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はてなキーワード: キャッチボールとは

2018-02-20

コミュニケーション

会話のキャッチボールという言葉があるが、どれくらいの人間がその意味理解しているだろうか

一方的ボールを投げつけることはキャッチボールではないし

投げられたボールをただ受け取るだけではキャッチボールとは言えない

キャッチボールを成立させるためには、相手ボールを受け取ることも大切だし、相手ボールを投げ返すことも大切だ

相手一方的ボールを投げつけてキャッチボールをした気になっている人や、相手からボールを受け取るだけでキャッチボールをした気になっている人は、もう一度自分が本当にキャッチボールを出来ているのかどうか振り返ってみて欲しい

anond:20180220101421

まだ何にも知らんものに興味の持ちようがないよ。聞かれないから興味ないのはそうだろうけど、興味持ってもらうような話をするんだよ。相手相手のこと話したらキャッチボールの中で自分の話もかるく混ぜていいよ。どっかで食いつけばそこを広げればいいし、食いつかないなら他の話に飛べばいいんだよ。

日頃から自分知識とか興味の幅を広げて、人がおもしろいと思う話ってなんだろうって考えよう。自分オモシロイと思ったことを覚えておいて、うまく話せるようにいろんな人に話してみて練習しよう。それって事実だけじゃなくてもいいんだよ、作り話とか小話みたいのでもいいよ。どういう人にどういうのがウケるのかを研究しよう。

好きなら好きたよーってのを小出しにバラしていくのも必要。隠すのうますぎるとつまんないよ。

しかし、第一印象で嫌われてたらいくら頑張ってもダメだったりするからレスにあるとおり諦めてつぎいこう。

「お前が間違ってるんだよ低能wwwwww」←キャッチボール

anond:20180220121026

罵倒」≠「罵倒したいだけ」だぞ低能www

から低能自分の殻に閉じこもらないでキャッチボール練習しようなwww

anond:20180220120559

そもそもお前は説明を求めていない」と言われて「ほら説明する気なんてないんだよね」となるコミュ障

この手のゴミクズって「自己完結」が最大の特徴なのかもな

少しはキャッチボールのやりかたを練習しようなwww

anond:20180220120418

あ、素でキャッチボールが出来ないコミュ障なのかな?w

低能先生って自分自分の傷をえぐるの好きだよね

anond:20180220120256

いやそもそも低能が何の説明も求めていないんだが?www

お前がやってるのって「それが反論?」とか「ほらこんな感じ」とか意味不明レッテル貼りだけだぞwww

あ、素でキャッチボールが出来ないコミュ障なのかな?w

2018-02-19

スポーツ医療Win-Win関係

スポーツ観戦はなぜ感動をもたらすのか?

バンクーバー五輪団体追い抜きで銀メダルを獲得。

メダルを持って小平病棟を回った。

「持っているパワーを伝えてくれて患者さんもすごく元気になったし、小平さんのファンなっちゃった」と理事長

ひたむきな小平の姿とその魅力は、自然病院内で広がった。

 

 

バタフライ効果

さなINPUTでも大きなOUTPUTにつながる場合もあります

 

https://anond.hatelabo.jp/20180218131746

功利主義 utilitarianism

フィギュアスケートを極めて4回転ジャンプができても、それでは人類課題解決できない。無力なものさw

羽生結弦が癌患者を救うことができるか?全然役に立たないね。精々演技を見せて、一時的に楽しんでもらう程度の影響力しかない。

冷徹に見れば、価値基準の選定によって、物事価値は変わる。実利を求めるなら、娯楽は優先順位評価が下がるのは止むを得ないだろう。

 

 

患者QOL向上

フィギュアスケートでは癌は治せなくても、感動を与えることができたら患者QOLの向上には資するのでしょう。

相沢病院の相沢孝夫理事長もご支援おつかれさまでした!

病院スポーツ関係を「健康」を基準にして比較すると、

  1. 健康(大):スポーツ活躍。体力がとてもある。
  2. 健康(中):スポーツを楽しめる。体力は普通
  3. 健康(小):病気スポーツできない。体力がない。

という分布になってます

大と小の交流によって中和が起こり、小から中へやや近づけるってことじゃないでしょうかね?

病院スポーツ選手支援して、スポーツ選手病院に貢献する。Win-Win関係なのかも。

2018-02-13

anond:20180213011021

前後脈絡なしに、いきなり「好きな雑誌」を聞かれたら、身辺調査をされているみたいな気分になって、怖くなる可能性はあるだろう。

その可能性があるなら、自然な会話の流れになるように、逆算して先にデコイをまいておく必要がある。(服の話とか?)

会話はキャッチボール。話を組み立てる国語力がないなら、普段からターゲットと同じ年代の子と話す機会を持つべきでは?(キャバクラNG素人一般人限定

増田ストーカーになりそうなら、いったんLINEをやめて、他の子練習した方が無難であろう。

2018-02-01

自分コミュ障ルーツはここか!

今でも親の兄弟(叔父、叔母)とのつきあいがある。

ちょっとした機会に集まって、あーだこーだ話をする。だが、そのとき話題が決まって、従姉妹がどうしてるか、孫がどうかということばかり。

姉妹の話ならまだしも、会ったこともない従姉妹の子サッカーでどうしたとか、学校では○○係をやってるとか…。もはや「そうですか」としか言いようがない。

しかし、それくらいしか話すことがないということ自体、ドウナンダ

この年になってやっと自分家系スピーカーの集まりであることに気づいた。ひたすら自分自分の周りがどうしたか宣伝しまくる。会話のキャッチボールというより、一方的に「こうです!」って球、投げてるだけなんだよね。

自分コミュニケーション下手な理由が分かって、なんか苦笑。

2018-01-27

女性だけ街の件が例えば「サラリーマンだけで会社ヲ作ろう」だったら

女性だけ街の件だけど、アレって要は

独立心が無く、誰かに依存しなければ生きていけない人だけで独立しよう」っていう属性があるから問題視されるんじゃない?

似たようなケースで、表題のような「ドキッ♡リーマンだらけの会社経営」とかだったらどんな反応になってたか、って話よ

そこで

リーマンだけで会社経営なんか出来るわけねえだろwwww」

「それぞれの部署人間がしっかり経営に携われば問題ない、むしろ現場を知らない経営者がいない分だけ好調になる」

というような真逆意見が出るのではないかと思われるのだが、

ここでは既にリーマン存在定義が両者で完全に分かれてる

前者は会社にぶら下がらなければ食っていけない能力のない人間を想定しているし、

後者は自立した人間として自らの役割をしっかりと果たす能力のある人間を想定している

また後者後者で、強者立場に居る人間何となく無能っぽいことを前提としている

こうなってくると、

もはやリーマンがどうだ女がこうだとかそういう話ではなく、

人間として自立しているか否かってだけの論点しか無く、当たり前すぎる結論しか無い

この当たり前すぎる論点属性だけすり替えて、

永遠神学論争に陥れたのが件の女性だけ街の議論不毛さだったのではないだろうか

女が自立しているかしていないかという、

属性以外の人属性帰属すべき根本問題あやふやにしているのが間違いのもとであろう

それから地味に、敵対属性の人属性を悪属性に既定している論も地味に厄介な不毛要素である

女だけ街の例で言えば男、リーマンで言えば経営者がそれに当たる

男=悪、経営者=悪、とか、最近転生した某idみたいなネタを本気で言ってる人が多いのも頭抱える

ただ、ぶっちゃけて言えば

定義を敢えてあやふやにした議論のほうが、

各人が好き勝手なことを言ってボールを投げっぱなしにして良いというフリースロー系の議論になり、

そのほうが楽だしPVも稼げるし注目も集まるし参加する人間無責任放言をしやすいし、

ということでネットではむしろこっちのほうが「需要がある」という側面は否定できない

要はネットは、キャッチボールではなくフリースロー型の議論の方が需要があるってことだね

いかいかは別として

2018-01-18

anond:20180118174126

そういうタイプ年寄り多い

彼らにとってコミュニケーションは彼らが一方的ボールを投げることだ

キャッチボールじゃなくてバッティングセンターピッチングマシン

人に話を聞いてもらうことは癒やしになるけど、人の話をキチンと聞くことはエネルギーがいる

2018-01-10

増田セルクマはあり?ありなしラインを教えてほしい。

道義的に許せるか、って話で。

自分の書いた増田

普段使いアカウントセルクマするのはあり?

増田用のアカウントを作って全部それでセルクマするのはあり?

書いた増田ごとに新しくアカウントつくってその記事だけセルクマするのはあり?

それなりにくだらない話題について、それなりに長文で、それなりに議論らしきことができる

っていう条件を満たすのが増田しか知らないんだけど、何も反応ないと議論したい欲だけを抱えて悶々となるんだよね。

一回でもキャッチボールできればそれなりに満足するので、露出をふやせばいいのかなあ、とも思うんだけど、

内容以前にヘイトためて有意義議論ができないと悲しいし。

そういうのは増田じゃなくてここでやれ、っていうのもあればぜひ。

2017-12-30

帰省する度に自分コミュ障気味な理由再確認する。

1年振りに帰省した。

昨年は実家のゴタゴタ(主に母と兄の問題)があって帰省しなかったのだが、いい加減母も歳だし、いつボケるか、足腰を傷めるかわからないので、一応様子ををみるために帰省した。

多少耳は遠くなっていたし、やや歩くのが遅くなってはいるが、母は元気だった。

ところで、「何故自分子供の頃から会話が上手くなかったのか」というのが長年の疑問だったのだが、何度か帰省して「ああ多分このせいだな」と気づいた事がある。

帰省すると、母が話しっぱなしなのだ。1時間、なんなら2時間、五秒のブレイクも挟む事がなく、切れ間なく話し続ける。

だいたい生返事でやり過ごすんだけど、そうすると母の話のペースがさらに上がり、何を話してるのか見失うので、なんとかすこし話すのをやめさせないといけないのだが、母には「会話のキャッチボール」と言う概念がないので、ターンをこっちに持ってくるポイントがない。

なので、母が何を話していようと無理矢理話しをぶった切ってこっちの話をするしかない。

その事で別に気まずくはならないのでいいんだが、「これは会話じゃないな」と思う。

これでは会話の方法など学びようがない。

母が相変わらずの母でよかったし、確認という目的は果たせたのでいいんだけど、普段会社でまともにキャッチボールのある会話をしてる身としては、とにかくエネルギーを削られて2時間限界なので、そうそうに母の話をぶった切ってホテルに戻る事にした。

ちなみに長年の引きこもりから脱した兄もいるんだが、自分のペースで喋り続けるのはこっちも一緒で、時々、こっちじゃなくタブレットに向かって「カスが、死ねよ」とか言ってるんだが、誰に何を言ってるのかは不明

まり帰省しても厳密な意味での会話をする相手はいない。

帰省ゆっくりできるんですか、いいですね、僕の帰省はそう言うんじゃないんで。調査みたいなもんです。

2017-12-27

オンライン英会話でちやほやされたい

オンライン英会話

すごい良いサービスのはずなんだけど、講師選びがめんどくさい。

英語が苦手だから勉強しているのに。

苦手な英語異文化&初対面の人の趣味嗜好を引き出して、こちらの知識を上乗せしてキャッチボールを楽しむ。

そんな高等テクニック自分には出来ないし、今日の天気や食べたものの話なんてどうでもいい。

自分について事細かに提供するから講師の方から逆指名してほしい。

講師の方から詳細にグイグイと聞いて欲しい。

美人でなくてもいい。若くなくてもいい。なんなら異性でなくとも構わない。

自分に興味をもってくれる人と気持ちよく話したい。

そんな機能があれば倍払ったっていい。

2017-12-22

anond:20171222021916

日本には昔から滅私奉公という言葉があってだな…

作品作家性は文芸でも古くから問題にされていたし、仕事自分の一部かどうかというのは難しいね

しかすると会話のキャッチボールは全く違う次元問題かもしれない、とも思うよ

2017-12-21

Me too

小学五年のときの話。俺は友達と、取ってつけたような狭い公園サッカーもどきをしていた。そこにバイクに乗ったおっさんが声をかけてきた。この辺で水が飲める場所はあるか。俺たちはやはり取ってつけたような公園内の手洗い場のことを伝えた。地域の人と交流を持ち、親切にしましょうって教えられてきたからな。おっさんは水は飲まず、俺たちの遊びに加わった。

しばらくサッカーキャッチボールをして、ジャングルジムで遊ぶことになった。おっさんてっぺんに登った俺たちの股間をさりげなく触ってもんだ。俺は何をされたのかさっぱりわからなかったが、嫌なことをされたというのはなんとなくわかった。おっさんがその前後に平然として顔色一つ変えず、親切なおじさんの顔をしていたのがショックだった。おっさんは俺達の家がどこにあるのか聞いた。近くににあるマンションかと聞かれ正直にうん、と答えてしまった。地元小学校なのか、親は普段家にいるのか、何時頃帰るのか。おっさんがそれを聞いて何をしようとしていたのか、今でこそ考えるだけで身の毛がよだつが、当時ただのハナタレ小僧だったから、正直に話した。嘘はついてはいけないと教わっていたからだ。やがてベビーカーを押した同じマンションの人がたまたま遊びに来て、俺達の方を見て何かを思ったのか、増田くん、その人は誰?と聞いてくれて、おっさんは今思えば焦って逃げるようにその場をあとにした。その後も俺たちは同じ道で登下校し、同じ公園で同じような時間に遊んでいたが(なんとなく親には言えなかった)おっさんに会うことは二度となかった。幸運だったと思う。俺たちはどう考えてもスキだらけだったから。おっさんが誰なのかは分からないが、激痛と苦しさのあまりすぐに死にたいと思いながらもなかなか死ねないという苦痛を味わいながら、じわじわ死んでほしいと思う。

2017-12-20

劇団 竹の公演『人形を殺す』を見に行った記録

ちょっと前のハナシになるけど、都内の小劇団の公演を見に行ってきた。

というか、なんかこの2ヶ月、小劇団を観に行くことが多くて。

(いや、そんなマニアみたいに毎日、毎晩ってわけじゃないけど)

キッカケは、

  https://anond.hatelabo.jp/20170925212923

この劇団で。

でもって、出演していたキャスト新宿ゴールデン街バイトしているという情報を聞きつけて、その店を仕事の接待の2次会で使ったのよ。

いろいろと話も聞きたかったし。

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そしたら、その女優さん。

舞台の上の颯爽とした男装イケメンぶりとはまったく違うホニャホニャ~っとした実に気立ての良さそうなお嬢さんで。

思わず「よ~しオジサン太っ腹なところ見せちゃうぞ~!」と彼女の新しい公演のチケットを購入したのが一ヶ月以上前。

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演目は『人形を殺す』(劇団 竹/竹林 林重郎 作)

そして、ちょっと前に劇場に行ってきた。

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例によって記憶を記録に変えるため、ここに自分の感じた印象を残しておくことにする。

随所にその後の聞き取りで得たデータもはさんでいくんで、そこはご参考までに。

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■全体として

いろいろと語りたいことはあるけれど。

まずは。

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      まさかこのオッサンが芝居で爆泣きさせられるとは思わなかった。

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もう、その、なんだ。このイヤな感じに古びてネジれまくった心のどこに、こんな涙が残ってたのか、ってくらい。

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全体のアウトラインとしては。

(もう公演も終わったことだし、ネタバレいいよね?)

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とある一家の主人、フトシの葬儀に彼の隠し子ミツルが訪ねてくるところからストーリーは始まる。

子供世代にあたる長男、長女、後妻の連れ子、隠し子の4人を物語の中心として、彼らの記憶にある父、父の愛人、母、後妻の姿が交錯する。

回想を交えて次第に明らかになっていく機能不全家庭のかたち。

すでにそれぞれの人生を発見、構築して、最後手仕舞いとして葬儀に集まった子供世代が “その後の物語” を交換しあい、そして何を選択するか。

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という感じ。

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安直なプロモーター/宣伝担当者だったら “失われた家族の再生の物語” とか言うところだろうけど。

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これは “再生” じゃない、“自己修復” だ。

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どこからか聖なる光が降り注いで、そして全てが安直に元通りになるんじゃなくて。

命がけで力をあわせ、新しい家族システムとして自己修復していく物語だ。

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機能不全家庭のサバイバーたち、それぞれが心で悲鳴を上げながら過去を振り返り、つながりを模索して、あたらしい動態平衡を獲得する、そんな自己修復過程の身を切るような苦しみを描写し尽くした作品になっている。

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ただ、上に書いたような文芸路線の重たい家族ドラマってだけじゃない。

そこに、キリスト教ヒンドゥー教、アミニズム、シャーマニズムの神々が乱入し、信仰とヒトの関係性が語られ、西武ライオンズの奇跡の優勝が回想され、ときにタブラ4つ打ちテクノに合わせて踊る白装束の群舞とビデオプロジェクションのインサートシーンが交錯し、どこかサイケデリックな、なんというか……

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うん! そうだ! “現代の寓話” だ!

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これまたベタワードだけど、他に形容のしようがない。

(どうしても想像が及ばない人は、ここで、

 “もしも、もしも故・今敏監督が、重た~い家族自己修復ドラマ

  お得意の悪夢タッチケレン味タップリに撮ったら”

 というのを想像してみてください。

 当たらずといえども遠からずのはず)

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うん、これ以上語ってもしょうがない。全体としてはこんな感じ。

「傷ついた人は、傷ついた家族は、成熟とともに修復される……されるのか?」

というのがテーマ

そして俺、爆泣き。

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そして、本公演の劇団である “劇団 竹” の主催者にして劇作家、竹林林重郎氏の作劇術、というかタッチというか、そういうのも、なんとなく見えてきた。

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まず、基本はダイアローグ(1 on 1のトーク)。

モノローグでもポリローグでもなく。

回想シーンのフトシ、サダコその他は隣に聞き手がいるものとしてダイアローグカウントする)

ストーリーライン全体は

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 隠し子ミツルと長女ツグミの対話

 ーーここで父フトシの隠された2重生活と、実の子以上に愛され、

   育まれてきたミツルの姿が明かされる

      ↓

 ツグミと長男シュウタの対話

 ーーいまではヤンママシンママとなったツグミの愛に飢えた幼少期への思いが爆発

      ↓

 シュウタと連れ子ヒデフミの対話

 ーー今となっては過去に見切りをつけ、自身の “家族” を獲得したヒデフミに対して、

   ここでシュウタの最大にして最後の働きかけが大爆発

.

という大枠の流れに、回想シーンとして

 ・父フトシと母ノリコの外食

  (後に愛人となるヤスコを含めると3人以上が登場するのはここだけ、だったかな?)

 ・フトシとヤスコの逢瀬

 ・堕胎をうながす継母サダコと反発するツグミ

 ・夢の中でシュウタに、出奔という自分ギリギリの選択を明かす母ノリコ

.

といずれも1 on 1。

対話の一方が次の対話に持ち越されるバトンリレー形式で話がすすむ。

(例外はサダコが壁のロザリオを叩きつけるシーンと、ノリコの出奔シーンくらいか)

.

というわけでダイアローグ主体の作劇なので。

最後に全兄弟が登場する対話のシーンを見たかった気もするが、そこはビデオ後日談が語られることで代替されている。

というか、前半のツグミ役のキャストのあの演技を見たら、後半まで登場したら、おそらく彼女のメンタルがもたないだろう。

.

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

俺「おおっ! あなたツグミを演じたラムネさん! アレくらい、余裕っすか?」

ラムネさん「んふふ~」

.

と、明確な答えは得られず。

ただ、別に彼女のコンディションに配慮したわけではなく、たんに作劇上、そうなっただけらしい。

.

余談。

確かなことは。

無軌道な妊娠と出産、自分を一番に思っていた継母を鬱病と自殺に追い込んでしまった(と考えている)彼女が過去を悔いて流す涙。

ツグミの慟哭はそれだけの迫真・魂の演技だった。

余談終わり。

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もう1つ。

ストーリーを裏から支える暗喩のレベルが。

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 気にしなければ流すこともできる。

 気にして、拾い上げるつもりがあればハッキリと分かる。

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というレベルキッチリ統一してあるのが気持ちいい。

(いや、これは俺の思い上がりで、拾い上げてないレベルメタファーがドッサリあるのかもしれないけど)

たとえば。

ミツルツグミが同時に正座をといて、「ここから深い話をしよう」という意図を見せたり、とか。

ヒデフミが現在ではロザリオ製造業に努めていて、毎日キリスト十字架にかけている、つまり、 “完全な棄教者” であることを暗示したり、とか。

.

いろいろなレベルで多層的にメッセージが投げかけられてくるのが気持ちいい。

.

そして、ストーリーに大きな比重を占めているビデオプロジェクションについて。

冒頭、中間エンディングと(自分が覚えている限りでは)3回、舞台の白壁をスクリーン代わりに、撮影・編集済みのビデオ映像が使われる。

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1回目はオープニングタイトルなので、深い意味はない。多分。

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2回目は、うーむ、解釈に困る。

シヴァヴィシュヌガネーシャブラフマーも出てきた、かな?)とヒンドゥーの神々がサイケデリックビデオコラージュで次々と諸々の事象と一緒にカットバックされる、ある種のイメージビデオ

BGMはタブラ4つ打ちデトロイトっぽいミニマルテクノ

ことなく、今敏っぽい。

無理して考えれば、愛人ヤスコ隠し子ヒデフミの家にあったという、キャラクター人形を並べたデタラメな祭壇から喚起されたイメージの奔流、というところだろうけど。

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というか、ストーリーのキーアイテムがいくつかあって。

1)キリスト教

家族システム自己修復の媒介者、というか見守り人としてのキリスト教の存在と、一般人レベルの、一般人なりの神学論争がたびたび登場する。

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2)多神教シャーマニズム

愛人ヤスコは沖縄のユタ(シャーマン、巫女)の血を引いている、という設定で、ここでキリスト教的な硬い理論体型ではすくい切れないアミニズム、シャーマニズムスピリチュアリズムの象徴として彼女の存在がたびたびクローズアップされる。

.

3)フトシ人形

元愛人ヤスコいわく、「死んだフトシの魂が乗り移った人形」。

そもそも隠し子ミツルが「この人形を一緒に火葬してほしい」と持ち込んだところから全てのストーリーが始まっているわけで。

その後は、子供たちの亡き父に代わって踏まれるは、叩きつけられるは、この人形、まさに踏んだり蹴ったり。

.

余談。

この人形、終演までよくボロボロにならずにもったよなぁ。

と思ったら、Twitterを見たら劇団の忘年会にまで生き残って参加してるし。

まじで何か乗り移ってね?

余談終わり。

.

ビデオプロジェクションの3回目は、エンディング後日談)とスタッフロール

ここで、子供世代が集合して親睦を深める後日談が挿入され、ストーリーに一応の決着がつく。

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と、合計3回のビデオなんだけど。

うーむ、評価に困る。

なんというか、悪くは無いんだけど。

編集も音楽も上手すぎて、なんか、こう、才に疾りすぎているような印象を受けた。

芝居のシーンが不器用な人間たちの不器用なふるまいの話であれば、なおのこと。

逆にいえば、重苦しくなりがちな主題のハシやすめとしては、効果的だった、とも言えるけど。

.

ラムネさん「あのビデオなんですけど~」

俺「おお! ラムネさん! ビデオがなんですか?」

ラムネさん「お客さんのアンケートでは、良かった人と、悪かった人が半々くらいだったみたいですよ~」

俺「うーむ、人によって評価はマチマチか。まあ、そんな感じだろうなぁ」

.

観劇

で、さてさて。

終演後、もう、あふれる涙をぬぐいながら、挨拶に出ていた竹林氏に突撃インタビューを敢行してみる。

.

俺「グスン、あ、あの、最後後日談ビデオなんですけど。やはり、あれは小さな子供たちを舞台に出せないっていう制約があってのことですか?」

(と、最初の軽いジャブのつもりの質問だったんだけど、誤解したらしく)

竹林さん「あ……あれなんですけど……ハッピーエンドってわけじゃ……ないんですよね。

あの子供たちは全員ツグミの子供かもしれないし……。ヒデフミとシュウタが家庭を持つ踏ん切りがついた……とも言えないわけで……。そこはお客さんの判断にゆだねるっていうか……」

.

え? あれ、ハッピーエンドじゃないの?

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   ズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

そりゃないよ竹林さん! こっちは希望の光に魂が洗われるような涙を流した直後だっていうのに。

と、ともかく、気を取り直して次の質問をする。

俺「と、ともかく、アレです。そうだ! あれ、あれ! あのキャストの4人が白装束で踊るダンスシーン! あの挿入シーンには、やっぱりなにか意味が?」

竹林さん「あ……あのダンスシーンには……特に意味は……ないんですよね……」

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   またまたズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

なんてこったい! 全部インスピレーションというか成り行きまかせかい! なんだよコラ! というか、あんな太っといストーリーを産み出しておいて、なんでそんな慢性自信喪失症みたいな振る舞いしとんねん!?

.

ラムネさん「そんなこと、ないですよ~」

俺「おお! ラムネさん! するとあのダンスには深い意味が?」

ラムネさん「1つ1つの振り付けに意味を込めて、竹林さんが決めていったんです~。彼、ダンスができるわけじゃないんで、稽古の一番最初にダンスから始めていって、大変だったんですよ~」

俺「それじゃまた、なんであんなウソを……」

ラムネさん「まあ、あのヒト、照れ屋さんですからね~」

.

うーむ。

いろいろと事情はあるようだ。

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あらためて全体として

というわけで、あらためて全体としては。

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もう、激烈に良かった!

チケット代の倍くらいのモトは取った!

劇団竹、というか竹林林重郎氏は今後も追いかける! 決めた!

という感じ。

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キャストスタッフについて

本来なら、ここでキャストの印象から書くんだけど、先に言っておきたい。

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  こんな気持ちのいい観劇、生まれて初めて!!!

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映画で言うところのプロダクションデザイン、美術のレベルが俺的には空前絶後のハイレベル

舞台というかセットは “そこそこ成功した事業主が建てた一軒家の客間、中央には卓袱台” という固定化された空間なんだけど、まあ、ここの造作が細部まで実にリアル

フトシと妻の外食シーン、ネパール料理屋ではビールが銅製のタンブラーに入っていたりとか、細かいところまで実にリアリティのカタマリ!

サウンドも隅々までハイファイで、SEのキューイング(演劇用語では “ポン出し”だったっけ?)もタイミング完璧!

後ろを見れば、おお! これまでの観劇で初めて卓(コンソール)の収まったコントロールブースがある!!

.

今回の劇場、スペース雑遊の設備なのか?

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ラムネさん「いえ~、あのブースは、わざわざ場所を確保して作ったんですよ~」

.

ですよね~。

照明も特段の過剰な演出に走ることなく、的確。

何もしていないかっていうと、そんなことなく、舞台のシーン、ネパール料理屋のシーン、

シュウタが心から祈るシーンと、細かく細かく抑揚をつけている。

ともかく、作品の作家性、キャストもさることながら、舞台全体をバックアップするスタッフの力量が、もう、これまでとまるで違う!!

彼らにはノーベル賞ピューリッツァー賞紫綬褒章を金銀パールをそえて贈りたい。

それくらい気持ちよかった。

.

劇場の “SPACE雑遊” もじつにいい。ほどよい温度で静かな空調。

ともかく見過ごされがちな観劇のための空間づくりだけど、ここまでストーリー没入を妨げない総合的な配慮は、うん! 控えめに言ってサイコー

この劇団って、いつもこんなハイレベルな制作陣なのか?

.

ラムネさん「いえいえ~、前回までの公演は~」

俺「ふむふむ」

ラムネさん「セクマイ三部作っていって~、小さな民家を舞台にしたり~」

俺「なるほど」

ラムネさん「こんな舞台は初めてなんじゃないかな~」

.

うーむ、俺はひょっとしたこの劇団の大新機軸、大飛躍の場所居合わせたのかもしれない。そうだったら嬉しいな。

.

そして、キャストなんだけど、はじめに言っておく。

キャスティング上の軽重はあれど、全員が全員、演技巧者の高能力者ばっかり!

どうなってるんだ!

これ、どうやって集めたの? スカウト? オーディション

.

ラムネさん「今回のキャストは~、じつはこれまで仕事をしたことがあるヒトばっかりで~」

俺「なるほど、すでに信頼関係のあるキャストばっかりなのね。アナタも含めて。ということは~、二度と呼ばれないヒトもいたりとか?」

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

.

うむ。ノーコメントなり。

.

というわけで。

.

■石川雄也(フトシ)

一家のお父さん。酒乱。浮気。全てにおいて、だいたいこの人が悪い。

コピー機の販社を起業して営業のためにキリスト教に入信ってのが痛いくらいにリアル

回想にしか登場しないのに、ほぼ主役。

劇団竹に所属

地味に驚いたのが、ワンカップ半分ならワンカップ半分、ビール1缶ならビール1缶と、アルコールが入った分だけ、確実に立ち振舞いを変えてくる。

上手くいかない事業と美女の誘惑、アルコールへの弱さと、たよりない大黒柱の悲哀を全身で表現。

もっといろんな所で見てみたいと思った。

いやだから見世物小屋の司会とかじゃなくて!

(↑そういう仕事をしていらっしゃるのデス)

.

■森川武(シュウタ)

長兄ってツラいよな。

いきなり子供が3人もできた父の辛い立場を理解したのは、このヒトだけ。

そして、彼の祈りのシーンで大事なことが示唆される。

それは、

.

 神はどこにいるのか。

 それは天上界でもオリュンポス山でもない。

 神は祈る心の裡(うち)にこそ顕現する

.

ってこと。

わからんけどね。あくまで俺の解釈)

ツグミの嘆きを受け止める。

そして、ヒデフミの “シンカー投げ” という決別の儀式を見守るだけだったところに、ロザリオのカツーン! という落下(これを偶然か神の啓示か、はたまたシンクロニシティか、どうとらえるかは、それこそ観客にゆだねられている)からの、もう、怒涛の、言いがかかりに近い、というか完全に言いがかりの引き止め工作。

ここに俺は、家族システムが血ダルマになりながら自己修復していく音を確かに聴いた、ような気がする。

そして俺、爆泣き。

劇団竹に所属

こうしてみると、キャスティングも要所々々はプロパーさんで固めているのね。わかる。

.

ラムネさん「このヒト、普段は “コボちゃん” って呼ばれているんですよ~」

俺「おお! 言われてみれば確かに似ているwwww」

(このあと、コボコラの話に盛り上がること5分)

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■江花実里(ツグミ

劇団 架空畳に所属。通称ラムネさん。

あれ、おっかしーなー。

つい1ヶ月前に月蝕歌劇団を観たときには颯爽とした美青年明智小五郎(に化けた怪人二十面相)だったんだけどなー。

いま見ているのはチークの乗りも痛々しい元ヤンシンママだよ。

彼女の後悔の号泣からストーリーが本格的に回転し始める。

しかも、そこに至るまで、彼女の感情は3段階に分けて少しずつ前面に出てくる。

最初はミツル人生を聞いたとき。

次に自分人生を振り返った時。

最後に兄シュウタの腕の中で継母のサダコを想って感情を爆発させるとき。

役者ってすっげーな!

でも正直、この時の俺は爆泣きとまでは行かなかった。

でも、それでいいと思う。

この公演が竹林氏が観客の情動に仕掛けるカチ込みだとしたら、彼女は鉄砲玉というか切り込み隊であって。

あるいは、森川ー佐々木ラインという本隊の大規模侵攻の前に敵陣深く潜入する特殊部隊の役割であって。

「さて、この劇団、どんなものか見てやろう」という観客の批評眼をかいくぐってハートの深いところに潜入し、情動の扉をこじ開けて本隊の到着を待つ。

これが彼女のミッション

いや、実に良かった。

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■辻村尚子(ノリコ)

フトシの最初の妻。

夫の浮気のストレスから子供を虐待することを恐れ、みずから出奔。

舞台が2018年の設定なので、旦那事業の立ち上げ期が80年代末。

キャラ作りが、なんというか、トレンディドラマの女優そのもの

なんかW浅野時代の浅野温子が乗り移った感じだった。

彼女が居間のふちに腰かけて靴を履いて家を飛び出すところが2回、描写される。

つまり天丼なんだけど、

なんでだろ、ビデオその他の映像作品だと天丼って、うっとうしいだけなんだけど。

なんか、生身のキャストがやると重く感じるんだよな。

劇団 竹に所属

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■大森華恵(サダコ)

フトシの後妻。

うつ病で自殺。

なんというか、いろいろと痛ましい。

(継子とはいえ)娘への配慮と、大人の知恵と、世間知と、いろんなものに押しつぶされて最後の選択として自殺、か。

この舞台で、壁に掛けられたロザリオは合計3回、床に落下する。

2回はサダコが床にたたきつける。この時はSEのみの描写。

そして1回はシュウタの祈りに呼応して、本当に落下する。

ここでも天丼(繰り返し)が重たい。

なんというか、堅物で悩み事に弱そうな人物像を的確に体現。

クレジットがないからフリーの役者さんか?

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ところで、ストーリーに挿入される白装束ダンス

石川、辻村、森川と3人までは劇団正メンバーなんだけど、彼女だけがゲストにも関わらずダンスに参加。

ダンスシーンについては、べつに拘束期間とか難易度とか、そんなことは関係なく、竹林氏のメッセージにそった人選なのだろう。

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佐々木光弘(ヒデフミ)

子供が十分な子供時代を生きられず、そのままムリヤリ大人になることを要求されたようなアンバランスな感じ。

わかる。

そして、いまでは自分も義父のようにシンカーが投げられることを義兄シュウタに示すため、最後キャッチボールを決別の儀式として実行する。

と、ここで舞台で実際にボールを投げるんだけど。

キャッチャーシュウタは後ろに下がって観客から見えなくなる。

おそらく板に座布団とか、そういうギミックボールを受けているはず。

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ラムネさん「いえいえ~、あのシーンは本当にキャッチボールをしていますよ~」

俺「おいマジですかい?」

ラムネさん「本当に最初はキャッチボールの練習から始めました~」

俺「でも暴投とかしたら、危険じゃないですか?」

ラムネさん「ですから~、危険な場所には、あらかじめスタッフを座らせたりとか~」

うむ、配慮も危険対策もバッチリのもよう。

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空飛ぶ猫☆魂に所属

みなさん、それぞれの所属先劇団の看板または主戦級の役者さんなのよね。

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■森川結美子(ヤスコ

沖縄のユタの血を引く、占いもできるウェイトレス

なんというか、どの女優さんも年の頃もビジュアルも大差はない感じなのに、演技と役作りで、その、あれだ、いかにも浮気相手になりそうなフェロモ~ンなプリップリのツヤッツヤな感じに寄せてくるのがすごい。

ちなみに、ご本人に取材したところ、使われていた占いはネパール伝統の占星術(ピグラム暦、という独自の暦を使うそうだ)にタロットカードを組み合わせた架空のもの、とのこと。

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■山川恭平ミツル

フトシとヤスコの子供(つまり隠し子)。

鉄道会社というカタい職業につき、シュウタ以下の兄弟とは別の、なんというか、まっすぐな人生を歩んできたことをうかがわせる人物造形。

朴訥。

観劇直後は「なんか印象が薄いなぁ」だったんだけど。

それも当然で。

俺も含めた観客は、彼の人物ではなく、彼を通して見せられるミツルヤスコの家庭の様子を見せられていたわけで。

キャラクター人形をでたらめに並べた狂った祭壇。

父フトシのハグ。

彼を通してフトシの別の人格と別の家庭を見せられていた。

この役者さんも、おそらく高能力者。ただ本人が嘆いたり動いたりしないだけで。

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んー、こんな感じか。

ともかく、全体としては。

この劇団、劇団 竹、そして主催の竹林林重郎氏は、買いです。

次の公演にも注目して良いです。

自分もそうするし。

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2017-12-15

定義づけとか表現する用語ができて助かったと思う言葉たち

そもそもタイトルから分かりにくくて申し訳ない。けどね、自分中高生ぐらいのときから何となく違和感を覚えていて、「自分は他の人と違うんじゃないか」と不安になっていたことがきちんと言語化されたり、定義づけされたり、原因究明されて「そういうことか!」と腑に落ちたことがいっぱいあるのでそれを書きたかった。

具体例を挙げると「空気読めない」「コミュ障」「発達障害アスペルガー症候群(この二つを一緒にしていいのか分からないけど)」あたりが一番私を救ってくれた。人付き合いが基本的に苦手で、皆が暗黙の了解としていることが理解できず、「どうしたの?なんで?」と聞きまくっても答えてもらえなかったり、会話のキャッチボールが上手くできなくて飲み会とかで会話がはずまなかったり、ちょっと自分からしかければ仲良くなれるかも知れない人にうまく声をかけられなかったり…というさまざまな現象が「空気読めない」「コミュ障」という言葉でくくって説明できる。そして世の中に自分と同じような人種がいっぱいいて、コミュニケーション下手ゆえに苦しんでいるということに救いを感じる。

あと、私は不器用で、仕事でも家事でも複数のことを同時進行でやれない。例えば仕事で一つのことに取り掛かろうとしているのに途中で電話がかかってきて、「そっちの用件も速攻でやれ」とか言われるとパニックを起こす。元々締切のある仕事でもぎりぎりにならないと取り掛からないタイプなので、そこに想定外仕事が割り込んで来たりするともう大変。しか自分のペースで仕事を進めたいので、自分が「こういう順番でやろうかな」と思っているもの上司かに「○○をすぐやれ!」とか言われてペースを崩されると相手を殺してやりたくなる。あと、部屋や書類の片付けも苦手。絶対に捨ててはいけないものとかなくしたらやばいものは早めにファイリングするようにしているんだけど、途中段階の半端な代物をその辺にほったらかすのでカオス状態になってしまう。

ぎりぎりにならないと仕事かに取り掛かれないのは、単にスケジュール管理能力が低いだけかも知れないけど、複数のものを同時進行できないことに対して、「それは能力不足じゃなくて一種病気なんだよ」と言ってもらえたらどれだけ救われることか。正直どこかの医者に「この人は発達障害から仕事を早くやれとせっついたり、同時に何種類もの仕事やらせないようにしてください」という診断書を書いてほしいぐらい。「仕事休みいから「この人はうつ病です」という診断書が欲しい」というのと同じ発想だとは思うけど、出世とか上司評価とかどうでもいいか自分のペースで最低限の仕事だけやっていきたい自分にとっては切実な願いだ。ま、こういう輩が増えるから特に心身に問題のない健康な人」の負担が増えるんだとは思うけど。

2017-12-12

家族のせいで食事しながらの会話が苦手

家族のせいというか祖父のせいだけど、

家族揃って夕食を食べるとき、決まって祖父

誰も聞いていないのに、独り言の様に、永延と話をする

会話のキャッチボールらしきものが無いからか、自己完結した話だから

他の家族はほぼ話さな

たまに妹とか母、祖母が話すぐらい。

あ、その話4,5回は聞いたよっていうのもある

  

他の家族交えて話続いたなって思ったら

父の発言祖父が突っかかって喧嘩になったことが多々あるので

余計な事言うまいと、さらに話さな

 

じゃあ祖父以外の家族は無口なのかと言われたら、そうではなくて

祖父がいない時はめっちゃ喋る、いや本当にめっちゃ喋る。俺は喋らないけど

今思えば、「みんなが話さないから俺が話してやる」

と思って祖父は話していたのか

あるいは認知症に通ずる何かの病だと思うのだけれど。

 

こんな環境で育ったからか食事の場では黙るという習慣がついてしまった

 

今はまだ学生から何とかなっているが(なっていないのかもしれない)

食事の場での話し方」みたいなスキルが明らかに乏しい気がする

「話し方」のスキルというかコミュ力自体そもそも無いけど

 

こんな感じの環境で育ったので食事しながらの会話が苦手、給食とか特にそう

同じような環境で育って、食事しながら話すの苦手じゃない人いたら教えて下さい

 

ちなみに、祖父が亡くなってから初めての夕食で父が

「静かやなあ」

って言ったのが印象的でした

anond:20170929233057

会話のハウツーでよくいわれるのがオウム返しと同調行為

これを的確に実践している同僚がいるんだけどマジでうざい。会話のキャッチボールができない。糠に釘。脳みそついてんのかと。

仕事でもそんなんだから上司にいびられてる。しっかり自分意見を言えばよろしいのに。

2017-12-10

なんで日本ネットってマウンティング合戦が主流なの?

日本人議論ができないとかい記事自体何度も見たことがあるし

別にネット限定ではないとは思うが特に日本人ネットでの意見交換

自分意見相手にぶつける形式の物が主流になっている気がする

自分が今やっているのも自分意見をぶんなげているだけだからあれだけど

もうちょっと協調する方向性に行かないもんなんだろうか

対立意見を見つけては細かい部分を抜き出してマウンティングをしたり

自分意見の補強を見つけてはそれを印籠のようにかざしてふんぞり返ったり

これがすべてとは言わないがこういうのがどうにも多くないか

やり方次第でキャッチボールになるものドッジボールに変えちゃうのは

ちょっともったいなくないだろうか 

まぁ見てる分には面白いのは確かだけど

掲示板最先端時代ならともかくなんで今になってもこの状況が続いているのかちょっと不思議

2017-11-30

差しと追い込み

どっちでもいいんだけど、まずは体力温存。

いろいろ反論したいことは山ほどあるのに反論できない理由がわかった。

反論すると、それに対して理解できない言葉で返ってくるからだ。

理解できないから、キャッチボールにならず再反論ができない。

とくに理解に苦しむのは、とにかくしっかりやれ、という言葉

しっかりやれ、ほど、反論できない言葉はない。

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