じくして滝先生は一つの解決策を見出します
滝先生「今日は最初にお知らせがあります。来週ホールを借りて練習する事はみなさんに伝えてますよね。
そこで時間を取って希望者には再オーディションを行いたいと考えています。
前回のオーディションの結果に不満がありもう一度やり直して欲しい人はここで挙手してください。
来週全員の前で演奏し、全員の挙手によって合格を決定します。全員で聞いて決定する。これなら異論はないでしょう。いいですね?」
――――「響け! ユーフォニアム」第10話
この言葉に対し、香織先輩は一歩を踏み出すように立ち上がり、高く手を掲げ、まっすぐと滝先生を見つめて言います
香織先輩という人物についてはこれまでも何度か描かれています
葵ちゃんが退部し、部長がめげてしまった時にはおみやげを持参して励ましました
ポニテ先輩は、葵ちゃんと部長に加え香織先輩だけが、去年の部内のゴタゴタに対して真摯に解決しようと頑張っていたと言います
公園で二人きり、デカリボンちゃんから本人や父との縁故を理由に滝先生が麗奈を贔屓した可能性を告げられた時も噂を止めるようお願いするだけです
これらのことから伺えるのは香織先輩のやさしさであり、部に対する想いです
部長と共に、損な役回りを引き受けてでも部内の空気を良い方向へ持って行きたいという、そんな心配りです
その香織先輩が、今まで吹部内の空気をなによりも優先してきた、そんな香織先輩が、初めて自分の想いに素直に寄り添って決意表明したのがこの場面なのだと思います
もしかしたら吹部の嫌な空気、それを払拭するためにあえて希望した、もしくは香織先輩を推す部内の空気にのせられる形で希望しただけという穿った見方もできるかもしれません
しかし、友人を心配そうに見つめる部長の眼差しや驚きを持って香織先輩に視線を集める部員達の表情からそうではないことが見て取れます
香織先輩はこのとき空気に反発したのでも迎合したのでも、そして沈黙したのでもありません、ただ自分の確かな意志を表明したのです
まっすぐに滝先生を見つめ、自分の想いを吐露する香織先輩のその姿は麗奈が久美子にした特別になりたいという告白に重なります
さあ再オーディションです
まずは香織先輩が、吹き始める前こそ緊張の面持ちでしたがいざ吹き始めると特にミスもなく、普段通りの演奏を客席に座る部員たちの前で披露します
二人の演奏が終わり、よりふさわしいと思う方へ拍手するよう言われますが殆どの部員はどちらにも拍手することが出来ません
そんな空気の中、滝先生は香織先輩に問います、あなたがソロを吹きますかと
香織先輩は麗奈こそが、自分ではなく麗奈こそがソロを吹くべきだと、そう言い
それを聞いたデカリボンちゃんは泣いてしまいます、大粒の涙を流しながら、わんわんと声を上げて
一度目のオーディションの時ではなく、二人の演奏が終わった時でもなく、滝先生が麗奈を選んだ時でもありません
デカリボンちゃんは香織先輩が負けたことが、選ばれなかったことが、技量的に麗奈に劣っていたことが悔しかったのではありません
人を気遣い、自分よりも他人を思いやり、誰よりも優しい先輩、その先輩がたった一度、自分のために、自分だけのために
北宇治高校吹奏楽部の中世古香織としてではなく、一人のトランペット奏者として初めて挑んだ、ぶつかって傷付くことを恐れずに挑戦した
その特別なものへの憧れが、それが叶えらなかった事が、デカリボンちゃんは何よりも悔しいのです
悔しくて仕方がなかった、だから泣いたのです
もしもその悔しさだけだったなら、こんなにも大粒の涙を流すことはなかったでしょう
なぜならば、デカリボンちゃんはおそらく再オーディションが決まったその日から、自分がこの日再オーディションの当日、誰よりも悔しい思いをするという事は分かっていたからです
http://anond.hatelabo.jp/20151114054047 へ続き Permalink | 記事への反応(3) | 19:37
mixiという文化が生まれ、周りが楽しそうな写真をアップする中で、自分はそういう楽しい遊びが少ないことを知った。
それがとても惨めなことであると誤認して以来、充実した写真をアップすることは他人より優れているアピールをしているに他ならないと思っている。
mixiに楽しそうなプリクラや自撮り、BBQや海水浴をしている風景の写真を友人達が日々アップしているのを眺めていると本当に気が狂いそうだった。
自分もそういう楽しいアピールをしないといけないと思い込むようになった。
でも自分にはその周りと同じくらい楽しそうな写真がないし、イベントにも参加してない。家でゲームしたり家族とご飯食べに行ってたので、あまり友達と遊びには行かなかった。
中学2年にして私は、花火やスキーみたいなテンプレート的イベントを楽しめる=人生を楽しめている=人として優れている という概念を自分の中に作り上げた。
私は昔からずっと、自分を人より優れているように見せたくて仕方がなかった。
でもその出不精なスタンスのままでは色んなものから仲間はずれにされてしまいそうで怖かったし、とにかく明るくてキャピキャピしたマジョリティに付きたかった。スクールカースト高めの人たちと一緒の立場になりたかった。
だから、高校1年生になってからは無理矢理外に出て何かを楽しむようになった。
中学生の頃は一緒につるんでウェイできる子が周りにいなかったので、高校生になってからは存分にウェイするようになった。
外食、アミューズメント、花火、雪祭り。色んなものを見て、遊んで、写真を撮ってアップしてきた。
その一心だけで今まで遊んできた。
そうやってリア充アピールをしていったおかげで、高校生になってからはスクールカーストの上位に立つようになった。
人から良く見られたい欲が影響して勉強をするようになり、やがて学年一桁の成績を取るようになった。
部活の部長も務めた。部員を一気に増やすことに成功し、色んな物事を統括するようになった。(所詮は根暗で運動が出来ないので文化部の部長)
運動は本当に駄目だったけど、成績優秀で役員やってて遊びも程よく分かってるキャラ、という地位を作ることができた。
だけど、いつも空しかった。
その空しさは、「自分を良く見せるため!」っていうくだらない欲求のためにあらゆる行動をしているからだった。
誰かと遊ぶのが全く楽しくなかったわけじゃないけど、空しさを感じずにはいられなくなる。
いつまでも本当の充実感は得られない。
遊んだ直後は麻薬を使ったかのように「楽しかった〜」という浮ついた虚像を信じ込むことができる。
だけど数日立つと、遊んだ記憶のほとんどがふっと消えてしまう。
無理をしている疲労感が、楽しかった成分を上回るようになるからだ。それはつまり、ただ疲れたという思い出として処理される。
嫌なことはすぐさま忘れるようになっている上に、忘れる範囲がやたら広い。
楽しかったかもしれないこと、印象的なことも巻き添えを食らって記憶からなくなってしまう。
本当に楽しいことを楽しいと思えるようになるのはいつなんだろう。
人生を楽しめている=人として優れている という意味不明な概念をさっぱり捨てて、もっと楽になりたい。
そんなことにそろそろうんざりしてきたので、ここに書いてみた。
でも楽しそうな写真をアップし続けているウェイも、もしかすると「自分はこんなに楽しいことを謳歌できるので人間的に優れている」と思われたいからリア充アピールをしているのかもと思うと、勇気づけられる。そう思い込むしか今は仕方がない。
就活のしの字も知らない社会不適合者(非就活生)でもわかるゆかいなしゅうかつのおはなし。
の皮を被った、無知と言う盾を構えて拡声器でわめきちらす感想のつもり。人生詰みかけてるから暴言も許して。
とりあえず完全に就活を他人事だと考えているサイドからの感想は
まずは朝8時の駅で観察してみよう。くたびれサラリーマンの波に混じった黒服就活生たちが見えるだろうか。
この暑い中黒々したジャケットを着て闊歩している。クールビズって何だったの?ていうか汗かかない?
そして不適合人間からすると、区別がつかない。みんな同じ顔に見える。おでこ丸出し、真っ黒な髪を一つに束ねて、うっすら就活メイク。能面かよ。
ごめんね、男は更に見分けつかないんだ。スーツ着たマネキン?と思う。
1年前にあんなに綺麗に着飾ってたキラキラ大学生はどこへ消えてしまったの?
これ面接官って区別つくの?つける必要ないの?つけたくないからみんな同じスーツ着てるの?
何で宝塚みたいな喋り方する人がいるの?ハキハキは分かるけどなんかおかしくね?普段の君と喋り方違うね?
何でそんなに無理して喋らなきゃならないの?キモチワルイ!
そんなこんなで、記憶の彼方に同学年の女の子を思い出す。ボランティアに面接対策の自主練に、同じ市を受ける人でLINEのグループ作ってコミュニケーションして…。
「とりあえずあと2年遊びたかったんだよね~」と言って短大から編入してきた君はもういない。公務員受ける感じだとは思ってなかったZE!裏切られたYO!
まあこういうイキイキコミュニケーション組はいいとしよう。ある意味心配ない。酔いしれてる感がうらやましいぜ!なんで文系のリア充ってあんな急に公務員試験に本気出すんだろうな!単位は落とすのにな!
闇が渦巻いてる。目が澱んできて言動が荒れてきている。気がする。コワイ。とにかくコワイ。
こういうタイプは大体Twitterがどす黒くなっていく。そしてTLが不穏になる。
「頑張っても報われない。これ以上どう頑張ればいいのか。ヘラヘラしてるやつらばっかり内定が出る。自分を否定されまくりで疲れた。卒論なんてやる暇がない。交通費が無い。」
oh…修羅場…不適合人間の吸水性ポリマー的な心にも刺さる暗黒の刃(微笑)。波動攻撃はやめてくれ…気持ちは分かるけど…。
でもリアルだと、仲間同士で就活の話ばっかしてる。対策とか対策とか対策とか。おいおい講義中だぜ?しかし合否についての口は堅い。気がする。もしかして私がハブられてるだけか?泣けるぜ!
無理に明るく振る舞ってるのがコワイ。なにこれ?就活ハイってやつ?
うん。就活自殺も出るわこれ。何か異様な空気を感じるときがある。みんなこれを乗り越えて大人になっていくの?すごいね!私無理そう!樹海コースかな?
何かぴんと張りつめてる糸のようなものが切れたらどうなっちゃうの?とハラハラもする。今の状態で誰か1人くらい失踪しても納得しちゃう自分がいる。「ああ、就活ね」と。
これは中々バブル世代に伝わらない話のようだ。この空気感。アトモスフィア。
「職が無いくらいで人間死にゃしないよ」って言うけど、本当にそうなの?心が死ぬのか社会的に死ぬのか分からないけど、とにかくどこかが傷つきそう。傷つくだろう。
「終わったな感」は確実に感じそう。一生懸命就活してた人ほど。この世代だけがダメなの?この世代だけが弱いの?
そんなこんなで大学なんて行くだけ無駄なんじゃないかと思う時がある。
勉強なんて就活するにはちょっとの足しにしかならない。それだったら運動部入ってコミュ力磨いた方が確実に勝ち組な気がする。文化部は駆逐されるぞ!気を付けろ!
どうせ学部のうちは大したことやれないさ。勉学に本腰入れたってろくなことないんだぜ。社会不適合度がぐんぐん上昇するだけだぜ。ワイルドだろ?
大学行くなら就活で使えそうな学部にしとけ!その方が人生安泰だぞ!
研究室で泊まりの調査?そんなもんやめとけ!教授が中東系のガチムチに全身マッサージされた九死に一生エピソードくらいしか聞けないぞ!そんな暇があるなら公務員試験の勉強しとけ!
研究室で飲み会?そんなもんやめとけ!某大学の教授の一発芸の真相が明らかになるだけだぞ!そんな金有るなら就活の参考書とかに使った方がいいぞ!
もっと勉強したいから大学院進学?そんなもんやめとけ!資料探しに全国放浪して地酒に詳しくなるだけだぞ!素直に就活頑張った方がいいぞ!辛いけど!
とにかく研究室から逃げ出した方がいいぞ!やつらは悪魔のようにこっちの時間を吸い取っていくぞ!逃げ切れ!まともに就活するのなら!
書き殴ってみたけど、まだまだ言いたいことはある。言葉にするまでが大変なのでやめますが。
就活生見てると心が痛むのは事実です。頑張ってるのがまぶしくて、痛々しくて、何もしてない自分が不甲斐なくて、心が痛い。
本当にこんなものを乗り越えなきゃ大人になれませんか?分かってます。社会は厳しいです。学生脳なのが悪いのです。甘ったれです。あんな風に頑張れる気がしません。
私、本当に、大人になれますか?
自分は10年ほど前、全国大会常連の放送部にいて、ほぼ休日のない高校3年間を送っていました。
例外もあるかもしれないんですが、総文祭で大会がある文科系部活動ってのには大抵「全国常連校」があります。
自分たちもそうだったし、放送以外の部活の人たちも結構そうだったと思いますが、文化部でも全国常連校って多くが体育会系ノリだし、ちょっと軍隊気質です。
そしてそんな中、軍隊のような反復練習もこなしつつ、「どうすればもっと良くなるか」を考えて取り組み、レベルアップしていくような人が一定数います。
滝先生がどうとか、指導方法がどうとかではなく、結局はそのものと向き合う本人の問題じゃないかと思うのですよね。
先生は全国大会に向けてうまく生徒たちを誘導しているなーとは思うのですが、だからといって久美子たちから考える機会を奪っているようにも見えないのです。
高校生くらいって、「やりたいこと」と「できること」に折り合いをつけて考えるようになってくる時期です。
「できること」の選択肢を広げてくれるのであれば、滝先生のような指導をしてもらえる方がうれしいかな、と個人的には思います。
アニメマインドとは大分県で放送されていたラジオ番組だ。87年から89年初頭、高校1年から卒業までハガキ職人だったおれが、思うことを書く。かなり長くなるが、聞いてほしい。
アニメマインドとの出会いは、高校で入った文化部で先輩がすすめてくれたことだった。ゴリゴリのアニオタ先輩が「面白いから聞いてみな」って。正直、アニメに興味なかったおれは「あーはいはい」くらいの感じで受け流していたんだけど、ねるとん紅鯨団が始まるまでの時間(だったと思う)、たまたまつけたラジオから流れてきたアニメマインドを聞いて衝撃を受けたんだ。
それはもう、大分版のオールナイトニッポンだった。中島みゆきや鶴光に始まり、とんねるずやウンナン、オオケンやらのANNを聞きまくってたおれは、吸い込まれるようにハガキを書き始めた。今でも何がきっかけだったのかは思い出せない。
スポーツできない、頭もよくない、顔も十人並み。そんなおれが、唯一称賛を浴びることのできる場所がアニメマインドの「オープニング劇場」っていうコーナーだった。自分が考えたネタで、パーソナリティの松井さんやDONちゃんが笑う。愛を含んだ「こいつ絶対バカだよ!」なんてツッコミを聞くと、こっちまでラジオの前でにやけてしまってね。それはもう至福の時間というか、今まで感じたことのない高揚感だったよ。ハガキが読まれるってことに“慣れ”なんかなかったな。「さ、次は〇〇くんから…」ラジオから聞こえる松井さんの声が自分のラジオネームを読み上げると、それが何回目だって「来る!」って、武者震いのようなものを感じてたもんだ。
しばらく経つと、おれはラジオの向こう側が見たくなった。おれのネタで笑ってくれる人たちって、どんな感じなんだろう? 松井さんは真面目くさった顔してニュースを読んでるのを見たことあったけど、アニマイスタッフなるパーソナリティさんたちの顔を見たくなってね。そりゃもう緊張したよ。どっからどう見ても冴えない高校生が、天下の放送局の門を叩くんだもの。そんな自意識過剰なとこも含めて、一大決心でスタジオ見学を申し込んだんだ。収録は平日の夕方からで、放課後に長いことバスに乗って大分放送まで行かなければならなかった。
最初のスタジオ見学のことは、実はよく覚えていない。覚えてるのはスタジオの控え室のようなとこが意外と古めかしかったことと、アニマイスタッフの皆さんがそりゃもう優しかったことくらい。収録が始まって自分のハガキが読まれて、松井さんがこっちをチラと見ながら「来てるんですけどね」ってニヤリと笑った瞬間にもう爆発しそうになった! なんかが!! で、夢見心地で帰りのバスに乗って自転車を取りに高校に戻ると、暗がりで同じクラスのイケメン野球部と学年ブスランキングトップ3に入っていた通称ポリアンナが熱烈なキッスを交わしていて「これは書かにゃ!絶対ハガキにかかにゃ!!」と思ったことは、今でも鮮明に思い出せる。
何回かスタジオ見学をして、同年代のハガキ職人仲間もできた。芸風はそれぞれだったけど、他の職人のネタでスタッフが爆笑したり感心したりするのを聞くと、負けられん! って燃えたなあ。ラジオ投稿用のネタ帳はどの教科のノートよりも早く、真っ黒になってた。それが、おれの高校時代だった。
確かなこととして言えるのは「アニメマインドがおれを作った」ということ。高校を出て紆余曲折あったけど、“自分の考えたことで人の心を動かしたい、そんな仕事がしたい”。ハガキ職人だったころの高揚感がおれを導いてくれたおかげで、今はものを考えたり、つくったりする仕事でメシが食えている。
「アニメマインド」は、オレの人生に、本当に本当に大きな影響を与えた番組なんだ。当時のハガキ職人仲間とは今でも連絡がとれるし(SNSってすごいですね)、去年とかは、娘の卒業式で20数年ぶりに常連仲間と再会したりね。お互いの嫁に紹介しようがなかったよ「ハガキ職人仲間でした」なんて(笑)。
「時は移り時代は変わる!」とか言ってんなら、なんでアニマイの名前使うんだろう。「番組がリブートするということで、パーソナリティ・スタッフ陣は一新しますが」って、アニマイ関係者一人もいなきゃそんなんアニマイじゃねえよ。アニマイスタッフは、歴代ずっとリスナーが抜擢されてきたのにね。メインパーソナリティはどう考えたってMアナでしょ。本人がアニマイスタッフ時代をどう考えてるかは知らないけど。
アニマイ再開に関係しているらしい人物のツイッター見たら、アニメマインドのタイトルを使うことに不快感を表してる人に対して、『「アニメマインド」をするのか?「アニメマインド」みたいな番組をするのか?これは、番組をよく知る @vinylpvc さんのような方に関わっていただけると「アニメマインド」に“なります”。』だってさ。こいつ、@vinylpvc さんがどんな気持ちでわざわざ意見したのか、全然理解できてない。
そんなワケ知り顔のクソダセえ返しはアニマイパーソナリティの返しじゃねえよ。頼むから、おれたちが大切にしてきた場所を土足で踏みつけないでくれよ。
「アニメマインド」の雰囲気とラジオの面白さをよく知る人物がスタッフを担当するって誰だよ。いつの雰囲気だよ。松井さんか、平野さんか、平野Dでアニマイスタッフがしゃべってた頃か。ラジオの面白さってなんだよ。JUNK20年やってる伊集院さんでさえそんなもん語れねえよ。
腹立たしさを通り越して、本当に悲しいんだよおれは。悲しくて、残念で、悔しくて、たまんねえよ。くそが。
ちょっと前まで喪女中の喪女だった。彼氏なんて20年以上生きてきて一度もできたことなんてなかったし、高校の時は陰気な文化部だったし、大学のサークルでも喪女キャラみたいなポジションに落ち着いてしまった。卒業してもそんな感じ。我ながらコミュニティの中で気軽に殴れるサンドバッグ的立ち位置だったと思う。だったのだけど、1年くらい前になぜか彼氏ができてしまった。しかもトントン拍子で結婚が決まってしまって、がらっと環境が変わった。いや環境が変わったのではなく、周りの見る目が変わったといった方が正しいか。
今まで誰かが落ち込んでたりしたときは「ほら!私を見なよ!私よりいいでしょ?大丈夫、元気出して!」みたいな方法で励ましてきた。実際それで励まされた人も居たみたいだし、まあ実際私は大した人間ではなかったし、私を見下して安心できる人が居るならそれでいいかなと思っていた。けれど、今それをやったらただの嫌味に取られてしまう。彼氏ができて、結婚が決まって。それだけで私という人間の位が勝手に上がっていくのが怖い。これまで「貴方みたいな人が居るから安心できる」と言われてた人間だったのに、急に「貴方は恵まれてるからいいわよね」と言われるのが辛い。
私はどうしたらいいんだろうと思う。落ち込んでいる人が居るときは、変におどけたりせず真摯に励ませばいいのだろうか。でもそれすら傲慢に見られたらどうしよう。ずっとリア充だった人たちはどうやって自分を下げないコミュニケーションをしているのだろうか。
y0m0 男女はそもそも生物学的にも身体的にも同じであり、ただ個体差と文化的性差があるだけであると考えている人と、男女はそもそも生物学的にも身体的にもことなっていると考える人がいる。根本的な思考のズレはここかな
こんなブクマをみて「はははは前者みたいな事言うやつ本当にいるのかよ」というのが第一印象で。
「あまりジェンダー関係の記事は読まないしー、しかし男に穴は3つもないし女に棒はないだろ」なんてゲスなことも考えたり。
まぁそんな極論ぶつやつなんてそうはいねーだろと思ってたら
KoshianX いや女子も10km走らせるべきだと思うけど、ダサピンク現象は「マーケティングはデータだけで判断できない」という実例としておもしろいと思うなあ。
cleome088 いや、男子10k女子5kは男女共10kなり7kなり5kなりにすべしでしょ…。男の人って自分にかけられた「ダサピンク」に鈍感すぎると思う。
まじなの?これが「男女はそもそも生物学的にも身体的にも同じであり、ただ個体差と文化的性差があるだけであると考えている人」ってわけ?
他の要素なら文化的性差なんて胡散臭い言い訳のしようもあるけど、運動能力は文句のつけようがないほど明確に差がある所じゃない。優劣があるじゃない。陸上でいったら女子の世界記録は日本男子の高校生の記録にすら劣る。その現実を無視して同じ距離走らせろって?体力差を考えてよ。体力差もそうだけど全国的に女子の距離は男子の半分ってなってるのはゴールするタイミングが同じくらいになるようにって配慮もあってそうなってるわけでしょ、多分だけど。
いやもちろんわかるよ。陸上部の女子エースと文化部帰宅部の男子はてなーじゃ多分陸上部女子のほうが速いだろうけどね。なんで一番上と一番下を比べるんだよって。というか一番上と一番下を比べなきゃいけないほどに差があるんだよ。
正直現実修正主義者といってもいいレベルのトンデモで、正直ここはてなでなら水からの伝言だの江戸しぐさだのと同レベルに叩かれていい非科学的非論理的非現実的な論だと思うんだが、取り上げてる人があまりにいなくてつい書いてしまったよ。
実際どうなの?非科学的な話も男女の話となると見てみぬ振りをしてるのか現実が見えなくなるのか触っちゃいけなかったのかはてな全体の態度がいまいち掴めないんだけど。
実家の母親の電話いわく、地元の中学校の部活動が強制ではなく任意となったらしい。弟は学校から帰ると、ずっと友達とゲームをして過ごしていると愚痴られた。
僕は、バスケットボール部に所属していた。15時半の授業が終わると、各々は体育着になって体育館に向かう。そして18時半までひたすらドリブルを続けていた。コートの真ん中では、運動とバスケが上手な奴らが陣取り、ひたすら試合をしていた。雑魚である僕らはコートの隅である。たまにボールが飛んでくると、それを真ん中に投げ返すだけの簡単な作業である。
雑魚の中でも、カーストがあった。僕はそのカーストの中で低い方だった。上手な奴らの分に加え、同じカースト内から受けるイジメがった。それもあって、バスケの部活動は苦痛だった。
思い返してみれば酷いものだ。たまに試合を「やらさせてもらう」としたら、笑われるか怒鳴られる。部活の基準は上手な奴らに合わさっているので、雑魚は何をやっても怒られる。
そして、何かと休日は校外で試合をする。雑魚はそれに合わせて一緒に行動し、ボールや荷物を持っていく。上手な奴らの親は我が子が一番可愛いと、どこにでも車を走らせる。ビデオを撮り激励を贈る。雑魚の一人である僕は、横目で冷めた弁当を食べ、サボれる場所を探す。何もおもしろいことなどない。時間を潰すのに必死で苦痛だった。強い強い苦痛を感じた。
僕の中学校は田舎なので、人数は東京に比べたら断然に少ない。一学年に80人はいなかったと思う。そうなると部活動の数も少なくなる。その上、なぜか部活動は強制参加だった。サッカー、野球、そしてバスケットボールのどれかを選ばなければならない。文化部は何か体に問題があるか、家庭に問題がある子しか入部できなかった。
他の部活も大抵同じだったが、野球部は先生が皆平等にシゴいていたので、しんどそうだったが精神的に追い詰められていそうな感じではなかった。サッカーは楽そうだった、これに入れば良かった。友達もノビノビしてたし、試合も半年に一度しかなかったようだ。バスケははっきりとした上下関係というイジメがあったし、顧問も試合に勝つことしか言葉がなかった。
試合の日などでは、他の学校の顧問は常に生徒を怒鳴ってた。頭ごなしに下手糞と怒鳴りつける。生徒は泣く。でも青春なんだと、上手な奴らは語っていた。この空間の何が楽しいんだろうと思った。上手な選手がいて、怒鳴るコーチがいて、あとは奴隷がいた。試合に勝つことが絶対で、失敗しないことが求められ、奴隷は時間を潰すことに必死だ。奴隷は微塵も興味が無いバスケが上達するわけでもなく身体能力が上がるわけでもなく、雑用のためだけにいた。
バスケ部は僕の学校が誇る素晴らしい「伝統」の一つに数えられていた。上手な奴らは誇らしく、青春を感じていたのだろうか。伝統というものは、犠牲の元にあったことを知らなかったのだろうか。
その後、部活動は三年生の夏で終わり、受験勉強と塾で追われることになった。僕は勉強ができたので途端に楽しくなった。その後、受験が始まり僕は進学校に進み、できる奴らはスポーツ推薦、またはスポーツ推薦で落ち大金を払って私立校に進んだ。
何年かして、僕は大学に行き就職して今に至る。「上手な奴ら」の話は一切聞いたことはなかった。そりゃそうだろう、上手な集まりの中で高みに行くのはとても大変だ。しかも、バスケは野球やサッカーほど良いスポーツではない。プロになったとしても食べていけるわけがないだろう。オリンピックも日本の枠はない。上手になっても意味も価値もないスポーツだ。
母と話をしていると自然と昔話をしていた。母親もバスケ部は嫌だったらしい。そりゃそうだろう。休日も早起きをして、何も活躍できない子供の弁当を作ってたのだから。高い名前入りのジャージを買わされ、たまに車を走らせ、遠い学校や施設へ子供を送り迎えにいってやったり。きっと、母親内でのカーストもあっただろう。僕が勉強ができなかったら、もしかしたら母親もイジめられていたかもしれない。
僕は半笑いで聞いていた。遠い昔のことだから、もうそんなに辛くはない。ただ、あの時の時間で何かもっと他の事をやっていれば、きっと楽しかったんだろうなあと思っていた。
その後、あの「上手な奴ら」の話になった。上手な奴らは高校を卒業したあと、揃いも揃って地元で働いているそうだ。田舎なので大した仕事はない、それこそ工場とかしかない。できる奴らのリーダーは工場で働いているらしい。朝の8時から夜の11時まで働き、体中を黒い油だらけにして帰ってくるらしい。給料も聞いたところ、手取りで15万円はいっていないそうだ。それをもう何年も続けているそうだ。
僕は母親との電話を切ったあと、ふと辛かった思い出をつらつらと思い出してみた。一日2時間半、週に12時間半、月に50時間。それが2年と半年、600時間をかける2.5して1500時間。プラス月に2回ほど休日を全日潰される。その時間を、僕がマックスで有意義に使えたかは微妙だが、とても貴重な時間に思えた。
僕は今、残業はあるとはいえ悪くない環境で働き、年齢で見て平均以上の年収を貰い、今のご時世にしては恵まれすぎている生活をしている。あの時の惨めさはもうないのだ。僕は今、立派で、幸せだ。ドリブルもできず笑われ、道具やボールを試合に忘れて怒鳴られ、陰湿な嫌味を言われ続けたあの部活にいた僕は、上手な奴らより恵まれているのだ。
きっと上手な奴らは、僕と低いカーストの時間を奪ってしまった罪を、たった今被っているのだ。僕が苦痛に感じていた時間を、自分の大好きなバスケに費やしてしまったことに対して、惨めな生活をして免罪しているのだ。そしてきっと、その工場は潰れフリーターの生活になるだろう。昔を思い出しながら、惨めな生活を悔いるだろう。青春は犠牲のもとにできていた。輝くためには燃料がいる。カーストの下の奴隷がいて、頂上へ高く登れ、そして輝くのだ。そして今、そのカーストはいなくなり、上手な奴らは地面で頂上にいたときのことを思い出しているのだろう。
別に僕はもうどうでもいいのだ、奴らとは赤の他人なのだから。でも、ああ、やった。苦痛が柔らいだと感じた。
つらつらと書いてしまったが、これで僕の黒い物が掃き出せたと思う。駄文失礼した。
もし、僕みたいな田舎で暮らしていて、同じように部活動とかで惨めな思いをしている人がいたら、反発するべきだ。その代わり、何かに打ち込まなければならない。僕は勉強だった。勉強ができたから頑張ってこれた。
僕は、今の僕が決して良い大人ではないと思う。だけども、上手な奴らに加わらなくて本当に良かった。でもカーストの下にいたことは黒歴史だ。人生は難しい。
追記
コメント全て読ませて頂きました。ありがとうございます。
僕自身はスポーツ自体はとても良いことだと思う。中学生という成長期に、きちんと体と心を育てるのは素晴しい。ただ、「スポーツをしていればなんでもいい」という一辺倒であること、そしてそれを全力で応援してしまう大人、駒を無理やりでも勝たせたいと思ってしまう顧問、これらは問題だと思う。夢を持つなら、それについてライフプランを立てさせるべきだし、駄目な場合が大きいということも教えなければならない。子供は、キラキラと夢を持って青春を演じさせて、大人を夢中にさせるものではない。青春ドラマと現実は違う。
特に顧問を兼ねる中学教師、彼らはスポーツ推薦で高校に入れてしまえばなんでも良いと思ってると思う。その後の事は何も考えてくれない。高校入学を完全にゴールとしてる。そうじゃなくって、きちんと大人への段階を考えさせ、一緒に相談してくれる中でなければならないと思う。今思うと、自分の実績を作るのが最優先だったんじゃないか。
それらが上手な奴らの可哀そうなところだと思う。
でも僕は同上しない。あの部活動は、僕らのカーストには何も施しはなかった。ただドリブルだけやらせて応援という声出しをさせて、徹底的に雑用に使う。何も育たなかったし、育ててくれなかった。僕らがバスケの初歩も分からない屑で、全く運動ができないせいもあるだろう。それなのに、何も指導もなかった。形だけの練習をさせて、問題にならない程度になったら、満足するまで自分たちを可愛がった。
イジメもあった。そこまで壮絶じゃなかったけどね、陰湿な環境に四六時中いるから、どうしても弱いものイジメが発生する。死ぬほどではないけど、辛かったよ。それが2年半。全く無駄で辛い時間だったね。
所帯持ちだったらただの頼れるとーちゃんって感じがする
「頼れる」=「稼ぎがいい」 だ。 労働時間ばっかり長くてもな。
ちょっと勉強するだけで、ものすごく楽な環境に行けるのに、わざわざ底辺に行く奴ってマゾとしか思えないよな。
よっぽど無能なんだと思う。
頼れるとーちゃんになっていればいいよね。その子供は良い人生をおくれますように。上手な奴ら、というより地元に残った組について僕は詳しくは知りません。ぱらぱらと、結婚したとか聞いたりはするけどね。
「上手な奴ら」がきちんとした大人になっているか、っていうのは、僕はそうにはなってないと思う。酷い言いかただけど、多かれ少なかれDQN化してるんじゃないかな、多分。奴らは無能でまともな生活じゃないと思う。
今日日の現実は、大学はFランだろうが最低限卒業しているのがあたり前で、ホワイトカラーが一般家庭の仕事だと思う。上手な奴らがバスケで成功していたらともかくして、工場なんかじゃなく一般企業に勤めて普通の生活と給料を貰っていたら、僕はまた嫉妬なり苦痛を覚えていただろうね。
余談になるけど、労働環境だったり、子供を育てる地域としては僕が地元を離れたときより確実に悪くはなっている。実家帰る度に思うけど、仕事も働けるところも目に見えて少なくなってきてるみたいだし、昔の風景も不安になるような感じで変わってきている。パチンコ屋が増えたり、DQNが好きそうな店が増えたりね。
どうだろう。リーダータイプはいたけど所詮は田舎の大将、井の中の蛙だからね。それに成功するにしても、また新たな惨めなカーストが生まれると思う。
僕の小さな範囲でしかないけど、ほとんどの公立・私立高校であったよ。もちろん限られた数だけどね。高校に入って活躍できそうになくても、適当な理由で一定数は取るのでは。
バスケの上手下手を基準に順位付けられ苦しんだ増田が、勉強ができるできない、収入の大小を基準に人を順位付け優越感を得ている。
収入は結果だけど、それまでの過程で優越を覚えてるよ。低いカーストの奴らを長期間いじめておいて、結局はスポーツで活躍できず、こういう惨めな境遇に落ちつく。
自分でも酷いと感じるけど、溜飲が下がったというか、なんかすっきりした。そのうちにどうにも思わなくなって忘れるだろうけど。
カーストの上位を目指すのは別に主張したいことではなかったが、結局はそうなってたね。
ただ、僕は勉強という純然たる競争があって本当に良かったよ。あのカーストは、いじめと奴隷を育てる環境が機能していたからね。良い競争と失敗したときの逃げ道、これが本当に必要なものだと思った。
お前の意見はあくまでもお前の立場や視点から出た一方的なものでしかないから、自分に対しては甘く見て、相手に対しては厳しく見る。
だからそんなことで優越感を覚えるのは間違いだよ。
まあ、お前の言葉を借りるなら。向こうもこんな風に思ってるよ。
俺の高校の野球部は別に強くない。しかし数ある部活の中でも本気で活動していたほうだと思う。
俺はこの夏で野球部を引退し、大学受験のために塾に通い始める。
入塾にあたって面談の為に塾を訪れることとなった。
簡単なあいさつがあって、そこからは塾長と俺による面談が続く。
得意科目や苦手科目、普段の勉強についてや部活のことなど、なんてことない普通の面談だ。
それに対して俺は「はい!」「はい!」と元気よく返事していたが、具体的な事は何も答えられなかった。
「じゃあなりたい職業は?」「うーん、無いですねえ」
もちろん、高校の3年間を部活に捧げることはすばらしいことだ。
何かに懸命に取り組むのは良いことだし、青春に飢えた大人たちも多くその行いを賞賛する。
しかし、だからといってそこから引退してしまったら何も残らない、というのは間違いである。
夢も目標もそこから前に進むための道標となるものは何も無いが、少なくともオレには、三年間を部活に捧げた実績、そしてそれをやり抜いた成功体験がある。
体育会系で育った人は「彼らには日々のキツい練習で鍛えた精神力がある」なんて事を口にするけど、
後に残るものはそれだけだ。そして、それだけで十分なのである。
オレは体育会系だった。活動の中で将来やりたいことも見つからなかったし、今何をすべきかもわかっていない。
文化部の連中のことはよくわからないが、少なくともオレには進路や将来のことを知ったかぶりしているだけのようにしか見えなかった。
部活から得られるものは様々だと思うが、一つのことに熱中しすぎること、それだけで得られるものもあるのだ。
どれだけ野球を頑張っていたとしても、大学受験では大した利点にはならない。
彼らを賞賛する人は多いが、その後は誰も彼らを救ってはくれない。なんだかかわいそうだ……という、意見もあるだろう。
しかしオレには物事をやり抜くだけの精神力があるから、何でもやり通す事が出来る。
文化系の連中はいつも目標や進路を明確に定めて努力している風の顔をして、しばしば体育会系の俺らの努力を見下すが、はたして奴らに奴ら自身の定めた目標への道筋を完走するだけの精神力が本当にあるのだろうか。
俺にはある。
そして後は、志望校という目標を、数ある大学の中から選ぶだけである。
それがどんな険しい道であれ、完走する自信は既にある。
どんなに暑い日も、どんなに寒い日も、グラウンドでしごかれ汗を流していたあの日々に比べれば、正直どのような困難も恐れるには足らない。
ってな。
わたしの高校の野球部は別に強くない。しかし数ある部活の中でも本気で活動していたほうだと思う。
しばらくすると、一組の親子が来て面談が始まった。その声を聞いてすぐに、自分の同級生だとわかった。
彼はこの夏で野球部を引退し、大学受験のために通い始めるそうだ。
簡単なあいさつがあって、そこからは塾長とその生徒による面談が続く。
得意科目や苦手科目、普段の勉強についてや部活のことなど、なんてことない普通の面談だ。
それに対して生徒は「はい!」「はい!」と元気よく返事するが、具体的なことは何一つはっきりしない。
「じゃあなりたい職業は?」「うーん、無いですねえ」
何かに懸命に取り組むのは良いことだし、青春に飢えた大人たちもさぞ彼を賞賛することだろう。
体育会系で育った人は「彼らには日々のキツい練習で鍛えた精神力がある」などと言うかもしれないが、
たとえそうだとしても、果たして後に残るものはそれだけなのだろうか。
わたしは文化部だった。活動の中で将来やりたいことも見つけたし、今何をすべきかもわかっていた。
だから運動部のことはよくわからないが、少なくともわたしには部活を引退した彼らが抜け殻に見えてならなかった。
部活から得られるものは様々だと思うが、一つのことに熱中しすぎることは案外危ういことなのかもしれない。
どれだけ野球を頑張っていたとしても、大学受験では大した利点にはならない。
彼らを賞賛する人は多いが、その後は誰も彼らを救ってはくれない。なんだかかわいそうだ。
http://anond.hatelabo.jp/20140825071636
こういう記事があったけどさ、本州の学校の夏休みの自由課題って「自由研究」固定なの?
あ、全部自分語りというかブコメの拡張なので無視してください。
いや、自分の通ってた学校は、自由研究も、工作や書なんかのアート作品でもよかったからさ。
小学生だったのもう14年も前だから、今の学校の状況はわからないんだけど。
「研究」もいいけど、ゼロから物を作る(これも研究?なのか)のもすてきだよ。
そういうのを楽しめる子なら、子どものパトスにまかせるのも良いと思うんだけどなあ。
自分は作ることが大好きだったので、とにかくめっちゃ楽しんでた。
宿題(ドリル)は全く無計画なのに自由課題はスケジュール立てて計画を練るくらい。
ちょっと覚えてる限り回想する。
①工作キットは使わない。
②コンセプトとアイデアと実際の作業は親に頼らない。やり方は教えてもらう。アドバイスももらう。
③おもちゃとして遊べる&普段使いできるものを作る(小6で見事に破った。理由は後述、というより読めばわかる的な)
水族館に行ったので、絵日記と連動して水族館のペーパークラフトを作った。
お菓子の空き箱の内側に色を塗り、背景の魚や海藻、サンゴを作って貼る。
厚紙に魚を書いて切り抜き、糸を貼り付けて箱内部に吊るす。
透明なセロファンの一部に、青色のマジックで波模様を描き、箱に貼ってふさぐ(水色のセロファンが売ってなかった)
親からはセロファンに霧吹きで水をかけてピンと張る方法を教えてもらいました。
仕上がりは水族館じゃなくて海じゃねーか、とつっこまれまし。
小2冬 おべんとう入れ
なかよしの懸賞でソーイングセットが当たったのではっちゃけて母親に縫い物を教えろと要求。
キルティングの布を買い、裁ちばさみを借りて、お弁当入れを作った。
型紙不要の巾着にマチをつけただけ、裏地もなし。
でもこれが結構丈夫で、いまでも買い物袋入れとして使っている。
小3夏 リコーダー入れ
小3でリコーダーを習ったのではっちゃけてリコーダー入れを作る。
冬のキルティングのあまりで、長い巾着&スナップボタンで止めるタイプの2種類を制作。
小3冬 マスコット
手芸にはまる時期。かがり縫いをマスターしたのでフェルトマスコットを作った。
猫とウサギ。綿が入ってるのは頭と胴体だけで、耳や手足はぺらぺらだった。
小4の秋くらいにウサギの首が取れておおいにへこむ。
小4夏 ドールハウス
小3の時に作ったマスコットであそぶための家。空き箱を悪魔合体して紙造、2階、延べ800㎠くらいの家を作る。
一階は広めで、そこに2つに区切った箱を立てれば1階の壁と2階のできあがりである。
展示から持ち帰った際に派手にぶっこわれる。
マスコットとドールハウスを失った私を哀れみ、サンタさんが、シルバニアファミリーの人形2体、「おとぎの国のおかしのおうち」をくれる
しかし、お菓子の家になぞ住んでられるか! と再度ドールハウスに挑戦。シルバニアスケールで作る。(親ごめん)
家具には一部木などを使用。かまぼこ板、割り箸、彫刻刀でベッドを作ろうとして指を削る。
人形あそびに飽き、従姉妹(今思えば同人便せんとか作ってたんだなあの人)の影響で元々趣味だった絵描きの技術(カラー彩色)を覚えた私は、全部イラストのトランプを作ろうと試みる。
大きめの厚紙製プライスカードを購入し、イラストを描く計画。しかし、デザイン段階で枚数の多さに挫折し、絵札のみ絵を記入。ほかはマークで済ました。
にもかかわらず、12回の自由研究で一番面倒臭かった気がする。
絵を描いただけじゃねえか、といわれそうだったので、トランプゲームを多少調べてノートに書いて添えた。
小5冬 着せ替え人形
もう絵なんか描くか!と思って手芸に戻る。ちょうど小5で本格的な裁縫セットも買ったし。
本体をフェルト、服は春夏秋冬それぞれの服を布で作った。ちなみに、瞳をカラーフェルト、まぶたやまつげのラインを刺繍で再現した、完全にアニメ調の顔である。たぶんゼノギアスにはまってたせいだと思う。
小6夏 なべしきになる鍋つかみ
正方形に切ったキルティングに、正方形の角を一つ切り落とした5角形を重ねて、ループを挟んで縫った。
いまでも実家で使用している。端の処理にバイアステープを使用しており、自分的には完全にロストテクノロジーである。
そして問題の小6冬。
どういうわけか自 作 小 説 を 提 出 。
いや、夢水清志郎シリーズとか、2、3年前に見ていたスレイヤーズの原作本に手を出したりとか、アルセーヌルパンにはまったりとか、シャーマンキングとか東京ミュウミュウにはまったりとかしたもので。
たしか美少女怪盗もの。プロットというか話しの運び方はコナンのキッド回とルパンスペシャル&一応本家ルパンから学んだ。
ミステリというより犯罪エンターテイメント。というよりラノベ。
主人公は洋菓子をひらがなにした名前(ミュウミュウの影響)。猫耳である。
猫 耳 で あ る。(付け耳)
原稿用紙にペン書きしたものを袋とじで製本。自作絵の表紙をつけた。吐血。
この前帰省した際に今読み返してみた(どういう訳か本文のコピーをとってある)ところ、まあひどかったが良い意味で今では書けない勢いがあった。
日本語もままならないまま文字を書く仕事に就いてしまった今となっては、家に帰って文字を打つだけでも苦痛だと言うに。
というわけで絵を描いたり黒歴史作ったり、黒歴史作ったり、して楽しいので、もっと創作系自由研究は増えるべきだと思うね!(苦笑い)
ちなみに中学時代は文化系が「文化部」しかなく、文化祭の時に展示することが主な活動だったので、中1の時は例の小説の続編を晒したよ!(喀血)
「CASの部室が広すぎる」と思う人がいるかもしれないので念のため。
私が90年代に見たCASの部屋は確かに狭かった。
だけど、聞いた話では80年代ごろまでは文化部会(CAS含む)の部室は校舎内にあった。
(部会、というのは文化系、運動系でサークルをくくったやつね)
経緯は分からないけど、その後に運動部会の部室だった場所に文化部会が移った。
(いずれにせよそのボロかった建物は00年代までには取り壊されたはずだて、まだ残ってるんだ建物。http://groupcas.web.fc2.com/about.html)
でも、うーんやっぱ記憶違いかも知れない。←記憶違いかもねやはり?
天板の壊れたテーブルは今井さんがセーラーファイターななみchanの撮影で火薬シーンに使って壊したけど内緒だよ、という話は間違いないと思う。今井さんはSF研だから内緒って話だったっけな。
くどいようですが、逆ダイエットはもう始まっています。おっぱい。
(前回)http://anond.hatelabo.jp/20140501155231
一番最初の投稿に書いた基本情報を振り返りつつ、逆ダイエットを始めて約3週間の現在の状況を見てみましょう。
◇身長:152cm
◇年齢:20代後半
順調に、増えている…?
元々体格のよい人なら1kg程度の体重増減など誤差の範囲かもしれませんが、自分にとって1kgの増加はがんばった部類に入ると思います。今まで無意識に生活していた頃は体重計の針が凍りついたように41kg地点からピクリともしなかったものです。
ちなみに体重計の「針」と書きましたが、自宅にある体重計は本当に「針」が左右にふれるタイプのもので、正直いって正確さには欠けるものでした。勢いよく乗ったりそろそろと乗ったりするだけで予想以上に数値が大きくなったり小さくなったりします。何より古すぎてガワが剥がれかけている、あちこち錆びている。これでは逆ダイエットにも身が入らない、日々の記録や報告もままならぬ…。
というわけで大人力(経済力)にモノを言わせてより正確な計測のできる体重計を買うことにしました。あまり凝らなければ、100gきざみ程度のデジタル表示の体重計さえあれば良いと思うのですが、自分は筋トレもしつつ健康的に太りたい逆ダイエットの実施者、および無駄に凝り性、そして軽いガジェット好き。ただの体重計では飽き足らない、と体組成計を購入。体組成計とは何か?体重だけでなく、体脂肪率とか筋肉量とかも測ってくれるアレです。
現在、プロテインも2袋目に入り牛乳や豆乳などと飲むことも試したりと少々エンゲル係数の高まりを感じてはいるのですが、「経済力のない学生がいかにお金をかけずにモチベーションを保ちつつTOEICで900点をとるか」みたいなエントリーを目指しているわけではないのでかけられるところにはお金をかけます。社会人にとってはほどほどに投資をした方が動機付けにもなるというものです。
今回購入した体組成計はコレ。
デジタル表示、50g単位での体重測定、体脂肪率、BMI、推定骨量、筋肉量、体内年齢、体水分率、などなどの機能がありともするとオーバースペック気味。でもいいんです。一番興味があったのは、全身各部位別の筋肉量や体脂肪率を測れること、SDカード搭載で日々の測定を自動記録&グラフ管理できるソフトがついてくること。難点をいえばソフトがWindowsのみ対応ということで、MacやiPhoneアプリやクラウドなどでも管理できればもっと使い勝手が良かったのですが。
ちなみにTANITAにした理由は、対抗馬であるオムロンよりも、だいたい3%ほど低く見積もった体脂肪率の測定結果が表示される、というレビューを読んだため。いいんです、いいんです。体脂肪率は上げたいので、多少低めに見積もってくれた方が望む結果も得られましょう。
早速ですが、いま現在の体組成はこんな感じになりました。
5/13(火) 12:00時点
■BMI:18.3
■推定骨量:1.8 kg
■基礎代謝:997 kcal(多い)
■体内年齢:18 才
■体水分率:55.5 %
<各部位の筋肉量>
■右腕:1.35 kg(やや少ない)
■右足:6.00 kg(標準)
<各部位の体脂肪率>
■左腕:19.2 %(やや少ない)
■右腕:17.4 %(やや少ない)
■左足:24.2 %(やや少ない)
■右足:25.6 %(やや少ない)
■体幹:15.3 %(やや少ない)
上半身が弱いのは日本人にありがちな結果ですが、それにしてもやっぱり平均よりは貧弱だなぁという印象。自分は定期的に運動をすると別のエントリーで前述しましたが、別に運動部だったわけでもランニング等の習慣があるわけでもなく、ただただ自転車乗りなので、脚力にはそれなりに自信があるよ、という程度。数値にもそれが現れている気がします。アスリートと比較しての体組成を教えてくれるモードではザックリ言うと「ビギナー→アマチュア→セミアスリート→プロアスリート」などのレベル分けがされます。運動部には一度も入ったことの無い万年文化部のわりに自分は「セミアスリート」と判断されてしまいましたが、やはり体脂肪率の低さが原因なのでしょうか?カッコ書きの中で「少ない」とか「標準」とか記載があるものは、日本の全国平均の数値を元に自分の体組成と比較して、目安として教えてくれる機能もあります。
ただし計測の時間帯によっては1日のうちでもかなりの数値変動があります。そのため毎日なるべく同じ時間帯に計測することが体重測定のコツ。
そして過去を整理するために記事にすることも、自分への治癒に繋がると信じて書くことにする。
とても長いです、すみません。
最初はちょっとしたハブりとかくらいだったんだけど、陰湿になっていったのは小学校3年制くらいからで、学校に行けばなにもしていないのに笑われる、嫌がられるという扱いを受けた。
私に非があったんだろうという輩が湧いて出てくるような気がするから先に述べるけど、私はガリガリで色黒で身なりがダサくて大人しいという典型的な地味な子どもだっただけだ。
苛められていることを学校の作文に小学校4年生くらいで書いたときは、担任に呼び出されて、詳細を聞かれたけど、いじめられているという事実が恥ずかしくてうまく答えられなかったせいなのか、まったく対処してくれてなかったように思う。
小学校高学年になったとき、苛められはしていたものの、とある女子グループにしがみ付いていた。苛められるとは分かっていても、それ以外に一緒にいる人がいなかったし、そのグループの数人は幼稚園も一緒で、近所だったこともある。帰宅グループだった。
けどある日、学校の近くで働いている父親が、私が友だちの軽い感覚でぶたれたところを偶然見つけ、私を怒った。その友だちと一緒にいるんじゃないって、だいぶ怒鳴られた。
私は、まぁ苛められてはいたものの、その女の子は幼稚園からの付き合いで、別に本気でぶたれたわけではなかったし、からかいはするけど一緒には帰ってくれるから、その子のことは好きだったから、まったく理解できなかった。
まぁ一方的に怒鳴られる状況下でそんなことが説明できるわけもなく、それ以降、恐縮した私は怯えながらその道を通ることになった。このあたりから父親への苦手視が始まったように思う。その通りを歩くとき、いつも父親がいるんじゃないかと怯えていた。いつも逃げるように歩いていた。
その子のグループから距離を取らざるを得なくなったあと、私は苛められっこのグループに混ざることになった。なんというか、嫌な視線は前よりも多かったし、高学年になるにつれて、わりと堂々となにか嫌なことを言われるようになっていった。
中学生になっても、その環境はもちろん変わらなかった。メンバーがほとんど一緒で、そこに他地区から3校分ほど加わったんだけど、苛められていた寝クラになりつつあった私が新しく中学校で再スタートできるわけなく、鬱気味になっていった。
中学校1年生のときはまだマシだったけれど、それでも徐々にやっぱり苛められキャラというのは定着するもので、ジャニーズが好きだったことなんかを理由に気持ち悪がられていた。
この頃から、自律神経失調症になった。朝起きると気持ち悪い、ご飯が食べれない、頭痛がする、だから学校に行きたくない。
3年生にあがったころは、学校に行っても終始寝ていた。朝遅れて授業に行き、英語の時間以外は昼まで休み時間もぶっ通しで寝ていた。英語だけは好きだったし、英語の科目の先生がとても英語のできる人で尊敬していたので、起きていた。成績は普通だったけど。
文化部に所属していたので、上下関係に揉まれることはなかった。
高校受験のとき、希望していた高校は当然だけど全部落ちた。美術科高校を目指して画塾に通っていたとはいえ、基礎の勉強していなかったから当たり前である。今でも当時、試験のために描いた白菜はよくできていたと自負してるけど、実際はどうなんだろう。分かんないや。
興味のない勉強を真面目にし続ける自信も体力もないと感じ、さらに同じ中学校の人がいない学校へ進学したいと考えた私は、定時制に入学することにした。
定時制で、ある意味高校デビューを果たしたけれど、間違った方向にすすんだ。
夜間学校なだけあって、ヤンチャしている生徒が多く、そんな子たちに混ざって遊びを覚えたため、高校1年生から夜遊びを繰り返していた。朝帰ることも多かった。
ただ美術科受験を失敗した私は、自分の美術に対する自信を完全に失っていて、挫折を強く感じていたため明るくなれたわけではなかったし、中二病も混ざって鬱はより悪化していった。
勉強もできない、絵の才能もない、コミュニケーション能力もない自分自身に対して、ただひたすら絶望していた。
中学校の先生に勧められたメンタルクリニックに行き、薬を服用し始めると、薬が効かないことへのいら立ちが増えた。飲む量だけは増えていくのに、精神的な落ち着きはまったく得られなかった。
1回だけオーバードーズを試みたこともあった。当時の私は死にたいとずっと考えていた。
鬱で泣いてばかりの私を、父親と祖母はよく思っていなかった。泣いていると怒られて、怒られたことに泣くと、さらに怒られるという悪循環だけがあった。
家族の恥のような扱いをされているふうにしか思えなくて、私は家族にいるべき人間じゃないと思っていた。
人生もなにもかもうまくいっている妹と比べるととても惨めで、その妹は私のことなんか気にせずのびのび生きていたし、母親だけは唯一鬱への理解を示してくれようとはしていたけど、基本的には小学生のころと同じように放置主義だったように思う。
問題を抱え続けていたわけだけど、こういうわけで、家族の中に頼る人間がいなかったし、頼れる友人関係を高校で築き上げたわけでもなかったので、中学からこの頃まではずっと孤独だった。
高校3年生の夏、ようやく打ち解けあえる友だちができ始めた。ようやく仲間と呼べる友だちに出会えて、今でもこのグループの人たちとは交流が続いていて、のちのち精神的に助けてくれる人となる。
高校4年生のとき、頼りにしていた母方の祖母が亡くなった。父親や家族と揉めるといつも、この祖母の家へプチ家出を繰り返していた私にとって、これは大きなダメージだった。ちなみにそんな家出を繰り返しては家族に嫌いとかそんな暴言を吐いていたため、父方の祖母は「あっちの家のほうがいいんだろうねぇ」なんてよく言ってきた。
母方の祖母が亡くなった日、私は唯一の身内で頼れる存在だった人を失ったこともあり、葬式中は泣きとおしていた。親戚一同が集まる食事会では、母方の祖母側の兄弟たちと、祖母の話をして気を紛らわせた。田舎の人たちなので、宴会になっていて、楽しかったから。
けど父親からは「葬式にきていた父親側の人間のそばにいなかった」ということでキレられて、それがショックだった私は2週間ほど、亡くなった祖母の家で、祖父と一緒に暮らした。どうしても父親の理論を理解することができず、頭ごなしに一方的に怒鳴られることにも嫌気がさし、この頃から本格的に父親嫌いとなった。
父親嫌い、父親側の祖母嫌いは、このあと数年続くんだけれど、このとき、高校の友だちが私に理解を示してくれたおかげでどうにかたちなおれた。だから高校の友だちには本当に感謝してる。ちなみに父親を嫌うエピソードとしては「お前なんかが大学に行けるわけがない」と言われたこともある。
父親の言葉を見返すつもりで、必死に勉強をし、第二志望だったけれど希望の大学に入学することができた。美術は諦めていたから、その次に好きな英語科へ入学した。
私の人生は大学入学と同時に、ようやく明るくなってきたように思う。
今まで女子の仲良しグループに属したことがなかったけど(高校のときは男友達に囲まれていた)、それが実現したり、定時制から入学したにも関わらず成績は中の上ということで、自信にもつながった。
家族とは距離を取りつつ、揉めつつ、という微妙な関係が続くも、大学2年生のとき、反対を押し切って1年間の留学をした。
嫌いな父親からの出資ではあるけれど、家族から距離を置けたのはよかった。今まで家にいても落着けないというか、父親と同じ空間にいると緊張して耳鳴りがするくらいだったので、ストレスから開放されたように感じた。
父親とのコミュニケーションがまったく取れない私とは違い、妹と父親は仲が良く2人で旅行もするくらいだったので、その差に絶望したり、自分の不適合っぷりに悲しくなったりもしたけれど、距離を置くことでどうにか凌いだ。
帰国日が近づき、電話先で父親が口頭一番に発した「帰ってくるなよ」みたいな冗談?をきっかけに、乱れ始めてたので、カウンセリングのお世話になった。話を聞いてもらうことでどうにか落ち着き、まぁ金銭的な援助だけはあるのでその辺の感謝はしつつ帰国した。
留学後の関係は以前よりもずっとマシだったけれど、どうしても距離は縮まりにくかったので、やっぱり何度か揉めた。
でも大学4年生のとある大規模な英語スピーチ大会でスピーチを行い、英語が理解できないのでいいやと思い両親を招待することで、なんとか今までの成果を見せることができた。まぁ特に褒められはしなかったけど。
今は教育を学ぶために自分で奨学金を借りて、二度目の留学をしている。
父親に対して批判的になる大きな理由の一つ、それを助長する理由の一つとして、大学に入ってから教職を取り、先生や親、大人の在り方について考えるようになったからというのがある。
子どもにどう接するのが理想なのか、自分の過去と照らし合わせて、教育論について考えている。そんなわけでより一層、父親は間違っていると認識してしまうため、寄り添うことはできなかった。多分、今もそんなにできてない。耳鳴りなんかはなくなったけど、あまり喋れないし。家では基本的に口数が少ないと思う。
感情豊かではない。
それに気づいたのは、つい最近、教育実習先の学校からのコメントについて大学の先生に触れられたのがきっかけだった。私は自分の気持ちを表すことや、人に頼ることが苦手なんだろうと先生に言われた。
過去を振り返ってみると、そうなんだろうと納得できるし、きっとこれまでのことが原因なんだろうと、教育について勉強してきた分、自分をそう判断することができる。
これから努力して少しずつ練習して変えていくつもりなんだけどね。
これを書いている最中、辛かった日々を思い出して泣いた。
けど、泣いても書き続けることで、辛かったあとにやってきた楽しい人生を振り返ることで、自分の成長を確かめることで、自己治癒に繋がったと思う。
ここまで長々と読んでくれた人はどうもありがとう。
http://anond.hatelabo.jp/20140412184724
上の元増田の話
・部活担当教師が見えない形で被っている負担(この場合は車代差額…維持管理費差額含め、おそらく遠征時のガソリン代も自腹)
・対する待遇の低さ(元増田が書いてる一日当たりの手当額は、高額な方。県によっては1,200円とかのところもある。そして「年度末に予算が苦しくなれば打ち切り」。部活動への外部講師の話はしばしば検討されるが、進まないのは「一日1,200円で来てくれるまともな技術指導者・講師など、普通はいないから」。)
ということも付け加えるべき。(一日1,200円で来てくれる酔狂な講師がいたとしても、「生徒の怪我等には、あなたも個人として責任も負うことになります」と言えば、また、ためらわれる。というかそれ以前に、頼む側の常識が疑われる案件だろう。)
移動なんて、本来は、マイクロバスなどを借り上げて、その費用を部員の保護者に請求すべき筋合いのものだが、公立校でそんなことできようはずがない。請求・取りまとめ・精算にかかる事務の手間だけで、あっという間に部の運営は立ち行かない。だから、元増田のようなことになる。でも、こういう「自己判断でこっそり移動」をさせるせいで、もし事故などが起きれば元増田を守る方法がない。「生徒を自分の車で移動させていた先生が悪い」となる。下手したら「遠征費を浮かすためにやっていたのだろう」などと批判されかねない。
遠征費!何にでも使える遠征費!そんな便利な金があればオレにくれ!生徒には、選手のお前らには学校や県から補助が出てるからな、と言って、連れて行って飯を食わせてた。出てるのは全国大会ですら、片道交通費の8がけと宿泊費一日3,000円くらいだよ。練習試合じゃ出ねんだよ。残りの交通費は学校経費かオレの金だよ。そんで、お前らが今食ってる飯代は10割オレの金だよ、なんて、頑張って全国大会に選ばれた生徒に言えないだろう。保護者から金集めろって? じゃあ「金のない奴は代表辞退しなさいね、つーかそもそも部活なんてやらないでね」って言えんのか? 言っていいのか? どうなんだ? ……すまない。興奮してしまった。(ちなみに私立の学校が代表に入ってる場合はいくらか楽ができた。1/5が1/2くらいにはなったよ。)叩きたきゃ叩いてくれ。頭悪いから、自腹切る以外にいい方法思いつかねんだよ。
これは社会が悪いのではなく、そもそも部活動というものが一般社会の想定する常識とかけ離れたところで運営されていることが悪い(どこの社会人が、毎週土日を潰し、自分の子どもをほったらかし、余所の子どもの習い事を、足代飯代に身銭を切って面倒見るというのか。しかもそれが、事実上、『業務命令』として下されるとは! そんな人がいることを想定してないのは、社会が悪いんじゃない。そういうことを当たり前にやってる組織が悪いに決まってる)。
自分も、教育の隅に席を占める立場で、かねてからこういう不健全な組織は学校から切り離すべきじゃないのかと思ってきた。
(ちなみに、公立校で、教師の自己犠牲や奉仕活動によらないで成立する部活動は、運動部文化部問わず原則一つもない、と言い切ってもいい。)
ただし、これを一種の「社会奉仕活動」だと考えれば、いくらか納得がいかないでもない。海外では休暇などを使って、学校教員が積極的に社会奉仕活動やプログラムに参加したりする。社会奉仕活動をするのは、教員が社会常識を身に付ける上で非常にいい機会だと思うので、本当はそれができるように法や制度を整備すべきだと思うのだけれども、残念ながらそういう風土がない日本では、それに代わる一種の社会奉仕活動として、学校の部活動があると考えてもよい。その意味では、「学校の部活動」という概念を捨てて、「地域社会・一般からの参加を積極的に受け入れる社会運動団体」化を段階的に進めていくというのが一案だ。つまり、クラブチーム化する、ということ。学校の部活に、地域の小学生や社会人、お年寄りまで受け入れるってこと。んで、事務・運営にも一般の方(当面はPTAなど)に入っていただく。プロのある運動競技などなら、プロとの提携も視野に入れる。これにより、
・活動の拡大
……などの利点が見込まれる。だが、その反面以下のような課題も考えられる
・部活動が学校から離れ始めると、学校運営への部活動利用が難しくなる(指導困難な学校ほど、生徒指導と部活動が一体化している現状がある。運動部員がいるから学校が落ち着いている、など)
・現状、これも教員が負担している、大会運営などを行う都道府県の事務組織運営を誰がするのか、という問題(これは、部活顧問に成り立ての若手教員などは余り分かっていないと思うが、地味に相当の負担)これは、たとえば運動部の場合、特定の運動部の都道府県組織だけではなく、都道府県の運動部全てを扱う高体連組織、更にはブロック高体連、全国の高体連の事務局運営なども含めての話。ブロックや全国の事務局となると、予算立てをしてそれ用の事務員さんなどを雇うことになるが、それ以下の大半の組織では、そんなお金はどこからも出しようがない)
……そのため、こういったこと(一度は考える教員も多いと思うが)には、ちょっと手を出しかねて、結果現状維持、となっていると思う。
それらを踏まえて、個人的には、いまの部活動の現状はやっぱりおかしいと思うし、変えるべきだと思う。しかし、「よりよい対案」や「その対案へソフトランディングさせる方法」というのは、なかなか難しい。従って、こういう場合には、むしろトップダウンで(たとえば文部科学省から「全ての部活動は段階的に社会体育に移行すること」という通達を出すなど)進めるのが、改革するにはベストの方法だと思う。